2009年11月 5日 (木)

老兵たちのフォーラム11月例会(3)

  地域主権とムラ社会-討論から
  このテーマに対する参加者の受け止め方は一様ではなかった、というのが議論の第一印象であった。
  特に「ムラ社会」については、私が、新政権の政策としての「地域主権」が、「政治主導と地域のことは地域で決める」という矛盾点とともに、地域、地区、町内に浸透し、自立的で民主主義の形をなすには、これまでの、利権、特権、既得権、あるいは「慣習」、強いては古い秩序の破壊を恐れる隠然たる勢力があるのではないか、それを「ムラ社会」と仮定して、「民主的に決めて進めていくには、まだ時間がかかりそうだ」と、現実的な視点から提起したのであった。
  つまり、民主党のマニフェストを軸にして取り上げたのは、現政権の政策とリアルタイムに接点を持ちたかったというところを意図していたということである。
  だから、「ムラ社会」の規定、変遷、現在的な位置、形を述べた意見もあったが、幅広く話は展開していった。
  ある町内会長を長く勤めている人からは、区政協力委員会という、これまでの行政との縦割り組織の“聖域性”を語り、河村市長の「地域委員会」の秩序破壊が反発を招いているとした。また一方で、町内会の役員の引き受け手のないことを指摘し、特に集合住宅では、「ムラ社会」はないといっていいとした。
  この「集合住宅」つまり団地、マンションをさすのであるが、これは戦後の住居形態の特徴を表す一つである。それゆえ戦前の戸建ちの集落、町内と大きな違いがあり、「向こう三軒両隣」ではないが、ご近所付き合いの、いい面はあったというのも一つの意見。
  町づくりという切り口から、犬山市で計画され工事が始まろうとした、旧市街地の道路の拡幅計画を、当時の石田芳弘市長と共にかかわった人の話は、町内ごとの徹底した討論を重ねた結果、道路の拡幅で自動車を呼び込み、それによって市街地活性化の開発計画、観光客呼び込みという計画を白紙に戻したことをあげ、話し合うことの大切さと可能性の大きさを指摘した。
  他にも、地域主権にも地域格差は生じる。そして「ムラ社会」や「格差」は、社会や人間を、上昇志向による成長させる面もある、さらに主権在民というが、民主主義を実現することは厄介で時間がかかると指摘した人もいた。
  更に、1983年の「欧州地方自治宣言」で定式化されたといわれるその一部「補完性(近接性)の原則」を紹介した人もいた。それによれば、
①個人で出来ることは、個人で(自助)
②個人で出来ないことは、家族で(互助)
③家族で出来ないことは、地域社会(NPO)で(共助)
④それでも出来ないことは、「地方・中央政府」で(公助)
 これは、「個人の自立を前提として、問題を可能な限り身近な所で解決することを旨とする社会編成の考えで、『自立と共生』が根本原理」説明された。
 いい話、ヒントを戴いたような気がした。 了

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2009年11月 4日 (水)

老兵たちのフォーラム11月例会(2)

  地域主権とムラ社会-議論に3つの素材
 議論を進めるにあたって、3つの素材を用意した。もっとも、議論では、必ずしも「地域主権」と「ムラ社会」を対立的に捉えて、一方を革新派、一方を守旧派と位置づけるのではなく、このフォーラムでしばしば議論されてきた「民主主義の成熟した社会」への道程、それ自体に注目して戴きたい。地域主権も河村市長の地域委員会も、まだその全貌は見えていないから、とした。
1)八ッ場ダム中止問題
①新政権の、大型公共事業(道路、空港、新幹線、ダム、ハコモノなど)の全面的な見直し。(マニフェスト)
②国家財政性の逼迫-税金の無駄遣い徹底排除(予算の組み替え)があるが、景気対策、雇用面の問題もある。
③当初、地元住民は反対多数であったが、国策、与党系列の切り崩し、地元対策で同意に転換した経緯がある。
 私の見解は、公共事業としてのダム建設問題と、地元自治体対策(利水、治水)及び住民の生活権の補償問題を分けて考える。従って、地元対策を条件にダム本体の建設中止。付随工事は凍結。
2)普天間飛行場(基地)移転問題
①敗戦日本の、戦後の問題の延長線上にある未解決問題である。
②日本の防衛の問題、日米安保条約(地位協定)=日米関係の問題、アジア・極東の平和、安全保障の問題。
③在日米軍基地、施設の75%が沖縄にあるという、沖縄県民の過重負担の問題。
④米軍基地撤去問題(運動)は、全国にもあるが、沖縄のそれは「県民ぐるみ」という特徴がある。
⑤仲井真知事の選択は、米軍キャンプシュワブのある、名護市辺野古沖にV字型滑走路二本の基地建設容認の立場である。だが、県外、国外移転に絶対反対という立場ではない。沖縄経済の問題と不可分である。
  この問題は、在日米軍基地の75%が沖縄に集中していることの、沖縄県民の負担軽減という出発点に異論はないところだ。では、国内、国外に、米軍基地を受け入れるところはあるだろうか。国内でいまどきどこでも無理だろう。国外では、多分、アロヨ政権下なら、フィリピンということも考えられるが、日本国としてフィリピン政府に持ちかける話ではない。また、公害やごみの輸出に加え、今度は米軍基地までも「輸出」する気か、というフィリピン民衆の声が聞こえてきそうだ。
  核兵器廃絶の声が世界的に高まる中、それは軍縮による世界平和への道と捉えなければならない。ならば、欧州における米軍の「MD基地」見直しのように、世界的な各国の軍事基地の撤去、見直しは、優先課題の一つではなかろうか。そのために日本としては、格段の外交努力が必要であるし、基地依存経済の再建支援も欠かせない。が、何より、政府が率先して「宣言」を出し、目標のプグラム(ロードマップ)を提示することではないだろうか。そして、それを民衆(国民)が後押しするような形で。
  いずれにしても鳩山政権には、普天間の県外移転よりまず、撤去・返還をもう一度検討してもらいたい。アメリカ政府との再交渉は可能であろう。
3)名古屋市の「地域委員会」
①「庶民革命」はともかく、直接民主主義に近づけようとする試みではないか。同時に旧来の地域支配構造を改編しようとするものであるが、そのプロセスと、先にあるものがイメージしにくい。
②地域-「区政協」の場合は、町内会、自治会で区分、「地域委」は中学校区を想定。また旧市街地と新住宅地における地域の、人のつながりに濃淡があり、「ムラ社会」の実態は、世代交代とともに希薄になりつつある。
③私の少年期、青年期までは、町内に定期的な「年行事」という寄り合いがあった。秋葉神社、津島神社、八幡社の祭礼などが主たる議題であったようであるが、行政関係は、「総代」と議員とにパイプがあったように思う。
④町内を取り仕切るのは、主として地元の店主であった。地元に常在し、昼間の行動が可能で、資金力もあったからと推測する。もちろん人柄もあったが。サラリーマンが増えるに従って、町内会の影響力は衰退した。
  河村たかし名古屋市長の、「庶民革命総論」も一読して考える必要がある。そこで報道からいんようすれば、6月定例市議会で市長就任後初めての所信表明に臨み、政治都市・東京や経済都市・大阪に対抗すべく、「名古屋は庶民革命による『自立する市民の街』を精神的基柱にする」と強調した。中心となる政策としては市民税10%減税と「地域委員会」創設の2つを挙げた。河村市長は、市民税10%減税の意義については、「減税を行うことで、税金の無駄遣いを徹底的になくすなど本当の聖域なき構造改革が実現されます」と力説した。また、「地域委員会」の意義については、学区ごとに市民自らが予算の使い道を決めることができるようになるとした上で「住民自治を育(はぐく)み、最も『都市内分権の進んだ街ナゴヤ』をつくります」と訴えた、とある。
最後に。
  何かと「一元的」に物事が進む時代は遥か遠くなりつつあるが、一人一人が発言し、価値観も多様な中で、「民主的」に決めて進めていくには、まだ時間がかかりそうだ。地域ボス、出しゃばり、褒賞・表彰目当ての居座りも少なくない。「企業社会」の中には、「治外法権」もどき会社もある。家庭の中でも「家父長」の形がなくなりつつあっても、相変わらず「男社会」は色濃く残っているのではないか。成熟した民主主義社会は、いつ来るだろう。

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2009年11月 3日 (火)

老兵たちのフォーラム11月例会(1)

  地域主権とムラ社会
 明日の例会のレジュメがようやくまとまった。国会論戦の中でもあり、幾らかリアルタイムな話になりそうだ。
  政権が交代して鳩山政権となって約50日、表向きには、政権の足元が定まらぬもたもた、ごたごた、つまり、内閣と政権与党との不協和音、閣内不統一が目につくということである。内実といえば、政策運営とマニフェストとの整合性・かみ合わせの問題と、「小沢民主党」との二重権力の様相ということが言えるだろう。
 これらの評価はそれぞれだろうが、私は「政権リレーゾーン」を設けていて、前政権の「負」を負わされている以上、ことを性急に求めるべきではないと考えている。もっとも政権運営、即ち行政は日々遅滞なく行われねばならず、「リレーゾーン」はせいぜい3か月、年内が一つの節目であり、新政権は、この助走期間を経て、新年には、政治の安定と希望、政策の刷新とスピードを示すことが求められる。
 そしてこのことは同時に、新しい政権に対して、私たち有権者はどう評価し、考えるべきか、何ができ、どう行動すべきか、どんなことを提案・提起すべきかが求められると私は考える。それは主体的な「政治への参加」からである―これが前書き。
1、問題提起の動機
政権交代が実現したことは、有権者が、一票で政権を交代させることができるという経験を持ったということである。この評価は、このフォーラムでもほぼ一致するところだと思う。
だが、鳩山首相が55年体制を含む長き自民党政権から、それに代わる政権をして「革命的」といい、その政策をマニフェスト及び連立の「3党合意」で示した。だが、例えば、マニフェストは有権者との公約(契約)として「金科玉条」のごとく、そのレールの上を突っ走ることは、スピード感はあるものの、列車の荷重、レールの保線体制、ATS(自動列車停止装置)整備、客車(国民)の連結状態が心配で、“駅飛ばし”最悪の場合脱線(政権崩壊)もないわけではない。
  それはそれとして、前回の例会の最中、私はふと民主党のマニフェストから「地域主権とムラ社会」というテーマを思い浮かべた。それは新政権発足後3週間のことであった。特にそれは「八ッ場ダム」と「普天間飛行場(基地)移転」という二つの課題から想起されたものと思っている。そして、政治(家)主導と地域主権には相反する要素が含まれているのではないか。また、地域主権と地域社会には、制度と慣習に距離があるのではないか、スムースな改変が可能だろうか、そうも考えたのである。
  そこでもう一つ、河村たかし名古屋市長と議会の関係と現状からも、問題提起ができると思う。それは「10%減税」はさておくとしても「地域委員会」という「民主主義」または「市民主権」の導入についてである。
2、言葉の定義
1)地域主権と地方分権
 まず、民主党の「INDEX2009」には、 政策集地域主権=住民自らによるガバナンス形態の決定、として「地域のことを地域で決める地域主権を確立するため、法律等の画一的な縛りを極力撤廃して、シティマネージャー制度の導入、地方議会定数や地方議会議員の任期の変更など、地方が独自の判断で自治体や議会の仕組みを決められるようにします。」とある。
 次に民主党マニフェストにもいろいろ書かれている。「27.霞が関を解体・再編し、地域主権を確立する」には「政策目的」「具体策」が箇条書きにしてあるが省略。また原口総務相は、HPでも書いている。
2)ムラ社会
 「村」は、一族、部落の集合した村落共同体といえるだろうが、長く定着してきた過程で、支配(長、ボス)と被支配(村民)の関係ができあがる。そして、共同生活の中で、「きまり」「掟(おきて)」「慣習」などがくらしの中で定着してきたといえるのではないか。近世から現代に至って、統治社会になるにつれ、法体系の整備が進み、旧来の「きまり」「掟(おきて)」「慣習」と法律、法律に基づく行政機構がぶつかり、二重構造を呈している面もあるようだ。
3)河村たかし市長の名古屋新市政をから考える
①首長と議会の、二元代表制の問題提起
②10%市民税減税の政策
③地域委員会と区政協力委員会
 こんな筋書きで約40分、ま、何とかなるだろう。

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2009年10月18日 (日)

設楽ダムの是非の前に

 都会の人間にとって何をすべきか
 都会に住む人間にとって、ダムは山間地の一つの風景に過ぎなかったように思う。ダムでせきとめられてできた人工湖ですら、気持ちを癒してくれる自然の一部のように映った。
 遠足か、社会見学で一度はダムと発電所に行っている人も多かろうが、私の時代では、県内のダムといえば、矢作川上流の「越戸発電所・ダム」くらいだったと思う。だがそこでは、ダムの湖底に沈んだ集落の話などはなかった。
 時は流れて、ダム建設とダムもまた自然を破壊していること、治山の効用もあると聞いていたが、ダム湖の水の浸潤で、むしろ崩落しやすいこと、ダムが堆積物で埋まりつつあることを知るようになる。そして昨今では、大型公共工事、税金の無駄遣いの象徴のようにいわれはじめ、ついに新政権誕生で建設途中にあるもの、準備工事段階にあるもの、計画段階にあるものの多くが、見直し、検討の対象となって、ダムの歴史は大きく変わろうとしている。
 ダムが、治水、利水面で大きな役割を果たしてきたのは事実である。これから先もしばらくは、まだまだダムの役割は消えないようにも思われるが、マイナス面が明らかになってきた現在、少なくとも新たな建設は慎重に対処されることが望まれるし、水需要の正確な算出、降水量とダムの洪水対策効果の再検討、既設のダム湖の浚渫(しゅんせつ)や、効率性の高い発電機の開発、河川の一定の必要流量から逆算して、流量を阻害するダムの取り壊しといったダム行政からの視点と、財政面からの優位性を検討し、ダム予算の過疎地対策、環境保全対策への振り替え、といった転換を希望したい。
 また、八ツ場ダムにしろ、設楽ダムにしろ、計画当初は、圧倒的に反対多数であったことを教訓とすべきで、国策と住民との関係は、狭い国土であればなおさら、国策、計画・補償先にありきでは、今回のような住民に過酷な状況を与えてしまうことになる。
 こうして考えてみると、都会というか、下流域に暮らす私などは、当該の住民の気持ちなど汲みようがなく、ともすれば、政治的とか社会的とか、未来志向の領域でしか考えないところがある。たしかに、反対運動に参加することで、幾らかは、“普通の人”に比べ、状況を知ることにはなる。例えば、設楽ダムに反対した、石田芳弘氏を知事選で応援したのも一つ、請われて、住民投票のノウハウの一部を伝えたのもその一つであったが、そうしたつながり以上のものがあったかどうかは、自問するに見つけ難い。これを埋めるにはどうしたらいいのだろう。まして、個人の立場だけでなく、例えば全流域の交流、自治の在り方を求めるには。

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2009年10月15日 (木)

愛知で自動車関係の国際集会?

  構想倒れでもいいではないか
 フィリピントヨタ労組(TMPCWA)を支援する愛知の会の運営委員会が開かれた。
 去る9月の「第4回反トヨタ世界キャンペーン」愛知の、トヨタ本社行動の反省が主要なテーマであった。しかし、精力的な取り組みをしたという割には、成果が引き出されていないという思いを、それぞれが持ちながら、議論の俎上に上がり切らない一面が漂っていた。代案、対案が用意しきれないからだろう。
 TMPCWの事務所も大きな被害を受けた、フィリピン現地の台風被害に対してTMPCWAへのカンパ活動と、愛知の会のニュースの発行が決まり、11月のナゴヤモーターショーでの宣伝活動も決まった。そこで、議事が一段落したところで、一部の仲間との間で話題にしていた、日本、フィリピン、韓国の自動車関係労働者の「国際連帯集会」の開催を愛知で構想してみたらどうか、という提案をしてみた。
 現在の運動との関連性、主催しきるだけの人とお金の見通しなど、当然考えられる質問、意見が出された一方、主体的なこの地域での運動を模索するという意味で、賛意を表する人も数人いた。準備には半年は必要だろう、現地の事情も考慮しなければいけない、実行委員会形式で、多くの労組、ユニオン、個人に参加してもらおう、など実現には、いくつかのハードルを越えなければならないが、まず、これまでの運動を振り返って、「早期解決」へのプロセスを考えるきっかけにはなるだろう。仮に構想倒れになったとして、では次善の策はないだろうかという、議論をリードするだけでもいいのではないか、そんな思いもあっての提案である。
 これには、やはり愛知の労働運動の停滞、とりわけトヨタの労使の存在が、そこに横たわっているという現実を知るものほど、“突破口”に腐心するのではないだろうか。
 引き続き議論を重ねることで持ち越された。

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2009年10月10日 (土)

地域主権とムラ社会

  11月例会のテーマ
 「老兵たちのフォーラム」の10月例会の場が進行中、ふと「地域主権とムラ社会」というテーマが浮かんだ。
 この例会の最後に11月、12月のテーマが、一人二票の投票で決められることになっていて、持ち越しのテーマが四つあって、ここにいくつでも提案して加えることができる仕組みになっているのである。
 提案者がレポーター、チューターになるケースが多いので、思いつきで提案することは、ちょっとしたリスクを負うことになる。それもあったが、繰り越しの四つのテーマが長い間、たな晒しになっているので、新しいテーマを私自身が必要を感じていた。
  そこで、思いつきであったが、このテーマと「食の問題」を提案した。投票の結果、二つとも採用されて「地域主権とムラ社会」が11月、「食の問題」が12月となった。私としては、「四季雑談の会」で、「食の安全、安定-食品添加物、食品の流通、放射線照射食品、遺伝子組み換え食品」を学習しているので、こちらの方がやりやすかったが、得票の一番高かった「地域主権とムラ社会」を任されることになった。
  会員から「テーマの中身を少し紹介してほしい」といわれ、私は、一つは、民主党を中心とする連立政権ができて、マニフェストにもある「地域主権」を確立する、という中身が「地方分権」とどう違うのか、という点と、長期の保守的政権が続いた中で、果たして「地域主権」が、地域に浸透して確立され、定着するだろうか、今でも自民党支持層のボスのような人が地域を牛耳っているのではないか、という現実を考えたのである。今課題になっている「八ツ場ダム」は一つの検証事項になるだろう。
  もう一つは、河村たかし名古屋市長の主張する「地域委員会」と現在の「区政協力委員会」の激突は明らか。これは「地域主権」という民主主義の形と、「ムラ社会」の格闘になるのではないかという推測を基にしている。
  地域主権、地方分権、ムラ社会の言葉の意味と歴史から解き明かしていかねばならないが、私には過去「草の根○○運動」という表現で、地域に運動を広げる試みで壁を感じた経験もあり、それを幾らかでも解明したい気持ちもあるにはあったのである。
  10月後半の日程が立て込んでおり、今から手をつけないとレポートが出せない。読書の秋ならぬ、毒食の秋になりかねない。

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2009年9月30日 (水)

フィリピン・バヤンから

 もう一つ理解し難かったが
 フィリピンの「バヤン」の活動家が、国際会議の間を縫って名古屋に来るということで出かけた。通訳入りの1時間足らずの話を聞いていたが、なんだかよくわからないまま、「懇親会」に移ってしまった。
 「バヤン」という名前は聞いたことはあったが、実際どんな組織で、どんな活動をしているかはほとんど知らなかった。インターネットで検索してみたが、BAYAN(新民族主義者同盟)としか出てこなくて、それ以上の検索をやめた。
 私がこの集まりに出る気になったのは、「フィリピントヨタ労組(TMPCWA)」を支援している関係からで、バヤンとどんな関わりがあるのか、その1点だけであった。
 関係者に「地域センターか」と聞けば、全国組織だという。しかし、KMUの組合も参加しているが、労働組合組織だけが加盟しているのではなく、女性団体、青年組織、都市貧民街の関連などが参加しているというから、全国組織といっても「少数政党の政治的大衆組織かな」というのが私の解釈であり、KMUという団体には注目せざるをえなかった。もちろん誤解があるかもしれない。
 フィリピンは、これといった産業のない農業国であり、多くは外国資本のもとにある農産物の輸出と、海外への出稼ぎで外貨を得ているのではないかと思うのだが、そうした経済のもとで、米軍基地から落される外貨と雇用は貴重であったにもかかわらず、フィリピンから米軍基地をなくしたのは、アキノ政権時代であったと思う。
 多くは覚えていないが、その当時の「ピープルパワー」に感動した覚えがある。そしてその前後の不幸な政治的な出来事も。だが、再び米軍基地がよみがえる可能性も指摘された。
 過日の「マニラ洪水」の被害状況と支援カンパについては、TMPCWAを支援する会からの情報と、相当額の支援金を送ったとの連絡を受けていたが、折しも、この場でも報告と要請がなされた。
 想像するに、フィリピンの豊かな森林は、日本などの外国資本によって伐採し尽くされ、少しばかりの集中雨でも、郊外、山間地では土砂災害が絶えないと聞くし、マニラなどの都市部でも、災害に対する都市基盤の整備が遅れているのではないだろうか。
 バナナ農園のフィリピン人労働者が、防護服なしで農薬をまき散らしての健康被害、農薬そのものの問題で、「フィリピンバナナ」について名古屋のグループから情報を戴いていたケースと、TMPCWA支援というわずかな点だけでしか、私の情報源はないが(ピースサイクル運動で、フィリピンへのコースもあるが、私は参加していない)、この国、この国の人たちは、これからどうなるのだろう。

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2009年9月 8日 (火)

社会民主主義の研究

 社民党、共産党の生きる道
 午後8時ころであったろうか、名古屋駅南のNPOステーションのビルから歩道に出ると、爽やかな風に身を包まれた。“昼は暑いが、涼しくなったなあ”という声が漏れた。これがやがて“ちょっと寒い感じだね”に変わっていくのだろうが、「まだこんな歳でいう言葉ではないが、暑い時は暑くていい、寒ければ寒いでいい。今度また、そんな季節を迎えられるという保証はないから」と、つい洩らしてしまった。
 時間も早いこともあって、今度の選挙で立候補した坂喜代子さんを囲んで4人が居酒屋の席についた。いろんな話題に話は弾んだが、現状はどうだかは別として、共産党も社民党も二桁以上、併せて30以上の議席をとってほしかったな。「2大政党」は、少数意見が反映しない弊害がある。「第3極(潮流)は必要だよ」はほぼ一致。
 ただ、今の社民党も共産党ももっと変わらないとだめだ、というのも共通項のようであった。そこで私は、「社民党ではない、社会民主主義そのものがもっと研究される必要があるのではないか」「公明党も下野して少しは変わるだろう、平和では3党共通だ」といえば、「環境問題もそうだ」という声がかかった。
 平和主義、社会保障、環境保護、人権、労働は、社会民主主義の根幹ではないかと思うのだが、これらをひっくるめて定義すると、民主党も自民党も当てはまらないから、第3潮流としての例えば、社会民主主義が検討されてもいいのではないか、ということになる。それは「負」の部分も含めて。
 この話題も、10年ほど前、愛知万博反対運動のころかと思うが、ドイツの緑の党が、ドイツ社会民主党と連立政権を組んだ時、話題になって意見を拝聴した覚えがある。しかし、このときはどちらかといえば緑の党に傾斜した話題だったように思う。
 国内の、緑の党の流れを作ろうとする人たちが今も、再出発を期していることだろうが、日本の場合、エコロジーだけでは選挙に打って出ても限界があるのではないだろうか。
 もし、平和主義、社会保障、環境保護、人権、労働の議論、研究を積み上げていくとすれば、そのようなエネルギーがあるなら、現在のそれとはやや違うであろうけれども、「社会民主主義論」が浮上してこないだろうか。 
 「第3の社会(制度)論」を模索する私にとっては、興味深い話題ではある。

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2009年9月 4日 (金)

老兵たちのフォーラム・9月例会・3

  政権交代-意見交換から・2
 このフォーラムのメンバーの中で、一人投票立会人になって12時間余り、投票所に詰めたという高齢の方がおられた。顔見知りの人も含め、投票される人の行動の、観察した一部を語っておられたが、選挙運動そのものを具体的に担ったという「現役」は、さすがに最年少の私一人であり、選挙戦の現場からの実際を中心に意見、感想を述べた。
 私が、社民党の応援のためではなく、坂喜代子という個人を応援したという前提は、結果はどうであれ、やはり押さえておかねばと思った。それは、選挙以前の問題として、ここでは触れないが、社民党県連には、かねてから疑問をもっていたからである。
  それはそれとして、私の役割は、名古屋市内4日間に限ってではあるが、候補者が乗った街宣車の、1日のコース表を作り、先行車で先導しながら街頭演説の場所づくりであった。これは過去の経験が生かされたが、ショッピングセンターや、交差点、ターミナルでは、駐車場所が極めて限定されてきていることを知った。
  例えば、市バスの路線上の交差点では、ほぼ間違いなく、交差点を過ぎた先にバス停があり、横断歩道とバスの駐車ゾーンの間に、わずかな空間があるが、これは道交法上の必要スペースであるから、駐停車できない場所ではある。ショッピングセンターでは、広い駐車場の先に店舗の出入り口があり、車に訴え掛けている感じであきらめざるをえなかった。
  それから時には、本人からその方がやりやすいからと、“前座”も務めたりして、社民党のマニフェストに関係なく、私の“考え”もちょっぴり織り込んで行うこともあった。しかし、同乗者のほとんどが未体験者であったから、他党と交錯した場合の対応とか、お酒を飲んで絡む人の相手をし、音が大きいという苦情に対応するなどの現場対応・処理の役割も多かった。
 実は、このような旧来の街頭宣伝の在り方について、何となく古い手法かな、という気がしていた。今回の選挙のマスコミのレポートでも、“元祖はワシ”という河村名古屋市長流の「自転車街宣」を取り上げるケースが目立った。これは、移動範囲が短いことから、もっぱらマスコミ向けのパフォーマンスであるが、マスコミを利用するという点では秀逸なのであろう。その意味では、有権者が受け取る情報が、一つはマニフェストであり、もう一つはメディア、それも映像ではないかと思ったのである。
 確かに、“選挙の基本はドブ板選挙”という面もあるが、それは選挙区選挙で、比例区では「日常活動」でできても、本番ではむつかいしいのではないか・・・。
 少し話が脇にそれてしまったが、フォーラムで、選挙運動以外のことで私が触れたのは、政権交代には「リレーゾーン」が必要であって、それを見守ることも大事だ、という点。例えば海自の「インド給油」問題にしても、社民党の福島党首は、「即時撤退」を主張するが、鳩山・民主党のいう「1月15日の期限まで」は、妥協できるのではないかと思う。もっとも後日のテレビで見た限り福島も「できるだけ速やかに」とトーンを落として、ここで混乱することのマイナスを知っているようではある。
 外交問題は難関であるとの指摘もした。それは外交問題それ自体がどの政権にとっても難題なのである。むしろ「日米基軸」「米大統領と個人的な親交」でもって、全てがうまくいくと単純化した小泉外交のツケを、鳩山政権が支払う状況であれば、外交問題は時間をかけての「段階的移行」として見守る必要があるだろう。特に日米安保条約、日米地位協定、非核3原則、領土問題、国連への対応などは、この4年間で成し遂げられれば、それは“快挙”に違いない。
 最後に一つ。民主党の前原誠司の動向に注意が必要だ。私は前原の防衛大臣という案については、反対意見を述べた。彼は自民党以上に「日米同盟」を重視し、自立・自国防衛論を基に、自衛隊の「国軍化」を進め、海外派兵に躊躇しないであろうと思うからだ。若くて頭もキレそうで、イケメンだから、将来、国民的人気は高くなるだろうから、鳩山の「アジア重視」と対抗軸を形成しつつ、“次”に備えるだろう。
 臨時国会、首班指名、組閣で、交代した政権の顔が揃って期待が膨らむ。小沢の幹事長決定で、「小沢党」と揶揄する向きもあるが、それを含めての民主党308議席である。見守るほかなかろう。

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2009年9月 3日 (木)

老兵たちのフォーラム・9月例会・2

 政権交代-意見交換から
 まずHさんの意見であるが、
1、新政権は「仮免で一般道、高速道を走るようなもの」安全運転の姿勢を示せ。①民主党は“五目飯”だ。挙党一致体制を作れ。②いたずらに官僚批判をせず、使いこなせ。③鳩山の後継を決めておけ、鳩山は短命かもしれない。
2、財源確保に取り組め。①医療費、軍事費を削れ。②子ども手当、高速道路無料化は“ばらまき”の愚策である。撤回すべき。(反論あり)③配偶者控除、扶養者控除の廃止は、子どものいない家庭、老人家庭への増税である。(反論あり)
3、民主党は総じて外交オンチである。“対等な日米関係”というが何が対等でないかが不明。前原誠司以外はダメだ。(反論あり)
4、内閣、党の支持基盤強化が必要。政権・首相を支えるスタッフの仕組みを作れ。(アメリカの例)
5、308議席は取り過ぎ、驕りが心配。(同調する意見あり)
6、民主党の弱みは何か、という点では、
①鳩山、小沢の献金問題は、命取りになるかもしれない。②鳩山にカリスマ性もリーダーシップもない。小沢を抑えられるか。③党内の人材不足。④労組に振り回され、財界に支持基盤がない。⑤経済政策がない。⑥外交政策に暗く、乏しい。⑦新人議員の教育にてこずる。
7、最後にHさんは「私の組閣案」を示した。それで注目の国家戦略局局長(長官)に、小沢一郎をもってきたが、権力の二重構造がミエミエで、小沢の線はないだろうというのが私の見解。官房-原口一博、外務-岡田克也、防衛-前原誠司、財務-藤井裕久、厚生-長妻昭、少子化-辻元清美などが示されたが、法務-亀井久興、行革-渡辺喜美はあり得ない。勘違いだろう。通算の仙谷由人は、入閣候補の一人ではあろうが、体力面からきついだろう。またHさんは、前原にえらくほれ込んでいるようであるが、私の眼からすれば「要注意人物」であり、法務か農水あたりで、おとなしくしていてほしい。もっとも、法務には亀井静香という線もありだ。では防衛は誰か、ということで私は、ネクストキャビネットでは環境大臣の近藤昭一(愛知3区)を推した。
 一方党人事では、幹事長-渡部恒三、総務-菅直人、政調-赤松広隆、国対-山岡賢次とあった。幹事長に渡部恒三はないだろうと思うし、山岡は入閣希望ではないかと思う。菅直人の処遇も焦点であるが、私は国家戦略局に推した。
 で、こういう人事の話は興が乗るもので、既に話題にしてきたという人もいた。
 もう一人、Mさんの感想は、①国民は、選挙(一票の行使)で権力(政権)を変えることを経験した。②主権在民の精神が確立された。これは、今後どんな政権が生まれても恐れることはない、ということだ。③主権者は国民という意識が自覚され、駄目だったら変えればいいという選択肢を手に入れた。
 これについてはちょっと楽観的過ぎる。それはこれからで、始まったばかりだ、という意見に頷く人が多かった。そしてMさんは、「政権交代は手段-目的は国民主権の確立」「民主主義の成熟が日本の希望-時間がかかるが、これに代わる思想はない」と締めくくった。このあたりは、私が提起した「第3の社会(制度)論」が論点として残されており、今後議論がなされることになるだろう。 
(続く)

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2009年9月 2日 (水)

