2017年4月21日 (金)

民進党のサポーターに登録

 民進党の事情がどうであれ
 長らく空白のまま「自称民進党サポーター」を名乗っていたが、今日の午後地元選出の県議を通して登録を終えた。
 なかなか浮上しないどころか、離党、離党で支持率は下がり気味の民進党だが、そのことと私がサポーターになることとをあまり関連付けないようにしている。どうであれ、「反自民・非共産」という政治的立場と、野党の拡大なくして「安倍暴走」は止められないという観点から、とりあえず民進党に対する「発言権」というほど大げさではないが、身近な党員、議員とコンタクトを取っておくことのツールの一つとして、であった。
 雑談1時間ほどの中で私は、「蓮舫さんを代表に選んだのだから、全党挙げて支えていくことが党組織というものではないか」「異論は多々あるだろうが、それはしっかと内部で議論すべきもので、(自分の立場だけを守ろうとするのか)外部に持ち出し、あまつさえこれ見よがしに離党を宣言して出ていく姿は、政党人としてどうか」「私の場合は、党より人物というのが評価基準、近藤昭一議員を支えていく」「現実的に言えば『脱原発』という即停止、即廃炉という表現より『原発ゼロ』という若干の期間設定と、エネルギー問題に対案を、という含みを持たせという観点から、民進党の政策との距離は縮まっているのではないか。今、『原発ゼロ』を明確にしてすれば、その意義は大きい。小泉の提案は、もう少し見極めないといけないが、注目していいのではないか」「『連合』は厄介な存在となり、特権階級のようさえ思えてくる。電力労連の影響力が根っこにある。連合に依拠することは危うい」「市長選挙でいわき候補を推しているが、昨日の個人演説会の様子はブログで書いた。その会場はさながら自民党市議の後援会の会場のようであった。個人的な私の収穫といえば、自民党の衆院議員、県議、市議の話を始めて聞いたことだった。やはり魅力はなかった」
 当の県議の話で気になるこが1点あったが、論争せず“ちょっと違うのではないか”と申し上げた。(内容は略)
 

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2017年4月16日 (日)

ACTION REPORT第23号の編集執筆

 小さなことに悩みつつ
 名古屋市長選挙の情報ばかりでなく、共和国(北朝鮮)とトランプと安部の動向を気にしながら、APWSL愛知の会誌「ACTION REPORT」第23号の編集執筆に勤しんでいる。たかだか12ページの編集であるが、ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の活動誌「結」と同時発行であるから、日程に合わせることと内容の重複に配慮することになるので、早めの作業を心がけている。
 今日の夕刻近くになって、表紙と巻頭詩を残して第一稿が仕上がりこれから校正に入ることになるが、ただでさえ3か月ごとの発行であり、内容の陳腐化が気になるところだ。ということであれば、いきおい時勢に沿ったものではなく、予備的な知識、情報に寄与できればいいかなという内容を選択することになる。あるいは活動のやや詳細な報告となる。もっとも本誌は「アジアと地域の労働運動を、APWSL愛知がレポートします」と銘打っているから、問題提起型ではなく、レポート・解説が主ではある。
 今号では、「結・第8号・2017年2月」でフィリピントヨタ労組の闘いの経過が報告され、「東京総行動」でのトヨタ自動車東京本社への申し入れについて触れられていたから、それをフォローした記事を書いた。この闘い、運動は、トヨタ自動車を相手とする地域労働運動であると同時に「多国籍企業トヨタ」であるから、APWSLの領域でもある。
 巻頭詩は悩ましい。できれば、時事詩、社会詩、労働詩といった領域で詩想を練るのであるが、どうしても「散文調」になりがちで気が滅入る。“詩泉”の枯渇化は避けがたく、巻頭詩から巻頭言にしようかとも。小さな悩みではあるが。

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2017年4月11日 (火)

