2017年10月31日 (火)

C&Lリンクス愛知第79号

 衆議院総選挙を特集する
 必ずしも「部外者」という認識は持っていなかったが、だからといって「当事者感」を強く持っていたわけでもない。だから、選挙=政治(まつりごと)が終わって“祭りの後の寂しさ、むなしさ”が残照としてあるわけではない。
 とはいえ「有権者」の一人であり、もの書きの端くれでもあると、それなりに自覚する以上“終わった、終わった、次は何にしましょ”と、さらりと過去へ脱ぎ捨てていく気にはなれない。
 幾つか記事になる“種(ネタ)”がそろい、その気になったら編集発行するという個人誌「C&Lリンクス愛知」第79号の執筆編集を終えた。今日、明日中には印刷の予定である。前号が10月7日発行であったから、たまたまの月刊ということになる。これも政治が動いたからであり、そこに“私”がいたからである。
 前号の78号は「衆院選挙2017・秋の陣」の、選挙が始まる前までの考察、今号は告示後の経過と考察を書き、「立憲民主党」の今後に期待するとして「立憲民主党が行く」の前書きを書いた。以下が目次。
 巻頭詩「平和 Ⅱ」/齢七十路の、おもらし記・10~十代の活躍を目の当たりにして~/巻頭詩点描 /「 立憲民主党」が行く(1)/参議院選挙2017・秋の陣、全経過/「ツネじじい通信」/総選挙の風景から-山尾志桜里さんの場合 /資料「レイバーノーツ名古屋講演会」/投稿・映画「パターソン」 鑑賞記。全20頁。
 「立憲民主党が行く(1)」の前書きとして、以下のように記した。こうなるとまたしばらくこの“世界”と付き合うことになってしまうが・・・。
「総選挙は終わった。仕掛けられた安倍の“謀略”選挙であったが、結果は残念なものとなった。昨年の参院選挙での負けから“では、次の衆院選挙で巻き返しだ”と、市民運動サイドでも取り組みが進んでいた。しかし、『希望の党』が立ち上がって、あろうことか民進党がその対応を誤った。結果として、希望の党へ合流、枝野幸男呼びかけの立憲民主党の結成、無所属で立候補という3つに分裂しての選挙戦となった。そのことは『野党共闘』を難しくしてしまったが、その意義は引き継がれるべきものである。率直に言えば、新たな理念、政策、組織方針を立て、立憲民主党がその中軸となっていくこを望むものである。微力ながら、ブログ、メールで『立憲民主党が行く』と題してわが意見などを述べていく予定だ。」
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月23日 (月)

衆院選2017・秋の陣(13)

  一喜ありて、多憂する結果に
 深夜、選挙結果の大勢が判明したのを見届けて、午前2時に就寝した。
 選挙とその結果の検証は後日にするとして、選挙結果を一言で言うなら「一喜ありて、多憂する結果」といったところか。
 まず「一喜」は、全国的に立憲民主党が躍進したことであり、東海地区の立憲民主党の候補者が比例復活も含めて全員当選したことと、さらに7区の山尾志桜里の当選が嬉しい限りだ。
  3区の近藤昭一候補の場合、前回選挙で自民党の池田に約1万票差で勝利したが、今回は2万2千票差をつけた。共産党などとの「野党共闘」が反映されたといっていい。立憲民主党での今後のリーダーとして活躍と、野党の結集への尽力を期待したい。 
  7区の山尾志桜里候補の場合、いろいろ取りざたされたが、議員・政治家としての本来あるべき “ひたむきさ、一所懸命さ”と“明確な政治姿勢と有権者に寄り添う”といったようなことが、難しい選挙の中で受け入れられた。このことは、本人の評価と共に、私には支援者と有権者の意識の高さを見てしまう。
 また自民党を追い落とした愛知5区の赤松広隆候補、12区の大西健介候補の当選、三重県の無所属の岡田克也、中川正春両候補の当選もよかったと思っている。
 こうしてみると愛知では全15区で当選者は、自民党8人、非自民系7名(前回は9対6)と拮抗した。地域的には、尾張、東三河で自民党が強く、名古屋と西三河では非自民系(立憲民主と希望系)が強いことが分かる。
 ここまでが「一喜」であるが、「多憂」は、文字通り多くある。まず何といっても「改憲勢力の3分の2越え」と「安倍の続投」を挙げることができる。このことの展開は長くなるので省くが、選挙結果から安倍がさらに増長するのか、安倍不人気(安部来るな、進次郎来てくれ)で、少しはブレーキがかかるのか、党内の安部一強に変化が出てくるのか見ていきたい。希望の党について今は何とも・・・。
  安倍与党が存続することになれば、原発の再稼働は続くであろうし、沖縄の辺野古新基地建設は止まらない可能性がある。安倍は朝鮮半島の情勢の沈静化の努力することなく緊張化に手を貸し続ける可能性があり、(トランプの了解なしで)「北朝鮮」のトップ会談に踏み切るだけの度量が安倍にあるだろうか?消費税、格差、働き方、・・・。
 共産党が結果的に議席を減らしたが、前回に引き続いて「野党共闘」の要の存在は示したといえる。問題は立憲民主党にしても共産党との関係では濃淡があって、とりわけ「連合」と共産党(全労連)の確執は何ともし難いものだ。
  その意味では労働界に新たな胎動が出てくるか再編の動きがみられるか注視したい、というより、この「連合」は、何とかならないものか、と私は思ってしまう。
 「一喜多憂」であるが、「一喜」はしばらくの間だけ。「多憂」は永続的・・・、今朝の思い付きであった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年10月22日 (日)

