2017年5月19日 (金)

安倍内閣の暴走を止めよう!5・19あいち集会

 「安倍内閣打倒」が共同の意思となる
 今日の午後、衆院法務委員会で、与党や日本維新の会の賛成多数で可決された共謀罪!今や誰も「テロ等準備罪」なんて呼ばない。「共謀罪」なのだ。採決を強行した政府・与党・惟は、23日に衆院を通過させ、24日に参院で審議入りを図るのだという。悪法の成立までまだ時間があるようで実際はない。政府与党は数に物を言わせて「粛々と」進めるであろう。野党4党による国会での追及は、さらにがんばってもらう一方、在野の運動として連日の集会、デモも覚悟しなければならない。あるいは、「森友+加計疑惑」を掘り下げて安倍辞任を追い込むのも大きな手段である。安倍が辞任すれば法案はつぶれる可能性があるからだ。
 さて今日19日は、安保法成立の「19日デー」であり、全国で集会・デモが取り組まれたであろう。名古屋では「安倍内閣の暴走を止めよう共同行動実行委員会」主催の集会とデモが取り組まれ、約1000人が参加した。
 集会では、主催者挨拶として花井増實弁護士(前愛知弁護士会会長)が、続いて自衛隊南スーダン派遣差し止め訴訟弁護団団長の佐藤博文弁護士(北海道)、自衛隊PKO訴訟の原告で、次男が自衛隊員という平 和子さん(同)のアピールが続き、あいち沖縄会議の具志堅さんが沖縄の高江・辺野古の緊迫した状況を訴えた。最後に共同行動の共同代表である中谷雄二弁護士が安倍の退陣を求めるなどのアピールを行ってデモ行進に移った。
 デモは、名古屋の繁華街「栄地区」を1周するもので、「共謀罪 テロ対策と嘘つくな!」「共謀罪 私もあなたも 監視の対象!」「共謀罪 盗聴・密告・監視の法案!」「共謀罪 絶対反対!」のシュプレヒコールに加えて、「辺野古の新基地絶対反対!」「高江のヘリパッド撤去!」さらに「追求しよう!森友疑惑」「癒着疑惑の総理は辞任!」そして「安倍政権を 退陣させよう!」となり、ようやくにして「安倍内閣打倒」が共同の意思となった、そんな気がしたこの日だった。
 なお来週の27日(土)、6月10日(土)も法案阻止の集会とデモが設定されている。その間、国会の状況で、街頭宣伝、緊急集会、デモもあるかもしれない。

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2017年5月10日 (水)

ACTION REPORT第23号を発行

 トヨタ関連記事を中心に、
 今日の午後、CGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の活動誌「結・第9号」とAPWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)愛知の会誌「ACTION REPORT第23号」が印刷発行された。いずれも年4回の発行である。
 私の編集担当は、「ACTION REPORT」であり、以下の内容で12ページ仕立てである。
  表紙には、関東からの情報をもとに、日韓連帯・争議支援の「韓国サンケン争議」の概要を写真入りで紹介した。
  以下、巻頭の詩『不心得者戯言詩』/前掲後記 /現場たたき上げで初、トヨタの副社長/事務局から /TMPCWA支援・東京総行動-トヨタ本社申し入れ行動と申し入れ書 /海外情報-フィリピンからの「外国人家事代行」第1陣/3・19岐阜総がかり行動で上演「裸のアベちゃま」のシナリオ(原案)/ACTION REPORT VOL.23 <2017年02月~04月> /海外情報「韓国・少女像問題・条例案」提出へ/強制徴用労働者像設置か 。
 東京総行動におけるトヨタ東京本社申し入れの経過は、「結・第8号」におけるTMPCWA(フィリピントヨタ労組)の闘いを紹介した「多国籍企業による開発途上国での労働基本権蹂躙を許さない闘い」の記事を引く継ぐものとして編集された。それに添える形でフィリピンの労働事情の一つ「外国人家事代行」をアップしたが、この第1陣は「ダスキン」で研修に入っている。
 異色の内容として、岐阜の屋外集会で演じられた寸劇「裸のアベちゃま」のシナリオ(原案)を紹介した。かつては、この種の集会では「アジ演説」一本槍だったが、昨今は、アピールとともに歌、音楽も盛んに採用されているが、寸劇(スタンツ)は、マレでしかないので取り上げた。
 韓国の大統領選挙の結果については、間に合わなかったが、例の「少女像」問題の続報と、新たな動きとして「強制徴用労働者像」設置の動きを短く紹介した。
  最後に、「巻頭の詩」は、以下のもの。作者は「作者に漢詩の心得無し。漢字七文字の羅列即ち出鱈目。漢詩冒涜の不心得を許されたい。」と断り書きを付している。尚 本文には「訳」がつけられているがここでは省く。

