2017年2月21日 (火)

アニメ映画「この世界の片隅に」

いつだって、誰だって・・・の片隅に
 昨日は映画「ニュートン・ライト・・・」について書いたが、実は先週にアニメ映画「この世界の片隅に」を観に行っていた。どちらかといえば同じアニメ映画の「君の名は。」に隠れていたようだが、次第に人気が出てきたといわれる。つい最近、青森県の映画館で上映されたものが、完成品でないことが分かったと、ちょっとしたニュースになったが、「ニュースになるほどのもの」ともいえようか。
 原作は、「第2次大戦下の広島・呉を舞台に、大切なものを失いながらも前を向いて生きていく女性すずの日常を描いた、こうの史代の同名漫画をアニメ映画化した人間ドラマ」とあり、映画は、主人公「すず」が生まれた昭和初期から始まるが、まずその時代の庶民の暮らしぶりが背景として丁寧に描かれる。それはこの映画の特色に一つかもしれない。
 蛇足ながら、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は、同じ「昭和の時代」といっても、戦後の復興期-東京五輪、東京タワーの時代、そして東京の下町であり、“田舎”の呉とは違った世界だっただけに、広島・呉の段々畑、海の見える風景(軍港)、家の中、台所など、高齢者が見たならきっと懐かしさも強いに違いない。私の時代とは少し遡るにしても、幼少期の原風景とあまり変わらない気がした。
 さて物語は、絵を描くことが得意な少「浦野すず」は、1944年(昭和19年)2月に呉の北條周作のもとに嫁ぐ。そこでの夫、舅、姑、小姑という「昭和の家族」そのままに一生懸命生きていくが、それは淡々とした日常生活であり、映画特有の“何かが起こりそう”という気配もなく進んでいく。だが、戦況の悪化と共に、米軍による空襲が激しくなり(そこですずは、同行していた姪の黒村晴美の命と、自らの右手を失う)、生活物資も不足していく。そして1945年(昭和20年)8月6日、広島に、世界初の原子爆弾が投下される、その日が来るのである。
 すずは、呉にいて「爆心地から約20キロメートル離れた北條家でも閃光と衝撃波が響き、広島方面からあがる巨大な雲を目撃する」が、両親は行く方不明(多分爆死)妹のすみは、被爆した。
 すずは廃墟となった広島訪れ、呆然としつつも、この世界の片隅で自分を見つけてくれた夫周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉の北條家に戻って行った。
 映画に直接的な政治主張、反戦思想が描かれるわけではない。あるとすれば、すずが呉の軍港の絵を高台の段々畑で描いていたのを「特高」に見つかり、「間諜」の疑いをかけられ、監視されるという場面であろうか。
 観終わってみれば、特段に“高揚” した場面があったわけではないが、いつだって、誰だって、どこかの世界の片隅に生き、暮らしているのであり、その“くらし”を自ら振り返り、“今”に思いを馳せるという、不思議な感覚を覚えさせたのであった。

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2017年2月20日 (月)

映画「ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男」

 リンカーンの「奴隷解放宣言」より前に奴隷を解放した・・・
 時代は19世紀、アメリカの南北戦争のころの実話を基にした映画で、日本では幕末の「桜田門外の変(19860年)」から「下関戦争~禁門の変~第1次長州征伐」あたりになろうか。

