2020年1月27日 (月)

「新型コロナウイルス」考

 政界でも蔓延か、特効薬は?
 岐阜県から始まった「豚コレラ(CSF・豚熱)」の流行は、近県に広がりついに沖縄でも発生したらしく、未だ制圧されていない。中国武漢市を発生源とする「新型コロナウイルス」による肺炎の感染は、世界的流行の“はしり”かもしれない、と思った時「パンデミック」という言葉を思い出した。映画でも何本か撮られたと思うが、なんだか気味が悪くてテレビではあるが最後まで観たことがない。
 こうしたウィルスにより感染・流行はその規模に応じて(1)エンデミック(地域流行)、(2)エピデミック(流行)、(3)パンデミック(汎発流行)に分類される。このうち最も規模が大きいものがパンデミックであるという。
 こんな時冗談は言えないが、これって政界でも当てはまりそうだ。「嘘・ごまかし・廃棄・忖度」(UGHS)が永田町から始まって、関西方面に飛び火して流行し、ついに全国に広まってパンデミックとなった、みたいな。
 元に戻って、もっと心配なことはこの「新型コロナウイルス」が、人から人に感染して過程で「突然変異」が生まれ、人類として全く対応できない状況にならないかということだ。
 これまでも例えば院内感染で抗菌薬(抗生剤)がきかなくなった細菌を「耐性菌」と聞いてきたが、特に有名な耐性菌の一つ目にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)があると聞く。MRSAは1970年代から、院内感染の原因菌として注目されてきた。「細菌を退治する目的で使われていた抗生剤が、逆に強い耐性菌を生み出す結果となってしまっている」ということだ。
 これも何だか「Abeウィルス」のことを言っているみたいで、有権者が無関心で選挙を棄権し、「嘘・ごまかし・廃棄・忖度」(UGHS)の治療を怠ったため、選挙ごとに増殖しまるで「耐性菌」のようではないか。
 「Abeウィルス」によるパンデミックにならないためには、選挙で追い落とすという「特効薬」があるが、使用期間が限定、半数以上が投票という「新薬」を行使するという条件が伴う。同時に体力の回復、増強が欠かせない。それを担うのが「野党」である。

 

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2020年1月12日 (日)

ウクライナ機撃墜事件

 日本の対空識別システムは?
   ウクライナ国際航空機が墜落し176人が死亡した件について、イランの統合参謀本部などは11日早朝、イランメディアを通じて、墜落は「人的ミス」による撃墜だったと認めた。
 いつもの飛行機事故にも増して無辜の乗客、乗員の無念さが伝わってくる。「人的ミス」というが、何がどうなっているのかは知る由もないが、アメリカとイランの対立の中での事件であることは確かだ。
 それにしても素人目には、軍事的対空識別システム、最近のレーダーでさえも旅客機か戦闘機かミサイルの違いを見極められないのだろうか。高高度でもなく撃墜された時間は、現地時間の8日午前6時過ぎといわれているから、高倍率の望遠鏡があれば、目視できたかもしれないとも思う。
   あるいは民間航空管制と軍情報部との連携、情報交流というものはないのであろうか。そもそもそのようなシステムは構築されていない、あってもイランの現地には配備されていない・・・。

 戦争や紛争は、当事者だけでなく周辺にも影響を及ぼす。周辺だけにとどまらないことだってあり得る。だから、小さな紛争、事件であっても、それを拡大させない、早期終結を促すことが重要だ。ましてや片棒を担いで、火に近づき、火中に踏みこむことはあってはならない。
 日本の対外政策、防空、識別システムの状況はどうであろうか。ウクライナ機撃墜のような事件が起きない政策を望むものである。

 

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2020年1月11日 (土)