老兵たちのフォーラム・9月例会・1

 政権交代-新政権への期待と当面の課題
 9月例会のテーマ(論点)は、総選挙直後ということもあり、表題のものとなった。
 提起者は、元労組委員長・元県議のKさんで、論点を政権交代の歴史的意義から入った。詳細は省くが、例えば15年前-宮沢政権崩壊後の連立政権。64年前-戦後民主主義国家となる。(64年目にして2大政党による政権交代)120年前-明治憲法制定、翌年の第1回衆議院選挙など。
 次に、政権交代の具体的意義と新政権への期待というところでは、①国民の投票行動によって政権選択ができた。②一党独裁ではない、政権交代のある風土づくりや緊張感のある政治体制ができたこと。③政治の深刻な劣化に楔を打てるようになったこと。④中央集権、官僚主導という発展途上国型システムの打破、政治主導、地域主権体制の取り組みの始まり。⑤民主政治の基本である情報公開が進む。
 3つ目に、当面の課題として、①新政権内での結束・意志統一と抵抗勢力への対処。民主党自身のモザイク模様的な集合体の上に社民党、国民新党との連立であり、そのかじ取りは政権の安定性と直結する。また抵抗勢力に「官僚、野党、連合、財界、マスコミ」をあげていた。②マニフェストの具体的推進。③早期に政権交代の成果の「見える化」④小沢一郎の制御と、彼のパワーのフル活用。⑤危機管理の強化(小沢、鳩山の献金問題)⑥新人議員143人の教育、育成。⑦細川政権崩壊の学習効果の発揮。
 わずか30分ほどの提起であったが、かなり的確なものであると私は感じた。特に「当面の課題」で私が感じ入ったのは、抵抗勢力に「連合」をあげたことであった。企業内組合、労使協調路線をとる組合の多い「連合」加盟組合が、企業利益確保に共同の戦線を張る可能性は大いにあり得る。また、官公労などが官僚と結び付く可能性もあり得る。これは重大な指摘である。
 また、焦って墓穴を掘っては元も子もないが、早期に成果をあげ、強調することはプロパガンダだけでなく、国民に安心感を与えるという心理的な効果も大きいのではないか。
 そして、新人議員の教育・育成の課題は、「小泉チルドレン」の失敗例が対比された。全部が全部ではなかっただろうが「税金のムダ遣い」といわれないような議員=政治家になってもらいたいのは、所属党派に拘わらず、全ての議員に当てはまることである。 
(続く)

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2009年8月 8日 (土)

老兵たちのフォーラム8月例会・3

  続々・高齢者の独り暮らしと孤独死
 私は、丸一日部屋から出ないで、パソコンの前、新聞、読書などで過ごすことは珍しくない。出るときは、投函、コピー、スーパーで食糧買い出しくらい・・・。
 つまり疑似的、ミニミニ独居生活であるが、これは生活に目的があることと、さしあたって健康に心配がないこと、家族が近くにいることなどで、実際は「独居生活」でも何でもない。だが、それを実感として捉えようとすれば、それなりの「疑似独居生活」ではあるが体験はできる。
  それで、私が思う「独居(一人すまい)」を予防したいとするなら、こんなことを心得たらどうかと、6点ほど上げてみた。
1)家族、親類縁者との普段から良好な関係を築いておく。冠婚葬祭には欠かさず出る、それ相応の努力。子供らとは、できることなら同居し続けることが望ましい。
2)人との付き合いはもちろん趣味を持つなど、開放的なくらしを基本に、健康であること、早めの受診、病気の治療に臆さないこと。
3)社会的、文化的運動、趣味、同好など、グループまたは知人、友人との親しい付き合いを持つ。その中には、先輩、後輩、異性の付き合いもあるのではないか。逆に疎遠にしたい付き合いもあるにはある。
4)知的好奇心を失わない。読書、コンサート、展覧会、映画、探索、そして絵画、写真、文学などの創作活動、他。
5)心の解放(開放)は、知的好奇心にもつながるが、散歩、ハイキング、小旅行など、アウトライフによる体の面からのリフレッシュも必要ではないか。
6)日記・日録の継続的執筆、終末期の意思表明書、遺言書の定期的な書き換えなど。これをやると過去、現在、未来が何となく一つの線で結ばれる。
 では最後に、「独居老人」となったら、私の場合どうするか、今考えていることは、
1)生活習慣の乱れ(劣化)を防ぐことを心掛ける。自炊、部屋を掃除して小奇麗に、それなりのおしゃれして外出、気取らず、出入り自由な何かボランテアに参加する。結局これが健康管理の基本ではないかと思う。
2)子供らとは別に親族、親友などとの、なにがしかの定期的な連絡方法を考える。電子メール、FAX、葉書、旅の土産などの贈答。但し、電話はかけない。なぜか?
3)然るべき者(子どもか兄弟、姉妹)に「鍵」を預ける。「意思表明書」「遺言書」をわかるようにして書き置く。
4)知的好奇心を失わず、街に出る。ライフワークらしきものを持続させる。
5)「人生の仕上げ」に打ち込む(何がしたかった、今何がしたいか)。思い切った「身辺整理」を進める。(せめてこれだけは残したいものを厳選する、贈与しておく)。手始めは、運動関係資料と本、アルバムであろうか。
 さていつ、何から始めるか。明日から?明後日?来週?来月?多分何もしないだろう・・・。

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2009年8月 7日 (金)

老兵たちのフォーラム8月例会・2

  続・高齢者の独り暮らしと孤独死
 ところで、一人暮らしに至るケースを列挙すると、1)未婚者=「親兄弟と離別・疎遠、死別」⇒独居。2)既婚者=「 〃 」+「配偶者と死別」+「子供なしor子供と疎遠」⇒独居。3)離婚=「 〃 」+「配偶者と離婚」+「子供なしor子供と疎遠」⇒独居。4)その他・・・「 〃 」+配偶者が「長期遠隔地療養」「長期服役」+「子供なしor子供と疎遠」⇒独居。
  この4つの例は、夫婦、子供、親、兄弟、親類縁者を中心に考えた場合であり、未婚者には、籍に入っていない同居人や、親しい友人と同居していた場合もある。また、離別、疎遠を自ら求めるケースもあろうし、ホームレスの人の中には、あえて連絡絶っている人もいると聞く。借財、犯罪による逃避もあるが、これは論外のケースであろう。
  次に、孤独死のケースとして、1)病死(突然死、自然死を含む)2)餓死(自死を求めての餓死を除く)3)自殺(自死を求めての餓死を含む)4)事件・事故死(殺人、焼死、中毒死など)があげられる。
  では、国、自治体など社会的な政策は、どんなふうに考えたらいいか。各政党のマニフェストを見てみたいが、
1)種々の「ホーム」は、居住地域内で100%入居でき、民間施設の認可、補助もさらに試行、研究を進める。
・建て替え時期に来ている公営住宅の活用、廃校、閉鎖となった公共施設の利活用。
・年金の範囲内で入居できるホーム。(不十分だが、民間のものは既にある。東京で問題化)
2)2世帯、3世帯同居の支援と同時に、居住空間など、その在り方も欧米などから学ぶべきであろう。
3)独居者の登録制と定期的訪問活動を、行政(民生委員)と民間業者、ボランティア間の相互性の中で確立する。
4)自主的な地域コミュニティーを促し、住民同士の交流、分かち合いを進める。
 思いつきでいえば、こんなことが浮かんだ。
 だが実際は、社会保障制度に依存する前に多くの人は、自分の「身の処し方」をあれこれ考え、「ぽっくり死にたい」とか「老人ホーム」を夢想したりする。その心の裏で子供たちに看取られたいと思いながら。
 では私自身はどう考えたか。参加のメンバーの中では最も若くまだ60代半ばであれば、実際面からの発想は乏しいから、理屈(理念)で考えることが多いことを前提に、孤独死・終末について考えを述べた。 
(続く)

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2009年8月 5日 (水)

老兵たちのフォーラム8月例会・1

  高齢者の独り暮らしと孤独死
 この「老兵たちのフォーラム」のメンバーの多くが、自覚するとしないとに拘わらず「高齢者」の領域にいる。また、現在、一人暮らしでなくても、近い将来、そうした局面に遭遇する可能性を持っているから、このテーマは時宜を得たものといえるかもしれない。「おれはカミさんより先に逝くから、そんなこと考えていない」が、一番アブナイ?
  というわけで「高齢者の独り暮らしと孤独死」の議論に入っていくのであるが、今日の報告者Sさんは80歳を超えていた。そして、数十年にわたって公営の集合住宅に住み、お連れ合いを亡くして20年近く、独居生活に入って15年ほどになるという。さらに、町内会の役員を引き受けて長くなるから、「集合住宅での孤独死」の実例をいくつか見てきたのだという。
 その話を書き留めておくと、入浴中に死亡して3日後に発見された例では、レスキュー隊でないと収容が難しい事例(詳しくは書ききれない)であるとか、同じ3日後でも、隣室の女性に(異臭で)発見された例。たまたま孫との散歩の約束があって、朝になって息子に発見された例。その他の例では、最近顔を見せなくなったと酒屋さんの機転で早く発見された例もあるという。
 死後についても、無縁仏となって、名古屋市の「市民葬」で覚王山の墓地に葬られた例。身内がいないと、住民票をたどって上の娘に電話したら「親子の縁を切った」と迷惑がられたという例。幸いにも下の娘がお連れ合いに相談したところ、「何をいってんだ、早く行って来い」と、親の通夜に駆けつけた例など、実際の話だけに泣かされるし、身にしみる思いであった。
 ところで、名古屋市のデータの一部であるが、2009年4月1日現在、65歳以上の人口は、455,558人で、全人口2,249,315人に占める割合は20,3%であり、75歳以上後期高齢者数は200,281人で8,9%であるという。
 このような数字から何がわかる、何が言えるかは別の興味としてあるが、参加者からは、高齢者に対して、あるいは「独居老人」に対して、人間として必要な手当てが正当に受けられていない現状は、いい社会といえるだろうか、という意見もあれば、「孤独死は、自己責任だ、そこに至るまでを考えれば、不幸とはいえないかもしれん」という突き放した意見を述べる人もいた。また、「少なくとも戦前、戦中までは、孤独死はなかった。隣近所、声を掛け合っていた。いい意味での“お節介”が昨今なくなった」「子どもに迷惑をかけたくないというが、物分かりがよくなり過ぎている。もっとわがまま言っていい」という意見もあった。さらに「温かい家庭、それが却って“死に切れない”のではないか。憎しみも“どうせオレ一人”と開き直りができていいかもしれん」といいつつも、「やっぱり家族に看取られたいなあ」は、普遍的な気持ちかもしれない。 
(続く)

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2009年6月 5日 (金)

老兵たちのフォーラム6月例会・3

 アメリカ同時多発テロ「9・11の動機」(3)
 私のレジュメは、未完で不完全で、ほんの一部でしかない。そして論拠があるわけではないので、大方は、勝手な推測であり、質問・疑問という形をとっている。
1、アメリカは、なぜ攻撃されたか、を軸にして考える。
1)日米開戦「真珠湾攻撃」とアメリカ「同時多発テロ」の同質性を考える。
・米国首脳は、全部でなくても、「攻撃の前兆」を事前に把握していたことは、間違いなさそうだ。
・アメリカは、冷戦時代の終焉、新興国の台頭、世界経済の流動化(地球資源の争奪化)などから、アメリカを基軸とした新たな、世界秩序を模索していたのではないか。戦争を仕掛け、勝利することで地平が拓かれると。
・では自国の犠牲を払ってまで、攻撃を黙認し、戦争を始めたのはなぜか。「戦争の大義・正当性・国民の鼓舞」のためか。それだけではなさそうだ。
2)イスラム急進派と反米・反ユダヤについて考える。
・アルカイーダ・オサマ・ビンラディンをイスラム急進派として位置づけ、反米・反ユダヤ闘争として「9・11」が実行されたとするなら、私たちは「イスラム教」そのものと「イスラム原理主義」の実体をよく知ることから始める必要があるようだ。「急進派」との同一視を避けるために。
・反シオニズムは、シオニズムを背後で支えるキリスト教徒の国々すべてが対象で、アメリカのみならず、イギリス、フランス、スペインなどでも「テロ」が発生している。
・一方歴史的には、欧米各国のアラブ・アジア・アフリカへの侵略・植民地の歴史もあるのではないか。
3)アメリカ「帝国主義」の世界支配について考える。
・アメリカを「帝国主義国」と呼ぶのは、特定の左翼集団という見方もあるが、言葉の「帝国」がよくないだけではないのか。例えば、これも古い言い方であるが、「世界の宗主国たらんとする国」あるいは、「世界の警察官を自覚する国」最近では、「覇権主義のアメリカ」「一国主義のアメリカ」といわれることもある。
 西洋文明を悪しきものと考えるとき、現在的に考えれば、アメリカがその頂点にあり、それゆえアメリカが狙われたと考えられないか。
・アメリカは、世界経済の中心であり続けることに腐心してきた。世界から物資をかき集め、金融資本を集中させ、自国からは武器、農産物、電子部品・製品などを輸出して、自国の繁栄を維持してきた。
・してみると、貧しい中にあるイスラムの若者の目からは、アメリカはどのように映っていたのであろうか。
4)アメリカの国内統治について考える。
・ブッシュ大統領とアメリカ兵器産業の結びつきについては、ことあるごとに指摘されてきた。アメリカの歴代大統領の、産業界との結びつきは、その政権の政策を大きく左右させるようだが、事実はどうであろうか。
・世界に紛争、テロは絶えない。対社会主義国へのけん制など、アメリカ軍の海外派兵は、百万単位であろうか。とすると兵員の補充と訓練は欠かせない。武器と兵の実戦の場は、事欠くことはないが、徴兵は課題である。失業対策という一石二鳥とも言えるその場が必要であるという国内事情。1)の答えの一つにならないか。
5)国連の機能と実態について考える
 ・第2次世界大戦の経験に基づく、その後の世界秩序の中枢を期待され、一定の役割を果たした国連ではあるが、世界規模の戦争は抑止できても、常任理事国の「国内問題」とする紛争や、宗教や民族問題で起こる紛争、貧困問題が続く中での地域紛争に手を焼いている。国連の機能や力量に限界があるのではないか。「9・11」も、そんな中で起きたようにも思われる。
 ・(考え中)

2、攻撃したアルカイーダの側から考える。未完)
1)支配、抑圧の「帝国主義者」の中心アメリカの、その中枢をたたく。
2)欧州の英、仏、スペインなどではなく、なぜアメリカなのか
3)聖職者の指導、教唆より「急進主義」「聖戦」が優先している。
4)実はアメリカはスキだらけの国だった。
                         未完。

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2009年6月 4日 (木)

老兵たちのフォーラム6月例会・2

  アメリカ同時多発テロ「9・11の動機」(2)
  それでは、「アルカイダ-ISI・CIA-9・11」という流れがどんな根拠としてあるのか、Nさんの話によると、
Ⅵ、パキスタン側から9・11を見ると という項目から入って、1)パキスタン軍統合情報局が、タリバンを援助、している根拠は、2009年3月27日付「インターナショナル・ヘラルドトリビューン」紙によれば、米国政府高官の話として「・・・パ政府は、タリバンへの援助を止める約束にもかかわらず、ISIが直接援助し続けている」と報じた。しかもISIの中の秘密組織「SWing」が担当しているとのこと。
 次に、2)パキスタン軍統合情報局(ISI)とCIAの関係、について、「1979年のソ連軍のアフガニスタン侵攻に対するムジャヒリンの抵抗にCIAは多額の資金援助を与えたが、それは常にISIを通して行われた。ウサマ・ビンラディンも自分がワシントンに代わって果たしている役目を自覚していなかったといわれる。ところで、2001年9月4日、即ち、9・11事件の1週間前、ISIの局長ムハマド・アーマド将軍が米国に到着し、合衆国政府高官と打ち合わせをしたことが判明している。また、ハイジャックの主犯とされるムハマド・アタに、アーマド将軍の依頼によって莫大な資金が電信送金されている(FBIも認めている)」
 この「やらせ-謀略説」を思わせる論拠に対する疑問も数々あり、それへの反論もまた用意されているようだ。だが、事件全体から見た真相にはまだ距離がありそうだ。
 次に、Ⅶ、アメリカ側から9・11を見ると、「新しい真珠湾攻撃」という、事件の中核を示すような表現がなされている。「ブッシュ大統領は、9月11日に就寝する前に、日記に“今日は21世紀の真珠湾が起こった”と書いた。(CBSニュース)」これは、単なる類似性だけを言っているだけかもしれないが、その後もラムズフェルド国防長官がこれを多用していたともいう。また、「オーストラリアのジャーナリスト、ジョン・ピルジャーは、ブッシュ政権の上層部になる人々が、2000年に発表した、彼らが望む(世界の)変化は、『新しい真珠湾攻撃』でも起きない限りであろう、という予測(文献あり)を引用して次のように書いた。」「9月11日の攻撃は、その新しい真珠湾を提供した」と。
 ちなみに、戦略文書「アメリカ国防の再建」には、次のように書かれているという。「『米軍再編と軍事費増大の』プロセスは、新しい真珠湾のような破局的で触媒的な出来事でもない限りは、ゆっくりしたものになるだろう」と。
 それは、例示するには「真珠湾」を引用するのが分かりやすいからで、何らかの想定を前提にしているわけではないと私は思う。国家的謀略となれば、そのようなヘマはしないだろう、そう思う。しかし、9・11と結びつかないとしても、アメリカが新たな「世界秩序」を求め、その中心に自身が居座る方策を検討していたであろうことは想像できる。
 果たして、9・11事件の動機、事件の背景には何があったのか、その真相は、日本軍の「真珠湾奇襲攻撃」の真相が50年たって明らかになったように、また「ケネディ大統領暗殺事件」が、いまだ解明されていないように、この9・11も50年、100年たたないと判明しないのではないか、これが、参加者が合点したものの唯一であった。次回は、私のレジュメを紹介する。 
(続く)

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2009年6月 3日 (水)

老兵たちのフォーラム6月例会・1

  アメリカ同時多発テロ「9・11の動機」
 このテーマは、2001年9月11日に発生した、いわゆるアメリカでの「同時多発テロ」について、1、なぜ、アメリカは攻撃されたのか。2、攻撃した理由は何か、という背景・視点から考えてみようというものである。ただ資料は膨大にあっても、その情報の真偽は定かでないので、私のレジュメの場合、質問項目程度の域を出ることができなかった。
  「誰が実行犯で、背後で操ったのは誰か」「ツインビル(WTC)とそれ以外の航空機の謎」「ビル崩壊の謎」「アメリカ政府は事前に知っていてやらせたのか」という疑惑など、多くは報告者の話に期待した。
 報告者のNさんは、全体の4分の3を同時多発テロの背景、とりわけ歴史的流れから、Ⅰ、イスラムの歴史的・文化的・社会的背景から入って、1)中東に生まれた神教<ユダヤ教><キリスト教><イスラム教>から掘り起こした。そして2)いわゆるイスラム原理主義、についての理解を求めた。「ジハード(聖戦)理論」にも触れた。3)イスラムとその世界、というところでは、十字軍の遠征の性格・行為、オスマントルコの支配、第2次大戦後のイスラエルの建国など。
 Ⅱ、ソ連・アフガン戦争とアルカイダの創設、というところでは、ここが全体から見ると大きなポイントのようで、9・11事件の背景を語る原点のようであった。つまりソ連軍の侵攻が、世界のイスラム戦士を「聖戦」に駆り立てたというのだ。これを契機にイスラム戦士は、中東・アフリカ・チェチェン・新疆ウイグル・ボスニア・インドネシアなどで新たな闘いに参加し、その帰結が9・11であったかもしれない、という説である。
  更にNさんの話は、CIAとISI(パキスタン軍統合情報局)の結びつきとその役割について語り、そうした中で「ウサマ・ビンラディン」の登場、アルカイダ誕生、タリバンについてもその背景を語った。こうして「9・11」の役者がそろってくるのである。
  なお、ここで注釈として説明されたのが、1994年12月、「アルジェで“武装イスラム集団”による、エール・フランス機にハイジャックと、エッフェル塔攻撃計画」が明らかにされていたことで、アメリカのCIA、首脳はこの事実を知らないわけはなく、当然、アルカイダの動きとして、2001年の「9・11」が想定され、警戒されたはずだ、ということで事件の「自作自演」「やらせ」などの謀略説が出てくるというわけである。
  これだけでは到底真実には到達できないが、謀略説は脇に置くとしても、アルカイダ-ISI・CIA-9・11という、一つの道筋ができたようだ。
  こうしてみると、Ⅲ、アフガニスタン、という国の民族的、地理的、政治的位置の理解が必要になってくる。また、パキスタンとの関係や、多数派の「パシュトゥーン族」の生い立ちを見ないと、「タリバン」も見えてこないというのである。(深入りすると混乱しそうであるが)
  もう一つ視点を変えて、Ⅳ、パレスチナ問題-イスラエルの建国-反シオニズム、Ⅴ、サウジアラビア-中東の石油資源-アメリカの石油資本、から見ていくと、「狙われたアメリカ」が見えてきそうである。Ⅴ、サウジアラビアの項は省略。
  大雑把にいえば、ここまで「9・11」の前史にあたる。この後、Ⅵ、パキスタン側から9・11を見ると。Ⅶ、アメリカ側から9・11を見ると、という展開で事件そのものに迫っていくのである。     
(続く)

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2009年5月15日 (金)

老兵たちのフォーラム5月例会・3

 質疑討論から
 
参加者からは、提起に対するコメントだけではなく、いくつかの意見、提起などが出された。その発言メモを基に私が私流にアレンジしてまとめてみた。従って、以下の文章は発言内容の記録ではないことを断わっておく。
1、将来に対して希望を持つか持たないか
 とりわけ若い人が、将来に希望を持って努力していこうという層と、努力しないでも何とか生きていければいい、地位も名誉もいらない、という層に2極化しているのではないか。(ここに格差の成因をみる) 
 なぜこうなってしまったのか。考えられる一つは、職場・仕事の関係で人間関係が希薄になった、それはあまりに行き過ぎた「成果主義」にあるのではないか。もう一つは、労働関係法など「規制緩和」によって、労働が生活の糧ではあるが、同時に労働そのものへの畏敬はおろか、苦痛や生存そのものへの脅威と化したのではないか。
 少年期、青年期に描いた夢(目標)を持った人と、何かのきっかけで目標をなくし、あるいは夢を断たれて活力を低下させてしまった人たち、その分断された現実の根は深いといわねばならない。

2、格差のあるのが世の常
 生まれ育った時から、「金持ちの家の子は金持ち、貧乏人の家の子は貧乏人」それが当たり前だった。その格差をバネにして苦学もし、努力もした。
 現在の資本主義社会では、なんにしても「差」出るし、それを求めて競い合っている。その仕組みを変えること、教育の在り方も考えないと、総体として「格差社会」はなくならない。
 努力しても報われない、努力もしない人も同じ、そんな風潮の中でのセーフティネットは必要か、考えさせられる。

3、格差社会とは「封建制度」そのものだ
 企業というものは、(発言者の時代では)封建制度の残る社会であった。あたかもピラミッドの体を成し、人事昇格制度があった。経営の世襲制すらあった。
 こんなことではだめだと思って労働組合を動かした。「働くばっかではいかん、人生を楽しむことも大事だ、だから、最初は隔週だったが、週休2日制を産業界で最初に実現した」「春闘については、いろいろいわれるが、統一要求で業績の悪いところも賃金を引き上げるという面もあった」「働く者の、国別格差もなくさにゃいかん、そう提言している」
 とにかく、世襲制はだめだ。

4、日本には日本らしい制度、生き方がある
 人間、生まれながらにして能力差はある。それ自体は否定しようもない。それが「格差」として出てくるとき、この社会はどんな制度で「格差」の存在を規定しているか。
 日本の年金制度を見るとき、そこに「差」があるのは確かだが、上限があってその「差」は少ないのではないか。(むしろ問題なのは、保険期間未達の無年金者、国民年金だけの人の低額年金者)
 全員加入が原則の健康保険と国民年金制度が、日本のセイフティーネットであり、誇れる制度である。こんにち問題なのは、戦後の日本社会があまりに「アメリカナイズ」された、その在りようではないか。
 「分かち合う」「思いやり」は日本人が持っていたスピリットだった。とりわけ若い人たちには、そうしたものが希薄になった、失われたことは「格差社会」を考えるとき、大きいように思われる。
 率直にいえば、若い世代に、分かち合うこと、人への思いやりを「自覚せよ」といっても、それ自体がどういうことかわからないのではないか。そういう社会で生きてきた、育ってきたのではないだろうか。
 教育の問題というけれども、教育する教師を教育しなくちゃならない。こんにちの状況の中で、どのように問題意識を持たせるか、ということだろう。

5、提起に同感する部分
 「格差のない社会とは」で、①戦争、紛争のない「平和」な社会。②上下の圧縮と中間層の拡大及びセーフティーネット。③教育と職業訓練の機会。④教育費、医療費、高齢者・障害者の医療・介護、これらの無料化 。これに同感する。
 「社会民主主義」というくくり方をしたが、その具体的展開を期待したい。
 「格差のない社会とは、分かち合う社会である」は、その通りだと思う。それをさらに深めて「分かち合う」というイメージと社会的な制度・政策を練り上げることを期待する。 了

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2009年5月14日 (木)

老兵たちのフォーラム5月例会・2

3、現在の格差問題
 いろいろ言われる現在の「格差問題」をざっと拾い上げてみよう。
1)新自由主義経済(市場原理主義)の行き詰まり・破たん
 アメリカのサブプライムローンを発端とする経済危機は、なお進行中である。その経済的メカニズムはさておき、実体経済が金融経済に蹂躙された結果であり、それを許したのは、新自由主義経済(市場原理主義)である。その結果、経済のグローバリーゼーションの行き詰まり・破たんとなったといえるのではないか。
 この新自由主義経済は、市場原理主義の経済思想に基づく、小さな政府推進、均衡財政・福祉・および公共サービスの縮小、公営事業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などをパッケージとした経済政策の体系といわれる。
 弱肉強食を当然視し、競争志向を最高のモラルとする市場原理主義経済かつ合理主義の経済人がこの社会を主導し、今日の結果をもたらした一面を見逃してはならない。「格差」を大きくした以上、市場経済に寄らない方法でその回復を図る義務がある。できないのなら退場すべきであろう。(自民党政権の退場、社会民主主義への政権交代)
2)中間層の崩壊
 現実的にみて、「貧富の差」は存在し続けるであろうことを前提に考えると、現在の「格差問題」は、一言でいえば「中間層の崩壊」といえるのではないか。つまり中間層の総体的低下に加え、上位の中位化、中位の下位下、下位の貧困化であり、極貧層の死活問題化への変化である。
 そしてそれらが、「年越し派遣村」という「可視化」によって、社会的に強く意識されたことが、こんにちの「格差問題」をより明確にした。
3)医療・介護・年金問題で不安が増幅された
 格差は貧富の差でもあるが、より一層格差を意識するのは、「病気に罹っても医者にかかれない」「介護サービスが低下して家族の負担と費用負担が増加」「年金水準が低下(増税)した。将来の受給に不安」というような状況によるところが大きいと思われる。ここには、失業と共に、操短等で所得が低下していることに加え、「預貯金の目減り」と「ローン」の負担が、心理的に圧迫している面もあろう。
4)社会的セーフティーネットの不備が露見
 一般に中間層は「老後」になっても、「健康保険」「年金」「貯蓄」の3本柱で生活の安定、維持が図られると考えてきた。また、憲法25条でいう「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」に基づいて「生活保護制度(法)」があることは知っているが、その世話にはなりたくないと考えるのも、この中間層の特徴ではないだろうか。
 ところで、派遣切り、雇い止め、リストラ解雇、傷病による解雇などによって「生活保護制度」に依拠せざるを得ない人たちが急増したが、自治体が受け入れを拒否(回避)するケースが続出している。国との共同分担ではあるが、財政負担に耐えられないからである。これらのケースについては、「派遣村」や「労働電話相談」の実例から明らかになっている。
 また、生活保護が受けられたとしても、先に紹介した31歳単身世帯の場合の「月額合計 137,400円」では、多くの場合、半分程度が住居費に割かれ、1日の食費を2000円程度にしても、手元に1万~2万円程度しか残らないという。これをもって「文化的な最低限度の生活」といえるかどうか。
 また、派遣会社、零細企業に多いとされる無保険者(健康保険、雇用保険など)を救済する制度はない。つまり社会的なセーフネットのほころびが明らかになってきたといえる。

4、「格差社会をなくす」処方箋はあるか
1)格差の実感
 結局「格差」というのは、どう実感するかというもので、「均一平等」がその対極ではない。また、実感というのは「幅」に規定されるのではないだろうか。例えば、人によっては住いが、一戸建て住宅とマンションとでは、格差を感じないかもしれないが、持家と借家では、若干の「差」を感じるかもしれない。
 公務員と民間のサラリーマンとでは、それほど格差があると思わないだろうが、大企業と零細企業への就業とでは「差」を感じるかもしれない。定職者と失業者の場合、失業者の側が「差」を感じるかもしれない。
 結局これらは、「収入の差=物質的な差」といえるのではないか。だが仮に「質素」を旨として生きるならば、この「差」は、「格差」とは言わないだろうし、思わないだろう。つまり実感しないということでもある。
2)格差のない社会とは
①戦争、紛争のない「平和」な社会
 ひとたび戦争となれば、弱者は捨て置かれ、犠牲を強いられ、外国人は排斥されることもある。増税によって中間層は崩壊し、権力者と権力に庇護される層とそうでない層の対立、格差が生じる。戦争、紛争のない「平和」な社会であってこそ、格差のない社会への道である。アメリカは度重なる戦争で、格差社会となった。
②上下の圧縮と中間層の拡大及びセーフティーネット
 貧富の差が3段階あるとして、「格差をなくす」方策の一つは、上下幅の圧縮且つ中間層の拡大をもってすれば、全体として格差社会の解消とまで言えなくても、「格差の少ない社会」といえるだろう。
 ということは、富裕層には形のない上限を設けること、即ち所得税、相続税、贈与税については上ほど高い累進課税とする。固定資産税は、一律課税から一定以下は無税にする方法が考えられる。
 中間層の拡大とは、もっぱら下位の層、貧困層のボトムアップである。
 富裕層と中間層上位から吸収した財源により、社会的セーフティーネットを確立させる。
③教育と職業訓練の機会
 貧富に関係なく、教育を受ける機会の保障、雇用機会の均等、老若男女に関係なく職業訓練を受ける機会の保障、これらは、社会にとって有効な科学技術の発展を促し、失業者をなくし、社会復帰を容易にするだろう。失業者ゼロが「格差のない社会」のベースである。
④教育費、医療費、高齢者・障害者の医療・介護、これらの無料化は、セーフティーネットの基盤でもある。
3)職業観・処遇の見直しを
 職業に貴賎はないというが、現実は、差別化さえ進んでいる。「3K職場」は外国人、第1次産業への就業
者の減少。製造業から通信・情報などのIT産業、放送・制作業界、観光・旅行会社への志向など。
 この先の地球の温暖化、気候変動など、環境問題や人口の増加問題、資源の枯渇などを考えると、日本一
国では解決できない問題と、国内問題として取り上げねばならない問題とがある。
 国内的には、農林水産業を再建して、食料自給率の問題から農業と水産業の再建は避けて通れない。木材資源の確保、洪水対策の上からも国内林業の自立支援は欠かせない。医療、福祉、介護事業従事者の増員は、緊急課題でもある。
 これらが及ばない現実と制度、政策的に渋滞しているのは、これまでの差別的な職業観と処遇に問題がある。同時に、財界寄りの経済政策重点の、政策的後進性にあると考えられる。ある意味では、もっと研究されるべきであろう「社会民主主義」の到来が待望される時代といえるかもしれない。

最後に
 格差社会をなくしていこうということは、実体としての富の分配のあり方を見直し、再分配による公平性・平等性を求めるということでもあるから、制度・政策面から考えることができる。本稿では、それを「社会民主主義」と規定してみたが、イコール社会民主党の政策というわけでもない。考察の余地は十分にあり、というところである。(第3の社会制度論)
 一方、精神的な面からいえば、物質的豊かさを求めての「上昇志向」を一概にNOとはいえないが、物事には際限があること、ほどほどにという抑制された修養(くらし)も必要な時代に入りつつあるといえるのではないだろうか。
 イスラムの「喜捨」ほどでもないにしろ、いろんな意味での「分かち合う」ことなしに地球の、そして人間の未来はないのではないか。
 格差のない社会とは、分かち合う社会である、にたどり着いたが、いかがであろうか。了。 
(続く)

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2009年5月 1日 (金)

メーデーに参加

  9年ぶりかな
  青空のもと、名古屋白川公園には2000人か3000人かの参加を得て第80回メーデーが開かれた。このメーデーは愛労連系の組合などで組織された実行委員会が主催のようであったが、名古屋ふれあいユニオンや管理職ユニオン東海といった、愛労連系ではない組合も参加していた。
  私にとっては9年ぶりのメーデー集会への参加であった。参加といっても所属なしだから、むしろ「ATUサポート市民の会」として、ニュースの“取材”という立場に近かったが。
  9年前の、2000年のメーデーは、会場が名城公園であった。その日私たちのグループは、愛知万博に反対する第2次県民署名に取り組んでいて、ちょうど中間的な時期だったので、署名活動への参加の訴えと署名数の中間発表を兼ねての登壇だった。記録によれば、透明なビニール傘6本に「170、337」の数字(署名集約数)を入れて、壇上から一斉にかざしたとある。
  今日の白川メーデーでは、発言者の冒頭に、この間「派遣切り」「派遣村」などで中心的に活動してきた藤井さんが紹介された。また、ふれあいユニオンの運営委員長の酒井さんも壇上に並ぶ一人であった。そうしたやや領域を広げて多くの人とつながっていくことはいいことであるが、現場サイドでは極めて部分的であることは確かだ。
  私にとっては、どちらかといえば縁の薄いこのメーデーではあるが、この日、国労関係では知人は多い中、昔の職場の同期と40年振りかに顔を合わせるなどの奇遇もあった。少し前に、ひょんなことで名前を聞き、もしかしたら同期のあれかな?と思っていたのだが、やはりそうだった。
  デモ行進は3方向に分かれての出発だったが、私は若宮大通りから、矢場町、大津通り、栄までのコースに参加したが、パルコ前で列から離れた。

