2019年12月 3日 (火)

続・名古屋市長選が話題に上る

 「気候変動、地球規模の温暖化」問題に関連して
   報道によれば、12月1日から13日にかけて、スペインのマドリードにて、COP25が開催されるという。
   この会合では、パリ協定実施指針(いわゆるルールブック)の未決着の論点(市場メカニズム等)の合意がめざされている。またパリ協定1.5℃目標のため、各国政府が温室効果ガス排出削減目標を引き上げ、2020年までに国連に再提出することも求められている。
   COP25開催に向けては、グレタさんや世界中の750万もの人々が気候危機の解決を訴えて声をあげているという。
これらのこととは無関係ではないと思われるのが「〇〇さん(△△代表)が、2021年の名古屋市長選への挑戦を表明」(12月1日に記載)の件であろう。〇〇さんの市長選挙に挑む動機、目的を一言で言えば「気候変動、地協規模の温暖化は現実的な問題になってきている。名古屋市のゼロメートルから1~2メートル地域は、水没の可能性も考えられ、自治体としての対応は急務である。それを市政の課題として取り組む」というのであるから。
 〇〇さんの熱い思いを受けて少しばかりコメントすると、やはり立候補に至る思いと公職の「選挙」に対する向き合い方が、温暖化の問題を訴えたいだけなのか、市長という立場になって行政面からこの問題を取り上げていくのか、つまり選挙戦をどのように闘い、勝ち抜くかのその戦略が見えない、ということである。まだ構想というより「着想」の段階かもしれないが「表明した」ということになれば、白紙状態ではまずかろう。
 ま、それはそれとして、どんな形であれ「選挙」である以上、勝ち負けにこだわり、勝ち方はともかく、負け方にも想像力を発揮してほしいと思うのである。
 名古屋市長選挙は2021年4月であるから、それまで15か月ほどある。その間どんなことを準備し遂行していけばいいのか。現職、政党公認候補であれば、その組織、支援団体回りから、時々街頭に立ってアピールしていくのが常套手段であろう。だが仮に無所属で新人、知名度なし、資金なし、市民・市民運動が支援の主体、ということになれば、「組織戦」にはならないし、相手の致命的な弱点でもない限り難しい。そこでなんらかの「ブーム」を起こし、その「風」に期待しそれに乗る、という手もあるだろう。
 例えば、「気候変動・温暖化・海面上昇」「COP25」「グレタさん、若者」これらがキーワードになって、「名古屋城の天守閣木造化」「リニアで名古屋の発展」などは、どっちでもいい、「河村もボツボツ隠居やなあ」ということになれば・・・。
 もう一つは、2016年に「あいちキャラバン」が取り組まれ、たった19日間で、県下全域といっても部分的でしかなかったが、この運動の「効果」のほどはともかく、政党の力を借りずに市民だけで「遂行」したところに意義があった、「市民力」を見せることができた、その経験がある。「気候変動、地球規模の温暖化」問題は、名古屋市に限らない。可能かどうかどうかは別にして、これから先の10か月は、「気候変動、地球規模の温暖化」問題キャンペーンを県下で展開し、海水面の上昇だけでなく、亜熱帯化で生ずる農林水産業の問題、疫病等々の問題を投げかけ、マスコミを引き付け、それらを引っ提げて「名古屋市長選」に挑む、そんな構想は考えられないか。

 

 

 

 

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2019年12月 1日 (日)

