2017年11月 3日 (金)

文化の日の改称運動があるなんて

 復古主義はここまでも
 今朝の毎日新聞の社説 「文化の日の改称運動 復古主義と重なる危うさ」を読んで驚くとともに、敵は「深く静かに潜航」していたと気づかされた。
 敵とは、憲法改悪(明治憲法=帝国憲法へ回帰)を進める「右翼(右派)」総体である。そこには、安倍首相や安倍に追従する稲田朋美元防衛相をはじめ全ての政治家、学者・文化人、日本会議などの右翼団体を言う。そして「文化の日の改称運動」とは、戦前の11月3日は「明治節」と呼ばれる祝日だったので、「文化の日」を今一度明治天皇の誕生日に由来する「明治節」に復活させようというものである。
 私(たち)はこれまで、1945年を起点とする、先の大戦の反省、教訓をもって「平和憲法の下、平和国家の新生日本」をこのまま発展的に進んでいく道を最良としてきた。さらに「いろんな考えがあっていい」という「多様性」を重んじるいわば「デモクラシー」の原点に立つことを心がけてきたと思う。そうした「許容」は、民主主義の熟度、民度に支えられるという一種の“危うさ”がないでもないと、薄々感じてはいたが、それはもっぱら「政治的、社会的」な観点からではなかったかと思う。
 しかし、安倍内閣の登場と「2020東京五輪」が重なることによって、「にっぽん、ニッポン、日本・・・」の大合唱と「挙国一致」「大和魂」「優秀選手の発掘」といった、スポーツの世界から、思想的コントロール(国家的支配の強化)の警戒を薄々感じてはいたが・・・。
 そして今回は、「文化の日」がターゲットになっていると知った。かつて11月23日の「勤労感謝の日」が、飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まった「新嘗祭(にいなめさい)」であったとか、或いは2月11日の「建国記念の日」が、廃止されたが『日本書紀』にある神武天皇が即位したとされる日「紀元節」といわれていること。このような祭日そのものが「復古」されかねない動き、天皇中心の明治憲法の復古を単に「懐古主義」と侮ってはいけない、事態は時々刻々、深く静かに潜航していることを改めて知らされたのであった。

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2017年9月12日 (火)

踏み躙られた「チビチリガマ」

 怒り!時代の変化の兆しか
 沖縄県読谷村の「チビチリガマ」に私は、2015年6月22日「沖縄ピースサイクル」に参加した折に訪れた。その時案内してくれたのが元村議で僧侶、民宿「何我舎(ヌーガヤー)」の知花昌一さんであった。その時の知花さんお話によると、150人がここに逃れ、そのうち85人が亡くなったという。以下がその時のレポート。
   シムクガマとチビチリガマ
 朝食前の朝7時半、歩いて7~8分ほど先の「シムクガマ」に向かった。洞窟に向かう途中に「ハブに注意」の立札が幾つもあった。ここは1500人ほどが、戦火を逃れた場所というが、洞窟の中央に小さな川が流れているとはいえ、入口あたりはともかく、奥まった場所は、(まだ奥に続いてはいたが)暗くて狭くてごつごつした岩場でどんな寝食の状況であったのだろう。
 島の形を変えるような艦砲射撃、圧倒的な物量の米軍の上陸と悲惨の極みとなった地上戦、戦場に駆り出され、逃げ場を失う住民、そして無数のガマに追いやられた状況は、「沖縄戦」の一言では見えてこない。こうして現場に来るほかないのである。この後もチビチリガマ、アブラチガマを見て回ることになるが、絶句するのみである。(中略)
 9時になって「何我舎(ヌーガヤー)」を出発、知花さんの案内で「チビチリガマ」を訪ねる。奥行きはそんなに深くないが、150人がここに逃れ、そのうち85人が亡くなったという。その時の現状が生活用品、遺品や埋葬されない骨片と共に、そのままに近い状態になっているという(現場は立ち入り禁止になっている)。遠足かと思われる中学生の一行がバスで見学に来ていた。碑文の一部であろうか、全員で復唱するなど教員が熱心に教えていた。本土とは違う「沖縄の心」をまた垣間見たのだった。
 それにしてもこのニュースは衝撃だった。真っ先に感じたのは、やんちゃな中高生のいたずらとは思えない、意図的な、思想的な背景があるのではないか、何らかの「ヘイト行為」ではないか、そしてそれは、今の時代そのものを反映した「いや~な感じ」の兆しではないか、ということだった。仮に「やんちゃな中高生のいたずら」だったとしても、それはより深刻な「変化」ではなかろうか。

