2009年10月 5日 (月)

第1回トヨタ学習会・2

 猿田教授の「トヨタと地域社会」
 昨日のブログでは、トヨタ自動車の研究は、「トヨタ生産システム、人事管理、労使関係、地域社会」と書いたが、正確には、「・・・、トヨタの労使関係と地域社会」である。簡単に言ってしまえば、トヨタの生産・利益至上主義のもとでは、労組それ自体も組み込まれ、地域社会の基盤も支配下におかれ、トヨタのために動員される。労組は、組合員のため、地域住民のため、地域社会のために何もしないうえに、トヨタの良き協力者であるのが現実だ、と言えるだろう。
 猿田教授はいう。「トヨタについて書かれたものは多い。しかし、そのほとんどは地域社会についてほとんど触れていない。しかも、労使関係との関わりで論じたものは、皆無と言ってよいかもしれない。しかし、われわれにとってトヨタ研究は、地域を無視しては成り立ちえないものである」
 私の中でも、「トヨタ城下町」「すべての道路はトヨタに通ずる」「トヨタ生協」「トヨタホーム」「豊田学園、豊田高専、豊田工業大学、海陽学園」「トヨタ労連支配下の愛知の労働運動」「県議会、市町村議会に隠然たる力を持つトヨタ系議員」という言葉で、トヨタと地域社会については、個別的には知り得ていた。だが、それらの有機的結合を明らかにしつつあるのが猿田教授の「トヨタ研究」なのだと思う。
 例えば、全寮制の男子中等教育学校(中高一貫校)・学校法人海陽学園の代表(理事長)は豊田章一郎氏、もちろんトヨタ自動車は有力な出資者である。これだけの説明でその目的も、概略はわかるような気がする。だが高校の、「管理教育」というセンセーショナルな言葉が闊歩して随分になるが、その当時は「東の千葉、西の愛知」といわれるほど愛知のそれはひどかった。それが、日教組の影響力の排除、有名大学への進学率競争と結び付くことはあっても、それが、トヨタの「能力主義・序列主義」(高校の複合選抜-複数受験と輪切り入試)と結びついているという点、つまり「労務管理」と「管理教育」の有機的結びつきは思いもよらない指摘であった。
 またデータとなる資料はなかったが、全国有数の裕福県愛知の高校進学率が、都市圏では珍しく低い背景には、中学生のトヨタ学園への入園があるとされ、そうなれば、デンソーを含むトヨタ関連会社にも、相当数取り込まれていることになる。そうであるなら、「ゆりかごから墓場まで」ではないにしろ、小中学校から高校、大学を含め、「マイカーはトヨタ車、トヨタの寮・社宅で過ごし、ローンは会社の住宅貸金、マイホームはトヨタホーム、くらしはトヨタ生協」という、純粋培養器に育った「トヨタマン」が生まれる。
 もとより、「個人の幸せ」にまであれこれ言うつもりはないが、「スウェーデンの場合には、強力な産業別組合と社民党を中心とする左翼政権の下で、労働者・市民連帯による人間中心社会づくりが行われてきた」という世界があり、これが私たちの社会でも育っているとしたなら、「トヨタの研究」が、正反両面を描き出し、不幸にして「反」が、トヨタの今日的実像であるなら、そして今後も変わり得ないのなら、「研究の成果を、労働の現場で活かそう」という私たちの課題は、永続的なものになる。 了

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 4日 (日)

第1回トヨタ学習会

 猿田教授の講演を聴く
 見上げれば快晴の秋空。有松天満宮の祭礼あり、孫の運動会あり。どちらへも行きたし、されどかなわず。
 第1回の「トヨタ学習会」が設定されていて、この学習会がもっぱら、ATU(全トヨタ労働組合)の組合員、支援者、トヨタの研究者、関心ある人を対象として、現場での活動に寄与する、とあったので、「現役」から離れたという意識の私は、多少の迷いはあったが、ATUサポート市民の会の主催である以上、欠席は気が引けた。
 トヨタ自動車の研究は、主として「トヨタ生産システム、トヨタウェイ」であるが、猿田教授は、それをもう少し踏み込むと、「トヨタ生産システム、人事管理、労使関係、地域社会」ということになるという。
 「トヨタ生産システム、人事管理、労使関係」について、最新の研究を加えておさらいをした。特にフォードの生産システムをおさらいし、GMが没落してトヨタが勝ち上がった背景のおさらいも、今日的課題に通ずるので興味深かった。
 話は、この先(未来)のことまでは踏み込まなかったが、思うに、「生産システム」そのものは、省人化(ロボット化)や、生産拠点の統廃合と車種の絞り込みは進むであろうし、部品の共通化が進む一方で、リコールの範囲が拡大すること、一個所の災害、事故で部品供給が止まり、生産がストップしてしまうリスクをどう回避するかの研究は進むだろう。また、生産のシステムと共に、シンプルで低価格車の開発は避けられないだろうが、環境対策としてのコストアップとどう対応するのかの研究は、社会的な焦眉の課題でもある。
 では「人事管理」はどうか。「日本では、『就職』するというが、実際は『就社』であって、職種をいう職業に就くわけではない。『入社』であるから、専門職のように一つの仕事、業務をこなせばいいわけでなく、『多能工』や、業務の全く違う配転、派遣がいとも簡単に行われる。欧米との大きな違いである」と猿田教授はいう。ではこの「労働力のフレキシブル化」非正規雇用制が不可欠とされる「労働者のジャストインタイム」の問題はどうなるのか。
 政権交代で「生産現場での非正規雇用の原則禁止」が施行、維持されれば、経営者は、法の抜け穴を探し、悪法を政府与党に要求してきたこれまでの方法を変えねばならない。一つは、工場の海外移転であろうが、韓国、中国、マレーシア、ベトナム、インド、インドネシアへと低賃金、規制なしの地を歩いてきたものの、その地の発展で効果は減退してきた。残るは、南米、アフリカだけかもしれない。そこまでやるか?また「ワークシェアリング」という方法もあるが、賃金以外の保険など諸費用は膨らむ。では、分社化を進めることによってコストを下げるか。研究というより「悪知恵」を絞ることだろう。
 次に「労使関係」であるが、経済が右肩上がりの時は、労組は企業の成長に合わせた賃上げや労働条件の改善を求めてこえばよかった。あるいは、自社の成長即ちそれが労働条件の維持・向上、という図式で対応してきたから、組合員の意見を聞くより、会社の経営、管理を優先させてきたといえる。「労災隠し」は典型であったろう。
 そのような労組の実態を見抜いていたから会社は、労使協調、労使宣言を求め、労組懐柔に腐心してきた。そうすると私の想像では、その「日本型経営」は変えることなく、むしろ、民主党の支持基盤の一つである「連合」を、政権の中へ「刺客」か「二重スパイ」として送り込む深謀遠慮をひそかに考えているかもしれない。
 だから「労使関係」を主体的にとらえれば、企業側がどのように考えようと、要は「労働組合、労働運動」の問題であり、「企業内組合」の体質から脱却するほかない。それは産業別労働組合への強化も考えられるが、日本ではなじみの薄い職能別組合(医師会などは個人経営者の集まりではあるが、医師という職能組合といえないこともない。大工さんの全国組織はなかったかな)、市民、生活と一体的な「地域労働組合」というか「コミュニティーユニオン」が求められるのではないだろうか。
 さて最後の「地域社会」であるが、猿田正機教授の長年の研究の一つで、企業活動と地域社会がどう結び付くのか非常に興味深い。これについては、もう少し資料を読み込んで考えてみたい。
(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月27日 (土)

