2017年5月23日 (火)

再び地域労働運動を語る

 愛知での地域共闘を軸に
  “生涯で最後の講演”と放言して、去る2月25日の「ユニオン学校」における「地域労働運動」についての語ったところ、思いの外2団体から同趣旨の話を、という依頼が舞い込んできた。前回は「名古屋労組連」の運動が中心であったが、今回は「名古屋労組連」を含めた「愛知における地域共同行動」「地域労働運動」について話す準備を進めている。2週間後の6月4日、5日の連続。
 二つの団体とは「TMPCWAを支援する愛知の会総会」の場で、もう一つは、「人民の力・学習会」の場であり、テーマは「愛知における地域共同、運動の基盤形成」で1時間となっている。草稿からして時間オーバーは確実なので、重点項目を選ぶことと「草稿」を用意して適当に“飛ばす”ことにしている。
第1章 愛知の地域闘争
愛知では・・・新幹線公害問題/境川流域下水道問題/2005年愛知万博問題など。
県境を越えた運動・・・中電の芦浜原発問題/長良川河口堰問題の闘い、他
全国運動に連動して・・・労働運動/反安保・反基地/三里塚闘争他
第2章 地域を巻き込んだ労働争議・運動
(1)「三菱重工・四方君を守る会」と「名古屋労組連」の運動
第3章 働く者の国際連帯活動
世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合
第4章 様々な活動の中で得た、経験と教訓など
終 章 現在地点の課題
 それにしても、“ぼつぼつ店じまい”と考え、諸資料も“身辺整理”として廃棄が終わりかけている段階であり、詳細に踏み込むことは難しく、主催者には“質疑は避けてほしい”とお願いしているが、そうもいかないだろう。
 また、光が当てられることはないと思っていたことに、扉を開けてくれた関係者には感謝している。

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2017年5月18日 (木)

ユニオン懇談会(ユニ懇)

 運動資料の保管、活用を議論
 ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)呼びかけの「ユニオン懇談会」が開かれた。これまでも「ゆるやか懇談会(ゆる懇)」として時折開かれてきたが、私は今回が初めての参加だった。
 呼びかけには「政治を語らずして市民?力を合わすこと知らずに社会人?変えていきたいですね。運動、活動に失敗や挫折はつきもの、でも時々胸が熱くなる喜びもあります。人々の生きざまを聴き語り合い人間関係を深める、そんな場にしていきたい。」とあった。 
  今日は、「運動とその資料の保存」についてSさんが口火を切って、それぞれから文書類、書籍などの保管、処理などについての現状が語られる一方、労働に関する資料収集、保管、活用の機関、例えば大学などでの対応はかつては一部にあるにはあったが、今では皆無に近いという。その背景は、「労働法」に関するカリキュラムの減退があり、学生の関心も薄い、教員も減少、そして保管場所の確保とその管理が難しい、という悪循環に陥っているのだという。
 大学の実態は知らないが、かつて愛知勤労会館があった時には、労働関係の図書コーナーがあったが、建物の取り壊しに伴って、別の県の施設の一角に移されたというが、どれほど利用されているか疑問とのこと。
 ここでいう運動資料は、いわゆる市販本だけではなく労働運動の闘いの記録、成果と教訓など、実践的に使えるあるいは次世代、後世に伝えるものを指すのだが、現実は個人で所有され、本人が亡くなればほぼ廃却の運命をたどり、この世界から消え去ることになる。そこでこの現状を何とかしたい、ということでアイデアも出された。
 私のメモには、①まず“必要とする”運動、機運があるかどうか。②それぞれの運動に“記録、まとめ”の役を持つ人を指名すること。③CDに保存するなど電子化してコンパクトにする。④具体的に保管場所を確保する。ということが書かれていた。
 可能性は脇に置くとして、まず保管場所の確保を優先的に考えてみると、そのための「労働ライブラリー委員会」を作り、そこで、場所の確保、運営費用の検討、基金募集要項、資料収集と展示法、関心を高める催事、そして、管理と当番制など運営方法をまとめる、ということにならないか。
 概算で月額10~20万円の確保は、カンパだけでは難しい面があり、大口の寄付、古本フェア、ブックレットの仲介などの営業面も考えていかねばならないだろう。そうそう、本は重量がかさむので、床の耐久性も考慮する必要があり、木造ではだめという話も出た。また単に保管だけでは「書庫」になってしまうので、狭くても談話スペースを確保して、人の流れが出てこないと先細りになりかねない。
 実現に至る道は険しいが、まずは話題になったことでその端緒についたことは確かだ。

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2017年5月10日 (水)