国民民主党との合流にこだわるな

 選挙は「全野党共闘」をめざせ
 立憲民主党と国民民主党との「合流」問題にかかわる幹事長を交えた党首会談は、今年に入って7日に約3時間半、9日に約4時間、10日に約3時間に亘って話し合われたという。大局的に「合流」することでは一致しているようであるが、例えば「党名」をどうするかは、「合流」の方法で決まるだろう。つまり、どちらかが存続政党になって、結果的にもう一方が「吸収」されれば、存続政党名になる。では「吸収合併」に同意できないとすれば、対等な合流ということになり、双方がいったん解散して「新党」に参加することになる。
 だが政党の合併は、「政策・理念」の一致があってこそ、である。その政策について立憲、国民両党には一般的に大きな違いはないとされているが「原発ゼロ」に関しては、その表現の違いではなく、もっと根の深いものがあるのではないか。
 長いこと労働運動に携わってきた私は、現野党が分岐している現状を「社会制度論」の違いから始まると見て来た。共産主義、社会(民主)主義の政党と、それらに反発しなおかつ資本主義的政策にすり寄るような党、といった分け方で。
 しかしこの「主義」については、時代、状況の変化を経て各党とも現実的な政策を優先することによってその違いがかなりぼやけてきた。ところが2011年の「東電福島第1原発事故」によって、再び路線的な違いがはっきりしてきた。「原発ゼロ」を党の政策の基軸の一つにするか否かの違いである。
 別の観点、例えば「労使関係」の在りようでも野党は分岐しているとみている。「原発ゼロ」を受け入れがたいとする電力総連は、事故は起こり得ない安全であることを前提とした原発が、大きな利益を生むとして手放さない会社の経営方針を「安定賃金」の基盤としてとらえている。これは軍需産業も同じことがいえる。
 賃金、雇用の安定は働く者の最大の要求である。だから労働組合はそれに応える活動をする。一方で、戦争で何もかもなくした経験は、「賃金、雇用の安定は、平和であればこそ」という意識が高まった。それが戦後労働運動の流れを作った。「3・11フクイチ」の事故は、それが一地域であれ、戦争・戦災以上の破滅的な事態を現出した。ここのところをあいまいにし、あまつさえ経営者に同調するようでは、「政策・理念」で違いが明確であるから、「合流」は無理ではなく、してはならないと思うのである。
 では、アベ政治を終わらせるために「選挙協力」欠かせない。野党が競合して共倒れになっては国民から見放される、という点についてはどうか。
 それ自体は間違いないところで、是非とも共同の闘いを構築してアベ政治を終わらせたい。だが「選挙協力(共闘)」と「党の合流(合併)」は同次元のものであろうか。先の参院選挙での一人区で野党統一候補が与党候補を破った選挙区があった。この経験は貴重なものだ。「政策・理念」の違いを残して立憲民主党と国民民主党が「合流」することよりも社民、共産などを含めた「全野党共闘」の方が、少なくとも選挙戦では有利である。
 私は、立憲民主党の党名、政策・理念を曲げてまで国民民主党と合流する必要はないと考えている。同時に「立憲パートナー」としての条件でもある。

 

 

 

 

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2019年11月25日 (月)

苦闘する香港のことを思う

   巨大権力の前の民主主義
 香港の区議会議員選挙が行われ、苦闘する香港に新たな展開が出てきそうだが、民主派にとって明るい未来が拓けるかどうか、なお一層の困難が続くのではないかと気がかりだ。
 私は、この件を語ることにずっとためらいがあったし、今もためらいながら、しかし「沈黙」していることで自分の中に不快感が募るのも事実である。
 ためらいには二つの理由があった。一つは、やはり実態を知らず「情報」だけで判断することの警戒心である。これまで関心をもって香港のことを知ってきたわけではないし、現地を訪問したこともない。日本のマスコミ以外ではAPWSLのIさんからの情報が唯一だった。
 もう一つは、1970年代に描いていた「中国像」と現在の中国の政治・体制のギャップが大きく、それが整理しきれていないことがある。
 1970年前後の反安保闘争では、どちらかといえば「親中反米」であった。そのころの活動の仲間の中には、ソ連派はいなかったが親中派はいて、「覇権主義」をとらない良好な「社会主義像」を中国と重ねていたと思う。私は「親中反米」であっても中国に心酔することはなかった。「反米」ではあっても、全否定ではなかったので、中国へ行ったことはないが渡米は2回ある。
 暴力的な衝突について
 さてこの間の香港における激しい街頭闘争が、「過激な学生たち」と「すさまじい暴力の警察部隊」の衝突という面と、一方で香港政府の姿勢と背景にある中国の対処などが中心的に伝えられてきた。そこでテレビなどで暴力的衝突のシーンを見て、首をかしげる人も多かろうが、この点について前出のAPWSL・日本(アジア太平洋労働者連帯会議・日本-組織的活動は現在休止している)のIさんはこんな風に伝えている。 
 「・・・じつは政府の暴力こそがさらなる暴力を生み出してきたのです。香港の容疑者送還条例反対の運動が暴力的にヒートアップしたのは、6月12日の警察の暴力や7月21日のヤクザによる市民への無差別攻撃に対する警察の不作為、そしてそのような警察の犯罪に対する独立監査委員会設置を含む五つの要求に対して遅々として答えなかった香港政府の姿勢にあるのです。9割近くの市民が警察の暴力を監査する独立した調査委員会の設置を支持しているにもかかわらず、林鄭月娥(りんていげつが)キャリー・ラム行政長官は全く聞き入れようとしていません。それによって警察全体の士気をも損ねる事態になっています。」と。