衆院選2017・秋の陣(12)

 第48回衆議院議員総選挙、その朝
 いつになく早くに目が覚めた。
 かすかだが雨音、風音がした。台風はどのあたりまで来ているのだろう。この台風が永田町を覆う暗雲を吹き飛ばし、腐臭を放つ悪政の汚水を洗い流してくれるだろうか。いや、“台風(かみかぜ)頼み”ではなく、多くの人がそれを願い、行動を起こしたであろうから、台風一過には「澄んだ秋の空」が広がるに違いない。
 安倍政治は終わってほしい!「秋雨前線」のようなじめじめした長雨とぬかるみの続く道は、ここまでにしてほしい。でも不幸にして、多くの人が現状を追認したらどうしよう。やっぱり次はどうしたらいいかを考えることにする。
 希望の党の人たちはどこへ行くのだろう。複雑な心境にいるに違いない。「これこそわが政治信条と合致!希望の党はきらめく希望の星」と思えたが、現実は・・・政治判断を誤ったか、或いはいまさら後戻りできないと腹をくくっていることかと心中を察するばかりである。
 共産党の人たちも複雑な心境の中にいるのかもしれない。「安部政権打倒に向けて野党協力に尽力、結果として身を削ることになった」としたら。根っからの反共主義者はともかく、色眼鏡なしで政治や人を見る目を持っている人なら一定の評価をするだろう。それでも、それがそれ以上でもそれ以下でもないとしたら、この党はこの先どう進路を取り続ければいいのだろうと、他人事(ひとごと)のように思ってしまう。今回の「野党共闘」の戦略は、まだ道半ばといったところで、次の参院選挙でもう一歩も二歩も「野党共闘」に尽力してほしいと願うのだが可能だろうか。
 社民党は、心情的には親近感がないわけではないが、政治的には「捲土重来を期する」期間が過ぎてしまったような気がする。暫く政界に動きをみて、例えば「立憲民主党」に合流する決断もあっていいのではないだろうか。
                ◇
 さて立憲民主党であるが、このまままっすぐ進んでほしいと願う。旧民主党、民進党に復帰することはあってはならないと考える。まっすぐというのは、「政策パンフレット」で示した政策をさらに練り上げ、現実、現場をしっかり踏まえながらも理想は高く掲げて進むということである。世代的にも若返ってほしいものである。
 「更なる熟慮が必要」が前提で書くが、例えばこんな風に考えたらどうだろう。憲法問題については、「護憲」を基本とするが「党が政権の座に就いた場合、党が理想とする政策に合致した改正は議論の対象とする」でいいのではないかと思う。自衛隊の問題は、現実的には「存在」を否定しきれないので、「憲法上の解釈は保留」とし、交戦権を保持しない「戦力」とみなす。そのうえで専守防衛に徹し、集団的自衛権の否定、実態としてのシビリアンコントロール、海外派兵はしない、できないとして禁止とし、防衛費は漸減、沿岸警備に重点を置き、災害救援、救難活動の強化に注力する。外交では、まず人材を惜しみなく投入して外交力を大いに高め、アジアに足場を置き、対米、対韓、対中、対ロとも、対等の関係を保持してほしいということである。そのうえで日米安保条約については、地位協定の全面的な改定作業から入り、沖縄の辺野古新基地建設は中止、在日米軍の順次撤退を進める。そして条約の解消、現代版の「平和条約」としていく。
 核兵器禁止条約加盟と全廃へのリーダーシップ、原子力発電所の廃炉促進、くらしと税制、教育の問題、労働環境・働き方・・・まだまだ続くのだが、“浅き夢の中”のようで、ここらあたりで中断。またとてもじゃないが網羅する能力はないし荷が重い。今日のところは、まず開票結果を待とうと思う。マスコミの予想が外れて、安倍退陣が現実化するのを待つばかりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月21日 (土)

衆院選2017・秋の陣(11)

