2018年7月17日 (火)

安倍さんを退陣させたい、すぐにでも

  安倍さんを退陣させたい、すぐにでも
 詩にしてみたものの・・・
 7月3日にミニ詩集・第16集「雨想(うそう)」を仕上げて送付し、その電子版を先週の12日に発信した。数人の方からコメントを戴いた。掲載した六篇のうち「夢 幻から解き放つときは今」は、「C&Lリンクス愛知」の第81号(4月25日)の巻頭詩であった。それをここに掲載することとした。この地域の人たちには重複することになるが、今日のテレビニュースを見ていて、つくづく安倍首相は一日も早く退陣してほしいと思ったからである。(感情そのままを表現してしまうと下劣で自己嫌悪に陥る)

     夢 幻から解き放つときは今
泳げない
なのに スイスイ背泳ぎの夢を見る
話せない
なのに 淀みない英会話の夢を見る
書けない
なのに 投稿の入選の夢を見る
走れない
なのに マラソンのトップ集団にいる夢を見る

人の欲望は 夢で満たされるのであろうか
人の欲望は 真逆であることで了解するのであろうか
人の欲望は 善意と悪意に翻弄されるのであろうか
人の欲望は 現実の世界では夢遊病者になるのであろうか

剣が峰に立っているという指摘に耳を貸さず
瀬戸際に立っているという危機感もなく
土俵際に追い詰められている現実に気づかず
進退きわまるおのれの身の自覚もないまま
土壇場に立たされているというのに

その人はホラを吹き続けている
害毒を垂れ流し続けている
時にはこぶしを挙げて絶叫する
「憲法改正がこの国を取り戻す 美しい国に」などと

その人の 夢 幻から解き放つ時は今

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年2月27日 (火)

ミニ詩集第15号「開扉」

気持ちは新たでも中身は微変
 5か月ぶりに第15号「開扉(かいひ)」の発行に漕ぎつけ、100部を作成した。明日以降、順次発送していく。
 今回は、詩は5篇「次の一歩の二〇一八」「躓く・転ぶ」「その朝・Ⅱ 」「年の瀬に」「廃線」で、隋筆は、ブログからの転載で2篇「しょうがない」について、「思いあたることがあります」そして、選外川柳特集・2と言葉遊びで「十拍の数え方」、あとがきで全16ページとなった。
 あとがきでは、(前略)●当初は、年末に仕上げて、年頭のあいさつ代わりに発送を考えていたので「年の瀬に」が冒頭に予定されていた。しかし状況の変化で「次の一歩の二〇一八」が必然的に冒頭となった●同時に本号のタイトルが「開扉(かいひ)」としたのも理由があって、地域労働運動の運営委員とAPWSLというグループの役員を退任し、立憲民主党に注力するという、新しい一歩を踏み出したということがある(中略)●「シネマ散歩・緑の会」が起動したことも、これまでやったことのない小庭の土起こしを手掛けるのも、無関係とは思えないのである●詩以外に替え歌や川柳、今号の「十拍の数え方」などは遊び心ではあるが、イメージづくり、言葉探し、気分転換にはいいかな、そんな風に思っているのである・・・。(C500‐№008)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月15日 (火)

8月15日という日に

  特別の日のようで特別でもない
 この日は、戦火が完全に治まり、外交的にも決着した日ではなく、昭和天皇の「玉音放送」があった日であるから、本来「終戦の日」とは言い難いのである。そもそも「天皇制」の名残りであり、一つの「区切り」に過ぎないけれども、そこは「戦争」をどう捉え、次代につなげていくかの機会ではあると思えばよいのではないか。
 15日を「終戦の日」としたが何故「再建の日」としなかったのであろうか。「新日本建国の日」といえばなんか右翼っぽいが、明治憲法から始まる憲政史上からも、その残滓はあるけれども新たな国造りの骨格として「新憲法」制定が始まったのであるから、「民主日本建国の日」はどうだろうか。そうならば「5月3日」もそれに該当することになるが、季節的にやや外れ感がある。8月が古来からの「盂蘭盆会」という宗教的というより季節感、習慣性が重なることもあって、先祖への墓参、合掌が、戦没者への追悼が重なることも、受け入れやすい素地ではなかったろうか。
 “二度と戦争しない、平和であることに関わる”ということを誓うのに「記念日」はいらない。随分前だが、年賀状に、毎日新聞のタイトル(題字)の「毎日新聞」をもじって「毎日反戦」と書いた人(杉山さん)がおられたが、「反戦平和」に“この日”はない。
 そんなことを思いながらも、今日の午後は小庭の草取りに汗をかいた。