日韓交流名古屋集会

  あの民主労総も批判の俎上に上がる
 笹島日雇労働組合が主催した日韓交流集会は、韓国・イーランド一般労組委員長のキム・ギョンウク(金倞煜)さんを招いて、名駅近くのコミセンで開かれた。
 彼の経歴は、今まで来日した労組関係者とは異質であった。陸軍士官学校を卒業して、陸軍将校として任官、28歳で退役して、フランス系の流通会社であるカルフール社に入社、課長職となり、非正規雇用労働者の首を切る立場になった。
  2003年に、いろいろ思うところがあったのであろう、労働組合に加入して、労組委員長になる。そのころから非正規雇用労働者の組織化に奔走し、イーランドグループが韓国カルフール社を買収したあと、2007年にイーランドグループが、非正規雇用労働者を大量解雇。対する労働組合は、カルフールから名前を変えたホームエバー社の店舗を占拠して籠城。会社側が雇った暴力団、国家権力(警察)の暴圧を受けながら、また多くの逮捕者を出しながら512日間の闘争を闘い抜き、2008年にサムソンテスコがホームエバーを買収後ホームプラスとまたまた名称変更したあと、労使の団体協約が締結され、ストライキ闘争が終結した、その中心的活動をなしたのが、キムさんであった。現在38歳。
  韓国全体の政治的構造や労働運動の系列と現在の実態など、状況把握が難しく、その中で、このイーランド闘争がどんな位置にあるのかよくわからなかった。確かに昨今の民主労総には、非正規雇用労働者と一緒に戦う方針をもたない点など、批判されるべき点はあるにしろ、その民主労総に加入していながら民主労総を批判している一面やイ・ミョンバク現大統領と先に自殺さしたといわれるノムヒョン前大統領を一緒に串刺しにして批判する立場は、もう少し説明がいるだろうし、聞く側に予備知識が必要だった。
  日本的にいえば、韓国労総が日本の連合だとすると、全労連か全労協に加盟していながら(両組織は「派遣切り」に取り組んでいることを断わっておく)、「派遣切り」を闘わないこれらを批判しつつ、自主、自立の闘争を闘いとったユニオン、とでもいえばいいのだろうか。4月の日韓集会と比べ、やや左翼色を強めた闘いの報告かなと思った。
  もっとも民主労総は、2007年8月にニューコア・イーランド労組の闘いに16億ウォン(約1億3千万円)の闘争資金を拠出しているというから、内部に2潮流があるかもしれない。そんな報告もあったような気がする。
  韓国民主労総について私は、韓国民主化闘争以前、非合法組織として弾圧を受けながら、ついに公然化を勝ち取り、韓国労総を圧倒するように組織拡大をしてきたという認識があり、その後の混乱状況も、情報が乏しいのでどれほどのものかは計りかねていた。

  幹部の腐敗やセクハラも漏れ聞き、正規雇用労働者だけの組合に純化して、非正規雇用労働者の組織化に腰が引けている、という話もあったから、内部ではかなりのせめぎ合いがあるのだろう。そんな中でのキムさんの話を聞く機会であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月23日 (土)

生物多様性と遺伝子組み換え

 ヒジョーに難しかった講演
 「基礎から学ぶ市民の勉強会」と銘打った、「生物多様性と遺伝子組み換え」の講演会があって参加した。副題というか、この時期に開催される背景には、「COP10/MOP5」の動きに連動してのことであった。だから、配布資料には「COP10パートナーシップ事業」とも付記されていた。
 さて講演は3つのテーマで、一つは「地球上の命を守る『生物多様性条約』とは」で、日本自然保護協会の道家哲平氏が、パワーポイントを使って話をされた。映像の効果は高く、わからないなりについてはいけたが、二つ目の遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンを続ける、ジャーナリストで市民バイオテクノジー情報室の天笠啓祐氏の話は、「カルタヘナ議定書と同国内法の問題点」「GM作物栽培の隔離距離は交雑防止にならない」「GM作物による生態系・生物多様性への影響」「除草剤耐性作物・耐性雑草の拡大」と続いて、言葉の意味から入らないと(それだけの予備知識がないと)全くついていけなかった。
 3番目の「くらしにしのびよる遺伝子組み換え生物」は、遺伝子組み換え情報室の河田昌東氏が講演されたが、彼の話は今年2月の講演会で聞いていることと、四季雑談の会「夏席Ⅱ」で1時間のお話を聞くことになっているので、実はこれが今日のお目当てであった。
 終わってみれば、河田氏の話も専門的な領域もあるから、難しく感じた。この内容そのままでは「夏席Ⅱ」には向かないので、私のほうで「ストーリー」を作ることになりそうだ。2~3分の立ち話であったが、その旨伝えて、快く承諾を戴いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 2日 (水)

