2020年1月26日 (日)

出会いと別れ

 人の世の常とはいえ
   時間的に少し落ち着いてきた感じがしたので、戴いた年賀状を読み返している。その中から毎年気に留めておきたい文言を拾い出してメモするのであるが、それはまだ手を付けていない。
   その中で年賀状は来なかったが、Iさんの「遺族」から電話を戴いた。それはもう30年も前にさかのぼるが、地域でナショナルセンターの外にあった小さな組合、活動家集団で「名古屋労組連」を組織していたがその時、市民運動との出会い、交流もあって、独自のメーデー「赤と緑のメーデー」を創設した。「赤は労働運動、緑は市民運動」で「働く者」という意味では、「労働者」も「市民」も同じ、ということもあったが、大きな既成組織から“はじかれた”者の意気軒昂な発露の一面であったと思う。
   その発起人の一人であるIさんとは10年ほどの空白を経て「老兵たちのフォーラム(現水曜フォーラム)」立ち上げ4人組で再会した。そして数年の間学習、経験交流を続けてきたが、ある時からIさんは「老老介護」ということで身を引いていった。
   “・・・もう2年程前になりますが、亡くなりまして・・・、家族葬で営みまして、みなさまにはお知らせせず・・・”私は気になっていたから、5年ぶりくらいに年賀状を送ったことで今日の電話となった。
 Iさんのことを多く知っているわけではないが、Iさんは「大きな既成組織」でたくさんの仕事をされてきて、その組織から離れてからは、「既成組織から“はじかれた”者」の側になって地域労働運動に力を注いだのだった。私はそれがあって前述のような出会いであったのだった。また一人、名簿の上に「紫線」を引いた。

 

 

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2020年1月18日 (土)

恒例の「新春の集い」に参加

   新しい出会いもあった
 毎年1月の第3日曜日辺りに政治団体「人民の力」主催の「新春の集い」が開かれる。今年は明日19日に「1・19集会・デモ」があるということで今日の土曜日となって私も参加した。
 ざっと数えて55人前後の参加であったろうか。私は「ピースサイクル」として紹介されたが、地域で活動するグループ、訴訟の原告など少なくとも15以上の団体、個人からアピールがあった。
   主催者代表の、昨今の政治情勢を説いたあいさつに続いて、乾杯、そして「日韓連帯」関連、「反安保法制(アベ政治許さない)」、「脱原発」関連、「労働争議・地域労働運動」「リニア新幹線」等々の団体と訴訟の原告など個人の発言が続いた。
 宴が進む中、幾つかの署名も回ってきた。その中の一つ、大学を出て中部電力に入社して7か月目で「パワハラ」で息子を亡くして裁判(中部電力新入社員労災認定裁判)を起こしている母親から話を聞いた。夢を語っていた「一人息子」をなくし、なぜ息子は死なねばならなかったのかと夫に相談するも煮え切らない、その上「夫の親戚筋に元中電社員がいて」何かと圧力、その結果・・・。
 恐らく、仮に裁判で勝って労災認定されたとしても中電側から「謝罪の一言」があるかどうか。更に民事訴訟(慰謝料請求)となるかどうかはわからないが、息子が死んだ事実は戻らない。時間が経過する中で原告の母親はこの先どんな「暮らし」が待っているの、法廷外のこうした実態が知られることは少ない。
 青年期はともかく、最近になってからは、最後にインターナショナルを肩組んで歌うことのできる集まりは他にはない。時が流れて、ああ、歌詞を忘れてしまいそうだ。

 

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2020年1月17日 (金)

