2017年9月21日 (木)

ダブルミーティング(会議)

 総選挙を前にあれもこれも・・・
 夕方5時30分から「アメリカの労働運動の現状を学ぶ講演会」の事務局会議。日程の詰めの作業では、11月17日の開催当日は、18時30分から講演会開始であるが、午後2時に名古屋に来てもらい、講演開始までの時間をどのように有効活用するかを相談した。少人数であってもいいから、この地の運動の紹介をしたらどうかという提案と、長い来日日程の中間の“休日”にあたる日であれば、しかるべきところを案内するのはどうか、という提案が出されたが、見学案が採用され、「トヨタ産業技術記念館」が候補に挙がった。そこで来名するアメリカの労働教育組織NPO「レイバー・ノーツ」の講師、スロータさんの意向を確かめることとなった。
 次に、呼びかけ文の草案の検討を行い、部分的に修正し概ね承認された。また地域の団体、個人に資金援助(カンパ)を要請する文書も承認され、急場しのぎの「郵便振替口座」の設定も承認された。そして衆院の解散総選挙が日程に入ってくると予想されるが、それぞれが多忙になるだろうが、その他の細部も含め準備だけは進めていくことになった。
 続いて6時30分過ぎから「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)」の運営委員会が開かれた。こちらは、「講演会」の議論が引き継がれ、続いて活動誌「結」の編集内容・発行日の策定、ユニオン学校の9月開催と年内の計画についてなど盛り沢山の議題がとり挙げられた。
 中心メンバーは、運動豊富な経験者で、その道に詳しいこともあって、いつものごとく「広く浅く」がモットーの私はなかなかついていけないことが多い。参考にしてほしいという数冊の本が紹介されたが、私は関心がないというより、現実的な運動と直結しない新たな知識、古典などは“もういいだろう”という傲慢だといわれかねない気持ちを持っているから手を出さない・・・。
 議題に幾らか関連することだったが、今度の総選挙に当たって、それぞれが“何を考え、どんな行動をとったか”の小レポートを出し合ったらどうかと言う話になった。その時私は、前から気になっていた「私たち労働運動の立場から、政治にどうかかわるのか、地域でどんな共同行動がとれるかの話題も、議論もないことに不思議に思っている」「今は、市民運動の中に個別に参加しているのが実情」というようなことを述べた。前にも書いたが、こうした議論は、いきおい「どの政党を支持するのか」で、気まずい雰囲気が出かねないので控える傾向があったと思われる。けれども、政治を語らない労働運動・社会運動は進歩を妨げるのではないかと私は思ってきた。ただ、この歳になって、運動の第一線から身を退いている現状からは、それ以上のことを言うのは憚れた。発言と行動の見極め、覚悟が問われるのは毎度のことではあるが。

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2017年9月17日 (日)

17年目のトヨタの労働争議

 フィリピントヨタ労組の幹部が来日
 2001年に、自主的な労働組合を結成したことに危機感を覚えたのか、トヨタ自動車本社から社長が派遣されているフィリピントヨタ社は、このフィリピントヨタ労組(TMPCWA)の組合員233名(後に237名)を不当な理由でもって解雇した。それ以来16年間この不当解雇と闘うフィリピントヨタ労組(TMPCWA)が、日本の支援団体と共に、トヨタ自動車東京本社と豊田市の本社とで、早期解決を迫るために来日しており、今日は午後に名古屋駅前に到着し、愛知の支援する会のメンバーと共に、街宣行動を行った。
 TMPCWAからは、エド委員長とジェイソン執行委員の二人がやってきた。二人は日本での支援に謝意を述べると共に、フィリピン現地での状況と争議解決まで闘い抜く決意を述べた。
 また現地の会社側の取り巻く状況は相変わらずであるが、ILO(国際労働機関)の勧告が3度にわたって出されており、政府の労働雇用省も勧告に従って争議解決に動き出しており、ここに至って唯一の障害といっていいのがトヨタ自動車本社の対応である。
 世界有数のグローバルカンパニーとなったトヨタであるが、海外における労働争議を16年余も放置している現状は理解しにくい。例えば、アメリカにおけるリコール問題、セクハラ問題、会社幹部の不祥事には、すぐさま社長自ら飛んで行って解決に奔走するのであるが、アジア・フィリピンでの問題には誠意を見せないのはどうしたことか。市場の大小を見てのことか、欧米にへつらい、アジアなど発展途上国には横柄な態度、つまり潜在的な差別観からか。
 ILOの勧告は「解雇を撤回し、労働者を職場復帰させるか、それ相応の適正な補償金を支払いなさい」というものであり、これに対してTMPCWAは歩み寄ろうとかなりの努力をしている。そしてトヨタ本社が首を縦に振らなければ、フィリピントヨタ社も動けない、それがこんにちの状況である。
 夜は、豊田市に移動して「支援・連帯集会」が開かれ、明日は午前7時から、トヨタ自動車本社周辺での街宣活動と9時からの申し入れ、社前集会などが予定されている。

