2019年11月15日 (金)

金官行動に初参加

 持続的な「反原発」のシュプレヒコール
 毎週金曜日、午後6時30分からの「原発の再稼働反対」を訴える首相官邸前抗議行動「金官行動」に初めて参加した。ピースサイクルの仲間が核廃棄物を詰め込むドラム缶を模したものをコンダラに載せて自転車で曳いて周辺を走るという情報もあっての初参加であった。
 住み慣れた都民にとって網の目の交通網は便利この上ないであろうが地方からの上京者にとってJRと地下鉄の乗り分け、改札から地上へのルート、地上での方向感覚など、予備知識なしでは動けない。宿舎の神田から東京駅に出てそこから東京メトロ丸の内線で国会議事堂前へ。3番出口から官邸前交差点へ。
 主催は「首都圏反原発連合」で午後6時30分からの行動開始であるが、その前に某団体がひとしきりアピールを続けた後、野党に直接訴えるとかで永田町の議員会館前方面へ10数人が移動していった。国会審議で野党の対応が不満だというのだ。この「野党批判」は、ピースサイクルの会議でも出されていた(後日報告)。そうした批判は野党に期待するが故であるが、国会のある東京と地方とでは受け取る側に心理的な面かもしれないが濃淡が出てしまうようだ。まっとうな批判ではあるけれども地方では支持議員の向こう側に「政党」がある。議員への配慮が政党批判を薄めるのかもしれない。
 この日の抗議行動は、野党議員、著名人の参加もなく、20分ほどのシュプレヒコールの連続と次に参加者のアピール3~4人、そしてまたシュプレヒコールの繰り返し。それほど広くない歩道は通行確保のために部分的ではあったが柵が設けられ、従って参加者は1か所に集中することはなく、一人二人程度の並びでずっと連なることになる。
   主催者とマイクのある交差点に居た私は、7時過ぎに参加者の連なる歩道を最後尾まで行き、そこから道路の反対側に出て全体の雰囲気を確かめたのだった。ざっと100人から150人くらいであろうが、多くはグループごとの参加のようで私のように「一人参加」は数人程度、なかなか溶け込めにくいものがないとはいえない、ということもあったが私は、この行動の前の通行人の多くは「国会、国政」関連の公務員かな?との思いで通り過ぎる人の表情ばかりを見ていた。毎週末のことだから珍しくもないからか多くは一瞥すらしないで通り過ぎて行く。中には耳をふさぐ人も一人、二人。そんな光景を見ていると「反原発」に強固な意志と危機感を持続していないと、或いはグループ参加でローテーションを組むなりをしないと、持続的な参加は難しい気がした。
 この夜は冷え込みがなかったがこれから先は寒くなる一方。主催者は「当日の天候に注意し、気温の変化に対応できる服装や水分補給、雨具の用意を」等の注意を促していた。
 シュプレヒコールは、全国主要な原発の名前をあげ「〇〇原発再稼働反対!」それと東京に最も近い「東海第2原発」さらに問題の渦中にある「関西電力」に集中。そして原発推進、再稼働の安倍首相にたいして「やめろ!」のコールの繰り返し。最後のシュプレヒコールのあと午後8時きっかりに散会した。
 

 

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2019年10月28日 (月)

