2009年8月14日 (金)

六ヶ所ピースが終える

 県外からの申し入れは受けない?
 六ヶ所ピースも無事終えたようだ。参加者のお一人から以下のメールが届いた。(抄)
 ・・・無事に六ヶ所ピースを終えて帰宅しました。
 8月1日、東海村を6名(自転車4台、伴走2名)で出発して、仙台で女学生、神奈川のS事務局長が合流。仙台・盛岡で交流会を開いていただいたり、宿泊・食事など一度もお会いしたことも無い方に用意していただき感動を覚えました。また、水沢では、私たちを来るのを長時間待っていて、マスコミに紹介してくれ、少しの区間でしたが共に走りました。また、北海道まで行くという学生を拾って?大きなお世話をして仙台まで一緒に走ったり、今までには無かったこともありました。(中略)
 函館と弘前のメンバーと、私たち9名が大間で合流して、大間町役場、電源開発、むつ市役所交渉をして、大間原発敷地内で頑張っているOさんと交流してきました。大間原発に思い入れがあった竹内事務局長が一緒だったらと、みんなで彼のことを偲びました。
 首都圏から直接六ヶ所に入った4名と到着集会をして、六ヶ所の核燃施設にシュプレヒコールを浴びせ、その後、スケジュール通りに六ヶ所村、日本原燃、青森県庁に申し入れ、質問書の回答を求めました。また、全国から集まった平和のメッセージを手渡してきました。
 青森県庁の対応は県外からの申し入れは受けないとの態度で非常に頭にきます。冒頭からこの問題で紛糾しました。核燃の問題は青森県だけの問題ではないことを承知で挑発する県庁を許すことはできません。遠く六ヶ所村から、私たちのために付いて来てくれた三沢市在住のFさんに感謝します。(中略) 
 最終的にはピースサイクルで六ヶ所村に集まったのは23名でした。(後略)
 六ヶ所村の核燃料サイクル工場や、大間原発に関心を寄せ、具体的な行動をしているグループは他にもあろうが、決して多くはないだろう。多くはないが全国の目が注がれていることに、青森県はもっと敏感であってほしいと思う。申し入れや接見の場が、日常業務に加えられる負担仕事とでも言いたいのか、県として何ともならないことを承知で押しかけてくる“厄介者”とでも思っているのであろうか。
 国、県、市町村などの行政機構の多くが「劣化」しているように感じる。どこの窓口へ行っても同じような“いやいや対応”が気になる。議員が帯同すると対応も幾らか変わるが、それは誠意の反映とばかりは言えない。
 予め文書で提出しているから、対応するにその準備時間は十分あると思われるのに、当日の対応は粗雑なことが多い。
 愛知のピースサイクルは、自衛隊基地を除いては誠意がみられ、短時間の訪問が却って、こちら側の対応が形式的過ぎないか、そう心配するくらいである。
 一行のみなさま、お疲れさま。11月東京で会いましょう。

 

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2009年8月 9日 (日)

ノーモア ナガサキ2009

 平和へのメッセージ
 この日の午前11時02分に、人類史上二発目の原子爆弾が長崎市に投下された。
 広島も長崎も「軍都・軍需工場」で狙われたのであろうが、それだけなら名古屋も攻撃目標になっていたに違いないが、この時期に至っては、東京も名古屋も大阪も、大都市はすでに焼け野原であったろうから外されたのか。それともやはり、戦艦大和(呉海軍工廠で建造)、武蔵(三菱長崎造船で建造)が関係したのであろうか。
 ピースサイクル愛知ネットからは、既に田上長崎市長あてに「平和メッセージ」を送ってあった。
 ・・・長崎市主催の「被爆64周年原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」開催にあたり、私たち「ピースサイクル愛知ネット」から、平和へのメッセージをお届けいたします。
 8月9日、長崎市民、そして全国民にとって忘れることのできない被爆64周年を迎え、原爆の犠牲となられた方々のご冥福をお祈りし、この悲劇、罪深きことを再び繰り返さないために、今を生きる私たちは、世界の恒久平和を実現するために努力を続けていきたいと思っています。(以下、秋葉広島市長あてのメッセージとほぼ同文)
 長崎へ訪れたのは、もう20年以上も前であろうか。一人で三菱長崎造船労働組合(第3組合)を訪ねた折り、平和公園を案内され、そこで初めて被爆10周年を記念して建てられたという、高さが10メートルほどの男神像を眺めた。何かを表現しての像であったろうが、その時は、広島と随分イメージが違うなあ、広島のひたすら平和への祈り、世界への叫び、呼びかけが「静」のようであったのに対して、長崎のそれは、どことなく「これは闘いだ!」とでも言っているような「動」を感じたのだった。
 それは、当時の同盟系の第二組合と闘い、共産党色の強かった第一組合とも決別して結成された、少数派労働組合「三菱長船労組」(第三組合)に共感、連帯しての気持ちも反映していたかもしれなかった。
 それはそれとして、広島は峠三吉、栗原貞子に代表される詩と詩人が想起されるが、長崎は、藤山一郎が唄った「長崎の鐘」という歌謡曲が頭から離れない。
 この歌は、今は亡き兄たちがよく口ずさんでいたことで、特に記憶の残滓としてどこかにあるのかもしれない。

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2009年8月 6日 (木)

ノーモア ヒロシマ2009

 秋葉広島市長へのメッセージ
 今年もまた秋葉忠利広島市長あてに「平和メッセージ」を送った。メッセージだけでなく、もう一度広島の「原爆忌」の日に訪れてみたいと思っているが、ピースサイクルの運動から離れた時になるかもしれない。
 秋葉市長あてのメッセージの要旨は以下の通りである。
 <前文略>
 ・・・また昨年は、豊田市在住の女性が広島まで自転車で完走し、現地での式典、様々な平和行動に参加したとのことでした。また、5000を超える折り鶴と、自治体首長からメッセージをお届けしたところです。
 さて、核兵器廃絶の動きにつきましては、今年になってから大きな動きがありました。
◇5月18日、ノーベル平和賞受賞者17人が連名で、「ヒロシマ・ナガサキ宣言」を発表しました。
◇6月17日、衆参両議院において日本政府に核兵器廃絶に向けた取組強化を求める決議が全会一致で採択されました。
◇7月07日、オバマ米大統領とメドベージェフ露大統領が、第一次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約で戦略核弾頭数は、上限をこれまでの2,200発から、1,675~1,500、ミサイルなど核弾頭運搬手段は1,100~500を上限とすることで合意し、新たな核軍縮条約を締結するという共同宣言に発表しました。
 これらの動きは、核兵器の廃絶を願い、恒久平和を求める、被爆地広島、長崎のみなさんをはじめとする、全世界の人々にとって歓迎すべきものです。ぜひとも削減の実現、さらには完全なる廃絶へと進んで行ってもらいたいものです。
 このような喜ばしい動きがあった一方で、8月6日、広島市内において、「日本会議広島」主催の、前航空幕僚長・田母神俊雄氏を講師に迎え「ヒロシマの平和を疑う」と題した講演会が開催されるという報を受け、その無神経さ、世情への踈さにあきれるばかりです。
 <中略>
 秋葉市長におかれましては、毎年8月6日の式典で、広島市長という立場からだけなく、自ら思いを込めて「広島平和宣言」をお書きになり、読み上げられていることと思います。私たちもその「宣言」に接するにつけ、新たな認識と決意を覚え、勇気をかきたてられてきました。
 今年もまた愛知から「平和の折り鶴」をお届けします。どうか、これをもって、この愛知から、広島の地に思いを馳せ、共に恒久平和を願っている気持ちをおくみ取り下さい。
 最後に、貴職のますますのご活躍と、平和への取り組みを期待しております。<後略>

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2009年8月 3日 (月)

2009PCメッセージは、全10通

 六ヶ所再処理工場の影響を憂う
 全国のピースサイクルの今日現在は、東海・山陽道コースが岡山市経由福山市に向かっている。山陰・米子市を出発したグループは、岡山で東海・山陽道コースと合流を果たしたはずだ。九州・大分コースは、大分を出発して臼杵市に向かう途上にある。8月1日に茨城県・東海村を出発した「六ヶ所ピースサイクル」は、南相馬と仙台の中間あたりを走っているのであろう。
 愛知は28日に、岐阜にリレーしてひとまず終えたが、その後、「六ヶ所ピース」一行に4通のメッセージを預託し、広島、長崎市長あてのメッセージも送付したから、6月の「沖縄ピース」の4通と合わせて、10通のメッセージを発信したことになる。
 おそらく、広島、長崎両市長あてには、全国、あるいは世界から、様々な個人、団体、首長、国からメッセージが届くものと思われる。その世界から届くものの中には、私たちの事務用の封筒と違って、きちんと飾られ納められたものもあるに違いないから、みてくれは劣るかもしれない、と思いつつ、この20年間、ほとんど変わりなく送り続けてきた。
 日進市民のみなさんからは、この数年間「千羽鶴」(実際は3000~4000)が送られ、広島ネットのみなさんの手を煩わせ、平和公園の一角に飾られている。
 ところで、名古屋本社では取り上げられなかったようだが、朝日新聞7月30日の記事に以下の記事が掲載されたというメールが入ってきた。
 ・・・全国のサーファー、六ケ所村再処理工場に「待った」・・・
 各地のサーファー有志が、青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場の本格稼働に「待った」の声を上げている。「海を放射能で汚さないで」と訴えるサーファー団体が、反対署名を5月末に政府に提出。これに合わせて、定額給付金からの寄付を求める活動も始まっている。 
 署名活動をしているのは、海辺の環境保護を目的にしたボランティア団体「サーフライダー・ファウンデーション・ジャパン(S・F・J)」(事務局・東京)。全国のサーファーら約1200人や協賛企業約50社がサポーターとして登録し、海岸、水質の調査や子供たち向けのサーフィン教室などを開いている。「サーフポイントが汚染されるのは問題」と、再処理工場の本格稼働に反対してきた。 
 メンバーは今年5月28日、参議院議員会館に原発反対のメッセージ入りのサーフボードを持ち込み、南国の衣装で約1万2千人分の反対署名を経済産業省や農林水産省など関係省庁の職員に提出した。・・・
 放射能汚染された核燃料処理工場から出る廃液が、パイプラインを通って、海岸から数キロ先で、太平洋に(試験的に)放出、廃棄されている事実をどれほどの人が知っているであろう。
 私は、それまで「三陸ワカメ」「宮城産生がき」を購入していたのを、「鳴門ワカメ」「広島産かき」に代えてしまったが、気休めに過ぎない。それで、せめてメッセージに思いを込め、というわけなのだが、どれほどのものであろうか。

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2009年7月31日 (金)

六ヶ所村ピースサイクル

一行にメッセージ
 2009ピースサイクルの「課題コース」の一つ、青森県六ヶ所村、核燃料再処理工場の操業停止・凍結、工場閉鎖を求める「六ヶ所村ピースサイクル」が、明日から始まる。
 昨日までに、愛知ネットとして、参加できないことを詫びつつ、青森県知事、六ヶ所村村長、日本原燃社長宛ての申し入れ書を一行に託した。
 今日は一行に対する激励メッセージを送った。


  一行のみなさまへ

 今回の「六ヶ所村ピースサイクル」は、竹内事務局長の急死という、口惜しくも悲しいできごとを背にしての出発と思いを致し、いっそうの激励を、このメッセージに託したいと思います。
 “原子力発電を続ける限り、人類の未来はない”と、何となく思っていましたのが、1986年のチェルノブイリ原発の事故で一変しました。
 忘れもしない、「チェルノブイリ」という名前をスラスラ言えるまでかなり時間がかかったこと、東海地方以上の地域に人間が住めなくなったと聞いた時の驚き(実際は中部地方全体ほどの広さ)。
 そして、市民グループ「反原発きのこの会」が、熱心に反原発運動を展開していて、「胞子」という、当時のワープロ誌面を拒否して、手書きのミニコミ誌を毎月400~500部を発行していたこと。
 私自身、1990年代の半ば、中部電力芦浜原子力発電所建設予定地に、毎夏、キャンプに行っていっていたこと・・・。
 幸いにも、中電・芦浜原発は、各方面の反対運動が実を結んで計画が中止になりました。しかしその後の原子力行政は、大間原発をはじめ、新規の原発計画だけでなく、プルサーマル発電計画が着々と進んでいるようにも思われます。
  政府による使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム、ウラン等を有効利用することを基本とした方針が2005年に決定され、それゆえ、六ヶ所村の再処理工場の稼働は、「国策」として推進されているのだと思います。
 そうした原発行政を180度転換させる運動は、とてつもない大きな壁、超え難い大海原を想起させますが、放射能汚染の中で、悶え苦しみ息絶える、人類の断末魔を想起するとき、私たちの今日的、「今なすべきこと」は、自明のように思われます。
 陸奥(みちのく)への銀輪の行脚は、葉っぱに乗った蟻が、太平洋を横断するようなものかもしれません。しかし、小舟に助けられ、大型船に助けられて洋々と海原を進む日が来ないとも限りません。その日を信じて、ペダルを漕ぎ、声をあげ、旗を振って、走ってほしいと思います。

  愛知からの参加ができなくて心苦しいですが、一行の無事と健脚を信じ、現地での諸行動による成果を期待してやみません。
 秋の全国会議で再会しましょう。
                  
2009年7月30日
        ピースサイクル愛知ネットワーク

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2009年7月29日 (水)

ピースサイクル3日目 

 小牧基地の場合
 当日の様子は聞いていないが、これまで全く同じパターンの対応をする基地側であれば、申し入れそれ自体は例年通りであったろう。
 基地正門のゲートを閉め、ゲートの外でただただ黙したまま申し入れ書を受け取るだけ、返事もしない、回答書もよこさない、要するに無視である。他の市民グループが行っても同じ対応であるが、これが地元の自治体であるとか「地元住民」であると、部屋を用意して対応するようである。この違いはなんなのか。
 一つは、市民グループと名乗っての申し入れの場合、言葉として発することはないとしても、「自衛隊は憲法違反」という認識が付随しての場合が一般的で、また、彼らの職業・職務それ自体を非難ないしは否定的見解を述べることが多いからであろう。「C130輸送機のジプチ派遣は、憲法違反、すぐに帰還してください。」と面と向かって言われれば、はいそうですか、とならないであろう、彼らの立場からすれば。
 もう一つは、自衛隊といえども軍隊には変わりはなく、それは戦前と現在では、文民統制のもと、組織も隊員の認識も全く変わらないとはいえないが、「規律(軍律)」による統制力は、その組織性からいって大きく変わるものではないだろう。それは同時に「反政府」の言動に規制がかかる以上に、時の権力の思想統制のもとにおかれることは避けられない。その時の政府とは「日米同盟」を基軸とする事実上の「軍事大国化」「憲法9条」違背を是とする自民党政府であるから、憲法擁護の市民グループと対立関係にならざるを得ない。
 それでも、新憲法のもとでの「自衛隊」は、他の行政機関と同じものであるという一般認識のものとで対応を求める市民グループは、自衛隊が「市民グループ」を敵対視し、まっとうな対応をしないことに、より不信感を募らせる結果となっている。
 さて、小牧基地司令への申し入れ文書は、以下の内容が含まれていた。
①自衛隊3軍の海外派兵は憲法違反です。派兵に強くに反対します。現在ジブチに派遣されているC130輸送機の即時帰還を求め、派遣業務を停止してください。
②空中給油機の配備は、小牧基地の更なる基地機能強化と、米軍供用の容認につながるものであり反対します。
③ブルーインパルスの展示飛行に反対します。中止してください。
④小牧基地に関連して「基地内で騒音を発生させないこと、放射性物質、有毒化学物質や兵器等の有害物質を搬入、保管しないこと、これらの有無を含めて全ての情報を公開すること。/周辺自治体はもとより、平和団体、市民団体とも、対話の場を積極的に設けること。「反戦平和」の世論・主張にしっかり耳を傾けてください。/基地内を、積極的に公開してください。
 実は、C130輸送機のジプチ派遣は、基地司令の一存で決められるわけではなく、本来、申し入れ先は総理大臣もしくは防衛大臣ということになるから、「そのような市民からの申し入れがありましたから、上申します」とか何とかの行動をとってほしい、という意味合いになる。なんか申し入れる方もむなしさを感じる。
 私はこうした時いつも、「国会議員の特権」で、せめて「対話の場」だけでも設定してもらえれば、と思うことが多いが、そのような議員を送り出す努力をしているわけではないので、かなうはずもない。こういう時に、若干の運動上のジレンマを感じるのである。
 今年もいろいろあって、愛知の「ピースサイクルの熱い夏」も終わった。この先、広島、長崎市長あてのメッセージを取りまとめ、「六ヶ所村ピースサイクル」関連のメッセージを送って、秋の全国会議での報告と総括に臨むことになる。了

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2009年7月28日 (火)

ピースサイクル2日目、3日目

 日進市の場合
 昨日は、岡崎市発、豊田市、三好町、日進市経由、名古屋・金山駅近くの宿泊所までのコースであった。
 日進市の場合、2001年から市民グループの熱烈歓迎で、盛大な歓迎・交流会でもって迎えられてきた。その成果は、市主催の「歓迎会」まで設定され、前市長の場合、公務がなければ、出席も戴いていたという、嬉しい機会、場所であった。
 今年は、市の主催行事はなくなったが、形としては昨年と同様な扱いがなされた。また、市民グループの歓迎行事では、近在の大学生も参加して、歓迎と激励の言葉、千羽鶴、カンパを戴き、昼食、デザートまで用意をして戴くほどであった。何より、参加された方一人一人の言葉の中に、平和への思い、大切さ、何かをしなければ、という心のこもった話が、「ピースサイクルをやっていてよかった」と思わせるのであった。
 日進市への申し入れは、豊田、三好と同趣旨であったが、ここでも丁寧な回答が寄せられた。市長からは、三好町長同様、秋葉広島市長、田上長崎市長宛のメッセージが寄せられた。

 名古屋市、愛知県の場合
 私は参加できなかった3日目の様子は、まだ届いていないが、予定通り執り行われたものと思われる。
 午前中は、名古屋市、愛知県、航空自衛隊小牧基地の訪問と、岐阜へのリレーが行われ、午後から、航空自衛隊岐阜基地(各務原市)と各務原市役所訪問などが予定されていた。
 名古屋市へは、①「非核平和都市宣言」、アジア諸国との友好、青少年の交流や戦争・平和資料館の設置など平和行政の推進。アメリカ海軍の艦船の名古屋港寄港(の常態化)の拒否を要請。②「憲法9条を守れ、活かせ」を行政に反映。③名古屋空港それ自体は愛知県の所管ですが、地方自治体としてなしうる全ての権限を駆使して、基地機能拡大阻止にご尽力いただきたい。④アスベストについては、引き続き学校などの公共施設での実態調査及び建物解体・修理時における飛散、吸引防止に努めること。⑤ゴミの不法投棄、埋め立ての監視、ゴミの発生を抑制しリサイクルするなど、省資源、循環型社会に向けての諸施策のいっそうの推進。COP10開催を控え、全市、全県的な植樹運動、海、河川、湖沼の浄化に努めるなどの自然・環境破壊を阻止することはもちろん、再生事業にも積極的な取り組み。更に、市街地開発事業などでは、都市の景観を損なうことなく、又、車の乗り入れ規制、公共交通機関の充実化を通して、大気汚染、ヒートアイランド現象防止に努める。⑥街路樹に包まれ、夜間でも安心して歩け、歩行者や自転車、車椅子などにやさしい道路、自転車道、街づくりを更に推進、他。
 愛知県については、名古屋市と同趣旨のものが多いが、「COP10開催を控え、『設楽ダム建設の見直し」を要請する共に、全県的な植樹運動、海、河川、湖沼の浄化に努めるなどの自然・環境破壊を阻止することはもちろん、再生事業にも積極的に取り組んで下さい」という一文も入った。また今秋の、小牧基地における「ブルーインパルス展示飛行」については、反対の立場から、口頭で申し入れることになっていたが・・・。
 小牧基地での申し入れについては明日に続く。

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2009年7月27日 (月)

ピースサイクル2日目

 小雨の中を走る
 昨日愛知県入りした浜松のピースサイクルの一行は、豊橋で岡崎のメンバーにリレーした。
 そして、今朝岡崎を発って、小雨の中、豊田市役所に10時前に到着。
  私は、雨模様を見越して自転車走行をあきらめ、電車で豊田市役所に出向いて一行を待ち受けた。
  豊田市には、「アメリカの『リーマンショック』に端を発する世界同時不況、トヨタ自動車の営業赤字への転落の影響による、市の財政への厳しい状況など、この一年、豊田市における市政と、地域住民の環境とくらしに関する特徴的なこと、いまなお、課題としている点など、これまでの訪問でお話を伺ったこととも一部重複いたしますが、下記の点につきまして、その後の進捗状況、新たな課題などありましたら、参考までにお聞かせ下さい。」として、
①平和憲法の理念を尊重し、非核平和都市宣言の推進など、平和行政、平和教育を引き続き推進。②豊かな自然を次世代に残す施策を引き続き推進。③CO2排出削減へより大きな効果が図られるよう、ご尽力を期待。④社会的弱者といわれる人たちの、安心・安全の施策。⑤歩行者や自転車、車椅子などにやさしい街路樹に包まれた道路、街づくり。⑥東海豪雨災害の対策、市内の新型インフルエンザの患者発生の問題の対策。⑦NPO、ボランティア、市民運動等の活動の環境整備、財政支援。
  いつもより丁寧な回答を戴き、時間を気にしながら次の三好町に向かった。
  三好町はこの11月に町長選挙があるが、実質「市長選挙」となる。それは2010年1月4日から「みよし市」となって市制に移行するからである。「三好」という漢字名にならなかったのは、同名の市が高知県にあって、了解を得られれば「三好市」になるはずだった。法律的には同名でも問題はなさそうだが、相手の意向を重んじた結果なのであろう。
 さて三好町では、最初に「トヨタ自動車の営業赤字への転落の影響による、町の財政への厳しい状況」を聞いた。三好町にトヨタの工場が3つあり、法人税などの収入のトヨタ依存度は高い。案の定、95%以上の減と聞かされた。その他、豊田市とほぼ同種の5項目の質問を設定していたが、ここでも丁寧な回答が用意されていた。 
(続く)


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2009年7月25日 (土)

ピースサイクル、24年目の夏来る!

