2018年6月24日 (日)

極東最大級化した米軍基地・岩国から

 不戦へのネット第 2 回連続講座
 不戦へのネットワーク主催、連続講座「日米安保最前線 どこまで進む軍備拡大・同盟強化」の第1回は去る5月20日、「武器輸出反対全国ネットワーク代表」の杉原浩司さんを迎えて「おかしいでしょ、9条あってこの軍拡」のテーマで開かれた。
 今日の連続講座第 2 回は、「 極東最大級化した米軍基地・岩国から 」をテーマに田村順玄さん(岩国市議/ピースリンク広島・呉・岩国共同代表)の講演があった。田村さんは、「ピースサイクル全国ネット」の「応援団」のお一人であり、そのお名前はかねてから知っていたので、開会前にあいさつに伺った。
 講演の内容を大雑把にまとめると「極東最大級化した米軍基地・岩国とそのアジア戦略」「基地の変貌と市民」「市議会の動向」「沖縄の基地・辺野古計画と岩国の類似性」「田村順玄さんの奮闘」といったところであろうか。
 滑走路を1000メートル沖合に移設すれば、騒音もかなり改善されるだろうという市民の希望、期待は、あっさり裏切られた。埋め立てられた213ヘクタール、40%広くなった岩国基地は、61機の米艦載機と海兵隊機を含む120機を超える軍用機が配備され、さらに海上自衛隊の航空部隊の40機が加わり米軍と自衛隊の共同体制が整った。
 厚木基地から移ってきた艦載機の訓練FCLP(空母艦載機の陸上離着陸訓練)、CQ(空母着艦資格取得訓練)の騒音は相当なものだ。問題のオスプレイも毎日のように飛来してくるという。
 沖縄の米軍基地の辺野古新基地建設と岩国基地の機能強化は、朝鮮半島、大陸と向き合うアメリカの、東アジア戦略の最前線ということになる。京都府京丹後市袖志(経ヶ岬)にあるアメリカ軍(在日米軍)の経ヶ岬通信所が新設されたXバンドレーダー(マイクロ波を使用したミサイル防衛用早期警戒レーダー)も、その一環であろう。
 そして田村さんは指摘する。最終的には、岩国基地を、在日米軍の「ハブ基地」とする企てもある。沖縄での新たな基地建設は前に進まずとも、当面は岩国基地を使えば、問題はないという日米の安保体制がここにある、と。
 地元の住民、市議会、市長はどうであろうか。前市長の井原氏の時代には、「2期目の途中に在日米軍再編問題が浮上、市内の米軍岩国基地に厚木基地(神奈川県)から空母艦載機部隊が移転する計画であることが伝えられると、厚木基地でも問題となっていた夜間離着陸訓練 (NLP) による騒音問題などからこの計画に対する懸念を明らかにし、あわせて市民の意志を問う目的で自ら住民投票を発議して実施し、受け入れ反対が全有資格者数の過半数に達した。」
 だがその後、国の市民懐柔策が進み、少数与党の市議会とも対立し2007年の選挙で、保守系の福田良彦氏に敗れた。福田市政の「条件付き受け入れ」が進んでこんにちに至っているようだ。
 現在の市議会は、定員32人中、基地問題で与党に組みしないのは7人といわれている。田村さんは、1995年に岩国市議初当選し、2003年の合併後の新市議から4期務めてきた。今年9月の市議選には立候補しないとのことだが、一貫して基地問題に取り組んできた彼に代わる人は見つけ難いようだ。
 彼は現在、「お早う!愛宕山」新聞を発行(6月7日現在、564号)し、基地問題、騒音問題に取り組む一方、異議あり!『基地との共存』市民行動実行委員会で市民運動を担っている。
 7月1日には、岩国市役所前公園で「7・1爆音はゴメンだ 市民集会」が予定され、集会後にデモも行われる。
 田村さんが言われるように、岩国基地の問題は、沖縄の米軍基地・自衛隊基地問題や横田・立川基地ほど、列島の東方向には多く伝わっては来ないこともあったが、参加者にとって、岩国の基地強化とその存在の問題点を知って多くのことを学んだと思う。
 なお連続講座の第3回は、7月28日(日)に「攻撃とミサイル防衛の最前線 三沢基地」をテーマに、斎藤光政氏(ジャーナリスト)を講師に迎えて開かれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月17日 (日)

