2017年6月 6日 (火)

3度目の語り、でした

 地域共同行動の基盤形成
 今まさに「共謀罪」阻止の真っただ中。“果たして全力で戦っているだろうか”という忸怩たる思いがある一方、“かといって、アソビ呆けているわけではない”と自分を納得させている。しかし・・・、そのように個人的には対応しているとしても、安保法・緊急事態条項にしろ、この共謀罪法にしても、これを阻止しようとする側の「総力」が結集されなければ、国会で圧倒的多数を握っている安倍与党の“暴走”は阻止できない。
 1970年代後半から1990年代にかけて「地域労働運動」を進めてきた私にとって、労働運動だけでなく市民運動とも共同し、住民運動も巻き込むような「地域共同行動(総がかり的)」とその「基盤形成」が大きな目標であり、その中に、名古屋労連の運動、愛知全労協の運動も包摂されていたという認識、これが基底にあって昨日の、今年になって3回目の「語り」の機会であった。
 今回も、話の内容の概要(といっても話した内容のほぼ全て)の冊子「C&Lリンクス愛知第77号」を用意していた。それはかなり広範囲にわたっており、比較的少人数の場であったので、予め重点的に報告してほしい項目の希望を募った。しかし特に要請はなかったので、私自身の運動の“向き合い方、生き方”みたいな、やや情緒的な話から入って、それに時間費やした。というのも、参加者の顔触れからして、自己紹介的な語りとこんにち的政治状況の「序論」は省いたからでもあった。
 参加者は、第一線の活動家であり、労働運動、市民運動にも通じている人たちであったから、比較的知られていないであろうとの想定で、第1章の「愛知の地域闘争」、新幹線公害問題・沿線住民の闘い/設楽(したら)ダム建設反対運動/境川流域下水道問題/藤前干潟埋め立て問題/米軍依佐美基地撤去の運動/名古屋オリンピック誘致問題/2005年愛知万博問題/2016年の「あいちキャラバン」について重点的に話を進めた。これはあまり知られていない、ということと同時にこの愛知県全域、或いは県境を越えた、オルタナティブな「地域共同行動、総がかかり的な取り組み」の重要性を知ってほしかったためである。
 第2章の地域を巻き込んだ労働争議・運動、本来ならこの章(1)1970年代の「三菱重工・四方君を守る会」の争議・運動(2)1980年代の「名古屋労組連」が本題であろうとは思った。三菱闘争では、全国運動まで広がったことと、「4つのスローガン」が定まるまでの経緯、背景、苦悩、公然活動、非公然活動などを紹介し、名古屋労組連運動では、どちらかといえば、結成に至る「前史」を重点にしたが、全体としてはかなり端折ったものになった。
 第3章の働く者の国際連帯活動では、一昨日(4日)の場で話した内容と同じで、私の体験的なものとして世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合の4つを紹介した。そこでアメリカにおける「運動資料の保管、管理、利便性」を紹介し、対する日本のそれの貧弱さ又は意識の低さについて、ユニオン懇談会でも話が出たことと併せて話をした。また追加としてIMF・JC(交際金属労連・日本協議会)の元役員、三菱電機労組の元委員長・久野治氏が提唱した「アジア春闘論」を紹介し、私たちの運動(春闘)が国際的に見たら「身内的(自分たちの労働条件の維持向上だけに関心がある)」過ぎたのではないか、私はその話を聞いたとき“目から鱗”みたいな衝撃を受けたことを話したが、全体としてはかなりの内容は省略したものとなった。
 ここまですでに多くの時間を費やした。第4章の様々な活動の中で得た、経験と教訓など、終章の現在地点の課題も、8項目を取り上げたが多くは本文を読んでいただくことでほぼ省略した。
 最後に、4日の時と同じように、参考資料として「ATUサポート市民の会・結成宣言(2008年)」の冒頭部分を読み上げて締めとした。これは、私自身が運動にかかわってきた気持ちというかスピリッツみたいなものとして起草した経緯があったからだ。また参加者はほぼ(元)国労組合員であったこともあり、噛み合ったものになったと思っている。改めて再掲する。
 結成宣言の冒頭部分。
 「古来、労働は暮らしの中心をなし、生きる糧とし、喜びとし、人と人とのつながりの結び目としてきました。
1987年の国鉄の分割民営化は、鉄路で働く人々を分断し、退職に追いやり、職場で憎しみと競争を煽り立てただけでなく、日本の隅々まで行き渡っていた線路を断ち切りました。それは、日本人が育んできた北から南までの『和(輪)の心』を断ち、労働への畏敬と連綿と受け継がれてきた働く者の団結をも破壊してしまったといっても過言ではありません。・・・」