ゲノム編集食品・講演を特集

 C&Lリンクス愛知電子版・第68号
 27日の「食べない!ゲノム編集食品 河田昌東さん講演会」の、難しい内容をともかくブログに上げたが、それを基に第68号の編集に着手して今日のうちに発信した。その内容は1)食べない!ゲノム編集食品 10・27河田昌東さん講演会。2)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<10月20日~10月28日> 3)「ツネじい通信」 NO56  ダムはギャンブル、堤防強化こそが求められる。4)あとがき。シンプルに4ページ。
 あとがきでは、●本号の編集がほぼ終えたところに「ツネじい通信」第56号が届いた。その内容が生活、インフラを水害から守るダムを絡めた「治水」の話題でした。一方私は日常の食品から入って来る「ゲノム編集食品」「遺伝子組み換え食品」から身を守る話題を取り上げた●「人生百歳時代・・・」というけれど、私自身は想定できないので“誰のことを言っているのか?”と思ってしまう。なんか胡散臭い●とはいえ現実に生きているということは、致命的な病気に罹らなかった、危うい事件、事故に遭わなかった、絶望的迷妄の世界に陥りなかった、ということであろう●ではあっても、知らない、自覚できない「魔の手」が忍び寄っているのではないか、日本人の死亡原因の病気は、2位が「心疾患(心臓)」、3位が「脳血管疾患」、4位が「老衰」、5位が「肺炎」そして1位は「悪性新生物(ガン)」であるという。ガン発生のメカニズムは知らないが、多くが摂取する食品によるのではないか、とすれば「残留農薬」「様々な添加物」に加えて、「遺伝子組み換え食品」研究途上にある「ゲノム編集食品」に目がいく●遺伝的な病気もあるが、「遺伝子・ゲノム」の問題は、私たちの世代が次の世代、次の次の世代まで「連鎖被毒」を残してしまうことになる、それはいけないことなのだ。
 こうした非日常的な話題ではあるが、深刻な問題を詳しく聞かせてくれる人がこの地に居て、身近なことはとても嬉しい、ありがたいことである。

 

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2019年10月 8日 (火)

「表現の不自由展・その後」展示が再開

 状況は悪化しているのでは?
 8月1日から10月14日まで開催中の芸術祭「あいちトリエンナーレ」の、8月3日に突然展示が中止されていた企画展「表現の不自由展・その後」が、今日の午後再開された。
 この間、「表現の不自由展その後」の中止問題は、部分的ではあれマスコミで報じられるところとなり、このような「表現の自由の侵害」「公権力に介入」とりわけ河村市長の言動、菅官房長官の発言、文化庁の補助金交付をこの段になって中止するなど、その波紋はどんどん広がっていった。こうした状況、雰囲気について多くの人が感じているだろう「これはアベ政権の姿勢が如実に反映したもの」と。
 展示再開を求める運動が活発化し、大村知事も条件付きながら再開に動き始めていく過程で私は、その動きを注視し賛同もしてきたが特に行動しなかった。いつものように「優先順位」のこともあるが、何といっても今回もこれまでも「あいちトリエンナーレ」を実際に見ていない、このことがネックになっていた。
 今日の時点で少し変化を感じたのは、再開に反対する側が河村市長をはじめ「顔」を見せたこと、その主張が当初「平和の少女像」に向けられていたのが、今日の動きでは「焼いた昭和天皇の写真」だけを問題視していた。
 ここがいかにも河村らしいところである。「平和の少女像」については、「従軍慰安婦」問題だけにとどまらず、外交問題としての「日韓問題」というもう一つ大きなバックがあり、「南京虐殺はなかった」とうそぶいて非難の最中にあるだけにトーンを弱くしたのであろう。加えて、元号が変わり「天皇即位の礼」が近づき、国民の関心が皇室に向けられつつあると読んで、河村市長の掲げたプラカードにはなんと「日本国民に問う 陛下への侮辱を 許すのか!」とあったのである。
 私は改めてこの問題の出発点に戻ってみた。それは「C&Lリンクス愛知電子版・第53号」(8月5日付)で、「なぜこんなことが!あいちトリエンナーレ『表現の不自由展・その後』の展示中止に抗議する!この社会を憂う」の一文を読み返したのだった。
 芸術監督の津田大介さん。是枝裕和監督、上智大学元教授の田島泰彦氏(メディア法)の話、ジャーナリストの青木 理さんの話、早稲田大学名誉教授の戸波江二氏(憲法学)の話、大谷昭宏さんの「あいちトリエンナーレ慰安婦像問題」、「事実上の『検閲』」河村市長に発言撤回求める」マスコミ文化情報労組、これら各界からの意見、見解がまともであることに、その時は少し気が楽になったが、河村市長の言動を見て、改めて危機感を覚えたのだった。「大村知事リコール」ではなく、10月14日以降は「河村市長退陣!(やめろ)」の動きが出てくることを期待したい。(名古屋市長選は2021年4月)

 

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2019年9月17日 (火)

