2020年3月28日 (土)

浅田次郎著「大名倒産」を読む

   閑話休題、ということでもないが
   新型コロナウィルス、東京五輪延期が話題を占めている昨今であるが、見過ごしてはいけない事案も多くある。丹念に新聞を読み、MLにも目を通し、とっておきたい記事をダウンロードして保存している。
   そうした繰り返しばかりであるからなのかどうかはわからないが、ふと道路地図を開いてみたり、書棚の前でただただ本の背を眺めていたり、思い出したように雑然と重ねられた書類の中からビラ1枚を探し出そうとしたり、そんな自分でも不可解な行動がたまにある。もっともこれはこの時期だから、ということでもない。普段からそうした行動はあるにはある。時折冷蔵庫を開けて何かを求めること、ドリップコーヒーをうわのそら、機械的に淹れてみることもある。多分それは、気分転換を体と脳が求めているのだろう。
   それで、しばらく書棚飾ってあった浅田次郎著「大名倒産上・下」を読む気になって昨夜のうちに読み終えた。上下巻700頁ほどの大作で、初出は「文芸春秋」2016年4月号から2019年9月号とあった。
   時代は幕末。260有余年の徳川幕府は終わりに近づいていたが、それは300ともいわれる大名の終わりでもある。武家社会に胡坐をかいてきた諸侯は、お家の台所・経済に無頓着で内情は借金だらけ。小説の越後丹生山松平家はご多分に漏れず25万両の借金。年に支払う利息だけでも3万両(1割2分の利息)、藩の収入は1万両に過ぎないのに。
   この時期でもまだ武家社会の“威光”は残っていたらしく、どんなに借金があっても、お殿様の「お断り」の一言でチャラにできたと言う。借金の踏み倒しである。その代わり大名のメンツも信用もがた落ちとなるから、歴代の殿様は、「お断り」を避け続けた結果、積もり積もって25万両に膨れ上がったという訳である。
徳川の血筋ともいわれる松平家であるが、当代の殿様(第12代)は、実権を握りつつも「隠居」して、お家の後始末を四男の「小四郎」に継がせている。その裏で「大名倒産」を企み、ひそかに倒産後の一族郎党の生活費「1万両」の確保を目指しそれを秘匿し続ける。
   第13代当主「小四郎」は、先代が村娘「なつ」にお手を付けて生まれたが、上に男子3人がいたから、家来に払い渡されたといういきさつを持つがお家の事情で思いがけなく家督を継ぐことになったのである。根が真面目で庶民のくらしを経てきているから、金銭感覚はあるし算盤もできる。そこで倒産寸前の松平家を再建しようと動き出す、25万両の借金など返す当てなどないのに・・・。
   隠居の父(第12代)が企むのは、前代未聞の大名の計画倒産であり、それを家名だけでなく、領地越後丹生山とその領民のために第13代松平和泉守信房(小四郎)は、倹約、収税、殖産興業に努める、それでもならぬ経営(お家)再建。万策尽きた若殿に・・・手助けが?
   読み始めたときは、なんだかつまらない、こんな時節に読む本ではない・・・と感じつつ、上巻も終わりあたりから、徐々に引き込まれていった。「浅田魔術」にからめとられたからだった。
   浅田が書いたことと現在と何か関わりがあるかな?皆無とは言えないが、直接的な暗示はない、だが「精神(こころ)」は、なにがしかあったように感じて読み終えたのだった。

 

 

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2020年3月24日 (火)

