あれはどうなったか
気になる?気にしない?
別世界に行っていたわけではない。情報が全く遮断されたわけではない。テレビは大河ドラマ「坂の上の雲」だけを見た。また、多分14年前に購入したと思うAMラジオからのニュースは、民放は入らずしかも受信感度がすこぶる悪かったので、映像のニュースに慣れ切っていたせいもあろうが、なんだかコマ切れのように聞いている感じであった。よくわからないことや、聞きもらすことも多かった。新聞も最初の二日ほどで、あとは届かなかった。
ただこの2週間ほど、日常性から遮断したと仮定してみることで、どんなわが心象が浮かび上がるだろうかということには、多少の興味を持っていた。「あれはどうなったか、気になる?気にしない?」というように。
戻る日の前夜、「普天間基地問題はどうなったのか、年内に決着をつけた方いいように思っていたが、先延ばしか?」「昨年の派遣切りのような情報はあるだろうか、28日以降の年末が来れば、もっと話題になるかもしれない。寒空の下で年越しする人もいるだろうな」「COP15は、きちんと決まったであろうか。」「そういえば、松井秀喜は、来年はどこでプレーすることになったんだろう、年越しか?」
年賀状は、ほぼ片付いていたので、身の回りのことはさほど気にはならなかったし、地域の活動も集団での取り組みであるから、多少のへこみはあるかもしれないが、きちんと動いていくに違いないと踏んでいた。
家を離れてから数日後、ふと「・・・“戦力外”との自己申告」でもしてみるかなと思ったことがあって、それが今でも尾を引いている感じがしている。しかしそれは、思いあがりの裏返しでもあるかもしれず、むしろ「転進」を明確に意識して推考すべきかなと、考えたりもする。
どこかで読んだ子どもの詩のごとく、坂道で、荷車をみんなして押しているわけだから、少しでも手を抜けば、他の誰もが、手の先、足腰に感じ取るであろう。そうと思えば坂の上までは手が抜けないと思いつつ、坂の終りがどのあたりか、“永遠に続く”のか、それが見えないのもまた事実である。
| 固定リンク


最近のコメント