2020年8月30日 (日)

安田浩一講演会-関ナマ支援集会

 関ナマへの弾圧とその闘い
 この日の午後、「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会第2回講演&討論会」が開かれた。暑さのあまり、会場までの距離がいつもより遠く感じられた。講演のテーマは「警察・検察とヘイト集団が結託する弾圧の構造」であった。
 講演者のジャーナリスト安田浩一さん、私は会ったことも、話を聞いたことも、まして著書を読んだこともなく、従ってどんな話が聴けるのだろうと、その方向からの関心をもってこの講演会に足を運んだ。もっともこの集会の趣旨は「関ナマ」への弾圧を許さない、闘う関ナマ労組支援が目的である。しかしその限りではこの場に参加することでそれは既に半ば達せられている。
 安田さん自身も話の端々で語ったように、この集会は「参加することに意義がある」以上のものを持ち帰らなければ半歩にしかならない。即ち私が思うに「関ナマ」は、半島の先にある「孤島」のようであり、沖合からの「国家権力」という大波に打たれながら、その波に乗っかった異物(ゴミ、レイシスト)に汚されている状態、それを傍観ないしは無関心な社会の在りように、いっそうの危機があると指摘。その政治的、社会的構造・風潮を見て取り、国家権力(警察、検察、裁判所)と「財界」さらには、一部の「労働組合」それらに雇われる「ヘイト集団」が、「関ナマ」を取り巻いている状況であり、半島とは、辛うじて橋をかけて島と繋がる「私たち」であるといえる。そうした状況の実例を安田さんは語ったのだと思う。
 講演会が始まる前、会場の前に街宣車が止まり、なにやら叫んでいた。ルーフの看板を見れば日の丸に「日本第一党」とあった。私がこの党を知ったのは先の東京都知事選挙で、桜井誠・日本第一党とあったものであるが、どうやら「在特会」と重なるようだ。このあたりの話を安田さんはかなりの時間を割いた。安田さんは、このような場に出会った時は看過できないとして、演説していた瀬戸弘幸(党の最高顧問)に議論を仕掛けたのだという。(この辺りは、並みのジャーナリスト、評論家と違うところか)そこで安田さんが「金をもらっているんですか?」と問いかけたら瀬戸は「業務委託と答えた」のだという。あまりの明快の答えに、聞いていた私は「日本第一党=在特会」は、「右翼ではないんだ、単なる悪徳業者か」とつぶやきそうになった。安田さんの言う「保守でも右翼でも民族主義者でもない、ただの人種差別主義者、排外主義者」ということだ。
 安田さんの話はさらに、2009年(平成21年)に栃木県で起きた中国人技能研修生死亡事件(警察官によって射殺された)について事件の経緯と、外国人労働者の「奴隷的労働実態」さらに日本の経済的安定に、外国人技能研修生なくして成り立たない「中小企業、農家」の実態についても話された。
 これらのことと「関ナマ」とどう繋がるのか。外国人技能研修生の抱える問題と、ヘイトスピーチの横行は、それが業務委託であれ外国人や労働組合、公務員、市民運動が攻撃の標的になっており、「殺せ!」はさすがに受けないであろうが「日本人の職を奪うな!朝鮮人(外国人)は出て行け!」(トランプ大統領も同じようなことを言っている)は、明快?かつ極端でシンプルなフレーズが若者などにうけているとすれば、危険なナショナリズムといえる。そうした背景が「関ナマ」を取り巻いており、大手マスコミが「関ナマ」の取材、記事化に尻込みしていることが一層危険性を増しているといえるのではないか。
 「関ナマ」がここまで攻撃にさらさている背景、実態、現状についても現場の取材をもとに話されたが、ここでは省くとして、政府・財界が恐れていることは、①ゼネコンや太平洋セメントとか住友セメントなどの大手資本の利益の根源を脅かされていること。②企業の枠を超えた運動であること。③社会運動と結びついていること。④生コン業者の組合への攻撃が「不当労働行為」として反撃され、その企業にペナルティを求めていることが挙げられた。
 中小の生コン業者の苦境、労働者の低賃金、過酷労働から脱する「関ナマ」の闘いは、一方で昨今の、労働者の権利、利益、安定のためにあるべき労働組合そのもの存在を問いかけているのである。
 なお、この講演会については「安田さん講演会zoom参加」という方式が初めて採用された。
 この講演会に参加し、安田さんの話から学び、示唆されたものを地域でどれだけ広げられるか、“頭はすっきりしたが、足は重い”と感じた私である。