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2017年6月 4日 (日)

愛知の地域共同、運動の基盤形成

ささやかな経験を「語り」ました
  フィリピントヨタ労組(TMPCWA)を支援する愛知の会の第15回総会の場で、「報告 愛知における地域共同、運動の基盤形成」というタイトルで1時間弱話をした。
 前回のユニオン学校では1980年代の「名古屋労組連」の運動が中心であったが、今回は、愛知県全体につながった、地域共同行動、地域労働運動という観点から準備をした。

  第1章の愛知の地域闘争では、新幹線公害問題・沿線住民の闘い/設楽(したら)ダム建設反対運動/境川流域下水道問題/藤前干潟埋め立て問題/米軍依佐美基地撤去の運動/名古屋オリンピック誘致問題/2005年愛知万博問題/2016年の「あいちキャラバン」について、その概要を紹介した。
 県境を越えた闘い、運動例えば、四日市公害問題/中電の芦浜原発問題/長良川河口堰問題/木曽川導水路問題/ごみ処分場問題(愛岐処分場など)は、紹介だけにとどめた。また全国運動に連動して反安保・反基地闘争、三里塚闘争、労働運動、反公害運動、教育問題等も名前だけの紹介となった。
  第2章の地域を巻き込んだ労働争議・運動では、(1)1970年代の「三菱重工・四方君を守る会」の争議・運動(2)1980年代の「名古屋労組連」の運動の二つを取り上げたが、かなり端折ったものになった。
  第3章 働く者の国際連帯活動では、私の体験的なものとして世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合の4つを紹介したが内容は省略。ただ追加として、IMF・JCの元役員、三菱電機労組の元委員長・久野治氏が提唱した「アジア春闘論」を紹介した。
 第4章の様々な活動の中で得た、経験と教訓などについては、記載してあるものを読んでいただくということでほぼ全部を省略をした。
  終章の現在地点の課題も、8項目を取り上げたが多くを省略した。ただその中で先のユニオン懇談会で議論された「運動、闘いの記録、教訓・反省、経験則などの記録を残し、次世代、後世に残そう。」だけは強調した。
  最後に参考資料として「ATUサポート市民の会・結成宣言(2008年)」の冒頭部分を読み上げて締めとした。これは、私自身が運動にかかわってきた気持ちというかスピリッツみたいなものとして起草した経緯があったからだ。
  結成宣言の冒頭部分。
  「古来、労働は暮らしの中心をなし、生きる糧とし、喜びとし、人と人とのつながりの結び目としてきました。
   1987年の国鉄の分割民営化は、鉄路で働く人々を分断し、退職に追いやり、職場で憎しみと競争を煽り立てただけでなく、日本の隅々まで行き渡っていた線路を断ち切りました。それは、日本人が育んできた北から南までの『和(輪)の心』を断ち、労働への畏敬と連綿と受け継がれてきた働く者の団結をも破壊してしまったといっても過言ではありません。
ひるがえってトヨタ自動車は、1992年に策定した『基本理念』の冒頭で『内外の法およびその精神を遵守し、オ-プンでフェアな企業行動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす。』と謳っています。
   トヨタという企業がその文言そのままに、ものづくり、人づくり、社会貢献を果たしてきたなら、『自動車絶望工場』などと決して非難(揶揄)されなかったことでしょう。また、世界語にもなった「KAIZEN・カイゼン」が、非人間的な過酷な労働の代名詞にはならなかったでしょう。」(後略)

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2017年5月30日 (火)