    当世出鱈目漢詩
不心得者戯言詩
        尾元のん葉

安倍晋三有首相 
帝国日本再建夢 
憲法改悪願望癖 
歴代謀長期政権 

一強独裁盲目人 
教育勅語礼賛人 
武器輸出闇商人 
集団自衛初発動 

言語転換性悪説 
沖縄処分首班説 
原発再稼働重犯 
主権在民嫌悪感 

日本州片合衆国 
仮想敵国露中北 
開戦策謀共謀罪 
元号昭恵採用願 

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2017年4月23日 (日)

名古屋市長選挙(8) 河村氏が当選

 若干の分析を試みる
 現職の河村たかし氏が当選を決めた。中間の情勢が公表されたとき私は、「優勢」ということならそれは得票率が「6:4」と書いたが、結果はそれ以上の得票差になったようだ。つまり残りの1週間で差を詰められるどころか、逆に開いてしまった、ということになる。この時点で若干の分析をしてみたい。
 選挙結果は受け入れるほかないが、まず投票率が36,9%であったがこれは両陣営が予想した範囲内であったようだ。選挙戦が接戦だとすれば、当然のように投票率が上がるものだが、事前の予想で低いとした時、「投票率が低いほど組織の固い政党(候補)が有利」といわれる。確かにそれも一理ある。だがその一方で「投票率が低いということは情勢として“接戦”とは言えないことの裏返し」といえないか。今回の選挙で前回の39・35%から2,5%ほど低かったことは、予想以上の差が付いた裏付けになるのではないか。
 次に、自民、公明、民進、共産各党の支持層においてかなりの票が河村に流れたとされる。この結果については、当のいわき候補が最も衝撃を受けているのではないか。それは二つある。一つは、いわゆる政党からの「推薦、支持」は受けなかったが、街宣活動、個人演説会などは政党の名古屋市議を中心に取り組まれたようだ。(市民グループがセットしたかどうかは知らない)そうした事実からいわき候補自身にしてみれば、かなりのバックアップを受けていると思い込んだに違いないし期待したに違いない。つまり「当てが外れた」ことに。
  もう一つは、逆に政党の「推薦、支持」は受けないという戦術をとった真意はどこにあったかはわからないが、そのことが各政党の支持層に浸透しなかった要因であったという分析は可能だろうか。あるいは、当初から市民の手による「市民選挙」をめざしたことから、政党の「推薦、支持」は受けないというのは基本路線であったろうか。この基本的な戦略的選択は、どう総括されるか注目したい。
 私自身は、民進党、緑の党のサポーターではあるが、基本は「無党派市民」と自覚している。そうした立場からすれば、市民派の候補者を擁立して、市民が「選対」を立ち上げ、選挙運動を主導する場合は、どの政党であれ、政党の相手候補者と競うことになるが、「市民運動」らしい選挙運動、獲得目標を鮮明にできる。では政党と組んだ場合はどうなるのか。これはいわば政党=プロとアマチュアのタッグであるから、市民派が主導しようと思えば、候補者の意思、自覚とが一体であることと、それなりに経験と力量のある人が選対を構成することになる。
 今回の選挙では「自民、公明、民進、共産、社民」が支援したが、実際の「いわき選対」はどのような構成になっていたであろうか。「市民オンリー」なのか、市議、或いは秘書あたりが支えたのであろうか。市民グループはどんな役割を果たしたか聞いてみたい。
 選挙運動の期間中の「街宣日程・行程表」については、かなり精度は高かったとみたが、「個人演説会」がやや手薄のように思われたが、市民グループはそうした折衝、根回しなどに関与したのだろうか。
  こうした点は、次期衆院選の在り方の参考になる。例えば、選挙期間中はともかく、2~3か月もっと言えば半年前から、候補者と日程を詰めながら、公共施設の会議室、私宅でも構わない、少人数でも構わないから「懇親会」を試みていくことが「個人演説会」主催へのいい経験になると思うである。とりあえず。