身辺整理をさらに進める

 本は一段落、次は通信物
 身辺整理をさらに進めるにあたって今日は、古本買い取り古書店の担当者の来訪を受け、廃棄予定の全品120~130点ほどを引き取ってもらった。値が付くものはほとんどないそうで、引き取りできないものも含めて1000円といわれた。
 シリーズでセットのものも含むビジュアル系の本、レタリング関連本、六法全書を含む労働法、判例集などが中心で、迷った挙句セットの「中国の歴史」も送り出した。一旦は段ボールに詰めて保存状態にした全35巻揃いの○○は、少し値が付いたが決断して送り出した。本、雑誌類に関してはこれで一段落となった。
 次に封書、はがき類の通信物の処理であるが、まずは1957年から書き始めた「年賀状」の処理から始めた。年賀状を書き始めた当初は数枚、数十枚程度であったが少しずつ増えていった。組合活動、地域運動、中学の同窓会が始まる(1975)といっきに増えて、最盛期には差し出しが400枚弱で、受領がその6割前後であったと思う。
 全点が保存されていて、そのまま“燃えるゴミ”としてもかまわないが、やはり裁断して出すことに越したことはないとシュレッターで対応することにした。とはいえ家庭用だから、短時間に大量処理とはいかない。取り扱い説明書には連続稼働は「2分」そしてA4紙で最大5枚までとあったが、裁断の発生音(モーター音)から2~3枚まで、はがきなら1枚が故障を起こさない限界と定めて取り掛かった。2週間くらいはかかりそうだ。
 ただ封書の処理は多分、かなり悩むことになろう。本人の自筆のものばかりだから、裁断してゴミとして出すことには忍び難いものがあるからだ。
  そしてふと思うことがある。それは知人、友人、同級生が私より先に逝ってしまった時、ご遺族から故人の「自筆の書」がほしいと言われないかと。写真は残っていても、日記を付けていることがない限り、意外と自筆のものは少ないであろう。だからそんな問い合わせがあるかもしれないと。(これまでは一度もなかったけれども)
  以前に、「声」が残っていたら・・・というようなことも書いたが、こうして“身辺整理”などに向き合っていると、家族がどう思うかは考慮なしに、“私なら・・・”とつい思ってしまうのである。

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2017年4月 4日 (火)

お花見が・・・

 花よりおしゃべりでした
 先週の土曜日に知人から“ランチして、近くの桜を見に行きませんか”と誘われ、別の予定をキャンセルして出かけた。あいにく午前中は雨ということもあって、ランチの後は、知人宅でおしゃべりの時間となった。そしてその窓からは50メートルほど先の川沿いの満開の「早咲き桜」を見ることができたのだった。
 テーブルを囲んだのは中学の同級生3人と女性教師で保健体育担当の恩師であった。年齢で言えばもう80の半ばにかかろうとするのであるが、すこぶる元気な様子で、60年近く前のことが次々とよみがえってきた。
 私が少し関心を抱いたのは、当時の中学の「女性教師」しかも教科が「体育(保健)」ということで“女性というだけで・・・いろいろなことがあった”の「いろいろ」についてであった。たぶん教員の世界について「男の社会、加えて体育という教科」と言うことの問題であろう。私は、この世界(職域)の実態などを知る由もないが、後年になってから知る「古くて縦型社会」「学閥社会(愛知学芸大、現愛知教育大という学閥)」のかけらほどの“うわさ”は聞いたことがあった。
 “O教頭は、校長にペコぺしているくせに、一般の教員の前では偉そうにふるまい、それに追随する先こう(先生)も・・・”“H先生は、優秀な先生だが、出身が名古屋大学ということで冷や飯組らしい”などは、それほど意識的ではなかったが耳にしたのだった。
 蛇足だが、私が地域運動で交わった中にも教員の人は、そこそこいた。そうした人たちから受けた印象は、やはり物事の理解が早いし判断も早い。そしてリーダーシップ型の人と“自分の世界”を持って対応するタイプがあるなと思ったのだった。個性的な人が多かったといっていいかもしれない。
 話の中で「水泳の授業」の話が出た。私の在学中には、プールがなかったので水泳の授業はもちろんなかった。もし水泳の授業があったなら、“金づち”私の成績評価は低かったに違いない、ということもあったが、恩師曰く、赴任先が別のS中学校ではプールがあり“女生徒の中には、水着になることを嫌がって(恥ずかしがって)休む生徒もいた” とか・・・。
またその当時にも、子どもの「通知票」を見て、親が怒鳴り込んできたこともあったという。その成績結果の説明のために克明な資料(データ)も作ったという。
 とにかく「体育の女性教師」が少なかったこともあって多忙を極めたといわれたが、話を聞く中で「生徒との接触時間」「授業準備」に時間の多くを割かれたことが知れて、文字通り「教師」といえたのではないだろうか。それでは現在は何と呼べばいいだろう。一部のことではあるが、「授業マシーン」は言い過ぎであれば、「講座担当人」とか単に「指導員」は無礼か。もっとも現在の教育現場を見ているわけではないので、“不祥事”がニュースで明るみに出る程度からの推測であるが。

