2017年3月12日 (日)

原発ゼロNAGOYA ACTION(2)

 世代の違いを感じつつ・・・
 この日の「3.11 原発ゼロNAGOYA  ACTION~福島の原発事故は終わっていない!危険な老朽原発廃炉!」と銘打った行動提起がなされたが、マルシェ/イベントそして集会、デモとあり、ほぼ1日がかりであった。
 そこでまず「マルシェ」って何?文脈から「ワークショップ」とか「出店(でみせ)」であろうと思ったが、検索したらフランス語で「市場」とあった。同様に最近では「フライヤー」という言葉が使われていて、ビラ、チラシのことだと思っていたが、これも検索してみれば、「1枚物のA4程度までのサイズ」がフライヤーと呼ばれ、「新聞広告などA4以上の大きさのもの」がチラシと呼ばれることが多いようであるとのこと。なんのことはない、わたしたちが従来から街頭で配っていたビラ、チラシの言いかえに過ぎないのであった。(フライヤーは、印刷物の格安通販の流通が生んだ言葉であろうか)
 「ワークショップ」は、分科会とかグループ討論のことであろうとか、「ファシリテーター」って、司会・進行役じゃないのかな、とか、デモをパレードということが多いけれども、確かに違うといえば違うともいえるが、現実を見てみるとうやっぱり「同じ」気がするのである。
 こんな些細なことに触れるのは、やはり「言葉」は、その次代を反映すると思うからだ。そしてそれは「世代」を意識させ、わが身の置き所をどうするかに至るからでもある。
 3・11集会に参加して、こうした「マルシェ」があって、イベントに「NORA  BRIGADE」(Radical Marchingband Tokyo)が、舞台を賑やかした。このグループは初めて知り、初めて観たのであるが、元々「マーチ」からくるイメージは「行進曲」であり、行進といえば整然とした集団、といえば軍隊につながる。果たして「Radical Marchingband Tokyo」は「Radical」が頭につくことで「軍楽隊」とは違う、ということなのか。確かに、舞台でも、デモ行進でも「整然とした楽隊」ではなく、歌って、踊って、表現するという、今までもそんな風なものを見たような気がする一方、楽器の種類も多く新しさがあることはあった。
 このようにして全体が、私たちの時代の「ゲストを迎えての集会と集会宣言、そしてデモ行進」と違って、「祭り-賑わい」として設定されているような、それでいて、目的・意義はきちんと押さえているという、私の目からは「これが現代風」なのか、と思ってしまうのである。
 ついでながら、同一次元で語るべきことではないが、言葉の言いかえは、時によって真実を覆い隠すために使われることはよく知られたことだ。その典型的なものが戦争での「戦争→事変」「撤退→転戦」「全滅→玉砕」は知られている。戦後でも「戦車→特車」「軍隊→警察予備隊→保安隊→自衛隊」「大佐→一佐」。最近では「戦争法→安保法(平和安全法制整備法と国際平和支援法)」等々。
 若い人が「造語」を生み出し、「外国語」を使ってそれをコミュニケーションとして日常語のように使っているらしいが、それをクイズのように出されても、私などにはほとんど答えられないだろう。ということは、私には若い人との交流が希薄ということに他ならない。「マルシェ」の戸惑いもその一つではあろうが、すぐには理解できないとしても、その場に「参加」することで「言葉」を超えることができるのだと思う。
 ・・・といいつつ、私たちの世代は、私たちの言葉で次の世代に伝えていくことに、何の気おくれすることがあろうか、と思うのである。
 

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2017年3月11日 (土)

原発ゼロNAGOYA ACTION(1)

