2017年6月28日 (水)

中電の株主総会で思う

 今年も欠席したが・・・
 脱原発運動の一員として、中部電力の株を購入したのが4年前。最初の年の株主総会に出席して、主として「リニア中央新幹線の電源確保」について質問をした。これはリニアが、原発の2~3基分の電力を消費すると聞いていたから、その実際の想定消費電力量と、その調達方法、JR東海からの配電要請の有無を問うたものだった。
 これを中電の側からまともに応えようとすれば、浜岡原発の全基が停止状態で、夏の消費電力最盛期で10%以下の余裕電力しかないことを考えれば、現状では、原発の稼働が前提にならざるを得ない。それを公言できない中電は、「まだ何も決まっていない、JR東海のことは他社のことですから知らない」という全く答えにならない対応であった。
 実際問題として、中電側には二つの選択肢があると思う。まず原発の再稼働を前提にしない電源確保に努める。これは、火力発電(LNG、石炭)の強化、水力発電の効率化、再生可能ヘネルギーのシフト拡大、他社からの融通、現新幹線の本数を減らすことで消費電力を減らす、などではないか。本来なら消費者の節電、企業や団体、個人のソーラー発電等の推奨、オール電化の見直しもありだが、営業上の問題かあまり言わないようだ。
 次に、原発の新規増設はあきらめるが、廃炉が決定している1~2号機を除く他の原発の再稼働を、他の電源確保の推移を見ながら最小限度で進めるというものだ。
 このように中電(電力会社)には「二つの選択肢」があると思うが、AかBかということでもないだろう。第1義的には「必要とされる供給電力量に見合った電源の確保」と「営業面の兼ね合い」ということだろうと思う。私たちが「再稼働反対、全原発の廃炉」を第1義的に求めることとの隔たりはここら辺りにあるのではないか。ということで言えば、電力会社と市民運動のせめぎ合いとは別に、ドイツ、ヴィエトナム、韓国などに見られる「政治判断、国策」が大きな要因である。市民運動と政治が固く結びついている証である。
 であるが、本日の中電の株主総会は、「家事都合」で3年連続欠席となった。

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2017年6月10日 (土)

「共謀罪」阻止緊急行動、集会とデモ

この日、5つの集会などがあり
 もちろん、たまたまであろうが、今日はなんと5つの集会などが重なった。それぞれの取り組みには努力が払われているので、集会名などを記録してその労に報いたい。
1)「共謀罪」阻止緊急行動6.10大集会・デモ、沖縄現地と連動。
2)山尾志桜里(民進)衆院議員「共謀罪」講演会、中京大学教授 大内裕和さんとの対談あり。
3)沖縄はつきつける 高野 孟さん講演会とデモ
4)レイプ隠しを許さない!怒れる女子デモ。詩織さんの検察審査会への再審査申し立てを応援しよう!
5)ベーシックインカム(BI)学習会(緑の党東海)。講師は青木秀和さん。
 1)の「共謀罪」阻止緊急行動6.10大集会・デモだけが午前から午後にかけて取り組まれ、何とか午後の集会につなげて参加できそうだ。
 最初にも書いたが、こんなに重なってしまっては、いずれの集会にも出たいと思う人にとって“もったいない”と思うのではなかろうか。
 どうしてこうなってしまうかは、政治課題が山場に来ていること、集会の設定には、会場と講師などの確保のために1か月以上の準備期間が必要であること。そして人の集まりやすい土曜日、日曜日が選ばれることなどがあげられよう。
 ではそうした“分散”がどうしても避けられないものなのだろうか。避ける方策はないのだろうか、と思うのは私一人ではないだろう。
 今となってはそれぞれは「選択的参加」とならざるを得ないが、「野党共闘」を叫ぶ一方で「市民共闘」も欠かせないが、未だ「それぞれ」が優先、率先ということであろうか。現状の反映ということとしか言いようがない。
 訂正:4)レイプ隠しを許さない!怒れる女子デモは、11日でした。
 

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2017年5月 7日 (日)