ようやく準備が整う
  1986年から始まって今年で24年目を迎えるピースサイクル全国運動は、既に全国で始まっている。そして、浜松グループから豊橋公園でこの愛知県にリレーされるのが、明日26日の正午ころである。
  この間、ほとんど豊橋から参加してきた私であるが、今年はどうしても都合がつかず、26日の参加ができないのは残念の極みである。従って、27日、28日のリレーの諸準備を進めてきたが、今日、街宣車から流すスピーチの案文をまとめて、ほぼ準備が整った。
 このスピーチ集は、マイクを握る人の思いもあるから、実際の場では、例文に過ぎないものである。
◆私たちは、広島、長崎に平和メッセージを届けるピースサイクルです。
 東京から広島まで、自転車で平和をリレーするピースサイクルです。
 8月6日は広島、9日は長崎の、原爆の日です。核廃絶の日です。
 世界で唯一の被爆国日本から、核をなくす運動を世界に広めましょう。
◆私たちは、広島、長崎に平和メッセージを届けるピースサイクル愛知ネットです。昨日、静岡県からリレーを受け、明日、岐阜県にリレーします。自転車による、平和のリレーです。今年で24年目です。
◆平和を守るため、わたしたちのできること、それは平和憲法を守り活かすこと、自衛隊を海外に派兵しない政府をつくることです。
◆小牧基地から、C130輸送機のソマリア、ジブチ派遣を止めさせましょう。自衛隊の海外派兵は憲法違反です。
◆非核3原則を変えてはいけません。核の持ち込みを許さず、米軍の撤退を求め、全ての米軍基地をなくしましょう。
◆私たちは全ての「核」の廃絶を訴えます。核兵器だけではありません。
 事故、地震による原子力発電所からの放射能は、人類を滅亡へと追いやります。チェルノブイリ原発事故を忘れてはなりません。
◆大気、土壌、海洋の汚染、熱帯林の伐採など、自然破壊に歯止めをかけましょう。地球温暖化ストップ!省エネルギーのくらし、リサイクル社会を推し進めましょう!
◆設楽ダム建設に反対します。税金の無駄遣いです。奥三河の大自然を破壊させてはなりません。
◆格差・貧困の拡大を許しません。派遣、パートなどの非正規雇用労働をなくしましょう。一人一人が声をあげ、行動に移しましょう。
◆この秋に開催される予定の、航空自衛隊小牧地でのブルーインパルスの展示飛行を止めさせましょう。危険です。無駄です。

◆あなたもピースサイクルに参加しませんか。自転車に乗って、平和を訴えませんか。広島、長崎に平和のメッセージを届けましょう。
 とまあ、こんな具合である。

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2009年7月24日 (金)

保険手続きが変わった

 その背景にそんなことが・・・
  例年に従って、今年のピースサイクル参加者のうち、自転車で参加すると連絡をいただいている方は、全員保険に入って戴くことになっている。既に手続きを終えたが、昨日になって保険屋(代理店)から以下の連絡があった。
 今年の4月から保険取扱いについて、厚労省から指示があり、死亡時の支払い2000万円以上については、個人別に署名と捺印がいるとの通達があった。
 この解釈について保険屋の認識不足で、グループ、団体の場合、責任者の署名、捺印でいいと勘違いしていた。
 そこで、私が申し込んだ当初の保険支払額は2000万円であったため、保険が無効となることが判明。 
 この時点となっては、全員の署名捺印は無理と判断して、2000万円を1000万円に変更して保険手続きを行うこととした。
 余談であるが、なぜそのような変更になったか、その背景を聞いてみると、一つは、最近自殺される方が多くなり、それも負債を抱えていて、保険金で決済しようとするケースが増えてきたこと。また保険金詐欺事件(勝手に保険をかけ、受取人名義を自分にするケース)など犯罪も増えていることなどが背景らしい。
 それらについては、報道などで広く知られているケースではなさそうなので、あまり大っぴらにしたくないことかもしれないが、とんだことで、社会の“暗部”を見た気がした。

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2009年7月 3日 (金)

ピースサイクル2009

 自治体と基地に訪問通知を出す
 ピースサイクル2009は、先月の「沖縄ピースサイクル」が終って、7月13日の埼玉県入間市を皮切りに、いよいよ全国が一斉に走り始める。
 7月19日東京発、8月5日広島着の東海道・山陽道ルートは、7月26日に愛知県入りし、豊橋、豊川、岡崎、豊田、三好、日進、名古屋、小牧、各務原までの3日間が「愛知ネット」の担当となる。
 訪問先には、事前に通知して、反核・平和問題と共に、地方自治体の抱える問題を地元のみなさんと供に申し入れるので、その通知書を今日、書き送った。
 ・・・私たちは、「つくろう 戦争のない世界を!守ろう 未来の環境を!」「守り活かそう!憲法9条!止めよう戦争への流れを」(2009年のスローガン)を合言葉に、世界の平和と地球上からの全ての核の廃絶、自然保護、環境保護・再生などを求めて、今年もまた、全国で「ピースサイクル」を取り組んでおります。
 さて、中央政界におきましては、衆議院の解散総選挙がいつ行われるか、政権交代がなるかならないかが焦点になっていますが、2009年度補正予算関連の租税特別措置法改正案や国民年金法改正案、そして臓器移植法改正案、水俣病未認定患者の救済法案、海賊対処法案等々の重要な法案の行方が気になるところです。
 一方で地方分権、税源移譲問題、年金・医療・介護、少子高齢化問題、東海地震対策、新型インフルエンザ対策など、地方自治体にとっての重要な施策も目が離せないところです。
 私たちは、そのような生活面に直結する行政の在り方、施策を注視するとともに、世界平和、地球環境の問題にも、怠りなく目を向けていかなくてはならないと考えております。
 それ故私たちは、地域における不断の活動と共に、広島、長崎の原爆忌のあるこの時期の、「ピースサイクル全国運動」の意義を再認識しているところです。
 尚、全国の仲間と共に推進する、「2009年ピースサイクル」の主たる主張とその取り組みについては、同封いたしましたリーフレットをご覧下さい。・・・
 という風に始まって、各自治体個別の問題を列挙して、当日その回答を受けるという流れである。毎年同じような文案になりがちで、何とか内容を豊富にして表現を変えたいものだと思うのだが、金融恐慌、世界同時不況のような大きな変化があっても、地方自治体との関連性を結びつけるのは難しい面がある。また、豊川と小牧の自衛隊は別の内容になる。
 この時期、衆議院選挙と重ならないとも限らないので、そうなるとまた別の心配がないわけではない。

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2009年6月19日 (金)

沖縄ピースサイクルへのメッセージ・5

  仲井眞沖縄県知事へ
  今日から「沖縄ピースサイクル」が始まる。日程上一行は、午後2時に県庁訪問を先行させて、知事に対して要請行動を行い、夕方からの「結団式」をもってスタートの予定と聞く。
  愛知からは以下のメッセージを送ったが、やはり、代表一人でも送り込みたかったのが正直なところ。
        愛知ネットからの要請
 私たちはピースサイクル愛知ネットワークです。
つい先日、米軍普天間飛行場代替施設建設事業に関する環境影響評価(アセスメント)の準備書について審査する県環境影響評価審査会(津嘉山正光会長)が開かれるなど、相変わらず沖縄を取り巻く様々な課題に、日夜取り組んでおられる貴職に、心から“ご苦労さま”と申し上げたいと思います。

 この愛知とは、遠く海で隔てられておりますが、それは海とでつながっていることでもあります。沖縄の人たちとの連帯に思いを馳せ、この地域での運動、闘いを灯し続けることの大切さを確認しつつ、私たちからの要請を致したいと思います。
   再編実施のための日米のロードマップ関連
1)最終ロードマップ(行程表)の日米合意から3年になり、米軍普天間飛行場代替施設建設事業に関する環境影響評価も進んでいるようですが、困難ではありましょうが、普天間飛行場代替施設は、国外に求める努力をしてください。
2)この間、防衛施設庁も認めているといわれる事業者が、環境アセスメント法に基づかない事前調査の実施を進めていると現地・辺野古の住民・支援者から聞いております。知事としてこれを止めさせることはできるのではないでしょうか。
3)泡瀬干潟と浅海は琉球諸島の世界自然遺産の中核になりうる貴重な自然と聞き及んでいます。
それによれば、海草の種数(12種)、貝類の種数(340種以上)で日本一の生物多様性のある干潟とのことです。その浅海域には、サンゴの群落があるとも聞き及びます。どうか、今以上の自然破壊を認めないでください。愛知県では「藤前干潟」守り抜きました。
4)沖縄本島北部、名護市東海岸、辺野古、大浦湾一帯は、国際的保護動物である『ジュゴン』が棲むとても美しい海と聞いております。そこに米軍普天間基地の代替基地が建設されようとしているわけで、私たちも心配でなりません。
 以上のような状況はほんの一部でしょうが、日米安全保障の枠組みの中とはいえ、現地沖縄の声あって、はじめて米軍基地撤去への道が拓かれると思います。
 知事主導のもと、上記要請にご努力いただきたく、お願い申しあげます。
  ピースサイクル運動へのご理解とご協力を
  私たちの運動につきましては、この20年間にわたる運動の中でご理解を戴いているものと思います。今年もまた一行27名が、6月19日から伊江島を含む沖縄本島各地を訪問し、私たちの気持ちを伝えます。
 県庁訪問の折りには、親しくご交誼戴けますよう、重ねてお願い申し上げます。
       ピースサイクル愛知ネットワーク

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2009年6月18日 (木)

沖縄ピースサイクルへのメッセージ・4

  愛知から、伊波宜野湾市長へ
  前略、中略。
  宜野湾市におかれましては、米軍駐留が継続する中、市民の安全、危険要因の排除が行政としての優先課題かと思います。
  現地からの報道によりますと「住宅地上空で深夜まで行われる米軍機の飛行訓練や度重なる外来機の飛来」「3月の普天間飛行場での燃料漏れ」「4月にキャンプ瑞慶覧で廃棄物にからスベストを検出」などとあり、市民にとっての危険性が日常的であることを伺わせます。
 これらについて伊波市長は「米軍、日本政府の事故対応には誠意が感じられない」として批判し、さらに、普天間飛行場の危険性除去について「最優先に海兵航空部隊を1日も早く国外に移転させ、沖縄の基地負担軽減を実現するよう、今後とも日米両政府に強く求める」と述べ、問題解決に向けた決意を新たにした、とあります。
 戦争がなければ、軍隊もいらない、軍隊がなければ兵器も基地もいらない、税金も使われない、と、平和であればこの社会においては、いいことずくめではあります。しかし単純なようでそれがいかに困難ことかは誰も知るところであります。それでも、ビラ1枚、10人のデモ行進、100名の署名であっても、「武力で平和は作れない」を合言葉に、私たちは「反戦平和」を求め続けねばなりません。(後略)
              ピースサイクル愛知ネット

 この地「愛知」から見れば沖縄は、「沖縄」でしか見えてこないが、このようにメッセージを書いていくと、在日米軍基地があることによる、それぞれの市町村の個別の問題があって、その上に沖縄県全体としての問題が屋上屋を重ねているのが見えてくる。さらに日米安保条約、日米地位協定が覆いかぶさる。
 それにしても沖縄は遠い、と思わざるを得ない。しかし、参加者27人の中にいない自分を考えると、それは距離が遠いということよりも、馳せる気持ちの度合いではないかと思ったりする。東京から5人も行っているのだから。
 そしてまた、今の生活環境の中で「5泊6日」の行動が許されるかどうか、それを振り切っていく「強さ」が試される思いである。
 この企画の中心のNさんが、東京の会議などで小学生と思われる子どもさんの手を引いてやってくる姿を見るにつけ、その背後にある家庭の事情は、私なりに理解することができる。多少なりとも、そのような過去がないわけではないから。そう思うことが自らの慰めである。

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2009年6月17日 (水)

沖縄ピースサイクルへのメッセージ・3

  ヘリ基地反対協議会のみなさまへ
 前略
  中央政界におきましては、「政権交代」の可能性もあり、それによって沖縄・米軍基地の取り扱いに変更もありうるかもしれませんが、米軍の世界戦略・再編は強固とも思われ、何ら楽観するものはないと思っております。
 それゆえ、現地での闘いがますます重要になっており、沖縄と全国を結ぶ有機的な共同の闘いが求められております。それにも拘わらず私たちは、他の課題に追いまくられ、右往左往するばかりです。(中略)
  さて、東村高江地区でのヘリパッド建設に反対するみなさまの強固にして長きにわたる闘いに敬意を表したいと思います。
昨年のメッセージでは、航空機の墜落や不時着などの事故の可能性、飛行に当たって飛行ルート沿いや基地での整備・試運転での騒音の心配、それらについてきちんと説明がなされているかどうか。
  また、環境への影響は基地周辺の住環境、騒音だけではなく、基地予定地近くに生息する、ヤンバルクイナの現状とその影響。これらは、「軍事的」観点からは一考だにされない傾向が強く、米軍再編という中で、沖縄全体が米軍の極東地域の前線基地として強化、永久化ばかりが重視されることに怒りを覚えます。
  オバマ政権、日本の政権交代と相まって、世論に反基地、米軍撤退が強く出てくる状況を生み出すことが重要ではないかと考えます。
 私たちはこの愛知で、最近漏れてくる「防衛のためには、敵基地攻撃も辞さない」という発言を軽視することなく、「戦争のできる国づくり」の動きに警戒と、それを封ずる運動を高めていく必要を感じております。そうした運動を通して、沖縄の現状を説明していくのも、一つの方法と考えております。
 このたびの、ピースサイクル一行との交流を通して、基地建設反対運動が更に全国へ広がっていくことを切に希望しています。
                  ピースサイクル愛知ネット

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2009年6月16日 (火)

沖縄ピースサイクルへのメッセージ・2

  「じゅごんの里」のみなさまへ
  「・・・さて、当地名護市東海岸には、国際的保護動物で、日本ではもうこの地にしかいないともいわれる『ジュゴン』が棲んでいるとお聞きしております。それだけ美しい海なのだと思います。
  そんなところへ、米軍普天間基地の代替基地建設が強硬に進められようとしているとのことで、陸上の工事で土砂が海に流れ込み珊瑚が死滅してしまうというのに、巨大な軍事基地が建設されれば、ジュゴンの棲めない海になってしまうことは容易に想像できます。
  名古屋の弁護士、籠橋隆明さんは、『自然にも権利がある』とおっしゃっておられます。・・・地球上の各地で進行している自然破壊の実態を見るとき、自然が自然のままであることの重要性を肌で感じることはないだろうか。・・・私たちはそこに住んでいた野生生物に思いを馳せる。メダカまでもが絶滅を心配されている今日、深刻な自然破壊を前に私たちは自然にも生きる権利があればと願うこともまれではない。それはすぐれて人と自然との関係の中で生まれた、優れて人間的な感性である。『自然の権利』という考えにそって挑戦している・・・

  「じゅごんの里」のみなさま、
  この愛知とは、遠く海で隔てられておりますが、それは海とでつながっていることでもあります。そしてその海こそが、私たち生きる者のすべての「母」でもあります。それぞれの地域の森、川、海が愛おしい気持ちはみな共通なものでしょう。ならば、その土地、地域での運動、闘いを灯し続けることの大切さを確認し、沖縄の海に、じゅごんにその心を馳せたいと思っております。
  今後ともご交誼のほどを願い、愛知からのメッセージといたします。
             ピースサイクル愛知ネットワーク

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2009年6月15日 (月)

沖縄ピースサイクルへのメッセージ・1

 伊江島「わびあいの里」のみなさんへ
 来る19日から「沖縄ピースサイクル」が始まる。一行は、24日に伊江島に渡り「わびあいの里」を訪れるとのことで、全国から27名の参加とある。愛知からは参加者なし。
 ああ、行きたいなあ、豊田のUさんも行ってもいいといっていたのに、いま一つわが背を押すものがなかったのは、この体が予感していたのであろうか。
 それで、訪問団の団長・広島のNさんから訪問先へのメッセージを要請されていたのを忘れていて、ようやくPCに復帰した途端思い出した。今日15日が締め切りである。もう全部は間に合わない。2つでも半分でもとメッセージを書き始めた。まずは沖縄県伊江島の「わびあいの里」のみなさん宛てである。
 「・・・さて私たちは、沖縄本島のことにつきましては、現在でも、高江のヘリパッド、海上基地建設を阻止するため連日命がけで座り込みする人たちがいる辺野古のことなどについては、知ることはありましたが、伊江島のこと、とりわけ『わびあいの里』のことについては、全く無知のままでした。お恥ずかしい限りです。
 1944年に日本陸軍伊江飛行場の滑走路ほぼ完成するに至って、この飛行場があったために、1945年4月16日、米軍の伊江島上陸、激戦となったこと。その時、島民の3分の1(約1500人)が犠牲になられたこと、1945年5月、伊江村の村民のみなさんが慶良間諸島へ強制移住させられたこと、1947年3月、米軍滑走路三本完成し、島の63%が軍用地となってしまったこと、1953年7月、最初の土地接収通告がって、1967年5月  『全沖縄土地を守る会』が結成され、その会長に、阿波根昌鴻さんがお就きになられたこと、『ヌチドゥタカラの家』には、反戦平和資料館として様々な反戦に関するものが展示されていること、『わびあいの里』とは、運営している財団法人の名称で、『やすらぎの家』とは交流施設であることなどを、初めて知るに至りました。(中略)
 伊江島『わびあいの里』のみなさん、
 この愛知とは、遠く海で隔てられておりますが、それは海とでつながっていることでもあります。それぞれにはそれぞれの地域の歴史と事情があるにしても、『反戦・平和』『非支配と、住民古来の土地』『子々孫々まで、くらし、文化の伝承』は共通なものとして認識し合い、共有することができると信じております。そして、その土地、地域での運動、闘いを灯し続けることの大切さを確認したいと思っております。
 今後ともご交誼のほどを願い、愛知からのメッセージといたします。」
     ピースサイクル愛知ネットワーク

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2009年6月 7日 (日)

リンクス愛知・Ⅱ第52号

  衆議院選とピースサイクル
 ピースサイクルの運動の自転車リレーは、7月26日から浜松⇒豊橋で、愛知コースが始まる。随分先のようであるが、訪問地の受け入れ側からすると、自治体の、対応する人の配置と部屋の用意、秋葉広島市長などへのメッセージが必要で、それは最低でも1か月前に連絡をしておく必要がある。
  また、昼食などを用意して歓迎してくれる市民グループにとっても、会場とお手伝いの人の確保、参加者募集や「折鶴」の呼びかけなど、「いざ、今年もピースサイクル」のメッセージが必要なのだ。
  ということで要請文とは別に、添付資料の一つとして、この「リンクス」を活用するため、急いでいたのである。
  また衆院選は、当落線上にある候補者や新人にとっては、残された時間が多いようで、実はあまりないであろうから、なにがしかの応援メッセージ、助言などは早めに出したい気持ちが動いていた。
  そんなわけで、ようやく版下が完成したので、明日印刷に入る。あとがきでは、●衆院選挙、ピースサイクルが当面の課題、名古屋市政を追う「名古屋市井(市政」記」は、河村市長の動きが定まらないので書き辛い●20頁に私の運動周辺を紹介したが、「四季雑談の会」「老兵たちのフォーラム」は、運動体ではないので、ここには出てこない。しかし、それに関連した集会、講演会、フォーラムには参加することがある●各運動体への問い合わせは表記まで。カンパ、会費などは、時々同封の、振り込み用紙をお使いください。(と)

