2020年2月 9日 (日)

水道民営化を考える岡崎集会(2)

 民営化は利権の対象に、「命の水」を守れ
 水道の民営化問題で私が関心を寄せるのは、「ライフライン」そのものであるから当然の成り行きだ。現在の生活の中で食料を除けば、電気もガスもないと困るけれども、当面の「燃料」は何とかなるが「水」は致命的だ。清浄な「井戸」を持たない限り、池か川、海水を浄水できる家庭用浄水器が必要であり、公共の上水道に頼り切っている以上、この問題は軽視できないのである。ということは、この問題は私個人の問題でないことは自明である。
 今回の岡崎集会に150人ほどが集まり、集会そのものは「盛会」であったとしても、地方議会議員、県、市の職員などの「関係者」が来場されていたかどうか聞き及んでいないが、そこにも先々の課題が見えてくる。
 世界的にみても日本の水道事業は、「国民皆水道」と言われ、その普及率は98%(2019年現在)だという。しかも蛇口からの水がそのまま飲めるのだ。私たちはこれを「当たり前」のように思っているフシがあるが、世界的に見れば数少ない事例だそうだ。改めて有難いことだと思わずにはいられない。
   そうであるならば、この現実を未来永劫持続させていくことが現世代の義務ではあるまいか。そのことに穴をあけ崩壊させる動きがあるとするなら、何としても阻止したい。その主体は市民と行政であり、議会である。この三者の関係は今後の運動でも密接なものがある。「3者連合」が欠かせない。
 ではそもそもなぜ「水道の民営化」「水道法の改正」などという動きが出てきたのか。詳しい説明は書ききれないので省くが、「公共事業」としての水道事業は、人口減などによる需要の低下、設備の老朽化に対する費用増などが財政悪化の自治体が担いきれないこと始まりといわれる。それを「民営化」によって財政的な改善をめざすということらしい。
 では民営化によってどんなメリット、デメリットがあるのか。メリットがあるとし民営化を推進する経済界からの提言を見ると「民間流の調達・購買戦略や外注管理が可能となりコストが削減できる」などという項目がある。本当だろうか?と疑問を挟み、むしろデメリットの方が圧倒的に多いとしたのが、尾林芳匡弁護士と全国各地の「水道民営化を考える会」の人たちだ。
 こうした水道の民営化を進めた外国の事例と結果について幾つか報告された。①フィリピン・マニラ市-水道料金が4~5倍に跳ね上がった。②アメリカ・アトランタ市バックヘッド地区-水道の蛇口から茶色の水が出た。③ボリビア・コチャバン市-雨水まで有料化されて暴動が起きた。④フランス・パリ市-料金高騰に加え不透明な経営実態が問題となり、再公営化。イギリス・ロンドン市でも民営化問題で日本の運動に学び阻止しているとのこと。
 中途半端で終わりになるが、2018年12月の水道法改正は、改善ならない、広域化で地域の実情に合わない、民営化で営利本位に変質しかねない、と尾林弁護士は語っている。そして「コンセッション(concession)」という英語の意味について尾林弁護士は、一般的に「譲歩、容認、譲与されたもの」と解されているが、「使用権などの」利権、特権という意味があるとして、まさに「民営化」とは、利権の対象物と化した姿、というのである。
 もう一つ、水道民営化を推し進める水道法の改正案に反対する意見書(新潟県議会2018年10月12日)の一部を紹介すると「・・・麻生副総理は2013年4月、米シンクタンクの講演で“日本の水道すべて民営化する”」と発言した。「・・・しかしながら、コンセッション方式の導入は、災害発生時おける応急体制や他の自治体への応援体制
の整備等が民間事業者に可能か、民間事業者による水道施設の更新事業や事業運営をモニタリングする人材や技術者をどう確保するのか、などの重大な懸念があり・・・」などと指摘した。
 とりあえず名古屋市に「水道民営化」の動きはないようだが、「指定管理者制度」等の民間委託が増えているので、警戒は怠れない。 完