 南北戦争は、「奴隷解放」というイメージが強いのだが、確かに南部における広大な綿花栽培に「奴隷」が酷使されていたのは事実。ところが北部では、国内の産業・工業化が進み労働力を必要としていた。また「奴隷制」に反対していたこともあって、南北の対立が深まり、南部7州による「アメリカ連合国」が建国されて北部との対立は深まりそして内戦状態となったとされる。
 という時代の中で、南軍の衛生兵ニュートン・ナイトは、戦場にあって様々な不条理を見て取る。そして彼はいう「金持ちの戦争を、貧乏人が戦う」と。とある日、南軍に徴兵されて、おじのニュートン・ナイトを探し求めてきた甥のダニエルはまだ少年。だが銃弾に当たって戦死してしまう。ニュートン・ナイトは、ダニエルを遺族に渡すために軍規を破って戦場を離れ追われる身に。
 戦場に近いミシシッピ州ジョーンズ郡では、南軍兵士による略奪が日常化しており、農民たちは苦しめられていた。また脱走した黒人「奴隷」たちは“沼”で息をひそめていた。
 農民や「奴隷」たちと心通わせていくニュートン・ナイトは、あまりにひどい南軍の行為に、ついに銃をもって立ち向かうことを決意する。いわば「反乱軍」だ。その反乱軍は南軍を攻撃し、1864 年にエリスビルの司令部を占拠、さらに隣接する3つの郡を奪う。北軍に援助を断られたニュートンは、北部にも南部にも属さない「ジョーンズ自由州」の設立を宣言する。
1865年、南北戦争は終結し、共和党のリンカーンが大統領に当選し、「奴隷解放」が宣言されたが、法律の解釈などによって実質的な奴隷制度(小作人)は維持され、KKKによる襲撃でモーゼスなど黒人たちは殺されたりもした。
 南北戦争という尋常でない状況の下で「自由、平等」の考えを持ち、広め、旗を掲げたニュートン・ナイトは、「戦後」も一貫して闘かい続けた。
 まさしく、リンカーン大統領よりも早く奴隷解放を実現するなど、真の自由を求めて戦った実在の人物が、こうして映画で知られるということは驚きであるとともに、この種のものがどこの国、どこの地の歴史の中にどれほど埋もれているのか、思い知らされた映画でもあった。

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2016年9月16日 (金)

映画「シン・ゴジラ」を観る

 ああ、なるほど、なるほど
 この映画の筋書きも、話題性もすでに出揃っているので、いまさらという感じではある。
  かくいう私は、8月中に観に行く予定であったが、別映画が優先して見損ねてしまった。そのうちに思いつつ、“見ておいて損はない”みたいなコメントに接して、それならばと出かけたのであった。
  まず気になったのが、「シン・ゴジラ」の「シン」は「新」「真」なのかであった。見た後ではどちらともとれると感じた。これまでのゴジラとでは「核」から生まれた、あるいは変異したという点では変わらないが、ゴジラの「容姿」も「武器」も「弱点」も違うし、対応する政府の内側をリアルに見せるところも違うから「新」といえる。
  では、そもそもゴジラがなぜ日本にやってきたのか、ゴジラの存在を何とイメージを重ねようとしたのか。その点では「真」の狙いが隠されているようで、それを観る者が、どこまで読み切れるか。
 折しも、安保法・周辺事態条項の議論の最中にあって、憲法・法律、日米同盟との関連解釈、アメリカの要求などが織り込まれ、自衛隊の出動の判断基準、「装備」もオンパレード。“おまけ”とは失礼だが、首相と官房長官が搭乗した脱出ヘリが、ゴジラに撃墜されてしまう。これは何を暗示していたのであろうか。
 東京、鎌倉の破壊シーンはすべてCGらしいので、極めてリアルである。そしてゴジラの襲撃で避難民は360万人と設定されていたが、東電福島原発の事故(人災)が、東京湾だったら、都民全員が避難しなければならない。いや、千葉も、横浜もである。それは「日本破滅」に他ならない。
 あれやこれやの織り込みに、“ああ、なるほど、なるほど”と頷きつつも、全体(多数の登場人物、俳優)のテンポ、場面の転換、展開の速さにちょっと整理してついていくことに難儀をした、というのが率直なところ。
 結局「シン」は「新」であり「真」であり、人間の性(さが)、ゴジラの身になって考えれば「心」もありかな、と思うところもあった。

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2016年8月10日 (水)

