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<title>名古屋発ー私の日録“郷蔵２１”</title>
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<description>名古屋周辺のさまざまな運動と出会い、政治、社会の問題などを、私の体験、目線でお伝えします。
“日記・つぶやき”は、私の思いのいったんですが、くらし、風景、文化など、幅広く拾っていきます。（本文の引用はご遠慮ください）
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<title>あれはどうなったか</title>
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<description>　気になる？気にしない？ 　別世界に行っていたわけではない。情報が全く遮断された...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;気になる？気にしない&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;？&lt;br /&gt;　別世界に行っていたわけではない。情報が全く遮断されたわけではない。テレビは大河ドラマ「坂の上の雲」だけを見た。また、多分14年前に購入したと思うAMラジオからのニュースは、民放は入らずしかも受信感度がすこぶる悪かったので、映像のニュースに慣れ切っていたせいもあろうが、なんだかコマ切れのように聞いている感じであった。よくわからないことや、聞きもらすことも多かった。新聞も最初の二日ほどで、あとは届かなかった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ただこの２週間ほど、日常性から遮断したと仮定してみることで、どんなわが心象が浮かび上がるだろうかということには、多少の興味を持っていた。「あれはどうなったか、気になる？気にしない？」というように。&lt;br /&gt;　戻る日の前夜、「普天間基地問題はどうなったのか、年内に決着をつけた方いいように思っていたが、先延ばしか？」「昨年の派遣切りのような情報はあるだろうか、28日以降の年末が来れば、もっと話題になるかもしれない。寒空の下で年越しする人もいるだろうな」「COP15は、きちんと決まったであろうか。」「そういえば、松井秀喜は、来年はどこでプレーすることになったんだろう、年越しか？」&lt;br /&gt;　年賀状は、ほぼ片付いていたので、身の回りのことはさほど気にはならなかったし、地域の活動も集団での取り組みであるから、多少のへこみはあるかもしれないが、きちんと動いていくに違いないと踏んでいた。&lt;br /&gt;　家を離れてから数日後、ふと「・・・“戦力外”との自己申告」でもしてみるかなと思ったことがあって、それが今でも尾を引いている感じがしている。しかしそれは、思いあがりの裏返しでもあるかもしれず、むしろ「転進」を明確に意識して推考すべきかなと、考えたりもする。&lt;br /&gt;　どこかで読んだ子どもの詩のごとく、坂道で、荷車をみんなして押しているわけだから、少しでも手を抜けば、他の誰もが、手の先、足腰に感じ取るであろう。そうと思えば坂の上までは手が抜けないと思いつつ、坂の終りがどのあたりか、“永遠に続く”のか、それが見えないのもまた事実である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-24T16:41:31+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3c69.html">
<title>戻る！</title>
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<description>　ブログに向き合う 　２週間ぶりに、諸活動を除いて以前の生活に戻った。 　食事後...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;ブログに向き合う&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　２週間ぶりに、諸活動を除いて以前の生活に戻った。&lt;br /&gt;　食事後の散歩を奨励されているので、近くの公園に出てみた。人はまばらだったが野球場では、中学生とおぼしき野球部が練習をしていた。上が黒、下が白のユニフォームであったが、背の文字までは読めなくて、どこの中学校かはわからない。ほぼ同じような背格好から、少年野球の“クラブチーム”ではないことは確かだ。その若々しい声だけが、冬枯れつつある風景とアンマッチに聞こえていた。&lt;br /&gt;　歩を進めて、新海池の湖畔に近寄ると、セグロセキレイが水面をかすめて飛び去り、少し先の遊歩道あたりに降り立ったように見えた。その飛翔の姿からは、何の病も抱えていないよう思えた。&lt;br /&gt;　そのセグロセキレイを追うようにして、曲がりくねった遊歩道を歩いていくと、その先は行き止まりにであった。将来の公園整備計画では、池の周囲をつなぐ遊歩道もできて、池面（いけも）にせり出した「水辺公園」もできるかもしれないが、それが見られるかどうかは、見たい！という気持ちにかかっている部分もあるかもしれない。&lt;br /&gt;　自然の姿のまま、わずかに残された雑木林の土の道を登ると、滑り台、ブランコ、鉄棒、砂場などの遊具もある小さな児童公園に出る。幼稚園の終える午後３時ころなら、母親と一緒に子供たちが遊びまわっているのだが、お昼前の今はいなかった。ああ、そういえば今日は祭日であったし、もう冬休みに入っていたのだと気がついた。さっきの野球部の練習も、冬休みのこの時期だからできたのだった。そんなことさえ思いもよらない私は、非日常性の中にいるのであろうか。暦と時計が脳に埋め込まれた現代人も、「現役」を離れるほどに、それらは正確さを欠きはじめ、霞がかかるようになり、やがて、雑木林の中に消えていくのであろうか。&lt;br /&gt;　その先には、芝生ではないグランドといえる広場があって、数人のお年寄りが、ゲートボール、のようであるが、ゲートではなく、直径30センチ余りの輪の中に入れる（名前は知らない）遊びというか、ゲームをしていた。きっと楽しいから、声をあげ、狙いを定めてスティックを振っているのであろうが、私にはまだ、外からも内からも、誘惑の声がかからない。それは、大まかにいえばまだゴルフに興じる年代であるからだろう。もっとも、ゴルフをやらないばかりか、ちょっと偏見の目で眺める私などは、ゴルフからゲートボールへという過程を踏むことはない。そして、そうでなくても、“いつかは”という思いすら思い至らない。どうせなら、古い町並み、史跡めぐり、歴史探索の方がいいなと思う。それも、ツアーとか集団ではなく、一人か、同好の、気の置けない数人の友と連れ立って。&lt;br /&gt;　雲がかかって、陽だまりがなくなった。ひとまず帰ることにした。ブログが待っているから。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-23T12:13:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-1257.html">
<title>暮れも押し迫りました</title>
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<description>師走のくらしから おせち料理・きんぴらごぼう 「おせち」の由来とか、本来はこう、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; 師走のくらしから&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &lt;strong&gt;おせち料理・きんぴらごぼう&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 「おせち」の由来とか、本来はこう、最近はこんな風、など時代の変遷もあるでしょうが、私の認識には、単に「おせち」があるだけで、それもおいしいものが重箱に詰まっていたという幼少年時代の思い出はさしてないのです。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それでも、お袋が年の暮れになれば、たつくり、きんぴらごぼう、里芋やちくわの煮しめ、黒豆などを作っていたように思う。それらの多くは多分、本来のものに似せたものではないかと思うのですが、どうもたつくり(にぼしを少し甘く煮詰めたもの、そんな風に思っていた)だけは手が出ませんでした。