2019年4月12日 (金)

小野澤市議選の総括会議

「人のつながり」をつくり、捲土重来を期する

  過日の10日、小野澤選対の総括会議が開かれた。事務局(本部長・事務局長)から、どんな「総括文」が出てくるのか、候補者本人からも何らかのコメント文書が出るのかなと期待していたが、出されたものは選挙運動の取り組みの経過と内容(項目)及びもっぱら選挙結果の数字と得票の分析におかれていた。それに付加されて綴じられていたのは、私の文書だけであった。
 文書化することは楽なことではないが、少なくとも「総括の視点、課題」くらいの項目の提示は欲しかった。
 私の文書は、「全体篇」と担務の「街宣活動篇」に分け、全体篇では、はじめにに続いて1選挙の結果、2、準備期間の問題、3、選挙の基本スタイル・市民運動との連携、4、おのざわ選対の体制、5、告示前、6、おのざわみきの政策、7、選挙運動の9日間、8、チラシの内容、選挙ポスター、街宣車のデザイン、であったが、総括会議後に9、立憲民主党について、を追加した。以上ではあるがこの選挙運動9日間の「街宣活動」こそがメインになると思ったので別項として立てたのであった。
 「街宣活動篇」では、1、告示前の朝立ち、訪問活動、戸別ビラ入れ、2、軽自動車と音響設備はよかった。3、乗員の体制(シフト)、4、街宣車の運行計画、1)街宣車を効果的に回し切るには、次の方法があった。2)街宣ポイントを事前に抽出した。3)交代のための時間区分、4)街宣活動のポイント、5、街宣車運行で気がついたこと、①~⑪という項目を立てて記述した。
 さて総括会議では様々な人が意見を述べ、感想のようなものも多かったが、私が同感するもの「?」がつたものもあった。
 小野澤さんからは、①立憲民主党から二人が立候補したが、その“棲み分け”は難しいと感じた。②立憲民主党の課題について、③議員というものは、その活動によって地域に返していくことが大事だと思いました。④障がい者ではありますが、私から特にその当事者だとは言わなかった。障がい者としての権利とか義務もありましょうが、それは社会を変えていくことであろうと思います。⑤市民型の選挙、バックの無い選挙で勝てるかどうかはわからない。この選挙では若い人たちが関わってくれて楽しかった。⑥立ち寄りやすい事務所であったと感じていました。⑦次世代を担う一人としてこれを担っていくという自覚をもつ事が出来ました。ご支援、ご協力を感謝します、ありがとうございました、と結んだ。
 本人からは、次回もチャレンジするとの明快に言葉を聞いていないが、この「総括」というものは、とりあえずこの場では何がしかに取りまとめられたが、党としても、候補者だった本人にしても、そして支援した者全てが、「次回」をめざし、或いはこの「社会、政治」を変えていくという道を歩むなら、今後の機会あるごとに検証して、メモして、共有する機会を持つべきであろう。そして何よりも捲土重来を期して「人のつながり」をつくっていくことに尽きると思う。
 

 

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2019年4月 7日 (日)