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2017年9月13日 (水)

アメリカ・レイバー・ノーツを迎える

 名古屋講演会の準備始まる
 レイバー・ノーツ、といっても知る人は少ない。これはアメリカで発行されている労働運動の月刊誌の名称であるが、その性格、任務は「“労働運動に運動を取り戻そう”としている労働運動活動家の声」を取り上げ、伝え、広めているNPO「労働教育調査プロジェクト」の機関紙である。このNPOを通称「レイバー・ノーツ」と呼ぶのであるが、あくまでネットワークで会員組織ではない。
 そのメンバー二人が、日本の団体の招請で来る11月7日に来日し、東京都大阪で「トラブルメーカーズ・スクール」を開催するが、その合間を縫って11月17日に「名古屋講演会」の開催が企画されたのである。
 その相談会というべき会合が今日開かれ12団体が参加した。そして最終的に受け入れと運営を担う「実行委員会」として発足したのだった。
  私は、APWSL愛知の肩書で参加した。1997年の「レイバー・ノーツ、デトロイト大会」(大会は2年に1回開かれる。昨年の2016年は、シカゴで開かれ、全米と22か国から2100人が参加したという)に参加していたが、あれからもう20年も過ぎており、最近の状況についての情報は持っていなかった。しかし、元々「レイバー・ノーツ」に参加者を送り出してきた窓口に「APWSL日本委員会」も加わっていたこともあり、今回も幾らか力になればと参加したのだった。
  会議では「そもそもレイバー・ノーツって何?」から始まった。そこで呼びかけ人から概要と経過などが報告され、昨年のシカゴ大会のビデオを観たのだが、日本のナショナルセンターや産別組織とは違ってレイバー・ノーツは、確たる組織的なイメージが掴みにくいこともあって、その点ではまずメンバーの理解が必要で、その後にそれぞれの組織的参加の検討を進めていただき、開催に漕ぎつけていくことになるだろう。
  私からは、労働運動の右翼的再編が進みつつあった1970年代から80年代にかけて開催された「全国労働者交流集会(全労交)」という日本の例を挙げた。本来なら、その時の経過とか分科会、産別交流なども話題にできたが、今日は枠外であった。全労交はその後「10月会議」となって会場を大阪から東京に移すなどして、「労働情報」を生み出し「全労協」結成の軸になっていったと思う。
  会議は、来日講演者のスケジュールの確認に加え、諸費用の算定、宿舎、事務局の設置、呼びかけ文の作成等、そして次回の実行委員会などを決めて散会した。
     追記
  「“労働運動に運動を取り戻そう”」とは、日本の労働組合のほとんどは、世界でも少数派の「企業内組合(カンパニーユニオン)」であるが、その“空洞化した運動”は、アメリカにおいても、未組織労働者の組織化、下からの組合員自らが展開する運動が薄れがちであり、その啓発、推進を込めて“労働運動に運動を取り戻そう”がスローガンになっているようだ。
  また「トラブルメーカーズ」という、耳慣れない、ややネガティブな表現も出てきたが、これは誰かの言う「ならず者」を指しているわけではない。活動の経験者にはわかりやすいが、職場の活動家は会社側から見れば「厄介者」でなければならない。「トラブル=労働強化、労働安全衛生問題、差別など」を告発、問題化し労働組合の闘いとしていく活動こそが「活動家の自負」であるから、レイバー・ノーツはそう自称するのである。

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2017年8月22日 (火)