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; いつごろからか、わが兄弟間では、毎年元旦の夕刻から新年会が持ち回りで行われてきました。我が家が当番のときは、きんぴらごぼうを私が作ります。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 見よう見まねですから、出来、不出来があります。炒める時の時間と油の量、調味料に出来上がりの味が隠されているような気がします。最初のころは醤油をそのままかけていましたが、最近は昆布だしで、やや濃い目のしょうゆのつゆを用意します。「鷹の爪」がないときはコショウを使ったりしたこともありましたが、これはよくありません。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そうそう牛蒡のきり方ですが、最初は六～七センチくらいで同じ長さに揃えるため、ぶつ切りしていましたが、最近は斜め切りして、筋を切るように切ります。従って、大きさは全くの不揃いになってしまいます。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 切った牛蒡は水ですすいだあと、酢を落としてアク抜きをします。三十～四十分くらいでしょうか。炒める時に人参も入れますが、なぜか私は、この人参を先に炒めてから牛蒡を後から入れて炒めます。人参の方が柔らかいから牛蒡よりあとに、というのが普通のようですが、出来上がった人参はなぜか細くしおれた感じになってしまいますので、私は人参をやや太めに切って、その分、長めの時間で炒めるのです。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 炒める時間は、火力を中火にして出来るだけ長い時間をかけます。左手にフライパン、右手に長箸でかき混ぜながらですので、結構疲れます。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&amp;nbsp; 大掃除&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 暮れの大掃除もかつては、大変な仕事の一つだったようですが、それは家の造作がそうさせていたと思います。土壁、障子、畳、縁側、古茶けた茶箪笥、露出した電球、蛍光灯、薪を使った竈（くど）、玄関の格子戸、土間、板塀・・・。掃除、模様替えしなならないところはキリがありませんでした。&lt;br /&gt;　今といえば、溢れた物を「いかに捨てるか」が第一で、年末のゴミ出しで、清掃（環境事業局）の方の苦労を誘っています。そして捨てきれない物の収納場所に苦労しているのではないでしょうか。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; それでも、レンジフードの油落とし・ガスコンロなどの台所回り、吊り下げ型の照明器具の取り外しと洗浄、窓ガラス拭き、ベッドの下あたりの掃除機掛け。子ども、孫がいれば“ちゃんと片付けなさい！ ”と声を荒げることもありましょう。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; かくいう私は、掃除が好きではありませんから所帯を持ってこのかた、真面目にやったことはありません。殆んどの場合、山積みになった年賀状に一生懸命で、暮れの三十日か三十一日に形ばかりの掃除で、冷たい視線を受け続けています。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&amp;nbsp; 年賀状&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; その年賀状は、私にとって本当に一大出来事で、ピーク時には五〇〇枚に達するほどでした。種類も五～六種類作っていました。制作方法も手書き、印刷屋もありましたが、ガリ版刷り（謄写版）、ファクシミリ印刷、プリントゴッコ、ワープロ、そして今では、パソコンとプリンター。デザインさえ決れば、カラー印刷も手早くできます。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 宛名書きは、殆んど手書きにしています。一言の添え書きも心がけます。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そういえば、書ききれず年を越したこともありますし、三十一日の夜半に、年始で一番早く顔を合わせる職場の人たち向けのために、豊明、豊田、岡崎、安城方面まで車で投函しに行ったこともありました。結果は大差ないようでしたが。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &lt;strong&gt;餅つき&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 暮れのもう一つの家内行事は、餅つきでした。貧しいながらもわが家では、近隣の農家の餅つきに便乗させてもらって、餅をついていました。卸し大根で食べるつきたての餅は本当においしかった。きな粉餅、あべかわ餅ができるころは、いくらか、くらし向きがよくなっていたのでしょう。わが家での餅つきをいつか、と思うときがあります。　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;（雑談の櫂第３号－2008・１・１から）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>四季・雑談の会</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-60ea.html">
<title>季節の花</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-60ea.html</link>
<description>雑談の櫂の表紙記から 　四季雑談の会から発行する「雑談の櫂」の表紙には、発行する...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&amp;nbsp; &lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;&lt;strong&gt;雑談の櫂の表紙記から&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;四季雑談の会から発行する「雑談の櫂」の表紙には、発行するころに咲く花が、写真とコメントが掲載される。それは、花についてはほとんど不明である私が書くのであるが、内容の多くは検索されたものを引用しながら、若干の思いを込めたものになる。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&amp;nbsp; 女郎花&lt;/strong&gt;＜おみなえし＞&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 女郎花（おみなえし）科。オミナエシ属。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 開花時期は、７／２５頃～１０／１０頃。黄色い清楚な花。山野に生える。&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &lt;br /&gt;&amp;nbsp; 「おみな」は「女」の意、「えし」は古語の「へし（圧）」で、美女を圧倒する美しさから名づけられた。また、もち米で炊くごはん（おこわ）のことを「男飯」といったのに対し、「粟（あわ）ごはん」のことを「女飯」といっていたが、花が粟つぶのように黄色くつぶつぶしていることから「女飯」→「おみなめし」→「おみなえし」となった、との説も ある。     &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &amp;nbsp;  &lt;br /&gt;&amp;nbsp; 漢字で「女郎花」と書くようになったのは、平安時代のなかば頃から、と言われている。&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp; &lt;br /&gt;　「男郎花（おとこえし）」という花もあり、こちらは白い花。形はそっくりだが女郎花より「力強く」見えるとのこと。－季節の花300－&lt;br /&gt;　かなり古い話で、「自分史」でも少し触れたが、夜間高校・向陽文芸部の年間誌“みヽずく”に、Ｈの「女郎花」という、私小説風の短編が載った。引きこもりがちな自分の心象を綴ったものだが、なぜこの一文に「女郎花」というタイトルが付けられたのか、私は不思議に思ったものだった。&lt;br /&gt;　女郎花という花は知らなかったが、なぜか「女郎蜘蛛」と入れ替わり、彼女を見つめた覚えがある。