ハラスメントいろいろ、私の場合

 「逆パワハラ」もあったかな
   今や「〇〇ハラスメント」が幅広く使われて、何の疑問も持たずに使っていた言葉や“些細なこと”として気にも留めなかった行為が、指弾されるようになった。
   「ハラスメント」というのは「他人に対しての発言や行為などで、意図している・していない関係なく、不快にさせたり、傷つけたりすること」だと言われているが、「意図している・していない関係なく」というところが肝心である。指摘(糾弾)されて「そんなつもりはなかった」「きみのためにと思ったのに」では済まされないこともあるのだ。
   職場の「パワハラ」で、退職に追い込まれた例、体調を崩した例、精神を病んだ例は、今も昔も後を断たないのではないだろうか。
   私が在職中、今でいう「パワハラ」の定義に当てはまるかどうかわからないが、組合活動で御用組合批判を展開していたとき、しばしば呼び出されては「説得」されたことがあった。その時の対応如何で「ハラスメント」に屈して「転向」して人生を「軌道修正」出来たかもしれなかった。一方、節(主義、主張)を曲げずに押し返すこともできた。私は後者の道を進んだ。
   職場での身近には、あまりの「パワハラ」に、精神を病んだ人もいた。今で言えば「アカハラ」といえるかもしれない。但し「研究教育の場における権力を利用した、嫌がらせ」の「アカデミーハラスメント」とはちょっと違う。「アカ」とは「共産党・民青」を指した。
 私の場合は、「アカハラ」というより、昇進、昇格をえさに「転向」を迫られる感じのものだった。しかし私はそんな時「それは組合活動のことを指しているのか」と問い返し、「管理職(係長、課長)の立場でそれをいうなら、不当労働行為として問題にする」と答えた。そして問答が膠着した場合、私は「答えられないなら、あなたの上司と話をしたい」と迫った。これでは「逆パワハラ」であったかもしれない。
 そんなやりとりが何年も続いたが、ついに「説得」されることはなくなった。つまり「改心不能」と判断されたわけだ。その代わり「進級(昇進)、昇給(成績査定)」で冷遇されたことは言うまでもない。
 私の場合はもう一つある「スモハラ(スモークハラスメント)」についてである。昨今の活動の会議の場では「禁煙」は当然となって定着しているが、同窓会だ、忘年会、新年会だという場では、未だ徹底していないから、その店に「禁煙」の張り紙がしてなくても、「ここは全室禁煙だから」と先に宣言することにしている。灰皿が置いてあれば真っ先に取り下げてもらう。ということで私が参加する例会では、禁煙は徹底された。
 さらにもう一つ。若い時には「ハゲハラ(頭髪禿げハラスメント)」というのもあった。30代で髪が薄くなっている同級生に対して髪に手をやり「これアデランスです」というおふざけ。
 ・・・確かに意識しないまま「ハラスメント」をして来たことはあったと思う。だが、ハラスメントらしきものに対抗してそれに助勢、加勢することもあったのも事実。状況判断の確かさを保持する見聞、努力を欠かさないことが重要であろうと思う。

 

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2020年1月 8日 (水)

認知機能検査を受ける

 政治的認知機能検査、ありやなしや
 運転免許にかかわる「認知機能検査」を受けた。30分程4項目だったかな。(もう、曖昧)最初から間違えた。今日の曜日を問われ「火」と書いてしまった。日ごろからこの「曜日感覚」が分からなくなることがあったから、それが出てしまったのだ。16の「絵」の記憶は、12までしか思い出せなかった。数字の問題は、時間内に全部終えられなかった。終わってボールペンを置いてからも、見逃した箇所が少なくとも2か所あることに気がついた。最後の問題は間違いなくできたと思う。採点をA、B、Cとすれば、Bであったろうか。
   どんな診断方法かは知らないが、いろいろ研究されての検査方法であろうから、それなりの「認知機能低下ステージ」が示されるのであろう。結果は、所轄署から1~2週間後に自宅に届くそうだ。
   さて今回は自動車の運転免許にかかわるものであったが、昨今の政治を見ていると「政治的認知機能検査」を受けさせた方がいいのではないか、「この議員(ひと)に国の舵取り、行方を任せられるだろうか」という国会議員が散見どころか、かなりいるように思うがどうか。
   まあ、それは「選挙」がその「検査」を代行しているのではあるが、検査システム(選挙制度)、検査員(有権者)の資質(民度)、問題の内容(公約、マニフェスト)などから、全体の完成度は高いといえないようだ。
   そうであれ、それこれも「わが世代」がなしたものであり、運転事故を起こさないための「認知機能」と「身体機能」、足らざるものへの「補助機能」を備える努力は「義務」に近い。
   自覚なしに、検査で結構現れたわが認知機能の低下は、好奇心・夢追い心、運動と食生活でもって少なくとも現状維持を強要された気がしたのだった。