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2017年8月15日 (火)

8月15日という日に

  特別の日のようで特別でもない
 この日は、戦火が完全に治まり、外交的にも決着した日ではなく、昭和天皇の「玉音放送」があった日であるから、本来「終戦の日」とは言い難いのである。そもそも「天皇制」の名残りであり、一つの「区切り」に過ぎないけれども、そこは「戦争」をどう捉え、次代につなげていくかの機会ではあると思えばよいのではないか。
 15日を「終戦の日」としたが何故「再建の日」としなかったのであろうか。「新日本建国の日」といえばなんか右翼っぽいが、明治憲法から始まる憲政史上からも、その残滓はあるけれども新たな国造りの骨格として「新憲法」制定が始まったのであるから、「民主日本建国の日」はどうだろうか。そうならば「5月3日」もそれに該当することになるが、季節的にやや外れ感がある。8月が古来からの「盂蘭盆会」という宗教的というより季節感、習慣性が重なることもあって、先祖への墓参、合掌が、戦没者への追悼が重なることも、受け入れやすい素地ではなかったろうか。
 “二度と戦争しない、平和であることに関わる”ということを誓うのに「記念日」はいらない。随分前だが、年賀状に、毎日新聞のタイトル(題字)の「毎日新聞」をもじって「毎日反戦」と書いた人(杉山さん)がおられたが、「反戦平和」に“この日”はない。
 そんなことを思いながらも、今日の午後は小庭の草取りに汗をかいた。

   
  平   和

雨の日には破れた番傘で学校へ
濡れた服に着替えはなく
体は冷え お腹がすき
それでも雨あがりの水たまりを飛び越え
遠い雲を追いかけた

教科書もおさがりだった
開けば同じ 教室も机も同じ
先生のえこひいきはあったけれど
学校が好きだったから構わなかった
校庭の木々の緑がまぶしかった

戦争と平和って
ぐちゃぐちゃに描かれた絵が戦争
薄い雲が漂う空の絵が平和
戦場で倒れた兵士 空襲の焼け跡のむくろ
いま 戦没学生の絵が見たくなった

平和と戦争って
どうでもいいや 関係ない が平和
大変だ みんながみんなで が戦争
花火が上がって 夜空の華は一瞬
秘かに 念入りに 着々と うごめく影

シュプレヒコールの列に中にいた
のぼりを支え ポスターをかざし
唱和することで平和が続くと信じていた
こぶしを挙げることで好戦派と闘っていた
共同幻想ではない・・・歩きながら

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2017年6月28日 (水)