 多彩にして“忘れまじ、フクシマ”の一日
 まず「3・11は、何の日?」から始まる。市民運動であれ、労働運動であれ、何らかの運動に関わっている人は決して忘れはしないだろう。そしてこれからも「8・6広島」「8・9長崎」と同じくらいに意識され続けられねばならないように思う。
  この日の集会・デモに参加しないからといって、意識が低いとか忘れたとかいうことにはならないが、やはり参加することに越したことはない。それは「この日は、この日だから」の意味があると思うからだ。
 私は、午前中はパスして午後1時ころに会場に着いた。そしていつもことながら、まず会場を一巡りして“どんな人、グループが参加しているのかな”という“偵察”をして、それから間もなくして始まった集会のステージに注目した。
 まず、「40年廃炉訴訟市民の会(toold40)」の弁護団が立ち並んだ。その中で“若手の弁護士が参加してくれて心強い”といわれたが、思わず“市民運動の側は高齢の方が多い。こちらも若手の参加をもっと”と思ったのだった。もっとも会場には、結構若い人もいて、私の知人、友人、仲間だけが“高齢化”なのかもしれない。それにしても愛知の弁護士は、特定秘密保護法、安保法、脱原発での活躍(だけではないが)には目を瞠るものがある。1970年代から2000年ころまでが私の活動期であったが、弁護士といえば、法廷かせいぜい弁護士事務所で接するしかなかった。この業界にはそれなりの背景、事情もあろうが、やはり頼もしい限りだ。
 続いて政党関係では、自由党(田中良典県連代表)、社民党(伊藤善規幹事長)、共産党(本村伸子衆院議員)、民進党(近藤昭一衆院議員)が登壇した。それぞれ切り口を変えつつも「脱原発・再稼働、被災者問題、政府の原発政策」について熱っぽく語っていた。こうして4党が揃うとお互い“意識し合う”ことがあるのだろうか、いい話が聞けた。
 次に「内部被ばく」に詳しく、被爆者でもある沢田昭二さん(名大名誉教授・物理学)が、東電福島原発事故による被ばく線量、被ばく者の権利などについて現状を話された。続いて被災地フクシマでの「自主避難者の会」、「動物たちの死」についての「チーム福島アニマルレスキュー」、社会福祉法人 AJU自立の家のMさんが「障がい者」「お年寄り」等の弱者が置いてきぼりにされている実情などを話された。
 地震のあった14時26分に、全員で黙祷をした。
 続いて「NORA  BRIGADE」(Radical Marchingband Tokyoの一団が、演奏と踊りと語りを舞台いっぱいに来る広げ、その勢いのままデモに移った。デモは、会場の久屋大通公園の「もちの木広場」を出発して錦通→プリンセス通→裏門前町通→大須通→大津通→錦通→もちの木広場というコース設定であったが、私は、写真数枚を撮り終えて、プリンセス通の半ばで(ちょっときつく感じたので)離脱した。参加者は600人~800人ほどであったろうか。

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2014年8月26日 (火)

陸前高田市の被災と復興

 しっかりとみてきました
 3日間の「PC六ヶ所行動」を終え、帰路は東日本大震災の被災状況とその後の復興に向けた現状を知りたいと、出発前に当時の河北新報(写真集)などを紐解き、JR路線図を追い、自治体のホームページなども検索した。かなり手間取ったが1日目は、一関から大船渡線で気仙沼経由陸前高田市(奇跡の一本松)、大船渡まで。二日目は、仙台から仙石線で塩釜港、松島海岸、石巻辺りまでの海岸線を想定してタイムスケジュールを作った。だが心配は大いにあった。鉄道がどこまで復旧しているか、現地で動き回れる手段はあるのか、例えばレンタルサイクル。そして、素早く見聞すべきポイントを見つけられるかなど。決して‘何とかなる派’ではなく、どちらかといえば綿密な事前計画派の性格の私、行き当たりばったりの一人旅は危うい・・・。