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2009年4月28日 (火)

河村新市長をしばし追い続ける

 名古屋市政(市井)の記・01
 「ちょっとした織田信長気分だな」「ワシより給料の多い人は、しっかりやってもらわないかんわな」「10%減税は約束だで、ぜってぃあやるでよー」か。
 ま、何を言っても構わん立場に立った河村新市長であるからして、6月議会で誰を副将にしてどこから攻めていくのか、しばし見ることにしよう。
 「自分から辞めることはせん」とか「年収500万円以下の庶民職員には手をつけん」というのはいいことだ。とにかく、全軍を率いる大将には、「大胆かつ細心」の肝っ玉と、「駿馬、暁を走る」機動性が必要である。つまり、「真田十勇士」のごとく、副市長をはじめ「ブレーン」を集め、十二分に働いてもらう体制づくりと、いつでも、16区どこへでも馳せ参じることのできる身軽さを身につけておくことが、「庶民革命」の基本スタイルであろうと期待する。
 かのオバマ米大統領も、与野党を問わず議員の利権、特権、既得権の「守旧派」の大きな壁に行く手を阻まれているという。こちらでは「河村対全議員」と自民党の古参議員が言ったという。さすがに状況を理解するが早い。
 歴史物の大河小説は面白い。それは結果が分かっているからということもあるが、知られざる一面に光が当てられる新鮮さもあるからだろう。
 河村の名古屋市政は、未来に向けてのドラマであるから、結果は未知数、敵が多いからハラハラドキドキ場面の連続かもしれないが、それが「河村劇場」というなら、それなりに楽しませてもらうが、小泉劇場の二の舞はお断りである。ならば、こちらにも、なにがしかの向き合い方が必要であるから、河村新市長の動向を見ながら、マニフェストを時々めくりながら、勝手連のみなさんの動きもみて、時々は「市政(市井)の記」を書いて行こうと思う。

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2009年4月27日 (月)

名古屋市長選挙を考える・23

河村は、ロデオのどちらか?
 河村たかし候補の当選には、勝てば勝ったで“心配の種”が芽を吹き始めるもののようだ。
 それは後ほどにしてまず、結果に対する私の感想は、高いといっても50、54%であるが、この高投票率が良かった。都会であれ、農山村であれ有権者は、投票にはぜひとも参加してほしいと常々考えているからだ。
 次に、河村の得票数が、有効投票総数の58,57%で、過半数を超えた意味は大きい。この数字は議会において、市側提案の議案が可決か否決かのせめぎ合いの時に、市長側の“大義名分”が心理的にも働くのではないかという気がするからだ。
 また、河村の勝因に「知名度」を挙げることにやぶさかではないが、河村の政策にも期待する有権者の声が多かったという分析も評価できる。「10%減税」は、象徴的に語られようが、全体として“何かが変わりそうだ、変わってほしい”という有権者の声の反映であろう。そのように市民が意思表示することは意義深いことだと思う。その意味でいえば投票率は、60%後半(3分の2以上)を得たいものだが。
  さらに、民主党の中では、杉山市議の造反などいろいろあったが、結果として、民主党支持者の90%が河村に投票したとの分析にも安堵するものがある。次の衆院選挙を考えるとき、これは大きな意味を持つ。前回の衆院選挙で名古屋市内の小選挙区5区のうち第5区(赤松広隆)を落としたが、全勝の道が開けたということであろう。(分析は、NHKの出口調査を参考にした)
  さて今回の選挙で名古屋市民は、向こう4年間の市政のかじ取りを河村に任せることになったが、河村の大胆な公約が、議会で混乱することなく実際に進むであろうかと固唾をのむ場面もあるかもしれない。
  市長の報酬や退職金については、市長自らのことだから勝手にやればいい、という考えもあろうが、議員報酬などや定数の10%削減、議員年金の廃止つながる「導入口」と警戒心が働けば、与野党を問わず議論はるつぼ化するかもしれない。あたかも「ロデオ」のごとくである。もっともこの場合、議会(議員)と河村市長、どちらがカウボーイでどちらが荒れ馬(牛)だかは、見極めないといけないが・・・。
  また、例えば中学区単位の「地域委員会」構想について、仮に議案が可決されたとして現場に持ち込まれた時、市の窓口と地域住民との間、また住民と住民との間でうまくいくかどうか、“やってみなければわからない”といわれればそうに違いないが、慣れないことをするときは、失敗はつきものであるから、やろうとすることの目的と仕組みがよくわかるようにして、そのコーディネーターを育成配置する道筋をつける必要があろう。
 選挙では、有権者に分かりやすく伝えるために、政策の詳細となるプロセスや成果予想は、語られることは少ない。また「あなたも市政の参加者になるんですよ」と言われたとしても、多くは実感をもたない。候補者が言ったことと、新市長の、その結果だけを問うのが一般市民であろう。
  そこで既に河村勝手連のMLで、河村市政を支えていかねばならない、という意見が登場しているが、その担い手となる方向性を、新たな別組織で立ち上げる構想も出てこよう。後房雄氏主導の「市民フォーラム21」がその中核になるかもしれないが、その動きも注目していきたい。
  この先、地方自治、市民自治、地域自治という「自治」というキーワードが、身近なところで語られるようになるかもしれないが、私が見るところ、もう一方で政党政治のもと、政党、政治団体というかたまり(塊)、宗教的集団主義、利権・特権・既得権への執着が、大きな壁となって立ちはだかるかもしれない。
  実は、私が言うところの「無党派市民」が闊歩できる環境ができてくるかも知れいとそう思う一方で、そういうところへの参画には、十分も不十分も、何も用意しているわけではない、というのが正直なところである。 
(続く、かもしれない)

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2009年4月26日 (日)

名古屋市長選挙を考える・22

 河村たかしの当選、いいも悪いも市民の選択
 名古屋市長選挙について考え、書いてきた。その一部はミニコミ誌に掲載したりもした。だが、私の名古屋市長選挙は、今日の投票日で終わりではない。選挙結果を見ながら、まだ少し書き留めておきたいことがある気がするので、自分なりの“まとめ”をして終えたいと思う。
 昨日の新聞報道で杉山市議が民主党を離党したことを知った。やや遅きに失した感があるが、筋を通した点は評価しておこう。今後の対応についても、新市長のもとでの初市議会では、どんな“一人会派”を作るのか、または同じような境遇の則武議員と合流するのかしないのか、自宅兼事務所に飾られた民主党各級議員の看板はそのままなのか、外すのか見守ることにしよう。
 なお、杉山は「造反ではない、一石を投じただけ」と、この「造反」という言葉にこだわっているようである。この造反という言葉の出自は、ウィキペディアによれば、「造反有理(ぞうはんゆうり)とは、『謀反にこそ正しい道理がある』を意味する中国語。『革命無罪』と並び中華人民共和国の文化大革命で紅衛兵が掲げたスローガン。」とあるから、そのまま使うことを憚る心境はわからないではない。彼は1970年前後の大学闘争のかけらも接してはいない世代と思われるから、常用語にはなっていないのであろう。
 私は1970年の年賀状で「造反有理」-安保フンサイへ、人間の渦巻きを-を使っていたが、今見ると歯が浮くような感じがしないでもない。
 それはともかく「一石を投じた」だけでは、行動説明には不十分である。別の表現を用意してもらいたいと思う。私は、午前10時に投票を済ませた。
   (ここまで午前11時45分現
在の記)
 一昨日、東京のある人から、こんなメールを頂戴した。
 「先ほど簡単な御挨拶の文を出してから、リンクスや雑談の櫂などざっと読みました。あなたのそれを見て発信する立ち位置が、とてもユニークでいいと思いました。河村たかしさんや、坂喜代子さんのことなどなど。政治を身近でこうした視点で見る人はほとんどいないし、また、居たとしても発信していないのではないかと思います。いつも全部は読んでいませんが、どうぞ、御健闘を!」
 年中忙しく、国内だけでなく海外へも出かけている中で、時折りこうしたメールを寄せてくれることに、随分励まされる。
 それはそれとして、今回の市長選挙に関連して、私は河村たかし候補にこのブログに書いた内容の意見をメールで送った。それが読まれて、どんなふうに伝わったかはわからないが、何か響くものがあると受け止められれば、ひょっとして返信メールが来るかもしれない。来ても来なくてもいいのだが、概して一般的には、いちいちメールに応答することは少ない。それを考えると、私自身は、受けたメールに一言でも答えることをなんとか習慣化したいものだと思うのだが、一方で手紙やはがきに較べ、素っ気なさが継続させない理由かもしれない、そんな気もする。まして「論争」ともなれば。文書化はそれなりに意味があるに違いない。
 さて投票率はいかほどであろうか。中日新聞によれば「名古屋市選挙管理委員会によると、午後3時現在の投票率は29・66%。期日前投票者数は11万7727人で前回の約3倍だった。」という。
  (午後3時30分現在の記)
 
NHKの出口調査で河村たかしの当選が見えたので、チャンネルを切り替えた後すぐ、家族が河村に「当確」が出たと部屋に飛び込んできた。この時間で「当確」が出たということは少なくとも接戦ではなかったな、そんな印象をもって、テレビシアターに見入った今晩であった。了。
(午後9時10分現在の記)

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2009年4月22日 (水)

民主党・杉山市議の造反・3

無所属・市民派への勧め
 市長選後の杉山議員の進むべき道は、党の処分にもよるが、「徐名」でなければ、そのまま民主党市議団にとどまり、「内部からの変革」をめざす道がある。但し、党・会派の役職からは外されよう。だが河村市長であれば、ことごとく民主党市議団内で衝突せざるを得ない。議案に反対票を入れることもあり、その都度「処分」問題が浮上し、やがて「徐名」か「離党」かの選択を迫られることになる。
 細川市長となった場合、野党にいながら与党と同調することになる。(地方議会に野党も与党もないと意見があるが、ここでは「オール与党の弊害」の立場からこう表現する)そのことがどういうことであるかはいうまでもない。「離党勧告」の乱発という醜態を見せることになる。民主党にとってダメージは小さくないだろう。
 こうしてみると、選挙前ならいざ知らず、選挙戦に入って尚細川の応援演説をして、細川への投票を訴えたとなれば、民主党所属議員であり続ける理由がどこにあるのか。本人は「信念に基づく行動」と割り切れるかもしれないが、市民には非常に分かりづらい。いや、不信感を募らせることもありうる。
 政治家にはけじめが必要、ということも忘れてはならない。新市長が河村であれ、細川であれ、杉山は民主党を離党して「無所属」となるべきだろう。細川への共感の一つに「無所属」ということも言っているのであるから、想定外ではないだろう。
 そうしてしがらみのない自由な身になって、議会改革はもとより、よりよい行政のために粉骨砕身頑張る道を勧めたい。それには、自らの「マニフェスト」を作り、全市民の前に明らかにすべきであろう。そうすれば、連合愛知や市交通労組の支援をあてにすることなく「無所属市民派」として、険しくも政治家としての王道、市民による市民のための市政・地方自治の道が開けるはずだ。
 現名古屋市議会の構成は、民主27、自民23、公明14、共産8、一人会派が3となっている。河村、細川どちらにしても安定与党ではないから、無所属(一人会派)でも、キャスティングボートを握る局面もあるかもしれない。議会、委員会で質問する機会、時間に制限を受けるだろうが、気にすることはい。政治は議会だけではない、街に出でよ、巷の声を聞け!でやれるであろう。
 このようになるかどうかはわからないが、それを見極めてから、杉山の再評価をしてみたい。了
(名古屋市長選挙を考える・21)

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2009年4月21日 (火)

民主党・杉山市議の造反・2

  健全性と集中性の選択
 さて、杉山議員は緑区選出ということで、「C&Lリンクス愛知」をお読みいただいていることもあり、今回の問題では、多少のやり取りをメールでした。彼の言い分はブログの内容そのものであったが、私は以下の見解をメールした。
  杉山さま。
 メールで議論をしても生産的ではありませんから、ほどほどにしておきますが、言われることの道筋はわかりますが、状況説明としてはわかりづらいというのが感想です。
 指摘されている河村の「陰」「負」「危険性」については、私も警戒心を解いていません。ですから応援も限定的になっています。
 河村の政策に対する私の見解には開きがあって、アンケート(公開質問状)の回答例にもそれを示しました。逆に細川、太田の政策については、細部の検討はしていません。
 それは「大局的にみて」「消去法から」河村にやらせてみるのも一策という流れからです。
 大局的というのは、「政権交代-民主党内閣」を想定する以上、その政策は中央と地方が連携して推進することで成果が出るのであり、中央は民主、地方は自民党という逆転現象が頻発すれば、全体として政策はとん挫しかねません。現実的には、それは避けられないでしょうが、可能なら、中央-地方は共同で進むことがいいと私は考えるのです。
 もっとも、地方分権、地方自治というもう一つの民主政治の在り方もあります。それは反中央集権という意味からも重要なポイントです。しかし、それには一定の政権担当能力と実績を踏まえる必要があり、民主党政権が実現したとして、地方から反乱の火の手が上がるようでは、政権基盤は確立されず、早晩、自民党に奪還されることになりかねません。
 私の本音は、民主党政権誕生の政権交代を強く望んでいるというものではありませんが、何より、自民党政権の行き詰まりは明白であり、よりましな政権のための政権交代もあり、という認識です。
 河村の政策や姿勢、思想性に問題ありとしても、細川当選、それで2期~3期の間、自民党サイドの市政が続くことがいいとは到底思えません。細川個人の思い(市政観)は、それほど実現するとは思えません。「保守」の基盤(大企業優先、地域支配=非民主的)そのものは、かなり強固ではないですか?
 ベストでもベターでもない候補者ばかりで、名古屋市民にとっていい選択ができないのは残念の極みですが、あえて推すとすれば、つまり「消去法」で河村に行き着来ました。私の周辺で「非政治的」な人ほどそう感じているように思われます。細川の民主党と接点の経過は、関係者から少しだけ聞きました。(4月17日)

 確かに私にも迷いがあった。この市長選挙を「松原市政」そのものの評価から始めることなく、「自民党支配の市政からの脱却」「オール与党の弊害」「政権交代の前哨戦」という位置付けが強いのも確かであった。大げさにいえば、「毒には毒をもって制する」みたいな思いもないではない。あるいは、杉山が河村を評価する言葉を私流にいいかえれば、例えば「悪魔に魂を売る」結果になるかもしれない。にもかかわらずあえて「河村にやらせたらいい」と結論付けたのは、結局「自民党支配・・・」「オール与党・・・」「政権交代・・・」の局面打開を求めたからに他ならない。
 河村勝手連の日々の行動がメーリングリストを通じて入ってくる。知事選・石田勝手連のメンバーがかなり参加しているようであるが多くはないようである。全県下と名古屋市との差があるのだからそれはやむを得ないだろう。「勝手連」だけの動きだから、そこには、民主党も組合関係(連合愛知)も出てこないのは当然かもしれないが、全く動いていないのではないかとも推測してしまう。
 そうした、民主党の県議も市議も連合愛知も動かないとして、仮に河村が当選したとしたら、杉山はどう受け止めるのであろうか。民主党の選択が間違っていたとしても、市民が選んだとしたら「選んだ市民は愚か」というのであろうか。
 私は、杉山議員の「健全性」には共感を寄せるが、大局的な政治判断に向き合う「信念」の狭隘性を感じないわけにはいかない。いわば状況における「集中性」の感性である。
  「党員」という組織員は、否応なく組織の決定下に身を置く定めにある。組織の決定に不服であるなら保留はあるが反対党への参加はあり得ない。離党すべきである。
 党として重大な活動である選挙であるなら、当座はそれに向き合うほかないだろう。連合愛知は別組織だから引き合いに出す対象ではない。納得できないのであれば、選挙が終ってから、改めて議論を始めればいいと思うのだが、党内事情はそれを許さないのか。(勝てば官軍ということもあるが)
 さて杉山議員よ、選挙結果は26日に判明する。当選者が河村であれ、細川であれ、あなたは新たな決断をしなければならない。それについて私も少し考えてみたいことがある。
<名古屋市長選挙を考える・20>(続く)

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2009年4月20日 (月)

民主党・杉山市議の造反・1

 杉山議員の言い分
 名古屋市長選挙の最中、民主党名古屋市議団・緑区選出の杉山等議員の細川候補支持・応援で、「処分問題」が明らかになった。処分の行方については不明だが、杉山自身が言うように「一石を投じた」ことは確かだ。
 まず、「細川支持にまわった理由」について、彼の言い分を見てみよう。(HP・ブログから)
 ・・・わたしは現在、離党勧告を受けようとしています。非常に残念で仕方がありません。民主党の河村たかし擁立の選択は間違っていると断言できます。
 名古屋市長選挙の候補者擁立にかかわる民主党本部、民主党県連の判断について、地方組織で決定した市長候補者を認めずに中央集権的に河村氏の推薦決定を行ったことは「地方分権」を実現するため、政権奪取に向けて党を支える一党員として納得できません。(以下要約)
1 名古屋市議団及び愛知県連の擁立候補として決定した伊藤邦彦氏が推薦に至らなかったこと。
2 連合愛知・産別組織が「自主投票」となり、組織分裂につながる混乱を与えたこと。
3 市議団政審会、県連政策調査会などで構成された「政策パネル」での協議の結果および、マニフェスト検証委員会においても合意がされなかったこと。
4 愛知県連幹事会(3月20日)で推薦決定する条件とした10%市民税減税、ボランティア議会などについて公言はしないとする約束、政策合意ができなかった場合「推薦を取り消す」伴野代表の約束が守られていないこと。
 こうした経過を踏まえて、仮に河村市長が誕生した場合、政策の合意がされていないマニフェストを確認したうえで議会の中で河村氏の議案提案に対して、民主党市議団は反対できないと考えます。反対することは、市民にとっても矛盾がそこで生じます。
 政策が間違っているから政策合意ができなかったにもかかわらず、支援した民主党市議団はどう責任をとるのでしょうか?議会が混乱することは火を見るより明らかです。
 議会が混乱すればするほどに民主党の対応が問われることになります。このことが、衆議院選挙に悪影響を及ぼし結果として政権交代につながらないことになれば大変なことです。民主党が真の政権政党になるために私は一石を投じているのです。
 一方杉山は、こうも書いている。
 ・・・細川氏は無党派です。千葉の森田知事とはまったく違います。自民党・公明党の候補ではありません。
 無党派だからこそ応援できるのです。(もし民主党が推薦する候補者であったなら:筆者注)民主党を裏切ることは有り得ません。
 人柄と考え方について共鳴できたからです。人を裏切らない信頼できる人間であると確信を致しました。後略

 議員・政治家が、自ら信ずるところを突き進むことは、大事なことで評価されねばならない。それは同時に、信託を与えた有権者との間を、どのように考えるかが付いて回るということでもある。「信念」が空回りしてはならないということだ。
 杉山の言い分には、一応筋が通っていると思われる。少なくとも党内論議としては。そうした主張を党内で述べ、小沢代表にまで手紙を書き、手を尽くした形跡がある。(惚れこむほどに細川と話し合っても、河村とそれ以上に話し合ったとは思われない点もあるが)
 そこまでは私も評価したいが、「党内民主主義の欠陥」は、あくまで党内事情であり、戦場(選挙戦)まで持ち込んではならない、というのが私の見解。戦場で敵方の味方をしたとすれば、元の陣営から矢をはなたれ、鉄砲を撃ち込まれてもやむを得ない。処分されて当然で、逆に処分できないような陣営に「勝ち目」はない。
 またこうも言える。杉山は依然として、市長選をめぐる政策を含めて県連を批判し続けてきたのであるから、自らの信念がかなわずと判断した段階で「離党」して、「無所属」の細川と行動を共にすべきであったともいえる。
 有権者の一人でもある私にとっても、新聞報道で知るまで何も知らないままであり、「党内事情」より、あるいは「杉山の信念」より、誰を市長に選ぶかという、市長選挙そのものが最優先の関心事であったのだ。そうすると、1票を投ずるその判断は、もう少し大局的に見ざるを得ない。杉山のいう「細川氏は無党派です。千葉の森田知事とはまったく違います。自民党・公明党の候補ではありません。」は、論理が飛躍しているといわざるを得ない。
 緑区の市会議員選挙で私は、社会党時代の小林義信から、古瀬展実、現の杉山等(いずれも市交通労組出身)を支持してきたが、ある意味では杉山の一石は、私にも当たったような気がする。
<名古屋市長選挙を考える・19> (続く)

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2009年4月18日 (土)

河村候補の話を聞く

 ミニ集会だから聞けた
 緑区在住のNPO・市民フォーラムのメンバーが呼びかけた、河村たかし候補を招いてのミニ集会が行われ、文字通り「老若男女」20人弱の人が参加した。主催者以外に私の知る人はだれ一人いなかった。もちろん、民主党関係者も。
 最初にNPO事務局長の藤岡さんから、3候補のマニフエストを比較しつつ、河村候補の政策について重点的な話が30分ほどあった。そこでわかったことは、今回の市長選挙にあたっては、その政策スタッフの中心に、後房雄氏を中心とするこの「市民フォーラム」のメンバーが、個人として深くかかわっているらしいことだった。そういえば新聞報道でも、後氏が河村候補の支援の側に回っている記事を読んだ。
 かつて、愛知万博の総括をめぐって「市民フォーラム」主催の「市民参加の検証と拡充のためのフォーラム」というのがあって、そこには推進派、中間派、反対派など毎回2~3人ほどが呼ばれて、30分ほどの意見陳述と、後房雄氏との質疑討論が行われた。数少ない反対派・慎重派の中に、どういうわけか私も呼ばれて、万博と知事選について語ったことがあったが、後氏に対する私の印象は、必ずしも好ましいものではなく、その後選挙があると度々登場する彼の見解を、それなりに関心を払ってきた。
 そのような経緯を知ってからこのマニフエストを読んでみると、河村ビジョンの肉付けをした跡が感じられないこともないではなかった。3者のマニフエストを読む機会を得たので、改めてじっくり読んでみたいと思う。
 さて、河村候補の話は20分ほど、日焼けした顔に、低いガラガラ声(演説で声枯れのせいでもあるが)で奔放にしゃべる様子は、率直にいえば、こういうのは「好き嫌い」に別れるだろうな、という印象は免れない、と思った。しかし、いっぱしの候補者であれば、話を聞けば聞くほど、印象とは別に大体が納得するものである。終わってからの、参加者による車座の感想会でも、大学生からもそんな感想が述べられた。
 若干の質疑の時間があったので私も手を挙げ、「3兆円を超える市の借金(市債)について、誰も語らないが、どう考えているか」「このままでは、せっかくの政策も議会で否決されることもありうる。議会対策についてどう考え、議会の承認を得ないで、市長の裁量でできる政策にはどんなものがあるのか、1,2例を示してほしい」と質問した。河村候補は・・・。 
<名古屋市長選挙を考える・18>

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2009年4月11日 (土)

名古屋市長選挙を考える・17

 告示を前に、逆境下の河村に勝機ありやなしや
 結局昨夜は、名古屋市公会堂で開催された候補予定者3人の公開討論会には足を運ぶことはなかった。
 毎日新聞によれば、参加者は1000人ということだったが、かなり空席が目立ったということだろう。手前勝手にいえば、あと1000人で満席にしようとするなら、「私たちのような層」が参加して初めて可能ではないだろうか、とエラそうに思ったものだった。
 なんだその「私たちのような層」というのは?と問われると答えづらいが、「無党派市民、60代以上、選挙運動経験者、好奇心旺盛」でなおかつ「是非にもこの人を、をもっている人」というところであろうか。
 さて市長選に関して、これまでの動きを新聞報道から拾ってみると、
◆3月19日、税金の使途を追及する「名古屋市民オンブズマン」(倉橋克実代表)は19日、本丸御殿の復元など4テーマについて、3人に質問状を送付。その回答は4月3日、全文をホームページ上で公開した。
◆3月22日、名古屋市内のホテルで中日新聞社が開いた立候補予定者討論会では、現市政に対する評価や景気雇用対策、行財政改革などが論じられた。
◆4月7日、市民グループの「公開質問状」の回答が公開された。
◆4月9日、3氏の考えを直接聴いて人柄に触れ、素朴な疑問を投げかける若者のための集会「直(じか)に政治家!サミット」(アースデイ愛知実行委員会主催)が、9日名古屋市中区のクラブ「マーヴェリック」で開かれた。
◆4月10日、名古屋青年会議所とNGOリンカーン・フォーラム中部主催の公開討論会が、名古屋市公会堂で開催され1000人の市民が参加した。
 さて当の河村といえば、想定の範囲内とはいえ、連合愛知、市職労にもそっぽを向かれ、小沢代表をめぐる中央のどたばたも悪い材料となっていて、自転車とテレビでの顔が“売り”だけでは、230万都市の首長は難しいかもしれない。大阪や東京の有権者(には誠に失礼だが)とでは、名古屋人気質は違うように思うからでもある。
 また、河村たかしの「河村ビジョン・庶民革命」を一通り読んでみたが、なんというか異論、反論、意見、提言したいと思いつつ、ついにその意欲が出てこなくて半ばで頓挫したままになった。
 河村選対のMLを担当することになったというYさんも、一生懸命のFさんも、私の考えとは大同小異と受け止めたが、あとは行動力の差だけであろうか。そして、一般的には、自民、公明、財界の保守・組織動員力と、河村の知名度との争いの感がするが、そうだとして有権者が、肝心の市政の内容で選択しないとしたら、これまた困ったものだ。本番に入ってからでは遅きに失するかもしれないが、方法はいろいろあろうが、「私たち」が盛り上げねばならないことは確かだ。
 総じて、この「逆境下の河村たかし」に、むしろ河村の可能性があるといえるかもしれない、と結んでおこう。

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2009年4月10日 (金)

名古屋市長選挙を考える・16

公開質問状について<私>の回答・4
Ⅳ、議会改革について
  本会議の議論が台本を読むだけのようです。一問一答方式による行政との質疑や、議員間の議論もまったくありません。また委員会の一般傍聴も、席数がごくわずかで、市民が参考意見を述べる機会もありません。先進自治体ではすでにさまざまな改革が進んでいます。
①行政と議員とが事前打ち合わせをする議会運営についてどのように思われますか?
<私>コメント:行政として責任ある答弁をするには、議員がどんな提案、質問をしたいのかを知っておいた方がいい。従って、質問の主旨を予め示してもらいたい。だが「一問一答」だけで終わったのでは、それは議論、討論したことにならない。2弾、3弾と内容を深める質疑があってこそ議論は深まる。その方式を慣習、時間制限で採用しないのは、議長団の責任であり、議会運営委員の怠慢か無責任性による。行政の側としては、最大限答弁に努めるので、議会の在り方については、議会側で積極的に改革してもらいたい。
②委員会傍聴の人数制限、傍聴人に発言権のない議会のあり方をどう思われますか?
<私>コメント:委員会の傍聴制限は、物理的に制限されることはありうるので、現行の10人というような制限から、30人ほど傍聴が可能なスペースを確保することから始めたい。10人か30人かという数的根拠は乏しいが、私の経験ではこれまでの傍聴希望者は、特別の場合を除いて10人から20人までと記憶しているから、どこに市のスペースがあるかわからないが、当面30人程度を念頭に、改善を図ったらどうかと考える。
 発言権は、委員長の裁量権に含まれているのが現状ではないだろうか。制度的に考えると、委員会開会当初から、委員、傍聴人が一緒になって議論することは、いい方式とは思えない。審議の議案について各委員があらかじめ市民の声を聞き、自らの考えを整合させながら委員会に臨むというのも一つの方法。委員長の裁量で発言者の人数や発言時間について予告して認めるのも一つの方法。状況次第で委員会の時間が大幅に延長されることも想定され、議論の質を高める努力は、傍聴人の発言権以前の問題であろうと思われる。
 いずれにしても、これは議会、議員の側の問題であって、行政の側としては、委員、傍聴人にかかわらず、採用できる意見、提案については謙虚に受け止めたい。
③議会改革について具体的にどのように考えておられるか、お聞かせください。
<私>コメント:多分、行政の側から「議会改革云々」といえば、議会から反発を買うことになろう。
  そこで、行政の側から議会に臨むにあたっては、行政上の議案・施策は議会の承認を前提としていますが、パブリックコメント(パブコメ)の有効的な運用をさらに研究し、事案の現場主義を徹底させ、より高い成案を得るようにします。そうした裏付けと計画性のある議案の提出に心がけることが第一と考えます。
 次に、議員と接触するインフォーマルな機会を党派に関係なく、可能な限り持ちたい。「成熟した議会制民主主義とは、どんなものか」という、非議会的意見交換、研究の場が持てればいいと思う。地方自治に情熱と見識、広い視野を持った議員諸氏が、議会に参集されることを切に望む。 了

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2009年4月 9日 (木)

名古屋市長選挙を考える・15

 公開質問状について<私>の回答・3
Ⅲ、市の収入減を見込み、下記事業をどのようにお考えですか?
①徳山ダム導水路(木曽川水系連絡導水路計画)への負担金支出について 
A 必要   
B 不要   
Cその他・具体的に
<私>A コメント:残念ながら、前任者が調印しているならば、負担義務が生じている。こののちは、計画の凍結または中止の可能性を早期に探る。愛知県と共に「水需要と財政問題」について広く情報を公開し、県民、市民にむけて「計画の凍結または中止」の世論形成に努める。
 
②中部国際空港2本目の滑走路建設への負担金支出について  
A 必要   

B 不要   
Cその他・具体的に
<私>B コメント:空港建設の是非の段階では、「建設反対」であった。開港して運用している現段階では、需要の動向から、2期工事は必要の根拠が乏しいので、工事自体の計画を断念すべきと考える。空港会社独自の資金で建設する場合は、名古屋市としていかなる名目であっても、その出資、負担に応じることはない。 
(続く)

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2009年4月 8日 (水)

名古屋市長選挙を考える・14

 公開質問状について<私>の回答・2
Ⅱ、市民参加の名古屋市政について
 世界的経済不況の中、名古屋市でも企業の減収減益、人口減などから市税収入はピークを越え、次第に減少すると予測されています。今後の自治体運営は「市民ができることは市民が実行し、市民ができないところを行政が担当する」市民と行政とが協働し実践しないと成り立たないと言われています。名古屋市民220万人が、どのように市政に関わることができるか、市民参加・市民自治の視点からお答えください。
① 区政協力委員、町内会組織など「地域有力者の私物化」などと弊害を指摘されている行政の末端組織の改革について。
A 必要    
B 不要   
Cその他・具体的に 
<私>C コメント:区政協力委員制度の改編については、「謝金(手当)の是非、適正化」や「任意団体か否か」「任期の有期制」、いかなる表彰制度の対象としない、町内会組織との関係などを調査・研究対象とする。ボランテア思想の普及に努め、あくまで任意、自治、ボランテア組織の方向をめざす。
 
② 住民の窓口である、区役所のあり方をどのように考えられていますか?
A 従来どおり  
B 区長の権限を拡大する。(具体的に)  
C その他・具体的に   
<私>B コメント:区の人口が10万人を超えたら、これはいっぱしの「市」であるから、それは一つの自治体とみることができる。だが、その地域の歴史的な根拠もあるから、10万人を超えたら分区するというものでもない。また、区の上に市がある屋上屋を重ねることがいいとも言い切れない。
 そこで、市が統括する部分と、区が市民の窓口となって行政の多くを担務する部分を明確にする必要がある。そのうえで、「区議会」の開設を構想すべきであろう。区議会は、原則として、無報酬、夜間・休日議会、議員の男女同数、世代配分制などを採り入れる。
 このような区の運営には、区長の権限と予算措置が必要であり、住民の英知と、自主的な参加が欠かせない。

