2016年9月30日 (金)

C&Lリンクス愛知・第75号

 参院選の経過を中心に
 昨日に続いて今日の午前中は、弁護士事務所1か所と社民党を訪問して、あいちキャラバンの報告と最近の情勢などの意見交換を行った。これでインターネットの関係を残して、あいちキャラバンのすべての作業が終了した。
 午後から「C&Lリンクス愛知・第75号」の印刷にかかった。今号は久しぶりに20ページ建てとなった。中心は参院選挙に関するもので、参院選の告示6月22日から投票日の7月10日までの“選挙日録”を縮小して掲載したが9ページを占めた。(文字ばっかりでスルーされそう)項目は以下の通り。
 巻頭詩「キャラバン」/齢七十路の、おもらし記・9/巻頭詩点描/参院選2016 「立憲・平和、リベラル政治」の道を一歩ずつ /寄稿・「総がかり」の立場からの私的な「選挙総括」 /政治を考える市民の会の活動を終えるにあたって /“あいちキャラバン”運動を総括する/あいちキャラバンの足跡/“牧野 剛死す!”追悼 /ピースサイクル2016・愛知
 編集しながら、印刷しながらずっと思い続けていたことは、多分読んでもらえないだろうなあ、「字」ばっかりだからなあ。だったら方針を変えればいいと思うのだが、「活動誌」ではないことと、「限定配布」という甘えもある。そして、“そう先があるわけじゃないから”という思い込みによる「自己満足」は否めない。
 故牧野剛さんの追悼文は、5月23日のブログがベース。そして「齢七十路の、おもらし記・9」とセットである。この「おもらし記」は、9月25日の「牧野剛さんを偲び、語る会」の追悼挨拶の草稿である。当日は2分も語れなかったが、草稿は5分のものであった。
 最終ページは、ピースサイクル2016の経過報告と日進市での歓迎交流集会の全員写真で締め括った。
 これで何とか、夏の繰り越し分の大半をこなして、すっきり10月が迎えられそう。

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2016年3月29日 (火)

C&Lリンクス愛知第74号(2)

 あいちキャラバンの呼びかけ、他
  この日の夕刻からは、「安保法制施行に反対する3.29あいち緊急行動」が予定されており、その時間に間に合わせるには、編集の仕上げと、印刷・セット・発送作業を5時までに終えねばならない。だがこれはかなり難しいと判断して、まず16頁の予定を12頁にした。発送作業は、3分の1を第1次分とすることにして作業に着手した。
 今号の内容は、1)巻頭詩「2020年 その時生きていたら」/目次。2)齢七十路の、おもらし記・8。巻頭詩点描。3)あいちキャラバンを成功させよう!◇政治決戦2016、参院選へ本格始動◇賛同の呼びかけ(A案)◇賛同の呼びかけ(B案)4)復刻・地域共同行動の基盤形成をめざして-「民衆ひろば」の位置と方向-、5)「この国のかたち」を考える◇NHK「司馬遼太郎思索紀行」から◇ミサイルと宇宙ロケット-安倍の「軍事」を垣間見る。6)あとがき。
 印刷場所まで自転車で10分余、‘あっ!A3の用紙がない!’急遽文房具屋へ走る。印刷機の調子が悪く、2~3枚で‘紙詰まり’を起こし、その都度操作するなどして、100部の印刷、セットを終えたのが午後3時少し前。急いで帰宅し軽く昼食をとって、発送作業に入ったが、挨拶の短冊、宛名シールが不備となっていて、これも急遽作成、封入を終えたのが午後5時半過ぎ。切手を貼って投函を終えると午後6時過ぎとなり、会場まで1時間かかるので、デモの出発した後に・・・。
 ついに集会参加を断念することとなった。31日の「あいちキャラバン・相談会」資料もメインの一つだったので、どうしても、ぎりぎりのこの日の発送が欠かせなかったのだ。
 かつては、共同作業の相方がいて、何かとスピーデーに事が運んでいたが、活動の縮小に伴って、「ひとり団体」となったのが現状。「運動・活動」はやはり、一人やるものではない。とはいえ幸い、いわゆる「肩書」を持っていないので、細々としてでも「活動家のはしくれ」との自覚は持ち続けていて、少部数でも、こうした冊子を送り出すことができている。それはそれで意味もあろうと思うのだ。
 次号は「2016参院選の総括」としたいが、総括できるほどの活動ができるかどうかだ。まずは体調管理、か。

