2019年11月22日 (金)

ピースサイクル全国会議特集

   C&Lリンクス愛知電子版・第69号
  10月28日の第68号以来、久しぶりの発行を終えた。この間発行するに足りる材料がなかったわけではないし、体調も安定していたが、ピースサイクル2019の総括、全国会議に向けて、愛知からの報告書作成に集中していたことによる。報告書は全32頁で、地域で配布、全国会議に持参を合わせて50部余りを製作した。
 電子版・第69号の内容は、1)ピースサイクル2019全国会議の報告<運動の総括と政治的課題の議論>、2)第3回立憲パートナーの集いの案内。3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<10月28日~11月14日>、4)「ツネじい通信」 NO57 2019/11/15 そこ退け!無責任政治のお通りだい 5)あとがき
 あとがきでは「・・・このピースサイクル運動が『有志に引き継がれる』か「幕引き」かの岐路に来ていると感じて私は「ピースサイクル愛知の今後について」を提起した。『・・・2020年に33年目を迎えます。この長きにわたる運動も、その理念、目標、行動において今なお輝きを失っていないと思う一方、担い手の減少に加えて高齢化が進み、再生、継続の努力にもかかわらず、リレーの困難さが増してきました。』」と、現状と「これから」の問いかけをした。また「・・・本号の報告の中で『野党批判について』と『自衛隊について』を別個に取り出したが、その問題意識は『立憲パートナー』という自覚から来ているといっていいだろう。この全国会議に参集する人の多くは、党派に幾らかはかかわっているであろうが、所属を明確にしたのは私だけであった。その必要性はなかったかもしれないが、私の立場が、同じ運動仲間からどう映って見えるのかを知ることは欠かせない関心事なのである・・・」
 このピースサイクル全国運動に30数年関わってきたといっても、通年的に取り組んできたわけではないので、地域的な広がり(浸透)は多くない。むしろ参加する人それぞれが、ピースサイクル運動の意義を自らのものにして、他の様々な運動にかかわっていく過程で活かされればいいのではないか、そんな風に思っている。

 

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2019年11月17日 (日)

ピースサイクル(PC)全国会議(2)