名古屋市長選が話題に上る

 河村市長交代は望むところだが
 突然、と感じたのは私だけか?「名古屋市政を考える会(仮)準備会のお知らせ」のメールに接して、関心を持ったのはごく少数か。「〇〇さん(△△代表)が、2021年の名古屋市長選への挑戦を表明されました」と聞いて、“何を考えてのことなのか、名古屋市長選挙を軽く考えていないか?”と疑問を挟んだのは私だけか?
 これが、私が会合に参加した理由であった。「〇〇さん(△△代表)」と表示したのは、関係者から公表を止められたからではない。既にメールで流れているとは言え、或いは〇〇さんが政党関係者と接触を始めているとはいえ、私自身が賛同したとの誤解を招かないためと、事態が変化して「名古屋市長選への挑戦を表明」が撤回されることもあり得るとの前提で配慮したものである。
 参加者は10人足らずで、〇〇さんの側近と他に3~4人といったところか。およそ「準備会」というには程遠い、というのは、私の個人的な意見である。物事は「一人から始まる」が常であるからだ。だが敢えて「程遠い」と表現したのは、少なくとも今日の段階では、〇〇さんの市長選挙に挑む動機、目的は理解したが、「選挙」に関して、所属する△△からどれ程の人(?)と感じたからであったし、動機も目的も、最小限の「メモ」すらも示されなかったからだ。
 これでは「名古屋市政を考える会(仮)準備会」は正当だが、「名古屋市長選への挑戦を表明されました」はふさわしいとは言えなかった。
 さて私は、意見を求められ「選挙のあれこれ」を種々述べたが、参加した動機のもう一つ「仮に、河村現市長が立候補するとして、河村に対抗する有力な候補者が出てきた場合、立候補辞退もあり得ることを求めたい」ということを強調した。この点は、本人も周辺も了解してのことだというので納得した。
 もう一つは、「私は立憲民主党のパートナーなので、党の方針に従うことになるが、県連段階でも未だ話題にすら上がっていないと思うし、そもそも名古屋市議会議員に“やる気”があるのか、これは従前からの認識・・・」といったようなことを述べた。
 なお、〇〇さんの市長選挙に挑む動機、目的を一言で言えば「気候変動、地球規模の温暖化は現実的な問題になってきている。名古屋市のゼロメートルから1~2メートル地域は、水没の可能性も考えられ、自治体としての対応は急務である。それを市政の課題として取り組む」といったようなことだった。
 これについても私は、河村がどんな政策をもって登場するのかにもよるが、「選挙の争点となり得るか」、河村に対抗する「有力候補の政策に織り込ませることは可能かもしれない」などと述べた。
 河村市長には代わってもらう、この点では参加者全員が一致したところであった。

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2019年11月28日 (木)

リニア訴訟の原告の適格性

 要請葉書を投函する
 ストップ・リニア!訴訟愛知から、緊急連絡として「裁判所が原告適格の中間判決を出そうとしています。中止を求めるハガキを出してください」という連絡がきた。
 この中間判決は、リニア工事によって直接的な影響を受けない原告を適格がないとして裁判から切り捨てる、そのようなものだというのだ。
 ということは私も「適格性のない原告」として訴訟から疎外されるということか、と思ったので早速ハガキに書き込んで投函した。
 「ひと言」欄があったので次のように書き込んだ。「リニア中央新幹線については、必要性や安全性に問題ありと考えています。更に、『環境』への影響は沿線のみならず、広範囲に及ぶと考えられるので、その方面からの立証は欠かせないと思います。原告の適格性については、幅広く採用してほしいと思います。」
 リニア中央新幹線につては、地震大国日本、火山活動の活性期に入っている日本を思えば、80%以上がトンネルというこの鉄道の安全性に疑問を抱くのは当然だ。
環境面からはどうか、航空機に較べればCO2の排出量が少ないかもしれないが、その電力供給に「原発の稼働」が前提になっているとしか思えない。仮に原発稼働なしで電力供給が可能であるとしても、その大半は「化石燃料」に依拠するから、結局環境への負荷が大となる。(自然破壊、残土の処理問題もある)
ここまで工事が進んできて、なおストップをかけることは容易ではないが、地球規模の気候変動など環境問題が次第に大きくなっていくことを思えばリ「ちょっと待って!リニア中央新幹線」というターニングポイントが来ることは「想定内」であると思っている。

 

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2019年10月24日 (木)

