2019年10月15日 (火)

二階発言、いい歳こいて“まずまず” か!

 せめて教訓の一つにしておこう
 自民党の二階俊博幹事長(80)が、13日の記者会見で、台風19号の被害が「予測されていたことから比べると、まずまずに収まった」と発言したと伝えられた。結局撤回に追い込まれたが、この「まずまず」の表現が物議をかもしたわけだ。災害や事故に対して、国政の中心にいる人物が言うところの「まずまず」とはどんな状態をいい、どの程度を予測したというのか。いい歳こいてこの発言。
 本来なら「まずまず」は、「大きな災害が予想されたが、関係者の不断の努力でそれを防ぐことができた。我が国の防災体制は“まずまず”だが、これからも油断せず、手を抜かずに防災に努めていきたい」といった具合に使うべきであろう。
 あるいは二階氏は、被害状況を刻々と伝えるテレビさえも見ていなかったのであろうか。そして台風がいよいよ近づいて来ても、自分の家の周りに風に飛ばされるものはないかと見て回り、雨戸を閉め、一応2~3日分の食料の有無を家人に尋ね、携帯ラジオは手元に置いておこう、などとは決して思いもつかない、やりもしないのだろうか。
 政治家は、天下国家の“眼”を持たねばならないが、“足”は、いつも地に着けていなければならない。“眼”は、足下も見ていなければ、危機感さえも覚えることができないであろう。
 この発言で、野党は当然追及したが、追及だけでなく反面教師として、「こうした局面では、真っ先に何をなすべきか、次善の策は何か、連絡網は確かかなどを考えておく」ことが肝要かと。
 ところでわが家の「危機管理」はどうであったか。19号のコースから予測すれば、風は北又は北西の風が強まると予想されたので、雨戸は北側だけとした(ちょっと油断)。飲料水、風呂水、即席麺、パン、カートリッジ式ガスコンロ、携帯電話の充電・・・。まずまずであったかなあ・・・。

 

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2019年10月 1日 (火)

消費税増税、処方薬は?

   増税の初日のあれこれ
   消費税が10%に増税された今日私は、予約していた病院へ出かけた。そこで処方箋をもって薬局へ、大量の薬を受け取ったが消費税のことは聴き損ねた。検索したら処方された薬は「非課税」とあった。しかし薬剤を仕入れた薬局は消費税を払うことになるのだという。薬局はそのまま負担を甘んじて受け入れ続けるのであろうか。いずれ、「調剤技術料」「薬学管理料」などが改定され、結局患者負担になるのではないかと考えたりもした。
 それはそれで判明したが、75歳以上の「後期高齢者」の負担割合が、現行1割が、近い将来2割になるという話を聞くがこれはどうだろうか。仮に70歳以下の3割負担、70歳以上の2割負担が据え置かれ、その上「後期高齢者医療保険」が継続されれば、どうなるか。
 変わって夕方スーパーマーケットに買い物に出かけた。今日の買い物は食材だけだから全品8%のまま。この日「おむすび特売」のお店があって、通常140円の各種のおむすび(コンビニのおむすびよりやや大きめ)が全品100円とあった。そこに14~15人が行列を作っていた。
 もちろんこのおむすびは「テイクアウト」だから消費税は8%。私が驚いたのは、安いからといって夕食におむすびを出すのだろうか?という素朴な疑問。“独り者”ならあるかもしれないが、そうでない人ばかりと見受けたが。
 帰り道、ふと思いついた。あれはきっと“食べ盛りの子どもたちの一時しのぎの食”に違いないと。わが家でも孫が帰ってくると、夕食までの時間、空腹訴える。そこでパンとかポテトフライとかチョコレートなどが用意されることがある。(私に、その任はない)、つまり、いつもならパンとかスナック菓子類であるが、今日は特売だからおむすびにしたのであろう。
 近くに「百均」のお店がある。これまでは「108円」で、「煩悩の百八つ」なんて思っていたが、これからは110円だから「ポリショップ」とでも呼ぼうか。

 

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2019年9月29日 (日)