 運動に変化を感じさせた意見が・・・
 二日目は午前9時から12時まで、「持続可能なピースサイクル運動に向けて、35年目のピースサイクルの課題はなにか」から始まった。
 議案に沿って(1)「戦争する国」NO!戦争法廃止、9条加憲NOのために野党の連繋、野党と市民連合の連繋で、3分の2体制を打破する総選挙に勝利しよう!(2) 沖縄県民と連携し、新基地は作らせない、オスプレイの全国化を許さない闘いを進めます。(2) 沖縄県民と連携し、新基地は作らせない、オスプレイの全国化を許さない闘いを進めます。(4) 日韓両国の対立を転換させ、日韓民衆連帯を通じた北東アジアの平和を求めます、といったあたりで途中から「反五輪の会」の関係者からのアピール、要請が入って30分ほど東京五輪の問点などのレクチャーを受けた。
東京5輪の問題について
   この件に関しては、来年のリフレットの内容検討時に「反五輪」を入れるかどうかの議論があった。これは直前に届いた議案書でも触れられてはいたが私は異論を唱えた。その理由はオリンピックの開催の是非をいうのではなく、問題があれこれ噴出しているとはいえ、ここまで進んできた段階で「反対」をいうことへの違和感であった。地域に帰って“なんで今になって反対なの?”“これまで反対運動してきたの?”と問われたとき答えようがないのである。「スローガンを掲げたからといって、全てを取り組まなければならないことはない。他の課題も同じことだ」という意見が出されたが、少なくとも他の課題については何年も議論重ねてきているものであり、ピースサイクル運動の中に包括されてきた。この時期に突然出された「東京五輪」とは同じとは言えない。
   結局「反五輪」をいうのではなく、「福島復興がなされないままの五輪・・・」「環境破壊の五輪・・・」といったようなフレーズで入れる、という案で決着した。
市民運動と野党の連携について
   さて本題に戻って、(5)常態化する巨大災害に対して、自衛隊を災害救助隊に改編する訴えを始めます。(6)福島の復興を掲げた東京オリンピックの問題点を指摘した行動を検討します。(7)若い世代との連繋、持続可能なピースサイクルをめざします、と続いた。
   私は(1)の「・・・野党の連繋、野党と市民連合の連繋で、3分の2体制を打破する総選挙に勝利しよう!」というところで発言を求め、「野党との連繋」というけれども、市民運動が「政党の論理を超えられるかが課題だ」、1人区、2人区では「与野党対決の構図」が明確で、「野党の一本化」「野党共闘」は有効だ。その成功例の一つが新潟の参院選挙であった。3人区以上では、特定候補者を応援することはしないから野党候補が複数となれば、結果として票は分散することになる。また市民の側が候補者を立てない限り、政党の決めた候補、政党の政策で選挙が行われる。その政党の論理を超えるにはかなりの市民の力が必要だ。“愛知の状況から私は、立憲民主党にシフト、パートナーになった”と述べた。すると「次は衆院選挙、一人区(小選挙区)だからいいじゃないの」という声が飛んだ。そんな風にして問題点は置きざりで先へ行ってしまう・・・、確かにここでは、こんな議論をしても始まらない、それぞれということなのであろう。そのそれぞれを聴きたかったのだが場違いだったか。
   8番目の「ピースサイクル2020~具体的な取り組み」では、10項目が挙げられた。前年と大差はないが、ホームページの活用について担当の長野から改善策が示された。投稿希望が明記されればアップする。FBに誘導するする案の検討などだ。
ピースサイクル運動に変化か?
   最後に今回の会議で二つの変化を感じた。一つは「ピースサイクル」という言葉は、「自転車で平和を!」ということだが自転は本来「バイク(バイシクル)」だからその意味なら「ピースバイク」となる。だから「ピースサイクル」は「平和(永遠に)を回していくその運動」と解釈する。ということであれば「平和運動」は「自転車リレーだけでなく」様々な形があっていいのではないか。言葉としては語られなかったが、「ピースサイクル」を看板にして反核平和運動に多様性を持たせていいのではないかとの提案と受け止めた。
   もう一つは、ピースサイクル運動がここまで来て「線でつなぐ自転車リレー」が途切れ途切れになっている現在、必ずしも「リレー(つなぐ)」にこだわらなくてもいいのではないか、という意見が出された。確かに首都圏から広島まで東海道、山陽道で繋がってきたが、幾つかのところで、空白ができているが、「繋ぐことにこだわらない」が現実的とはいえ画期的な方針転換といえるだろう。
   愛知、岐阜では、「リレーでやってくるから、途切れさせられない、だから継続してきた」という背景もあるから、「日程は地区の事情で行う」としたら、暫くは続くとしてもやがて自然消滅してしまうかもしれない。
   もっとも愛知では30年目の4年前の頃「ピースサイクル月間を設定して、各地区都合のいい日に行う」を提案したところ、リレーがなくなれば続かない、ということで現在に至った経緯がある。
   2020年の全国会議を11月28日(土)、29日(日)に開催することを決めて散会した。

 

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2019年11月16日 (土)

ピースサイクル(PC)全国会議(1)