映画「太陽の蓋」を観る

 フクイチを風化させてはならない
  この映画を観に行った場所は、名演小劇場で、今年1月の「厨房男子」以来。
  映画「太陽の蓋」は、東日本大震災とそれによる福島第一原子力発電所事故が発生した2011年3月11日からの5日間を題材にしたドキュメンタリードラマである。
  官邸と原子力安全委員会(当時)と東電の本社と現場、マスコミの取材現場のデスクと記者、原発周辺の住民・避難民の様子それらが、情報が錯綜し、あるいは隠され、先が見えないまま同時進行していく。
 3月11日のその日から、津波に襲われた福島原発では、全電源喪失、水素爆発、メルトダウンへと、チェルノブイリに匹敵する、あるいはそれ以上かもしれない最悪の事態が迫り、進んでいたのである。だがその経過、実態の把握をしていたのは限られた者しかいない、いやそれとても全てを把握しているとは言い難い。「原発の安全神話」は、政府も東電でさえ浸り切っていたからであろう。注水の失敗、電源車確保の失敗、ベント開放の失敗・・・。
 さまざまな情報が錯綜する中、菅直人首相(三田村邦彦)らの官邸内での様子と原発事故を追う新聞記者・鍋島(北村有起哉)は、情報収集に奔走するが、どうも全体像がつかめずに焦る。すべての手蔓を頼り「現状・現場」に迫ろうとするが時間は過ぎるばかり。
  そうした緊迫に満ちた映像は事実に近いものであろうが、それゆえに、4号機のメルトダウンは避けられたものの結局何も解決していない現実に戻されて私たちは、“いったい何がどうなっているのか、何すりゃいいのか”と立ちすくんでしまったのではないだろうか。
 あれから5年と5か月。わが内なる“風化”を押しとどめるに十分な映画であった。同時に、解明されていないというか、事実がまだまだ隠されているのではないかという疑念は残り、さらに汚染の実態、収束作業の実態など「二部作も三部作」もありかな、そう思わせた映画であった。
 なお、この作品は、プロデューサーでもある橘民義(たちばなたみよし)と大塚馨(おおつかかおる)の出会いから生まれたとされ、「この原発事故は、日本が壊滅するほどの危機であった、あまりにも事実とかけ離れて伝わっている、何事もなかったように忘れ去られてしまう、この国が間違った方向に走っている現実を伝えたい」としてつくられ、「元県会議員で菅直人の盟友でもある橘は、『巨大な嘘』によってスケープゴートにされた菅直人や民主党政権を思い、客観的な『事実』を伝えることをこの作品の命題としました。」と述べていることに注目した。

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2016年8月 5日 (金)

映画「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」を観る

 やや期待外れ・・・
 映画が好きなのに、劇場で映画を見るのは久しぶり。
 広島、長崎への平和メッセージも書き終えることができたので一息。映画鑑賞の機会をうかがっていたので、今がチャンスとばかりにイオンシネマに出かけて行った。一息入れるつもりなので、“面白ければいい”という従来のスタンスで、「インデペンデンス・デイ:リサージェンス」を選んだ。
 いわばエイリアンも登場するSF映画であるが、“あり得ない、架空にして面白い、それでいてハッピーエンドに近い・・・”筋書なので、足を投げ出して観る感覚であった。
 評価としては、“期待外れ”だった。特に前半の30分ほどはしばしばうとうとしてしまった。どうやら、前作「インデペンデンス・デイ」を観ていないからか、ある程度流れ知っていないからか、展開についていけなかったようだ。あるいはひょっとして、リズムで言えば、ラップについていけない世代のせいかもしれない。
 それに、アメリカ全土を覆うほどの大きさを誇るエイリアンの宇宙船が出現するのだが、いくら何でもあり得ない話でもさらにあり得ないと思えてしまう。それは、エイリアンが重力を自在に操る圧倒的な科学力で、ニューヨーク、ロンドン、パリといった都市を次々と襲撃するというCGならではの画面を設定するためだけに設定されたのではないか、と考えてしまったところに、最初に“足を投げ出してみる感覚”が失われたといえようか。
 後半に入って、いよいよ圧倒的な軍事力を持つエイリアンに“地球防衛軍”が決死の突入作戦を敢行するのだが、その司令部、混成部隊をして“人種や宗教を超えて、地球は一つになった”という一言が、さらっと画面を流れた。それが隠された意図なのか、付け足しなのかはわからないが、私には、この鑑賞記を書く気にさせた一言だったのである。
 Xデーであるアメリカ合衆国独立記念日が迫るという設定と大統領は女性であるところなどは、いかにもアメリカ映画だ。またエイリアンが地球のマントルをエネルギー源にするため、地球の核に向けて掘削していくその時間設定がタイムリミットと設定され、緊張感をあおるであるが、あまり効果的ではなかった。
 なお「リサージェンス(Resurgence)」には、再起、復活を表す英語とのことだった。

