2018年5月 7日 (月)

男の気持ち、生き方(154)

 断酒ではなく飲み方云々
  世間では、昨日の帰省ラッシュを最後に「5月連休が明けた」というが、わが身は、ほとんど閉じこもり状態、というか感覚的には「軟禁」状態だった。ここ10年くらいは、こんな状態が続いている。あの「連休ラッシュ」の恐怖から逃れられないからだ。多分単身だったらそうでもないとは思うのだが。そんな“老域”に来ているといえるのかもしれない。
  明けて今日、栄養管理士との面談があって、食事面でのアドバイスを受けた。緊急性はないのだが、“主夫業”のマンネリからくる栄養バランスの検証、ウエイトコントロールの現状分析、それと“酒害”について、聞きたいことがあったからだ。
  一つ大いに参考になったことがあった。それは “お酒の飲み分け”についてであった。体重増を気にするなら、カロリーの高い「蒸留酒」を控えるとよいのだそうだ。例えば焼酎、ウィスキー、ブランデー、泡盛など。一方血糖値が気になるなら、「醸造酒」は避けるべきだと。例えば、日本酒、ワイン、ビール、カクテルなど。
  これを見る限り、糖尿病者とその予備軍は、酒は“百害あって一理なし”で、“病原菌の一種”といえなくもない。もっとも古来“百薬の長”といわれているから、お酒の効用がないわけではない。これは常飲者にとって“取り付く島”に他ならない。それは別の論理(屁理屈)といわれようとも。
  そこで得た暫定的自己都合結論は、これからの夏場に向けては、ビールは避けて「焼酎60CC+ホッピー330CC」がベスト(ベストという表現に違和感があるが)といえるかも。問題は「冷酒」で、断酒ではなく他の炭水化物、糖質の控えと野菜類、海藻類の摂取ということになろうか。但しこれは家内だけであって、宴席、付き合いは対象外である、という“抜け道”は塞がれない。
  友人のみなさん、これを読んだからといって、お誘いをためらわないでください。

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2018年5月 5日 (土)

男の気持ち・生き方(153)

“こどもの日”考
 何かを思考するとき、目的意識的なことは論理的に考えることが多いと思うが、ふと思いついたときなどは、どちらかといえば経験的な思考が多いように思う。
 最近の「子どもの貧困」「子どもの虐待」「子どもの教育環境」などをテーマとすれば、当然論理的に思考を重ねることになるが、シンプルに“こどもの日”を思い巡らすと、やはり自分の “子どもの時”から掘り起こすことになる。
 一口に「子どもの日」というがその「子ども」とは幾つまでをいうのであろうか。まさか中学生になったわが子をつかまえて、「子どもの日のプレゼント」はなかろうと思う。中学生になった子どもの方も「子ども日だから、何か買って」とも言うまい。
 私自身の“子ども時代”はどうであったろうかと思い返してみるのだが、ほとんど記憶の底から引き上げられるものがない。1940年代から1950年代半ばまでの時代背景を見れば、そして我が家の経済状況を見れば、「子どもの日」も「七五三の祝い」もなかったのも、ある意味で当然であった。かすかに思い出されるのは、近くの銭湯の「菖蒲湯」に浸かったこと、一軒隣の農家の奥座敷に飾ってあった、豪華な「五段飾り」を拝むように見せて戴いたくらいであろうか。甘党の私であるが「柏餅」の記憶もない。「鯉のぼり」も、小学校の工作の時間に作ったものだけで、いまでは鯉のぼりを手にした「3年1組」のクラス写真からその記憶をたどるのみである。
 鯉のぼり、武者の鎧、兜の飾り物などの「端午の節句」も、ひな祭りの「桃の節句」も、どことなく“貴族的行事” 或いは、“お金持ちの家のこと”意識が働くようで、それなりに一家を構えた私が子どもにしたことといえば、中くらいの兜の飾りだけであった。ただ“連れ合い”はかなり入れ込んで、7メートルの鯉のぼりを立てていた。ただ立てる場所がなかったので、実家横の川の土手に立てたので、それなりに見栄えはしていたが。
 子から孫へ、その成長を願い、まっとうであってほしいと、わが足跡と重ね合わせることがないわけではないが、所詮子も孫も私とは「異なる人生」であるから、あまり関与しないのが私の向き合い方である。それが「薄情」なのか、はたまた「家訓」も何もない「一代きり」の連珠のようなものなのかは判然としないが、構わないのではないかと思っている。