③ 名古屋市職員には、どのような職員像を求められますか?
<私>コメント:職員として名声、社会的地位、資産を求めるとしたら、場違いと心得た方がよい。逆に「公僕」と称せられ、へりくだる必要もない。
 地球的にものをみて、考え、地域で職場で行動し、仕事に励んでもらいたい。行政と市民、自治組織との間に溝、塀、垣根を作らないでほしい、上下意識を持たないでほしい。
◆ライフライン(消防、上下水道、交通局、保健・医療など)上の職員は、危機管理意識を強く持ってもらいたい。
◆教育ライン(保育・幼稚園、小中高大の教職員、図書館、教育・学習施設職員)は、環境問題、人権問題、文化活動、郷土・歴史教育に情熱を燃やしてほしい。
◆マネーライン(税務・財政他)の職員には、税金の無駄遣いの監視、公正な歳出(議員圧力の屈しない)、健全財政(借金返済)を心がけてもらいたい。
◆ブレーン(副市長、部長、秘書他)は、市民の動向に絶えず留意をして、市長と対等に意見を述べることができる関係を築いてほしい。職員からの創意や提案に耳を傾け、アイデアを出してほしい。
◆採用されて間もない職員には、担当部署の役割、他との相互関係を自覚して、自らの仕事の意味と価値を見出して励んでほしい。
 ・・・初登庁の時の、全職員の前でどんな挨拶(訓示)をすることになるだろうか。以上のようなことを網羅していては、長くなってダレそうだ。まあ、その時はその時でまた考えることにする。
 (続く)

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2009年4月 7日 (火)

名古屋市長選挙を考える・13

 公開質問状について<私>の回答
 市民グループが4月2日を期限として、現在立候補が予定されている3氏に、公開質問状を出していた。その結果は聞いていないが、私ならどうする、と回答を試みた。
Ⅰ、民主主義の基本である情報公開について
 市政における問題点や、それに関わる論議の中味を市民に公開する必要があります。
まず行政に係る事柄の情報公開についてお聞きします。
①市の予算編成の過程について、市民にどんな形で情報公開を考えられていますか?
A 「広報なごや」に掲載     
B 編成過程は公開しない  
C その他・具体的に
<私>B コメント:新市長1年目ではできないが、予算編成は、過去1年の実績とその間、市民から寄せられた声、そして議会の意向も勘案しながら編成作業に取り組む。その時、市長として公約、ブレーンによる状況分析、提言を基に主導権を発揮して「予算案」を仕上げる。担当職員には、脇目を振らずに専念して仕事をしてもらう。「予算案」は議会に提出し、議会がどのような形で市民の声を反映させようとするのか、その点で行政として正面から議論に応じる。

②政務調査費の使途の情報公開・支給方法について、どのようにお考えですか?
A 一万円からの公開でいい  
B 領収書全面公開  
C 領収書提出後・後払いにする
(B.C)に答えた方にお聞きします。
 どのように変えるのか、支出責任者としての意見をお聞かせください。
<私>C コメント:まず、議員報酬と政務調査費、費用弁償について、その位置づけ、適正金額について再検討する。民間と同じように「生活給=基本報酬月額」「職務奨励給=政務調査費」「交通費=費用弁償」に区分する。
 生活給は「市職員の課長級から部長級」の賃金を参考に算定する。職務奨励給は、議員個人が対象であり、目的と結果の報告を求め、領収書添付のうえ、後払いとする。上限(報酬月額の4分の1程度)を設けるが、領収書は、保管され全面公開とし、情報公開の対象とする。

③議員への費用弁償について、どのように考えられていますか?
A 必要  

B 廃止する  
C その他・具体的に
<私>C コメント:議会、委員会、調査出張などいずれについても、それは職務の範ちゅうであり、「日当」に相当するものの支給は重複となるので支給しない。日曜、祭日についても、年間非活動日から勘案すれば「代休」相当が付与されるので特別に付与しない。交通費等は、原則として市営の地下鉄、バス(含あおなみ線)利用とし、全線無料乗車券を支給しこれに代える。車での登庁は原則として認めない。職務上、市営の施設のない2キロ以上の移動手段、早朝、深夜に私鉄、タクシーの使用を認め、実費を精算する。市外出張旅費等は別途、個別判断(規定)する。
 
いずれも議会との関係で市長としてどこまでやり切りことができるか、市民の応援が欠かせない。 (続く)

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2009年4月 4日 (土)

選挙、選挙、選挙

 名古屋市長選挙も本番近しだが・・・
 新聞を見ていると毎週日曜日には、全国のどこかで選挙が行われている感すらする。
 愛知県では、4月26日に名古屋市長選挙と愛西市長選挙及び市議の補欠選挙が行われる。
 今日の午後、社民党・衆議院比例東海候補者、坂喜代子後援会の打ち合わせがあるというので、行きがかり上もあって覗いてみた。そこで知事選・石田選挙以来の再会であったが、愛西市議のYさんと顔を合わせた。Yさんいわく「愛西市長選挙で市民派候補立てたかったが、もう少しの所で・・・。名古屋市長選と投票日が同じ日」という話をきっかけに名古屋市長選挙の話になり、ひとしきり情報と意見交換の場となった。
 家に戻ってからメールを開くと今度は、昨年来から名古屋市長選挙に、市民の側から選挙に関わっているFさんから、「河村たかし応援の勝手連」の誘いが来ていた。長めの文章を読みながら、「そうだよなあ、そうそう」とひとり相槌を打ちながら、「自分としてはいろいろ考え、それをまとめ、冊子にして配り、河村たかしのメールに、意見を書いて送って、とりあえず、やることはやった。だが、のぼりを担いで勝手連で街頭に出る気にはなれないなあ」とでもいった返事を、メールしようかな、などとぼんやり考えたりした。
 さて当の河村といえば、想定の範囲内とはいえ、連合愛知、市職労にもそっぽを向かれて、自転車とテレビでの顔が売りでは、230万都市の首長は難しいかもしれない。大阪や東京の有権者とでは、名古屋人気質は違うように思うからでもある。
 小沢代表をめぐる中央のどたばたも、悪い材料となっているが、この「逆境」にこそ、河村の可能性があるといえるかもしれない。
 河村たかしの「河村ビジョン・庶民革命」を一通り読んでみたが、なんというか再び異論、反論、意見、提言をしてみようかな、という意欲が出てこなくて頓挫したままである。
 YさんもFさんも、私の考えとは大同小異と受け止めたが、意識層はそんなところが平均的かもしれない。そして、一般的には、自民、公明、財界の保守・組織動員力と、河村の知名度との争いの感がするが、そうだとすると、肝心の市政の内容で争われないとしたら、これまた困ったものだ。本番が1週間先に迫っているのだから、我々がもっと盛り上げねばならないということに違いはないのだけれども。
「名古屋市長選挙候補者 公開討論会」というのがある。下記の通りである。
日 時:4月10日(金) 19:00~
会 場:名古屋市公会堂大ホール(2000名) 
参加費:無料
主 催:社団法人名古屋青年会議所
共 催:リンカーンフォーラム中部

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2009年4月 3日 (金)

老兵たちのフォーラム4月例会・3

 安らかな老後を示すことが世代の役目、か。
 70歳代前半になられるもう一人のMさんも、レジュメを用意していた。
 私の見るところのMさんは、自らの人生体験について満足感と自信にあふれていて、議論と分析がお好きで、言葉としてまとめることに腐心しておられるように見受けられる。だから持論を揺るがすことがない。時にそれの批判的な意見に出会えば、「では、みんなの意見を聞こう、それが多数ならそれに従う」という処し方である。だがこれは、持論をひっこめたり修正したりするものではなく、その場の議論を打ち止めにする手段に過ぎないことは明白だ、とまあこういうお人なのである。
 このことを多少は自覚しておられるのか、まず自分のことを自己評価して「理屈っぽい/ムキになる/先輩、後輩にクレーム/単刀直入にいう」と規定しておられたが、自覚と実際に乖離があるやなしや。
 さてMさんのレジュメによれば、
(1)集団における一般的な弊害と老害とオタク(職業)害、があるとして、①一般的な弊害<時間(ルール)を守らない/テーマを無視する/TPO・KYができない>②老化による現象<能力(持続力/記憶力/判断力/TPO・KYなど)の低下>③老害による弊害<自慢話になる/くどくなる/自説のこだわる/他者の意見を聞かない/忍耐力が無くなる/頑固になる>④職業による弊害<教師/銀行/役所関係/文芸と芸術関係>
 まさに自画像を描き、議論の相手を想定した分析と私は見た。
(2)ミーティングにおける特徴と弊害、については3点を挙げて(略)、「自慢話(苦労話)と経験談(特に失敗)の区分けは要注意、後者は貴重な話のときがある」とした。
(3)人間関係の言動の落し前(決着)は、全て本人に帰る。・・・etc。
(4)言動の弊害を自戒するために・・・etc。
 ここで最後の一言が提起者に反論を買った。即ち「若い人に、安らかな老後(後ろ姿)を示して、安心を与えることが老世代の役目ではないか。」が。つまり「それがお節介であり“重し”になるの」であり、意識過剰といいたいのであろう。しばし両者は火花を散らしていた。彼女から見れば、Mさんの物言いは、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」とでも言いたげな(ダグラス・マッカーサーだからこの言葉は使える)在りようは、高慢に映ったのではないだろうか。
 このフォーラムが議論のために議論、言葉遊びや批判、持論の披露の領域だけにあって、「日常性との相互性」が薄弱になった時、ミーティングは終わるのではないかと私は感じている。そう思うと2年半を経た今月の会合は、「中間の通過点」のような気もしたのである。了。

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2009年4月 2日 (木)

老兵たちのフォーラム4月例会・2

 「男性の論理」を突く
 さて、テーマの提起者は、間もなく60歳になろうという女性であったが、日ごろの発言から、ここの「老兵」を含めてこの社会を動かしているのは「男」であるという論理に貫かれていることへの、不信感というより「懐疑」とか「警戒」というような突き出し方だったように思う。
 それは、よくいわれる「つくる人、食べる人」という男女の役割の固定化の存在であり、相変わらず「日常生活を担うのは女」と思っているのではないか、“みなさんの日常生活は見えませんが、家ではどんな過ごし方をしておられるのでしょう”という問いかけもその一つであった。また“みなさんは、おしゃれで、思考豊かにして、外交的な方が多いですが、家事はなさいますか?”も同じ趣旨であろう。
  さらに、もう少し大きな視野で見れば、みなさん(概ね70歳以上)は、「ある時代までは存在しなかった人々が存在し始めた」その時代の人であるという。つまり、私の受け止め方によれば、幼年期から青年期にかけて「戦争の時代」を体験し、「戦後民主主義」と「物質的豊かさ」を手に入れ、一時代をつくる何らかの役割を担い、老いてなお、この時代の政治、社会、教育の問題に持論を展開し、後輩になにがしかの影響力を持つことにためらいがない…。
  彼女はこうもいう。“加齢と共に人は、衰退、弱体、疲弊、崩壊、つまり喪失の代に入っていくのであろうが、老兵は決してそのような弱者ではない。そのことは、後輩の私たちにとって『脅威を感ずる』ことなのです”と。
  それを「老害」と一概に言えないとしても、戦争体験、戦後復興、民主主義社会、家族いずれをとっても、当然その「負」もあるにしろ、トータル性と実践性を伴ってきたからこそ、後輩の私たちと子供、孫の世代にとっては反論することができない、ここが問題なのだと。
 私とはわずか5~6歳しか違わないのに、そういう時代の“重し”を感じるのは、彼女の感性によるところが多いのではないか、という気がしないでもない。
 実は、私は昨日書き記したレジュメを提出したが、それ以外の発言はしなかった、というよりできなかったのである。それは、私たちの時代が「60年安保世代よりは下、団塊の世代よりは上」であって、彼女の「老兵観」とは異相の時代の人間のようにも思われ、なんだかその頭越しに議論がなされている感じがずっとしていたのである。それで私が見る先輩像からは、学ぶべきものは多いとしても“脅威”を感ずるほどの距離感はなく、むしろ時代の変革をなす世代の一員という感すらあった、最後尾ではあったが。
 彼女のもう一つ別の視点は、「(老兵たちの)折り合いのまずさ、自尊心と柔軟さのバランス(に欠ける?)」と指摘し、最後に「長生きはいいことですか」「生きているのか、生かされているのか」「自らの時代、現実を降りる、引退する選択」を問いかけた。「どう折り合うか」を課せられているということであろうか。 
(続く)

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2009年4月 1日 (水)

老兵たちのフォーラム4月例会・1

 老兵から見た、現代の老人について
 
自称「老兵」が、一般論としての「老人についてどうみているか」という今回の課題は、提起者の求めるところが、どこにあるかがもう一つ判然としないのであるが(自画像と重なる)、「老兵の思考・思想基盤と日常性の相互性を問う」と規定してみたが果たして・・・。
 「老人」を、親を通してみる場合と一般的な、つまり他人をみる場合とでは、親には多少の感情移入があって違ってくる。従ってここでは、一般的な「老人」について、私
の見て感じた事を書いてみたい。
1、公衆浴場で
 私の行くスーパー銭湯では老いた体と、老いた人の仕草を目にする。老いた肉体を美しいという目で感じ取ったことはないが、いずれ自分もそのような体を曝すことになるだろう。しかし、なるに任せたままでいいとは思わないので、せめてお尻に“ハリ”をもたせたいものだ、そういう見栄が私にはある。そのためには歩くことは欠かせないと思っている。
 ついでに一言、エチケット-入浴時では、かけ湯して、浴槽には静かに入る。洗う時は、自前の浴用セットで軽く洗う。痰、唾を吐かない、はなをかまない、歯磨きしない。湯からあがってからは、濡れ体、濡れ足で脱衣場に入らない・・・。
 昨今、これらのエチケットを意に介しない人が多いが、お年寄りのそれは、格段に醜態に映る。(他にも変わった習性をお持ちの老人を見かける)
2、スーパーマーケットで
 私は、主夫の役割は放免になったが、スーパーへの買い物は頻繁である。こうした場では女性が主体であるから、男性はついているだけが多いが、それでも、モノの値段、品質の見分けくらいは頭に入れておくべきではないかと思う。また昨今、一人暮らしと思われるお年寄りを見かけることが少なくない。このご高齢の方の買い物は、惣菜屋が主たるところのようである。つまり料理しないということだろう。せめて、生野菜を刻み、ダシ(鰹、昆布、椎茸)をとることを覚え、それを面倒なことと思わなければ、ちょっとした手料理は難しくない。麺類も茹で時間だけの手間。もっとも、たまには出来なりのものでも構わないが、せめてトレーからは出して皿に盛りたいものだと思う。(男性の場合だが)
3、地下鉄、バスで
 幸い名古屋市は「65歳以上の無料パス(一部有料)」があるから、午前10時過ぎ、午後4時ころまでの時間帯では、高齢者の方が実に多い。そうした人たちを見かけることは、何となく心休まるような気がする。外出できることは、病床にあったり、寝たきりの人にとっては羨望なことに違いない。それは私にとっても、いつまでも歩ける状態で元気でいたい、そう思うからでもあろう。
4、エスカで
 2月、3月とグループ10人ほどで「熊野古道・伊勢路」のハイキングに出かけた。その集合場所のエスカには、ハイキングだけでなく、他社のグルメツアー、寺社めぐりなどの人が大勢集まってきている。見たところ、若い女性グループ、中年の女性グループ、中高年の夫婦連れ、またはそのグループに大別される。ハイカーの多くは場数を踏んでいるようで、服装、装備がサマになっている。行く先によって本格派とお気軽派に分かれようが、いずれにしても、子育てが終わった人、定年退職後の人を多く見かけるが、この人たちも人生の新たな領域に入ったのだなと思うと、かくいう自分の場合はどうなのかな、とやはりわが身を振り返ってしまう。
5、生涯学習センターで
 私が編集発行するミニコミ誌は、生涯学習センターで昼間に印刷する。そんなとき、講座や同好会、バレー、卓球などの運動グループと出会う。そこでは圧倒的に中高年の女性が多い。終わった後、ロビーでのお菓子などを持ち込んでのおしゃべりは、また別の楽しいひとときであろうが、少々騒がしい。それに会場へは、意外と自動車で来る人の割合が高い。そんな光景を見ている時私は、なぜかそのような講座、同好会には参加したい気持ちにならない。何となく、わいわいがやがやの無味乾燥感が体に馴染んでいないからかなと思う。
6、好々爺か頑固ジジーか仙人もどきか
 最後に、老人としての望むイメージは「好々爺」「頑固ジジー」「仙人もどき」か。はたまた「普通の老人」か。「老兵」は普通足り得ないから、私の場合は、頑固ジジー+仙人もどき÷4=晴歩雨読の人かな。
 思えば、「人生の輝ける時代」とは「青春時代」がその代名詞であるが、「老域の時代」にだって「経験」「年金」と「角のとれた思考力」と「労働に相当する時間」という「強い助っ人」がいるのだから、「人生を輝かせる時代」への再チャレンジの機会でもあろう。そのような、意識の持続、行動への勇気を持つことが、「老兵」の「普通」ではない所以でもあるまいか。 (続く)

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2009年3月22日 (日)

名古屋市長選挙を考える・12

 河村たかしの言いたいことはこれか。(1)
 名古屋市長選挙の候補者、河村たかしのホームページには、名古屋市長選挙に関するものは何も載っていない。これは河村の矜持なのであろうか。
 ただ昨年8月に「河村ビジョン 庶民革命」を発表して掲載している。これが名古屋市長選挙についても、政策のベースになっているといえる。
 私はそれの全部を読んでいないが、ダイジェスト版と衆議院議員・河村たかしの後援会の新聞「夢・負けるものか・第207号」を見ながら、河村の言いたいことを考えてみたい。
 「庶民革命」では4つの柱を立てている。-4大変革が点火する 日本のエネルギー-「議員ボランティア化」「消費税減税」「党議拘束撤廃」「新しいマチ」である。
 一方、市長選挙の主張では、新聞「夢・負けてなるものか」に、「・・・まず名古屋で、国会でできなかったことを実現。そして日本全国へ発信。庶民革命を日本へ行き渡らせます。ナゴヤ三つの日本一。名古屋の精神。織田信長。楽市楽座は脱貴族。東京は政治。大阪は商都。名古屋は減税、市民の自立。減税ナゴヤ庶民革命」。
 そしてその3つとは、「1、日本一、税金の安い街ナゴヤ」「2、日本一、福祉、医療、住民自治が行き渡った街ナゴヤ」「3、日本一、早く経済復興する街ナゴヤ」「4、などなど中小企業出身の河村たかしが、織田信長の楽市楽座をナゴヤで実現します」と書いている。
 まず表現としての言葉の使い方、キャッチフレーズという点からは、玄人向きではない。(だから庶民派?)それに河村は、「庶民」という言葉が好きらしいが、庶民は、いうほど「日本一」を有り難がってはいないように思う。確かに「瞬間的」には、歓喜することもあろうが、「塩梅ようやりゃーせ」が名古屋基準。
 それに例えば、日本一の福祉、日本一の医療、日本一の住民自治というが、それぞれどんな内容を持って日本一であるのかイメージしにくい。待機園児最少、医療無料化の年齢、養護老人ホーム受け入れ数、これらで日本一なのか。人口あたりの医師の数、患者数に対する看護師数、癌、脳卒中、心臓病の医療施設、救急体制これらが日本一なのか。「住民自治」の日本一とはどう説明しているのだろう。中学校区単位で4~5人のボランテア議員による議会開設が出来れば日本一か。
 いまどき「楽市楽座」を持ち出してはいるが、いかにも時代錯誤の感がある。230万人都市名古屋の物流は、「楽市楽座」のレベルでは対応できない。例えば課税緩和された「経済特区」というイメージにしても、せいぜい港湾地域の港区1区が対象であろう。グローバル時代といわれるなか、工業と農林水産業、地産地消、食料自給率などの観点からの考察が必要だと思うのだが。
 「庶民革命」の本論では、もう少し踏み込んでいるであろうから、それらを読みながら、また私の提案を加味しながら、河村たかしの言いたいことを少し考えてみようと思う。 
(続く)

 

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2009年3月16日 (月)

名古屋市長選挙を考える・11

 選択肢は少ない、だが、選択するほかない
 昨日のハイキングの道すがら、私の「名古屋市長選挙を考える」を読んでいた人もいて、「やっぱり河村しかいない、ということか」と声をかけてきた。「・・Aも河村しかおらんわな、といっとったよ」とも。このニュワンスな言い回しは、「河村は好きになれんけど、自民党、共産党を外せば、河村ということになる、しょうがない」と読み取れる。これはかなり多くの人の受け止め方を代表しているのではないかと私は思っている。
 さらに私なりに発展させると、「河村は、改憲論者で、慰安婦問題、南京虐殺問題では疑問派だ。親友に西村眞悟、平沢勝栄というのも、応援に気が進まないところだ」というようにもなる。
 私が共にしてきた、市民運動や労働運動の仲間たちはきっと、そのような理由の一つも取り上げて、「なんであんなやつを」をと、迫ってくるかもしれない。それほどに一つ縄ではいかない、今回の名古屋市長選挙と候補者の問題なのである。
 それでも私は、わが選択肢と選挙の位置付けを求めていきたいと思っている。「改憲問題、慰安婦問題、南京虐殺問題」それ自体を取り上げれば、あるいは市長選挙、市の行政に絡ませるとしたら私は、河村には同調しない。コメントもそれまででピリオッドを打つ。
 しかし、現時点では、それらが争点になっているわけではないから、河村が掲げる政策をとりあえず吟味していくほかない。論を異にするなら対案というか、意見をぶっつけてみることだろう。
 市長選挙の告示は4月12日、26日投票であるが、衆院選挙とからむことはないとしても、選挙ムードは出ていない。つまり低調に推移する可能性がある。「誰がなってもいっしょ!」という風が吹いたとしても私は、見守っていきたいし、感じるところがあれば書いていきたいと思っている。

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2009年3月13日 (金)

名古屋市長選挙を考える・10

 こんな提案はどう?
 11日の毎日新聞の朝刊によると、民主党の常任幹事会で名古屋市長選挙について、「河村推薦を先送り」にしたという。それは名古屋市議団との政策合意がなされていないからだという。それは既定方針通りなのであろうが、では何が合意のネックになっているのであろうか。
 新聞によれば「住民税(市民税)の(10%)減税と、中学区単位でのボランティア議会設置」であるという。率直にいって市民の一人として受け止めれば、大した問題ではないと思うのだが、どうだろうか。
 河村のこだわりは、「政策の目玉-メディア意識」ではないのか。歴代の名古屋市長は、どちらかといえば「堅実派」だったと思うが、それは名古屋市民の気質の反映でもある。しかし一方で、小林橘川市長や本山政雄市長という革新派の市長も生みだしているから一概に言えないかもしれない。だが私がみるところ、小林橘川市長も本山政雄市長も、推薦母体が「社共」であったかもしれないが、政策的には、やはり「堅実」ではなかったろうか。
 そういう見方をすれば、今度の市長選挙は、「市長の顔」としては、言葉は悪いが、これまでと違った「やや、見栄えのする、少しは全国に知れた」人物、政策的にはやはり「革新的にして堅実」な人がいいのではないかと思う。
 そうすると、河村は「見栄えは良くないが、多少は全国に知れた」候補といえなくもない。では政策では、河村のこだわり「住民税の減税と、中学区単位でのボランティア議会設置」が「革新的にして堅実」になるだろうか。多分ならないであろう。
 まず「住民税減税」を考えてみよう。財政問題として名古屋市は、一般会計と特別会計、公営企業会計の全部を合わせれば、3兆円近い借金(市債)を抱えているはずだ。この一点だけでも減税論は出てこない。また減税は「定額給付金の変形型」とも言えるのではないか。
 そこで河村に提案したいことは、①当選1年目は、前市長の手掛けた予算案に規定されるから、2010年の予算案を組み立てるまでの間に、在任2期7年間の財政計画を立てる。②その柱の一つに、市の借金に対して、市民税10%相当分を毎年減らしていく。つまり減税しないで借金返済に充てる。(だからといって借金が減額しないような、新たな市債発行は認めない)。次に、経済状況はまだ底を打ったといえないが、好転して歳入が増加に転じた場合の、③増収分を政策的経費に充てる。」
 次に「ボランテア議会」についてであるが、その前に「休日または夜間の市議会、委員会の開催と、傍聴の制限撤廃または緩和」が先ではないか。さらに「中学区単位」の前に「区議会」の試みが先ではないか。これも全市一斉ではなく、千種区、緑区あたりから試行的に始めていくのも一案である。「中学区単位」といえば、何となく「区政協力委員会」を連想してしまう。およそ「議会」とはなり得ないのではないだろうか。
 他の政策については、またの機会ということにして、「河村のこだわり」についてこのように提案したが、いかがであろうか。

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2009年3月 4日 (水)

老兵たちのフォーラム3月例会

 私たちの目に映った、私の親
 このテーマは、これまでのような政治、経済、社会の問題とは異質な世界で、それぞれの人生観とそのルーツを探るようなものだった。
 なぜこのテーマが取り上げられたかは、賛成票を入れなかった私にはわからない部分もあったのだが、4月例会のテーマ「老兵から見た、現代の老人について」が、1月例会の時に女性から提起されたから、それに呼び起されるように出されたのではないだろうか。あるいは、並みいる「老兵」たちには、このような人生を回顧するテーマがほしい時期に来ていたのであろうか。
 今回はフリートーキングであったから問題提起者はいない。二人がレジュメや過去の発言録を提出した。私はミスをして出し損ねた。3月と4月のテーマを取り違えていたのだった。
 他の参加者の多くも、私の両親と同じように「貧しい暮らし」の中にあったという。しかしやや違うところは、それぞれは親からなにがしかの薫陶を受けて育ったところとか、そのような意識を持っていたところかな、そんな気がした。けれども「それは違うぞ、君だって知らず知らずのうちに何かを親から学んだはずだ」といわれ、否定はできないものの、やはり、何かを思い出だすことはできなかった。それだからこそ私は、このテーマに賛成しなかったのである。
 話を聞いていると、その感性の豊かさに感心する「とっておきの話」になるような話とか、「一筆啓上」の下敷きになるような話もあった。もっとも男性が圧倒的に多いこの場では、「男は母親を慕い、女は父親を慕う」傾向もあって、「明治の女は強かった」という共通点も伺えた。
 進行役のHさんが「では、親孝行とも言える、親に喜んでもらったことは何か」という問いかけがなされた。それぞれからエピソードが披露されたが、私はなぜか沈黙していた。内心では『・・・無事就職したこと、結婚したこと、親より先に死ななかったこと』かな、と思ってはみたが、口にするほどのことでもないと思ったのだった。ただ、終末の一時期であれ、同居の生活をして送ってやればよかったかなという思いはある。両親が、四男坊の私にそれを望んだフシがあったことだけは記憶している。

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2009年3月 1日 (日)

名古屋市長選挙を考える・8

  河村にやらせてみたらいい
 名古屋市長選挙の候補者が出そろった。
 民主党推薦の河村隆(たかし)氏、自民・公明推薦の細川昌彦氏、共産推薦の太田義郎氏である。事実上、河村と細川の競り合いとなろう。形の上では、市民グループが心配した「相乗り」は避けられることになったが、よくよく見ておかないと、実体が「オール与党化」では意味がない。
 私の現時点での立場は、河村が最良の候補とは思っていないが、自ら擁立する立場にはないので、三者から選ぶほかない。とすれば、地方は地方、という自立した考え方もあるが、いっそのこと中央の政権交代を望むなら、地方でも連動した選択もおおありだ、やらせてみたらいい、という立場である。
 衆議院選挙が行われるとして、民主党が過半数を制したなら、それほどの動き=政界再編はなかろうが、わずかでも過半数に達しなかった場合、国民新党、社民党、渡辺グループと共に、自民党の一部を巻き込んで「政界再編」は起こりうる。そうした中央政界の動きが、ただちに地方自治体・地方議会に影響を及ぼすとは限らないが、国政で「大連立」よりは、はっきりと与野党の違いがあった方がよいと同じように、地方でも与野党の並立を望む。(ここでは「第3極論」は置くとして)
 中には地方議会に与野党はない、と断言する人もおられるが、この説には、首長に天下りのような官僚出身者が多いことや、議員の中に業界を代表するだけの者がいる点を過小評価しているようで賛成できない。道路、ダム、基地などの公共事業に関して住民の意向がことごとく退けられる傾向をみるとき、与野党のわけ隔てをなくして合意を目指すことこそが民主主義、という論理に危惧する。すべて多数原理でものが決まる事が必ずしも民主的で正しいとはいえないし、議論を尽くすには、相違点、対立点を明らかにすること、関係住民の意向を少数意見であっても重視すること、それには与党、野党という対抗軸を作ることが必要だ。確かに多少の時間がかかることは避けられないが、「オール与党化の弊害」を、これまで何度も経験してきたではないか。
  これだけはしてはならない、というものはこの社会に存在する。それすらも多数決で決まるとしたら、その仕組みに欠陥があるのではないか、というのが私の見解だが、与野党の隔たりなく、最善の方途が見つかる社会が到来するまでは、与野党に分かれて議論を闘わせることで、問題の所在を明らかにさせることは重要である。
  ということで、中央政界の政権交代と連動して、地方でも自民党支配から脱却した首長の登場があってもいい。だから、「河村にやらせてみよう」これが現時点での私の見解である。

 

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2009年2月22日 (日)

放射能の恐怖

 老域の者の処し方も
 歳を重ねて“怖い”と思うのは、死を含む家族との離別、離散であり、これはこころ(精神的な)の恐れである。肉体的には、寝たきりのような「病気」であろう。こちらはより現実的であるから、せっせと病院へ行くのも、薬やサプリメントに惜しみなく手を出すのも、その恐怖の裏返しに他ならない。もちろん私も例外ではない。
 もう一つ“怖い”と思うことはないかと問われれば私は、「知的好奇心の喪失」というかもしれない。もっともこれは病気と背中合わせのものかもしれないが。
 このことと直接関係するわけではないが、今日の午後、「台所にしのびよる放射能!?~カレーライスから六ヶ所村まで~」という集会があり、それに参加して“怖い”という思いを、改めて感じ取ったのであった。
  「カレーライスの食材に放射線照射!?」と題して、放射線照射食品問題を、四日市大学講師の河田昌東さんが、「六ヶ所村再処理工場と私たちの未来~静かに広がる放射能汚染~」の話を、京都大学原子炉実験所の小出裕章さんがそれぞれ講演した。
 話の大筋は分かっているつもりであった。六ヶ所村再処理工場の問題は、昨夏、ピースサイクル運動で要請書を、青森県知事、六ヶ所村村長、日本原燃宛てに出したこともあり、その時点での状況は把握していた。だが、状況は日ごとに変わっており、高濃度核廃棄物の「ガラス固化」が未だに成功していない、超深層地下埋め立て問題がどこまで進んでいるのか、地球温暖化問題やエネルギー問題を逆手に取るように、原発推進が産官共同で推進されている実態などは、メールなどで更新情報が入ってくるものの、「重大事故」の発生、原発関連の「判決」が出たりしない限り、通り一片のものとしてやり過ごしてしまう。だからこのような直接話を聞くというのはいい機会なのだ。
 「被爆」は、核実験や原発事故、戦争(劣化ウラン弾)による外的被曝が考えられるが、これから先、原発解体時に大量に出される建設廃材が、放射能を帯びたまま再生加工されて、家やビルの建設の鉄骨材、サッシなどで使用されると、それで被爆する例が、既に台湾で発生したと報告されているから油断ならない。
 では「内なる被爆」が何かといえば、一つは医療用のX線撮影で、安易なレントゲン撮影で、癌になった人もいると推測されるという。もう一つは「放射線照射食品」で、カレーライスの具の定番、ジャガイモの放射線照射で、北海道の士幌農協の例が紹介された。知らなかったのは、香辛料に対する放射線照射で、もっぱら小さな虫とその卵を死滅させるために、強力な放射線が当てられるという。
 厳しく規制されている「放射線照射食品」が、なし崩し的に輸入され、市場に出回り、私たちの食卓に上がる日が来るという危険が迫っているという。規制緩和とか食料危機とか何とか理由をつけて輸入される放射線照射食物は、その目的である芽が出ないようにする、殺菌作用だけでなく、それ自身がどんな化学変化をおこし、それらが他のものと混じり合ったとき、人間にとってどんな危険な「化学変化」が起こすかは、現在でも未知なのだ。
 では私たちはどうすればいいのか。とりあえず、行政に対して、農薬や添加物の規制と監視を求めると同様に「放射線照射食品」についても、一切を排除することを前提に、関連情報の入手と処理、選別設備の設置を進めるよう働きかけ、とりわけ「学校給食」については、その素材の吟味、選別を強力に行ってもらうことだ。
 「子どもの被爆の影響は、大人に比べ計り知れない。守らなければならない」はいいが、そうしたものが出てきて食べざるを得なかったら「年寄りから先に食え」は、ちとさびしい。
 こんなところにも「知的好奇心」があっての、老域の者が処すべきヒントがあるのではないだろうか。

