2018年9月25日 (火)

朝鮮半島情勢と日朝関係の講演会

  東京新聞論説委員・五味 洋治 氏
  日朝教育・文化交流をすすめる愛知の会主催の「日朝の対話をはじめよう」を副題とする講演集会が開かれた。
 五味さんは、長野県茅野市生まれ。1982年、早稲田大学第一文学部卒業。1983年に中日新聞社東京本社(東京新聞)へ入社し、川崎支局、文化部、政治部を経て、1997年に大韓民国の延世大学校に語学留学。また1999年から2002年までソウル支局に、2003年から2006年まで中国総局に勤務。また2008年から2009年までフルブライトフェローとしてアメリカ合衆国のジョージタウン大学に在籍する2012年より東京新聞編集委員を務める、という経歴の持ち主。
 話は、パワーポイントを使って行われ、聞いている限りではわかりやすいものだったが、こうして書きとめようとすると、なかなか前後が繋がらない。
 五味さんは、今年に入ってから4月27日、6月12日、9月9日、9月18~19日と「南北会談」「米朝首脳会談」という衝撃的な展開があって、まず「南北首脳会談と今後」というテーマから入った。これは事実上の終戦宣言といえるもので、南北の信頼関係が出来ていてのこと。特に「一つの民族を確認」した言う文言は大きいと五味さんは指摘した。そうしたムンジェイン大統領の政策は、韓国世論も肯定的であるという。
 ではそもそもの1950年6月に始まった「朝鮮戦争とは何か」であるが、詳細は省くが「カイロ宣言」の中の「朝鮮を解放,独立させる決意を有すること」によって、朝鮮は信託統治されることとなり、38度線を境界として、北半分をソヴエトが、南半分をアメリカが信託統治することとなったことがあげられる。そしてこの戦争では民間人も含めて共和国(北朝鮮)、韓国、中国、アメリカを中心とした連合国軍合わせて約300万人の死者を出し(五味さんは500万人とした)、また1千万人の離散家族を生み出したとも。
 この戦争で日本はどうであったか、それは戦後の日本を大きく変えた戦争だったといえるという。日本人船員を動員しアメリカ兵や武器輸送、掃海などの後方支援と、国連軍の補給基地として経済を立て直した経過があったが、敗戦後の日本軍を解体し、戦後の日本を無力化するというそれまでの政策を転換し、自衛隊の前身である「警察予備隊」を創設して、アメリカにとって「信頼できる仲間」に仕立てていった。それは敗戦で生まれ変わって平和国家となった日本だが、国内に米軍基地を抱えるという矛盾を残した。
 それでは「休戦協定」のまま、なぜ「終戦」とならないのか。まず朝鮮半島に「国連軍(実質米軍)」が結成されていて存在していることが挙げられる。その国連軍の役割というか行動には、中国に対しても有効とのことである。ちなみに朝鮮有事の際には、米軍は日本国内の7つの基地から出撃可能とのことである。
 話の終盤は、最大の焦点である「終戦宣言」のゆくえである。共和国は積極的だが、アメリカは核問題の完全解決を求めているが、在韓米軍、在日米軍と中国の動向も視野に入れた東アジアにおける軍事的プレゼンスも欠かせない要素であろう。
 最後に、ここまで「南北会談」「米朝首脳会談」が進展する中で、蚊帳の外の「日本」はどうなのか。安倍首相は「拉致問題」を中心に据え、アメリカ追従政策ばかりで二言目には圧力、圧力としか言ってこなかった。しかし五味さんはこういうのである。「日朝関係に進展の可能性も」と。それは、安倍が「日朝首脳会談」を口にするようになったのもその一つだと。また任期中に拉致問題を自分の手で解決すると断言した以上、圧力一辺倒では埒が明かないということでもあろう。
 そして五味さん締めくくりに、日本の役割、やるべきことをいくつか挙げた、「日本は平和構想を発表せよ」、それは、北東アジアの非核兵器地帯構想であり、「鉄道」で連結する経済圏構想であり、「平和協定」をめざして多国間で協議体をつくるなどである。いずれにして安倍政権は、単なる傍観者であってはならない、まして交渉の足を引っ張る行動はするな、というのであった。
 なお質疑応答では、4月20日の「日朝議連」の動きの評価。「戦後補償の問題をどう考えるか」「平壌宣言の問題点は何か」「日本を含む北東アジアの安全保障体制はどうなる」「高高度迎撃ミサイルシステムTHAAD(サード)の問題をどうとらえるか」「拉致問題で安倍がやるべきだというが、安倍では駄目じゃないか」「トランプ大統領は信頼できるのか」などが出た。五味さんの回答は省略。


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2018年9月22日 (土)