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2017年4月22日 (土)

名古屋市長選挙(7)-選挙戦を終える

 いわき候補は、中間情勢から巻き返すことができたか
 選挙法に基づく14日間の選挙運動は、午後8時をもって終えた。いわき、河村両選挙事務所では“ご苦労さま、お疲れさま”の声が交わされたことであろう。どちらも当落は別にし、私からも立候補者とその支援、応援団のみなさんに“ご苦労さま、お疲れさま”の声をかけたい。この候補者、支援のみなさんは、ある意味では有権者から選ばれた人、「政治」を一つの形として表現した人たちなのだから。
 私もいわき候補を応援した一人ではあるが、選挙事務所に出向いたことはないし、ビラ1枚配ったわけでもない。電話はついでの3本だけ。本人の演説は1回聞いただけで直接対話したことはない。こうして一般の有権者と大きな違いはないが、毎日新聞と中日新聞の記事はできるだけ目を通し、思うところをブログで書き、わずかだが選挙はがきを届けた。
 当初から私は「消極的支援」という立場をとったが、それを変えさせるほどの状況の変化はなかったように思う。例えば居住区の「緑区」で、なにがしかの運動設定が組まれその協力を依頼されるとか、参加を要請されることはなかったし、私自身が構想を持つこともなかった。このことが「いわき陣営」にとって特段の状況判断にならないかもしれないが、私からすると“浸透していない”気がしていた。それを“自虐的”に言えば、私はそうした対象にならない一人なのかもしれないと。
 さて情勢はどうだろうかと気になるところだが、今現在、それらしき情報やコメントは入ってきていない。4月17日の新聞各社の「中間情勢」以降、いわき候補は先行する河村をとらえ、並ぶことができたであろうか。河村が「争点」を小出しにしてイメージ選挙で臨み、自民や公明のような強固な組織基盤はないかもしれないが、地域政党「減税日本」と後援会、8年間の市長歴(知名度)をもって、各年代、各層に浸透しているとしたら、これに対抗するには、支援に回った5党(自民、公明、民進、共産、社民)による「組織戦」しかないことは明らか。それがフル稼働といかなくても「六分程度」起動し機能(浸透、固める)したら勝てるだろう。そこが知りたいところだが開票後の報道を待つしかない。尚、当初いわき支援について「自民、公明、民進、共産、社民+自由」と書いたが、自由党愛知の関係者は「河村支持」という情報を得た。その真偽、影響力はともかくチェックしておきたい。
 もう一つ、いわき支援の「チェンジ名古屋」と「新しい名古屋を共につくる会」があるようだが、ホームページが見られる程度で、そこで「街宣日程」を知ることはできたが、市民が立ち上げ、呼びかけた組織は「新しい名古屋を共につくる会」なのかな?そこでの活動がどうであったろう。いずれ報告もあり“総括”もされるだろうが、今回についての私は、賛同人ではあったけれども、それ見聞きするだけで“私なら”をいえる立場ではない。だが次の衆院選挙のことを考えれば、「市民と野党つなぐ@愛知第3区」のこともありしっかり見届けたい。

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2017年4月20日 (木)