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2018年4月13日 (金)

男の気持ち・生き方(152)

劣化ではなく希薄化だと思う
  先程「安保法制違憲訴訟準備集会」の報告記事をブログに書き込んだが、その時の私の心的状況を書き留めておきたい。というのもこれも加齢のせい?劣化ではなく希薄化?と思わざるを得ないのがあったからだ。
 集会後に、躊躇した挙句その場で原告となる決断をしなかったのは、自身の中に“なんか吹っ切れない、フィットしない、もやもや感”が残ったからで、なぜだろう?との思いが消えなかった。
 この経験、感覚は、過去にもあった。1997年に退職したその時以来、労働現場から離れることによって、労働運動の感覚が徐々に薄れていった、それである。主たる理由は、愛知万博反対運動にのめり込んでいったからで、2000年頃に、“やはり地域の運動に、労働運動が必要だ”との思いに至って、「C&Lリンクス愛知」を発信することによって、労働運動への復帰を試みた、その時に感じたのがこの“あれ?なんかフィットしない、もやもや感”であった。そして幾らか改善するのに数年かかったのだった。地域での「全トヨタ労組を支援する市民の会」の参画、「フィリピントヨタ労組を支援」する運動への参加、アジア太平洋労働者連帯会議(APWSL)への参画がそれであった。
 思えば、自らの中に、現場に立つ、継続する、進化させるという連環があっこそ、「方向性」が定まるのであろうが、私のような「広く、浅く」という生き方は重層化しないので、一陣の風が吹けば、表層が吹き飛ばされるようにして、感覚も希薄になっていくのではないだろうか。かてて加えて「加齢」であろうか。
 とはいえ、一方で“いま何をなすべきか”の自問に、応えようとするものは未だあるようで、それが、今年になって「立憲民主党に注力」と決めた経緯でもあろうと思う。
  その位置、感覚からも、或いは必要性からも、この訴訟が司法判断と「アベ政治 許さない」「戦争法 認めない」の波状的な運動に寄与するであろうから、後追いながら参加できるのではないかと思っている。

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2018年2月 1日 (木)

男の気持ち・生き方(151)

