2018年11月29日 (木)

リニアより災害に備えて安全な国土づくりを

第59回ユニオン学校
 主催者の首題は上記のものだが、講演者の小林収さん(リニアを問う愛知市民ネット)は、彼自身の問題意識からであろう首題は「民間企業の手による国家プロジェクトは、わが国に何をもたらすか」であった。
 最初に「ストップ・リニア訴訟とは」から入り、JR東海の事業申請→国交大臣の認可の経過。次に訴訟の争点について、鉄道事業法の特別法と位置づけられている「全国新幹線鉄道整備法(全幹法)」とリニアの関係の適法性。これだけの大事業に関わらず「民間事業」ということで、「環境影響評価法」が不十分で違反の可能性。大深度地下使用認可の取り消しなど。そして、核心部分でもある「建設主体が民間企業(JR東海)であることで生じている諸問題のいくつかが取り上げられた。①全額自己資金という建前で国政、地方議会でも本質的な議論がスルーされた。私企業ということで情報公開に壁。競争入札不要で随時契約。談合問題発生。全幹法から自治体が民間企業のために働かせられる事態に。大深度地下法で莫大の利益(一説にJR東海は5000億円の節約になるとか)、さらに東京と大阪間の総事業費は9兆円と見積もられているが、これまでの例からこの2倍から3倍に膨れ上がるだろうというのが大方の見方。JR東海がこれを自己資金で賄えるはずがない。国会で十分審議された形跡がないまま、2016年に安倍内閣は、3兆円の財政投融資を閣議決定している。追加の融資も焦げ付き税金で手当てされるという最悪の結果は的外れの指摘とは思えない。予想される巨大地震、高潮、洪水の災害を見据えるならば、その予防措置、減災措置に財政的手当てをすべきだ。
 質疑でも様々な観点から意見、質問が出た。「電磁波の問題」「利便性と所用時間」「テロ対策と待機時間」「リニア開通と新幹線の変化」「上海のリニアの例(計画は中途までで中止)」等々。私からは「リニアの使用電力量と浜岡原発再稼働の関連性」について、市民ネットなどでは一定の見解に達しているのかどうかを質問した。それは、ピースサイクルで中電本社訪問の時、担当者から「中電としては、リニア新幹線への電力供給にあたって原発がなくても可能である」との見解を得ていたからであった。
 私は、立憲民主党が結成されて以降、ここにエネルギーを集中している関係で、それまでかかわってきた幾つかの課題から疎遠になりつつあった。今日はそのうちの「ユニオン学校そのものとリニア新幹線問題」に、久しぶりに接したのだった。

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2018年11月19日 (月)

日産・ゴーン会長の逮捕!

