2018年8月30日 (木)

六ヶ所ピースサイクル(4)

愛知から青森県知事への申し入れ
 8月20日付で「六ケ所行動」参加の仲間に、三村 申吾知事宛ての以下の要請書を託した。
  はじめに、去る8月15日、青森県深浦町付近では16時10分までの1時間に約100ミリの猛烈な雨が降ったとみられ、気象庁から「記録的短時間大雨情報」が発表されました。洪水などの被害はありませんでしたでしょうか、西日本の集中豪雨に遭われたみなさまと併せて罹災お見舞い申し上げます。
  そして私たちの仲間が来たる8月27日に貴職を訪問するにあたり、ピースサイクル愛知から仲間に託して貴職への要請をお伝えします。

 2011年3月11日の東京電力福島第1原子力発電所の事故(震災、人災)後、世論の多くは「脱原発」「原発ゼロ」「再稼働反対」「老朽原発の稼働延長反対」等々、表現は違ってもこのような考えが多数を占めてきました。このことは33年目を迎えた私たちにとっての「全ての核の廃絶」と符合するものであり、それぞれの地域でこの青森に限らず、日本原電・東海第2原発、東電柏崎刈羽原発、中電浜岡原発、関電大飯原発、高浜原発、四電伊方原発、九電玄海原発への申し入れを続けているところです。
 私たちピースサイクル愛知からは昨年、青森県知事として「六ヶ所再処理工場は閉鎖、廃炉にすべきで、工場の操業は認めないという声明をお出し下さい」「東通原発の再稼働を認めないで、東北電力に廃炉を要求してください」「大間原発の建設即時中止を申し入れてください」「核燃料サイクル事業を永久に中止することを政府に提言してください」などの申し入れをしました。
  しかしながら残念なことにそれらが幾らかでも進展したという情報を戴いておりません。ここの改めて知事の英断を期待して同じ趣旨の申し入れをします。

 地震・津波、火山噴火、台風、集中豪雨による洪水・崖崩れ・土砂災害などの自然災害の多いこの日本列島であれば、インフラ、エネルギー源といわれる人工物の災害要因は、未然に防ぐことは可能であり、事前に阻止すべきです。それらの筆頭にありますのが「原子力発電所・核燃料貯蔵所」であることは言うまでもありません。青森県では、東通り原発の1,2号機、大間原発、六ヶ所村の核燃工場が該当します。
 一方で原発に頼らない自立した行政の推進も「廃炉」への条件といえると思います。聞くところによりますと、貴職が提唱されている「生業(なりわい)と生活の成長戦略」即ち具体的な政策・施策として、4分野(「産業・雇用」、「安全・安心、健康」、「環境」、「教育、人づくり」)を挙げておられますが、それらを遂行させる絶対的条件は、「原発と関連する施設の事故」を起こさせないことに尽きます。事故を起こさせない最大の手立ては「廃炉・閉鎖」です。
 どうかこのことを肝に銘じられ、県政を進めて戴きたいと思います。

 先に書いたように、大間村長宛て等の申し入れがされたと聞く。ということは2019年の「六ケ所行動」での申し入れ書は、これまでの六ヶ所村、日本原燃(株)、青森県に、新たな自治体が加わるかもしれない。11月の全国会議で議題に上がるかもしれない。 了

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2018年8月29日 (水)

六ヶ所ピースサイクル(3)

  愛知から日本原燃社長への申し入れ
  8月20日付で「六ケ所行動」参加の仲間に、工藤 健二社長宛ての以下の要請書を託した。
  (前文略)
 8月は、6日広島、9日長崎の原爆の日があり、15日は敗戦の日があって、反戦・平和の誓いと、亡くなられた人への鎮魂の月間です。それは同時に平和憲法を活かし、憲法9条を世界へ広げていく、私たちの世代としての務めを確認するということでもあります。
  そして2011年の東電福島第1原発の事故(震災・人災)は、私たちが平和で、平穏・安全に暮らしていくには、二度と戦争をしないと同時に原発事故を二度と起こしてはならない、それ即ち原発の稼働を中止し、廃炉にしていくことことにほかなりません。
  現状からは、原発推進の現政治を変えることから始めねばなりませんが、福島原発事故の反省、教訓から電力各社の原発事業からの自主的撤退も方法の一つです。そうした観点から、私たちは各地の電力会社へ稼働を中止し或いは廃炉を求めて要請をし続けてきました。この愛知では、7月27日に中部電力本店に出向き、静岡県・浜岡原発の廃炉、発電所の閉所を申し入れしたところです。