小野澤美希候補、届かず

 手応えと基礎票と・・・
 立憲民主党の新人、28歳車いすの女性候補、おのざわみき、の訴えは緑区全域に届けられ、街宣車から感じた反応は上々であった。多くの運動参加者、支援者が「手応え」を感じていた。それだけの評価だったら「当選」を引き寄せられたかもしれない。だが「ジバン、カンバン、カバン」が今も生きているとしたら、おのざわみき候補に不足していたのは「ジバンとカンバン」であったろう。「カンバン」の、本人の知名度はゼロからの出発で、「カンバン」は「立憲民主党」だけのように思えた。選挙事務所の壁に貼られた数ある「祈 必勝」の檄文は、党関係者が殆どで組合関係は「名鉄労組」だけのようだった。その名鉄労組から人の派遣はなかった。名鉄労組出身の県議選松本守候補への全面的な支援体制が採られ、おのざわ候補迄手が回らなかったことは頷ける。障がい者・福祉団体の懸命な応援はあったが、その「基礎票」は多くなかったであろう。
 緑区の「旧社会党」の基盤はずっと引き継がれて、今日の「立憲民主党・国民民主党=新政あいち」という姿になっていると思うのだが、その社会党を支えた労組票のほとんどが岡本候補の基礎票になっていることは、得票からも推測できる。岡本候補との「棲み分け」が、おのざわの浮上のカギとなることは間違いないと思うが、そこのところは、候補者同士の話し合いというより「党主導」であろうと思われる。
 ともあれ、10日に総括会議があって、それぞれからの分析やら、感想なりが出され、またマスコミの分析・解説も出てくるであろうが、私としては、担当の「街頭宣伝活動」から総括してみたいが、一方で「立憲民主党」としての選挙対策はどうであったのかと、建設的な立場から問いたい気もしている。
 このブログの読者のみなさんには、「名古屋市議選・小野澤美希奮闘記」をお届けしてきたので、「おのざわ選挙」の概要は伝わっていると思う。
 いずれにしても、結果は出せなかったが「立憲民主党パ―トナー」としての私の務めはなしえたと思っている。

 

 

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2019年4月 5日 (金)

名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (8)

近藤昭一衆院議員が応援に入る
 朝立ちは、地下鉄桜通線・鳴子北駅であり、ここに近藤昭一衆院議員が応援に入った。午前10時までという限定である。ここ緑区は、近藤議員の選挙区(愛知3区)の一つであり、いわば“足元”なだけに、もっと頻繁に支えるべきとことではある。そもそも小野澤美希さんを候補に擁立したその人であるから、“つきっきりで”選挙運動をリードすべきなのだが現実は、党の県連代表という立場から要請があれば、他区の新人市議候補、県下全域の県議候補の応援に応じなければならない。だからこそ、といえるのだろう。地元を後回しにしてでも他候補の応援が優先すると考えたのは。これは立憲民主党という組織論から言って“まっとうな”対応といえる。
 あるいはこうも言えるかもしれない。小野澤美希候補は、新人で28歳という若さ、選挙経験もない、支援組織も薄い。告示前の選対の実体からは“これで果たして選挙ができるのか?”と感じたほどだったので、小野澤さんはいかにも“小さな玉石”であった。しかし告示の少し前あたりから、そして選挙運動期間に入ってからは日ごとに盛り上がっていく「おのざわ選対」を見て近藤議員は、多少後ろ髪を引かれつつも“十分やっていける”と思ったのではないか。言い換えれば、「おのざわ選対」は、日ごとに進化し体制を整えてきたともいえる。