 思い当たることがあります
 今朝の新聞の下段、広告欄に落合陽一著「日本の再興戦略」が掲載されていたが、見出しの羅列と共に、著書の中の一文が抜粋されていた。「ポジションを取れ。批評家になるな。フェアに向き合え。手を動かせ。金を稼げ。画一的な基準を持つな。明日と明後日で考える基準を変え続けろ」と。
 実物を読んでいないし、買う予定もしていないから、言葉から勝手に想像をめぐらすだけのものであるが、思い当たることがあるので書いてみた。
<ポジションを取れ>は、普遍的な感覚だと思ってきた。何をするにしろ、その場に立たされたなら、まず周辺の状況を観察し、自分の立ち位置、役割、可能性について一通り考えてみるのは、特別なことではない気がする。問題は確信をもってファイティングポーズが取れるかどうかではないだろうか。
<批評家になるな>評論家、コメンテーター、教員といった職業があるから、この教訓は「現場」に立つ者の心得であろう。当然である。しかし、評論ではない「客観的視点」「立体的戦略」を持つことは必要である。
<フェアに向き合え>は、端的に言えば、価値観を「私利私欲」に置くな、「予断と偏見」を持つなではないだろうか。特にリーダーとなった場合、過去に学び、現実を見て、先見性を発揮して人と接することではないかと思う。
<手を動かせ>は、本文を読まないとよく分からないが、<足で稼げ>とか<考えを巡らせ>のようなことで、絶えず可能性を探せ、考えよ、を言っているのかもしれない。
<金を稼げ>これは当然にも、財産を蓄えよといっているわけではない。政治であれ、経済であれ、人を動かすとなればその為の「運転資金(軍資金)」を確保せよといっているようだ。一面的にはそうであろうが、在野の労働運動、市民運動に関わっていると、カンパ(寄付)
を集めるなど確かにそれもあるが、「ねばならない」とは思えない。資金が潤沢ならば成り立つとは限らないのだ。「人の輪広げよ」に置き換えたい。
<画一的な基準を持つな>は、運動の場では「教条主義」になるな、「上意下達」を避けて「横議横結」、「表現、発言、提案の自由」を保障せよ、と言い換えるが、権力に立ち向かう時は、「統一と団結」「意思統一」「旗幟を鮮明にする」ということもあって、その使い分けは、リーダーの才覚にあるといえるのではないだろうか。
<明日と明後日で考える基準を変え続けろ>は、下剋上の戦国時代はそうであったろうし、現在の経済では国内だけでなくグローバルな国家を巻き込んだ企業間競争、市場争奪戦の中にいれば「生き残り」はもちろん、「勝ち組」になること「利益確保」も、1日として安泰な時はないという警告であろう。在野の運動でも巨大な権力とシンクタンクを持つ国や企業などと闘う時、あらゆる知恵を絞り、駆使し、どうしたら「人が動く」かの背景、根拠を問い続けねばならないだろう。
 とまあ、思いつくままに書いたが、私の生きてきた足跡に符合したことも少しはあったかな、そう思ったのである。

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2018年1月31日 (水)

男の気持ち・生き方(150)

  「Shoganai(しょうがない)」について
 ケニア出身の環境保護活動家で、ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんは、2005年に来日して「もったいない(MOTTAINAI)」という言葉に出会い、この言葉は環境問題を考えるに重要な概念であると話したという。
 今朝の毎日新聞の「街角から」では、「Shoganai(しょうがない)」という日本語がドイツで使われているという。
 それは、2011年の東電福島第1原発の事故後、ドイツで話題になったのだという。独政府は日本の原発事故に動揺する世論に応え原発廃止を決定したが、日本では原発政策が維持された。複数の独メディアが日本人特有のあきらめ心理を表す言葉として着目したのだという。「大連立」なるかどうかの最中、議論好きなドイツ人にも、戦後最長の政権空白は疲労感とあきらめの感情を生んでいる。そんな空気を反映しての「(大連立も)しょうがない」という言葉は、日本人が幾多の災害を乗り越える中で、新たな出発点にもなってきたとでも思い巡らしているのであろうか。
 個人的にもこの“しょうがない”とか“どうしようもない”とか“ま、いいか”を日常的に使ってきている気がする。もっとも事象を前に、思考、努力なしにいきなり“しょうがない”というわけではない。一応それなりに考え、試行し、時には工作してはみるのだが、名案、解決案に至らないとき“ま、いいか、しょうがない”ということになることが多いのである。そして、あとから考えてみれば、“もう少しよく考えれば、我慢すれば、工夫すれば”少しはマシな結果が得られたであろうに、と悔やむのである。
 人生の多くは“あの時、ああすればよかった”の繰り返しであったであろうが、それがどうであれ、結局は自分の人生だから納得するほかない。しかし、人との関わりがある他事はそうはいかない。結果として“曖昧さ”を残しながら妥協することで「痛み分け」のような形で納めることもあるが、ここは孤立してでも筋を通さねばならない、ということも多々ある。政治、社会だけでなくスポーツの世界、職場、家庭
にもあると思う。
 2018年が始まって1か月が過ぎたが、“もう少しよく考えればよかったかな”がなかったか、「皆既月食」の「1月尽」に思ったのである。