 さて私たちは貴社に対しまして、次のように考え、申し入れをするものです。
1)「核燃料サイクル」は既に破綻していると考えています。貴社は、昨年12月27日に再処理工場の竣工・完工を3年間延期するとして青森県と六ケ所村に報告されたとのことですが、それは再処理工場を閉鎖し、事業から撤退すべき状況を呈しているのではありませんか。関連事業を含め撤退されることを要請します。
2)核燃料サイクル事業から撤退するとなれば、従業員の雇用問題、地元経済への影響などの問題もあり、政府との交渉は欠かせません。核燃料サイクル事業からの撤退を青森県、六ヶ所村との話し合いを進め、政府に直言して交渉を始めてください。
3)逆のケースも考えられます。国としての核燃料サイクル事業から全面撤退という政策変更もあり得ます。そうした事態にも備え、貴社による「核燃料サイクル事業から全面撤退」の「ロードマップ」の作成に着手されたらいかがでしょうか。
                                ◇
  未来永劫、人類の生存は‘地球そのものの、深い緑の大地、青く澄んだ海、透明な空があってこそ’であり、同時に、紛争や対立のない平和な時代を絶え間なく永続させていくことにほかなりません。
  私たちは、「核の脅威=原発、核兵器」「戦争のできる国づくり=安保法」「沖縄米軍基地の強化=辺野古新基地建設」を、現在の日本の政治、社会、更に未来に向けた「危険三要素」と考えております。
  それゆえ、国に対して政策転換を求めると同時に、地方自治体からの意思表明も重要であるとして、ピースサイクル運動の柱に自治体訪問を据え、「危険三要素」を織り込んだ申入れを続けてきたところです。
  昨年と同趣旨のものですが私たちの意志として、上記3項目について、貴社に問い、要請するものです。
貴社の英断を期待します。
 
 中電本店前では毎週金曜日の夕刻、浜岡原発の廃炉などを求める行動が取り組まれている。今週末で300回目になるという。

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2018年8月28日 (火)

六ヶ所ピースサイクル(2)

   愛知から六ヶ所村長への申し入れ
 8月20日付で「六ケ所行動」参加の仲間に、戸田 衛六ヶ所村長宛ての以下の要請書を託した。
   (前文略)
  「原子力発電」の現状に関して率直に申し上げます。
  現状の経過をみますと政府は、2014年4月にエネルギー基本計画で原発を「重要なベースロード電源」と位置付け、原子力規制委員会の規制基準に適合した原発の再稼働を進める。2030年時点の原発比率を20〜22%と定めるなど、将来的にも原発を活用する、といった閣議決定をしました。そして本年5月に総合資源エネルギー調査会でエネルギー基本計画の素案が了承され、2030年の電源構成は原発20~22%、再生可能エネルギー22~24%と従来の目標が維持されました。また安全性が確認された停止中の原発を着実に再稼働させるという方針を維持するとし、7月3日に新しいエネルギー基本計画を閣議決定しました。
 このような政府の方針に対しては、一方で報道によりますと「閣議決定された基本計画が描く将来像は内外の潮流から大きくずれており、変革期の道標たりえない。まず目標自体を見直すべきだ。原発の比率を大幅に引き下げ、再エネは逆に引き上げる必要がある」という主張があります。
  また私たちは昨年の申し入れでも、「原発ゼロ」を基本として、人類の手に負えない「核」を巡っては、1945年の広島、長崎への原爆投下で、数十万人の爆死、被爆、後遺症。その後の度重なる核実験場になった南太平洋の島々のみなさんの惨禍。イラクなどで使われた劣化ウラン弾による子供たちなどへの悲惨な影響、そして、1986年のチェルノブイリ原発事故、2011年の東京電力福島第一原発事故の震災・人災等々を考えるまでもなく、核兵器、原子力(核)発電を含めた「全ての核の廃絶」は、生きとし生けるもの全てにとって“悲願”ではなく、なさねばならない“務め”であると、私たちは確信しています、と申し添えました。
 このような観点から私たちは、貴職に対して改めて「核燃料サイクルに頼る村政を改めること」「再処理工場の閉鎖を求めること」を踏まえた村長声明をお出しになり、議会に働きかけ、決議がなされるようご尽力下さるよう、ここに申し入れをするものです。
 情勢が大きく変わっていないので、内容的には前年を踏襲している。