第42回ユニオン学校

  共謀罪 現代の治安維持法許すな!
 参院での実質審議入りした「組織犯罪処罰法改正案」は、実質的に「共謀罪(テロ等準備罪を新設)」といえるが、アベ首相が言うような、「国際組織犯罪防止条約」に加盟するに必要な法律とか、この改正案なくして「東京五輪」は開催不能などと、この異常ともいえる「思い込み、執着」は一体何だろうか思ってしまう。
  そんな中での今日のテーマは「自由圧殺、現代の治安維持法許すな!」「共謀罪の危険を治安維持法被害者の視点から考える」として、西田一広氏(治安維持法国賠同盟愛知県本部代表)が80分ほど講演した。
 最初に「横浜事件」を取り上げて、治安維持法の弾圧のさわりから入った。そして、1923年に日本共産党が創立された以降の、1944年6月までの戦前の愛知で起きた、関連した弾圧事件の事例40ほどの一覧表を示した。共産党員やその同調者が狙われたのは当時としては当然であったと言えるかもしれないが、労働運動では広く逮捕され、1937年の新興仏教青年同盟弾圧、日本無産党・労組全評弾圧があり、さらに文化グループ、YMCA関連、朝鮮人キリスト者、職場での読書グループなどに至る「体制維持」に逆らうだけでなく、意見を言う、書く、広める(言論の自由)だけで検挙されるという歴史的事実を取り上げていった。
 西田氏は、この治安維持法は単なる「濫用」ではなく、ホンネ(本質)に向かって「進化」したというべきだ、といい、改めて当時はどのような体制・世の中だったか、事実を掘り起し、検証もしっかり行い、もって現在との共通点、違いを見ておくべきだ。それには戦前の治安維持法で弾圧された人たちの名誉回復、賠償が不可欠であり、この歴史の逆行を阻止する闘いを広く共同で取り組み、「人道・人権」を巡る国際的な流れ、傾向も知っておくべきだとした。ただ現実的には、弾圧された人の証言録、手記、関連資料は乏しいという。
 そのメモは取り忘れたが何人かが核心的な質問を出していた。私の中では、例えばアベの背景には「日本会議」というバックボーンというか「謀略機関」が存在しているようだが、戦前はどうであったのか、「特高」というがその元締めの元締めはどういう姿・機能・役割をしていたのか。中心人物は誰か、その組織的規模はどれほどか、といったあたりに興味を持っていたが、そこまで話題は至らなかった。
 国会の会期末までこの闘いは続く。学習と行動、広宣が欠かせないし、「マスコミ」を何とかしなければならない気持ちが高まってしようがない。

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2017年5月28日 (日)