 しばしば街宣車のナビをしてきた私から見ても街宣活動は、この広い緑区をかなりの部分で回り切った気がしている。街宣中の手応え“これまでにない反応に驚いている(中村県議談)”というものを私も感じていた。(選挙は水もの、ではあるが)
 野並で練り歩き
 この日の午後・夜のナビは私の担当であった。
 まず午後の最初の、天白区との境界にある「野並交差点」での“練り歩き(桃太郎)”のために、街宣車の駐車場所探しから始まった。私は事務所からの街宣車には乗らず、1時間前に家を出て現地に赴き、周辺を歩いて場所を探した。こんな時、軽自動車の街宣車は勝手都合がよい。ちょっとしたスペースに、道幅が狭くても左に寄せれば、駐車は概ね可能なのである。実際住宅街とりわけ「旧市街地」の入り組んだ道では結構重宝していたのである。
 午後1時20分、応援者も加わって10人余の隊列ができ、立憲民主党、ピンクののぼりも立ってにぎにぎしく練り歩きが始まった。周辺は、地下鉄の出入り口と食品スーパーのバロー、ヤマダ電機、銀行などがある所で、近くに「若宮商高」もあるのだが、未だ新学期は始まっていないのかな。高校生の姿はなかったように思う。
練り歩きの時に簡易ハンドマイクを使ったので、その性能に問題があって声の届く範囲が限られた。しかしそれは致命的なものではない。むしろ「練り歩き」そのものが目立てば狙いの8割は得られるのである。
 練り歩きを終えてから、近くの「サンヴィラ野並」という、緑区では最初といわれる12階の「高層住宅」の前でしばしのアピール。その先は中小の工場が集まる「工場地帯」である。ところが工場労働者向けのアピールが用意されていなかったから急きょ「連合愛知、新政あいちからの推薦を戴いています」のフレーズを入れたのだった。だがナビの私としては、これにはちょっと逡巡があった。「連合愛知」は「国民民主党」寄りであるし「新政あいち」は党派性を薄めてしまっているからである。ま、しかしここは「立憲民主党のおのざわ、おのざわ、おのざわみき」と連呼しているのであれこれなしでやり切った。
 次のポイントは、平和堂などが入る「なるぱーく」と家電の「コジマ」、パチンコ屋もある「最中(もちゅう)」交差点であった。
 東西も南北も非常に交通量の多い場所であり、街宣車を左に寄せても、やはり車の通行の妨げになる。担当者によっては避けたかもしれないが、私は以前の経験から躊躇せずにやり切った。ここをポイントの一つに選んだ理由は、スーパー・平和堂の買い物客であったのだが、おのざわ候補はなぜか通過車両に向けてアピールするばかり。
 私は、一度はアドバイスしたがそれ以上のことは言わずに見守った。そうした時の判断は、その良し悪しではなく、本人の気持ちの状態を大事にしたかったからだ。
 「最中」交差点は、緑区の位置関係からするとやや北寄りの西の端に位置しているから「南北の自動車は緑区を通過する車両が多い。東から西への自動車は、緑区から出ていく車両。西から入ってくる自動車だけが、緑区の有権者の可能性が高い」というのが私の判断だった。
 ここで運転者が交代し、この後は、近くの「浦里」の空白地を中心に30分ほど流して事務所に戻った。
 5時からの夜間は、5時20分からホームセンター前で30分ほどアピールした。狙いはホームセンターのお客であったが少なかった。ただ周辺の住宅に声は十分届いたと思われた。
 午後6時からは朝と同じ「鳴子北」駅前。ここには車いすの人数人を含めて10人くらいが応援に参加した。ここでも街宣車の駐車場所がなくてトラメガを使用したが、声が届くのはその周辺4~5メートル程度。アピールは大事だが、本人の姿を見せることの効果に期待しての行動でもあった。
 街宣車は、周辺の鳴子町、古鳴海、上の山、松が根台の一部を流して午後8時に事務所に帰着した。