 

 

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2020年1月 7日 (火)

何かが起こる?2020の幕開け

   流されず、目を離さず、わが道を
 “ええ!なに?あの日産のゴーンが密出国だって!そんでトランプがイランの要人を殺したって!まだあるの?IRで汚職かあ~、どうなってんの2020年、年の初めから”
   何が起きてもおかしくないのは世の常である。それにしても結果からだけかもしれないが、「類が友を呼ぶ」あるいは「芋づる式に明るみに」さらには「連鎖反応」など、なんだか嫌な予感すらする昨今のニュース。
   ところで私も、テレビのチャンネルを移動するときに「ワイドショー」で一時停止することがあり、時には見入ることもあるが、芸能関係のものはたいていスルーする。新聞の下欄の文春や新潮の週刊誌の広告もさっと見て通り過ぎるが、如何にも興味を引きそうな見出しが並んでいる。そのような内容に多くのTV視聴者、週刊誌購読者がいて、若者たちはスマホなんかでの言い放し、“いいね”だけの応答に慣れ切っているかもしれない。これ何だか変だ。
 つまり対話とか議論、文通が希薄になっているということではないか。それだけで済むならまだしも、安倍首相をはじめ閣僚、官僚のまともに答えない、はぐらかす、隠す、改ざんする、廃棄する行為は、この国全体の「知力」を退化させていないか。国の産業力が落ちてきている、世界から遅れ始めている、と言われるがそれは「基礎研究・開発技術」の遅れだけをいうのではなく国全体の知力、民度の停滞もしくは劣化(この言葉は使いたくないが)が根底にあるのではないかと思ってしまう。
 ささやかに「通信」を電子メールで配信している私であるが、そこでやはり気にしている一つは、「送るばかりで、交信できていないのではないか」であった。「送信を中止して」というのは今のところはない、また戴いた年賀状から「読んでいます」という一言が添えられたものもあり、必ずしも一方通行ではないと感じた。
 この2020はいろいろあるだろうが、それらに流されず、目を離さない姿勢で今後に臨みたい。

 

 

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2020年1月 1日 (水)

2020年1月1日

 元旦のつぶやき
 “お父さん電話!”という2階からの嫁の声を機に、いつもよりは幾らか早く目覚めたが、陽は既に昇っていた。そんなことはなかったと妻が言う。これが「初夢」だったか?
 要は誰が私に電話をかけて来たかという「妄想」か「幻想」か「夢想」かである。
 誰かが私に話したいことがあったればこそ、私はその“声”を聴いたのだ。
 夕方4時ころ、歩いて20分ほどの「成海神社」に詣でた。何年振りかの参拝である。本殿前まで行列ができていて20分ほど並んだ。神社に行き着くまでと、行列に並んでいる間、電話の主と内容を想像してみた。
 「妄想」「幻想」「夢想」どれでもいい。この2020年に誰かが、何かが「私を呼びかけた」に違いない。呼びかけられたということは、「私を必要としている?」ということかもしれない。
 これまでは、“いま何をすべきか”という、自主的、自発的なつぶやきであったが、今回は“やるべきことをやれ”という意味にもとれる。では“やるべきこと”とは何か?
 家事、私的、活動それぞれに時間差はあっても“やるべきこと”を俎上に挙げることができるが、問題は「想定外」の何かである。
 昨年、時々“やれることの限界”を想定することが多いことに気づいた。これは加齢と“気後れ”ばかりでなく、“終活”の先取りに起因するからだったと思う。それでも“やるべき事の大半はこなした”という意識は持っていた。果たしてこれか!
 人の行動価値は、想定外の対応の仕方、結果に寄ると思う。
 ・・・上京中に直下型大地震に見舞われた。さてどうする?目下私の「想定外で想定するもの」はこれである。