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2018年8月27日 (月)

六ヶ所ピースサイクル(1)

 六ヶ所、原燃、青森県へ申し入れ
 25日から始まったピースサイクル「六ヶ所行動」の最終日の今日は、「ピースサイクル2018」のフィナーレでもある。この日は、午前9時から六ヶ所村役場に出掛け、11項目の質問と「核燃料サイクルと人類は共存共栄できないことがはっきりした現在、核燃料サイクルに頼る村政を本気になって改めてください。」など5項目の要請を行うことになっている。
 11時からの「日本原燃(株)」への申し入れでは、10項目の質問と「竣工完工3年間の延期だけでなく、再処理工場の本格稼働の中止と核燃料サイクル計画からの撤退を強く求めます。」とする要請事項を申し入れする。
 午後からは青森県庁を訪ね、12の質問項目を持って臨み、「再処理工場の竣工完工が3年間も延長されることは尋常な事態ではありません。無理に無理を重ねても安全な再処理工場の竣工は無理です。もしも稼働すれば、大規模な放射能汚染をもたらす再処理工場の操業は認めないでください。」「危険な断層上にある東通原発を廃炉にしてください。」など5項目の要請と質疑に臨む。
 すべての行動を終えたところで、簡単な総括をして現地解散となるが、この間、現地の運動団体との交流もあって、「核燃事業断念」の運動に寄与されたものと思う。
 また、自転車の別動隊からは、「8月2日の朝に大間港(下北半島の最北端)まで車移動。弘前(青森)ピース、埼玉ピースの人達と道南(函館)ピースを迎えて、大間村役場へ要請行動。その後、もう3つ申し入れ行動をした」との報告も入って来ている。
 2014年の「六ケ所行動」に参加した私は、核燃料サイクル事業の本元を訪ねたことで、幾らか臨場感をもってこうして毎年の経過報告を書くことは、この愛知での「脱原発」運動の関係者への情報提供の一つでもあると思っている。
 六ヶ所、日本原燃、青森県への、ピースサイクル愛知(私)からの要請を順次紹介したいと思っている。

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2018年8月22日 (水)

ピースサイクル2018「六ヶ所行動」へ要請書

 核燃料サイクル事業の中止を求め
  ピースサイクル2018「六ヶ所行動」は、8月25日から27日であり、25日、26日が土曜、日曜にかかる関係で、青森県、六ヶ所村、日本原燃への申し入れは、月曜日の27日に集中して行われる。
  そこで毎年のことであるが、ピースサイクル愛知から、訪問先3か所への「要請書」を作成し、今日の午後一行宛てに発信して託した。
  この種の要請が、知事、村長、社長に届き、どれほど考慮されるかはわからないが、少なくとも「世論の一部」であり、私たちの主張変わることなく継続されていることは認識されることだろう。また、この申し入れは、地元の関係運動団体に対しても、応援歌としての意味もあろうとかと思う。さらに首都圏から青森まで自転車でリレーしつつ、「六ケ所行動」の主力隊と合流して申し入れに参加する人たちへの激励にもなろうと思う。
  原発を巡っては、2011年の福島原発事故以降、「脱原発」世論が多数派になってはいるが、年々風化されていないか危惧する。そんな中での「ピースサイクル全国運動」の意義は大きいものがあると私は自認していて、それが今日まで続けられ、支えられてきたといえる。そしてメッセージ、要請書を書き、送り続けているのである。
  とはいえ今年は、文書作成に苦労を重ねた。例年以上に行き詰まった。思い切って全面的な書き直しも考えたが、ついにそのきっかけがつかめず、昨年の文書を下敷きにしたものになった。それでも核心部分はしっかり押さえた積りなので、躊躇せずに送り出した。