 背景に何かがあるのか
 衝撃的なニュースとして報じられている日産自動車のカルロス・ゴーン会長の逮捕の容疑は、有価証券報告書に自らの役員報酬を約50億円過少に記載した金融商品取引法違反容疑である。報道によれば、有価証券報告書の虚偽記載は粉飾決算に適用されることが多く、役員報酬の過少申告への適用は異例とのこと。また日産は、ゴーン会長らの不正行為について内部通報があり、数か月間にわたって内部調査を行っていたことを明らかにし、ケリー役員もこうした不正行為に深く関与していたという。そして東京地検特捜部は、内部の人間と「司法取引」したうえでの捜索、ゴーン氏逮捕であったという情報もある。
 これらから私が感じていることは、カルロス・ゴーンという人物は、それほどまでに私腹を肥やすことに執着する人間だったのか?様々な問題があれ日産をV字回復させ、グループとして業界世界第2位に押し上げた経営者は、そのカリスマ性なり「栄誉」と引き換えに、際限なき蓄財に勤しんでいたとは考えにくく、経営の全権力を掌握して傲慢になり一人マネーゲームを楽しんでいた、みたいにも思うのだが、金持ちの蓄財心理は理解しがたい。
   「不正行為について内部通報があり、数カ月間にわたって内部調査を行っていた」これは?ひょっとして、日産内部に会社経営のトップに外国人を戴くのは、“日本人としてどうも・・・”なんて言うナショナリズムが底流にあった、なんてことはないだろうねえ。それなりに会社が順調であって、地位も給与も安定的であれば、危険を冒して反旗を翻すだけの人間が今どきいるとは思えない・・・。
 ルノー、日産、三菱の株価の下落は当然の成り行きかもしれないが、自動車販売そのものに影響が出るだろうか?
  ユーザーは、排気量で選ぶ、モデルで選ぶ、燃費で選ぶ、価格で選ぶなどが要素であるが、メーカーで選ぶ場合は、購入時、購入後のサービス、対応の評価で決まるのではないか。とすれば、ゴーン氏の逮捕と購入の動機とはあまり関係がない(ゴーンの蓄財分を値引きせよ!はあるかも)ように思う。
 では、製造現場ではどうであろうか。私が現役なら・・・2交代制勤務、残業、休日出勤、リストラ、コストダウンなど、労働強化に耐えながら(協力して)の上で利益を生み出してきた。その気持ちが踏み躙られたという感覚がある一方、“上のことなど関係ない、こんなことでベア、ボーナスが減らされないかそっちが気になる”という一般組合員の声に同調し、その矛先を労働組合に向けたことだろう。組合は、経営権に関することは会社側の問題として逃げるかもしれないが、経営に関して株主が監視の役割を持つとすれば、「労使協調」をうたい、経営と労働を両輪とするなら、労働組合ももう一方の監視役であるはずだ。ゴーンの報酬10億円について黙認してきたのか?
 それにしても、ドイツのフォルクスワーゲンが排ガスデータ改ざんで摘発されたときにも感じたのだが、「某国を脅かすグローバル企業が狙われていないか?」そんなことはないよね。

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2018年11月 6日 (火)

映画「ほたるの川のまもりびと」を観る

半世紀の「石木ダム」計画反対の住民の闘い
 場所は長崎県東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)川棚町石木川。石木ダムは、佐世保市への水道水供給や、川棚川流域の洪水防止を目的に1975年、建設事業に着手した。県などは未買収の事業用地を取得するため2009年11月、土地収用法に基づき国土交通省九州地方整備局に事業認定を申請。13年9月に認められ、強制収用が可能になった。地権者(109人)らは、15年11月に国の事業認定の取り消しを求め提訴していたが、長崎地裁(武田瑞佳裁判長)は2018年7月9日、請求を棄却し、一部を却下する判決を言い渡した。原告側は控訴した。
 実に半世紀近くに及ぶ住民の闘いである。
 水没予定の川原(こうばる)地区に暮らす13世帯の一人初鹿氏は「ダムありきの計画であることを実感した。下流域の堤防整備や、川の流量を増やすのが先だ。佐世保市の水需要予測は実態と違っており、市には説明責任がある」と批判し、ある集会では地権者を代表し、炭谷猛さん(67)が「県は地域住民の言うことを聞かずに強硬な態度をとり続けている。抗議の声を中村法道知事に届けて見直しを求めたい」と発言している。また京都大名誉教授の今本博健さんは、給水量の過大予測や水害実態がないことなどを挙げ利水、治水両面でダム建設に疑念を呈した。
 こうした地域住民を巻き込んだ「家族ぐるみ」の闘い(住民運動)は、「三里塚闘争」や、この愛知での「設楽ダム建設反対」「境川流域下水道建設反対運動」「新幹線騒音訴訟」などが想起される。他にも全国で基地周辺の騒音訴訟、ごみ埋め立て、河口堰、高速道路建設、最近ではリニア中央新幹線等々、自然破壊、生活破壊、公権力がキーワードとなって、ほとんどが長い闘いとなっている。
 映画は、四季色とりどりの山間部、石木川流域、水没予定の里山「川原地区」の豊かな自然を背景としながら、ダム問題に揺れるこの小さな集落に暮らす人びとの描いたドキュメンタリー映画である。
 「ただ普通に暮らしたい」という住民たちのごくあたりまえの思いが、映像を通じてつづられていくが、過去幾つかの住民運動と一つ違うところは、「外部」からの支援を受けないで、集落全体での取り組みということであろうか。
 もちろん訴訟となれば、弁護士、傍聴支援などもあるが、現地での闘いではバリケードも座り込みも外からの応援はない。それが長き闘いを支えている根源の一つであることは確かだが、「都会人」からみると、そうしたスタイルに重きを置いて、なおかつ「それは石木ダムだけの問題ではない」「強引な手法行使は権力の常套手段」という認識を共有しようとする点で考えさせられる。もっともこの映画の全国上映で、その点は緩和されたとは思うが。
 実はこの映画を観た私は、そのあとすぐマイケル・ムーアの「華氏119」を観て、この映画の政治、社会性、民衆エネルギー、民主主義を強く感じたので、その対比にみる「難題」を抱え込んだ気がしたのだった。