  労働運動の政治・選挙運動
  選挙運動も、電話での呼びかけなどのやるべきことはまだあるが、基本的には今日の午後8時で終わって、明日の審判を待つことになる。
  ここまで私は「衆院選2017・秋の陣」を書き連ねてきたが、書き残しが二つある。1つは「各党の公約の検証」もう一つは「労働運動における政治・選挙運動」である。
  実際は、10月16日の段階で「衆院選2017・秋の陣(6)」「考察:くらし、働き方、労働法(1)」を書き上げて、翌17日にはその(2)を途中まで書き進めていた。しかし、論点が定まらないから、いたずらに長文となってしまって、これはしばし“お蔵入り”と決め、選挙後に持ち越して熟成を待つしかないとした。しかし、課題は残ったままである。
  昨日、ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の例会があり、選挙に関する話題があって、一つは「衆院選2017・秋の陣(2)-愛知6区の場合」で書いた内容について再び話題になった。ある発言として“共産党としては、仮に1区から6区に移った平山良平氏(社民)に一本化しても、到底勝てないという判断もあったのではないか”があった。一つの見方ではある。それに対して“ここは勝ち負けよりも、野党共闘という、次につなげるということの方が大切ではないか”という意見が出て、概ねこちらの意見に落ち着いた。
  次に、「ユニオン学校」の12月のテーマと講師を決める議題の時、選挙が終わった後だから「総選挙を振り返る」というのはどうか、という案が出た。私もそれには賛成で「この選挙では、労働運動としてのかかわりが薄かったように思うが、実際どんな運動、選挙にかかわりがあったのだろう」といえば、「それを話せる人は誰かいないか」と問われ、すぐには思い浮かばず沈黙せざるを得なかった。
  労働組合、労働運動の政治・選挙活動といえば、一般的には「連合」の方針、動きであるとか「組織内候補云々」という話題程度である。ただ今回の選挙では、全労連は別として、連合は民進党が分解してしまったから、政党の支持は出さず、候補者個別に判断するとした。それによって加盟の各単産、単組は個別に「希望、立憲民主、無所属」それぞれの候補を応援することになった。
  連合愛知は、民進党の時に推薦を決めた7区の山尾志桜里を除く、14区の民進系の「希望、立憲民主、無所属」候補を推薦している。しかし、詳しくは分析できないが、連合愛知が、各候補均一に支援しているわけではない。端的な例は、中電労組が3区の近藤昭一、5区の赤松広隆を推すことはない。そこには「原発問題」があることは確かで、加えて旧社会党・総評系と、旧民社党・同盟系と色分けされているし、トヨタ労組(労連)の場合は、11区の古本伸一郎(希望)を推しているが、彼が組織内候補であることを除いても近藤、赤松を推すことはないと考えられる。
  さて問題はそこにあるわけではない。そのようなナショナルセンター加盟の単産・単組の動きは、静、動はあっても既定の動きに終始するであろう。では少数の「ユニオン」という自主、自立した上部団体を持たない(持つユニオンもあるが)組合組織と、未組織の労働者の動向というか、働きかけというか、「政治参加」と地域共闘を作り上げるにはどうしたらいいのか、という課題である。
  反安保法、共謀罪、沖縄問題などの集会で、個別ユニオンの旗は立つけれども「ユニオン共闘」という旗は立っていない。例えば、安保法が成立した9月19日を「1日共闘」として、「ユニオン、未組織労働者共同行動」の旗の下、市民集会・デモに合流していくことはできないだろうか。すでにその下地はある。「ユニオン共同行動」である。
  とここまでは、私自身が旗振りするわけではないので、この選挙を見ていて、労働運動の側からの「安倍退陣」「改憲内閣打倒」の動きが目立たなかったこと、「労働運動・地域共同行動と政治活動と選挙運動へのかかわり」は、いわば永遠のテーマであるので、その感想と意見を書いてみた。
  追記:期日前投票に向かうため、午後5時過ぎに自宅を出た。通常なら車で10分のところであったが、投票所の緑区役所周辺の道路は大渋滞を起こしていて、裏道を抜けてようやくたどり着いた。しかし今度は投票所も長蛇の列で20分ほど順番待ちをした。投票を終えて帰宅したのは午後6時30分頃だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

衆院選2017・秋の陣(10)