中電の株主総会で思う

 今年も欠席したが・・・
 脱原発運動の一員として、中部電力の株を購入したのが4年前。最初の年の株主総会に出席して、主として「リニア中央新幹線の電源確保」について質問をした。これはリニアが、原発の2~3基分の電力を消費すると聞いていたから、その実際の想定消費電力量と、その調達方法、JR東海からの配電要請の有無を問うたものだった。
 これを中電の側からまともに応えようとすれば、浜岡原発の全基が停止状態で、夏の消費電力最盛期で10%以下の余裕電力しかないことを考えれば、現状では、原発の稼働が前提にならざるを得ない。それを公言できない中電は、「まだ何も決まっていない、JR東海のことは他社のことですから知らない」という全く答えにならない対応であった。
 実際問題として、中電側には二つの選択肢があると思う。まず原発の再稼働を前提にしない電源確保に努める。これは、火力発電(LNG、石炭)の強化、水力発電の効率化、再生可能ヘネルギーのシフト拡大、他社からの融通、現新幹線の本数を減らすことで消費電力を減らす、などではないか。本来なら消費者の節電、企業や団体、個人のソーラー発電等の推奨、オール電化の見直しもありだが、営業上の問題かあまり言わないようだ。
 次に、原発の新規増設はあきらめるが、廃炉が決定している1~2号機を除く他の原発の再稼働を、他の電源確保の推移を見ながら最小限度で進めるというものだ。
 このように中電(電力会社)には「二つの選択肢」があると思うが、AかBかということでもないだろう。第1義的には「必要とされる供給電力量に見合った電源の確保」と「営業面の兼ね合い」ということだろうと思う。私たちが「再稼働反対、全原発の廃炉」を第1義的に求めることとの隔たりはここら辺りにあるのではないか。ということで言えば、電力会社と市民運動のせめぎ合いとは別に、ドイツ、ヴィエトナム、韓国などに見られる「政治判断、国策」が大きな要因である。市民運動と政治が固く結びついている証である。
 であるが、本日の中電の株主総会は、「家事都合」で3年連続欠席となった。

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2017年6月10日 (土)

「共謀罪」阻止緊急行動、集会とデモ

この日、5つの集会などがあり
 もちろん、たまたまであろうが、今日はなんと5つの集会などが重なった。それぞれの取り組みには努力が払われているので、集会名などを記録してその労に報いたい。
1)「共謀罪」阻止緊急行動6.10大集会・デモ、沖縄現地と連動。
2)山尾志桜里(民進)衆院議員「共謀罪」講演会、中京大学教授 大内裕和さんとの対談あり。
3)沖縄はつきつける 高野 孟さん講演会とデモ
4)レイプ隠しを許さない!怒れる女子デモ。詩織さんの検察審査会への再審査申し立てを応援しよう!
5)ベーシックインカム(BI)学習会(緑の党東海)。講師は青木秀和さん。
 1)の「共謀罪」阻止緊急行動6.10大集会・デモだけが午前から午後にかけて取り組まれ、何とか午後の集会につなげて参加できそうだ。
 最初にも書いたが、こんなに重なってしまっては、いずれの集会にも出たいと思う人にとって“もったいない”と思うのではなかろうか。
 どうしてこうなってしまうかは、政治課題が山場に来ていること、集会の設定には、会場と講師などの確保のために1か月以上の準備期間が必要であること。そして人の集まりやすい土曜日、日曜日が選ばれることなどがあげられよう。
 ではそうした“分散”がどうしても避けられないものなのだろうか。避ける方策はないのだろうか、と思うのは私一人ではないだろう。
 今となってはそれぞれは「選択的参加」とならざるを得ないが、「野党共闘」を叫ぶ一方で「市民共闘」も欠かせないが、未だ「それぞれ」が優先、率先ということであろうか。現状の反映ということとしか言いようがない。
 訂正:4)レイプ隠しを許さない!怒れる女子デモは、11日でした。
 

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2017年5月 7日 (日)