消費税増税2日前

 「主夫感覚」で、買い求めたもの
 10月1日からの消費税が8%から10%に増税されるのを前に、いわゆる「買いだめ」をする人は少なくないだろうと思っていた。しかし中日新聞の調査では買いだめは50%弱だから、思ったより多くない。買いだめしない人の理由のトップが特に買うものがないというものらしい。例えば「家電」などは、買い替え時期とマッチすれば考えたであろうが、10年、15年の耐久消費財は買わないであろうし、生活用品も「軽減税率」の対象範囲が分からないというのも隠れた理由ではないかと思う。
 私の場合、この9月に入ってからは、コーティングが剥がれるなどしていたから眼科の検診、検査を受けて10年になる眼鏡を更新した。これもそのうちにと思っていた故障中だったラジカセを買い換えた(これでパソコンを撃ちながら音楽が聴ける)。さらに消費が激しいプリンターの(高い)インクを2セット買い求めた。
 家事の買い物としては、「軽減税率」の対象かどうかわからないことが多いので、「5%割り引きデー」に限定して、「主夫感覚」で洗剤、石鹸、歯ブラシ、ゴミ袋、乾電池、トイレットペーパーなどを買い込んだ。
 迷ったものは、しょうゆ、食用油、バター、昆布など乾物、缶詰、米、乾麺、カレールーなど。いずれも在庫があり、不急なものなので購入を見送った。衣類、履物、書籍類、常備薬などもゼロ・・・。
 今日29日は、某スーパーが日曜日で5%割引デーなので、私も昼過ぎに出掛けた。思ったほど混雑してはいなかったが、一人一人の買い物の点数は日ごろの倍以上のように見受けられた。つまり、生鮮食品などより、10キロ米、ティッシュペーパーなどかさ張るものが多い。つまり買いだめである。
 単純に考えれば1000円の買い物で消費税が現行の80円から100円になる。20円の出費増。1万円の買い物で200円増。家、自動車、家具など高額品を除いて日常品の範囲でこれだけなら、慌てて買い込むこともなかろうと思ったりもするが、これを年間に直すと食費だけでもざっと1万5千ほど増加する、ということもあるが、私の実感では既に8月頃から季節商品を除いてちらほら値上げが目に付いていた。これは便乗値上げということもあるかもしれないが、生産者から小売りまでの流通過程で2%増が積み重なっていくことによって、最終的に2%の消費税を上乗せしても、それ以上の出費が見込まれる、それを補うための事前値上げではないか、私はそのように推定したのだった。
 消費者(生活者)と政治家(議員)との感覚のずれが悪政を招く、或いは思いが至らないのではないかと思うと、「主夫感覚」は捨てたものではないと・・・。

 

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2019年9月26日 (木)

伊勢湾台風から60年

 災害は忘れないうちにやってくる
 1959年9月26日の台風15号「伊勢湾台風」から60年、被災地のその時の親世代の多くは亡くなっているだろうが、小学生の高学年以上なら忘れることはないだろう。
 You Tubeの「名古屋市公式 伊勢湾台風の記録 昭和35年」を観た。
 わが家は被災地の近くではあったが被害は免れた。少ない経験だけれど「災害」への警戒心は植え付けられたと思っている。今は洪水や崖崩れ、津波、高潮の心配はないが、地震、落雷、昨今の突風や竜巻には対処できない懸念はある。空、宇宙からの落下物には、宝くじにあたるほどの確立でしかないのでこれは想定外である。
 それらを考えると「災害は忘れたころにやってくる」は、一昔前までの教訓であり、気候変動・異常気象などから現実的に考えるならやはり「災害は忘れないうちにやってくる」が、正答なのようである。
 これらは「自然災害」であるが、災害は「人為的」なものも少なくない。主要道路から離れているから車が突っ込んでくることはないだろうが、飛行経路にないとはいえ、航空機からの落下物はないとは言えない。
 最も警戒すべきは自家、隣家からの出火であろうか。「主夫」の私は警戒されていて「ガスの元栓は閉めたか」とガスコンロの壁に貼られた。
 何はともあれ、まずは我が家の“戸締り”をなし、その意気で行政への監視も緩めてはいけないだろう。

 

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2019年9月19日 (木)