 

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2019年12月31日 (火)

2019年大晦日

   “さらば”は、時間だけでよい。
 この1年、やりこなしたこと、遣り残したこと共にあって、そのようにして日々の暮らしが立ち、大きな病に憑りつかれることなく、大晦日を迎えられることに、少しばかり“不思議さ”を感じている。
 新聞、テレビ、インターネットからたくさんの情報に接し、地球上のどこかで止まない戦争や紛争だけでなく大小の自然災害、無数の事故、事件、病魔に倒れた人を知るにつけ、やっぱり生きて2020年の新しい年を迎えられるとしたら、意識しないだけでこれは凄いことではないかと思うこの頃は、人並みに歳を重ねていることと無縁ではないだろう。
 ・・・二つの選挙があった。名古屋市議選と参院選。立憲民主党の候補者を従来にない意気込みで応援した。その経過をかなり力を入れて「C&Lリンクス愛知電子版」で伝えた。活動には、動機と経過と結果がついて回るが、私には参加・参画した意義が大きい。それ故12月29日に「C&Lリンクス愛知電子版」第75号を発信してこの1年を締めることができて安堵している。
 ・・・家事、活動に私事の三つを柱にして、通院、薬飲、散歩をこなして体力を維持。今日の午後になって2018年1月29日から途絶えていた「仲畑流・万能川柳」に11句を投稿した。遣り残していた一つであった。
・・・一昨日、お酒を酌み交わし、議論を交わした同級生が逝ったと、今朝早くに知らされた。午前の告別式の参列に準備が整わない。弔電の準備を始めたが、早くても午前中には届かないという。葬儀が始まる前に弔意を届けたいと思案した。野暮ったいと思ったが、ファクシミリで伝えた。
・・・この1年、出会った人の顔が浮かぶ。2020年に再会したいと思う。“さらば”は、時間だけでよい。

 

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2019年12月27日 (金)

古い男臭さ/マチスモ

   一定年代以上の男性、に私も
 毎日届く電子メールは、ほぼ全部に目を通す。「私の領域-かかわりの程度」で、見出しだけで通り過ぎるものもあれば、集会などの案内、報告とは別に「個人としての意見、考え」については、じっくり読むことにしている。
 得てしてこうしたメールのやりとりにおいては、議論、異論、反論に出会うことを恐れて、「事実経過」だけに留めがちにならないだろうか。私にもそんな「構え」がないとは言えない。
 「構える」ということは、言語の使い方にもかなり気を使うということである。いわゆる差別用語には、ことのほか神経質にはなるが、それが差別用語、差別意識の片鱗、と気づかないこともあるので、指摘されたらすぐに改める、違う表現をみつけることで置き換えるようにはしている。それでも・・・。
 「・・・には『古い男臭さ/マチスモ』を無意識に持っておいでの方が多いように感じている」という投稿があった。マチスモとは、検索によるとマチスモ【machismo】 は、《「マチズモ」ともいう。ラテンアメリカで賛美される「男らしい男」を意味するスペイン語のmachoから》男っぽさ。誇示された力。男性優位主義、という。
 この「一定年代以上の男性」という区分はどこで一線が引かれているのかは、投稿者に聞くしかないが、考えられるのは戦後の「民主」教育を受ける前の世代、家庭での「父権主義」の影響を受けない世代、1950年前後以降生まれの世代かなあ、とも思う。
 ただこの問題は、時代の流れというものもあろうから、「年代」が大きな意味を持っていると思うが、職業や、働く環境、家庭環境にも影響されるような気がする。
 私的に言えば、我が家は「父権」とは無縁であった。また労働運動、地域活動にかかわった1960年代後半では「安保、沖縄、三里塚」に加えて、「狭山事件-部落問題」に出会うことによって、労働組合活動での「職工格差(本工と臨時工)」「学歴格差(大学・高校出身と中卒など)」「男女格差」に加えて、「人権」に目がいくようになった。更に身体的な差別<目、耳、肢体など>の表現に意識が高まっていった。
 それでも指摘された「一定年代以上の男性」に私も含まれているという認識は払しょくできないから、「構え」は崩さず、もっと広く知るという生き方をしていこうと思う。そう感じたこのメールの出会いであった。