徐台教氏による講演会

 メディア、デモ、南北・米朝関係
 映画「共犯者たち」に引き続いて、ジャーナリストで、コリアン・ポリティクスの編集長、徐台教(ソ・テギョ)氏による『韓国言論人、かく闘えり』と題した講演会が開かれた。
 メモが取り切れていないので正確さを欠くが、話の柱は「メディア闘争」「ろうそくデモ」「南北そして米朝関係」の3つだった。
 まず「メディア闘争」については、ドキュメンタリー映画「共犯者たち」で明らかにされた記者たちの闘いは「保守派」ではないムン・ジェイン(文在寅)大統領が当選したからといって、泣きつくことはなく、「正当な手続き」を重視して闘いを続けている。そしてKBS、MBC、YTN(ニュース専門テレビ局)それぞれの現状を説明された。
 闘いの核心の一つは「制度改革への挑戦」である。報道各社の理事を政府が送り込むのはおかしい。理事は市民が選ぶ、市民メディアが推薦すべきだ。そのためには、メディア自身が「独立性」「透明性」を保つべきで、「中立」であるとか「公益にかなう」はちょっと違うのではないか。
 次に2008年6月の「ろうそくデモ」デモについて、徹底した非暴力でメディアが先頭に立った。そして老若男女が参加して、“デモの歴史を変える”ようなものを目指し、野党の協力をもって李明博政権に対する批判と退陣を要求した。また、憲法改正も要求、条文の中の「国民」を「人間」と読み替え、基本権の拡大、直接民主主義、権利拡大つまり「生命権、安全権、社会的弱者の権利」などである。
 ムン・ジェイン大統領とキム・ジョンウン委員長による南北首脳会談は11年ぶりに開かれ、朝鮮半島に新たな局面を生み出した。それは平和、統一、非核化であるが、その道のりは平たんではない。まず「板門店宣言」と過去の南北合意を重視。「共同の繁栄と統一」を目指すが、「人権問題、」「開発の在り方」「民主主義」などの課題は多い。
 ムン大統領は、「朝鮮半島で反武器を使わない」とし、当面「南北連合」を提唱した。つまり和解→連合→統一という段階を踏んで平和的統一・共存を目指すのだという。
 最後に米朝関係について、6月12日の「セントーサ合意」(シンガポールのセントーサ島のホテルで開かれたのでこのように呼ぶのだという)についても話が続けられたが、多くは周知の通りである。
 ただこの歴史的な「米朝首脳会談」は、韓国(ムン大統領)の「太陽政策」の下で仲介したこと、韓国がバランサー、ストッパーの機能を果たしていることに注目。
 米朝関係は始まったばかりだが、その「非核化」「安全保障」の合意をどう見るか、果たして「意味のないものだった」あるいは「いや、意味がある」とみるか。徐さんは「署名の意味は大きい」とした。そして今後、「六者協議」の枠組みに移っていくだろうとも。
 なお「韓国に孤立の可能性」について言及があったが、理解不足だった。いずれにしても朝鮮半島問題で日韓両国が同じ目標を共有できるのか、日本は独自の外交を展開できるのかどうか、そうした観点も欠かせないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月12日 (火)