「表現の不自由展・その後」の中止が意味するもの

 中谷雄二弁護士の講演を聴く
 第3回あいちトリエンナーレは、10月14日に閉幕したが、「表現の不自由展・その後」の展示中止問題をめぐっては、未だ解明すべきもの何か、この「事件」の問題の重要性を再認識すること、抗議から再開まで発揮された「市民力」を維持しさらに進めること、それが今回のテーマである「表現の不自由展・その後」の中止が意味するもの、であったと思う。主催は「ユニオン学校」(CGSU:ユニオンと連帯する市民の会)でしあった。
 中谷さんの話は(私は筆記用具を忘れてメモが取れなかった)、この問題が発生した段階からかかわった中谷さんの、私たちの知らない内側・舞台裏について「初めてここで明らかにする」として、単に事実経過だけでなく、問題点とこれからの課題を示唆したものであった。明日25日名テレのインタビューを受けるということもあって、ここでは書かない内容もあるが、1)8月1日の展示を開催した段階では、会場は穏やかで、河村市長も後日になって声高に言うような感想内容は一切なかった。2)この「表現の不自由展・その後」が、これまでのいきさつからして、当然問題が生じるであろうことが予想されていた。そのための善後策も話し合われていた。3)例の「京アニメ」事件をにおわせたファクスが届いた段階での対応のドタバタ、早々の中止決定が、ネトウヨなどの行動を誘引し、菅官房長官の発言が輪をかけ、河村市長の浅慮からくる発言がさらに煽った。4)津田芸術監督の対応は、終始主体性欠け毅然とした態度をとらなかった。結局彼は、この問題で何もしなかった。彼の“功績”は、「表現の不自由展・その後」を企画したことだった。最後まで展示の遂行努力をすべきであった。5)大村知事は憲法21条の「表現の自由」を強調してはいたが、中止決定、再開までの行動は終始「右より」に気兼ねしながらの姿勢であった。わずかな期間ではあったが、再開の決断をしたことが評価していい。6)菅発言、維新の党の言動(河村市長を含む)、文化庁の交付金中止決定は戦前の「言論統制」を想起させるに十分なもので、私たちは最大限の警戒と、背景についての認識を強く持たねばならない。私たちはさらにこの問題と向き合っていく必要がある。そして最後にこの問題に関して「岩波ブックレット」として刊行の予定があるとのことであった。
 不十分ながら、こんな内容の集会であった。

 

 

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2019年10月18日 (金)