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2016年2月14日 (日)

「この国のかたち」を考える

 NHK「司馬遼太郎思索紀行」を見る
 13日、14日の二夜にわたって「NHKスペシャル 司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち」が放送され、興味を持って見た。もう一度繰り返して見たいものだと思ったが、録画装置も「アーカイブ」にも加入していないから、それはかなわない。従ってあやふやな記憶だけで書き留めることになるが、この放送がどうであれ、或いは深い浅いはあれ「この国のかたち」「この国の行方」に関心を持たずに活動している人はいないだろう。
 まず、NHKの谷口雅一チーフプロデューサーは、制作の狙いについて、「司馬さんだったら今の日本をどう考えるのだろう、という思いが以前からあった。(著書)『この国のかたち』にはそのヒントが隠されていると感じるし、没後20年の節目に番組で取り上げることで、司馬さんのメッセージが輝くのでは」と語った。そして、制作スタッフが司馬の『この国のかたち』同書を読み込む中で、日本人を特徴付けるものとして、2つの“柱”が浮かび上がった。それは、「外国からの異文化の取り込み」と「日本人の内面を作る精神」だったという。(引用)
 「外国からの異文化の取り込み」とは、端的言えば、朝鮮、中国など「大陸からの文化」に対する畏敬の念とその文化を取り込む柔軟にして日本人なりに創り上げていくとい「特性」についてである。司馬が言うには、「海の向こうから来る普遍的な文化への憧れが、強い好奇心や独自の文化を導く原動力となったのでは」と指摘するのである。
 まずここで私は第1の「納得」を得るのである。即ち「私たちの周辺にある、中国人、朝鮮人に対する蔑視」がいかに傲慢で偏見にみちているかを。そして明治維新後、「西洋に追いつけ追い越せ」の「時代性」の中で、「大陸からの文化」に対する畏敬の念が薄れ、忘れられ、「弱肉強食」の列強思想に取り込まれていったのではないか、とも。
 もっとも、「日本人は、いつも思想はそとからくるものだとおもっている」という司馬の一節があり、敗戦後の「アメリカ文化」への圧倒的傾倒、取り込みも、この説で説明できないこともない。(だから‘日本を取り戻せ’みたいな古典的‘天皇制’が出てきたりする反面もある)
 そんな番組の流れのどこかで司馬が「日本、そして日本人とは何か」と思索する中で「日本の風土や文化、宗教、組織論など幅広い分野を独自の視点」で考察し、日本人の「無思想という思想」と断じた場面があった。生きとし生けるものすべてに「神が宿る」という風習というか宗教観。鎖国下の長崎・出島の好奇心や、大陸への玄関口・壱岐の異国崇拝の風習、東大寺に伝わる神仏習合の秘儀「神仏習合の儀式」などを取り上げて、そこには西洋的・キリスト教的「思想」はなく無思想であると。だがそれは「無思想という思想」と言えるのではないか、と。
 ここはひょっとして「熱しやすく冷めやすい」とか「人の噂も75日」ということにも通じることかもしれない。反語として「継続は力なり」があるが、様々な運動にも当てはまりそうだ。ただ「非戦平和の誓いも70年」として忘れてしまっては困る。
 さてもう一つ「日本人の内面を作る精神」について司馬は、“武士”を取り上げた。「司馬が注目したのは、鎌倉時代の武士が育んだ、私利私欲を恥とする“名こそ惜しけれ”の精神だった。それは、武家政権が拡大する中で全国に浸透、江戸時代には広く下級武士のモラル」として定着したという。
 この司馬の「日本人の精神論」みたいなものが、かの長編小説「坂の上の雲」に凝縮されているといっていいかもしれない。ただこの小説については、日本軍の「ロシア人捕虜の虐殺」という「武士道」に反する行為があったことに触れていない、という批判的な指摘もあることを付記しておこう。
 司馬は続ける。「明治時代に武士が消滅しても、700年の遺産は『痛々しいほど清潔に』近代産業の育成に努めた明治国家を生みだす原動力となった。それが続く昭和の世に何をもたらし、どのように現代日本人へと受け継がれたのか-?『名こそ惜しけれ、恥ずかしいことをするな』」と。
つまり、明治にはまだ外国文化(西洋文明)を取り込む一方“武士”と「武士道」が生きていた。しかし、日清、日露両戦争に「勝利」した結果、まさに半藤一利・保坂正康著「賊軍の昭和史」にある、傲慢で止まること、引き返すことを知らない「官軍政治」がこの国を滅ぼしたと。ここに私は、必ずしも「武士道崇拝」ではないが第二の納得を得るのである。
 記憶は定かではないが、番組の終盤で、日本人の特性から、今の日本は再び「破滅」の道を歩むことになるかもしれない、という危機感を語ったとされる場面があったように思う。これは多分に、こんな具体的なことではないにしろ安倍政権の一連の「安保関連法」「日米同盟強化」「原発政策」という現実を予見してのことではなかったろうか。
 もう20年以上も前のものだがこんな記事もある。京都大学で大学紛争があった時、セクトの衝突事件を見て、「平素おおわれている日本人の集団ヒステリーという民族的病気をむきだしに出してしまった」「戦後のデモクラシー教育がこの潜伏性の病気をなおすことについて無力であった」と。この解釈の理解にやや苦しむが、「日本人の集団ヒステリーという(この潜伏性)民族的病気」に留意を払わなくてはならない。
 蛇足だが、「日本を取り戻すだの、アベノミクスだの」威勢のいい言葉や、相手を攻撃するばかりで全く自らの「説明責任」を果たしていない安倍政権に熱を上げた有権者は、ぼつぼつ‘集団ヒステリー’から目覚めて、「戦後のデモクラシー教育」を活かして「立憲主義・平和主義・民主主義」の再構築に動き始めてもらいたいと思うのである。