 

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2019年4月 4日 (木)

名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (7)

田島麻衣子参院予定候補が来援
 桜は満開。街宣車の車窓からの桜見どころではないないが、運転者の後ろの席でナビをしていると、一瞬ではあるが目に入ってくる。たまの車を止めてのアピールの時間には、私はスピーカーの音がどこまで届いているか、周辺を歩き回るのだが、そんな時にも住宅街の一角にある小さな公園で数本の桜にお目にかかる。これが私の今年の「お花見」になりそうだ。7日の投票日のころは「散り始め」だろうから縁起を担いで「桜見」には行かない。街宣活動も最後の追い込みで“エンジン全開、みき候補満開”である。
 さて今朝の朝立ちは緑区東部の賑やかな拠点「徳重」交差点・地下鉄出入口であった。ここは「場所取り」で競合する所の一つであるが、この日は他党だけでなく、何と立憲民主党県議会候補・松本まもる候補と一緒になった。まさに「みき・まもる同舟」の街頭宣伝活動となった。加えてそこに愛知選挙区・参院予定候補の田島麻衣子さんが加わった。さらに8期32年で引退する中村友美県議が応援弁士に加わり、かわるがわるのアピールは壮観そのもの。また応援団もピンクのおのざわみき、ブルーの松本まもるのユニホームが、あたりをしばし席巻したのだった。
 おのざわ、松本両候補の共通したフレーズの一つに「(名古屋市の)すべての交通(公共)機関に使える“敬老パス”の無料化に努めます(します)」というのがある。松本まもる県議会候補は、名鉄労組出身の名古屋市議だっただけにそのあたりの事情に詳しい。まずは名鉄との交渉が進めば、JR東海、近鉄へと話が進んでいくとのことだ。ただそこには、名古屋市の費用負担、「4社共通・名古屋市地域内限定」という共通パスのシステムの問題もあるようだ。両候補にとっての「公約」は、任期内の3~4年以内に実現したいところ。この制度を待ち望んでいるのが、JR東海道本線の「大高駅」「南大高駅」がある大高町の人たちと鳴海町南部の下汐田、前之輪あたりの人たちであろう。
 田島麻衣子さんはこの場所から午前中いっぱい、街宣車に乗っての応援だった。街宣がめざしたのは「桃山」「梅里」という比較的新しい住宅街。地名がそれを表している。この辺りは「子育て支援」が一つのポイントだった。また県営緑黒石住宅では「敬老パス」のほか、高齢者が多いと見込んで「おとしよりが集まれる場所の設置」もポイントだった。
 ここでは、松本候補の練り歩きと遭遇しエールを交換。また、街宣車とおのざわみき候補が移動する車「みきカー」は別行動なのであるが、たまたま「桃山」で両車が遭遇したので、急遽その場での提案で「おのざわみき・田島まいこ」のコラボ、田島さんが小野澤さんにインタビューする形での“やりとり”が実現した。効果はどうであったろう。
 一通り街宣活動を終えて次の「ヤマナカ滝の水店前」へ。ここでは時間帯的に、買い物客は少なかったが、交通量が多い場所であるので、店舗と道路に接する場所でアピール。私は立憲民主党ののぼりをドライバーに向けて振り続けた。
 午前中の最後は「コノミヤ滝の水」前の道路。そこは店舗入り口と駐車場の間の道路であり、道路横断の信号待ちの買い物客にアピールできる場所。通過車両も多い。
 2度目になるここでは、おのざわ候補、田島参院予定候補が20分余りのアピールを行った。そうそう街宣車にはもう一人の“ウグイス”を引き受けてくれた緑の党東海本部代表の尾形慶子さんも、応援の弁に加わった。
 反応は上々。田島さんの応援はここまでで、別れ際“とっても良かった、楽しかった”という感想を聞かせてくれた。選挙事務所は?と聞けば、東区の桜通NTTのビルとか。
 市交通労組から応援を戴いているドライバーもここで交代。私と尾形さんと田島さんと代わった女性は、午後1時で交代となっているので、「神沢」「ほら貝」辺りを宣伝しながら、午後1時に事務所に戻り、私は簡単な街宣報告を行って帰宅した。5日、6日の街宣活動の「修正作業」が待っているのである。

 

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2019年4月 3日 (水)

名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (6)

「当選ゴール」に向け確かな歩み  
  私の午前の「街宣ナビ」が午後に変更となり、午前中に4月4日の「街宣車運行表」の修正版を仕上げて、事務局長他に送信。午後0時45分事務所入りしたところで、ラジオから“東邦3対0でリード”の一報を耳にした。こちらは選挙運動でてんてこまいであるが、世の中は「政治は政治」で、それぞれは日常の中にある、というあたり前のことが頭をよぎる。4月1日の「改元」、そして今日の「センバツの決勝」7日「統一地方選挙投票日」・・・4月10日は「天皇・皇后としての最後の結婚記念日」などというのだろうか。(この私が言ってしまったのだが)
 今日は丸1日「有松地区」全体の街宣日。午前8時の名鉄有松駅の朝立ちは、自民党の市議候補に場所を先取りされて変更したようだ。
 午後は、「バロー鳴海店」で「みきカー」と合流。その後流し街宣で大府市の境界近くにある「ニトリ・フィール」で約30分のアピールを行った。ここで食品スーパー「フィール」の警備員から“店長方の支持で、店舗の境界地にある柵に、のぼりを立ててもらっては困る、注意をと言われている”の申し入れがあり、“なんという狭隘な考えの店長か”と思ったがここは退くしかない。そこでのぼりの取り外し、立憲民主党ののぼりだけを手にもって、と指示して、私が店長への謝罪に出向いた。しかし不在だったので警備員に謝罪し、その旨を店長に伝えてくれと言って、その場を収めた。こうしたこと、或いは駐車場所で道路交通法に抵触する、しないの議論が内部で起きたりするのだが、「公職選挙」という大義名分で少々のことはやり切る、が私の立場。実際そうですなければ、スーパーの店舗前に駐車スペースなんてないのである。
 ともかくこの日は、「桶狭間地区」と呼ぶ地域の新興住宅地、文久山、清水山他一帯を細かく回った。市営高層住宅の「桶狭間荘」も外周道路を回ることができた。
 午後3時40分に「みきカー(候補者の車)」と合流して「ピアゴ清水山店」でアピール。マスコミ一社の取材も受けた。その後も街宣を続け、緑花台、愛宕、三丁山辺りまで回ることができて、夜の街宣で「武路町一帯」を回り切れれば有松町全域は、ほぼ“制覇”したことになると思う。
 今日も寒い一日であったが、候補者、ドライバー、ウグイス、支援者、ナビも元気いっぱいで「おのざわみき」選挙は「当選ゴール」に向け確かな歩みのようの感じたのだった。(4月2日の「4」は後日に)

