2017年11月20日 (月)

パソコンの未熟に悩む

 デジカメから写真が取れない
  2~3か月ほどになろうか、デジタルカメラからパソコンにデータが取れなくて悩んでいた。これまでSDメモリーカードをパソコンに挿入すれば、そのままデータのINDEX・一覧表が表示され、或いは新規のものはそのまま画面に出てきて指定してインポートすればそのまま保存されたと思う。ところがそれができなくなって、ひょっとしてSDカードが劣化したのか何らかの故障かもしれないと思案に暮れていた。上京した折に、仲間に事情を聞いてもらったところ、その場で手持ちのパソコンにSDカードを挿入して、正常であることが確認された。とすればパソコン本体の故障か?と問えば、それはわからないという。
  暫くしてから、いつものパソコン教室を訪ね、事情を話して指導員に相談したところ、その場で実演をして見せてくれた。原因というか状況は「ウィンドウズ10」が改良された結果、それをインストールしていないからだろうということになった。確かにパソコンを立ち上げるたびにそんなサインが出ていたが、やたらクリックしない方がいいといつも削除していた。
  教えて戴いたもの「エクスプローラー、PCをクリック、SD・・・」を忘れまいと、反すうし乍ら家に帰り、早速試みた。3~4回試みて、直近の写真を取り出すことに成功し、必要、使えそうなものをコピーして保存した。そうした手順をメモし、繰り返すことによって、どうにか写真の取り出しまではマスターしたが、未だ、以前のように全写真をそっくり保存する手順が分かっていない。いずれその方法も繰り返して試行すれば発見するだろうから、取りあえず当面の問題は解決した。年賀状に使いたい写真を撮る予定をしていたので一安心。
  それにしても、パソコン技術が一向に向上しないばかりか、ちょっとした変化にも対応できない未熟さには、冊子の編集に関わるものとして情けない限りだ。この問題は、パソコンを放り出さない限り付いて回る問題なので、早い時期にパソコン教室でマンツーマンの集中教育を受けるのも一案ではあるなと思ってはいるのだが・・・。

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2017年11月15日 (水)