福島原発・廃炉作業の苦闘をみる

 廃炉への道は、わが世代の道
 前半の一部を見落としたが、NHK・BS1の「廃炉への道・全記録~原発最深部が見えた!溶けた核燃料の実態は~」を見た。検索してみると「メルトダウンした3つの原子炉を同時に『廃炉』にする前例のない闘いが続く福島第一原発。最大の難関“核燃料デブリ”の取り出しに向け、大きな岐路に立っている。極めて強い放射線に耐え、放射性物質の飛散も防ぎながら、デブリを安全に取り出せるのか。技術開発の現場は困難に直面し続け、デブリを直接確認する調査も大幅に遅れている。デブリをどう取り出すか、大方針を決めるまであと1年、決断の時が迫る最前線をルポする。」とあり、その作業の困難さ、作業に当たる苦闘が伺えた。
 原発事故のそもそもは脇において私は、人類史上未体験の領域で作業する人たち、つまり研究者であれ、技術者であれ「労働者」の苦闘を見る。そして、作業用ヘルメットから三菱重工、日立製作所、東芝の三社が共同で対処していること、研究費、ロボット開発、実験装置等々にかかる莫大な費用と、完遂まで30年、40年(確実性には?)という時間に嘆息。なんということだろう。担当者は言う「私たちの世代では(廃炉)終わらない、次につなげていくためにも」という責任感の満ちた言葉を受け止めた。(ここで政治の無責任、放埓を言いたいところだが)
 そしてこの「NHKスペシャル」の過去の放送を拾ってみた。廃炉はわが世代の道。多くを見逃した、痛恨。
2014年04月20日(日)  廃炉への道 第1回  「放射能"封じ込め" 果てしなき闘い」 (前半)
2014年04月25日(金)  廃炉への道 第2回  誰が作業を担うのか
2015年05月17日(日)  廃炉への道 2015 「“核燃料デブリ”未知なる闘い」
2016年05月29日(日)  廃炉への道 2016「核燃料デブリ 迫られる決断」
2016年07月17日(日)  廃炉への道 2016「核燃料デブリ 迫られる決断」(再)
2016年11月06日(日)  廃炉への道 調査報告 膨らむコスト~誰がどう負担していくか
2017年04月15日(土)  廃炉への道 2017「核燃料デブリ 見えてきた“壁”」
2017年05月07日(日)  廃炉への道 全記録 原発最深部が見えた!溶けた核燃料の実態は

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2017年3月30日 (木)

美浜原発3号機の差止め裁判の第1回口頭弁論

 老朽化、再稼働・・・司法に限界か
 関西電力・美浜原発3号機の差止め裁判の第1回口頭弁論が、名古屋地裁で開かれた。詳細は、ホームページあるいは原告団のどなたからかあると思うので省く。
 最初に原告の側から、元美浜町議の松下照幸さんが意見陳述を行った。続いて弁護士から訴状と準備書面の①~④について詳細な説明がなされた。熊本地震から得られた地震の影響が、原子炉にどのように影響するのか。地震による“揺れ”が、原子炉の機器や配管に及ぼすことが考えられる「金属疲労」について、耐震審査における「疲労評価」、そして火山活動に影響についてなど。これらの中には、原子力規制委員会への批判も含まれる。
 法廷の場でのそうした主張は、老朽化した原子炉の再稼働を認めない、という判決を引き出すためのものであり、その可能性は十分あるというのが弁護団の意思と見解である。
 一方被告の関電の主張、反論はこれからであるが、「訴訟を起こした原告にその資格があるのか、原告の主張の棄却を求める」というものだ。
 28日には、高浜原発の3号機4号機について、大阪高裁は「原子力規制委員会の新しい規制基準は不合理ではなく、原発の安全性が欠如しているとは言えない」として、大津地裁が運転停止を命じた去年3月の仮処分の決定を取り消し、再稼働を認めた。そのあまりにひどい判決に裁判官・司法への不信と怒りが高まっており、また四国電力の伊方原発の差止仮処分広島裁判の判決が今日の午後にあり申請は棄却された。
 こうした事例を見るにつけチェルノブイリ、フクシマを顧みない、原発問題の歴史と時間は、逆戻りつつあるのではないか、あるいは頼らざるを得ないというものの、司法の場でこの課題を克服するのはハードルが高すぎる、やはり「政治」をもって「廃炉・脱原発」をめざすべきとの感じを強くしたこの日であった。

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2017年3月 4日 (土)