映画「三島由紀夫vs東大全共闘・・・」

 なぜこの時期に公開か
 私の知るところではまだ、名古屋での公開はスケジュールに上がっていないが、映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』から自決への道、が気になるところである。
 情報によれば、映画公開初日の3月20日、日比谷の映画館は満席だったという。どんな人たちが押し寄せたかは想像でしかないが、まず「全共闘世代」「三島由紀夫ファン」そして、東大や早稲田の学生も幾らかはいたのではないだろうか。
 「全共闘」も「三島由紀夫」も、当時を知る人にとっては忘れ難い「言像」(注 げんぞう:造語で、言葉そのものがある形・姿を想起させる)ではなかろうか。
 私自身は大学に行っていないし、三島由紀夫のファンでもないから、いずれにも該当しないが「同時代性」は共有していたと思う。その一つが1969年5月13日の、東京大学教養学部900番教室で行われ、約1000人のほぼ全員男性ばかりの「討論 三島由紀夫vs東大全共闘」の全記録を<美と共同体と東大闘争>の副題をつけて出版された本(新潮社1969年6月24日初版)を今日まで保存していたことにも表れている。また三島の「憂国」は読んだ記憶は残っている。
 さて、この映画が今なぜつくられ、公開されたのか。50年余の過去の歴史の一部を切り取って、現在と対比してしまうような映像には何がしかのメッセージが込められているに違いない。
 ということで個人的な受け止め方をすれば、やはり副題にある「美と共同体」がキーワードではなかろうか。例えば「美」とは、ものや風景などの鑑賞美ではなく「人の生き方、こころ、精神」といったところ、三島流に言えば今や跡形もなくなってしまった「武士道」であろうか。「武士道」はともかく、現世が「嘘、忖度、責任転嫁」が横行し、「今だけ、金だけ、自分だけ」の風潮、それへの反映といえないか。
 そして「共同体」である。これを読み解く力は私にはないが、漠然としてであるが家族、社会、自治体、国それらは本来、くらしの中にあって、つながり、助け合い、未来につなげる仕組み、即ち「共同体」のはずであった。しかし現在はそれらがズタズタとなっている、それへの反映といえないか。
 さらに言えば、三島由紀夫=右翼、東大全共闘=左翼という一般的な規定があったとしても、「この国の在りよう、この社会へのかかわり、文化・心をつなぎ、育む」を真剣に考え、向き合うということでは、通底するものがあったのではないか。それらは今、希薄化したこともあるはそれ自体に「価値観」が与えられなくなった、ということもできようか。
 ・・・労働者(私)は生産現場でこの社会を支える、(あなたたち)学生は将来、この国ゆくえ、屋台骨を支える、そこに「労学共闘」の結び目があった・・・それが50年前の私のどこかにあって、一冊の本を残した、といえるかもしれない。

 

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2020年2月13日 (木)

ルードウィヒ・B

   手塚治虫の未完・絶筆の書
 毎月「3の日」は、3割引きの特売日を設けている事務用品店「栗田商会・鳴海店」へは、必要に応じて利用している。今日も「A4厚口用紙」など4点ほど買い求めた。事務用品は、ホームセンターでも値引きされているが、品物によっては選択している。
 少し得したかな?という〇〇性も働いて、次に近くの「古本屋」に寄ってみた。店外の「100円コーナー」のような並びで、真っ先に目に入ってきたのが、手塚治虫の漫画だった。最初に目にしたものはもっていたのでやり過ごし、次に目にしたのが「ルードウィヒ・B」で2冊並んでいた。同じ出版社であるが片や1989年8月10日初版、もう一方は1998年12月15日初版で、なんで同じ出版社で2度も出したのかは知らないが、装丁に違いはあるものの内容はもちろん一緒であった。パラパラとめくってみて読んだ記憶がないので、後者の方を買い求めた。
 帰宅して書棚を点検してみたら、何と前者のものが並んでいるではないか。以前に買い求めたそれは1989年初版の第6刷・1993年で、その違いは解説者の違いだけであった。前者が漫画家の萩尾望都(はぎおもと)、後者は加賀乙彦(かがおとひこ)であった。
 ルードウィヒ・B、のBはベートーヴェーベンで、その生涯を描くつもりであった手塚治虫は、1989年2月9日にこの世を去ってしまい、本書は未完、絶筆となったのだった。
 熱い手塚ファンというわけではないが、蔵書はかなりある。いっとき集中して買い求めたので「読み残し」が幾らかあることは承知していたが、この20年余り手にすることがなかったということになる。500ページ余りを3時間ほどかけて一気に読み切った。本書初出は、「コミックトム」に、1987年6月号より、1989年2月号まで連載されたとあった。
 それにしても棚ざらしで「100円」というのは、ちょっと寂しさが募った。

 

 

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2019年7月19日 (金)