 奇跡の一本松など
 ともかく26日の朝、一関から大船渡線7時18分発、気仙沼8時59分発のBRT(バス)で「奇跡の一本松」へ、9時30分着、仮庁舎の陸前高田市役所には11時27分発のバスしかないので、2時間を奇跡の一本松とその周辺の見聞に費やした。
 復興費用でつくられたというバス停前の駐車場、レストハウスから、「奇跡の一本松」まで約800メートル。まるで工事現場の中を歩くようだ。それもそのはず、はるか先の小高い山から1日千トンの土砂が延べ3キロに及ぶベルトコンベアによって海岸に運ばれ、10メートル以上にかさ上げされる工事が着々と進んでいるのである。崩された山は、高台移転の住宅地になるとのこと。そのコンベアが縦横に設置されて、ダンプカーも行き交い、写真で見るような「奇跡の一本松」の風景の情緒はほとんどない。手にした「原風景」の写真と見比べるのであるが、「高田松原」を想像することはできない。それを見た人だけの、その記憶があってこそだ。
 実はこの後、一旦陸前高田市役所まで行って、そこからタクシーを呼び寄せ、改めてこの周辺を回ることになる。その意味では、この「奇跡の一本松」は被災地の中心にあって象徴的存在ではあるが、周辺を10メートル以上かさ上げされ復興した暁には、どんな風景の中にたたずむのであろうか、という想像は決していいものではなかった。
 さて時間契約をしたタクシー。被災から3年以上も経てばタクシーのドライバーも観光案内も手馴れていて、いくつかの写真集を車内に置いていた。それでも客にも目的があるのだろうと思ってか‘どう回りますか’と問われた。こちらが聞きたいよ、と思いつつ‘被災した痕跡を見たい。残っている建物か何か、お任せします’と答えた。
 最初に案内されたのが、市役所のあった近くの商店街跡。もちろん道路があるだけで何も残っていない。写真集を手にしてその商店街のあった道路の真ん中に立ってパチリ。次にやや高台にあるお寺、その墓地の横に立つ。かなり高い場所と思ったが、眼下のお寺の本堂の屋根まで水が来たという。15メートルか20メートル?市街地は完全に水没したことが判る。その横の土手に桜の若木が数本あって、運転手さんが言うには、これから先何年もかけて「広田湾」に沿って植樹していくのだそうだ。
 次に案内されたのが、「箱根山」の展望台。そこからはリアス式海岸の内側にある陸前高田市が向き合う、太平洋につながる広田湾が一望できるのである。あの日、もしここで津波が押し寄せるのを目撃した人がいたらきっと、恐怖の悲鳴を上げたに違いない。もう一つ、そこには「気仙大工左官伝承館」がって、その一角に広島の平和公園にある「灯」を貰い受け、慰霊を込めた「希望の灯り」があった。その灯を絶やさない燃料費のための寄付をして下山。
 次に廃校となり保存されるという「気仙中学校跡」へ。鉄筋コンクリート建ての校舎の壁にあった校名・校章とその背後にある「奇跡の一本松」を入れて写真を一枚。そこで運転手さん‘ほう、そういう撮影ポイントもありましたか。それパクリますよ’という。
 それから国道45号線沿いにある、これも現状保存されるという旧「道の駅・高田松原」と「5階建てだったと思うが旧「下宿促進住宅」を見る。窓ガラスもなく4階まで完全に津波に洗われた様子がはっきりとわかる。

 予定を変え、高速バスで仙台へ
 こうして2時間ほどの見聞を終えた。時計を見て大船渡行きはあきらめ、高田市役所仮庁舎前(観光案内所)に戻った。そして市役所を訪ね、受付で‘名古屋から来ました’と名乗ってみたものの、‘どのようなご用件ですか’と返され、言葉もなく退散した。名古屋市は職員を派遣するなど支援の体制を続けているはずだから、もう少し何か反応があるかと勝手に思い込んでいたのだった。ま、いいか。
 さてこのまま一関に戻り、仙台に出る予定の行動にするか、何か手立てがないかと、気仙沼駅近くの観光案内所で戴いていた「高速バス・仙台-気仙沼間」の時刻表をよくよく見ると、大船渡・陸前高田市経由らしい大沢(唐桑)16時10分発仙台行きのバスがあるではないか。市役所前を通るかどうかわからないし予約制ともある。ともかく電話してみた。あれこれあってこの陸前高田市役所前から午後3時56分発のバスに、お名前を言ってお乗りください、2300円です、と言われてホッとする。
 仙台駅前へは、15分ほど遅れて午後7時30分ころに到着した。駅では仙石線の改札口、発車時刻をなどを確認して、ホテルに向かった。「仙台の夜」の散策とお寿司屋さんの話はまたの機会に。

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2014年2月14日 (金)