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2017年12月27日 (水)

男の気持ち・生き方(149)

  孫の冬休み-孫の成長と・・・
 寝起きの遅い私のところに、珍しく下の孫二人がやってきて“トランプして・・・”という。“ごはん食べてからならいいよ、30分後で”“まだ食べていないの?”“そうだよ、朝と昼と一緒だから”
 トランプゲームはいろいろあるが、孫たちのリクエストに従って、ポーカー、7並べ、ジジ抜き(ババ抜き)、神経衰弱、スピード、坊主めくりが最後で、短時間ゲーム(ポーカー、ジジ抜、スピード、)は3回ずつ行い、他は1ゲームのみ。坊主めくりは、締めくくりで逆転のチャンスのためのもので1ゲームのみ。各ゲームの順位を合計して、最小点数を獲得した者が1位となる。
 ここで「ババ抜き」ではなく「ジジ抜き」と呼ぶのは、ジョーカーを外して、52枚のカードから抜いた1枚が「ババ」となる方式を言う。ババがいないから「ババ抜き」が正解かもしれないが。また「坊主めくり」とは、言わずと知れた「百人一首」のそのものであるが、「坊主」の代わりに絵柄の「J、Q、K」が坊主となる。(私の考案?)
 結果はそれぞれ1点差ながら小2の娘、小4の男孫そして私の順となった。
 ゲーム(機)慣れしている男孫は、スピードと神経衰弱が得意だが、今日は孫娘が神経衰弱で圧倒し26組のうち15組を取った。また孫娘は、1年ほど前の7並べでは、カードを手の打ちで見ることができず、床に並べていたのだが、今日は、手の内でさばき、勝負札を最後まで手放さず勝ちとなった。この勝負は本来私の勝ちだったが、残り2枚のカードの一枚を切り誤って逆転された。
 90分を楽しんで思ったことは、配布カードの偶然性ではなく、スピードと勝負勘・術のいる7並べはまだ同等だが、記憶力の神経衰弱では、私はもう勝てないことがはっきりした。ということで、久しぶりのトランプゲームであったが、孫たちの成長と特徴的なものをみたこともさることながら、私自身の衰えを自覚させられた方が大きかった。

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2017年12月11日 (月)

男の気持ち・生き方(148)

家事・洗濯について
 いよいよ年の瀬である。地域活動も連日のようになにがしかのものが予定されている。これについては、いつもの通り「選択的優先順位」となるが、12月については、「主催者」でない限り主夫業として「家事・私事」が優先する。
 年末行事といえば「大掃除」もその一つ。年ごとに手抜きをしてきて昨年では、玄関回り、窓ガラス、浴室が中心であった一方、引っ越しの準備もあって“捨てる”が中心であった。従って今年はその真逆。新装なったから、かなり手抜きができそうだと思っている。
 9月5日のこの欄で家事のうち「炊事」について書いた。今回は「洗濯」について。
 洗濯は、天気に関わらずほぼ毎日している。私自身はお天気次第、2日に一度でいいと思っているが、独身ではないのでそうもいかない。もし水問題が深刻であり、料金がうんと高ければ“少しためてから”と誰しも考えるであろうから、そういう思考なら今でも実行可能である・・・と私は考えるのであるが、現実は先の通りである。
 さて“洗い物”の種類は様々であるが、靴下や下着類は毎日履き替え、着替えるので性差はないが、シャツ、ブラウスなどの中着となると、おしゃれもあるかもしれない“性差”が出る。また素材にもその要因がありそうだ。女性のものはポリエステルなど化繊物が多いが、私のものはほぼ木綿ばかりである。冬場の木綿は乾きが遅い。部屋干しも避けたいので、どうしても洗濯環境の状況待ちとなる。
 冬場の洗濯はお天気と日照時間に左右されるので、本来朝8時過ぎには干しに出し、午後3時前には取り込むというのが相場であろうが、“遅寝、遅起き”の私にはとうてい無理なので、洗濯機の起動と物干しは任せて、私の仕事は取り込みと収納。厚手のものはそのまま部屋干しになることもある。
 洗剤ではいつももめる。私は「石鹸派」で一方は「中性洗剤派」。石鹸洗剤はCOOPで購入してきたが、車でないと買いに行けないこともあって、最近は中性洗剤に押され放しである。残念!
 最後に、クリーニングに出す、出さない、の感覚的・経済的差が大きいことと。それと洗濯機を長持ちさせるために、使用後に給水の元栓を閉めることを怠らないようにしている。なんでも水道の水圧が、洗濯機のパッキンを圧迫して劣化を早めるとのことで実践しているのである。