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2015年3月25日 (水)

C&Lリンクス愛知を復刊

 1996年の小論を復刻
 先日、「地域労働運動・愛知1970-2010」に関する資料が出てきて、これを再録してみたい気になったと書いたが、いまさら、なんだか無駄な努力のように感じつつ結局全文を打ち直した。さてそうなると、これをどう生かすかということになり、‘う~ん、また仕事が増えるな’と思いながら、「C&Lリンクス愛知」の2年ぶりの復刊に思い至った。
 2年前、これをもって休刊となった2013年2月15日付・第72号の版下が残っていたので引っ張り出してみると、おお、なんと24頁建てで、特集「衆院選の『大敗北』から、巻き返しへ」が15頁にわたって書かれていた。たったの2年前だというのに、これを私が書いたのか?とすら思ってしまった。
 もうそんな知力、気力、体力ばかりか意欲が持てるだろうか、とは思ったが、12頁建てなら、年に3~4号くらいならやれそうかな、この時期、この政治状況を看過できないのなら、‘一歩前へ’ではないのか・・・。
 早速着手した。巻頭詩は「ミニ詩集」から「ホワイト企業」を転載した。「齢六十路の、おもらしき記」は「七十路(ななそじ)」として、メールで公表済みではあったが、「歴史的文化財の破壊」を転載。「田畑 累の政界観察記」は、これもブログで紹介済みの「民主党代表選挙」を下敷きに書き直して「安倍対抗に‘ダメ民主’を生かせ」とした。
 次に「反自民・非共産=社民主義・リベラル・緑の思想」についても公表済みであるが「やはり必要か、思想基盤・政治路線」というタイトルに代えて手直しした。そして、これもメールでしっかり紹介済みではあるが、メールをやらない人、リストにない人も多くいるから、ジャーナリスト・高橋恒美さんの「緊急アピール“安倍反攻”を許すまじ」を紹介することした。
 そしてそのあとに「地域労働運動・愛知1970-2010」の(6)として「狭間の労働運動・メモランダム-地域共闘の結び目」を収録した。書下ろしがないだけに3日間で仕上げたが、次号からは論考を深めたい。
 

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2013年2月19日 (火)

巻頭詩「参道」

 リンクスに久しぶりの詩を掲げる
  15日付で発行した「C&Lリンクス愛知」の巻頭詩は、「参道」で、久しぶりに“詩らしきもの”を掲げた。
 その巻頭詩「参道」は、元高校教師を訪ねた時の散文詩のようなものだが、今また“自分はこれからどうなるのだろう”という思いをかき立てられ、その気持ちを書いた。
  「巻頭詩寸評」では。「・・・華やかな祭り(青春時代)もあったし、イベントに加わる(いろんな活動)こともあり、人と交わり、行き交うことで、私なりの人生があったと思っている。だが、決して多くはないが、まだこの先があるのである。思いもよらぬ病気や、失うものも少なくないだろう。そして“終末”は、どんな形をもって私を迎えに来るのだろう。その時私は、在宅、病室、施設・・・。考えれば考えるほど、気持は穏やかにならず、さりとて、そこに留まってばかりはいられない。T先生よ、今どんなお気持ですか?」

   
参 道
 
覚王山日泰寺に至る参道は冬の中
春祭り 夏祭り 参道ミュージアムもない
枯れ葉の数ほど 行き交う人もなし
その中に私はいた

四季雑談の会の茶席にと求めた
懐かしいあの駄菓子屋さん
今も靴箱にある 履くことのない
下駄を求めたあの履物屋さん

日泰寺前を左に折れ 右に曲って
閑静な住宅街を抜けていく
人の営みがそこにあるのに
なぜかひとり 枯野に取り残されたような

時には歩をゆるめ 気がついては早め
“いち倫 ”という茶房 専修寺を通り過ぎる
大きな白いマンションが見えてきた
陰になるようにして隣り合わせ 

その老人ホームに高校の恩師はいた

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2013年2月14日 (木)