高野 孟氏、政治を語る

 5月の、リベラル政治懇話会
 昨日の午後の、共謀罪の廃案を求める集会の後のデモを途中で抜けた私は、やや遅れて第10回リベラル政治懇話会に向かった。
 この日は最初に、去る5月16日になされた「沖縄・高江ヘリパット 愛知県警機動隊派遣」の、「住民監査請求」について、請求人は921名、代理人は32名であったが、その中心的な人物・大脇 雅子弁護士が約20分にわたって報告をされた。
 住民監査請求も、地方によって多少の違いがあるだろうが、実際に「審理」を開いて、情報開示、意見陳述、証拠調べを行って勧告による判断をし、審理結果を明らかにするという本来あるべき姿で進むことは多くないらしい。まして「住民訴訟」となると、もっと難しい状況だという。
 続いて、ジャーナリスト・高野 孟 氏の講演「安倍政治とリベラル政治勢力の課題」というテーマで約1時間半の講演があった。
 まず、過日の院内集会で沖縄の山城博治さんが不当逮捕・長期拘留の実体験から、“これは、共謀罪の先取りだった”と“証言”したという。まさに安倍は、トランプ米大統領と日米軍事同盟を進めるための国内体制固めで「共謀罪」成立を目指していると。この日米軍事同盟は、対中国政策、対「北朝鮮」政策のためのものであるが、一方のアメリカは、4月のトランプ大統領、習近平総書記会談で信頼関係を醸成しており、「北朝鮮問題」は、中国の「武力を使わずに解決」で進みつつある中、アベはその真逆で、アメリカを煽っているとさえいえると。
 安倍は口を開けば、「北」の韓国への攻撃、次に沖縄の米軍基地への攻撃だと「北の脅威」を繰り返しているが、高野氏は「北の先制攻撃はない」と断言。「なぜなら、日本攻撃のメリットは何もないからだ」と。
 このように安倍の軽挙妄動(発言)は異常とも思えるのだが、トランプも負けてはいない。「(自国防衛のための)先制攻撃の権利がある」と公言し、「北の70か所を攻撃する。全土を焼土化する」と言って憚らないから、さすがに現場・在韓米軍から“待った”がかかったという。いざ「開戦」となれば、5万の米軍、100万の韓国人の死者が出る(「北」はそれ以上)からだという。日本とて例外ではない。米軍基地のある佐世保、岩国、横田、三沢は当然ミサイル攻撃対象となる。(それよりも、首都東京だけでなく、稼働中の原発攻撃ほど脅威はない)
 安倍は、安保法を成立させる一方、外交交渉に力を入れるのではなく、国際紛争は軍事力で問題解決できると誤解しているところがる。ヘリ空母「いずも」を派遣し、共同訓練をさせて満足しているのもその一つ。だがトランプ政権の対中国政策は経済優先のようであり、中国は中国で「一帯一路」のグローバルな戦略を進めている。安倍かその背後にある影の勢力の読み違いには危険が伴っている。
 さて憲法問題では、例の安倍の「憲法9条の2項はそのまま残し、第3項として自衛隊の存在を明記する」という唐突発言は、元をたどれば、日本会議常任理事(政策委員)、日本政策研究センター代表の伊藤哲夫の発案によるものだという。到底安倍の発想力からして、ポンポン出てくるはずがないと思っていたが、このように操られていたのか。
 さて民進党の問題について一言。現在の混乱というか、ドタバタというか、蓮舫代表の下で結束できていないは、蓮舫を代表に押し上げた「リベラル派」を重用せず、例えば野田を幹事長に据えたことが挙げられると。リベラル派を怒らせてしまったと。野田は幹事長向きではない。いま憲法論で対応できるのは枝野幸男であろうと。どっちにしても外から見れば、「一丸となって安倍政権と対峙する」ことができていないのは、何といってもまずいのである。蓮舫の政治的センス、能力のほどは知らないが、とにかく代表を先頭にして、この「非常事態・危機的状況」を突破してもらわねばならない。「リベラル派よ奮起せよ」である。
 最後にびっくりするような話。自民党内に「反アベノミクス」に60人が参加しているとのこと。そこには、野田毅、野田聖子、村上誠一郎議員らの名前が見られるという。詳細は不明だが、興味深い話である。
 質疑では、「連合がネック」という話も出たが、これについては
別の機会としたい。

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2017年4月29日 (土)