NO VOXの集会

  「持たざる者」の越境する連帯
この集会も、G8洞爺湖サミットに反対する趣旨が込められたもので、フランスから「声なき者」(NO VOX)のメンバー3人を迎えた国際連帯行動の一つであった。主催は、日雇全協・笹島日雇労働組合。
  午後の「老兵たちのフォーラム」が延長したこともあって、30分遅れで会場に入ったものだから、場に慣れるのに少々時間がかかった。それに事前の資料が乏しく、予習ができていなかったので、メモする指も止まりがちであった。
  NO VOXがいかなる団体で、どんな運動をしてきたのか、思想的傾向がどんなものか、なぜ今、来日したのか、という未知なことが多いのであるが、通訳を通して聞き取ったメモからまず、フランスにおける1990年ころの「住宅への権利運動」について報告がなされた。この移民労働者などが空き家を占拠して、当局とやりあうニュースは見た覚えがあるが、当時は、“日本では考えられないなあ”と遠い異国の出来事として受け流していたように思う。それにフランスの旧植民地からの移民多数が、パリとその周辺で一緒に生活している現実面が全くイメージできなかったこともあったと思う。
  (移民労働者だけなのかどうかは不明であったが)目に余る高齢者の貧困化。食と住居は、人間として生きる最低の権利。あまりの生産性第一主義は、果てしない競争を強いられ、生活が破壊される。現在は「経済」が中心で、人間を“世界の中心”におくべきだ。社会制度は、社会運動によって勝ち取られてきた。持たざる者の闘いの意義はここにある。家もない、食(職も?)もない、そんな者たちの多くの“声なき声”を世界に広めていこう、これが報告の一つ。
  ここで来日メンバーの中心であろうと思われる人の「NO VOXの戦略について」の話があったが、メモの指があまり動かなかった。
  ・・・様々なNGOが参加した国際ネットワーク。現場にコミットしていないと現場に合った政策が出てこないという考えの現場主義。新自由主義に対抗する社会主義フォーラム誕生と共にNO VOXも誕生。現場の活動家と会い、問題の所在をつかみ、底辺の貧困の問題に焦点を当て、反G8だけではない、大きなフォーラムに参加、活動家などとコンタクトを取っている・・・。
  第三の報告では、パリでは具体的にどんな状況であったのか、というNO VOXの活動紹介があったが、大阪・長居競技場で、世界陸上選手権大会開催のために周辺の路上生活者を排除したことに抗議するため、パリの日本大使館に出向いて抗議行動をした話などが紹介された。
  ヨーロッパとアジアの日本という地理的、文化的、歴史的違いがあってすぐには比較できないが、「グロ-バリーゼーション」という流れの中では「とりわけ貧困化の進行、課題の緊急性」などは、洋の東西を問わず一体的であることが、僅かながら理解できたのが今日の収穫であったろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 7日 (土)

老兵たちのフォーラム・4(5)

 巨象トヨタを問う(3)
 「巨象トヨタを問う」の今日的意味を考える
 わずか30分の持ち時間で、大風呂敷の一角をあまり学術的に検証せず、思いつきに近い報告をし、そのレジュメに基づいて、ここに連載したが、とりあえず、ここまでで締めをしたい。
1、“文明の利器”は幾つもあげることが出来るが、自動車は“先進国”中心に考えれば、その中心的なものであるといえよう。そして、19世紀にダイムラー、マイバッハ、ベンツらによって考案され、改良が加えられ発展してきた自動車は、幾つかの問題を抱えながらも、未だ発展途上にあるといっていいのではないか。
2、その発展途上の自動車の進化がどこまで続くのかは、007愛用車的であり、SF的(水陸両用、空陸両用など)にも想像はできるが、逆に自動車に代わるものは想像し難い。ここに自動車をテーマとする普遍的な課題があると思われる。
3、その自動車の持つ普遍的課題は、「地球的課題」に置き換えることが出来る。即ち、
 1)地球の温暖化は待ったなしの環境問題
 2)現実化しつつある地球資源の問題
 3)当面はつづく世界経済の中心軸
 4)技術革新-ものづくりの進化、他産業と技術の相互移転
4、もう一つは社会性の問題である
 1)経済的には、集約型産業であれば関連産業、地域経済、雇用に大きな影響力を持つ。
 2)インフラストラクチャーとは密接不可分である。
 3)自動車による事故、渋滞、公害、犯罪などの問題がついてまわる。
 以上のような見解にたてば、「巨象トヨタを問う」ことは「自動車社会を問う」ことであり、それはこれからの社会の在りようを問うことに繋がる。
 トヨタの個別的な問題を掘り下げる時、それらがこの社会の問題とどこで通底しているかをあわせて考えてみる必要があろう。それゆえ、否定的に見るばかりでなく、肯定部分も見定めることが現実的であろう。
 最後に、「豊田綱領」とこれを基にした「トヨタ基本理念」を参考までに掲載する。

豊 田 綱 領

豊田佐吉翁に遺志を体し(1935年)
一、上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし。
一、研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし。
一、華美を戒め、質実剛健たるべし。
一、温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし。
一、神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし。

トヨタ基本理念
(1992年)
1 内外の法およびその精神を遵守し、オ-プンでフェアな企業行動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす。
2 各国、各地域の文化・慣習をを尊重し、地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する。
3 クリ-ンで安全な商品の提供を使命とし、あらゆる企業活動を通じて、住み良い地球と豊かな社会づくりに取り組む。
4 様々な分野での最先端技術の研究と開発に努め、世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サ-ビスを提供する。
5 労使相互信頼・責任を基本に、個人とチ-ムワ-クの強みを最大限に高める企業風土をつくる。
6 グロ-バルで革新的な経営により、社会との調和ある成長をめざす。
7 開かれた取引関係を基本に、互いに研究と創造に努め、長期安定的な成長と共存共栄を実現する
1998年1月には、この「基本理念」をベ-スに、21世紀初頭におけるトヨタのあるべき姿を明確にし、その実現のために、長期的な視野に立ち、取り組んでいく方向と決意を示す指針として、「トヨタ2005年ビジョン」を制定いたしました。

トヨタ2005年ビジョン・テ-マ

 “Harmonious Growth” 調和ある成長
 「社会との調和の具現化」と「経営基盤の確立」
1 世界中のより多くの人々の豊かな生活や安全かつ快適な移動欲求に応える 
2 生活全般にわたる多様な価値の提供をめざし、自動車に続く次世代事業を育成する
3 新たな価値創造と社会貢献のために成長を確保する
                                <完>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 6日 (金)

老兵たちのフォーラム・4(4)