高野 孟講演会が開かれる

 立憲・リベラルの政策の端緒に
 自民党総裁選直後の、時宜にかなった「政治講演会」に80人余の人が、高野さんの話に聞き入った。
 主催がリベラル政治懇話会ということもあって、近藤昭一衆院議員、石田芳弘元犬山市長・元衆院議員の共同代表に加えて、赤松広隆衆院議員も顔を見せていた。
 高野さんの話は、幾つかの節目があったが、メモしきれなかったから、断片的に書き記す。まず何といっても自民党総裁に安倍3選、から入ってその総裁選の過程で散見された「閣僚辞任圧力」とか、地方議員への「反石破、安倍への支持圧力」などの醜態の実態が暴露された。そして党員票で石破が約45%を獲得したことで、安倍圧勝の構図は崩れ、党内にかなりの不満、不人気の存在が明らかとなった。安倍の4選はないから、これからは「レイムダック」(いずれ終焉を迎えることが明らかで、いわば死に体)の始まりとなる。そこで、2019年の統一地方選挙、参院選挙を迎え、その結果次第では、3年の任期を全うできないこともあり得る。
 そこでこれからの安倍の「仕事」はなにか。「憲法改正?」確かに安倍はそう言い続けている。しかし、「集団的自衛権」容認を盛り込んだ安保法の成立によって、「アメリカからの圧力」はなくなって、憲法改正の緊急性はなくなった(安倍と田原総一郎の会談)。公明党も「(安倍の)9条改憲」に積極的ではない。むしろ「日本会議」などの右翼的政治勢力からの、アメリカを利用しての武装化を目指す「戦前回帰」に押され、他に大きな仕事もない安倍は、「憲法改正」やらざるを得ない?という状況だと高野さんは指摘した。
 また経済政策については「アベノミクス」は「円安、株高」程度で失敗続きである。それが分かっているから安倍自身は「この問題に触れられたくない」というのが本音だそうだ。また次々と新しい「矢」を用意したものの、放たれた「矢」はないし、この先の見通しも立っていない。2019年秋の消費税増税についても、三度延期か景気の下降を覚悟して実施するかの選択は、この10月にも決めねばならないという。どうなるか注視したい。
 2019年に予定されている大きな出来事にもう一つ「天皇の交代」がある。これについて高野さんは時間を割いて語ったが、「天皇制」一般だけでなく、彼の「心情」が吐露されて、ちょっと意外に感じた。また「明治から150年」の話の中で「薩長連合」のこととか、「あの吉田松陰はテロリスト」と言い切ったところは、私は「?」と思った。その先の話はなかったが、想像すれば、吉田松陰の「松下村塾」の門下生である、伊藤博文、井上馨、木戸孝允、山縣有朋、山田顕義ら長州藩士らが中枢にいた「明治政府」の否定的部分を指してのことだと思う。幕末から明治にかけての「歴史観」は、司馬遼太郎に代表される説がこれまで有力であったが、次第に当時の状況が明らかになるにつれ、正反両面が語られているのが現状ではないだろうか。「吉田松陰はテロリスト」はその一部であり「皇国史観」「アジア蔑視」も聞かれるが、列強の圧迫下での政治の舵取りで、伊藤博文、井上馨、木戸孝允、山縣有朋、山田顕義らの仕事は、当然全否定とはならない。やはり「現在に活かす」更なる検証・研究課題であろうと思う。
 さて今後の政治的展望について、安倍の「レイムダック」化はそれとして、「明治から150年」を振り返るとき、前半の75年は、いわば「第1回近代化」といえる時期で、結果的には戦争の時代であり、失敗といえる。後半の75年といえば「第2回近代化」の時期で、アメリカ一辺倒であり、これらはいわば「大国主義」といえるもので、いずれも失敗だったというのが高野さんの分析。
  ではこれからの日本はどうあるべきか。リベラル派は、その展望を出さねばならない。大国主義・国権優先から小国主義・民権へ移行すべきではないか・・・。(この議論は、展望を示す話の序である)
 質疑に入って、いわば「リベラル的経済政策とは?」についての質問。「市場原理型」ではない「北欧型福祉社会」もその一例あるが、問題がないとは言えない。経済政策はひとことでは片づけられない課題である。
 次に「政権交代」を目指していくが市民として何をすればいいのか、消費税をゼロに、所得税は累進課税に、法人税減税をやめて元に戻す、というのはどうかという質問。高野さんは、消費税は、ヨーロッパでは「付加価値税」として広く採用されている。また直接税(所得税、法人税、住民税など)と間接税(酒税、たばこ税、揮発油税など)の関係(直間比率)もあり、消費税ゼロがベストともいえない。国として政策的選択にかかわる。最近「べーシックインカム」が話題としてあるが、現実的かどうかは別として一つの形であろう。
 最後に、国家体制についての質問があった。一言で言えば、「中央集権国家(一極集中)」からの脱却といったところか、質問者は「幕藩体制」を例にしたが(聴き間違い?)、権限の地方への移譲、例えば、最近は話題にならないが、「道州制」もその一つだろう。つまり、地方を再生していく、それは最末端の自治体に権限を渡していく。例えば、村で足りない所は県が補完する、県で足らない所は道州で補完する、道州で足らない所は国が補完する、いわゆる「補完性原理(サブシディアリティ)」という方法である・・・。
 ここまでであるが、話が難しい面もあって、私の理解不足、誤解もあるかもしれないが、重要な要素を含んだ講演と質疑の時間であった。リベラル派=立憲民主党の政策論議の高まりが必要と感じた集会でもあった。

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2018年9月17日 (月)