 

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2020年6月21日 (日)

関ナマ支援の、東海の会第2回総会

 労働争議の最前線、突出した「現代」の闘い
 日録をあたってみた。2月22日に「第15回立憲カフェ」に参加して以来、映画は数本見たが、実に4か月ぶりの集会「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」 の第2回総会への参加であった。こんな時期だから、私はここ数日間も参加の可否に慎重であったが、やはり「関ナマ問題」は外せないと出かけた。余談だが、会場へ向かう途中の地下鉄の駅の名前一つが思い出せなかった。何十年も乗っていたにもかかわらず。
 総会だから、共同代表の挨拶と議案が用意され、昨年の結成総会以降の活動報告、会計報告、1年間の活動方針、そして「総会決議」が、議案書に沿って提案された。
 報告の中で関ナマ支部から西山直容さんが駆け付け、自らの体験を通して、警察、検察の不当の弾圧、裁判官の無知ぶりを赤裸々に語った。ある裁判官が「関西生コンは暴力団ではないのですか」と語ったとか。(信じられない!)
 また憲法28条で保障されている労働三権(労働基本権)「団結権、団体交渉権、団体行動権(争議権)」が、ないがしろされている現状にも触れた。さらに関ナマ弾圧は共謀罪の先取りであり、その運動の必要性を訴えた。
 質疑に中で、熊沢誠さんの異例のコメント(自ら“アジテーション”となってしまったが、と語る)が耳目を集めた。正確に書ききれないのであくまで個人的メモとしておくが、一つは、市民運動を含めて関ナマを含む労働争議における闘い方についてであった。一般的には労使の団体交渉が決裂すれば争議行為に入り、ストライキ、ピケット戦術が取られるが、通常は相手側の警察を導入しての「刑事弾圧」、を引き出させないために「非暴力」を貫く。場合によっては、暴力団を使っての暴力、襲撃を受けることもあるが、これらの「暴力」に対してわれわれは、「非暴力に過ぎる」のではないか(この表現があまり正確ではない)。一概に言えないが、香港での若者たちの行動、アメリカで人種差別の抗議の行動は、破壊や略奪は論外だが、警官隊の警棒による殴打、催涙弾攻撃という暴力に立ち向かうことは暴力ではないというのである。熊沢さんの言葉にはなかったが、私の時代では、そうした直接行動を「実力闘争」といっていた。あるいは比喩的には「三里塚闘争が闘える労働運動」とも表現していた。
 熊沢さんの著書を読んでいないので、多くを理解したとは言い難いが、昨今の労働争議が裁判、労基署、労働局を含む「交渉」が中心的であり、ピケットを含む「行動形態論」が欠けていると指摘したのだった。
 最後に、共同代表のお一人である中谷弁護士が総会メッセージを寄せていたが、この運動の全体像を述べていたので、その一部を書き留めておく。
 ・・・私たちがこの会を立ち上げたのは、関西生コン労組に対する刑事弾圧がその規模や広がり、大阪広域協を中心とした経営者と警察、検察による労働組合の活動を理由にした、国家ぐるみの労働組合つぶしの弾圧であると考えたからです。今回の弾圧は、個別の事件に対する刑事弾圧や個別企業による労働組合つぶしの不当労働行為ではありません。憲法と労働法が保障するこの国の労働組合全体にかけられた攻撃です。正当な労働組合の活動は、労組法2条によって刑事免責が認められています。その正当な労働組合の活動は、企業内の活動にとどまりません。労働争議において、取引先や親会社への要請を行うこと社会に対して、企業の不当性を訴えることは労働組合として認められた正当な表現の自由です。・・・

 

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2020年5月 1日 (金)