 民主派圧勝の区議会選挙
 次に香港の区議会議員選挙について考えてみたい。
 毎日新聞は次のようの報じた「24日に投票された香港区議選(地方議会選、任期4年)は即日開票され、香港メディアによると、計452議席のうち、民主派は獲得議席が8割を超え圧勝する見通しだ。民主派が区議選で過半数を獲得するのは1997年の香港返還以来、初めて。これまで約7割の議席を占めていた親中派は惨敗。6月に香港政府への抗議デモが大規模化してからは初の全土的な選挙で、政府と後ろ盾の中国指導部に反発する民意が明確に示された結果となった。」
 この選挙結果は、多くの犠牲を払い続けている香港の人の気持ちがなんとなく伝わってくるようで、束の間であれホッとした気持ちにさせられる。投票率も71,2%という情報もあり、これはきっと若い人たちがたくさん投票に行ったに違いない。伝えられるところによると「一部の若者による抗議活動が過激化していたため、投票所が混乱し、区議選が延期されることも懸念されていた。だがデモ隊の間で『選挙を妨害すべきでない』との意見が広がり、目立った混乱はなかった。」(毎日)ということで、この選挙結果が行政府に無視され逆に中国の影響が強まろうと学生・若者たちの真剣さが伝わってくる。香港の民意が確かなことが分かる。
 さらに言えば、覆面禁止法が香港の高裁で違憲判断されたこともあるが、1997年7月1日に、香港の主権がイギリスから中国へ返還され、2014年12月、香港の「高度の自治」を明記した1984年の「中英共同宣言」について、1997年の返還から50年間適用されるとされていたことなど(中国は破棄した)、この間の議会制民主主義を知っている若者たちは、中国に飲み込まれたらたまらないと考えてきたといえよう。
 巨大権力の前の民主主義
 広い領土と強大な軍事力(核戦力)を持つ、アメリカ、ロシア、中国、インドでの統治は、多様性を重んじ、非暴力を唱え、環境問題に強い関心を持つ「民主主義の勢力」を力でねじ伏せようとする傾向を感じる。「国家統制型の強権力」でないと統治が成り立たないのであろうか。
 この時代、香港のこと、台湾のこと(他にパレスチナ、ウクライナ、ウィグル、カシミールなど)を考えると世界で「民主主義」がためされている気がする。あるいは「民主主義」は常に巨大な権力の横暴に犠牲を払わされ続けねばならないのかとも。
 「小国」日本にも、何を勘違いしてかアメリカ型強権政治によりかかろうとする政治家が跋扈している。「多弱」といわれる野党も、香港で起きていることを対岸の火事と見ないでしっかりと見て学んで、政権を構想してもらいたい。 
 今言えることは、中国が何をしようが、香港の民主化の勢いはとまらないであろう、ということだ。

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2019年10月13日 (日)