丸山健二著「夏の流れ」を読む

 作家にもいろんな人がいると、いまさらに
   毎日新聞の今日の夕刊に、特集ワイド この国はどこへ これだけは言いたい 作家・丸山健二さん、75歳 戦争を止めるには「自立」必要 という記事が載った。
 この作家の名前は初めて知った、というか出会った。
 記事の中の「今、日本人に一番欠けているのは自立の精神です。持とうともしないから、とにかく強い者の味方をする事大主義に陥る。」の一文に惹かれ、一気に読んだ。「自立の精神」それそれ。
 また「丸山作品には、さまざまなキャラクターが登場する。その中に、象徴的な主人公がいる。国家や世間、家に寄りかからず、内面にほえ叫ぶ動物のような怒りや鬱屈、情念を抱えながら、世に挑んでいく人物だ。」という記事にも目が留まり、彼の第56回芥川賞 1966年(昭和41年)下半期の受賞作品、短編小説「夏の流れ」を読んでみたいと思って、書棚の「芥川賞全集・第7巻(文藝春秋)」に収められているのを見つけ出して、90分ほどで読み切った。
 死刑を執行する刑務所の内部、死刑囚を担当する刑務官の心理を描いた作品で、読み始めた途端私はなぜか「なつかしさ」を覚えた。その書き出しが日本の近代文学の雰囲気を私に思い出させたからだった。
 私は1963年頃、社内の図書室に通い詰め、そこで日本文学全集のうち、島崎藤村から始まって、森鴎外、二葉亭四迷、志賀直哉、夏目漱石、芥川竜之介、山本有三、川端康成、谷崎潤一郎あたりまでを読み通した。その雰囲気である。
 それにしても、当時史上最年少の23歳で芥川賞を受け、これまで43の長編、200を超す短・掌編の小説を発表してきたというから、相当の才能の持ち主なのだろう。そして「この国はどこへ これだけは言いたい」というのだから、興味をそそられて当然だ。作家にもいろんな人がいるんだと改めて思ったのだった。
   最近また話題になった、亡くなった弟を背負って火葬の順番を待つ「長崎原爆直後の少年」の写真から想起した小説「ブラックハイビスカス」が12月に刊行予定だという。覚えておこう。

 

 

 

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2018年4月22日 (日)

枝野立つ!を読む

 ぶれない政治と枝野-福山のライン
 実質275頁の本「枝野立つ!-立憲民主党のさらなる闘い」を、3日間かけて6時間ほどで読み終えた。私としては、このような短期集中して本を読むことはさほど多くはない。
 帯には、初の評伝にして迫真の政治ドキュメント「土壇場の立憲民主党結成と衆院選大躍進の舞台裏――政治家を志した枝野幸男の少年時代、日本新党からの代議士デビュー、民主党政権での官房長官、そして野党第1党の代表となるまでの波乱の半生を描く」そして、「いま、この男が政治を変える」とある。
 枝野は1964年(昭和34年)生まれだから、私と二回りも違うし、枝野が1993年に日本新党でスタート(初当選)したころ私は、どちらかといえば未だ社会党支持の流れの中にいたので、日本新党や新党さきがけなどに関心をもってはいなかった。ただ、多分1980年代だったと思うが、未だ国会議員になっていない枝野を「いいセンスをしている」と評価する仲間がいたことは妙に覚えている。
 さてこの本はドキュメントであり、第1章 前原vs枝野 分裂の萌芽となる民進党代表選から、第5章 大躍進の衆院選、が前半であり、枝野を中心に、福山哲郎、辻元清美、長妻昭(と近藤昭一、赤松広隆が立憲民主党の立ち上げメンバー)と菅直人、小沢一郎、安住淳、本多平直の面々が登場し、いわば「濃い人脈」といえるだろう。
 ここで私が注目したのは、後半の政策面でより鮮明になるのだが、枝野の「ぶれない」が一貫していることと、幹事長に座った良く知らない福山哲郎についてである。枝野-福山が、熱い信頼関係と固い絆で結ばれていることを知り、福山の政策通、事務方作業に精通しているという力量を知らされた。先の京都府知事選挙で、立憲民主党は、自民、民進、公明、希望の各党と共に西脇隆俊氏を推薦したが、これを主導したのは福山で、「自民党と組むとは・・・」と一部で批判と落胆が伝えられた。(3月23日のブログでコメントあり)私は、この対応がグッドでもベターでもない選択ではあると思ったが、その意見に組みはしなかった。抽象的だが「京都府知事選挙の場合-風雨に曝される立憲民主党」と表現した。
 また、党の「まっとうな政治」というコピーは、福山の案であるとのことだった。
 もう一つは、「枝野立つ!」は、「枝野立て!」に押されてのものであるが、その声を挙げた有権者の意識というか、政治感覚というか、政治的関心度についてである。立憲民主党が立ち上がったことの有権者の反応がそれを示している。(だから、立憲民主党の躍進を、風やブームで終わらせてはならない)よく言われる選挙の低投票率は、「国民が政治から離れているのではなく、政治が国民から離れているからだ」という核心部分を枝野はしっかり把握している。これは党幹部だけの認識だけではなく、党員、パートナーも同じでなければならない。
 この後第2章小池百合子率いる希望の党との突然の合流劇、第3章“枝野立て”の声に押されて、第4章枝野、ついに立つ!立憲民主党結成、そして第5章に至るが、後半は次の機会に。 
続く