 期日前投票の勧め
 午前11時現在の気象省庁発表によると台風21号は、15 km/hで北東に進み、中心気圧は925 hPa、最大風速50 m/sとある。この地域の予報では、明日の投票日はほぼ1日中やや強い雨模様だ。
 窓の外に目をやると、細かい雨が音を立てずに静かに降っている。庭先の“水たまり”をみれば、その降りかたがよりはっきりする。これって検索してみたら、「霧雨」「小糠雨」に続く、あまり強くない雨がしとしとと降り続く「細雨(さいう)」だという。普段の認識では「小雨」であるが、「小雨」は、「あまり粒の大きくない雨が、それほど長くない時間降って止む雨」とあり、明日の夕方近くまで降り続きそうなので、やはり「小雨」ではなく「細雨」ということになる。
 ということで明日の投票日のお天気は、投票率が左右されることが多いので、大いに気になる。これまでの経過をみると、投票率が低いほど組織票を持つ自民党、公明党が有利とされ、「浮動票」頼みの政党、候補者にとって気が気ではない、ということになる。
 とりわけ「与野党横一線」と競り合っている選挙区では、「野党」にとって、自然現象にはなす術はないから、天気の回復を願うと同時に、「雨ニモマケズ、投票に行こう」と呼びかけるほかない。
 もう一つ「期日前投票」の呼びかけも一つの方策である。最近は、この期日前投票が増加傾向にあるという。その傾向を論ずる記事も散見されるが、「囲い込み」ということでは、以前から行われていたと聞く。例えば、投票所が遠い農山村地域、或いは、高齢者や、施設入居者で施設内に投票所が設置されていない所などでは、車で送り迎えするなどして、いってみれば「囲い込み」する陣営もあったと聞く。
 また、「休日は、どこかに出かけるから、早めに投票しておこう」という人も多いようであるが、こうした投票行動が、「投票行為だけ」で安直すぎる、という考えもあるようだ。
 とはいえここに至っては、選挙運動に手を尽くし、やれることはやってきた、とするなら、「四の五の言わず、投票に行ってくれ」ということになる。
 ということで私は、過去に一度だけ期日前投票をしたことがあるが、今回は、夕方に出掛けようと思う。ということもあって、携帯メールで数人の人に「雨ニモマケズ、投票に行こう」を呼びかけた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月20日 (金)

衆院選2017・秋の陣(9)

 7区“山尾さんに入れます”の声が届く
 愛知7区の情勢は、マスコミでは自民党候補がやや有利と伝え、インターネットでは「接戦」というのも散見される。「無党派層への浸透がカギ」は共通のようである。
 私は、選挙はがきの名簿を送り、一部の人に電話をし、カンパとして切手を送った程度の支援しかしていないが、この選挙に限って、珍しく3人の女性から、“山尾さんに入れます”“私も応援しています”という、電話、封書のお手紙、携帯メールが届いた。
  その一人は、長久手在住の女性で、私とは中学の同級生。電話で“これまで選挙に行くことは少なかったですが、今度は絶対行きます。山尾さんに入れることを『主人』と話し合っています。お葉書戴いて嬉しかったです”と。
  実はこの人とは、中学時代に同じクラスになったこともなく、それほど親しくしていたわけではないので、こんな電話を戴くなんて思ってもいなかったから“はがきを送っておいてよかった”と思った。また、例の週刊誌問題についても問題ではないと言い切ってくれた。やはりしっかり政治をしてくれる人を待ち望んでいるのだと思った。
  もう一人は、豊明市在住の中学の恩師。もう米寿に近いお歳になられたが、ヘルパーさんに車に乗せてもらって期日前投票にいくと書いておられた。先週の土曜日には、山尾事務所からお電話を戴いたとのことだ。
 そのお手紙の中で、「3区の近藤さんと山尾さんの二人は、接戦で勝つと思っていますよ」とお書きになり、また、「今回立憲民主党が立ち上がってどれだけの議席が得られるか注目しています。自民党と対抗の党だから、応援して新しい時代が来ることを願っていこうね」とお書きになり、「安倍退陣に追い込みたい気持ちは同じでした」と締めくくられた。
 昨日になって、携帯電話のメールに「私 山尾さんに決めています。お互いにしっかり応援しましょうね。」と、瀬戸の女性から。
 こうした反応だけなら、山尾候補への無党派層からの支持があって、女性離れも少ないように思われる。実際そうなってほしいものである。
 それにしても、このような想定外の反応で感じたことは、私の周辺だけかもしれないが、「無党派、女性」の関心度についてである。いや男性もそんなには変わりないのだが、意思表示を出すことは少ない。それにはそれなりの理由があるのだが、この社会、くらしの中で意思表示する意味は小さくないと私は考えるのである。
 私の場合、時には誤解されて伝わることもあるが、冊子を通じて、年賀状などを通じて“ぶれない”ことを意思表示してきた。“ぶれない”ことは、政治家だけのものでないと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月19日 (木)

衆院選2017・秋の陣(8)