トヨタの「コンプライアンス」が問われている

 フィリピントヨタ労働争議の早期解決に動け
 2001年に233名(その後237名に)の解雇で始まったフィリピントヨタ社(TMPC)の労働争議は、すでに18年が過ぎて今なお、フィリピントヨタ労働組合(TMPCWA)の不屈の闘いによって継続されている。
 毎年、この時期にTMPCWAのエド委員長と組合員が来日して、親会社であるトヨタ自動車(豊田章男社長)本社に対して争議の早期解決要請する、その行動の一つ名古屋駅前・ミッドランドスクエアのトヨタ自動車名古屋オフィス前での街宣活動と、その後の連帯交流集会が開かれた。
 名駅・トヨタ名古屋オフィス前で
 この日の午後3時から30人ほどがポケットティッシュに入れ込まれたチラシを配り、街宣車を使ってのアピールが続けられた。例年だと関東から20人以上がバスでやってきてもっと賑やかになるのであったが、台風19号の影響が残っていて、バスが到着したのは、集会の最中、午後6時40分頃だった。
 チラシには、「トヨタはILO勧告とOECD多国籍企業行動指針に従え! フィリピンでの組合潰し、不当解雇を撤回し、職場に戻せ!」「豊田章男社長は誠意をもって争議を解決せよ!」と書かれ、ILOからの度重なる勧告、OECD多国籍企業行動指針にも敵対しているトヨタ、日本のNCPも怒りの勧告、トヨタへの国際的批判、豊田章男社長に決断を迫る、などの内容が記されていた。
 東京から新幹線でやってきたエド委員長らは、マイクをもって、闘いの経過、現状、支援の訴え、トヨタ本社主導のもと、早期解決望むというようなことを訴えた。地元からは、支援団体の10人ほどが次々にアピールした。
   TMPCWAエド委員長らがアピール
   午後5時半過ぎから国際センターで連帯交流集会がもたれ、最初に「フィリピントヨタ労働組合を支援する愛知の会」の共同代表・猿田正機さん(元中京大学教授)から、トヨタ研究の一部を引用しながら、最近のトヨタの過労死問題の例、トヨタの利益は上がる一方で賃金は下がっている。また初耳の「トヨタ式家事」について語り「平等とワークシェアの観点がない、とても世界基準に適合していない」つまり利益第1主義、自社第1主義ということであろう。加えて「20代で子どもは埋めない・・・先進国では日本だけ?」「若い人への負の遺産、それは膨大な国の借金、原発」などの問題点を指摘した。
 続いて映像を使ってのTMPCWAからの報告。その中でエド委員長がこんな心境を語る場面もあった。“私たちが闘い続ける、それは何も悪いことはしていない、当たりまえの権利を主張しただけだ。今なお闘い続ける仲間は、いいことも悪いこともシェアーしている。そしてこの闘いは、意味のある人生を送る、尊厳あるものである・・・”と。
   最後に支援する会(関東)の田中さんが、世界のリーディングカンパニーで、最高益を挙げる「トヨタ自動車-豊田章男社長」は、その実、CSR(corporate social responsibility、企業の社会的責任と社会対応力)が「欠落」乃至は「放棄」している事例が幾つかある。それを具体的に示してトヨタに申し入れをしてきたなどと語った。
   かつて私は、APWSL(アジア太平洋労働者連帯会議)愛知の運動が休止するまでこの運動の運営委員、名古屋地区の世話人をしてきたこともあったが、今はこうして陰ながらの支援として続けている。
   なお明日の14日午前7時から、トヨタ自動車本社周辺でのビラ配り、9時から本社に入ってTMPCWAエド委員長ら、支援する会などのメンバーで申し入れが取り組まれる。

 

 

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2019年10月10日 (木)

8割が働きたいって?

