2019年6月14日 (金)

株主総会あれこれ

 地域運動のターゲットの3社
 6月は、株主総会が集中する時期である。私も在職中に取得した三菱自動車の株と、脱原発運動に賛同して中部電力の株を持っているが、「投資」とは無縁である。
 三菱自動車の株主総会は東京なので行くことはないが、中電は名古屋なので機会が合えば出席してきた。今年も出席を予定しているが、「質問項目」が思いつかないのが悩みの種。原発反対株主が既に質問書を出していて、ポイントが押さえられているから、別の観点が必要でそれが見つからない。ピースサイクルで東京電力に申し入れをしているので、そこからヒントが得られるかもしれない。
 JR東海の株主総会も名古屋であるが、「リニア中央新幹線」建設に反対するグループから、株主として出席するかどうかが知らない。愛知からの出席の情報は聞いていないが、一人、二人株主になって発言することはしないのだろうか。
 かつて私は、237人の不当解雇と戦うフィリピントヨタ労組(TMPCWA)を支援する運動のかかわりで、一度だけトヨタ自動車の株主総会に出席したが、その時は指名を受けられなかったので発言が出来なかった。それはそれで残念であったが、この時支援する会はバックアップの体制は組まなかった。私は少々落胆して株を手放した。その後支援する会は、毎年株主に向けてこの労働争議の早期解決を求める趣旨のチラシを株主に配っているが、やはり、株主総会の中で発言する効果は大きいと今でも思っている。トヨタの株主総会は昨日だった。
 日本の株主総会の実体から、大金をはたいて株主になって株主総会に参加することはあまり評価されないのかもしれないが、少なくとも中電の株主総会を見ている限り、目に見える効果はないが、会社側にそれなりの影響を与えていることは確かだ。「脱原発」の世論に根強いものがあるからだろう。
 この愛知では、トヨタ自動車、JR東海、中部電力の3社が地域運動のターゲットになっている。

 

 

| | コメント (0)

2019年6月11日 (火)

C&Lリンクス愛知電子版

   冊子に表紙をつける
 中学同級生による作品展に展示する「C&Lリンクス愛知電子版」を冊子化する主作業が終わり、表紙をつける作業に入り、何とか終えた。
 表紙はできるだけシンプルにしたいとタイトル(巻数)と発行元の記載以外は、中心部にカット一つだけを入れた。
 そのカットに一文を添えた。
第1巻 積み重ねた本のカット絵に、「知識は積み重ならない。自由に飛び交って、止まり木がある所で輝き始める。」
第2巻 ピアノの鍵盤のカット絵に、「動ずる者、語る者に リズムがなくて、どうして人は歌い、踊ることができようか。」
第3巻 テーブルと椅子のカット絵に、「私には指定席がなかった。いつも居場所、椅子を探していた。今も彷徨の日々の中にいる。」
第4巻 アルコールランプのカット絵に、「誰もが持っているように私も心の中に ランプを持っている。ただ灯すだけの油を持ち合わせなかった。」
 裏表紙は全巻共通で、波紋の中心に鉛筆一本を立てたカット絵に、「書かねば、書きたい、書く、書けば」と入れた。
 しゃれた積りだが、陳腐の域を出ないといわれるかな。ま、いいか。
 あとは最終工程の製本作業が残っている40~50ページを綴じるのに市販のホッチキスでは役立たない。以前には、表と裏からホッチキスで打ち込んで束ね、それを製本テープで覆い隠す方法をとった。それで一応形は整う。電気ドリルで穴をあけ製本用のひもで括る方法も考えたが、電気ドリルを買うに至らず諦めた。
 これで出品予定の3分の1くらいかな。あと1週間しかない。他事に関われない。

 

| | コメント (0)

2019年5月31日 (金)