「朝鮮半島情勢と日朝関係」講演会

 米朝首脳会談その日に
 何というタイミングであったろう、講演会「朝鮮半島と東北アジアの緊張緩和と平和に向けて」(主催:日朝教育・文化交流をすすめる愛知の会)が開かれたこの日、シンガポールでトランプ米大統領と共和国(北朝鮮)の金正恩朝鮮労働党委員長の「歴史的な首脳会談」がおこなわれ、共同声明に署名、発表されたのだった。
 当初、講師に五味洋治さん(東京新聞論説委員)が予定されていたが、とても講演どころでなく、氏は社に缶詰め状態でこの米朝首脳会談の経過状況を追うこととなり、講師が変更された。
 幸いにも、この人も多忙ではあったろうが駆け付けてくれた。
 康 文成(リョム ムンソン)さん(朝鮮大学准教授)が、「朝鮮半島情勢と朝・日関係」と題して、70分ほど話をされ、それが、「米朝首脳会談」の経過的報道を補完、下支えする内容であったので、「(歴史的)6・12米朝首脳会談」を深読みする糧となった。
 康さんは、はじめに日本の言論状況(主に政府、マスコミ)は、共和国(DPRK、北朝鮮)について語るとき「独裁国家」を強調し(過ぎ)、朝鮮民族の歴史を欠落させているとした。相手と対等に向き合う時、まず相手のことをよく知ることが相互理解の前提であることは当然であろう。
 日本の教科書的歴史知識は、豊臣秀吉の朝鮮侵略1592年の文禄の役(壬辰の倭乱)、1597年の慶長の役(丁酉の倭乱)があり、江戸時代には国交回復・朝鮮通信使という良好な時代はあったものの、明治以降は、朝鮮半島を巡っての清国、ロシアと覇権を争い(朝鮮への侵略、支配)、やがて日韓併合(植民地支配)へ進んだ、というようなことだけでは知ったことにならないだろう。
 現実に戻って、日・朝(朝・日)関係を改善し、一歩前へ進めようとすれば、金正恩氏率いる「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)」は、何を達成しようとしているのかを知ることだと康さんはいう。
 私自身は感覚的ではあるけれども、隣国の韓国、共和国とは、歴史的な経過を知り、対等・友好の関係を築くことが日本の外交の柱の一つと考えてきたが、それは日本の側からの視点だけであって、地図上でも大陸の側・朝鮮半島から日本列島を見ることはほとんどなかった。
 では朝鮮(康さんは、共和国・DPRKをこのように表現をしていた。ここでは以下「朝鮮」と呼称する)の基本方針とは何かといえば、特別なことではなく「国力の強化、その方途は科学技術(人材の育成)」であり、「社会主義強国」の建設のためであるという。
 もう少し説明がいるだろう。私には全てを書ききれないが、これまで朝鮮=先軍政治(軍事優先政治)というワードが印象強くあった。しかし2013年開催の朝鮮労働党中央委員会で「並進路線」が決定された。この「並進路線」というのは、経済建設と核武力建設を並進させることに対する新たな戦略的路線とされ、金正恩第一書記(当時)は「新たな並進路線の真の優越性は、国防費を追加的に増やさなくても戦争抑止力と防衛力の効果を決定的に高めることにより、経済建設と人民生活向上に力を集中することができるとことにある」と報告したといわれている。
 端的に言えば、韓国、アメリカを念頭に、通常兵器、兵員の保持等国防費に巨費を投ずることなく、核武装、ミサイルを保持することによって、国土・国家体制の防衛、戦争の抑止力となる、ということのようだ。
 金正恩朝鮮労働党委員長は、今年の4月20日の党中央委第7期第3回総会で「並進路線」の勝利宣言を出したという。つまり一連の核実験、ミサイル発射実験の成功をもって「核の兵器化」を実現したとし、翌21日からか核実験と大陸間弾道弾ミサイル(ICBM)の試射を中止した。
 そしてそのことが「4・27南北首脳会談」の実現につながり、さらに北部核実験場の廃棄、ミサイル発射台の破壊などをもって、米朝首脳会談へのレールが敷かれる方向となったといえるだろう。
 さて、話はいっきに「南北会談」「朝米首脳会談」へ飛ぶのであるが、その前に朝鮮労働党委員長という肩書を持ち、最高指導者の金正恩氏とはいったいどんな人物なのか知りたいところだ。
 1984年生まれで34歳?この若さで一国を統率し、大国アメリカの大統領とわたり合うことのできるほどの器量はどうやって育まれたのか。私は当初、陰に実力者がいて、その傀儡ではではないか(まるで韓国の歴史ドラマ“イ・サン”のような)と思ったりしていた。一応、彼の経歴を一通り読んでそれなりの段階を踏んできたことはわかるが謎も多い。ところが現実には、韓国のムン・ジェイン(文在寅)大統領と歴史的な会談をこなし、あれほど罵り合ったトランプ大統領とも会談をこなした。“ただものではない”といえるのか。ただ外交的には際立っても、内政面では困難を抱えたままであり、その実力は今後を見なければ断定できない面はあるにはあるだろうが。
 米朝首脳会談については簡略して書くが、康さんは予断を許さない要素を幾つか挙げた。例えばアメリカの要求「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」、朝鮮の要求「体制保証」「主権の尊重」「安全保障」がどこまで進展するか(この執筆時点では既に共同声明が発表された)、在韓米軍(少なくとも22,000人を維持)はどうなるか、米韓合同軍事演習(米空軍は4月20日、韓国空軍と15日から実施した大規模な合同戦闘訓練「マックスサンダー」)などは継続か中止か。それもあればアメリカ国内の強硬派の動向、例えば、ボルトン大統領補佐官の「リビア方式」、核放棄ではなく大量破壊兵器の放棄の「永久且つ検証可能で不可逆的」な放棄(PVID)など。
加えれば、さらに指導者が変わった場合どうなるだろう。
 最後に康さんは、「演題」にもある日本にとって対朝鮮政策はどうあるべきか、という課題にも触れたがここでは省く。それは演題の一項目というようなものではないから、私自身改めて考えてみたいと思うからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 8日 (金)

シンポ「女たちの考える憲法」(4)