 勝手都合の安倍がまたまた・・・
 安倍首相の所信表明演説には、全文を読んでいないので「印象」だけで言うのであるが、正直なところ(複雑さを込めて)笑ってしまった。二つあった。「65歳を超えても8割が働きたいと願っている」という個所と「新しい時代の日本に求められるのは、多様性であります。みんなが横並び、画一的な社会システムの在り方を、根本から見直していく必要があります」というくだり。
 この読みときは毎日新聞10月10日に詳しいので省く。だが「65歳を超えても8割が働きたい」というのは、一部にはあるだろう。だがそれは働かざるを得ないという経済的理由、或いは家業を継承させて行くために、次代がいっぱしになるまで、といったようなこと、さらに「役員報酬」など高収入が当てにできる立場あればの話である。また仕事の「労働密度・軽重」とか「専門性、一般的労働」の違いにもよるだろう。
 1970年代ころだったと思う。当時の定年退職年齢は55歳で、定年延長を労働組合の方から求める、といったことがあった。その時の背景は詳しくは覚えていないが、高度成長に入ってマイホーム、マイカー、高等教育(大学への進学)の一般化などで家計は膨らんで、定年後まで月賦(ローン)が残るなどして、或いはまだ体力的に働けるということもあったであろうから、定年延長は歓迎された向きもあった。一方、造船労働者など体力的にきつい労働現場の人たちにとって、55歳定年は、過重労働からの解放であり、それの延長は命を縮ませかねないし「老後の楽しみ」を奪うものであるとし反対の声を上げていた。
 これはほんの一例であるが、事例としてはこんにちと大きな違いはないように思う。それにしても「8割」は、どこかからか都合のいい数字を見つけ出して、都合よくこうも白々しく使えたものだ。
 私は、この欄で前に書いたことがあるが、60歳の定年まで働いていたら、定年後の活動の継続は困難という自覚も理由の一つとして53歳、37年4か月勤務で自主退職した。加えて中学生の3年間、朝の新聞配達をしていたから、結局40年間即ち55歳定年まで賃労働相当だったと思っていたのだった。
 「多様性云々」は、まるで「言葉」に酔っているようで、空疎なうわごとを聞かされているみたいだった。

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2019年10月 2日 (水)

立憲民主党の活動方針が届く

 政権交代のために、どうあるべきか
 立憲民主党の第2回党大会が9月30日に参院議員会館で開催されたが、その「立憲民主党年間活動方針」が、ようやくウェブ上で公開された。なお大会の日の午前中に「全国代議員大会」が開かれ、そこでは質疑が交わされたとあり、そのせいであろう午後の大会では「質疑」の時間は設定されていたが、誰も手を挙げなかった。予定の午後3時前の2時40分に散会した。
 活動方針の表紙には「すべての取り組みを政権交代のための準備につなげる。」とあった。野党第一党の政党であれば、当然の目標(スローガン)であろう。であれば、そのプロセスを明らかにして、政権交代につながる重要政策を明確にし、現場の地方議員、パートナー、支持者の声、意見吸い上げる回路を太くするなどの概要が示されるべきであろう。
 「大会」では、いわば「総論」の領域で意見一致を諮り、具体的には各担当部、都道府県連で骨格となる方針を示していくのかもしれない。実際「活動方針」を読んだだけでは「立憲サポーター」として何をすべきかは、すぐには思いつかない。
 もう一つは、「政権交代のために」を素直に読めば、次の「衆院選挙」で野党が過半数を制することであるから、読み替えれば「総選挙の準備を怠りなく進めよ」ということにならないか。それはそうだと思うが、私の中では「選挙のための選挙活動」は一部であって、筋としては「地域的課題、地域活動に積極的に関与し担う」ことではないかと思うのである。つまり「選挙のための選挙活動」とは、端的に言えば議員の後援会活動であり、「地域的課題、地域活動」とは市民運動、住民運動、労働運動などを指す。
 愛知3区・近藤昭一事務所では、「後援会」とは別に、国政報告会、パートナーズ集会、立憲カフェなどそれなりの設定を進めているが、私は二つのことを感じている。一つは国政報告会、パートナーズ集会は「後援会」の延長のような気がしていて、新しい、若い参加者が少ない、参加者も(私も含め)高齢化の傾向が続いている気がするのだが。もう一つは、他党や一般市民も参加する市民集会、政治集会などに参加する人たちは少数で、ここでも「後援会」加入者との異相を感じているが勘違いであろうか。それはそれで別個に存在することは不自然ではないから、目くじらを立てるつもりはないが、「政権交代」という大きな政治課題を現実的に引き寄せようとすれば、つまり「政治を変えること即ち私たちが変わること」であり、「私たちが変わること即ち政治・社会に向き合うこと」で、議員を送り出すだけの「他人(ひと)任せ政治」では、政治・社会は変わらないだろうと思うのである。あるいは自民党に逆襲を受けひっくり返されかねない(民主党政権で経験済み)という危惧を持つのである。
  