今日は何の日?「メーデー」です

 集会、デモは中止、動画でメッセージ
 日本では1920年に始まったとされる「働く者の祭典、メーデー」は、今年は100年目にあたり、労働団体、労働組合は、それなりの準備を予定していたか、取り掛かっていたところもあったかもしれない。
 しかし「新コロナ」の感染の収束が見えない中、「異常事態宣言」も出され、街中に人もいないとあって、メーデー集会、デモは中止されたのもやむを得ないだろう。全国各地で動画メッセージがこれに代わった。
   連合は、既に「5月1日」開催をやめており、去る29日に開催する予定だったメーデーの大規模な集会を新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため中止とし、かわりに動画投稿サイトで神津会長などのメッセージを配信した。
   一方愛労連などで構成された愛知県中央メーデー実行委員会は、例年の白川公園での第91回愛知県中央メーデー集会とデモ行進は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い中止とした。県下6地域(東三河、安城・西三河、尾東、尾中、尾北、一宮)でのメーデー集会も中止となった。 
   メーデー集会の中止に際し、愛知県中央メーデー実行委員会は集会に代わる行動を呼びかけ、街頭あるいは街宣車による宣伝活動などが取り組まれたという。 
 愛労連のホームページでは、メーデーライブ配信として名古屋駅での約1時間にわたるアピール行動を動画配信した。愛労連議長、愛商連代表などが車上からアピールした。
 ということもあって、メーデーに関する情報は、検索サイトでも少ない。大企業の企業内組合中心の労働運動そのものが「変節」して久しい。組織率は低下する一方、ストライキの総時間も減少し続け、「ユニオン」といわれる自立少数組合が労働現場の第一線でがんばっているのが現況である。
 外国からの情報も少ない。中国新華社が伝える上海では、「中国上海市徐家匯(じょかかい)の商業エリアではメーデー連休(今年は5月1~5日)を前に、街中が色とりどりの花で飾られ、訪れた人は買い物と花の観賞の両方を楽しんでいる。」と伝えているにすぎない。
 労働運動の現場から退いている私にとっては、「感慨」を記すだけであるが、一つ書き添えるとしたら、現在権力による「刑事弾圧」を受け続け、闘争中の「関西生コン」事件を、より多くの労働者・市民に知らしめる大きな機会であった「メーデー集会、デモ」の中止はとても残念なことであった。

 

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2019年10月13日 (日)

トヨタの「コンプライアンス」が問われている

 フィリピントヨタ労働争議の早期解決に動け
 2001年に233名(その後237名に)の解雇で始まったフィリピントヨタ社(TMPC)の労働争議は、すでに18年が過ぎて今なお、フィリピントヨタ労働組合(TMPCWA)の不屈の闘いによって継続されている。
 毎年、この時期にTMPCWAのエド委員長と組合員が来日して、親会社であるトヨタ自動車(豊田章男社長)本社に対して争議の早期解決要請する、その行動の一つ名古屋駅前・ミッドランドスクエアのトヨタ自動車名古屋オフィス前での街宣活動と、その後の連帯交流集会が開かれた。
 名駅・トヨタ名古屋オフィス前で
 この日の午後3時から30人ほどがポケットティッシュに入れ込まれたチラシを配り、街宣車を使ってのアピールが続けられた。例年だと関東から20人以上がバスでやってきてもっと賑やかになるのであったが、台風19号の影響が残っていて、バスが到着したのは、集会の最中、午後6時40分頃だった。
 チラシには、「トヨタはILO勧告とOECD多国籍企業行動指針に従え! フィリピンでの組合潰し、不当解雇を撤回し、職場に戻せ!」「豊田章男社長は誠意をもって争議を解決せよ!」と書かれ、ILOからの度重なる勧告、OECD多国籍企業行動指針にも敵対しているトヨタ、日本のNCPも怒りの勧告、トヨタへの国際的批判、豊田章男社長に決断を迫る、などの内容が記されていた。
 東京から新幹線でやってきたエド委員長らは、マイクをもって、闘いの経過、現状、支援の訴え、トヨタ本社主導のもと、早期解決望むというようなことを訴えた。地元からは、支援団体の10人ほどが次々にアピールした。
   TMPCWAエド委員長らがアピール
   午後5時半過ぎから国際センターで連帯交流集会がもたれ、最初に「フィリピントヨタ労働組合を支援する愛知の会」の共同代表・猿田正機さん(元中京大学教授)から、トヨタ研究の一部を引用しながら、最近のトヨタの過労死問題の例、トヨタの利益は上がる一方で賃金は下がっている。また初耳の「トヨタ式家事」について語り「平等とワークシェアの観点がない、とても世界基準に適合していない」つまり利益第1主義、自社第1主義ということであろう。加えて「20代で子どもは埋めない・・・先進国では日本だけ?」「若い人への負の遺産、それは膨大な国の借金、原発」などの問題点を指摘した。
 続いて映像を使ってのTMPCWAからの報告。その中でエド委員長がこんな心境を語る場面もあった。“私たちが闘い続ける、それは何も悪いことはしていない、当たりまえの権利を主張しただけだ。今なお闘い続ける仲間は、いいことも悪いこともシェアーしている。そしてこの闘いは、意味のある人生を送る、尊厳あるものである・・・”と。
   最後に支援する会(関東)の田中さんが、世界のリーディングカンパニーで、最高益を挙げる「トヨタ自動車-豊田章男社長」は、その実、CSR(corporate social responsibility、企業の社会的責任と社会対応力)が「欠落」乃至は「放棄」している事例が幾つかある。それを具体的に示してトヨタに申し入れをしてきたなどと語った。
   かつて私は、APWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)愛知の運動が休止するまでこの運動の運営委員、名古屋地区の世話人をしてきたこともあったが、今はこうして陰ながらの支援として続けている。
   なお明日の14日午前7時から、トヨタ自動車本社周辺でのビラ配り、9時から本社に入ってTMPCWAエド委員長ら、支援する会などのメンバーで申し入れが取り組まれる。