修理・治療は予防と早め

 “変だな”の感得、感性が大事
 先月末から始まった歯の治療が今日で終わった。早めの治療で2本目の抜歯を免れ、これで「8020」の可能性は高まったが、「傘寿」まで命をつなぐことができるかどうか。
 壁のクロスに細くだが裂け目が生じてメーカー補償の修理があった。どんな手法で施すのか興味があったので観察した。裂け目を中心に左右3センチ幅で切り取り、それを入念に復元させ、下地を接着剤で補強し、元に貼り戻した。切り取ったものを新しいものに取り換えると周囲との色違いが出てしまうので、再利用したのだという。仕上がりは上々で、裂け目も、継ぎ目も見分け出来ない。職人技の一つなのであろう。
 日頃、洋傘の結び糸が切れたから補修した、配管の隙間から虫が出たので塞ぐ作業をしたなどの修理、手当、また衣類のボタン付け、ゴムの入れ替えなどは割とこまめにやる方だが、体の病気ばかりは医者に頼らざるを得ない。だが日ごろからこまめに手入れする習慣があると、病院通いもあまり躊躇しない。“まあいいや”ではなく“何とかしなくちゃ”が先に来るのである。
 さて、政治、社会の過ち、病根にいち早く気がついて、それを改善すべきは、各級の議員の務めであろうが、市民・住民の力でもあろう、と当たり障りのないことを言ってみても事は容易く動かない。
 昨今の電気のブラックアウト、風水害をみても、沖縄の米軍基地問題、原発の廃炉などと違って、その気になっていれば防げたか最小限に抑えることができたのではないか、という気がする。
 “お父さん、雨漏りするから屋根をふき替えたら?”と子供たち促されても“今は新車を買う方が先”などとほざいている、そんな風景を政治に見てしまう。
 台風15号でいまだ千葉県内では約6万6000戸が停電していて、全面復旧にはまだ10日以上かかるというが、“なんで?もっと早く、何とかならないの?”とは誰もが思ったのではないか。高圧線鉄塔が倒れる、電柱が何千本も倒れるなんて「想定外」ではあったろうが、その「想定」が怪しい。
 何気なく“変だな”と感じたとき、それを見過ごさない、そういう習慣づけというか感性、感得を持ち続けたいと思う。

 

 

 

 

 

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2019年8月30日 (金)

映画「不都合な真実・2」

 アル・ゴア米副大統領の取り組み
 「シネマ散歩・緑の会」の第12回映画鑑賞会。このドキュメンタリー映画は、2006年の「不都合な真実」の続編で、気候変動問題に取り組むアル・ゴア元米国副大統領を中心に、2016年のパリ協定調印までの道のりに焦点が当てられ、2017年7月28日にパラマウント映画配給で封切られたものだという。それからこの2年の間に地球環境はどれほど悪化したであろうか(改善したとは思えない)、トランプ米大統領の「パリ協定」離脱をアル・ゴアさんは今、どう思っているのだろうか。
 ビル・クリントン大統領の時の副大統領であったゴア氏。名前だけは薄々知ってはいたが特に印象はない。2006年の「不都合な真実」も全く知らなかった。2006年頃といえば、愛知万博が終わった翌年、私は、万博反対運動に全精力を傾けていたこともあって、この頃の2~3年は、精神的な「空白」期間のように思える、そんな時期であった。
 映画の第1印象は「アル・ゴアの本気度」であった。どうも私にはアメリカのトップ級の政治家は、環境問題に関心が薄いのではないかという“偏見”があるようで、ゴア氏が世界を飛び回って「気候変動・地球温暖化」問題にかかわる若きエキスパートを何千人も育ててきたという事実が信じられなかった。
 もう一つは、2016年当時発展途上にあったインドの対応だった。映画ではパリ協定を全否定、世界最大の人口を抱えエネルギーの確保のため火力発電(最大のCO2排出)増設に邁進する、みたいな扱いだったと思うが、先進国と発展途上国の関係のような、問題はもう少し根が深いようにも思える。現在のインドは太陽光発電に熱心だとも聞くし、これは賛成できないが、エネルギー確保と地球温暖化(CO2排出量抑制)抑止のための原発を積極的に導入しようとしている姿勢でもあるようだ。
 ひるがえって、私たちの環境問題の意識、取り組みでふと感じたことがあった。それは「地球温暖化抑制にはCO2を削減する必要性」「原発に頼らない、再生可能エネルギーへ」「戦争、原発事故は最大の環境汚染」「省エネ生活、循環型社会を」「ごみの分別、資源化」「リデュース、リユース、リサイクルの3つのRに努めよう」こんな風にして、環境問題のポイントは頭に入っているが、それがどうも「個別的」で、全体性に束ねられていない気がするのだ。
 わが家の一例「電気はこまめに消す、ゴミは分別して出す、廃品回収に協力するけれども、買物は近くでも車利用(私は歩いていくが)、百均を安易に利用(使い捨て)、地震に関心はあっても原発問題に興味を示さない・・・」
 市民運動ではどうだろうか。全体を見れば関心は総じて高いといえるが、なんだか個別に取り組んでいるようで、例えば環境問題で「大結集・集中的な地域シンポ」のようなものがあるだろうか。1980年代であったと思うが「5月民衆広場」の開催、「原発いらない、命が大事」みたいな合言葉で結集したこともあったが・・・。