ACTION REPORT第23号を発行

 トヨタ関連記事を中心に、
 今日の午後、CGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の活動誌「結・第9号」とAPWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)愛知の会誌「ACTION REPORT第23号」が印刷発行された。いずれも年4回の発行である。
 私の編集担当は、「ACTION REPORT」であり、以下の内容で12ページ仕立てである。
  表紙には、関東からの情報をもとに、日韓連帯・争議支援の「韓国サンケン争議」の概要を写真入りで紹介した。
  以下、巻頭の詩『不心得者戯言詩』/前掲後記 /現場たたき上げで初、トヨタの副社長/事務局から /TMPCWA支援・東京総行動-トヨタ本社申し入れ行動と申し入れ書 /海外情報-フィリピンからの「外国人家事代行」第1陣/3・19岐阜総がかり行動で上演「裸のアベちゃま」のシナリオ(原案)/ACTION REPORT VOL.23 <2017年02月~04月> /海外情報「韓国・少女像問題・条例案」提出へ/強制徴用労働者像設置か 。
 東京総行動におけるトヨタ東京本社申し入れの経過は、「結・第8号」におけるTMPCWA(フィリピントヨタ労組)の闘いを紹介した「多国籍企業による開発途上国での労働基本権蹂躙を許さない闘い」の記事を引く継ぐものとして編集された。それに添える形でフィリピンの労働事情の一つ「外国人家事代行」をアップしたが、この第1陣は「ダスキン」で研修に入っている。
 異色の内容として、岐阜の屋外集会で演じられた寸劇「裸のアベちゃま」のシナリオ(原案)を紹介した。かつては、この種の集会では「アジ演説」一本槍だったが、昨今は、アピールとともに歌、音楽も盛んに採用されているが、寸劇(スタンツ)は、マレでしかないので取り上げた。
 韓国の大統領選挙の結果については、間に合わなかったが、例の「少女像」問題の続報と、新たな動きとして「強制徴用労働者像」設置の動きを短く紹介した。
  最後に、「巻頭の詩」は、以下のもの。作者は「作者に漢詩の心得無し。漢字七文字の羅列即ち出鱈目。漢詩冒涜の不心得を許されたい。」と断り書きを付している。尚 本文には「訳」がつけられているがここでは省く。

    当世出鱈目漢詩
不心得者戯言詩
        尾元のん葉

安倍晋三有首相 
帝国日本再建夢 
憲法改悪願望癖 
歴代謀長期政権 

一強独裁盲目人 
教育勅語礼賛人 
武器輸出闇商人 
集団自衛初発動 

言語転換性悪説 
沖縄処分首班説 
原発再稼働重犯 
主権在民嫌悪感 

日本州片合衆国 
仮想敵国露中北 
開戦策謀共謀罪 
元号昭恵採用願 

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2017年3月25日 (土)

第40回ユニオン学校

 地方議員との共同
  今回の「語り」には、安城市議会議員の石川 翼さんが、招かれた。石川さんは、この東海4県で二人しかいないという「新社会党」所属の地方議員で2期目の31歳。40回を数えるこの「ユニオン学校」で議員が講師となるのは初めてだが、それなりの背景があってのことだ。
 彼の選挙基盤は、故和田米吉さんという元議員の地盤を引き継いだのもので、それは「安城地区労」と和田さんが培った地元と人脈であった。そして石川さんは、安城地域のみならず「西三河」の地域労働運動に関与・共同し続けているのである。
 さてテーマ「三河安城地域の労働運動と結ぶ安城市議会の闘い」とあったが、地域の労働運動と市議会がどう結びつくのか、という点に注目した。その一つは、地元企業「M金属」で、外国人研修生との間でトラベルが発生したと、地域のユニオンから相談が持ち込まれた。この件に関して石川議員は、議会の一般質問で企業と行政との間の諸手続きについて問いただし、それの基づく「M金属」の「違法性」を指摘した。ところがその発言を「名誉棄損」として「M金属」が訴訟を起こした。事実関係は脇に置くとして、外国人研修生問題、例えば、賃金が不当に安い、賃金明細が不明確、パスポートを没収する、といったケースが問題となってきたが、この「M金属」でもあったとされさらに税金逃れの、研修生の架空の「扶養控除」も問題視された。安城市が企業の不法行為にどこまでメスが入れられるか注視したい。そして石川議員は、「労働問題を抱える(法を守らない)会社は 、他にも何か問題を持っていることが多い」という感想を述べたが、過去の事例からもそのように言えるだろう。
 もう一つは、「安城市勤労福祉会館」が廃止されるかもしれないという事案。地域労働運動と直接関係ないかもしれないが、愛知県勤労会館が廃館されてしまったように、採算性、耐震性などを理由に、この種の施設が改築されずに廃止されるケースが後を絶たない。維持管理する側にも理由があろうが、こうした公共施設を積極的に利活用するニーズの低下は、労働運動、地域運動の後退と無関係ではないだろう。
 またこれらを「労働会館」と呼ばず「勤労福祉会館」と呼称するのには、「広く、働く人たちの福祉・文化に供する」という意味が込められていると思うが、かつての「地区労」がなくなっていった過程と同じように「労働運動=労働組合活動=企業内活動」となって、“地域ぐるみ”の運動がなくなり、また、労働者の生活領域における「互助会」的なものの必要性が薄れてしまった結果でもあろう。
 こうして考えてみると、一大勢力であったかつての「社会党」が衰退していった過程の一断面を、石川議員の話から垣間見た感じがしたのだった。