&lt;br /&gt;　　&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜雑談の櫂第13号－2009・9・19から＞&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;　菊&lt;/strong&gt;＜キク＞&lt;br /&gt;　菊といえば栽培されているものを指すが、これは和名をキク（またはイエギク）といわれている。野生品は存在せず、中国で1500年ほど前に交配によって生まれたとされている。交配親は「チョウセンノギク」と「ハイシマカンギク」とされる。&lt;br /&gt;秋に咲く花であるが、短日性植物で、電照などを用いた作型の分化により、周年供給されている（電照菊）。&lt;br /&gt;　なお花言葉は「高貴」である。一般に、日本で観賞用多年草植物として発展した系統、品種群を和菊、西欧に渡り育種されて生まれた系統、品種群を洋菊と呼ぶ。&lt;br /&gt;　さて菊といえば、「天皇家の紋章」「菊人形」「巷で、栽培されていた観賞菊」の３つが、何の関係性もなく、個別でやや複雑な感情をもって私の中に混在している。&lt;br /&gt;　「紋」としては、天皇制・自民党が想起されて忌避したい存在。それはそれとして、亡き親父が、自ら手掛けたことがないのに、しばしば「菊人形」のことを口にしていたことが思い出される。私の知らない、感情揺さぶられる何かが親父の中にあったのであろうか。&lt;br /&gt;　２０代半ばまで住んでいた家の前は扇川。川向かいは日当たりが良く、その町内の家では観賞菊を栽培していた。菊を美しいとは思わなかったし、手がかかりそうで、何が面白いのか不思議に思って眺めていた。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;　&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜雑談の櫂第14号－2009・11・22から＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>四季・雑談の会</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-19T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7fed.html">
<title>男の気持ち・生き方（７）</title>
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<description>車の運転あれこれ ３７年間、自動車会社にいて、自動車に関する知識も、現場も見て体...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;&lt;strong&gt;車の運転あれこれ&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; ３７年間、自動車会社にいて、自動車に関する知識も、現場も見て体験し、一時は「自動車工学」という月刊誌まで購読していながら、あるいは、自社製品ではあったが、６～７種のモデルを乗り換えもした。また１６歳で原付き２種（現自動２輪）。１９歳で普通免許を取得した。しかし、自動車が好き、ドライブが好き、という気持ちになったことはなかったような気がする。まわりの影響、交通の一手段、そんな感じであった。&lt;br /&gt;　それは、興味が労働運動や環境問題に行っていたことが、そうさせたのだと思う一方、今にして思えば、少年期・青年期では“アウトドア派”であったのが、いつ頃からか、“書斎派”になって今日がある。&lt;br /&gt;　自前の車をもたなくなって６～７年になり、今は、当然ながらもっぱら助手席、息子の車では後部座席である。そうであれば、おとなしく乗っていればいいものを、連れ合いの運転を見ていると苛立ちが募る。&lt;br /&gt;　例えば、広くてたくさん空いている駐車場でさえ、あちこちと迷う様子。その上バックでの車庫入れがへたくそで、同じハンドルさばきを繰り返している。斜め駐車。交差点では、停止線で止まらずいつも前にはみ出し、右折、左折してくる車のたびにバックしている。だが、これは少しずつ慣れてきた、というより、もういうのさえ億劫になった。&lt;br /&gt;　行き先のナビを頼まれるが、右折、左折は、声だけではだめで、指で差し示してやらねば、反対方向へ行きかねない。これも慣れた。しかし、２度、３度通った道でも、その都度聞かれる。覚えられないのか、覚えようとしないのか、私が横にいるからか。&lt;br /&gt;　とあきれ返りつつ、かつては、車事故の多さでは、その比ではないほど私が圧倒していたのは確かだが。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-17T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-c394.html">
<title>テレビ、パソコンを遮断</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-c394.html</link>
<description>　そして本を読み、ラジオを聴き 　療養先にパソコンを持ち込まない、テレビは見ない...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;そして本を読み、ラジオを聴き&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　療養先にパソコンを持ち込まない、テレビは見ない、本も2週間で4冊と決めて出掛けた。&lt;br /&gt;　持参した本は、浅田次郎の「夕映え天使」と「ハッピーリタイアメント」の2冊、そして、畠中恵の「つくもがみ貸します」で、最後の1冊が、阿刀田高の「おとこ坂　おんな坂」であった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 阿刀田の「おとこ坂・・・」は、毎日新聞連載のものが単行本になったので、それを買って置いてあったものだ。以前にも、このブログで紹介した。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 日ごろは、一度読んだ本をもう一度読み直すということは、これまで殆んどなかったことだが、この「おとこ坂・・・」は、新聞では欠かさず読んでいたが、もう一度読みたいと思っていたからいい機会となった。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 全１２話の短編集だが、読み直して見て、やっぱりいい小説だと思った。多分もう1回読み直すことだろう。その時は、メモをとりながら、短編小説の構成要素を探りながら・・・。&lt;br /&gt;　テレビを見ない代わりに、時々ラジオを聴く機会が増えた。たまたま12月8日の夜、8時ころだと思ったが、ＮＨＫラジオ第一放送に周波数を合わせたら、「新話の泉」をやっていて、笑ってしまった。出演は、メモをみると。嵐山光三郎、山藤章二、毒蝮三太夫、松尾貴史、司会は渡辺あけみアナ。いろいろ話題があったと思うが、記憶に残っているのが、落語「芝浜」にまつわる話。「芝浜」は、古典落語の傑作らしく、円楽も得意としたらしいが、家元（立川談志）にまつわる話が中心だった。落語も結構奥が深いものだと知った。&lt;br /&gt;　そのほかの話題には、リスナーからの川柳、あるいは漢字の回文（例：下手人手下とか・・・）をゲストが選ぶというのもあって、笑いっ放しだった。ラジオの面白さというか、効用みたいなものを改めて知る機会となった。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;（一時帰宅の13日に書き込み）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-15T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-1905.html">
<title>四苦八句川柳・１１</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-1905.html</link>