C&Lリンクス愛知電子版を展示に

 同級生の作品展示会へ
 6月20日からの中学同級生による趣味の第2回作品展で私は、もっぱら「詩・詩画」を中心に出品を考えてきた。だが、もともとテーマが「私たちの小さな足跡展」であるから、私の「足跡」は、「詩」が多くを占めてきたわけではない。むしろ労働運動、地域活動、政治活動こそが私の「小さな足跡」なのだ。ただ出品の全体の傾向として、そうした「活動」に関連したものはなく、絵画(洋画、日本画)、写真、工芸・ステンドグラス、陶芸、パッチワーク、裁縫、篆刻、文芸・出版などが主流であった。
 2016年の第1回の時の私は、「詩・詩画」だけであったが、それも「社会詩・労働詩」的なものとは無縁のものであった。ということではあるが、逆に毎年の「年賀状」では、政治的なコピーを挿入してきたから私の“正体”は、一部の人を除いて部分的にしか知られていない。
 年齢的に、この先のことを考えると、“もう一人の私”を露わにしてもいいかな、そう思い始めたのである。とはいえ展示することになるから発刊物が中心になる。「C&Lリンクス愛知」の紙版と電子版、休刊となった「ACTION REPORT」、映画鑑賞会「シネマ散歩・緑」も加えようと思っている。
 材料はそろっているので、表紙をつけ、製本化し、若干のコメントをつければいい。まだ3週間あるがこれにかかりきりにはなれないので、ピッチを上げて6月10日を目途に仕上げを急ぎたい。
   「C&Lリンクス愛知電子版」は、1号から40号までを4巻に分けて製本化する。現在2巻まで印刷を終えた。

 

| | コメント (0)

2019年5月28日 (火)

市議選を終えて、小野澤美希と仲間たちの懇親会

  本人のこれからは?
 4月7日の投開票日から1か月半余りが過ぎた。4月10日には総括会議が開かれ、一昨日26日の「懇親会」をもって「小野澤選挙」は一区切りとなった。
 一方立憲民主党としての総括は、4月28日に「愛知3区・第13回立憲カフェ」として、統一地方選挙を振り返る集まりがあった。
 こうして一連の経過をたどったのであるが、次の参院選挙(衆参同日選挙?)に動き出しているため、総括に基づく「党体制」の補強ないしは再構築あるいは「新機軸」たる展望の議論は先送りのように思われる。
 「懇親会」には、小野澤美希さんをはじめ、近藤昭一衆院議員、斎藤亮人名古屋市議、齋藤縣三選対本部長、荻野事務局長など主要なメンバーに元参院議員の堀利和さんも列席された。場所柄、全体を通しての交流は難しく、私も会話ができたのは数人に限られ話題も個人的な領域のものが多かった。
 参院選挙に関しては、6月1日に「筆談ホステス」として知られる「斉藤りえ」さんを迎えての「名古屋集会」の開催が紹介された。
 呼びかけによれば、「斉藤りえさんはろうあ者、シングルマザー、そして女性といった二重、三重の社会的ハンディ、マイノリティの立場から、その声を国会へ」であり、かつて国会には八代英太さん(車いす)、堀利和さん(視覚障害)のお二人がいたが今は誰もいない。斉藤りえさんを何としても国会に送りたいとのことだった。
 さて、小野澤美希さんの現状とこれからどうされるのかについては、特に紹介はなかったが、参院選挙が終わった頃までは決めたいとのことだった。再挑戦も一つの選択肢であろうが、そのためにはいくつかの課題を超えねばならず、本質的な「障がい者問題」を取り組むのは議会の場でだけではない、ということもあるかもしれない。
 こうした問題は、「個人的な判断」が第一義としてあるが、支える側の意思も重要なポイントである。

 

| | コメント (0)

2019年5月21日 (火)

中学同級生による作品展

 創作の継続は難しい?
 2016年の第1回開催から3年、鳴海中学校同級生(恩師も参加)の作品展「私たちの小さな足跡展」の第2回が、6月20日から4日間、地元緑区で開催される。私も詩を中心に出品予定である。
 今日の第2回実行委員会では8人の出品者が決まったが、これは前回の15人の半分だ。趣味にはいろいろあるが「創作」の継続は難しいということかもしれない。
 私の場合の前回は、同級生の絵に詩をつけて出品したが、今回は絵の提供がないので、詩だけになるか、写真かイラストに詩をつけることになりそう。また、何かテーマをつけようと思っているが一つは「老」でありもう一つは「動(わが活動)」にしようかなと目下考慮中である。「動」はこれまで「C&Lリンクス愛知」に発表してきたものなどから。「老」は書下ろしであるが詩作が進まない場合は「随筆」とセットになる。
 「芸術」は、老いて衰退するとは限らない。本格派の人は、益々極めの道に歩むことがあると思う一方、私のような片手間に向き合っている場合は、老いと共に「詩泉」は枯れがちとなるだろう。
 あと開催日まで1か月を切って、制作の進捗は50%くらい。統一地方選挙の間、手つかずであったのでこの5月が追い込みの時期であったが、あまり進まなかった。選挙結果が影響しているとは思いたくないが。

 

| | コメント (0)

2019年5月12日 (日)