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2017年3月22日 (水)

CGSUの運営委員会

 残業時間問題が話題に
 ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の運営委員会が開かれ、今月10日の総会の結果を受けて、その方針化が議題であった。具体的には①活動誌「結」の編集方針と第9号の内容・発行日など。②ユニオン共同行動について。③ユニオン懇談会について。④ユニオン学校について。⑤会員の再登録、他であった。
 運営委員会といっても、必ずしも議題一つ一つを「提案・審議・賛否・結論」というように型通りに進めていくわけではない。どの議題でも共通して言えることは、提案されたものは「誰(層)を対象としているか」と「状況報告なのか呼びかけなのか」という点であり、それらについてそれぞれの経験、思うところを出していくというものである。だからしばしば、議題から外れるか膨らんでいくことになる。
 そこには、この会の性格として、すぐさま「交渉」に入るべき相手がいるわけではなく、また徹底させるべき「組合員」がいるわけではないので、日程など基本的なものが確認されればいいわけである。
 そんな中で、昨今の「時間外労働」について意見が交わされた。いわゆる「残業」についてであるが、1日、1か月、年間でそれぞれ上限を決めようとするものであるが、「休日労働」がカウントされないとか、「労働時間」といっても「通勤時間、休憩時間、定時間内労働時間、残業時間(超過勤務)」で構成されているから、その総体から見ていかないと「過労死」防止にはならない。
 そればかりでなく、「労働密度」「勤務体制」「有給休暇の取得率」なども勘案されねばならないだろう。もっと突っ込んでいえば、そもそも「労働基準法」について、どこで教育・研修を受けることができているのか、それは労働者・労働組合だけでなく経営者にも言えることである。
 この「残業時間規制」の問題は、例の「過労自殺」に端を発した。そのこととは別に、私はあまり発言することはなかったが、「経営者たちの表向きは“反対”とは明確に言わない。それは内心で歓迎している面もあるのではないか」と思っていた。というのも、「時間規制」ばかりが取り上げられて、「労働の質、勤務体制」については、「24時間営業をやめる」業界も出てはきたが、「昼夜の2交代制勤務」「連続2交代制勤務」「変形労働時間制」にまでメスは入っていない。また、生産現場での「自働化」は、ロボットの導入で進化し続けている一方、労働時間が把握されにくいホワイトカラーは、危ういままだ。
 それらもあるが、やはり「残業時間が規制されて減ったとしても、仕事量は減らない」ことがありうる。これが問題だ。「定時間内でもっと効率的に、もっと効果的に仕事をこなせ、知恵を出せ」となりかねない。それではコストダウンになっても「過重労働」を招きかねず、「過労自殺」をなくす方策とはなり得ない。
 先進国はもとより新興国をはじめとする世界の企業と競争していく現状は、シャープや東芝など、日本の基幹産業・大企業すら倒産・消滅しかねない。そのようなことまで考えてしまうと、いったい何をどのようにすればいいのか、よくわからなくなる。しかし、だからといって現状から目を離すわけにはいかない。そうした世界的な視野をもち状況を考えながら、地域で、自分の周辺での問題を解いていくしかない。そのための経験、知恵、創造を出し合い、分かち合うのが「地域運動」であろう。CGSUの存在価値でもあろう。

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2017年3月10日 (金)

CGSUの第10回総会


 地域「拠点」をめざして
   「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)」の第10回総会が開かれた。この団体は、2008年に発足した「全トヨタ労組をサポートする市民の会(ATUサポート市民の会)」から2014年に名称変更を行って引き継がれてきた団体で、労働組合組織ではない。だから労働運動にこだわらずかなり幅広いエリアを持っているので、総会の議事も、それぞれの運動団体又は、担当者がその活動報告とこれからの運動などを発言してこれに代えるというスタイルをとっている。
 発言した団体は、ユニオン共同行動実行委、TMPCWAを支援する愛知の会、愛知健康センター、労働問題研究会、コミュニティユニオン東海ネット、APWSL愛知、国政の「野党共闘」の関係団体、ユニオン学校などである。
 その他の「議事」を列記しておくと、
1)CGSUの活動は、「労働争議などの支援活動」「市民運動との連帯と共同」「ユニオン学校の運営」「ユニオン懇話会の仕切り」「活動誌“結”の発行と拡大」が主たるもの。
2)会計報告と予算及び会計監査報告があったが、会員の減少傾向と会費納入者の割合が低い。また従来の会費2000円/年を1000円/年とするが、複数口を要請。収入が減って決算額に差異がないのは、活動実績が乏しいともいえる、との監査報告があった。
3)活動誌「結」の編集長は1年交代としているが、それは編集者の編集方針を重視しマンネリ化を防ぐ狙いがある。前任者は海員組合に属していたこともあって「労働者と戦争」「海」がモチーフであった。後任者からの編集方針は、次回の運営委員会で紹介される予定だ。
4)前回の総会で提起されたメーリングリスト(ML)を今年度から本格化させるとして、メールアドレスの募集を行った。「管理者」を決め、投稿を促していけば、“筆達者”が多いので、思いのほか賑やかになる可能性がある。
5)愛知健康センターからは、現事務所を地域に広く開放しているので、10人程度の会議(要予約)、印刷(有料)などに利用してほしい。会員登録してほしい、との発言があった。
6)会則を一部<会の略称、活動内容、会費>を改定した。
7)役員に一部異動があったが、ほぼ前年と同じ体制で運営を図る。
 なお「APWSL愛知から」として私は、①代表の坂喜代子さんが亡くなられ、大きな打撃を受けていること。②会誌「ACTION REPORT」をCGSUの「結」と同時発行しているが、この1年は、地域の動きと韓国の「少女像」問題を重点に取り上げてきたこと。③アタック東海などと「国際連帯」について新たな取り組みを模索したが、とん挫したままになっていること。④働く者の「国際連帯」は、昨今のグローバリズムや米国・トランプ、フィリピン・ドゥテルテ、ロシア・プーチン、中国・習近平などの登場によって、あるいは英国のEU離脱など、課題が多いが、幅広く、奥が深いこともあって、重要性が高いにもかかわらず対応しきれていないのが現状だ、などを報告した。
 総会の2部は、懇親会であり、ここで、さらに個別の争議、運動が紹介されることになっているが、私は体調のこともあって早々に辞した。