中電、浜岡原発再稼働へ、審査申請

 原発ゼロの最前線の現実
  共同通信によれば、中部電力は今日、浜岡原発4号機の再稼働に向け、原発の新規制基準への適合性を確認する審査を原子力規制委員会に申請したという。
 要諦は「4号機の再稼働に向け」であることは明白なのだが、昨日の、Nさん呼びかけの、中電本店での「浜岡原発3、4号機再稼動のための安全審査申請はすべきではありません」との申入れで中電は、奇妙な対応をした。
 その一つが、2月14日に申請することは決まっていません、マスコミ報道は間違いといい、さらに再稼働する、しないに関わらず、原発を保持する以上安全審査は受ける(再稼働のための申請ではない)といったのだった。
 このしらばっくれた、というか不誠実さはどこから来るのか、と私は思ったものだった。安倍自民党政権の誕生、安倍首相の原発再稼働、新増設容認、輸出に積極的、そこに都知事選での舛添氏当選が電力会社を強気にしていることは間違いあるまい。
 30人近い人がこの場の駆けつけ、様々な視点、角度から再稼働の前提となる「審査」申請をやめてほしい、やめるべきだ、と迫ったが、“馬耳東風”といった対応であった。それでも珍しく「日本のエネルギー問題をどう考えておられるのか」と逆に迫る場面もあった。暗に『原発なしでエネルギーは賄えますか』といっているのである。この議論が始まれば、エンドレスになりかねないから、これまで、中電側からの提起はなかったと思うのだが、ここにも“高飛車”的な態度がちらりと見えた。
 私は、この日の朝、申し入れに参加することは決めていたが、これまでの経緯を考えれば“手ぶら”で行くことはないと考え、急きょ「ピースサイクル愛知・緑の党サポーター」の名で、「浜岡原子力発電所4号機の安全審査申請の中止を求める要望書」を作成して持参した。ただ、とても推敲している時間がなかったので、「緑の党しずおか」が12日に提出した要望書を下書きにしたのだった。
  その要望書の中に「・・・2011年3月11日の、東京電力福島第原子力発電所の事故は、未曽有の原発事故として、未だ鮮明に記憶されています。しかも現段階において福島原発事故の原因すら特定されておりません。そのうえ、14万人もの福島県民の皆さんが放射能汚染によって未だ故郷に戻れない状況が続いているのです。
  そのような被災者、避難生活者が苦難の日々を送っている中、再稼働に向けた安全審査申請をすること自体、あまりにも冷酷にして無神経、企業としてのご都合主義と思えてなりません。」の一文を入れた。
 “忘れてはならない、オキナワとフクシマ”という気持ちを込めてのものだった。
 恐らく、再稼働という点では関電大飯原発が先行するだろう。だが中電・浜岡原発の位置を考えると、大飯原発と較べ「廃炉」ではその優劣はないのではあるが、総体的に見た時、その影響力という点で浜岡原発は、「原発ゼロ」の最前線に位置づけられているような気がしてならない。3・11当時菅首相が真っ先に浜岡を止めたこともそれを意味していると思うからだ。
 地元静岡では、ここらあたりとは違う緊張感、関心の高さがあるのであろうが、原発事故は県境を越えるのである。浜岡原発とリニア中央新幹線は一体的なもの、そうした観点からも注視していきたい。

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2013年11月15日 (金)

再び、小泉元首相の「原発ゼロ」

 安倍がこれに乗ったとしたら…
 小泉元首相の「原発ゼロ」が、政界にざわめきを起こしつつ、マスコミにのってきている。こうしてマスコミがこぞって取り上げるとなるとつい「やはり眉つばものか」と思いたくなる。
 この件に関して私がこの欄で取り上げたのは8月28日であるから、もう2か月半前になる。そこではこんなことを書いていた。「私は小泉が、焦眉の政治課題である『原発問題』を、党派を超えて見据え、それを財界にも向けても言い切るところに注目し、彼が、政治家として『重み、厚み』を増そうとしているのではないか。それは『自民党のご意見番ではなく、日本のご意見番』としての、『政治家としての仕上げ、まっとう』をめざしているのではないか、そのように評価するのである。それがたとえ“私的欲求”なものであっても。」
 これはちょっと買いかぶり過ぎたかな、深読みが足らなかったかな、という気がしている。では現時点ではどうか。どうであれ、結果として「原発(即)ゼロ」であればいい、と思う一方、小泉が散々「原発(即)ゼロ」をぶち上げておいて、仮に安倍がこれに乗っかってしまったらどうなるだろう、という妙な不安にかられるのである。
 おそらく財界でも、「原発ゼロ」のシナリオを描いていて、原発の代替エネルギーを想定した、シミュレーションを行っているだろう。それが完成した暁に安倍が「原発ゼロ」を打ち出せば、世論は一気に与党・自民党になだれ込む。その結果、憲法改正への道がパッと拓けてしまうのではないか・・・。
 ある意味では世界は激動の中にある。そういう状況の下ではドラスティックな政策が打ち出されやすく、受け入れやすいとも言える。
 原発ゼロと引き換えに自衛隊が国軍化し、米軍と一体となり、米軍の先兵となって海外に出ていく「軍事大国日本」が出来上がってしまうのではないかという危惧である。
 そうさせないためにも、「脱原発」の運動は、市民発21世紀最大の政治闘争として、「政権」を視野に入れることが重要なのだと思う。「無党派市民」という立場を維持しながら、あえて「緑の党の(会員以上の)サポーター」に踏み込んだのは、この辺りの事情と無縁ではない。