CGSU運営委員会

 議題についていけぬ “迷妄”にあり
  8月例会は、会員の再登録の現状と会計。ユニオン共同行動の見直しと新しい方向。労働運動関係資料の保存と有効活用などの構想を進める前段の「大阪産業資料館」見学について。活動誌「結」の発行計画。ユニオン学校の報告と今後の予定。「レーバーノーツ」を迎えての「名古屋講演会」の受け入れ準備。「現代労働負担研・名古屋集会」の開催受け入れ準備。「労働法制改悪阻止」に向けた行動について、など盛り沢山の議題であった。
  また個別的な要請、話題としては、「ロシア革命から100年」に関する何らかの企画構想。「化学産業複数組合連絡会議」という労働団体が、30年を記念して「組合つぶしと闘い抜いた労働者たち」という記念誌を刊行したことの紹介。「産業別職種別ユニオン運動」研究会の第1回例会(発足記念シンポジウム 於東京)の紹介などがあった。
  これだけを紹介すれば、この団体(CGSU:ユニオンと連帯する市民の会)の活動の概要が分かるだろうと思う。そうである一方、労働運動と距離がある人、領域の違う市民運動の人たちから見れば「?」「・・・」も多いかもしれない。
  実体として労働運動と市民運動が出会う場所は幾つもある。例えば「安保法、共謀罪、秘密保護法」などの政治課題、また原発問題は日常的な合流地点であろう。状況によっては「選挙」も共同の機会である。しかしながら労働運動が(力量の問題もあるが)運動を全方位的に把握し展開するのと違って、市民運動の基本は「シングルイシュー」であるから、どちらかといえば市民運動的課題に労働運動が合流していく形が多いのではないかと思っている。
  ということで私の場合は、原点・出自は労働運動であるが、「労働運動と市民運動は表裏一体=コインのウラオモテ」と考えて地域活動に参加していたので、一応いつも「合流地点」近くにいることが多かった。しかしそれは、いいかえれば「二股」であって、運動の「深堀」ができていないというあいまいな立ち位置ともいえなくもない。もっともそれを十二分にこなしている人もおられるわけだから、ひとえに私の能力不足といえる。
  それで今日の議題をずっと聞いていて、私の中にすとんと落ちるものがなくて、“居場所”が見つからないもどかしさに揺さぶられた。たとえば私は「レーバーノーツ」というのはアメリカの労働団体の全国組織であるが、この2年ごとの1997年・デトロイト大会に参加した経験を持っている。しかしもはや20年の歳月が経って、今に活かす経験的なものあるいはその雰囲気すら霧消してしまっている。私はそれを「労働運動は、その現場に立ってこそ運動感覚が研ぎ澄まされる」それがないからだ、と信じている背景がある。だから現在的地点では、「末尾、末席にいて、経験・知識が役立つ機会があれてばそれに応える」という退いた姿勢に終始することになる。大先輩からは“まだ老いる歳ではない”と発破をかけられたこともあったが、今やその大先輩も先立たれあるいは音信さえ不通となってしまった。
  こんな“つぶやき”は、何の意味もないが、改めて“私は今、何をなすべきか”を問う機会でもあった。会議が終わって帰路を共にした人も同じような感想を漏らしていたが、その人の場合はまだ目はまっすぐ前を見ているようであった。
  さて明日は何からはじめようかな。

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2017年7月22日 (土)

ACTION REPORT 第24号

  減ページで対応
  ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の活動誌「結」と同時発行を続けている、APWSL 愛知の「ACTION REPORT・第24号」は、編者の私的都合で発行が危ぶまれたが、発行予定期日の先延ばしの機会を得て休刊を免れた。
  ただ従来12ページを基本としてきたが、今回は8ページで対応することになった。忙しさに紛れて編集方針が立て切れず、基本的なデータ-海外情報が乏しかったこともあるがやはり、複数による編集発行体制ができていないことがそもそもの原因である。例えば「C&Lリンクス愛知」は、私自身の個人誌であり、不定期発行を明らかにしているから、まあ許されるだろうが、「APWSL」を冠している以上、仮に“名ばかり”の団体であっても読者への対応は疎かにはできない。誌面より運動そのものへの不信につながりかねないからだ。
  さて頁を減じた今号の内容は、表紙に、photo「ピースサイクル2017(神奈川)」をもってきて
、巻頭の詩は、『ラヴ イズ オーヴァ』の替え歌『Abe is over』をつかせてもらった。海外情報は「インドネシアのミズノ関連工場で1300人解雇・組合つぶし、PDK労組支援の声を! 」の一本だけ。そして「ACTION REPORT VOL.24 <2017年05月~06月>」と続き、その空白部に、呼びかけとしては時機を失したものだが、参考「ピースサイクル2017・愛知の日程」を挿し込んだ。印刷・発行日は7月25日である。

