2018年2月11日 (日)

建国記念の日

 土に接し、野鳥が身近に来て
 今日は日曜日であるが、いわゆる「旗日」の「建国記念の日」である。日本国が形作られたのはいつで、どんな歴史的事実に基づいているのかは知らない。戦前では「紀元節」といわれた日であり、その由来について、神武天皇の存在に確証がなく「正確な起源が分かっていないのに建国記念日など定められない」とする学者からの意見が多くあったとのことで「建国記念日」とはいわないのだという。
 以前は、反天皇制の市民グループなどが何らかの集会などを行っていたが、最近は聞かない。MLでは、第52回『建国記念の日』不承認・2.11 愛知県民のつどい 象徴天皇制に対する意識の変化-戦争の記憶を中心として-という集会があったらしいが、私はパスした。
 この日私は、やや風が冷たく強かったが、南側の縁台の前で、小庭の水はけをよくするための掘り起こしをしていた。ゆくゆくは植栽と小さな花壇か野菜の“畝”をつくるための土起こしも兼ねていたのだった。
 かがんでスコップで石だらけの土を掘っていると、背中の方で羽音がしたので振り向くと、鳥が一羽飛び立った。飛び立ったが2メートルほど先の柵の上に止まって、こちらをじっとして見ているのだった。
 どんな野鳥か?見ての判断はすずめではない、確かではないが「ツグミ」だと思った。すずめは群れていることが多いし、用心深く絶えず首を左右に動かして、じっとしてはいないし、もう少し小さいのでわかる。
 掘った土を1メートル足らずのところへ投げると、さっと飛んできて何かをついばんだ。ミミズである。なるほどと思ってなかなかいないミミズだったが、つかまえてすぐ近く投げると、すかさず飛び寄ってきた。そして柵に上に戻ると、どうだろ10分以上、じっとこちらを見ているのである。
 だいたい土いじりなどしたことのない私だが、雑草取りの延長のつもりで、こうして土おこしをして、野鳥に出あって“へぇ~、鳥って学習するんだ”と思ってみたり、近くにいるすずめやハト、カラスなど、決して近づきはしないのに、“一期一会”の渡り鳥が、身近でじっとしていると不思議な感じがした。
 依然として、田を起こし、畑の土づくりをして野菜の一つや二つ、育ててみようとは思わない。腰や肩、腕を痛めるのが関の山、とも思っている。たかだか2時間ほどで汗かいて音を上げてしまうのも道理であろう。
 が、しかし、ともかく庭先に降りたこと自体、なにがしかの“変化”かもしれない。明日も天気次第だが、庭先に降りてみるかもしれない。

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2018年2月 2日 (金)

食品スーパーの開店

 行列ができて・・・
 わが家から歩いて2分くらいにある食品スーパーが、前店が閉店してから7カ月にして、今日の9時に新規の開店となった。「安売りスーパー」として有名だそうで、そうなら開店日の今日は、お客が殺到するだろうと思ったので、一段落するかもしれない昼下がりならと覗いてみてびっくり。
 まず、入場制限がされていて、店外に行列ができていた。この分では駐車場は満杯で、近くの公園の駐車場も満車状態に違いなかった。店内は人があふれ、レジの前は、山盛りの買い物した人でここでも行列。
 この店のキャッチフレーズは、まず「薄利多売」で、100円の利益がある商品を1つ売る事よりも、1円の利益の商品を100個売ることがこの店のスタイルだという。さらに「単品多売」ということで、取り扱いアイテム数をできる限り少なくし、単一アイテムを大量に仕入れ、品揃えよりも、1アイテムにおける安さの追求するのだという。
 さて以前の店では使われていた、この日は出入り禁止の北口からすんなり入って、店内を一通り見て回った。
 まず高騰する野菜から。キャベツ39円、大玉ブロッコリー199円、トマト、玉葱、ジャガイモもかなり安い。果物では、サンフジのリンゴが5個入りのパック売りで999円。品質がよく、同じサイズなら、他店では1個168円~198円くらいだから、この1個200円見当は“高い”ではないか。魚コーナーでは、本マグロのトロの切り身パックが山になっていて、高いか安いかよりもその量に驚かされた。最近、鰯も高級魚とまではいかないにしてもかつてワンパック5尾100円だったのが、最近は400円近いのだが、それが、やや小ぶりながら15尾くらい入って400円を切っていたかな。
 肉のコーナーでは、何とステーキセットの霜ふりのある牛肉が1,2㎏で9999円とあった。大家族の焼き肉用であろうが、この店の特徴の「大量パック売り」を象徴しているようだった。弁当は250円均一。
 調味料のコーナーでは、品ぞろえが薄く、私の好みの棚ではない気がした。
 全部ではないにしろ一巡してみて、やはり玉石混交で、買う側の“目”が問われるなあ、老夫婦二人世帯向きではない“まとめ売り”が主流のようで、買い忘れ、足りないものの買い足しには不向きと感じた。開店売り出しは今日から3日間。その後にもう一度行ってみて品定めをしてみようと思う。