<description>　飽きずに来る秋を嗤う、とタイトルをつけ、1か月近く経ったいま読み返しても、ちっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;飽きずに来る秋を嗤う、とタイトルをつけ、1か月近く経ったいま読み返しても、ちっともおかしくないから、笑ってもらえそうもない。&lt;br /&gt;　毎日新聞の「仲畑流万能川柳」を読みながら、う～ん、さすがだな、と思うものが半分、まあまあだな、が残りであるが、一つくらいは、これなら私のものでも見劣りしないのではないか、と思ったりするのだが、そこが違うんだなあ、と毎度思わされて、投稿するのがためらわれてしまう。&lt;br /&gt;　1か月100句をノルマにしている人もおられるというから、やっぱり、気まぐれの作句では知れたものしかできないということだ。でも下手なりに続ける。結構脳トレになるしね。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;― 飽きずに来る秋を嗤う ―&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;▼　新米はおいしいとＯＧウインクし&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　夏過ぎて二段腹消す衣替え&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　衣替え隠れた肌にちとさびし&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　クラス会お古もいける五年ぶり&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　田をつぶしコンビニで秋売る農家&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　内定が届かぬ秋に木枯らし来&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　紅葉マーク付けてジジババ紅葉狩り&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;▼　落ち葉ほど朽ちてわが身は役立てず&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;　&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜雑談の櫂・第14号2009・11・22から＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-5ff1.html">
<title>本、絵本、漫画本</title>
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<description>　愛読書君は残れよボクは逝く 　本にまつわるあれこれは多々あり、自分史「扇川をわ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;愛読書君は残れよボクは逝く&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　本にまつわるあれこれは多々あり、自分史「扇川をわたって曲の手へ」やブログ等で触れてきたが、今回は、三菱自動車に在職中、特に１９７１年に岡崎工場に移ってからの、社員食堂の一角にあった本屋の店員さんと懇意になり、シリーズものは値引きを条件に、まるで在庫処理に協力するような本の買い方をした話から。&lt;br /&gt;　ＮＨＫの放映を本にした「地球大紀行」「生命」「海のシルクロード」があり、角川の「歴史誕生」、中央公論の「日本の名著」、毎日新聞の「一億人の昭和史」、文芸春秋の「芥川賞全集」などが書棚に並んでいる。これらはいずれもパラパラ程度しか読んでいない。朝日新聞社刊・大佛次郎著「天皇の世紀」全十巻は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」と併せ読んだが、通読できなかった。&lt;br /&gt;　もっと読まないのが河出書房新社の「世界の大思想」全３５巻である。これはまだ十代後半の時、職場に哲学の本が好きな人がいて、その人の影響で買ったのであるが、読書より“実践的な活動 ”に関心が向いて行ったから、ほとんど手付かずで、結局埋もれていってしまった。仮に大学に行っていたら読んだであろうかと思わないでもないが、結果は同じだろう。&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;子どもの絵本&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　子どもの絵本もかなり買っていた。理由は二つあった。一つは、子供に読み聞かせるということはほとんどなく、なぜだかよくわからないが、もっぱら私自身が読んでいた。&lt;br /&gt;もう一つは、当時はまだパソコンもワープロもなかった時代で、ミニコミ誌やチラシ作りは手書きであったから、その挿絵・カットなどを絵本から拾っていて、コピーして貼りつけていたのである。だから、自前のコピー機を持っていた。&lt;br /&gt;　それにしても絵本は高い。確かに、分厚いページで頑丈にできていること、写真、オリジナルな絵が多いことが単価を押し上げているのであろうが、子どもや孫のためなら少々高くても、という親心を読んだ商魂があるのではないか、は下司の勘ぐりか。&lt;br /&gt;　それと、子ども絵本売り場へ行くと、なんとなく雑然としている感じがするが、これは、絵本の種類の多さとサイズの多様性に原因がある。また、三歳とか五歳くらいの孫に読ませたい本とはどんなものだろうという本探しは、何らかの予備知識か、親としての「方針」を持っていないと選べない。だから私は、孫が持ってくる本を読み聞かせることはあっても、本を買い与えることが少ない。選べないのである。&lt;br /&gt;　一般の書店はともかく、名古屋丸善あたりでは、そんな相談コーナーでもあるのだろうか。一度聞いてみたい。&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;漫画の世界&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　今の子どもたちが童話、漫画の世界に入るのは、テレビかＣＤからが先ではないだろうか。古くは民放の「まんが日本昔ばなし」があるが、ＮＨＫ教育テレビではいろいろあるようで、ウオルト・ディズニーのＣＤ版、「シュレック」や「崖の上のポニョ」などの映画のＣＤ版も売られている。今の親たちも、そうしたＣＤには慣れているようだ。&lt;br /&gt;　私も含めて成人の漫画好きも、今も廃れていないようだ。週刊の漫画雑誌は減部傾向といわれているが、書店、古本屋の二～三割近くは、漫画コーナーで占められているのではないだろうか。&lt;br /&gt;　池田理代子の「ベルバラ」のような少女系のものから、さいとうたかをの「ゴルゴ１３」のようなハードボイルドの漫画、横山光輝の「三国志」といった歴史物、そして、手塚治虫の世界。このように漫画でも、アダルト、娯楽的なものもあれば、夢、自然、創造、人間性を感じさせる漫画と様々であり、その善し悪しの選択は難しい。　&lt;br /&gt;　今号の「四苦八苦川柳」で、「愛読書君は残れよボクは逝く」と詠んだが、私の蔵書で残したいのは、漫画では手塚治虫だけである。孫は読むだろうか。&lt;br /&gt;　　&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜雑談の櫂・第１２号－2009・6・29から＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-11T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-1d47.html">
<title>男の気持ち・生き方（６）</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-1d47.html</link>