 

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2020年2月 8日 (土)

水道民営化を考える岡崎集会(1) 

   水は人権、公共財・・・商品ではない!
 水道民営化を考える映画と講演会が、岡崎市で開かれた。主催は「水道民営化を考える会岡崎」で、150人くらいが参加した。
映画は「どうする?日本の水道」であり、その解説記事を引用しておくと、
水がなければ私たちは生きていけません。
 水は人権であり、自治の基本です。
 日本の水道普及率は98%を超え、豊かな水源と高い技術力によって、世界有数の「飲める水道水」を誇っています。自治体が責任もって水道を運営することで、日本国憲法第25条の生存権のひとつである「公衆衛生」が保障されています。
 しかし、日本の水道は今、多くの課題を抱えています。人口減による自治体の財政難、老朽化した水道管などのインフラ、職員の高齢化・減少です。これら課題の解決策として、政府は水道事業の運営権を民間企業に売却するコンセッション方式を推奨しています。2018年12月の水道法改正にもこれを促進する内容が含まれています。「民間からの投資」は、本当に「苦難を乗り切る万能薬」なのでしょうか?
 世界では、パリ市やベルリン市など、水道再公営化を選ぶ自治体が増えています。英国では約40年間の民営化・官民連携は「失敗」と評価されました。世界に逆行するかのような日本の政策。果たして、私たちはどのような選択をすべきでしょうか? そもそも「蛇口の向こう側」を、私たちはどこまで知り、考えているでしょうか。
 全国でも率先してコンセッション方式導入を進める静岡県浜松市、宮城県での課題や市民の動き、専門家のお話や水道労働の現場から、「自治」をキーワードに私たちの「水の未来」を考えます。

   講演は、尾林芳匡(おばやしよしまさ)弁護士で東京弁護士会所属 。過労死等労災関係の事件を扱うほか、地方自治体の公務の民営化批判の講演執筆多数。 著書に『新自治体民営化と公共サービスの質』『PFI神話の崩壊』(共著)『水道の民営化・広域化を考える』(共著)など。
用意されたレジュメ「PFI法と水道民営化の問題点について」の見出しを紹介すれば、その全容が浮かんでこよう。
第1 水道の民営化を考える
1)水道とは 2)水道事業は地方公営企業 3)水道事業における民間的手法の導入に関する調査研究報告書 4)「公営企業の経営のあり方に関する研究会報告書」 5)経済界からの提言 6)世界で進む水ビジネスと再公営化 7)2018水道法改正(注:ここはかなり重点的な個所) 8)水道の民営化・広域化の事例 
第2 自治体アウトソーシングの経緯・あらまし・弊害
1)立法の経過 2)制度の相互関係 3)経済的な特徴
第3 PFIを考える PFI(Private Finance Initiative) P:民間 F:お金 I:仕様(方法)
1)関係法 2)問題点 3)事例 4)増加の鈍化と増加策としての相次ぐ法改正 5)公共サービス「産業化」の柱としてのPFI 6)PFI導入をめぐる問題 7)2018年PFI法改正
第4 公共施設等運営権(コンセッション)実施契約書の実際 
1)契約書全体の構成(浜松市の事例) 2)事業の質の担保 3)議会と民衆によるコントロールは困難 4)料金の決定 5)自治体と市民にとってメリットは乏しい
第5 提言
1)「地域の条件に応じた計画」の視点をつらぬく
2)「産業化」ではなく公共部門の維持継承こそ
3)国の技術的財政的支援は、「地域の条件に応じた計画」を支えるべき 以上。

 この水道民営化問題について私は「C&Lリンクス愛知電子版・第19号(2018年12月06日)」で ~命の「水」がアブナイ! 水道法改正案が成立!「民営」促進、水道事業の分岐点に~ と題する特集を組んだ。静岡では浜松市、岐阜では岐阜市、三重では四日市市そして愛知県は岡崎市がその対象自治体となっていて、いずれ名古屋市も提案さるかもしれないという危機感もあって参加したのだった。 (続く)