12日の午後、東京にて

 立憲民主党本部と上野公園
 ピースサイクルの全国会議が午前中に終わったので、午後の予定を思案していたら、Kさんから“立憲民主党の本部へ行ってみたら?永田町の民進党の近くだよ”といわれ逡巡した。それでも地図を書いてくれたので、それをもって路線図とにらめっこ。
 “せっかくだから行ってみるか”と飯田橋から地下鉄へ。有楽町線に乗って防衛省のある市ヶ谷、麹町の次が「永田町」であった。地上に出ても右か左かわからない。「立憲民主党の本部はどこですか」を通りがかりの人に聞いても、多分からないと思い、もらった地図をもとに「最高裁判所はどっちの方にありますか」と聞いたら3人目の若い人が案内してくれた。
 “へぇ~、これが最高裁か、ごっつい、要塞みたいだな”とつぶやきながら周辺を探すが見つからない。地図をみながら2本目の筋の角に「中華(店)?」その奥の富士ビルの3Fか・・・、あった!看板もあったが小さくて半分が隣のビルに隠れていて全く目立たない。
 ともかく入ってみようと思った瞬間、“今日は日曜日だ、誰もいないかも。だが政治に土曜も、日曜もないはず・・・”と思いながら3階に上がってみると、部屋のドアが開いていて男性が一人、“上京したんで寄ってみたんですが”と声をかけると、“申し訳ない、もう出かけるところなんです”と。“では部屋をちょっと見せてください”と覗いてみたが、40~50㎡くらいの部屋が二つだけ。一つが会議、作業用の感じで、もう一つが執務室だが、役員も職員も一緒に机を並べていた。さっと見ただけなので多くは覚えていないが、選挙事務所より簡素であったといえようか。まだ入居したばかりであるし、ま、仮住まいでもあろうから、今はこんなものかも。促されて、住所と名前をノートに記入して辞去した。
 ついでに民進党にも寄ってみようと探してみたが、結局見つからなかった。近くまで来ていてもビルの真下の歩道だから、上を見上げても見つけられなかったかもしれない。警察官が立っていて詰所のようなものが見えたから、案外そのビルの一部が民進党の本部だったかもしれない。それにしても立看板も見つからず、“永田町辺りに、一般人がたびたび来るものではない。という前提でもあるのかな”と勘ぐったりして地下鉄駅に戻った。
 有楽町からJRに乗り換えて上野に出た。アメ横に行こうかとも思ったが、結局「国立西洋美術館」に行くことにした。「北斎とジャポニスム」という企画展に惹かれたためだった。
 絵画に特別の関心と興味があるわけではないが、江戸時代の浮世絵には幾らか興味を持っていて、それが西洋の芸術家たちに影響を与え、注目されていたと聞けば、この機会だから寄ってみる気になったのである。
 ガイドには「本展は西洋近代芸術の展開を“北斎とジャポニスム”という観点から編み直す、日本発・世界初の展覧会です。国内外の美術館や個人コレクターが所蔵するモネ、ドガ、セザンヌ、ゴーガンをふくめた西洋の名作約220点と、北斎の錦絵約40点、版本約70点の計約110点(出品点数は予定、会期中展示替えあり)を比較しながら展示します。北斎という異文化との出会いによって生み出された西洋美術の傑作の数々を堪能しながら、西洋の芸術家の眼を通して北斎の新たな魅力も感じていただけることでしょう。」とあり、それ以上のコメントは私にはない。
 入館に当たってチケット購入に40人ほどの行列に並び(退館時にはその倍以上が並んでいた)、順路に従って前列で観ていくなら、どれだけかかるやらと、2列目から頭越しに、しかも飛ばし飛ばしに観ていった。モネやドガらの絵には見覚えがあるから足を止めて観て回るのだが、2時間近くも観て歩いたら、すっかり疲れてしまった。
 常設展示館の方も観て回ったが、なんだかこちらの方は人が少ないせいか、絵画だけでなく彫刻もゆったりして観ることができた。けれどもやっぱり私には絵画とは縁遠い関係だなと再認識したのだった。“足を運ぶだけでも、まだましかな・・・”と思いつつ。
 紅葉を見そびれたこともあって、暫く上野公園内を散策、桜並木の紅葉の下を歩き、どこかの美大の学生の作品展(展示即売かな)とか、大道芸をちょっと覗いて、空腹も感じ始めていたので引き上げることにした。
 予定では、もう一泊するはずであったが、明日来客の予定が入ったため、それもあきらめざるを得なかった。
 

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2017年11月 8日 (水)

出ていくもの、やってくるもの

 活動誌の発送作業を終えて
 11月に入っても、先の選挙の“後始末”などいろいろあって、紅葉が見ごろだというのに“閉じこもり状態”が続いてきた。
 今日、ほぼ1日を費やして、執筆編集した「ピースサイクル2017・愛知の報告書」「C&Lリンクス愛知・第79号」「ACTION REPORT・25号」に加え、CGSUの「結・11号」と関連のチラシを同封した発送作業を終えた。定形外郵便60通ほどだった。
 宛先によって内容を4つに仕分けした。当然郵便料金も140円、205円、250円、400円となる・・・。こうした作業を随分長いこと続けてきたが、それほど苦痛を感じないのは、性格もあろうが、義務感と幾らか爽快感もあるからだろう。「爽快感」というよりどちらかといえば「達成感」かな。ミックスかもしれない。
 さて、こうしたものも「活動」の一つといえるだろうが、果たしてどれほど読んでいただけるだろうかと思うことしきりで、書き添えた一筆には『・・・同封しました冊子は、内容的には、相変わらず“字ばっかし”で、秋よろしく読書欲を誘うものではありません』と書き込んでしまう始末。そういう思いがあれば“紅葉が見ごろだというのに”という気持ちが湧いてくるのである。
 そしてついつぶやいてしまうのだが“退職して地域の無給専従を20年、ぼちぼちかな・・・”は、日々強まる傾向があって、それが加齢のせいか体調のせいか、運動への懐疑なのかは判然としないのである。
 これは、時々出る欠伸のような“つぶやき”であるが、それでも何らかの自前の処方箋が必要だと思う。今日をもって年内の大きな作業はほぼ終えので、今月の後半は、少し“解放”して「外出」を意識的にしてみるつもりだ。11日、12日のピースサイクル全国会議は、室内の議論ではあるが、新幹線から窓外風景を見て、東京の空気を吸い、人混みが途絶えない街を歩くのは悪くない。
 映画同好会「シネマ散歩・緑の会」が準備段階にあって、新年から新発足する予定なので、年内に映画2~3本は観ておきたい。
 そして12月に入れば、家事と共に「年賀状」に取り掛かる。とりあえず250枚を確保したが、住所録の点検なども同時作業となる。
 発送作業として出ていくものあれば、年賀状という、入ってくるものもあるから、よくできたものである。