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2009年2月15日 (日)

老兵たちのフォーラム・2月例会(3)

 「マイ・ホーム」と「しあわせ」の戦後史
 もうひと方のレジュメはM・Hさんの、「マイ・ホーム」と「しあわせ」の戦後史、というタイトルで、副題に「“郊外”の夢と現実」というのがあった。
 全体の見出しは以下の通りであるが、ここからどんな話が連想できただろう。私は聞き耳立てて聞いていたが、理解半ばであって、第3者に伝える自信がないが、試みてみる。
Ⅰ、「マイ・ホーム」という神話。Ⅱ、NY万博と郊外・家族。Ⅲ、レヴィットタウンとアメリカン・ドリーム。Ⅳ、冷戦と温かい家族。Ⅴ、郊外への反乱。Ⅵ、55年体制の中の郊外。Ⅶ、郊外という問題。Ⅷ、郊外を超えて。
 以上は、三浦展著「『家族』と『幸福』の戦後史」<講談社現代新書 1999年12月20日初版>からのものであるが、私は読んでいないどころか、そのような新書の存在すら知らなかった。
 私のレジュメで、「『世代』で考えてみると、『A:戦前・戦中派の世代』『B:団塊の世代』『C:団塊の世代の二世の世代』に分けられると思うが、今日的『教育の問題』は、Aの世代がCの世代を見て指して言っている印象が強いがどうだろうか。とすれば、Bは一体何をしてきたのか、Bの時代とは一体何だったのか、ここに問題の一つがあるようにも思われる。」と書いたが、まさしく、戦後史探求の中核をなす「団塊の世代」の時代背景、生活思考、社会現象を、先行したアメリカ社会を比較対照して考察したのではなかろうか。
 M・Hさんは、一例として、フォーソングの変遷を上げた。多分「戦争を知らない子供たち」「友よ」「自衛隊ブルース」のような反戦フォークから、「あなた」(小坂明子/1974年)へ、つまり郊外型マイ・ホームが幸せであるといい、さらに「結婚しようよ」(吉田拓郎)「てんとう虫のサンバ」(チェリッシュ)「花嫁」(はしだのりひことクライマックス)などを並べるといっそう際立つ。家電の「3種の神器」がもてはやされたのも、その一つといえよう。
 そのころのブームであった、「郊外の団地に住む」(多摩ニュータウンなど)がもたらしたものには、「故郷の喪失と共同性の欠如」であり、①親の働く姿が見えない← →②善悪の基準があいまいに。③郊外は「友達文明」の空間が顕著(=「世間」がない)④「学級崩壊」が起こる⇒生活の基礎的なしつけができていない、ということになるという。
 緑区でも「旧住民」と「団地族」「新興住宅地」の「新住民」という言い方があって、前者は町内会がそれなりに機能していることが多いが、郊外住宅、集合住宅では「理事会」「自治会」となって、なかなか運営が難しいとも聞く。少年の犯罪がどちらに多いかは知らないが、旧市街地では住宅も「親から子へ」だが、「新興住宅地」では夫婦共働きでローン返済。それで「カギっ子」が多いことは確かであったろう。
 このような生活スタイルや、「家事より仕事」とか、「結婚・出産・子育て」より、人生謳歌の女性が増えた(「クロワッサン症候群」というらしい)とか、「フリーターで生きたい」は、ついこの間までの価値観であった。
 これらが「戦後教育の問題は何か」と、どう合わせ考えられるのか、何となくわかりかけては、「待てよ、しかし・・・」とまたわからなくなる。「教育の問題には、結論はないよ」といわれ、ちょっと肩の荷が下りたが、目の前に孫の姿を見れば、「ま、いいか」ともいかないということも、実はあるのだが。 
(多分、続く)

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2009年2月14日 (土)

老兵たちのフォーラム・2月例会(2)

 “祖国愛、日教組批判”には違和感
  「戦後教育の問題は何か」というテーマでの二月例会であったが、この日、H・Hさんが報告者であった。
  このフォーラムでは、参加者自体が右から左までの集まりであり、報告者と、参加者の発言の持ち時間は、どんな発言も自由という原則があるから、幾らかの賛否の意見や補強意見が出されても、大雑把にいえば、「いい放っし、聞き放っし」で、それぞれが受け止め、消化することで激論には至らない。それが会の継続している理由にもなっているようだ。
 だが、かなりの落差のある異論を、押し黙って聞いているのは実はつらいことで、「ちょっと待った!」といいたいところなのだが、それは許されない。では、そんな議論にもならない場が、何か意味があるのか、ということだが、それは反駁するというより、あるいは論破するというより、持論の展開の中で、参加者の賛同を得るしかない。その賛同を得るのも、明確に○○さんの意見に賛成!というものではなく、各自の意見、感想の開陳を聴く中で判断するしかないのである。
  それぞれが一言居士である上に、多くは自重、自制された、あるいは話の切り口を替えた意見であるから、参加者全員の話を伺っていくうちに、いつの間にか提起者への直接的反論、異論の気持ちは退いてしまう、まあそんな感じではある。
  さて、H・Hさんの「戦後、日本の教育者たちは、自虐史観を抱き続けてきました」「これは、日本が“侵略国家”であるというトラウマからくるものです」。ということは、「先の戦争で日本軍は、アジアを、特に朝鮮半島、中国を侵略しなかった、とでもいうのですか?」「ええ!トラウマといっちゃうんですか!」といいたくなる。
  「歴史教科書を教える意味は、自国への誇りと愛情を育てて国民としての自覚を促すためだと思います」という文言だけなら、そういう一面はないことはない、とは思うのだが、後段で日教組批判と祖国愛へつながっていくから、またぞろ愛国心か、となってしまう。
  他の人からは「ふるさとを思う。そこで教えられ、学んだことが多くあった」という意見もあったが、それは「自然の中から学ぶ、人と人との触れ合い、祭り、伝統行事、3世代同居」そんな中から愛国心などとは言わない「郷土愛」のようなものは育まれる、ということではないだろうか。
  もっともH・Hさんは、「戦後教育を歪めてきたのは、日教組だけでなく政治、つまり自民党政治との共犯」とも言っている。しかし、全体のトーンは、日教組批判に軸足を置いている。私は、日教組を全面擁護する論理を持っていないし、一方で「先生(教師)になりたかった、という時期があったが、ならなくてよかった・・・。」という感慨をもっていて、それは教師への反発の残滓を抱えたままであること、どうもあの集団とは、フラットには付き合いにくい、なんていう狭量心もあるからだ。
  またこんな下りもある。「戦後、校庭から二宮金次郎の銅像が消えました。勤勉や節約が否定されたのです。背景には、偶像崇拝や国の中央統制を排除する左翼思想によるものだろう。」この、飛躍に過ぎる論理にはとてもついていけないし、反論の気概がそがれてしまう。「・・・大和魂を抜き取って、刃向わない従順な国民に教育するというアメリカの占領政策が、まさに成功したのです。」
  ということは、H・Hさんの「戦後教育の問題」とは、「自虐史観と、日教組と自民党政府の確執、アメリカの占領政策」が大きいということになるのか、というのが私の受け止め方で、私の「グローバリゼーション(新自由主義、規制緩和、市場原理主義・国際競争)に進路を切った小泉政権あたりからだろう。」という認識とは、かなり違うわけだ。「Aの世代(戦前)がCの世代(団塊二世)を見て指して言っている印象が強い」という私の指摘とも、見方が違うようだ。
 他に一人、レジュメを出されているので、もう少し検討を進めてみたい。 
(続く)

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2009年2月13日 (金)

老兵たちのフォーラム・2月例会(1)

  戦後教育の問題は何か
  2月例会は、初めての試みであるが、場所と設定を変えて、今日と明日、師崎のホテルにて泊まり込みで開催される。1日目の今日は、各自設定のテーマを出し合うフリートークとなっている。私は、この間のブログから「衆議院選挙を考える」を設定した。材料はすでに出来上がっているので、昨日の「みどりの未来」を加えたものとなった。
  明日は午前中のみで、例会に沿って進められる。テーマは「戦後教育の問題は何か」であり、難題である。あまり深入りすると(実際は、深入りなどできはしないのだが)袋小路に入ってしまうし、結論を出せるほどのものはもっていないから、私のレジュメは、感想か問いのレベルで対応するつもりである。
 そのレジュメから一部を引用すると、
 テーマに「問題は何か」とあるから、まず日本の戦後教育を概観してみて、今日的問題が何であるかを特定しなければならない。その問題点を検討するとなると、「戦前と戦後」の相違点、類似点を見て置く必要があろうし、日本の教育と諸外国の教育との比較検討を試み、世界観の違いを知ることも重要であろう。
 もう少し引き寄せて考えてみても、ある程度普遍的な「公教育」といわれるものと、時勢の中で求められる「政策的教育」もあると思われるので、分けて考える必要もありそうだ。さらに、「家庭内教育」「地域社会での教育」との関係性もあろう。また私流にいえば、悪しき「企業内教育」も検討するに値するだろう。
 そもそも「教育とは何か」、「教育制度の在り方」という原点に立って考える必要もありそうだが、かなりの部分で手に負えない気がしているので、皮相的であるが現象面から考えてみたい。
Ⅰ、基本的なこと
  ここは、以下の項目だけ。
  教育の歴史的検証/教育の場/教育する側/教育を受ける側/国の教育政策/教育ビジネス/人間教育と国策
Ⅱ、戦後教育を改めて考えてみる。事件、事案、現象などから
1、戦後のエポック
1)散々に戦争に敗れて、そのあとのことを日本のリーダーたちは何を考え、国民は何を求めたか。例えば、ソ連と中国共産党の進駐を恐れたであろうことはわかるが、その一方で広い国土、豊富な資源、アメリカンドリームという、多様な夢を持つアメリカ合衆国を、日本の戦後指導者は、日本の進路の道しるべにしたのではなかったろうか。それが、戦後の日本を形作ってきた一方の柱ではないかと考える。
  そして、明治維新後から第2次世界大戦までの日本の過去を総括し、教訓化し、その対極をめざした潮流がもう一方の柱ではないかと推測する。極言すれば、「米国追従一辺倒」か「自立とアジア重視」の2潮流ではないか、と。
2)「戦後」のエポックはどこかといえば、やはりグローバリゼーション(新自由主義、規制緩和、市場原理主義・国際競争)に進路を切った小泉政権あたりからだろう。それは、それまでの様々な価値観が、時には忘れ去られ、置き換えられ、捻じ曲げられ、矮小化されることも少なくなく、同時に、パソコンや携帯電話などによる情報と伝達手段の変容を合わせて考えてみると、「戦後教育の問題」ととらえるより、「グローバリゼーション以降の問題」といえるのではないだろうか。
3)では「世代」で考えてみると、「A:戦前・戦中派の世代」「B:団塊の世代」「C:団塊の世代の二世の世代」に分けられると思うが、今日的「教育の問題」は、Aの世代がCの世代を見て指して言っている印象が強いがどうだろうか。とすれば、Bは一体何をしてきたのか、Bの時代とは一体何だったのか、ここに問題の一つがあるようにも思われる。
2、犯罪、事件、社会問題から考えてみる
最近の事件を概観してみると、
1)殺傷事件では、家庭崩壊を象徴する「親子間の殺傷事件」、動機なき「無差別殺傷事件」、これまでになかった「残忍な手口」、事件の「低年齢化」、事実ではないのに「外国人が増えてから犯罪も・・・」など。
2)性犯罪などでは、大学生の集団レイプ、判事も手を染める「ストーカー」、殺害に至るケースもある「児童ポルノ」、まだ男にはどういうことかわかっていない「ドメスティックバイオレンス(DV)」など。
3)陰湿な犯罪、間接殺人では、パソコンや携帯電話の「メール」による嫌がらせ、いじめがある一方、人間の労働の限界を超えた超過重労働による、過労死、過労自殺、うつ病の多発があげられる(企業犯罪)が、「規律と統制」を重んじる自衛隊、警察にもあることを忘れてはならない。
3、自由とは無責任の裏返しである。権利と義務・自己責任は一体だ、という人もいるが。
1)自由と権利を履き違え、「自由には、義務と自制、自己責任」があることを忘れている。勝手気まま、他人の迷惑を考えない「自己中心主義的ふるまい」を「権利」という風潮がはこびっているのは、戦後教育が間違っているからで、その中心が日教組だ。しかも家庭の「躾」ができていないからだ、と声高にいう人がいる。
2)外務省の警告を無視してイラクに潜入し、挙句の果て誘拐、拉致されて国に救出、援助を求めるなどは、税金の無駄遣いだ。自己責任をとれ、という声は当然だ、と思っている人は少なくない。
3)やれ戦争責任だ、謝罪だ、国家による戦後補償を行え、などその「自虐的発想、教育史観」が、日本国民をダメにした。戦争で命をかけ、戦場で倒れた兵士は英霊だ。靖国神社で祀るのは当然だ、という人もいる。
4)集団的統制、規律と生活における礼儀、躾、道徳が決定的に必要だ。「兵役義務」といわずとも、公教育の中のカリキュラムの中に組み込み、徹底させればいい。文科省の強い指導が必要だ、という人もいる。
5)犯罪人には“見せしめ”の罰が必要だ。死刑制度を維持し、何事も厳罰主義で臨む必要がある。また犯罪の予防には、監視と通報制度が社会的に定着することも重要(英国の例)だ、という人がいる。
Ⅳ、教育に関する7+1つの問い
1)幼稚園は必須、高校全入制、大学の門戸開放(希望者全入)が教育水準を高めることになるだろうか。
幼児教育のあり方、職業観が問われていないだろうか。
2)全国学力テストで何がわかるのか、どんな効果があるのか、そのマイナスはないのか。
3)公教育は「入試・進路指導」に偏重していないか。「職業観」は、どんなふうに教えられているのか。
4)「大学の倒産の時代」到来は、何を意味しているのか。大学はそんなに必要なのか。
5)教師を(再)教育するとか、任期制にするとか、これはどんな次元で言っておられるのか。
6)英語(英会話)教育の強化の必要性を説く人が多いようだが、「英語偏重」を危ぶむ声もある。言語の問題をどう考えればいいのか。
7)一般的な「職業訓練制度」は、企業任せだけではなく、地方自治体による「地域制」(地域に職業訓練センターの設置)はどうか。高齢者のチャレンジの機会は、経済効果以上のもがあるのではないか。
+1 ところで、「家庭内教育」を、改めて考えたことありますか?
Ⅴ、一通り書いて見ての雑感<略>
 このテーマは、その人の人生そのものと人生観が垣間見えるであろうから、しっかり聞きとっておきたい。

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2009年1月19日 (月)

2009年・新春の集い

 多士済済、顔をそろえる
 私は大小問わず、政党、派、労働組合の「新年の旗開き」に招かれたことがない。(ある意味では当然だけれども)唯一の例外を除いて。
 その例外は「人民の力」の「新春の集い」で、昨日参加した。招かれたといっても会費制のパーティーだから、特別な席が用意されているわけでもなく、参加者の扱いに差はなかった。それと、家族参加が呼びかけられ、母親に手をひかれた子供もいたりした。(いわば家族ぐるみ)
 井戸代表の、情勢と課題を込めたあいさつの後、次々と参加者がマイクを握った。その参加者の顔ぶれは、即ち運動の課題を示しているから、多士済済ということができる。党の主体が労働運動を基盤としていたことから、その関係者が多いのが特徴であるが、その運動を担うメンバーが、様々な課題にも参加しているから、顔ぶれが多彩になるのも当然といえようか。
 労働運動の関係でいえば、国鉄闘争、ユニオン、日雇・派遣労働者と組合、日韓連帯、私ともう一人が「トヨタと向き合う運動」として紹介された。1999年と2003年の知事選候補者とその応援をした人、岐阜の市会議員もいたが唯一の議員だった。
 非戦・平和の関係では、イラク派兵違憲訴訟の関係者、不戦へのネットワーク、平和リレー、ピースサイクル。反原発関係も多彩で、浜岡原発、東濃の核廃棄物超深層地下埋め立て、チェルノブイリ、X線照射食物などにかかわる人たち。徳山ダム、設楽ダム。昨年の中部ペン・文学賞受賞者の顔も。
 会を運営する人、その人たちも何かにかかわっているし、毎年近似値クイズを出す人、歌う人、バックのドラム、ヴァイオリンと沖縄の“さんしん”を弾く人、日本舞踊の男性、はじめて登場の中年男女のフラダンス?この出演者も、一つや二つ運動の顔を持つ。見渡せば、スーツにネクタイという人はまれ。ここでは“肩書”は不要。
 こうして課題の一端でもあって多くの課題の現状を聞くことができ、私にとっては同窓会的趣もあるから、ついお酒の自制が緩んでしまった。幾分高齢化していることは、ここも同じであるが、この日を期して、それぞれの運動現場へ戻っていくという点では、それは問題ではなかった。

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2009年1月17日 (土)

名古屋市長選挙を考える・4

 河村と市議会の民主党
 市長選の候補者をめぐる動きが出てきて注視している。
 当たり前のことだが、どんな選挙であれ、選挙に臨むにあたっては、これと思う候補者を“担ぎ出す”側にいて参加するか、出揃った候補者から選んで投票するかの二者択一。私の場合は、「棄権」は選択肢に入れていない。
 民主党の候補者擁立をめぐっては、河村たかし衆院議員と市議団が推す伊藤邦彦弁護士の二人の名前が挙がっているが、どうなるにせよ傍観するほかない。ただ、この報道を目にしたとき、かつての知事選に若手のS弁護士擁立の話が、市民サイドで上がったことを思い出した。本人の固辞でこの話は立ち消えになったが、そのような動きをした時代、当時の40代、50代のわれわれ世代は、そういう“意気”を持ち合わせていたのだと、幾らか誇らしく思ったりする。
 さて、新聞報道によれば、河村の立候補意思表明をめぐっては、民主党の市議団も県議団も当初から河村を敬遠していて、河村以外の候補者擁立に奔走していたのだという。それはそれで党内事情であろうから関知しない。だが、「・・・急進的な政策と一匹オオカミ的なキャラクターが生じさせた党組織との亀裂は深い」(1月16日毎日新聞)という内容がどういうものなのか知りたいところである。
 仮説を立ててみる。「河村が市長になったら、何が飛び出してくるかわからない。与野党の隔たりなく松原市政を支えてきたこれまでのあり方の根底が崩れる。(本当は、民主主導の“相乗り”がベストだが)党中央の方針で“相乗り”は採用しないが、これからも、それに近い議会運営ができること、それが市議団の望むところだ」これをさらに推し進めると、「市長と議会は対立するものではなく、協調して行政を進めることが、結果として市民のためになる、ということだ」。
 この仮説は、私が名古屋市議会(または市議を通して)を見ている目でもあるのだが、「議会は、行政のチェック機関であり、自ら律し、足らざる、至らざる行政の欠陥の補正及び、地域社会の未来像の構想提示」を旨とすべきではないか、と思うと、「反河村派」の動きは評価し難い。
 とはいえ、河村に同調するものでもない。それは、河村のキャラ・“品格”に魅力、オーラを感じない、とかなり情緒的感覚ではある。だがそればかりではない。一昨年の愛知県知事選挙で、石田芳弘さんを候補者に擁立した際の、河村の傍観的態度に私は大いなる失望、「政治的センス」を疑ったのだった。
 
石田敗北の要因は、出身地犬山と一宮の有権者数の差、連合愛知、特にトヨタ労連の緩慢な動き、民主党名古屋市議団と河村の怠慢による票差であったと思っているからである。
 
さらにもう一点の不安は、民主党県連が伊藤弁護士を正式に擁立を決めた場合、河村が「無所属」で立候補することになり、その場合、政策協定を結んで自民党の支持を獲得する動きに出るのではないか、その可能性の不安である。
 
というわけで、まだ様子を見なければ、私の選択肢と、“何をすべきか”は決まらない。

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2009年1月 8日 (木)

老兵たちのフォーラム・1月例会・2

 国民国家とは何か・2
 M・Hさんの話が始まった。レジュメは縮小されたとはいえA4に4枚。それを見ながら話を聞くのであるが、なぜか、瞬間理解したつもりが、次の瞬間に消え去るという繰り返し、つまり理解されていない、自分の中で整理、着床しないで跳ね返っていく感じなのである。これは最後まで変わらなかった。まとめのコーナーで、「そもそもなぜこのテーマなのか」「このテーマを今日的な状況の中で考えると、どういうことになるのか」「その結果、日本の未来像はどう描かれるのか」を、繰り返すように質問したが、浮遊状態に変わりがない。
 う~ん、つまり、M・Hさんが言わんとしたことは、こういうことなのだろうか。
 レジュメを探りながら改めて考えてみると、今日の日本も世界も混乱の中にある。情報が飛び交っている。私たちが認識したり、当たり前のように受け止め、感じて、理解していることは、確かで、正しいのか、その再吟味が必要だ。
 「無邪気さが認識を誤らせる危険。国民国家をしかと見破る要あり。」(M・H以下同じ)
 「① 歴史は直線的に進展しない。<後退>も<停滞>も<飛躍>も<相互干渉>も<突然変異>もある」国家としての「座標軸」を考える必要がある。
 座標軸?それは支配者側としての座標軸を言うのか、我々が求める「国」の座標軸を言うのか、あるいは双方を言い、そこでの格闘を示唆したのか。
 「②『国民国家』は、18世紀に突如史上に姿を見せた、現代に続く国家形態である」
 
「③その本質は、<戦略的擬態>である。<ダブルスタンダード>が価値基準。」
 「④その正体は、隠されている。当事者にも見えない。が、誰もが薄々感じとっている。」
 ええ!何のこと?<戦略的擬態><ダブルスタンダード>これって、国民を操縦するための、悪く言えば騙すための、民主的な、国民のための、というポーズを言うわけ?国会や内閣制度や選挙も擬態の一つなの?これは内政も外交も同じことなの?国民国家は、
 「⑤形態はイビツ」「⑥<純>は存在しない」「⑦動員された説話群」と続くが、まだぼんやりとしている。説話とは、「神話」「いい伝え:伝説・伝承」「伝統」これは「生活習慣」になっているという。
 ということは、ちょっと飛躍するけれども、「民主主義」はあり得ない虚構、理念、イデオロギーに過ぎないわけ?待った!私が認識する「民主主義」は、1945年以前はなかった。専制国家、独裁国家、帝国主義国家、軍国主義国家から、現憲法を得て、曲がりなりにも平和の享受、基本的人権、参政権、労働権、生活権などが保障されている現在があると思っている。それが完全ではない、純粋ではないから「擬態」といっていいのか。政権維持のためや、我田引水の利権擁護のために、“その場しのぎ、先延ばし、丸投げ”はあるだろう。また、“与党も野党も羊羹の裏表”と思わないわけでもない。さらに、現行の選挙制度は、現政権有利または、少数意見排除の制度だ。2大政党論は怪しい。道州制は、新たな支配構造の強化のための方便で、住民自治から遠く離れるばかりだ、とも思っている。皇室制度、裁判員制度、○○審議会、特殊法人に目を向けないわけではない。考察を怠っているわけではない。それらが「民主主義の未熟」なのか「構造的欠陥」ではなく支配者の「戦略的擬態」なのか。
 一方、こんな風にも思う。戦争の口実、例えば、「領土が侵された、国土防衛のため」「国家国民の繁栄と安寧のため」「人道上、邦人擁護のため」。それらのために「相手の生命を奪うこともいとわない」というのは、どうみても嘘っぽい、裏があると。
 「公共、つまりみんなのために土地を明け渡してほしい」という強制収用の例。「便利になり、地域の活性化のため」の道路建設。「赤い羽根募金」「○○神社へ募金」を回す、町内の回覧板。ああ、確かに表向きと実際は違うだろうな、と。
 国家は、「善意の無邪気さを大歓迎」か、なるほど。「純粋に憧れる人は戦略ギライ」なるほど、なるほど。根回し、手の込んだ方策、相手を疑ってかかる接し方は、キタナイか。正直であれば、相手も正直になる、裏切らないか。そういう場合もあるだろう。
 「国民国家は、周縁に波乱を巻き起こさせ、秩序の全体を維持しようとする王権=道化、これぞ<国民国家>の正体」というけれど、話はまだ先がある。
 実に重いテーマであった。生半可な予備知識、浅い考察では、つかみきれないが、それは、国家という機関、組織、運営そのものを知り得ない者には当然ではなかろうか。その当然と思っていることにM・Hさんはメスを入れ、あえてそれらを「擬態」と称して、その本質だけでなく、本質を隠す周辺の状況を見極めよ、多くの人が疑いも持たずに“正直に、まっとうに生きる”ということとは別に、“我々は、洞察しなければならない”ということが言いたかったのであろう、と私は解釈した。
 レジュメの1枚だけで、ここまで来たが、この後のことは、これから様々な出会い、考察、聴講の中でさらに身につけていきたいと思った。 了。

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2009年1月 7日 (水)

老兵たちのフォーラム・1月例会

 国民国家とは何か
 2009年最初のフォーラムのテーマがこれである。
 12月例会にこのお題を戴いたとき、「国民国家」という言葉に初めて接したように思ったので、イメージがわかなかった。“ま、いいか。今回はお話を聞くだけで”と、放っておいたが、日が近づくに従って、わからないときほど予備知識がいるものだ、と思い返して、にわか勉強に取り掛かった。
 まず、インターネットで検索してみた。wikipediaによると「国民国家」は、「領域内の全住民を国民という単位に纏め上げて成立した国家そのもの、あるいはその概念、イデオロギーを指す」とある。これでは答になってない気がする。では例えば、日本、中国、アメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、フランスという国を並べて、「国民国家」といえる国とそうでない国と分けられるのか、分けられるとすれば、何を根拠に分けることができるのか。それを探っていけば、今日のテーマに少しは近づくことができるかもしれない。
 そこで発題者のM・Hさんからのヒント、即ち「18世紀以降の政府」「憲法」「行政」「内戦・国替え」を頼りに私は理解しようとした。
 まず、「18世紀以降」から連想すると、これはヨーロッパのことであろうとまたまた検索を試みると、「国民国家」とは、絶対君主制以降の、ナポレオン・ボナパルトにより完成されたもの、というくだりがあった。さらに調べれば、前後して「イギリス革命-権利の宣言」「アメリカ独立革命-独立宣言」「フランス革命-人権宣言」という「3大市民革命」に至った。ここで「国民国家」の内実の一部に触れたような気がした。
 このとき、M・Hさんの「国民国家」は「国民と国家」ではない、一つの言葉である、を思い出して、ではあえて分けて考えるとどうなるか、まず思いついたのが「国家と民族」についてであった。
 18世紀以前はあったかもしれないが、「単一民族による単一国家」は現存するだろうか。逆に国家を超えた「民族主義」がないとはいえない。例えば、中東諸国あるいはイスラム圏の例では、民族、部族が主体で国家をあまり意識していない国民であるように思われる。
 アメリカは例外として、中国、ロシアは民族国家の集合体(連邦)ではないのか。では島嶼国の小国を除いて、「単一民族」ではないが、比較的少ない民族で成立している国はどこだろうか。アジアでは、日本、朝鮮半島、ベトナム。ヨーロッパではイギリス、フランス、スペイン、ドイツだろうか。南米は多いかもしれない。
 ということは、いろんな民族、部族、あるいは宗教、文化が入り混じって「国家」が成立していることが分かってきた。いや、ここのところはわかっていたが、それと「首題」との関係性のことである。つまり「国家」として成立していく以上、この種々雑多な構成要素を束ねていく方策が必要で、それが政治であろうし、憲法・法体系、行政機構へつながっていくのではないか。
 ここで、日本における「法治国家への道」という課題を設定して少し考えてみた。
 日本では、1603年の、徳川家康による江戸幕府の開府によって、安定的な統一国家が成立した。だがそれも「幕藩体制」といわれる「地方政府」の集合体であった。また、権力は持たないが、「絶対的権威」が温存された「天皇制」も並立しており、幕府にとって、藩と公家の締め付けが必要であった。「武家諸法度」「公家諸法度」がそれであり、「参勤交代」「国替え」は、「地方政府の定着化、強国化阻止」が狙いであったろう。
 また、「士農工商」「エタ・蝦夷」という差別的な階層化が存在した。それらが変革されるのは、明治以降となるが、「民主国家」としての成立は、「日本国憲法」が成立する1945年以降である。これとてまだ「途上」である・・・・。
 まあ私の能力では、ここまでであった。本テーマの何が核心点なのか。これは、M・Hさんのお話をじっくり聞くほかない。「そもそもなぜこのテーマなのか」「このテーマを今日的な状況の中で考えると、どういうことになるのか」「その結果、日本の未来像はどう描かれるのか」と。 
(続く)

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2009年1月 6日 (火)

名古屋市長選挙を考える・3

 Fさんのパブリックコメント
 先に紹介したFさんは、民主党愛知県連のパブリックコメントに応募し、以下のような意見を送ったという。
「民主党の県連がきょう12月22日まで、名古屋市長選向けに作った、名古屋ビジョンをつくり、それにパブリックコメントを募集しています。以下僕の間ブリックコメントを貼り付けておきます。」
 
ビジョン全体が21世紀のあるべき地方自治の政治からはほど遠い「施し政治」つまり 、このビジョンは「市民の皆さんにこんな施しの政治をやります」ということに尽きるものだと見えます。
 21世紀の民主主義政治が「市民による 市民のための 市民の政治」を掛け声だけでなく、実際におこなう時代なのです。それは近くでは長野県阿智村にその姿があります。
 阿智村の岡庭村長は「人格的に確立された個々の住民が生活の場である地域でともに学習、議論し、そして自ら実践するなかで、生活の質も自然環境の質も高まることで、はじめて美しく豊かな地域が実現できるのだと思う。地方自治体は住民一人ひとりの基本的人権を守り高めるための、そのような地域づくりの場を準備し必要なサポートを行うものであり、政策方向の決定はあくまで住民、あるいはその代表である議会が行うべきである。」と言っています。
 た首長のリーダーシッップのあり方は、あくまでも住民の学習や議論を優先し、その意欲と自治力を引き出すことに徹するという考え方、姿勢です。
 域づくりの主体をつくるなかで、国の主権者もつくっていくことも展望していることをはっきりと言明しています。
 また遠くでは千葉県我孫子市の前市長福嶋浩彦氏はその論文「情報公開と市民参加の自治体経営」の中で「これからの自治体は市民自治を理念に「市民の自立した活動」と「主権者である市民のコントロール下にある行政」が連携して「市民が主体者となる公共」を創り出していくことが大切。主体は組織でなく一人ひとりの市民である」とも。
 これからの地方自治は市民の参加と情報公開が必要条件参加する市民はその問題に特に知識を持つ人、利害関係者、個人的の意見を持つ人こうした直接参加した市民の意見を踏まえつつ、市民から選ばれた市長や議会が市民全体の利益を考え、しっかり判断する責任がある。
 こうして市長や議会が機能していれば市民が直接参加する機会が多ければ多いほどよい。市民が行政のあらゆる分野に参加することによって、市民が知りたい情報、必要とする情報、知らなければならない情報が明確になり、情報公開と市民参加は一体で進める必要がある。
・予算編成の公開と市民参加―各課から予算請求―HPで公開―市民からパブリックコメント―結果予算審議の過程が市民に公開され(結果まちづくりの方向が市民に理解、意見の発掘、市民意識醸成へ)
・補助金の検討委員会に市民参加
・職員採用時の試験委員に市民参加
・目的が明確な市民債の発行
・議会へ市民参加―議会の情報公開(議員の各議案への賛否の公開)―請願した市民の趣旨説明発言保障―議案審議過程への市民参加(審議会、委員会へ市民委員の参加、パブリックコメント、タウンミーティングの開催)―議員立法時市民参加
・住民投票―決めるのも市民―責任も市民(大規模市民アンケートも可能)
・理念としては直接民主主義、やむを得ず間接民主主義を取るという考え方が大切。
首長と議会の関係は
・ 市長は市民からさまざまな意見を聴き議案をつくり議会に提出。市議会では与党、野党ではなく全議員が是々非々の立場で市民の意見を聴きながら議案が市民の利益にかなっているか、より良い地域づくりにつながるかを議論し決定する。自治体では首長対議会なのである。
・市長は個々の議員の言いなりなってはならない。議会としての意思を決定をし、市長を動かさなければならない。
・議会の役割は二つ、「市民の合意を作り出すところ」と「行政の監視」。そのためには議員同士の自由な討論が不可欠。(全国で17自治体が自由討論議会)
 行政が市民の自治力を高めることが重要
・異なる市民がきちんと対話できる機会を行政職員が作っていく必要がある。最も大切なことは市民から出発して社会を創っていく自治体の経営です。しっかりと市民が中心にいることが大切である。
 と述べられています。僕も21世紀の名古屋の市政はこうした方向で情報公開と市民自治力を高めることによって豊かな市民生活が実現するものと考えています。
 民主党愛知県総支部連合会のつくられた名古屋ビジョンは「市民による」という市民参加・市民自治という視点からはホド遠い何度も言いますが「施し政治」「ばら撒き」政策の枠から出ていない古い型のビジョンです。
再検討を望みます。