 

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2020年2月 6日 (木)

朝鮮半島情勢はどう動く?講演会

   第22回リベラル政治懇話会
 副題に「朝米関係の本質と朝鮮の新デザイン」とあり、日朝、日韓関係に関心は持ってはいたが、予備知識、事前学習のなかった私にとってはちょっと難しいと感じた今日の講演会だった。
 講師は、在日本朝鮮社会科学者協会東海支部 顧問という肩書を持つ金宗鎮(キムジョンジン)さん。もう84歳になられたというが、姿勢もピンとして声に張りがあり、「闘士」のおもかげが残っている感じであった。
 レジュメには大きくは1、在日コリアンの状況、2、2020年朝鮮の対米戦略、3、朝鮮の外交資源、自主呉の理念、金正雲委員長の新デザイン、とあったが、お話は必ずしもレジュメに沿ったものでなく、彼の思うところが湧き出て来るような感じで、メモを吐露打ちした私の手は止まったままで終わってしまった。
 その話の前提になる資料として「2016年 朝鮮労働党第7回大会」「2019年4月 最高人民会議14‐1」「2019年7月5日 労働党中央委員会」をあげられた。
 メモが取れていないから、なんとなく感じたこと、印象に残ったことだけをメモすると、まず日ごろ私たちが日本のメディアから受け取る「朝鮮民主主義人民共和国」(朝鮮又は共和国又はDPRK)の情報を一度リセットすることからはじめねばならない。それは「朝鮮」は、「核をもて遊び、先軍政治を行い、国民のくらしより核開発、ミサイルに熱心な貧しい国。日本人や韓国人を拉致するというとんでもない国」という印象付けなどである。
 拉致問題は事実、核の保有、ミサイル発射も事実、干ばつ、洪水などで農業が打撃受け、食糧不足との情報もそんなには外れてはいないだろう。そうした事実関係について私たちは、前述のようにマスメディアと政府発表の情報しか知らない。“ではなぜみなさんは、朝鮮へ行ってみようとしないのですか?みんなで行きましょうよ”と金さんは言うのである。
 また朝鮮(DPRK)にとって「核兵器」は、本来不要なものである。しかしアメリカが、韓国(日本)に軍隊を駐留させ、核を持ち込み、頻繁に軍事演習をしている事実があり、それは(イラク、アフガニスタンの例をあげるまでもなく)いつ朝鮮に侵攻してくるか警戒せざるを得ないことなのだ。そこでワシントンまで届く核兵器の開発によって、辛うじて米軍の侵略を阻止しているのだ。もし「朝米平和条約」が結ばれ、朝鮮半島から米軍が撤退すれば「朝鮮戦争」終息する。侵略の恐れがなくなったら朝鮮は「核」を放棄する。「核」は必要ないのだ。今はそれらがなされない現状である以上、朝鮮は「独自の生きる道を選んだ」と金さんは言う。
 日本人の多くが、朝鮮の核保有を非難するが、では世界唯一の被爆国日本はなぜ、「核兵器禁止条約」に調印し批准しないのか、アメリカや中国などの核保有についてなぜ口をつぐむのか?
 ・・・日本と朝鮮との関係は、まず「国交回復こそ」がその第1歩である。安倍首相は「前提条件なしで金正恩委員長と会う」といっているが、日本側に「過去の清算」に対する誠意があってはじめて会談の道が開けると金さんは言う。
 隣人同士が相手のことを知らないでは「近所付き合い」も円滑に進まないだろう。「国交回復」「平和条約締結」が平和への道、と金さんは自信を持って語った。

 

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2020年2月 2日 (日)