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2018年1月23日 (火)

あのころ京都に行っていました

 ブログの投稿を読んで
 キャサリンさんの投稿を拝読していて、共感するところが多々あって、それをヒントにあれこれ連想し、引用させてもらうこともある。昨年のニュージーランドの労働党政権に関する情報「日本の総選挙、ニュージーランドの場合」は、APWSL愛知の「ACTION REPORT」の「海外情報」の一つとして、「ニュージーランド(NZ)に労働党の新政権(日経)」「ニュージーランド労働党」と共に紹介した。
 今回「1・19行動」について京都の様子が書かれていたが、ふと、もう30年も前であろうか、1980年代の米軍の極東戦略の一環「核ミサイル・トマホークの極東配備」の反対運動(反トマ全国運動)の、全国会議がしばしば京都で開かれていて、愛知の代表として参加していたことを思い出した。
 主要には、横須賀基地のある神奈川、米軍依佐美送信所の愛知、海自の舞鶴基地、空自経ケ岬分屯基地(Xバンド)の京都、被爆地広島・呉基地の広島などが問題を持ち寄った。京都では「御池」辺りの(故)吉田さんの家が会合場所であった。
 「毎月19日午後6時半に市役所前集会と河原町通りのデモ」とあるが、河原町交差点の「高島屋?」の前、名古屋で言う栄が、街宣の場所であったような気がするが。

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2018年1月21日 (日)

新春の集い2018

 年初の決意表明の場でもある?
 ここ2年参加できなくて3年ぶりの「人民の力」主催の「新春の集い」に参加した。議員の新年の集い、政党や財界の賀詞交歓会と違って、この地域の市民運動が一堂に会する稀有な集まりである。
 ある女性があいさつに中で、“この会が、料理から接待まですべて男性が担い、女性は座っていればいい、こういう場所は他にはない”といっているように、そして、市民運動、労 働運動の隔たりもなく、愛知のみならず、岐阜からの参加も少なくなかった。
 幾つかの市民運動の皆さんが紹介されたが、“日韓連帯”という括り方のできるグループが多いのも特徴といえるかもしれない。韓国の労働争議の現場でよく歌われる労働歌も何度か歌われた。私自身もロシアや中国より、より意識するのが韓国の情勢・動向・文化である。
 在日朝鮮人文学の第1人者である磯貝治郎さんと同席し、しばし交歓させてもらったが、80になられてなお元気で、沖縄関連の裁判の原告でもあるとのことだった。昨年11月に在日朝鮮人作家を読む会 40周年の記念集会があったが私は行きそびれた。
 ピースサイクル運動として私と岐阜の仲間が紹介され、今年も取り組むので参加してくださいとアピールするとともに、私からは、昨年暮れに亡くなった仲間のHさんのご冥福を祈る、ということと、“昨年の総選挙では、安倍一強を打破できなかったが、立憲民主党が立ち上がったのが収穫だった。これまでの民主党、民進党に今一つ寄り添えなかったのは、一つは半自民と思われる人物がいたこと、連合にものが言えなかったことであり、その点で立憲民主党に期待するのである・・・”と。実際、脱原発運動で連合愛知の中電労組、労働運動の現場ではトヨタ労連がネックになっていることは公然たる事実なのである。
 終えてからは、諸集会の象徴的な人物の一人となっているシンガーソングライターの板谷信彦さんとしばし談笑した。その中で「文武両道」という話になって、何事もバランスが大事なことであり運動一本槍では、セクト主義になりかねない。落ち込んだ時に支えるものがない。そして市民運動などの参加は、社会の動きを知り、広く考えを聴くことができる、知ることができる。一方文学などに親しむことは自己主張、自己表現するという主体性を持つ意味があり、そこに文武両道の意味があるのではないかなど話し合い、その典型が「プロボクシング・セコンド、作家、市民運動」をこなす先の磯貝治郎さんなのであろうと。
 さあ、明日から再起動してアクセルを(スローに)踏み込んでいきたい。