市民と野党の本気の共闘について

   中山 均新潟市議(緑の党共同代表)講演会
   「みんなが主人公の政治をつくる市民アクション@愛知3区」と「市民と野党をつなぐ会@愛知 」の共催で、「市民と野党の本気の共闘」についての講演会があり、50人余りが参加した。
 講演は中山 均新潟市議(西区・4期)で、彼は、学生時代から市民活動、さまざまな社会活動に参加。市会議員となってからは幅広い分野で市政に取り組み、全国の市民派議員と連携し、原発問題や避難者支援、平和問題などに取り組み、超党派の自治体議員連盟で共同代表や幹事を務める。「緑の党 グリーンズジャパン」共同代表。
 この日の講演は去る7月の参院選挙・新潟選挙区における、自民党有力候補を打ち破った「打越さく良選挙(無所属・立憲民主党)の、主として「市民と野党の共闘」の内実を「本気の共闘-信頼関係の構築」という視点から語った。ちなみに中山さんは、選対の事務局次長であったが、野党各党と時には連合新潟と市民グループの“結びめ”の重要な役割を担った。
 話は、参院選挙に至るまでの「前史」即ち、一般的に「保守基盤」といわれ農漁村、“裏日本”とさえ言われる県の一つ新潟で、どのような経過があったのか、そして2015年の安保法制の闘いを契機とする「野党共闘」による一連の衆院選挙、さらに知事選挙などで積み上げてきたその到達点が、7月の参院選挙、打越さく良さん当選であった。
 この講演で私が注目したことの一つは、市民と野党を共闘の“結びめ”となる人・団体の存在である。今回の選挙では「市民連合」と中山均さんということなるが、この愛知ではどうであろうか。私の記憶では、1999年と2007年の知事選挙で、共産党との“結びめ”となった人物をその成否は別にして挙げることができる。
 次に、労働団体「連合」との関係である。いうまでもなく「連合」は、共産党と明確に一線を画している。野党が共闘して自公と対決するには、共産党を外すわけにいかないが、それでは「連合」がいい顔をしない(同席しない)、場合によっては与党に組みしかねない。それをどう「調整」するか、中山さんらはそれをさばいたのである。
 とはいえ、それを愛知に置き換えた場合、成立するだろうか。「市民と野党の共闘」を追求していく限り、ついて回る課題である。「連合愛知」をトヨタ労連と中電労組が牛耳っている限り、立憲民主党と国民民主党の合流はかなり難しいといえる。もっと言えば、愛知における衆参両選挙での「野党共闘」は、「選挙に行こう」「与党候補を落選させよう」というレベルにとどまるのではないか。それでも「野党共闘」を進めていこうとするなら、知事選挙、名古屋市長選挙で、有力な「市民派候補」を擁立して各党に支援・共闘を呼び掛ける、ここから積み上げていくことが一つの道ではなかろうか。
   次の衆院選挙で与党候補に対抗する「野党統一候補」も「政党の論理」を超えなければならない。現在の選挙制度のもとでは、たとえ小選挙区で党自前の候補者を降ろしたいと思っても、比例区に集票できる保証というか戦略が立てられない限り「政党の論理」は越えられないだろう。あるいは現在与党が占めている選挙区一つ、二つを「市民派無所属」が受け持つ、候補者を擁立する戦略が必要であろう。そしてあいちトリエンナーレでの河村市長の言動で“化けの皮”がはがれた。2021年の名古屋市長選挙はいい機会でなかろうか。

 

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2019年9月19日 (木)

安保法から4年の集会とデモ

   狼煙(のろし)を上げ続けよう!
   この日の午後私は、第2名古屋日赤病院(昭和区・八事)にいた。
   とはいっても、診察に来たのでもなく、どなたかの病気見舞いに来たわけでもない。病院のロビーで絵画の展示、知人のHさんの個展があったので覗いたのだった。
   観終えて、夕刻の集会までに時間があったので、地下鉄の一駅を歩いた。「八事駅」の近くには中京大学があるが、その前を通りながら、“もし自分が大学に行っていたら、どんな学生生活を送っていただろうか”と思ってみたものの、すぐに打ち消した。私に学問は似合わない、勉強が好きなタイプではないとこの歳になって結論を出しているからだ。ただ「ゼミ」には興味を持ったかもしれない、内容はともかく。
   軽く夕食をとって午後6時、名古屋・栄、久屋大通公園の久屋広場で開かれた「戦争法は廃止!日韓の『憎しみより友好を!』安倍政権の改憲NO!」の「9・19集会・デモ」に参加した。
   前日、共同代表の中谷雄二弁護士から「・・・明日は、2015年9月19日に強行成立させられた戦争法(安保法制)の成立から4周年です。愛知でも安保法制違憲訴訟が闘われていますが、是非、集会に集まり、戦争法廃止の声をデモで訴えましょう!・・・」というメールが流れたようだが、この日参集したのは主催者発表で400人余り、ひところに較べ半減以下だった。それは気にはなったが、少数であれ、継続的に安保法そしてアベ政治を「認めない、許さない、見過ごさない!」の狼煙を上げ続けることが大事なのだと思う。時来たらば人々は動き出す。そこにこそ受け継がれた狼煙の価値があるといえるのではないか。狼煙を消してはならない。
   集会は、共同行動共同代表の長峯信彦さん(愛知大学教授)の主催者挨拶、スピーチは、安倍改憲の現段階などを愛敬浩二さん( 名古屋大学院教授 )、日韓問題に関して高橋 信さん(名古屋三菱朝鮮勤労女子挺身隊訴訟)が行い、締めの挨拶に共同行動共同代表の中谷雄二さんが行った。
   暑さは和らぎ、心地よいほどのデモで、久しぶりに声を張り上げることができた。
   「秋の闘い」の初日、この日1万3千歩をカウントした。