認知症講演会

 “あなたも関係者”の意識を持って参加
 名古屋医師会主催の「認知症講演会」が開かれたので参加した。
 もう15年ほど前になろうか、「老いの風景~本当の今日が流れていく」の著者、渡辺哲雄氏の講演会に参加したことがあり、その時は「介護する人、される人」がテーマであった。
 「認知症」は、高齢者ばかりでなく、若年層にも起こりうるとされるが、ここでは「65歳以上の5人に1人が認知症-2020年で約600万人」(内閣府資料)という現状から、それは「2020年のがん患者数、推計90万人」と比較してみても、それがいかに「他人事(ひとごと)ではない、あなた自身もなり得る」というところから話は始まったのである。
 最初の講演は「認知症ってなに?」「アルツハイマー病」「レビー小体型認知症」「アルツハイマー病なら認知症になる?」「認知症になりにくい生活」「認知症の人を理解する」と続いていったが、パワーポイントと同じ紙面が配布されていて、全体としてわかりやすい話であった。その内容は省くが、話のまとめとして、
1、 認知症は誰でもなり得る身近な病態である
2、 認知症の原因は様々:代表はアルツハイマー病
3、 認知症予備能を増やす:運動や知的活動
4、 認知症に対する誤解や偏見を持たない
5、 認知症の人を理解する:不安→寄り添い
 とあった。つまり、出来るだけ認知症にならない意識と生活・行動、それを実践する、と同時に近親者が認知症の状態になった時の対応を説いたのである。その意味では、私は単身で参加したが、夫婦、親子、兄弟姉妹のペアで参加した方がもっと効果的であったかもしれないし、名古屋市全体での開催から、各区での開催があればもっと市民に「認知」されるのではないだろうか。
 私個人が関心を持ったのは、持病との関係で認知症と間違えられやすい病態の一つとして「薬剤性認知機能低下」が挙げられたことだった。毎日8種類の薬飲であるから、無関心ではいられない。もう一つはやはり「アルツハイマー病」についてである。認知症の原因の60%を占めるというのだから。
 第2部は、「音楽で認知症を予防しよう~音楽療法のススメ~」であり、多分これは「養護老人ホーム」なんかで行われているものであろう。いくつか実施指導を受けたが、これを持ち帰って1日1種類1回でも続けられれば上出来であろうと思った。
 この日は、緑の党グリーンズジャパン東海本部の定期総会が1日かけて開催されたが、私は午前中のみに参加してからこちらにやってきたのである。一方で政治、環境問題などを議論していて、「同じ仲間」である私は「認知症」の講演に耳を傾けていたのである・・・。

 

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2020年2月 1日 (土)

猿田佐世講演会in日進

 日米外交を考える、に300人余
 まず講演をされた猿田佐世さんのプロフィールから紹介すれば、生まれは1977年、東京であるが、多くを愛知県東郷町で育ち、高校での「管理教育」のもと「おかしいと思ったら声を上げる」ということを学んだことがこんにちの「原点」であるという。早大法学部卒、2002年弁護士登録。米コロンビア大学ロースクールに学ぶ。2009年米ニューヨーク州弁護士登録。立教大学講師・沖縄国際大学特別研究員。沖縄基地問題など日本政府が届けない声を米国に伝える活動で、立憲民主党の枝野代表らの訪米団一をコーディネイトするなどの活動も。現在は新外交イニシアティブ(ND)代表を務める。
 今日の約90分の話の流れは、1、安倍・トランプ外交をふりかえる 2、日米関係の現状と問題、3、問題を生み出す日米外交の仕組み 4、「米国」では今何が起きているか 5、私たちがなすべきこと-NDの取り組み例の紹介 というもであった。
 猿田さんは割と早口、というか、短い時間で全面展開していこうとしたからであろうが、語尾が聞き取りにくいこともあって、とてもメモが追いついていかなかった。後日断片的であれ、メモから内容を起こしてみたいが、私が受けた全体の印象をいえば、猿田さんの言う日本政府の「自発的対米従属論」即ち「日本外交の貧弱」であり、「アジア諸国への接点、連携を」、提言とした「ワシントンに野党事務所を置くべき」であった。また「ワシントン拡声器」という言葉を初めて聞いたが、これは2016年12月8日付毎日新聞「オピニオン」で記事になっていたが、見落としたか、その時は関心が希薄で忘れてしまったか。
 もう一つは、「日米安保」に関するトランプの発言の背景にあるもの、さらに沖縄に関する話が随所に織り込まれていて、現時点で「辺野古埋め立てはとめられる」などに共感を覚えたのだった。
 とかく外交問題は、高度の政治感覚、情報の入手と分析力、対案の用意などを求められる気がして、言い辛い、書き辛いので、こうした講演は私には不足がちな「栄養源」である。問題は栄養としたものをエネルギーに変え、どう使い切るかであるが、答えはない・・・。