朝鮮半島情勢、日朝関係の現在

和田春樹講演会が開かれた
 「韓国併合100年」東海行動実行委員会主催の「日朝平壌宣言16周年 なくそう偏見 つくろう信頼と友好 今こそ日朝国交回復を!」という講演会とデモ行進が名古屋で取り組まれ参加した。100人弱の参加であった。
 私たちの年代の仲間の間では、市民運動家でもあり、韓国の民主化運動において、特に金大中救出運動において広い関心を持っていたといわれる和田春樹さんを知らない人は少ないだろう。ちなみに1938年生まれ。東京大学名誉教授。専門は、ソ連史・ロシア史・現代朝鮮研究。
 集会の大枠では、2002年の小泉訪朝「日朝平壌(ピョンヤン)宣言」を一つの起点として、2017年の「南北会談」「米朝首脳会談」までの、朝鮮民主主義人民共和国(共和国・DPRK 、北朝鮮)を取り巻く状況を知り、安倍首相の“圧力、圧力、圧力”の一辺倒ではなく、東アジアの安全保障、善隣友好関係、日朝国交正常化を通して、相互信頼をつくっていこうという趣旨であった。このあたりのところの集会の呼びかけは次のようなものだ。
 「歴史的な4.27南北首脳会談、6.12米朝首脳会談が行われ南北関係改善、朝鮮半島の非核化協議、米韓合同軍事演習の凍結、米兵遺骨返還作業の進展など動きが見られている。『圧力一辺倒』の対北朝鮮政策を唱えてきた安倍政権は、ここにきて金正恩朝鮮労働党委員長との直接対話に軸足を移している。しかし、経済封鎖と圧力、植民地支配など侵略の歴史の美化、偏見と差別を続ける安倍政権では、未来は見えてこない。
  日本政府は、2002年9月17日朝鮮民主主義人民共和国との間で、平壌宣言を締結した。日朝国交正常化の早期実現、植民地支配によって与えた多大な損害と苦痛の反省とお詫びをこの宣言の中で表明した。だがそれ以降、日本政府の態度は真逆の道をたどっている。」と。
 状況は、一方に中国とロシアそして対極にアメリカ。その間に「共和国、韓国、日本」が位置するが、「南北会談」「米朝首脳会談」によって日本は蚊帳の外に置かれている。このことは、拉致問題にしろ、核・ミサイル問題にしろ、話し合いのテーブルさえ用意できなくさせているのではないか。仮に、安倍首相が「日朝首脳会談」を望んだとしても「拉致問題解決なくして国交正常化なし」を固持している限り、正常化への道は開かれない可能性が高い。共和国側からみれば、「朝鮮植民地支配の清算」「朝鮮戦争準参戦国(日本)の立場の終結」「在日朝鮮人、在日朝鮮人団体への攻撃・圧力(ハラスメント)問題」が優先課題であって、当面は「日朝平壌宣言」から仕切り直しということではなかろうか。
 このような膠着状態の日朝関係の打開について和田さんは、「米朝交渉への協力の提案」として、米国が共和国に安全の保障を与えるために日本は①沖縄の米軍基地の全面撤去。②佐世保米海軍基地の撤去。③朝鮮戦争終結会議への準参戦国参加、を挙げている。さらに、朝鮮半島の全面非核化を実現するために、①日本の核兵器製造能力の完全除去(プルトニウム問題の解決)。②日本に対する核の傘の返上。③核兵器禁止条約への参加。とした。
 この和田さんの提案は、基本的なことを示したものと考えられ、現実論に立つと安倍政権、自民党政権のもとでは不可能といっていいのではないか。どうしたって「政権交代」があって、なおドラスチックな政策転換が必要となる。
  そのスピードに日本全体がついていけれるであろうかとの不安は残る。言葉以上に大きな課題だ。
 ここまで書いて、私の中ではうまく整理できていない(当然だろうが)。日朝・日韓問題、対中国・ロシア問題を含む東アジア全体を見て、それと日米関係を重ね合わせてベストの「環太平洋の政治(答え)」を引き出すのは、まさに政治力である。とりあえず私の仕事は、その政治を担える政治家を送り出すことであろうと思う。そしてささやかな冊子を通して、ミニコミの情報を伝えることであろうと思っている。

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2018年8月25日 (土)

「線量計が鳴る」中村敦夫の朗読劇

 元・原発技術者のモノローグ
 豊田市で開催された中村敦夫の朗読劇「線量計が鳴る」を観に(聴き)行った。最前列の本人の前に席を取ることができたので人一倍、感激(観劇)できたと思った。なお前日に名古屋でも開催され満席とのことだったが、今日の会場は約250席、ここでも満席であった。(実行委員会は、市政改革・とよた市民の会とGreen maman)
 まずこの企画の背景、内容の流れを見ておくと、「自らの足で取材をし、3年がかりで脚本を書き、たった一人で舞台に立ち、語る。原発の問題に真正面から向き合ったこの作品は、政治家、ジャーナリスト、作家としても活躍してきた俳優・中村敦夫さんの『表現者としての集大成』であり、ライフワークでもあります。
 背景のスクリーンにデータや専門用語が映し出され、基本を知ったうえで原発を考えることができると高い評価を得ています。」(他県別会場のチラシから)
 この朗読劇は、「啓蒙演劇」というジャンルに入る。情感に訴えて感情を揺さぶるのではなく、問題を指摘し観客を覚醒させ、新しい視野を提供する(チラシから)。15分の休憩を挟んだ「一幕四場」約2時間の公演で、元・原発技師だった老人のモノローグ(独白)として展開していく。
 (ピッ ピッ ピッ 線量計をかざしながら、一人の老人が登場)
一場:原発の町で生れ育ち原発で働き、そして原発事故ですべてを失った主人公のパーソナル・ヒストリー(個人史)
二場:原発が作られ、日本に入ってきた事情。原発の仕組み。福島事故の実態。(15分の休憩)
三場:主人公のチェルノブイリ視察体験。被曝による医学上の諸問題と現実。放射線医学界の謎。
四場:原発を動かしている本当の理由。利権に群がる原子力ムラの相関図。