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2009年5月29日 (金)

国会ピースサイクル

  各省庁・東電などを回る
 ピースサイクル運動は、今年はなかったが、年初に「フィリピンピースサイクル」が取り組まれることもある。一方国内では、国会開会中に取り組まれる、各省庁と東京電力への申し入れと署名提出を中心とした「国会ピース-スプリングピース」を皮切りに、6月の「沖縄ピースサイクル」、その後の広島、長崎に向けた「本走」が全国で取り組まれる。 
  そしてそのあとの8月中、下旬に、青森県「六ヶ所村ピースサイクル」を取り組み、全国ネットとしての活動を締めくくる。そして、11月に総括会議へと移るのである。
  今日の行動「国会ピース」は、JR総武線(中央線)市ヶ谷駅改札口9時集合で、大分から参加したメンバーは飛行機を使って、9時30分過ぎに、防衛省前で合流した。私は名古屋6時50分発の「のぞみ」に乗った。
  雨の中、市ヶ谷駅近くの公園で出発式が行われ、自転車には5人が乗り、搬送の車1台、歩いての参加が15人ほど。今日1日の行動スケジュールと申し入れのポイントが提起された。
 まず防衛省前への申し入れ行動は、予定通り9時30分から行われ、省前で読み上げて申し入れ書を手渡した。主たる内容は「米軍再編問題と辺野古での新基地建設撤回を!ソマリアに自衛隊を派遣するな」であった。
 次に東京都庁の東京都教育委員会への申し入れに向かい、雨の中を防衛省から走ってきた、自転車隊を出迎え、都庁1号棟25階の会議室に入った。対応したのは、教育情報課の課長と係長。この席の設定に尽力された福士都議(無所属・市民派)は、都議選前ということで多忙を極め同席できなかった。内容は、「君が代」「日の丸」の処分撤回を!を中心に、処分を受けた養護学校教諭の渡辺さんも参加して、現場の実態を赤裸々に訴えた、というものであった。
 都庁で昼食後、外務省への申し入れが中止となったので、30分ほどの時間を使って、都庁の展望台に上がった。展望台があること自体が不思議な感じもしたが、首都東京は、外国人向けの顔でもあるからなのであろう。せっかく上がったのだが雨空では、展望はかなわなかった。
 午後の行動は、自転車隊を中心に東京電力への申し入れに向かうグループと、歩いて内閣府に向かうグループそれぞれ15人程度に分かれた。私は、内閣府でのピースメセージ・署名提出の方に参加をした。署名数は1106筆、メッセージは116通であった。決して多いとはいえないが、気持ちだけはこもったものであったと信じたい。
  この日は、紹介議員として、民主党の岡崎とみ子議員も同席された。質疑の時間があったので、私は、愛知の状況、特に小牧基地の問題に触れ、装備がどんどん拡大している現状と「攻撃は最大の防御」といった意見があることに危機感を覚える。また、基地への申し入れの際、炎天下、風の中でもゲートの外での対応であり、市民の間にバリケードを作るやり方の問題があるなどと意見を述べた。
  他に、外務所への申し入れを予定した軍隊「慰安婦」問題への謝罪と補償を!といったことも文書と共に申し入れた。     
  予定されていた行動を終え、近くの記者会館で反省会と東京電力への申し入れ「柏崎刈羽原発を廃炉に!」などの報告があった。この日は、総勢約30人の参加であった。
 午後5時、散会となり、多くは、午後6時30分からの、ピースサイクル2009全国事務局の事務局長であった、竹内氏の追悼集会会場の横浜に向かった。竹内淳氏(神奈川県共闘議長)、享年50歳という若さであった。

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2008年12月25日 (木)

中部電力の浜岡原発

 浜岡6号機新設計画の白紙撤回申し入れの報告
 以下の報告が届いたが長文なので中略で書き留めておきたい。
 ・・・浜岡原発6号機新設計画の白紙撤回を求める申し入れには、緊急 だったにもかかわらず、全国82団体の賛同をいただくことができました。
 昨日24日、この全国の思いを背に中部電力本店へ申し入れに行ってきました。
 昨日の話し合いでは、中電側は、総務部1人、広報部エネルギー環境広報グループ2名が対応。市民側は、静岡からの1人を含む東海地域の11人が参加しました。・・・
 中電へは、まず1、2号炉の廃炉決定は、あくまで経済性を考慮した結果で、老朽化でも耐震上の問題でもないと社長が説明していることに ついて問いただしました。
 これまで会社は、1、2号炉も補強工事は必要なく、工事するのはあくまで余裕の向上が目的だと言っていました。
 ところが今回、耐震工事に10年もの工期と3000億円の費用を見積もって、新規の原発を建設した方が得策だと判断したわけです。
 3000億円が必要不可欠なコストだとしたら、それは今のままの1、2号機には耐震性に問題があるということに他なりません。しかし、中電はそれを認めません。
 工事をしなくても、「想定東海地震」の395ガルには十分耐えられる。ただ、3~5号機を自主的に約1000ガルまで耐えられるように工事 したので、1、2号機も同等にしないと、地元や世間様が納得してくれない。安心と安全は違う。
安全と説明しても安心してもらえないこともある、と言うのです。
 そこで私たちは、395ガルに耐えればいいのだとこれまで主張してきたのだから、自信をもって大丈夫だと、それこそあなたたちの言う「科学的」に説得すればいい。そんな、あなたたちの言う「科学的でない」地元や世間の安心のために、3000億円もかけると言うのか。株主をどう説得するのか。そもそも、1、2号機と3~5号機は建設当初から設計用地震動がそろわない時期もあったのだから、べつに1000ガルに合わせなくてもいいのではないか、と言ったところ、中電側は何も答えられず黙ってしまいました。

 まだまだ続くが省略する。
 この申し入れに対して、「反原発」を運動の柱にしている「ピースサイクル」として賛同を決め、全国ネットに投稿したが、あまりに直近過ぎてか、応答があったのは岐阜県だけであった。
 全国それぞれには、原発だけでなく、米軍基地、自衛隊基地、開発地域、ゴミ問題など地域問題を抱えていて、しばしば、今回のように全国から賛同団体を募ることがある。それは、地理的には一地方(地域)であっても、問題が全国性を有しているから、注意を喚起する意味も込めて募集するわけである。もちろん、申し入れ書に添えて、賛同団体名も中電側に渡すものであるから、多ければ多いほど中電側に再考を迫る力になるかもしれない、少なくともそのように考えて全国募集するのである。
  だが国とか企業というものは、初めから市民運動の動きを読んでいて、全く対応する風もないのがこれまでのありようだった。今回については、窓口対応に変化がなかったとしても、「6号炉新設」という、地元にとっても寝耳に水、という新たな状況と、運転中のものについても、運転差し止め訴訟が高裁にかかっており、裁判所から和解案も出ている現状から、中電側として従来にない構えを持っていたかもしれない。
  予想される東海地震の震源域の真上にある浜岡原発であれば、1、2号機が止まったまま、この夏を乗り切ったわけだから、6号炉新設は必要ないという根拠は成り立つ。これまで以上に、継続的な取り組みが必要だろう。
  とにかく、原発の寿命が来て廃炉になり、その撤去作業と放射能汚染した廃材などの処理には、未知の危険が待ち受けている。その意味では1号炉、2号炉同時に廃炉にして解体するという中電の今後は、全国の原発立地地域にとっても、目が離せないのではないだろうか。

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2008年11月 9日 (日)

ピースサイクル2008全国会議・2

 2009年の活動と25周年問題
 二日目は午前9時から始まったが、前日の議論が残っているうえ、午前中の3時間だけということもあり、話は具体的な取り組みが中心であった。
 まず3つの取り組みのうち「沖縄ピースサイクル」は、今年も広島ネットが担当することになり、20回目ということもあって、マイクロバス1台25人の参加をお願いしたいと提案された。これを引き取って事務局から、各ネットから1~2名の参加をお願いしたい。特に、これまで一人も送り出していないネットは、格別に取り組んでほしいという補充提案があった。聞けば、5日間で自転車走行は80キロ程度で、反対運動団体との交流が主で、マイクロバスでの移動が多いとのこと。費用は現地(那覇空港)集合で、1日1万円(宿泊、食事、移動費など諸費用)の5万円が目安。6月23日がメインとなっている。いけそうな気もするが…。
 次に、「六ヶ所ピースサイクル」については、Y氏が「再処理工場が本格稼働するかどうかの重要な時期、これを全国運動として取り組まねば、ピースサイクルの名が廃る」とまでいいきって、強く取り組みを促した。確かに課題は全国の問題には違いないし、世界の問題でもある。新たな放射能漏れによる地球規模の汚染は致命的である。活断層の近くにある再処理工場の問題は深刻である。
 この話を聞いていて私は思い続けた。九州の人はどう受け止めたであろうか。大分ネットからは、どうやって六ヶ所まで行けばいいの?飛行機で青森空港まで行き、それから…?一週間の休暇を取って、とりあえず関東にまで来て一泊し、関東の「六ヶ所ピース隊」に合流するという方法もありか・・・。との質問もあった。
 もう一つは、「タンポポ舎」を軸に全国に反原発グループが盛んに活動している。その人たちとの共同行動は全く視野に入れず、単独行動になるのかどうか。それで、多くのエネルギーを使っただけのものが引き出せるのかどうか。
 さらに、中国・九州では「中国電力の上関原発」、四国では「伊方原発」、関西では「関電・美浜原発やもんじゅ」、東海は「中部電力・浜岡原発」、関東・北陸では「東電・柏崎刈羽原発」を抱え首都圏には「福島原発「東海村」がある。つまり、それら各地の反原発運動に、ピースサイクルがきちんと関わっているのだろうか。そのことを抜きにして「六ヶ所」を取り上げても、「先取り」の効果があるだけではないのか、と。仮に「先陣を切った」として、継続する力がもちうるだろうか、とも。
 もう一つの「国会ピースサイクル」は、600筆そこそこの署名と3〇〇ほどのメッセージ(今年の場合)を持って内閣府に行っても、セレモニーにすぎないのではないか、という考えもあるが、防衛省、東京都教育委員会、外務省、東京電力、内閣府を回って申し入れをする行動には特異性もあって、参加者には好評のようである。私も過去2回参加しているが、東京まで行く価値はあると思っている。
 2009年の「国会ピース」は、今年と同じ行動を踏襲するが5月を「ゾーン」として、署名とメッセージ集約に取り組む。5月29日が「申し入れ日」と決まった。
 さて、2010年の「ピースサイクル結成25周年」に向けての取り組みについても議論がなされたが、いろんな捉え方があって一概に言えないから、各地区に持ち帰り「ピースサイクル運動をどうするか」という議論を深めること、2009年11月の「総括会議と2010年のスタート会議」とは別に、2010年の2~3月ころに「25周年問題(ピースサイクルをどうする)」だけで議論する場を持つことになった。
 途切れたネットやグループの掘り起こし、年間を通しての運動、資金問題、ネット通信(ブログ)の活用、「アジアピース」のうち、「韓国ピース」では、「国境」を超えて、ピョンヤンまで行けないだろうか、などの話もあったが、不十分さを残しながら、正午を20分超えたところで散会となった。

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2008年11月 8日 (土)

ピースサイクル2008全国会議

 2008年の報告と総括
 ピースサイクル2008の総括会議と2009年のスタート会議が、東京で開催され、12都府県13ネットの25人が参加した。
 報告の主なものは、けがなどの事故がなかったことが第一。次に19ネットの活動が確認され、これとは別に「フィリピンピースサイクル」「沖縄ピースサイクル」「六ヶ所村ピースサイクル」「国会ピースサイクル」が取り組まれたこと。そしてその参加延べ人数は確認されなかったが、地区ごとの、全走行距離に自転車で参加した人数を掛け合わせた「ピースマイレージ」は約2万4千キロとなったことなどであった。
 更に報告が到着した分だけでいえば、自治体訪問件数は96、メッセージは、沖縄県知事あて56、広島市長あて97、長崎市長あて73、六ヶ所村長60。他に青森県知事、日本原燃㈱、自衛隊基地、原発関連、沖縄の辺野古、高江、ヘリ反対協などへのメッセージ、申し入れなどがあった。
 地区報告の詳細は省くが、各ネットとも共通して、高齢化、参加者減少に悩んでおり、「ピースサイクル運動の今日的意義」を認めつつ、その運営に腐心している様子がうかがえた。これは翌日の「25周年を迎える2010年の取り組み」の議論に引き継がれるのであるが、90年代の最も盛り上がった時期の、各ネットの自発的で意欲的だった「全体が塊(かたまり)」というか、「ネット全体が波打つ」感じから現在は、積極的な平和運動として位置付け、「本走」以外の取り組み、継続的な自治体訪問活動を取り組む地区と、現状維持に汗をかく地区、そして、ついにリレーが途切れた地区、あるいは、全国会議に代表を送れない地区などが線状に並ぶ感じになってきた。
 これらの背景には、高齢化、参加者減という直接的な背景があるのはもちろんだが、ピースサイクル運動そのものは、各地域の自主的で主体的な個人参加の運動である。この基本スタイルは、参加するもしないも自由であるとともに、中心的な人の多くが「運動の掛け持ち」であり、平和運動、反戦・反基地運動、反原発運動などは、個別の運動体の先進性に依拠することも多く、それらトータルの運動の全国組織というピースサイクルには、おのずと限界がある、というのが私の認識である。
 そこへ持ってきて、「憲法9条、教育基本法」「在日米軍と自衛隊」「有事法制、国民保護法」「人権、共謀罪」というスローガンを並べても、実際面ではかい離がはなはだしい、というか、一年を通しての運動、自転車でつなぐ平和メッセージというイベントを超える実体が作られていないと、途中からの参加者は戸惑うであろうし、継続参加の人も興味が希薄になっていくのではないか、そう思うのである。
 私自身は「アウトドア派」ではないが、やはりサイクリングを楽しみ、たまには知多半島1周のサイクリングとか、時々に参加するデモ・パレードも、自転車で参加するスタイルが定着できればいいなあ、そしてお金を集めて、「沖縄ピースサイクル」などには代表派遣、そんなスタイルは、どうかなと思っている。しかも、それをわがものとして専従的にやってくれる人を得られれば尚よしと。

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2008年8月22日 (金)

知事、原燃社長宛要請文

 青森県知事宛と日本原燃社長宛の要請文を21日付でピースサイクル一行に託した。前文はほぼ同じなので省略し、要請項目だけを引き写しておく。

青森知事 三村 伸吾さま
           私たちからの要請
 私たちは「ピースサイクル愛知ネットワーク」といいます。ピースサイクル運動につきましては、これまでも、私たちの仲間が当地訪問を重ねてきた事もあり、きっとご記憶にとどめておられているものと拝察し、運動の紹介は省かせていただきます。(以下省略)
 要 請
① どうかいま、「安全協定」を締結しないでください。危険な再処理工場を稼動させないことが第一です。
② “銭(お金)は一代、土地(命)は末代”といいます。再処理工場の交付金と村民、(県民)の健康とでは、天秤にかけようがありません。「いのちが大事」です。
③ 六ヶ所村、青森県、三陸の海、そして地球のかけがえのない自然と豊かな海を汚さないでください。
④ 放射能は、大人より子供のほうが影響しやすいといいます。再処理工場を稼動させ、万が一にも、小児白血病や小児がんを発生させないのが首長の務めです。
⑤ 被爆国日本は、核兵器に転用できるプルトニウムを持つべきではありません。プルトニウムを生み出す再処理工場は停止、閉鎖すべきです。
 わたしたちは、これらを国にも求めていきます。              
                              以上。

日本原燃社長 児島伊佐美さま
 
(前文略)
① 危険な再処理を即時中止し、1日も早く再処理工場の稼動停止、閉鎖をして下さい。
② 技術がおぼつかないガラス固化体の製造は危険です。やめて下さい。
③ 日本原燃は三陸の海を汚す張本人になる積りですか。放射性廃液を海に捨てるなんてひどいです。六ヶ所村の空と地域、そして地球を放射能で汚さないで下さい。
④ 全ての核兵器の廃絶を求めます。核兵器の中軸をなすプルトニウムは、どんな過程を通してであれ、作ることは認められません。止めて下さい。
⑤ 私たちはこれら全事業から撤退するための、必要な国家的援助について、政党、国会議員と共同で取り組む用意があります。
                              以上。

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2008年8月21日 (木)

六ヶ所村村長宛メッセージ

 「ピースサイクル全国運動2008」の締めくくりは、「六ヶ所村ピースサイクル」で、一行は既に16日出発し、22日に現地入りする予定となっている。その後発隊は、公共交通を使って22日に出発し、現地で自転車隊と合流するはずである。出発にあたって全国から寄せられたメッセージ(FAX&メール)を持参するので、愛知ネット発18日付の、六ヶ所村長宛メッセージを引き写しておくことにする。青森県知事、原燃社長宛は明日にアップしたい。

六ヶ所村村長
古川 健治様
                       ピースサイクル愛知ネット
                 
           私たちの懸念をお伝えします

 国策、エネルギー政策の根幹などといわれつつ、原子力発電関連施設の多くを受け入れ、その万全なる安全性を求め、監視、点検などの対処及び村民並びに周辺市町村への配慮など、日夜ご奮闘の事と拝察申し上げます。
 私たちは「ピースサイクル愛知ネットワーク」といいます。ピースサイクル運動につきましては、これまでも、私たちの仲間が当地訪問を重ねてきた事もあり、きっとご記憶にとどめておられているものと拝察し、運動の紹介は省かせていただきます。
 ところで、2年前のこの時期、「六ヶ所再処理工場のアクティブ試験で、日本原燃が5月、6月に放射能を海洋に放出した月日が明らかになりました。5月と6月に、それぞれ6回も海に放射能を垂れ流していたのです」という情報に触れて、「事実とすれば、あの下北半島沖から三陸沖に至る豊饒の海の汚染がとても心配です。いやそればかりではなく、海流によって、日本列島沿岸、太平洋そのものの汚染源になりかねません。」と言う私たちの懸念をお伝えしました。
 あれから2年、伝え聞く範囲では、再処理工場の抱える問題の解消がなされたとの情報に接することはありませんでした。むしろ新たに、「六ヶ所再処理工場不良固化体生産」という問題に直面しているとお聞きします。
 その内容とは、引用ですが「再処理工場の工程の最後にあるのが、廃棄物処理工程である。そのうち、高レベル放射性廃棄物は、ガラスと混ぜて固化体にし、ステンレス製のキャニスターと呼ばれる容器に詰められる。
 日本の核開発計画では、このガラス固化体を50年ほどの期間保管し、その後地下300メートル以上の深さに永久処分される計画になっている。
 ところが、六ヶ所再処理工場内のガラス固化体製造設備は、2007年11月にアクティブ試験第四ステップの最中に始まったが、白金属元素の滞留によりガラス固化装置が詰まり、2007年12月に中断、その後固まったガラスと白金属を取り除く作業を行った後に多くの批判を押し切って7月2日に再開をした。
 ところが再開間もなく数百グラムのガラスが固化体容器に流れたもののすぐに流下は止まった。試験はまた中断した。日本原燃は7月中にアクティブ試験を終了する予定だったが、この事態を前に、見通しは全く立たなくなった。
 ガラス固化体を製造するプラントは、東海再処理工場にもあり、これまでにもトラブルを起こしてきた。六ヶ所再処理工場も東海のものをそのまま転用したのだが、結局何の進歩もなかったことになる。
 これほどいい加減でずさんな設備が、日本の核燃料サイクルの要となっていることに、国も事業者(この場合は電力)もほとんど危機感を持っていない。」というものです。事実でしょうか。
 また、専門家による「六ヶ所再処理工場直下に有力活断層」があるとの情報もお聞きしました。これについて日本原燃は、「出戸西方断層と呼ばれる断層には活動の可能性がある『考慮すべき断層』としているが、その他は一切影響がないものとしている。」とのことですが、先ごろ発生した新潟県・中越沖地震の、東京電力・柏崎刈羽原発の深刻な事態を教訓にしているのかどうか、素人の私たちですが心配でなりません。
 