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2016年1月12日 (火)

ドキュメンタリー映画「厨房男子」を観る

 閑話休題 男性必見!ですよ
 地域のグループ「四季雑談の会」の新年の初企画としてドキュメンタリー映画「厨房男子」の鑑賞会と新年会を開催し6人が参加、後日2人が鑑賞予定である。
 映画「厨房男子」は、昨年の12月19日から「名演小劇場」で始まって、今月の15日迄であったが、22日まで延長された。(16日以降は、13:30~の1回のみ)
 製作・監督の高野史枝さんは緑区在住。高野さんは、フリーライターとして、長年様々な記事を書いてきており、毎日新聞に映画コラム「シネマの宝箱」を連載し映画批評を長年続けてきているのもその一つ。また、毎週日曜日 8:45~9:00の東海ラジオ「チャイナ・なう」のパーソナリティー、さらに社会問題にも目を向け、「女性問題」にも関わり造詣が深い。
 さて映画は、年齢20代から60代までの男性が、次々に色々な料理を作りまくるという 映画であるが、高野さんは、「この映画では、『料理大好き』『料理をすることで人間関係をステキに展開している』 男性たちの姿を映し、『料理をすることはこんなに楽しい』『男性が料理をする と、人間関係はこんなによくなる』という、料理大好きな男性の実例を次々に 映し出すことで、男性が厨房に入る事の大事さと、料理をすることの楽しさ、 ワクワク感とを伝えます・・・」と紹介している。
 出演者には、高野さんのお連れ合い裕夫さん、息子さんの他、CBCテレビのアナウンサー、富田和音(かずね)さん(60)の進化するカレー。漫画家アシスタント・うさきこうさん(29)のキンメダイとハマグリを使ったアクアパッツァ(魚介類を煮込んだイタリア料理)。岐阜・鈴蘭高原のゴルフ場社長、近藤清さん(66)が庭の山菜を摘んで揚げる天ぷら。大府市の男性料理講座OBらでつくる「男楽会」などが地域の夏祭りで提供する2500個のコロッケ・・・。
 詳しくは観てのお楽しみであるが、参加者の感想はまず異口同音に「おもしろかった、観ていてお腹がすいた・・・」であり、その後の新年会では、真っ先に「コロッケ」を注文したのだった。
 映画の狙いというか特徴的なことを上げれば、まず高野さんのいう「この映画を見た男性が、『料理って、楽しそうじゃないか』『自分もちょっと 料理をやってみるかな』『男子が厨房に入るのも、いいかも』と考えるようになり、女性もまた夫やパートナー、息子に料理を伝える大切さに気付いて もらえたら素敵だな・・・と思っています。」であり、同時に「・・・日本の男性の『家事参加率』は先進国でも最低レベル。家事の中でも、特に多くの時間と労力が必要な料理に、積極的に取り組む男性の数は決して多くありません。これは女性にとっては全く残念なことですね。 『家族の中で、食事担当が私だけだったら、おちおち病気もしてられないよ!』って。」という指摘は、「男女の性差」を惹起していることが読み取れる。そうでなくても、高齢になれば、夫婦二人暮らしとなり、いずれかが病気、怪我などをすれば、双方に家事ができることは、生活上の必須事項なのだ。「男子厨房に入るべし」である。
 もう一つは、食材にもこだわりがあったと思う。もっともパック詰めの「醤油だし」もテーブル上に見えたし、市販品の使用もあるから全部が全部とは言えない。けれども、山菜のてんぷらなんて極上と言えるのではないか。
 そして、主演者の職業的な特徴というか、つまり専門分野の仕事、知性的な仕事についておられる人が多かったのではないか。これは「柔軟な頭脳に好奇心が旺盛」であり、結構「自主、自立心」を強く持っておられるのではないか、というのが私の感想。
 「活動家」の男性のみなさん、アベ政治からは目が離せないが、ここは「閑話休題」で、「厨房男子」で一息つきませんか?