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2017年9月 5日 (火)

男の気持ち・生き方(147)

 今日の夕食は・・・
 「家事」といえば「炊事・洗濯・掃除」が定番だが、もう少し踏み込めば「家計・留守・近所」を挙げることができるかな。
 それでまず「炊事」であるが、これは「支度・仕込み(買い物)・調理・片付け」という流れになる。これら料理を“楽しみながら”できる人は、メニューを考える、レシピを見るなども楽しいに違いないが、かなり義務的になると、結構つらいものがある。予め前夜から仕込みをする場合は、既にメニューが決まっているから手順に従い、味を調えていけばいい。だから“もう一品”を考える余裕も出てくる。また、冬なら「鍋物」、夏は「麺類」といったもので素材を刻むだけでいいものは楽といえば楽である。
 今日の夕食は、その楽(手抜きに近い)な一つ「冷やし中華そば」であった。素材の麺とタレは市販のものであるから、それに「キュウリ、トマト、パプリカ、ハム、カニカマ」を刻み、マヨネーズとからしを用意するだけだった。ただそれに「錦糸たまご」を添えるのだが、唯一これだけが「調理」することになる。私のものは本格的ではないから、玉子を溶いて砂糖とお酒を適宜入れてよく混ぜ、フライパンで焼いて刻むだけ。場合によっては、別に作るレタスとかいわれ大根にカニカマをマヨネーズで和えたものを添えることもある。焼き豚を使うときもある。
 さて食事であるが、私はホッピーに枝豆が付くからまだしも、家族にはこの単品だけではテーブルはやや寂しい。お店なら「餃子」くらいは注文するだろうけれども、今夜は、昨夜の残り物の「キュウリとイカ」をごまと酢で和えたものとなった。
  「冷やし中華そば」よりもっと簡単なのが、「焼きそば」であろう。ただこれは、キャベツを刻むだけだから作るのは簡単だが、もう一品の“副食”選びに迷うことが多い。多くは「野菜(ポテト)サラダ」になるが、生ハムを添えることが多い。油を使うから、さっぱり系の「白菜の漬物」あたりが欲しいのだが、スーパーに並んでいるものは化学調味料、添加物が多いような気がして滅多に買わない。たまにデパートに行ったときに「京都の西利」の漬物を買い求めることはある。根拠はないが“少しはマシ”と思い込んでいるところがある。その時は「焼きそば」とは限らないが。
 暑い夏は、他に「ソーメン、(冷や麦)、蕎麦」なども多いが、栄養のバランスがとりづらいし、なんとなく満腹感がないので、食後にお菓子などに手を出してしまうことが多いので要注意だ。
 洗濯、掃除その他についてはまた別の機会に。

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2017年7月14日 (金)

男の気持ち・生き方(146)