 

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2019年8月 4日 (日)

「表現の不自由展」中止に抗議行動

   あいちトリエンナーレ「平和の少女像」をめぐって
 連日の猛暑に加えて不快指数を上げたのが、「あいちトリエンナーレ2019」のプログラムの一つ「表現の不自由展・その後」の中止であった。展示された中の一つ、従軍(軍隊)慰安婦を題材とした「平和の少女像」をめぐって、卑怯で心ない脅迫とそれに加担した河村名古屋市長、屈した大村県知事。
 あいちトリエンナーレは、2010年から3年ごとに開催されている国内最大規模の国際芸術祭といわれている。4回目となる今年は、国内外から90組以上のアーティストが参加。国際現代美術展のほか、映像プログラム、パフォーミングアーツ、音楽プログラムなど、様々な表現を横断する、最先端の芸術作品を紹介するとしている。その一つが、芸術監督の津田大輔さんも力を入れた「表現の不自由展・その後」であった。
 表現の自由が脅迫・暴力で潰された事実は大きいし、認めがたい汚点でもある。それが昨今の悪しき社会的“空気”の延長線上にあるとすれば、落胆はいっそう大きく危機が募るのである。
 ブログを書き、ミニコミ誌を発信している私も「表現者」の一人という自覚は、日常的には強く持っていたわけではないが、こうした「事件」を目の当たりにすれば、ただ傍観しているわけにはいかない。そこで「表現の不自由展・その後」の中止の発表を受けて呼びかけられた抗議集会に参加したのだった。
 愛知芸術文化センター2階の西出口がその場所であった。地下鉄出口からそこに至る、「オアシス21」周辺は異様にごった返していた。どうやら大須で開かれていた「世界コスプレサミット」の流れで、そのコンクールの会場がこの芸文センターということのようだった。
 炎天下で約1時間、延べ50人くらいであったろうか、各方面から抗議のアピールとスタンディング。私もその一角に列した。
 発言者からも指摘されていたが、私が強く感じたのは河村たかし名古屋市長の発言と行動であった。この人には歴史認識と“知性”がないとつくづく思ったのだった。彼の口癖は「パブリックサーバント(公僕)」であるが、思い込み・自己主張が強くて言行不一致甚だしい。
 抗議場所には、ミニチュアの「平和の少女像」が並べられた。その前をコスプレの若者たちが一瞥して通り過ぎて行った。歴史の事実を表現する少女像とコスプレの若者、この対比はいかにも現在の日本の姿の一面を表している、そんな風にも思ったのである。

 

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2018年11月29日 (木)