 私たちは、東海地震の直撃を受けるのではないか、度々事故で運転停止を繰り返す、その中部電力・浜岡原子力発電所に対しても、背筋が寒くなるほど不安を駆り立てられていますが、狭いこの日本列島では、どこで原発事故があっても、壊滅的な被害は免れません。
 地球上から全ての核をなくすことを求めつつ、六ヶ所の「放射能の海洋放出」「再処理工場不良固化体生産」「再処理工場直下に有力活断層」に懸念を表明し、貴職のいっそうのご努力を期待するものです。

              2008年8月18日
          ピースサイクル愛知ネットワーク

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2008年8月18日 (月)

原発の問題は日々刻々

 北京五輪、グルジア問題あれど
 原発に関する情報に関しては、この地域には熱心な人々が多く、送られてくるもののほぼ全文に目を通しているが、反面、情報ストックはあまりしていない。必要な情報はきっと送ってもらえると思っているからだ。
 夜遅くになってメールを開けたら、以下の情報が入ってきた。
  「電力の約8割を原子力発電に依存するフランスで7月、原子力関連施設の放射能漏れ事故が3件相次いだ。仏原子力安全庁は軽度の事故としているが、原発輸出を強力に進めるフランスでの事故だけに波紋が広がっている。ウラン溶液が河川に流出し、農作物補償などの訴訟問題に発展している仏南部トリカスタン原発(加圧水型90万キロワット4基)の周辺を歩いた。【トリカスタンで福井聡】」
 以下の詳細は省くが、これが原発依存社会の「日常性」ではないかと思わず身震いした。「日本では考えられない」などという、電力会社や経産省の担当者の談話が聞こえてきそうだ。今回のフランスでの事故原因がなんであるかはわからないが、施設の老朽化であれ、点検漏れであれ、予想外であれ全て結果が問われる。まして「人為的ミス」ならそれは予測し難く、また避け難いものでもある。
 今は北京五輪真最中。そんな中で、グルジアで軍事衝突が発生、東西利害がぶつかる地域だけに「新たな冷戦」の始まりとも伝えられている、と聞かされても、そこにどんな経済的問題、民族的問題があったかはまるで知らなかったのだから、なんともはや書きようがない。オリンピックは一過性のものであるし、グルジア問題は一過性とはいえないまでも、私の頭からは遠去かることはありそうだ。
 それに較べ「原発問題」は、日々刻々の感がする。いつ事故が発生するかもしれない。いつ原発立地近くで地震が発生するかわからない、と言う不安は、他事にまぎれて忘れることはあっても、すぐによみがえってくるのである。
 ピースサイクル運動の柱は「反戦平和」と「全ての核の廃絶」であり、核は核兵器だけでなく原発の稼動停止(廃炉)を求めている。全国での自転車リレーでも原発のあるところでの申し入れが行われているが、この8月16日に東海村を出発した「ピースサイク2008  for六ヶ所」は、23日に青森県入りし、25日まで申入れと抗議行動を行う予定だ。愛知からもメッセージを送った。

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2008年8月 9日 (土)

長崎への平和メッセージ

 哀調の“長崎の鐘”を想い浮かべ
 今日の「長崎原爆忌」にあたって、ピースサイクル愛知ネットとして「平和メッセージ」を田上富久市長宛てに、8月3日付で送った。広島へ送った内容とほぼ同じなので、掲載は省くが、三好町長、日進市長も同じようにメッセージを送った。
 そのときふと思ったのであるが、被爆したことでは広島も長崎も同じである。しかし「人類最初の被爆地・広島」が、なにかと「核の廃絶」では、先を行くような印象がある。動の広島、静の長崎のような。
 しかし例えば、広島には峠三吉や栗原貞子に代表される「原爆の詩」があり、野坂昭如の「火垂るの墓」という小説思い浮かべるし、アニメで映像化された
 一方、長崎にも、永井隆が執筆した随筆「長崎の鐘」があり、同書をモチーフとした歌謡曲「長崎の鐘」がヒットした。さらに松竹により映画化もされた。やはり、人類未曾有の出来事には、いろんな角度、観点、様々な人たちが思いを綴り、形を変えて遺している事がわかる。
 「長崎の鐘」は、作詞がサトウ・ハチローで、作曲は古関裕而。当時歌っていたのは藤山一郎だろうが、まだ幼少の私ですら、ラジオで聞いたり、兄たちが歌っていたのを聞いた記憶が残っている。
 メロディーと共にその歌詞にも印象強いものがあったのだろう。せめて今日は、その「長崎の鐘」の歌詞を再録して、長崎原爆忌に思いをいたそうと思う。
  
長崎の鐘
こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

召されて妻は 天国へ
別れて一人 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き 我が涙
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

つぶやく雨の ミサの音
たたえる風の 神の歌
耀く胸の 十字架に
ほゝえむ海の 雲の色
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

こころの罪を うちあけて
更け行く夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

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2008年8月 6日 (水)

広島へ平和メッセージ

 ピースサイクル広島ネットを通じて、愛知ネットから8月3日付で以下のメッセージが送られた。また、三好町長、日進市長からも送られた。
 ピースサイクル愛知ネットから          
         広島市長 秋葉 忠利 様

 私たち「ピースサイクル全国運動」のスタートは、1986年、大阪の若い郵便労働者が自転車で広島に向けて走ったことに始まりますが、この愛知では、1989年7月29日、浜松のピースサイクリストを名古屋に迎えたのが最初でした。
 
 広島、長崎には、私たちが思い描く「被爆地」以外にも多種の産業があり、美しい山河があり、そして何より、私たちと同じ生活(くらし)の風景があります。
 1945年8月6日も、いつ終るかわからない戦争を憂い、日々のくらしに追われる朝がありました。それは、空襲と飢えにおびえる全国の街でも同じでしたが、広島だけは違いました。
 被爆した広島の人たち、そのとき広島にいた人たち、広島に駆けつけた人にとって、その後の時間は、恐ろしい病魔とのたたかい、精神を病まずにおかなかった、全てが焼けつくされた風景とそこに見た地獄絵、そして何より親、子、兄弟、縁者、友人たちとの別れでした。
 更には、この理不尽に向き合い、歴史の事実を語り継ぎ、平和の碑を打ちたて世界に広げる行動は、いま、悲しいほどに輝きをもっています。私たちは、そのことに惹かれ、学び、同じ道を歩みたいと願って、このピースサイクル運動に参加してきました。

 昨今の国内には、問題が山ほどありますが、世界を見れば、地球温暖化による気候変動は、様々に自然災害を引き起こしています。そしてあろうことか、温暖化問題、エネルギー問題が「原発の推進」に転化されようとしていて、私たちは危機感を強めています。
また、イラク、アフガン、パレスチナ、スーダンなどで戦争、紛争の戦火(戦禍)が絶えません。これまでにも増して、人類の生存、平和の灯(ともしび)が全世界にともることを願ってやみません。
 ひるがえって日々のくらしの中で、私たち一人一人が、そして地方自治体の議員、首長がいっそう気持ちを込めてこの国の行方、平和と、全ての核の廃絶、住民の安全・安心をしっかり推し進めていかなければならないことを痛感させられます。

 今年は、愛知県豊田市在住の女性が広島まで自転車で走ります。これまでも中学生、高校生、大学生が広島まで走った実績がありますが、女性では初めてです。私たちの代表として平和の記念式典などにも参列します。
 秋葉市長におかれましては、毎年8月6日の式典で、広島市長という立場からだけなく、自ら思いを込めて「広島平和宣言」をお書きになり、読み上げられていることと思います。私たちもその「宣言」に接するにつけ、新たな認識と決意を覚え、勇気をかきたてられてきました。
 今年もまた愛知から「平和の折り鶴」をお届けします。どうか、これをもって、この愛知から、広島の地に思いを馳せ、共に恒久平和を願っている気持ちをおくみ取り下さい。
 最後に、貴職のますますのご活躍と、平和への取り組みを期待しております。

                2008年8月3日
              ピースサイクル愛知ネット

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2008年7月31日 (木)

PCの名古屋市、愛知県への申し入れ

 中部圏の中核地域・自治体
 近い将来、「道州制」がなったとき、「中部州」か「東海道」となるかは知らないが、いずれにしても、その中核都市、地域となるであろう、名古屋市と愛知県である。従って、ピースサイクル(PC)としてのここへの申し入れは、他の自治体とはやや違って、政治的色合いも濃くなる。
 例えば名古屋市の場合、
  「戦争や核実験等の議会における意見書や決議の県政への反映と、市としての『非核平和都市宣言』を期待し、或いはアジア諸国との友好、青少年の交流や戦争・平和資料館の設置など、平和行政の推進をお願いいたします。又、アメリカ海軍の艦船の寄港(の常態化)は拒否する姿勢を貫いて下さい。」「憲法を改悪しようという動きが強まっています。とりわけ憲法第9条の改正は、「戦争のできる国」への水路を開くものとして、認めるわけにはいきません。『憲法九条を守れ、活かせ』を行政に反映して戴きたいこと。」「航空自衛隊と共用する県営名古屋空港については・・・空港それ自体は愛知県の所管ですが、地方自治体としてなしうる全ての権限を駆使して、基地機能拡大阻止にご尽力いただきたいこと。」「アスベスト問題について」「ゴミの不法投棄、埋め立ての監視、ゴミの発生を抑制しリサイクルするなど、省資源、循環型社会に向けての諸施策のいっそうの推進をお願いします。」
 更には、「COP10開催を控え、全市、全県的な植樹運動、海、河川、湖沼の浄化に努めるなどの自然・環境破壊を阻止することはもちろん、再生事業にも積極的に取り組んで下さい。更に、市街地開発事業などでは、都市の景観を損なうことなく、又、車の乗り入れ規制、公共交通機関の充実化を通して、大気汚染、ヒートアイランド現象防止に努めてください。広小路通りの、歩道の拡幅構想は、幅広く意見を求めて実現の方向で進めて下さい。」
 などである。一方愛知県に対しては、
  「戦争や核実験等の議会における意見書や決議の県政への反映と、県としての「非核平和地域宣言」を期待し、或いはアジア諸国との友好、青少年の交流や戦争・平和資料館の設置など、平和行政の推進をお願いいたします。」「憲法を改悪しようという動きが強まっています。とりわけ憲法第9条の改正は、「戦争のできる国」への水路を開くものとして、認めるわけにはいきません。「憲法9条を守れ、活かせ」を行政に反映して戴きたいこと。」「航空自衛隊と共用する県営名古屋空港については、C130輸送機のイラク派遣の継続強化、新たに空中給油機の配備等、空自小牧基地の機能拡大に伴い、民間空港としての機能圧迫、不時着事故など、周辺住民・自治体の不安が高まっていると聞き及んでいます。これらについて、地方自治体としてなしうる全ての権限を駆使して、基地機能拡大阻止にご尽力いただきたいこと。」他にアスベスト、ゴミ・リサイクル、COP10などは、名古屋市同様に求めた。
  そして名古屋市と愛知県に求めた、秋葉忠利広島市長、田上富久長崎市長宛の「平和メッセージ」については、そうした対応はしていない、というだけの理由にならない理由で応じなかった。議会与党(自民・公明、一部民主)に憚っての事であろうが、彼らの「平和への想い、決意」は、そうした領域でのものでしかない。
 来春の名古屋市長選挙、2011年の知事選挙は、こうした観点からも、取り組まねばならないと感じた。
(ピースサイクルの項は、これで了とする)

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2008年7月30日 (水)

航空自衛隊小牧基地申し入れ

 7月28日午前11時25分、空自小牧基地ゲート前で、石野司令宛の申入れ書が読み上げられ、手渡された。

司令 石野次男様
          申し入れ書
 率直に言わせて戴ければ、こんにちの自衛隊はあまりに多くの問題を抱えています。
 昨秋の、守屋武昌次官の国民を唖然とさせる収賄(しゅうわい)事件をはじめ、インド洋における米軍への給油量のごまかし(データの隠蔽)、イージス艦情報の漏洩(ろうえい)、イージス艦「あたご」の漁船との衝突事故等々。これらは、防衛省は日ごろ何をやっているのか、本当に国民を守る事に専念できているのか、税金でまかなわれる巨額の防衛費が国のため、国民のためにきちんと使われているのだろうか、という疑問を抱かせずにはおきません。
 先ごろ出された政府の「防衛省改革会議」の最終報告書について、これらの省内の不祥事、様々なミスをなくし、いわれるところの「背広組」と「制服組」の“あつれき”をなくし、真に文民統制が図られるなか、安全保障の任務に最善が尽くされるかどうか、その役割、成り行きに私たちは注目をしています。
 ところで、政府は6月13日の閣議で、イラク特措法に基づく航空自衛隊のイラク派兵に関して、来年7月31日まで1年間延長をする基本計画の変更を閣議決定しました。
 いうまでもなく、今年の4月17日、名古屋高等裁判所で、「自衛隊の活動、特に航空自衛隊がイラクで現在行っている米兵等の輸送活動は、他国の武力行使と一体化したものであり,イラク特措法2条2項,同3項,かつ憲法9条1項に違反する」との判決が出たことは、ご存知であろうと思います。つまり、小牧基地から飛び立つC130輸送機と自衛隊員の派遣は、「憲法違反」と述べ、判決は確定しているのです。
 にもかかわらず、政府・防衛省がイラクの戦闘地域へ自衛隊を派遣し続けることは、法治国家として許されないばかりか、自衛隊の本来の目的である「専守防衛」を逸脱し、イラク国民の苦しみに加担する事になります。
 昨年私たちは、「小牧基地に『KC-767J空中給油機』の配備と150人体制(1個飛行隊)での運用が予定されていると聞いております。こうした小牧基地機能の拡大強化は、『戦争のできる国づくり』そのものにほかなりません。戦争放棄、戦力を持たないという憲法の定めを無視し、蹂躙する政府の方針は間違っています。」との申入れもしました。
 今年もまた、反戦平和と全ての核の廃絶を求める私たち「ピースサイクル」の運動は、以下の申入れをします。

                 記
1、 自衛隊3軍の海外派兵は憲法違反です。派兵に強くに反対します。現在中東に派遣されているC130輸送機の即時帰還を求め、派遣業務を停止してください。
2、空中給油機の配備は、小牧基地の更なる基地機能強化と、米軍供用の容認につながるものであり反対します。
3、訓練、輸送を含む民間機を自衛隊が利用することに反対します。やめて下さい。
4、小牧基地に関連して
1)基地内で騒音を発生させないこと、放射性物質、有毒化学物質や兵器等の有害物質を搬入、保管しないこと、これらの有無を含めて全ての情報を公開すること。
2)周辺自治体はもとより、平和団体、市民団体とも、対話の場を積極的に設けること。「反戦平和」の世論・主張にしっかり耳を傾けてください。
3)基地内を、積極的に公開してください。
  
 以上の要請をします。又、貴職らの速やかな対応を求めます。尚、申し入れ項目1~4について、貴職の見解を求めます。2008年8月15日までに、文書にてご回答ください。
尚、昨年の申し入れも回答が届いていません。拒否するなら拒否の理由を添えて、返事をお出し下さい。                                    以上。
(追い書き)

             2008年7月28日

            ピースサイクル2008
         東
海ブロック(名古屋実行委員会)

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2008年7月29日 (火)

自転車に乗って体力を知る

 ピースサイクルの副産物
 我が夏の最大イベント「ピースサイクル」の本走を終えて、この先、広島市長、長崎市長、六ヶ所村長宛メッセージを書き送り、11月の全国会議に向けた報告集の作成もあるけれど、私的には、“夏到来”である。
 今年は、愛知の全コース豊橋市~各務原市の区間のうち、搬送自動車の確保ができなくて、豊橋~岡崎~豊田~三好の区間と、小牧市~各務原市の区間をパスして、自転車に乗ったのは、三好町~日進市~名古屋市~小牧市までとなった。40キロくらいであろうか。
 この区間では、東郷町の愛知池近くの長くて緩い上り坂で息が上がってしまって、信号二つ分の休憩をとったことが、昨年との違いであった。
 健脚自慢だった4つ年下のU君は、27日の豊橋からと28日の日進までの午前中の強い陽射しにやられてか、あっさり日進で降りてしまった。名古屋まで行こうか、小牧まで行こうか迷っていたのに・・・。
 同じく、かつて大阪まで走った経験のある10歳下の猛者M君も、28日の朝、自宅から日進までの2時間ほどの走行で“えらい!えらい!”とこぼすことしきりであった。この二人をして、音を上げたくらいであるから、今夏の暑さは昨年以上に違いないが、やはり日ごろのトレーニングというか、自転車に乗る機会が少なかったというのが本当のところだろう。U君は、この6月で定年になり、M君は、職場変更で仕事のきつさが半分以下といっていたこととも無縁ではないだろう。
 小牧で現地解散となり、昭和区・鶴舞まで荷物を担いで、小雨の中を自転車で帰路につき、帰宅したことを思い、今日になっても、体のどこも痛くも重くもないのだから、我が体力はまだまだ持ち応えるものがあるらしい。
 そういう意味では、この夏のピースサイクルは、「平和メッセージを届ける」運動である一方、個人的には、1年に1度の体力測定みたいなものでもある。日ごろの速歩と自転車で配達の活動は、こういった時にその効果を表すものかもしれない。もっとも、体重が微増こそすれ、ちっとも減らないという腑に落ちない現象もあるにはあるのだが。

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2008年7月28日 (月)

ピースサイクル3日目

 市役所、県庁、小牧基地を経て岐阜にリレー
 9時前に市役所に集合したのは、自転車隊6人、自動車3台。早速訪問挨拶と事前申し入れの回答を受けて質疑を交わした。市側からは担当部署から4人と係り2名の6人が対応した。名古屋市の“名水”と団扇を受け取り、追加質疑では、名古屋港への米海軍の艦船入港に対する自治体の毅然とした対応を求めた。
 10時過ぎからに県庁訪問では、県側から担当部署から5人、係りのもの4人の9人が同席するという、従来にない対応であった。何が作用していたのであろうか。
 質疑では、もっぱら県営名古屋空港の運用に関して、空港の使用は自衛隊との併用であるが、空中給油機の配備など空自の機能強化が図られており、運用主体の愛知県としてどう考えているのか。また、県の企業庁が造成を担当する下山地区のトヨタ自動車テストコースと関連施設の建設に対して、環境保全などにどう対応しているのか。関連してCOP10誘致するとしながら、設楽ダム建設はおかしい。水需要を勘案しても不要論は強い、などの質問を投げかけた。
 予定を20分遅れて午前10時20分に県庁を出発。11時20分に空自小牧基地に到着し、小雨の中、基地司令に対する申し入れを行った。相変わらずゲートの外で対応しかも無愛想に立っているだけの担当者は、制服とネクタイの2名、その横に立哨の自衛官が二人。
 小牧武道館横で岐阜ピースの仲間と一緒に昼食をとり、ここで岐阜に引き継ぎ、記念写真を撮ったあと、各務原に向けて出発した本隊を拍手で見送った。自転車隊は3人でさびしい出発であったが、サポート車3台、街宣車1台とこちらは万全。愛知の3日間はここで終った。 
(追い書き)

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2008年7月27日 (日)

ピースサイクル2日目

 岡崎発、豊田・三好・日進経由名古屋
 前日、都合で家に一端戻った私であるが、午前11時、三好町役場で本隊と合流したとき、それまでの経過を聞けば、午前8時過ぎに勤労福祉会館を自転車3人。自動車2台で出発し、いつもの八剣社、水源公園で休憩をとったあと、“おいでん祭り”のある豊田市に10時ころ到着。ここで自転車組の二人の女性と自動車の一人が加わって、三好町に向けて出発。予定時間ピタリの11時に役場前に到着し、三好町の議員ら4人及び、名古屋組の3人が合流したのだった。
 ここからは名古屋実行委員会の担当となり、日曜日にもかかわらず対応をしてくれた三好町担当課長に対して、町に対する訪問挨拶を行い、申し入れ事項の見解を求めたが、丁寧な回答が返ってきた。
 庁舎前で記念写真を撮って、正午過ぎに三好町を出発、自転車隊は7人になった。日進までの道のりは、距離的には10キロ足らずであっても、起伏のあるコースで60代にとってはきついので、コース途中の愛知池近くと、名鉄豊田線の米野木駅で小休止し、そのあと、天白川堤防道路を気持ちよく走って、午後1時過ぎに日進市民会館前に到着した。玄関前には50人ほどの出迎えとカメラマンもいると言う歓迎ぶりであった。早速そこで記念写真。
 午後1時15分、日進市主催歓迎会開始、市の部長から歓迎の挨拶と市長メッセージを受け取り、ピースサイクル一行からは訪問とお礼の挨拶、更に申し入れに対する見解を受けた。会場には、地元の市民グループ、近くの大学から参加した大学生を含め、総勢60人あまりであったろうか。
 1時40分ころから、市民グループ主催の昼食会、交流会が始まり、カンパと共に日進の親子が折った折り鶴3000羽余(これに豊田市民の1000羽を加えて4000羽余)がピースサイクル隊に託された。
 テーブルには、カレーライスをメインに、バンバンジーと野菜たっぷりのサラダ、お茶、ジュースが並び、デザートは地元産と思われるスイカ、最後にホットコーヒーも出るという、いつもながらの大歓迎会が用意され、一堂大感激。40分あまりの自由時間は、別コーナーで開催されていた平和展に行って、それぞれ交流を図った。
 午後3時の出発時には雨がぽつりぽつり。それでも拍手と歓声を背に受けて市民会館を後にしたが、自転車隊は4人になった。大粒の雨、稲光、遠くに聞く雷鳴の中、天白川堤防をひたすら南下して、名古屋市に入るころには雨足も弱まり、河川敷の緑道に降りて走り続け、午後4時新瑞橋付近に到達。5時、金山近くの宿舎に到着。
 伴走車の到着を待って、荷物を下ろしてスーパー銭湯に行き汗を流し、この日の予定を終えた。
(追い書き)