   
  平   和

雨の日には破れた番傘で学校へ
濡れた服に着替えはなく
体は冷え お腹がすき
それでも雨あがりの水たまりを飛び越え
遠い雲を追いかけた

教科書もおさがりだった
開けば同じ 教室も机も同じ
先生のえこひいきはあったけれど
学校が好きだったから構わなかった
校庭の木々の緑がまぶしかった

戦争と平和って
ぐちゃぐちゃに描かれた絵が戦争
薄い雲が漂う空の絵が平和
戦場で倒れた兵士 空襲の焼け跡のむくろ
いま 戦没学生の絵が見たくなった

平和と戦争って
どうでもいいや 関係ない が平和
大変だ みんながみんなで が戦争
花火が上がって 夜空の華は一瞬
秘かに 念入りに 着々と うごめく影

シュプレヒコールの列に中にいた
のぼりを支え ポスターをかざし
唱和することで平和が続くと信じていた
こぶしを挙げることで好戦派と闘っていた
共同幻想ではない・・・歩きながら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月11日 (金)

ミニ詩集第14集

「平和」をテーマに
 13日の夕刻、岐阜の友人と会うことになり、そのことがきっかけで、ミニ詩集の第14号の発行を思い立ち、この1週間で何とか形にできた。
 もっとも12ページの構成で新作の詩は4つに過ぎず、後は川柳、映画鑑賞記、随筆などであるが、これまでブログでアップしたものの手直ししたものばかりとなった。
 詩は「平和」「平和2題-トマト、そら」「節目」、川柳は、毎日新聞に投稿した「ボツ句」中心、2014年11月のピースサイクル報告集に掲載した「高原列車は行く」の替え歌「ピースサイクルは行く」を再録、映画鑑賞記は2月のアニメ映画「この世界の片隅に」、随筆は、6月のブログ「人生の手仕舞いのセオリー6か条」
 「平和」という言葉は、日常的に広く使われ、異論、争論も多々あり、年代を越えて行くから、これをテーマにすることは深い推敲と、新鮮な切り口が求められるが、8月のテーマとして、一度は挑戦したいと思っていたこともあり、今回の取り組みとなった。そうであるから、運動の絡みからも「平和」あるいはその対極にある「戦争」をテーマにした詩作は今後も課題としていきたい。深みのある、内的問題意識を織り込んだ・・・ま、努力目標に過ぎないが。
 「平和2題」は短詩。「トマト」-孫の夏休みの自由研究/ミニトマトが赤い実をつけた/じいちゃんにあげる/
口の中ではじけて/えもいわれぬ味がした/八月六日の朝
 「そら」-八月九日の朝/長崎の空 長崎の鐘の詩想を練る/なんとなく鐘の音が響くのに/言葉は浮きもせず 流れもせず/部屋のドアが開いて/プラネタリュームに連れてって/孫の一声で/パソコンの前の私がいた
 絵をつけて色紙にしたい、そんな気持ちで創った。

|

2017年6月29日 (木)

引っ越し

 詩にしてみた
 息子たちへの世代交代を意味する、家の建て直しを進めてきたが、明日の朝、仮住まいから引っ越しとなる。私自身の生家から始まる引っ越しは、3度と仮住まいと今回で5回になるかな。
 引っ越しにまつわる出来事、思い出、苦労話はいくらでもあるし「エポック」に違いないが、案外何も気にることなく通り過ぎてしまうかすぐに忘れてしまうことが多い。
 引っ越しの時の、こんなのものも一つの心境だと思う。
 引っ越し

家族から離れたい
どこか旅してみたい
ひとりになりたい
心をカラにしたいだけ
そんな青春があったような気がする

家があって家族がいて
荷物を一杯積み込んでドライブして
取り留めのない話に笑い転げて
明日もいいことありますように
そんな団欒の日々があったような気がする

食卓においしいものを並べて
アルバムをめくりながら
あの日 あのときを思い出して
またいつか あのようにと遠くを見て
そんな日がやってくる気がする

引っ越しの日がやってきた
できるだけ少なくしてね
何もなくても大丈夫だからね
新しい家に団欒があると信じて
老いた私たちは引っ越した

 尾元のん葉・ミニ詩集第13号「所在」から

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月31日 (日)