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2018年1月16日 (火)

いつでも自己判断が求められる

 付き添いで、八事日赤病院へいく
 名古屋第二赤十字病院(通称:八事日赤)へ付き添いではあるが、初めて行った。病院への地下鉄は、時間帯のせいで中京大学、名城大学、南山大学などであろう大学生と一緒になって満員状態だった。
この病院は診療科目が22か23あって、一般病床は810床という。
 全ての診療窓口の外来受付の基本番号が、私が目にしたところで、最大2100番台まであったから、どんなシステムかは知らないが、仮に1000番台から始まっても、少なくとも1200人ほどの患者さんが来院していることになる。半数以上の人に“付き添い”が付いていただろうから、大変な人の数である。
 私が通院している総合病院と比べその規模は4~5倍といったところだが、全体として医師以外の職員は多いように感じたし、院内の空間は広くとってある感じでざわざわした感じはしなかった。また“待ち時間”も、人気医師の診察室は60分の遅れは普通らしいが、だいたい15~30分程度と見た、といっても一部だが。
 気になったことといえば、ご高齢の方への様々な説明に当たる若い職員の言葉が、私の病院職員に較べ、早口のように感じられ、他人事ながら“大丈夫かな”と思った。
 診察は、コンピューターのデータ、映像をみながらであるが問診、触診も交え丁寧であった。症状を診ながらパソコンのキーを打つ手が止まることがない。推測するに、診断状況を打ち込むと「AI」が何らかの病名、病状に関するキーワードを示すのではないだろうか。
“他の診療科の診断とも一致するから、これは○○という病気ですね”と医師は語った。その処方は、リハビリでは快復しないから、「手術」するしかないが、今すぐというものでない、ということだった。
 そこで脇から私が質問した。一つは、“これは珍しい病気なのか”、次に“症状が進行して手術を決断するとしたら、次にどんな症状が現れたときか”“手術の時間はどれほどか”など。
 本人は「手術」という言葉に恐怖を感じているようだが、私は、症状と日常生活の不自由さを較べ、また早期手術の方が効果的なら手術を決断するが、それは口にはしなかった。“歯痛”と違って、緩慢に進行する病気は厄介でもあり、決断を鈍らせる。最終的費は、自己判断が求められるが、さて、どうなることか。

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2018年1月12日 (金)

完全にダウンしていました

 回復した日が今年のスタート
  6日ころから始まった軽い咳き込みが、7日になって悪化した。それでも発熱がないので、とりあえず市販の漢方の咳止めを飲む。7日、8日は、病院は休診であり、いざとなれば近くの休日診療所へとも思ったが、例によって大変な込みようだと推測し、体温を測ってインフルエンザではないと自己診断。9日の火曜日までおとなしくしていようと外出を控えた。しかし症状は悪化、7日からは完全に寝込んだ。
  2~3年に一度はやってくるこの手のダウンは、喉の痛み、咳込みと激しいくしゃみ(私はくしゃみ喘息と呼んでいる、息が継げないほどの連続的なくしゃみ)、発熱、鼻水と一巡して鎮静化するのであるが、今回は、咳き込みが中心で、鼻水も軽めで発熱なし。今日の午前中で小康状態と判断。明日の午後に開催される「中部ESD拠点協議会」主催で、中部サステナ政策塾公開講座「持続可能な政治をめざして」というシンポジウムには間に合いそうだ。しかし、その日の夕方からのCGSUの運営委員会とそのあとに続く「レイバー・ノーツ」の総括的で最後の実行委員会は、やはり、連続性と夜間の冷え込みを見越して欠席の通知を出した。
  臥せっている間は、まずよく眠った。2~3時間寝ては咳き込んで目覚めるが、ほどなくして又眠りに就くことが多かった。日常的な寝不足を補っているのだろうか。補って補えるものではないのに。テレビはほとんど見なかった。あれは疲れる。その代わり、久しぶりに囲碁の本を開いた。それも「入門編」なので、練習問題が容易に解けいい薬だと思った。
  ただ10日になって「寒中お見舞い」のはがきが1枚舞い込んだ。そこには「叔父の○○は、昨年12月に永眠しました」とあり、意表を突かれた。私の知る彼の友人、活動仲間は多いはず、そこからは何の情報ももたらされなかったことが最大の驚きであった。近年のお付き合いが希薄になっていたことは確かだが、それにしても・・・と落胆した。昨年の1月にBさんをなくし、師走にHさんをなくすとは。臥せていればこそ哀しさが募った。