久々に「C&Lリンクス愛知」

 徐々に苦しくなってきたなあ
 最後の手直しで手間取り、印刷までたどり着けなかったが、ようやく版下を完成させ、明日印刷となった。午前中は雪模様とあるが、学習センターまで歩いてでも出掛け、午前中には終わらせたい。
 さて第72号は、巻頭詩に「参 道」をもってきた。高校の恩師をホームに訪ねた時のものだ。「齢六十路の、おもらし記・8」は、「いじめ」を取り上げた。田畑 累の政界観察記は、「解党的出直し論は、進むか」さらに特集は、「衆院選の『大敗北』から、巻き返しへ-脱原発派は、『政治力』を持てるか-」これは15ページに及ぶ。以下「3・11と参院選挙―私のできることとは-」/新年の朝「忘れない!福島と沖縄」/映画評「希望の国」/郷蔵21・タイトル集<09月~01月抜粋>/被災地支援カンパ要請と尾形慶子のプロフィール/あとがきで、全24ページ。
 あとがきは「(前略)・・・総選挙の結果は衝撃であったし、自民党の復権で『脱原発』に靄がかかり始めた。それでも“なるようにしかならない”と、たかを括っていると『歴史は繰り返される」が、思いのほか早くやってくる、と危惧するのは杞憂であろうか●“なんとかしなければ”“何かをしなければ”と思っている人は多いと思う。そのきっかけが欲しい、そういう場が欲しい、と感じている人もいるかもしれない。それを政党、政治団体に求めることには不安がある・・・としたら、どうすべきか、本号の課題だ。」
 本誌は少部数であり、拡大しようとする意図もないので、読まれているのは極めて限定的。不定発行の気ままさがアダで、発行が遅れがちではあるが、編集発行は、徐々に苦しくなってきたなあ、という感じは否めない。もっと荷を軽くするとかの工夫も必要だが、ちょっと気持ちを引き締めねばならない、それを強く感じている。

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2012年9月17日 (月)

巻頭詩に代えて

 リンクス第71号の表紙
 71号の表紙を飾る巻頭詩が書けなかった。そのために印刷が二日もずれ込んだと言っていい。そこで“窮余の一策”で、俳句三首、川柳4句を詠んだ。
夏から秋へ
▼群生の コスモス先の一本松
▼秋刀魚食う陸奥の海香の静かさよ
▼ 赤旗(はた)揺れるハイビスカスは娘(こ)らの手に
           
― 扇(せんのおうぎ)
政治(まつりごと)より祭り
▼ハシズムに “石 ”二つあり 安倍ヤベエ 
▼原発ノー 増税もノーだ 野田もノーだ
▼だからイヤ おとこの政治 オスプレイ
▼二十億で もめ事買って 列島(しま)揺らぐ
           
― 茶蘭ポラン
 巻頭のうた点描は、
 走り続けている自転車は倒れない。上手に回したコマもいつかは倒れる。盆栽に水を欠かすな。
 続けていることで、下手は下手なりに次につなげることができる。6か月も詩作から遠去かっていると、その空白は容易に埋められない。テーマと情景、それは浮かんでは来るが、雲のように形なき形を作りながら、やがて消えていく。積乱雲のような、湧き上がる強さは微塵もない。
 さて、詩作を諦め、「俳句」に挑戦。「夏から秋へ」背景に、東日本大震災と沖縄をテーマ。扇(せんのおうぎ)は、「雑談の櫂」で使っている「俳号」である。
 もう一つ、川柳4句の本音は必ずしも、「政治(まつりごと)より祭り」ではない。しかし、自民党の総裁選を見ていたら、なんでこんな“右寄り” の政治家ばかりなんだ!と誰しも思ったに違いない。だからといって、民主党・野田政権を見てみれば、原発、税金、沖縄、尖閣どれをとっても、要するに「疑似自民党」ではないか。「三党合意」とは、公明党を巻き込んでいるとはいえ、自民党が演ずる「二人羽織」ともいえる。いっそのこと、一時の“秋祭り”であればいいかな、と。
 政界の行方は知らぬ。「自民党+日本維新の会」で「改憲」が可能性となることもあり得ると、福島瑞穂社民党党首は嘆く。それは同感だが、そうなる前に社民党は、共産党は何をしてきたか。本号で触れている「緑の党+みどりの風+脱原発運動の合流」は、「社共」への落胆の反映でもある。
なお、“石”二つは、「石原伸晃+石破茂」であるが、「石原慎太郎+石原伸晃」も捨てていない。

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2012年9月16日 (日)