政権を支えるのは議員だけではない、私たち一人一人なのだと。その一人として、「他人(ひと)任せ」であってはならない、自らを鍛えないとつぶされる・・・。

 

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2019年5月18日 (土)

400人余が参集し、いざ参院選へ

  田島まいこ事務所の開所式
 統一地方選挙が終わって、夏の参院選挙に向けた取り組みが本格化してきた。愛知選挙区から、立憲民主党の公認候補として田島まいこさんが立候補を予定していて、その事務所の開所式が行われ、選挙運動の本格的なスタートを切った。
   選挙事務所の場所は、名古屋市東区葵2-3-13(みねビル1F)で、地下鉄桜通線・車道駅④出口から徒歩2分。入り口に国連職員として活躍していた頃の「田島まいこフォトギャラリー」があり、一見の価値はある。
   この日、事務所前の歩道は400人余りの党の関係者、支援者そして報道関係者などで埋まった。
 午前10時、進行役の名古屋市議・田中里佳さん(天白区)が開会を告げ、最初に田島まいこ選対本部長を務める近藤昭一衆院議員(県連代表・愛知3区)が、何としても田島まいこ候補を国会に送り出し、安倍内閣に代わって、この名古屋、この愛知そしてこの日本をいい国にしていく大きな仕事をしてもらいたい、絶大な支援をお願いしたいとあいさつ。
   続いて福山哲郎幹事長がマイクをとり、田島さんが参院選の候補者になるまでのいきさつを紹介し、国連での仕事、海外事情に詳しいことは、立憲民主党が、枝野幸男代表が世界で広く知られていく力になる貴重の存在だ。ぜひ国会へ送り出してほしいと訴えた。
  また国会の状況にも触れ、特に衆議院解散総選挙、即ち衆参同日選挙について菅官房長官の発言を紹介した。安倍総理は内政も外交も行き詰まり、10月の消費税増税を前に「解散したくても、解散の大義名分がない、野党の不信任決議案が出れば、解散の理由になる」などと述べ、日ごろから「衆議院の解散権は、首相の専権事項」と言いながら、これでは「解散権は野党にある」といっているのであり、安倍内閣行き詰まりは明確だと断言した。
  激励と応援のアピールはさらに続いて、連合愛知の佐々木龍也会長(トヨタ自動車労組出身)は「先の地方選挙の結果をみても、この選挙は大変厳しいものがある。組織を挙げて応援する」また名古屋税理士政治連盟からも「田島さんの知名度は低い、もっともっと知ってもらわねば」と激励の挨拶があった。
  ここで田島まいこさんが台上に立って、参集のお礼、立候補の決意と国政の場で何をしたいかなどを話された。まず世界で「ものづくり日本」の現在の位置はどんどん低下しており、このものづくりの愛知、この日本が元気になる旗振りをしたい。
 国連職員としての経験を活かし、貧困問題に取り組み、日本の女性が力を発揮できる環境の下、この閉塞感を打ち破り新しい時代を切り拓きたい。そのために現場にどんどん入っていき、疑問、要望に応えていきたいなどを訴え、大きな拍手に包まれた。

 

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2019年5月15日 (水)