  巨象トヨタを問う(続々2) 
 仮に「トヨタ自動車の永続的繁栄があるとすれば」どんな企業展開、社会的背景が考えられるか。
  それは、トヨタ経営陣にとっても、至上命題であろう。ニューモデルのデザインを日夜描き続けていると同じように、いやそれ以上に「自動車社会」の10年後、20年後、30年後を描いているに違いない。そしてそこには、安全・快適で操作性の高い、近未来的スタイルに情報通信機能を極めた、輝ける“未来カー”のデッサンも飾られているであろうけれども、地球資源の問題と地球温暖化の問題から化石燃料の低消費車(ハイブリッドカー)の改良、そして公害(排ガス)規制の高まりからサトウキビやとうもろこしなどからエタノールをつくるバイオエネルギーの利用促進。新機構としての水素エンジン、電気自動車の開発も進めているだろう。(発電エネルギー、CO2の問題は別にあるが)
  更に環境問題の専門家もいれば、世界市場の動向、分析など経済問題関連の専門家もいて、そして化学・高分子化学、材料・材料力学など素材などに関する研究、デザインに関しては空力研究のための宇宙・航空工学、色彩研究、人間工学あるいは心理学の専門家もいる、そのような総合的研究開発、調査分析の組織を発展させるに違いない。
 一方、これまでのように、“飽くなき利潤追求”が企業としての根幹であるとしても、あるいは“市場経済、グローバリゼーションの下で生き残る” には、いささかの公共性感覚が欠落、後景化しても止むを得ないという論理は捨てがたいであろう。
  しかし市場経済主義、グローバリゼーションそのものが永続を保障されているわけではない。というより、早晩、矛盾は深まり、世界経済が行き詰まって、大恐慌さえないとはいえない。それに対応するために「内部蓄積」が必要と、“飽くなき利潤追求”が繰り返されるという、そのジレンマをどう捉えているか。
 それらは一企業、一業界ではなんともし難い政治の問題、というかもしれないが、その政治に日本経団連が大きく関与している実態を見れば、現状の経営思想、企業体質からの変貌なくして永続性は難しいのではないか。
 結局、トヨタ自動車の永続的発展のキーワードは、冒頭に戻って、「企業倫理・法令遵守の確立」「生産技術の進化」「外国人も含む人材の有効活用・雇用の安定」「健全な労使関係」「利益の社会還元」ということになると思われるが、それは利潤追求、拡大再生産、資本同士の激突という世界から成り立つかどうか。
 発展し続けるトヨタ自動車は、いまや業界のリーディングカンパニーとしての姿勢ばかりでなく、否応なく社会性とは無縁ではありえないことを一段と自覚しなければならないところにきているのではないか。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 5日 (木)

老兵たちのフォーラム・4(3)

  巨象トヨタを問う(続2)
 さて「2、トヨタ自動車に迫る暗雲」で、不祥事の続出の例を挙げてみたが、個別的な問題の掘り下げはさておくとして、かの三菱自動車の、総会屋問題から端を発して、アメリカでのセクハラ問題、そしてリコール隠しに至って、あわや倒産寸前にまで立ち至ったことと、トヨタ自動車の一連の不祥事が、強く印象付けられないこの対比はどこからくるのだろうか。
 それが巨額にして広範囲にわたる広告主としてのマスコミ支配(年間800億~1000億円?)であることは間違いないとしても、では海外メディアまで黙らせることが出来るだろうか。いずれ、トヨタの“不祥事” 全体は海外からのニュースソースによって、国内に反映されるケースも出てくるだろう。例えば、TMPCWA(フィリピントヨタ労組)の問題が、ILO、IMF(国際金属労連)の段階に至っていることは、マスコミでは流れていないことはあるにせよ。
 次にいまや「リコール」は自動車の専売特許ではなくなったが、それでも、毎日のようにリコールが新聞の片隅に載っている。そのなかで生産・販売で世界一に登り詰めようとするトヨタにとって、このリコール問題は最重点課題にしていることであろう。それは、“品質のトヨタ”の看板にダメージを与えるだけでなく、部品の共通化によってリコールの対象が広範化し、その対策費用は莫大になるからでもある。しかし問題は、その部品の多くは関連企業、下請け企業で製作されていることが多いから、負担を強いられるであろう部品工場にとっては致命的になりかねない。そうした場合の、トヨタ本社の対応がどうであるかは注視したいところである。
 同じように「外国人研修生・実習生問題」「偽装請負」についても、知らぬ存ぜぬでは通らない。なぜなら、トヨタの過酷なコスト引き下げ要求が、関連・下請け企業での“奴隷工場”を生み出している根源でもあるからだ。
 これらは、トヨタ自動車の図体が大きくなり、自前の工場から関連企業に至るまで、管理統制・秩序徹底・技術開発・品質管理が難しいこともあるがそればかりではなく、「トヨタの企業体質」が問われることになるし、市場主義経済の悪弊ともいえるだろう。
  次に、トヨタの“世界一”の次にくるものはどんなことか、“凋落しかない”といってしまっては、身も蓋もない。“トヨタがコケれば日本がコケる。”“日本は既にコケ始めているから、日本の社会がコケる”ことになりかねない。だから、トヨタにがんばってもらわなくては、となるのだろうか。
  三冠王の強打者、20勝投手が抜けたら、そのチームは一時覇権から退くことがあっても解体することはない。メジャー(巨大外資)からの助っ人もあるが、“生え抜き”が頭角を表すこともある。
  ここまでくると国内外の資本と資本の激突は不可避、それがいまや戦争には至らないまでも、世界的にヒステリックになる要素はある。そのことの波及を恐れるべきであろう。
  私たちが「巨象トヨタを問う」ことが、同次元で、私たちのくらしと日本の社会、民主主義、文化などのこれからを問うことになるとしたら、トヨタ自動車という会社はどうあってほしいのかをも、問うてみる必要がある。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 4日 (水)

老兵たちのフォーラム・4(2)