 いまは改憲の時ではない!
 コメンテーターの大脇さんは、議論の都度適切なコメントを述べていたが、そのベースにあるものは「平和的生存権」で、権力の集中の弊害から「地方自治重視」であり、条例制定権を駆使することでかなりのことが出来るとした。例えば沖縄・宜野湾市の「ノーフライ条例」の検討など。そして憲法論では、9条の1項、2項を活かしつつ「専守防衛」「非核三原則」を堅守すべきとした。
 山尾さんについては、質疑でも取り上げられた「立憲的改憲」についての発言が注目されたが、議論の中では多くは触れられなかった。私が受け止めた点は、現憲法を変えるということが第1義ではなく、「立憲主義」がまずあって改憲論に対抗する論理の構築が狙いであったと思う。特に安倍政権の「集団的自衛権行使容認」に対しては、「個別的自衛権に限定して自衛権を行使できる」とし、国民の意思で「自衛権」をコントロールする、その場合「武力行使の三要件」を明記する、みたいなことだったと思う。また憲法9条の解釈の在り方は、いかにも日本的文化(性善説)で、そこを安倍政権に突かれたといえる。私たちも思考停止してはだめだ、とも語った。
 豊明市会議員5期の山盛さんは、現憲法は「押しつけ憲法」というが、そうは思わないし押しつけだからといってどこが悪いのか。いま憲法を変えるということは「パンドラの箱」を開けるようなもので、その時期ではない。私は護憲の立場である。憲法論議から離れて、国策として「教育の無償化」「介護保険制度の改定」などは、結局地方自治体の負担、地域住民の負担になる。権限の委譲、予算権など地方自治の在り方の検討が必要との意見を述べた。

 憲法を遵守するのが「公務員」であり、「主権在民」ということは、国民の側からの意見として憲法を改正するというプロセスがあってこそだ。率直に言えば、憲法論議、改憲論議について国民はまだ目覚めていない。国民が目覚める前の、寝たままで憲法改正を発議して、採決してしまおう、国民投票にもって行こうとする安倍・自公党政権は、立憲主義、民主主義に反している。今は改憲の時ではない。
 片山議員の参加もあって、論議の核心点が幾らか明らかいなったと思うし、私たち自身がこの「憲法問題」の働きかけをもっと強める必要性を痛感した集会であった。
 以上の報告内容それぞれに誤解があるかもしれないし、欠落部分も多くあろうが、全体として、いいシンポジウムだと思った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年6月 7日 (木)