<description>ウインドショッピング－あれって楽しいね 　名古屋市の「敬老パス」を使うようになっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;ウインドショッピング&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;－あれって楽しいね&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　名古屋市の「敬老パス」を使うようになってから、とりわけ機会が増えたのであるが、地下鉄栄駅から名古屋丸善に向かうときは地下街を歩く。その時はまずクリスタル広場に出て、そこで最近はほとんど無縁となってしまったが、最新の乗用車が展示されている「ニッサンギャラリー」に寄って、デザインに感心し、車の装備などを覗いたりする。&lt;br /&gt;　そこから広小路通りの真下になる地下街を通って丸善に向かうのであるが、その地下商店街は、８割方が女性の衣料品関係といっていいだろう。中には下着専門店もあるから男性にとっては、あまりゆっくり歩いたり、覗きこんだりはしづらいのであるが、私はウインドに飾られ、あるいはハンガーに掛けられた洋服などを見て、デザインのことは分からないが、これが今年の流行色なのだろうかと見て歩く。和服の店では、いまどきこれで商売が成り立つのだろうかと思いつつ、さして使うあてもないのに、“端切れ ”を手にしたりする。ちり緬の風呂敷を買ったこともあった。&lt;br /&gt;　地下街から抜けると、丸栄の地下食品売り場に出る。地元や東西の有名店のテナントが入っていて和菓子、洋菓子、洋酒、ハーブティー等がやや高めの価格で売られている。&lt;br /&gt;地下街でもデパ地下でも、いかにも買う気のなさそうな風体のオジサンには声はかからないし、一瞥されるだけだから、かえって気楽に“ウインドショッピング”ができて楽しい。こういう楽しみを多くの女性がしているなんて、世の男は知っているだろうか。&lt;br /&gt;　午前、午後の時間帯に地下街もデパートも、ラシック、パルコ、ロフト、東急ハンズなどのお店めぐりをするのは、多くは女性である。男は仕事中であるから当然であるが、では定年になってから、あるいは休日など時間ができたとして男は、栄か名駅あたりまで出てきて“ウインドショッピング”を楽しむであろうか？&lt;br /&gt;　多分、買い物の目当てがあって、それなりの予算が立てられて初めて出かける気になるのだろう。出かけたけれども、何も買わないで眺めて帰るなんて“無駄の骨頂”と考えるに違いない。私もそれと大差はないが、いつともなく“店舗めぐり”も習慣化した気がする。もっとも、連れ合いのお供は苦手だが。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜雑談の櫂第１１号－2009・4・15から＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-09T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7501.html">
<title>ちょっと、パソコンから離れ</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7501.html</link>
<description>体調快復に努めます 　今日から２週間の予定で、「隔離療養」を受けます。 　在宅の...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;体調快復に努めます&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;今日から２週間の予定で、「隔離療養」を受けます。&lt;br /&gt;　在宅のままでは、薬飲ままならず、食事もパソコン作業も自制がきかない、わが精神の脆弱性に断！&lt;br /&gt;　というほど大げさではありませんが、暫く、他人さまの厄介になることに。&lt;br /&gt;　ブログもお休みか、「雑談の櫂」の、古い記事を採録したものを時々。復帰してから「追い書き」という方法もありますが、空白日もあります。しようがないかな。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;&lt;strong&gt;　捨てる&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;&lt;br /&gt;小雨の中　ゴミ収集車が近づく&lt;br /&gt;わが家から出したそれは&lt;br /&gt;手慣れた作業員の手で&lt;br /&gt;すばやくホッパーに放り込まれた&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;&lt;br /&gt;着古した作業服の&lt;br /&gt;袖と胸のあたりにシミがある&lt;br /&gt;いくらこすり洗っても消えない&lt;br /&gt;マシン油の痕跡であった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;モーター音と切削音と油煙&lt;br /&gt;フォークリフトとガータークレーン&lt;br /&gt;同じ作業服と同じ作業帽&lt;br /&gt;機械工の集団の中にいたあのころ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あれから十余年&lt;br /&gt;もう捨ててしまえば　といわれて梱包した&lt;br /&gt;捨てたのは油の染みた作業服&lt;br /&gt;運び去られたのは切り取られた過去&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #0000ff;&quot;&gt;明日また一つ　過去を捨てに出そう&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜Ｃ＆Ｌリンクス愛知・第５６号－２００９・11・30／巻頭詩＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>折々の詩／四苦八句・川柳</dc:subject>
<dc:subject>日記・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-08T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/12-c00d.html">
<title>老兵たちのフォーラム12月例会（４）</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/12-c00d.html</link>
<description>　「食」について・４ 　食はその国の文化を表現する－映画の中の食事 　今回のテー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「食」について・４&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;食はその国の文化を表現する－映画の中の食事&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　今回のテーマは、これまでみてきた通り、「食」の問題を「食糧問題」として、政治的、社会的、もっといえば世界規模の問題として捉えてきた。&lt;br /&gt;　また今回は取り上げなかったが、「何を食べてきたか」という、それぞれの人生の軌跡をたどる話も少なくなかった。しかし、それは割愛した。&lt;br /&gt;　一方私は、家事・家庭における「食」の問題をもう一つの切り口とした。そこへ、１１月例会から新たに会員となられたＴさん（女性）は、映画評論を自ら本業と称して、「映画の中の食事」シーンを取り上げ、「食はその国の文化を表現する」という、新鮮な話題を提供してくれた。レジュメを引き写すと、&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;１）「美食とワインは、人生の喜び－フランス」&lt;/strong&gt;と題して、&lt;br /&gt;①バベットの晩餐会－１９８７年／デンマーク／ガブリエル・アクセル監督&lt;br /&gt;・１９世紀後半の、デンマークの寒村が舞台になったプロテスタントとカトリックの宗教観の違いが「食で表現される。&lt;br /&gt;・フランス革命が、フランスのレストラン文化の源であること&lt;br /&gt;②パリのレストラン－１９９５年／フランス／ローラン・ベネキ監督&lt;br /&gt;・こよなく食を愛するフランス人が、「食は教養のひとつ」と考える様子。&lt;br /&gt;③８人の女たち－２００２年／フランス／フランソワ・オゾン監督&lt;br /&gt;・女性をワインになぞらえ、その個性を活写する。&lt;br /&gt;　という具合で、映画の中の、食べるシーンをとらえて、そのお国柄の違いを語ってくれた。そしてプロテスタントの国イギリスの食事はまずい、といい、なぜかといえば、まずいものを選んで、黙って（耐えて）食べるからだという。そこには歴史的背景があって、大航海時代からの植民地主義の国イギリスは、植民地の経営では、現地の食事（文化）に馴染んでいくところから始めたからだという。将校も兵士たちも、母国の料理を持ち込むことはしなかったのだという。面白い話であった。&lt;br /&gt;　ちなみに、日本映画は、こうした食事シーンというのは少ないし、それが焦点化することは少ないのだという。これは「飯は黙って、さっさと食え」みたいな、日本文化の一つの表れかもしれないと思った。