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2018年11月 3日 (土)

全国と連動!1万人アクション

  盛りだくさんの集会で意気上がる
 11月3日は「文化の日」であるが、日本国憲法公布の日(1946年)である。施行は5月3日(憲法記念日)であり、なぜこの日に「全国行動」が取り組まれたか。言うまでもなく、安倍・自民党の憲法改悪の動きがいよいよ顕著になってきたからである。
 集会名は「9条改憲NO! 平和といのち くらし・人権を! 1万人あいちアクション」で会場は、名古屋栄・矢場公園。プログラムは正午からのプレ企画「みんなで語ろう・医療問題、貧困格差、子ども、女性」そして、午後1時から第1部「平和と暮らし人権を守る」が始まり、メインスピーチに、元裁判官・現弁護士の井戸謙一さんが駆け付けた。井戸さんは裁判官の時、北陸電力に志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた。この日も「原発神話」の崩壊を説き、原発再稼働はありえないと述べた。リレートークでは、「沖縄」「年金・暮らし」「朝鮮高校無償化問題」「原発」でそれぞれの代表がアピールした。
 第1部はここからデモに移り「サウンドデモ(大須方面)」と「ゆったりデモ(栄方面)」の2コースに分かれて出発。私は短めの「ゆったりデモ」に参加。ここまで参加者は1000人と発表された。
 午後4時からの第2部では、「憲法9条改悪NO!」をテーマにして始まった。1500人の参加とのことだった。
 2部でのメインスピーチは、慶応大学名誉教授・弁護士の小林 節さんで、「安保はとめられる!」を中心に話された。それは何かを読み解くというようなものではなく、安倍内閣の憲法改正発議、国民投票という流れを想定する中で、6月か7月の「衆参同時選挙」の可能性を前提に、安倍政権が意図するいっきに憲法改悪をもって、この国は崩壊の道に転げ落ちていくのか、野党が結束してこれに反転攻勢をかけ「逆転のチャンス」とするのか、自分もその先頭に立つという、まさに「檄」そのものであった。特に野党に対する注文は鋭かった。本気で政権交代をめざしているのか、「野党専業」「自分だけ、党だけ」に堕していないかなど。
 その中で、安倍首相を攻め立てる時、「憲法を守るべき議員が、首相が、憲法の改正を言い立てるのは間違っている」については、内閣として発議することに問題はない。また憲法改正はあり得ることで「護憲、護憲」で、安倍・自民党の憲法改正(改悪)案の攻勢に反論、対案の陣形が出来ていない。憲法9条を保持することは正しい。あえて変えなくても現憲法のもと「専守防衛」で国の安全保障は可能・・・。
 確かにこのあたりの憲法議論の機会はあまりなかった。私はまだ山尾志桜里議員(立憲民主党)の「立憲的改憲-憲法をリベラルに考える7つの対論」(ちくま新書)を読んでいないが、12月1日の「リベラル政治懇話会」で、彼女の話が聞けるので、それまでに読み切っておきたい。
 ということで、第1部の井戸憲一さんの話、第2部の小林 節さんの話、さらにまとめの挨拶の中谷雄二弁護士の、安保法関連・改憲にとどまらず、朝鮮女子勤労挺身隊のこと、また朝鮮人徴用工問題での韓国最高裁判決とそれらに関する日本政府、マスコミのバッシングについて「個人の請求権は消滅していない」との見解を外交的、法律的見地から説明をした。朝鮮人学校の無償化問題についても、それで善隣友好関係が成り立つのか、子どもたちへのしわ寄せだけだと糾弾するなど、熱のこもった話となった。加えて市民みなさんの熱いアピールなど、長時間の集会であったが濃密なものであった。
 午後5時過ぎからの「キャンドルデモ」は、シュプレヒコールと共に週末・連休の名古屋・栄の夜に彩を添えた。