続・「平和基本法案」要項の学習

  第15回リベラル政治懇話会~講演・飯島慈明さん
 前回(3月7日)に大脇雅子さん(元参院議員、弁護士)からの提言(「平和的生存権保障基本法骨子案」)を受け「平和基本法案」要綱の、条文に踏み込んだ読み解きがほしいと、今回その執筆者のお一人、飯島慈明さん(名古屋学院大学教授、戦争させない1000人委員会事務局次長)のお話を聴いた。
  なお、「平和基本法案」は、雑誌『世界』に二つの提言(「平和基本法をつくろう」<1993年4月号>と<2005年6月号>)として掲載された。この要綱は、その後4人(前田哲男氏、飯島慈明氏、児玉克哉氏、吉岡達也氏)の執筆者の方が「第3次提言」として討論し共同作業としてまとめたものである。<2008年8月30日>
  つまり10年前(政権交代の前兆時期?)のことであるが、その時の政治状況をとらえ返し、こんにちの政治状況の中でのこの学習は意義深いものがあった。
  前段で飯島さんは、「インターネットの影響力」について、沖縄の例(保育園へ部品落下事件)から“大”であり、無視できないとした。また、旧社会党の石橋政嗣委員長の「非武装中立論」を参考資料(今とあまり変わっていない?)として紹介した。
 要綱は前文から始まるが、この種のものに「前文」がつくには珍しいという。「・・・ここに、日本国憲法の精神に則り平和基本法を定め、安全保障の目的を明示し、基本原則を確立するとともに、憲法のもとで創設維持されてきた自衛隊の改編縮小を実施することにより、真に憲法にふさわしい国民の安全保障を確立させるため、この法律を制定する。」とある。
 条文の読み解きは省くが、議論の核は二つあったと思う。一つは、「平和の理念と現実」で、もう一つは「安全保障と自衛隊の位置づけ」である。その二つの共通項は「国民の支持を得られない政策は、継続的なものとはならない」と指摘し、飯島さんはこんな例を示した。「社会党の村山首相が安保条約、自衛隊を承認せざるを得なかったのは、『批判』だけで、『対抗策』がなかったから」と。
 では現憲法の「平和」については、「前文」と「第9条」に絞られるが、第9条の理念を体現する実際の「政策」の「法案要綱」は以下の7項目。①国連中心主義、②集団的自衛権の禁止、③非核三原則、④武器輸出三原則、⑤宇宙の平和利用、⑥海外派兵の禁止、⑦文民統制、である。安倍・自民党政治と対比してみるとわかりやすいかも知れない。
 国・国民の「安全保障」については、幅広く奥深い課題があって簡単ではないが、それだからこそ現実の政策、例えば、「イラク特措法」等の海外派兵法の廃止、自衛隊装備の拡充の中止、見直し。海外の自衛隊の撤収。日米地位協定の改定、東アジアの安全保障の策定等々に向き合いっていかねばならない。そうした「政策(対案)」
は欠かせないといえる。
 「対案」の大きな課題は「自衛隊」の位置づけ、扱いであろう。憲法9条の理念・解釈からすれば、自衛隊は「憲法違反」という主張が、あながち極端、飛躍、突飛なものとは言えない。だが自衛隊は存在し、世界有数の戦力(軍事力)を持ち、5兆円を超える防衛費(軍事費)を持っていること、そして本務ではないにしろ災害時の出動に国民の支持があるのが現実である。ではどうあるべきか。
 「法案要綱」の第8条に関連するQ&A「自衛隊をどのように縮小・再編するのですか?」について、回答はまず「防衛省」を「安全保障省」に名称変更する、つまり「体を表すにふさわしい名にする」ことと、自衛隊を「安全保障隊」として、「国土警備隊」「平和待機隊」「災害救助隊」に再編し、段階的に縮小する、としている。
 問題は「国土警備隊」であろう。要綱では「日本への主権侵害行為に対処することを主たる任務とする部隊」とあり、装備も攻撃的兵器(F15⇒F35、イージス艦、空母等)は保持しないとした。陸、空は別として、現在の海上保安庁プラス、といったレベルか。在日米軍は撤退が原則であろうが、その場合の戦略的「空白」を埋めるには、自衛隊の増強ではない、やはり「外交努力」しかない。その意味では、安全保障のもう一つの柱は「外交」であり、要綱の第二章で、信頼の醸成、平和外交の原則を定めているが、政策論の領域であっても、外交官の「増員と資質の向上」の文言があってもいいかなと思った。
 質疑で私は、「無防備地区市宣言(無防備都市宣言)」(ジュネーブ諸条約追加第1議定書第59条に基づく)について質問した。その意図は、冒頭に示した「平和の理念と現実」の問題を考えるとき、この「無防備地区市宣言」は、あまりに現実離れしていると思っていたからであり、その点の考え聞きたかったわけである。大脇さんから丁寧なお答えを戴いたが、そこには無抵抗主義(非暴力・不服従・非協力)が心底にあると思った。さらに戦えば、味方にも敵方も死者が出る。殺してはいけない!ヒューマニズムの心を説かれたのだと思う。
 私は異論も反論もなかったが、「理念と現実」の乖離を改めて感じて、その「乖離」を狭める、なくすることが現代人、つまり私(たち)に務めだと思ったのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 6日 (水)

シンポ「女たちの考える憲法」(3)


 片山さつき議員の発言から
 先に紹介した4回の「井戸端けんぽう」の内容は、レジュメとして配布され、パネリスト諸氏には事前に渡されていたものだ。私も一通り読んだ。そこに集うこと自体、なにがしかの意見を持っている、関心があるからこそで、不特定の通行人へのインタビューとは違うから、改憲に賛成にしろ、反対にしろ、それなりの内容が伴っている。そしてそれらは戦争体験から現在の「平和憲法」を変えて「戦争のできる国」にすることに反対という、かなり普遍的な意見が多くあった。片や朝鮮半島情勢、中国の海洋進出などから、自国防衛のために自衛隊の存在と任務を憲法上に位置づけることが必要だ、という正面からの意見はぶつかり合う議論があった一方、平和である現在と生活面からの「戦争悪」を語る人も多くいたようである。ただ若い女性がどれほどいたのか、どんな考えなのかはわからない。
 さて片山さんの発言であるが、党の考えそのままが殆どで、個人としてどう思うかはほとんど触れなかった。党員である以上一体であるといえばそれまでだが、やはり、突っ込まれないようなバリアーを張っての対応であったと思う。例えば、自民党は憲法改正を公約に掲げ選挙で勝利してきた、と主張するが、選挙戦では争点化しないで、もっぱら経済、景気、民主党の失政を言うばかりであったではないか。
 また、今国会で野党は「18日間、審議拒否したことは職場放棄したようなもの」というような、語気を強めて攻撃的であったが、そもそも自民党は、モリ・カケ問題、公文書改ざん、自衛隊の日報隠しなどにまともな対応をしてこなかったし、野党が要求する証人喚問についても、都合の悪いのであろう多くを拒否し続けてきた。さらに、与野党の質問時間を変えたばかりか、自民党の質問の中身は希薄というより、お粗末さこそが、国会の正常化を妨げてきたのではないのか。そうした与党側の不手際、不誠実には触れないことで、折角の片山発言も説得力欠いてしまったと思う。
 また、こことばかり「選挙では、若年層の自民党支持率は高い」と自慢げであった。数字上はそうかもしれない。だが、投票率が低いことも考えれば、若者にどんな夢、希望を持たせての数字であろうか。もっともこの件は、野党にも共通した課題ではあるが。
 (続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 4日 (月)