 

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2019年4月 2日 (火)

名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (5)

 大高町全域、街宣ポイントに苦労する  
 選挙運動期間9日間を地域的な割り振りしたとき、大高町の街宣は1日だけしか取れなかった。この大高町はもともと知多郡であり、愛知郡鳴海町が名古屋市と合併して緑区になってから2年後に緑区に有松町と共に編入された経緯があった。また「桶狭間の合戦」の時の「家康の大高城兵糧入れ」で有名なところである。また近年では名古屋市内では珍しく三つの「酒蔵(万乗・神の井・山盛)」があり、JR大高駅からこの酒蔵のある一帯と大高城址が「緑区・歴史散策コース」になっている。そういうこともあって街宣計画では、JR大高駅からかつての繁華街「銀座」通りを抜けて酒蔵までを「練り歩き」とした。
 この日の私は、午前中が定期検診日だったためナビは午後からのシフトに入った。そこで病院がJR南大高駅に近くだったので午後1時に一駅先の大高駅でナビを交代して、午後の街宣を担当した。
 さて午前の街宣は、午前8時頃からのJR大高駅での「朝立ちを」行った後は、結局練り歩きの体制が取れなくて中止したとのことだった。そのコースを含めて周辺と中小の工場のある「巳新田・寅新田」方面の街宣を行い、正午に市営森の里荘の商店街で運転者だけが交代し、午後1時のナビ交代につないだのだった。
 このようなややこしい体制なのは、4月2日から5日までの全日の街宣車運転を「名古屋市交通労組(名交)」が協力をしてくれて、その体制が「1日4時間の3交代」となっていて、8時~12時、12時から16時、16時から20時である一方、街宣の基本計画は8時~13時、13時から17時、17時から20時ということになっていたので、こうした変則的な体制になったのである。(総括事項の一つであろう)
 午後1時過ぎに出発した街宣車が向かったのは「アオキスーパー大高店」であった。この時間帯では人の出入りは少ないがスピーカーの性能が高いので、周辺の住民には届いたであろう。
 次のポイントまでの40分を使って新住宅地の一つ「大高台」一帯を回った。私にとっても初めて訪れる場所であり、図上では20分程度踏んでいたのが、たっぷり40分かけての街宣であった。
 午後2時40分、東海市の境界にある「COOP大高」とホームセンター「カインズ」の2か所で候補者がアピールを行った。駐車場越しの訴えは、店内までは届かないであろうが、「おのざわみき」だけでも印象に残ればいいといえるだろう。
 小寒い。午後4時の運転者交代までの時間は1時間足らずで、当初計画の大高町の一部であるJR東地域「鷲津・小坂・伊賀殿・西丸根・亀原」を変更して、JR南大高駅の西、大府市と接する新住宅地一帯を回ることとした。ここも私にとってはじめ踏み入れる場所であった。午後4時に大高駅に戻り運転手が交代。5時の事務所帰着までは、予定変更となりその場で思案した。そこで道幅は狭いが、鳴海町の「下汐田、前之輪」の一部を回りながら、時間帯にあまり関係ない緑区役所に立ち寄りしばしショートスピーチ。5時に事務所に戻った。
 5時からの予定は「JR南大高駅」であったが、時間を午後6時からとした。私は下車していたので、その後の様子はわからないが、当初予定していた「夜間は集合住宅(団地)」ということで、大高から「有松」の市営桶狭間荘へ向かうことになっていたが、事前に中止となったはずだから、どこをどう街宣したのであろうか。