名古屋市長選挙(6) 個人演説会

 いわき正光候補の個人演説会
 緑区でいわき正光候補の個人演説会があるというので出かけた。場所は緑区東部のJAみどり徳重支店であり、160人ほどの席が設けられ、満席であった。
 全体を自民党の岩本崇宏市議(緑区・自民)とその後援会が仕切っていた。候補者本人到着までを池田佳隆衆院議員(自民・比例)、渡辺昇県議(緑区・自民)、藤田和秀市議団長(自民・瑞穂区)そして、岩本市議のアピールの時にいわき候補が到着して訴えが始まった。
 いわき候補は、①議員報酬と市長の歳費について、河村候補の「半減案」を、“2億数千万円を返した”といえば聞こえはいいが、肝心の市政の公約を果たしていないと批判した。②市民税減税については、“税金は、1円でも安い方がいい”は庶民の受け止め方だが、実態は(一律5%だから)金持ち優遇策であると正面から批判した。これについては池田議員が「減税は、そのお金がどう使われるかはわからない、ということは、政策を放棄していることと同じ。減税して個人消費が上向いて名古屋のGDP上がるどころか、下がってさえいる」と話していた。また「月300円程度の減税に対して、小学校の給食費全額無料化の政策をとれば(子ども家庭では)一人3000円以上の還元になる」という説明もあった。③市民税減税129億円に加えて、名古屋城天守閣の木造化に市債500~600億円の負担。これでは“名古屋が壊れる”とし、名古屋の将来を思えば、ここで政策転換、即ち市長を交代し新しく出発すべき時だ。
 そして、副市長時代に「医療、福祉、教育」の仕事をこなし、現場の実態を見てきた。「子どもの虐待防止条例」をつくった。「天守閣の耐震・木造化がだめとはいわないが、1000年持つという天守閣の夢物語より、今のくらし、防災を優先すべきではないか」と語気を強めた。
 これからの名古屋を「市民の力、議会の力、市職員の力で作る、創成する」、トップダウンではだめ。県と対立しない共存共栄でいきたい・・・。
 全く疲れた様子を見せない一方、論調はどちらかといえば説得調ではなく攻撃型と見た。それは若々しいともいえるが、この場での参加者のほとんどが高齢者であり、どう受け止めたであろうか。
 なお、緑区の遊説、街宣はこれが最後になるかもしれない。これまで、4月14日に地下鉄徳重駅での早朝街宣と午後1時までを池田議員の先導で街宣。20日には、1030~1300までを岩本市議が区内を先導したようだ。裏のことはわからないが、この限りでは緑区では自民党<池田-岩本>のラインで仕切ったようだ。とはいえ、私としては、本人の演説を聞くことができたことが収穫であり、「自民党」の議員の話を聞くのも初めてという、得難い経験をしたのだった。

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2017年4月19日 (水)

名古屋市長選挙(5) 2005年の選挙では

 2005年の選挙資料を見る
 今度の日曜日が投票日であるが、この選挙に当たっては「いわき支持」である一方、その選挙、政策について“私ならどうする”“もし私が候補者なら”の構想を持っていたがそれは断念した。直接関わっていないからだろうが、書き始めるとなんだか他人事のような「総括」的な内容になってしまうのである。
 そこで、2005年当時編集発行していた「環境くらしを考える緑ネットワーク」に、下記の「2005年名古屋市長選挙を考える」に合わせる形で、「町づくり考」というシリーズを連載していたので読み返してみた。項目としては、「名古屋城の木造化」はさすが入っていないが、基本的な「環境、教育、自治、福祉、人権、文化」であったがその資料と今を見比べた。
 項目だけ挙げると最初は、「町づくり考1、これからの私たちの町の未来図の一部~名鉄鳴海駅前の再開発事業についての雑感」「町づくり考2、都市計画道路・敷田大久伝線を考える」という「地域の課題・緑区」を書いてそこから構想が広がっていったというのが経過だった。そして「町づくり考3、環境について~①自然の保護・保全②再生事業③ゴミ問題」を取り上げた。続いて「町づくり考4、教育~①いじめについて②自活・自立への一歩③国の教育政策に目を向ける-教育基本法の改正問題」を書いた。続いて「町づくり考5、自治とは何だろう~①選挙を考える②情報について③何ができるか、何からはじめるか④こんな事例はどうか⑤何かやれそうな予感が」「町づくり考6、福祉~問題の陰に子どもあり、“介護”はすぐそこまで①ゆりかごから墓場まで②制度と自立と共生と③課題別で考えてみると1~7」「町づくり考7、人権~無関心、“共に生きる”の欠如が人権侵害の根っこ①命が失われてはじめて②衣食足りて礼節を知る、は本当か③人として生き、人と交わる④人権思想⑤弱い立場の人に集中する1~5⑥自覚、地域活動、社会への関心・・・・「町づくり考8、文化~」の資料は埋没。
 一方名古屋市長選挙では、シリーズ「2005年名古屋市長選挙を考える」で、2004年9月(第56号)の第1回から、2005年3月(第60号)の第5回まで連載された。
 この選挙の結末は、3期目をめざした現職松原武久(68、無現、自・民・公推薦)が、榑松佐一(49無新、共推薦)を破って当選した。得票は、松原320,149票、榑松139,576票であった。 
 実はこの選挙では、当時衆院議員の河村たかしが一度は立候補を表明したが、民主党を含め政党の支援が得られず断念した経過があった。そして次の2009年の選挙で初当選するのである。
 ところで2005年の選挙で敗れはしたが、共産党が推薦した榑松佐一はどんな政策を掲げたであろうか。キーワードを「くらし・参画・次世代」とし、1)「ポスト万博」はくらし、①増税反対、②徳山ダムから撤退、③公共事業の6割を中小企業に。2)情報公開と参画で市民の声が届く市政に、①市長退職金の削減、②町づくり条例、女性の参画、女性の助役。3)“次世代”(明日)に架ける橋、①子どもの総合対策、「子ども局」「権利条約」保育助成、②30人学級、③若者の雇用対策、他。などであった。
 こうしてみると、表現は違うが、いわき候補が重視する「子ども」の問題はいつの時代でも重視されるべき課題といえる。ただ選挙という状況の下では印象がやや薄い。「争点」として河村の「市民税減税」「議員、市長の歳費半減」「名古屋城天守閣の木造化」、何かといえば「日本一」が受けがちなのである。
 経験的に感じるのであるが、「対抗馬としての」まっとうな政策を掲げ、実務にたけ、誠実をモットーとする候補者が意外と苦戦するのはどうしてだろう。つまり「現職」が強いということだ。今回もその例に漏れないとしたら残念であり、なんとか前例を破ってほしいものだ。