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2017年3月 2日 (木)

ユニオン学校・私の場合(6)

 様々な活動の中で得た、経験と教訓など(2)
2、地域労働運動の基盤を作ろう!
 さて、職場(労働現場)を根拠として運動を構築していくことになるが、そもそも「“労働”に境界線はない」のであって、単に「分類」されているだけである。産業別、職種・職能別、企業別・企業規模別、雇用形態・雇用条件(経験、有資格)別等である。そうであれば課題は「企業の壁を越えていく」ことは必然ではある。しかし私たちは、往々にして安定を求めて「職場=企業内」に“定住化”してしまいがちだ。そのことは、「活動家」にとってある意味では「国境を超える」あるいは「脱藩する」覚悟を迫られる問題でもある。
 不当に解雇され、所属組合から除名されれば、必然的に「城外」に放り出されるわけだが、ここでは意識的、戦略的に「企業の壁を乗り越え、労働組合のしばりを自ら解き放ち、地域労働運動の関わっていく」ことについて考えてみたい。


1)“分断” を乗り越える
 “城内平和”に見切りをつけ、地域に出る(一点突破)ということは、あらゆる問題に遭遇するから「全面展開」とならざるを得ない。最初に「“労働”に境界線はない」即ち既存の「分断」について、自ら消去する思想性を確保する必要がある。「分断」とは、民間労働者と官公労働者、大企業と中小企業それぞれの労働者、本工(正社員)と臨時工(非正規雇用労働者)、旧総評系と旧同盟系、組織労働者と未組織労働者などの関係、領域についてである。あるいは、「党派性」も大きな要素であろう。
 もう一つは、農民との連帯というのがある(労農連帯)。一つの事例として、労働者、学生(労働者予備軍)による闘争中の「三里塚農民」そして「境川流域下水道反対同盟農民」への「援農」というのがあった。

2)労働運動と市民運動は「コインの裏表」
 そうした観点から名古屋労組連では、労働運動と市民運動は「表裏一体=コインの裏表」という考えを運動の中心軸においた。それは「市民も労働者」「労働者は市民でもある」という認識からだった。それが、反原発意運動への参加、「赤と緑のメーデー」へと結実したのである。
 角度を変えていえば、現状はそうとも言えないが、市民運動の側からの「労働運動って、自己本位で上意下達、動員型で、“個人”が見えない、尊重されないのでは?」といわれることがある。逆に労働運動の側からすると「市民運動は、一過性の運動(単一課題)が多く継続性が薄い。政治を排除・忌避する傾向がある、出たり入ったりで、組織的運動ができない」であるが、その一方で「横並びの市民運動とたて割りの労働運動の違いなのだろうか。自由に発想し、行動する傾向にある市民運動にとって組織は重苦しいものであるかも知れない。しかし、労働運動の動員力と市民運動の自由な発想から生まれる時を置かない行動力が一体となれば、すごい力を発揮すると思うのだが・・・」(早川善樹「さらば名古屋労組連・P44」)という意見もあった。
 昨今の状況を見るとき、こうした関係性をもっと濃密引き上げる必要を感じてならない。
3)地域労働運動の“拠点” づくり
ナショナルセンターは、地方組織を持っていて、そこには専従者がいる。どのような仕事をして“働く人”
のために貢献しているかは知らない。けれども、「地域の拠点」を持つことは、働く者の“拠り所”となり、様々な相談を受け、争議の出撃拠点となるから、その存在価値は大きいといわねばならない。
 名古屋労組連の総括の中に、こんな陣容で「地域センター」があればいいなあということが示された。
①高い事務・財政能力を持ち、バランス感覚のいい専従者の存在
②女性活動家二名以上の加盟
③活動の地域拠点(ここでは名古屋労組連)と自覚できる労働者・労働組合の結集
④年代ごとの結集
  そして付加すれば、労働法、労働問題に詳しい弁護士、学者(大学の教員、研究者等)の助言・応援団の形成。さらに昨今では、ITを駆使できる人、情報コーディネーターの参加、といったところか。