C&Lリンクス愛知電子版・第38号

   原発の危険性・被爆について
 前日に引き続いての発信である。それというのも昨日の元福井地裁裁判長樋口英明さんの講演会の報告記事が色あせないために記事化を急いだからである。
 5月11日、「老朽原発40年廃炉訴訟市民の会」主催の「樋口英明さん講演会&トーク」が開催された。参加者は100人余、半数は女性と思われた。原発の危険性、被爆問題に関心が高いのだと思う・・・の書き出しで、第38号の内容は、1)忘れない!フクイチ原発事故いま一度、原発・被爆問題を考える-元福井地裁裁判長 樋口英明さん講演会 2)政策推進優先の科学に反省を 宗教学者・島薗進さん「原発事故の健康被害は未解明」 3)「ツネじい通信」 NO35 「関ナマ」弾圧が、私たちに教えてくれること 4)没後10年、忌野清志郎さん 誠実な言葉、時を超え 5)「第20回リベラル政治懇話会」 統一地方選挙を闘って― 4名の候補者は語る ― 6)あとがき
 そのあとがきでは、・・・私だけかもしれないが「忘れない!フクシマ、オキナワ」を呪文のように反芻していないとその問題に意識照射することが途切れがちになる。逆に言えば、私は経験的範囲内でしかないが問題意識を「全方位」にとっている。ある意味ではこれが“弱点”になっているのかもしれない。課題を深堀、追求しきれないのである・・・。と書いた。

 

| | コメント (0)

2019年5月 8日 (水)

原発問題か政治課題-選挙・憲法か

   同日開催、選択に悩む
 気持ちの上では、地方選挙が終わった後の虚脱感から抜け切れていない気がする。連休期間中の、例えば4月29日の天皇代替りを機に天皇制を考える連続企画 第4回「天皇代替りに異議あり」の集会、5月1日のメーデー、3日の憲法集会、いずれもパスした。
 パソコンに向き合っていても、今一つ気が乗らないまま、駄文を書き連ねるばかりであった。「C&Lリンクス愛知・電子版」の次号は構想すらできていない。紙版の次号88号も手付かずで、2011年半ばまでに「100号達成」目標は霞の中のようですらある。
   それでも中学の同級生による「第2回作品展」の実行委員会開催案内のはがきとメールの仕事をこなしたことから、少しずつ気合が入ってきた気がする。
 5月11日に二つの集会が重なっている。一つは、「樋口英明さん講演会&トーク」(主催/老朽原発40年廃炉訴訟市民の会)で、トークは樋口英明さん×池住義憲さん×藤川誠二さん。もう一つは、戦争をさせない1000人委員会あいち主催の「戦争をさせない1000人委員会あいち総会&講演会」で、講師に山口二郎さん(法政大学法学部教授)を迎えた講演会「安倍政権にかわる新しい選択肢~改憲発議の阻止と参院選での躍進をめざして~」の二つ。
 原発問題か政治課題-選挙・憲法、どちらも外せないので大いに悩んでいる。
 個人的な事情、動向とは関係なく、政治も社会はどんどん先に行く。それと並行しながら“わが道を行く”でなければならないが、今少し時間がかかりそうだがまずギアをニュートラルからドライブに入れないと始まらない。
 

| | コメント (0)

2019年5月 3日 (金)

5・3憲法記念日

 アクセルに足を乗せたままではあるが
 この日の憲法記念日に関して東京から「5月晴れ、天気最高で、有明防災公園の5・3憲法集会参加。6万5千人、人、人、人の波。オプコンは、獄友イノセンスバンド、メインは神田香織進行で始まった。高田健主催者挨拶。次が湯川れい子84歳、戦争体験者からのメッセージが発せられた。ピース自転車隊も登場、チラシ配り、署名に奔走。」という「ピースサイクルの仲間」からのメールが届いた。
 名古屋では「愛知憲法会議」の主催、改装なった名古屋市公会堂で「憲法施行72周年記念 市民のつどい 転換期の憲法」が開かれた。そして集会の終了後に、安倍9条改憲NO!あいち市民アクション、愛知憲法会議、あいち九条の会の呼びかけで、「改憲策動のとどめを!安倍9条改憲NO!戦争する国に変える改憲はゆるさない!」のスローガンのもとでデモ行進が行われた。
 こうした「記念日闘争」に私は、かつては必ずというほど参加して来てきたが、ここ数年はめっきり足が遠のいてしまっている。今年も家事に従うままだった。
 運動の第一線から退いて、それでも機会を見て「枯れ木も山の賑わい」となれば、という気持ちで参加することもあったがそれも次第に後退していった。そうなのだ、退くということは結局緩斜面に身を置くことであり、支える気力が欠ければ、欠けた分だけ後退していく。私の場合はまだ「直線的」に後退することはなく、なにがしかの“見えないロープ”をしっかり握っている、そんな感触、意識があるので、先頭部分は視界から消えていない気がしている。先の地方選挙で最後までやり通したことは、「枯れ木」っていないのではないかとさえ思ったものだ。
 これまでも「シフトダウン」をしてきたと自覚しているが、肝心のそのシフトは「何段」かは規定していない。今どきの自動車ではマニュアルの「5段変速」なんてないから、実際は「シフトダウン」ではなく、「アクセル」踏み込み加減を緩めた、というところであろうか。
 ということは、未だアクセルを「踏み込む」ことができることになる。前方の視界が開けて来たら、ついアクセルを踏み込むかも知れない。間違っても「ブレーキとアクセル」を踏み間違えないようにしないと。