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2008年7月26日 (土)

ピースサイクル愛知の第一日

 ピースサイクル2008「東海道・山陽道コース」は、今日の午後豊橋で、静岡・浜松グループから愛知にリレーされた。これから3日間の自転車による平和リレーが取り組まれる。
 今日は、最初の訪問地陸上自衛隊豊川駐屯地に向かうに先立ち、「自治体」むけの訪問あいさつ文が披露された。今日は土曜日であるから、例年の豊橋市、豊川市訪問は閉庁とあって取り組みはなし。明日は日曜であるが、「おいでんまつり」の豊田市を除き、三好町と日進市への訪問が予定されている。
 あいさつ文は各自治体共通である。
              
                 ごあいさつ

 自治体各位(共通)
 本日は、昨年(愛知県、名古屋市は一昨年)に引き続いて、私たち「ピースサイクル」一行の訪問を受け入れて戴きありがとうございます。
 ピースサイクル全国運動のうち、千葉県我孫子市を7月15日に出発した[東海道・山陽道コース]の本隊は、7月26日に愛知県入りし、豊橋、豊川(自衛隊)、岡崎、豊田、三好、日進を経由して、28日には名古屋(市役所、県庁)を出発して小牧市で岐阜のグループに引き継ぐ行程となっております。
 また今年は、豊田市在住の女性が広島まで自転車で走ります。これまでも中学生、高校生、大学生が広島まで走った実績がありますが、女性では初めてで、全国的に見ても“快挙”といえるものです。全コースを全うできるよう声援を送り続けたいと思っています。
 さて本日、貴庁を訪問するに当たって、予め申し入れ事項をお渡しし、その見解をお聞かせ戴けるものと思っております。
 それらの見解につきましては、地元のみなさんにもお伝えし、また、私たちの「平和と環境行政の推進」を求める立場から、今後の自治体への要請に際して参考にさせていただきます。

 ところで、昨今の政治・社会の問題を見ておりますと、衆議院の解散総選挙も取り沙汰されるも、政治に対する閉塞感、不透明感はぬぐえず、とりわけ、生活に密着した「増税と物価高」「年金、医療・介護の問題」「ワーキングプア・非正規雇用」「食料自給率・食品の安全」などの諸問題が押し寄せています。
 一方世界を見れば、地球温暖化による気候変動は、様々に自然災害を引き起こしています。そしてあろうことか、温暖化問題、エネルギー問題が「原発の推進」に転化されようとしていて、私たちは危機感を強めています。
 更に、オーストラリアの干ばつや、耕作地の砂漠化が進み、バイオエタノール生産への転化もあって食糧危機さえいわれ始めています。また、イラク、アフガン、パレスチナ、スーダンなどで戦争、紛争の戦火(戦禍)が絶えません。これまでにも増して、人類の生存、平和の灯(ともしび)が全世界にともることを願ってやみません。
 ひるがえって日々のくらしの中で、私たち一人一人が、そして地方自治体の議員、首長がいっそう気持ちを込めてこの国の行方、平和と、核の廃絶、住民の安全・安心をしっかり推し進めていかなければならないことを痛感させられますがいかがでしょうか。
 そうした立場から、微力ではありますが私たちは、このピースサイクル運動をより広く、より長く続けていく必要があると考えております。とりわけ、次世代、次々世代まで続くことを望んでいます。
 本日の要請訪問を受け入れて戴いたことに重ねてお礼申し上げ、ご挨拶といたします。

                2008年7月  日

              ピースサイクル愛知ネット
                 訪問団一同

26日の速報:豊橋公園正午集合。
12:55発-陸自豊川駐屯地13:50着(申し入れ、記念撮影)
        自転車:6人
        伴走車:3台(4人)が参加。 浜松グループ帰路へ。
14:10から豊川市・桜ヶ丘ミュージアムで開催中の
        豊川工廠展を見学(7名)
桜ヶ丘M15:00発 岡崎の向けて出発。伴走車1台帰路へ。
        自転車:4人(途中で1人帰路へ)
        伴走車:1台
                            事故なし。
                             

 

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2008年7月21日 (月)

試走

  ピースサイクルの準備
  26日から始まる「ピースサイクル・関東-広島(東海道・山陽道)ルート」の県内コースに先立ち、昨日は、自転車屋でタイヤの交換と整備をしてもらって、今日はコースの一部を試走した。
 自転車は4年ほど前に購入したもので、18段変速アルミフレームであるが、見た目はマウンテンバイクであっても、実際はオンロードタイヤのシティーサイクル車と差異はあまりない。つまり低価格車なのである。
 本格的なものに乗り換えようかなと気持ちが揺れたが、年齢や使用機会、使用頻度を考えた結果、オフロード(もどき?)のタイヤ交換だけにした。
 早速今日は、日進市の米野辺りから天白川沿いに走って、交流会場の市民会館へ行き、更に市役所横の「にぎわい交流館」に寄った。ここでは3年前から「ピースサイクル展」が行われているのだが、今年は2~3日前に終っていた。“やっぱりそうか、来てみたかったがリンクスに追われていたからなあ、今年は”と諦めた。係の人からお茶を供されたのでのありがたく戴き、来週市民会館の方へ寄りますと告げて、コースに戻った。
 日進市役所前の天白川堤防道路をひたすら下って、名古屋市に入り、天白区の平子橋まで1時間強の試走であったが、汗びっしょり、日焼け止めクリームを塗った両腕はよかったが、顔と首の後ろは赤く焼けた。
 コース上は、昨年と較べ特別な変化はなかったが、やはり地理感覚はさして衰えていない気がしても、ぶっつけ本番ではまずいなあと感じたこと、工事中の箇所がなかったこと、休憩箇所を確認しただけでも試走の甲斐があった。あとは保険手続きなどを進める。

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2008年6月23日 (月)

沖縄戦終結63周年

 ピースサイクル一行も参加
 今日は沖縄戦が終結した日といわれ、現地では「慰霊の日」として全戦没者に対する追悼の式典が行われた。黙祷が行われたという正午、その時私は、雲間のわずかな晴れ間を見て、洗濯ものを干していた
ころだと思うが、南の方に向いてTシャツをハンガーに吊るしていても、「沖縄戦終結63周年」を思い浮かべることができなかった。夜、豊田から帰って夕刊を見て気付かされたのだった。そしてすぐ「そうだった!ピースサイクル沖縄コースが走行中なのだ」とすぐに連想したのだった。
 その「沖縄ピース」が当初計画のままで進んでいれば今日は、「自転車にて宜野湾市発、糸満市の国際反戦沖縄集会に参加」しているはずだ。そして、過ぐる21日には沖縄県北部へ車で移動して、東村の高江で「ヘリパット建設反対協議会」との交流を済ませているはずである。その日のために「ピースサイクル愛知ネット」が送ったメッセージは、以下の通りである。
  「・・・さて、東村高江地区でのヘリパッド建設に反対するみなさまに、激励のメッセージを送りたいと思います。基地建設といえばまず、航空機の墜落や不時着などの事故が予想され、飛行に当たって飛行ルート沿いや基地での整備・試運転での騒音が心配されますが、それらについてきちんと説明がなされているのでしょうか。
  また、環境への影響は基地周辺の住環境、騒音だけではありません。基地予定地近くにはヤンバルクイナの生息域があるとお聞きしており、悪影響を与えることは避けられないでしょうから心配です。
  思うに、ヘリパッド基地建設はそうした地域的な影響が第一ですが、米軍再編という中で、沖縄全体が米軍の極東地域の前線基地として強化、永久化されることが懸念されます。なんとしても、基地建設を阻止したいものです。・・・」
 このようにメッセージまで送られているのに、今日という日を失念しているとは!これが「本土感覚」というものなのだと思うと、ちょっと情けない。

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2008年5月30日 (金)

国会ピース2008

 5か所を要請訪問
 名古屋発6時50分の「のぞみ100号」で東京へ、そして秋葉原で乗り換え市ヶ谷へ。8時50分到着。「国会ピース2008」がスタート。小雨模様で自転車の参加者はやや少なく最大時で5台。地下鉄などの利用組みを入れて最終的には22名の参加であった。
 市ヶ谷はもちろん防衛省で、ここでは門前で「米軍再編反対、沖縄辺野古における米軍基地計画の撤回」の申入れ文書を朗読して手渡した。2年前に続いて2回目の申入れ参加であった。そのあとシュプレヒコールをあげて新宿に向った。
 西新宿にある東京都教育委員会での申入れは、都の2号庁舎16階の一室。ここでは「日の丸・君が代」強制に抗議し全ての処分と「10・23通達」の撤回を申し入れた。この通達とは、都立の学校の入学式、卒業式における「日の丸・君が代」を強制するもので、従わないものは処分すると言うもの。前日「板橋高校事件・控訴審」判決で敗訴という情報もあって、都教委の対応をメンバーは気にしていた。
 話し合いでは、対応が問題所掌の担当部「指導部・人事部」ではなく「情報課」ということが問題だと追及したが、「必ず担当部署に伝える」ということで逃げられまた。また問題のことごとくで「係争中につき回答は保留」という答え方の鸚鵡返しであった。(ああ、どこも同じ役人の対応だこと!)
 係争中だからなんだ、判決が確定するまで何も答えないということは、その間の業務が止まることなのか、現業務の正否が確定していない以上、その遂行は「係争中」という言辞と合致しないのだ。「係争中ではあるが、都の主張はかくの通りである」という説明があってしかるべきだが、中味に入り込むと追及から免れ難いから入り口論争に終始するのである。
 都庁内で昼食後の午後は、東京電力と外務省グループに別れ、外務省では「名古屋高裁判決の違憲判決に従え、憲法九条を守れ。イラクからの自衛隊早期撤退、戦争ができる国づくりの放棄」を求めた申入れを。東京電力では、柏崎・刈羽原発の断層問題に対する要望を出すと共に、使用済み核燃料棒の中間貯蔵、再処理問題、高レベル核廃棄物の処理問題、プルサーマル問題、六ヶ所村での原発から出る排水の海洋投棄、地球温暖化にCO2を出さないという原発のうそ、などについて質問を集中。
 東電側は、いずれの問題についてもおかれている厳しい状況から、資料を揃え弁明することに終始していたが、担当者こそが、原発の怖さ、危なさを知り尽くしているに違いないと思った。そして、申し入れる側からの「市民情報」もまた、有効であろうということも、かいま感じたものであった。これが官と民の違いかもしれないが、本来は逆でもあり、公共性という観点からすれば、防衛省も外務省も、都も東電も情報は最大限公開すべきであるし、訪ね来る市民に対しては最大限の説明あってしかるべきである。
 最後は合流して内閣府を訪れ、それぞれの訪問先の内容、・要旨を口頭で説明し、全国から集めた署名用紙を手渡した。それにしても、ちょっと、いやかなり少ないように思えた。1千筆をかなり下回っていたのだから。
 内閣府の記者クラブの食堂で総括を行い1日の行動を終えた。有楽町で懇親会後、今晩は大分のIさんと共にHさんの家でお世話になることになり、細かい雨が降り続いていて、やや寒い中横浜に向った。
 明日は「美術館・博物館巡り」を予定しているのだがどうなるか。

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2007年11月21日 (水)

2008年の活動提案・PC全国会議・5

 愛知からの意見と提案
 会議に先立ち1か月前に、事務局から次の設問が出された。
・全国ピースサイクルとしての主要共通課題について
・国会ピースサイクル(スプリングピースサイクル)の取り組みについて
・ピースサイクルとしての新しい発想と取り組み
・全国ネットの運営について
・全国ネット会計(分担金等)について、その他
 これに対して愛知からは以下の内容で事前に回答した。
1)憲法改悪阻止を最前面に。衆議院解散総選挙には、護憲派候補の支援を。原発の震災に対する、廃炉の運動に連帯。被爆者の認定・支援の運動に連帯を。
2)スプリングピースは、実体化していない。今年は「メッセージ」だけで、全く対応できなかった。取りやめるか、地域限定か、国会要請だけに限定するなどの見直しを。
3)ブロック内の連携-東海ブロックの共通項は「基地」(浜松、小牧、岐阜)と「原発」(浜岡原発、中電本店、東濃の核のごみ埋め立て)。これらで持ちまわり会議・ツアーができないか。
4)引き受ける地域ネットは大変だと思う。愛知は引き受ける体制にない。ネットの充実化で補完する体制をつくる。パソコンに習熟してない問題もある。
5)必要経費の積算で現実的な金額の設定を。資金集めは運動と連動する。本走だけでは、分担金を集めるには至らない。多くは個人負担となる。集め方の事例を出していただければ。
6)ピースサイクルの「旗」はよかった。次に「のぼり」、小型の「三角旗」(ハンドルにつける程度)、小型のカンバン(例:稲田さんの考案)の共通デザイン。これらの共同制作はどうか。案を出し、地区で見積もりを取り、安い地区で一括制作する案も。
更に付加して、
・地方議員との連携の効果は大きい。各ネットの実態を聞きたい。愛知では、豊田、三好、日進で直接支援を受けている。名古屋市議、愛知県議では民主党の議員の仲介を受けている。選挙時の支援で相互関係。
・サイクリングの良さ、楽しみが日常的にあることも大きな要素としてある。取り組みたいものだ。
・なんといっても、運動の年齢的、世代間リレーが必要。ないとすれば終焉も止むなし。
・“あと何年くらい続けるのか、ぼつぼつその目標が欲しくなってきた”という、定年近い人の声があった。もちろん、それの答えはない。だが、その心情は正直なところだろう。
 
 他の地区からも様々な意見などが出されていたが、時間的な制約の中で、個別的に議論され、あるいは掘り下げての議論はわずかであった。それは同時に、このピースサイクルの組織自体が単一組織の本部、支部関係ではなく、自主、自立のネットワークであるから、全体で確認してもそれらは“統一行動”となりにくく、各ネットの判断に依拠することになり、従って議論するに至らず、参考、ヒントとして報告にとどまるからでもある。
 さて、全国会議の経過などの報告は、ここまで書き進めてきたからいいとして、2008PC・愛知ネットの提起をどのようにしようか、思案に暮れているところである。(完)

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2007年11月20日 (火)

「9条世界会議」への取り組み・PC全国会議・4

  2008年5月幕張メッセ他で開催予定
 ピースサイクル全国会議で、取り組みが呼びかけられた中に、「9条世界会議」があった。
 主催は実行委員会であるが、そもそもこのキャンペーンを始めたのは、「国際交流NGOピースボート」と「日本国際法律家協会」であった。そして、紛争予防のための世界的NGOネットワークGPPACをきっかけに2005年に活動を開始したということである。
 この「グローバル9条キャンペーン」について、HPで検索したところによると、以下の通りである。
 ・・・日本が「国」として「もめ事を解決するために武力は使わない」「その手段としての軍隊も持たない」と決めた憲法第9条。その理念や平和主義を、世界の人々に知ってもらい、もっともっと広めていこう、というのが「グローバル9条キャンペーン」。
 憲法第9条は、日本が世界に対して、自動車やコンピュータ以上に誇れるものです。そんな9条を、世界に輸出しよう!という考えのもと、今後もイベントやネットワークを通じて活動を展開しています。
 9条を世界に発信する前に、国内での改憲問題に取り組むべきという見解もみられています。しかし私たちは、私たちならではのネットワークを通して、9条を支持していくという意志を隣国に伝えるとともに、世界からの関心の強さを国内に反映させることによって、悲惨な戦争を体験せず憲法9条改正に対する抵抗が弱まった日本現代に、9条の重要性を再確認して欲しいのです。そして「二度と過ちを繰り返さない」というアジアの人々に対する誓いを守っていくために、今後も前向きな活動を続けていこうと考えています。
 現在予定されている日程は、
2008年<5月3日 憲法集会・東京(別団体の主催)>
     5月4日 9条世界会議・幕張メッセ 7000人規模
     5月5日 分科会及び地方会議・広島の同時開催
     5月6日 地方会議・仙台及び大阪
世界からのゲスト
コーラ・ワイズさん 米・ハーグ平和アピール代表
マイレッド・マグワイア 北アイルランド・ノーベル平和賞受賞者
 その他の著名な平和運動家の招聘計画が進んでいるという。
 ピースサイクル全国会議では、各地の「九条の会」に参加、連携しながら、憲法9条を守り、活かし、世界に広める運動の重要さを確認し、この「9条世界会議」の賛同団体として参加することを決定した。
 賛同、カンパなど詳しくは、下記のHPに。

http://www.article-9.org

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2007年11月19日 (月)

六ヶ所再処理工場・PC全国会議・3

 六ヶ所再処理工場を稼働させるな!
 ピースサイクル運動の取り組みは「反戦平和と核の廃絶」が両翼である。加えて反戦平和に人権、核の廃絶に環境がリンクしているように思われる。もっともそれら全てにつながりがあることはいうまでもない。
 さて、その中で「六ヶ所村ピース」の取り組みは、首都圏のネットが担当し今年で13回目になる。かつては部分的に車を使いながらも、自転車リレーで東海村を出発して六ヶ所村まで走っていたが、今年は現地集合で車による現地視察と要請行動となった。
 ピースサイクル一行が掲げた今年のスローガンは、「下北半島を原子力半島にするな!プルサーマル反対 再処理工場をとめよう!の世論を!」というものであった。そして「ドイツで行われた『ハイリゲンダムサミット』では、待ったなしの地球温暖化対策・温室効果ガスの排出量対策で、拘束力を持つ具体的な数値確認が、米国や日本の反対で実現できませんでした。地球環境をこれ以上破壊しないためには、再生可能な自然エネルギー等の利用が大きく求められています。ところが日本政府は、自然エネルギーの利用に消極的ばかりか、地球温暖化対策の一環として原発推進を強化しようとしています。この愚かな選択は許されません」「下北半島での原子力半島化は、着々と進んでいます。その中心こそ核燃施設です。核燃料サイクル施設は、ウラン濃縮工場と低レベル放射性廃棄物埋設施設、再処理工場、海外返還高レベル放射性廃棄物施設の4点セットです。・・・」
「私たちは、六ヶ所村を核のゴミ捨て場にしない、日本を核武装させない・・・現地でがんばる反核燃の人々と交流し・・・反核燃の輪を全国各地に広めていきたい・・・」
 このようにして8月4から6日までの3日間、12名が参加して「六ヶ所村ピースサイクル」が行われたのである。
 会議の終った11月18日の午後私は、日比谷野外音楽堂で開催されている、「『 NO NUKES  MORE HEARTS 』 ストップ再処理 集会&パレード」に途中から参加した。
 呼びかけには、「年内11月の予定だった本格稼働が来年2月に延期となった青森県六ヶ所村にある再処理工場。現在は『アクティブ試験』を行っており、 試験過程において放射性物質の放出が続いている。地震大国日本、ゆらぐ柏崎刈羽原発、全国の関連核施設・・・。」とあって、集会の狙いは原発、各施設の危険性について、遥か彼方の下北半島にあることで関心が薄い都民への注意喚起であった。
 リーフレットによれば、「もし六ヶ所再処理工場の使用済み核燃料を貯蔵しておくプールで大規模な放射能放出事故が起きた場合(プールの最大貯蔵量3000トンに内蔵される放射能のうち1%が環境中に放射されたとして想定すると)」半径73、5キロ以内は全数死亡、東京も含まれる半径691、1キロ以内では急性障害発症の被爆となるという。
 これでも実感は伝わらないであろう。デモでは会場から東京電力前、数寄屋橋交差点、東京駅八重洲口前、常盤公園までの2キロであったが、沿道からの視線はこちらに向けられていても、マイクからの「再処理工場」「プルサーマル」「プルトニウム 角砂糖5個分で日本全滅」などは、中々入っていかないのではないか、そんな気もしたが、このように声をあげていくほかないということでもある。 
(追い書き)