ミニ詩集第9集

  「春よ 来い!」
  2月1日付で発行するミニ詩集第9集「春よ 来い!」
が完成した。昨年の暮れに「さらば2015年」を仮タイトルに第9集を出すつもりでいたが、かなわなかった。政治にも忙しかったのだが、「半主夫」の年末は人並みに忙しい。それにしても「わが詩泉」の枯渇は急速だ。古きものをリニューアル(改作)し、絵の提供を受けるなどして、何らかの素材提供なくして は仕上がらない。中学の同級生の手になる6月の作品展「私たちの足跡展」も創作の動機にはしているが・・・。
 と、あとがきに書いた通り、創作のテンポが遅くなりがち、遅いのはまだいいとしても、仕上がりに新しさがないような気がしている。まあ、趣味の範囲だからそれでも一向に構わないのであるが。
 作品は、詩が8篇と映画評。映画評は、すでに公表済みのドキュメンタリー「厨房男子」。A5サイズで、全12頁。
 詩の新作は、「春よ 来い!」と、絵の提供を受けた詩画の「私の骨董品」「昼下がりのだんご茶屋にて」の計3点。投稿した詩が「つまずく」「歩数計」の2点、6~7年前の詩のリニューアル(改作)が、この季節に合わせた「春田」「汐干寒」「いま二月」の3点であった。

  春よ 来い! 

古希って
いにしえをねがうと書くんだね
思い出ばかりで 未来への夢は少ないのかしら
と 庭先に視線を落としていました

還暦のとき ゴールデンエージと言われ
たくさん見て 聴いて 書きました
古希はプラチナエージと言われ
古希の希は 希少の希かもしれないと・・・

わたしは 世界でただ一つの存在
希少には違いないけれど
みんながみんなそうだから
どんな存在かで違いが出るのかな

仕事 家事 活動の三頭立ての馬車
御者のわたしの綱さばきはどうだっただろう
か細い我が道にも轍があって導かれた
いまわたしは ささやかな轍を残す

春よ 来い! もう一度来い!

|

2015年9月12日 (土)

辺野古での工事再開

詩「美ら海・風」
 安保関連法案(戦争法案)の国会審議が大詰めに来ている一方、北関東・東北地方は豪雨に見舞われ、各地で堤防の決壊・洪水、崖崩れなどの大きな被害が出ている。
 そのような重大ニュースがあってはやむを得ないが、政府と沖縄県による集中協議に合わせて1か月間中断していた移設に向けた工事が今朝、強い抗議行動の中で再開した、というニュースの扱いは小さいように思われた。
 当然にも、翁長沖縄県知事は、移設先の埋め立て承認の取り消しを週明けにも表明することだろう。そして、いずれ法廷闘争になっていくのだろうが、その間、工事が止まることはない。とめる方法はないのか。
 ミニ詩集の第8集「美ら海」には、次のようなつぶやきのような詩を載せた。
 
 美(ちゅ)ら海・風

あれから七十年 変わらぬ美ら海

白砂にたわむれる親子
若いカップルが小さな波にたわむれている
ここが沖縄であることを忘れ
穏やかな時間の中でシャッターを切るわたし

艦砲射撃 上陸用舟艇 重装備の海兵隊

この海岸にも
怒涛のように米軍が押し寄せたのであろうか
草むらから 腹を空かせた日本兵が
銃口を向けていたのであろうか

ずっとずっと 忘れてはいけない

見えないけれども 見つめるものがあるはず
聞こえないけれども 聞き取っておくものがあるはず
教えてくれないけれども 知っておくものがあるはず
珊瑚の この土の感触を記憶しておこう

そして この風こそが そのまま
美ら海から使わされた
往時を伝える使者かもしれない
わたしは受け止めきれるでしょうか

|

2014年10月 6日 (月)

ミニ詩集第5号「動線」

 活動領域の詩を組む
 台風一過。広島豪雨災害、御嶽山の噴火災害があって、この台風ではやや神経質と思われるくらい、「避難準備情報」「避難勧告」が早めに出された。それはいいことだが、結果として何も起こらなかったとき、次の機会には、‘大したことはない’と気を緩めてしまうことがないとは言えない。そこが危険だと、肝に銘じておきたい。
 さて今朝は、風の音、雨の音を聞きながら、なんとなく気が乗らないまま、昨日からの発送作業の続きに向きあっていた。今回の郵送は、APWSL愛知の季刊誌「Action Report」第13号とわがミニ詩集第5号「動線」の二種類。
 「動線」は、‘わが道を振り返ると、いつかは『労働詩集』をまとめてみたいと思って来た。それは今も変わらないが、労働現場から離れて10数年。『労働』と括れる領域は狭くなった。『活動、闘い』といった方がより近い状況だ。それを『詩的』に表現しようと思いついたのがタイトルの『動線』だがこれも独善かもしれない。’(あとがき)
 ということで、「豊かさのサイクルそして六ヶ所村」(Action Report掲載)「時速五〇〇キロ」(同)は近作だが、以下は、2007年から2010年にかけて「C&Lリンクス」の巻頭詩として書いたもの。いくらか手を入れ、タイトルを変えやものもある。「東京にて」以外は、「自動車詩集」という副題を付けた。カーナビ/連帯/ビラ/魂/機械工場/製図工MとCAD/居酒屋の亡霊  
 いつまでたっても、‘井戸一つ掘る’が如くに、詩想が定まることがない。それなりに続くことがあっても、‘筆を折る’までこのままかもしれない。が、それもよしである。