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2015年11月24日 (火)

ドキュメンタリー映画「厨房男子」について

 男子、厨房に入るべし、ですよご同輩!
 知人の高野史枝さんが、企画・製作・監督までこなして作った107分のドキュメンタリー映画「厨房男子」が完成し、12月19日から、名演小劇場(東区・錦通り東新町、中電本店東)で公開される。
 そのいわれは知らないが、「男子厨房に入らず」という「半死語」に近い言葉もある。しかし、核家族で夫婦共働きが増えれば、必然的に家事もヒフティヒフティではないが、ワークシェアリングするというのも自然の流れだ。もっと言えば、‘作る人、食べる人’以来、「性差別」批判が浸透していく中、男女同権、人権を重視する、それらの運動に関わる男子にとっては、炊事、洗濯、掃除の家事分担、子どもの養育、介護への参加は、必然性を持ってきた、ともいえる。
 という一般論からだけではなく、ここでは「料理が好き、料理が楽しい」という男子の登場である。しかも、休日に興味本位というか、単なる遊び心でたま~に台所に入り込む、ということではない。生活そのものとして厨房に立ち、家族に‘おいしい’と言わせる、ちゃんとした(本格的な)「主夫」であることがこの映画の条件であろう。
 高野さんは、料理は家事の中でも、生きることに直接つながる大切なもの。 創造性にあふれ、コミュニケーションツールとしても最高のものなんですよね、ほんとは。 でも、嘆いてばかりじゃつまらない。このドキュメンタリー映画「厨房男子」 では、「料理大好き」「料理をすることで人間関係をステキに展開している」 男性たちの姿を映し、「料理をすることはこんなに楽しい」「男性が料理をする と、人間関係はこんなによくなる」という、料理大好きな男性の実例を次々に 映し出すことで、男性が厨房に入る事の大事さと、料理をすることの楽しさ、 ワクワク感とを伝えます、と制作の意図を語っている。だから当然にも、お連れ合いも登場してフレンチの腕を振るうのである。
 さて私は、1997年に、家事を担うことを条件に早期退職し、2001年に病気するまで「主夫」らしき生活を経験した。メニューはシンプルで、イタリアンだ、フレンチだ、などと手を広げなかった。多分それは、料理が楽しいとか、仕事を続ける妻の支えになろうということよりも、自らの「活動時間」を得るための「義務的所業」だったからだと思う。息子の弁当も作ったし、レシピを見ながら、酢豚、八宝菜、マーボ豆腐など中国料理にも手を出したが、おいしさを極めようという気持ちはほとんどなかった。
 最近また、台所に立っているが、「主夫」時代のレパートリーの繰り返しでしかない。新しくは、ほうれん草を使った「白和え」もどきを作って、‘(やや)旨い’と言われたが、本物を作ってみたい気はしている・・・。
  企画・製作・監督の高野史枝さんとは、「水曜フォーラム」で数年間ご一緒していた。登場するお一人の高野裕夫さんは、「史跡巡りの」常連メンバーであり、それなりの親交がある。がそれよりも、加齢すればするほど、まして伴侶に先立たれることも想定すればいっそう「男子厨房に入るべし」を言いたいので、友人たちに紹介して足を運んでもらおうと思っている。(一般前売り券1000円、当日券1500円、2016年1月15日まで)
  彼女の現在の仕事は、毎日新聞に「映画の玉手箱」を連載中。民放ラジオ番組構成・出演多数。東海ラジオ「チャイナ・なう」、CBCラジオ「つボイノリオの聞けば聞くほど」にレギュラー出演中。イーブル名古屋 小牧市民大学こまきみらい塾 大府市ミューいしがせ、各区の生涯教育センターなどで、毎年映画講座を多数担当し、超多忙。