 

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2019年4月 1日 (月)

新元号を語らず

 市議選に専念しています  
  今日の午前は、小野澤美希市議候補の街宣車のナビの担当から外れていたので、「改元発表」のときは、テレビを見ていた。「令和」を一瞬「冷和」とイメージした・・・。
 元号もそうだけれども、菅の顔は見たくない、その後の“フィーバー”の映像もみたくない、で早々に机に戻った。
 3月29日の告示以来、名古屋市議会選挙・小野澤候補(立憲民主党)の選対事務所に入り、「街宣車の運行」作業を一手に引き受、その「ナビ」のための添乗も多いので、他事の多くが中断しているのが現状。様々な地域の運動も当然参加できていない。“忸怩たる思い”がないとは言えないが、それすら飛んでしまっているのである。
 人それぞれ、“その瞬間を生きている”のだから、その瞬間は“私のもの”である一方、その私を“もう一つの私”が見ていなければいけい、そんな気もする。ということで、元号なるものは私の知らないところで決められたのだから、「元号問題あれこれ」は後日に回すことにして、「みき街宣プロジェクト(PT)」の仕事に精を出した。
 午後から街宣車のナビゲーターを務めた。候補者が街頭に立つ今日のポイントは3か所。食料品スーパー「フィール」、「緑区役所」、「UR鳴子団地」であるが、そのポイントまでの移動時間が住宅地などの「流し街宣」である。自ら設計したコースであるからナビはできるのだが、実際に現地に赴くと、そこは私が踏み入れたことのない新しく開発された新住宅地であるから、移動しているうちに方向感覚がなくなってしまった。そこでふと気がついた。車には「カーナビ」があるではないか。そこで運転者に「私が右だ、左だといっているよりも、このあたりはナビを見ながら、あなたが自由に走らせて」と持ち掛けた。(案外うまくいった)
 実はここ「緑区」だけでなく、多分多くの所で「人が多く歩いている場所」なんてほとんどないのである。寒いこともあるが外出は車かバス。「人が集まる所」といえば、スーパーマーケットかホームセンター、家電量販店。桜は満開であったが、その公園もまばら。
 「UR鳴子団地」中心の十字路に、立憲民主党と「おのざわカラー」のピンクののぼりを立て、ここで街宣を行った。食品スーパー、大衆食堂(大戸屋)、ドラッグストア、回転寿司、唐揚げ専門店がある“期待できる”数少ない場所である。前座、候補者、応援弁士が30分余り。私が立って「声掛け」をしているところに40代くらいの男性が通りかかり、“もう投票してきたよ”と言われたので“だれに・・・”といえば、おのざわみき候補の方をそっと指さしたのだった。
 午後5時に乗員が交代し、5時半からJR大高駅へ。この駅は、快速列車は停車しないので、1時間あたりの上下の本数はそれぞれ3本。客数も朝と違ってまばら。時間帯に問題があると、反省会の時の意見だった。
 この場所を後にしてからは、これまで候補者が乗る車と街宣車は別行動であったが(候補者は車いすの障がい者なので、電動車いすでの頻繁な乗降を避けるための別行動)、この日、この場所から夜間はできるだけ、街宣車に候補者も乗って、声掛けをする方式をとった。
 高層の集合住宅の県営住宅、分譲マンション、市営住宅が集中している場所である。候補者本人もこの方式に満足しているようだった。午後8時、選挙事務所に戻った。

 

 

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2019年3月31日 (日)

名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (4)