安保法から4年の集会とデモ

   狼煙(のろし)を上げ続けよう!
   この日の午後私は、第2名古屋日赤病院(昭和区・八事)にいた。
   とはいっても、診察に来たのでもなく、どなたかの病気見舞いに来たわけでもない。病院のロビーで絵画の展示、知人のHさんの個展があったので覗いたのだった。
   観終えて、夕刻の集会までに時間があったので、地下鉄の一駅を歩いた。「八事駅」の近くには中京大学があるが、その前を通りながら、“もし自分が大学に行っていたら、どんな学生生活を送っていただろうか”と思ってみたものの、すぐに打ち消した。私に学問は似合わない、勉強が好きなタイプではないとこの歳になって結論を出しているからだ。ただ「ゼミ」には興味を持ったかもしれない、内容はともかく。
   軽く夕食をとって午後6時、名古屋・栄、久屋大通公園の久屋広場で開かれた「戦争法は廃止!日韓の『憎しみより友好を!』安倍政権の改憲NO!」の「9・19集会・デモ」に参加した。
   前日、共同代表の中谷雄二弁護士から「・・・明日は、2015年9月19日に強行成立させられた戦争法(安保法制)の成立から4周年です。愛知でも安保法制違憲訴訟が闘われていますが、是非、集会に集まり、戦争法廃止の声をデモで訴えましょう!・・・」というメールが流れたようだが、この日参集したのは主催者発表で400人余り、ひところに較べ半減以下だった。それは気にはなったが、少数であれ、継続的に安保法そしてアベ政治を「認めない、許さない、見過ごさない!」の狼煙を上げ続けることが大事なのだと思う。時来たらば人々は動き出す。そこにこそ受け継がれた狼煙の価値があるといえるのではないか。狼煙を消してはならない。
   集会は、共同行動共同代表の長峯信彦さん(愛知大学教授)の主催者挨拶、スピーチは、安倍改憲の現段階などを愛敬浩二さん( 名古屋大学院教授 )、日韓問題に関して高橋 信さん(名古屋三菱朝鮮勤労女子挺身隊訴訟)が行い、締めの挨拶に共同行動共同代表の中谷雄二さんが行った。
   暑さは和らぎ、心地よいほどのデモで、久しぶりに声を張り上げることができた。
   「秋の闘い」の初日、この日1万3千歩をカウントした。

 

 

 

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2019年9月17日 (火)

修理・治療は予防と早め

 “変だな”の感得、感性が大事
 先月末から始まった歯の治療が今日で終わった。早めの治療で2本目の抜歯を免れ、これで「8020」の可能性は高まったが、「傘寿」まで命をつなぐことができるかどうか。
 壁のクロスに細くだが裂け目が生じてメーカー補償の修理があった。どんな手法で施すのか興味があったので観察した。裂け目を中心に左右3センチ幅で切り取り、それを入念に復元させ、下地を接着剤で補強し、元に貼り戻した。切り取ったものを新しいものに取り換えると周囲との色違いが出てしまうので、再利用したのだという。仕上がりは上々で、裂け目も、継ぎ目も見分け出来ない。職人技の一つなのであろう。
 日頃、洋傘の結び糸が切れたから補修した、配管の隙間から虫が出たので塞ぐ作業をしたなどの修理、手当、また衣類のボタン付け、ゴムの入れ替えなどは割とこまめにやる方だが、体の病気ばかりは医者に頼らざるを得ない。だが日ごろからこまめに手入れする習慣があると、病院通いもあまり躊躇しない。“まあいいや”ではなく“何とかしなくちゃ”が先に来るのである。
 さて、政治、社会の過ち、病根にいち早く気がついて、それを改善すべきは、各級の議員の務めであろうが、市民・住民の力でもあろう、と当たり障りのないことを言ってみても事は容易く動かない。
 昨今の電気のブラックアウト、風水害をみても、沖縄の米軍基地問題、原発の廃炉などと違って、その気になっていれば防げたか最小限に抑えることができたのではないか、という気がする。
 “お父さん、雨漏りするから屋根をふき替えたら?”と子供たち促されても“今は新車を買う方が先”などとほざいている、そんな風景を政治に見てしまう。
 台風15号でいまだ千葉県内では約6万6000戸が停電していて、全面復旧にはまだ10日以上かかるというが、“なんで?もっと早く、何とかならないの?”とは誰もが思ったのではないか。高圧線鉄塔が倒れる、電柱が何千本も倒れるなんて「想定外」ではあったろうが、その「想定」が怪しい。
 何気なく“変だな”と感じたとき、それを見過ごさない、そういう習慣づけというか感性、感得を持ち続けたいと思う。

 

 

 

 

 

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2019年9月16日 (月)