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2007年11月18日 (日)

ピースサイクル全国会議・2

2008PCの課題
 会場周辺では、1年前の会議で工事中だったビル複数が完成して、築年数の多い2階建ての「浜松町海員会館」は、旧芝離宮に隣接していなかったら、殆んど日の差さないまま埋没してしまっていただろうと思われる。いずれ高い地価で売却されるか、高層ビルに建て替えられるかして、一泊3000円前後のこの会館利用も難しくなるかもしれない。
 もっともそんな東京の事情を心配するよりも、このピースサイクル運動がどこまで継続されかの方が心配であった。いや、少なくとも地方、愛知に限ってかもしれなかったが。
 2日目の討議で用意された「2008年全国ピースサイクルとしての主要共通課題について」という提案を見て少々ビックリした、というより「この網羅主義の政治性」と、ピースサイクル運動の実態との乖離を「首都圏と地方」の違いとして感じたものだった。
 レジュメは、全部で9項目あってそれがまた数項目の具体的課題を示していた。①の「夏のピースサイクル成功に向けての取り組み」は、この運動の基本的なことだから異議はなかったが、以下②憲法9条を守り、活かし、広げる取り組み ③日米軍事同盟強化に向けた在日米軍再編反対と沖縄米軍基地返還に向けた取り組み ④政治課題に向けた取り組み(福田首相へのメッセージ、新テロ特措法、朝鮮半島、G8、衆院選挙)⑤海外からの自衛隊即時撤退への取り組み ⑥戦争のできる国家への線上にある靖国問題とアジア重視の外交に向けた取り組み ⑦脱原発社会実現に向けた取り組み ⑧人権の確立と保護に向けた取り組み ⑨自然との共存、共生社会の創造。
 こんな具合だから、思わずため息が出てしまった。もっともこれらは、突如としてでてきたわけではなく、この数年の議論の経過を踏まえてのことであるから、問題は、前日の「運動全体として後退局面」と言う実態との差を、どんな形にするかであった。
 私は口火をきって「課題が網羅されているが、よろしいですか、と問われてもいいとはいえない。①を除いて、重点項目というか、これだけは取り組もうという指針がいるのではないか」と発言したが、他にも多くの意見が出されて、結局①の項目を“主文”とし、②以下は並列記載として、できるだけの取り組みまたは努力目標という位置付けを薄めて、地方、地区で取り組み可能な選択肢としての“メニュー”ということで落ち着いた。
 次回から事務局を担う首都圏の意気込みが反映された提案であったが、政治情勢、政治局面を日常的に肌に感じる首都圏と、マスコミ情報が主である地方との意識の格差は止むを得ないだろう。首都圏グループが政治的にリードする、六ヶ所、広島・岩国、長崎、沖縄などで運動の正面に位置する地方、そして基地問題、原発のない地域での「市民感覚」など、それらの違いを超えて「反戦平和、核の廃絶、環境、人権」を共有する連帯感を基軸に、サイクリングという遊び心を使いながらその地に根付く運動を進めることになろう。
 2008年の政治状況を勘案して、本走のマップの作成を1ヶ月前倒しして3月末に各ネットに配布。「国会ピース」(スプリングピース)はリレー式から首都圏1日行動及びメッセージ集約重視に体制を組む。沖縄ピース、六ヶ所村ピースの取り組みを充実化させる、などが決り、来年の日程を決めて散会した。
(追い書き、続く)

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2007年11月17日 (土)

ピースサイクル全国会議・1

 総括と2008PCのスタート
 「反戦平和、反核、環境、人権」を主たる課題とする「ピースサイクル全国運動」の、2007年の総括と2008年のスタート会議が、東京の海員会館で開催され、全国12地区25人が参加した。
 会議の呼びかけは以下の通りである。
 「6月の沖縄から始まった2007ピースサイクルも、8月9日の長崎到着をもって、22年目の夏の全国ピースサイクルは、重大事故もなく終了する事が出来ました。これも全国各地域ネットワークのみなさんの熱い想いと努力と同時に、私たちを支えて下さる多くの市民の協力のおかげと感謝します。本当にご苦労さまでした。
 とうとう安倍晋三首相が辞任しました。国民に信を問うた参院選で歴史的大敗を期しても続投表明し、内閣改造、国会での所信表明演説後の代表質問直前での辞任表明という前代未聞の退陣劇、辞任理由が選挙での大敗でなく、『テロ特措法』延長の見込みが立たずブッシュとの約束が果たせないので総理をやめるという、国民に対し無責任でまさにアメリカのための政権、それが安倍政権と自公与党の本質であることを露呈する結果となりました。しかし、安倍政権一年間での教育基本法改悪、国民投票法等の成立は、強行採決にせよ成立させてしまったのも事実です。タナボタ的に首相に選ばれた福田内閣も本質は変わりません。私たちは平和で安心して暮らせる社会の実現に向け一層努力と創意工夫をする必要があります。
 この全国会議は、今年の総括と次年のスタート会議を兼ねた会議となります。各地域ネットワークは来年を見据えた展望のある総括を実施し、早急に来年へ向けた計画をお願いします。また、全国事務局も首都圏へ移管され一新されます。下記の通り『ピースサイクル2007全国会議』を開催し、勇気と希望を持って新しい一歩を踏み出す活力ある会議にしたいと思います。全国各地域のみなさんの参加を呼びかけます。」とあった。
 1日目は総括であったが、まず安全走行を第一とする観点からは、愛知での転倒事故1件(無傷)のみで無事終了が確認されたが「高齢化による体力不足からくる事故が心配です」(岐阜)という反省も寄せられた。そして走行キロ数の累計(各地区走行距離×参加人数の全国集計)は、24186キロで、天候の影響もあったが、参加人数の低下で昨年の約60%にとどまった。
 そのほか、沖縄、長崎、広島、六ヶ所、ピースサイクルへのメッセージの集約は237通。国会ピースで安部首相宛が204通、訪問自治体数が77など。これらが主要な数字。
 ここで問題となったのが、内閣府に提出した安部首相宛のメッセージ204通という、数の問題で1桁少ないというものであった。ただ、住所と氏名だけの署名と、要請事項を文章として記入するメッセージとでは“質的”に違うのであるが、やはり“数”が問題とであるというのが首都圏の見解であった。もっとも、東京都教育委員会、防衛省、東京電力、外務省、内閣府への申し入れは、他に類例を見ない独自の、効果的な運動であることから、明日の討議事項にかけることとなった。
 他に、沖縄ピースの報告、六ヶ所村ピースの報告があったが、沖縄ピースの更なる参加が呼びかけられ、六ヶ所村では、かつてのようなリレー式から現地集合になって、車で六ヶ所村、原燃本社、青森県庁への訪問と申し入れに当たっては、日程上車で移動した。この点について、「自転車で走らないピースサイクルというのはどうか」という疑問と反省点が出された。
 全体的には、運動として後退局面にあるとして、全国事務局がこれまでの長野から首都圏に変わるこの機会に、“テコ入れ”されることになろう。ホームページの管理は引き続いて長野が担当する。
(追い書き、続く)

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2007年11月15日 (木)

ピースサイクル07・報告集

 全国会議へ、やっと出来上がる
 17日の土曜日の午後から日曜日の午前中にかけて、ピースサイクルの全国会議が東京で開かれる。関東から九州まで毎年25人前後の参集であるが、今年の総括と来年の企画などが議論される。
 それに伴って、愛知からの報告と問題提起を持参しなければならず、報告集のとりまとめが宿題となっていた。その作業を昨日から精力的に取り組んで、今日の夕方、32ページの版下が完成し、明日の午後印刷・製本にかかる。素材は手元に用意してあったが、何事も、ギリギリにならないと、ことは進まないものである。しかも、まとめの段階で“抜け落ち”部分が見つかるものである。さらに製本上、4ページ単位が求められ、今日も29ページで止まったので、資料を添付して32ページとした。
 表紙、目次をつけ、ピースサイクル(PC)愛知の全日程・報告/PC2007愛知コースの完走記/PC全国会議への報告/訪問通知書&申し入れ書・Ⅰ&Ⅱ/自治体からのメッセージ&平和宣言等の資料/フォト:ピースサイクル東海の仲間&愛知のチリリン記&平和をリレーする全国の仲間/沖縄県知事、広島市長、長崎市長へ愛知からのメッセージ/資料:安全なサイクリングの心得&参加申込書&承諾書/・あとがき
 という具合である。
 「『少子高齢化』がストレートに当てはまるピースサイクルですが、今年の日進での交流会場に登場した学生たちに期待したいものです。しかし、“オヤジ的発想”では願望に過ぎないでしょう。平和運動そのものは、パフォ-マンスが全てではありませんが、興味をそそられ、魅力的なイベントが巷に目白押しの中では、“平和の鳩”も注意を引くことができません。
 自転車そのものは、子供たちにとって魅力的な“アソビ道具”です。どこの家庭にも1台や2
台はきっとあるでしょうし、ターミナル、学習塾周辺には溢れています。自転車の数だけピースサイクリストが出てくれば、それが平和なのだと思います。」
 というのが“あとがき”であった。

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2007年10月 6日 (土)

一つの平和運動のゆくえ

ピースサイクル・愛知での意見交換
 ピースサイクル2007を終えて既に2か月あまりが経ったが、愛知ネットの意見交換の場が持たれた。
  今年7月の本走の経過をたどりながら、来年の取り組みを話し合う場ではあるが、この数年はメンバーも固定しており、自転車の走行コースにあまり変化がないこともあって、話題は、隣県の静岡や岐阜の様子はどうか、日進市長選挙は惜しかったが、来年はどういう対応になるだろうか、そんな話題には盛り上がっても、本題については口ごもりがちになってしまう。
  “リレー”という点が、この運動を維持している面は否定できない。各地区独自の取り組みだけなら、つける理由はいくらでもあるから一たび休止すれば、たちまちこの運動は終ってしまうだろう。そんなに脆いものかといわれれば返す言葉もないが、20年続けて、その当初世代が、50台半ばを過ぎ、また“定年”を過ぎれば、後からくっついていくことはあっても、先頭を切ることの負担は大きいということだと思う。
  という消極面がいつの場でも前面に出るのであるが、各人の顔を見ている限り、それが特段深刻な状況とは思えない面もあるのである。その背景には、負担は大きいけれども、自転車で走ることは結構楽しい面もあるし、平和や核の問題への意識の高さは、高まることはあっても、遠ざかることはないということであろうか。
  また、「政治スローガンだけが先行して、平和のための運動を広く楽しくやろうよ、という背景が後退している」と言う発言も現状を反映している点であろう。
  今でも「平和行進」が続いているようであるし、部分的ではあるが「ストーンウォーク」というのも西の方で、あるいは韓国で行われた。
  反戦平和の願いは永続的なものであるが、その運動には浮き沈みがある。それは“時流”もあるけれども、担い手が職業的ではなく、一定ではあり得ないからでもあろう。リーダーも参加者も、個人的な生活面での変化が影響するし、世代的な引継ぎが進まないことも要因としてある。
  “一人になってもがんばる”という固い決意、精神論的な運動もあるけれども、出来れば「広く、長く、おもしろく」続けることが大切ではなかろうか。また、他の運動とも交わりながらも、「合同、統一、共闘」にこだわらずにマイペースで進めることも継続の要だと、あらためて思ったこの日であった。

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2007年8月 9日 (木)

田上長崎市長への平和メッセージ

 ピースサイクル運動の一つとして、長崎市長宛ての平和メッセージを送る運動がある。今年は、愛知ネットからのこのメッセージのほか、三好町長、日進市長、コスモスの会日進からも送られた。
長崎市長 田上 富久 様
                       2007年8月4日
                    ピースサイクル愛知ネット

   平和を願い、被爆者に心寄せる愛知からのお手紙
 拝啓
 今年もまた暑い夏と共に、8月9日の忘れ難き「長崎・原爆の日」がやってきます。
 昨年は、伊藤一長市長が平和宣言の冒頭で、核軍縮が進まない現状に対し、「人間は、一体何をしているのか」と怒りの言葉で切り出し、「61年たった今も長崎は怒りと失望感であふれている。核保有国は、核兵器削減へ向けた真剣な努力をしていない」と述べ、さらに「世界の核不拡散体制は、崩壊の危機に直面している」と強く訴えました。その市長は凶弾に倒れ今はいません。しかしその意思は長崎市民、県民、新市長と共に、日本国民が共有し続けています。
 遅まきながら1986年から始まった私たちの「ピースサイクル」運動は、今年で22年目を迎えました。その「平和とすべての核の廃絶」をめざす自転車リレーは、8月5日に広島に到着し、8日に長崎市に到着する予定です。
 さて、去る7月30日、広島、長崎で被爆し「原爆症」の認定を求める裁判で、熊本地裁は原告勝訴の判決を出しました。これは、昨年8月の広島地裁判決、今年3月の東京地裁判決を含め6度目の原告勝訴判決であり、被告である国が厳しく断罪されたものであります。
 戦後62年を経たなお、このような裁判が続けられ、お歳を召した「原告」のみなさんが裁判所に通い続けねばならない現実にこそ、私たちは怒りを新たにすると共に、この国、この社会のありように深く思いをいたしているところです。
 戦場で、戦災で命を落とし、また飢えと病気で300万人余の命が失われたかの戦争を忘れることはできません。そしてその戦後は、未来永劫「不戦と平和」を誓ってこそ、死者への鎮魂であり、子々孫々に伝え、引き継いでいくことが残された私たちの努めであります。
 思うに、昨今の憲法改正論議を聞くにつけ、「国際貢献」とか「国の防衛・安全」という名のもとで有事法制等が制定されるなど、再び戦争のできる国になってしまう危惧がいっそう高まってきました。「不戦と平和」は、スローガンだけでなく、広く市民の実践的な運動として根付かせていかねばならないゆえんでもあります。もとより私たちもその一端を担っていきたいと思っております。
 一方、「原爆」をテーマとした、映画や文芸作品が取り上げられるケースが増えてきたといわれています。戦争体験者、被爆体験者が少なくなる中で、原点を見つめ、想像力を高め、豊かにしていくこれらの地道な作業もまた、大切なことであると思っています。

 今年もまた愛知から「平和のメッセージ」をお届けします。どうか、これをもって、この愛知から、長崎の地に思いを馳せ、共に恒久平和を願っている気持ちをおくみ取り下さい。
 この愛知では、自治体訪問で「反戦と平和、全ての核の廃絶」を行政に反映させて欲しいことを申し入れ、西加茂郡三好町長(直便)と日進市長から、田上市長宛のメッセージを戴きました。
 田上市長におかれましては、8月9日の式典で、長崎市長という立場からだけなく、自らの思いを込めて「長崎平和宣言」をお書きになり、読み上げられることと思います。私たちもその「宣言」に接して、新たな認識と勇気をいただきたいと思っています。
 最後に、貴職のますますのご活躍と、平和への取り組みを期待しております。
                                 敬具

          ピースサイクル愛知ネットワーク
                

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2007年8月 6日 (月)

秋葉広島市長への平和メッセージ

 ピースサイクル運動の一つとして、広島市長宛ての平和メッセージを送る運動がある。今年は、愛知ネットからのこのメッセージのほか、三好町長、日進市長、コスモスの会日進からも送られた。
広島市長 秋葉 忠利 様
                         2007年8月3日
                       ピースサイクル愛知ネット

   平和を願い、被爆者に心寄せる愛知からのお手紙

 拝啓
 今年もまた暑い夏と共に、8月6日の「広島・原爆の日」がやってきます。恒例の、その「式典」には、核保有国を含め、昨年の36か国を上回る国の参加が期待されています。参加されたすべての人の胸に、二度とあってはならない原爆の悲惨さを刻んで戴き、全世界がすべての核を廃絶する流れへと向かう運動に寄与されんことを望まずにいられません。
 遅まきながら1986年から始まった私たちの「ピースサイクル」運動は、今年で22年目を迎えました。その「平和とすべての核の廃絶」をめざす自転車リレーは、8月5日に広島に到着し、夕方からの「8・6ヒロシマ平和へのつどい2007」という市民集会に合流する予定です。この集会では「変わる時代 変わらぬ誓い 平和の希求」を合言葉にしています。

 さて、去る7月30日、「原爆症」の認定を求める裁判で、熊本地裁は原告勝訴の判決を出しました。これは、昨年8月の広島地裁判決、今年3月の東京地裁判決を含め6度目の原告勝訴判決であり、被告である国が厳しく断罪されたものであります。
 戦後62年を経たなお、このような裁判が続けられ、お歳を召した「原告」のみなさんが裁判所に通い続けねばならない現実にこそ、私たちは怒りを新たにすると共に、この国、この社会のありように深く思いをいたしているところです。
 戦場で、戦災で命を落とし、また飢えと病気で300万人余の命が失われたかの戦争を忘れることはできません。そしてその戦後は、未来永劫「不戦と平和」を誓ってこそ、死者への鎮魂であり、子々孫々に伝え、引き継いでいくことが残された私たちの努めであります。
 思うに、昨今の憲法改正論議を聞くにつけ、「国際貢献」とか「国の防衛・安全」という名のもとで有事法制等が制定されるなど、再び戦争のできる国になってしまう危惧がいっそう高まってきました。「不戦と平和」は、スローガンだけでなく、広く市民の実践的な運動として根付かせていかねばならないゆえんでもあります。もとより私たちもその一端を担っていきたいと思っております。

 今年もまた愛知から「平和の折り鶴」「平和のメッセージ」をお届けします。どうか、これをもって、この愛知から、広島の地に思いを馳せ、共に恒久平和を願っている気持ちをおくみ取り下さい。
 この愛知では、自治体訪問で「反戦と平和、全ての核の廃絶」を行政に反映させて欲しいことを申し入れ、西加茂郡三好町長と日進市長から、秋葉市長宛のメッセージを戴きました。
 秋葉市長におかれましては、毎年8月6日の式典で、広島市長という立場からだけなく、自ら思いを込めて「広島平和宣言」をお書きになり、読み上げられていることと思います。私たちもその「宣言」に接するにつけ、新たな認識と決意を覚え、勇気をかきたてられてきました。
 最後に、貴職のますますのご活躍と、平和への取り組みを期待しております。
                                 敬具

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2007年8月 4日 (土)

広島、長崎へメッセージを送る

 おっと見過ごすところだった
 愛知のピースサイクルが終るころ、六ヶ所村町、広島市長、長崎市長宛にメッセージを送ることになっていたのであるが、ついホッとして他事に気が行ってしまい手付かずだった。
 昨夜は、購入したばかりの本に熱中している最中に気がついて、すぐさま取り掛かったが、そうたやすく書けるはずもなく、今日の午後過ぎになってしまった。
 3日締め切りの六ヶ所村は断念、4日締め切りの広島はメール、7日締め切りの長崎は午後投函となった。当該から督促があって気が付くことが多いのであるが、それでも、目の前のことに忙殺されるとつい忘れてしまう。当面の作業を追っかけるだけで精一杯と言うところがあって、これは記憶力と実務能力の低下の証左であろう。そういう自覚が必要で、その自覚さえあれば、もう少し前もって段取りをつけることもできたかもしれない。
 そういえば、7月31日の「国賠田中訴訟」の公判の傍聴について、すっかり失念していて、2日経ってから人様のホームページを見て気がつく有様である。
 こうなると、外出時の火の元、電源、鍵かけが心配になってくるし、依頼事、預かりものの忘れに、何らかの防御策が必要だ。
 それで今年のメッセージは、昨年のものをベースにしているが、原爆症訴訟で7月30日に出された、6つ目の熊本地裁判決を取り入れた。「62年を経てなお裁判所に通う原告」について。また、長崎市長宛では、凶弾に倒れた前市長についても冒頭で触れたのが大きな違い。
 それぞれ、6日と9日にこのブログで紹介したいと思う。

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2007年8月 1日 (水)

折り鶴を広島へ送る

 運動の世代リレーを望んでいるが・・・
 ピースサイクルで、日進の人たちから預かった折り鶴を広島に送る作業をした。
 数えてはみなかったが、“千羽鶴”の4倍くらいあったのではないだろうか。
 絹糸で通して束ねた一つが100くらいの折り鶴があり、それが少なくとも40以上はあった。母親に折り方を教わった子どもたちが一生懸命折ったものであり、加えて今年は、学生たちが折ったものもあって、色とりどりでたくさんの折り鶴を届けることができた。
 段ボールから一度取り出して絡み合ったものを解きほぐす作業が大変で、束ねる元のところをガムテープで段ボールの壁面に固定し、そこから取り出せば絡まないように入れ直した。もっとも、束ねた一つ一つは新聞紙にくるめばよかったかなと思ったが、送ったあとに気がついた。
 送り先のPC広島ネットのみなさんには、広島原爆記念公園まで運んでもらうことになるが、折り鶴専用の掛け棚があると聞いているから、当分の間、雨露はしのげ、祈りを捧げてくれるだろう。
 炎天下、あるいは風雨の中を自転車で走ってリレーする者あれば、それをサポートする人もいる。自治体訪問では、そのつなぎ役をかってくれる市民、議員もおられ、交流のある会場では、その飾り付けや昼食のお世話をしてくれる人たちは縁の下の力持ちだ。
 このようにして、運動の裾野の広がりがますます期待され、“来年もまた来てください、待っています”といわれると嬉しくなるが、主催する側の高齢化はいかんともし難く、平和の自転車リレーと共に、運動の世代リレーがなされることを望まざるを得ない。