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2016年8月 7日 (日)

浅田次郎「獅子吼」を読む

短編小説を書くのは「真夏の夢」
 浅田次郎の短編集は「月のしずく」「姫椿」「月島慕情」「沙高樓奇譚」などがあり、いずれも読んだが「草原からの使者」は、タイトルに見覚えがあるが、書棚にないから読んでいないのかもしれない。それで今回、月刊誌の別冊文芸春秋やオール読物掲載の短編種をまとめた「獅子吼」が出されさっそく読み切った。
 冒頭の「獅子吼」を読んだ後、百獣の王・ライオンがテーマだったから、そのまま動物の目線から人間世界、愚かな戦争などを擬人風に語っていくかと思えば、それはそれで完結したものだった。おさめられた短編は、「帰り道」「九泉閣へようこそ」「うきよご」「流離人(さすりびと)」「ブルー・ブルー・スカイ」は、それぞれが置かれた厳しい状況の中で、何とか切り開いていくような、突き放すようでどっこい「人の情」「男っ気」で締めくくられる、浅田文学が収められていた。
 浅田文学の特徴を私は「投網方式」と名付けているが、いくつかの切り口を並べながら、最後は投網を投げ、絞り込んで引き上げるように結末に導き、網の中の魚がなんであったか読者の想像に任せる、という風な趣なのである。
 浅田の小説を読んだ後、長編小説は、なんでこんな小説が書けるのだろうと遠い存在になるが、短編小説なら、ひょっとして私にも書けるかもしれない、と思わせるところが凄い。
 もし私に、ある結末にどんでん返しのような、あるいは“そういうことだったのか”といったオチが見つかったなら、短編小説に挑戦してみようとは思うのだが、生涯、そういう機会はないだろうけれど「真夏の夢」はいつまでも見させてほしいものだとは思う。

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2015年9月 6日 (日)

「火花」を読む

 ある思いが重なる・・・
 芥川賞受賞作の又吉直樹著「火花」を読んだ。
 あらすじは読んで下さいだが、小さな覗き穴から「芸人」の世界を見せられた感じのものだ。背景は売れ筋の「漫才師」をめざす若手芸人の喜怒哀楽の世界であるが、それは芸能の世界だけではなく、文化・芸術、スポーツでも共通する世界ともいえよう。頂点に上り詰めるのはほんの一部、その裾野には‘有象無象’と言ってはいけないが、夢見る人間が無数に広がる世界なのだ。だからこの小説を読む側がどの世界にいようとも「共感・同感」をもって迎えられたのではなかろうか。
 主人公の「僕」は、お笑いコンビ・スパークスの徳永で、ある時、4つ歳上の先輩芸人・神谷(あほんだらというお笑いコンビを組んでいる)に魅せられて弟子入りする。この神谷なる人物は、ある意味では天才的な芸人資質を持っているのだが、世間常識とは相いれない破天荒の生き方の持ち主である。
 神谷は徳永に「俺の伝記を書いて欲しい」と頼み、その日から徳永は神谷との日々をノートに書き綴ることになるが、それ自体がこの小説のシナリオとなっている。そして神谷は借金にまみれて破産し、一方徳永は、漫才師として順調に売れていくのであるが、ある時、相方が結婚することになって辞めると言い出したので、この相方なくして漫才はできないと、僕こと徳永もこの機に芸人の世界から引退する。
 この小説を読んでいく過程で、私は夜間高校の同級生を思い浮かべていた。彼は「オレは詩人になる」と言って、職業を転々としていたし、そうだから高校も転校を続けていたようだった。1年ほど在籍して東京へ行くといって名古屋を去って行った。暫くの間は、手紙のやり取りもあったが、その後の行方、様子は全く途絶えてしまった。
 彼の詩の創作力は、やっぱり目を瞠った、というか私が‘詩というものは、こんな風なものなんだ’と気づかされ圧倒されたのだった。その後の彼の詩を読んでいないが、いつまでたっても私は彼を超えられない、という引け目を持ち続け、それでもなお、詩作を続けているのである。ひょっとしたら「詩作を続けている」ことだけでも、彼を超えているかもしれないと思いつつ。