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2013年10月30日 (水)

中電の電気料金値上げ申請

  一石二鳥の、狡猾な下心が見える
 中部電力は29日、「家庭向け電気料金の平均4,95%の値上げ」を国に申請したという。“そのうちきっと・・・”という見方はあったが、この時期というのは、2014年4月からの消費税増税を見越して“抱き合わせ”にしたことは言うまでもない。4月以前では、4月からの消費税アップで“上げたばっかりで、また高くなるの!”という反発が予想され、4月以降では、“消費税アップでダブルパンチだわ”という抵抗が強いと見たからであろう。
 そればかりではない。いろいろ値上げ理由を並べて料金値上げし「消費者の反発」を買うことを想定し“浜岡原発が稼働すれば、元の料金体系に戻すことも可能”という意向を暗に示し、世論に引き寄せる・・・。
 こういえば“下司の勘ぐり”と一蹴されそうだし、いう方も気持ちがいいものではない。しかし、企業の“狡猾な下心”は、一方で“経営手腕”と言い換えられる。急進的優良企業に良く見られる、劣悪な労働諸条件がそれを支えていた、という例は稀ではない。
 “原発の停止で、年間2000億円の損失”とか何とかいわれるが、逆にいえば“原発で得ていたその2000億円はどこに行ったのかこの30年もの間の・・・”といいたくもなるのだが。
 原発事故を起こした東電が、汚染水・事故処理費用、被害者等補償費用、廃炉費用など莫大な負担の、その一部を電気料金の値上げ、政府支援(税金)に求める一方、資産の売却、経営の徹底した見直し、スリム化など自力をもってする経営は避けて通れないであろう。そのことを中電はどれほど学んでいるのか、実施しているのか。単に経営上の「収支改善」だけが経営トップの仕事とばかりいえないであろう。
 原発いらない世論80%ともいわれる現実を前にすれば、“会社も社会の公器の一つ”といわれるくらいだから、「原発から全面撤退」を宣言してからの「電気料金値上げのお願い」があってしかるべきだ。そんな経営トップは出てこないのか中電には、この日本には。

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2013年10月22日 (火)

リニア中央新幹線問題の続き

 ようやく“全国性”を持ち始めたか
 「緑の党Greens・Japan」のメールに以下の一文がアップされた。
  「先日国会での、生活の党幹事長質問に大変驚きました。あれだけ脱原発を主張しながらその続きで、『リニア新幹線をオリンピックに合わせ前倒しで国民の夢として進めてもらいたい』との主張でした。リニアが電気食い虫で、原発(浜岡)と不可分だという意識が全然ないのでしょう。共産党のリニア反対の理由の中にも、原発との関係は触れられていません。リニアの賛否ではなく、リニアが原発(浜岡)と不可分であることを、これからPRしていく手段としても、今後各党派への働きかけを進める上で必要なテーマではないかと思うしだいです。賛同人・島岡」
 続いて、名古屋からの投稿で「同感です。原発との関係が抜けてしまっているのは重大な問題です。また、リニア自身の問題や、大規模土木工事に伴う地盤上の問題もあるように感じます。徹底的に検討をする必要があります。」
 そこで、今一度私自身の問題意識を振り返ると、私は去る10月2日に、「リニアは必要か?リスクは次世代に」と題して、「2012年6月 9日のこの欄で、『中央新幹線リニア、是か非か-原発・エネルギー源との関連を問う』として位置付け、また6月25日の中部電力の株主総会で『リニア開業と浜岡原発の再稼働、三重県の芦浜原発建設再浮上の疑念と関連性』について質問していることに尽きる。」と書いた。
 その「中央新幹線リニア-是か非か」では、「原発・エネルギー源との関連を問う」の副題を付けた。概要は、
 「・・・リニアの、A:安全性、B:エネルギー消費面から見た合理・妥当性、C:環境保全・維持面とリニア、D:私たちの生活とリニア、ここらあたりが中心課題・・・。リニア中央新幹線が必要とする電力量は、原発何基分に相当するのかと問えば、3~5基必要という説もあった。・・・一方河村たかし市長は、名古屋発展の起爆剤にしたいといいながら、一方で平気で“脱原発”を言い放つ。原発なくしてリニアは動かないことくらいは知っているはずだ」「この大衆受けばかりを狙う“河村的ポピュリズム”にもっと批判の目を向けるべきだ・・・リニアを止めるとすれば、政治、行政からの視点も大事ではないか(リニア中央新幹線建設促進期成同盟会は、大村愛知県知事が会長)・・・建設費が5兆円とも10兆円とも。当初予算が倍増するのが世の常、その借金が、JR東海だけが背負うとは限らない。結局税金が投入されることだって想像するに難くない。」
 2020年東京五輪で、リニア前倒し建設云々、という「政治的発言」が出て、このリニア問題がにわかに全国性を持った感がするが、何事につけ「問題・課題は全国性、意識・取り組みは地域任せ」というのが現実。投稿者も緑の党に「全国性」を期待したのではないだろうか。
 ひるがえって私自身は、様々な課題についてブログやミニコミ誌では触れるが、MLに投稿することはない。それは、その課題を中心的に担っていく覚悟ができていないからだ。だから機会があれば現場へ行くことで“評論家”的にならないことを心掛ける・・・、といったところなのだが。