米軍占領下の沖縄労働運動と抵抗の歴史

  第41回ユニオン学校・特別講座
 現地沖縄・辺野古が重大局面にある中、主催者の呼びかけは「今回のユニオン学校は米軍占領下の不利な状況でも決して屈することのなかった沖縄労働者民衆の苦闘の歴史と成果を学び、現代の沖縄連帯と反基地平和運動、労働運動の高揚を実現するために共に考えたいと思います」とあった。どこまで迫ることができたか。
 講演されたのは、南雲和夫さん(中央学院大学非常勤講師・首都圏非常勤職員組合)で、著書として、『占領下の沖縄-米軍基地と労働運動』(かもがわ出版)、『アメリカ占領下沖縄の労働史-支配と抵抗のはざまで』(みずのわ出版)などがある。
 お話は、1945年から沖縄が返還された1972年、この間即ち「米軍占領下の沖縄労働運動と抵抗の」期間でもあった。それを4期に分けて話された。
 第1期は、1945年から1951年辺りまで。アメリカの対アジア政策の転換と、対沖縄占領政策の確立の時期についてであった。それは本土も同じようなものだが、日々が食うや食わずの時期から少しずつ経済が動き出した時期ではあったが、沖縄は占領下で「無権利状態」「土地家屋の強制接収」と二重の苦闘を強いられていた。そして日本復帰運動が展開されていったのだった。奄美大島で復帰運動が盛んとなり、1953年12月に返還された。
 第2期は、1952年から1957年ころまでで、冷戦政策の確立と、対沖縄政策への波及と住民の抵抗の時期とだという。そのころは、労働運動の黎明期と、労働立法が成立していく時期でもあるのだが、生活闘争が主で労働運動はまだまだだったという黎明期。また、琉球政府(住民の自治政府組織)もできていたが、最高権力は米国民政府(USCAR)の高等弁務官の手にあった。
 そして、軍用地の接収、基地建設が本格化し、瀬長亀次郎らが登場し、弾圧を受けながら労働三法の制定(1953年7月)に奮闘、瀬長は市長選にも勝ち抜いた。
 第3期は、1958年から1964年辺りまでで、冷戦政策の修正に伴う、沖縄占領政策の軌道修正の時期だという。この時期、沖縄県祖国復帰協議会の発足、全沖労連の結成があった一方、米国民政府、国際自由労連の工作などによって分裂させられた。だが「全軍労」も参加した全沖労連と県労協の結成があったが、県労協は同盟系が分裂していった。
 第4期は、いよいよ、沖縄「返還」政策の確定と、住民闘争の高揚と祖国復帰の時期になる。まず、1965年の佐藤栄作首相の沖縄訪問1967年の佐藤・ジョンソン共同声明(基地の保持と施政権返還)と続いて、沖縄、本土での沖縄復帰運動が拡大高揚していく。そして、1968年に琉球政府立法院行政主席の公選で革新統一候補・屋良朝苗氏が圧倒的勝利を収めた。そうしたなか1968年11月にB52爆撃機が墜落事故を起こし、それに伴う抗議運動が激化していく、翌1969年の「2・4ゼネスト、B52撤去運動」への(社会党・総評の)介入があり、ゼネストは成立しなかったが、祖国復帰(1972年5月15日)実現と抗議行動(核抜き・本土並み)へと進んでいった。
 こうした経過たどりながらこんにちの状況を見れば、「本土に先駆けた『野党共闘』」は、曲折はあったが、主席選挙で勝利し、参院選、2014年の衆院選、知事選に勝利してきた。政治課題での一致点に基づく運動の必要性は誰もが認めるところだ。
 私的な経緯を言えば、私が「沖縄」を意識し始めたのは、1960年代の後半で、職場の仲間たちと学習会を持ち、その時にチューターを務めたのが始まりで、沖縄返還闘争では「佐藤訪米阻止闘争」があり、蒲田で逮捕された広島の仲間の拘置所(府中)訪問も経験した。運動にかかわる前の当時の言葉として「全軍労」「反戦地主」は印象に強く残っている。名前として瀬長亀次郎、屋良朝苗も記憶にある。沖縄訪問は、観光ではあったが、1974年が最初で「ひめゆりの塔」を訪ねた。
 2015年6月20日~23日、ピースサイクルの一員として、沖縄の高江、辺野古、普天間、嘉手納、平和祈念公園・魂魄の塔などを訪問したのは、1974年から40年経っていたのだった。

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2017年3月18日 (土)

山尾志桜里議員の国会報告

 民進党の現在とこれから
 この日は、民進党県連大会ということで、同じホテルの一室に「リベラル政治懇話会」の定例会がセットされた。
 ゲストは、山尾志桜衆院議員であったが、近藤昭一衆院議員、大脇雅子元参院議員も参席、他に久しぶりに石田芳弘元犬山市長(衆院議員)の顔も見えた。県議、市議、かつての「水曜フォーラム」のメンバーも。
 山尾さんは、この会が憲法問題について飯島慈明さんからレクチャーを受けていたと知り、国会の「憲法審査会」のメンバーでもあり、外からは知れない実情というより内情のような話もされた。自民党の改憲というものの多くは、現憲法で対応できるもの、或いは現憲法に書いてあることすら実施されていないのに、とにかく安倍の意向に沿った「改憲ありき」のようなものだ。また「1票の較差」にも触れたが、「誰でも1票行使できるのだから、それ自体に“格差”があるといえるかどうか」という論点もあろうが、私にはむしろ「選挙制度」に問題があるのではないかと思った。「原発問題では、国民に半数以上が反対して多数であるのに、国会ではそうはなっていない」つまり選挙制度に問題があることは確かだ。
 続いて山尾さんは、今日は「共謀罪」と「天皇の退位」について触れておきたいとした。共謀罪そのものについては、過去に3度も廃案になったにもかかわらず名前を「テロ等準備罪」変えようようとも中身は一緒。「テロ云々」といいながら「テロ」の文言が入っていなくてあとから付け足すなどなどずさんで危険だと。ただ問題はこのような表現・言葉の「言い換え」のよって、騙されてしまいかねない危険性を指摘された。これは市民運動の側にも認識すべきことの一つでもあろう。
 天皇の「退位」については深入りしなかったが、安倍首相は、衆院議長の取りまとめ案の骨子である「一代限り、女性宮家」については不満のようだと。まあそうだろう。そもそも昨年8月の「天皇のお言葉」自体が安倍にとって“青天の霹靂”に違いなかったのだから。
 こうした山尾さんの話の核心部分の一つに私は、「その政策に対して市民に“もっともだ”といわせたなら、その政党は支持され伸びる。そうありたいしできる」と語ったのがポイントだと思った。そこで質疑では挙手して、そのことに触れて同時に、「立憲・平和、リベラル政治」という柱がいいと思っているが、民進党内では少数派のようだし、かといって「民進党の政策はこれだ」という旗というか姿、形が見えてこない。国会議員から地方議員に至るまでその点で頑張ってほしい、みたいなことを述べた。
 最初に用意した質問は「脱原発運動でネックになっているのは実は“連合”ではないか。その連合に頼り切っているのが現在の民進。それが伸び悩んでいる原因の一つではないか」であったが、別の人から同趣旨の発言があって切り替えた。
 現在の政治、社会、経済、国際等の問題が気になる一方、ここに至ってあまり深入りしたくないという気持ちが立ちはだかるので逡巡するのであるが、こうした話を聞くたびにやはり“何か手を打たねば”と思うのである。
 なお、名古屋市長選挙についても講演の外で話題になったので、これについては別の機会にしたい。