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2018年1月 6日 (土)

2018年のわが進路

  あれもこれも、健康あってのものだが
  “2018年のわが進路”と書き出してみたものの、政治家、芸術家、経営者、スポーツ選手のような直線的な目標は希薄だ。かつては「仕事・家事・活動」の3頭立て馬車で、と勢い込んでいたこともあったが、それが退職してからは「家事・活動・私事」となり、現在の傾向といえば「家事>私事>活動」となっている。しかもそのうちの「活動」の多くは、「書く・発信・書く」といったもので、組織的な地域活動・政治運動とは言い難い。これまで自負してきた「生涯一活動家」の看板も下ろさなくてはならない気がしている。
  とはいえ、個別的には「退き」が進んでいるが、これまで歩んできたこの「業界」から離れることはなく、基本的には、昨年の暮れにしたためた、私的な2017年の「10の出来事」の中に含まれる幾つかが今年の「進路」を示すことは確かだ。
  それを改めて考えてみると、地域活動の多くは「安保・沖縄・原発」に集約される政治活動に重きを置くであろうし、それを「立憲民主党」に託す、共に歩む、といった点では、既に「年賀状」で明らかにした。そしてこれまで多くの時間を注いできた「労働運動」の現場からは、いっそう離れることになるが、「安保・沖縄・原発+労働問題」というレベルは維持したい。
  「家事」については、家の改築が終わって一段落したが、「終活」はむしろこれからである。「炊事・洗濯・掃除」といった日常的なものはこれまでの延長でこなしきれるであろうが、「老々介護」の予感もないではないので、少し気張らねばならない。
  「私事」は、それ自体に没頭すること少なく、多くは家事と活動の隙間或いは気分転換の時が多いと考えている。ただ発足したばかりの、地域の同年代の集いである「シネマ散歩・緑の会」は、2カ月に一回の映画鑑賞会であるが、話題提供のためにも、映画鑑賞の機会は増やそうと思っている。秋に予定している中学同級生による作品展「第2回私たちの小さな足跡展」の諸準備は、実行委員会を中心に怠りなく進めていきたい。
  さて、局地的であれ、戦争があるかもしれない。再稼働が続きそうな状況の下、原発事故の再発は本当に心配だ。沖縄の問題は、政権交代が筋道としてあるが「鳩山政権の失敗」を教訓としつつ、政権交代までの、現時点での対応は急務である。
  そして、予測しえない「大地震」への警戒と不安は、家にいる時よりも、外出中の時が心配である。成り行き任せでいいのか。
  このような課題を抱えての2018年の幕開けであるが、肝心要のわが身の健康状態、実はこれが一番の悩ましい課題なのである。

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2018年1月 3日 (水)

続・正月風景

 「初詣」も時代替わりか?
 息子夫婦はなぜか、年始の“家族旅行”を伊勢・鳥羽と決めていて、私ら“老夫婦”も同行することが10年以上続いている。どうやら初詣では、地元の熱田神宮ではなく伊勢神宮で、その日は鳥羽の温泉宿でくつろぐと決めているようだ。その宿(ホテル)では、餅つきとビンゴゲームが用意されていて、孫たちも楽しみにしているようであるが、私はあまりそこへは顔を出さず、もっぱらテレビの前にいることが多い。
この日は、BS3で9時からの2時間「英雄たちの選択・スペシャル」で「激動幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ」というものであった。これって2018年の大河ドラマ「西郷(せご)どん」の「番宣」かな、と思ったがそれでも、島津斉彬、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らおなじみの人物以外に初めて聞く名(忘れた)の功労者が出てくるなど、通説をもう一掘りしたようなもので私には興味深かった。
それで伊勢神宮参拝であるが、三が日だというのに人出はこれまでになく少なく感じた。例年なら、正殿前の石段に至るまで数十メートル、30分くらいは列を作って待たされるのであるが、今日は、いきなり石段前に到達したのだった。それでも正殿前の鳥居をくぐる石段の中央部は、一段上がるのに1分程度かかったが、左右は殆ど留まることなく人が拝殿前に進んでいった。今までになかった光景であった。実際のことはわからないが、比較的高齢者や家族連れが主で若者、赤子を抱いた若夫婦が激減しているのかもしれない。関係ないかも知れないが、例年だと宇治橋近くに、ナナハンクラスのオートバイがずらりと並んでいるのだが、今年は見かけなかった。場所が移動したのかもしれないが、“革ジャン”の若者は見なかった。
もっとも旧参宮街道のおはらい町通りやおかげ横丁の賑わいは例年通りで、飲食店の前はどこもかしこも列を作っていた。私たちもかつて一度だけ並んだこともあったが、すっかり懲りてそれ以降は、場末の「伊勢うどん」の店を常としている。
かくして私は昨日に引き続いて2度目の参拝であるが願い事というかつぶやいたことは“無”であった。「無は、有の始まりなり」と。
 (追い書き)