東京・豊洲市場の、移転問題

 背景に「政治・行政・利権・民意」の問題
  東京都の豊洲市場の移転問題で、移転決定時の知事だった石原慎太郎氏(84)が3日、日本記者クラブで記者会見した様子をニュースや新聞で見たが、一瞬この人「晩節を汚したな」と思ったがすぐに、「晩節まで汚したな」と思い直した。
  作家としての石原慎太郎は、私はあれこれ評価するものを持っていないが、世間ではそれなりの評価をされてきたと思う。だが「政治家」としては「極右」という印象だけが私の中にあって、「作家としての評価」が高いとしても、国会議員、都知事としての評価を高く買うことはできない。ということで今回の記者会見での態度は、「唯我独尊」がそのまま態度に現れた感じで、自己肯定、責任転嫁、意図的お惚け(健忘症を盾に)、これはやはり「晩節まで汚したな」ということになる。
 ま、これ以上言を重ねても意味はない。で、結局この「市場問題」はどう行き着くのか。思うに、①土壌汚染問題などいろいろ問題はあるが、最終的には「豊洲市場」に落ち着く。②“もったいない”が、豊洲を断念して築地市場を「全面改修」するという方針転換を図る。③第3の場所に新築移転または増築移転する。
 ①の場合、土壌汚染問題の完全な解決と科学的な検証が求められ、その間の「補償」問題と、年間維持費の問題は残る。また「仲卸業者」の指摘にも答える必要がある。②の場合、一度も使われることがなく“もったいない、無駄の極致”ではあるが、全面的に解体をして更地にして売却し、その資金と新たな都税の投入で「築地市場の全面的な改築」を図る。となれば、かなりの時間を要するので、東京五輪までには終わらない。また、現状の「築地市場」が、「豊洲市場」規模に生まれ変わりうるかどうかは問題として残ろう。③の場合、築地と豊洲の土地の売却が資金となるが、現状の近辺に新たな土地を得ることは難しい。また、東京湾のどこかに知られざる「魚市場」があって、交通の不便さは多少あっても、周辺に買収可能な土地もあれば、新規出直しもできないことはないだろう。しかしこれは「架空」の話に過ぎない。
 とまあ、「他人事」のように書いてみたがそれは表向きであり、「日本の台所の問題」である以上に、「政治・行政・利権・民意」という問題をはらんでいるのであり、これからもこの種の問題が、全国の道府県で起こり得て「豊洲問題」がその「代名詞」にならないとも限らないからだ。もちろんそんなことが、この愛知で名古屋であってはならないことは言うまでもない。

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2016年11月20日 (日)

路線廃止?JR北海道の場合

 “地方と鉄道”が示す問題を考える
 報道によると、JR北海道は11月18日、利用者数の減少などにより「単独では維持することが困難な線区」10路線13線区を正式に発表したという。13線区の合計は1237.2キロメートルで、全線のおよそ半分にあたるという。
 ここでの問題は、もっぱら民営会社の経営上の問題であるから、例えば廃線見直しの「陳情」はできても、自治体との「上下分離方式」か、廃線区間の「バス路線」に切り替え、または大幅であれ、採算がとれる近くまでの「値上げ」をもって維持するかにある。恐らく「第3セクター」による再建、運営は現実的ではないのだろう。
 しかし、利用者が減り続けるという地方の「過疎化」「地場産業の衰退」の実態が回復しない限り、どの方式もいずれ行き詰まり、一時しのぎに過ぎない。
 交通網の整備は、地方・地域の「生活基盤」と、物流としての「産業」そして「観光資源」のためにあるといえるが、「自動車社会」の到来と「都市集中」の傾向が強まり、現在の問題が生じている。
 では、かつての「国鉄時代」のように、収支に関係なく、地域住民の「利便性」だけで運営し、赤字は「税負担=国民負担」とする方式の復活はあるだろうか。あるいは、地球温暖化・排ガス規制で、車の保有が、極限まで規制される時代が来て、「鉄道」が見直される時代が来るだろうか。
 未来のことはわからないが、SF的な「無人運転、無改札、水素列車」の登場も空想できないこともないが、それとて、利用者の多い都会での話だろう。やはり「人が住む」ことがなくては、鉄道を存続させることは難しい。
 現政権のように、新幹線の整備や「リニア」にうつつを抜かしている限り、「地方と鉄道」が抱える問題には目もくれないであろうが、この問題は、以上のような問題や地方自治、TPPとも無縁ではない。そのように考えるとJR北海道の問題は、「この国行方、近未来社会の構想」についての問題意識を私たちに投げかけているともいえよう。

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2016年11月 5日 (土)