 さてこの一人の老人-主人公は、原発の町で生まれ育って原発で働き、原発事故で全てを失った元原発配管技師。中村さんは福島第1原発事故後、チェルノブイリ原発事故が起きたウクライナや福島を取材で訪れ、多くの人への聞き取りなどから主人公を作り上げた。老いた元原発技師のたどった悲劇が福島弁でぼくとつと語られ、「原子力ムラ」の利権に群がる人々を告発する。(公式H・Pから)
 確かに“・・・でねぇべか”が、強い印象のある「反原発」といった言葉を和らげるような、庶民の感覚、目線で説かれているような、つまり原発の問題は、国家的問題、傲慢な企業(東電、電事連)の大罪であり、反原発運動は、特定の人たちのものではない、ここにいる「私たち」の、今の今の問題ですよ、とそれがすっと落ちてくる気がするのだった。そして何より、この「原子力発電」の問題点が網羅されているから、その鳥瞰図を見ている気さえしたのだった。
 最後に、印象に残った言葉として、「原発は覚せい剤みたいなものだった」「ホアンインアホ(保安院阿保)」の回文に会場に笑いが広がった。
 また、~原発を推進する考え方は「オウム原発真理教」と捉えると分り易い。その表の教義は「核燃料サイクル」。永遠にタダでエネルギーを作り続けることができるというマジックの信奉だ。そして裏の教義は「ボッタクリ」、それを操っているのは「原子力ムラ」「原発マフィア」あるいは「六角マフィア」だ。~(ある投稿から)
 この朗読劇をライフワークとする中村さんは取材に「原発事故が起きるまで、日本は安全神話に毒され、事故後は誰も責任を取らない。この国への公憤、義憤を込めて演じたい」と話したと言われる。
 見逃した方には、次の講演がある。
■津市(三重県)公演
日時:2018年11月1日(木) 18時30分開演
会場:三重県総合文化センター小ホール
チケット:全席自由 前売 1500円/ 当日 1800円/ 高校生以下 1000円
主催:「線量計が鳴る」津公演・上演準備会TEL・FAX:059‐224‐4495(濱口)
    Eメール 
hamag@za.ztv.ne.jp

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2018年7月21日 (土)

沖縄・山城博治さんが来名


 辺野古埋め立て前の、緊張感高まる
 「戦争をさせない1000人委員会あいち」主催の「辺野古新基地建設反対 山城さんらの裁判勝利7.21集会」が、名古屋で開かれた。
 タイトルだけからは、これまでのスタイルとあまり変わらない「沖縄連帯集会」のようであるが、実際はかなり違っていた。
 例えば、第1部では、歌と音楽「つなげよう民衆の力を」という歌舞の舞台が用意されていた。その1が、韓国の舞踊で「東海朝鮮歌舞団」と「文芸同東海支部舞踊部」のみなさんがあでやかな舞踊を見せてくれた。次に沖縄・三線で奏でる「わしたユンタクまいふなエーサー」歌と、種まきから収穫までを表現した舞踊。最後に「出前ユニットぽこあぽこ」の沖縄の闘いを中心にした歌。これらが会場の一体感を生み出し、結果として山城さんの登場の舞台の盛り上げの役割を果たした。
 私は30分前に会場入りし、会場中央、前から5列目辺りに席を取った。いわゆる「S席」である。山城さんのお顔も声もしっかりとらえることができた。
 それにしても・・・といっては失礼というか、思い違いも甚だしいといわれそうだが、壇上の山城さんは、思っていた以上に若々しく見えた。声の張りは「セミプロ」級だと思った。というのも、2015年6月23日、沖縄慰霊の日に、糸満市・魂魄の塔横で開かれた国際反戦集会で、その年の2月22日、山城さんはキャンプ・シュワブ前で抗議中に逮捕され、その後体調を崩して入院中であったが、この集会には何としてでも出なくちゃならないと(医者の許可を得て)駈け付けたその時は、抗がん剤の影響もあったであろう、元気ではあったが、やはり入院中であったこともあり、今日ほどの若々しさはなかったという、そんな記憶が残っていたからである。
 それにしても・・・がもう一つ。山城さんは、辺野古新基地建設反対運動の経過、現状、翁長知事のことそして沖縄の未来のことまで話されたが、その合間に“喝!”のような気合を入れたが、前席にいた私などその力の入った一声に思わずドキッとしたものだった。そして、なんと自ら作詞した「今こそ立ち上がろう」を歌い出すのであった。
  それはまるで「一人芝居」を演じているようであった。これを見ていて、山城さんは既に病魔との戦いに勝利していたのだと実感したのだった。
 山城さんの話は書き留められなかったが、幾つか記憶をたどると、まずキャンプ・シュワブ前の座り込みは続いているが、この闘いは若い人(20代から50代の中年層まで)の参加が少ないが、後世に伝える闘いでもあること。翁長知事は7月23日に辺野古埋め立て承認を撤回することを表明したこと。それとの関連で、8月17日?に埋め立てが始まるかもしれないから、8月6日から8月10日に第一波の、8月16日に第二波の座り込み行動を行い、さらに県民集会を開催し、翁長知事の「辺野古埋め立て承認を撤回」正式表明を支えるとした。
 安倍・中央政府の暴力と民意無視に対抗する全国運動・・・ネットに席巻されている若者が多いが、ここは「がんばれ!黄金のシルバー」「輝け!シルバーたちよ」と呼びかけたい。
 その他壇上には、主催者挨拶として、飯島慈明さん。衆院議員近藤昭一さん、閉会・まとめの挨拶を大脇雅子弁護士。また事務局から詳細は不明だが、沖縄現地行動と連動した「8・11集会」が提起された。
  そして最後に“がんばろう!”ではなく、全員で「今こそ立ち上がろう」を歌って散会した。
 