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2015年10月14日 (水)

映画「天空の蜂」を観る

 原発「テロ」をテーマに
 昨日は、病院へ行ったついでに、映画を観てきた。ここ数十年なかったと思う「2本立て」の鑑賞、つまり、連続して2本の映画を観たのである。一本は「天空の蜂」で、もう一本は、15分後という時間的な都合で「先生と迷い猫」であった。
  「天空の蜂」は、原発を扱ったサスペンス映画と言っていい。原作は東野圭吾、監督は堤幸彦 で、主演は、江口洋介(ヘリの設計技師)、 本木雅弘(原発設計技師)、 綾野剛(テロリスト-反逆者)、仲間由紀恵、國村隼、柄本明らが脇を固める。
  995年夏、愛知県の錦重工業小牧工場から防衛庁へ納入する最新の設備を搭載した大型ヘリコプター「ビッグB」が、正体不明の人物によって奪われてしまう。やがて遠隔操作されたヘリは稼働中の高速増殖炉「新陽」の上空でホバリングを開始し、テロリスト(筆者はあえて反逆者と言いたい)が日本全国の原発廃止を求める犯行声明「現在稼働中、建設中の原発を全て使用不能にしなければヘリコプターを落とす。燃料がなくなる10時間が期限だ」を出す。
 もしヘリが落下、原発が暴走・爆発すれば、半径250キロ圏、首都圏、中部圏、関西圏、つまり日本の中枢は壊滅状態、日本消滅になるというのである。
 さて、たまたま工場見学に来ていたヘリの設計技師・湯原一彰の子どもがヘリに乗り込んでいたことが判明する。この事件で仕事人間の湯原と子どもを奪われた妻の動揺、怒り、子どもの心、現代社会にありがちな生活の亀裂、家族愛を背景に描く。これは「社畜」という日本のサラリーマン像の一面を描いている。
 そして次が、子ども・湯原高彦の決死の救出劇。ヘリからヘリへ移そうとする作戦。恐怖に震える高彦と地上の父一彰とのやり取りに、サーチライトと電灯を使ってのモールス信号がミソ。ここまでが前半の見どころである。
 さてこの先は、ヘリの落下までの10時間という時間との戦いと、高速増殖炉「新陽」の構造、防護システムと上空に位置するヘリをいかに、自動操縦から手動に切り替え、移動させるかという、かなり詳しい「技術」的な問題を描き、そして、原発を何としても止めたくない政府、電力会社の「人の命より電気が大事」という立場と、原発反対運動を背景にしつつ、原発に傷ついた者・テロリストの反逆・・・・。
 この原作は、さかのぼること20年前の1995年であり、2011年3月11日の、東京電力福島第1発電所の事故が、テロと地震・津波の違いはあれ、‘予告’された「原発リスク」を表現したともいえる傑作だ。小説を読んでみたくなった。

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2015年8月28日 (金)