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2017年4月 2日 (日)

辺野古の新基建設に反対する集会とデモ

  安次富浩さんの訴えを受け止める
 沖縄からの現地報告は、いくつかのMLから時々刻々伝えられてきているが、やはり現地に立ってみるか、現地からの生の声・話を聞くとでは、胸に響いてくるものが全く違う。
   「辺野古の新基建設反対!あいち大集会」が、名古屋・久屋大通公園・光の広場(今日ばかりは、“ひかり”ではなく“いかり”の広場)で開かれた。
 午後1時過ぎから演劇・人業劇団ひらき座公演が始まったようだが、メールでは13時30分とあったので、私は13時20分着で大半を見逃した。続いてシンガーソングライター・板谷信彦さんがギターをもって登壇。新曲の「森友学園校歌」も披露した。続いて「わしたゆんたバンド」が登場し浜盛重則さんの三線と歌、バックに踊り。浜盛さんは、4月3日の午後10時15分から毎日、東海ラジオで出演するとか。
 さらに川口真由美さん(京都在住シンガーソングライター)が京都から駆け付けた。そしてメインゲスト安次富浩(あしとみひろし)さんがマイクを握って、沖縄現地の状況を本土「愛知・名古屋」の私たちに向けて語り訴えた。話す言葉ひとことひとことが、現地にいて聞くような“臨場感”があった。高江、辺野古、普天間、そして墜落したオスプレイ、翁長知事と共にあるオール沖縄のこと、それにくさびを打ち込もうとする日本政府と植民地感覚の米軍への糾弾・・・。
 集会アピールから、胸に刻んでおきたい部分を拾っておくと、「沖縄のこと・・・これは遠い島の出来事ではなく同じ憲法のもとで暮らす市民として見過ごしてはならない」「沖縄の苦難は・・・沖縄にほとんどの米軍基地を押し付けてきた本土に暮らす私たちは知らねばなりません。」「基地があるゆえの悲劇・・・人間としてどうむきあうかが問われている」「沖縄と向き合わずして・・・安全保障や国防の理屈を組み立てるのは人の道に反する行い」「この国の未来を決める権利は私たち市民にあります・・・命の尊厳を踏みにじる政治への怒りを、力を・・・沖縄とともに平和を勝ち取るために歩をすすめていこう」
 くだらない“こだわり”かもしれないが、司会者が「デモを(パレードなどとは言わず)デモ行進」とはっきり言ったので私は、腹の底からシュプレヒコールを叫び、「沖縄を返せ」を歌った今日であった。快晴の下で。
 追記:当日の参加者は300人に伝えられた。(ちょっと寂しい)

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2017年3月31日 (金)