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2015年7月20日 (月)

BLACK or WHITE

 浅田次郎の新刊を読む
 昨今の安保法制(戦争法案)、特定秘密保護法など、言論の自由が脅かされる状況が差し迫っていることもあって、日本ペンクラブの会長として、マスコミに登場する機会が少なくない浅田次郎である。
 彼が「週刊新潮」2013年10月3日号から2014年7月24日号まで連載し、2015年2月に単行本として著したのが「BLACK or WHITE」である。
 書籍についている帯は、本についてのキャッチコピーなどが刷られた帯状の紙のことであるが、それによれば「あのバブルの夜、君はどんな夢を見ていた?」「経済の最前線で夢現の境を見失った商社マンの告解がいま始まる。近代日本の実像に迫る渾身の現代小説」「・・・三代続く商社マンだった彼の輝かしい人生を暗転させた美しい悪夢、白い夢と黒い夢、そしてその果てに見たこの国の本性を――」「‘夢を見なければ人生の三分の一は空白だ。それは罪だと思わないか。’」
 元満鉄理事の祖父を持ち、商社マンの父から莫大な遺産を引き継いだ三代目商社マン・都築君が、その営業活動の旅先で見た「白い夢と黒い夢」を「私」に聞かせるのである。何故か出張先のホテルではいつも白と黒の枕が用意されていて、結局どちらの枕も使うことになって、疲れた体をベッドに沈め、「黒い夢、白い夢」をみるのである・・・、それが「夢か現(うつつ)か」わからないままに。
 夢を見る場所は、スイス・レマン湖、南洋のパラオ、インド・ジャイプール、中国・北京そして京都。
 私が感じた圧巻は、北京での夢・現。中国が改革・開放経済で急成長していく初期段階で、商社マンとして成果をあげられない、同僚に出し抜かれるなどして窓際に追いやられた都築君。だがある時、当時としては未開の地・中国へ、‘見聞’程度で追いやられる。ほどなくして、国家的に展開される経済成長策に乗って、中国市場が第一級の経済活動拠点となっていく。起死回生の思いで商談をまとめいく都築君であるが、その陰には、現地で雇った優秀な若いスタッフの存在があった。その中国人スタッフにすっかりほれ込み、商社として、商社マンとしてのノウハウを伝授していくのであった。
 そしていよいよ、中国市場の拠点として大きく飛躍しようとするその日、その中国人は忽然と姿を消してしまった。彼こそ中国人民軍の現役の陸軍大尉であった・・・、つまり国家的・産業スパイだったのだ。都築君の立場は・・・。
 それからラストの京都では、白い夢だったか?
 浅田は、舞台をバブル経済においていて、その実像を都築君の夢として語らせてはいる。それはそれとして、浅田が語るもう一つの舞台は、「‘夢を見なければ人生の三分の一は空白だ。それは罪だと思わないか。’」と言う所にある気がする。小説家としての浅田次郎の人生は、小説の世界と私生活、この社会の在りようが混然一体となっており、時にそれが「夢か現か」線引きできない空間に立ち入ってしまうこともあるといっているのではないか。
 ひょっとして私たち多くの民衆は、そんな世界に浮遊していて、悪政「アベ政治」も「夢か現か」わからないままでいる・・・。それでなくても「夢であってほしい悪夢と、現実となって見せてほしい美しい夢」は、人間の「見果てぬ夢」ではなかろうか。

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2014年10月23日 (木)