シンポ「女たちの考える憲法」(2)

 片山さつき議員の姿勢が議論を真摯なものにした
 主催者はこれまで出張型のミニシンポジウムというべき、~憲法!誰の都合で変えるの?~「井戸端けんぽう」を県内4か所で開催してきた。内容は省くが、第1回・常滑市「戦争をホントに防ぐの、どっちの意見?」~新春「偏見」バトル~、第2回・名古屋市瑞穂区「皆さんの体験聞かせて」~高齢者たちと一緒に戦争を考える~、第3回・半田市「誰のために変えるの?」~主権者教育と憲法と~、第4回・犬山市「憲法と近代民主主義政治」~城下町で考える~ であった。
 それらの4か所の報告の概要を示して、国会の議論だけでなく、“地域性や、多様な考えを誰にもはばかることなくいえる場所づくりで、生の声を拾いあげた『井戸端けんぽう』”そうした巷間の声を国会議員に知ってもらったうえで、憲法問題についての今を与党の立場、野党の立場、地方議員の立場から語ってもらう。そして参加者との質疑は、事前の質問用紙を集約して、それぞれ指名パネリストに問いかける、それがこのシンポの狙いのようであった。
 コーディネーターの谷岡さんは、この集会の趣旨を外さず、核心的ポイントを掴むのがうまく、その上自らの意見を織り込むという技は一流であろう。「愛知万博検討会議」を主導した時のあの強い印象が甦ったものだ。コメンテーターの大脇さんのコメントは、実に真摯で的確なものだった。かつての参院議員としての見識、現弁護士として賢察は最上で、ご高齢を全く感じさせなかった。
 余談だが、私は、メモを取るのに夢中で、A4紙4枚に書き込んでいたが、後で読み返しても自分でさえ読めない字が連なっていたのはいつもの通りで遺憾だった。それでも10のうち二つ三つは、記憶を呼び戻す効果はあるのである。
 さて、ここからはシンポジウムというよりパネルディスカッションといった方がいい議論が展開していくのであるが、やはり片山さんを軸に進行していった。
 片山参院議員・・・埼玉県出身(59)。東大法学部卒・1982年大蔵省入省(同期に佐川宣寿前国税庁長官ら)、2005年衆院1期(静岡)、2010年参院比例、現在2期目(自民党・二階派)。党政調会長代理。「南京事件はなかった」発言あり。女性の地位向上に関心が高い。日本会議、神道政治連盟等に所属。
 片山さんは最初に「一国の首相、選ばれた総理大臣に、安倍(敬称なし)は失礼ではないか」といきなりパンチを繰り出した。私が見たところ、この手の先制は「けんか慣れしている者」の常套手段。相手を威嚇すると同時に自らを奮い立たせる効果があると思ってのことだろう。もう一つ、片山さんは第一人称に終始“われわれ”を使っていた。“私たち”であろうと、どちらでも構わないのだが、私には、自民党を代表しているという自我意識の強さと“戦闘モード”に入ったとの印象を受けたのだった。それはそれで、次の言葉「お花畑で政治はできない」さらに、どこの場面だったかは忘れたが「皆さんは、自民党の憲法改正草案は読んでいないでしょうが」という挑発的な言葉もあって、それは正面から受けて立つという姿勢であろうから、この場にとっては歓迎すべきものでもあった。
 と前置きが長くなったが、実際のデスカッションのメモは取り切れていないというのが正直なところだ。
(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 2日 (土)

シンポ「女たちの考える憲法」(1)