福島原発・廃炉作業の苦闘をみる

 廃炉への道は、わが世代の道
 前半の一部を見落としたが、NHK・BS1の「廃炉への道・全記録~原発最深部が見えた!溶けた核燃料の実態は~」を見た。検索してみると「メルトダウンした3つの原子炉を同時に『廃炉』にする前例のない闘いが続く福島第一原発。最大の難関“核燃料デブリ”の取り出しに向け、大きな岐路に立っている。極めて強い放射線に耐え、放射性物質の飛散も防ぎながら、デブリを安全に取り出せるのか。技術開発の現場は困難に直面し続け、デブリを直接確認する調査も大幅に遅れている。デブリをどう取り出すか、大方針を決めるまであと1年、決断の時が迫る最前線をルポする。」とあり、その作業の困難さ、作業に当たる苦闘が伺えた。
 原発事故のそもそもは脇において私は、人類史上未体験の領域で作業する人たち、つまり研究者であれ、技術者であれ「労働者」の苦闘を見る。そして、作業用ヘルメットから三菱重工、日立製作所、東芝の三社が共同で対処していること、研究費、ロボット開発、実験装置等々にかかる莫大な費用と、完遂まで30年、40年(確実性には?)という時間に嘆息。なんということだろう。担当者は言う「私たちの世代では(廃炉)終わらない、次につなげていくためにも」という責任感の満ちた言葉を受け止めた。(ここで政治の無責任、放埓を言いたいところだが)
 そしてこの「NHKスペシャル」の過去の放送を拾ってみた。廃炉はわが世代の道。多くを見逃した、痛恨。
2014年04月20日(日)  廃炉への道 第1回  「放射能"封じ込め" 果てしなき闘い」 (前半)
2014年04月25日(金)  廃炉への道 第2回  誰が作業を担うのか
2015年05月17日(日)  廃炉への道 2015 「“核燃料デブリ”未知なる闘い」
2016年05月29日(日)  廃炉への道 2016「核燃料デブリ 迫られる決断」
2016年07月17日(日)  廃炉への道 2016「核燃料デブリ 迫られる決断」(再)
2016年11月06日(日)  廃炉への道 調査報告 膨らむコスト~誰がどう負担していくか
2017年04月15日(土)  廃炉への道 2017「核燃料デブリ 見えてきた“壁”」
2017年05月07日(日)  廃炉への道 全記録 原発最深部が見えた!溶けた核燃料の実態は

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2017年3月30日 (木)

美浜原発3号機の差止め裁判の第1回口頭弁論

 老朽化、再稼働・・・司法に限界か
 関西電力・美浜原発3号機の差止め裁判の第1回口頭弁論が、名古屋地裁で開かれた。詳細は、ホームページあるいは原告団のどなたからかあると思うので省く。
 最初に原告の側から、元美浜町議の松下照幸さんが意見陳述を行った。続いて弁護士から訴状と準備書面の①~④について詳細な説明がなされた。熊本地震から得られた地震の影響が、原子炉にどのように影響するのか。地震による“揺れ”が、原子炉の機器や配管に及ぼすことが考えられる「金属疲労」について、耐震審査における「疲労評価」、そして火山活動に影響についてなど。これらの中には、原子力規制委員会への批判も含まれる。
 法廷の場でのそうした主張は、老朽化した原子炉の再稼働を認めない、という判決を引き出すためのものであり、その可能性は十分あるというのが弁護団の意思と見解である。
 一方被告の関電の主張、反論はこれからであるが、「訴訟を起こした原告にその資格があるのか、原告の主張の棄却を求める」というものだ。
 28日には、高浜原発の3号機4号機について、大阪高裁は「原子力規制委員会の新しい規制基準は不合理ではなく、原発の安全性が欠如しているとは言えない」として、大津地裁が運転停止を命じた去年3月の仮処分の決定を取り消し、再稼働を認めた。そのあまりにひどい判決に裁判官・司法への不信と怒りが高まっており、また四国電力の伊方原発の差止仮処分広島裁判の判決が今日の午後にあり申請は棄却された。
 こうした事例を見るにつけチェルノブイリ、フクシマを顧みない、原発問題の歴史と時間は、逆戻りつつあるのではないか、あるいは頼らざるを得ないというものの、司法の場でこの課題を克服するのはハードルが高すぎる、やはり「政治」をもって「廃炉・脱原発」をめざすべきとの感じを強くしたこの日であった。

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2017年3月 4日 (土)