詩とファンタジー・第28号

 特集・加藤登紀子
 季刊誌「詩とファンタジー」の第28号・秋耕号は10月19日の発行であった。今号は、「歌手生活50周年記念・加藤登紀子の歌と詩の世界」と題して、登紀子が歌った数多い中から「一人寝の子守唄」「百万本のバラ」など5曲の歌詞、次女・Yae(ヤエ、シンガーソングライター)との「母娘対談」、寄稿は、医師・鎌田 實、歌手・MISIA、漫画家・松本零士、画家・田村能里子。中でも「母娘対談」は読ませた。
 余談だが、知人に携帯電話のメールアドレスに「hyakumanbonnobara」を使っている人がいる。以前から気になっていたのだが、ひょっとしてこの加藤登紀子の歌から拾ったものかっも知れないと思った。今度会ったら聞いてみよう。
 今号のもう一つは、「詩とファンタジー賞2013-2014」を選ぶ大賞・優秀賞の候補作品10作品が掲載された。審査員は、イラストレーターの宇野亜紀良氏と山口はるみ氏に加えて読者からの投票が加味される。
 投票する気はないが、どんなものか一通り読んでみた。これまでは何となく若い人たち、それも女性の作品が多いとばかり思っていたが、候補作品は、年齢はわからないが、なんとなく老若男女が入り混じっている感じがした。どうも予断があったようだ。しかし、私が書く詩、惹かれる詩とは別世界という感じはやはり残った。そこでさらに思った。詩であれ、小説であれ、イラストであれ芸術の世界すべては、その人の感性と掘り下げで成り立っているのではないか。掘れば掘るほど闇は深まり、東も西も、自分の立ち位置すらわからなくなる。その不安と失望感で多くの人は、掘るのを止めて後退りして、‘陽だまり’に安息を求めがちだ。
 この種のことは、文化芸術の世界ばかりとは言えないだろうが、たとえ浅くても、硬い岩盤にあたろうとも、少しでも掘り下げることができたなら、少なくとも「鉄の暴風」に耐えられる壕にはなるのではないだろうか。

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2014年8月21日 (木)

一冊の本の行方


 浅田次郎の‘新選組’の一つ
 読みかけ中の一冊の本の行方が判らず、探しているうちに1か月が過ぎた。見当たらないことに気が付いた当初は、厚みのある本ゆえ、何かに紛れることはなく、バックの一つに入ったままであろうと‘本気’で探さなかった。あっ、「本気」というのは「本の気持ち」ということなのか、とふと思ったりして・・・。
 それで部屋の隅々、書類、バッグの中まで探したが見当たらず、家人に聞いても知らないという。1か月の行動を振り返って外出した日の行く先について考えてみた。有力なのは病院で、待ち時間が多いので必ず本を持っていく。そこで病院に問い合わせたが、該当するものはないとのことだった。残るは、通院途中のバスの中?ひょんなところから出てきたり・・・。
 その本は、浅田次郎著「一刀斎夢録・下」で、新選組三番隊長斉藤一の‘血風録’である。元自衛隊員の浅田次郎にとって新選組は、何か重なり合うところがあるのか、新選組は彼のテリトリーの一つである。「新選組読本」まで著している。
 私は、もともと「鞍馬天狗派(勤皇派)」としてマインドコントロールされてきたので、近年の新選組ブームにあっても、近藤であれ、土方であれ、沖田であれ、好きになれなかった。斉藤一然りである。だが、浅田次郎の「壬生義士伝」を読んでから少し変わった。南部・盛岡藩脱藩・新選組の吉村貫一郎の物語である。元々藩道場の代稽古を務めた腕の持ち主。新選組に入隊してもすぐにその腕を見込まれるのであるが、入隊の動機が‘金目当て’であるから、周囲から‘守銭奴’と陰口をたたかれる始末。新選組らしからぬ人物なのである。
 ではなぜ彼は脱藩-新選組-金亡者なのか。そこには下級武士の貧困の実態があって、吉村は藩の俸禄だけでは一家は食べていけないと、脱藩して京にのぼり、金策してそれのほとんどを郷里に送り届けていたのであった。すべて、南部に残してきた妻子のため、武士の面目、まわりの侮りなど構っていられなかったのだ。だからと言って、新選組隊員として役割は怠らず、鳥羽・伏見の戦いにも参加、傷ついて大坂までたどり着き、盛岡藩の屋敷で腹を切って果てる。妻子への送金を託して。
 で、斉藤一であるが、坂本竜馬を切ったのは俺だ、みたいなところから、隊内の粛清に至るまで、どれだけ人を斬ったかの話ばかりであるが、その後半、仕上げを浅田流にどうまとめるか、それを知りたいために下巻の行方が気になるのである。1か月たって出て来なければ、買い求めることにする。ちなみに、「壬生義士伝」では、明治になって、吉村貫一郎の娘夫婦と、老いた斉藤一が出会う場面がある。お互いの関係は知らないまま、名乗らないまま。
 とここまで来て、偶然にも「壬生義士伝」を思い返したことと、明日からのピースサイクル「六ヶ所行動」と、そのあとの、東北被災地の見聞とが地理的に重なることに気がついて、偶然にして、特段関係なしと思いつつ、ちょっと、なんだかうれしい気分になった。

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