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2018年10月22日 (月)

近藤昭一議員の収支報告書問題

 政治資金規正法の範囲はどこまでか
 21日の午後、天白区の近藤事務所(3区総支部)で、「政治資金収支報告書に収支報告」が記載されていない問題で各社の取材に応じ、今朝の新聞で大きく取り上げられた。
 お金の問題は、男女の問題と共に世間の関心は高い。それだけ身近な問題であると同時に庶民的な“羨望”も潜んでいるといえないこともないが、本質的な「政治とお金」の問題は、公人である議員はまず公平であること、私利私欲で行動しないこと、法の裏をかくような不正、隠匿をしないことであろう。そして、主義主張に一貫性を持っていることとその態度、行動が正々堂々としていることが求められる。
  かといって議員=聖人ではないから、時には、ぬかるみに足を踏み入れ、気を緩めて忘れ、態度に乱れが生ずることもあろう。とはいえ、どれもこれも「程度問題」である。
  議員にまつわる「政治とお金」の問題は、一般的にはまず「議員報酬・政調費」のレベル(平均性)が挙げられるが、疑惑の目が向けられるのは、後を絶たない地位を利用した「口利き」「贈収賄」であろう。次に企業や団体の「献金問題」である。法的に認められていてもそれは形を代えた「贈賄」でなかろうか。献金は「個人」に限るというのも解決策の一つと考える。
  さて近藤議員の問題であるが、よくわからないのが「政治資金パーティー」と「後援会活動」は、形こそ違いえど同根の「資金集め」とみなされているのか、別扱いになるのか。それとも、「形」の問題ではなく、「主催者」(政治団体等)の問題であるのか、はたまた「会費」の額も根拠になるのか、といった点である。
  私の理解では、最初から資金集めを目的として「政治資金パーティー」は、「政治資金収支報告書」に記載すべきは当然であるとしても、後援者を中心とした「親睦会」的なもの、例えば「バス旅行」「ティーパーティー」の全てを記載すべきかどうか、解釈が分かれると思うのである。ではあるが、解釈が分かれるということは、「疑いの目が向けられる要因」でもあるから、事務的な手間を惜しまず(だから秘書がいる)無駄なこと、“そこまでしなくても”と考えないで、記載しておくことが誠意というものであろう。
  今回の件で近藤議員は、「支援者の方々の交流の場だったので、(収入をその後の政治活動に充てる)政治資金パーティーという認識はなかった。チェックが甘く、反省している」「自分自身がそういう(問題を指摘される)対象になっているが、自戒を込め、きちっと正確に公開していかなければいけないと改めて思う。今後はこういうことがないようにしたい」と話した。(毎日新聞)ということであれば、対応の仕方としてはそれでいいと思ったのである。
  9月15日に自民党の工藤彰三国土交通政務官(愛知4区)の2つの政治団体が2013~15年、国政報告会などの集会を計5回開き、参加者から会費を集めたのに政治資金収支報告書に収入を記載していなかったと報じられたが、まさか自民党議員の次は野党第1党の議員がターゲットなどというのではないでしょうね産経さん。
  また、「政治資金規正法」が適用されるような「バス旅行」「ティーパーティー」だけでなく、著名人を招いた会費制の「講演会」も含まれれば、国会議員だけでなく、地方議員などではゴマンとその例があるに違いない。来春の統一地方選挙を控え、激戦区の野党議員は狙われかねないので、今一度自主点検を進めてもらいたい。