C&Lリンクス愛知Ⅲ・第71号

 半年ぶりの発行に漕ぎつける
 もう予定通りに物事が運ばないことに一喜一憂するのはやめたいと、つくづく思った今回のミニコミ誌発行であった。半年ぶりに仕上げたものを手に取れば、ほのかな自己満足感が漂うのは確かだが、そのために、幾つもの予定行動がキャンセルされた。
 14日午後の囲碁教室、夜の「日朝国交正常化にむけて-『日朝平壌宣言10周年記念集会』」は、原稿の追い込みでキャンセルしてしまったし、昨日の午後も出来れば、「遺伝子組換え食品を考える中部の会」主催の、映画「暴走する生命」と、河田昌東さん講演「交雑で広がるGM汚染」に行きたかったが、これも断念した。
 極めつけは、今日の午後3時からの、「TMPCWAを支援する本社行動・名駅前街宣」を印刷時間に充ててしまったことだった。来週の予定を考えると、この「リンクス愛知Ⅲ」の印刷は、どうしても今日中に終わらせたかったのである。
 とはいえ、とにかく20ページの第71号が出来上がった。◇巻頭のうた「夏から秋へ」&「政治より祭り」◇齢六十路の、おもらし記・7◇田畑 累の政界観察記-緑の党、みどりの風、脱原発運動の合流を!◇特集「緑の党、結成される」◇みどりの風の地方遊説 名古屋◇橋下徹大阪市長について、その人気度を考察する◇石田芳弘さん、地方自治への情熱をつないで◇核廃棄物、汚染がれきの最終処分場問題◇郷蔵21・タイトル集<03月~08月>◇被災地支援カンパ要請とあとがき。
 「あとがき」では、こんなことを記した。
○前号の第70号が3月15日の発行であったから、半年ぶりの発行となった。この間、何度か編集企画を立て着手しては挫折した。集中力が途切れるからだが、その原因が加齢などとは思いたくない。まだ60代で「現役」との自覚は消えていないからだ。○恐らく大きな目標、節目を持った日常、完遂義務が霞んでいるからだろう。好奇心も時としてほどほどにしなければ。○当初、「民主党見切りの判断」をメインに置く積りであったが、衆議院の解散総選挙も視野に、次号を10月後半に出す腹積もりをして、今号は「緑の党」特集となった。ところがそれも、早くも挫折しそうだ。眼も霞んで来ていて治療が必要となり、パソコンは当分ストップになりそうなのだ。○石田さんのその後を伝えることができて、よかったと思っている。彼の新著を書店で求めてもらいたい。○視力が回復次第ピッチを挙げて、やり残しの仕事に挑みたい。

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2012年3月15日 (木)

詩「風」

 気まぐれではないのだが・・・
 C&Lリンクス愛知・第70号の巻頭詩は、東北の被災地をモチーフにした「風」を書いた。決して気まぐれで書いたり、書かなかったりするわけではないのだが。
 その経過を「巻頭詩点描」に記した。
 巻頭詩点描
 震災、津波の詩を書こうと思ってきた。なかなか書けなかった。わが浅底の泉は枯渇していなかったが濁っていた。透明な目で見ることができなかった。せめてものさざ波のような心境にもなれなかった。
 多くの詩人が、歌人が、俳人が幾千ものを詠んだことだろう、書いたことだろう。花のように爽やかにやさしく、満天の星のように希望をちりばめ、そっと元気づけるような。
 「山脊(やませ)の風」は、東北地方などで、6月ころから夏にかけて、海から陸地に吹く風と言われる。一方「彼岸西風」は、「ひがんにし」と読み、「涅槃西風(ねはんにし)」ともいう。春の彼岸のころ吹く西風だから、「山脊の風」とは反対に、陸地から太平洋に向かって吹く風である。
 漁師たちは風を読み、海の機嫌を窺って漁に出たことだろう。それは今日の糧、明日の希望、未来に向けての漕ぎだしだ。その営みを地震が、津波が全てを奪っていった。まるで現在ばかりでなく、過去の時間までも消し去るように。
 古希を迎えた漁師に残された未来時間には限りがある。だから、現在(いま)が大事で、山ほどの過去は失くしたくはなかった。しかし、自然に逆らうことはできない。失くしたものはまた生み出せばいい、作り出せばいいと、潮風がささやいたに違いない。

    


