東京・上野界隈を散策
今回も東京見物に足を延ばす
昨夜の「~竹内淳さんを送る会~平和のペダルをこぎ続けて 竹内さんとこれからも共に」には70人余りが参加していた。
遺族となったお連れ合いのHさんは、夜に会が設定されていたにもかかわらず、朝から「国会ピース」の1日行動に参加し、一行と行動を共にしたのだった。それは初めての参加ではなかったが、きっと淳(きよし)さんの行動の軌跡を、今一度追うことによって、悲しみをこれからの生き方に変えていく、その一つとして偲んだのではないだろうか。
竹内さんが旧全逓労組と袂を分かち、郵政ユニオンの結成に参画したのは、他の少数組合、ユニオン、活動家グループの仲間たちと同じように、大樹の陰に隠れることなく、正すべきところは自らの姿勢として正していく、といういい易くなし難い道を選んだからであろう。そういう共感が会場に漂っていたように思う。また、私も知る多彩な顔ぶれから見ても、彼は、今ある様々な問題に通底するものを感じとって、可能な限りを尽くしていろんな現場に参加していたその証であった。
ともすれば、「どこにも顔を出す」と揶揄する(大人気ない)向きもあるが、事実はそんな皮相なことでではないことも、また、参加者の共通するところではなかったろうか。
さて、きょうも朝から雨模様であったが、傘をさすほどでもなく、上野に向かった。昨年行けなかった東京国立博物館に行ってみようと思ったのだった。この期間は「阿修羅展」をやっていて、JRの改札を出たら、もう多くの人が列をなして入場券を求めていた。よくよく見ると、入館自体が、1時間待ちとなっていて、今年もあきらめた。つまり、この博物館は、常設展示館というよりも、常に何かを企画する「特別展」が多いのではないか、そんな風に思ったのだがどうだろうか。
それで、知人から聞いていた東京都美術館の「日本の美術館名品展」に行ってみた。
全国にどれほどの数の美術館があるかは知らない。また、任意なのか主催者側の要請なのかは知らないが、そこからよりすぐったものには違いない作品が展示されていた。
私にはこの画家、この作品が好きだ、というものはないが、全国に散らばっているそれらを、東京で観ることができる機会は、その道の人にとってうれしいに違いない。たとえば、ルノアールの作品2点がそれぞれ山形美術館と群馬近代美術館から寄せられていた。モネの2点も、茨城と埼玉の県近代美術館からの出展であった。ピカソの3点は、愛知県美術館、徳島県立近代美術館、富山県立近代美術館という具合であった。
西洋絵画、彫刻ばかりでなく、日本の近・現代洋画、日本画、版画、彫刻のコーナーもあって、点数は少ないが、著名な作家の作品をみることができた。横山大観や黒田清輝、東郷青児、梅原龍三郎、宗像志功などの作品は美術誌か教科書あるいは切手あたりでも接したものだが、実際に見る機会はそれほど多くはない。片岡球子などは、絵葉書となっていて購入した覚えがあるが、しまったままになっていた。
高村光太郎の彫刻「手」(呉市立美術館)はあまり有名だが、ここで実物を見ることができたのは、単純だがこういう機会は嬉しいものである。
この後、不忍池のほとりにある「下町風俗資料館」を覗いて、旧岩崎邸庭園に向かった。
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