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2017年3月 5日 (日)

公共放送を内側から見つめる

  「NHKを考える東海の会」の学習会
  昨日は、NHKを考える東海の会・連続学習会の第1回が開かれ、元NHK職員:元立命館大学教授、『みなさまのNHK』の著者津田正夫さんが「教鞭」をとった。
 津田さんについては、「みなさまのNHK~公共放送の原点から」の書評で、詳しく紹介したので省くが、ガイドでは「1月中旬の『NHK上田新体制』出発後のNHKなどの情勢を踏まえながら、著書の内容を含め、NHK問題や『市民メディア』の現在(岐阜など全国各地の『市民メディア』の現状と可能性)など、自由に報告してもらいます」とあった。
 用意されたレジュメは、A4の6枚と、切り抜きなどの資料が同じく10枚であり、「大学の講義では12時間分」のところを90分で進めます、とのことだった。
 教壇慣れと準備万端ということもあろうが、専門的用語<RDD、フェイクニュース、ファクトチェック・・・>も多く、多少の予備知識もないとちょっと難しく感じられたが、「現状」を織り交ぜることで話から“離反”することはなかった。
 さてテーマの副題に「転換期の民主主義とメディア~公共メディアの再建に向けて~」とあり、それはNHKをどうするこうするということより、世界的なマスメディアであれ、ローカルなメディアであれ、「コミュニケーション」をどうとるのか、そしてそれは、技術的な「ネットワークの構築」もあるだろうし、情報の「受けて」となるばかりでなく「発信」することの能動性も問われていると、私は感じた。
 また先の米大統領選挙での「選挙予測と大誤報」が取り上げられたが、これは例えばRDD(ランダム・デジット・ダイアリング~コンピューターで無作為に数字を組み合わせて番号を作り、電話をかけて調査する方法~)は、固定電話への質問が基礎であり、電話を持たない若者、貧困層の意見は反映されない。ということは、比率は低いかもしれないが日本でもありうることだ。また、米の民主党の支持基盤であった労働組合の、特に下層部分と未組織労働者の動向が、大統領選挙を動かしたようだが、「労働組合=民主党支持」という図式が崩れたことを意味する。
 日本の「民進党」が、ちっとも浮上しない原因の一つに、アメリカと同じ現象がかなり浸潤しているのではないか。そもそも何かといえば「連合」を頼りにするが、頼れて屹立しているのはほんの一部であって、多くは離反して“浮遊”状態にあるのではないか。まして、全就業者に対しての労働組合の組織率は17・3%(2016年)といわれているのが現状である。
 もう一つの問題として、日本の現行の「放送法」の問題がある。ここで津田さんは幾つか提起していた。大まかに言えば現行の「放送法」を「コミュニケーション基本法」へと大改編することだという。その詳細は省くが、高市総務相の「NHK厳重注意処分(2015年4月28日)」「・・・電波停止」発言(2016年2月8日)が出てくるような政権の下では難しいしあり得ないだろう。
 最後に、私たちの「情報源」は何かにかかる。他人はともかく私の場合は、新聞(現在は毎日と中日)、テレビのニュース、報道番組、パソコンからのメール情報、yahooや niftyからの拾い読み。採用していないのが、週刊誌、ワイドショー、フェイスブック・Twitterなど。スマホは持っていない。
 発信は、ブログ・MLと冊子などの「紙媒体」である。
 今日の講義は、入り口から少し入ったところだったから、できることなら、週一の4回連続くらいの設定がいいかもしれないが、そうなればそれは「夜間大学」である。そんな大学があったら、この歳でも通うことがあるかもしれない。

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2017年2月19日 (日)

老朽原発を再稼働?認めない!