 全国の実走報告と「日韓問題」の学習
 PC2019全国会議(総括)の第1日は、東京・飯田橋で予定時間をやや遅れた午後1時30分から、ピースサイクル2019の総括と2020年に向けた取り組みについての意見が交わされた。首都圏の東京、三多摩、千葉(常磐)、埼玉、神奈川そして、長野、新潟、愛知、大阪、広島、大分から約20人が参加した。
 最初に、共同代表の吉野信次さん(千葉)から、この30年に及ぶピースサイクル運動の意義と実績を改めて強調し、今日的な幾つかの課題への問題提起などは評価できるとし、また新たな問題として「東京五輪」を取り上げたいなどと語った。続いて全国事務局(担当は首都圏の5団体)から、各地の実走報告<全走行距離(ピースマイレージ12,179㎞)、ピースメッセージの集計(406件)とその内容、自治体訪問数>などが集計表を基に報告された。
 各地の報告から拾い上げると、①大阪は今年も本走前に「スタート集会」を開いた。大阪から広島へ中学3年生一人が参加した。そんな中で“猛暑でもやるの?心配だ”という声も出たという。また少数で走ったのでハイスピードのメリット?もあった。②柏崎・刈羽原発のある新潟からは“東電の体たらく”あれこれが話された。この新潟では先の参院選挙で野党共闘が功を奏し、一人区で与党・自民党候補を破って打越さく良氏が当選した。③大分は北九州を出発点として中津-別府―四国の伊方・八幡浜-広島の呉―広島を担当したが、世話人のIさんが体調不良で走れなかったという。また今回新デザインの横断幕の図案を示し、採用するかどうかを提案した。④神奈川は、県内走行と同時に「浜岡原発」まで足を延ばし、静岡のメンバーと合同で申し入れを行った。浜岡原発1号機2号機の廃炉が決まっているが、その格納容器の放射能については洗浄するとしているがその時に出る「汚染水」の処理については答えがなかったという。また2020年は、7月23日(海の日)、24日(開会式)は、10月の「体育の日→スポーツの日」を7月24日に移動させ、東京五輪のために連休が設定されるため、日程を前倒ししたいと提案した。その結果7月26日浜松出発は固定されるので数日間の空白日が生ずることとなった。⑤千葉からは、小中学生の「平和大使」を広島へ送れ、という申し仕入れをした。③三多摩では、愛知のHさんが走ったという報告。他に「沖縄ピースサイクル」「六ヶ所ピースサイクル」「ナガサキ行動」についても報告があった。
 愛知からは、32頁の「報告書」を用意していたので、7月27日が台風6号で走行を中止したことなどの実走の報告よりむしろ2020年の35年目のピースサイクル、愛知にとって32年目のピースサイクルを一つの節目としてどうするかの議論を始めていることを中心に話をした。また、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展その後」の展示中止問題を別紙にしたため、それを基に経過と課題、これから等について報告した。併せて岐阜の状況を短く報告した。
 昨今の「日韓問題」についての学習会
 夕食後の午後6時半から約2時間、VTR「植民地支配に抗って 3・1朝鮮独立運動」を観てから最近の状況を踏まえた「日韓問題」について議論し、意見を交わした。
 学習の核心は、一つは昨今の政府、マスコミの韓国叩きが目に余ること。それに引きずられる世論、また野党の認識も甘いのではないか。立憲民主党も国民民主党も動こうとしていない。もう一つは、1910年の日韓併合条約により韓国は完全に日本の植民地となり韓国併合となった経緯を知り、私たちも含めてこの「植民地主義」について「現代的認識」を検証すべきではないか。1965年の「日韓条約」成立時の韓国の政治的、経済的状況と現在では格段に違ってきており、韓国併合、日韓条約時代の認識をもっての外交は間違いであると。
 アメリカが戦勝国として日本を睥睨、にらみを利かせ横暴な態度をとる、そんな態度を日本は韓国に向けてはいないか。徴用工問題、軍隊慰安婦の問題、朝鮮女子勤労挺身隊問題、幼保を含む朝鮮学校教育無償化の除外問題、こうした問題を考えるにつけ、日韓条約で「すべてが解決済み」とだけでは、前向きの外交とは言えないだろう。
 

 

 

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2019年11月13日 (水)

ピースサイクル2019愛知の報告書

   PC2019全国会議に向けて
   16日の午後から17日の午前中にかけて、東京・飯田橋でピースサイクル全国会議(PC2019総括会議)が開催されるが、愛知からは今年も私が参加することになって、その報告書作りに専念してきた。それもあって「C&Lリンクス愛知電子版」の発信が滞ったままである。
   その報告書はA版の全32頁であり、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展その後」の中止問題についての経過報告文書1枚を織り込んだ。
   報告書の内容は、愛知の実走の報告、広島、長崎、六ヶ所などへのメッセージ、自治体、自衛隊、中電、日本原燃への申し入れなど、最後のところで、「ピースサイクル愛知の今後について」を挿入した。2020年はピースサイクル35年目であり、これからを考える節目になると思ってのことである。あとがきでは、以下のように記した。
   あとがき●私たちのピースサイクル運動は、「平和」を大きなくくりとして、脱原発、自然環境保全、沖縄米軍基地問題、安保・自衛隊・戦争法を含む憲法問題、人権、労働、福祉問題に至るまで、多くの課題に向き合っている●そうした総体的な政治的、社会的な感覚を維持しつつ、地域そして個人として関わる個別課題に取り組む、そんなスタイルを「自転車リレー」というツールを使って全国の仲間と繋がってきたのではなかろうか●愛知においては、現在のルート豊橋-豊川-岡崎-豊田―日進-名古屋-小牧をつないで、小なりとも全県的な運動として32年間、今日まで取り組んできた。「市民運動」としては類例を見ないのではないか。その限りでは継続とさらなる発展が望まれる●継続には理念・モットーに現実的課題を据え、それを担う「人」がいてこそ、だ。その「人」は、世代を超えて繋がっていくことで運動は継承される。この原則は、どの世界でも共通している●人の不在で継承が難しくなれば消え去るのも“成り行き” というほかない。あるいは新たな発想、手法による「起業」が模索されても良い●そのような状況に直面しているのがピースサイクル愛知の現状であり、35年目を迎える2020年は、その「分水嶺」といえるだろう。そうした認識のもとに「ピースサイクル愛知の今後について」を提起した。4年越しの課題である●先のことは分からないが、個人的には「PC2020」をラストランとして、短い距離でも自転車で走ってみたい。(11月13日)