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2013年10月20日 (日)

コリン・コバヤシ氏講演会(2)

 改めて“脱原発”を心に刻む
 コリンさんのレジュメにある結論を転記しておくと、
1)福島の真相認知は、チェルノブイリの真相認知と分かちがたく結びついている。
2)ICRPのリスク・モデルは現実を反映せず、低線量被曝による影響をほとんど無視し、原子力ロビーの意向に沿ったもの。
3)本格的疫病学的調査の必要性。
4)多元的な低線量被曝による影響の研究進化。
5)予防原則の徹底した導入=避難権利の確立=服従からの脱却。
  この5項目を読むと、正確かつ深く読んで理解できるわけではないが、これまでの薄っぺらな知識、情報からでも、なんとなく“方向性”みたいなことが見えてくる気がする。このことと「国際原子力ロビーの犯罪」とは、いまだ直結できていないが、目をそむけずに付き合っていけば、幾らかでもわかってくるかもしれない。
  また資料に添えられた、「放射能防護関連を中心とする国際原子力ロビー 相関図」は凄い!何が凄いかは説明できないが、とにかくこれをすべて読み解ける人はそう多くはいないだろう。ただ国内の、お馴染みの「原子力規制委員会」だけなく、初めて知る「原子力災害専門家グループ」「日本原子力研究開発機構JAEA」、「福島ダイアログ・セミナー」、内閣府の「低線量被曝問題ワーキングループ」等々に加えて、長崎大学、福島医科大学、広島大学・放射線医科学研究所などが、大枠でいえば「原発推進組織」という注釈をみるとき、それらに関連する記事に接した時には参考にできるだろう。
  質疑では、大きく分ければ「フランスの原発事情、特に3・11以降について及び市民運動の状況」と3・11フクシマに関連して「内部被曝の問題、疫学的調査の必要性と現状」といっていいだろう。
  この質疑は、極めて現実的で身近な問題が取り上げられたので、大いに興味を惹かれた。メモを拾っていくと、
  「仏では3・11以降原発反対が、それまでの50%以下が75%急増した」「原発の寿命を40年から50年にした」「欧州新型炉の建設(英)は、中断したまま」「仏北部で建設予定の原発が、村ぐるみの反対で止まっている」「汚染水が垂れ流しされていることも」他。
  国内の問題では、「ホールボディカウンターの問題点」「ベラルーシ日本大使から、日本政府への提言(無視された?)」「乳歯などの疫学的調査は10年単位で継続すること及び、モデルとの比較調査の必要性」等々。
  この名古屋では、この講演会を主催したグループなどによる、早くからの取り組みがある。福島現地での放射能測定検査、現地での協力・指導(チェル救中部など)、測定機器を購入して、日常的な食料品の測定を続けている「Cラボ」などである。
  そうしたNPO、市民団体、個人の地道にして“本格的”な取り組みを支援しつながり、この集会を何とかものにするなどして、それぞれが持ち帰って自分の周辺から「3・11を忘れない、フクシマを忘れない」「子ども、孫たちの未来は、現世代の私たちの手で守る」を合言葉にして押し広げていくこと、そのように心に刻み込むことができたなら、この集会の開催の意義は大いにあったと思う。
 完