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2018年6月24日 (日)

極東最大級化した米軍基地・岩国から

 不戦へのネット第 2 回連続講座
 不戦へのネットワーク主催、連続講座「日米安保最前線 どこまで進む軍備拡大・同盟強化」の第1回は去る5月20日、「武器輸出反対全国ネットワーク代表」の杉原浩司さんを迎えて「おかしいでしょ、9条あってこの軍拡」のテーマで開かれた。
 今日の連続講座第 2 回は、「 極東最大級化した米軍基地・岩国から 」をテーマに田村順玄さん(岩国市議/ピースリンク広島・呉・岩国共同代表)の講演があった。田村さんは、「ピースサイクル全国ネット」の「応援団」のお一人であり、そのお名前はかねてから知っていたので、開会前にあいさつに伺った。
 講演の内容を大雑把にまとめると「極東最大級化した米軍基地・岩国とそのアジア戦略」「基地の変貌と市民」「市議会の動向」「沖縄の基地・辺野古計画と岩国の類似性」「田村順玄さんの奮闘」といったところであろうか。
 滑走路を1000メートル沖合に移設すれば、騒音もかなり改善されるだろうという市民の希望、期待は、あっさり裏切られた。埋め立てられた213ヘクタール、40%広くなった岩国基地は、61機の米艦載機と海兵隊機を含む120機を超える軍用機が配備され、さらに海上自衛隊の航空部隊の40機が加わり米軍と自衛隊の共同体制が整った。
 厚木基地から移ってきた艦載機の訓練FCLP(空母艦載機の陸上離着陸訓練)、CQ(空母着艦資格取得訓練)の騒音は相当なものだ。問題のオスプレイも毎日のように飛来してくるという。
 沖縄の米軍基地の辺野古新基地建設と岩国基地の機能強化は、朝鮮半島、大陸と向き合うアメリカの、東アジア戦略の最前線ということになる。京都府京丹後市袖志(経ヶ岬)にあるアメリカ軍(在日米軍)の経ヶ岬通信所が新設されたXバンドレーダー(マイクロ波を使用したミサイル防衛用早期警戒レーダー)も、その一環であろう。
 そして田村さんは指摘する。最終的には、岩国基地を、在日米軍の「ハブ基地」とする企てもある。沖縄での新たな基地建設は前に進まずとも、当面は岩国基地を使えば、問題はないという日米の安保体制がここにある、と。
 地元の住民、市議会、市長はどうであろうか。前市長の井原氏の時代には、「2期目の途中に在日米軍再編問題が浮上、市内の米軍岩国基地に厚木基地(神奈川県)から空母艦載機部隊が移転する計画であることが伝えられると、厚木基地でも問題となっていた夜間離着陸訓練 (NLP) による騒音問題などからこの計画に対する懸念を明らかにし、あわせて市民の意志を問う目的で自ら住民投票を発議して実施し、受け入れ反対が全有資格者数の過半数に達した。」
 だがその後、国の市民懐柔策が進み、少数与党の市議会とも対立し2007年の選挙で、保守系の福田良彦氏に敗れた。福田市政の「条件付き受け入れ」が進んでこんにちに至っているようだ。
 現在の市議会は、定員32人中、基地問題で与党に組みしないのは7人といわれている。田村さんは、1995年に岩国市議初当選し、2003年の合併後の新市議から4期務めてきた。今年9月の市議選には立候補しないとのことだが、一貫して基地問題に取り組んできた彼に代わる人は見つけ難いようだ。
 彼は現在、「お早う!愛宕山」新聞を発行(6月7日現在、564号)し、基地問題、騒音問題に取り組む一方、異議あり!『基地との共存』市民行動実行委員会で市民運動を担っている。
 7月1日には、岩国市役所前公園で「7・1爆音はゴメンだ 市民集会」が予定され、集会後にデモも行われる。
 田村さんが言われるように、岩国基地の問題は、沖縄の米軍基地・自衛隊基地問題や横田・立川基地ほど、列島の東方向には多く伝わっては来ないこともあったが、参加者にとって、岩国の基地強化とその存在の問題点を知って多くのことを学んだと思う。
 なお連続講座の第3回は、7月28日(日)に「攻撃とミサイル防衛の最前線 三沢基地」をテーマに、斎藤光政氏(ジャーナリスト)を講師に迎えて開かれる。

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2018年6月17日 (日)