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2017年7月16日 (日)

「高プロ制度」を考える

 政府・財界の仕掛けに連合が乗る?
  安倍首相と神津里季生連合会長が会談して、「高度プロフェッショナル制度」などの労働基準法改正案修正へ動き出したと報道された。
 すっかり労働運動から疎くなってしまった私であるが、それでも「高プロ制度って何だ?」と思ったし、自民党のトップと連合会長が会談していいことってあった?と勘繰ってしまうのは、永年の習性かもしれない。
 そもそも「高度プロフェッショナル制度」とはどんなものかを検索してみたら、「高度プロフェッショナル制度は、高度な専門的知識があり、年収が一定以上の人が対象となります。労働基準法では企業が従業員に1日8時間、もしくは週40時間を超えて働かせた場合は、一定の割増賃金を支払わなければならないと定めています。一方、高度プロフェッショナル制度の対象者は、働いた時間ではなく成果で評価されるため、労働時間の規制から外れ、残業や休日出勤をしても割増賃金は支払われません。この制度の対象は、年収が1075万円以上で、証券会社のアナリストやコンサルタント、医薬品開発の研究者などが想定されていて、具体的には法案の成立後、厚生労働省の省令で定められる予定です。制度を導入することによって効率的な働き方が可能となり、生産性が高まるという考えがある一方で、企業が残業代を支払わなくてもよくなることで、働く側は、より長時間労働を強いられることになるのではないかという指摘もあります。」(7月13日 NHK NEWS WEB)
 改正案が出てからこれまで審議が進まなかったのは、一つに、連合の姿勢に同調してきた民進党は「残業代ゼロ法案だ」などとして撤回を求めていたし、労働組合がない企業の正社員や非正規労働者などで作る「全国コミュニティ・ユニオン連合会」は12日夜、連合本部に反対声明を送ったとのことです。この中で鈴木剛会長は「連合はこれまで高度プロフェッショナル制度の導入は行わないと明言していたのに、制度の容認を前提とした修正案を政府に提出することは、これまでの方針に反する」などとしています。そのうえで「長時間労働の是正を呼びかけてきた組合員に対する裏切り行為で、断じて認めるわけにはいかない」として強く批判しているという。
 私の知るこれまでの“グローバル化”“規制緩和”“労基法改正(改悪)”という流れの中で、最初は業種・業務内容など対象範囲に規制をかけ“歯止め”などと吹聴していたが、法案が成立してしまうと、なし崩し的に適用範囲が広がっていったと記憶する。(104日の休日、1075万円以上という年収もいずれ・・・)あるいは、どこかに抜け穴的な「解釈」が織り込まれていて、「過労死」のような深刻な事態が現実化し、裁判で判決が出るまで経営側の“やりたい放題”と、働く者の犠牲が積み重なるという悲惨はあまりにも至近の例ではないか。
 また、政府と連合のトップ会談が行われたことについて、経済同友会の小林代表幹事は、長野県軽井沢町で記者団に対し、「これまで2、3年塩漬けになっていたので、連合の神津代表と安倍総理大臣が最終的な妥協点を見いだしてもらえれば非常にありがたい」と述べたというのも、この内容が経営側の願望に沿っている証といえるかもしれない。
 もう一つ気になるのは、「高プロ」を「残業代ゼロ法案」と強く批判してきた連合が、条件付きで導入の容認に転じた経緯でこの方針転換を主導したという次期会長の有力候補の「独走」についてである。検索によれば、今回の安倍-神津会談の要請は、逢見(おうみ)直人事務局長や村上陽子・総合労働局長ら執行部の一部が主導し、3月末から水面下で政府と交渉を進めてきた。逢見氏は連合傘下で最大の産別「UAゼンセン」の出身。村上氏は、連合の事務局採用の職員から幹部に昇進してきたという人物。逢見氏は事務局長に就任する直前の2015年6月、安倍首相と極秘に会談し、批判を浴びたこともある。労働者派遣法や労基法の改正案に連合が反対し、政権との対立が深まるなかでの「密会」だった。当時も、組織内から「政権の揺さぶりに乗った」と厳しい指摘が出ていた、という。
 内部事情については、確かめようがないので、“そういうこともあったのかな”としか言いようがないが、民主的な労働組合は、少なくとも「重要政策」については、機関審議と決定・承認が欠かせないし、最低でも主要な産別や有力な単組との事前の話し合い(根回し)くらいはしたであろうが、今回はそれもないまま、ごく一部の者の「独走」らしいのは、何ともいただけない。
 いずれにしても、「高プロ制度」は、政府・財界が仕掛けた労働組合の組織性、結束力、戦闘性を内から崩すかもしれない新たな“布石”の一つになることを私は危惧する。

