2009年12月 8日 (火)

ちょっと、パソコンから離れ

体調快復に努めます
 今日から2週間の予定で、「隔離療養」を受けます。
 在宅のままでは、薬飲ままならず、食事もパソコン作業も自制がきかない、わが精神の脆弱性に断!
 というほど大げさではありませんが、暫く、他人さまの厄介になることに。
 ブログもお休みか、「雑談の櫂」の、古い記事を採録したものを時々。復帰してから「追い書き」という方法もありますが、空白日もあります。しようがないかな。

 捨てる

小雨の中 ゴミ収集車が近づく
わが家から出したそれは
手慣れた作業員の手で
すばやくホッパーに放り込まれた


着古した作業服の
袖と胸のあたりにシミがある
いくらこすり洗っても消えない
マシン油の痕跡であった

モーター音と切削音と油煙
フォークリフトとガータークレーン
同じ作業服と同じ作業帽
機械工の集団の中にいたあのころ

あれから十余年
もう捨ててしまえば といわれて梱包した
捨てたのは油の染みた作業服
運び去られたのは切り取られた過去

明日また一つ 過去を捨てに出そう

<C&Lリンクス愛知・第56号-2009・11・30/巻頭詩>

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2009年9月23日 (水)

夏が翔んでいく

C&Lリンクス愛知/第55号・巻頭詩

    夏が翔んでいく

コンクリートからの反射熱が
街宣車から半身をさらして叫ぶ
私のうなじへ絡むようにまきつく
私はなにをつかまえようとしていたのか

狭い道路にせり出したベランダの
一瞬観た鉢植え あれは鮮やかなハイビスカス
夢のように南国へ連れて行ってくれたわ
あれ 私はいま どこにいるのだろう

南郊公園の緑陰に鳩が群れ
これ私の夢のかけらよ と念じて
ビスケットを砕いて天にまく
一瞬にしてそれはついばまれた

暑さを持ち越して 時は過ぎ
何も変わらない日常が戻って
のどの渇きが懐かしくて
私の夏が翔んでいく

待って!私はどこへいけばいいの!

南郊公園は、名古屋市熱田区と港区の境界にあって、地図から推定すると、中川運河の支線、南郊運河を埋め立てて造られたと思われる、東西に延びる緑地帯。
坂候補の街宣車は、近くのホームセンター前で街宣を行った後、ここで、しばしの休息をとった。

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2009年7月 4日 (土)

四苦八句川柳・9

梅雨知らず
 雑談の櫂・第12号・梅雨号の「四苦八句川柳・9」は、以下の8句。題は、時節柄「梅雨知らず」としたが、冒頭句に思い入れがあり、第8句と対をなす句としたが、相変わらず「もうひとひねり」か。

▼ 連れてくかどっちなのよと傘が聞く
▼ 水たまり遠い面影愛合傘(かさ)映し
▼ きょうも雨 つゆキライかとポチに聞く
▼ 梅雨なのに雨梅降らずお玉降る
▼ 生活のゴミが流れる扇川
▼ 雨だから同窓名簿めくる日々
▼ そういうが晴耕雨読畑(はた)もなく
▼ 愛読書君は残れよボクは逝く

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2009年6月 1日 (月)

竹内淳さんへの追悼詩

 早世を悼んで
 
去る5月29日、 ピースサイクル2009全国ネット事務局長であった竹内さんの、「竹内淳さんを送る会」の席で配られた追悼誌には、一文を要請された私の拙い「追悼詩」が、冊子の中ほどに掲載されていた。竹内淳さん、享年50歳。

 陸奥にかかるに虹の一粒になって

陸奥(みちのく)の山と川と海と
青い空の美しさに惹かれただけではない
豊饒の地に生きる人々と
六ヶ所村の危うさだけでここまできたのではない

1945年の 広島の 長崎の
この世のものすべてを焼き尽くした閃光とキノコ雲
そのおぞましき末裔は全国の全世界の
原発という名の奥座敷に棲み続けている

富士の山の頂をも臨む関東平野の空は
西の広島 長崎と北の青森とつながり
淳さんの声と思いは
全国のピースサイクリストとつながった

その日 淳さんの銀輪が跳ねあげた雪解け水が
キラリと輝いて空に舞い
遥か陸奥までもかかる虹の一粒となった
それは淳さんの魂が召されたように

淳さんは 人生(みち)を求めて陸奥に馳せていた

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2009年5月13日 (水)