リニアより災害に備えて安全な国土づくりを

第59回ユニオン学校
 主催者の首題は上記のものだが、講演者の小林収さん(リニアを問う愛知市民ネット)は、彼自身の問題意識からであろう首題は「民間企業の手による国家プロジェクトは、わが国に何をもたらすか」であった。
 最初に「ストップ・リニア訴訟とは」から入り、JR東海の事業申請→国交大臣の認可の経過。次に訴訟の争点について、鉄道事業法の特別法と位置づけられている「全国新幹線鉄道整備法(全幹法)」とリニアの関係の適法性。これだけの大事業に関わらず「民間事業」ということで、「環境影響評価法」が不十分で違反の可能性。大深度地下使用認可の取り消しなど。そして、核心部分でもある「建設主体が民間企業(JR東海)であることで生じている諸問題のいくつかが取り上げられた。①全額自己資金という建前で国政、地方議会でも本質的な議論がスルーされた。私企業ということで情報公開に壁。競争入札不要で随時契約。談合問題発生。全幹法から自治体が民間企業のために働かせられる事態に。大深度地下法で莫大の利益(一説にJR東海は5000億円の節約になるとか)、さらに東京と大阪間の総事業費は9兆円と見積もられているが、これまでの例からこの2倍から3倍に膨れ上がるだろうというのが大方の見方。JR東海がこれを自己資金で賄えるはずがない。国会で十分審議された形跡がないまま、2016年に安倍内閣は、3兆円の財政投融資を閣議決定している。追加の融資も焦げ付き税金で手当てされるという最悪の結果は的外れの指摘とは思えない。予想される巨大地震、高潮、洪水の災害を見据えるならば、その予防措置、減災措置に財政的手当てをすべきだ。
 質疑でも様々な観点から意見、質問が出た。「電磁波の問題」「利便性と所用時間」「テロ対策と待機時間」「リニア開通と新幹線の変化」「上海のリニアの例(計画は中途までで中止)」等々。私からは「リニアの使用電力量と浜岡原発再稼働の関連性」について、市民ネットなどでは一定の見解に達しているのかどうかを質問した。それは、ピースサイクルで中電本社訪問の時、担当者から「中電としては、リニア新幹線への電力供給にあたって原発がなくても可能である」との見解を得ていたからであった。
 私は、立憲民主党が結成されて以降、ここにエネルギーを集中している関係で、それまでかかわってきた幾つかの課題から疎遠になりつつあった。今日はそのうちの「ユニオン学校そのものとリニア新幹線問題」に、久しぶりに接したのだった。

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2018年11月19日 (月)

日産・ゴーン会長の逮捕!

 背景に何かがあるのか
 衝撃的なニュースとして報じられている日産自動車のカルロス・ゴーン会長の逮捕の容疑は、有価証券報告書に自らの役員報酬を約50億円過少に記載した金融商品取引法違反容疑である。報道によれば、有価証券報告書の虚偽記載は粉飾決算に適用されることが多く、役員報酬の過少申告への適用は異例とのこと。また日産は、ゴーン会長らの不正行為について内部通報があり、数か月間にわたって内部調査を行っていたことを明らかにし、ケリー役員もこうした不正行為に深く関与していたという。そして東京地検特捜部は、内部の人間と「司法取引」したうえでの捜索、ゴーン氏逮捕であったという情報もある。
 これらから私が感じていることは、カルロス・ゴーンという人物は、それほどまでに私腹を肥やすことに執着する人間だったのか?様々な問題があれ日産をV字回復させ、グループとして業界世界第2位に押し上げた経営者は、そのカリスマ性なり「栄誉」と引き換えに、際限なき蓄財に勤しんでいたとは考えにくく、経営の全権力を掌握して傲慢になり一人マネーゲームを楽しんでいた、みたいにも思うのだが、金持ちの蓄財心理は理解しがたい。
   「不正行為について内部通報があり、数カ月間にわたって内部調査を行っていた」これは?ひょっとして、日産内部に会社経営のトップに外国人を戴くのは、“日本人としてどうも・・・”なんて言うナショナリズムが底流にあった、なんてことはないだろうねえ。それなりに会社が順調であって、地位も給与も安定的であれば、危険を冒して反旗を翻すだけの人間が今どきいるとは思えない・・・。
 ルノー、日産、三菱の株価の下落は当然の成り行きかもしれないが、自動車販売そのものに影響が出るだろうか?
  ユーザーは、排気量で選ぶ、モデルで選ぶ、燃費で選ぶ、価格で選ぶなどが要素であるが、メーカーで選ぶ場合は、購入時、購入後のサービス、対応の評価で決まるのではないか。とすれば、ゴーン氏の逮捕と購入の動機とはあまり関係がない(ゴーンの蓄財分を値引きせよ!はあるかも)ように思う。
 では、製造現場ではどうであろうか。私が現役なら・・・2交代制勤務、残業、休日出勤、リストラ、コストダウンなど、労働強化に耐えながら(協力して)の上で利益を生み出してきた。その気持ちが踏み躙られたという感覚がある一方、“上のことなど関係ない、こんなことでベア、ボーナスが減らされないかそっちが気になる”という一般組合員の声に同調し、その矛先を労働組合に向けたことだろう。組合は、経営権に関することは会社側の問題として逃げるかもしれないが、経営に関して株主が監視の役割を持つとすれば、「労使協調」をうたい、経営と労働を両輪とするなら、労働組合ももう一方の監視役であるはずだ。ゴーンの報酬10億円について黙認してきたのか?
 それにしても、ドイツのフォルクスワーゲンが排ガスデータ改ざんで摘発されたときにも感じたのだが、「某国を脅かすグローバル企業が狙われていないか?」そんなことはないよね。