  名古屋が危ない 2.19集会
 「老朽原発にレッドカードを!名古屋が危ない 2.19集会」と銘打ったこの集会は、「北村栄弁護団長×藤川誠二弁護団事務局のトーク」「川口真由美さんの歌と演奏」「中嶌哲演さんの講演」3部立てなっていて、どれも内容の濃いものとなった。
 とりわけ私が感銘を受けたのは、中嶌哲演さんの講演そのものであったが、それよりもまず「一宗教人」もっと俗っぽく言えば「お坊さんの身で」よくやってこられたなあ、ということ。プロフィルには、真言宗御室派 明通寺住職。「原発反対福井県民会議」代表委員、「原子力行政を問い直す宗教者の会」世話人、「福井から原発をとめる裁判の会」代表、本訴訟原告、とあった。内心“本職の方は大丈夫?”と思ったくらいだ。
 職業的専門家、専従者ならともかく、私たちの多くは「本業」を持っていて、それゆえ、ボランティア的な活動は、かなり限定されがちだ。私のように「仕事、家事、活動」の三頭立て馬車では、それが顕著になり「一点集中」になりがち。
 さて中嶌さんの講演は、①「フクシマ」直前に訴えていたこと。②「フクシマ」からの声。③「原発銀座・若狭」の過去と現在。④原発などを拒否し続けた小浜市民。⑤「原発ゼロ社会」をめざして。という項目があって、それぞれに資料がつけられた。わかりやすいし、“もっと知りたい”という気を起こさせた。
 その詳細は省くとして、三つの地元-原発「立地」の地元、原発事故の「被災地」となる地元、原子力発電の電気を「消費」する地元それぞれに、それぞれの認識と運動があった。そして相互に連絡を取り合い、連携し、共同することはあったと思うが、私の中では、あまり明確になっていなかったように思うし、せいぜい「別個に立って、共に討つ」というくらいだった。その点でこの講演を聞いていて、名古屋という「消費する地元」としての「脱原発」の運動のかかわり方と、立地、被害それぞれの地元へ思いを寄せることの“絆”を覚えたことは収穫だった。
 川口真由美さん(平和と反原発の歌姫;京都在住のシンガー・ソングライター)の歌もよかった。CDに収められた「想い 続ける~沖縄・平和を歌う」には、「目に焼き付いている日常~辺野古の日々」「沖縄 今こそ立ち上がろう」などと、今日は「この日は私のもの」も弾き語られた。声量も豊かで、歌詞の「想い」がよく伝わってきた。
 ちなみに、先週の日曜日には沖縄大学で、横井久美子さん(名古屋市緑区出身、国立市在住)らによる、「高江・辺野古・伊江島に連帯する平和コンサート」が開かれた。

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2017年2月 5日 (日)