&lt;br /&gt;　話が弾んで、日本料理というのは、味付けがほとんど「醤油」だけ、という点に特徴があり、スパイスやソース・タレ・ドレッシングは、西洋料理、中国料理に較べ、極めてシンプルなのだという。&lt;br /&gt;　それに対して「日本料理は、味わい深さと共に、旬のもの、かたち、色合いに“美”が込められているという特徴がある」という意見も出された。　尚、以下の話も面白かったが、紹介にとどめる。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;２）家族の絆は食卓で－イタリア&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;①ゴッドファーザー　②星降る夜のリストランテ&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;３）すべての基本は、ハンバーガー－アメリカ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;①「マジソン群の橋」は、アメリカ版団塊の世代が、大人になってベジタリアンになるという「世代批判」が面白い、といい、どの映画も、ハンバーガーかフライドチキン、「単調な食」を気にしないタフさを指摘。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;４）食の広がり無限大－中国&lt;/strong&gt;（本土・台湾・香港）&lt;br /&gt;　中国大陸では、北方（粉食）、南方（米食）とはっきり分かれるという。そしてどこへ行っても、そこにある食材で調理し、それがおいしいのだという。&lt;br /&gt;映画から話を起こしたことと、知らないことが多いなあと思った。　&lt;br /&gt;最後に、参加者からそれぞれ推奨するお店として幾つかが紹介されたが、体調が戻ったら行ってみようかな。　&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>地域活動と話題・地方自治</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-07T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/12-571c.html">
<title>老兵たちのフォーラム12月例会（３）</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/12-571c.html</link>
<description>　「食」について・３ 　食糧危機・食料自給率の問題 　会員のＫさんは、「食料危機...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「食」について・３&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;食糧危機・食料自給率の問題&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　会員のＫさんは、「食料危機は本当なのか？」という問いかけから議論を掘り起こそうとした。&lt;br /&gt;１、人口増加で食糧が不足？・・・たしかに１９５０年で地球人口は２５億人であり、２００８年で６７億人となり、２０５０年では９１億人（７６億～１０１億人－国連の中位推計値から）になると推計されている。&lt;br /&gt;　そうした数値がある一方、①どの国も経済が伸展し、ＧＤＰが高くなると少子化が進む。②世界人口の約６割を占めるアジアでの出生率は低下。という説もあり、必ずしも右肩上がりに人口が増えていくとは限らない、というのであるが、多少の誤差があろうとも単位は「億」であり楽観できない。&lt;br /&gt;２、次に、ＢＲＩCｓの成長で穀物の需要が増大？・・・ブラジル、ロシア、インド、中国をさし、これらの国の経済が発展を続ければ、工業用原材料だけでなく、食文化の変化で、畜産の穀物の需要も増大していくだろう。だがその一方で①畜産技術の進展。②食文化の影響（人口世界第２位のインドでは、ヒンズー教徒は牛肉を食べないの例）もある、という。&lt;br /&gt;３、食料生産が限界？・・・①穀物収穫量は、品種改良、化学肥料の普及で飛躍的に増加。例えば、小麦を取り上げてみると、第１次世界大戦のころまでの人類史約５千年間は、１ha当たり１トン程度が、現在では、多いところでは８トン台の収穫である。②日本をはじめ、世界各地に広大な休耕地・・・データの出所はわからないが、日本でいえば農地４７４万haのうち１５４万ha（３２％）が休耕地である。世界全体では、約３億５千万haで、２２％が休耕地といわれている。（そうさせているのは何か？）③世界各地に耕作可能な土地が存在・・・その例としてブラジルをあげ、ここでの現在の農地は、６，６００万haであるが、他にセラード（半乾燥の大地）が２億ha以上あり、そのうち約１億２，７００万haで耕作が可能であるとされる。つまり、耕作地をフルに活用できれば、食料の需給は可能であるというわけである。&lt;br /&gt;　議論の中では、食料自給率の問題が取り上げられた。その一つに、日本の自給率の計算方法の問題が指摘された。計算式において、食糧の廃棄量が、総消費量として分子に加われば、自給率は１０％以上、上がるといわれ、また、日本は総カロリーで計算するが、海外では金額ベースであるという。これによる計算式の違いも１０％以上とされる。&lt;br /&gt;　なぜ日本の場合、計算式を世界と統一せず、自給率が低く出るカロリーベースなのか、ということであるが、Ｋさんは、食糧の危機意識を高めようとする農水省の策謀ではないか、というのであるが、どうなんだろう。&lt;br /&gt;　いずれにしても、食糧の生産は、地球の温暖化・気候変動に大きく左右されると同時に、地球全体から見た「配分」の偏重をどう克服するか、戦争、暴動の原因となってきただけに、一国主義では解決できない。それは結局、結論など到底見出せないが、各人の自覚と行動に依拠せざるを得ない、ということだろう。　（さらに続く）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>地域活動と話題・地方自治</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-06T12:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/12-71a9.html">
<title>老兵たちのフォーラム12月例会（２）</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/12-71a9.html</link>
<description>　「食」について・２ 　報告・提起をされたＮさんは、以下のように述べた。 1．飽...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「食」について・２&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　報告・提起をされたＮさんは、以下のように述べた。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;1．飽食による環境破壊&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　・・・農耕の開始は最初の環境破壊であった。牛肉を作るには、10倍の穀物が飼料として必要（豚肉なら3～4倍、鶏肉なら2～3倍の穀物でよい）。&lt;br /&gt;　イワシはそのまま人の口に入るのは2割で、残りは家畜や養殖魚の餌（ハマチはイワシの8倍を必要）。&lt;br /&gt;　エビの養殖のために、海岸線に広がっていたマングローブの林は伐採され、生態系は破壊された。&lt;br /&gt;　日本人の1人1日当たりの供給熱量は、2004年の統計では、2,562Kcal（０８年で、2,472,6 Kcal）で、摂取熱量は１,９０２Kcalで、その差660 Kcalは廃棄量である。&lt;br /&gt;　農水省の推計によると、２００５年度に国内で提供された「純食料」の重量を合計してみる。6,433万トンになる。１年間に日本で捨てられる食料は1,651万トンになる。世界の食料援助の総量は2004年で1131万トン、（2007年で590万トン）である。一方、母子家庭や高齢者世帯で食事に事欠く人は、少なく見積もっても65万人という推定もある。&lt;br /&gt;　魚介類での贅沢度－世界の総輸入量に占める日本の比率（略）&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;２．