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2018年6月27日 (水)

中部電力の株主総会

 発言の機会を得られず
 この2年参加できなかった中部電力の株主総会に出席した。
 質問事項を用意していたので、いい席を取ろうと開会1時間前の午前9時には会場に入った。受付番号604番であったが、会場内は10人もいただろうか。参加株主は1052人と公表され。12時25分に閉会(打ち切り)された。
 総会の焦点は、毎度のことながら「原発関連・浜岡原発再稼働」について、が7割を占めたであろうか。この問題は、一般株主からの発言もあったようだが、「脱原発!中電株主といっしょにやろう会」が中心になっていた。「会」では、事前に5つの「定款一部変更の件」という議案を提出していた。
第6号議案 (1)本会社は,経営の透明性を確保するため,相談役,顧問及び参与の役職を廃止する。
第7号議案 (2)以下の章を新設する。「第○条 原発事故緊急時避難対策を目的として,周辺自治体,企業,病院,介護施設等と連携して,常設の地域協議会を設置する。」
第8号議案 (3)以下の章を新設する。「本会社は,原子力事業者として浜岡原子力発電所の重大事故に備え,希望する者に対しては,安定ヨウ素剤の無償提供と服用に関する説明を受ける機会を保証する。」
第9号議案 (4)以下の章を新設する。「第○条 本会社は,電力ネットワークカンパニーにおける送電線の運用において、再生可能エネルギーにより発電された電力の接続を優先する。」
第10号議案(5)以下の章を新設する。「第○条 本会社は,実現性,採算性が見込めない再処理事業から撤退する。
   この目的を果たすため,次のことを行う。
  1 日本原燃株式会社への出資及び債務保証の解消
  2 原子力環境整備促進・資金管理センターに積み立てている再処理等積立金の返還請求
 これら全議案は「取締役会」の反対意見をもって、賛成少数で否決された。
 原発関連以外の他の発言から拾ってみると①8年前に起きた、中電新入社員のパワハラによる自殺事件(係争中)が取り上げられた。②取締役に女性がいない、トヨタも相談役、顧問を大幅に減らしたなど、経営陣に対する注文が出された。
 さて私といえば、早くに行っていい席を確保したつもりだったが、結果的にこれが「最悪」の場所となってしまって、手を挙げ続けたがついに指名されることはなく、サクラの「閉会の動議」が出る前に議長(水野会長)が勝手に質疑打ち切りを宣言して閉会してしまった。
 なぜ「最悪」だったのか。前から6番目辺りに席を取ったのだが、私と議長を結ぶ線上の一つ前の席に、6号議案の提案者Kさんがいたのだった。議長の目線は、こちらに向いてもKさんは指名の除外対象であろうから、その後ろの私まで届かないというか、同時に外された、という感じだった。もう一つ、会場は指名の均衡を図るためであろう前A~E、後ろF、Gの7ブロックに分かれていた。私は正面のやや右、Dブロックの左寄りであった。ところが、全質問者の4割くらいか7人がDブロックから指名されたのだった。
 ということで発言の機会は得られなかったが、用意したものは「JR東海のリニア中央新幹線の電力使用量とその供給体制及び浜岡原発の再稼働との関連性及び、再生可能エネルギーへのシフト強化と火力の技術革新によるCO2削減に向けた、資金の集中投資を要請。原発の廃炉を含めた費用対効果を示せ」
 この種のものは、他からの発言もなかったので、かなり残念な気持であった。次は、挙手の少なかったF、Gのブロックにするかな。