男の気持ち・生き方(139)

  異世界のギャラリーを覗く
 所用があって、名古屋・栄に出かけた折り、「市民ギャラリー栄」で開催中の「みどり墨彩展」に立ち寄った。中学の同級生から誘いのはがきが来ていたのだった。彼自身3点を出品していた。
 まず「水彩」と「墨彩」の違いは何か、そして絵の世界で「墨彩」は、一つのジャンルとして確立しているのか、を聞いてみた。私が理解したところによれば、水彩画の場合、普通は鉛筆などでスケッチして水彩絵の具で色を入れていくのであるが、「墨彩」の場合、ごく一般的な墨汁(墨)を使って全体をイメージしながら輪郭(スケッチ)を描いていく。鉛筆ではないので、消して書き直しはできない。そしてやや黒い部分も入れていく。素人には、墨は滲まないか、その上から水彩絵の具を塗っていくと、混ざって汚くなってしまわないか、という疑問はあったが。
  まず画用紙は、和紙を使うのだという。そうすると墨が乾く(固まる?)とそれが境界線のようになって水彩絵の具を使っても混ざったりはしない、浸透することがないのだという。これらの画法は、講師の南氏の発案であって、全国化しているわけでもないのだという。
 作品のあれこれについての感想は、その方面に不明なれば“全体として風景画が多いが、人物画には向いていなのかな?”“油絵のように塗り重ねの画法とはちょっと違うことがその理由かもしれない”“大きなサイズの絵はあまりないのかな?”“水彩画では100号もないではないが、これが6号(一般的なサイズ)だよ”“結構、デッサン力がいるみたいだね?”“なんでもそうだろうが、構想力あっての出来栄えといえるかな”“あんたの絵に詩をつけたが、案内はがきにあった、この絵に詩をつけたらどうなるか、来る途中考えてきたんだが、中途半端のまま”“何でも言えることだが、異業種とのコラボも意外な世界が開けるかもしれない”(詩画、俳画などは珍しくはないが)という会話を交わしたのだが・・・。
  余暇・趣味にしろ、セミプロにしろ、現在の私には、社会とのかかわりを断った世界に埋没する気持ちにはなれなので、こうして与えられた機会だけでのみ、「異世界」と接することが多い。
  ついでに上階で開催中の、「第31回 国民文化祭・あいち2016-華道フェスティバル」なるものに寄ってみた。いわゆる「いけばな」であるが、私がイメージする“花器に生けられた花の造形美”とはかなり離れていて、“いけばな”というより“花という素材を使ったアート”といった方が近いかもしれない。特に花を生ける、あるいは支える器材そのものからして、相当手が込んでいるのである。中には「SHALL  WE DANCE」というタイトルの、2体が手をつなぐような作品もあった。それにしても、「流派」はたくさんあるもんだなあ、「池坊」とか「石田流」とかは、知らないまでも聞いた、見たことはある。だから“暖簾分け”したものとか、あるいはどなたかが、大きな賞をとったうえで「流派」を名乗れば、それも一つの流派になっていくのだろう。ま、どの業界も似たようなものだが。
  こうして1時間足らずであったが、「異世界」に入ってみると、好奇心をくすぐられることもあるが、改めて自分の才のなさを知り、「異世界」の広さ、自分の立ち位置とかを知ることになる。そうした刺激みたいなものを受けることによって「私は、私の時間を持って過ごしてきた。小なりとも仕上げるという作業がないだけ。仕上げることのない未完の人生なのだ」などと思ったりするのである。

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2016年8月 6日 (土)