徐台教氏による講演会

 メディア、デモ、南北・米朝関係
 映画「共犯者たち」に引き続いて、ジャーナリストで、コリアン・ポリティクスの編集長、徐台教(ソ・テギョ)氏による『韓国言論人、かく闘えり』と題した講演会が開かれた。
 メモが取り切れていないので正確さを欠くが、話の柱は「メディア闘争」「ろうそくデモ」「南北そして米朝関係」の3つだった。
 まず「メディア闘争」については、ドキュメンタリー映画「共犯者たち」で明らかにされた記者たちの闘いは「保守派」ではないムン・ジェイン(文在寅)大統領が当選したからといって、泣きつくことはなく、「正当な手続き」を重視して闘いを続けている。そしてKBS、MBC、YTN(ニュース専門テレビ局)それぞれの現状を説明された。
 闘いの核心の一つは「制度改革への挑戦」である。報道各社の理事を政府が送り込むのはおかしい。理事は市民が選ぶ、市民メディアが推薦すべきだ。そのためには、メディア自身が「独立性」「透明性」を保つべきで、「中立」であるとか「公益にかなう」はちょっと違うのではないか。
 次に2008年6月の「ろうそくデモ」デモについて、徹底した非暴力でメディアが先頭に立った。そして老若男女が参加して、“デモの歴史を変える”ようなものを目指し、野党の協力をもって李明博政権に対する批判と退陣を要求した。また、憲法改正も要求、条文の中の「国民」を「人間」と読み替え、基本権の拡大、直接民主主義、権利拡大つまり「生命権、安全権、社会的弱者の権利」などである。
 ムン・ジェイン大統領とキム・ジョンウン委員長による南北首脳会談は11年ぶりに開かれ、朝鮮半島に新たな局面を生み出した。それは平和、統一、非核化であるが、その道のりは平たんではない。まず「板門店宣言」と過去の南北合意を重視。「共同の繁栄と統一」を目指すが、「人権問題、」「開発の在り方」「民主主義」などの課題は多い。
 ムン大統領は、「朝鮮半島で反武器を使わない」とし、当面「南北連合」を提唱した。つまり和解→連合→統一という段階を踏んで平和的統一・共存を目指すのだという。
 最後に米朝関係について、6月12日の「セントーサ合意」(シンガポールのセントーサ島のホテルで開かれたのでこのように呼ぶのだという)についても話が続けられたが、多くは周知の通りである。
 ただこの歴史的な「米朝首脳会談」は、韓国(ムン大統領)の「太陽政策」の下で仲介したこと、韓国がバランサー、ストッパーの機能を果たしていることに注目。
 米朝関係は始まったばかりだが、その「非核化」「安全保障」の合意をどう見るか、果たして「意味のないものだった」あるいは「いや、意味がある」とみるか。徐さんは「署名の意味は大きい」とした。そして今後、「六者協議」の枠組みに移っていくだろうとも。
 なお「韓国に孤立の可能性」について言及があったが、理解不足だった。いずれにしても朝鮮半島問題で日韓両国が同じ目標を共有できるのか、日本は独自の外交を展開できるのかどうか、そうした観点も欠かせないだろう。

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2018年6月12日 (火)