 個々の具体的な政策に踏み入っていないようで、2つの例を引用しながら、もっぱら「民主主義」の在り方に重点を置いているようです。
 私は「名古屋ビジョン」を読んでいませんから、多くをコメントすることはできませんが、「市民参加」については、行政、議会、政党・会派、議員などの各レベルでの対応が求められる一方、市民自ら行動することなしには成り立ちません。
 その意味で、Fさんたちがめざしている、この運動に共感がないわけでないのです。しかし、そこには、どうしても動力源とスターターがなくては車も動かないように、全てがまだ充填不十分なのです。

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2008年12月29日 (月)

名古屋市長選挙を考える・2

 知人からの誘い
 いつだったか、安城で開かれた「佐高信講演会」の後の懇親会場で、偶然席を同じにして知り合ったFさんからも、名古屋市長選挙へのお誘いがあった。
・・・ご無沙汰しています。ASK-NET市民講師のFです。
名古屋市長選で「義を見てせざるは、勇なきなり]という心境で市民有志で
始めた運動です。ご意見、署名をお願いします。 (中略) 
 僕も、もう市民講師を始めて今年で8年目になります。2年ほど前ですがT高校の子ども達に「今の歪んだ社会を正すのは君達若い世代なんだよ。」と声を大にして訴えていて、はたと気づかされたのです。
 子ども達が「ではF先生はそのために何をしてくれていますか?」と聞えてきたのです。それが、市民運動を始めるきっかけでした。まず身近な政治に関心を持ちました。それが昨年の知事選と参議院選での勝手連の活動になりました。
 そして、その仲間と昨年4月に「名古屋市議会議員の通信簿をつける会」の運動を起こし、また一方、今年2月から参議院選挙の勝手連仲間と公職選挙法のおかしなところを変えたいと「選挙を市民の手に!公職選挙法を考える市民フォーラム」の名古屋、日進、豊橋の3回の開催に参加してきました。
 これらの経験から、今回の市長選の状況が、主権者である名古屋市民を置いてきぼりにしている市議会の与党議員団に、「がまんでけへん」「ほっとかれへん」気持ちになりました。
 【市民自治による市政改革ができる】市長候補擁立 1万人署名、運動を市民有志で立ち上げたものです。(中略)
 是非、賛同していただけたらうれしいです。そして広く拡げて頂き、名古屋を市民が主役、市民参加の市政に変化させていきたいのです。
 追伸:関心の低い名古屋市長選について市民に考えていただくことも狙いの一つです。そしてこれは政治運動というより、毎日の自分の市民生活の一部くらいに考えて、気楽な気持ちで、メール中心でスタートしています。
 僕は一日10人の方にメールでお願いしています。名古屋市政を市民のものに変えたいのです。

 こういった市民がおられることは、知られることは少ないが、私にも少なからぬ経験もあれば、それ自体に共感しないわけではない。しかし、共感と共同行動がストレートにつながる場合と、そうでない場合がある。今回は後者である。
 その理由に、先の知事選の経過と、その後の石田芳弘さんの転身「事件」が尾を引いていることは確かである。だから、Fさんに、「石田さんの件、どう思うか」との問い合わせをした。彼は私とほぼ同じ見解を伝えてきた。
 次に、私のスケジュール表と、地域運動の、2009年の展望を見つめながら、「天秤」にかけてみた。そこで、4月いっぱいまでの市長選にかかわりをもつ選択肢はなかった。「市長候補擁立 1万人署名、運動を市民有志で」という展望はあまりに不鮮明であり、イメージを具体化できなかったからである。
 ただ、「関心はある」というわが意思を、どんな形にするかの宿題というか、向きあい方については考えていくつもりである。

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2008年12月26日 (金)

‘09名古屋市長選挙を考える・1

市民の側から動き出したが・・・
 2009年4月に名古屋市長選挙がおこなわれる予定であり、現松原市政の与党である自民、公明、民主と、野党の共産は、それぞれ候補者擁立に動いているが、「相乗り」を警戒する市民グループが動き出した。
 12月初めころに以下のメールが届いた。
  「署名行動への全国の皆様への御願い
いよいよ来年4月の名古屋市長選に向けて各陣営が動きだしました。添付の『呼び掛け文』にありますように、このままではまた3与党主導の『市民無視・市民不在』選挙で、相乗り市長が誕生してしまいます。
 何もせず!黙って見過ごすことは!与党専断政治を認めることになりそれでは『裏金問題に象徴される市政の堕落』の矯正は不可能です。
 なんとかその流れに一石を投じ、市民の声を反映させようと上記の署名活動を始めます。巨象に対するアリの闘い!!ですがまずは行動するのみです。皆さんの積極的な協力を熱望します。
  また名古屋市在住の知人、友人の方にぜひメールの転送をお願いします。」

 私の返信メールは、「上記の件、どういう経過でこうなったかは、メール上から推し量るしかありませんが、名古屋市長選挙に関心を払うこととは別に、直接かかわることは考えていません。
 ○○市議が立候補を応諾するとはとても考えられませんし、たとえ立候補しても直接選挙応援するつもりもありません。
 彼はともかく、彼の実質的な後見人であるS氏に対する私の『政治的不信感』はぬぐいきれないものがあります。
 ということもありますが、私の今は「トヨタ」と向き合うことで精一杯ですので、いずれにしても、お誘いには応じかねます。
 あしからず、ご了解ください。」
 1999年の知事選、2001年の名古屋市長選、2003年の知事選、2007年の知事選にかかわってきた私にとっては、名古屋市長選とは無縁ではないが、知事選に較べればその比ではない。2001年の選挙では「不本意ながら」という一面が強くあって、むしろ例外的に取り組んだ経緯がある。
  ということで、自民、民主、共産が立てるどの候補にも加担する予定はない。市民派に候補者をたてきれるほどの力があるとは思えないが、その時はそのときでまた考えることにする。

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2008年12月25日 (木)

中部電力の浜岡原発

 浜岡6号機新設計画の白紙撤回申し入れの報告
 以下の報告が届いたが長文なので中略で書き留めておきたい。
 ・・・浜岡原発6号機新設計画の白紙撤回を求める申し入れには、緊急 だったにもかかわらず、全国82団体の賛同をいただくことができました。
 昨日24日、この全国の思いを背に中部電力本店へ申し入れに行ってきました。
 昨日の話し合いでは、中電側は、総務部1人、広報部エネルギー環境広報グループ2名が対応。市民側は、静岡からの1人を含む東海地域の11人が参加しました。・・・
 中電へは、まず1、2号炉の廃炉決定は、あくまで経済性を考慮した結果で、老朽化でも耐震上の問題でもないと社長が説明していることに ついて問いただしました。
 これまで会社は、1、2号炉も補強工事は必要なく、工事するのはあくまで余裕の向上が目的だと言っていました。
 ところが今回、耐震工事に10年もの工期と3000億円の費用を見積もって、新規の原発を建設した方が得策だと判断したわけです。
 3000億円が必要不可欠なコストだとしたら、それは今のままの1、2号機には耐震性に問題があるということに他なりません。しかし、中電はそれを認めません。
 工事をしなくても、「想定東海地震」の395ガルには十分耐えられる。ただ、3~5号機を自主的に約1000ガルまで耐えられるように工事 したので、1、2号機も同等にしないと、地元や世間様が納得してくれない。安心と安全は違う。
安全と説明しても安心してもらえないこともある、と言うのです。
 そこで私たちは、395ガルに耐えればいいのだとこれまで主張してきたのだから、自信をもって大丈夫だと、それこそあなたたちの言う「科学的」に説得すればいい。そんな、あなたたちの言う「科学的でない」地元や世間の安心のために、3000億円もかけると言うのか。株主をどう説得するのか。そもそも、1、2号機と3~5号機は建設当初から設計用地震動がそろわない時期もあったのだから、べつに1000ガルに合わせなくてもいいのではないか、と言ったところ、中電側は何も答えられず黙ってしまいました。

 まだまだ続くが省略する。
 この申し入れに対して、「反原発」を運動の柱にしている「ピースサイクル」として賛同を決め、全国ネットに投稿したが、あまりに直近過ぎてか、応答があったのは岐阜県だけであった。
 全国それぞれには、原発だけでなく、米軍基地、自衛隊基地、開発地域、ゴミ問題など地域問題を抱えていて、しばしば、今回のように全国から賛同団体を募ることがある。それは、地理的には一地方(地域)であっても、問題が全国性を有しているから、注意を喚起する意味も込めて募集するわけである。もちろん、申し入れ書に添えて、賛同団体名も中電側に渡すものであるから、多ければ多いほど中電側に再考を迫る力になるかもしれない、少なくともそのように考えて全国募集するのである。
  だが国とか企業というものは、初めから市民運動の動きを読んでいて、全く対応する風もないのがこれまでのありようだった。今回については、窓口対応に変化がなかったとしても、「6号炉新設」という、地元にとっても寝耳に水、という新たな状況と、運転中のものについても、運転差し止め訴訟が高裁にかかっており、裁判所から和解案も出ている現状から、中電側として従来にない構えを持っていたかもしれない。
  予想される東海地震の震源域の真上にある浜岡原発であれば、1、2号機が止まったまま、この夏を乗り切ったわけだから、6号炉新設は必要ないという根拠は成り立つ。これまで以上に、継続的な取り組みが必要だろう。
  とにかく、原発の寿命が来て廃炉になり、その撤去作業と放射能汚染した廃材などの処理には、未知の危険が待ち受けている。その意味では1号炉、2号炉同時に廃炉にして解体するという中電の今後は、全国の原発立地地域にとっても、目が離せないのではないだろうか。

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2008年12月19日 (金)

田中国賠訴訟上告へ

 運動に寄与できるか否か
 さる12月11日の高裁判決で敗訴した原告側の、上告か断念かの合同会議が17日に開催され、結論として上告することになった。
 これまでの判例からみて、逆転勝訴、高裁差し戻しの可能性は少なく「棄却」が予想されることでは、原告、3人の弁護士、支援の3人とも一致したのであるが、上告に至ったのは、逮捕要件を構成する事件として「刑訴法の罰金2万円」「岡崎市条例の30万円」が併存する「二重基準」の存在を認め、「・・・不均衡を解消するための政治的な責務を負担しており、」という判示を評価したことによる。
 「政治的な責務」といったところで、高裁判決では拘束力も努力義務も生じないし、判決は一方で「不均衡を解消には膨大な作業が必要ですぐには・・・」と言っているから、「当面」がこれからも続くことになる。だがたとえそれがこれからまた半世紀続こうとも、「二重基準」が続くことは良くないことだと言っているわけだから、不当逮捕頻繁な折り、この矛盾を持って、公権力の横暴を幾らかでも牽制できないか、そんな希望を見出したからである。
 さて弁護士の見解はもう一つある。主文で「棄却」として、ほぼ地裁判決を踏襲しているにも拘らず、高裁ではあえて「二重基準」について長々と判示しているのは異例であり、裁判官も黙殺できないからではないか、とすれば、最高裁に上げてマイナスはない、という見方であった。
 一方支援の側からは、これまで議論してきたことで、敗訴した中に、わずかでも我々が使えるとしたら、どんなフレーズになるか、政党や議員に法改正または、放置されざる問題性として働きかける運動が成り立つかどうか、不当逮捕問題で闘っている全国の仲間に伝えることができるとしたらどんな内容になるか。そして上告した場合、棄却されるまでの期間がそれらの有効な運動期間とも考えられるから、どれほど時間的な猶予があるか、などが出された。
 前者については弁護士が判例集に投稿することになり、後者については支援の側で検討することになったが、原告の田中さんは、実質敗訴ではあったが、提訴しただけのことはあったと、一応の評価をしていた。

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2008年12月11日 (木)

田中国賠訴訟控訴審判決

 控訴が棄却される
 三菱自動車岡崎工場の閉鎖問題に関して、2004年にビラを工場周辺、名鉄東岡崎駅周辺の電柱に貼ったとして、3か月後に愛知県警公安3課まで出張ってきて岡崎署に逮捕され、8日後に釈放、不起訴になった事件で、逮捕・拘留は不当だとして国家賠償を請求した「田中国賠訴訟」の控訴審の判決が、今日の午後名古屋高裁であった。
 結果は「本件控訴を棄却する」として、原告田中さんの敗訴となった。
 ただちに弁護士を中心に判決文の検討がなされ、敗訴は敗訴として、控訴して争っただけの成果がいくらかでもあったかどうかが探られた。
 原告の主張の柱の一つは、刑訴法に定める「逮捕要件」は、住所不定、出頭拒否もしくは、罰金2万円以上に相当する犯罪である場合であるが、本事件の内容が軽微でいずれも該当しないことを持って、県警と岡崎署は、岡崎市の条例-屋外広告物条例違反の30万円以下の罰金相当の犯罪として逮捕したのは、いわば「二重基準」であって法の下の平等を欠いている。刑訴法199条1項のただし書きの「当分の間・・・」が今日まで放置されてきたのは「立法不作為」であり、国の怠慢だと主張したのであった。
 判決は結局「裁量権の範囲内」としたのであるが、「二重基準」の存在を認め、「・・・不均衡を解消するための政治的な責務を負担しており、」「・・・本件二重基準を廃止する環境が整っていないことからすれば、現状では、国の機関が上記責務を果たしたとは言えない」と判示した。この点が獲得した成果といえそうである。
 その他については、その多くが1審を踏襲しているので、記述は少ない。ということで14日以内に上告するか、断念して高裁判決を確定させるかどうかの判断が求められている。例えば、「政治的な責務を負担しており」をもって、昨今の不当逮捕、拘留事件に歯止めがかけられるかどうかであるが、警察・公安の現場では、意に介さないのではないだろうか。かといって上告して新たな展開が期待できるかについても期待薄であろう。来週中には、原告、代理人、支援が寄って相談することになった。

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2008年12月 3日 (水)

老兵たちのフォーラム・3

この1年を顧みて・3
 参加者10人が一人ずつコメントしたが、どちらかといえば「私たちの取り巻く情勢」から、この1年を振り返った人、自身の思いを込めてフォーラムとのかかわりを中心に語った人、そして双方からアプローチした人に分けられた。
 私たちを取り巻く情勢といえば、アメリカ発の金融危機、世界同時不況が第一に取りあげられる事項であるが、それについて「北京オリンピックが終われば世界は混乱するとみていたが、その通りになった」「中国の急激な経済不振、低迷状態は深刻なものだ」「かなり前から、ドイツも危ない、EUも不振、ロシアも・・・」という解説があり、「オバマがどういう政策を打ち出すか注目されるが、予定されている閣僚の多くは、ハーバード大学、エール大学出身者で固められている」という注目すべき発言もあった。
 国内の情勢では、麻生政権の末期的状況、政権交代、自民党の分裂と政界再編、公明党の存在感の後退などが語られ、マスコミの経営問題と、記事、記者の質の問題も俎上に上がった。大手新聞社の広告収入減は既に報じられたところであるが、テレビはもっと深刻であるという。情報価値のない、常識の範囲内の内容を繰り返すばかりで、テレビ離れが進むだろう。新聞社とテレビ局が合体することも?それにしても奥田碩発言はけしからん、トヨタの驕りだ・・・・。
 さらに、今年を「面妖」「不平」「潮目」というキーワードで振り返った人もおられた。その中で「各国は、軍備拡張を続け、パワー・ポリティクス化が外交手段となるでしょう」との分析は、私には同調し難い内容であった。確かに、イラン、イラク、イスラエル、パレスチナなどの問題を抱える中東、ロシア周辺、中国の台頭、印パ、南米など個別にみていくと、そんな気がしないでもないが、世界経済の不振、疲弊と貧困化の拡大は、ファシズムの萌芽があるものの、平和、環境、食料などをキーワードに軍拡は沈静化の方向ではないのか、そうみているのだが。
 またフォーラムそれ自体については、その話題の多様性、特定の勢力・イデオロギーに偏らないのがいい。議論に加わることでものを書くことが苦にならなくなった、加入したそれ自体が大きな出来事であった、という感想が述べられた。それはメンバーの多様性、その経験の豊かさがそれぞれに新鮮さを与えているのであろうし、興味を引き出しているのではないだろうか。
 私自身についてはすでに書いたが、やはり「現役」であり続けることによる、問題意識の絶えざる注入と水路開削の模索が、より後押ししてくれるだろうし、「学識・学歴」と比肩できるのではないか、とやや強気に構えている。加えて、何せ60代半ばにして男性の中では、最も若い位置にいるのだから、過去形より現在進行形、現在と共に未来志向は、幾分かは多いのではないかと思い込んでいる。それが発言の勇気の源泉でもある。 了

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2008年12月 1日 (月)

老兵たちのフォーラム12月例会・2

 この1年を顧みて・2
 
例会は12月3日の午後であるが、当日提出するメモを先行してここに記す。
はじめに
 この1年といわず、これまでの例会を振り返ることはあまりなかったので、改めて「老兵たちのフォーラム」の位置付け、得たもの、保留のままのものなどを考えてみたい。
 それにしても、参加のみなさんが豊富な経験と実績を積まれ、それらをまた冷徹に自己分析されてお持ちになっていること、さらに過去だけでなく、「これから」を憂い、望み、かかわろうとしておられる姿勢に、私には学ぶところが本当にたくさんありました。お礼申し上げます。
 さて、私がこのフォーラムに参加した時に掲げたテーマは、「第3の社会論はあるか」というもので、歴史的にみて、社会主義(社会主義国家)は、資本主義(資本主義国家)に凌駕されてしまったのであろうか、だとすれば、そこに至る比較検討はどこまで研究されているのだろうか。そして、現実的課題に向き合ったとき、双方向から課題にアプローチしたなら、どんな答が導き出されるのであろうか。それは一方を断罪し、一方を肯定できるものなのか、双方の正反両面を切り取って合わせ、何かを加え、何かを差し引けば「第3の社会」とも言える、形が見えてくるものなのだろうか。はたまた、「資本主義」の行き詰まり、破たん、混乱が形を変えてであれ、「社会主義」が復権するであろうか。(例えば、南米の左翼政権の登場、広がり)これが私の当座の命題であり、「総論」部分でもあった。
 では各論についてどこまで論考が進んでいるのか、と自問してみたけれども、そのヒント、論らしきものに幾らか出会った気がしているが、文章化の作業には着手していない。できるだろうか?
 ただ私には、2003年の愛知県知事選挙の総括を終えてから「これからの社会、地域、愛知を考える」という、未熟ながら論考を試みている。(C&Lリンクス愛知・Ⅰ第25,26,27号-2003年7月4日)それを引き継ぐ形で第27号から「21世紀の日本はどうあるべきか その進路について考えました」の連載を始めた。それは、2004年の参院選挙の直前までの8回シリーズであったが、「参院選特集」を組んだところ中断し、現在に至っている。

1、私(たち)を取り巻く状況
 「老兵たちのフォーラム」の聴講では、幾つものヒントを与えてもらっているが、短い時間の中に広範囲で奥深い内容が織り込まれているようで、すぐさま理解し、私なりの道筋が見えたとはいえない。「ヒントは戴いた。あとは自分で考えろ」ということだと思っている。
 もう一つは、世界の政治、経済がこれまでにない動きをしているのではないかと思われ、歴史から学ぶことは多々あるにしろ、現代のグローバルで、新興国の登場という動きを過去の「公式」にあてはめることは、もともと無理があると思うし、研究者、評論家の皆さんでも容易ではないだろう。とすれば、到底私の及ぶところではないから、そうした論考が出てくるのを待つばかりである。とはいえ、情報の網を張ること、即ち本、雑誌、講演、インターネットなど、広範囲にシフトしているわけではないので、及ばざるは必然。さらに、眼前の運動に軸足があることもやむを得ざる仕儀ではある、と思っている。

2、老兵たちのフォーラムが提供しているもの
 会合の場で私は、テーマに沿った意見、見解をメモとして出し、終えてからの感想などをブログに掲載しているが、これは私自身が、運動の第一線からやや引いているものの、まだ「現役」という意識を持っているからだと思っている。この「現役」というのは、運動の「企画会議に出ている」こと。運動の「現場に立ち会う」こと。「見聞、行動を記録する」こと、だと私なりに定義している。
 「老兵たちのフォーラム」は、運動体ではないが、私にとっては一つ一つのテーマを取り込むことによって、現行の運動の視野を広げることになっていると思っている。この「運動」についても、市民運動、住民運動、労働運動、社会運動いずれの場合も、その運動に文化、哲学、歴史などを織り込むことで、一枚の織物が出来上がると思うが、フォーラムが、その縦糸を提供してくれているのだと思っている。

3、老兵たちのフォーラムの多様性を喜ぶ
 私の「立場」は、大雑把にいえば、労働運動からの史観で、無党派市民、第三極に立つ、といえるだろう。
 この「労働運動史観」は、一つは人間にとって、「労働」そのものに価値があるという考えに立つ。そこから、労働の価値、例えば、共同体(社会)に寄与する「生産活動」、生活のための「賃金」、健康のための「労働の質」(働き方、働かされ方)および「居住」をとらえ返す。もう一つは、労働者の「階級意識」から、労働者の結束、交流、連帯のための「組織作り」と「労働組合」としての社会的、政治的行動を同じ次元のものとして解する、といえるだろう。(経済的要求と政治的要求は一体なもの)
 もっとも、それでは資本家(経営者)、支配者権力の側の人間にも「労働」があるが、それはどうなのか。むしろ、その労働の密度の高さにおいて、現実社会の基盤を形成しているのではないか、との反論も聞こえてきそうだ。(その考えがあることは承知したうえで、ここではこれ以上の深入りはしない)
 私は今でも、労働者が結束(団結)することは、階級社会の存在を認識するが故に必要な条件であると思っているが、「中流化意識とくらし」「小市民意識」に押し流されて、労働者史観が薄まり、非正規雇用、ワーキングプアといわれる層との二重、三重構造に至っている現実は、残念というほかない。だからいっそう、「労働運動史観」に依拠しようと思っている。
  一方、社会変革の牽引者たる「政党」の存在と役割について私は十分に理解し得ていない気がする。(例えば政党政治の功罪)
  それは必要性の願望より、政党への現実的失望感が上回っているからではないかと思っている。そうはいっても、現実的には、政党を抜きに政治は語れないから、私の中の「第三の社会論」では、あるべき政党の姿(端的にいえばリーダーシップ、機関車的役割)はテーマの一つになっている。(共産党はなぜ多数派になれないか、はいい議論、素材となった)
 もう一つ、無党派市民・第3極について触れると、前述のような私の立場からすれば、現段階で政党を軸とする政治潮流を考えるとき、「無党派市民」と位置付けざるを得ないが、これは頭に「行動する」をつけての話である。従ってまた、「二大政党論」に組みしない「第三極」を言うのであるが、率直にいえば、必ずしもその「核心部分」が形成されているわけではない。
 私は自身を「待機主義者」とは思っていないが、「戦乱・戦国の世にあって知恵あるものが歴史に登場する。横臥する大名、大大名の朽ち果てるのを待つ、戦機をうかがう、力を蓄える」と言いたい。だが「現実の無党派市民」は、混沌としたまま共同の行動のベクトルを見い出せないでいる。
 というわけで、この現実を自覚するとき、立場や経験や思想性の違うみなさんのご意見を聞くことで、その弱性を痛感させられているし、方向性のヒントを戴いている。それは私にとって、「第三極論の総体と、現実面を見据える均衡(バランス)」を考える上で貴重なものになっている。多様な意見、お考えに接して嬉しいかぎりである。

4、これまでとこの先
 かつての「C&Lリンクス愛知」の誌上での論考の試みがあって、「第三の社会論」へのアプローチ、待望がある。しかし、世界の急激な状況の変化や、環境問題、人口問題、宗教問題など改めて問われる視点、論点が提起されて、過去の論考がどんどん陳腐化しているように感じられる。
  どこかで、これまでの視点、論点、異論、反論、保留点を中間的にまとめてみたい。そうすれば、欠落しているもの、さらに論考を深める必要があるもの、その時点と現時点ですでに修正が必要なものなどを見いだせるかもしれない、と思うものの、何となく「後追いの虚しさ」も禁じ得ない。そればかりではないが、この「虚しさ」を埋めるものの一つは、「現役」であり続けることではないかという気もしている。それは現場と向き合うことで得られること、感じ取ること、教えられることが多いと思うからである。
 もう一つは、これまでのテーマは、社会的テーマが主流であり、しかもそれらは必ずしも、地域や、生活(くらし)部分に至るケースは、Sさんのお話くらいではなかったろうか。「地域自治・共同体」「医療・介護・年金」「世代・性差」「慣習・祭・文化」というのは、このフォーラムになじまないとして、別の機会、場所に委ねる、ということであろうか。

 いずれにしても体力勝負であり、年齢(時間)との並走であり、論考を途切れさせない持続性にかかっていると思われる。
 
私個人としては、当面の現場は「トヨタ(国内)」と「アジア(世界)」であり、論考を「老兵たちのフォーラム」と「C&Lリンクス愛知」「ブログ:名古屋発-私の日録“郷蔵21”」においていくつもりだ。また地域では「四季雑談の会」、内なるものとして「地域運動の断片の記録」の試みと、「短詩形文学」をライフワークとして行きたいと思っている。2009年は、海外へ出てみたい。 了
 
※12月3日、一部に手を加えたので、ここには加筆修正したものを再録した。

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2008年11月28日 (金)

老兵たちのフォーラム・12月例会

この1年を顧みて(1)
 フォーラムの12月例会は、テーマはなく「この1年を顧みて」のフリートーキングの予定である。それはそれとして、丸2年になるこの会合について、私なりに振り返ってみようと思った。そこで文章化を試みたのが以下のもの。
 「この1年といわず、これまでの例会を振り返ることはあまりなかったので、改めて『老兵たちのフォーラム』の位置付け、得たもの、保留のままのものなどを考えてみたい。
 それにしても、参加のみなさんが豊富な経験と実績を積まれ、それらをまた冷徹に自己分析されてお持ちになっていること、さらに過去だけでなく、『これから』を憂い、望み、かかわろうとしておられる姿勢に、私には学ぶところが本当にたくさんありました。お礼申し上げます。
 さて、私がこのフォーラムに参加した時に掲げたテーマは、『第3の社会論はあるか』というもので、歴史的にみて、社会主義(社会主義国家)は、資本主義(資本主義国家)に凌駕されてしまったのであろうか、だとすれば、そこに至る比較検討はどこまで研究されているのだろうか。そして、現実的課題に向き合ったとき、双方向から課題にアプローチしたなら、どんな答が導き出されるのであろうか。それは一方を断罪し、一方を肯定できるものなのか、双方の正反両面を切り取って合わせ、何かを加え、何かを差し引けば『第3の社会』とも言える、形が見えてくるものなのだろうか。これが私の当座の命題であり、「総論」部分でもあった。
 では各論についてどこまで論考が進んでいるのか、と自問してみたけれども、そのヒント、論らしきものに幾らか出会った気がしているが、文章化の作業には着手していない。できるだろうか?
 ただ私には、2003年の愛知県知事選挙の総括を終えてから『これからの社会、地域、愛知を考える』という論考を試みている。(C&Lリンクス愛知・Ⅰ第25,26,27号-2003年7月4日)それを引き継ぐ形で第27号から『21世紀の日本はどうあるべきか その進路について考えました』の連載を始めた。それは、2004年の参院選挙の直前までの8回シリーズであったが、『参院選特集』を組んだところ中断し、現在にいたっている。 
(続く)

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2008年11月 5日 (水)

老兵たちのフォーラム・2

 憲法と安保条約を軸に
  今日の報告者Yさんは、ある政党の機関紙から切り抜いた資料など全部で9点を提示して、自ら「日本の平和は、日本国憲法で守られているか、日米安保条約で守られているか」というテーマを設定した。
  そこでまず、今年の5月25日に開催された東大五月祭における「護憲×改憲 徹底討論」の笠井亮衆院議員(共)と山崎拓前自民党副総裁の討論を取り上げた。片や「九条の会」の広がりなどの世論ありとし、こなた「自衛隊と日米安保が平和を守ってきた」という、自共対決のパターンである。しかし、討論のテーマと双方の主張を丹念に追って行ったところは、視点は私と共通していても、姿勢が違う。
  次にYさんは、自民、公明、民主、社民、共産各党の基本政策を中心に紹介した。このあたりは、“おさらい”ができてよかった。
  ここでYさんは、「こういう機会があってはじめて、防衛白書を読んだ。いい勉強になった」と述べた。こういう議論の時は、現実面を観る必要から「我が国の安全保障の基本方針」「日米安保体制」の項などは、必読であったのであろう。ついでに、世界主要国の保存軍事力の概要、各国の武器輸出の現状の資料も提示した。もう一つ資料として私も含め、参加者から喜ばれたのが、防衛論に関する主な法令資料の抜粋であった。
  さて結論に近づいてきて、自衛隊については、さる4月17日の名古屋高裁「イラク派兵違憲判決」を取り上げた。確かに、自民党サイドから傍論などと侮られようと、判決は5月2日に確定した。
  しかし思うに、かといってイラク派兵、アフガン派兵などに歯止めがかかったわけではないから、政治的に判断されねばならない。その政治を動かすのは国民、有権者であり、来る解散総選挙も一つの機会、そして、もっと強力に意思表示する機会を求めねばならないだろう。
  Yさんの最後は、「平和を自ら創造する-外交・安保政策」について幾つかを引用して終えた。全体としてあまり「私見」を述べなかったが、資料の出所を明らかにしていること、これまでの会合の発言から推測はできるが、それでもやはり、「私見」がほしいと思ったのはやはり、私が「無党派市民」の位置にいるからだったろうか。 (続く)

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2008年11月 4日 (火)

日本の平和を守ったのは?