 

 

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2019年9月21日 (土)

関ナマ支援、講演&討論会

 熊沢 誠(甲南大学名誉教授)さんの講演
 この東海地域ではほとんど報道されていない労働事件である「関ナマ弾圧事件」は、その背景から、労働運動そのものへの攻撃ばかりでなく、「共謀罪」の前例づくりとの見方が広がっている看過できない事件である。
 2018年7月から始まった、「関ナマ」(正式名称は、全日本建設運輸連帯労働組合・連帯ユニオン関西地区生コン支部)への大規模な権力弾圧は、労働組合の団体行動権について刑事免責を明記した憲法28条と労働組合法1条2項に対する挑戦であることが次第にわかってきたが、私を含めまだまだ全体像を理解している人は多くない。
 そこで支援団体の一つ「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」が、熊沢 誠(甲南大学名誉教授)さんを招いて改めて学習する意味合いの講演会と、さらに掘り下げていく討論会を開催した。120人ほどが参加した。
 私の書棚には、熊沢 誠著「労働のなかの復権-企業社会と労働組合」(三一書房1972年版)があり、その当時、私は職場の仲間の解雇撤回闘争に加わっていたので、この本を丁寧に読んだ記憶がある。(といっても、もう多くは忘れてしまったが)
 そのころはいわば「企業内組合」の中での運動であって、会社にとりこまれた労働組合、会社組織の歯車のように組み込まれ、分断された労働者の問題として、それへの「抵抗闘争」であったと思う。全国の職場で「労働組合の資本からの自立、民主化運動」「賃上げ、賃金格差是正」そして「反QC活動」とか「生産性向上運動反対」などが闘われ、それが発展していったのが「少数派労働組合・少数派労働運動」であり、さらに東京、大阪では「地域労働運動」へと面的な広がりを持って行ったと思う。とりわけ関西では、「全金田中機械労組」「全港湾」などを中心に「港合同」としてその活動が全国運動を牽引していた。(記憶違いもあるかもしれないが)
 つまりそういった労働と資本が対峙した歴史的な労働運動地域での「関ナマ事件」であることは、注目していいのではないか。「三井三池闘争」が「総資本と総労働」の激突といわれたが、関ナマ事件は少なくとも「関西経営団体」と先駆的な運動を展開する関ナマ・関西労働運動の激突に国家権力が資本を後押しする形となっているのではないかと私は見ている。
 熊沢さんの話の主題は「存亡の危機に立つ労働運動と憲法28条」となっていた。ここでは詳細は省くが、アベ政治のもと、なぜ、関ナマがターゲットにされるのか、を解き明かした内容であった。
 私は、メモ用紙に「労働運動」を左に置き、右に「市民運動」を置いて、それを上辺とする逆三角形の先端に「政治活動」と置いた。そうした▼の関係に連携、一体性、共同性がないという構造を描いていたのだった。(中断)

 

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2019年6月29日 (土)