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2018年11月 6日 (火)

映画「ほたるの川のまもりびと」を観る

半世紀の「石木ダム」計画反対の住民の闘い
 場所は長崎県東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)川棚町石木川。石木ダムは、佐世保市への水道水供給や、川棚川流域の洪水防止を目的に1975年、建設事業に着手した。県などは未買収の事業用地を取得するため2009年11月、土地収用法に基づき国土交通省九州地方整備局に事業認定を申請。13年9月に認められ、強制収用が可能になった。地権者(109人)らは、15年11月に国の事業認定の取り消しを求め提訴していたが、長崎地裁(武田瑞佳裁判長)は2018年7月9日、請求を棄却し、一部を却下する判決を言い渡した。原告側は控訴した。
 実に半世紀近くに及ぶ住民の闘いである。
 水没予定の川原(こうばる)地区に暮らす13世帯の一人初鹿氏は「ダムありきの計画であることを実感した。下流域の堤防整備や、川の流量を増やすのが先だ。佐世保市の水需要予測は実態と違っており、市には説明責任がある」と批判し、ある集会では地権者を代表し、炭谷猛さん(67)が「県は地域住民の言うことを聞かずに強硬な態度をとり続けている。抗議の声を中村法道知事に届けて見直しを求めたい」と発言している。また京都大名誉教授の今本博健さんは、給水量の過大予測や水害実態がないことなどを挙げ利水、治水両面でダム建設に疑念を呈した。
 こうした地域住民を巻き込んだ「家族ぐるみ」の闘い(住民運動)は、「三里塚闘争」や、この愛知での「設楽ダム建設反対」「境川流域下水道建設反対運動」「新幹線騒音訴訟」などが想起される。他にも全国で基地周辺の騒音訴訟、ごみ埋め立て、河口堰、高速道路建設、最近ではリニア中央新幹線等々、自然破壊、生活破壊、公権力がキーワードとなって、ほとんどが長い闘いとなっている。
 映画は、四季色とりどりの山間部、石木川流域、水没予定の里山「川原地区」の豊かな自然を背景としながら、ダム問題に揺れるこの小さな集落に暮らす人びとの描いたドキュメンタリー映画である。
 「ただ普通に暮らしたい」という住民たちのごくあたりまえの思いが、映像を通じてつづられていくが、過去幾つかの住民運動と一つ違うところは、「外部」からの支援を受けないで、集落全体での取り組みということであろうか。
 もちろん訴訟となれば、弁護士、傍聴支援などもあるが、現地での闘いではバリケードも座り込みも外からの応援はない。それが長き闘いを支えている根源の一つであることは確かだが、「都会人」からみると、そうしたスタイルに重きを置いて、なおかつ「それは石木ダムだけの問題ではない」「強引な手法行使は権力の常套手段」という認識を共有しようとする点で考えさせられる。もっともこの映画の全国上映で、その点は緩和されたとは思うが。
 実はこの映画を観た私は、そのあとすぐマイケル・ムーアの「華氏119」を観て、この映画の政治、社会性、民衆エネルギー、民主主義を強く感じたので、その対比にみる「難題」を抱え込んだ気がしたのだった。