  豊かさのサイクルそして六ヶ所村

ここは陸奥(みちのく)六ヶ所村
なだらかな緑の山脈(やまなみ)がどこまでも続く  
点在する巨大風車 核燃工場の白い屋根が緑を断ち切る
鉄の門扉の向こう側に警備で生きる人たちがいる

いつ津軽海峡をわたってきたのであろうか
コスモス前線 青の森・六ケ所は色とりどりに
豊沃な地の畔に 庭に 道なりに
トラクターを操る農夫一人を見る

やがて来る白い冬景色
山瀬の風が手を凍えさせる 
豊饒な海の幸をもたらす
漁師たちの毎日がそこにある

 
日本の豊かさを下北の地が支え
下北の豊かさを六ヶ所村が支え
六ヶ所村の豊かさを村民が支え
村民の豊かさを核燃サイクルが支える

日本原燃の潤沢な資金を国民が支えてみな豊か?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 5日 (土)

巻頭詩・残魂漂流物

 何とかものにしたが・・・
 9月24日の本欄で「漂流ガレキが日本へ回帰-震災2年半で太平洋を1周という」を書いたとき、これは詩になると感じていた。また今年3月発行の「Action Report7」の巻頭詩「つながる」とも重なるところがあって、何とかものにしたいと思ってきた。
 最後の1行は、迷い続けて“時間切れ”となった。まとめる段階で修正するかもしれない。

   残魂漂流物

それをガレキと呼ばないでください
被災された人の悲痛な叫び
わたしは 残魂漂流物と名づけた
それでも何か足りないような 他人事のような

北の氷海から北米大陸の西海岸、そして南下
灼熱の北赤道海流に乗って東アジアの沖合
再び黒潮に乗って三陸沖へ
帰ってきたかと岬に立つ

黒潮は椰子の実を運ぶだけでなかった
さらわれた二〇世紀文明の落とし児 
漂うしかなかった残魂
地球のかすかな鳴動の予告を乗せ

いのち尽きれば土に帰る
その営みの中に安堵してきた
漂流する無数の中の
帰らざる人たちを呼び戻せ

核物質も共に漂流している・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月15日 (日)

“雑談の櫂” は夏枯れ状態

 発行の目途は立たないまま
 四季雑談の会の会誌「雑談の櫂」は、名目上は会誌になっているが、実態は個人誌といえる。これがそもそも発行遅延の原因である。第25号が発行されたのが、5月2日、次号の26号の編集が進んで7月7日発行の予定であったが、完成を見ないまま、参院選に入ってしまい、挙句の果て体調を崩した。
 どこかで“帳尻”を合わさなければならないが、それも体調とパソコン次第、とは言い訳がましくてみっともない限りだ。このままだと、「会誌」という建前を外して、実態に即した「個人誌」として再出発させることになろう。書きたい、出したい、創りたいという気持ちが高まったとき、その時だけに出すという。定期発行とか、従前の通りに、はもうやめにしたいものだ。
 第25号の「四苦八句川柳」では、最近の“投稿句”を載せた。あれから4か月を経て、間違いなく選外となったので、ここに掲載する。
◇医者よりもしつっこく聞いた薬剤師
◇クロマグロ カニ 鰻まで縁が切れ
◇母子二人父親の顔想像し
◇ジージと寝る孫がいいだし明日怖い
◇なぜ多い老人ホームに高級車
◇トイレ中用事いいつけ妻出かけ
◇下駄履けば水虫ですかまた聞かれ
◇なんとなく名古屋走りの安倍総理  
 第1句の「医者よりもしつっこく聞いた薬剤師」の、「しつっこく」は、「しつこく」でいいのだが、「っ」が入ることでやや強い表現となったはずだ。「ねつっこい」という言葉と、まじりあっての表現といえるかもしれない。
 さてこの投句で入選を期待したのは「なんとなく名古屋走りの安倍総理」だったが、これでは“もうひとひねり”がなかったと言えそうだ。「なんとなく」が何となく弱い。「暴走族」と書いて「やつ」と読ませ、「暴走族(やつ)ア然名古屋走りの安倍総理」でどうだろう。リメイクした投句は許されるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)