映画「日本のいちばん長い日」を観る

 日本帝国の‘軍国主義、戦争’が凝縮
 映画「日本のいちばん長い日」は、1945年8月14日正午から、鈴木貫太郎内閣のもと、昭和天皇や閣僚たちが御前会議においてポツダム宣言の受諾、降伏を決定し、国民に終戦(敗戦)を知らせる翌15日正午の‘玉音放送’までの24時間を描いた映画である。
 ストーリー
 ストーリーの概要は、1945年(昭和20年)7月26日にアメリカ大統領、イギリス首相、中華民国主席によって発せられた連合軍側の「ポツダム宣言」を受諾し、終戦に向かう過程における「ポツダム宣言受諾・降伏-終戦(敗戦)」の文民派と「本土決戦・一億玉砕の陸軍」武闘派のせめぎあいが舞台である。
 その視点を、老骨に鞭打って、戦争処理完遂を決意する鈴木貫太郎首相の立場から。また(帝国)陸軍そのものと‘不敗神話と軍人精神に浸る’若手将校の暴発を抑え、天皇への絶対的忠誠を誓う阿南惟幾陸大臣の立場・胸中・決断。‘国体護持と陸軍のメンツ’にこだわり続け、クーデターを試みる若手将校・畑中健二少佐とそのグループの決起と挫折。そして、開戦そのものを発して、情勢を読み、終戦の責務を全うしようとする昭和天皇の‘聖断’。これらの全経過である。
 終章は、反乱軍の宮城占拠と‘玉音盤’ の争奪、一命をもってすべての責任を取ろうとした阿南陸相の自決、クーデターに失敗し、前途をなくした畑中らの自決、玉音放送にまで漕ぎつけた、迫水書記官長、NHK関係者の努力など。
 歴史に、「もし」はないけれど
 こ の「いちばん長い日」が、7月26日の「ポツダム宣言」をめぐっての抗争、迷走、混乱、優柔不断がなくて早期であったなら、広島、長崎の原爆・被爆はなかったし、ソ連の参戦・千島列島占領もなかった、は、あとで言えたことではある。要は、その時の日本は、海軍力はほぼゼロ、陸軍600万というが武器、弾薬、兵站は戦力に値しなかった。それだけでなく、トップリーダーを持たなかったこと、「神州(皇国)日本、神風」という精神論見たいなものに支配されていたこと。残るは天皇の「聖断」だけだった、という悲惨な現実であった。
 映画では
 さてこの先は、半藤一利著「日本のいちばん長い日」(文藝春秋)を読み、映画を見ての私の感想である。
 まず、軍国主義・天皇制を批判的に見て考える側からすれば、どこか天皇、武士道、愛国心(大和魂)の三位一体となった「日本人の魂を揺さぶる」ものではないかといった‘警戒心’を喚起するものと映るのではないか。
 例えば、映画にこんなシーンがあった。鈴木内閣がポツダム宣言受諾、終戦へ閣議決定する直前、東条英機陸軍大将(前首相)が参内し、天皇に拝謁、直接戦争継続を奏上するが、逆に天皇に説得されるというものである。これは史実なのかフィクションなのかが知らないが、昭和天皇を讃える一コマになっていたのではないだろうか。
 また映画は、全体として阿南陸相を軸に展開していくが、その人柄(武士)は、軍人にして軍人らしからぬ描写と言っていい。ここまで戦争を引っ張って来た一人として、全土が焦土化、300万人に及ぶ戦死者、戦災者、餓死者を出した軍国主義国家日本のリーダーの一人として、それをただ「自決」でもって責任を取るという、「武士道」を見せつけられてはたまらない。
 また、反乱を企てる青年将校についても、その狭隘で単純(純粋)な思考にも拘らず、「愛国的熱血漢」という印象を持たせている。
 もちろん原作者の半藤一利も監督の原田眞人も、この本、映画をもって単純に「愛国心」「若者像」「大和魂」を現代に投影させようとしたわけではない。その意味では、映画をただ見るだけでなく、本を読み込むことによって、半藤の本当に言いたいところをしっかり汲み取るべきである。
 右翼思想の持ち主、愛国心を煽る側からの見方?書くまでもなく、この記述の対極である。

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