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2017年4月 9日 (日)

名古屋市長選挙(3) 告示

 諸党相乗りだから勝てるわけではない
 名古屋市長選挙が告示され、3人が立候補したが、事実上現職の河村たかしと5~6党(自民・民進・公明・共産・社民+自由)が支援するいわき(岩城)正光の一騎打ちである。
対抗するわけだから政策の違いは当然のことながら多々あるが、選挙というものは往々にして「人気・キャラクター」とか「キャッチフレーズ」に左右されることがある。特に決定的な「争点」が見えにくい時は、政策的選択というよりも人物的選択が先行しがちだ。
 では今回の名古屋市長選挙の争点・選択肢は何だろうか。まずは「河村人気×諸党相乗り」という構図がある。国政選挙の支持票を集約すれば、「諸党相乗り」側の有利は歴然としている。だからといって「いわき優勢」とは言い切れない。それは「河村人気」が、前回選挙から変わってかなり低下しているかどうか現時点では明らかでないからだ。
 次に「知名度」については河村が圧倒しているだろう。この知名度の不利をいわきがかわす手立ては、徹底した「組織戦」に持ち込むほかない。各党の大物幹部を呼び寄せても、いわきの知名度が上がるわけではない。私などむしろ逆効果さえ考えてしまう。“いわきより、蓮舫が見たい”みたいな。
 肝心要の「政策」についてどうか。これは多岐にわたるのでひとことで言えないが、「サプライズ狙いの河村×堅実な市政のいわき」という印象はある。とりわけいわきは、河村の下で3年間副市長を務めた実績は大きい。全くの素人でないことと弁護士という職業も有権者に案外“安心感”を与えているのではないだろうか。
 さて現時点で私が想い浮かべることは、河村が当選した場合、県政との関係修復、市民税減税、名古屋城天守閣の木造化、リニア新幹線などを推進するだろうが、曲折多くまた議会での対立、教育、福祉、子育てなの市政が停滞する可能性を感じる。そして落選すれば、直ちに次期衆院選に打って出るだろう。
 一方いわきが当選した場合は現政策プランを、時期を逸せず(スピード感をもって)遂行してほしいと思うが、「諸党相乗り」が解体して元の鞘に収まれば、現実的な与野党の関係が復活し、「岩城市長」は、その「党利党略」の渦中に巻き込まれる恐れがある。そこで岩城の手腕(政治力)が問われることになり、彼を支える強力なバックが必要となってくる。
 そして、いわきを支援する市民グループは、いわき当選の暁には、強力なバックアップ勢力として支え切らねばならない。そうした組織的な構想は、4月23日からすぐに起動することが望ましい。かなり“力量”のいる仕事であり、多くの有能な人の結集が欠かせない。そうした状況の推移を注意深く見守りながら、私自身がどうあるべきかを考えたい。

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2017年4月 6日 (木)

名古屋市長選挙(2)