 老兵たちのフォーラム・1
 明日、フォーラムの11月例会がある。テーマは「日本の平和を守ったのは?」であるが、なんか単純そうな印象があったが、実際に考えてみると幅広く奥行きも深い。そりゃあそうだろう、このテーマに関連しては、永遠にして日夜奮闘している人、研究している人が多くいるのだから。
 そこで1週間ほど前から、もっぱら、目覚めた朝の30分くらいの間の、黙想するときに思いを巡らしていた。そして、この日の夜遅く到達したのが、以下の論点であった。
1、 日本国憲法
2、 左翼政党、農民運動、労働運動、学生運動
3、 日本人の民族性
4、 島嶼国日本という地政学的な点も
5、 日米安保条約

 ここには「世界の動向」という視点はないが、テーマが「日本の平和」に、限定されているからあえて追求しないことにした。
 これから深夜にかけて一気に書き上げるつもりだが、中途で挫折するかもしれない。それはそれで口頭で補足すればいいと思い定め、文章化にとりかかった。
 まず「日本国憲法」とりわけ、前文、第9条といったあたりが議論になることは必定。そしてそれは、出席者の間で大きな隔たりが出てくるとは思われないので、あまり深追いしないことにした。
  「日米安保条約」を取り上げることは、「改憲派」の主張に迎合しかねないので、やや冒険かなと思ったが、「日米安保」を、ちょっと角度を変えて見てみたらどうなるか、ということで試みてみる。深く掘り下げられず、論理的には失敗するかもしれないが、それはそれでよし、自由討論の場であるから。
  3、の「日本人の民族性」は、他から借りてくるつもりで、これも深追いしない。ともかく、パソコンを打ちながら仕上げていくことにする。

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2008年9月25日 (木)

高裁判決は12月

 田中国賠訴訟が結審
 ビラを電柱に貼ったとして半年後に逮捕され、8日後に釈放、不起訴になった事件で、逮捕は不当だとして国家賠償を請求した「田中国賠訴訟」の控訴審が、今日結審した。12月11日が判決日。
 国を相手にした裁判は99%負ける、という説があるそうだが、それは薬害、環境汚染などを除いた部分ではないかと思う。
 確かに裁判所がとても「三権分立」とはいえない、行政機構の一部化しているのではないかという気はするが、頭からそう決め付けては裁判で争うことはできない。
 また、「いい裁判官、わるい裁判官」で“当たり外れ”の結果がでるのもかなわないが、事案内容によって担当裁判官が、しかるべき所で決定されるということは聞いていないから、過去の判決例を参考にはしても、それですべてということでもない。というきれいごとを並べても現実は、国賠訴訟は殆んど勝てないし、いい判決を出す裁判官、行政べったりというべき裁判官が確かにいるなあ、という印象はぬぐいきれないのも確かだ。
 この「田中国賠訴訟」についていえば、全く取り付く島もない「地裁判決」がひっくり返ることは難しいような気がする。そこで「控訴棄却」であっても、判決文の中で、(傍論といわれようと)被告側が提起をしたことにまず、裁判所側が何らかの判断を示すかどうかが第一点であろう。
 逮捕に関する「二重基準」、「当分の間」を放置した国会の「立法不作為」、その結果として、例え受容すべき範囲内であっても、「不当逮捕」されたことの国家賠償の正当性。これらについて、地裁が判断を回避したのは、単に現実を追認したが故に過ぎない、と思うのだ。
 そこで次に淡い期待をするのが、裁判所はいつまでも旧態依然のままでいられるのだろうか、という点である。この事件を契機に安易な逮捕、不当な留置、取調べ。軽犯罪的内容に公安課が介入することのあり方に、裁判所(裁判官)は警鐘を発することができるかどうかだ。

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2008年9月24日 (水)

やはり、政治サロンが

 どんな形がいいのだろう
 この日は、ATU(全トヨタ労働組合)サポート市民の会の運営委員会があった。事務局のほかに、ATU若月委員長のほか、大学関係者二人、ジャーナリストOBもいて賑やかな議論となった。
  先の「第1回トヨタ・連続労働講座」についての意見交換があり、トヨタを軸として「調査研究と運動」の一体的取り組みについて意見の一致を見た。また、トヨタ本体だけでなく「トヨタの下流域」「トヨタの裾野」特に3次、4次下請け、非正規雇用労働の実態に手をつけていくことが確認されたのは、この「サポート市民の会」の目的の柱の一つがよく理解されていて安心をした。次回講座は1月に開催されることになろう。
  会議が終わってからいつもの3人で酒卓を囲んだ。話題の最後は「福田辞任、解散総選挙」に及んだが、それ自体のあれこれは興味半分で、むしろ、我々の側がどうすべきかというところに行き、情報源がマスコミだけではかなわん、「やっぱり政治サロンが必要じゃないかなあ」という私の意見に二人は頷いた。
  ではどんな風にして?というところまではいかなかったが、私の場合「老兵たちのフォーラム」がその一つである。一月に1回、テーマの幅が広い、年齢が限定されている、という点で「政治サロン」に近いけれども、やや状況に対する距離があるような気がするのである。
  いつも片道1時間以上かけなければ集まれない、というのではやはり一月1回がやっとだろう。そうすると歩いてでも30分程度、常設のたまり場があることが「サロン」の条件であろうか。それとやはり「場の人物」が欠かせない。別に博学でなくてもいいが、幾らかは読み解くことのできる、それに話題の提供ができる人物がいい。すぐとは行かないまでも、仮に場が継続されれば、そういう人も出てくるに違いないと思う。
  しかし何故だか、これって意外にできそうでできない、できても長続きしないように思う。一昔前、昭和区に市民グループが資金を出し合って「たまり場“るん”」というのができたが、3年余り?で閉鎖された。あれは結構いい場であったような気がしたのだが。 

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2008年8月31日 (日)

COP10を考える・2

 政策と運動の継続性
 意見・質問を促されて、「愛知万博に反対する運動に取り組んだ」という紹介を受けたものだから、その取り組みというより「その後」の問題から入った。
 それは「万博は一過性であるが、行政の側には課題は継続されている。一方私たちの側にも、運動の総括と課題の取り組みの継続性が必要だ。多くの市民、団体が運動に参加したが、総括をきちんとして明らかにしたグループは少ない」
 「万博開催者側が、地球環境問題をテーマとして、万博閉幕後も継続して取り組まれているテーマ・政策もあるが、環境破壊著しく、発電計画もない利活用不明、巨額の建設資金を伴う『設楽ダム計画』を推進しようとしているし、中部国際空港の第二滑走路建設を目論んでいる。航空需要、航空機のCO2排出量に目がいっていない。道路建設は相変わらずで、道路をつくれば車を呼び込み、車が増えれば駐車場が必要だ。車社会の問題意識は薄いのではないか」「環境事業局の鳴海工場(ゴミ焼却工場)は、ガス溶融炉であるが、これの問題点を明らかし、同時に情報公開が必要だ」
 こんな意見を述べたが、景気が下り坂、物価高の前に、行政は「絵より餅」とばかりに、景気対策を重視するあまり、インフラ事業に税金を注ぎ込み、企業の活性化を後押しするだろう。それが環境問題と必ずしも二律背反するとは限らないが、このあたりで「環境問題-地球温暖化阻止、生物の多様性」には、思い切った舵取りをしないとずるずると後退してしまう。
 「やはり、問題を明らかにして、意見をいい、提案できる議員が必要だ」という冒頭のNさんの発言は、あまりに「定番」過ぎるが、「オール与党」に近いと思われる県議会の実態を見れば、(民主党県連は設楽ダム推進)それは現実的なことであることは確かだ。
 今日だけの集会で、「COP10」の問題提起が、どこまでできたかは疑問が残るが、地域的に取り組まれている地区が少ないことを考えれば、主催者の努力に拍手は惜しまない。 了

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2008年8月30日 (土)

COP10を考える

 緑区・環境問題シンポジウム
 かつて主宰した「緑ネット」は、「環境とくらしを考える」を冠した地域運動の一つであった。もともとは、愛知万博に反対する立場からの「県民投票条例制定」運動から出発したのであるが、単に「万博反対」「署名運動」に留まらないであろうという見通しの上に立って、「環境とくらし」を運動の柱に据えた。
 この二つから連想、連珠されるそのものは、現実的な課題に殆んど対応するものという考えが私の頭の中にあった。政治問題、労働運動、国際問題も「地球的に考え、地域で行動する」となれば、「環境とくらし」の問題を絡ませないわけにはいかないだろうと思っていたからだ。
 ということもあって、現在は「労働運動-トヨタシフト」に絞り込んではいるが、「藤前干潟からCOP10へ 今、わたしたちに何ができるか」の、緑区・環境シンポジウムの誘いを見過ごすことはできなかった。
 会場が緑区の東部にあって、出かけるには車でないと少々難儀である。雨足は弱かったが、自転車で行く気にはれなかったのでバスを使った。
午後2時から始まり50人あまりの参加、パネラー4人にはそれぞれの立場、運動があって、聞き応えがあった。
 ネイチャースクールを主宰するNさんの「生物多様性とは何か-みんなちがって、みんないい」として「全ての自然は絶えず変化している」「個、遺伝子、生態系、つながり、時間、空間、気象、環境これら全て多様性である。」また、「欠点は素晴らしい、嫌われ者ほど美しい」という視点は、木々、一枚の葉、昆虫、野鳥などを見続けてきたからこその眼差しであろう。
 そして、「人間社会の多様性、共生を考える」として、「性同一性障害」についても「人間の進化の過程の一つかもしれない」と捉え返す。これは初めて接する話であった。
 「COP10」(生物多様性条約第10回締約国会議)というが、「生物多様性」という観点より、「資源の利活用」という側面が強い。国益と国益がぶつかるこの会議であるが、お祭りのような“愛知万博のノリ”の愛知県や名古屋市が、開催地にふさわしいかどうか。諸費用について国は出さないといっている。全部地元持ち。税金の使い方としてどうなのか。Nさんの話は、このような話であった。
 薬剤師・中部の環境を考える会のIさんは、プロジェクターを使ってこの5月に開催されたた「COP9」の参加報告を主に。市職労・環境局支部のTさんは、「名古屋市-第4次一般廃棄物処理基本計画」についての問題などを。名古屋環状2号線問題懇談会のNさんは、これまでの運動を振り返りながら、既に着工されて工事が進捗していく中で、「道路沿線の森づくり」を提案した。
 これには植栽上の問題もあるが、新たな用地買収がついて回るから実現性はどうか。もっとも実現性を前提にしていては、構想は立てられない。構想といえば、瀬戸の猿投山系と尾張部を通って知多半島を結ぶ「緑化地帯(グリーンゾーン)」の構想を聞いたことがある。これは、市街地を切り開いてつくられた道路に沿った緑地帯構想と違って、川に沿った「山、川、海」を結ぶものであり、現実性は高い。
 質疑では、促されて私も一言発言した。 
(続く)

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2008年8月25日 (月)

分権時代の・・・シンポジウム・3

 一元代表制を求める根拠
 さて話を「本題」に戻そう。
 「提言3」では、「自治の制度(ガバナンス・システム)は、地方自治体が選択できるようにしよう。日本国憲法で困難と思われている一元代表制も選択できるようにしよう。」と以下のように記述しているので、全文を引用しておくと、
 「自らのことは自らで決める自治の基本理念に立ち返り、財政状況や人口規模に適した自治体のガバナンス・システムを自らの意志で選択できるように関係法令を正すべきです。国が定めた全国均一の制度をやめ、自治体が主体的に財政状況や将来展望を考え、財源を可能な限り自力で確保し、決定した事項に責任を負うなどのガバナンス・システムを機能させることが自治の本質です。
地方自治体が自治の制度を選択できるようになれば、人口300万を超える大都市では、効率的な意思決定で責任の所在を明確にする目的で議院内閣制を採用することや、財政難に喘ぐ小規模の地方都市では、議員の報酬を低額に抑え、経営能力の優れた人物を最高行政責任者であるシティマネージャーとして高額で迎え、短期間に懸案の課題の解決を目指すことも可能になります。
 自治制度とは、自治の制度です。すなわち、全国均一の制度によって、“形式美”を整えたとしても、自らを治める目的を達成する制度になっていなければ、本末転倒です。
 憲法の規定では、欧州のような一元代表制を地方自治体に導入することは困難と思われています。本来、自治体がどのような方法で市長や議員を選ぶかということは、その自治体の住民が決めることです。今後、憲法改正が行われる場合には、地方自治の関係規定の見直しを行い、地方の判断で一元代表制も選択できるように改正すべきです。」
 ここで必要なら憲法改正も、という表現がみえるが、パネラーの間でも「憲法改正」については分かれた。それは、地方自治のあり方を変えるべきではない、ということより、現時点での憲法改正論議が、「憲法9条」に焦点が置かれていることへの危惧からであろう。
 さて、「一元代表制」とは、「議院内閣制=選挙で選ばれた議員が首相を選ぶ。内閣総理大臣が行政をつかさどる」  二元代表制」とは、「大統領制=首長(知事、市町村長)も議員も直接住民から選ばれる。権力が首長と議会の両方にあると考えられる」というシステムであるが、ややわかりにくいかもしれない。
 つまり「一元代表制」とは、首長(知事、市町村長)選挙はやらずに議員選挙だけを行い、議会が「議院内閣制」をとって、首長(国会でいえば内閣総理大臣)を選ぶ、首長は三役、局長、部長(大臣、副大臣、次官など)を任命する、ということになるらしい。欧州ではこれが一般的で、スェーデンでは、地方議会選挙も全て「比例代表制」で、投票は全て政党名とのことであった。
 日本の現行は、憲法の規定(第8章地方自治 第93条)によって「二元代表制」であり、首長は「予算権、人事権、組織権」を持っているとされ、議会には「予算編成権」がない(チェック、否決はできる)から、いきおい首長と議会の間に「根回し、水面下、馴れ合い、相乗り」の土壌ができてしまう。もし議会に「予算編成権」があって、議員が予算を立てるとしたら、議員はもっと勉強し、財政問題に関心を高めるであろう、と期待される。
 そうした中で「改革派首長」が、創意工夫し地方自治を文字通り「地域のことは地域の住民が決める」デモクラシーに近づけようとしては、「3割自治、国の補助金行政」に妨げられ、少数与党ゆえに挫折させられてきた例が少なくない。
 つまり現行の二元代表制の下での議会のあり方では、地方改革、住民自治はあまりに困難が多い。従って、「制度上一元代表制は難しい、憲法を改正するしかない」(後氏)と言う意見と「その前に、今は少数派であるが、一元代表制に向けて、地方議員から発言、発信すべきだ」と言う意見で持って締めくくられた。
 私の中ではまだ「一元代表制」についての全体像がこなれていない。しかし、官僚(内務省、自治省)出身知事、オール与党の議会、NPOや市民運動の活動家と較べ見劣りのする議員、選挙以外に顔が見えない首長や議員、お役所仕事への不信感などを考えると、その原因に「二元代表制」が関与していることの一部が見えたような気がした。だが、それを検証してみようとするなら、議会(委員会)ウォッチ、議員の活動チェック(ストーカー)、議員擁立を手がけねばならない。
 今のところそのような活動領域に踏み込む選択肢を持ち合わせていないのは心残りだが、意識だけは維持しておこう。9月21日の、改革派知事の一人浅野史郎元宮城県知事の講演会にも足を運んでみようと思っている。完

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2008年8月24日 (日)

分権時代の・・・シンポジウム・2

 議員と住民意識
 会場で配られた「提言」の中に「提言1:そもそも『議員とは何か?』とういことを議員も住民もゼロから考えよう。」として「首長と一体化した自治体の議会は、住民と直接向き合わず執行機関の一挙一動に反応しているのが現状です。議会の多くは、執行権に不当に介入し存在意義を誇示することに注力するあまり、住民の意思を吸い上げて全体の利益を実現しようという姿勢にかけています。これでは二元代表制の一翼を担う機能を十分に果たしていることにはなりません。」「住民が自治の意識を高め、議会とは何か、議員とは何かという基本的なこと問い直すことが重要です。具体的には、自治体の財政状況や議会での拘束時間、議員としての業績などを総合的に勘案して、適切な議員報酬を意見することも一案です。」「これから超高齢化社会を迎え、財政がますます厳しくなる地方自治体において、議員の総体としての議会は何のための機関であるのかを、住民も議員もゼロから考えてみるべきです。」「議員提案もせず個別利益の実現に終始する議会と改革志向の首長の登場を切望する受け身の住民の意識は、地方自治の発展が大きく遅れるだけでなく、独裁政治にもつながりかねない危険性をはらんでいます」
 う~ん、その通りだと思う。特に現在の議員特性の一片が端的に書かれているが、俗に言う“ドブ板議員”が旺盛で「議員の話題の8割は選挙の話」(石田氏)「個別利益そっちのけで議会改革をやろうとする議員は選挙に弱い」(木下氏)というのもうなづける。とすると、一方で議員の資質、能力が問われるが、片や議員を選ぶ住民の意識はどうなのか、という事になる。
 提言の中で「住民が自治の意識を高め、議会とは何か、議員とは何かという基本的なこと問い直すことが重要です。・・・」とあるが、「住民が自治の意識を高め」とあっても、高める方策についてどう提言しているか。
 これについては、「提言2:まずは、議会の権能を最大限活用しよう。」として、「議会は住民意識の向上を待つという受け身の姿勢ではいけません。まずは地方自治法によって付与されている議会の権能を積極的に最大限活用することから始めましょう。個別の議員としての活動ではなく、議会として住民対話の機会を増やし、議員間での議論を実質的なものへと変えていかなければなりません。」とし、例えば、
①予算措置が伴う具体的で実現可能な条例案を議員提案しよう
②「款・項・目・節」という行政執行上の分類ではなく、住民に理解しやすい事業単位での予算審議を行おう
③公聴会を開催し、参考人の意見を聴取しよう
④議会もパブリックコメントを募り、議会での議論に反映させよう
⑤議会終了後の住民への説明会を頻繁に開催しよう
 という提言をしている。これを聞いた現議員はどう思ったであろうか。多分、党公認の議員であれば「党活動もあるし、“しばり”もあるしなあ」「後援会活動はおろそかにできんしなあ」とぼやいたかもしれない。一方「市民派議員」はどうであろうか。「議会報告のチラシ配りも、早朝街宣もやってるよ、でも関心がいまひとつ・・・」とやっぱりぼやくかもしれない。
 つまりそれは、住民の意識をひきつける手応えを感じていないのではないだろうか。逆にいえば、議員の取り巻き以外の一般住民は、そうたやすく胸の内を明かしたりしないのだ。自己主張に確信を持っている人、党や後援する宗教を信奉している人はともかく、「政治的、社会的、宗教的」なことで争いたくないから、知らんぷりするか、面従腹背的態度でその場をしのぐ“知恵”を隠し持っていると見るべきであろう。
 かといって、それを甘く見るととんだしっぺ返しを食らう。「降りかかる火の粉は、人前で平気で振り払うこともある」し、「面従腹背を投票で豹変させること」だってあるのだから。
 私が機会あるごとに言うことは、「議員一人に10人のブレーン、100人の支持者を意識的に集めること」である。そして「ブレーンの資質、能力は、議員に相当する人材」「100人の支持者とは、自分の意見を持っている様々な階層のひたち」と規定した。そんなにた易く寄っては来ないであろうが、「1人のブレーン、10人の支持者」ならどうだろう。「選挙区以外からも募る」としたならどうだろう。それも難しいなら、議員はあきらめたらいい。
 司会者が、「今日、ここに集まっているみなさんは意識が高い人たちばかり、だからここまで足を運んでこられる。問題は一般の人たちです。お友達、子ども、学生さんを連れてきてほしい」と締めたが、そういう状況をつくり出すには、日ごろの“付き合い”があってこそ。私たちは、どれほど先輩・後輩、友人、知人といわれる人たちとお付き合いをしているだろうか、ご近所、親戚付き合いをしているだろうか。日ごろ手紙を書いているだろうか、季節折々のはがき1枚でも書いているだろうか。
 低俗といわれるかもしれないが、職場、家庭、地域、グループなどでの人間関係が希薄な中では、住民意識を高める回路はつながらない。自然発生性を待つしかないのであろう。 
(続く)

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2008年8月23日 (土)

分権時代の・・・シンポジウム・1

 改革派首長からの提言を聞く
 東京財団「地方自治体のガバナンス研究」の主催で「分権時代の地方議会改革-改革派首長からの提言」というテーマで「公開研究会」たるシンポジウムが名大で開催され、興味を持って参加した。
 パネリストに石田芳弘前犬山市長、橋本大二郎前高知県知事、後 房雄名大大学院教授、木下敏之前佐賀市長、コーディネーターは、小出宣昭中日新聞前編集局長(現常務取締役)というそうそうたるメンバー。おもしろい話が聞けそうだと、会場の最前列中央に席を取った。
 呼びかけをインターネットから引き写すと、
 「東京財団『地方自治体のガバナンス研究』では、約1年間にわたり国内外の基礎自治体の運営実態について調査研究を行いました。その内容には、欧州の自治体調査や『改革派首長』とのインタビューなど独自の取り組みと分析の成果が含まれています。この度、研究を基にした政策提言を取りまとめました。」
・全国の「改革派首長」と呼ばれる首長(経験者)とのインタビュー(山田宏・杉並区長、穂坂邦夫・前志木市長、熊坂義裕・宮古市長、幸山政史・熊本市長、後藤國利・臼杵市長、中村時広・松山市長など)から浮き彫りになった首長と議会の実態
・首長-議会関係が地方自治法の想定通りに機能しているか
・英国、フランス、スウェーデンでの地方議員の位置づけとは
・地方自治を支える人材をどう確保するのか
 とあった。これはかなり高度な内容であり、勉強熱心な地方議員か、自治体の幹部職員向けかなと言う感じさえした。実際、参加者の中には地方議員がかなりいたと思われ、私の横の席には豊橋市の寺本議員が座った。
 テーマの第一は、地方自治における現行の「二元代表制」に対する問題点と改革の必要性であり、それは先進国では一般的といわれる「一元代表制」こそが、改革の方向性である、という主催者、パネリストの意見であった。
 この「一元代表制」「二元代表制」の認識が第一であるが、その制度そのものの改革となれば、憲法、地方自治法など法的改正が伴うようで、そうなれば当然、短期的には現行制度の中でどのような改革ができるか、ということに行き着く。
 ただ、そこには重層的な課題があるようで、「首長と議会」が、円滑である方がいいのか、緊張関係をはらんでいた方がいいのか、と言う単純な割り切り方だけではないようだ。
 私の問題意識は、この「一元代表制」か「二元代表制」という認識がもともとなかったので、まずその点で議会と行政のあり方について認識を新たにした。その上で、首長のあり方、議員のあり方、政党との関係を今日のテーマにかぶせてみたのだった。 
(続く)

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2008年8月 5日 (火)

地方自治関連講演会二つ

 元知事(候補)らは何を考えているか
 北川正恭元三重県知事の提唱で始まったと思われる「地方分権」をキーワードとして「地方からの発言」は、このところやや影を潜めていたかのようであったが、実際は、かなり議論が進んでいると見られる。
 それらに関する講演会、シンポジウムが全国各地で開催されているようであるが、この愛知では8月23日に名古屋大学で以下の講演会が開催される。
▲日 時:8月23日(土) 14:00~16:00
▲場 所:名古屋大学東山キャンパス シンポジオンホール
▲テーマ:「分権時代の地方議会改革」改革派首長からの提言
【スピーカー】
 橋本大二郎:東京財団上席研究員、前高知県知事
 石田 芳弘:東京財団上席研究員、前犬山市長
 木下 敏之:東京財団上席研究員、前佐賀市長
 後   房雄:名古屋大学大学院教授
【コーディネーター】
 小出 宣昭:中日新聞社常務取締役
▲主 催:東京財団 地方自治体のガバナンス研究 公開研究会
○定員:130名  ○参加:参加費無料、事前申込必須

 もう一つは、
「浅野史郎氏講演会」 (元宮城県知事・慶應大学教授)
 宮城県知事時代は市民の目線にたち、地方から日本や社会を変える様々な提案、実行をされ、福祉分野でも活躍されている浅野さん。その軽妙な語り口で「朝ズバ」コメンテーターなど幅広い人気があります。
*と き:9月21日(日)14時半~16時半(14時開場)
*ところ:日進市民会館 小ホール
*演 題:「市民自治のまちづくりーいま私たちにできること」(予定)
*参加費:999円
*定 員:200名(先着順)℡申し込み受付中
*問い合わせ・申し込み
  講演会実行委員会事務局  Tel.fax 0561-73-6336
                           携帯  090-3587-2247
 尚、前犬山市長で、昨年の愛知県知事選挙に立候補した石田芳弘さんは、その後も県下各地で講演活動を精力的に取り組んでいる。

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2008年7月 1日 (火)

下級審は上級審を気にしているか

 6・4違憲判決で光が・・・田中国賠裁判
 電柱へのビラ張りで、3ヵ月後に逮捕拘留され、不起訴になった田中さんの「国家賠償請求裁判の控訴審」が開かれたが、書証の確認と次回期日9月25日を決めただけで閉廷。
 だがその短い時間の中に、小さく見えたけれどもキラリ光る粒があったように思われた。その一つは、原告(田中)側弁護人が、主として「立法不作為」(後述)について準備書面を出し、被告(国・県)側弁護人に「求釈明」をしても、被告側弁護人は一切「ありません」「必要なし」と答えるのみで、「弁論」の形すらつくろうとしないのである。「万に一つ、負けることはない」という“確信”がそうさせるのであろうが、裁判長の再三の問いかけに対しての態度あるから、原告側の弁護士もあれではいかにも印象が悪い、といいだす始末。
 弁護士の話によれば、これは去る4月の「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」と同じパターンだという。つまり原告側の立証に対して国側は、一切反論なしとした。それが裁判官をして国側を“実質敗訴”させたのである。
 この田中裁判で同じことになるとは限らないが、今回で結審してもおかしくないといわれる状況の中で、次回期日が設定されたところに、裁判所側の“意思”を垣間見ることができる、といえないこともない、というわけだ。
 もう一つは、原告側弁護人が提出した「去る6月4日の最高裁違憲判決」の引用についてである。
 この判例は、インターネットからそのまま引用すれば「1 国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子につき,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した場合に限り日本国籍の取得を認めていることにより国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,遅くとも平成17年当時において,憲法14条1項に違反する 2 日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子は,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた国籍法3条1項所定の国籍取得の要件が満たされるときは,日本国籍を取得する」
 詳述の自信はないが、判決文の中の「遅くとも平成17年当時において,憲法14条1項に違反する」というくだり、つまり、平成17年当時、既に違憲状態であったにもかかわらず、こんにちまで何の手だてもしてこなかった国(立法院=国会=国会議員)の行為は「(立法不作為で)憲法に反する」ということではないのかな。
 となれば田中さんの場合、刑事訴訟法による逮捕要件「証拠隠滅のおそれ」「逃亡のおそれ」ともう一つは、刑法の30万円以下の罰金に相当する罪状、もしくは条例における2万円以下の罰金に相当する罪状、という異なる法的要件が存在し、この矛盾を「当分の間」として40年間放置してきた国会(国会議員)に「立法不作為」があり、それは、基本的人権の尊重の立場からも「憲法に違反する」といえる、という主張である。
 とりわけ「当分の間」という時間的問題である。前述の事案と比較すれば歴然としているから、ここに「証拠隠滅のおそれ」も「逃亡のおそれ」もない田中さんを逮捕したことは「不当で、憲法違反である」という論拠が成り立つのではないか、と言うのである。
 逮捕令状を出したのは裁判官であるから、田中さんの逮捕が不当であるとすれば、その非は裁判所にも及ぶから、裁判官は決して原告勝訴は出さないだろう、事実一審は、「立法不作為」に触れることなく、原告敗訴の判決を出した・・・。
 ただ、田中さん側がもう少し光明を見ようとするなら、司法の世界における、例えば下級審は、上級審がどのように判断するかを想定しつつ判決文を書く場合があるのか。特に高裁では、最高裁でひっくり返ることはあってはならないという気風がないともいえないから、「6・4違憲判決」は、高裁の裁判官に、すくなくとも「慎重を期す」対応を迫ったかもしれない。それが次回公判期日設定につながったのではないか・・・と。

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2008年6月26日 (木)

科学(者)と市民

 接点を担う市民の会
 昨日の夜の会議に触れて、「・・・再起動のエネルギー(動機)が必要である。それを一言で言えば夢(ストーリー)」であると書いた。その会議が終わってから近くの居酒屋で雑談したのだが、これも「活力源」の一つであろう。
 雑談の中で「日本科学者会議」の第17回総合学術研究集会が、「平和の創造と科学の役割」というメインテーマで、11月22日(土)~24日(休日)、名古屋大学工学研究科7号館、IB電子情報館で開催されるという話が出た。
 日本科学者会議って、一般的な名前で何の学会なんだかわからないね、が私の感想であったが、話は、科学者だけが集まって研究成果を出し合うだけでは不十分、広く市民に窓口を開き、社会的問題として迎えられなければならない、というところに入っていった。
 よく義務教育の算数(数学)や理科が、社会に出てどれほど役に立つのか、という意見に出会うが、一方科学者、研究者、学者など「専門分野」の人から見れば、専門的な問題を市民の場に提起して、それがどれほど(科学的な)議論の発展になるのか、という思いがあるのかもしれない。
 学会であるから、その分野の人たちの成果発表の場であり、切磋琢磨したことの証しの場であろうから、それはそれで成り立つとも思われる。問題は、そこで終ってしまうのか、それらを読み解き、現代社会の問題として門戸を開き、市民、学生に無縁でないどころか、現在と近未来を考えた時、一緒になって考えることは大事なことだと受け止めてもらうことの是非である。
 恐らくこの問題は、認識で一致しても研究者たちは、研究時間を割き社会的問題として自ら提起者になることの負担の葛藤があるのではないだろうか。あるいは研究費を税金でまかない、それを国民に還元できない研究の「負」の部分があって、それらが公にさらされることの恐れがあるかもしれない。しかし、いずれにしても本人の覚悟一つであるから、思想性、自立性の問題かも知れないし、社会的に迎えられることは、研究それ自体の大きなバックアップになるとも考えられるから、研究成果が積極的に開示」されることが好ましい。
 そうなれば私たちも、研究成果を活かし運動化する手立てを考えねばならない。その意味では、ATUサポート市民の会が、代表にトヨタ研究の第一人者といわれる猿田教授と、労働問題、イラク訴訟で超多忙の中にいる中谷弁護士を迎えたことは、その接点を会が担うことで意義深い。

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2008年6月21日 (土)

グループホームの話

 私の詩もちょっと顔を出して
 昨夜は、緑区の鳴子学区で、地域づくり・町づくりを取り組んでいるメンバーが集まり、高齢者の「グループホーム」の実践的な話を聞く会があって、誘われて参加した。
 主催はH氏。紹介・報告をしたのは「南医療生協・星崎ブロック」の方で、空き家を探して借り受け、補修して「グループホーム」として運営を始めたのだという。
 発端は、名古屋市ではグループホームの新規認可が難しくなり、そこで、新たな介護サービスとして「小規模多機能型生活介護」に着目、南医療生協のバックアップをうけ、その組合員、ボランテア、利用者が一体となって、資金集め、建物の補修の一部・庭などを手づくりで行ったという。これまで「グループホーム・なも」「小規模多機能ホーム・もういやこ」があると言う。
 蛇足であるが、名称の「なも」「もういやこ」は名古屋弁で、「なも」は、言葉の最後につける、例えば「そうだなも」でいえば「そうですねえ」の「ねえ」にあたる。「もういやこ」は、直訳すれば「共同所有」といわれているが「もうやーこ」「もうやあ」とも言う。私が小さいころは「もんやあ」といっていた。
 本題に戻って、誰でも気になる、この入居にどれほどの「出資(預かり金)」が必要なのか。それは確かなことはわからないが、巷の有料老人ホームとは違うから、8畳一間で・・・円。
 まあ、そのような発想をすることよりも、高齢になって同じような境遇のものどうしが共同生活をするということだけでなく、安心して医療・介護が受けられ、ボランテアの人たちと接触することで、内に閉じこもらないで、軽い作業、お茶会、草木いじり、ゲームなどを通してお話ができるというところがポイントではないだろうか。
 2時間の後半の30分は、私の詩集「坂(さか)」から、「坂」と「ある朝」が、セミプロの女性によって朗読、紹介された。リクエストで「月光」を私自身が朗読した。かなり気恥ずかしかったが、他人に読んでもらって聞くとこれがなかなか「いい感じだった」という、得難い体験となった。

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2008年6月16日 (月)