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2017年10月28日 (土)

私のささやかな危機管理

 セキュリティーソフトのインストール
 わがパソコンのセキュリティーソフトは、ウィルバスターであるが、その有効期限が10月31日と迫っていた。4~5日前から市販のものをインストールしようと試みてきたが、何度繰り返しても、次のステップに進まないのである。そしてそれを阻害しているソフトを探し出すところに行き着き、なんとそれがウィルバスターそのものであることが分かった。そこでアンインストールを何とか済ませたが、前回はそのまますんなりインストール出来たという思い込みが支配していて、“そんなはずはない”と、同じ動作を繰り返すばかりだったのだ。
 日一日と期限が迫る中少し焦り始めて、問い合わせ先の電話番号を調べ、明日になったら電話して聞いてみようかな、それともパソコン教室に出向いて教えてもらおうかなと、“次善の策”を考え始めていた。
 昨日の朝も失敗したが、かなりいいところまで行っているなと感じながら、しかしまたまた行き詰まって中断した。ため息をつきながら、コーヒーを飲んで気を取り直し“これが最後の挑戦だ、だめなら、パソコン教室に行くしかない”と決めて取り掛かった。何度も挑戦して失敗してきたので、選択すべきところでの失敗はしないで最終ステップまで進むことができた。できた!と思った瞬間、今度はパスワード入力のところでストップ、3年前のパスワードなど覚えているはずもなく、どこかにメモしたとしても、引っ越しがあってパソコン外のメモなど見当たるはずもない。当然新しいパスワードを登録すればいいわけだが、これすらスムーズにいかなくて苛立つばかりであった。
 とにかくインストールが完了して、確認もできたので大いに安堵した。たかがこんなことではあるが、なんだか妙に達成感を抱いたのだった。
 メカに弱い、“老域”に入っている(加齢)、そんなことが4日間悩ませ、時間を取らせる素因であろうが、ひょっとしたらこの現象はパソコンに関することだけでなく、生活領域、活動領域、対人関係でも形を変えて表出しているのではないかと考えられないこともない。
 他人に関わることなく、自分のテリトリーで、自分の思うがままにふるまえれば、こんな悩みはないかもしれないが現実はそうはいかない。
 “今、何をすべきか”が今日の始まりで、“明日すべきことは何か、明日中に片付けよう”が今日の終わりでありたい。そして私の居場所はどこかいつも確かめておきたい。これも併せてインストールしておこう。

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2017年10月17日 (火)