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2017年6月 6日 (火)

3度目の語り、でした

 地域共同行動の基盤形成
 今まさに「共謀罪」阻止の真っただ中。“果たして全力で戦っているだろうか”という忸怩たる思いがある一方、“かといって、アソビ呆けているわけではない”と自分を納得させている。しかし・・・、そのように個人的には対応しているとしても、安保法・緊急事態条項にしろ、この共謀罪法にしても、これを阻止しようとする側の「総力」が結集されなければ、国会で圧倒的多数を握っている安倍与党の“暴走”は阻止できない。
 1970年代後半から1990年代にかけて「地域労働運動」を進めてきた私にとって、労働運動だけでなく市民運動とも共同し、住民運動も巻き込むような「地域共同行動(総がかり的)」とその「基盤形成」が大きな目標であり、その中に、名古屋労連の運動、愛知全労協の運動も包摂されていたという認識、これが基底にあって昨日の、今年になって3回目の「語り」の機会であった。
 今回も、話の内容の概要(といっても話した内容のほぼ全て)の冊子「C&Lリンクス愛知第77号」を用意していた。それはかなり広範囲にわたっており、比較的少人数の場であったので、予め重点的に報告してほしい項目の希望を募った。しかし特に要請はなかったので、私自身の運動の“向き合い方、生き方”みたいな、やや情緒的な話から入って、それに時間費やした。というのも、参加者の顔触れからして、自己紹介的な語りとこんにち的政治状況の「序論」は省いたからでもあった。
 参加者は、第一線の活動家であり、労働運動、市民運動にも通じている人たちであったから、比較的知られていないであろうとの想定で、第1章の「愛知の地域闘争」、新幹線公害問題・沿線住民の闘い/設楽(したら)ダム建設反対運動/境川流域下水道問題/藤前干潟埋め立て問題/米軍依佐美基地撤去の運動/名古屋オリンピック誘致問題/2005年愛知万博問題/2016年の「あいちキャラバン」について重点的に話を進めた。これはあまり知られていない、ということと同時にこの愛知県全域、或いは県境を越えた、オルタナティブな「地域共同行動、総がかかり的な取り組み」の重要性を知ってほしかったためである。
 第2章の地域を巻き込んだ労働争議・運動、本来ならこの章(1)1970年代の「三菱重工・四方君を守る会」の争議・運動(2)1980年代の「名古屋労組連」が本題であろうとは思った。三菱闘争では、全国運動まで広がったことと、「4つのスローガン」が定まるまでの経緯、背景、苦悩、公然活動、非公然活動などを紹介し、名古屋労組連運動では、どちらかといえば、結成に至る「前史」を重点にしたが、全体としてはかなり端折ったものになった。
 第3章の働く者の国際連帯活動では、一昨日(4日)の場で話した内容と同じで、私の体験的なものとして世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合の4つを紹介した。そこでアメリカにおける「運動資料の保管、管理、利便性」を紹介し、対する日本のそれの貧弱さ又は意識の低さについて、ユニオン懇談会でも話が出たことと併せて話をした。また追加としてIMF・JC(交際金属労連・日本協議会)の元役員、三菱電機労組の元委員長・久野治氏が提唱した「アジア春闘論」を紹介し、私たちの運動(春闘)が国際的に見たら「身内的(自分たちの労働条件の維持向上だけに関心がある)」過ぎたのではないか、私はその話を聞いたとき“目から鱗”みたいな衝撃を受けたことを話したが、全体としてはかなりの内容は省略したものとなった。
 ここまですでに多くの時間を費やした。第4章の様々な活動の中で得た、経験と教訓など、終章の現在地点の課題も、8項目を取り上げたが多くは本文を読んでいただくことでほぼ省略した。
 最後に、4日の時と同じように、参考資料として「ATUサポート市民の会・結成宣言(2008年)」の冒頭部分を読み上げて締めとした。これは、私自身が運動にかかわってきた気持ちというかスピリッツみたいなものとして起草した経緯があったからだ。また参加者はほぼ(元)国労組合員であったこともあり、噛み合ったものになったと思っている。改めて再掲する。
 結成宣言の冒頭部分。
 「古来、労働は暮らしの中心をなし、生きる糧とし、喜びとし、人と人とのつながりの結び目としてきました。
1987年の国鉄の分割民営化は、鉄路で働く人々を分断し、退職に追いやり、職場で憎しみと競争を煽り立てただけでなく、日本の隅々まで行き渡っていた線路を断ち切りました。それは、日本人が育んできた北から南までの『和(輪)の心』を断ち、労働への畏敬と連綿と受け継がれてきた働く者の団結をも破壊してしまったといっても過言ではありません。・・・」