 

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2019年8月 7日 (水)

長崎市長へメッセージを送る

 個人のものと2通を同時に
 目覚めた朝、今日の予定は?まず長崎市長宛のメッセージを読み返して投函から始まるなと思った瞬間、広島と同じ個人としてのメッセージがないことに気づく。諦めるか、踏ん張るか。暫く瞑想して筋書きが見えてくるか探ってみた。そうだ「平和」という詩が残っていた。これが使えないだろうか、この地元では公開済みなので使えないが、長崎ならいいだろうと考え、それを採用すれば、全体の3分の2が埋まる。あとはどうにかなりそうだ、ということで朝食前に一気に仕上げた。
 内容としては、「ピースサイクル愛知」からのものと重複するが「また安倍政権は『核兵器禁止条約』への参加、批准を拒み続けています。トランプ米大統領は、ロシアとのINF(中距離核戦力)廃棄条約を破棄することを表明し8月2日には、このINF全廃条約が失効してしまいました。この先中国を含む「核軍拡競争」が強まることがとても心配です。
 貴職が副会長を務められる世界の7785の都市が加盟する「世界平和首長会議」が、何らかの行動を起こすことで、
こうした流れを押しとどめることはできないものでしょうか。」が中心部分。
 新味がないなあという思いが残ったが、伝えたいことは書き入れたと思うので、2通を添えて午後に投函した。

 

   私には「貧乏体験」はあっても「戦争体験」はない。この先何年かして書くこともなくなった時、話し言葉としての「非戦平和・核の廃絶」をどう伝えればいいのか、と思うことがある。
   意識として世代の役目は終えた、見守るだけでいいのか、日ごと、月ごと、年ごとにか細くなっていく「線」であっても、切らさないことも生き方の一つ、と考えればいいのか。
 一仕事終えてなんとなくこんな思いがかすめていくのである。

 

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2019年8月 6日 (火)

8・6広島原爆忌の朝

 夜には、長崎メッセージを仕上げる
 昨夜はパソコンの不調で、「C&Lリンクス愛知電子版・第53号」の送信に時間をとられ、午前3時就寝となった。
   午前8時には何とか目覚めたが、スマホを見ているうちに、いつの間にかまた寝入ってしまった。
   ウトウトしているほんの少しの時間だったと思うが、「忘れない!ヒロシマ、ナガサキ、オキナワ」と思いつつ、「忘れないはいいが、伝えたいがないではないか」がかすめた。
   私的なブログ、ミニコミ誌で伝えてはいるが、“わが家”にそれがない。子どもに正面から話したことはなかったと思うし、孫にはまるでない。ひょっとしてかなり先で“書き遺した”ものに目を触れる機会があるかもしれないが、それで良しとはならない。他の仲間たちはどうしているのだろう、先輩たちはどうしたことだろう。
   午後のニュースを見て、切羽詰まっている「長崎市長」宛ての「平和メッセージ」に取り掛かったが、全く進むことができなかった。前年のものの丸写しでも、出さないより出した方がいいかな、と安直な方向に傾いていったが、トランプ大統領のINF(中距離核戦力)廃棄条約の破棄の問題がきっかけとなって進み始めた。愛知の状況としてリレーの経過とともに「あいちトリエンナーレ2019」の問題を付加することで、何とか仕上がった。明日の午前中に投函すれば、何とか間に合うだろう。

 

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2019年8月 1日 (木)