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2018年1月 2日 (火)

お正月風景二つ三つ

 日の丸、とんと見かけない
 元旦で気が付いたのは、近くにある「休日診療所」の駐車場があふれんばかりであったこと。午前と夕方その前を通ったが、空き駐車場はなかった。多くは幼児、子どもの発熱で駆け付けたのであろうと思われる。
 徒歩で10分先のスーパーマーケットで、若干の買い足しをした。年末に較べれば賑わいはそれほどでもなかったが、魚屋、総菜屋ではいわゆる「予約注文」のお刺身セット、揚げ物セットを抱えていた人が多く見られた。私も以前に一度だけデパートで予約したことのある重箱の「おせち」を大晦日に取りに行ったことがあったが、もう二度と・・・という気になった。それで、お刺身の単品数種類と孫たちの揚げ物が買い物だった。
 今日は、夕方になって歩いて15分くらいのところにある「成海神社」へ出かけた。「初詣で」であるが、3が日過ぎてから詣でることはほとんどないから、「一回きりでも初詣で、かあ」なんて思ってしまう。境内には、露店も5軒ほど開いていた。今日はまばらではあったが大晦日から元旦にかけはかなりの人出があってのことだろう。
それにしても、成海神社の行き帰りは歩きだったのだが、時間帯もあろうが、歩行者とすれ違ったのは、3組の二人連れと少し、10人以下であった。車は多くすれ違い、追い越されたのに。人は歩かなくなったのだなあ。
 15で就職した年から3年間、社内駅伝のメンバーとして走っていたことがあったが、その時は、元旦の朝から、トレーニングを兼ねて大高緑地で走り込んでから、諏訪神社、成海神社、豊藤稲荷という地元の神社巡りをしたことが思いだされる。
 玄関の軒に注連飾りをする家は殆どだが、この近くでは、戸建てもお店でも「門松」は見なかった。見ないといえば、「日の丸」が掲げられている家も店もついに見なかった。もっとも「日の丸」を保持しているのかどうかだが。ちなみにわが家にはない。生まれた時からこの方、家で日の丸の旗を見たことはない。
 帰宅してから、年賀状を読み直した。その中には、政治・社会を語り、抱負を述べるばかりの「干支」も入らない賀状もあるが、後日それらを書き留めてみたい。明日から小旅行へ。

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2018年1月 1日 (月)

2018年の幕開けに

 スロー、スローで着実に
  いつもより1時間ほど早く起きて、年賀状を差し上げていない方へ、賀状を添付して新年のご挨拶のメールを送った。
  新年の抱負など、思いのままを書き添えたこともあったが、徐々に控えめになってきているような気がしている。それでも「立憲民主党を応援します」の一文は入れた。
  なだらかではあるが、体力、気力、知力が下っていくであろう今年も、視点、拠点、力点を外さないように歩を進めたい。
  読書量が激減している最近の傾向に危機感を持っていて、それは、最新の情報ばかりではなく、基本的なというか常識的なというか、“わきまえ”というか、そんなものが気になっているのだ。行動力が落ちれば、発信力でカバーするしかない。そのための心得を補強したいというわけだ。
  秋に予定されている、中学同級生による「私たちの小さな足跡展」への出品の準備も始めるが、「詩泉」の枯渇に今年も苦闘するだろうが、それ自体を喜びとしたい。
  新年早々幾つの検査が予定されている。結果は何でも受け入れるほかない。ともあれ、何にせよ体力あってのこと。そして不慮の事故にも遭わないことで、内なる抱負の実現にむけスロー、スローで進んでいきたい。

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