 選挙後を問うメールを受けて
 ある人から以下のようなメールを戴いた。まだ支援候補の追い込みの期間中であり、結果を見ていない段階で「どのように選挙後の状況を判断されますか」と問われても、確たる見解を答えるのは難しい。だが一方で早めに議論の素材を提供する、問題を提起し「次に備える」ことは、一般的にそうともいえないかもしれないが、グループ内では欠かしてはならない課題でもあるから、現時点での私の見解を試みてみようと思った。以下が戴いたそのメール。
  (前文を略す)
  ・・・民進党の希望の党への合流劇によって、有権者の受け皿がなくなるとの必死の訴えに枝野氏たちが応えて「立憲民主党」を立ち上げました。野党第一党になるのではないかと思われます。立憲民主党は早い時期に暫定体制から政党としての組織体制をつくるために大会の開催に動くでしょう。民進党から無所属で当選した議員や参議院で残っている議員たちとの関係も問われます。さらに、枝野氏が「ボトムアップの草の根民主主義を踏まえた立憲民主党にしていきたい」と表明されていますが、この提案がどのような形で具体化されるかも問われます。 
 この時、私たちが考えなければならないこと何でしょうか。立憲民主党を支持して党員やサポーターになる方々が多くなることは大変重要です。しかし、支持した大半の市民たちが直接立憲民主党に参加されることはないでしょう。これまでの選挙では、選挙後は政党が勝手に判断することを認めて、関わることを求めてきませんでした。しかし、今回は違うと思います。直接立憲民主党に関わらなくても「立憲民主党を応援する会」(仮称)のような支持者のネットワークとその後の党と議員との連携が求められると思います。有権者が政党、議員と連携しながら育ち、ボトムアップの直接民主主義によって政党も成長していくことが求められます。いかがでしょうか。
 市民連合の存在は、野党との連携ですから、少し位相が違います。市民連合の拡大も大きな課題です。この2つの課題をどうつくりだすのかで、これまでの市民(有権者)と政党の関係を大きく変えていく契機にできればと考えます。どのように選挙後の状況を判断されますか。

 問はこの二つと受け止めた。
1)政党と有権者(市民)との関係、ここで立憲民主党だが、枝野氏が「ボトムアップの草の根民主主義を踏まえた立憲民主党にしていきたい」と表明したのに対し、有権者(市民)は、この党の躍進が私たちの望む政治に近づいていくことを確信し、党員、サポーターとして加わるだけでなく、支持、支援する一般の有権者(市民)の輪を広げ、共に立ち上がったばかりのこの政党を創成していくには、どのような方策があるのか。
2)ここ2~3年程の国会周辺、官邸前での市民の大結集は、大きな可能性を予感させた。その中心の一つが「市民連合」であった。この愛知でも組織された。そうした在野の運動を活性化して広げていくことは、大きな課題だ。
 
 これから先、もっと思考を深めていかなければならないが、現時点で考えたことは、
1)戦後、多分1950年代後半だと思うが、私の(故)長兄が日本社会党に入党し、地区(当時の愛知郡鳴海町)の社会党の支部組織結成に参画したと記憶する。そしてほぼ同時期に、多くは知らないが労組員を中心に党員を増やす一方、地域に互助会のような党員以外の一般の人も参加した地域組織「鳴海勤労者共和会」を発足させ、党の支持基盤を作って社会党の隆盛期をつくっていったと思う。
  そうした「政治活動」とはいえないとしても、地域住民の自発的な何らかの「草の根」の交流の場を作っていくことは、「草の根民主主義」の一つの形だと思う。これを実践し続けているのが共産党だ。その展開には、党及び直系の団体の機関誌の定期購読者を募る、或いは党のかかわりには濃淡があるから、それに対応する様々な「グループ活動」が用意されている。党の組織活動とは関係なく、自立した活動をしている党員もいる。それらを見る限り、野党ではこの党ほど、「党活動」を実践しているところはないと思う。
 さらに大切な方策としては、やはり地方議員を増やし、育てていくことだと思う。地方議員は、地域住民と接する最前線に位置しているから、一人の議員が「10人のボランティアスタッフ、100人の後援組織」をもてば、かなり幅広い活動が展開できるのではないかと考える。その場合、党勢拡大ばかり追求することなく、「無所属」議員との連携を大切にしたいものだ。
 そしてもう一つ重要な要素として、「学習活動」を挙げることができる。学習といっても様々だが、立憲民主党の場合は、とにかく「立憲・平和、リベラル政治」の骨格として、「理念、綱領」または、それに近いもので政治目標が理解されやすいもの、政策的内容の学習討論による成案、検証、成熟のサイクル化。それは、同時に「活動家」の輩出の機会でもあると考える。「立憲リベラルの会○○(地域名)」ができれば。
2)今度の選挙では、市民運動組織として、「市民連合」と「市民と野党をつなぐ会」が、事前に与党自民党に対抗する候補者の一本化をめざし、愛知全15区で「野党共闘」の成立に奔走した。
  1区、3区、5区で、「野党共闘」が成立したが、民進党が「希望の党」に合流する、といった直前の方向転換で、4区のように当初構想が崩れた選挙区が出た。中途のまま選挙戦に入った地区も多かったようだ。
  私は、この両組織に直接かかわっていないので、MLからの情報しか得ていない。従って、どの程度の人たちが参加し関わっているのか、また「野党との連携、共闘への仲介」までで、選挙運動には、組織的なかかわりを持たなかったのかどうか。いずれにしても私はよく知らないといった方がいい。選挙後については、何らかの総括的な場が設定されるのではないかと思っている。
  質問に「市民連合の拡大も大きな課題です」とあるが、ここに集う大半は「若い人たち」であり、私たちの「世代」のかかわり方に戸惑うところがあって、私は賛同者の一人にすぎない。ですから「課題」というより「期待」しているといった方がいいかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月18日 (水)