閑話休題・夏去りて秋来る

 くらしが変わる、政治も変われば・・・
 ここ数日は晴れの天気ではあるが、朝晩は冷え込んできた。そうなれば当然、日々のくらしもそれに対応していくことになる。「(半)主夫」としては、気温の変化に敏感にならざるを得ない。
 まずは着衣である。Tシャツは収納待ち状態に、長そでのシャツが取り出され、半袖シャツと共存していて気温によって選ばれる。家内で羽織る薄手のカーディガンもハンガーにかかるようになった。外出に「合いのブレザー」を用意した。
 食事にソーメンがなくなった。昨日スーパーマーケットに行って食品棚を覗いてみたら、「冷やし中華」が見当たらなかった。「わらびもち」もなかった。そうかといって「鍋物」や「シチュー」は、未だかなと思うのだが、夕食のメニューに迷うと「カレーライスかシチューにしようかな」と思ってしまう。お味噌汁が定番になったのも、秋を感じさせる一つだ。秋刀魚(さんま)はまだ食していない。“高い!”の一言。その代わり、果物が豊富になってきた。リンゴは1年中出回っているから常食にしている。(動脈硬化症の対応策として、リンゴ、納豆、トマト、青魚を採用)
 これからは「具」を色々変えた「鍋物」が主流になっていくが、「豚汁」「けんちん汁」も定番となる。「味噌煮込みうどん」は、既存のものを使うが、きのこ類、ネギを多めに加える。「すき焼き」「しゃぶしゃぶ」もあるにはあるが、牛肉を避けているから、シーズン中は2~3度程度。それも息子一家と食事を共にする機会が動機となる。
 入浴も少し変化している。まず湯温は40度で変わらないが、湯量を少し増やして長湯となった。湯上りの冷水での清拭は湯に変わり、扇風機は、最初の5分から10分程度でOFFに。
 洗濯物の渇きが悪くなって、曇り日などの日は、夕方に取り込んでも翌朝まで室内干しをすることもある。パジャマはまだ夏もののまま。
 それでもまだ変わらぬものが私にある。枕元に置いている「団扇」である。湯冷めが遅いからであるが、団扇片付け秋深まりて冬来たる、である。
 それにしても、安倍退陣の政治の変化を期待したい秋到来である。

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2017年10月 9日 (月)

世間は3連休というが

 選挙関連に集中
 7日土曜日は「山口二郎政治講演会」と選挙特集を組んだ「C&Lリンクス愛知」の印刷・製本作業。8日日曜日は、約60部の発送作業で一日が過ぎた。そして今日は、午前中に作業を続行して投函を終えた。午後からは近藤昭一候補の選挙はがきに取りかかり、それで一日が過ぎようとしている。これが私の3連休。
 選挙はがきは、明日の出発式への“手土産”であるが、午後4時現在30枚程度、何とか60枚書き終えたい。選挙はがきには、「日本のリーダーになって欲しい。立憲民主党ができて、安倍政治と対等に争える政党の登場を待ち望んでいたので心強い。党と近藤さんを応援します。」と書き添えた。
 また、「C&Lリンクス愛知」には、以下のあいさつ文を添えた。「ようやく秋めいてきました。お元気のことと拝察いたします。「○○の秋」の○には何でも入りそうで、楽しみがいっぱいと思っていましたが、衆議院が突然解散して総選挙となり、この方面に関わる者にとって“○○の秋なんて言っておられない”状況となりました。
  私の場合、民進党のサポーターですのでいつものごとく、党員ほどの拘束力はないと思いつつ、やっぱり“一言、二言言わせてください”となり、この「C&Lリンクス愛知」第78号を緊急発行することに執着しました。原稿はほとんどがブログに掲載されたものです。
  昨年7月の参院選挙が、私にとって運動の“第一線から退く契機”と思っていましたが、状況はそれ許してくれないようです。“安倍さんはやめてほしい”という、その機会が巡ってきて、また、待ちに待っていた「立憲リベラルの党=立憲民主党」が立ち上がって、本誌発行を後押ししてくれました。(10月8日)」
  この作業を終えてからは、選挙運動の行動日程をにらみながら、ピースサイクル全国会議の資料作りと、資料を探し出して少し「立憲リベラル」について学習してみようと思っている。

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2017年10月 6日 (金)