格差社会はなくせるか

 老兵たちのフォーラム5月例会・1
 フォーラムの5月例会は、「格差社会はなくせるか」で、問題提起の役を仰せつかったが、課題の大きさにこの1か月、気の重い日を過ごしたのだった。
 まずテーマは、格差社会の存在を認めてのことである。その格差をなくせるかどうかを問うているが、「なくせない、なくならない」という一応の推論はあるとしても、現状を見ながら、格差とは何か、何が格差を構成しているのか、なくす方法論はないのか、難題だが制度・政策面からも迫ってみたいと試みた。入口か、それから一歩か二歩踏み込んだ内容でしかならなかったかもしれない。
 はじめに、諸先輩を前に「こんなことは言うまでもない」と思いつつ私は、「格差社会の概史」から入った。助走のつもりであった。
1)人類誕生の起源からいえば、狩猟、農耕いずれの場合も、天候不順で食糧確保が困難となり、「貯蔵」するようになったと考えられる。<持てるもの、持たざる者の誕生、知恵も生まれる>
2)狩り場、耕作地に良否があると知り、その領域の確保をめざすようになったと考えられる。<所有、支配、独占の始まりか>
3)良い猟場、農地、漁場が争奪の対象となり、争いが生じるようになった。
4)争奪のエスカレートは、個人的、集団的「力関係」を生みだした。さらに、闘士、兵士という武士、兵隊を構成し、武器、兵器と組織性(軍隊組織)の発展を促した。
5)争奪は、集団的な争いとなり、その勝敗によって支配者、被支配者の関係ができるよいになった。<当然、支配される側は、支配する側より低い生活水準を強いられた>
6)少数の共同生活から集落ができ、村落となり、荘園などの支配地域が確定していくようなった。その支配を構成する組織に首領をトップに、上下関係ができていった。その上下関係は、物質的豊かさの差でもあった。
7)文明、文化の発達は、「大航海時代」の到来、「産業革命」をもって、人種、民族、宗教間の、世界的争奪、侵略の時代に入り、植民地からの収奪と奴隷化、また移民が行われた。また、鉱工業生産物の売り付け、市場経済が発達し、市場の争奪も始まった。<これらは富の差を巨大化した>
8)独立を求める植民地と列強の紛争、戦争がはじまり、世界大戦へと進んだ。一方産業革命を前後して、労働者階級の反乱、決起が盛んとなり、共産主義、社会主義が台頭して、革命闘争、革命運動も起き、「階級闘争」が意識された。<格差社会は階級社会と表現する時代ともいえた。>
9)第2次世界大戦後は、「核の時代」であり、「核保有国」が世界支配の中軸となった。一方経済復興を果たした日本やドイツなどが市場経済力を持って台頭した。
 戦争に明け暮れたアメリカは没落の途上にある一方、新自由主義のもと、グローバリゼーションの波が発生し、押し寄せた。世界経済大混乱の時代に入った。それは「格差」の拡大と言い換えることができる。
1、社会的格差-日本の場合
 憲法第14条では、「すべての国民は、法の下で平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」とある。
 この「差別されない」という規定と、後述の第25条の規定は、実際に存在する「格差」と深い関連があると思うがあまり深入りしない。ただこれは考察上、原点または起点といえなくもない。現実がそれを教えている。
 それで一般的にいう「社会的格差」とは、「身分格差」という捉え方もあるが、ここでは「貧富の差」と規定してみると、それは「富裕層」「中間層」「貧困層」と大別される。それをさらに細分化すれば、(たいした根拠はないが)
1)富裕層・・・超富裕層(起業成功者)、特権的富裕層(遺産相続者)、高級官僚、経営トップ(一部)
2)中間層・・・上位(高級公務員、特別公務員、会社役員、農林水産事業者を含む個人事業者)、中位(年収600万円~1000万円程度の管理職、一般職、個人事業者)、下位(年収600万円~300万円の勤労者など)
3)貧困層・・・低所得者層(世帯で年収300万円以下)、貧困層(生活保護世帯の水準)、極貧層(生活保護世帯かそれ以下、ホームレス他)
【参考】生活保護費の例-東京都区部と地方郡部などの比較(表) 省略

2、私が在職中に体験した、企業内の「格差」について
 一概には言えないが、一般社会で起こる現象は、えてして企業内で先行して起こる。「格差」のいろいろは、私の職場ではこんな形で存在していた。
①身分格差・・・職員と工員、本工と臨時工
②学歴格差・・・大卒、高卒は職員、中卒(養成工)は工員そして臨時工(準社員)で、給与体系が別。⇒養成工制度廃止後の高卒は、技能職群(現場配属=旧工員)と事務技術職群(旧職員)に。
③職能格差・・・管理職は別として、事務職、技術職、技能職、特務職(守衛など)という職郡に等級をつけた。(職群等級格差と表現した)
④男女格差・・・身分、学歴に加え、昇進、昇格、昇給の扱いに男女差があるとされた。
※これら4つ「格差問題」は、社員制度の改定をもって、職群等級制度、職務記述書をもって固定化された。
※工員から職員への道・・・技術員教習制度⇒機会均等をうたう一方、格差の存在を認めた制度である。
※高卒職員採用に「指定校制度」があるとされた。
※臨時工⇒準社員と季節工(直接雇用)、社外工(派遣、請負)