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2018年8月16日 (木)

六ヶ所ピースサイクル

  激走の仲間へ応援メッセージ
  8月17日から始まる「東海村現地行動」をスタートとする東北のピースサイクルは、いわき市、郡山市、仙台市、一関市、盛岡市、八戸市のルートを辿り、25日に六ヶ所村役場で「六ケ所行動」に参加する仲間、函館からの仲間と合流する。そしてピースサイクル2018を締めくくる「六ケ所行動」が始まる。その日は、六ヶ所村村長宛ての申し入れを行い、翌26日に日本原燃社長宛の申し入れを行い、27日には青森県知事への申し入れを行うという予定だ。
  その出発に先立ち「六ヶ所ピースサイクル参加のみなさまへ 愛知からの応援メッセージ」を今日の午後に発信した。長旅にして天候不順もあり、体調の維持に努め、それぞれの地域での交流を深め、「核燃サイクル廃止」の成果を上げてほしいと願うばかりである。
 応援メッセージの一部は、次のようなもの。
  ~ 24年目の「六ヶ所ピースサイクル」は、首都圏から、茨城県、福島県、宮城県、岩手県、青森県を結ぶルートをたどりながら、それぞれの地で活動する「脱原発・反核燃」市民団体と交流し、運動を共有するものと思っています。とりわけ3・11の東京電力福島第一原発事故以降「日本原燃・再処理工場」における想定外の大地震による放射能汚染の危険性のほか人的ミス(ヒューマンエラー)等々、再処理工場の存在、稼働に重大事故の心配は増すことはあれ、消えることはありません。そのような中での東日本を辿っての「六ヶ所ピースサイクル」は、みなさんの尽力、奮闘によって継続されていることに敬意を払うものです。
  最後に、翁長雄志沖縄県知事のご逝去を悼み、辺野古新基地建設阻止・全米軍基地撤去に向けた闘いを誓い、ピースサイクル一行のみなさまの頑張りと無事を祈りつつ、この愛知での運動の前進をもって応えていきたいと思っています。現地の運動団体へは、一行のみなさまからよろしくお伝えください。~
  出来ることなら、ピースサイクル全国マップの全参加はムリだとしても、幾つは同行したいと思っているが、年々歳々その気力が削がれていく現実がある。まずはその障害を取り除く知恵からはじめねばならない。

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2018年8月 9日 (木)

長崎原爆の日に

 田上富久市長へのメッセージ
 昨日、翁長知事が亡くなられた報に接した時、“8月って、なんでこんな悲しい出来事が重なる月なのだろう”とぼんやり想ったことを思い出した。
 例年のごとく、今年もまたピースサイクル愛知として、長崎原爆の日の今日、田上長崎市長宛てに平和メッセージを送った。内容としては、松井広島市長宛のものと重複する部分が多いので、一市民として私自身のメッセージを送った。
      長崎原爆の日を迎えるにあたり
          平和のメッセージ