 参考にしたい、考えたいことが盛り沢山
 「女性首長を実現する会愛知」という団体主催の、結成5周年を記念して開かれた「女たちの考える憲法」という集会が開かれた。約100人が参加した。
 まずパネリストを紹介する。山盛さちえさん(豊明市議)、山尾志桜里さん(衆院議員・立憲民主)、片山さつきさん(参院議員・自民)、大脇雅子さん(元参院議員・弁護士)、谷岡郁子さん(元参院議員・至学館学長)、総合司会は、高野史枝さん(フリーライター、主催者共同代表)という、稀なる組み合わせの顔ぶれであった。
 まずこの会を紹介しなければならない。規約の目的には「本団体の活動は愛知県、および県内の市町村に女性の首長を実現すること、および女性議員をふやすこと、並びに地域社会の発展を図ることを目的とする。」とある。
 ではどんな基本政策を掲げているのか。
まず基本中の基本中であろうか、「憲法・民主主義」を冒頭に掲げ、(1)平等、人権、平和を求め、憲法改悪に反対します。(2)市民が主体的に、政治、地域活動、教育、防災などすべての分野に参加し、市民の意見が反映される仕組みの実現をめざします、とした。以下項目だけ上げると「男女共同参画」「教育」「こころと身体の健康」「雇用・労働」「ワークライフバランス」「女性の貧困」「マイノリティ」「脱原発」の9項目。これがそのまま、女性首長候補の「選挙公約」の一部になるのだろう。
 こうした団体が主催し、上記のパネリストを見れば、与党の片山議員が、野党に取り囲まれている構図であり、それだけに参加した片山議員の勇気というか決断は、発言内容は別としてこの集会の意義を高め、成功させた要因でもあったろう。テレビ討論は別として、いわゆる選挙の際の「公開討論会」以外でこうした生の与野党の激論は滅多にないといっていい。
 そして、居並ぶ現、元の国会議員に交じって、6万8千人ほどの市の議員が、“憲法は読んだことはありません”と言いながら、国策と地方自治体の関係を国政・国会議員ににじり寄る発言も際立っていたように思った。
 この企画は、いろんな切り口を提供してくれた。今後の参考にしたいものが多々あったので、メモした限り順次追求していきたいと思っている。
 なお集会の内容に先立ち、若干気になったのが集会名「女たちの考える憲法」の「女たち」だった。憲法問題を考えるのに、女も男もあるものか、といいたいわけだが、主催者団体の企画だからだけのことなのか、憲法の条文の関心条項に違いが出るのか、男社会ともいえる国会だが、そこでの憲法問題で与野党の議論、対立に「女性の視点」からはどう映っているのか、そのコメントらしきものが出るのかどうか、それが私のもう一つの関心事であった。(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月20日 (火)

鳩山友紀夫講演会(3)

 「成熟の時代」の国のかたち
 実は鳩山さんは、「成熟の時代」の国のかたち、という、私がもっとも聞きたい部分については多くを語らなかった。時間もなかったからだろうが、著書では実に40%以上使ってこの部分を書いておられるので、ここもやはり、著書を読んでもらうしかない。
 そこで著書から、話の流れに沿った項目だけを幾つか書き留めておくこととする。第3章「成熟の時代」の国のかたち―成長戦略から、成熟戦略へ、では、民主党政権の「コンクリートから人へ」/格差社会への対応、アベノミクスの異常性/何のための成長か、成熟戦略の基本原則/東アジア地域経済統合の推進、「公正な社会」を目指す。
 第4章 脱大日本主義へ、では、「日本ナショナリズム解放路線」への危惧/一つの「解」としてのリージョナリズム、国連常任理事国を目指さない/原子力発電をやめる、東アジア共同体を目指す/自立と共生への決意。
 なお「リージョナリズム」については、反グローバリズムが自国中心のナショナリズムに陥らぬためには、グローバリズムとナショナリズムの中間のリージョナリズム(開かれた地域主義)に一つの解がある、と鳩山さんは書いている。
 40分ほどの質疑の時間では、多くの人の手が上がったが、中学生を含む7~8人が質問をした。
 私は真っ先に手を挙げ指名されたので以下の質問をした。~鳩山さんは沖縄の普天間基地問題で「普天間基地は海外へ、最低でも県外へ」とおっしゃって、沖縄の人たちはもちろん、私も感動をもって受け止めた。しかし結果はそのようにはならなかったわけですが、鳩山さんは、県外への移転について、ある程度見通しを持っておられたのではないのですか?また、朝鮮半島の情勢や対中・ロとの関係でアメリカは、戦略上沖縄の基地から海兵隊移設、基地撤去はあり得ないのではないかと考えなかったのですか?~の2点を質問した。
 私が受け止めた鳩山さんの答えは米海兵隊についてはテニアン、グァムへの移設にある程度の感触もっていたようで、県外についても奄美諸島などの構想はあったが、いち早く反対運動が起きて潰れた、ということのようだ。
 これだけのやり取りでは真相はわからないが、私が思ったのは、彼の楽天的な性格が、確かな見通し、根回しなしの情報だけで発表してしまったか、民主党政権を歓迎しない「政治力」が働いて“謀略”が図られたか(ちょっと誇大かな)そんな風に思ったのだった。
 以上、このように筋道の立った報告ではないが、著書を読みながら、当初の「この国のかたち」はどうなる、どうすべきか、という問題意識が問われる。そのヒントを鳩山さんは示してくれただろうか、について示唆を受けたことは間違いないところだ。 了

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月18日 (日)

鳩山友紀夫講演会(2)