東京・豊洲市場の、移転問題

 背景に「政治・行政・利権・民意」の問題
  東京都の豊洲市場の移転問題で、移転決定時の知事だった石原慎太郎氏(84)が3日、日本記者クラブで記者会見した様子をニュースや新聞で見たが、一瞬この人「晩節を汚したな」と思ったがすぐに、「晩節まで汚したな」と思い直した。
  作家としての石原慎太郎は、私はあれこれ評価するものを持っていないが、世間ではそれなりの評価をされてきたと思う。だが「政治家」としては「極右」という印象だけが私の中にあって、「作家としての評価」が高いとしても、国会議員、都知事としての評価を高く買うことはできない。ということで今回の記者会見での態度は、「唯我独尊」がそのまま態度に現れた感じで、自己肯定、責任転嫁、意図的お惚け(健忘症を盾に)、これはやはり「晩節まで汚したな」ということになる。
 ま、これ以上言を重ねても意味はない。で、結局この「市場問題」はどう行き着くのか。思うに、①土壌汚染問題などいろいろ問題はあるが、最終的には「豊洲市場」に落ち着く。②“もったいない”が、豊洲を断念して築地市場を「全面改修」するという方針転換を図る。③第3の場所に新築移転または増築移転する。
 ①の場合、土壌汚染問題の完全な解決と科学的な検証が求められ、その間の「補償」問題と、年間維持費の問題は残る。また「仲卸業者」の指摘にも答える必要がある。②の場合、一度も使われることがなく“もったいない、無駄の極致”ではあるが、全面的に解体をして更地にして売却し、その資金と新たな都税の投入で「築地市場の全面的な改築」を図る。となれば、かなりの時間を要するので、東京五輪までには終わらない。また、現状の「築地市場」が、「豊洲市場」規模に生まれ変わりうるかどうかは問題として残ろう。③の場合、築地と豊洲の土地の売却が資金となるが、現状の近辺に新たな土地を得ることは難しい。また、東京湾のどこかに知られざる「魚市場」があって、交通の不便さは多少あっても、周辺に買収可能な土地もあれば、新規出直しもできないことはないだろう。しかしこれは「架空」の話に過ぎない。
 とまあ、「他人事」のように書いてみたがそれは表向きであり、「日本の台所の問題」である以上に、「政治・行政・利権・民意」という問題をはらんでいるのであり、これからもこの種の問題が、全国の道府県で起こり得て「豊洲問題」がその「代名詞」にならないとも限らないからだ。もちろんそんなことが、この愛知で名古屋であってはならないことは言うまでもない。

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2016年11月20日 (日)

路線廃止?JR北海道の場合

 “地方と鉄道”が示す問題を考える
 報道によると、JR北海道は11月18日、利用者数の減少などにより「単独では維持することが困難な線区」10路線13線区を正式に発表したという。13線区の合計は1237.2キロメートルで、全線のおよそ半分にあたるという。
 ここでの問題は、もっぱら民営会社の経営上の問題であるから、例えば廃線見直しの「陳情」はできても、自治体との「上下分離方式」か、廃線区間の「バス路線」に切り替え、または大幅であれ、採算がとれる近くまでの「値上げ」をもって維持するかにある。恐らく「第3セクター」による再建、運営は現実的ではないのだろう。
 しかし、利用者が減り続けるという地方の「過疎化」「地場産業の衰退」の実態が回復しない限り、どの方式もいずれ行き詰まり、一時しのぎに過ぎない。
 交通網の整備は、地方・地域の「生活基盤」と、物流としての「産業」そして「観光資源」のためにあるといえるが、「自動車社会」の到来と「都市集中」の傾向が強まり、現在の問題が生じている。
 では、かつての「国鉄時代」のように、収支に関係なく、地域住民の「利便性」だけで運営し、赤字は「税負担=国民負担」とする方式の復活はあるだろうか。あるいは、地球温暖化・排ガス規制で、車の保有が、極限まで規制される時代が来て、「鉄道」が見直される時代が来るだろうか。
 未来のことはわからないが、SF的な「無人運転、無改札、水素列車」の登場も空想できないこともないが、それとて、利用者の多い都会での話だろう。やはり「人が住む」ことがなくては、鉄道を存続させることは難しい。
 現政権のように、新幹線の整備や「リニア」にうつつを抜かしている限り、「地方と鉄道」が抱える問題には目もくれないであろうが、この問題は、以上のような問題や地方自治、TPPとも無縁ではない。そのように考えるとJR北海道の問題は、「この国行方、近未来社会の構想」についての問題意識を私たちに投げかけているともいえよう。