 

 

 

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2019年8月10日 (土)

参院選2019を振り返る

 地域の市民運動・政治活動の場合
 去る7日に「市民と野党をつなぐ会愛知全体会議」が開かれ、参院選の取り組みの、いわば総括会議は開かれ、その報告書が夜遅く届いていた。それはその日の午後の立憲民主党愛知3区総支部の反省会の後になった。
 報告書は経過、小選挙区の各区のからの活動報告、今後について、まとめについてなど丁寧なものであった。私はこの運動の「呼びかけられる側」の政党に居たので、この運動には参加してこなかった。しかし3年前に「あいちキャラバン」を提起して19日間愛知県下を「野党の共闘」「選挙に行こう」「落選運動」で駆け巡ったことを考えると、その経験を生かすことを伝える意味では、末席にでもいたほうが良かったかな、と思わないでもなかった。
 例えば、この運動では東三河の14区、15区が空白のままであった。「あいちキャラバン」では逆に、豊橋を中心とした運動は尾張・名古屋を超えるものを展開した。この人たち、グループはこの運動に参加していなかったということになる。
 そのように考えると、この運動の中心メンバーに「あいちキャラバン」運動に参加していた人も多くおられ、その人たちから「あいちキャラバン」運動の経験が切り出されてもよかったのではないか、だがそれが全く見られなかったということは、前回の「あいちキャラバン」の運動とは全く立ち位置が違う、運動の在り方が違うということであったのかなと思われ、やはり関心を寄せても見守るだけ、それでよかったのかなと思わないでもない。
 報告書のまとめでは、「市民連合@愛知と共催して、愛知県連レベルではなく山本太郎を含む立憲野党本部から呼んで、衆院選に向けた野党共闘をどうつくるかの公開討論シンポを早々に企画しよう。」と書かれていた。
 この一文を読んだ時私は、この運動の主体は何だろう、この運動が「功を奏した形」とはどんなものだろう、この運動が持続していくには何が必要だろうか。そのように考え、では「政党の側」は、このような地域の「市民的政治運動(無党派市民の政治活動)」とどう向き合うのか、どう議論を交わしていけばいいのか、どう共に歩むことができるのか、最終的にめざすものは何かを共有できるのか、などが思い浮かんだ。
 さらに「山本太郎を含む立憲野党」と言い切っているが、「令和新選組、山本太郎」の評価をしたうえでのことなのだろうか、これは立憲民主党の中でも議論の最中ではないかと思うので、チェックを入れたのだった。
 

 