敬老の日に思うこと

 自覚と政策としての錬成を期待
 これまで9月の「敬老の日」を何の日?と深く考えて迎えたことはない。いや今でも深く考えているとは言えないが、意識し始めたことは確かだ。その動機は「後期高齢者」として健康保険の負担割合、後期高齢者保険の請求を受けたときそして運転免許証の書き換えからであった。もう少し遡れば「古希」を迎えたあたりかな。
 総務省が15日発表した人口推計によると「65歳以上の高齢者は同日時点で前年より32万人多い3588万人、総人口に占める割合は0・3ポイント増の28・4%と、いずれも過去最高を更新した。16日の敬老の日を前に集計した。2018年に仕事に就いていた65歳以上は最多の862万人。就業者全体の12・9%で、空前の人手不足を支える重要な戦力になっている。」とある。
 敬老の日の意味を検索してみたら「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う、つまりは、生活の知恵を持った高齢者を、人生の大先輩として敬い、長生きをお祝いしよう!」という意味だという。
 これを素直に受け止め、聞き流せばそれだけのことであり、「うん?ちょっと待って」と思い浮かんだのは「敬愛?誰から」「長生きすることで祝われるの?ほんとに?」「生活の知恵って、例えばどんなこと?」「社会につくしてきたといわれても、どうもピンとこない」
 次に「2018年に仕事に就いていた65歳以上は最多の862万人。就業者全体の12・9%」、では「70歳以上の就業者は336万人」とある。
 職業別ではどんな割合なのか、自営業や会社役員などを除けば、賃金労働者は半分以上を占めているのではないか。
 つまり、「働くことが好きだ、生きがいだ」という人もおられようが、多くが「生活の支え」として働かざるを得ないのではないか。あるいは「年金だけでは生活が困難」と切羽詰まっている人もおられよう。
 この程度の材料では何らかの結論は出せないが、感覚的に言えば、「預貯金がなくても不安のない生活の保障」「医療、介護が必要になっても、生活が維持できる社会保障」「年金制度の維持と現状の水準を引き上げることはあっても、下げてはならない」「高齢者の“労働力”と“引きこもり”を防ぐために賃労働に活用するだけではなく、ボランテアを含む社会的活動にも参加したくなる環境づくり」「健康寿命のための取り組みと地方自治体の施策」
 これらを政治的政策として練り上げるとしたらどんな形、表現となるだろうか。各党のマニフェストには必ず入っていると思うのだが。野党の立場からすれば、政権獲得時に即必要な政策であり、練りに練っておく必要がある。

 

 

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2019年9月15日 (日)

C&Lリンクス愛知電子版・第61号

   立憲民主党を前に
 立憲民主党の党大会が9月30日に、某所で開催されると党のホームページで知った。多分、大会に招集された人は、かなり前から知らされていたことだろうが、少なくとも「立憲パートナー」の私には、直接知らせはない。
 この党の組織実体を私がよく理解していないためなのか、果たして理解、了解するための材料が提供されてきたのかどうか。どちらにしても、現時点では私は私、でいくほかない。
 以下のものも素材の一つと受け止め「C&Lリンクス愛知電子版・第61号」を次の内容で編集し発行した。
   第61号 2019年9月15日発行。1)党大会は9月30日 枝野代表「新しいステージでさらにわれわれの責任、役割を果たしていくために頑張っていきたい」 2)参院会派「立憲・民友会・希望の会」の全議員で研修会を開催、枝野代表らが講演。 3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<09月11日~9月14日> 4)「ツネじい通信」 NO50 2019/9/14 先人、桐生悠々・石橋湛山の胆力に学ぶ。 5)私の映画鑑賞記 映画「記憶にございません!」 6)あとがき。
 このような状況になると「参院選の総括」への意欲が薄れていくのが分かる。「党活動」としての総括は中途で止まったままであるが、個人的なものはその都度ブログで書いているのでほぼ終えているといっていい。しかるに、党活動としての総括がなされたとしても、それを反映させる機会があるのかどうか。仮にそれが「徒労」に終わろうとも、それとは関係なしに続ける、が従来の姿勢であったが、今や仮の「徒労」に耐える体力が減退しているということかもしれない。そうであれば、それも受け入れるほかない。

 

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2019年9月13日 (金)