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2017年6月 4日 (日)

愛知の地域共同、運動の基盤形成

ささやかな経験を「語り」ました
  フィリピントヨタ労組(TMPCWA)を支援する愛知の会の第15回総会の場で、「報告 愛知における地域共同、運動の基盤形成」というタイトルで1時間弱話をした。
 前回のユニオン学校では1980年代の「名古屋労組連」の運動が中心であったが、今回は、愛知県全体につながった、地域共同行動、地域労働運動という観点から準備をした。

  第1章の愛知の地域闘争では、新幹線公害問題・沿線住民の闘い/設楽(したら)ダム建設反対運動/境川流域下水道問題/藤前干潟埋め立て問題/米軍依佐美基地撤去の運動/名古屋オリンピック誘致問題/2005年愛知万博問題/2016年の「あいちキャラバン」について、その概要を紹介した。
 県境を越えた闘い、運動例えば、四日市公害問題/中電の芦浜原発問題/長良川河口堰問題/木曽川導水路問題/ごみ処分場問題(愛岐処分場など)は、紹介だけにとどめた。また全国運動に連動して反安保・反基地闘争、三里塚闘争、労働運動、反公害運動、教育問題等も名前だけの紹介となった。
  第2章の地域を巻き込んだ労働争議・運動では、(1)1970年代の「三菱重工・四方君を守る会」の争議・運動(2)1980年代の「名古屋労組連」の運動の二つを取り上げたが、かなり端折ったものになった。
  第3章 働く者の国際連帯活動では、私の体験的なものとして世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合の4つを紹介したが内容は省略。ただ追加として、IMF・JCの元役員、三菱電機労組の元委員長・久野治氏が提唱した「アジア春闘論」を紹介した。
 第4章の様々な活動の中で得た、経験と教訓などについては、記載してあるものを読んでいただくということでほぼ全部を省略をした。
  終章の現在地点の課題も、8項目を取り上げたが多くを省略した。ただその中で先のユニオン懇談会で議論された「運動、闘いの記録、教訓・反省、経験則などの記録を残し、次世代、後世に残そう。」だけは強調した。
  最後に参考資料として「ATUサポート市民の会・結成宣言(2008年)」の冒頭部分を読み上げて締めとした。これは、私自身が運動にかかわってきた気持ちというかスピリッツみたいなものとして起草した経緯があったからだ。
  結成宣言の冒頭部分。
  「古来、労働は暮らしの中心をなし、生きる糧とし、喜びとし、人と人とのつながりの結び目としてきました。
   1987年の国鉄の分割民営化は、鉄路で働く人々を分断し、退職に追いやり、職場で憎しみと競争を煽り立てただけでなく、日本の隅々まで行き渡っていた線路を断ち切りました。それは、日本人が育んできた北から南までの『和(輪)の心』を断ち、労働への畏敬と連綿と受け継がれてきた働く者の団結をも破壊してしまったといっても過言ではありません。
ひるがえってトヨタ自動車は、1992年に策定した『基本理念』の冒頭で『内外の法およびその精神を遵守し、オ-プンでフェアな企業行動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす。』と謳っています。
   トヨタという企業がその文言そのままに、ものづくり、人づくり、社会貢献を果たしてきたなら、『自動車絶望工場』などと決して非難(揶揄)されなかったことでしょう。また、世界語にもなった「KAIZEN・カイゼン」が、非人間的な過酷な労働の代名詞にはならなかったでしょう。」(後略)

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2017年5月23日 (火)