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2018年11月 3日 (土)

全国と連動!1万人アクション

  盛りだくさんの集会で意気上がる
 11月3日は「文化の日」であるが、日本国憲法公布の日(1946年)である。施行は5月3日(憲法記念日)であり、なぜこの日に「全国行動」が取り組まれたか。言うまでもなく、安倍・自民党の憲法改悪の動きがいよいよ顕著になってきたからである。
 集会名は「9条改憲NO! 平和といのち くらし・人権を! 1万人あいちアクション」で会場は、名古屋栄・矢場公園。プログラムは正午からのプレ企画「みんなで語ろう・医療問題、貧困格差、子ども、女性」そして、午後1時から第1部「平和と暮らし人権を守る」が始まり、メインスピーチに、元裁判官・現弁護士の井戸謙一さんが駆け付けた。井戸さんは裁判官の時、北陸電力に志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた。この日も「原発神話」の崩壊を説き、原発再稼働はありえないと述べた。リレートークでは、「沖縄」「年金・暮らし」「朝鮮高校無償化問題」「原発」でそれぞれの代表がアピールした。
 第1部はここからデモに移り「サウンドデモ(大須方面)」と「ゆったりデモ(栄方面)」の2コースに分かれて出発。私は短めの「ゆったりデモ」に参加。ここまで参加者は1000人と発表された。
 午後4時からの第2部では、「憲法9条改悪NO!」をテーマにして始まった。1500人の参加とのことだった。
 2部でのメインスピーチは、慶応大学名誉教授・弁護士の小林 節さんで、「安保はとめられる!」を中心に話された。それは何かを読み解くというようなものではなく、安倍内閣の憲法改正発議、国民投票という流れを想定する中で、6月か7月の「衆参同時選挙」の可能性を前提に、安倍政権が意図するいっきに憲法改悪をもって、この国は崩壊の道に転げ落ちていくのか、野党が結束してこれに反転攻勢をかけ「逆転のチャンス」とするのか、自分もその先頭に立つという、まさに「檄」そのものであった。特に野党に対する注文は鋭かった。本気で政権交代をめざしているのか、「野党専業」「自分だけ、党だけ」に堕していないかなど。
 その中で、安倍首相を攻め立てる時、「憲法を守るべき議員が、首相が、憲法の改正を言い立てるのは間違っている」については、内閣として発議することに問題はない。また憲法改正はあり得ることで「護憲、護憲」で、安倍・自民党の憲法改正(改悪)案の攻勢に反論、対案の陣形が出来ていない。憲法9条を保持することは正しい。あえて変えなくても現憲法のもと「専守防衛」で国の安全保障は可能・・・。
 確かにこのあたりの憲法議論の機会はあまりなかった。私はまだ山尾志桜里議員(立憲民主党)の「立憲的改憲-憲法をリベラルに考える7つの対論」(ちくま新書)を読んでいないが、12月1日の「リベラル政治懇話会」で、彼女の話が聞けるので、それまでに読み切っておきたい。
 ということで、第1部の井戸憲一さんの話、第2部の小林 節さんの話、さらにまとめの挨拶の中谷雄二弁護士の、安保法関連・改憲にとどまらず、朝鮮女子勤労挺身隊のこと、また朝鮮人徴用工問題での韓国最高裁判決とそれらに関する日本政府、マスコミのバッシングについて「個人の請求権は消滅していない」との見解を外交的、法律的見地から説明をした。朝鮮人学校の無償化問題についても、それで善隣友好関係が成り立つのか、子どもたちへのしわ寄せだけだと糾弾するなど、熱のこもった話となった。加えて市民みなさんの熱いアピールなど、長時間の集会であったが濃密なものであった。
 午後5時過ぎからの「キャンドルデモ」は、シュプレヒコールと共に週末・連休の名古屋・栄の夜に彩を添えた。

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