 

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2019年11月 2日 (土)

「表現の不自由展・その後」の総括集会

 活動の継続が確認されたが・・・。
   正式には、みんなで語ろう「表現の不自由展・その後」の中止と再開を!総括集会、であり50人ほどが集まった。ほとんどが「表現の不自由展・その後」の中止に抗議し、再開を求める運動にかかわった人たちで、それ自体に直接かかわらなかった私は、ちょっと居づらい気持ちになった。しかしこの場でどのように「総括」されるかに注目して参加したわけだから、とにかく「語る」ことよりも、「聞く」ことに注力した。
   主催者挨拶でメモしたのは2点。一つは、このような企画展で一旦中止が決まったものが再開された例はなかったという指摘。もう一つは、これからの問題として河村たかし名古屋市長への批判を強める、文化庁の交付金中止問題だとしたが、主催者というより個人的な問題意識かなと思った。
   次に共同代表の一人磯貝治良さん(在日コリアン文学作家)の基調的な報告も個人的な問題意識が織り込まれていたが、こんな話だったと思う。
   「表現の不自由展・その後」の中止の背景(事件)それは、自らの問題だ。「表現の自由」「民族主義」などは、現在直面している社会状況にヒットした事件といえる。「平和の少女像」等の造形表現は、文章表現する作家として文学も同じ立ち位置にあると受け止めた。
   次に今回の事件で大江健三郎の、1960年10月に日比谷公会堂で演説していた浅沼稲次郎社会党委員長が右翼少年によって刺殺されたが、小説「政治少年死す」は、その17歳の山口二矢(おとや)少年をモデルにした小説だった。それに対して右翼団体などから激しい抗議を受け、『文學界』編集部は3月号で異例の大きさでお詫び。そして「政治少年死す」の単行本化は封印された、それを想起させた。
   浅沼事件では、「一人一殺」といった右翼思想のテロリストの犯行であったが、昨今の草の根での右翼的なものは、マネゴトみたいなもので、その軽挙な言動は厄介な存在といえる。今回は「在特会」が中心だったようだが。
   昭和天皇をモチーフにした作品も攻撃の対象に発展していったが、「朝鮮ヘイト」へも発展していくだろう。
           ◇
   後半は、7つのグループに分かれて「ワークショップ」形式で、主として3つのテーマで意見を出し合った。
   1)「表現の不自由展・その後」が中止になって、何を思いましたか、何が問題でしたか。
   2)その問題は今、解決されましたか。
   3)今後、中止→再開を受けて何をすべきでしょうか。
   4)その他。
 最初に書いたように私は、中止→再開に向けた活動に参加してこなかった。さらに“後付け”のような意見も憚られたので、意見も短めであった。グループ7人の意見、発表された50人近い人の意見などをまとめることはできないので、私の意見の主旨を記すと、1)中止に至る手続きが(密室で)不明であった。しかも権力的な対応を感じた。直感的には「アベ政治の流れ」の中の事件だと感じた。2)むしろこれからが問題であろう。(なぜこんな事態になったかのさらなる検証、この事件が同じように連鎖していく危惧において)3)日本の政治全体がアブナイ!「表現の不自由展・その後」は、その一つであり、アブナイきっかけとなった。問題の核心部分を広くとらえ、個別の問題については鋭く追及していくことが求められる。4)全体として「野党」の追求が鈍かったように思う。なんでだろう。そして河村市長の言動は許しがたい、止めてもらいたいと思うが、そのことを今採り上げるつもりはない。問題を希薄にして拡散してしまうからだ。2021年は選挙では考えたい。
 なおグループごとのまとめの発表はあったが、全体としての総括内容はまとめられなかった(できないだろう)。後日発表されるかどうかも不明。それぞれでまとめるということであろう。また「県民の会」を存続させ、共同代表2人、事務局10人程度でこの運動を継続していくことが確認された。