3、全国と連なる、交わる、海外交流も
 職場での闘い、地域での闘い・運動のそれは、特有のものもあれば、全国で起きている事案と共通する部分も少なくない。とすれば、可能な限り、全国の団体、仲間と情報を交換し、経験交流を深め、相互支援・連帯を築いて行くことは重要なことではないか。
 さらに、「グローバル化の時代」「多国籍企業跋扈の時代」であれば、労働者の「国際連帯・共同行動」も遅れを取るわけにはいかない。また、国際労働機関(ILO)や、国連人権理事会(旧委員会)などの戦略的な活用も、その方面の関係者と連携しながら駆使したいものだ。

4、その他
 最後に、幾つかの教訓を示して締めくくりたい。
①昨今の「アベ政治」を例に挙げるまでもなく、労働運動は、賃上げ、長時間労働、過労死問題、ブラック企業・ブラックバイトなどだけが運動ではない。安保法、原発問題、沖縄問題、教育、福祉などにも労働組合が先頭に立たなくてどうする。労働運動と政治活動は一体のものだ。ただし、スローガンを並べて叫ぶだけでは状況は変えられない。「春闘(労働諸条件)」に加えて「秋闘(権利闘争)」の復活、各級の選挙への参画等「全面展開」へがんばりたいものだ。そしてそれらには、「生活感」をなくしてはならないだろう。
②労働法に依拠する労働者の「権利」あるいは、自主交渉で勝ちとった「権利・条件」は、「守る」だけでなく「行使・更新」し続けてこそ生きたものになる。立ち止まれば、放漫になれば、たちまち立ち枯れするであろうし、資本に反撃され奪還されてしまうだろう。
③労働運動は、組織型の運動であり、「統一」「団結」「集団行動」は、一定の戦略的意味がある。しかし、「軍隊」ではないから、「組織内民主主義」「一人は万人のために、万人は一人のために」さらに「横議横結」というべき横並びの関係も重視していかねばならない。
④「組織の一員」としての意識と行動が求められるが、同時に自立した「活動家」でありたい。その活動家が 
組織を作るのであって、運動を活性化させるのである。
⑤先述したように活動家は、3頭立ての馬車の御者だ。仕事・家事・活動のバランスをとりながら、その困難な道に鞭を当てねばならない。それが、持続的な活動のポイントだと思う。
⑥私たちは特定の専門職にあるわけではない。普通の生活者、勤労者である。そのうえで労働運動、政治活動に参加するわけだが、それらを「武道」とするなら、それの「対極」にあるといっていい「文化」を身に着け、「文武両道」をわきまえたいものだ。そのバランスは、ある意味では「持続力」になりうるというのが私の持論である。
⑦とはいっても、「生涯一活動家」は難しい。年月を刻み、老域に入ったとしても「活動家」は、状況に接し続け、判断を下し、行動の端緒に付き続けなければならない。
 それこそが“わが人生”と言い切れる、そうありたいものの、その道はあまりにも険しい。険しくとも夢、可能性を秘めた明日は必ずやってくる。 
 (続く)

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2017年3月 1日 (水)

ユニオン学校・私の場合(5)

様々な活動の中で得た、経験と教訓など(1)
 いよいよ最後の最後になります。
 様々な活動の中で得た経験と教訓など、とありますが、これは過去の経験、体験だけでなく、今日現在の心境も含めて書いてみました。全文を読んでいきたいと思います。(あと10分ですとの通告あり)
 前文は省きます。
1、労働運動の根拠は、労働現場にあり
 いわゆる「大衆運動」は、「政治闘争」という括りをしないとすれば、大雑把に「労働運動」「市民運動」「住民運動」に分類できるでしょうが、どの運動にも必ず「現場」があります。現場に立ち、現実を見て知ることで「運動」が見えてくると思います。逆に、現場を知らない、現場から離れてしまっては、過去の「経験則」を活かすことはできても、状況の変化に対応することは難しいのではないでしょうか。ただこれは、「活動家」について言えることであって、現場(第一線)から離れたとしても、「助言」「応援」は可能であることは言うまでもありません。
1)職場活動を重視、根拠とせよ
労働者と共に「生産現場(労働現場)」あって、「賃労働」に従事するという状況から、「労働運動」を掘り起こしていくとすれば、
①働くこと即ち“食べていく(くらし)”という大前提から「賃金問題」に精通することが欠かせない。
②労働者は“体が資本”という現実から「労働安全衛生法」に精通し、改善、告発の手法を身に着けたい。
③合理化、生産性向上、会社(企業)あっての労働組合、雇用だ、などの会社に「忠誠」を誓わせる「企業意識の注入」に対抗する、職場活動、宣伝活動、グループ活動が日常活動でもある。
④労働組合の組織、執行部の獲得等「多数派」なればよし、反主流となっても、あるいは少数のグループだったとしても、さらに「ひとり」となったとしても、闘い方がある事を学ぶ。その事例を紹介したいのですが省きます。
⑤労働法を学び、会得することに越したことはありませんが、むしろ「闘いから学ぶ」事で得られることが多い。そのためには、職場(企業内、労組内)だけにこだわらず、超えて広く交流をすることが欠かせないと思います。