 山脊の風の吹くころ
 海は荒れても漁はできた 
 波涛を切り裂いて沖へ 明日へ 未来へ
 青い海原 潮しぶき 海鳥のはばたく世界
 
 あの日 水平線が丘のようになって
 あの時間 目が点になり 身は硬直し 足が震えた
 あの一瞬 風を感じた
 あの日 彼岸西風が追い越していったような・・・
 
 舳先が上向いたあとたたきつけられ
 船が一呼吸置くと丘が遠去かって行った
 それは漁港を 家族を 生活を
 一飲みにする巨大な海坊主のうしろ姿 

 無線で叫び続けた 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!
 ブイも防波堤も消え 帰る港はなかった
 それは過去に戻れないかのような現実
 山脊の風よ 彼岸西風よ おまえよ・・・

 潮風が古希の漁師の頬をかすめていった

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2012年3月14日 (水)

C&Lリンクス愛知・第70号

 3・11から1年を期して
 昨年末に第69号を出してから約3か月。いろいろあり過ぎて、間延びしてしまったが、20ページを組んでようやく仕上げた。3月15日付の発行である。
 「●3月11日、東日本大震災・福島原発震人災から1年が経った。あの日、被災地は深い痛手負い、ふるさとは変貌した。“自然災害の日本列島”と“原発安全神話崩壊”を知って、多くの人が、変わろうとし、変わらねばと思ったに違いない。つい昨日まで。●変わっただろうか、いや変わらねばならない。忘れてはいまいか、いや決して忘れない。だから今でもできることがあるはず。そのように心に刻み続けてきた人の多くが、3月10日、3月11日の「脱原発集会・デモ/パレード」に参加したのではないだろうか●ただ、現世はそれだけで動いているわけではない。あれもこれもできないが、あれもこれも視界から外してはいけない、という編集の第70号となった。」(あとがきから)
 内容は、巻頭詩「風」/齢六十路の、おもらし記・6/巻頭詩点描/田畑 累の政界観察記-民主党政権を見切るタイミング/東電・福島原発の震人災を考える(4)/大飯原発の再稼働を許すな!/「南京虐殺はなかった」河村市長発言/追悼!金子信さん、小野木祥之さん/秘密保全法を通すな!/石田芳弘さん、下呂市長選に立候補!/緑の党の“本気度”を探る!/郷蔵21・タイトル集<12月~02月>/被災地支援カンパ要請とあとがき。
 毎度のことながら、ほとんどがブログからの加筆修正したものの転載である。当初「日本人なるものとは何かを問われた―NHKドラマ・坂の上の雲が完結-」を書きあげるつもりをしていたが、頓挫して見送った。しかし、どこかで完遂したいと思っている。活動報告だけでは何かが足りない、そう思うことがあるからである。しかしその力量がないのが本当のところ。

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2011年12月17日 (土)

C&Lリンクス愛知・第69号

 前倒しして印刷へ
 10日の、四季雑談の会の望年会に「雑談の櫂」を手渡すことができて一安心。翌週の12日から「C&Lリンクス愛知・第69号」の執筆、編集に取り掛かり、今日の夜半に一応仕上がった。これも大半がブログにUPしたものの転載である。
  内容は、巻頭詩「喪中はがき」/齢六十路の、おもらし記・5/巻頭詩点描/田畑 累の政界観察記/「政治不信、閉塞感の受け皿」/シリーズ・原発のない明日/東電・福島原発の震人災を考える(3)/沖縄問題について/TPPについての私論/郷蔵21・タイトル集<9月~11月>/被災地支援カンパ要請とあとがき。
  臨時国会が閉会したので、「野田内閣を検証する・1」を書き始めたが、切り口があり過ぎて構想倒れになってしまった。
  編集全体として、状況に乗っていこうとするから、素早く出さないと内容がどんどん陳腐化してしまう。そうしたものを避けて、じっくりと思考重ねて書きたいと思いながら、“私は研究者ではない”という弁解が先立って頓挫するパターンに陥る。
  明日の朝、校正して午後から印刷に走る。3日の前倒しで発行できそうだ。これで・・・と思ったら、今度はAPWSL愛知から発行するウェブの「トヨタ関連ニュース」を冊子化する「Action ReportⅢ」の作業が残っていた。だが半分ほどまで作業は進んでいたから、20日までには仕上がるだろう。
  こうしてバタバタしていて、目白押しの講演会、集会、街頭行動など、ことごとくパスしてしまった。多少悔やむところもあるが、止むなしである。

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