 来る8月9日の「長崎原爆の日(原爆忌)」を迎えるにあたり、名古屋市民の一人して、また「ピースサイクル運動」参加の一人として「非核・平和」のメッセージをお送りします。
 この1年を振り返ってみますと、地球温暖化・気候変動のせいでしょうか、西日本を中心とした集中豪雨の災害が繰り返されました。また昨年にも増して日本列島を包み込んだこの夏の猛暑は、異常ではありますが亜熱帯化の端緒ではないかとの不安を覚えます。そして相変わらず子どもたちへの虐待、老人保健施設などでの殺人も後を絶ちません。
 これらすべて悪しき政治のせいとばかり言えないとしても、心ない安倍首相、閣僚の言動の一つ一つが積み重なって、社会全体が無関心・諦めと共にヒステリックになっていないか危惧するところです。
                  ◇
 さて73年目の「戦災・被爆の長崎の夏」がやってきました。
 報道によりますと、昨年7月以降に長崎原爆資料館に寄贈された資料を展示する「収蔵資料展」が3日、長崎市平野町の同館で始まったとお聞きします。被爆の惨状を伝える被爆者の遺品など、12人から寄せられた計68点が並ぶとのことですが、それは新たな悲しみ、怒りと共に、永続的な核なき平和の社会、くらしを求める思いを強くさせるものではないでしょうか。
 貴職の、昨年の「長崎平和宣言」を読み返し、「核兵器廃絶」への強い思いと取り組みに感銘を新たにするとともに、私自身もまた、“老い”に負けることなく、長崎の心と繋がりながら、この地で「反戦・平和」「全ての核の廃絶」の運動に取り組んでいきます。
                  ◇
 私は、長崎と共に被爆地広島、原発事故の福島、米軍基地が集中する沖縄を忘れることなく、そして世界の全ての核の廃絶を求めてご尽力されている貴職の応援団の一人として、「長崎原爆の日(原爆忌)」を共に迎え、歩み、心に刻みたいと思います。
 世界で加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の副会長として、貴職のますますのご精励を期待いたしております。
              2018年8月4日

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2018年8月 6日 (月)

PC愛知から広島への平和メッセージ

政府に「核兵器禁止条約」の進言を
 去る2日に送ったメッセージの概要を書き留めておくと。
  73年目の戦禍、敗戦の日本の夏、戦災、被爆の広島の夏がやってきました。
  8月6日の「原爆の日(原爆忌)」を迎えんとした7月、その広島に「平成30年7月豪雨」(西日本豪雨)と命名された集中豪雨が襲いかかりました。報道によりますと、広島県の住宅被害は浸水も含めると7月19日までに、38,000棟余に及び、広島市安芸区矢野東で、土砂崩れにより約20棟の住宅が倒壊、安芸区では11人が死亡されたといわれます。ここに亡くなられた方のご冥福と、被災された方へのお見舞いを申し上げ、広島市をはじめ被災地自治体のご苦労に心し早期復旧を望むものです。
                              ◇
今年もまた私たち「ピースサイクル全国運動」は、「非戦と平和」「全ての核の廃絶」を訴えて全国の仲間と共に、「ピースサイクル」運動を続けております。今年で33年目を迎えました。
私たち「ピースサイクル愛知」は、東海道・山陽道をリレーするルートにあり、7月26日に豊橋市で静岡県からのリレーを受け(中略)28日には、航空自衛隊小牧基地を訪ね、(中略)そして広島へとつなぐ岐阜の仲間にリレーしました。
                              ◇
  さて私たちは、今年もまた「原爆の日(原爆忌)」の記念式典で貴職が読み上げる「広島平和宣言」に注目しています。それは広島県民のみならず、広く私たち「被爆国日本、日本人」の、平和と核兵廃絶の希求、その決意を示すものであり、世界へ発信するものになるからです。
  昨年は、7月7日にニューヨークの国連本部で行われました核兵器禁止条約制定交渉会議で「核兵器禁止条約案」が、国連加盟国中120ヵ国以上の参加で賛成122という圧倒的な数で採択されました。しかしながら残念なことに、世界で唯一の戦争被爆国であり、核保有国と非保有国の橋渡し役を求められていた日本はこの会議に不参加を表明しました。
  私たちは、こうした政府の姿勢を残念に思うと同時に、そうであればなおさら貴職が、加盟都市6,700を超えた平和首長会議の会長として「核兵器禁止条約」に賛成し、「更なる核廃絶の決意」を日本政府に要請し世界に示して下さい。そして「平和宣言」に盛り込んでほしいと願うものです。
                                ◇
  私たちの求める「全ての核の廃絶」は、「核兵器」はもちろんですが、「原子力(核)発電」も含まれます。(中略)世界から「核の脅威」から解き放たれるためには、核兵器に使われるプルトニウムを生み出す原発をなくすことが欠かせません。その意味からも原発を含めた「すべての核」の廃絶こそ、「原爆許すまじ」に繋がっていくものと確信しております。どうぞ、「原発ゼロ」にも力をお貸しください。
  最後に、貴職のますますのご活躍と、非核・平和への取り組みを期待しております。
 