2)裁判闘争について
 職場での闘い、特に解雇・配転問題、労災・職業病、格差・差別問題、パワハラ、セクハラなどは、既存の労働組合がまず取り上げるべきですが、多くの組合では、「労使協調路線」のもと「説得」されるか、「個人の問題は取り上げない」を公言するとんでもない組合さえあるのが現状。そこで労基署、労働局交渉などを駆使しながら、「提訴」に及ぶことは常套手段としてあります。ですが現行の裁判制度の下では「諸刃の刃」という面がないとは言えません。例えば、日本の裁判制度は「三審制」であり、上級審へ行くほど労働側の主張は通りにくくなる傾向があります。また法律は、大きくは民法、刑法に分かれますが、日本にはフランスのような「労働裁判所(労働審判所)」はありません。つまり、労働現場を知らない裁判官が判決を下すことになりかねないのです。
 とはいえ私たちは、提訴を手段の一つとしてとらえながら、闘いの武器として駆使することが多いのです。そこで、裁判闘争に当たっての心得を、(旧)中部読売で「不当配転」を闘った、高橋恒美さんの「裁判の意義、教訓について」を紹介しておきましょう。
①裁判と、それに伴う闘争一切は、闘う量と質に伴って成果が付いてくる。
②それは単純に「勝訴」という形ではなく、自分が闘いきれたという満足(肯定的な意味)と、敵を自分の土俵に引きずりだし、満天下に訴えの内容を知らしめ得たという意味からだ。
③裁判は孤立になりがち、裁判を闘う仲間の相互支援(傍聴など)がお互いの意気向上につながる。
④裁判は、堅いイメージが強い。発行物にはわかりやすい解説を。
⑤楽しく愉快に、裁判を小脇に抱えるぐらいの気持ちで臨む気構えが必要。
 どちらかといえば、精神的なあるいは「心得」といえるものです。これに私が付加するとすれば、
⑥訴状や準備書面などは弁護士が書きますが、その証拠(裏付け)となる文書、記録、証言などの確保・保存は、日常活動の重要な要素だと心得たい。訴状などの筋書は、本人の努力が大きいのではないか。弁護士は、それらに法律的裏付け、判例との比較をもって完成させ、弁論を展開する役割です。
⑦裁判の最終段階で、原告としての「本人尋問」が行われることが多いのですが、事案の詳細な経緯、本人の思いなどは証拠としては不可欠なものであり、十分な推敲・検証をもって、思いのたけを陳述したいものです。
⑧労働問題に精通している弁護士なら安心ですが、事案は多様であり、弁護士にとっても“こんな事案は初めてだ”ということがないとは言えません。となれば、弁護士は、原告などから“学ぶ”事さえあります。そうした関係性も大事な要素だと思います。それは、学者、評論家などとの関係についても同じことがいえると思います。 
(続く)

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2017年2月28日 (火)

ユニオン学校・私の場合(4)

まとめ 名古屋労組連が歩んだ10年
 名古屋労組連・報告集「さらば名古屋労組連~次なるステージへ」から

  ここまで難しく、言葉足らずで分かりづらかったと思います。特に労働運動になじみのない人にとっては。もう少し我慢して聞いてください。「名古屋労組連が歩んだ10年」のまとめに入ります。ここに書いてあるものは、報告集「さらば名古屋労組連~次なるステージへ」で書かれたものですので、読み上げたいのですが、時間があまりないので省きす。読んでおいてください。(ここでは以下に記す)
  ここまでの名古屋労組連の運動の経過をまとめた一文が、1994年の解散時に発行された報告集「さらば名古屋労組連-次なるステージへ」に掲載されているので採録すると以下のようになる。
 ・・・さて、名古屋労組連が歩んだ10年を、ふり返り、簡単にまとめてみると、
第1は、情報提供の役割で、職場-地域-全国という回路を重視し、労働運動、市民運動、住民運動を織り込み、政治課題も遠慮することはなかった。実践的力量が不足するも、個人の資質を引き上げることを大事にしていたから、多種多様な情報を中継し、提起したりもした。ニュースやビラ、講演会、労働学校等がその媒体であったが、他団体が企画する、様々な集会、会議、イベントに参加していくのも一つの形であった。