8・6広島原爆忌に寄せて

  個人メッセージを送った
 松井市長あてに、「ピースサイクル愛知」とは別に、8月2日付で個人としてメッセージを送った。
                ◇
 71年前の8月6日、その朝の空と私が見た今朝の空にどんな違いがあったというのでしょう。今朝の名古屋の空は、雲がかかっていましたが、晴れ間の多い夏空。“暑くなりそうだな”
 第1火曜日、この日私は資源ごみを出して病院へ行く支度を始めました。午前8時頃でした。
 そしてその15分後、私は朝食の“そーめん”を茹でるために、ガスコンロに点火しました。そう、その時の71年前、広島上空600メートルのところで、核爆弾が爆裂しました。
                ◇
  1986年から始まった、自転車で走り継ぎ、平和メッセージを広島に届ける運動「ピースサイクル」は、たちまち全国に広がり、その3年後にこの愛知にも伝わって、私も“ピースサイクリスト”の一人になりました。
 2016年7月26日の午後、私たち愛知と静岡の仲間は、陸上自衛隊豊川駐屯地のゲート  前にいました。
 2016年7月27日の夕刻、私たちは、中部電力の本店の一室にいました。
 2016年7月28日の正午、私たちは、航空自衛隊小牧基地のゲート前にいました。
 豊田市、日進市、名古屋市、愛知県の庁舎を訪ね、平和行政などを申し入れました。
                ◇
 1999年成立の「盗聴法(通信傍受法)」、そして安倍政権では「特定秘密保護法」さらに一連の「安保法」を成立させました。「周辺事態条項」「憲法改正」論議に至っては、平和憲法の精神、条項を踏みにじる「戦争への道」が現実化するものであり、それは核兵器の使用の前提にもなりかねません。とても看過できるものではなく、闘い、運動を続けていきます。
 私たちは、世界の全ての核の廃絶を求めてピースサイクルを続けていきます。そして、加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の会長として、貴職のますますのご精励を期待いたしております。

 黙想しつつ、今一度広島へ行かねば、と今年もまた念じた“その日の朝”であった。

補記:8月6日午前8時15分、私はラジオから、広島平和記念式典の実況中継を聞いていた。録画でなく、テレビでもなく、直接ラジオから耳にしたのは何年?いや何十年ぶりか。やはり聞いていると耳に集中し、光景を想像するから、よりリアリティの感じがした。黙とうも黙想の中にあった。

 

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2016年7月31日 (日)

沖縄の心と一つになるには

 集会とデモに参加して
 
 この修正原稿を書いている時、東京都知事選挙の結果が報じられ小池百合子が当選となった。「小池都政」の前方に「青空か暗雲」のどちらが広がるのか、気まぐれのように晴れ間もあれば、曇り、曇りから小雨、さらには雷雨となり、都心は“水浸し”になるのか。そして「鳥越氏自身とその応援団」は、「小池都政」とどんなスタンスをとるのか、都政-国政にどんな対応をしていくのか、「野党共闘」の行く末はどうなるのか興味は尽きないが、それはそれとしてしばし注視するほかない。
 都知事選の投票が行われている時名古屋では、「沖縄からはっきり見える 基地・軍隊と人権」と、タイトルがつけられた集会があり、そのあと、繁華街・栄でデモがあり参加した。
 8月もスケジュールに空白が多いわけではないが、6月、7月に較べれば、小旅行、映画鑑賞の時間はとれそうだ。その意識からというわけでもないが、今日のこの集会とデモは、スルーできないし、ピースサイクルの「沖縄県知事」宛てのメッセージに気持ちを込める意味からも、やはり参加してよかった。
 集会のメイン、沖縄からの報告と講演は、「1940年生まれ、那覇市女性相談員7年、那覇市議会議員4期を務め、現在『強姦救援センター・沖縄』代表、『基地・軍隊を許さない行動する女たちの会』共同代表、『島ぐるみ会議』の共同代表」という高里鈴代さん。
 話の大筋は、今年の4月28日、うるま市に住む20歳の女性が、元アメリカ海兵隊員で現軍属の男(32歳)に殺害され、遺棄された事件を軸にして、沖縄の虐げられた、差別、犠牲、怒り、悲しみの歴史を、現政権の「沖縄政策」と重ね合わせながら、そして、現地沖縄で進行中の「高江オスプレイ(ヘリ)パット」の、強権的建設工事と、全国から集められた機動隊による暴力的排除の実態をリアルに語ったのだった。
 淀みのない2時間の講演は、制限がなければ、どこまで続くかわからないというほどに、濃密で蓄積されたなものであり、話を聞き続けるほどに、何かの“残酷”さや“惨たらしさ”を前にした時、目をそむけたくなる心理は誰にもあるだろうが、そんな風なこちらが“もういい、それ以上は言わないでくれ”と思いたくなる重さであった。
 「沖縄の問題は、私たちの問題だ」と思い続けても、いったいどこまで沖縄の心に近づくことができるのだろうとの思いに終わりはない。話を聞き、現地を訪れたとしても、だ。
 思い起こせば、1970年を前後して運動の端くれについたころ、「70年安保・ベトナム反戦」「部落差別・狭山事件」「新東京国際空港・三里塚闘争」「労働戦線の右翼的再編・全民労協」と共に、「72年沖縄返還・佐藤訪米阻止」が、政治課題としてあった。「沖縄学習会」にも参加したこともあって、今でさえ「忘れまじ!オキナワそしてフクシマ」なのである。その限りでは、「沖縄の心」から離れることはないとしても、容易に近づいてはいかない。いつもながら、“せめて”集会、デモへの参加なのである。
 なお集会は、「あいち沖縄会議」の主催。名古屋市教育館・講堂で定員200人は満席、私を含めて両サイド、後方は立ち見などで、全体で240人ほどであったろうか。デモは、会場から栄の繁華街を約1時間かけて一周して終えた。