「共謀罪」型の刑事弾圧の始まりか

   関ナマの弾圧を許さない会の結成
 この「事件」の情報に触れ、実態を少しでも知るようになれば、なんだかそら恐ろしいことが「闇」の中で浸潤していることを感じるだろう。
 「事件」の、弾圧を受けている当事者は、「全日本建設運輸連帯労組関西生コン支部(関ナマ支部・関ナマ)」である。どんな業種の組合かといえば、セメント、生コン、砂利などを建設現場に運ぶドライバーやクレーンなどの重機のオペレーターたちが加入する全国組織であり、関ナマは、関西にある1支部なのである。
 もう一方は、警察庁のもとにある滋賀県警、大阪府警、京都府警であり、まことに遺憾ながら、事件の背景にあるものに目が届かない、洞察が足りない大津地裁などの裁判所を加えてもいいかもしれない。
 さて「事件」の全貌をここで書き記すことは容易ではないし、私にその把握も準備もできていないので省くが、一般的な企業内労働組合とは、その活動がかなり違うとしても「関ナマ」は、労働組合法に則った正々堂々の「労働組合」である。労働組合である以上、会社側に対して様々な要求をし、話し合い(団体交渉)を求め、時にはストライキ(実力闘争)に入ることもある。それらは正当な組合活動として認められるものである。さらに、組合活動は、「企業内」ばかりとは限らない。産業別にまとまって行動することもあるし、地域的な共闘も従来から行われた闘争形態である。
 生コン業界の実体は詳しくは知らないが、建設現場で使われる生コンの価格は、ともすればゼネコンに握られ、下請け、中小の生コン会社は価格をたたかれることが常態化していた。そこで「関ナマ」は、そうした苦境にある中小の生コン業者に声をかけ、まとまってゼネコンの「価格タタキ」に歯止めをかけ、経営の安定化、組合員の労働条件の維持向上に貢献してきたのである。
 そのような成功した事例はなく、関西の経営者にとって脅威であったに違いない。何とか事態の打開、即ち「組合潰し」を画策したのであろう。例えばヘイトスピーチや差別デモを指導する「レイシスト(差別者集団)」を呼び込んだり、そしてついには、話し言葉を捉えて「恐喝」罪をでっちあげ、ストライキを「威力業務妨害」として、警察と連携し、組合員67名、事業者8名、計75名の不当逮捕に至って現在がある。武建一委員長ら幹部他10数人はなお拘留中であるという。
 問題は、これが「労働争議」として労使の関係にとどまっているならともかく、警察、検察、場合によっては裁判所まで一体となって「組合潰し」に動いていることである。レイシストまで加わって。
 こうした動きにいち早く危機感を覚えたのは当該の「関ナマ」であり、「共謀罪」で闘ってきた弁護士、市民たちであった。これはまるで「共謀罪型の刑事弾圧ではないか」「ファシズム下にある事件!」が共通認識で、この愛知・名古屋でも昨年から、情報が流れ、取り組みが始まった。そして今日、党派や立場を超えた約130名が参加して「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」結成総会が開かれたのであった。
 なぜマスコミはこの問題を取り上げないのか、もう少しわかりやすくして広げていく工夫を、といった意見も出て、個人個人が主体となって「世論」を広げていくこと、裁判費用、保釈金などの財政的な支援をもって、支援・共闘していくことが確認された。
 なお、全日建本部の小谷野書記長、関ナマ支部から武谷書記長が出席し、実態と問題点を話され、支援要請などを訴えた。

 

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2019年5月26日 (日)

フィリピントヨタ労組を支援する愛知の会

  第17回総会が開かれた
 トヨタ自動車といえば、自動車産業界だけでなく、日本の全産業を代表するといっていいグローバル企業であることは誰でも知っているところだ。
 このグローバルという意味は、世界の多くの国、地域に自動車を輸出しているということだけでなく、現地生産をしていることも含まれる。そのことは、単に工場で自動車を生産しているということだけでなく、その国、その地域と深いかかわりを持つ事になる。雇用、税収(法人税)、関連企業など経済的波及効果は大きい。そしてその工場が生産性の高い、安定的な稼働を維持していくためには、正常な労使関係があってこそ、である。
 フィリピントヨタ自動車(株)(TMPC)は、トヨタ本社から社長を送り込み、技術等を供与するいわば「子会社」である。そのTMPCで2000年に労働組合が結成された。「フィリピントヨタ労働組合(TMPCWA)」である。
 簡潔に言えばTMPCは、この労働組合の結成を嫌悪した。直ちに行動に出てTMPCWAの組合員233名の解雇を強行し「労働争議」となった。そして18年の歳月が流れた。
 組合をつくっただけで、233名も解雇されたの?もう18年も経っているの?トヨタ本社は争議解決に努力しているの?という疑問があって当然であろう。
 2001年に神奈川で全造船関東地協を中心に「フィリピントヨタ労働組合を支援する会」が結成され、支援活動が始まった。2002年に「フィリピントヨタ労働組合を支援する愛知の会」が結成され、トヨタ本社での早期争議解決を求める申し入れ行動などが取り組まれ・・・今日に至っているのである。
 この日、支援する愛知の会の支援団体、個人が参加し、この1年の経過報告、2019年の活動方針などが話し合われた。そして「レーバーノーツ2018」に参加したSさんのスライドを交えた報告が行われた。
 私は支援する会の会員であるが、運営委員を離れて10年近くになろうか。それでも現地におけるTMPCWAの闘い、国内の支援活動には注意を払っている。状況としては紆余曲折して争議解決の8号目あたりまで来ていると思われるのであるが、頂上に至る前には「頑なで、アジア軽視のトヨタ本社」という切り立った岩壁が立ちはだかっている、そんな風に見えるのである。