 

| | コメント (0)

2019年5月 2日 (木)

五月晴れの日に

 今日の出来事、思ったこと
 すっきり晴れた朝だった。
 携帯電話の目覚ましアラームが鳴ったのが8時半ころ。もったいないことをしたなあと思いながら、パソコンからニュースを見て、新聞を読んで、昼食を兼ねた朝食をとって動き出したころには11時を過ぎていた。
 この晴れた天気を逃すまいと、冬物と「合い」の衣類を陰干しに出した。「合いの衣類」とは、晩春から初夏までと初秋から晩秋までのものであるが、普段着としてはテトロン系と綿の長袖のシャツである。しかし昨今の気候から、それを着こなす期間は1か月程度であろうか。ブレザーも色違いのもの数着を揃えているが、着る機会はほとんどない。改まった場所へでかけることがないからだ。そもそも議員のパーティーに出るようになったのも、昨年の4月に「立憲パートナーズ」に登録して以降からだ。そんな状況ではあるがやはり陰干しは欠かせない。
 ふと思うのであるが、衣類だけではないが、とりわけ衣類はなぜこんなにもこまめに入れ替えるのであろうか、整理されるのであろうか。もちろんこの日本の季節がそうさせるのであるが、それに比べ、といっても比べる相手が違い過ぎるのであるが、私の机の上、書類棚の上はなぜこんなにも書類の類が積み重なっていくのか。
 一昨年の7月に家を建て替え、一室を確保したが、それまでの書籍、雑誌類、書類などがあふれてかなり廃棄した。その時、これ以上「紙類」を増やさない決意をして、本の購入は必要最小限に、運動関係の文書の送付中止を幾つかの団体に要請をした。必要な書類はその都度ファイルにする、月1回の机上整理、と勢い込んでみたものの、年が明けたころから、またまた書類が積みあがってきた。
 改めて「断捨離」を想うのであるが、これはある種の修行のようでもあり「苦行」に思えてくる。「後期高齢者」に組み込まれて、老いを自覚させられているいま、あまり無理を言わないでくれ、とぼやいている。

 

| | コメント (0)

2019年5月 1日 (水)

この5月1日という日は

 1月1日とかわりありません
 元号が変わろうが、新天皇が即位しようが、それに揺さぶられることはないが、この「2019年5月1日」はそれなりに記憶されるだろう。
 2018年が暮れて、2019年が明けた1月1日、それとて単なる時間の継続でしかなかったが、非日常的な、別の感情を持つことがあって日録にもその心境が書かれている。
   タイトルに「2019年は、“夢のかけら”を手にして半歩前へ-2018年を忘れず、手放さず-」とあり、・・・2018年も、私的な日々の記録、周辺の出来事の記録・ブログ、立憲民主党の活動の記録・冊子と電子メール、フォトアルバム、映画鑑賞会「シネマ散歩・緑の会」、それらの記録は形として残ってはいるが、私の「影」みたいなもので、日没とともに消え、月光でかすかに浮かぶ、そんなものの類であったろう・・・。ということで4か月が過ぎてこの5月1日である。
 たまたまではあるが、これからの4か月は、5月いっぱい準備しての6月に中学同級生の手による「作品展」があり、6月から7月半ばまで参院選挙、そして7月から8月にかけてピースサイクル運動が予定されていて晩夏を迎えることになる。
 9月から年末の4か月は、秋は「政治の季節」でもあり何が起こるかわからないが、“胸騒ぎ”する程ではないけれども看過、傍観できないことがありそうな気がする。「東海大地震」でも起きれば別だが、“リーマンショック”程のことではたじろぐことはないだろう。
 ということで、「令和1年」の初めに何か書こうと思ったが、何のことはない、1月1日の心境そのままでいいということに落ち着いた。(令和を西暦に直すには、18+令和となる)

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