 

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2019年12月20日 (金)

パソコン操作を一つ覚える

 集中力欠如の一例か
 職業的にパソコンと向き合っているわけではないので、当面必要なければ、新たな操作、技術を習得しようとは思わない。ではあっても、“あれは何とかしたい”というものはある。その一つが、メール送信のグループ化だった。
 ええ! いまさらそんなことを?と思われるのは必定だろう。そう、つい最近まで私は、数十人規模の宛先を毎回、一人ずつ打ち込んでいた。「グループ化」すればその手間が省けることは分かっていたが、一人一人名前を確認しながら打ち込んでいくことになんとなく“晴れがましい”ものを感じていたからだ。
 ところが2~3か月前から、一度に送信できる相手先が9人又は9か所までに制限されるようになった。(以前に書いた)10以上になると必ず1~2か所、百通くらいになると、そもそも届かないのである。そうしたメッセージが表示されるので、やむなく9人ずつに分けて送信する行為を繰り返してきた。
 さすがにこのままではまずいのでグループ化することにした。マニュアルは手元にないので、検索して指導を仰いだ。あれこれ試して失敗を繰り返しながら、ついに習得、早速手順書をつくって保存した。リストの追加、削除があるだろうから、メモしておかないと忘れてしまのだ。「C&Lリンクス愛知電子版」「ピースサイクル愛知」「シネマ散歩・緑の会」の三つのグループをつくった。
 さてもう一つは、ブログの全面改良である。これは生半可ではできない気がする。だが多分、集中して根気よく試みればそんなに難しくないだろう。1日付きっきりになればものにできるだろう、その気になるかどうかだ。
 さしたることではないことに逡巡するのは、加齢か性格か、単なる臆病か。

 

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2019年12月16日 (月)

メール送受信の問題を解決

 ああ~、めんどうだった半日
 15日に、電子メールに「送受信エラー」が出て先に進めないのである、と書いたが、その解決に向けて朝から取り組んだ。問題は「OCN」にあると考え、電話で問い合わせた。以外と早くつながって、それから40~50分はかかったであろうか、改善策の指導を受けた。新たにパスワードを設定して完了した。
 電話の最後に、担当者に問いかけた。「なぜ、こんなにも複雑な手順を踏まねばならなかったのですか?」その答えは、この4月頃、12月〇日をもってシステムが変わるので、手続きをするように、とメールでお伝えした、というものであった。
 なんとなく覚えがあるが、すっかり忘れていたことと、そもそも「怪しげなメール」という思い込みで削除したことにあった。
 次に、送受信が繋がったが実用画面にたどり着く手順を習得する必要があった。それは私の場合、アドレスが二つ設定してあり、「NIFTY」がメインであるから、「OCN」から切り替えねばならないのである。ここは自分でたどり着かねばならず、試行錯誤を繰り返した。2度の休憩を挟んで、手順をメモ書きして完了したのが午後3時、半日を費やしてしまった。
 思うに、息子世代ならもっと早くに片付けていたであろうが、半日もかけてしまうなど「加齢」だからだと思う一方、IT、デジタルの類は高齢者に不向きではないかとも考えた。そこでやはり、システムの変更は、ユーザーの都合ではないのだから、プロバイダーの側で対応できないものか、或いは手間、コストがかかっても「文書」で、通知、手順を示してもらいたいものだと思った次第、簡潔に。
 私がパソコンから離れるのはいつの頃だろうか。それは多分、「終末」とも絡んでのことであろう。

 

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