 巨象トヨタを問う(2)
 次に私から提起したのは、補完的というか“分析型”手法で、まず次のような基本的なテーマをあげた。
●トヨタの企業倫理 (問われるトップ企業、多国籍企業)
●トヨタの生産システムと企業連 (継続的技術革新、非人間性の限界、下請け企業に矛盾が集約)
●トヨタの人事・労務管理 (多能工・改善思想・人づくり+非正規雇用は景気の調整弁)
●トヨタの労使関係 (労組の形骸化・無力化は企業にとって有益か?)
●トヨタの歴史と未来 (この社会と共に歩み、これからの社会の在りようの中で)
 ただし以下に報告する中で「労働運動・労働組合」「自動車文化」については、別の切り口として捉えたため、今日の段階ではあえてテーマから外した。
1、トヨタ自動車に対する、個別的な批判的観点
  以下は密接不可分、同義、同類の関係にあるが、あえて分類化を試みた。詳細は省く。
1)地域支配
①挙母市から豊田市へ (1959年に豊田市となる)
②行政・議会へ侵出 (自治体を従属の下に置く、政界とのかかわり)
③系列・関連企業支配 (グループ13社とも18社とも、関連会社は?)
④反対派封じ (労使宣言、組合統制、選挙シフト)
2)反社会性
①労使の癒着 (労使宣言-労使運命共同体) 
②企業活動優先 (人間性・生活権の軽視、インフラなど)
③JIT(ジャストインタイム)  (部品の納入方法と労働力の投入-労働時間と雇用) 
④利益未還元 (無借金経営もいいが、1兆5千億円の純利益をどうする?) 
⑤法令遵守(コンプライアンス)違反 (法令遵守は当然だが、その範疇なら何でもいいわけではない)
⑥マスコミ支配 (年間広告費1000億円?支配の実態が明らかに・・・) 
⑦ダブルスタンダード (グローバルな思想は、日本全体の問題ではあるが)
3)企業体質
①収益第一主義・非人間性 (トヨタ基本理念・豊田綱領をどう読み解くか)
②情報非公開 (仕事は別だが、社会的情報は上意下達?)
③いつから政治に口出しするようになったか 
④企業品格の後進性と生産技術の先進性 (“品格”は一概に言えないが、トータルに見て)

2、トヨタ自動車に迫る暗雲
1)不祥事の続出 
 ①アメリカトヨタ社のセクハラ問題 (米のこの事件では、社長を即解任・・・報道規制)
 ②リコールとリコール隠し (部品の共通化で量の膨大化、部品メーカーを直撃)
 ③労災・職業病問題 (係争2件・・・潜在的には・・・)
 ④国内外でのダブルスタンダード (TMPCWA、UAWなど労組対応、他)
 ⑤関連企業では (外国人研修生・実習生問題、偽装請負)
2)“世界一”の次にくるもの
 ①自動車産業の世界的再編 (アメリカでの再編、市場競争が明暗を分ける)
 ②台頭する中国、新興国、巻き返しを狙う欧州の自動車産業
3)自動車産業の競争激化と取り巻く環境
 ①品質と車種・車格と価格競争+モデルチェンジの周期
 ②資源問題・燃費 (化石燃料と原材料の高騰、枯渇)
 ③公害(排ガス)規制・安全対策
 ④社会的な省資源、省エネ思想の浸透

3、トヨタ自動車に永続的繁栄があるとすれば
1)上記問題の解決 (いってみれば、経営全般の安定化、社会的対応)
2)公共交通機関との共存 (自動車の“勝ち組”だけが生き残れるわけではない)
3)事業の多角化 (ベンチャーからの発展、先行企業との摩擦回避)
4)企業の健全性 (人間性の回復・企業倫理・法令遵守・社会還元)
5)労使関係 (企業従属型労組の破綻は不可避?ならばどうする)
6)外国人労働者の雇用安定 (移民の受け入れは国策ではあるが・・・)
7)産官学共同の節度                              
 
とりあえずここまでとして、この先を2、3、に重点を置いて報告をした。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 3日 (火)

老兵たちのフォーラム・4(1)

 巨象トヨタを問う(1)
 4月3日、予定通り「巨象トヨタを問う」のテーマで報告と意見交換が行われた。そして予測通り、巨象の全体像を外見的に見ることはできたとしても、やはり内容的掘り下げは、象の鼻か片足か、“尻尾”ほどの部分的ではなかったろうか。もっとも賢明な諸氏には、それをもってして課題の核心点を押さえなおかつ、派生する論点を読み取り、出して来られるのだから、さすがだと感服させられた。
 問題提起は従たる私を含め二人で担当、主たる論点を提起したのはMさんで、まず、
1、実感的トヨタ論
 ①コンベアの原体験 ②愛知万博と中部国際空港(最大の受益者はトヨタ) ③全ての道はトヨタのコンベア ④「乾いた雑巾をしぼる」 ⑤徹底した利潤追及、労使協調、企業立地 社会資本の私物化 ⑥政治と経済、自治体を巻き込む ⑦国内外戦略のたくましさ
2、自動車時代の背景
 ①トヨタを育てた自動車文明 ②自動車文明がもたらしたもの ③このフォーラムの論点を内臓
3、トヨタの貢献
 ①平和産業 ②愛知の活性化・経済的貢献 ③雇用の拡大 ④日本経済の戦略産業
4、トヨタから何を学ぶか
 ①自動車に対する人間(大衆)のニーズとその限界 ②改善の積み重ね ③先見性と国内外の戦略 ④あくなき生産性の向上 ⑤労働疎外からの人間性回復は 他。
 という(概略)項目が立てられたが、労働と生産性、利潤追求と社会性、自動車社会と文化など、論点が多様に織り成している。
 2007年度には生産、販売でGM(米)を抜いて世界一の座につくであろう、巨大企業トヨタは否応なく、その「功罪」を問われるであろうし、“世界一”の次にくるものがどんなものであれ、私たちを取り巻く状況とは無縁ではありえない。
 そうした問題意識は後段の「トヨタを問うことは、“自動車社会”を問うことであり、これからの社会の在りようを問うことになる」といったところに収斂されていくのであるが、こんなものも紹介された。
 意見交換の場では、通り一遍の「トヨタ批判」ではなく、例えば、トヨタが社員を採用しようとする時、健康であることは当然としても、トヨタの生産性向上、あくなきカイゼンの積み重ね、人事管理の上からなどから「学習意欲の強い人」という力点の置き方に特徴があるとか、また、全国から集められ定住化するトヨタ社員の家族構成や意識調査の結果の一部も披露された。
 これついてはよく言われる例であるが、トヨタの若者は何を差し置いてもまずマイカーの入手、当然トヨタ車。上司に紹介されて結婚。寮、社宅から始まって、マイホームは豊田市とその近辺で“トヨタホーム”。買い物はトヨタの生協。“ゆり籠から墓場まで”ではないにしろ、トヨタ城内での生活。
 しかし一方で“マイホームを手に入れ、両親を呼び寄せるということになっても、お墓もこの地に建てるか、という問いには、郷里にしたいという答が返ってくる”という例、更に居住地域に帰っても地域の役員になれない(極端な合理・功利主義が受容されない)などは、「企業と人間社会」をつくづく考えさせられる。