衆院選2017・秋の陣(7)

  浸水著しい「希望の党」船を遠望する
 まず、情勢を見ておこう。朝日新聞社の17、18日、衆院選に向けた世論調査(電話)を実施した結果は、比例区の投票先を、政党名を挙げて聞いたところ、自民党が34%(3、4日実施の前回調査は35%)と堅調。立憲民主党が13%(同7%)に伸び、希望の党11%(同12%)を上回った。公明党7%、共産党5%、日本維新の会4%などが続いたという。
  また、中日新聞は、「希望の党は苦戦が続き、五十議席程度と公示前勢力(五十七議席)を下回ることも想定される。」とした。
  そこでなぜ、この時点で私が「希望の党」に触れるのか、であるが「小池の正体、この党の正体見たり!」と言下に切り捨てても構わない。とにかく、3区の近藤昭一が勝って、立憲民主党が大きく伸びればいいといえばそうなのだが、それではこの選挙の「大儀とは何だったのか」が霞んでしまうではないか。即ち「大儀とは、自民党を追い落とし、安倍を退陣させる」ではなかったか。
  残念で、けしからんことではあるが、民進党が事実上解体したことで、改憲与党との対決に「野党共闘」が構想され、市民運動の働きかけもあって、ある程度の与野党の対決構図が出来上がりつつあったのが崩れてしまった。
  そんな中、マスコミの報道から拾った情報をみれば、東京を中心に「自民VS希望」の選挙区のほとんどで自民が優勢だという。その理由は二つ。一つは、希望の党の自滅であり、もう一つは野党の一本化ができていないということだ。
  例えば「愛知4区」を見てみよう。立候補者は西田敏子(共産・新)、牧 義夫(希望前)、工藤彰三(自民・前、公明支持)となっており、前回選挙では工藤彰三(自民) が 66,213票、牧義夫(維新)が47,291票、刀禰勝之(民主)が36,285票、高橋祐介が(共産)21,828票であった。この数字を見る限り、仮に牧義夫が共産党を含む「野党統一候補」として、立憲民主党から立候補したなら、維新の会・減税の「希望の党」が、候補者を擁立したとしても、結果論ではあるが、勝利の展望が開けたのではないか。
  つまりここで言いたいことは、今回の場合は、西田敏子(共産 新)、牧義夫(希望 前)、工藤彰三(自民 前)の3人の闘いである。こうなると「安倍打倒・野党共闘」を進めて来た市民運動の側は、「野党統一候補」の戦略が立てられず、西田か牧かの選択を迫られ、言うまでもなく西田敏子に行きつく。
  だが、少し離れてみてみると、折角「野党統一候補」のお膳立てを進めて来たのに、希望の党に行ってしまった牧なんて許せない、西田に行くしかないではないか、となるのだが、元々民主党の地盤が強い名古屋の場合、共産党の西田が、牧も工藤も超えることは考えにくい。
  自民党を倒すためには「ダメな牧、許せない希望」であっても、次善の策として、「牧義夫で一本化」という選択はなかったのか、という問い返しである。
  4区の人たちが熱心に議論をし、「牧義夫」は応援しないと決めたことは、これまでの経緯からして当然の帰結ではある。それでもこの選挙の「大儀とは何だったのか」が依然として残るのではないか。こうしたケースが全国で起きていて、それが「自民堅調」ならしめ「希望の失速で、安倍はニンマリ」と来た日には、何とも気持ちが悪く落ち着かないのである。
  元をただせば牧義夫という人物がこういう状況にならしめた訳で、彼は民主党・民進党、市民運動を信頼していなかったからかもしれないが、最終的には本人の決断一つということではあっても、牧の場合に限らず、13区の大西健介にも言えるのだが、私たち市民の側が、変えさせる、引き寄せる力を持つ事の大切さを、改めてこの問題は教えているのではないか。
  にわか作りで、腕の悪い船大工が作った船、そして船頭がとんでもない「希望の党」という名の船の浸水は激しく、沈没しかねないが、今は遠望するのみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月15日 (日)