 

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2019年4月26日 (金)

「結」第17号が届く

 惜しまれる「トヨタ研究」者の死去
 ついつい何度も、何度も書いてしまうのだが、「運動」と名のついたものに本格的に参加したのが1967年ころ。それは企業内労働組合活動であったが、目も足も「外」に向いていて、「70年安保・沖縄返還」「ベトナム反戦」「三里塚闘争」などに関心を抱いていた。
 1997年に退職してからは、それまでの「労働運動感覚」が急速に薄れていき随分焦った。“現場を持たない労働運動はだめだ”という意識が高まったが、「オルグ」になり切る基盤も環境もなくて、せめてもとの思いから2000年に「C&Lリンクス愛知」を編んで発信した。そして2008年「全トヨタ労働組合をサポートする市民の会」結成に参加し、支援という形ではあるが、地域労働運動にかかわっていた。
 それほど時間は経っていないと思うのだが、「全トヨタ労働組合をサポートする市民の会」の後継組織である「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)」の活動誌が「結」であり、今ではこの会の一会員というか「読者」というレベルのかかわりになってしまった。
 手にした第17号の目次を見て、執筆者7人のうち3人は私が役員を降りてから参加したメンバーであった。核になる人は不動で新しいメンバーが加わっていくことでこの組織は維持されているといえるだろう。
 記事の中に追悼を書かれたものがあった。杉山 直さん(三重短大准教授)と寺間誠治さん(前京都総評・全労連役員)のお二人であるが、杉山さんは「トヨタ研究」の第1人者といえる猿田正機さん(前中京大教授)と共にあった、将来を嘱望された若手の研究者であり、CGSU、地域ユニオンにも加わって、運営会議にも参加する現場主義の研究者であった。59歳での死去は、「トヨタ研究」がいよいよ佳境に入って、なにがしかの「集大成」が形になろうとした(個人的感想)この時期、いかにも惜しい「若い」死であった。

 

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2018年6月22日 (金)

第54回ユニオン学校

  予定テーマと実際に隔たり
 今回のユニオン学校の予定されていたテーマは、講師に松元千枝さん(メディアで働く女性ネットワーク・代表世話人)を迎え、「底辺からの突き上げでアジアの労働者と連帯しよう」であった。
 この文言からすると、「底辺からの突き上げ」と「アジアの労働者と連帯しよう」がキーワードと思われた。私の解釈では「底辺からの突き上げ」とは、非正規雇用、労働法による権利、救済の枠外に置かれている未組織労働者が労働組合を組織する、加入するなどして現状を打破すること、或いはそうした行動を支援し連帯する運動を活性化することであろうと思う。
 その意味では松元さんが、自らの経験として新聞労連とその周辺で、メディアで働く女性ネットワークを組織化し、活動を続けている報告は参考事例といえた。ところがそこから先は、「ワークショップ」というか、オルグのための「OJTの組合版」のような行動学習に移っていった。それはそれでテーマとして行われれば効果的だったかもしれないが、もう一つの「アジアの労働者と連帯しよう」に結びつくことはなかった。
 元々、アジアの労働者と連帯するというテーマは、多国籍企業の労働諸条件の国ごとの格差問題、外国人労働者の雇用、労働条件、安全衛生、研修生問題など多岐にわたっており、2時間程度の枠内で語りつくせるものではない。
 ということであれば、主催者と講師の間に齟齬があったか、テーマが独り歩きしてしまったのかもしれない。
 労働運動の現場から離れた私であるから、話を聴いて、そこから何がしかのヒントが戴ければという気持ちで参加しているが、この日は述べた通りで収穫は少なかった。だが、日本労働弁護団発行で、アメリカの「レーバー・ノーツ」の活動家執筆、編集の「職場を変える秘密のレシピ47」という本を入手した。労働運動の現場で使う機会はないから買い控えていたが、「職場」を「地域」に変えて読み解けば、何かヒントが得られるかもしれない、そんな気持であった。まずは「完読」できるかどうかが問題ではあるが。
 追記:松元さんは、詳細はまだ固まっていないようだが、「レーバーノーツアジア」構想について語った。恐らくAPWSL(日本)もその中心を担うであろうし、日本での開催であれば、アメリカまではいけなかった若い活動家のみなさんには是非参加してもらいたい。