松本個人演説会は党の決起集会
午後5時から松本守県議候補の個人演説会が開かれ200人以上が集まった。壇上には、近藤昭一衆院議員、今季で引退する中村友美県会議員の他に、市会議員候補の岡本康宏候補と、同じ立憲民主党ではあるが競合する小野澤美希候補が並んでいた。つまりここは、松本守候補の個人演説会であるが、立憲民主党愛知県連第3区緑支部の決起集会といっていいのではないか。この緑区には国民民主党の候補者は一人もいない。それ故、3人のだれ一人落とすわけにはいかないのである。それどころか、私の思うところを言えば、3人全員当選の前回票を上回らなければ「勝利した」とは言えない。加えて当落・得票は近藤衆院議員の党内の立場にも影響が及ぶとみているのである。
 ここでひとつ、おのざわみき選対内で意見が分かれた。それは、「街宣車を休ませて、全員がこの演説会に参加する必要があるのか。街宣車を止めずに目いっぱい回すことが優先する」という意見と、私が主張する「党の決起集会的意味とそこでの新人候補の小野澤美希さんの関係者が一桁では、あまりに寂しい。岡本候補と競うということではなく、小野澤美希をしっかりと支えているという印象を、参加者に見せること、それは本人にとっても重要なことだ」ということと。言葉にはしなかったが、「このような雰囲気を、選挙運動に加わることは初めていう小野澤さん支援の関係者に見学してもらうこと、特に若い人には、この先6日間の選挙運動に大いに役立つ。そんな機会はもうない」という考えに基づく。賛否両論あっていいが、一応事務局長を交えてPTで決定したものであるから、その場での異論をはさむことには意味がないと思う。選挙後の総括で話し合えばよい、これが私の立場であった。
 そのあと、格安食品スーパー「ウオダイ」前での街宣をセットした。もう午後6時半を過ぎていた。夜気が冷えてきていた。当初の20分程度の街宣が、候補者のリクエストで30分を超えた。特にドライバーと同乗者の反応が良かったことが、本人をその気にさせたようだ。
 さらにその後は「鳴子団地」とその周辺を流して今日のスケジュールを終えた。明日も早朝8時(本人は7時30分)から、名鉄鳴海駅での「朝立ち」から始まる。(23時記)

 

 

 

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名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (3)

ドタバタ、変更ありでも、ま、順調  
  これまでの反省や工夫などから、昨夜になって幾つか修正事項があがってきたので、明日の街宣計画の練り直しをした。その修正・改善策は、①朝立ちの「鳴海東部地区・徳重交差点」は、昨日午後に実施済みで、さらに最終日にもセットしてあるので回避することを提案した。場所を「名鉄有松駅」とし、②立憲民主党からのもう一人の市議会議員候補者・岡本康宏候補の「地元エリア」への乗り入れは避けようということで「四本木、曽根一帯」及び、域内の食品スーパーのポイン市議候補も招かれているので、ここに最大限の参加呼びかけを発しているから、街宣車のメンバー4人もここに参加することに変更した。夕方5時の交代時間も、4時30分とした。④夜間の街宣については、複雑な住宅地は、安全上問題がないとはいえないので「住宅団地・集合住宅」に変更する事になった。そこで全面的な運行計画の練り直し作業に入り、午前0時過ぎに「修正案」を事務局長・候補者・みき街宣PTメンバーに送信した。
 しかし結果的にこのメールが読まれなかったため、朝立ちの体制がそのままとられ、私が事務所に出向いたときは、すでに候補者・設定班一行は出掛けた後だった。
 緊急時・直前の私のメールが読まれないケースがあると知り、電話確認が必要だとわかった。もっとも私の方にも問題があり、前日の午前中までが「変更可能時間」であること、確認をとることを肝に銘じた。
 次に午前10時10分からのスーパー「コノミヤ」前での街宣については予定通りだったが、現地調査がしていないため、街宣車の駐車場所が確定していなかった。そこで急きょ街宣車が先乗りしてその場所の可否と、可なればその場を確保することになり、街宣を流しながら目的地での調査に入った。その結果、道路わきギリギリまで車寄せをすれば、車の通行の妨げにはならないと踏んで、「みきカー」に連絡。そこで約30分の訴えを遂行こした。私はもっぱら、立憲民主党ののぼりをもって通行する車にアピール。
 さてその後のスケジュールも全部変更とし、地図を見ながらその場で運行計画を立てとりあえず出発した。主要なポイントまでナビをし、その先の細かい住宅街については、運転者がナビを見ながら、適当に走ってもらう方式にした。当人からの感想は聞いていないが、これが案外うまくいった。
 想定外の、後日に企画されている地域ではあるが、そこを先取りして、かなり細かく宣伝活動を行った。「鴻仏目、八ツ松、若田、鳥澄、尾崎山、鎌倉台、砂田、姥子山、鳴海団地、相原郷の一部を経て、午後0時50分事務所に戻った。
 事務所前には斎藤嘉隆参院議員も駆け付けてきてくれていて、名刺交換。午後の引継ぎと、夜のコースを事務局長と打ち合わせて確認、昼食戴を戴いて一旦帰宅した。その間のこのブログである。(午後2時40分現在)