 

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2019年10月28日 (月)

ゲノム編集食品・講演を特集

 C&Lリンクス愛知電子版・第68号
 27日の「食べない!ゲノム編集食品 河田昌東さん講演会」の、難しい内容をともかくブログに上げたが、それを基に第68号の編集に着手して今日のうちに発信した。その内容は1)食べない!ゲノム編集食品 10・27河田昌東さん講演会。2)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<10月20日~10月28日> 3)「ツネじい通信」 NO56  ダムはギャンブル、堤防強化こそが求められる。4)あとがき。シンプルに4ページ。
 あとがきでは、●本号の編集がほぼ終えたところに「ツネじい通信」第56号が届いた。その内容が生活、インフラを水害から守るダムを絡めた「治水」の話題でした。一方私は日常の食品から入って来る「ゲノム編集食品」「遺伝子組み換え食品」から身を守る話題を取り上げた●「人生百歳時代・・・」というけれど、私自身は想定できないので“誰のことを言っているのか?”と思ってしまう。なんか胡散臭い●とはいえ現実に生きているということは、致命的な病気に罹らなかった、危うい事件、事故に遭わなかった、絶望的迷妄の世界に陥りなかった、ということであろう●ではあっても、知らない、自覚できない「魔の手」が忍び寄っているのではないか、日本人の死亡原因の病気は、2位が「心疾患(心臓)」、3位が「脳血管疾患」、4位が「老衰」、5位が「肺炎」そして1位は「悪性新生物(ガン)」であるという。ガン発生のメカニズムは知らないが、多くが摂取する食品によるのではないか、とすれば「残留農薬」「様々な添加物」に加えて、「遺伝子組み換え食品」研究途上にある「ゲノム編集食品」に目がいく●遺伝的な病気もあるが、「遺伝子・ゲノム」の問題は、私たちの世代が次の世代、次の次の世代まで「連鎖被毒」を残してしまうことになる、それはいけないことなのだ。
 こうした非日常的な話題ではあるが、深刻な問題を詳しく聞かせてくれる人がこの地に居て、身近なことはとても嬉しい、ありがたいことである。

 

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2019年10月27日 (日)