 思い込みと錯誤に揺すられて
  約2週間、インターネットが遮断されたまま過ごした。テレビは未だに受信できていない。この間当然にも政治も社会も様々な運動も動いていた。九州北部の築後川水系の氾濫など豪雨災害や子どもがらみの事件、将棋の「藤井聡太」「小林麻央・ブログ」が“社会現象”になっているらしいことも。
  一方できっと入院して闘病中の方もおられよう。私は引っ越しで連日汗まみれになっていたのだが、入院中と同じような気がしていた。それは、“退院できたなら、後れを取り戻そうという気がないとは言えないが、この機会に何かとリセットしてみるのもいいかもしれない”という思いがよぎるのである。実際は、後れを取り戻すことに奔走させられるに違いないのだが、もうこの先にこうした機会は2度とないであろうから、ついでの「身辺整理」だけではもったいない気もするのである。
  思案中である。「断捨離」を「物」でなく「生き方・運動観」に当てはめてみたらどうなるだろうかと考えたりもした。しかし何のことはない。それはほとんど「ゼロ=遁世」になってしまうだろう。「物」は動かないから何とかしようもあるが、「運動」は生き物と同じであるから私の意思で何とかなるものではないからだ。またそこまでの決断も想定も今はないのも確かだ。
  それでもやはり「脱皮」するように、新しい生命体のような、新しい自分の発見に出会いたいような、集中力を注ぎ入れる「井戸掘り」を見つけたいような、そんな気持ちは断ち難い。
  段ボールに囲まれながら、ようやく机の一角にスペースを作り、パソコンと向き合っている。この間に蓄積されたメールを読みながら、ふと“その場に私はいなければならなかったのかな?”逆に言えば“私がいなくても、何のことはない”というものが大半のように思われた。CGSUを除けば、各運動の運営会議に出ていないのだから当然といえば当然なのだが。そのことよりも、そこまで“退いている自分”を知って、やや複雑な思いがしてならなかった。
  年齢だけでなく地域の「無給専従20年」は、節目だという自覚には必然性があると思っていた。多分この辺りになにがしかの“錯誤”があるのかもしれないし、一点集中できるような「井戸」が未だ見つかっていないということは、この先もあまり期待できないという思いを定めるべき時かもしれない。
  古希過ぎて、迷妄と懊悩なお深いこの頃である。

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2017年5月 6日 (土)

男の気持ち・生き方(145)

 去へのこだわりと消去
 身辺整理の一つとして、1954年から2015年までの年賀状を裁断し続けているが、一旦終えたと思っていたら、数年分が出てきて再開した。恐らく最も賀詞のやり取りの多かった時期と思われ、戴いた賀状が300枚を超える年が数年続いていたころのものだった。1枚1枚見ては名前を確かめ、時には添え書きを読むこともあって仕事はちっとも前に進まないのである。幾十年も前のものを読み返して何になる、これほどの“浪費”はないと思いつつ、それは私の人生の一部でもあったと思い返せば、まとめてポイとはいかない。
 一方で、過去にこだわりを持つことは、わが道に悔恨は多々あれども、求めて得たものはなんであったか、あるいは“姿勢”の一貫性に揺らぎがあったのかなかったのか、の思い返し(検証)にはなる。
 だがどうしても、しようがないなあと思いつつ“口惜しさ”が残るのは、私一人で完結してしまうものが殆どではあれ、「継承」するに値するものが残せているかどうかである。いや「継承云々」すること自体も考えることも無意味ではないかという葛藤みたいなものがないとは言えない。
 “子供がいて孫がいるから、残せているんじゃないの”“ああ、そういうことではなく、名を残せたかとか業績みたいなもの?”“そういうことは、自分で決めることではないでしょ。そんなことに関わるのはよしなさいよ”
 確かに・・・これも“煩悩”の一つとでもいうのだろうか。逆に修行僧ではないから、煩悩の一つや二つはあって当然、108つもあればこれは凡人とは言わないであろう、とはがき1枚から「妄想」に憑りつかれながら、一日が暮れ過去の一つがこのようにして消えていった。自ら消去できることを良しとして。

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