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参院選2019を振り返る

 地域の市民運動・政治活動の場合
 去る7日に「市民と野党をつなぐ会愛知全体会議」が開かれ、参院選の取り組みの、いわば総括会議は開かれ、その報告書が夜遅く届いていた。それはその日の午後の立憲民主党愛知3区総支部の反省会の後になった。
 報告書は経過、小選挙区の各区のからの活動報告、今後について、まとめについてなど丁寧なものであった。私はこの運動の「呼びかけられる側」の政党に居たので、この運動には参加してこなかった。しかし3年前に「あいちキャラバン」を提起して19日間愛知県下を「野党の共闘」「選挙に行こう」「落選運動」で駆け巡ったことを考えると、その経験を生かすことを伝える意味では、末席にでもいたほうが良かったかな、と思わないでもなかった。
 例えば、この運動では東三河の14区、15区が空白のままであった。「あいちキャラバン」では逆に、豊橋を中心とした運動は尾張・名古屋を超えるものを展開した。この人たち、グループはこの運動に参加していなかったということになる。
 そのように考えると、この運動の中心メンバーに「あいちキャラバン」運動に参加していた人も多くおられ、その人たちから「あいちキャラバン」運動の経験が切り出されてもよかったのではないか、だがそれが全く見られなかったということは、前回の「あいちキャラバン」の運動とは全く立ち位置が違う、運動の在り方が違うということであったのかなと思われ、やはり関心を寄せても見守るだけ、それでよかったのかなと思わないでもない。
 報告書のまとめでは、「市民連合@愛知と共催して、愛知県連レベルではなく山本太郎を含む立憲野党本部から呼んで、衆院選に向けた野党共闘をどうつくるかの公開討論シンポを早々に企画しよう。」と書かれていた。
 この一文を読んだ時私は、この運動の主体は何だろう、この運動が「功を奏した形」とはどんなものだろう、この運動が持続していくには何が必要だろうか。そのように考え、では「政党の側」は、このような地域の「市民的政治運動(無党派市民の政治活動)」とどう向き合うのか、どう議論を交わしていけばいいのか、どう共に歩むことができるのか、最終的にめざすものは何かを共有できるのか、などが思い浮かんだ。
 さらに「山本太郎を含む立憲野党」と言い切っているが、「令和新選組、山本太郎」の評価をしたうえでのことなのだろうか、これは立憲民主党の中でも議論の最中ではないかと思うので、チェックを入れたのだった。

 

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2019年5月19日 (日)

5・19集会・デモ

 500人余の参加であったが
   集会名称が簡略されているが、主催者が「安倍内閣の暴走を止めよう共同行動実委員会」といえば「安保法廃止、安倍内閣打倒」の集会と分かる。
 この日、「あなたの力で政治を変えよう」「今の暮らしに満足ですか?」「選挙に行こう!改憲賛成議員にNOを!」「兵器の爆買いダメ!暮らしに予算を!」「諦めないで、行動しましょう」がスローガンだった。
 車上からのスピーチは、「改憲問題・選挙に向けて」を愛敬浩二さん(名大学院法学部教授・市民連合愛知)と、「消費税とくらし」について、消費税10%増税に反対する業者の代表として塗装業の杉本 洋さん、「沖縄からの報告」を知念和子さん(命どぅ宝あいちの会)が熱っぽく訴えた。
   締めの挨拶は中谷雄二弁護士(共同行動共同代表)であった。中谷弁護士は、安倍内閣の「戦争のできる国づくり」は、2012年から始まった秘密保護法など法律が出来れば、それで戦争ができるというものではない。「国家、軍事が機密化される」「国民が監視される、スパイが放たれる」「異議を唱える、反対派を弾圧する」ことがあってこそ。それは過去に行われたことだ。
   それらの法律、事案、事件が私たちの身近で起こっている。「大垣警察市民監視違憲訴訟」然り、「名古屋市白龍町マンション反対市民逮捕」「関西生コン・組合弾圧事件」などがそれだ。
   集会参加者は500人と発表されたが、これは常連のいわば「コア」の人たち(私も?)といっていいだろう。広がりを欠いているといえるが、”ピースハートぎふ”のような陣形をつくるのは、愛知では難しいのか、そうした方向性は目指していないのか、どちらにしても、このままでは参院選の展望が霞みかねないのが心配。
 なお立憲民主党の近藤昭一議員も顔を見せていたが、スピーチする機会がなくて、開会後暫くして帰られた。
 またデモ行進は、いつものコースが「ホコ天」で通れなくなり、20分程度の短縮コースとなった。

 

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2019年2月18日 (月)