 ここでは「格差」と表現しているが、実はこの「格」とは何か、という基本的な認識はあまり語られない。賃金の比較でいうときは「較差」という。私の手元にある1955年版「広辞苑」には「格差」という言葉出ていない。では現在でいう「格差」は、「差別」と同じであろうか。そういう面もあるが少し違う感じがする。そうすると「身分」の「差」であろうか、正規雇用と非正規雇用の違いのように。
 ということで次回は、現在の格差問題について考えてみたい。 
(続く)

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2009年3月 8日 (日)

巻頭詩「労働の現場から・2」

 C&Lリンクス愛知・第49号(2009年3月4日)の巻頭詩から。
 前号では、「労働の現場から・ 1」を掲載した。

 労働の現場から・ 2

期間工Aは素早くワイパーを手にして
フェンダーに身を預けながら
フードとフロントガラスの隙間の
接続部品とつなぎ合わせる

こうしてワイパーをどれほど組みつけたことか
誰とも知らぬドライバーの視界を清めるためか?
いや 時雨のような小さな不正を拭き払い
湧き出る迷妄と懊悩をかき消すためか?

期間工Aが作業伝票「カンバン」に目をやる
そこには赤い文字が並んでいた
「大幅賃上げ! 本工との格差をなくせ!」
「労使の癒着糾弾!労働者は決起せよ!」

だれが貼り付けたかは知らない
だが 誰もはがさなかった
誰もが読んで胸をときめかした
だが 誰も決起しなかった

ビラはラインを流れる―N車体闘争から

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2008年11月19日 (水)

折々の詩「秋扇」

 「雑談の櫂・第8号、巻頭詩」から。(2008年10月20日)

  秋 扇

渡り鳥が飛んでいきます
あのつらい旅路に較べれば
かつどうかきどりで もの書きもどきは 
新海池あたりで散歩しているばかり

虫たちが鳴いています
あの楽しげな狂詩曲は束の間
それでもひとときの安らぎを奏でてくれる
わたしは生きて 泣かせたかもしれない

都会は見知らぬ人が多く行き交います
人前に立つのは好きではありません
なのにチラシのフレーズ一つ
この夏ずっと悩んでいたわたし

Tシャツからブラウスにかえました
書棚の本を入れ替え
和紙の便箋に向き合い肘をつき
ゆるんだ目で空を眺めていました

病床の兄がみまかり秋扇置く

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2008年10月29日 (水)

四苦八句川柳・5

 政治・逝去句(せいきょく)
▼  おかしいぞ世論調査で政局って
▼ 洞爺湖はサミットが噴火忘れさせ
▼ 小泉氏息子後継跡濁し
▼ 石破さん厚労省で有事説き
▼ 大腸と永田町にポリープあり
▼ 昭和なら認証式であっそう とか
▼ 一太郎大連立と思いきや
▼ 渡り鳥あのチルドレンどこへ行く
   <雑談の櫂・第8号08・10・20>

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2008年10月24日 (金)

詩 老人B

 前号に引き続いて「C&Lリンクス愛知」の巻頭詩「老人A」の二部作。昨今は、自らのこともあるが詩だけでなく、「老域」に関する記述が多いように思っているが、それは「自然体」ではあっても「創作」の域にあるといい難い、と言えるかもしれない。
 「老人」も、A~K(10作)のシリーズになれば「創作」といえるのだが。まだ、そういう気持ちにすらなっていない。「片手間の趣味(アソビ)」にあるからだろう。

老人B

なんの このままいったっていいんさ
大正 昭和 平成
天皇三人分を生きてきてさぁ おめぇ
文句なんかあるもんか

なんたってよぅ 一人っ子の息子にさぁ
をんな おとこ オレの孫二人よ
やるじゃねぇか てぇしたもんだ
甲斐性のねえオレにだよ もったいねぇ

年金 医療 介護
そりゃあ でぇじだけどよう
オレたちのことばっか構ってていいのかよう
空気吸って 水飲んで まんま戴いて

もう二度といくさのねえじでぇが一番さぁ
悪さするやつぁ いつの時代にもいるもんだが
そんなやつぁ ほっとけ ほっとけ
さっぱり度胸ある若いもんを見つけてさ・・・

そういやぁ楢山節考 蕨野行もいいかもなあ

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2008年9月13日 (土)

巻頭詩・9月

   老人A

犬吠崎沖三百五十キロで第五八寿和丸は
ほんとうに三角波に翻弄されたのか
傷ついて 幾多の魂を抱えて
何が五千メートルの海底に引きずり込んだのか

地獄の底から突き上げた二度の衝撃音
流血のような重油が漂い
黒い影がすべるように遠ざかるのを見なかったか
闇に棲み 闇を食い 闇を縦横無尽の

老人Aがベランダから見たものは
沈む太陽 暮れ行く街の風景
年金 医療 物価の三角波の大波
半世紀にわたる労働のかけらが浮遊する海

蹴散らし 踏みつけ 押し潰し
黒い影は首都の闇にも徘徊している
誰がとどめの機雷を放つであろうか
Aはいつしか 第五八寿和丸の生き残りになっていた

Aに帰るふるさとはダム湖に沈んで今はない

    <「C&Lリンクス愛知・第46号」から>

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