衆院選2017・秋の陣(6)

 各党の選挙公約を点検する
 今日の午前10時に、立憲民主党の枝野幸男代表が緑区・徳重に来られるという情報と誘いの電話ももらったがパスした。『・・・党員だったら、行かねばなるまいなあ』とふと考えたが、APWSL愛知の冊子「ACTION REPORT」の執筆編集作業と、29日締め切りの「ピースサイクル全国会議」の報告文書、11月11日からの全国会議に持参する愛知の報告書の作成が気になっており、併せて同時発行の「ミニ詩集」も視野に入れていたというのがパスした理由。
 それで今日は一日引きこもりで、全国会議の報告書を仕上げ、岡崎、豊田、日進、名古屋の各地区と個人あてに「原案」を送付した。意見を戴いて修正したものを東京の事務局に送る段取りである。
 その間、改めて各党の選挙公約を調べてみようと検索したところ東京新聞に<比べてみよう公約点検>が連載されていたのでそれを一読、コピーして保存した。今後の立憲民主党の政策の検証・考察の参考にするつもりだ。
 東京新聞の連載は、今日現在(1)憲法 改憲5党 主張には差、(2)安保法 運用・修正・廃止の三様、(3)消費税 増税するのか、使い道は、(4)原発 再稼働推進か反対か、の4項目。この先も続くかどうかはわからないが、「経済・アベノミクス」「沖縄米軍基地問題」「トランプ政権、中国、『北朝鮮』などの外交問題」なども考えられるが、選挙の「争点」という点で網羅はされないのかもしれない。
 さて、立憲民主党の「政策パンフレット」というのが手元にあるが、急ごしらえのせいであろう、全8ページで項目の列挙に近い簡素なものだ。「マニフェスト」というより、チラシの「増補版」に近いが、その分、読みやすくはなっている。従って、具体性や予算の裏付け、政策遂行のロードマップに欠けるところがあるが、その点では、私自身が「記述試験」を受ける感じで“肉付け”していく、提案、対案が出しやすいともいえる。
 選挙の結果で政界はどうなるかわからないが、「立憲民主党」が当面の野党結集・共闘の軸となって2019年の参院選に向かって水路を開くには、「市民の意見」は重要な要素であろうと思うので、何とか付き合っていきたいと考えているところである。(マスコミの選挙中盤の情勢が出始めているが、芳しいとは言えない・・・)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月14日 (土)

衆院選2017・秋の陣(5)