 それらは、この場では殆んど触れられなかったが、今日的「教育」の問題にも、根っこで繋がっているような気もするし、企業意識の浸透が「日の丸・君が代」に直結しないまでも、“縦型社会”を強め、排外主義的傾向に傾斜していくのではないか(現実的にそう見ることもできる)と危惧すら感じる。
 前述の課題に沿った項目一つ一つが、幾つもの枝葉を持った内容を擁しているが、それらの多くは研究者に委ねるとしても、トヨタと直接向き合う“運動”として、何が獲得できたか、何が運動展開のヒントになりえたかは、今は未整理のままである。
(メンテナンス工事のため、追い書き)
 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月25日 (日)

在日朝鮮人文学の世界

 初めて触れた世界
  「屹立する在日朝鮮人文学の世界」を主題とする作家・磯貝治良氏の講演を聴きに行った。
 彼の名前は、1970年代初頭から運動の関係で知っていたし、時折りの集会やデモでも顔を合わすこともしばしばあった。また、昨年、小説「弾のゆくえ」で「第19回 中部ペンクラブ文学賞」を受賞したことは知っていたし、その小説も読んでいた。更に、私の「自分史」を贈呈したところ、丁寧なご返事をいただいこともあった。
 しかし、私の書棚には、彼の著作「戦後日本文学のなかの朝鮮韓国」(1992年)「イルボネ チャンビョク」(1994年)が並んでいるが、読まないままであった。従って、顔見知りではあっても、決して知人、友人というほどの関係ではなかった。
 そんな経緯ではあったが、文学・小説はともかく「朝鮮韓国」については興味を持っていたので、講演会があると聞き、飛んでいったのである。
 話の「屹立する在日朝鮮人文学の世界」では、1945年の日本の敗戦、朝鮮人にとって「解放の日」以降の在日朝鮮人たちの文学活動を取り上げ、こんにちまでを第一文学世代~第三文学世代として捉え、その流れを話された。
 初めて聞く話、初めて触れる世界であって、作家の名前と著書名などは浮いたままで聞くほかなかったが、「民族・アイデンティティ」と文学を結び付けて話されたことが印象的で、浅田次郎など通俗的な小説しか読まない私などには、「文学」とは程遠い位置にいたのかなあ、と感じたものだった。つまり、小説=文学と言うことは十分ありうるけれども、文学=小説とは必ずしもならない、ということであろうか。
 私の映画に対する向き合い方も同じで、「おもしろければいい」という世界からあまりはみだしたことはない。また、お飾りのようにミニコミ誌の巻頭に書いている詩も、実は底の浅い、皮相的な、行をかえただけの「記述」に過ぎないと思うことが多いが、今日の話を聞いて、ますます、その感を深くしたものだった。
 それはともかく、「民族・アイデンティティ」というキーワードが、私にはフィットしてこない。さまざまな運動の局面で向き合うことであるにもかかわらず、日本人としての民族意識を強く持ったことはないような気がするし、自分に、日本人としてアイデンティティを自覚したことがあるかどうかはなはだ疑問である。
 それらが私の思想性の薄っぺらさを象徴している気もするのだが、そこのところの“ツボ”に針を打たれた感じで、訳のわからない快さが残った講演会であった。
 なお、コメンテーターとして発言された尹 健次(ユン・コ
ンチャ)氏(詩人・神奈川大学教授)と、立花 涼氏(作家・河合塾現代文科講師)の話も面白かったことを付け加えておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 6日 (火)

老兵たちのフォーラム・3

 こんなテーマに向き合う域に来たか
   「老兵たちのフォーラム・3」のテーマは「死について」で、報告者は男性のHさん、70歳半ば。自ら道を切り拓くタイプらしく、夜間高校から早大政経学部を経て実業界へ。幾つかの職につきながら、ストライキを指導したりすることもあった一方で、社業に尽くしていっぱしの「経営者」の道を歩んでこられたことが、氏の「私の死亡記事」で明らかにされていた。
  氏の話は念入りで、レジュメは「起承
転結」の展開となっていて、資料がしっかりしていたから、間口の広いテーマに関わらず、30分余りでまとめられた。恐らくこれも、「経営哲学」の一つであろう。重要な話をするときはメリハリをつけて簡潔で短時間に行え、と。
  まず「起」の部分は、両親、伴侶の死に直面してから、自らの「死」について考察が深まっていく。「死んだらどうなる」「臨死体験」「人生最後の舞台」まで行って、今度はそこから「死を考えることは、生き方を考えること」と反転する。
  反転したところで「承」へつないで行き、新井満の「千の風になって」に心打たれ、そこから「霊魂」の存在の話に共感し、信仰についても想いが馳せていく。そうした推敲の到達点は「死後の世界」へのいざないである。氏はこれに「死と夢」という言葉を添え、死に際して、実存の自我を洞察、人生の足跡の自己評価を試みる。それらが「死後の世界」でどう「評価」されるかを気にかけるのである。氏が時折り見るという夢は、氏の考察の深さと重なりが、「生」と「死」の果てしない世界の“橋渡し”をしているのであろう。
  このように一通りの考察のあと幾つかの参考資料・文献を列挙して紹介した後、12項目の設問を用意して、意見交流の場をつくっていった。これが「転」である。
  このアンケートに自ら回答を示しつつ、参加者の考えを引き出すとは中々の“仕掛け”である。項目は、「霊魂存在説に立つか、脳内現象説※に立つか」(※端的言えば、死後の世界は存在せず、意識の世界も存在しない“無”の世界だとする説)「死の恐怖の有無」「臨終の言葉を考えているか」「マイ ラスト ソング(最期に聞きたい歌、曲)」「彼岸で誰に会いたいか」「どんな通夜、葬式をやってもらいたいか」「あなたの死後の世界は?」など。
  さて「結」は、先に書いた「私の死亡記事」である。これは、いわば「喪主のあいさつ」か「故人を偲ぶ会」か何かで友人が紹介する「○○君の足跡」のようなものであろうが、「死亡記事」としたところに、氏の「自信の深さ」が垣間見えるようである。
  さらに「まとめ」として追加文書も示されたが、その冒頭に「死を恐れず、如何に生きるか」と書き、「人間は大志を抱くことで、平然と死を超越できるものである」と言い切る。