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2013年10月19日 (土)

コリン・コバヤシ氏講演会

 難しいながらも、おぼろげな実体が・・・
 昨夜、名古屋で開催されたこの講演会に参加した。講演内容は時宜に適ったものであるが、基本的な知識を持ち合わせていないと、一つ一つの言葉の意味に引きずられて話の流れに乗れない、という「学会」での話のようだった。(とはいっても『学会』なるものに出たことはない。その道の専門家集団という認識)そこでまず、メール上で案内されているこの講演会の位置付けを書き留めておくことにする。
 最初に講演のタイトルは「『国際原子力ロビーの犯罪』 チェルノブイリから福島へ」である。
 「今月は、国連科学委員会(UNSCEAR)の最終報告書が出される予定であることから、支援法の基本方針の決定とともに、これから大々的な『100ミリ安全キャンペーン』が展開されていくことが危惧されます。『国連』と聞くと、特にお役人などは何でも信用してしまう人も多いのですが、騙されてはいけません。」 
(未来につなげる・東海ネットから)
 次に、「国際原子力ロビー」について。
 「世界の原子力産業を支えるため、自らの存在をおびやかしかねない状況に対し巧みに働きかけを行っている組織をいう。その中心には、IAEAやICRPなどの国際機関がある。低線量被爆の否定。放射能を恐れることはない、恐れすぎは『放射能恐怖症(心の病)』だ・・・と。国、企業、研究機関などを巻き込み、壮大なプロパガンダを行っている。」「原子力ロビーがチェルノブイリでしたこと。そして福島で何をしようとしているのか。隠された事実を筆者の総力取材で明らかにする。」 
(京都・NPO法人環境市民から)
 次に、コリン・コバヤシ氏のプロフィルについて書き留める。
フランス在住。美術家、ビデオ作家、フリージャーナリスト、著述家。1970年代から日仏の様々な軍事・民事の反核運動に関わる。著書『ゲランドの塩物語』(2001年、岩波新書、2002年渋沢クローデル賞現代エッセイ賞)。編共著に『市民のアソシエーション』(2003年、太田出版)、共著に「日本政府よ嘘をつくな!自衛隊派兵、イラク日本人拉致事件の情報操作を暴く」(2004年、作品社)など。訳書にジョゼ・ボヴェ他『パレスチナ国際市民派遣団-議長府防衛戦日記』(2002年、太田出版)など多数。
 私にとっては、反原発運動に関わっていても、(アカデミックな)この世界とはかなり距離感をもっていたが、コリン・コバヤシ氏(本名:小林實、小林の音読みでコリン)の名前は、1970年代に名古屋の反原発運動の拠点「川名文庫」に顔を出していたころから聞いていた。そして、2000年12月の「(愛知)万博ちょっと待て!緊急行動」実行委員会のBIE総会(パリ)派遣団の一員として参加した折、コリンさんと対面したのだった。その時の様子の一部は「緑ネット第27号」に記載されているが、「・・・12月13日の夕方から、・・・の4人でフランス・緑の党を訪ねた。話の後半では、在仏のコリン小林さんが加わって、仏訳でサポートしてくれた。」とあり、環境大臣を出していた当時の仏・緑の党との接触に奔走して戴いた。また翌日のグリーンピースとの面会もコンタクトをとって同行してくれた・・・。
 さて本題についでが、前述のように、真っ当な報告ができるほどの能力は私にはない。そこでレジュメの見出しだけを列挙しておくと、1)国際原子力ロビーとは何か。歴史的経緯。2)IEAEによる、チェルノブイリの実相の過小評価、報告の改ざん。①チェルノブイリ・プロジェクト:1990年-1991年。②チェルノブイリ・フォーラム:2003年-2006年。3)仏原子力ロビーの積極的関与-エートス・プロジェクト/チェルノブイリから福島へ。①ベラルーシ-で行った計画。②CEPN原子力防護評価研究所(CEA、EDF、AREVA、IRSN)、③福島:ICRPの主催、環境省の助成による<ダイアログ・セミナー>-チェルノブイリの同じ顔ぶれのチームが福島で地歩を固めている。
 ここらあたりから、「福島」に話が集中していくのであるが、「<福島のエートス>という得体の知れない自称<市民団体>が、ロシャールと組んで、活躍している」として、さらに「IAEAによる福島支配」の一例として「IAEAと外務省、福島県、福島医科大学との合計6つの覚書」を取り上げた。どんな取り決めかは聞き逃したが福島県とは、「放射線とモニタリングと除染」、福島医科大学とは「人の健康分野における協力、健康管理調査、医療能力開発・研究、啓発の強化並びに専門家による支援及び情報の交換」、外務省とは「IAEAの放射線モニタリング機材及び環境サンプリング・分析機材の調達」
 こうして見てみると理解できないまでも、おぼろげながら輪郭が浮かんできて、それなりのことはやっている、やろうとしているのだな、と思う一方、データ、サンプリングの取り方一つ、「原子力推進ために」という結論が先にあって、それに合わせたものが出てくる、あるいは不都合なデータは出さない、という姿も浮かんで来てしまうのである。
 そして講演は「結論」へと移っていくのだが、とりあえずここまでである。 
(続く)