再び地域労働運動を語る

 愛知での地域共闘を軸に
  “生涯で最後の講演”と放言して、去る2月25日の「ユニオン学校」における「地域労働運動」についての語ったところ、思いの外2団体から同趣旨の話を、という依頼が舞い込んできた。前回は「名古屋労組連」の運動が中心であったが、今回は「名古屋労組連」を含めた「愛知における地域共同行動」「地域労働運動」について話す準備を進めている。2週間後の6月4日、5日の連続。
 二つの団体とは「TMPCWAを支援する愛知の会総会」の場で、もう一つは、「人民の力・学習会」の場であり、テーマは「愛知における地域共同、運動の基盤形成」で1時間となっている。草稿からして時間オーバーは確実なので、重点項目を選ぶことと「草稿」を用意して適当に“飛ばす”ことにしている。
第1章 愛知の地域闘争
愛知では・・・新幹線公害問題/境川流域下水道問題/2005年愛知万博問題など。
県境を越えた運動・・・中電の芦浜原発問題/長良川河口堰問題の闘い、他
全国運動に連動して・・・労働運動/反安保・反基地/三里塚闘争他
第2章 地域を巻き込んだ労働争議・運動
(1)「三菱重工・四方君を守る会」と「名古屋労組連」の運動
第3章 働く者の国際連帯活動
世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合
第4章 様々な活動の中で得た、経験と教訓など
終 章 現在地点の課題
 それにしても、“ぼつぼつ店じまい”と考え、諸資料も“身辺整理”として廃棄が終わりかけている段階であり、詳細に踏み込むことは難しく、主催者には“質疑は避けてほしい”とお願いしているが、そうもいかないだろう。
 また、光が当てられることはないと思っていたことに、扉を開けてくれた関係者には感謝している。

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2017年5月18日 (木)

ユニオン懇談会(ユニ懇)

 運動資料の保管、活用を議論
 ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)呼びかけの「ユニオン懇談会」が開かれた。これまでも「ゆるやか懇談会(ゆる懇)」として時折開かれてきたが、私は今回が初めての参加だった。
 呼びかけには「政治を語らずして市民?力を合わすこと知らずに社会人?変えていきたいですね。運動、活動に失敗や挫折はつきもの、でも時々胸が熱くなる喜びもあります。人々の生きざまを聴き語り合い人間関係を深める、そんな場にしていきたい。」とあった。 
  今日は、「運動とその資料の保存」についてSさんが口火を切って、それぞれから文書類、書籍などの保管、処理などについての現状が語られる一方、労働に関する資料収集、保管、活用の機関、例えば大学などでの対応はかつては一部にあるにはあったが、今では皆無に近いという。その背景は、「労働法」に関するカリキュラムの減退があり、学生の関心も薄い、教員も減少、そして保管場所の確保とその管理が難しい、という悪循環に陥っているのだという。
 大学の実態は知らないが、かつて愛知勤労会館があった時には、労働関係の図書コーナーがあったが、建物の取り壊しに伴って、別の県の施設の一角に移されたというが、どれほど利用されているか疑問とのこと。
 ここでいう運動資料は、いわゆる市販本だけではなく労働運動の闘いの記録、成果と教訓など、実践的に使えるあるいは次世代、後世に伝えるものを指すのだが、現実は個人で所有され、本人が亡くなればほぼ廃却の運命をたどり、この世界から消え去ることになる。そこでこの現状を何とかしたい、ということでアイデアも出された。
 私のメモには、①まず“必要とする”運動、機運があるかどうか。②それぞれの運動に“記録、まとめ”の役を持つ人を指名すること。③CDに保存するなど電子化してコンパクトにする。④具体的に保管場所を確保する。ということが書かれていた。
 可能性は脇に置くとして、まず保管場所の確保を優先的に考えてみると、そのための「労働ライブラリー委員会」を作り、そこで、場所の確保、運営費用の検討、基金募集要項、資料収集と展示法、関心を高める催事、そして、管理と当番制など運営方法をまとめる、ということにならないか。
 概算で月額10~20万円の確保は、カンパだけでは難しい面があり、大口の寄付、古本フェア、ブックレットの仲介などの営業面も考えていかねばならないだろう。そうそう、本は重量がかさむので、床の耐久性も考慮する必要があり、木造ではだめという話も出た。また単に保管だけでは「書庫」になってしまうので、狭くても談話スペースを確保して、人の流れが出てこないと先細りになりかねない。
 実現に至る道は険しいが、まずは話題になったことでその端緒についたことは確かだ。

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