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2018年6月16日 (土)

韓国ドキュメンタリー映画『共犯者たち』名古屋上映会

 

徐台教氏による『韓国言論人、かく闘えり』と題した講演会も
 今年の6月は韓国、共和国関連の集会がいつになく多い。それは「6・12米朝首脳会談」開催以前の企画であり、米朝会談が動機になっている訳でもない。例えば、
12日、「朝鮮半島情勢と日朝関係」講演会 
14日、6・15共同宣言18周年記念講演会
 〃  朝鮮半島の歴史と白丁
16日、映画『共犯者たち』名古屋上映会と講演会
18日、映画「鬼郷」(チョ・ジョンネ監督)上映会
24日、在日韓国民主統一連合時局講演会
30日、日韓連帯集会「労働者の力で 北東アジアの平和をつくる」講演会
 この日は、「NPO三千里鐵道」の主催で、韓国ドキュメンタリー映画『共犯者たち』の上映と、コリアン・ポリティクスの編集長、徐台教(ソ・テギョ)氏による『韓国言論人、かく闘えり』と題した講演会がセットになっていた。
 まず映画についてであるが、「2008年の李明博(イミョンバク)大統領就任以降、のべ10年にわたり続いてきた保守政権による言論封殺、積極的に政権による言論封殺に加担してきたKBSやMBC内部の『共犯者』をあぶりだす内容の過程を記録したもので、9月4日から同時ストライキに入ったKBSとMBCの背景を説明するもの」である。
 監督は、MBCの看板番組だった調査報道番組『PD手帳/PD수첩』の責任プロデューサーを務めていた元MBCの崔承浩(チェ・スンホ)さんで、映画はチェ・スンホさんらがMBC、KBSの社長や役員、理事長らに直撃し、彼らが指示している偏向報道や不当な人事について、執拗に見解を問いただす様子が映し出された。
  まず「KBSの構成員は李明博政権からの天下りを阻止するために総力を傾けた。だがKBS理事会は、(チョン・ヨンジュKBS社長の)解任を決定する日、警察を投入するという前代未聞の強硬策に打って出、記者やPDらの激しい抵抗に遭い、大きな衝突を引き起こした。この事件がまさに『2008年KBS 8.8事態』である。
  事件が起きてKBSが壊れていくプロセスをあぶりだした『共犯者たち』のカメラは、2年後のMBCへと移る。その時はまだ、MBCは相対的に自律的な報道が可能な状況であった。だが李明博が推進した『4大河川事業』の実体を告発するなど、MBCの時事番組が政権にとって目障りな番組を度々送り出すと、李明博は金在哲(キム・ジェチョル)を社長として送り込んできた。金在哲は権力批判の報道を阻止し、放送を検閲した。
  MBCの構成員は反撃を試みた。170日にも及ぶ韓国マスコミ史上最長期間のストライキを繰り広げ、李明博のマスコミ掌握に抗し先頭に立って闘った。ストライキに参加したことを理由に金在哲がマイクとカメラを奪った人材は、のべ200名にも及んだ・・・。」(以上は“コピペ”です)
 4月に観た映画「ペンタゴン・ペーパーズ」といい、この映画といい、マスコミ、ジャーナリスト、それに関連した人たちの巨悪な権力との闘いを描いているが、当然にも「日本の業界」はどうなのだ、という問い返しになる。
 こうした闘いが熾烈を極めれば、極めるほど「ある者は不当解雇され、ある者は担当番組を奪われ、ある者は閑職に追いやられ。働き盛りの敏腕記者やプロデューサーたちがMBC社屋前広場のスケートリンクの管理人に配置させられ」といった酷い仕打ちを受けるのは稀ではない。それを辛くも救えるのは「世論」であり、世論を作り上げる大衆の声であり、行動であり、市民力、政治力ということになる。
 安倍政権のもとにあるこの国を「今一度見直せ!闘え!」と背中をたたかれたような感じであった。

 

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2018年5月28日 (月)

閉鎖的な会社(企業)に未来はない?