 脱大日本主義、東アジア共同体
 先に、「アメリカファースト=ナショナリズム」が「グローバリズム」にも変化を与えていることは確かだろう、と書いたが、鳩山さんは、著書で「グローバリズム」とは、市場原理主義的な米国経済のルールを普遍的正義として世界に押し広めようとする疑似イデオロギーでした、と書いておられる。ということは、アメリカ(トランプ)は、自ら打ち出した「グローバリズム」に押し込まれ、「アメリカファースト」に転じたということだ。こうした流れ(政策)が一時的には加速するかもしれないが、永続するとは思えない。
 そこで私は、日本(安倍政権)にとって二つのことが考えられるのではないかと思った。一つは、トランプ政権が続く限り「アメリカ追従政策」が、経済面でも軍事面でも見直しが迫られることは避けられない。特に経済面では、アメリカにとって日本との貿易の不均衡(輸入超過)は、中国に次いで是正対象の上位にあると思われる。中国には関税で対処し、従順な日本には「自主規制」を求めるかもしれない。あるいは、「思いやり予算増」「アメリカ製兵器購入」をバーターするかもしれない。ここでも陰に日本の「主体性=独立」が問われるであろう。
 もう一つは、「アメリカファースト=ナショナリズム」が、東アジアにおけるアメリカの影響力(軍事的プレゼンス)が低下して、そこに日本が取って代わろうとする「代位意識」が働くのではないか、つまり「大国意識」の台頭である。この視点が正鵠を射っているかどうかは私にはわからないが、「戦前派志向の右翼勢力」にとって「大東亜共栄圏」も夢想の中にあるかもしれず、そのように考えられないこともないと思うのだ。
 もっとも鳩山さんは、そうでなくて「未来志向」として綿密な「東アジア共同体」構想を打ち出しているのである。この内容も著書を読んで戴くしかないが、そのさわりだけを紹介しておくと、「私は、東アジアに多国間の安全保障の枠組みを作ることで、東アジアの緊張を緩和し、地域覇権国家の行動を慎重にさせ、日本を含む中小国家の自立を確保する道が拓けると考えたのです。私はパックス・アメリカーナでもパックス・シニカでもない、パックス・アシアーナともいうべき東アジア秩序はありうると信じています。」
 
注1 パックス・シニカの「シニカ」は中国を指す。
 注2 「覇権国家」とは、私の記憶では、中国が当時のソ連をさして「覇権主義」といったとされる。だから中国は自からを覇権国家とは言わない。しかしここでは、一般的な意味での「覇権国家」として使われている。

 さて、東アジア共同体の「東アジア」の地域とはどこまでかは、定かではないが、ロシアは微妙なところだが、日本、(あえて)朝鮮半島、中国・台湾(表現は暫定)、フィリピン、インドシナ半島、インドネシアあたりであろうか。
 そこで問題の核心は「中国」であろう。つまり「中国は脅威か」「東アジアの平和的安定は中国、アメリカそして日本の在り方次第」という論点である。これを論ずるのは難しい。単なる軍事面、領土問題だけでなく、経済的相互関係、文化交流などの要素も加味されなければならないからだ。だが少なくとも鳩山さんの論調は、彼の外交的経験から「中国は脅威」とはとらえていない。その一例として昨年11月に習近平国家主席と会談したなかでの、周発言の例を引き合いに語った。例えば“一つの花が咲いたからといって全体が咲いたとは言えない。つまり、政策の一部が達せられたからといって中国全体が豊かになったわけではない。2020年までに貧困をなくす”と。安倍の政策と比較してみたい一つだ。そして覇権は目指さないと。
 では「尖閣列島の問題は?」も気になるところ。詳しくは著書を見ていただくが、鳩山さんは端的に「1972年の日中国交正常化」時の、田中角栄首相と周恩来首相との間で暗黙に了解した「尖閣問題棚上げ」にまで戻ればいいとした。むしろ石原都知事「尖閣買い上げ」さらに政府(野田首相・民主)による「国有化」したことが問題だと批判した。
 領土問題はフィリピン、ヴェトナムの間にもあるが、日本としては当事者間に法的拘束力を持つ「行動規範」をつくる動きがあるのだから、介入するのではなく、まして尖閣問題は、日米安保の範囲内などと挑発的対応はすべきでないとした。やはり険しくとも「共存」の道を探るべきだろう。日本は「2度と戦争をしない」と決意し実践してきたのだから。
 鳩山さんは、「共和国(北朝鮮)問題」にも触れた。実は質疑の時にも「訪朝する予定はないか、訪朝してほしい」というのもあったが、微妙な問題も含んでいるので、ここでは書き辛い。しかし印象としては「3・1集会」「3・6高野孟講演会」の論調と大きく変わらないので省く。 
続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