第2は、接着剤の役割。どんな個別の課題も社会性、政治性をもっている。だから労働運動と市民運動は表裏一体、という概念を基本にしたのもその一つだが、労働運動についていえば、民間と官公労働者、大企業と中小企業の労働者、組織労働者と未組織労働者、本工と臨時工(非正規雇用労働者)、旧総評と旧同盟、つまり労働者を分断する要素を取り除き、可能な限り合流したかったのだ。更には、党派間をつなぐ役割もあったが、共産党ばかりは手に負えなかった。

第3は、支援・共闘。解雇、配転、処分等の労働争議への直接的な支援、裁判闘争での傍聴支援、物販協力、カンパ、署名、各種ビラまきへの参加。共闘のケースも結構あったが、いわゆる名古屋労組連の主体の不明確さから、支援か共闘か、判然としないところがあったようだ。それでも笹日労との「共闘」は多かった。

第4は、内部的なことだが、ニュースの定期発行、総会・運営委員会・地区協議会の機関会議の定期開催、合宿や学習会・塾の開催、他に、モニター制度・年休預かりの試み・課題別プロジエクト等々、ここではメンバーの雑居性を克服する「組合的」運営の努力が払われたが、求心力は半ば、といったところだったろうか。
 (続く)

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2017年2月27日 (月)

ユニオン学校・私の場合(3)

 名古屋労組連運動の経過、始動
 まず、大雑把な「名古屋労組連」の10年を見ておきます。1987年の二重丸が「結成総会」1994年の二重丸が「解散総会」となっています。先に述べた「前史」もありますが、1983年に第1回「準備会」が開かれ、ここが実質的なスタートです。しかし結成まで実に3年半を費やしています。この間に「5月民衆ひろば」「チプコン」などもありましたが、結成までにいかに苦悩したかが伺えます。
  次に、闘いの支援活動、解雇撤回闘争、支援共闘などのところですが、ここには、直接、間接に関わった11の闘いが書いてあります。「名古屋労組連の運動」といった時、本来なら、これらの闘い一つ一つを紹介し、総括したものを書くべきですが、今日はそれが目的ではありませんので、省略します。ただここでの運動、闘いのほぼすべては、笹日労との共同、のものであり「二人三脚」での闘いだったことを強調しておきたいと思います。
 その他の活動はご覧の通りです。「学習活動」、対外団体との「交流」「定例の機関会議」「機関誌活動」など、ほぼ「組合活動」そのものを体現してきました。「名古屋労組連=地域労働運動」と自負した所以です。
 さていよいよ「名古屋労組連」の始動ですが、ここでは、先程申した通り「活動」そのものは省き、「名古屋労組連」とはどんな運動、組織だったのか、その外形と内実について述べたいと思います。

  まず
名古屋労組連の生い立ちから入ります。
  1987年2月22日の結成総会の時は、正式名称を「労働戦線の右翼的再編に反対し、闘う労働運動を強める全国労組・活動家連絡会議、名古屋地区協議会」と称して、その略称を「名古屋労組連」としていました。しかし、翌年の第2回総会で「名古屋労組連」が正式名称になりました。それは、全国労組連の支部組織のような位置から、自主的な地域組織へと脱皮するものであると同時に、全国労組連という領域の境界線を取り払う意味もあったと記憶します。少数組合であれ、活動家であれ、“党派系”であれ、地域結集していくには、「全国労組連」でくくらない方がいいと判断したのだと思います。もっと言えば、開かれた労働運動の「地域共同行動の基盤形成」への踏み出しのためであったかもしれません。

 それで結成総会についてですが、8ページの囲みの中にありますように、名古屋労組連を取り巻く、全国、地域の諸団体、名古屋労組連の構成団体、個人の名前が記されています。結成総会に駆け付けてくれて祝辞や激励、講演をして戴いた人、檄電、メッセージを寄せてくれた労組、団体、個人などが多士済々でした。そして名古屋労組連に加盟したのは当時の名前ですが、タカラブネ労組中部支部、愛知合同労組、中部読売・高橋不当配転撤回闘争を闘う仲間、三菱名古屋工場通信編集委員会、春日井の教育を問う会、柳本合同労組を支援する名古屋の会、青年労働者交流会、労働情報名古屋支局、愛教組・F、帝国臓器・K、車体メーカー・K、新聞労連・Aなどでした。

 こうして正式に「名古屋労組連」として踏み出しましたが、その時に掲げた
闘いのスローガンは、こんなものでした。
1、自由闊達な討論・運動を通して、自立と創造あふれる全労協を作ろう!働く者みんなが幸せになれる闘いをつくろう!
2、労働争議や公判闘争を支援!未組織労働者やしいたげられた人たちの力になろう!
3、職場や地域の闘いに学び合い、相手の立場を尊重して、大きく連帯しよう!
4、国労を断固支持!行革、教育改悪など国家改造計画に反対しよう!
5、反戦、反核。戦争への道を許さない!
6、あらゆる差別に反対!むやみな自然破壊を伴う開発に反対!原発反対!
7、働く者の国際連帯をめざそう!