松井一美広島市長宛へ

   ピースサイクル愛知からの平和メッセージ
 この時期、8月の「原爆の日」に向けた広島、長崎両市長宛ての「平和メッセージ」を、ピースサイクル愛知として送り続けている。今日になって松井一美広島市長宛のメッセージが完成し、明日投函する。8月5日までには、「ピースサイクル広島」のもとに届くだろう。全国から届いたものは、まとめて松井市長に届けられる手はずとなっている。長崎市長宛も同じである。
 永年にわたって送り続けていると、メッセージの内容に変化がつけにくくなる。前年からの1年のうちになにがしかの動きがあれば、それを挿入することでいくら変化を持たせることができる。
 今年は、松井市長がためらっていた「核兵器禁止条約」について、日本政府に参加を促し、批准を求めるとの意向を固めたとの報道により、これを後押しする一文を挿入したが、あとは前年と同じ流れとなった。
 とはいえこれらのメッセージは、本来ピースサイクル愛知としては当然だとしても、個人、或いはグループによる共同署名でもいいから、個別に送ることが望ましい。ピースサイクル長野がこれを実践していて素晴らしい。
 これは自転車に乗って追従していくのが難しくなった私をはじめ高齢者にとって出来ることの一つではないだろうか。書くことが苦手、と最初から尻込みする人が多いが、形式を整え、起承転結の一文を書く必要はなく、短く、思い付きの5・7・5の俳句・川柳風でもいいし、5・7・5・7・7短歌風でもいい、まず送ることだ。だから「暑中見舞い風」でも構わないわけだ。
 というように、もう少し早めに、丁寧に知らせて促していればよかったのだが、それを怠ったので大きなことは言えないのだが。

 

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2019年7月29日 (月)

C&Lリンクス愛知電子版・第52号

   ピースサイクル2019愛知を特集
 参院選挙に続いて「ピースサイクル2019・愛知」の3日間が昨日で終えた。「C&Lリンクス愛知電子版」は7月21日・第51号の発信のあと少し間が空いた。そこでピースサイクルの報告と電子版の発行を組み合わせて、第52号を編集した。
 内容は「ピースサイクル愛知特集」として1)今年もピースサイクル運動に取り組みました「ピースサイクル運動って、どんな運動?」2)ピースサイクル2019 愛知-7月26日豊橋~28日小牧基地まで。3)7月27日の夕刻、金山駅で配布予定だったチラシ。4)「ツネじい通信」 NO45  2019/7/24 「梅村選挙」無念なり。このカベどう破りしや。5)あとがき。
 あとがきでは、●今号は「ピースサイクル特集」とした。30年以上続けてきた運動ではあるが、ほとんど「仲間内」の取り組みで、外へ外へと広げていくことはしなかった。自転車走行だけなら10人前後がまとまりやすく「安全」が確保できる領域、という判断もあった●その意味では「運動」と言えたかどうか。葛藤もあったし忸怩たる思いもあった●それでもこの運動を記事化して本誌に載せたのは、政治活動=選挙ばかりではない、ささやかでも地域における継続した運動、市民運動あってこそ、だ。少なくとも私たちの「反戦・反核・平和・人権」をベースに、安倍政治を問い、原発に反対し、沖縄基地問題を訴え、自治体や自衛隊基地、中部電力に申し入れをしていく意義は小さくないし、そこから派生して別の運動につながる、そんなことも秘かに期待してのものだった●立憲民主党、党員、パートナーのみなさんに、この思いは通じるであろうか●参院選挙の私的な「総括」は、これからとなるが8月10日までにはまとめたい。
 私のつぶやきはいつも“ネガティブ”になりがちだが、小なりとも“成果”を織り込んでいるつもりだ。また、指示、要請の類より“自発的な”参加を促すことに重きを置いているつもりだが、果たして伝わっているかどうか。

 

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2019年7月28日 (日)

ピースサイクル2019愛知(3)