食べない!いらないゲノム編集食品

   10・27河田昌東さん講演会 
 専門が分子生物学、環境科学という、今日の集会の講師の河田昌東さん。彼は、この地にあっては反原発運動、チェルノブイリ救援・中部の運動、現在は、2011年4月福島原発事故被災者の救援運動を続ける一方、遺伝子組換え食品を考える中部の会代表として、この分野で全国屈指といっていい、実践的研究者であり、市民運動家でもある。
 その河田さんの講演が今日の午後名古屋で開かれ、140人くらいが参加した。集会後「栄」の繁華街までパレードを行った。
 スライドを使った約90分の内容をまとめることは至難の業だから、簡単な流れだけをメモしておくと、まず、後述する「ゲノムの編集」のその安全性と生命倫理の問題は、「原子力発電所」の導入時と同じという。その危険性も核廃棄物の問題も、当初から指摘されていたが、「原子力の平和利用」「エネルギ-源」等とともに「安全神話」がつくられていった。この「ゲノムの編集」も、医療の世界、農・水産物などで遺伝子に操作を加え特定の遺伝子を組み込んで、動植物の性質を目的に合わせて変えたり、遺伝病の原因遺伝子を修復したりできる、経済・生産性、開発・利便性が先行している。未来にどんな不条理で取り返しのつかない、倫理に欠け、安全が脅かされる事態、それは身近なところまで来ている。日常的には「ゲノム編集を食べないこと」そのような話である。
 ゲノムについて河田さんの説明(レジュメ)によると「特定の生物の遺伝子総体を『ゲノム』という。生物の遺伝子はDNAから成り、DNAは4種類の塩基(A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミン)が糸状に連なった2本の鎖からなる。3個の塩基配列が一個のアミノ酸に対応し、DNAは酵素や筋肉などの蛋白質の設計図と呼ばれる・・・。」
 何と言うか、遺伝子に操作を加え特定の遺伝子を組み込んで、動植物の性質を目的に合わせて変えたり、遺伝病の原因遺伝子を修復したりできる、これをゲノム編集という・・・。
 では世界でどんな研究が進んでいるか、例えば中国でHIV(エイズ)に関する受精卵のゲノム編集(ロシアでも)、日本では水泳の池江選手の白血病を契機に話題に、イギリスでは2015年にリンパ性白血病で治療・・・。
 また研究分野では、豚の体内で人間の膵臓をつくる研究、サルの脳ニヒトの遺伝子を入れるとどうなるかの研究、食べ物では、GABA(アミニ酸)を使ったトマ(血圧を下げる)、小麦の品種改良、豚でゲノム編集による筋肉豚、大きくなった養殖の鯛・・・。
 まだまだこの研究は世界でしのぎを削るように続けられており、ゲノムの技術的問題、生命倫理にかかわる問題があげられるが、それ以外にも危険な「未知との遭遇」がないとは言えない。
   河田さんの今日の講演の結語は、「ゲノム編集の実用化は目前に迫っており、早急な対応策を考えねばなければならない。その為には、専門家だけでなく一般の人々もこの事実を知り、我々がゲノム編集にかかわる基準をつくらなければならない。その為に何が必要か必要でないか、を広く議論する必要がある。」とした。

 

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2019年10月24日 (木)

「表現の不自由展・その後」の中止が意味するもの

 中谷雄二弁護士の講演を聴く
 第3回あいちトリエンナーレは、10月14日に閉幕したが、「表現の不自由展・その後」の展示中止問題をめぐっては、未だ解明すべきもの何か、この「事件」の問題の重要性を再認識すること、抗議から再開まで発揮された「市民力」を維持しさらに進めること、それが今回のテーマである「表現の不自由展・その後」の中止が意味するもの、であったと思う。主催は「ユニオン学校」(CGSU:ユニオンと連帯する市民の会)でしあった。
 中谷さんの話は(私は筆記用具を忘れてメモが取れなかった)、この問題が発生した段階からかかわった中谷さんの、私たちの知らない内側・舞台裏について「初めてここで明らかにする」として、単に事実経過だけでなく、問題点とこれからの課題を示唆したものであった。明日25日名テレのインタビューを受けるということもあって、ここでは書かない内容もあるが、1)8月1日の展示を開催した段階では、会場は穏やかで、河村市長も後日になって声高に言うような感想内容は一切なかった。2)この「表現の不自由展・その後」が、これまでのいきさつからして、当然問題が生じるであろうことが予想されていた。そのための善後策も話し合われていた。3)例の「京アニメ」事件をにおわせたファクスが届いた段階での対応のドタバタ、早々の中止決定が、ネトウヨなどの行動を誘引し、菅官房長官の発言が輪をかけ、河村市長の浅慮からくる発言がさらに煽った。4)津田芸術監督の対応は、終始主体性欠け毅然とした態度をとらなかった。結局彼は、この問題で何もしなかった。彼の“功績”は、「表現の不自由展・その後」を企画したことだった。最後まで展示の遂行努力をすべきであった。5)大村知事は憲法21条の「表現の自由」を強調してはいたが、中止決定、再開までの行動は終始「右より」に気兼ねしながらの姿勢であった。わずかな期間ではあったが、再開の決断をしたことが評価していい。6)菅発言、維新の党の言動(河村市長を含む)、文化庁の交付金中止決定は戦前の「言論統制」を想起させるに十分なもので、私たちは最大限の警戒と、背景についての認識を強く持たねばならない。私たちはさらにこの問題と向き合っていく必要がある。そして最後にこの問題に関して「岩波ブックレット」として刊行の予定があるとのことであった。
 不十分ながら、こんな内容の集会であった。