「朝鮮半島情勢と日朝関係」講演会

 米朝首脳会談その日に
 何というタイミングであったろう、講演会「朝鮮半島と東北アジアの緊張緩和と平和に向けて」(主催:日朝教育・文化交流をすすめる愛知の会)が開かれたこの日、シンガポールでトランプ米大統領と共和国(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長の「歴史的な首脳会談」がおこなわれ、共同声明に署名、発表されたのだった。
 当初、講師に五味洋治さん(東京新聞論説委員)が予定されていたが、とても講演どころでなく、氏は社に缶詰め状態でこの米朝首脳会談の経過状況を追うこととなり、講師が変更された。
 幸いにも、この人も多忙ではあったろうが駆け付けてくれた。
 康 文成(リョム ムンソン)さん(朝鮮大学准教授)が、「朝鮮半島情勢と朝・日関係」と題して、70分ほど話をされ、それが、「米朝首脳会談」の経過的報道を補完、下支えする内容であったので、「(歴史的)6・12米朝首脳会談」を深読みする糧となった。
 康さんは、はじめに日本の言論状況(主に政府、マスコミ)は、共和国(DPRK、北朝鮮)について語るとき「独裁国家」を強調し(過ぎ)、朝鮮民族の歴史を欠落させているとした。相手と対等に向き合う時、まず相手のことをよく知ることが相互理解の前提であることは当然であろう。
 日本の教科書的歴史知識は、豊臣秀吉の朝鮮侵略1592年の文禄の役(壬辰の倭乱)、1597年の慶長の役(丁酉の倭乱)があり、江戸時代には国交回復・朝鮮通信使という良好な時代はあったものの、明治以降は、朝鮮半島を巡っての清国、ロシアと覇権を争い(朝鮮への侵略、支配)、やがて日韓併合(植民地支配)へ進んだ、というようなことだけでは知ったことにならないだろう。
 現実に戻って、日・朝(朝・日)関係を改善し、一歩前へ進めようとすれば、金正恩氏率いる「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)」は、何を達成しようとしているのかを知ることだと康さんはいう。
 私自身は感覚的ではあるけれども、隣国の韓国、共和国とは、歴史的な経過を知り、対等・友好の関係を築くことが日本の外交の柱の一つと考えてきたが、それは日本の側からの視点だけであって、地図上でも大陸の側・朝鮮半島から日本列島を見ることはほとんどなかった。
 では朝鮮(康さんは、共和国・DPRKをこのように表現をしていた。ここでは以下「朝鮮」と呼称する)の基本方針とは何かといえば、特別なことではなく「国力の強化、その方途は科学技術(人材の育成)」であり、「社会主義強国」の建設のためであるという。
 もう少し説明がいるだろう。私には全てを書ききれないが、これまで朝鮮=先軍政治(軍事優先政治)というワードが印象強くあった。しかし2013年開催の朝鮮労働党中央委員会で「並進路線」が決定された。この「並進路線」というのは、経済建設と核武力建設を並進させることに対する新たな戦略的路線とされ、金正恩第一書記(当時)は「新たな並進路線の真の優越性は、国防費を追加的に増やさなくても戦争抑止力と防衛力の効果を決定的に高めることにより、経済建設と人民生活向上に力を集中することができるとことにある」と報告したといわれている。
 端的に言えば、韓国、アメリカを念頭に、通常兵器、兵員の保持等国防費に巨費を投ずることなく、核武装、ミサイルを保持することによって、国土・国家体制の防衛、戦争の抑止力となる、ということのようだ。
 金正恩朝鮮労働党委員長は、今年の4月20日の党中央委第7期第3回総会で「並進路線」の勝利宣言を出したという。つまり一連の核実験、ミサイル発射実験の成功をもって「核の兵器化」を実現したとし、翌21日からか核実験と大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)の試射を中止した。
 そしてそのことが「4・27南北首脳会談」の実現につながり、さらに北部核実験場の廃棄、ミサイル発射台の破壊などをもって、米朝首脳会談へのレールが敷かれる方向となったといえるだろう。
 さて、話はいっきに「南北会談」「朝米首脳会談」へ飛ぶのであるが、その前に朝鮮労働党委員長という肩書を持ち、最高指導者の金正恩氏とはいったいどんな人物なのか知りたいところだ。
 1984年生まれで34歳?この若さで一国を統率し、大国アメリカの大統領とわたり合うことのできるほどの器量はどうやって育まれたのか。私は当初、陰に実力者がいて、その傀儡ではではないか(まるで韓国の歴史ドラマ“イ・サン”のような)と思ったりしていた。一応、彼の経歴を一通り読んでそれなりの段階を踏んできたことはわかるが謎も多い。ところが現実には、韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領と歴史的な会談をこなし、あれほど罵り合ったトランプ大統領とも会談をこなした。“ただものではない”といえるのか。ただ外交的には際立っても、内政面では困難を抱えたままであり、その実力は今後を見なければ断定できない面はあるにはあるだろうが。
 米朝首脳会談については簡略して書くが、康さんは予断を許さない要素を幾つか挙げた。例えばアメリカの要求「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」、朝鮮の要求「体制保証」「主権の尊重」「安全保障」がどこまで進展するか(この執筆時点では既に共同声明が発表された)、在韓米軍(少なくとも22,000人を維持)はどうなるか、米韓合同軍事演習(米空軍は4月20日、韓国空軍と15日から実施した大規模な合同戦闘訓練「マックスサンダー」)などは継続か中止か。それもあればアメリカ国内の強硬派の動向、例えば、ボルトン大統領補佐官の「リビア方式」、核放棄ではなく大量破壊兵器の放棄の「永久且つ検証可能で不可逆的」な放棄(PVID)など。
加えれば、さらに指導者が変わった場合どうなるだろう。
 最後に康さんは、「演題」にもある日本にとって対朝鮮政策はどうあるべきか、という課題にも触れたがここでは省く。それは演題の一項目というようなものではないから、私自身改めて考えてみたいと思うからだ。

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2018年6月 8日 (金)

シンポ「女たちの考える憲法」(4)

 いまは改憲の時ではない!
 コメンテーターの大脇さんは、議論の都度適切なコメントを述べていたが、そのベースにあるものは「平和的生存権」で、権力の集中の弊害から「地方自治重視」であり、条例制定権を駆使することでかなりのことが出来るとした。例えば沖縄・宜野湾市の「ノーフライ条例」の検討など。そして憲法論では、9条の1項、2項を活かしつつ「専守防衛」「非核三原則」を堅守すべきとした。
 山尾さんについては、質疑でも取り上げられた「立憲的改憲」についての発言が注目されたが、議論の中では多くは触れられなかった。私が受け止めた点は、現憲法を変えるということが第1義ではなく、「立憲主義」がまずあって改憲論に対抗する論理の構築が狙いであったと思う。特に安倍政権の「集団的自衛権行使容認」に対しては、「個別的自衛権に限定して自衛権を行使できる」とし、国民の意思で「自衛権」をコントロールする、その場合「武力行使の三要件」を明記する、みたいなことだったと思う。また憲法9条の解釈の在り方は、いかにも日本的文化(性善説)で、そこを安倍政権に突かれたといえる。私たちも思考停止してはだめだ、とも語った。
 豊明市会議員5期の山盛さんは、現憲法は「押しつけ憲法」というが、そうは思わないし押しつけだからといってどこが悪いのか。いま憲法を変えるということは「パンドラの箱」を開けるようなもので、その時期ではない。私は護憲の立場である。憲法論議から離れて、国策として「教育の無償化」「介護保険制度の改定」などは、結局地方自治体の負担、地域住民の負担になる。権限の委譲、予算権など地方自治の在り方の検討が必要との意見を述べた。

 憲法を遵守するのが「公務員」であり、「主権在民」ということは、国民の側からの意見として憲法を改正するというプロセスがあってこそだ。率直に言えば、憲法論議、改憲論議について国民はまだ目覚めていない。国民が目覚める前の、寝たままで憲法改正を発議して、採決してしまおう、国民投票にもって行こうとする安倍・自公党政権は、立憲主義、民主主義に反している。今は改憲の時ではない。
 片山議員の参加もあって、論議の核心点が幾らか明らかいなったと思うし、私たち自身がこの「憲法問題」の働きかけをもっと強める必要性を痛感した集会であった。
 以上の報告内容それぞれに誤解があるかもしれないし、欠落部分も多くあろうが、全体として、いいシンポジウムだと思った。