今日は、年度末の3月31日

  わが身には何も意味はないけれど
 不要となったパソンコン2台の処理方法を検討してきたが、データの消去(初期設定)が不十分なこともあって、メーカーに送ることとし、今日VAIO(SONY)1台を「ゆうパック」で送った。リサイクルマークがついていたので、処理費用、郵送代も無料であり、これはありがたかった。
 もう1台は、2004年以前に購入した最初のパソコン富士通FMVで、これは処理費用と郵送代併せて4000円余ほどかかりそうだ。そこで、1000円程度でデータを破壊してくれる店もあり、そのあとに無料で引き取る業者に引き渡す方法もないことはないが、やはり有料でもメーカーに送ることとしてその手続きをした。近日中に、必要書類が送られてくるはずだ。捨てずに持っているワープロも1台あるが、これは名古屋市の「不燃ごみ」で出せるので、4月に出す予定。また区役所に「回収ボックス」が置いてあるがそれは多分、携帯電話とかデジカメ、ゲーム機などを対象にしている小口のものだと思う。
 現在使用中のものはLaVie(NEC)であり、他に休止中のデスクトップ型のDELLがあり、近いうちに処理する必要が出てくるがまだ決断していない。
 廃棄したパソコンは「Windows XP」という、最も使い勝手が良くて重宝したバージョンであっただけに、未だに未練を持っているくらいだ。友人からそのソフトを頂戴したが、セキュリティーの面でダウンロードできないでいる。インターネットに繋がないで使うことも考えているが、未だ決心できていない。
  そうした気持ちでかつて愛用したパソコンを送り出した今日が年度末の3月31日であった。それは全くの偶然でなんの意味もないのであるが、なぜかふと思いふけったのだった。そしてこの先、いつまでパソコンと付き合うことになるのだろうか、さらにパソコンの機能を使いこなせる範囲を広げたいと思いつつ、“面倒だな”の気持ちもあって葛藤するのである。
  ついでに“パソコンなんかをやっている人は呆けないでしょ”と思っている人がいるかもしれないが、何かで「脳過労」という言葉を知った。IT関連の仕事で或いは管理職かなんかでデータを山ほど取り込む人が、過労、睡眠不足となると体だけでなく「脳」が過労して「呆ける」かもしれないというのである。
  私のレベルでの情報処理量では「脳過労」になりようもないと思うのだが、それでも「1日5分」程度でも脳をリセット(何も考えないでボーとする)すれば脳は休まるそうだから、ここ最近は入浴時にそれを実行している。必要以上にリセットしすぎないようにと思いつつ。こんなブログも「三月尽」のせいだろうか。

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2017年3月24日 (金)

わが居場所・役割は?

 “動ける”領域が狭まる中で
  夕方から、「共謀罪」なんていらない集会とデモがあったが、パスしてしまった。
  3月は、スケジュール表を見てみたら、16日間に予定が入っていて、そのうち5件を除いたものは、地域の様々な活動であった。割合から行けば、3日に1日は、なにがしかの地域の運動があることになる。この中には、毎週金曜日の中電、関電前の脱原発関連の行動とか、土曜日の栄「安保法」「共謀罪」「沖縄」での街宣は入っていない。月末の名古屋駅前での「ユニオン共同行動」も加えてはいない。
  「シングルイシュー」にこだわるとか、専念するということであればせいぜい「週一」程度であろうが、「政治・社会」と広くとらえれば、どれ一つ欠かせないことになる。
  また例えば「憲法・安保・自衛隊」とか「脱原発・再稼働・被爆」とか「沖縄・辺野古」などと運動領域を固定して、優先的に向き合うとすれば、それなり絞り込まれよう。まして、「労働運動一般」だけなら、「週一」程度かもしれないが、ただその場合は、「団体交渉、裁判の打ち合わせ・傍聴、宣伝活動」は除かれる。「労働争議」に関われば、日々が活動となる。
  ここ数年の私の場合は、「週2日以内」が基本になっている。「主夫」であるから、そうならざるを得ない。従って、絶えず「優先順位」をつけることになり、また、連続して家を空けないことも慣例の一つではある。
  昨年の5月29日から始まって6月19日までの「あいちキャラバン」の事務局を担った時は、それまでのパターンでは対応できないとは思ったが、それでも基本を維持したため、名古屋市郊外のキャラバンには尾張の1日だけで、知多半島、西三河、東三河にまで同行することができなかった。ひたすら「デスクワーク」に従事して終えた。
  こうした「目に見える運動」を鼓舞するには、「前線」に立つことが必須だが、その役割はIさんに一任するほかなかった。そして、私の「活動の限界」をしっかり知ることとなったのである。
  居住地での集まりや家庭の事情も当然あるが、一連の集会、デモはもちろん、今回の名古屋市長選挙、次期衆院選挙(愛知3区)も、同様の流れになるだろうと予感しつつ、ひょっとしてこれまでとは違う「居場所・役割」があるかもしれないと考える昨今である。

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2017年3月14日 (火)

私は“浮遊物体”か?