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2018年8月 4日 (土)

長崎に平和メッセージを送る

 個人のものも添えて
 広島市長へのメッセージを「ピースサイクル広島ネット」へ送ったのに続いて、気持ちが乗っているこの時、田上長崎市長宛の平和メッセージを、ピースサイクル愛知としてまた個人としてのもの2通を今日の午後投函した。
 個人として書いたものの末尾には「私は、長崎と共に被爆地広島、原発事故の福島、米軍基地が集中する沖縄を忘れることなく、そして世界の全ての核の廃絶を求めてご尽力されている貴職の応援団の一人として、『長崎原爆の日(原爆忌)』を共に迎え、歩み、心に刻み、ここに平和のメッセージを送るものです。」の一文を入れて締めくくった。
 やはり広島、長崎、福島、沖縄は、一括りにすべきでないとしても、忘れてはならないものとして、私の中では(かなり意識的に)同居しているのである。
 長崎へは、1980年代ころであろうか一度だけ行った。それはかつて1970年代三菱名古屋の闘いの指導・支援を受けた三菱重工長崎造船所の第3組合「三菱長船労組」を単独で訪ねた時だった。戦争と原爆の痕跡と平和公園を案内された記憶があるがかなり薄れてしまっている。“長崎へはもう一度”が最近の願望であり、「ピースサイクル長崎行動」への参加が一つのきっかけではあるので、今年こそはと思いつつ、ついに腰が上がらなかった。
 当たり前のことだが、日々刻々歳かさが増していくので、思い立った時に行動しないと、体力だけでなく気力も萎えていくであろうから、ここ数年が“勝負歳(年)”であろう。
 ともかく、広島、長崎へのメッセージを送ることができたので、間髪を入れず次の仕事に着手したい。

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2018年8月 3日 (金)

広島市長にメッセージを送る

  豪雨災害のお見舞いを添えて
 いったん着手しながら、どうにも先に進めなかったピースサイクル愛知からの、広島市長へのメッセージを昨夜遅く投函した。
 文章が行き詰まるのは、一つは10年、20年と書き続けていると、パターン化して嫌悪感というか、価値観を見失うことがままあるのである。そんな時新しい情報が入ってくるとそれが動機となってスタートできるのだが。
 もう一つは今年の場合、昨年のメッセージを読み返して“これって、完璧じゃん”と柄にもなく自惚れしてしまって、これ以上何が書ける?となって止まってしまったのである。
 何とか2日中に投函しないと間に合わない、という時間的切迫感がある程度集中力を高め、ふとした思いつきに出会うことがある。それが今回は「西日本豪雨」災害であった。それ自体「非戦・平和」「全ての核の廃絶」と直接的関連はないのであるが、序文に「・・・広島市安芸区矢野東で、土砂崩れにより約20棟の住宅が倒壊、安芸区では11人が死亡されたといわれます。ここに亡くなられた方のご冥福と、被災された方へのお見舞いを申し上げ・・・」というように据えたところ、本文も前年のものを下敷きにして一気に書き進んだのである。
 午後11時50分頃、3~4分先の郵便ポストに投函した。その帰り、南の空を見上げると、火星が(多分)はっきり見えた。あれほど難渋していたメッセージが「一気呵成(かせい)」に仕上がったのは、「火星」の後押しがあったから?
 この流れに乗って続けて長崎市長へのメッセージに着手したが、これは早かったので、併せて個人としてのメッセージを送ることにした。しかし、ここでまた中断したが、明日中には仕上がるだろうと踏んでいる。
  こうした流れを大事にして、「六ヶ所ピースサイクル」の、青森県知事、六ヶ所村長、日本原燃あてのメッセージ、申し入れ書も早期に手掛けたい。

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