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2007年7月28日 (土)

ピースサイクル・愛知ネット(3)

  7月28日は、名古屋から各務原まで
 愛知県庁9時に集まったのは、伴走車2台、自転車6名。そこへ自転車で通りがかったNさんが、様子を聞いてその気になったらしく急遽参加することになった。年齢とか、自転車の整備状況も気になったが、保険の未加入が心配であった。この日は他にも未加入者が一人いた。
 途中で遅れての参加者一人が休憩地点で合流し、小牧までは8人の自転車隊で、ようやく“隊”と呼ぶにふさわしい陣容となった。
08:25 宿舎を二人で出発。愛知県庁前に52分に着いた。
09:20 伴走車2台、自転車7名で出発。途中で1名が合流し8名に。
10:20 自衛隊小牧基地正門横のコンビニに到着。
10: 35 ピースアクションと岐阜ピースのメンバー3人と合流し、小牧基地司令に申し入れ。(全体で約30名 ~11:05)
      小牧武道館で昼食と岐阜ピースへの引継ぎを行う(10名 ~12:00)
      小牧発-伴走車4台、自転車6名
14:00 「東濃コース隊」と合流し、航空自衛隊岐阜基地(各務原市)に申し入れ。(18名~14:20)
 ここで全員写真を撮り、愛知ネットは帰路に着いたが、一人が岐阜市まで走ることになった。以上が、愛知県3日目の概略。
 この日の訪問先は、土曜日ということもあって官庁への訪問はなし。小牧と岐阜の航空自衛隊基地2か所のみ。
 小牧基地では、ピースアクション参加団体と、ピースサイクル合同の申し入れとなったが、それに過敏に反応した隊側は、頑丈な鉄製の門扉の前に、もう一つの鉄製の“阻止線”を設置して身構えていた。何を勘違いしてのことだろう。何をそんなに恐れているのだろう。両団体とも、これまで、基地内に進入したこともなければ、門扉を揺さぶって、進入の構えさしたことはなかった。申し入れをするので、炎天下の中、応接の場所を要求したくらいであった。
 この対応について担当者に説明を求めたところ、「みなさんの安全を考えて」との「?」な答が返ってきた。
 同じ航空自衛隊の岐阜基地では全くオープンの対応で、ゲートは通常通りで、“阻止線”らしき対応は見かけなかった。担当者が門の外に出て、申し入れ文書をしっかりと受け取っていた。
 これはC-130輸送機と隊員を今でもイラクに派遣している小牧基地との違いであろうか。隊の中にある、ある種の“緊張感”がそうさせるのであろうか。隊員を派遣した陸自の豊川も守山もこんな構えはしないのだが。
 岐阜基地で、岐阜ピース隊を送り出して、ピースサイクル愛知の全日程は無事に終った。この後、報告を兼ねて各団体へのお礼と、報告書のまとめ、会計処理をして本当に終わるだが、実は「来年はどうする」という課題はそっくり残ることになり、11月の「ピースサイクル全国ネット(総括とPC2008)総会」に向けて取りまとめが必要なのである。 
(追い書き)

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2007年7月27日 (金)

ピースサイクル・愛知ネット(2)

  7月27日は、岡崎から名古屋まで
  2日目の朝も陽ざしが強い。国道248号線を豊田に向かって走ったが、街路樹の蝉の鳴き声が凄かった。それのせいではないが、出発して30分後あたりで、私が転倒してしまった。脇から出てきたトラックを避け、迂回したところ、車の陰で見えなかった歩道の縁石部分に前輪があたり、そのまま横倒し。チェーンも外れたが、擦り傷もなく体勢を整えて再出発。
08:00 アイプラザ岡崎(岡崎勤労福祉会館)を伴走車1台、自転車2人で出発。
09:55 岡崎市北部の「八柱神社」と、明治用水の水源・矢作川の「水源公園」で小休止し、豊田市役所に到着。
10:05 豊田のメンバー5人と合流し、豊田市に申し入れ。(8名 ~10:40)
      豊田市発-伴走車2台、自転車4名。別ルート1名が三好町で合流。
11:35 三好町中央公民館で、三好町に申し入れ。(12名 ~12:05)
      三好町発-伴走車3台、自転車5名。
13:05 日進市主催歓迎交流会・申し入れ、市民グループ主催昼食交流会。(全体で40名余の参加 ~15:20)
            日進市発-伴走車1台、自転車4名
17:50 東海民衆センター事務所着
18:00 “宮の湯”入浴後、食事と交流のひとときを過ごす。(3名 ~21:00)
 以上が、愛知県2日目の概略。
 官庁訪問では、何故か豊田市だけがロビーでの対応。どうやら、市側は、部屋を用意する積りはあるらしかったが、この形を訪問する側が望んでいるものと思っていたといい、そう思われるに足る背景もあったようだ。来年のことはどうなるかわからないが。なお、この申し入れには、岡田市議と小林元県議が同席した。
 三好町では加藤町議にお世話になった。質疑の話の中で、豊田市と合併せず、自立の道を選んだ三好町は、人口5万7千人の現在、近い将来市制をめざすという。豊田市が、将来、政令指定都市をめざせば、この三好町に再び合併の話が、もち込まれるのではないか、そんなことも話題になった。
 日進市では、新市長に代わってまだ3日目という中で、市の歓迎会、市民グループの食事・交流会が賑やかに行われた。この日の特徴は、市内の名商大、長久手町の愛知学院大の学生たちが参加していたことで、双方の代表から挨拶を受けたのは嬉しかった。
 それにしても、女性中心の市民グループの歓迎会は、そのキメの細かさとパワーを感じさせるもてなしに、嬉しさと頭の下がる思いでいっぱいであった。会場の飾りつけ、本当に千羽あるかと思う折り鶴、メッセージとカンパも寄せていただき、午前中の疲れも吹き飛んでしまうほどであった。市と市民グループのみなさんありがとう。
 午後は、天白川の堤防道路を気持ちよく走ったが、途中で一人が足に痙攣を起こし、リタイヤ。一年ぶりに自転車に乗ったということもあろうが、午前中の発汗状況を見て、転倒などの怪我ばかりに注意が行っていたが、“熱射病”などにも注意を払う必要を感じたものだった。 
(追い書き)

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2007年7月26日 (木)

ピースサイクル・愛知ネット(1)

7月26日は、豊橋から岡崎まで
 ピースサイクル2007の、東海道・山陽道コースの一行が、今日の午前に愛知県入りし、豊橋市で静岡県から愛知県にリレーされた。
 昨年と同様、愛知県入りの直前に“梅雨明け”し、この日は朝から強い陽ざしが私たちを迎えた。「暑い夏の、熱い平和の運動・愛知」が始まった。
10:00 アイプラザ岡崎(岡崎勤労福祉会館)に3人が集合
11:00 桜ヶ丘ミュージアム到着。「豊川海軍工廠展」見学(~11:35)
12:00 豊川公園にて、豊橋のメンバー一人及び浜松ネットの7人と合流。昼食。
13:05 豊橋市役所で申し入れ。(11名 ~13:40)
14:20 自衛隊豊川駐屯地で申し入れ。(10名 ~14:30)
14:40 豊川市役所で申し入れ。(10名 ~15:30)
15:40 浜松ネットとともに記念写真を撮り、一行と別れる。
16:30 旧東海道御油経由、赤坂宿で休憩、又、国道1号線沿いの山中神社で小休止。
17:50 アイプラザ岡崎着
18:00 “楽の湯”入浴後、食事と交流のひとときを過ごす。(3名 ~20:30)
 以上が、愛知県第1日目の概略。
 3か所の申し入れは、浜松ネットと共に行ったので総勢が10人であったが、その後の岡崎までは伴走車1台と、自転車の二人で走った。自転車の前に付けた、A4サイズの「ピースサイクル2007 広島、長崎へ平和のメッセージを届けよう 愛知ネット」の看板だけは、新しい試みであったが、やや寂しい道行であった。 
(追い書き)

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2007年7月19日 (木)

ピースサイクルからの申し入れ

 自治体と小牧基地司令へ
 一週間後に迫ったピースサイクル2007。この時期の準備作業は、走行コースの設定、時間配分、参加者の募集・掌握と保険の加入手続き、そして訪問先の自治体及び自衛隊基地への申し入れ文書の作成である。
 日進の市長選挙も気になるが、やるべきことはやっておかねばならない。そこで今年の申し入れは、28日が土曜日で官庁が閉庁のため、愛知県と名古屋市への申し入れは省く予定である。本来なら、別の日に、申し入れ書を持参して、文書だけでも手渡すべきところだが、そこまで手が回らない。
 それでも、岐阜ピースの仲間たちは、「事前申し入れ」としてきちんと対応しており、頭が下がる。
 さて、申し入れ書の文案は、前年のものがベースになるが、今年は安倍総理に代わったから、ばかりではないけれども、昨年と様相が大きく変わったとの認識で、かなり文案を変える積りでいる。
 主要には、反戦、反核、平和、環境であるが、まず取り上げたのが原発問題。特に、私たちが原発事故の発生を恐れ、注意と関心を払ってきた中部電力浜岡原子力発電所では、いよいよ4号機の“プルサーマル”が日程に上ってきた。海外でも実績がごくわずかしかないBWR(沸騰水型原子)炉でのプルサーマルを、東海地震の震源域の真上に建つ 浜岡で行おうとしていることに、不安は募るばかりだ。
 とりわけこの7月9日に、御前崎市の石原茂雄市長が、浜岡プルサーマル安全協定の見直しについて、地元4市(御前崎、掛川、菊川、牧之原市)での「見直す必要はなく、事前了解条項も盛り込む必要はない」と合意したとの表明は、住民の安全第一を考慮すべき首長の態度が問われることになり、私たちは今後とも注視していかねばならない。
 そんな折り、新潟県中越沖地震の発生で、東京電力・柏崎刈羽原発での火災の発生、放射能漏れ、53項目の損傷、活断層の過小評価などが明らかになった。
 一方、政府は、2007年7月末で期限切れとなるイラク復興支援特別措置法(イラク特措法)を2年延長することを本年3月30日の閣議で決定し、6月20日には参議院本会議において可決成立させた。これは、2006年7月に陸上自衛隊がサマワから撤退したのちもなお、自衛隊の活動を継続させることに法的根拠を与えるためのもので、早期全面撤退を求める私たちはこれを認めることはできない。
 又、4月17日、あろうことか、被爆地長崎の市長にあって、すべての核の廃絶を訴えてきた伊藤一長市長が撃たれるという、衝撃的な事件が発生した。
 そんな事件、悪夢が消えやらぬ6月30日、今度は、久間防衛大臣が千葉県内の大学で講演し、「(原爆で)本当に無数の人が悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今しょうがないなと思っている」と述べ、いわゆる「しょうがない」発言で辞任するという事態となった。「核兵器は非人道的な兵器であり、日本は核軍縮と核兵器の廃絶に全力を挙げなければならない。とくに政府の責任と役割は、非常に重い。」という認識すらもちえていない事実に怒りを通り越してあきれてしまった。
 いよいよもって、私たち一人一人が、地方自治体の議員、首長が本気になってこの国の行方、平和と核の廃絶、住民の安全・安心をしっかり身につけていかなければならない情況となってきたので、これらをもう少し手短かにして織り込み、文書を完成させたい。

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2007年7月18日 (水)

ピースサイクルの下見

 日進では展示と実行委員会
 今月26日に愛知県入りし、豊橋で浜松グループから引き継いで始まる「ピースサイクル2007・愛知コース」のうち、昨年のコースから変更が予想される「日進市米野木-日進市民会館」のコース調査と試走に出かけた。
 午後2時30分、地図、メモ帳、水筒を持って出発し(日焼け止めを塗るのを忘れた!)、アップダウンを避けるためやや迂回して、野並、島田、平針、野方経由で3時半ころ、日進市「にぎわい交流館」に到着した。
  ここは昨年の日進市主催の歓迎会、市民グループ主催の交流会の会場となった所。又、「ピースサイクル2006展示コーナー」が設置された所でもあった。
  せっかく近くまで来たのだから、素通り出来ないと思い、ちょっと覗くつもりであった。ところが昨年より規模は小さかったが、「2007年ピースサイクル展」が開催されていたので、しばし眺めていると、顔見知りの人から声をかけられ、2階会議室で「ピースウィーク」の相談をしているところだから、ということで案内され、一言あいさつをさせてもらう機会を得た。
  又、日進市主催の歓迎会の担当者(市民環境部)がいて、そこで、当日の打ち合わせをすることができ、偶然とはいえ、これで日進市での段取りは概ね終えることができた。
  30分ほど滞在の後、今日の目的である、米野木から市民会館までのコースの下見をすることになり、予定コースを走ってみたところ、車の通行量が多い割には部分的に歩道がないところがあり、やや危険のため新しいルートを探すことにした。そこで、天白川支流沿いに道路があり、そこを通れば、歩道のない箇所は数十メートルだけとなるので、そのコースに確定した。伴走する自動車は、従来通りの県道を走ってもらう予定である。
  ただ、歓迎会・交流会の会場となる日進市民会館は丘陵地にあるので、朝8時に岡崎市を経って、豊田市、三好町と走ってきた身には、最後のその急坂を上がり切るには少々骨が折れそう。  
  まあ、距離的には数百メートルだから自転車を降りて歩いても知れているが、集団で走っていると、中々降りる勇気が
もてなくて、ついつい腰をあげ、歯を食いしばってしまうだろう。今日はあっさり降りてしまったが。
 そのあと、市民会館から名古屋に向けての天白川堤防道路コースを試走してみた。結果的には、去年と殆んど変わるところはなく、同じルートで走ることにして、天白区の平子橋まで走って、今日の調査と試走を終えた。約3時間、30数キロくらい走ったであろうか。

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2007年7月11日 (水)

ピースサイクル2007・1

 訪問通知書を送る
 自転車リレーで、広島、長崎へ平和のメッセージを届ける、今年の「ピースサイクル」は、7月9日に早くも入間市を出発しているグループがある。今日11日はそのリレーを受けて立川市を出発する予定だ。
 一方千葉ルートは、我孫子市を明日の12日に出発し、20日に埼玉、三多摩ルートと川崎市で合流し、それは東海道・山陽道ルートにリレーされて神奈川、静岡、そして7月26日に浜松を出発し正午に愛知県入りし、豊橋でリレーされる。
 愛知県では、26日が豊橋市役所、豊川自衛隊、豊川市役所をそれぞれ訪問し、申し入れを行う。この日は岡崎で宿泊する。
 27日は、豊田市役所、三好町役場、日進市役所をそれぞれ訪問し申し入れを行い、名古屋まで走って宿泊となる。
 28日は土曜日なので官庁は閉庁で訪問はないが、自衛隊小牧基地へは申し入れに行く。この日は、第4土曜日で、ピースアクションの定例の申し入れ行動日なので、時間が合致すれば、合同の申し入れになるかもしれない。
 小牧で岐阜にリレーし、自衛隊岐阜基地(各務原)まで一緒に走って、愛知のメンバーはここで一行と別れる予定だ。一行は8月5に広島入りする。
 尚長崎ルートは、7月27日に山口市を出発し、28日に下関から関門海峡を渡り九州入りする。そのあとは、大分、宮崎、鹿児島、熊本を走り抜け、8月7日に長崎県入りし佐世保市を通って、8日に長崎市に入る予定である。
 また「沖縄ルート」は既に6月21日に出発し25日終えている。更に「六ヶ所村ルート」は、7月29日に茨城県・東海村を出発し、8月6日に青森県の六ヶ所村に到着する予定である。
 
 三好町-日進市-名古屋市・愛知県-小牧基地までを担当する名古屋実行委員会として、今日の午前0時過ぎであったが、三好、日進、小牧基地への訪問通知書を投函した。たくさんの人が参加してほしいと願っている。
 ピースサイクル全国ネットは、
http://blog.peace-cycle.main.jp/ である。

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2007年6月21日 (木)

沖縄ピースサイクル

 沖縄県庁訪問にメッセージ託す
 22年目を迎えた「ピースサイクル」は、春の「国会ピース」に続いて夏の本走、「ヒロシマ、ナガサキ、六ヶ所に向けて」が始まるが、先陣を切って「沖縄ピースサイクル」が今日から始まった(~25日)。
 那覇空港に集結した一行は、午後1時、沖縄県庁を訪問し、平和行政、米軍基地問題などについての申し入れと、全国から寄せられた仲井真知事宛メッセージを届ける予定となっている。
 ピースサイクル愛知ネットから託したメッセージを以下に紹介する。

沖縄県知事 仲井眞 弘多様 
                    2007年6月18日
               ピースサイクル愛知ネットワーク

          愛知ネットからのメッセージ
 昨今の、沖縄を取り巻く様々な課題に、日夜取り組んでおられる貴職に、心から“ご苦労さま”と申し上げたいと思います。
 沖縄とこの愛知とでは、あまりに隔たりが大きく、“事あらば、すぐにでも駆けつける” とは参りませんが、新聞報道、テレビニュース、ネット情報などに注意を払い、関心を寄せ、事態の推移を見守っているところです。
 ところで、沖縄と本土との歴史的関係は、様々な見方、正反両面あろうかと思いますが、概して、本土側が沖縄(琉球)に、困難、忍従を強いる場合が多かったものと、私たちは教えられてきました。又、現在もそのように認識をいたしております。
 このたびの、「在日米軍再編」に基づく辺野古地区の基地建設については、去ること2005年10月29日、日米政府の「日米同盟:未来のための変革と再編」を合意したところから具体化したものと思います。その後、沖縄をはじめ座間、相模原、岩国ほか多くの地域の住民と自治体が反対しているにもかかわらず、2006年5月1日、米国ワシントンで開かれた日米安全保障協議委員会(2プラス2)で「在日米軍再編」に関する「最終報告」として決定されたと聞いております。
 それによりますと、辺野古沖での基地建設に対しては、多くの地元の人たちの反対で一度は断念されるかに見えた計画が、再び辺野古沿岸地域での新たな基地建設案が浮上して、そればかりでなく、沖縄県南部の遊休米軍基地を沖縄島北部に集結して、米軍の基地機能をより強化しようとしていると聞き及んでおります。
 そうした中で、防衛庁(省)案の「V字型滑走路付きの辺野古沿岸案」が出されてきて今日に至っております。これは新たに、沖縄に負担を強いるものであります。
 さて直近の情報によれば、いわゆる「普天間代替基地建設計画」(沖縄・辺野古沿岸への新基地建設)で、事業者が環境アセスメント法に基づかない事前調査の実施を始めていると伝えられています。それの作業には、海上保安庁のみならず、海上自衛隊も出動しているとのことで、作業の中止を求める地元の人たち、全国から駆けつけた人たちとの間で緊張の高まりと、海上、海中での攻防も伝えられています。憂慮に堪えません。
 私たちピースサイクル運動に参加する立場からは、そうした現地の状況を知るにつけ、いっそう関心を払い、注視をし続けていると同時に、来る6月21日からの「沖縄ピースサイクル」に、その思いを託しているところです。
 どうか、仲井眞知事様、これまでの敗戦に基づく米軍による接収、基地建設とは違う、日本自身による辺野古沿岸の新基地建設を認めないで下さい。
 私たちはこの愛知で、安倍内閣の進める日米軍事一体化、戦争のできる国づくりのための憲法改悪の動きを封じ、沖縄から米軍基地をなくし、自立できる経済、産業基盤・生活基盤の整備を求めていきたいと思っています。
                                 以上。

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2007年4月14日 (土)

春のピースサイクル

 ピースサイクル全国運動の「スプリングピース」が進行中。東海地区へは5月中旬ころ到着し、リレーして国会に向う。以下は、自由記入方式の署名用紙から。
私たちは主張する!
めざせ、国会! ピースサイクル2007

 2006のピースサイクルは、フィリピンピースサイクルをかわきりに、沖縄、国会、そして、ヒロシマ・ナガサキとペダルをこぎ進め、全国の参加者の総走行距離は40,000kmを超えました。これは、実に地球一周分にあたります。みなさまのご支援、ご協力に感謝いたします。ありがとうございました。
 戦争への国づくりに少しでもブレーキをかけ、平和や人権・環境が大切にされるよう、自転車走行で訴えながら、今年もピースサイクルは走ります。
 今回の「国会ピースサイクル」は、3月17日(日)に大分市を出発し、皆様からのメッセージをタスキがわりにペダルをこぎ進め、6月1日(金)に国会に到着する予定です。この愛知からも私たちの声を束ね、国会へ、そして安倍首相に届けましょう!!
 