 運動の所属を問われて
 4月の名古屋市長選挙で、市民サイドから岩城正光氏を応援しようとする動きがあって、その呼びかけ人に14人が応じ、その呼びかけ人による「共同声明」の賛同人募集が行われている。そこで私は「緑区民」として賛同に応じた。ところが担当者から「肩書はできれば、市民団体名にしたいのですが、ありませんか?」という問い返しが来た。
 「できれば、市民団体名にしたい」という意図は理解しているが、私の立場は、基本的に「労働運動」であるから、市民運動の「肩書」はもっていない。15年も前なら「環境とくらしを考える緑ネットワーク」というのもありだったが、いまさら・・・である。では現行の「ピースサイクル」というのはどうかとも考えたが、実態としてこれの使用には逡巡があってやめた。「四季雑談の会」は、運動団体ではないし休止状態であり、「C&Lリンクス愛知」は個人であって「団体」ではない。
 労働運動でも構わない気がするので考えてみた。一番現実的なのは「ユニオンと連帯する市民の会」で、私は運営委員の一人ではある。しかし私の中ではこの組織の実態と自分自身の関わり方からして、「肩書」として使うことに躊躇し憚られた。「APWSL愛知」もあるが、これでは何のことかわからないので「アジア太平洋労働者連帯会議・愛知グループ」となるが、はたして・・・もあったが、実態の薄い存在であるから、当初から外していた。
  それで結局、呼びかけにあった「団体名が無理な場合は、運動分野(例えば『反貧困運動』など)にしてもらえるとありがたいです。そうでない場合は、職業とか居住区(○○区民)でも結構です」で対応することとし、「職業=無職」では笑い話であり、「労働運動」もありかなとは思ったが、「現役」ではないことと、あまりに“正体不明”過ぎるのではないかと考えて外した。何かの「支援運動」の直接かかわっていれば、それで何とか表現できたかもしれないが、それも思いつかず、結局居住地の「緑区民」に落ち着いたというのが全経過である。
 こうして書き連ねてみると「私はいったい誰でしょう?」となる。
 これはひとえに私の行動が「物事に広く浅く」に関わり、「井戸(専門的)一つ」掘りきれてないことによる。しかもその「井戸」を現時点では、「運動として」の位置付けがなされていないから、「〇〇のことなら、あの人に聞け」という位置はないのである。しかもそのことに何の不満も、違和感もないから今の「私」があるのである。
 

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2017年3月 9日 (木)

意見交換の場はどこで?