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2018年6月 7日 (木)

続・「平和基本法案」要項の学習

  第15回リベラル政治懇話会~講演・飯島慈明さん
 前回(3月7日)に大脇雅子さん(元参院議員、弁護士)からの提言(「平和的生存権保障基本法骨子案」)を受け「平和基本法案」要綱の、条文に踏み込んだ読み解きがほしいと、今回その執筆者のお一人、飯島慈明さん(名古屋学院大学教授、戦争させない1000人委員会事務局次長)のお話を聴いた。
  なお、「平和基本法案」は、雑誌『世界』に二つの提言(「平和基本法をつくろう」<1993年4月号>と<2005年6月号>)として掲載された。この要綱は、その後4人(前田哲男氏、飯島慈明氏、児玉克哉氏、吉岡達也氏)の執筆者の方が「第3次提言」として討論し共同作業としてまとめたものである。<2008年8月30日>
  つまり10年前(政権交代の前兆時期?)のことであるが、その時の政治状況をとらえ返し、こんにちの政治状況の中でのこの学習は意義深いものがあった。
  前段で飯島さんは、「インターネットの影響力」について、沖縄の例(保育園へ部品落下事件)から“大”であり、無視できないとした。また、旧社会党の石橋政嗣委員長の「非武装中立論」を参考資料(今とあまり変わっていない?)として紹介した。
 要綱は前文から始まるが、この種のものに「前文」がつくには珍しいという。「・・・ここに、日本国憲法の精神に則り平和基本法を定め、安全保障の目的を明示し、基本原則を確立するとともに、憲法のもとで創設維持されてきた自衛隊の改編縮小を実施することにより、真に憲法にふさわしい国民の安全保障を確立させるため、この法律を制定する。」とある。
 条文の読み解きは省くが、議論の核は二つあったと思う。一つは、「平和の理念と現実」で、もう一つは「安全保障と自衛隊の位置づけ」である。その二つの共通項は「国民の支持を得られない政策は、継続的なものとはならない」と指摘し、飯島さんはこんな例を示した。「社会党の村山首相が安保条約、自衛隊を承認せざるを得なかったのは、『批判』だけで、『対抗策』がなかったから」と。
 では現憲法の「平和」については、「前文」と「第9条」に絞られるが、第9条の理念を体現する実際の「政策」の「法案要綱」は以下の7項目。①国連中心主義、②集団的自衛権の禁止、③非核三原則、④武器輸出三原則、⑤宇宙の平和利用、⑥海外派兵の禁止、⑦文民統制、である。安倍・自民党政治と対比してみるとわかりやすいかも知れない。
 国・国民の「安全保障」については、幅広く奥深い課題があって簡単ではないが、それだからこそ現実の政策、例えば、「イラク特措法」等の海外派兵法の廃止、自衛隊装備の拡充の中止、見直し。海外の自衛隊の撤収。日米地位協定の改定、東アジアの安全保障の策定等々に向き合いっていかねばならない。そうした「政策(対案)」
は欠かせないといえる。
 「対案」の大きな課題は「自衛隊」の位置づけ、扱いであろう。憲法9条の理念・解釈からすれば、自衛隊は「憲法違反」という主張が、あながち極端、飛躍、突飛なものとは言えない。だが自衛隊は存在し、世界有数の戦力(軍事力)を持ち、5兆円を超える防衛費(軍事費)を持っていること、そして本務ではないにしろ災害時の出動に国民の支持があるのが現実である。ではどうあるべきか。
 「法案要綱」の第8条に関連するQ&A「自衛隊をどのように縮小・再編するのですか?」について、回答はまず「防衛省」を「安全保障省」に名称変更する、つまり「体を表すにふさわしい名にする」ことと、自衛隊を「安全保障隊」として、「国土警備隊」「平和待機隊」「災害救助隊」に再編し、段階的に縮小する、としている。
 問題は「国土警備隊」であろう。要綱では「日本への主権侵害行為に対処することを主たる任務とする部隊」とあり、装備も攻撃的兵器(F15⇒F35、イージス艦、空母等)は保持しないとした。陸、空は別として、現在の海上保安庁プラス、といったレベルか。在日米軍は撤退が原則であろうが、その場合の戦略的「空白」を埋めるには、自衛隊の増強ではない、やはり「外交努力」しかない。その意味では、安全保障のもう一つの柱は「外交」であり、要綱の第二章で、信頼の醸成、平和外交の原則を定めているが、政策論の領域であっても、外交官の「増員と資質の向上」の文言があってもいいかなと思った。
 質疑で私は、「無防備地区市宣言(無防備都市宣言)」(ジュネーブ諸条約追加第1議定書第59条に基づく)について質問した。その意図は、冒頭に示した「平和の理念と現実」の問題を考えるとき、この「無防備地区市宣言」は、あまりに現実離れしていると思っていたからであり、その点の考え聞きたかったわけである。大脇さんから丁寧なお答えを戴いたが、そこには無抵抗主義(非暴力・不服従・非協力)が心底にあると思った。さらに戦えば、味方にも敵方も死者が出る。殺してはいけない!ヒューマニズムの心を説かれたのだと思う。
 私は異論も反論もなかったが、「理念と現実」の乖離を改めて感じて、その「乖離」を狭める、なくすることが現代人、つまり私(たち)に務めだと思ったのであった。

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