 市民、住民を敵に回すようでは
  武器輸出反対ネットワーク:NAJATの杉原浩司さん(東京)が、29日の「UAEに武器輸出するな!イエメン空爆をやめろ! 5.29 川重東京本社&UAE・サウジ大使館アクション」の前のこと。こんなように伝えている。
  「前回、ニュージーランドへの軍用機輸出の中止を求めた際には会議室で要請書を受け取った崎重工ですが、今回は『受け取り拒否』(怒)。総務課のとみやま氏に受け取れない理由を尋ねても『とにかく受け取れない』『防衛施設庁(注:防衛装備庁)がやっていること』。最後は、『受付に出しておけ』と。まったくふざけ切った対応です。」と。
 この事例は、トヨタ自動車の本社の対応と同じである。
 フィリピントヨタ労組(TMPCWA)の闘争(フィリピントヨタ社の、2000年に233名その後237名に対する不当な大量解雇の撤回闘争)を支援する日本の団体(関東地区と愛知の支援する会)が、トヨタ本社(豊田市)に「争議の、早期解決に向けたトヨタ自動車本社の経営指導を求める」要請書をもっていくのだが、人数制限をしながらも毎回応接室で広報担当者が対応はする。しかし、要請書は受け取らない。そこに置いておけ、と言わんばかりである。つまり受け取れば、何らかの「交渉」に応じたという「既成事実」を担当者は恐れてのことだと思われた。この争議は、ILOを巻き込みながら17年を経て未だ解決していない。
 もう一つの事例は、豊田通商の場合である。こちらの対応は真逆。
 1990年の初頭、豊田通商で解雇撤回闘争が起きた。当時「名古屋労組連」がこの支援活動を担った。そこで支援する会を結成すると同時に豊田通商本社(名古屋)に対して解雇撤回の交渉を申し入れた。
 対応した担当者は、きちんと会議室に招き入れ、こちらからの申し入れを、メモを取りながら聞き取りをしていた。そうした「交渉」は、月1回のペースで行われたが、解雇理由について「就業規則に不備があるのではないか」というこちらからの指摘、提起にも応じて、結果としてどのような改定が行われたかはわからないが、従業員の健康維持のための「メンタルヘルス」導入に応じた。
 1995年には、株主総会に乗り込んだ。確かに会場の前列2列は同社社員が固めてはいたが、発言が制限されることはなかった。解雇された本人が参加した時など、パネルさえ持ち込んだのだった。
 交渉の当日など支援する会では、名駅前の人通りの多い場所(現在は近くに移転)で、横断幕を掲げ、のぼりを立て、マイク情宣をして気勢を上げたが、通商側は「意に介せず」といった風な、妨害や警察への通報もなかった。それが「商事会社」ということからのある種の「矜持(穏便に)」だったかもしれないが、今では稀有な「大人の対応」であったと思い出される。
 二つの事例を挙げたが、当時の豊田通商の対応は例外中の例外で、多くは「会社は城、内堀、外堀で固める」つまり、市民、住民は「敵」であり、寄せ付けない。「使者」に対しても、城門を固く閉めて応じない、そんな会社が当たり前になってしまっているのだろうか。未来志向のない、閉鎖社会(会社)は長く続かないと思うのだが。

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2018年5月27日 (日)

100人に一人が日大卒だって!