求人広告に偽りあり

  沖縄出身、當銘さん一家の闘い
 沖縄から求人情報を頼りに、愛知にやってきた沖縄出身の當銘(30歳)さんが、派遣会社、サンワスタッフと中央発条(藤岡工場)を相手に、謝罪と差額賃金の支払いを求め、この2月に仲間7人と一緒に提訴した。
 1日8時間、一か月21日の労働、月収手取り18~19万円(残業なし)ボーナス30万円くらいというふれこみが、手取りは12~13万円、ボーナスも5万円だったという。
 組合(管理職ユニオン東海)結成を通告した当初は、「解雇はマチガイだった」と殊勝だったサンワスタッフは、何があったのか、掌を返すように、謝罪も差額支払いも拒否するに至って提訴となった。 (ATUサポート市民の会「れいめい・第2号」から)
 この闘いは現在、名古屋地裁岡崎支部で「解雇無効の労働関係」が係争中で、更に県労働委員会に2件の申し立てがなされており、一方、サンワスタッフと中央発条に対する「不法行為」については、名古屋地裁で争うという展開になっている。
 公判では、原告の當銘さん夫婦の意見陳述が行われ、率直な気持ちが反映されていてよかった。弁護士に言わせると「いい印象を裁判官に与えたと思う。それがあったから中発の弁護士が執拗に陳述の位置付けを裁判官にぶっつけていた」ということになる。
  さて、関係者の発言から拾ったこの問題の根幹を端的にいえば、①失業率が高く、就職が難しい沖縄の実情に目をつけ 、希望を抱かせるような広告を打って、家族もろとも愛知県に連れてきた挙句、広告で明記された労働条件に程遠い虚偽の労働に就かせ、文句を言わせない、子供がインフルエンザにかかっても、母親の休暇を認めない、休んだら解雇した、それに抗議した父親も解雇という「悪質に過ぎる」(株)サンワスタッフと派遣先の中央発條。(悪徳企業の告発)②規制緩和という名のもとに「派遣法」が改悪された結果、特殊・専門職に限られていた労働者の派遣が、一般の企業まで広げられ、製造業の現場などでは前世紀の「人買い」の様相を呈して、二重、三重の搾取構造が蔓延している。(問題多い派遣法と非正規雇用)③一般的に「格差の時代」といわれているが、それをこの問題に当てはめれば、沖縄と愛知における「地域格差」及び、中発藤岡工場での同一労働同一賃金からかけ離れた「男女格差」が存在しているという。(格差問題)
  ここでも「人間らしい労働、くらしがほしい」という声が繰り返された。
  労働運動から遠去かって10年余り、ここ1~2年ほど、運動の後衛にあって、久しぶりに“前線近く”に出てみたのでもう一つ付け加えておこう。
  當銘さんが加入したのは「管理職ユニオン東海」で、支援に駆けつけたのは、東海労働弁護団の弁護士(4人)のほか、名古屋ふれあいユニオン、愛知連帯ユニオン、全トユニオン・サポート市民の会、日雇全協・笹日労、名古屋労災職業病研究会など。社民党県連副代表の顔も見えた。
  このメンバーの多くが、今日的課題である理不尽な解雇、労働条件の切り下げを契機とする「悪徳企業の告発」「問題多い派遣法と非正規雇用」「貧困と格差の問題」に取り組んでいるのだなあと実感したのだった。

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2008年6月 6日 (金)

老兵たちのフォーラム・2

 天皇制について・2
 私のもう一つの問題意識は、①社会制度論から考えた場合の天皇制をどう位置付けるか。②天皇制(皇室)の存続があるとして、政治との関与、憲法改正はあるか。③皇居の京都移転論。④日本の民族、歴史、文化、くらしから天皇制を考える。⑤100年後にどうなっているか。⑥神、仏、王室(皇室)に対する信仰のようなものは、人間の性(さが)か。⑦いつの世にも利用しようとするものがいる。というような課題をあげた。
 そしてH・Hさんのレポートもそうであったが、意見交換の場でも、やはり「天皇制是か非か」という結論先にありきの意見はなく、「現天皇や皇太子、妃をみていると、次第に形骸化して、庶民化していき、自然消滅の道を辿るのではないか」「万系一世をいう限り、依然として南北朝問題はついて回る」「それにしても天皇をみて涙ぐむ(高齢者)は多い」「天皇を英訳するとどうなるか、エンペラーでもないし、キングでもないとしたら・・・?」「マスコミはどうしようもない」「ひところこの地にも、権威の利用、差別感の助長を促すとして“草の根天皇制”批判の運動があった」という意見などがあった。そして直面する問題として「現憲法と天皇制」の問題は、「憲法改正」とからむことから、明確な方向は見出せなかった。 了

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2008年6月 5日 (木)

老兵たちのフォーラム・1

 天皇制について
 昨日開かれた「老兵たちのフォーラム」6月例会のテーマは「天皇制について」であったが、微妙な問題や知られざる領域も多いこともあって、話題の切り口をどこから開くか、報告者に注目が集まった。
 A4のレジュメ6枚を用意した報告者H・Hさんは、意表をついて?「H家の家紋」のいわれから入った。そこから南北朝の話につなげ、「私が初めて天皇(昭和天皇)を拝んだのは・・・日の丸の小旗を振って行幸を見送った・・・」とかで、その印象を語った。他にも遠近はあれ、昭和天皇を直接拝顔したという方もおられたが、そうした人たちは戦前と戦後両方の天皇をみてきているから、戦後育ちの私などとは随分違った考えをお持ちに違いないと思った。しかし幾つかの点で共通していることがわかり、少々意外に思った。やはり国政の中心にいたり、軍部の将官、佐官であるとかその人脈に連なっている人たちを除けば、庶民は庶民、戦前も戦後もそんなに変わるものではない、ということであろうか。
 H・Hさんの話は、当然にも新憲法と天皇制についても触れたし、天皇の戦争責任、立憲君主制、万系一世などについての考察を披露した。そして、それらをまとめる形で「天皇制に関する“私の疑問”」として12項目を立て、問題を参加者に投げかけた。
 一方私は、当初からこの問題についての興味は深いものをもっていたが、難題であるという自覚が強く、広範囲に意見を言うことができなかった。
 そこでレポートは、一つに毎日新聞の「日本のスイッチ」方式に習って、単純、直感で二者択一の設問12題を用意した。
 それは例えば、現天皇の名前を知っているか(知らないか)、あなたは園遊会に出てみたいか(それほどでも?)、天皇への親近感は(国民の間にあるかないか)、他に女系天皇について、天皇の靖国参拝について、認証式についてなどであった。 
(続く)

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2008年5月15日 (木)

田中国賠訴訟・第2回控訴審

 証人申請却下!次回結審か
 名古屋高裁1003号法廷はほぼ満席。
 民事4部の裁判長は、原告、被告相互の書証を確認しながら、原告から出された被告側書面に対する「求釈明」について、被告代理人にどうするかと問いただしたところ、被告側は「答えない」とした。このやりとりはなんでもないことではあるが、閉廷後の原告弁護士の話によれば、「“心証”として原告の請求に対して、棄却する可能性が高いが、それでも、あえて、求釈明について、被告に問うたことは、公判を丁寧に維持しているとも言えるし、先の民事3部で出された『イラク派兵差止訴訟の違憲判決』が影響しているかもしれない」という感想を述べた。
 国家賠償請求という「国家権力」相手の裁判は、概して分が悪いことは過去を見れば明らか。それでも“世論”が動けば、裁判官にも少なからず影響を与えるのであろうか。それが先の説明になるのだろうか。
 ただ、原告側が出した、憲法学者の小林武愛大教授と元岡崎警察署長、元公安三課長の証人申請と、原告本人の陳述が却下されたことは、早期結審、判決という見立ては変わらないといえるだろう。
 高裁の位置はよくは知らないが、審理は、原審である地裁で基本的には終っている、従って新たな証拠、証言があるかどうか、判例違反の存否が法廷維持の要件ではないだろうか。その意味では、憲法学者の証人申請は、裁判官自身が「法律の専門家であると自負している、あるいは法令の解釈こそが裁判官の仕事」と認識するなら、“いらざるお説教など聴きたくない”ということかもしれない。また本人の陳述については、「事実認識として主張しているのであるから、証拠でもなんでもない」から、採用しないということなのだろう。
 まあ、どんな法廷の論理があるかは知らないが、ビラを電柱に貼り付けた、それだけをもって8日間の拘留(事案によっては数十か月にも及ぶ)、しかも公安が前面に出て、3か月後に逮捕するという形でいったいどんな“犯罪像”が浮かぶというのか、それが裁判官と私たちの違いであって、判決がどうであれ、その認識のギャップは解消されないだろう。それは放置しておいていい事なのか。
 次回公判は、7月1日(火)午前10時 1003号法廷(10階)

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2008年5月10日 (土)

APWSL・愛知設立へ

 6月結成をめざす
  APWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)の、愛知地区設立が当初予定から少し遅れて、6月中旬に発足することになった。
  この組織は、アジア(日・韓・台・比・印・タイなど)・太平洋(オーストラリア・ニュージーランド)地域の16カ国で構成され、労働者・労働団体の草の根国際連帯をめざすNGOの集まりである。
  日本委員会は、1990年に結成され、各国との相互訪問や争議支援、情報交換などを行ってきたが、主たる活動拠点は、首都圏と関西であった。
 グロバリーゼーションの流れの中で国内においては、規制緩和の名のもとに、労働法の改悪、労度諸条件の切り下げ、非正規雇用の拡大、外国人労働者の“奴隷的労働・処遇”の問題などを多発させ、過労死、自殺、うつなどの病気を引き起こしている。
 そうした中で、労働者、労働組合の対応は十分とはいえない。とりわけ既成の労働組合、国際労働団体などの組織は、なす術がないといった状況である。
 一方、国境を越えた自主的な、労働者(団体)の交流、連帯、情報交換が細いパイプながら進められている。その一つがAPWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)であるが、その活動は、首都圏と関西に限られてきた。この東海地区、とりわけ愛知県においては、未組織状態であった。
 そこで、「サポート市民の会」が発足した機会に、この会の「国際連帯」の領域を担いながら、アメリカを含むアジア、太平洋地域での「国際連帯」を進めようというのが設立の趣旨である。
 現時点で構想されている内容は、①APWSLに加盟し、愛知における海外交流の機会が増える昨今の情勢に対処する。②「サポート市民の会」の活動の幅を広くするために、会の目的に沿って、会の「国際連帯」の分野を担う。③愛知における国際連帯活動・共同行動を担い、この地域固有の問題を取り上げる、などが目的である。
  名称は、APWSL・愛知(委員会)英文名称:Asian Pacific Workers' Solidarity Links Japan、Aichi Group が有力である。
  当面の活動は、①ネットで情報交換、機関誌の発行、会誌「リンクス」の購読、総会に代表派遣等。②海外交流の参加と受け入れ。③欧米の労働実態(労働法など)の研究④英語講座のような自主的な活動が検討されている。
  当面15人程度の会員獲得を目標に、6月中旬の発足をめざすとしている。

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2008年3月27日 (木)

政務調査費に関して

 議員に伝えたメール
 愛知県議会議員の政務調査費の全面公開と領収書添付の問題に関して、以下の文書を地元選出議員一人にメールで送った(抄録)

 先日の愛知県議会での政務調査費に関する問題は、少なからず関心を持って見守っておりました。佐藤議員が採決を「退席」した件です。
 私は佐藤議員の場合、除名されようと、会派から退団を迫られようと「公約こそが議員の命」と思いますから、「1円から領収書」が認められないのなら、明確に「反対」すべきであると思います。それが出来ないのなら、そもそも「公約」とすべきではないと思っています。「退席は、ぎりぎりの選択、よくやった」の声がありますが、そういうものなんでしょうか。議員が「賛否に加わらない」態度が是認されるのでしょうか。
 
さて問題は今後のことです。
 佐藤議員に対する処分云々は、部外者の私から言えば、「処分でも何でも、勝手にやれば」と言う気持ちです。しかし、当然のことながら「そういうレベルの民主党県議団」「自民党や公明党とどこが違うのか、民主党よ」という批判の目は別です。
 あるいは党・県議団それ自体への批判より私は、議員一人一人の判断、見識を問います。
佐藤議員に離党や退団を迫る議員もいるとか聞きますが、実態はどうであれ、受ける印象は「老害はこびる党体質」の感強し、です。
 今の国会の体たらくを、ここで縷々申しあげるつもりはありませんが、そう思えば思うほど、有権者に最も近い地方議員が、「姿勢を正して」ことにあたらねばならないのではないでしょうか。
 今回の政務調査費だけが問題ではありませんが、議会ウォッチングを続けるならばともかく、細部のことはわかりませんから、今日はこの問題で、日ごろの貴党に対する思いの一端を申し述べました。
 「この万問題について、経過はどうであれ、処分の対象にはなりえないと判断し、そのことによる党の運営、リーダーシップ、議員間の意思の疎通に問題があれば、切開を厭わず、有権者に率直に知らせていく。意見を求めていく」
 という対応を、私はお勧めします。いかがでしょうか。

 党の公認候補だから当選できた、と言う論理が一方にあり、それゆえ、党内多数で決めたことは従ってもらう。それでなければ政党としての政策推進がはかれない。
 というのはわからんでもない。問題は、局面、局面で党の規律か有権者の動向かの天秤ではなかろうか。政務調査費の実態を明らかにして、透明化と適正化を図れ、が有権者の動向ではないかと私は思うのだが、愛知県議会ではそういう流れにはなっていないようである。
 佐藤議員が、新人ながら「政務調査費の透明化と適正化」を掲げて当選したことが、有権者の動向を端的に示していたと、民主党の県連は考えなかったのであろうか。「あれは特殊な例、うちのい選挙区は違うよ」なんていう議員もおられようが、確かに当選した事実は動かし難い。ならば、選挙で喚起させるしかないだろう。

 

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2008年3月26日 (水)

会議の席でのある話題

  労働について教えられていない
 全トヨタ労働組合をサポートする市民の会(ATU・S)の月例運営委員会が開かれた。5人の参加は、この会が、まだまだエンジンがかかっていないことを示しているが、いつものことながら先へ進まざるを得ない。もっともこの会は、当面する相手を持っての運動体ではないので、スケジュールに追いまくられることは稀である。
 その稀の一つに、米のトヨタ調査団「NLC、4月来日」の受け入れがあるが、宿泊、通訳など一部の案件を残して、受け入れ態勢が出来たので、
さしたる心配はなさそうである。 これには、事務局長の采配が光っているように思えた。私の役割は殆んどないから、一行のルポの手伝い程度になろう。
 会議は、しばしば本線から副線に入って話題が広がった。その中でS氏の発言「労働について、これはどこでも教えられていない、非常に重要なことだと思うのだが」というのがあった。その瞬間は、すぐにはイメージできなかったが、フリーター、ニートといわれる若者が、そもそも「働くことをどう受け止めているのか」あるいは、「定年を過ぎて尚働こうとする人、過労死するまで働き続ける人の心境とは、どんなものだろう」更に、人それぞれの「人生の中で、あるいは1日の暮らしの中で『労働』がどんな風に位置付けられているのだろう」「社会の中で『労働』は、単に生産、利益手段の一つに過ぎないのか」と、思いが広がっていった。
 繰り返しになるが、ATU・Sの結成宣言の冒頭はこうである。
「古来、労働は暮らしの中心をなし、生きる糧とし、喜びとし、人と人とのつながりの結び目としてきました。
 1987年の国鉄の分割民営化は、鉄路で働く人々を分断し、退職に追いやり、職場で憎しみと競争を煽り立てただけでなく、日本の隅々まで行き渡っていた線路を断ち切りました。
  それは、日本人が育んできた北から南までの「和(輪)の心」を断ち、労働への畏敬と連綿と受け継がれてきた働く者の団結をも破壊してしまったといっても過言ではありません。・・・」
  先日、「日本における同一価値労働、同一賃金に向けて」と題するシンポジウムがあって、そこに参加したO氏が、電話でこんなことをいっていた。「・・・ああいう話も大事だけど、生産現場でどう闘うかという視点と運動がなければ、世の中は変わらん」と、やや怒り気味にまくし立てていた。おお、久し振りに聞く言葉「生産現場での闘い」であった。
  労働も運動も、何も生産現場だけではないが、O氏には、「(生産と利潤の)資本主義に抗する労働、(工場)労働者こそが社会の主人公」という概念が、動かし難く根付いているのであろう。
  それ自体を否定するものはないが、「局面の捉え方が違うのではないか、失われたものは、自ら求め、打ち立てるほかない」と言うことで応対した。しかし「お互いもう歳で病気もちでは、先頭に立てないなあ」というところで、妙に合点して電話を切った。
  まあ、歳もあるにはあるがやはり向き合い方、継続性、局面対応度も大きいのではないか。

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2008年3月24日 (月)

市民の集会、行動を市民が見る

 立場を変えてみれば
 昨日の午後は、少なくとも3つの行動予定が入って来ていて、私はその一つ「在日朝鮮人作家を読む会」の方に出たのであるが、その帰る途中、栄のバスターミナル付近で、「沖縄での米兵によるあらゆる事件事故に抗議する」県民集会と同時進行の、連帯する「名古屋行動」が行われていて、間もなくデモに出発するところのようであった。
 少しでもいいから集会に参加してみようかな、そう思った瞬間、足が止まってしまった。ふと、いつも、いつも参加し、主催者の一人にもなったこともあるあのような集会を、少し離れたところから見たらどんな感じなんだろうと思ったからである。
 片側4車線ある道路の反対側、噴水前辺りで様子を伺うが、マイクの声は殆んど聞き取れない。ようやく主催者であろう聞き覚えのあるYの声で、途切れがちの話が幾らかつながるようになった。街宣車は見覚えのあるいつもの車。だが、ルーフの張られた文字は「沖縄」くらいしか読みとれない。他にのぼりが数本、取り巻く参加者は50人前後であっただろうか。
 私がマイクを握っているころも同じようなものであったが、通りがかった人が立ち止まるとか、声をかけるとか、拍手するとかの反応はないようであった。
 その辺り一帯が、人で溢れる時はたいてい選挙のときで、それの多くは「動員」ではあったが、それでも「候補者」を一目見よう、何いってんだろうと耳を傾ける人は少なからずいた。やはり、話題性を作る、知名度の高い人を演壇に上げる、場をつくる最小限の人数を設定してかき集める、鳴り物(この日は、三線の演奏があったとか)や、パフォーマンスで目に見える形で引き寄せる、などがあってこそ、「本旨・本題」を届けることができるといえそうだ。
 この日の集会の報告をメールで読んだが、「各国で労働者として滞在しているフィリピン人の権利を守るための様々な活動を行っているミグランテ・ジャパンのロサーナ・タピルさんのスピーチ、沖縄の県民集会の電話報告、集会アピールの朗読」などの工夫が凝らされていたが、それでも耳目を集めるには至らなかったようだ。
 一方、噴水前では、カセットレコーダーのボリュームを上げて、若者4人が体をくねらせていたが、こちらとて、見入る人は数人。足早に通り過ぎる人は、集会もダンスも興味なし、それでもってあなたたちはいま、何をもっとも優先してやるべきものと思っていますか?と問いただしてみたい気になったが、それは自分自身に問えば答の一つが出てくる。
 思えば、私の足が止まったのは、人と人との連鎖が切れたままになっていたからに外ならない。誘って、誘われて大きな人の輪の、玉の一つになるには、「本旨・本題」を前に、人との連鎖・連帯、意気投合、それに対比する自己の存在感がなければならないことを、改めて感じたのだった。

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2008年3月13日 (木)

田中国賠裁判第1回控訴審

 次回に口頭弁論が開かれるか
 「三菱自動車の岡崎工場閉鎖反対」のポスター貼りを手伝ったとして、3か月後に逮捕され、不起訴になった事件で、不当逮捕だとして国家賠償請求の裁判を起こした田中九思雄さんは、一審では請求が棄却され敗訴となったが、それにもめげず、名古屋高裁に控訴して、今日その第1回公判を迎えた。
 一審の判決では、国や県の主張が全面的に採用された結果、控訴審も厳しい状況が予想され、第1回公判即結審、ということも考えられないこともなかったが、この日は原告、被告双方の、書証と弁論の確認を行い、次回期日を指定して閉廷となり、結審とはならず、とりあえず、口頭弁論と証人申請の機会を得たことになる。
 詳細は繰り返しになるので省くが、一審に較べ控訴審は、争点をより明確にし、法令、判例違反、一審の審議の不十分性を裁判官に印象付けなくてはならない。その点で原告本人の新たな陳述書、弁護人の意気込みが問われることになりそうだ。
 私は、この裁判の争点とは別に、警察が請求する逮捕状や拘留請求について、殆んど吟味なしで事務的に発行してきた裁判所側が、この提訴を受けて、そうした“慣習の悪弊”を自覚して、逮捕するに足りる理由、本当に証拠隠滅や逃亡の恐れがあるのかなどを、より厳密に審査する姿勢を持つことになれば、この裁判の意味は大きいと見ている。
 田中さんが定職に就き、住居も定まっている点で逃亡の恐れは全くなかったし、“事件”から3か月も経ってから逮捕するに当たって、証拠隠滅の恐れがある、もないもんだ。「警察と裁判所は馴れ合っている。司法の独立はどこに行ったのか」と、もっと叫びたいところであるが、訴訟戦術としては、裁判官に与える印象としてよくない、ということで引き下がるのであれば、残念なことこの上ないと思っている。
 尚、傍聴席には、田中さん側の支援者が30人ほど駆けつけて埋めた。次回公判は、
5月15日(木)午後3時30分から、名古屋高裁1003号法廷

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2008年3月11日 (火)

日本の危機管理・5

  老兵たちのフォーラム3月例会
 意見交換の場では、1)二人(Hさんと私)の意見は、総論と各論が入り混じっている。ビジョンとマニフェストを分けて提起したほうがよい。2)つくづく“危機に取り囲まれている”なあと感じた。国民意識について、教育、マスコミ、地域と家庭崩壊の問題を重視。今の政治は、人気取りとばらまきだ。キーパーソンは財界か。3)管理と言う言葉には、外国と日本ではやや違いがある。管理=コントロールであるから、端的に言えば「制度論」「技術論」に分けられる。いずれにしても制御不能ではない、即ち見通しを持つことである。危機の乗り切り、それは突破口を切り拓くことに尽きる。4)大変な中で生活している。子や孫たちはどう生きていけばいいのか。“感じたり、考えたりする人間力、つまり人間を育てること、それは教育論などと大上段に構えないこと”だと思う。5)安心に対する危機を回避する方向性は、まず食料自給率の向上と、太陽エネルギーの利用ではないか。6)端的に言えば、日本(人)は、アメリカに侵略されているという意識を持つべきだ。改めて民族意識の見直しを思う。7)やはり①食糧危機 ②エネルギー危機 ③資源の枯渇 ④安全保障 ということになるだろう。8)日本人には「管理を嫌う体質」がある。(管理された方が楽という人もいる、という反論もあった)かといって自主管理は不得手。家族崩壊、地域崩壊が問題だ。
 ここらあたりから、話題は「食糧危機」に収斂されていった。
  戦中、戦後の食糧難、飢餓体験を持つ人が多いので、その種の話はつきなかったが、まず、そうした原体験を子や孫に語り継ぐことが大切だ、と言う意見が大勢を占める一方、語り継ぐことの難しさ、美談化する危険性も指摘された。次に国内の食糧増産の必要性については、農林水産業の第一次産業を政策的に復興させる。農業の機械化・自動化を更に進め、農地の企業化も始まっている。農民の“時給”は、換算すると300円程度といわれる。これでは就業者は減る一方だ。
  WTOは弊害、国内農業を保護する輸入規制は必要。各国の食糧は、自給、自主管理が基本だ。生活面からは、食品の廃棄率が高いのは問題だ。もったいない精神は伝統的にある。消費期限、賞味期限は誰が決めた。「単身赴任」も弊害だ、認めるべきではない。
 岐阜大学では、農学部が応用生物学に変わった。三重大学でも農学部と水産学部が一つになってしまった。農業衰退の象徴でもある。
 さて、地球上の人口は現在66億人といわれているが、順調な食糧生産で80億人までは供給可能といわれるが、気候変動、自然災害の頻発化で予測があてにできるか。
 “人間、何とかやっていくだろう、何とかやってきた”という楽観論もあったが、やはり“覚悟”も必要であろう。庭先でもいい、農地を持て、拓け、生産プロセスを学ばせよ。振り子が、飽食と飢餓の間を行き交うが、今、飽食から飢餓の方へ振られようとしている。わが身を守るだけではダメ、みんなを守る、みんなで守る意識が重要だ。
  農林水産業を考える時、「水問題」もセットで考えるべきだろう。水問題の解決、方策なくしてこれらの産業は成り立たないし、文字通り人類の生命線だ。
  課題は果てしない。だが、当面の課題を迅速に処理し、1年先のことを予備的に着手し、10年先を見通し、百年の計を立てるのが政治である。そして政治に参加し、政治をコントロールするのは国民一人一人であることを自覚し、できることを着実に実行すれば、悲観論者(ペシミスト)になるとは限らない。
 (了)

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2008年3月10日 (月)

日本の危機管理・4

  老兵たちのフォーラム3月例会
 順序が逆になったが、元々の提起者・Hさんの概要を記しておこう。
 Hさんが取り上げた4つの「日本の危機」とは次のようなものである。
1)外国の侵略による「安全の危機」①北朝鮮のミサイル ②中国の軍拡と領海侵犯 ③安保条約の片務性
2)「世界の政治・経済の不安」①米国一国主義の崩壊 ②国連機能の限界 ③世界同時株下落 ④世界的不況 ⑤人口の急増
3)「国内政治・経済の不安」①官僚汚職 ②弱体化する政党 ③地方自治の崩壊 ④年金と医療不安 ⑤食料自給率の低下
4)「安心の崩壊」①地球の温暖化 ②二酸化炭素の増大 ③水資源の不足 ④食の安全の不安 ⑤食糧危機
 以上は骨格で、これらの更なる展開、資料を含めA4のレジュメ8枚が用意されていた。私以上に広く網羅されたものであり、その“処方箋”というか危機に対する「管理」を、例えばこんな風に書いている。
 ・・・管理(対応)として、対外的には改憲、国連中心主義からの脱却と独自外交力の強化、軍拡を。対内的には、二大政党制、道州制の導入、インフレ政策、税制改革、消費税廃止、法人累進課税率のアップ、食糧自給力の強化、高齢者医療の低減と医療体制の充実を低減。
  危機管理の最大テーマは、政治的には、外的から国を守る国防であり、経済的には国益を確保することである・・・。
 こうして延々と続くのであるが、正直言って私には聞くに耐えないもので、他の人の顔色を伺ったが平然としていて、これは私一人が、思想基盤が違っているのか、年齢差のなせる業なのか、と戸惑ってもいた。
 Hさんのいう、軍備の拡大・充実は、侵略的、攻撃的なものではなくあくまで、相手にスキを見せない、手を出せば痛いしっぺ返しを食うぞ、という構えと同時に、「やられたらやり返せ」という立場で、それも追い払うだけでなく、ミサイルや長距離爆撃機、空母、原潜まで用意して追い詰めるという姿勢である。もう一つは、米国不信が独自の軍事力強化に傾いている。その上、スキを見せないという構えは、徴兵制、二大政党制、道州制、教育の管理などの端々に管理国家を想定しているようでもある。「民主主義」「平和主義」が軟弱に映るのか、政策論の中では出てこない。こんな下りがある。
 ・・・歌の文句じゃないが、“こんな日本に誰がした” 戦後、平和憲法で“平和ボケ”した為政者たちと我々国民である。・・・
 戦後の日本の平和が、“米国のポチ”であったから保たれたとでも思っているのだろうか。ここら辺りは大論争になる要素であるが、先に書いたように議論は、別の方向に誘導された。
(続く)

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2008年3月 5日 (水)

日本の危機管理・2

老兵たちのフォーラム・3月例会         
 昨日の続きであるが、 
3)対外流出の危機
①情報流出・・・国家機密(軍事機密、政府中枢機密、外交機密、危機管理システム、暗号)、技術情報。
②頭脳流出・・・IT、原子物理学、航空・宇宙工学などの理工系、バイオテクノロジー、医学系。
③資源流出・・・頭脳は人的資源、リサイクル資源、ものづくりの技術・技能資源、歴史的芸術、工芸品。
④有害物質・・・公害輸出、有害ゴミ・医療ゴミの輸出で、相手国・住民を危機にさらす問題、外交問題化。
4)内政問題の「危機の要素」
 国論の二分化(政治潮流の分化は危機とはいえない)
①護憲改憲・・・共産党の100%護憲から、自民党の大幅改憲の間に、加憲、創憲、論憲などがある。
②右翼台頭・・・天皇制の復活、軍事大国化、徴兵制、核武装、国家教育・国家神道。
③二大政党・・・危機管理は共通・共有化しても、政治の潮流・政策、外交政策が接近していては意味がない。
④外交政策・・・米国基軸外交(日米安保条約)、アジアシフト外交、自衛隊海外派兵、国連の位置付け。
⑤経済労働・・・グローバリゼーション、ダブルスタンダード、規制緩和と規制強化、労働法の改悪。
内政の停滞
①短命内閣・・・“世界の一等国”のなかで、これほど首相(大統領)がめまぐるしく変わる国はない。
②官僚水準・・・視野、使命感の低下、人材の官民格差、汚職・私物化、セクト主義、学閥、派閥の系列化。
③増税浪費・・・縦割り行政と既得権、族議員の跋扈、「構造改革」(財政の健全化)の停滞、安易な増税。
④年金医療・・・年金制度崩壊の危機、医療費増大の圧迫(医療行政の不在?)、薬害。
⑤食糧危機・・・農林水産行政の後進性=自給率の低下、食品廃棄率の高さ、グルメの愚、食育。
⑥地方自治・・・財政危機、米軍基地問題、市町村合併≒道州制、タレント首長の登場、自治体格差。
⑦基軸崩壊・・・食品の安全性、耐震基準の偽装、製品基準の偽装、劣化対策の遅れ、リコール隠し。             ―未 完―
 以上のような「危機」は、個別的に存在していることもないわけではないが、総体的な問題であると捉えるべきだ。しかし、ここにはない要素も考えれば、統括は「至難の業」に近く、してみると「予防措置」として講ずるものと、「対応措置」して危機管理するものとに分けられよう。また、当面の「優先順位」を策定して、「危機ポテンシャル」をつぶしていくとも、政策的にはありうることである。
 次回は、あまり根拠や可能性がないとしても、その対応策・対案について、まずは「素描画」から入ることにしよう。(続く)

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2008年3月 4日 (火)

日本の危機管理・1

 老兵たちのフォーラム・3月例会     
 
今回のテーマ「日本の危機管理」で、前回テーマの延長線上にあると2月5日、6日の日録で書いた。そして提起者のHさんは、私の想定通りのレジュメを提出されたが、賛否相半ばであると読みとれた。
  もっとも意見交換の場で、議論が伯仲するということはなかったが、Hさんの提起に続く参加者それぞれの意見発表では、私は冒頭発表を希望して手を挙げた。それは、Hさんのレジュメの反論または、対極にある立場を表明し、議論を伯仲させたい意味を込めたからであった。しかし、さすがというべきか、参加者の「老兵たち」は、二人の共通項である「食糧危機」に議論を誘導して、安全保障、国防といった領域から遠ざけた。(と私は感じた)
 それは、私が冒頭に「私が今回の席で意見を開陳するということは、Hさんの意見を『仮想』して、反論を試みることになりますが、そうすることが、これまでの単に意見開陳と違って『論争』の域に踏み込むのではないか、という一抹の危惧があることを最初にいっておきたいと思います。
  その危惧とは『論争が今後のフォーラムの場にまで引きずるのではないか』という私の固有の危惧です。もう一つは、この大きなテーマに対する『論争』に対応しきれない、私の未熟さの危惧であり、この場合、論争を好まず『論争に参加しない』または『意見保留』と言う立場もありますが、敢えて、『論争に挑む』気持ちで参加することにしました。『第三の社会(制度)論』と、密接不可分だと思うからです。」この言葉を配慮してのことであろう。
  さて、私のレジュメは、総花的であるが、以下のような形から入った。
1、危機の認識、ケースの類別
1)地球規模の全人類的危機
①気候変動・・・地球の温暖化、台風、ハリケーンの凶暴化、エルニーニョなどの“○○現象”の頻繁化。
②地球汚染・・・大気、土壌、河川・湖沼、海洋の汚染。
③資源枯渇・・・石油を含む鉱物資源、水資源、農林水産資源(森林資源の喪失は大きい)
④生 態 系・・・動植物の個体の絶滅(珊瑚の死滅は重大)、人口増加。
⑤ウイルス・・・デング熱のような、既存ウィルスの北上、蔓延。病原体としての絶滅ウィルスの復活。眠れるウィルスの(新種ウィルス)覚醒、登場、猛威。ウィルスの変化と耐性菌化。
2)日本への来襲の危機
①自然災害・・・地震、津波、台風、寒波・熱波、噴火(単発と連動)、
②隣国類災・・・大気汚染、工場排水、黄砂、大規模火災、原油流出、核廃棄物。
③交易危機・・・有害食品、有害製品、密輸としての麻薬・ドラッグ、銃器、外来種、海外からのウィルス。
④軍事侵略・・・ミサイル、宇宙空間での衝突(人工衛星破壊)、非同盟国の軍事力増強の脅威。領海、領空の侵犯、テロ、サイバーテロ、領土問題での衝突、外的影響力による内乱・暴動。
⑤移民難民・・・「来襲」とは言わないが、外国人の移民、移住、難民の受け入れの問題。
3)対外流出の危機(詳細は次回)
4)内政問題の「危機の要素(詳細は次回)

 
2、危機管理から日本の未来的国家像(詳細は次々回)
 これらは項目を思いつくまま列挙しただけのもので、概況の認識程度である。(続く)

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