 

 

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2019年10月18日 (金)

市民と野党の本気の共闘について

   中山 均新潟市議(緑の党共同代表)講演会
   「みんなが主人公の政治をつくる市民アクション@愛知3区」と「市民と野党をつなぐ会@愛知 」の共催で、「市民と野党の本気の共闘」についての講演会があり、50人余りが参加した。
 講演は中山 均新潟市議(西区・4期)で、彼は、学生時代から市民活動、さまざまな社会活動に参加。市会議員となってからは幅広い分野で市政に取り組み、全国の市民派議員と連携し、原発問題や避難者支援、平和問題などに取り組み、超党派の自治体議員連盟で共同代表や幹事を務める。「緑の党 グリーンズジャパン」共同代表。
 この日の講演は去る7月の参院選挙・新潟選挙区における、自民党有力候補を打ち破った「打越さく良選挙(無所属・立憲民主党)の、主として「市民と野党の共闘」の内実を「本気の共闘-信頼関係の構築」という視点から語った。ちなみに中山さんは、選対の事務局次長であったが、野党各党と時には連合新潟と市民グループの“結びめ”の重要な役割を担った。
 話は、参院選挙に至るまでの「前史」即ち、一般的に「保守基盤」といわれ農漁村、“裏日本”とさえ言われる県の一つ新潟で、どのような経過があったのか、そして2015年の安保法制の闘いを契機とする「野党共闘」による一連の衆院選挙、さらに知事選挙などで積み上げてきたその到達点が、7月の参院選挙、打越さく良さん当選であった。
 この講演で私が注目したことの一つは、市民と野党を共闘の“結びめ”となる人・団体の存在である。今回の選挙では「市民連合」と中山均さんということなるが、この愛知ではどうであろうか。私の記憶では、1999年と2007年の知事選挙で、共産党との“結びめ”となった人物をその成否は別にして挙げることができる。
 次に、労働団体「連合」との関係である。いうまでもなく「連合」は、共産党と明確に一線を画している。野党が共闘して自公と対決するには、共産党を外すわけにいかないが、それでは「連合」がいい顔をしない(同席しない)、場合によっては与党に組みしかねない。それをどう「調整」するか、中山さんらはそれをさばいたのである。
 とはいえ、それを愛知に置き換えた場合、成立するだろうか。「市民と野党の共闘」を追求していく限り、ついて回る課題である。「連合愛知」をトヨタ労連と中電労組が牛耳っている限り、立憲民主党と国民民主党の合流はかなり難しいといえる。もっと言えば、愛知における衆参両選挙での「野党共闘」は、「選挙に行こう」「与党候補を落選させよう」というレベルにとどまるのではないか。それでも「野党共闘」を進めていこうとするなら、知事選挙、名古屋市長選挙で、有力な「市民派候補」を擁立して各党に支援・共闘を呼び掛ける、ここから積み上げていくことが一つの道ではなかろうか。
   次の衆院選挙で与党候補に対抗する「野党統一候補」も「政党の論理」を超えなければならない。現在の選挙制度のもとでは、たとえ小選挙区で党自前の候補者を降ろしたいと思っても、比例区に集票できる保証というか戦略が立てられない限り「政党の論理」は越えられないだろう。あるいは現在与党が占めている選挙区一つ、二つを「市民派無所属」が受け持つ、候補者を擁立する戦略が必要であろう。そしてあいちトリエンナーレでの河村市長の言動で“化けの皮”がはがれた。2021年の名古屋市長選挙はいい機会でなかろうか。

 

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