 近藤昭一候補の緑区個人演説会
 10日に、近藤事務所で戴いた「街宣総合計画」は、まだ詰め切れていないもの(0案)であったが、その中で規模の大きい個人演説会は、会場の確保もあり、天白区(12日・日映文化ホール)、緑区(13日・JAみどり本店)、昭和区(16日・昭和区役所)と決まっていた。
 昨夜、その緑区会場へ出かけた。7時開始であったが30分前に着席し、まず会場のキャパを数えてみた。椅子が300席余あり、最終的にはほぼ満席で追加の席もあったから、300人余といったところか。
 進行は3期目の岡本康宏名古屋市議、元は近藤昭一の議員秘書だった若手。私と目が合った時“ブログ読んでいるよ”と声をかけられた。
 午後7時開会で、最初に近藤昭一後援会の三田会長が、支援と必勝を訴え、続いて連合愛知の豊田弘副会長(情報労連・NTT)が、“近藤候補はリベラル政治の中心的存在、安倍政治と対峙する中心的な政治家”などと今後さらに活躍を期待するといったような支援のあいさつがあった。続いて緑区選出の市議、県議の後援会会長が応援のあいさつ。
 次に、最初は松本守市議(名鉄労組出身の1期目)が立ち、“街宣中、通りがかりの人から近藤候補への声掛けが多かった”という報告などあれこれ話をされたが“近藤候補を男にしよう”とか“新党立ち上げでは、近藤先生は親分だから、子分の私はそれに従う”といったやや不規則発言があった。どなたかが指摘した方がいいだろう。
 県議10期の中村友美県議は、さすがに弁舌も滑らかで、近藤候補は、1996年の衆議院総選挙に愛知3区から出馬し落選したが、重複立候補していた比例東海ブロックで復活し、初当選したいきさつを紹介し、また近藤昭一を表して“本心で生きる人、議員としての務めを大事にし、青写真をもってエネルギッシュに活動、その意思は変わらず継続して今がある”といったような人柄を紹介していた。さらに情勢は(自民の池田と)接戦であり、応援者一人一人の運動が必要であると訴えた。
 最後に斎藤嘉隆参院議員が、選対本部長の立場から、まず近藤候補の人柄(真面目、ぶれない、優しい、弱い人への目線など)から入って、希望の党ができて、立憲民主党に参加するまでの“苦悩”を代弁し、“彼は信念を曲げず、あえて茨の道を選んだ”と高く評価した。そしてこの選挙で安倍は、「消費税の増税分から、幼児教育無償化や私立高校授業料の実質無償化などと、勝手に変えて」解散理由を後付けしたとも述べた。
 また、安倍政治が問われるべきものは、(悪法)安保法、共謀罪、盗聴法などであり、「森友・加計学園」の真相解明である。恐らく選挙後には加計学園の認可がおりるだろう・・・。(ここで近藤昭一候補が登場)
                    ◇
 午後7時35分頃、大きな拍手の中で迎えられ、元気に壇上に立った近藤昭一候補は、支援、参集のお礼を述べるとともに、まず前原代表の提案「希望の党」への合流について、いろいろ考え悩みもしたが、最終的には「全員参加」の前提が崩れたことが大きいとした。本来ならここでは希望の党は、「改憲に賛成、安保法容認で、これは認められない」が先に来てもよさそうだが、それならそれですっきりしたことだろう。
 だが私が推測するには、近藤には、この選挙では「安倍退陣」が第1義にあって、勢いのある「希望の党」と合流すれば、与野党逆転の展望も拓かれるかもしれない。それに「原発ゼロ」では一致している、そんなところが近藤に一時の思考時間を生じさせたのではないか、またある意味で批判を控えたのは、希望の党へ流れていった“仲間”への心情も察してのことかもしれない。
 私は、同じ民進党の辻元清美がいち早く「無所属」を宣言した時の“潔さ・決断の速さ”と、近藤昭一の“慎重、多面的な配慮”をつい比較してしまうが、それは“リーダー”としての一つの要素が含まれていると思うからである。
 そして近藤は、合流条件を示され、それを見て、ついに意を決した・・・。立憲民主党が立ち上がった段階では既に吹っ切れていて、立憲民主党からの立候補の記者会見では晴れやかな気持ちで臨んだことだろう。
                     ◇
 安倍政治を許さない、安倍の退陣の求める理由は枚挙にいとまがない。側近、お友達を優遇する政治姿勢、それは組閣だけでなく「森友・加計学園」問題で端的に表れた。その上の真相を隠し解散まで踏み切った。
 安倍の“危険思想”の根源はいうまでもなく、憲法9条を含む「改憲」である。それはこれまでその“外堀”を埋めるような、「特定秘密保護法(2013年12月成立)」、「集団的自衛権行使容認の閣議決定(2014年7月)」「戦争法(平和安全法制整備法2015年9月)」「盗聴法(通信傍受法2016年5月)」などを成立させた。
 こうした一連の問題を取り上げた近藤候補は、「立憲主義、平和主義」の危機、破壊であるとした。そして近藤は、「60年安保」の10数万民衆の国会包囲を彷彿させる国会前、官邸前での、連日にわたる大結集を見て、安倍の退陣には理がある、国民の要求だと確信したという。そして自民党と違うきっちりとした旗を立てる必要を強く感じ、それが枝野の新党「立憲民主党」に参加の底流にあったと語った。
 近藤候補の話はさらに続いた。まず国の骨格というか立ち方を「軍事大国対環境重視」という表現を用いた。もちろん“さきがけ”が出自の近藤は「環境重視」である。民進党は立憲民主党と希望の党に分かれたが、この環境重視は変わらないと。
 税金の使い方、経済についても幾つかの例を引きながら問題点を示した。安倍の経済政策の柱は「アベノミクス(金融・財政政策・民間の成長戦略)」といわれるが、デフレから脱却はならず、その多くは成果を上げておらず“その途上にある”などと言い訳を続けている。株価が上昇しても、企業の収益が向上しても、内部留保だけが増え続け、働く者の賃金は上がらず、格差は広がるばかりと指摘。近藤は「格差をなくすのは政治」「国民が主役でなければならない」と、安倍自民党との違いを語った。
 そして最後に選挙後についての「再結集」にも触れた。その内容は不明だが、立憲民主党の伸びと、希望の党の動向、参院民進党の判断、民進系無所属議員の動向がその要素であろう。
 私は「立憲民主党」が、野党再結集の軸になってほしいと願うが、元の「民進党」再現では、その大儀はなし得ない。恐らく大枠としては、「中道左派結集」といったところだろうが、「右派、左派」といった表現は嫌われるかもしれない。
 午後8時過ぎ、熱のこもった近藤候補の演説が終え、ガンバローを三唱して散会した。
 一言:「後援会」中心の個人演説会は、票固め、拡大に有効だが多くは高齢者。新党が結成され、この国の未来を託すには、若い人の参集、市民運動との連携が不可欠。そのための場所、構想、実働グループが必要。懸案事項である。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