 いわき推薦葉書を書く
 選挙運動の「事前運動・活動」は、本番以上にやっておくべきことがたくさんある。その一つが推薦選挙はがきであるが、その効果のほどについてはいつも首を傾げる。けれども、相手候補が取り組んでいる以上放っては置けないし、書いてもらうこと自体が運動でもあるから、やはり書くことになる。
 私は50枚を預かり、間違えて市外の友人の名前を書いて2枚をミスしたので、48枚を今日送り返した。
 いつものことながらコメントを付けた。「岩城さんを推します。<名前と住所> 河村市政の行き詰まり・限界が見えてきました。アイデアも思い付き、独善的で根拠が希薄です。原発反対はいいが、大量電気消費のリニア推進は戴けません。名古屋市政は堅実な岩城さんにバトンタッチ!」ここまでは印刷。そのあとに自筆の一言、といっても、疎遠になっている人数人だけ。
 事務所の様子は知らないけれども、この葉書はどんな扱いがされるのだろうか。まずは規定の総数のカウントがあるだろう。次に「重複」の分別作業があるがこの判断が難しい。規定枚数以下の集約であれば、重複したまま送り出すことになるが、オーバーした時どれを残し、どれを割愛するか。折角書いて戴いたものが生かされないこともあるが、たまたま“推薦はがきを書いて送ったけど、よろしくね”“えっ!来ていないよ”なんて会話が交わされたら大変。「重複(ダブって)していたから、ごめん!」で納得していただければいいが、多くは“なんで俺のが・・・”となりがち。ということもあって、最近は、重複してもそのまま出す傾向にある。また、「仕分け作業」が大変(人手がない)ということもあり、やらないのかもしれない。
 かつては、全逓労組から応援団が来て、仕分けと宛名の間違い、転居などをチェックしていた時代もあったが、最近は聞かない。
 では規定枚数をオーバーしたらどうすればいいのだろう。私が思いつくのは、呼びかけ人14人が書いた葉書をまず除外する。賛同者が100人近くいるが、この中から「了解が得られそうな人」から順番に除外していく、というのはどうだろう。(私は該当者)これも結構面倒な作業ではあるが、やるしかない。実際は、規則違反の葉書、「転居先、宛先不明」のはがきを抜き出すのが最初だが難しい。
 また、選挙情勢からみて、不利と判断される地域を優先することも考えられるが、これまた難しいことだ。さらに、支持政党の“仲間内”で出し合うことが多いように思われる。これの対策は、「同じ考えの仲間より、無党派と思われる人を優先してください」という「注」を添えることも一策かなと思うが、ここに至っては時期遅しで役に立たない。またそういうことになると葉書が上がってこないというリスクがないとは言えない。結局こうした「判断」は、選挙事務経験豊かな人の「勘」と「決断」に委ねるしかない。ブログ(1)は3月7日にアップ。

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2017年3月25日 (土)

第40回ユニオン学校

 地方議員との共同
  今回の「語り」には、安城市議会議員の石川 翼さんが、招かれた。石川さんは、この東海4県で二人しかいないという「新社会党」所属の地方議員で2期目の31歳。40回を数えるこの「ユニオン学校」で議員が講師となるのは初めてだが、それなりの背景があってのことだ。
 彼の選挙基盤は、故和田米吉さんという元議員の地盤を引き継いだのもので、それは「安城地区労」と和田さんが培った地元と人脈であった。そして石川さんは、安城地域のみならず「西三河」の地域労働運動に関与・共同し続けているのである。
 さてテーマ「三河安城地域の労働運動と結ぶ安城市議会の闘い」とあったが、地域の労働運動と市議会がどう結びつくのか、という点に注目した。その一つは、地元企業「M金属」で、外国人研修生との間でトラベルが発生したと、地域のユニオンから相談が持ち込まれた。この件に関して石川議員は、議会の一般質問で企業と行政との間の諸手続きについて問いただし、それの基づく「M金属」の「違法性」を指摘した。ところがその発言を「名誉棄損」として「M金属」が訴訟を起こした。事実関係は脇に置くとして、外国人研修生問題、例えば、賃金が不当に安い、賃金明細が不明確、パスポートを没収する、といったケースが問題となってきたが、この「M金属」でもあったとされさらに税金逃れの、研修生の架空の「扶養控除」も問題視された。安城市が企業の不法行為にどこまでメスが入れられるか注視したい。そして石川議員は、「労働問題を抱える(法を守らない)会社は 、他にも何か問題を持っていることが多い」という感想を述べたが、過去の事例からもそのように言えるだろう。
 もう一つは、「安城市勤労福祉会館」が廃止されるかもしれないという事案。地域労働運動と直接関係ないかもしれないが、愛知県勤労会館が廃館されてしまったように、採算性、耐震性などを理由に、この種の施設が改築されずに廃止されるケースが後を絶たない。維持管理する側にも理由があろうが、こうした公共施設を積極的に利活用するニーズの低下は、労働運動、地域運動の後退と無関係ではないだろう。
 またこれらを「労働会館」と呼ばず「勤労福祉会館」と呼称するのには、「広く、働く人たちの福祉・文化に供する」という意味が込められていると思うが、かつての「地区労」がなくなっていった過程と同じように「労働運動=労働組合活動=企業内活動」となって、“地域ぐるみ”の運動がなくなり、また、労働者の生活領域における「互助会」的なものの必要性が薄れてしまった結果でもあろう。
 こうして考えてみると、一大勢力であったかつての「社会党」が衰退していった過程の一断面を、石川議員の話から垣間見た感じがしたのだった。