 

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2019年3月29日 (金)

愛知県議、名古屋市議の選挙始まる

おのざわみきの出発式、練り歩き
 午前8時34分、名古屋市議選立候補者・おのざわみき選対事務局長から選挙ポスター貼付の掲示番号が携帯電話のメールで届いた。
 県議松本守候補④番、市議岡本康宏候補①、市議小野澤美希候補⑧番となり直ちに3人組で出発。
 最初の掲示板は、わが家から100メートル先の公園駐車場の金網の柵。松本、岡本、小野澤の順に貼っていく。1か所3枚で8か所を、下見のルートに添って張っていったのだが、地元でありながら2か所で道順を間違えた。
 10時20分に終了し、次に各選挙事務所を回って、私にとっては“異例の差し入れ”を行った。多分こんな行動は最初で最後になろう。(だから行ったのだが)
 11時過ぎにおのざわ選挙事務所へ出向き「おのざわみき出発式」の打ち合わせをした。11時30分からの「出発式」が始まり、齋藤選対本部長の挨拶から始まり、近藤昭一衆院議員、大河原雅子衆院議員(比例東京)、中村友美県議(今期で引退)、松本守県議候補、障害フォーラム江戸さん、そしてそのあと山尾志桜里衆院議員、斎藤嘉隆参院議員他からの応援メッセージが紹介された。
  ここでいよいよ始まる選挙を前に、市議会議員候補者小野澤美希さんがマイクをとって、ここまでのお礼を語り、文字通り市議選に臨むにあたっての決意、抱負、課せられてもの、例えば小野澤美希の政策に期待している人に応え、応援してくれている人への、当選をもって応えることなどを語った。参加者から大きな拍手が送られた。
 急きょ駆け付けてくれた前尾張旭市会議員(2月3日の市長選に立候補して惜敗した)大島もえさんからも応援のメッセージが送られた。
 最後に「エイ、エイ、オー」一本で気勢をあげ、周辺の住宅街を練り歩く、いわゆる“桃太郎”が出発した。ここは私が買いものでいつも行き交う地域ということでその道案内を任された。標旗をもって先頭を歩き、近くのアピタ鳴海店の駐車場越しに、買い物客にアピールして、30分ほどで事務所に戻った。
 街宣プロジェクトチーム(PT)の一員である私から、午後の街宣コース運行にあたっての要領を「ナビ」の人に伝え、電動車いすのおのざわ候補が乗る「本人カー」との連携の要領を伝えた。午後の街宣担当者らの食事後、午後1時過ぎ、街宣車と本人車それぞれを送り出した。
 ついでながらこの朝、選挙期間中に使う「法定ビラ」の証紙貼り作業4000枚(別に4000枚は他所で)が、諸事情で午前中に終えねばならない難作業が待っていた。前日の会議で“やれるかな?”と心配されたが、8人ほどで11時ころには完了していた。ある意味での“危機感”は意外性をもって力が発揮されることを改めて知ったのだった。
 私は午後いったん引き上げるが、夕刻5時からの夜間のナビを担当する手はずになっている。(29日午後3時記)

 

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