  Hさんの話と資料を読んで私の受け止め方は、いずれ誰にも来るであろう「死」に対して、それを不可避のさだめ(運命)として粛々として、あるいはあえて無思考であるがままに受け入れるのではなく、「生」を対置させて「死」そのものをも「自己造形」しようとする氏の姿が浮かび上がる。これは「生」への執着ではなく、「死」の考察を深くすればするほど付いて回る避け難い過程ではないだろうか。同時に、自己否定型の人生観の対極に立つからでもあろう。
  更に付加すれば「自殺または自死」についての考察は、次元が全く違うのであろうか、という問題意識である。ある意味では「自己否定型」の死生観をどう見るか、という、やや狭い世界の考察であるが、「死」一般の考え方と違い「社会性」が絡むことによって、考察そのものが違ってこようから「死について・第二部」という位置でまた、話を聞く機会があればと思った。
(追い書き)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月13日 (火)

老兵たちのフォ-ラム・3

 人間とは何か
 問題提起をされたのは堀内守さん、先の知事選挙で石田選対の事務長を努められ、名大名誉教授で74歳とか。
 命題の「人間とは何か」といえば、どうしても哲学的になるだろう。とすれば、1時間ほどの話で終えるはずもないから、堀内さんは話の切り口を変えた。その前に「人間とは何か」を
①ストレートに問うても答えはない。
あったとしたら「本質を探す」を答える結果となる。つまり「核命題」になり、虚しい答えとなる。
②「人間とは何か」という問いに含有するコト。
 「人間はこれでいいのか」という危機の表明。「実存を問う問い」、つまり問いを共有しようという呼びかけ。
③応答を求めている
(a)「これでいい」という答を予想していない。
(b)「共に考えてみよう」という「心・指す」つまり応答=レスポンス⇒責任

 ここで少し長いが、「人間とは何か」について堀内さんの発言録の一文を見つけたので、記録しておく。「核命題」という言葉も出てくる。
 “「人間とは何か」という問いは、何度も発せられてきた。真剣に。時には自棄の脈絡で。残念ながら、思想史を調べても哲学史を調べても「これが完璧な答えである。」というものは見つからない。そもそもこんな難しい問いに「人間はAである」というような単文の短文で(論理学では「核命題」と言います)答えられるか。
 「イエス」と答える人は堂々巡りに陥るはず。「ノー」と答える人は、「人間とはAであり,Bでもあり,かつCでもあり・・・・」というごとく「複合問題」で答えざるを得ない。
 「人間とは何か」という問いが出る場面を想像してみよう。発した人の声、表情、仕草。誰に向かって発しているか。それを吟味してみる。
 「人間とは何か」という表現は、こうして書面の上から、ドラマの場面にモード変換する。「人間とは何か」という問いには相手が不可欠なのである。(ご先祖や神様も「相手」に含まれます)
 相手が「そうだなあ・・・」と間に入れ、「そんなこと簡単に分かるものか」と応じても、「おい、いつもと違うぞ。どうかしたんじゃないか」と応じようが、そこに秘められているメッセージはただ一つ。(共に考えてみようか)というものである。そういう訴えを含み、「共に~する」というのは「核命題」では済まない。(中略)
 それが「生きている対話」の実相である。別の言い方をすれば、「ネット型」。「公」でもない「私」でもない、中間に新たに浮かび上がったコミュニケーションの在り方。そう考えると、「人間とは何か」という問いは、「人間はこれでいいのか」という現状批判をばねに、「共に考えよう」というアピールによって何とか自分を納得させている存在と言えそうだ。”<平成16年9月13日(月)柳町中学校だより 柳町の心 NO.22>

 さて1時間弱の堀内さんの「人間とは何か」の話を聞いたが、そもそもそんな時間では全面展開はできないことはもちろん、部分的であれ、それもかなり限定的にならざるを得ない。
 本題に入る前にもう一つ記録しておくと、
 堀内さんは、「賢者は歴史から学ぶ。愚者は体験にしがみ付く」(ラ・ロシュフコー=17世紀・仏の貴族で文学者の言葉)を引用されたが、「賢者は歴史を再検討する、ということであり、愚者は体験を相対化することによって賢者となる」というようなことを付け加えられていた。
 このように堀内さんは、上記のように「その答えはない」という前提で、戦前の「軍国主義下=国民精神総動員運動」の社会、人間像、暮らし、意識を、例えば軍歌、例えば皇民化教育の中にも考えるヒントがあるとした。
 1937年(昭和12年)「挙国一致」「尽忠報国」「堅忍持久」のスローガンを掲げて「国民精神総動員中央連盟」が結成され、それがやがて「大政翼賛会」に発展。そして戦争に突入し戦時下に置かれることになる。そこで様々な軍歌が流行るが、それはいわば、国民が受け入れたればこそミリオンセラーになったのだと。その時代の若者、青春を過ごした世代は、体に染み付いたように今でもよみがえるとか・・・。
 かといって全てが「お国のいう通りに」なったわけではない。例えば、当時の厚生省が女性に『もんぺ』を奨励したが、女性たちにはかっこ悪くて不評で、『もんぺ』をはかずズボンをはくようになったという。

 話を聞いていて私は、農山村、漁村、離島と都会とでは違いがあったのではないか、それでも「普遍的」といえるのかどうか。また人間がもつ価値観にも、人それぞれのバランス感覚があって、例えば抑圧があれば、それから逃れようとし、なおかつ別の価値観を持ち出して「オレはオレ、別に屈しているわけではない」というバランス感覚が働いて自立しようとするのではないか。流行に乗れない性格であると認識すれば、「自分は、付和雷同型の人間ではない」と対置してみせる。社会正義を突きつけられれば、自己を矮小化してそれに殉ずるほどの人間ではないと対極化する。堀内さんの言うところの「逆説」の一つともいえるかもしれない。
 話を聞きながらそんなことを思い浮かべていた私は、去る2月10日の自動車産別の合宿の時に聞いた、中京大学・猿田正機教授の、トヨタ自動車に関する話を思い出し、大日本帝国の権力と支配構造、世界観、それと当時の国民が、世界的企業トヨタ自動車の生産システム、人事管理、労使関係、そこに付き従う従業員=労働者、労働組合の関係に極似しているように感じた。
 意見交換、感想の場でその点に言及したが、特に誰も関心を示さなかった、というか、この論理的展開に乗ろうとしなかった。むしろ、“哲学的”な定義か言葉遊び、あるいは“それぞれの人生観”を吐露しているように思えた。
 あの軍国主義下でも人間がそれなりのたくましさ、逆意で生きていた、というスクリーンを通してその向こう側にある庶民の実像をみることによって、堀内さんの言う「人間とは何か」の一つがあったのだろうか。それを私はつかみきれたのだろうか、と自信のないまま会場を後にした。 
(追い書き)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月10日 (水)