衆議院選挙特集を編む

 C&Lリンクス第78号
 慌ただしく、総選挙の特集を組んだ「 C&Lリンクス第78号」を執筆、編集し、明日発行の運びとなった。いつもなら、2~3日おいて再点検して印刷に入るのだが、今回は一発勝負となった。明日の「リベラル政治懇話会」主催の「山口二郎講演会」に間に合わせたいことと、告示前に発送を済ませたいという思惑からだ。
 内容は、ほとんどブログのものからの転載。元々ブログそのものは、こうした冊子を出すための原稿となるものであることと、冊子はパソコンを使わない人向け、という意味もあるから、重複しても構わないわけだ。
 内容は、巻頭詩「平和」/齢七十路の、おもらし記・9/近藤昭一候補を、この国の行方・政治の最前面に/巻頭詩点描/参議院選挙2017・秋の陣-「立憲リベラル政党」の創成の時代へ /「ツネじじい通信」/山尾志桜里“事件”かく思う/資料「立憲フォーラム」設立趣意書 /資料「原発ゼロの会」について。 以上であるが、添付資料として「シネマ散歩・緑の会」のニュースを同封することにした。
 ここまでが選挙前の一仕事。10月10日午前9時30分からの「近藤昭一候補の出発式(地下鉄植田駅前)」に参加して、「私の選挙戦」が始まる。
 ついでながら、愛知4区では、これまで「野党共闘」で候補者の一本化をめざしてきた「市民と野党をつなぐ会」などの努力が水泡に帰した。民進党の牧 義夫が「希望の党」の公認として立候補することが決まったからだ。
 牧は、元々生活の党・維新の党であった。民進党になってからも前原支持であり、当然の成り行きといえるかもしれないが、要は政治家として信条、政策からの判断が問われたのだから、安保法制、改憲に賛成する希望の党への参加は、「野党共闘-候補者の一本化」をめざしてきた市民の反発を受けて当然である。当選は難しくなったのではないだろうか。また連合愛知はどう判断するのかも注目したい。

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2017年9月23日 (土)

映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」

 まず観てからの話
 見どころやあらすじを語る前に、これは「映画・ドキュメンタリーであって、映画・ドキュメンタリーではない」というとらえ返し、つまり、その時何があったかという「過去」が、直線的に「現在」を照射している、今を生きる私たち、今の沖縄と向き合う私たちに問いかけ、“扇動”するのである。
 そして、「沖縄」を切り取った映像は数知れないほどあるだろうが、「(敗戦後の)沖縄のスピリッツを含む“オール沖縄”」を描いた佐古忠彦監督の視点と掘り起こしに、まず共感と拍手を送りたい。
 「どんな嵐にも倒れないガジュマルを愛し、“不屈“という言葉を好んだ亀次郎は、終戦後、沖縄で演説会を開き、何万もの人々を集めた。祖国復帰へ向けて民衆をリードし、沖縄を占領したアメリカ軍の圧政に立ち向かう亀次郎の姿は、アメリカに恐れを抱かせる。」(検索から)という一文にこの映画のかなりの部分が集約されると思う。そして「ガジュマル」というのは、熱帯地方に分布するクワ科の常緑高木だそうで、観葉植物として沖縄だけでなく世界でも広く愛されているというが私は知らなかった。
  また瀬長は「不屈」という言葉を好んだとされるが、瀬長自身は“沖縄人民(県民)の、アメリカの圧政にいささかもひるまず、屈しない姿からこの言葉が好きだ”といったそうだが、沖縄の民衆は「カメジローの闘う姿を見て、彼こそ“不屈の人”」と見ていたようだ。
 私的には、以前にも書いたが、さかのぼれば1970年前後の運動の柱は「70年安保・沖縄返還」「三里塚・狭山闘争」であって、私もかなり学習を積んだ。その後は1990年代のピースサイクルで「沖縄」と再び出会うのだが、現地へ行くまでにはなっていなかった。しかし、2015年の「沖縄ピースサイクル」に参加して、現地の闘いに直接接したのであった。ついでながら「不屈」は、1971年に結成された「三菱重工四方君を守る会」の活動誌のタイトルでもあった。命名した当の四方さんは、「不屈=瀬永亀次郎」を意識していてつけたのかどうかは知らないが、あながち無縁だったとも思えない。
 さて今日は、会場の名演小劇場はキャパ50人規模だから、多分チケットを求めて行列ができるだろうと想定して、開演の50分前(9時20分)に到着したが、既に30人ほどが行列を作っていて驚いた。もっとも、そのうち20人は、別の映画であった。しかし開演時には満席で補助席も設置されたほど。そのあとも続々と人がやってきて、午後の部に回されていた。ここだけで言えば“大人気”といえるのだが、大手のシネマでは、今のところ上映予定を見ていない。同じ映画でも「配給」から、この映画の価値観の違いみたいなものも感じ取れる。どっちにしても、一度観に行くことをお勧めできる映画であることは間違いない。

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2017年9月19日 (火)

政治の“衣替え”の時来る!