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2013年10月 2日 (水)

具体化へ進むリニア中央新幹線

  リニアは必要か?リスクは次世代に
  JR東海は9月18日、2014年度中に着工し、2027年に開業を目指すリニア中央新幹線・東京-名古屋間の駅の位置と路線の具体案を公表した。路線距離は286キロで岐阜、長野、山梨、神奈川の各県に1か所ずつ中間駅を設置するという。この発表は、事業が周辺環境に与える影響を調べる環境影響評価(アセスメント)手続きの一環であるともいわれる。
 建設費と営業収益をどれほどに見積もりをしたのかは知らないが、素人から見ても黒字化するかどうかは怪しい上に、借入金を何年で償還できるのか、環境問題に加え税金の投入はないといえるかなど、かなりのリスクを負うのではないかと思ってしまう。仮に、そのリスクはあり得るとしてなおリニア新幹線の建設を進めるには、営業面だけでなく他に理由があるのではないか、と勘繰りたくもなるではないか。
 去る9月29日、広瀬隆さんの「リニアと原発」という講演会があり、是非とも話を聞きたいと思っていたが、APWSL愛知の「Action Report」の編集・執筆に迫られ、断念せざるを得なかった。実に惜しかった!
 それで、私の問題意識としては、2012年6月 9日のこの欄で、「中央新幹線リニア、是か非か-原発・エネルギー源との関連を問う」として位置付け、また6月25日の中部電力の株主総会で「リニア開業と浜岡原発の再稼働、三重県の芦浜原発建設再浮上の疑念と関連性」について質問していることに尽きる。そこで広瀬隆講演会の報告をどなたがして呉れるのを待っていたのである。その一部をMLが拾ってみた。
 「地下30メートルを南アルプスもなにもかも突っ切って走らせるリニア新幹線・・・原発以上に根拠もなにもない安全神話であることそして、リニアの目的は原発再稼働であることがよーくわかりました。原子力ムラは、あの手この手でとにかく原発推進したいのです。」またリニアの変電施設に関しては、「・・・丸の内三丁目の産業貿易館は、既に数年前から閉鎖されていましたが、どうやらそこに変電施設の建設が計画されているようです。」
 う~む。とすると名古屋市内に入る前から全線地下を走り名古屋駅に至るとすれば、現在再建工事に入っている「大名古屋ビルヂング」や「旧松坂屋駅前店」も、リニアの駅と直結するような計画で進んでいるのであろうか。何でも駅ターミナルは幅60メートル、ホームの長さは300メートル以上?(新幹線の場合、1両の長さが25メートルで16両編成、最低でも350メートル?)とか。駅西のかなり広い地域の地下40メートルに終点の車両基地(大阪まで開通時には車両の待機基地?)もできるのであろうか。
 それはともかく、いったいリニアが動きはじめるとして、どれほどの電力が必要で、それをまかなうにはどのような発電設備が必要なのか。この点がどうもはっきりしない。これを明らかしてしまうと、「リニア中央新幹線は、原発抜きでは存在し得ない」ことになるからだろう。
 原発問題を抜きにしても、リニア新幹線が本当に必要かどうか。次の世代の人はもっと真剣に向き合うべきなのだが。 
(追い書き)

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