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2017年3月22日 (水)

CGSUの運営委員会

 残業時間問題が話題に
 ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の運営委員会が開かれ、今月10日の総会の結果を受けて、その方針化が議題であった。具体的には①活動誌「結」の編集方針と第9号の内容・発行日など。②ユニオン共同行動について。③ユニオン懇談会について。④ユニオン学校について。⑤会員の再登録、他であった。
 運営委員会といっても、必ずしも議題一つ一つを「提案・審議・賛否・結論」というように型通りに進めていくわけではない。どの議題でも共通して言えることは、提案されたものは「誰(層)を対象としているか」と「状況報告なのか呼びかけなのか」という点であり、それらについてそれぞれの経験、思うところを出していくというものである。だからしばしば、議題から外れるか膨らんでいくことになる。
 そこには、この会の性格として、すぐさま「交渉」に入るべき相手がいるわけではなく、また徹底させるべき「組合員」がいるわけではないので、日程など基本的なものが確認されればいいわけである。
 そんな中で、昨今の「時間外労働」について意見が交わされた。いわゆる「残業」についてであるが、1日、1か月、年間でそれぞれ上限を決めようとするものであるが、「休日労働」がカウントされないとか、「労働時間」といっても「通勤時間、休憩時間、定時間内労働時間、残業時間(超過勤務)」で構成されているから、その総体から見ていかないと「過労死」防止にはならない。
 そればかりでなく、「労働密度」「勤務体制」「有給休暇の取得率」なども勘案されねばならないだろう。もっと突っ込んでいえば、そもそも「労働基準法」について、どこで教育・研修を受けることができているのか、それは労働者・労働組合だけでなく経営者にも言えることである。
 この「残業時間規制」の問題は、例の「過労自殺」に端を発した。そのこととは別に、私はあまり発言することはなかったが、「経営者たちの表向きは“反対”とは明確に言わない。それは内心で歓迎している面もあるのではないか」と思っていた。というのも、「時間規制」ばかりが取り上げられて、「労働の質、勤務体制」については、「24時間営業をやめる」業界も出てはきたが、「昼夜の2交代制勤務」「連続2交代制勤務」「変形労働時間制」にまでメスは入っていない。また、生産現場での「自働化」は、ロボットの導入で進化し続けている一方、労働時間が把握されにくいホワイトカラーは、危ういままだ。
 それらもあるが、やはり「残業時間が規制されて減ったとしても、仕事量は減らない」ことがありうる。これが問題だ。「定時間内でもっと効率的に、もっと効果的に仕事をこなせ、知恵を出せ」となりかねない。それではコストダウンになっても「過重労働」を招きかねず、「過労自殺」をなくす方策とはなり得ない。
 先進国はもとより新興国をはじめとする世界の企業と競争していく現状は、シャープや東芝など、日本の基幹産業・大企業すら倒産・消滅しかねない。そのようなことまで考えてしまうと、いったい何をどのようにすればいいのか、よくわからなくなる。しかし、だからといって現状から目を離すわけにはいかない。そうした世界的な視野をもち状況を考えながら、地域で、自分の周辺での問題を解いていくしかない。そのための経験、知恵、創造を出し合い、分かち合うのが「地域運動」であろう。CGSUの存在価値でもあろう。

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