緑の党東海本部の総会・2

 青木秀和さんの「講義・経済論」に興味
 昨日の総会について、つい愚痴ってしまったが、午前中に設定された記念講演で、地元の経済学研究者・青木秀和さんの講義「脱経済成長思想の可能性を探る~その思想はどうすれば国民に受け入れられるのか?~」が、非常に難しい割には、“なんとなくおもしろかった”ところがあった。
 「脱経済成長」は、緑の党の「党是」みたいな位置づけとしてある。そこで、現状がどうであって、そこから導き出される経済にあり方-それは“くらしの在り方”でもあるにだが-について深掘りしてみようというものであった。
 青木さん曰く、レジュメを示して「この内容は、大学で講義するとしても1年はかかる」代物だという。それを90分ほどで読み解くことは、説く方も大変だが、聴く方は予備知識なしなので、“なんとなく、わかったような、わからないような”あいまいなまま耳を澄ませて聴くしかなかった。
 まず「年金財政」を例にとって「経済成長がないと困る」かどうか。現実は年金支給額が保険料と国庫負担を合わせた額を上回っているから、4,8%くらいの経済成長があって、その運用益で賄うことになる。経済成長がなければ(運用益が必要額得られない場合)「年金積立金」を取り崩すことになり(現実)、それはいつの日か「枯渇」して、年金制度は破たん、崩壊する、というのが現状認識だという。
 ここで「だから、経済成長が必要だ」論が正解かというと、そうはならない。なぜなら、日本の年金制度は、高度経済成長期に設計され、「経済が成長し続ける」ことが前提になっているからだ。ここでフランスの経済学者トマ・ピケティの経済論が登場するのであるが、その理論はここでは省かれ、端的に言えば、これからの経済成長はあるとも、ないとも言えないが、かつての“バブル経済”は、むしろ“1回きり”の「例外的・特異的な期間であった」というのである。だから、経済成長を前提とした「制度」が壁にぶつかるは必定というわけである。
 もう一つ。「特異な時期(=経済成長)をもたらした要因」は何だったか。吉川 洋氏(マクロ経済学)が指摘するのは、「一人当たりの所得を上昇させるのは“イノベーション”だ。これが先進国の経済成長を生み出す源泉である(人口と経済学・中公新書)」という。ところがその技術革新自体が1945年ころをピークに減り続けているという統計結果が示された。数字で言えば、世界の年間のイノベーション件数(人口10億人当たりの数字に換算)は、1945年で19件、その後年々下降を続け、2105年時点では、1件以下と予測されている。つまり、新技術で産業を興し、経済の成長を促す手段手法には、限界が見えてきたというのである。
 それで一気に結論に近い所に飛ぶが、「現代経済成長理論の限界」論が出てくるのだがその説明は難しい。私のメモには、「エネルギー資源の枯渇、新技術の開発に限界、経済成長期のインフラの劣化による補修・維持は経済の成長にはならない、むしろ後世に“負の遺産”を残すことになる」などから、経済成長を前提とした政策は行き詰まる。「ではどんな政策を打ち出せばいいのか?」「“脱経済成長”の実体的な表現方法は、別にないのか」とあった。
 かつての蒸気機関(交通・物流)の発明、電話(通信手段)の発明など、劇的・圧倒的な技術革新はこの先にはもうないだろうという指摘には、ため息なようなものが出たのだった。
 ・・・原発事故の処理、核廃棄物の処理・保管が、後世にどれほど「負担・足枷」になるか・・・。

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2017年1月31日 (火)

自民党の憲法改正草案を斬る!(3)

 終わりに-「個人の尊厳」はない自民党案
 自民党の「憲法改正草案」の13条では「すべて国民は、人として尊重される」とあり、現憲法13条の「個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉」で「人」ではなく「個人」となっている。「人」と「個人」とどう違うのか。「人」という一般的な対象ではなく「個人の尊重」となれば、一人一人の権利、個性、主張に配慮し尊重されなければならない。憶測で言えば、「徴兵制」が出てきたとき、個人が尊重され、尊厳が保たれるとしたら、「徴兵忌避」は当然の権利となるであろう。そんな事態を想定しての「人」ではなかろうか。
 第3章 国民の権利及び義務の12条で自民党案では「・・・自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とある。現憲法では「権利は・・・乱用してはならない」とあるが自民党案では「責任及び義務が伴うこと」となり「常に」が織り込まれた。個人と権力の位置づけが逆転されていることが分かる。
 こうしたいくつかの条項を比較検討していくと、自民党の改正草案は、「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」の放棄こそ、改憲草案の本質であることが分かった。
 自民党の改正草案は、9条の「戦争の放棄」から「安全保障」という観点に重点が置かれ、それが「集団的自衛権の行使容認、海外での武力行使が可能」となることで、安部政治の狙い、本質、危険性が明らかではないか。
 断片的であれ、安部首相や閣僚の発言、官僚や自衛隊幹部の発言、自民党、維新の会と議員、財界の発言から彼らの本音、狙いがこぼれ落ちることがあるかもしれない。海外の視線、論評にも目を配り、マスコミが報じないことにも注意を向けながら、自民党の「日本国憲法改正草案」が、「葬られた過去の遺物」となるよう、広く持続的な運動を続けて行かねばならない。 了

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