運動目標の特徴
 この7つのスローガンは、幾つかの特徴をもっていたと思う。
第1に、当初から、連合にも全労連にも行けない、行かない労組・活動家と、市民運動との連携を視野に入れた「愛知全労協」の設立をめざしていたこと。狭間にあって、その狭間に可能性を求めていたことは、これでもわかります。
第2に、労働運動では定番の、組織拡大、労働諸条件の要求、支持政党を体現するような政治性は前面に出ていないことです。自らの力量と立ち位置を自覚し、運動の視点、力点が、既存の労働運動、労組活動とかなり違うことを意味しています。
第3に、名古屋労組連は、後に「労働運動と市民運動は表裏一体」というようになるのですが、それは「地域」を強く意識した運動を進めることであり、地域に存在する市民運動的課題に参加していくことでもありました。反戦、反
核、反差別、許すな自然破壊、原発反対がそれです。
第4に、運動の、そして活動家としてのあるべき“姿勢(倫理)”を求めていることも特徴でしょう。「自由闊達な討論・運動」「しいたげられた人たちの力になろう」「闘いに学び合い」「相手の立場を尊重」して、大きく連帯しよう!というように。
第5に、運動総体として、労働運動をその基盤としながらも、社会に向き合い、そこにあるすべての問題に対応できる、個人としての「資質」「能力」の向上を求めているということではなかったかと思います。

  9ページの名古屋労組連の「戦略」、ここではこれまでの前史、準備会で培い、また、参加団体、個人の経験を持ち寄り、議論して練り上げていきました。従って最初から目指したもの、走りながら、つまり闘いの中で得たもの、結果として得たものなどがあります。4項目が挙げてあります。
1)地域を見直し、地域に依拠する運動
ここでは、運動の展開に当たっては、私たちを取り巻く周囲の状況をまず知るべきだといっています。例えば「産業基盤」「労働情勢」「労働者の意識動向」「行政・自治体の現状」等々です。以下の3つは、「名古屋労組連」としての方向性の一部が出ていると思います。
①例会(地域協議会)又は、プロジェクトチームをつくって、当面は資料収集、各方面との情報交換、簡単な分析を試みてみる。
②とりわけ中小、零細企業の労働者やパート、アルバイトなど、未組織労働者の実態を明らかにする。
③既にこの観点から取り組み始めている「地域プログラム懇談会」の「提言」を期待し、その時点で検討会を設定する。

2)横議・横結-市民運動との新たな関係を!
 ここに「横議・横結(おうぎおうけつ)」という聞きなれない言葉が出ています。私がこの言葉を最初に聞いたのは、全国労働者交流集会の時、全国一般東京南部支部の当時の委員長渡辺 勉さんからです。
(「横議・横結」は、勝手に議論するという意味もありますが)労働組合にありがちな「上意下達」という「縦型の命令・伝達系統に対して、フラットな横並びの議論をもって運動を進める、労組幹部も一般組合員もないというのが私の解釈する『横議』です」。次に「『横結』は、横に結び合うという意味ですが、私が解釈したのは、地域における産業別、企業別、職業別などを超えた労働者の団結と闘いを言い、もう一つは、労働運動、市民運動という妙な分け方、隔たりをなくして、まさに横につながる」ということだったと思います。つまり、「地域」という大枠の中で、労働問題だけでなく、政治課題も社会問題も、男も女もなく共に闘おうというものだといえます。

3)労働戦線の統一、それは新たな分断、分裂をもたらす―受け皿としての対応を
ここは、1960年代後半頃が出て来ました「全民労協」が仕掛けた「労働戦線の右翼的再編統一」に対して、どう対処すべきかのさわりが書いてありますが、省略します。

4)仲間を知り、仲間を信頼する運営
ここは、以下の6項目です。
1)職場ニュース、新聞、ビラの相互交換。
2)職場での問題点が、全体性をもち得る内容の場合、積極的に提起し合う。
3)裁判闘争、職場団交には、ローテーションを組むなど、可能な限り参加をし合う。
4)解雇などの重大問題の発生の恐れがある場合、事前の準備も含めて、場合によって「対策委員会」を設置して取り組む。
5)会議では、積極的な討議参加を!疑問点、問題点には十分な議論を!
6)時間の約束は確実に、任務には最大の努力を、努力には拍手を!
  特に6項目目を私は大事にしました。昼間の労働など、みんなぎりぎりの生活をしています。約束した時間を守り、手際よく事案を進め、翌日の労働を考えれば、日進市のOさんがよく言っていましたが“運動で過労死したくない。会議は2時間、午後9時まで”は、核心を突いています。ただ現実はそうも言っておれなかったのは事実です。また、「決められた任務には最大の努力を、努力には拍手を!」も大事にしたいと思っていました。

 11ページにあります「もう一つの意見」の筆者はわかりませんが、「愛知における地域闘争-地域共闘の核心的問題」は省きますので読んでおいてください。ただ、この一文は私が書いたものではなく、12ページの中断下にある「ミニコメント」を読んでいただければわかります。2010年の時につけたコメントです。 
(続く)

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