 

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2016年4月20日 (水)

三菱自動車の燃費不正事件

 ‘企業体質’を考えさせられる
 三菱自動車は、軽自動車「eKワゴン」と「eKスペース」、OEMの日産自動車向け「デイズ」と「デイズルークス」の計4車種で、実際よりも燃費を良く見せる不正を意図的に行っていたという。
 この会社は、2000年に大規模な「リコール隠し」が発覚し、リコール隠しは04年にもあった。2002年に山口県と横浜市で続いた大型車の死亡事故では、元社長らが有罪判決を受けた。それは池井戸潤の「空飛ぶタイヤ」(講談社文庫)という小説にもなったくらいだ。さらに、さらに2012年には、エンジン部品で軽自動車176万台のリコールとなった。
 いったいこの会社はどうなっているのか、と誰もが思うに違いない。いずれ、社会からも、ユーザーからも手痛い、ひょっとして企業存続にかかわるようなしっぺ返しを受けるかもしれない。
 こうした「企業体質」を改めて考えてみるに、大手、中小、零細に至るまで、企業の「体質」はどこでも持ち合わせているといえないか、それは人間とさして変わりがないほどに、と。
 昨今、「ブラック企業」という名を被せられた企業があり、やり玉に挙がっているが、それも氷山の一角ではないだろうか。その後に改善されたであろうか。また体質とはちょっと違うが、かつては「軍需産業=死の商人」と揶揄されていた時、企業側は「防衛産業」と言っていた。そこには企業秘密がゴマンとあり、安定的な「官需」に支えられる一方、社員の身元調査など「人権侵害」と思われる事例があった。(これは今も変わらないと思う)
 或いは、いわゆる「優良企業」といわれる中には「労働組合を認めない」を象徴とする「労基法より就業規則が優先する」、日常的な「活動家排除、抑圧」等の実態が、「争議」を通して明らかになった事例が思い出される。
 現在でも、フィリピントヨタ労組の15年に亘る争議を見ていると「トヨタの体質」が見え隠れする。その一例が、アメリカでのリコール問題やセクハラ問題ではいち早く「本社主導」で解決にあたり、フランスで起きた労働者の自主的なストライキ(山猫スト)に対しても早期解決に動いた。
 しかし、フィリピンでは15年経っても争議は解決していないのである。これについて争議を支援している仲間内では、「市場規模の違い」と同時に、欧米と分け隔てる「アジア軽視」という差別意識がトヨタ自動車にあるのではないかと疑っている。
 或いはこんな例も。何度かトヨタ本社に出向き、「早期解決にトヨタ本社が主導すべき」という申し入れをしてきているが、トヨタはその申入れ書さえ受け取らないのである。そこでその申入れ書は、机上に置いたまま帰ることになるのだが、それがどう処理されたかは知らない。しかし、こちらの申し入れは熟知しているところがあるから、「適切に処理」され、あるところまでの上にあがってはいるのだろう。
 或いは昨今では、あちこちで見られるようになったが、トヨタの門前でビラ配りすると、門の内側に、大きな籠が用意されていて、そこにビラを捨てよと促すのである。そこまでなら、まあ有り得るかな、とは思うが、トヨタでは守衛が‘取り上げる’という風景が見られたと、ATU(全トヨタ労働組合)からの報告がある。そこまでやるか!といいたいがこれも「企業体質」といえないか。
 リコールのような「ニュース性」は薄いかもしれないが、現場に立ち会っている者の目からは、企業が持つこの「治外法権」的な対応、「城内平和」の徹底管理は、「民主主義・デモクラシー」「個人の尊厳」って、生易しものではないと、実感させられるのである。

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