老兵たちのフォーラム・2

 いまなにをなすべきか
 昨年12月12日に発足して、2回目の今回は具体的なテーマに沿って問題提起と討論が行われた。女性一人を含む10人の参加であった。
 報告者は、この会の最高齢者(85歳)であり、総評労働運動のど真ん中を歩きつつ、“ダラ幹”にならず、今日なお旺盛な読書欲と見聞を求め、家にあっては“老老介護”に努める努力家のI氏であった。
 演題は「(いま)何をなすべきか?何を為しうるのか?」で、副題というか一言で言えば、として「終末に向いつつある多様な危機の中に生きて」がついた。
 全体が4章の構成で1)人類はいま・・・(成長の限界・マンスホールドリポート)2012年危機説? 地球環境の破壊など。2)世界はいま・・・、国益第一主義、グローバリゼーション、大量破壊兵器(核)の拡散。3)日本はいま・・・家庭の崩壊-社会の崩壊-教育の崩壊。日本的特性の全面的喪失、「10年後の日本」が指摘する47項目。4)人間はいま・・・ここはやや難解な展開で、マルクス、史的唯物論、労働と生産、人間疎外、ヘーゲルなどという言葉が頻繁に出てきて、哲学的、経済学的、人類学的に論を起こすのも一つの方法であろうが、やや「教室的」になっていた気がした。
 さて、それらの結論としてI氏は、5)現代状況の中でどう生きるか?として5つの選択肢を取り上げた。即ち、①現状を諦観して惰性に生きる。②自ら為しうることを見つけて・・・③仲間を作り、議論し、行動する。④既存組織の政策に共鳴し、その一員として。⑤現実を否定し、逃避的生活を選ぶ。である。
 この5つに当てはまらないという人もおられたが、②と③、又はその合体というのが大方の意見のようであった。

 私は、終始発言、答えに窮していた。「いま何をなすべきか」というテーマに対して「分析論」が終始リードしていたからである。ある人は「あまりに網羅し過ぎている。キーワードを設定すべき」といっていたが、発題者の意気込みはやや上滑りになってしまったというところか。
 ただ、I氏の「私はいま、護憲平和派として・・」のコメントに対して、大手スーパーの役員経験者という人が「私は改憲論者である」とコメントにしたので、ここのところで私はすかさず、「憲法は変えてはいけないというものではない。だがいまの憲法改正論は、憲法前文や九条、他の条文でも堅持しなければならないところ、つまり、いい条項を変えようとするものである。私たちが権力を持ったときに改正論議をすべきで、今の状況では護憲でいいと思う」と述べた。恐らく発言者は、反論をしたかったのであろうが、時間切れと、前提なしの議論の混乱を見据えてであろう、沈黙したままだった。
 つまり、「いま何をなすべきか」は、いま何が最も重要な課題であるかを出発点として、それぞれの立脚点からのアプローチまたは現行の活動を語らないと、着陸点が見定まらない。もっとも、放った矢がどこら当たりに落ちるかはさして問題ではなく、さし当たってどこに向けて矢を放つかの、あなたの矢の射方を述べよ、というのがどうもこの会の位置のようである。 
(追い書き)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

老兵たちのフォーラム・1

 核心的議論を捉えられるか
 老兵か
・・・・経験は積んでいるが、年をとり過ぎて戦闘能力のない兵(三省堂・新明解国語辞典)、とあったが、第一版の広辞苑には載っていなかった。編者(新村出)は、自分の心情から敬遠して記載しなかったのか、「戦闘能力がないということは即ち兵ではない」と規定して、言語矛盾を感じたのであろうか。 
 60歳以上、最高齢者は85歳という、かつては様々な分野の第一線で活躍し、いまは、第一線を退いたとはいえ、社会の動きに気をかけ、“跪いて死ぬより、立ったまま死にたい”といわんばかりの“老兵”たちと、「ちょっと名称に抵抗があるなあ、まだ現役としては」まで9人が集まって、「老兵たちのフォーラム」が開かれた。 
 初会合だから、今後どんなテーマで議論していくかを出し合って、とりあえず二つに絞ったが、出されたものを列挙すると①労働運動の再起は? ②巨像トヨタを問う ③資本主義の悪の行方 ④なぜアメリカ? ⑤いま、なにをなすべきか ⑥国民的な政治体験は? ⑦岩瀬さんの体験を ⑧第三の社会(世界)論はあるか ⑨人間は何になりうるか-存在、実存 ⑩グローバル化の功罪 ⑪それぞれの体験の検証 である。もっともこれだけでは何を議論したいのかわかるはずもないが。ともかくこのうち、⑤と⑨が当面のテーマで、1か月に1回の集まりで議論していくことになった。 
 私は⑧を推したがそれは、戦前から60年安保あたりまでの世代は、日本の社会体制として、ソ連や中国の社会主義体制を一つの目標としてきたのではないか。それがソ連の崩壊、ベルリンの壁が取り払われ、市場経済に移行しつつ「社会主義」を標榜する中国を一方に見て、「資本主義“有利”の時代」といわれるこんにち、それぞれのイデオロギーに“一長一短”があるとすれば、そこに「第三の社会(体制)論」というものはないのだろうか。この世代の人たちはどう考えているのだろうと思ったのである。
 第三の社会(体制)論は、「新社会主義論」というものなのか、或いは「修正資本主義論」という名のものなのか、そしてまた、昨今の「新自由主義」に対抗する主義とは何か。「世界連邦」というのもその一つの答であろうか。ともかく、そのような「論点」に関心があったのである。 
 もう一つの課題としては、グローバリゼーションの中の多国籍企業-巨像トヨタ自動車を問う、という「論点」を推奨した。
 この二つの組み合わせは、私たちが「世界の中の日本をどのように位置付け、日本の行方、国づくりとして、どんな姿を提示できるのか。“資本主義の寵児・トヨタ”を追い続けることで、何かヒントが得られるのではないか」という動機に基づくが、実際のところは、何も持ち合わせのない“空論”に近いものである。
 「いま何をなすべきか」は、「食うことである」ではあるが、このテーマに関心が集まったのは、“老兵”たちも、病気持ちも、残された時間を気にしての、核心的議論を求めたからであろう。 次回は1月10日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)