 衣の補修も欠かせない
 台風一過、昨日と今日は“秋晴れ”というか“残暑晴れ”というべきか、ともかく「主夫」としては、洗濯日和でありがたい。昨日は、部屋干しのものも含め大量の衣類としシーツ3枚で物干し場は“満艦飾”となった。今朝は、一足早く“衣替え”の準備で、長袖のシャツ類を陰干しに出した。これも薄手と厚手、普段着と外出着があるので、10枚以上になろうか。その中で襟元が擦り切れた綿のシャツ1枚のボタンを外して廃棄することにした。
 ボタンといえば、廃棄する衣類からは必ず外して保存するのであるが、過去数十年間のうち、再利用したのは1~2回であろうか。昨今の衣類のボタン付け糸が丈夫で、しっかり取り付けられているせいか、洗濯機にかけられても外れ落ちることはほとんどないから、補修のボタンは不要となる。それでも女性用のボタンは色、形、サイズにバリエーションがあって、何かの飾りボタンに使えなくもないが、我が家にそんな趣味を持つ者はいない。また私の担当外でもある。
 という前書きが長くなったが、今日の主題は「衣替え」であった。安倍の“勝手都合”の衆院解散が現実的との報道に接して私も身構えたが、内心“状況を探るアドバルーン”かなとも思った。しかしそれがいち早く表面化したうえ、自民党や公明党の首脳とも会談しているようだから、もう退くに退けない状況となった、そのように判断したのだった。
  それで坂本龍馬ではないが「日本を洗濯」するには少々時間が足りないので、とりあえず、少々臭いの付く衣類(安部政治)を引っ張り出してお天道様に曝し、もってここで「政治の衣替え」する機会が訪れた、そう言いたいわけである。もっとも「替える衣」も少々“痛み”があるから修繕の必要がある。修繕するのは、政党による「自浄作用」に多くを期待するのではなく、私たち市民(運動)であることを自覚したい。あいにく“針仕事”の経験者が決して多いとは言えないが、隠れた才能(人、特に若い人)が現出することはあながち“稀、偶然”とは言えない、というのが私の見方でもあるし期待でもある。
  “闘いの秋(とき)来る!”は、1970年代初頭の、わが青年期の心踊る言葉の一つであった。

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2017年9月 9日 (土)

初秋を身近に感じて

 それは平和と健康の証か
 明け方5時、この時間帯に目が覚めることは滅多にないことだが、今朝に限って目が覚めた。すると虫の声「リーン、リーン」が鮮やかに聞こえてきた。鈴虫のように聞こえたが、人の耳はあてにはならないから、名前も知らない虫かもしれない。
 お隣は「貸農園」で草花は豊富、農薬の使用次第だが、虫にとっては良好な環境かもしれない。車の往来もないから、虫の声はまっすぐに入ってくるのだった。果たして、虫の声で目が覚めたのか、たまたま目覚めた時に虫が鳴いていたのか。いずれにしても日中の暑さは「残暑」そのものだが、こうして朝夕になれば、涼しさも増して、何より虫たちが秋を知らせるのであった。
 夕方、近くのスーパーマーケットで夕食の食材などの買い物をした後、いつものコースで新海池公園を通り抜けて帰ることにしたのだが、その時、「ジー ツクツクボーシ ツクツクボーシ ジー」とセミの声がした。これは「ツクツクボウシ」に違いないのだが、これもまた秋の到来を告げているのではないか。
 暑さが和らぎ、そよぐ風が心地いいので、お年寄りの散歩姿が目に付く。また、犬を連れた人も結構多いが、土曜日の夕刻とあって、父親と息子のカップルでザリガニ釣りも目についた。
 私も、孫のキャッチボールの相手でもしてやりたいと思いつつ、この時間帯は「主夫業」であるし、孫たちは塾か加入チームの練習でまだ帰っていないことが多い。
 ともあれこんな瞬間、こんな風景は平和に違いないし、私自身はとりあえず健康を保っているといえる。そしてそう感じ取る私の「歳」もまた、ある領域に達しているといえるのではないだろうか。

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