沖縄の本土復帰から47年

 忘れない、書き留める、参加する
 改めて数字だけは記憶しておこう。「国土面積の0.6%の沖縄に全国の米軍専用施設の70.3%が集中する」もう一つは、47年に及ぶ米軍専用施設の面積の割合の比較「沖縄返還時の1972年では、本土41,3%、沖縄県58,7%」そして「現在の2019年では、本土29,7%、沖縄県70,3%」
 繰り返しになるが、私が企業内の労働組合活動に参加し、政治問題に関心を持ち始めたのが1967年ころから。政治課題としては「ベトナム反戦運動」「三里塚闘争」「部落解放運動」そして「70年安保・佐藤訪米阻止・沖縄返還運動」であった。
 沖縄問題に関しては、職場内の仲間による学習会にも参加した。そのころ「ドキュメント 沖縄闘争」(1969年、新崎盛暉編)「沖縄の自由民権運動」(1969年大里康永著)、「沖縄の百年全3巻」(1969年新里金福、大城立裕著)、岩波新書では、「沖縄からの報告」(1959年瀬長亀次郎著)の他、「沖縄」「沖縄問題二十年」「沖縄のこころ」などを読み続け、暫く間をおいて「在日米軍」(1992年梅林宏道著)「沖縄の米軍」(1994年同)、「ドキュメント沖縄1045」(2005年毎日新聞連載・玉木研二著)「ドキュメント占領に秋1945」(同)、「沖縄 アリは像に挑む」(2011年油井晶子著)2015年6月沖縄高江・辺野古訪問、交流。
 と、それなりに「忘れず」に来ているが、昨今では時々の集会に参加することはあっても地域の定例街宣活動にも参加していない。関心事といえば、立憲パートナーズに登録した以上、沖縄問題で党の政策についてである。鳩山由紀夫首相時の「普天間基地は国外移転、最低でも県外」が未だに尾を引いているのか、沖縄問題で安倍内閣に対峙する争点が「在日米軍基地問題については、地元の基地負担軽減を進め、日米地位協定の改定を提起します。」に続いて「辺野古移設について再検証をし、沖縄県民の理解を得られる道をゼロベースで見直します。」とあるが、インパクトに欠ける。早く見直して方向性と具体案を示せ!と言いたいが、それをいうなら、お前が出せよ、と言われそう。
 いずれにしても、忘れない、書き留めておく、できるだけ参加する、をこころしておきたい。

 

 

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2019年5月14日 (火)

日本維新の会の丸山穂高衆院議員の発言

 世代、世相の反映の方が気になる
 日本維新の会の丸山穂高衆院議員(35)が北方四島の返還に関連して「戦争しないと、どうしようもなくないですか」などと発言した問題は、“とんでも!”発言であるし許されない。このような資質の国会議員が現実に居ることに驚かされたことは事実だ。
 という前提でもう少し考えてみると、まずいち早く日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)が、「国会議員として一線を越えた発言・・・丸山氏に議員辞職を促すとともに、党として除名処分にする考えを明らかにした。」と報じられたが、それは事の重大さによるものである一方、上げ潮に乗りつつある「大阪都構想」への影響、参院選挙への影響が素早くよぎったのっではないかと「除名」を口走ったこと勘ぐってしまう。菅官房長官の発言は「他人事(ひとごと)」の装いが強いと感じた。安倍首相のコメントが入ってこないのも、日本維新の会との間に亀裂が入るのを気にしているのではないか、これも“下司勘ぐり”といえるか。
 もう一つ気になるのは、丸山穂高衆院議員の35歳という年齢である。年齢、年代をもって「一事が万事」というつもりはない。ただ個人的に連想したのがこの年齢、世代は「スマホ・ゲーム」の世代ではないだろうかということだった。今や「eスポーツ」と言われる私の知らない世界が広がっているが、それとは関係ないかもしれないが、垣間見るゲームに「戦争もの」「バトル」がつくものが多いように思うがどうだろうか。また丸山議員がそんな世界に浸かってきた人物かどうかは知らないが、どうも気になってしかたがない。「戦争でとられたもの(領土)だから、戦争で取り返す」という発想が、当たり前のように内在しているとしたら、或いは内心では“それもありかな”と思っている人がいるのではないか、このような発想は、私の個人的な単なる勘ぐり、憶測、偏見ならいいが、ネットではどんな書き込みが多く見られるのだろう。
 いずれにしても問題の本質がどこにあるか、或いは丸山議員を早くやめさせ事態の沈静化を急ぐ動きには注意を払いたい。

 

 

 

 

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