バックアップ未達の不安

   結局無用な労力でしかないが
 曲がりなりに“もの書き”の、端くれにいてもなにがしかを書き終えると、その記録を保存したい衝動に駆り立てられる。さらに、その後の執筆の参考とか、重複を避けるために確認用に保存したくもなる。さらに、将来的に冊子か本にまとめることもあるかもしれないという希望も捨てきれず、保存を続ける。しかし、その保存はあくまでパソコンの中だけであって、パソコンが故障してデータが消去されれば、或いは致命的な手違い、操作ミスで削除してしまえば、素人の手では回復のしようがない。そこでデータのバックアップが欠かせないのであるが、通常は怠ってそれをすることはない。あるいは、消去・消失するという事態を想定しないので放置したままである。
 もう一つは、稚拙な「技術音痴」という要因がある。私はかねてより、“今のうちに、何とかバックアップしておかねば”と思い続けていて、悩みの種であった。一度はCDに移行させる試みをしたが、ウィンドウズXPまではできたのに、ウィンドウズ10では成功しなかった(と思い込んでいた)。
 昨日から今日にかけて、ガイドブックを紐解いて再挑戦してみた。1日目はガイドブックを開いて読み始めてすぐ閉じてしまった。いわゆる「取説」を読み取ることが苦痛なのだった。2日目に“これではいかん”と再々挑戦して、一つ一つ手順に従って進めていった結果、何とか、CDに落とすことができた。再生してみて、保存されていることが確認できた。そこで以前に行ったCDを再生してみたら、やはりデータは移行されていた。あれは失敗ではなかったのだった。原因は、移行作業が終わったはずなのに、パソコン画面に「・・・準備ができています」のサインが出ていて、未だ移行されていないと思い込んでいたためであった。
 過去にもそうしたバックアップしたものが大量に残っていて、書棚の一角を占めている。それ以前のFD然り、カセットテープ然りである。いまさら何のため?と自問自答して苦笑せざるを得ない。
 新聞も同じ経過をたどっている。けれども最近は、1週間分は残すけれども、それ以外は、資源ゴミとしてどんどん排出している。1週間たっても必要と思われない、なくても困らないことに思い至ったからだ。
 けれども、だとしても、「バックアップ未達の不安」は消え去ることはない。結局、再利用されることは稀で、無用な労力でしかないことは分かり切っていることではあるのだが。

 

 

 

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2019年9月12日 (木)

2004年のころと今

   “十年ひと昔”というが
 “十年ひと昔”という言葉はあまり使われなくなったようだが、私の中では10年、15年といった単位で、あるいは1970年代、1980年代・・・といった区切りで過去の活動を振り返ることがしばしばある。
 C&Lリンクス愛知電子版の60号を発信したので、一息入れた。書類棚の整理をしていたら、「環境とくらしを考える緑ネットワーク」の会誌第56号、2004年9月15日発行、が出てきた。B5サイズの全20頁。副題に<自然、社会、生活>とあり課題を広く扱っている。編集・発行者をしていた私が60歳の時、15年前のことである。
 内容を目次から拾うと、巻頭詩「労働」、コラム「結」は「今どきの、労働組合を思う」、「緑区の原風景・6 瑞泉寺・中島橋」、「地下鉄桜通線<野並-徳重>延伸工事を考える」、「日歯連事件・議員の逮捕・辞職を考える」、「2005年名古屋市長選挙を考える・1」「みどり文化芸術ネットワークとは」、「横井久美子さんを励ます会・報告」、「ピースサイクル2004・報告」、「CHECK!愛知万博の今(12)」、「わたしのクリップノート・5(松崎)」、「私の小さな映画史・4」、「日進市・立木トラスト運動」、「投稿 法廷で感じた<戦争前夜>高橋」、「ガンバレ三菱労働者岡崎集会・報告」、「インフォメーション・あとがき」
  読み返してみて思わず“現在に共通する内容が多いなあ”と思った。あくまで個人史としてであるが、“十五年ひと昔”というより、“十年、十五年、歴史(歩み)は繰り返す”ということになろうか。
 とはいえ、その頃の私は「無党派市民」であり、地域の運動の「代表」とか「運営委員」におさまっていて、現在は立憲民主党の「立憲パートナー」という組織の一員であるから、大きな違いがあるにはある。それは年齢と関係ないとは言えないが。
 ちなみに「緑ネット」は、2005年の愛知万博が閉幕したこともあって、総括をして2006年頃に活動を終えた。その後を引き継いだのが「四季雑談の会」である。

 

 

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