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2016年11月 5日 (土)

男の気持ち・生き方(139)

  異世界のギャラリーを覗く
 所用があって、名古屋・栄に出かけた折り、「市民ギャラリー栄」で開催中の「みどり墨彩展」に立ち寄った。中学の同級生から誘いのはがきが来ていたのだった。彼自身3点を出品していた。
 まず「水彩」と「墨彩」の違いは何か、そして絵の世界で「墨彩」は、一つのジャンルとして確立しているのか、を聞いてみた。私が理解したところによれば、水彩画の場合、普通は鉛筆などでスケッチして水彩絵の具で色を入れていくのであるが、「墨彩」の場合、ごく一般的な墨汁(墨)を使って全体をイメージしながら輪郭(スケッチ)を描いていく。鉛筆ではないので、消して書き直しはできない。そしてやや黒い部分も入れていく。素人には、墨は滲まないか、その上から水彩絵の具を塗っていくと、混ざって汚くなってしまわないか、という疑問はあったが。
  まず画用紙は、和紙を使うのだという。そうすると墨が乾く(固まる?)とそれが境界線のようになって水彩絵の具を使っても混ざったりはしない、浸透することがないのだという。これらの画法は、講師の南氏の発案であって、全国化しているわけでもないのだという。
 作品のあれこれについての感想は、その方面に不明なれば“全体として風景画が多いが、人物画には向いていなのかな?”“油絵のように塗り重ねの画法とはちょっと違うことがその理由かもしれない”“大きなサイズの絵はあまりないのかな?”“水彩画では100号もないではないが、これが6号(一般的なサイズ)だよ”“結構、デッサン力がいるみたいだね?”“なんでもそうだろうが、構想力あっての出来栄えといえるかな”“あんたの絵に詩をつけたが、案内はがきにあった、この絵に詩をつけたらどうなるか、来る途中考えてきたんだが、中途半端のまま”“何でも言えることだが、異業種とのコラボも意外な世界が開けるかもしれない”(詩画、俳画などは珍しくはないが)という会話を交わしたのだが・・・。
  余暇・趣味にしろ、セミプロにしろ、現在の私には、社会とのかかわりを断った世界に埋没する気持ちにはなれなので、こうして与えられた機会だけでのみ、「異世界」と接することが多い。
  ついでに上階で開催中の、「第31回 国民文化祭・あいち2016-華道フェスティバル」なるものに寄ってみた。いわゆる「いけばな」であるが、私がイメージする“花器に生けられた花の造形美”とはかなり離れていて、“いけばな”というより“花という素材を使ったアート”といった方が近いかもしれない。特に花を生ける、あるいは支える器材そのものからして、相当手が込んでいるのである。中には「SHALL  WE DANCE」というタイトルの、2体が手をつなぐような作品もあった。それにしても、「流派」はたくさんあるもんだなあ、「池坊」とか「石田流」とかは、知らないまでも聞いた、見たことはある。だから“暖簾分け”したものとか、あるいはどなたかが、大きな賞をとったうえで「流派」を名乗れば、それも一つの流派になっていくのだろう。ま、どの業界も似たようなものだが。
  こうして1時間足らずであったが、「異世界」に入ってみると、好奇心をくすぐられることもあるが、改めて自分の才のなさを知り、「異世界」の広さ、自分の立ち位置とかを知ることになる。そうした刺激みたいなものを受けることによって「私は、私の時間を持って過ごしてきた。小なりとも仕上げるという作業がないだけ。仕上げることのない未完の人生なのだ」などと思ったりするのである。

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