食の変化&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;食のお手軽化&lt;br /&gt;食の外食化とスローフードへの転換&lt;br /&gt;日本における食料の2面性&lt;br /&gt;　必需品と奢侈（しゃし）品　生命維持にとって絶対的な必需品としての側面と、グルメとしての奢侈品の側面。&lt;br /&gt;　この区別は政策的にも重要であるが、その区別はほとんどの国民にとって実感が湧かない。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;３．　食品添加物（略）&lt;br /&gt;４．遺伝子組み換え食品（略）&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;５．狂牛病とBSE（略）&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;食糧は第３の武器か&lt;br /&gt;1973．10．17　OPEC（石油輸出国機構）が親イスラエル国への原油禁輸、公式価格の引き上げ。　　&lt;br /&gt;1980．1．4　　カーター大統領はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して、1,700万トンの小麦・トウモロコシの輸出を停止（1975年の長期穀物供給協定による事前協議なしの800万トンは許可）。&lt;br /&gt;　アメリカ中西部の市民のステッカー　「1バレルの原油には、1ブッシェルの穀物で」。&lt;br /&gt;しかし対ソ禁輸の呼びかけに応じたのは加・豪・ECなどだけで、アルゼンチン・ブラジルなどは米の禁輸分を肩代わりした。なお、余った100万トンの小麦を日本に買うよう要請（実現せず）。&lt;br /&gt;1981．4　　レーガン大統領は解除（農民の不満と抗議）&lt;br /&gt;　ここでは多くを省略したが、内容的には網羅されていた。またデータは年々変化しており、目安に過ぎないが、日本の食料廃棄量が、アフリカのある一国の総供給量に匹敵するという事実は、クジラやマグロの漁獲制限にあれこれ言える立場ではないことを示している。&lt;br /&gt;　「食」の問題は、生きていく上での根源であると同時に、ものを考え、行動する上での原点でもあるようだ。　&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;（続く）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>地域活動と話題・地方自治</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-05T13:45:08+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3769.html">
<title>食べ物の安全</title>
<link>http://tomo-gongura.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3769.html</link>
<description>　＜老兵たちのフォーラム12月例会・補足＞ 　ちょっと古い記事であるが 　今回の...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;＜老兵たちのフォーラム12月例会・補足＞&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ちょっと古い記事であるが&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　今回の老兵たちのフォーラムでは、「食」の問題を取り上げたが、話題の関心は、どちらかといえば、「何を食べてきたか」と「食料自給率」に偏っていたような気がした。それは別のところで書くので、「食の安全」について、若干の補強をしたい。とはいっても、以下の記事は、2008年2月発行の「雑談の櫂・第4号」から「随想－家事について・４」“食べ物の安全”“産直の共同購入”“買う時の基準は何か”から、抜粋して引用したものである。&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;ＣＯＯＰよ、お前もか！といいたいが・・・&lt;/strong&gt;　 &lt;br /&gt;　「中国製のギョーザで中毒」には、改めて驚かされた。&lt;br /&gt;　捜査は半ばで、はっきりしたことはいえないが、「赤福」や「吉兆」とは、問題の性格が随分と違う。つまり、食糧自給率の低いわが国では、外国、特に中国への依存率は高く、また貿易上のバランスからも、直ちに輸入禁止とはいえない事情がある。&lt;br /&gt;　台所を預かる主婦（主夫）も、“中国産は危ないから買わない ”というだけでは済まされない。それは、中国以外からの輸入魚介類はどうか、遺伝子組み換え食品のとうもろこし、大豆は心配ないか。このように食材全般が“危機 ”にあることをまず知っておくべきであろう。&lt;br /&gt;　それにしても、ＣＯＯＰの名前と商品名が列挙されて、「参ったなあ」とため息。&lt;br /&gt;一応「生協だから大丈夫」と広言していたこともあるから、そういう“安心 ”部分が揺らぐことは、その“震度 ”の大きさに関係なく、がっくりする。&lt;br /&gt;　もっとも私の場合は、ＣＯＯＰで買う食料品は限られる。夕食の食材を買うことは稀である。多少日持ちのする納豆、沢庵漬け、梅干、味付け海苔、醤油、みりん、麺類とそのつゆ、ついでに牛乳、玉子くらいだろうか。&lt;br /&gt;　購入の多くは、ＣＯＯＰとなんらかの関わりがある「推奨品」と思って、台所やトイレ、洗濯の洗剤、酸性の漂白剤、シャンプー、リンス、固形石鹸くらいである。&lt;br /&gt;　どのＣＯＯＰの店舗にも、商品棚に市販と同じものが結構並んでいるので、「ＣＯＯＰの看板が泣くなあ」と思いつつ、品揃えができないか、ＣＯＯＰ印は「割高感」があるから、市販のものも置いているのかな、とくらいにしか思っていなかった。&lt;br /&gt;　そういう事情だから、ＣＯＯＰに「中国製」が並んでいるとは知らなかった。ただ、昨年の暮れに買った「蜂蜜」が、後でラベルを見たら「中国産」となっていて、“ま、いいか ”と思ったことはあった。中国産でも、きちんと商品検査をして売っているのだろう、という“思い込み ”があったことは確かである。&lt;br /&gt;　「ＣＯＯＰよ、お前もか」といいたいが、それを言うにしても、なんとなく｢任せきり｣の立場であれば、声を大にしてとは、なかなかいいづらい。&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;産直の共同購入など&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　ところで、台所に立てば誰でも、食材の善し悪しは一応吟味する。&lt;br /&gt;　見た目、臭い、手触り、時には口に含んだりする。調理したあと、最初の一口で“変だ！ ”と思った瞬間に吐き出して、“水際 ”で、辛うじて回避することもままあることである。しかし、食材に含まれる残留農薬などの化学物質、重金属類は見分けられない。&lt;br /&gt;　スーパーなどでは、高い値段ならおいしいだろう、間違いないだろうと、それだけの基準で買うこともないわけではないし、安いというだけで手を出してしまうこともあるが、自作農でない限り、店頭から購入するしかない。&lt;br /&gt;　それでも、ある程度は地産地消を意識するとか、あるいは産直購入などを利用する方法もないわけではないが、個人で少量の購入には向かないので、共同購入となる。&lt;br /&gt;その場合、あたりまえのことだが、コミュニケーションをいとわない、当番もあることをわきまえておかねばならない。&lt;br /&gt;　&lt;strong&gt;買う時の基準は何か&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　とはいえ現実には、折り込みチラシを見て、スーパーマーケットで食材を求めることになる。そこで今や主婦（主夫）は、何を基準にして品定めするのであろうか。&lt;br /&gt;　「無添加」「国産」「無農薬」「有機農法（栽培）」であろうか。あるいは大手食品メーカーの「ブランド商品」であろうか。つまりコマーシャル信奉か。はたまた、「買ってはいけない」（週刊金曜日刊）商品の除外が基準であろうか。&lt;br /&gt;　それもあるが、「賞味期限」しか見ないという人もおられるようし、パックの裏側に表示してある「成分表」を見て、品較べする人もおられよう。&lt;br /&gt;　そういえば私の経験であるが、あるスーパーで佃煮の「昆布しぐれ煮」を買い求めようとしたところ、「ふ○っこ」と、やや高めの「貝○」の二種類があった。ちょっと迷ったが、「貝○」の方にブランド力があると感じて、こちらを購入した。&lt;br /&gt;　暫らくして週刊金曜日の「買ってはいけない」コーナーで、「ふ○っこ」の商品がヤリ玉に上がっていた。なんて書いてあったかなあ・・・。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>地域活動と話題・地方自治</dc:subject>