 在学生、卒業生の動向にも関心
  日大のHPには、~日本全国、また世界各国に広がる校友は116万人を超え、産業、経済、芸術、スポーツなど様々な分野で活躍されています。校友会は、大学の近況を情報発信し、年一回行われる「全国校友大会」を開催するなど、校友のみなさまと母校との絆を深める場として、現在全国に65都道府県支部、18学部別部会、職域別4部会、75桜門会、さらに米、韓国などの8海外特別支部から構成されています~と書かれている。
  116万人という数字は現時点のものか、明治の開学以来の数字なのか不明なので一概に言えないが、現時点のものなら赤子を含めた日本の人口の100人に一人が「日大卒」ということになり驚きである。私の中学の同級生450人余の中に日大卒は一人もいないから、案外首都を含む関東地域にかなり集中している可能性もある。日大の卒業生がどんな分野でどのような仕事をされているのか想像すらできないから、滅多なことは言えないが、100人に一人が「日大卒」だと知ると、なんだかかんだといって自民党が政権を維持している背景に、この「日大」が少なからず影響しているのかな?と勘ぐってしまう。(下司の勘ぐりだろうか)
  これから就職を迎える日大生、特に「体育会系の学生(アメフトは特に)」にとって厳しいことになるかもしれないが、それは大学の体質を変えていくチャンスでもあるので、在学生は沈黙の殻から抜け出してほしい。それは「何も再び「大学紛争」を起こせということではなく、自分の人生を見据えて、このままでいいのか、と。
  私が思うに学生の「本分」はもちろん学識、教養を身につけることであるが、社会に出ていく予備知識を得、交友を広く持ち、仮想人生を描く機会でもあろう。この社会の背骨を担っていく一員の自覚を高める場でもあろうと思うのである。
  そんな“四角四面なことを言ったって、バイトも恋愛も旅行も、学生生活のうち”と言われれば返す言葉がないが、「大学の体質」が問われている、と考えたとき学生はその渦中にいるのであり、大学へ行けなかった私の思いは、どうしても偏るのである。ともあれ、日大生、卒業生の動向にも関心を寄せたい。

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2018年5月23日 (水)

日大アメフトのラフプレー問題

あの日大が・・・日本の病弊の一つか
 5月6日に行われたアメリカンフットボールの日大-関学大の定期戦で、日大のDL選手が、無防備の関学QBの選手に背後からタックルするラフプレーで怪我をさせた。だがそれは「ラフプレー」を超えた「傷害事件」さらには、「組織犯罪」の様相を見せている。
 日大の宮川選手の記者会見を部分的であるがビデオで見た。内田監督、井上コーチの記者会見も部分的であるが見た。その印象、評価、そして選手の将来を案じ、監督・コーチをはじめ日大経営者への厳しい目線は、多くを言わなくても、見た人ほぼ同じであったと思う。
 日大アメフトの“あしき伝統”というのがあるらしい。内田監督の前の監督は篠竹某といい、「闘将」という名の規律は重んじてはいたが、鉄拳にスパルタだったという。独裁政権だったとも。それをそっくり受け継いだのであろう内田前監督は。「独裁者」といわれる者は、自分が独裁者だという認識以前に“歴史に名を残す”“過去にない成果を上げる”名将、経営者、政治家というヒロイズムに浸るのであろうか。
 それにしても“あの日大か・・・”
 こんな時、持ち出す事例ではないが、私はこの“事件”を知るとすぐに1968年ころの大学紛争、特に日大・東大における「全共闘運動」を思い浮かべた。私はすでに就職していて当事者ではないが、職場では「反戦派」の末尾についていて、学生たちの「全共闘運動」と「反戦派(少数派)労働運動」に、なにがしかの共通点を感じていた。
 当時の日大は、古田という独裁的会頭のもと、大学という名の今で言う「ブラック企業」「ブラックキャンパス」で、ついに学生たちが決起したのだった。(今の日大生のことは知らない)
 この事件と安倍晋三、安倍政権の類似性を指摘する声もある、確かに。ただ、それはそれであまり軽く考えないで、もう少し慎重に考えていかねばならないだろう。他にも政界だけでなく教育界、医療などの社会的な領域、業界にも蔓延していることはないかどうか。そうした病理、病弊の普遍的な要点をとらえることで、陰に隠れている“悪の親玉”あるいは、隠された“歴史的事実”が見えてくるのではないだろうか。リアルに向き合うことと根源を探る2面性を持ちたいものだと思う。

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