   名古屋から小牧基地へ、岐阜へリレー
 7月28日-午前9時までに今日の自転車隊6人と、街宣車の3人が揃った。そこで市役所を背景に全員写真を撮り、“休憩をとりながら、無理のない、安全走行”を要請して、ピースサイクル愛知の最後のコース、市役所前から航空自衛隊小牧基地までの約18㎞コースに出発、街宣・サポーターとして送り出した。
 自転車にのぼりをつけ、自転車の前面に看板をつけての走行そして街宣車がサポートすれば、それなりに“何の運動か?”は分かってもらえただろう。
 市役所から国道41号線に出て北上し、黒川で右折して辻本通(県道102)に入ってから第1回目の小休止、矢田川に架かる改修の整備の終わった三階橋を渡り、さらに庄内川に架かる水分橋を超えた先で2回目の小休止、そこらは中間点の少し手前になろうか。幸い雲が出ていて、気温は高めでも真夏のカンカンれ照りよりは少し和らいでいた。
 10時30分航空自衛隊小牧基地横のクリーニングショップ前に到着。暫くして岐阜ピースサイクルのメンバーも揃ったところで、基地ゲート前にて船倉航空自衛隊小牧基地司令宛ての申し入れを、名古屋実行委員会代表が読み上げて手渡した。
 内容は1)「航空祭」について、ブルーインパルスの展示飛行の中止。2)F35Aステルス戦闘機の墜落についての見解。3)3、ホルムズ海峡のタンカー攻撃への対応での自衛隊派遣の動きについて。4)朝鮮半島をめぐる動きについての見解を問う。5)日米地位協定についての考えをお伺いしたい。
 総勢17人。雲が切れた炎天のもと、自衛隊の対応はゲート前のふちっこ、歓迎したい“お客” ではないにしろ、長居をするではなく、国民を守る仕事なら、部屋を用意するくらいの対応の仕方があろうものを。
 11時半ころ、全員写真を撮って岐阜に向けた一行を見送って愛知のチームはここで解散した。この3日間、台風に祟られたが、とにかく無事に終えることができた。
 これから先は、この報告をまとめることと、広島、長崎両市長、沖縄県知事宛てのメッセージ、「六ヶ所ピース」に向けたメッセージ4通をもって、ピースサイクル2019は一区切りとなる。11月に全国(総括)会議が開かれる。

 

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2019年7月27日 (土)

ピースサイクル2019愛知(2)

   走行を全面中止、日進交流会を開催
   台風6号の影響をまともに受けると予想された今日の自転車走行は、全面的に中止した。
   今日の予定の決断を迫られていた私は、昨夜10時過ぎに「天候の回復がない限り、全1日自転車走行は中止する」「正午からの日進市民交流会は開催する」という決定をして周知した。
   実際のところ、交流会も含めてピースサイクル全体を中止することも選択肢に入れていたが、「岡崎から名古屋まで、主要なメンバーが集まる機会はこの日しかない」「2020年は、ピースサイクル運動35年目になる。この節目を迎えるにあたって、今後の方針について意見を聞く機会としたい」「日進市民グループのおもてなし、交流の機会は意義深い」という背景をもって、「日進・市民交流会」は決行したのだった。13人が参加した。
   主催者側から、歓迎の挨拶と、日進の市民グループから近藤市長あてに出された申し入れ書の、回答書が読み上げられた。文書を聞いて、それをみて“おやっ!”と思ったのは、まず、差出人が誰かということと日付が書かれておらず、文書の形式が整えられていない。さらに、これまで途切れることなく市長名で出されてきた広島、長崎両市長宛ての「平和メッセージ」については、「控えさせていただきます」とあり、この豹変は何だ?この4月に新しく就任した市長そのものの「意思」として出されたものなのか。たまたまこの日は、市民派女性議員3人とも出張のため不在であったから、今少し事情が分からなかったが、来年に向けては“善処”してもらうことにした。
   市民グループのみなさん他からカンパもいただき、私からお礼を述べて「昼食会」に入った。
落ち着いたところで、全員の自己紹介、運動紹介などがあって、来年以降の取り組みについてひとしきり意見を出し合った。私からは、全国の状況の報告と私のもとでは今以上の発展性も継続性怪しいもので、どなたかに引き継いでもらいたいなどと述べた。その場では結論らしきものは出ず「この課題は先送りとなるが、とりあえず来年は取り組むこととしたい(宿題としたい)」とした。
   午前11時過ぎから1時間以上激しい雨に見舞われたこの地域。散会した2時過ぎでは、雨脚は弱くなっていたが、やはり自転車で走れる状況にはなく、「安全第一」を旨とするピースサイクルとしては、走行中止は正解だったといえよう。

 

 

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