<dc:creator>tomo</dc:creator>
<dc:date>2009-12-04T17:24:00+09:00</dc:date>
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<title>老兵たちのフォーラム12月例会（１）</title>
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<description>　「食」について・１ 　昨日は、外出を控えている中、テーマを提起したこともあって...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #000000;&quot;&gt;　&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「食」について・１&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;　昨日は、外出を控えている中、テーマを提起したこともあって、以下のレジュメを用意して例会に参加した。&lt;br /&gt;　・・・このテーマについては既に「四季雑談の会」で、取り上げてきたことを、みなさんに「雑談の櫂」の誌面を通して、報告もしてきました。それで、ここに来て敢えてこのテーマを提起のしたのは、「男の老兵」のみなさんが、日常・家事の中心軸、「食」の問題をどう捉え、考えておられるか、という点が気になっていたからです。&lt;br /&gt;　このフォーラムの中心的課題の多くは、社会的、政治的テーマでした。家事という私的な領域ではありますが、いってみれば、個人として政治や社会とつながり、関わっているということは、台所と社会もきっちりとつながっていることに他なりません。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; そしてもっと根源的なことは、人類生誕以来この方、「食」は人類と共にあって、未来永劫普遍的なものでもありましょう。ですから、そんな身近なことにアプローチする価値は十分あります。仮に、男と女の役割分担を明確にしておられ、「男子、厨房に入らず」であったとしても、1日に、２度か３度の食事をして、子供、孫たちの健康とひもじさのない未来を願うならば、このテーマは無縁ではないと思います。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; 以下は、既に紹介したものであり、項目だけ書き添えておきます。&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;１、食品の安全性の問題&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;１）安全な食べ物はどこにある　２）表示制度について（食品衛生法、ＪＡＳ法、景品表示法、他）　３）食品添加物表示について　４）食品表示は、その食品の情報開示－よく読んで対応すること。５）日本の食料自給率と、私たちの食べ方、暮らし方&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;２、放射線照射食品について&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;３、遺伝子組み換え生物（食品）について&lt;br /&gt;４、議論のとっかかり&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;１）食品に関しては、毎日で長期のことであり、何か影響があるとしたら、子供や孫たちの健康被害が心配だ。何か、手を打つ方法はないのか。&lt;br /&gt;２）世界人口の増加、砂漠化や、気候不順、水不足で耕作地が荒廃していく可能性もあり、海洋資源も乱獲で枯渇化、そうした食糧問題は世界的な問題ですが、特に、食料自給率の低い日本では、この先、どうしていけばいいのか。&lt;br /&gt;３）今日の参加者に何を求めるか？とりあえず、何をすればいいか？　　その他。&lt;br /&gt;　以上が、四季雑談の会で取り上げた内容であり、このブログでも紹介した。そこで、「 議論・話題の広がり 」に寄与するため以下のコメントを追加した。&lt;br /&gt;１）農業、漁業の問題を、グローバルな貿易問題、環境・資源問題、安全性の国際基準から考える必要がある。&lt;br /&gt;２）各国独自の、農林水産政策を維持する必要性を認めるべきである。（農業保護政策を容認）&lt;br /&gt;３） 地球環境・気候変動問題、人口問題に関して農林水産技術の、発展途上国などへの無償供与。不毛地の共同開発。&lt;br /&gt;４）国内の第１次産業の育成、維持、発展を国政の中心軸に据える。雇用につながる支援策の必要性。&lt;br /&gt;５）安全性を第１に、農業、漁業での技術開発。特に効率的な農地整備、作物の奨励。漁業の養殖、畜養。&lt;br /&gt;６）学校給食、学食、工場食など、大量消費の場での政策的消費対策。食育の推進。&lt;br /&gt;７）食糧の流通に関する政策－輸送コスト削減・効率的輸送。「地産地消」の推進。&lt;br /&gt;８）健全なる食事・・・適切な摂取カロリーと栄養バランス。（成人一人1日、１８００Ｋｃｌ？）&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;楽しみの食事・・・グルメ、外食に一工夫、家族団欒。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;高齢者の食事・・・メタボ、糖尿病、認知症対策の食事。&lt;br /&gt;９）つくる、食す、料理を楽しむ。簡単な料理、自炊の勧め&lt;br /&gt;　　料理の基本を知る&lt;br /&gt;①ダシの３要素＝鰹節、煮干し、昆布、椎茸（他に豚骨、トリガラなどからうま味を取る）&lt;br /&gt;　　⇒鍋もの（特にカニすき）、すき焼き、関東煮などの残り汁を雑炊にして食すと、これが旨い！様々な素材から出る「うま味」が凝縮されているからだ。但し高カロリーなので要注意。&lt;br /&gt;②基本味＝甘味（あまい）、酸味（すっぱい）、塩味（塩からい、ピリッと辛い）、苦味（にがい）の４つが基本味（渋味もあるが、味付けに使うことは少ない）、最近は、グルタミン酸成分の「うま味」が加わった。&lt;br /&gt;⇒グルメ番組での味表現は、「あまい」「やわらかい」「歯応えがある、腰がある」「ジューシー」「フルーティー」などが定番。「上品な味」「懐かしい味」といったほめ言葉が、会話に味をつける。&lt;br /&gt;③料理のさしすせそ＝「さ：砂糖」「し：塩」「す：酢」「せ：しょうゆ」「そ：味噌」のこと。またこの順番で味付けをするといいと言われ、料理の基礎として知られる言葉。&lt;br /&gt;④調理法＝「煮る・煮込む」「焼く・炙る」「蒸す（ふかす）・燻す」「揚げる・茹でる」「つける・ひたす・寝かせる」「混ぜる、かける、まぶす、分ける」「挽く・潰す・濾す」&lt;br /&gt;　⇒このような調理方法から、どんな料理が思い浮かぶか。&lt;br /&gt;10）あなたの好きな料理ベストスリーは？&lt;br /&gt;　　あなたのお気に入り、お勧めのお店は？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　チューターのＮさんは、もう少し突っ込んだ内容を報告された。　&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color: #666666;&quot;&gt;（続く）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>地域活動と話題・地方自治</dc:subject>

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<dc:date>2009-12-03T18:42:46+09:00</dc:date>
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