  MLでの意見は少ないが・・・
 ML(メーリングリスト)に幾つ加わっているか、数えてみた。ざっと13あった。MLでなくても、定期的に送信されてくるものも加えれば、メールの出所は17~18になろうか。それで、到着分は一通り目を通すことにしているが、「見出しだけ」「ざっと流し読み」「一通り読む」「コピーして保存する」の4段階程度に分けている。
  おなじMLでも、団体の代表など中心的な人物が管理しているもの(A)と、MLの管理だけ(B)の場合とでは、様相が少し違うような気がする。例えば、(A)の場合だと、管理者(代表者)のコメントが書き込まれるケースがあるが、(B)の場合は、投稿そのものがストレートにアップされるだけが多く、MLの所掌者のコメントが載ることは少ないようだ。
  MLは、「情報提供」「連絡事項」と「公開意見」が主なものだが、実際は「意見」は少ない。それは、これは何度も触れてきたが、MLが「意見交換」「議論」等“双方性”に不向きな点があげられる。時々非難めいたやり取りがMLを賑やかすことがあるが、傍目には興味よりあまりいい気分にならないことの方が多い。また、意図しない方向で理解される誤解、曲解を受けて、批判・中傷されることを潔し、とせず、だから投稿しないということもあろうと思う。
  しかし率直にいえば、「意見」がほとんどない「報告と紹介」だけのMLって、活用価値はそれほど多くはない気がするがどうだろう。あるいは、そういうものと割り切ってしまえばいいことなのだろうか。(これが本来の姿か?)
  もっとも「意見」などは、ホームページ(HP)やブログ、ツイッター、フェイスブックが主たる場所、と言えないことはない。私などは、主としてブログで書き込んだものをMLに投稿する方法を採用している。
  こうしたことを考えてみると、MLはやはり“今日はどんな情報が入っているかな?”と開けて、開いた最初に全体が一覧できるメリットがあるから気楽ではないだろうか。HP、ブログなどは、ライターに興味・関心があれば、真っ先に明けるかもしれないが、それでも、毎日更新するとは限らないので、つい後回しになる・・・というのが私の対応である。
  いずれにしても頻繁に会合があるわけではないので、「意見を述べ合う」機会は決して多いとは言えない。ということもあって、誤解、曲解を恐れずに意見を出し合う、何らかの提案をしてみることは、「ITの時代」なればこそ、いっそう重視したいものだと思うのだが、どうだろうか。

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2017年3月 8日 (水)

「俳優三世代」の時代か

 わが「身辺整理」と重ねて思う
 毎月第1火曜日は、学区のリサイクル資源・ごみの日。昨年来から続いているわが「身辺整理」も最終段階に近づいているが、例の古本の引き取り手がないために、いよいよ「資源ごみ」として搬出する覚悟を決めつつあり、その第2次第1弾を昨日の朝に出した。主として法律関係のもの。「六法(全書)」などは毎年更新されており、古いものには価値がないという古書店主の話を信じてのこと。それでも「全書」であるから、最新(10数年前)の1冊だけは残した。
 こうして古いものは捨てられ新しいもの変わっていくことを「更新」というが、私の場合の「身辺整理」はもはや「更新」ではなく単なる「廃棄」でしかない。せめて「脱皮」したいものだとは思う。
 さて人間の世界ではもちろん「更新」とも「廃棄」とも「脱皮」とも言わない。あえて言えば「世代交代」であろうか。それは“親世代から子世代へ、子世代から孫世代へ”となるが、そんなことをパソコンの手休め、目休めの時想い浮かべていると、パソコンの「俳優・佐藤浩市(56)の長男・寛一郎(21)が、映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(9月23日公開)で俳優デビューすることが2日、わかった。」という画面に目が止まった。
 佐藤浩市は、三國連太郎の息子であり、三國連太郎は故人であり、年齢は二回りも上ではあるが、「俳優歴」だけで言えば私たちの世代に近い。それで映画界にも「三世」の時代になってきたのかと、思わずため息のようなものをついてしまった。
 多分他にもそうした「俳優三世代」はあるのだろうが、そうした典型は「歌舞伎」の世界に優るものはあるまい。この世界では3~4歳でも「お披露目」があるから、ひょっとして「四世代」もあるかもしれない、どうだろうか。
 さてさて、話は戻るが私が残すもの例えば「本」は、何世代かにわたって読み継がれる可能性があるだろうか。我が家は一応三世代同居であるから可能性はゼロではない。だけど現時点では趣味・趣向から見た場合、“隔世遺伝”にその可能性を見出す他なく、だから「身辺整理」で全点の廃棄はできない気がしている。かくして全点廃棄は、私自身の「現実」があるからのほかに、こうした“継承”に、何やら望みをかけているのかと苦笑してしまう。
 ま、どちらにしろ「自己完結」があっての「次世代」であると思うので、まだ相当量ある「身辺整理」は何としても“完結”させたいと思っている。今年の前半までに、という期限をつけて。

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