メッセージをお寄せください
 この愛知からは、小牧基地からイラクに派遣されているC-130輸送機の即時撤退と、空中給油機の配備反対など、基地機能強化反対を強く要求しましょう。
 また、中電・浜岡原発の制御棒落下事故隠しを糾弾し、全ての情報の公開を求め、原子力発電を無くしていく政策を政府に求めましょう。
 三菱名古屋朝鮮女子勤労挺身隊への謝罪と補償、在愛知の被曝者の認定、戦災被害者の国家補償などを求めていきましょう。
参考までに
【安倍政権が行っている・行おうとしている悪行の数々】
・海外派兵を本来任務とする自衛隊法の改悪と防衛省設置=戦争の出来る国家づくり
・教育基本法改悪、お金と動員でやらせの「タウンミーティング」
・「憲法を変える」という発言+「新憲法草案」なるものを準備しておきながら、「国民投票法案」の強行採決=明確な憲法99条違反
・「女は産む機械」発言の事実上の容認
・労働者を過労死に追い込む、日本版ホワイトカラーエグゼンプション導入の画策
・密告、監視社会化を促す共謀罪・ゲートキーパー法
・アメリカ追随策で国民にないがしろの防衛政策と後退する福祉政策
などなど・・・。
  
(追い書き)

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2006年11月28日 (火)

PC‘06~’07全国会議(2)

 課題は果てしなく多いが・・・
 議題が多く、2日目にまたがる形で議論は進んでいって、2日目の最初では、2007年のピースサイクルの全国共通課題が話し合われた。共通課題が多岐にわたるので、地域の事情によっては全てが取り組みの対象とはなり得ないが、各地域ネットは具体的獲得目標を設定し、方針化するよう求められた。
 こういった統一的で組織的運営スタイルは、市民運動にはいたく評判が悪いものと思っていたが、どこからも反論が出ないばかりか、「私たちの運動は、政治と向き合うのではなく、市民と向き合い、働きかけていく運動だ」という、そのネットから発信された内容だから、少々驚きである。結果的には地域事情が優先され、過大な義務とはならないから、やり過ごしたのであろうか。ではどんな内容が取り上げられたのか。
 まず、2007年夏・ピースサイクルの成功へ向けての取り組みとして、「反戦平和・非核・反(脱)原発・人権・環境」を市民に訴え、ヒロシマ・ナガサキへ市民の平和への想いを届けることを最優先課題とした。
 以下、内容は省略するが、憲法9条を守り、活かし、拡げる取り組み。日米軍事同盟強化へ向けた在日米軍再編反対と沖縄米軍基地返還へ向けた取り組み。政治課題に対する取り組み。これには、国会ピースサイクル成功へ向けた取り組みなどが盛り込まれた。さらに、イラクからの航空自衛隊即時撤退への取り組み。戦争の出来る国家への線上にある靖国問題とアジア重視の外交へ向けた取り組み。脱原発社会実現へ向けた取り組みについて、「六ヶ所村ピースサイクル」成功へ向けた取り組みは本命で、加えて、各地域での脱原発グループとの協動体制の模索、これは鎌中監督の「六ヶ所村ラプソディ」上映の取り組み入ろう。
 まだある。人権の確立と保護に向けた取り込みとしては、思想信条良心への弾圧に対する抗議行動。防犯条例(生活安全条例)等、人権侵害の風潮(おそれ)への対応が求められた。最後に、自然との共存・共生社会の創造。
 以上であるが、そのほかについては、①インド洋派遣、PKO派遣自衛隊の即時帰還、②国民保護法-自治体の対応はどうなっているか、の提案があって追加することになった。そこで全体の整理を事務局で担うことになった。

 かなり議論疲れが出てきたとみえ、席を立つ人がふえ、10時ころに休憩に入った。途端に喫煙コーナーがタバコの煙で一杯になる。自販機のコーヒーもよく飲まれている。ここに女性がいたらきっときつ~いお灸をすえにくるだろう。
 労度運動の活動家に喫煙者が多いのも、いまだ不変である。さて、議論は続く。
 2007年ピースサイクルを、改めて個別に検討した。まず、夏のピースサイクルについては、基本的にリレー方式を維持。 安全対策は、必須事項で当日の安全走行は勿論、事前の下見・試走の実施、保険の加入、承諾書の記入、ヘルメットの導入等、安全対策を万全に進める。重大事故発生時は、全国ピースサイクルとしての走行は中止する、というのが申し合わせ。地域的な判断は各ネットで決める。
 次にピースメッセージの取り組みとして、広島 ・長崎・宜野湾・名護・沖縄の各市長、沖縄・青森の各知事、六ヶ所村長、沖縄・命を守る会へ、確実に送ろうということになった。 「沖縄ピースサイクル」「六カ所ピースサイクル」は2007年も実施。今年初めて実施した、「ピースマイレージ(積算した全走行距離)」は、‘06 秋~’07 秋までの全国ピースマイレージを集計する。
 春の「国会ピースサイクル」については、国会へ想いを届けつなげ、「総理大臣宛」に統一したメッセージを集約する。その他の工夫を凝らした寄せ書きなども提出する。
 最後に、全国事務局について集約した。
 まず、「全国ピースサイクル運動」として、各地域ネット活動状況の把握と共有化をいっそう図るものとして、1)全国パンフ(マップ)の作成、2)メーリングリスト(ML)の利用促進、最低でも週3回のチェックを義務化。3)ホームページ(Blog)の利用促進、4)ピースサイクル紹介パンフの作成など。

 いうまでもなく、この運動の位置や求められるものがどれほど大きくても、参加しているメンバーの多くが、諸運動の掛け持ちで、半ば専従のように取り組んでいるネット、仲間は稀である。従って「運動の通年化」が叫ばれながら、春の国会ピース、夏の本走、秋は呼びかけだけ、というのが実態であろう。しかし、逆に言えば、「ピースサイクル」として表現できるフィールドは多くあるわけで、その場面でどの運動体の立場から表現するのか、例えば「労組役員で臨むか、ピースサイクルの実行委員で参加するか」は悩ましい問題である。そしてまた、年に一度だから取り組みができるが、四季にまたがって展開する力量はない、というのも実態であろう。
 夏の本走を軸足にして、地域の「反戦平和・非核・反(脱)原発・人権・環境」の運動体に合流して、そこでピースサイクルの存在感を示す努力をすることが、順当な進め方ではあるまいか。 
(追い書き)

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PC‘06~’07全国会議(1)

 多彩な取り組み
 旧芝離宮恩賜庭園に隣接して古風な、会議場となった「浜松町海員会館」がある。
 ピースサイクルの全国会議は、11月25日、26日の両日にわたって、2006年の総括と2007年の計画を同時に議論した。これまでのような、“スタート集会”は、来年からはないので3月18日大分出発予定の「2007スプリングピース・国会ピース」が実質スタートとなる。夏の本走は今年とほぼ同じ日程が予定されている。
 この日の参加ネットは、沖縄ピース(首都圏担当)、六ヶ所ピース(首都圏担当)のほか、首都圏、信越、東海、関西、中国、九州など17のネットが参加した。私は愛知代表として2年連続の参加となった。
 全国注視の沖縄での「沖縄ピース」は、その実態を目で、肌で感じ取れる意義あるコースであるが、20人くらいの参加があるともっといいという話も出た。「六ヶ所村ピース」もアクションプランが始まり、かなり危険で厳しい状況が時々刻々進んでいる様子が報告され、これも孤立させてはいけない運動と感じ取った。
 その他の各ピースネットからの報告は多彩でとても書ききれないが、その中でも、丸木美術館へ寄ったが、既に位里さん、俊さんは亡くなられ、美術館の運営が困難、カンパで当面をしのぐという話。自治体等の申し入れの回答のフィードバックをどう対処しているか。訪問できない自治体について、どう対処しているか、との質問。転倒事故は長野、愛知でそれぞれ2件あったが、長野は乗り慣れた人、愛知は不慣れな人だった。擦過傷。安全走行の工夫が語られた。
 広島の到着集会は、ピースボートのピースウォークと合同でやりきったとのことであるが、オプショナルツアーのフィールドワークが好評だったようである。(詳しくは千葉-広島1200キロを走破した稲田順一さんの報告書に)また、自治体主催の歓迎会というケース(愛知・日進市)は特筆ものだった。

 そのほかの各ピースネットからの報告をまとめてみると、 各地域ネットの走行状況(全走行距離×自転車での参加人数)の全国総計は、約40536キロで地球一周(4万Km )をこえた走行距離となった。
 また、ピースメッセージの総数は424通、自治体への要請行動:108の自治体へ訪問、その他に自衛隊基地、原発施設訪問などが報告された。
 全国事務局としての総括も幾つかの項目が提起、報告された。
 その中で、 全国パンフ(MAP)の作成については、デザインは外注、印刷は兵庫。手書きのイラストで柔らかい感じに仕上げたこと。来年は、春の国会ピースまでに作成をめざし、印刷費などの削減も盛り込んだ。また、全国事務局として1名を8・6 ヒロシマ、8・9ナガサキへ派遣した事は全体で評価された。一方懸案事項であった、 ピースサイクル紹介パンフレットの作成は未達で、再度の取り組みが決められた。さらに、メーリングリスト、 ホームページ(Blog)について今後もっと利用促進を確認した。最後にピースサイクルの旗を1枚2万5千円で今年中に注文を受けることにした。その場で10のネットが注文した。愛知は相談するため保留にした。

 夜の交流会では、運動から離れた個人的な思いも語られ、さらに部屋に戻ってからも、会議では語られない、個人の運動の取り組みへの熱い想いなどが遅くまで続いた。 (追い書き)

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2006年7月28日 (金)

平和の自転車リレー・ピースサイクル2006

  ピースサイクル・愛知の第3日目<名古屋-小牧-各務原>

 -名古屋市・愛知県訪問の記-
 外食店で朝食セット。お世話になった東海民衆センターの事務所を後にして8時23分、自転車5人、伴走車1台で出発。易々と走れると思ったのが、信号で止められ、予定時間を大幅に超えて9時3分前に市役所に到着、ここで自転車の3人と伴走車1台が合流し、直ちに名古屋市長宛の申し入れを行った。
 市側からは4人が出席し、丁寧な説明と応対で、愛知県と一緒に開催している4箇所での「戦争資料展」の一つが名古屋市内で行われていること、市内の埋め戻し材・フェロシルトの完全撤去とその後の監視、影響調査をしているなどの説明を受け、こちらから平和行政推進や、アメリカ海軍艦船の名古屋港寄港問題、小牧基地の機能強化反対などを申し入れ、9時25分に行動を終えた。なお、木曽川の水で、名古屋市自慢の水道水を詰めたペットボトルの差し入れを受けた。
 9時35分、愛知県訪問のため、会議室のある自治センターに行き、知事宛の申し入れを行った。ここで強調したことは、小牧基地に「空中給油機」の配備や米軍機の飛来回数の増加傾向など「県営名古屋空港」の、軍事的機能強化について反対し、自治体としてやれることをしっかりやってほしいことを強く訴えた。申し入れ行動は、10時ころに終えて、次の小牧基地に向った。
 -空自・小牧基地訪問の記-
 10時10分ころ、街路樹の繁茂で見えなかったが、名古屋城を背にして、名古屋を出発、途中、辻本通で休憩をとったあと、矢田川、庄内川を渡って、春日井市を経て小牧基地まで、自転車8台が一気に走った。一行は午前11時10分ころに到着したが、小牧基地司令宛の申し入れ書を積んでいた伴走車が、若干のトラブルで20分の延着となり、11時30分から基地司令に対して、名古屋実行委員会代表のMさんが読み上げて申し入れを行った。
 いつもは、私たちが到着すると頑丈な鉄製のゲートが閉じられるのであるが、この日は開放されたままであった。しかし、少し奥まったところに侵入阻止の柵がおかれていた。又、今回初めて、県警の公安か小牧署なのか、3人の「私服」が常時、道路の反対側からこちらを窺っていた。
 -岐阜ピースサイクルへの引継ぎの記-
 コンビニで弁当を買い込んで、小牧武道館裏手で昼食をとった。愛知の担当エリアはこの小牧までで、ここで岐阜の仲間にリレーする簡単な儀式を行い、全員で記念写真を撮った。
 この後、各務原市の空自・岐阜基地へ向かうのであるが、岐阜ピースサイクルは、瑞浪市、土岐市など「東濃コース」の2隊に分かれているため、小牧コースが手薄、そのため愛知のメンバーは、昨年から「東濃コース」と合流する各務原市役所まで同行することになったのである。
 午後0時50分出発、途中3回の休憩を経て、県境の愛岐大橋を渡って、午後2時30分ころ、空自岐阜基地ゲート前に到着。そこで申し入れを行ってから、数百メートル先の各務原市役所を訪問、午後3時10分ころ申し入れを終えた。それにしても、ジエット機の発着音が凄かった。
 3時半に岐阜ピースと千葉のIさんを拍手で送り出し、愛知ピースは帰途についた。小牧以降についての様子は、岐阜からの報告を待ちたい。

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2006年7月27日 (木)

平和の自転車リレー・ピースサイクル2006

 ピースサイクル・愛知の第2日目<豊田-名古屋>

 -豊田市訪問の記-
 昨日に続いて今日も青空が広がり日差しが強い中、午前9時から豊田市役所で鈴木市長に対し「平和行政推進」などの申し入れを行った。参加者は地元の小林元県議を始め総勢12人。市側からは4人。矢作川の水という飲料水のペットボトルの差し入れを受け、その後アップダウンのある国道153号線などを通って西加茂郡三好町へ向かった。

 -三好町訪問の記-
 伴走の車2台。自転車には女性を含む6人が乗って快調に走り、10時10分ころ三好町役場に到着。支援の加藤町議他4人の出迎えを受け、庁内、議会棟の一部を見て回り、早速、町長への申し入れの場に臨んだ。町側から3人が出席し、事前の申し込みの際の要請事項の回答のあと、改めて5項目の要請を行い、若干の質疑を交わした。
 この町を訪れて3年目になる今年、久野町長から秋葉広島市長宛の平和メッセージが初めて託された。加藤議員の話によれば、自民党系の町長であるが、柔軟なお人柄だという。ここでも飲料水の差し入れを受け、役場前で記念写真を撮ったあと、三好町を後にした。なお、市民グループからのカンパも寄せられた。

 -日進市訪問の記-
 三好町で自転車一人、伴走車1台が加わって次の日進市へ向う。日差しがますます強くなる中、一人が転倒したが幸い擦り傷程度でホッと。途中1回の休憩のみで、予定通り午後0時30分、緑区から駆けつけたYさんをはじめ、市議の白井さん、後藤さんなど大勢の拍手で迎えられる中、市役所玄関前に自転車の一行が到着。
 直ちに歓迎・交流会の会場、昨年11月に開館したという、市民が集う「にぎわい交流館」に移動し、市の職員による、歓迎セレモニーが始まり、市の歓迎のあいさつ、市長の歓迎メッセージ代読のあと、愛知ネットの代表がお礼とここまでの経過などのあいさつ、佐護市長から秋葉市長宛のメッセージ朗読、ピースサイクルからの申し入れと続き、次に市民グループによる、「昼食・交流会」に移った。
 用意された昼食は手づくりによる、散らし寿司、お好み焼き、一口ハンバーグ、スイカゼリー、コーヒープリン、杏仁豆腐のデザート、食後のコーヒーなど、豪華な食卓となり、参加者全員が、お腹一杯にご馳走になり、疲れを癒した。
 会場の飾り付けにもその気持ちが表れていて嬉しいものだった。その交流タイムでは、サイン色紙2枚、3000羽の折り鶴が広島へ託され、カンパも寄せられた。そして参加者全員の自己紹介や感想などが語られ、2時間あまりの会はあっという間に過ぎていった。再び市庁舎玄関前に集まって記念写真を撮ったあと、拍手と声援を背に受けながら、名古屋に向けて出発した。

 -名古屋への、走行の記-
 日進市からの自転車には、岡崎グループが帰路についた一方、新たに3人が加わって8人が参加、伴走車は2台。今年初めてのコースである天白川堤防上を気持ちよく走ってもらう積りだったが、砂利道あり、水溜りありが不評で、その上、伴走車が案内図を読みきれず迷子に。しかも途中の、名古屋市天白区平子2丁目の角で小学一年生の転倒があり、ちょっと心配し、いろいろ課題を残したコースとなった。
 午後5時やや過ぎに今夜の宿舎「東海民衆センター」事務所に到着。旅装を解いて近くのスーパー銭湯「宮の湯」へ行き、汗を洗い流してさっぱりした気分になって、7時ころから近くの中華料理店で夕食、事務所に帰ってからしばし懇談して夜が更けた。

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2006年7月26日 (水)

平和の自転車リレー・ピースサイクル2006

ピースサイクル・愛知の第1日目<豊橋-豊田>

 -豊橋・豊川自衛隊訪問の記-

 自宅を発ってから途中、豊田市のUさんを迎えに行き、岡崎市のグループと連絡が取れたのが午前11時少し前。彼らは「豊川工廠展」が開催されている「桜ヶ丘ミュージアム」にいるというので、急遽予定を変更し、そちらに向い11時20分ころ合流し20分ほど見学、正午をやや過ぎて、豊橋公園に到着し、浜松グループと合流した。
 昼食後、豊橋市のHさんと一年ぶりの再会、コーヒーの差し入れを受けたあと、午後0時55分豊橋を出発「愛知コース」が始まった。1時35分、陸上自衛隊豊川駐屯地ゲート前に到着。対応した隊員とは“顔馴染み”で、豊川から派遣された隊員の様子などを聞き、岡崎の代表が申し入れ文を読み上げて手渡した。浜松グループは、私たちと共に記念写真を撮ったあと帰路に着いた。

 -岡崎市経由、豊田市での宿へ-
 それから、千葉から参加し広島まで走るというIさんと愛知の4人のメンバーは、2時10分ころ旧東海道の、美しい「御油の松並木」と「岡崎東公園」で小休止。徳川家康の菩提寺である「大樹寺」の横を抜けて岡崎市北部、矢作川近くの「八柱神社」で休憩。

 国道248号線を北へ進むとほどなくして豊田市に入った。「豊田市トヨタ町1丁目」はトヨタ自動車の本社がある所。「挙母(ころも)市」を「豊田市」に変えた、典型的な企業城下町。つい先日、盛り上がった「TMPCWAを支援する本社行動」があったばかり。その本社ビルを右に見ながら、午後5時35分、今日の宿、豊田勤労福祉会館に到着。地元のTさんが笑顔で出迎えてくれた。

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2006年7月 6日 (木)

2006ピースサイクル

ピースサイクル

 全国から自転車でリレーして、8月5日に広島入りする「ピースサイクル」という運動が、今年で21年目を迎える。
1988年の3年目から参加している私であるが、今年は7月26日、豊橋から参加して、28日の岐阜県各務原市までの110キロ余りを自転車に乗る予定だ。但し、リレーをしながらその地の人たちと交流したり、自治体や自衛隊基地へ、「平和、核の廃絶、人権、環境問題」など、様々な課題の申し入れをするので、その手配、準備を進めておかねばならない。
また、走行コースの設定と試走、休憩地点の確認から始まって、参加者の「保険」の加入手続き、訪問先への事前通知と申し入れ事項の検討、交流会場、宿舎の手配、自転車の送迎手配もある。
そうした準備を経ていよいよ本番になると、こんどは天候が気になる。梅雨が明けきらず、豪雨に見舞われたり、逆に快晴の下では、疲労、脱水症状に気を配ることになる。
今年は、日進市から名古屋へ至るコースを、従来の市街地走行から、天白川の堤防道路を走る計画である。この天白川は、下流域ではコンクリートで固められ、巨大な排水溝化していて、川の風情はないが、名古屋市天白区の平子橋あたりからの上流域は、川底の砂も見えるようになり、所々にある堰では、水の流れる音が聞こえ、鷺類の野鳥も見かけるから、鮒、ハヤなどの小魚もいるに違いない。もっと上流へ行けば、トンボ、蛍にもお目にかかることができるだろう。
天白川の源流域での開発が気になるが、自然が幾らかでも残っているいま、ちょっとつらい面もあるが、真夏の、心地よい汗をかいて走るピースサイクルの、その日が来るのを楽しみにしている。

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