小野沢美希さん後援組織発足

  選挙に臨む態勢づくり急ピッチ
 3月29日の告示まで1か月余り。“2月が28日までしかないのは痛いなあ”は、おのざわみき選対にとって本音である。しかし時間は止まらない、歳月は人を待たない。告示日、投票日は動かない。
 昨日の午後、「おのざわみきと共に名古屋を変える仲間たち」の設立のつどいがあって、100人近くの支援者が集まった。割と広い会場ではあったが、車いすの仲間たちが大勢来ていて、会場はびっしりという感じであった。
 午後2時、司会進行の松井さんからまず選対本部長の斎藤県三さんが紹介された。斎藤さんは千種区選出の車椅子議員・斎藤亮人市議誕生のいきさつから起こして、「名古屋市議会に二人目で女性の車椅子議員」の誕生の意義を話された。続いて小野沢さんの立候補を強く促し、励ましてきた近藤昭一衆院議員は「女性議員を育てたい」と支援を訴えた。続いて市議会から県議会にまわる松本 守市会議員、そして斎藤亮人市会議員が紹介された。
 そしておのざわみき後援の軸の一つとなり障がい者団体「愛知障がいフォーラム(ADF)事務局長の辻 直哉さんからは、県の障がい者対策、各議員の取り組みの実際面、国の税金の使い方など現状を批判しつつ「誰もが、みんな障がい者になる」「住みやすい街づくりを」を訴え、小野沢さんの当選への支援を話された。
 第2部は、参議院愛知選挙区から立候補を予定されている立憲民主党・田島麻衣子さんの紹介とミニ講演があった。
 田島さんは、大学卒業後フィリピンを訪問した折、「スモーキーマウンテン(山となったゴミ捨て場)」の現場、貧しい子供たちの“切り裂く”ような目に出会い、忘れられず、一時期会計事務所に勤めた後、イギリス留学を経て、2006年に国連に就職、人道支援、子どもの貧困問題-ラオス、アルメニア、南アフリカなどで取り組んだ経験とそこでの問題意識をもって今回の立候補に至る考えなどを語った。子ども、子育て、高齢者問題などの国内問題に軸足を置きつつ、世界の子どもたち、貧困問題を取り上げるエキスパートとして立憲民主党の新しい“推進力”となる期待をにじませた。
 ここで小野沢美希さんが登場して、発症してから学校生活、親の後押し、長野から名古屋の大学へ、自立した生活体験、AUUへ就職、市議選への立候補誘い・政治への関心、障がい者の問題などで立候補に至る経緯を語った。この後の中村県議との対談でもっと詳しく“小野沢美希、人となり”が紹介されたのでここでは省く。
 この二人の約40分の対談で中村県議が用意した問いかけは、いわゆる市議選立候補に連なる「政策の内容」「立候補の決意表明」から離れて、生い立ち、家族・両親、学校生活を中心とした、小野沢さんを通した「障がい者を持つ親のあり方、教育方針」といったことに集中していた。そこでは、「健常者」にとっては“気がつかなかった、障がいを持つ人の、見開かれた世界”をみたのではなかったろうか。
 小野沢さんは、3歳の時の障がいがみつかったという。途方に暮れた両親はある決断をするが、“美希の笑顔を見て”考えを変え、普通に育て、自立の道を歩ませることに渾身の愛情を注いだようだ。いつでも、どこにでも立ちはだかるであろう美希さんの苦難に両親は、その都度“美希なら、どうするの?”と問いかけ、見守りながらも手を差しのべることもなく、自立して歩めと美希さんの背中を押し通してきたのだという。
 ためらいも強がりもそして淀みもにない語り口に私を含め多くの人が、障がいをものともしないそして若い「政治家の卵、小野沢美希」の可能性を想起させたのではないだろうか。
 ある参加者は“いやあ驚いた、大したもんだ”感心しきりだった。
 子どもの虐待ニュースが引きも切らない昨今、子どもたちを見守り、引き離すことよりも「親の監視と教育が先だ」といえるこの状況を考えるなら、小野沢美希さんが、議員として公の場で、障がいがある、ないにか関わらず、子どもも高齢者も「一人の人間として」生きていくことのできる社会に力を尽くしてもらう、そんな機会を持ってほしいと強く感じた今日の集まりであった。

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