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2018年5月 1日 (火)

メーデーに参加した

 ある意味の「出発点」
 私は、15歳で就職した1960年の愛知県中央メーデー(鶴舞グランド)に初めて参加した。当時の「生活日誌」には、その時の感想を参加者の12万5千人(多分、主催者発表)と、プラカード、旗、神輿(みこし、多分デコレーション)の多さに驚いたことなどが書き残されている。そして、“メーデーの本質的意義を教えてほしかった”“ただ集まり、ハチマキをして赤旗を手にして行進するだけでは”とも書いている。
 今日の愛知県中央メーデーは、白川公園に2800人(愛知全体で3500人?)の参加と発表された。かつての大量動員は、総評と同盟の「統一メーデー」であったからだが、「連合」「全労連」「全労協」になった現在は、一部で統一メーデーがあるようだが、愛知では「全労連系メーデー」で、連合は連休の前に済ませている。
 メーデーの社会的注目度、組合の参加率は低下傾向が続いているように思われるがそれは、労働組合の組織率の低下もあろうし、高齢化を通り越して、その高齢者すら参加が少なくなったということではないだろうか。あるいは、メーデーそのものの存在価値というか、意義そのものが認識されなくなった、希薄ということもあるかもしれない。だがもっと危機的なことは、労働運動、組合活動、そのものの停滞から来ているかもしれないことだ。
 モリ・カケ、日報、働き方、女性などの問題で、労働組合の動きは微弱である。もう政治には関与しないと決めているのだろうか。このまままでは「憲法問題」も危うい状態になりかねない。
 さて、それはそれとして私は、久しぶりにメーデーに参加したが、組織動員をかけられる立場にないので、参加するかどうか随分逡巡した。結局やや遅れて参加したのは、3月まで運営委員の一人であったCGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の「のぼり」が、初お目見えだったことと、「立憲パートナーズ」に登録申請したことにより、その立場からメーデーも「出発点」の一つと思ったからである。
 今日のメーデー会場の壇上では、共産党をはじめ、社民党、自由党、新社会党の代表があいさつしたとのことだったが、立憲民主党や国民民主党(民進党)からの挨拶もメッセージもなかったという。「全労連-共産党」という認識が定着している現在、「連合」との関係を無視できないとするならば、安易な「連帯」はできないということだろう。私自身も、そうした内情を理解しないわけではないし、参加するなら「お客さん」ではなく主催者側に立ってもらいたいと思うのである。だが、立憲民主党にとって、与党の自公とは対決軸を明確にできても、連合や全労連などの労働組合、共産党や社民党、自由党などの野党の関係をどのように構築するかは明確になっていない、議論も中途の段階にあるのではないかと推測するのである。
 もっと言えば、労働運動、労働組合の領域で束ねるというか、けん引するリーダーがいないのではないか、とも推測する。少なくともこの愛知では、立憲民主を支えるであろう、旧総評系労働組合の役員OBは多くいると思うが、党活動と労働運動を結合させ、ある程度の地区、地域活動を領導する人物の名を知らない。まだ少し時間がかかるのかもしれない。
 そうした観点からすると、このメーデーに限らず、これからも突発的なものだけでなく、様々な記念日「闘争、集会、講演会」があるから、その都度「立憲民主党はどうした?」では、発展、浸透は望めない。党、党に準じた大衆組織、党支持の有志、そうしたレベルでもいいから、何らかの「参加」を早急に考えたらどうだろう。
 そんな思いを抱いた、今日のメーデー参加であった。

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