津に遊ぶ
専修寺と藤堂高虎と天むす
高校の同級生2人と連れ立って、津に住む同級生を訪ねた。
午後2時、出迎えのMの車に乗り込み、「津の観光・歴史探索」に出発し、最初に訪れたのが、市内一身田にある、真宗高田派の本山専修寺であった。
この専修寺は、我が家にとってもゆかりがあり、過去2回訪れたことがあったが、案内板によれば、1469~1487年に真慧(しんね)が伊勢国の中心寺院として建立したという。専修寺の伽藍は二度の火災に遭ったが、江戸期に再建されたという。また、浄土真宗最大宗派の東西本願寺に匹敵する広大な境内を持ち、周囲は寺内町を形成している、とも書いてあった。
以前、一度は入ったが、そそくさと出てしまった御影堂(本堂)に入って、725畳敷きといわれるその広大さと、最近手が施されたものもあった新旧の華麗で厳かな祭壇。古さの残る、柱、天井をしばし眺め入った。
続いて隣接する重文の如来堂へ行ったが、その渡り廊下の途中にエレベーターが設置されているのに気づいた。昨今、高齢者の訪問が多くなって付設されたのであろう。
境内の一角に大賀ハスではないかと思われる鉢植え数十個の場所があった。きれいに開花したものを手に触れるようにして見たのは初めてであった。その奥に納骨堂があった。
次に、津市にとって史跡上も、歴史上の人物としても欠かせない藤堂高虎関連の史跡めぐりの案内を受けた。
最初は津城跡で、今は公園となっているが、東の丸が残り、内堀の一部もあった。天守閣跡には、鎧兜、馬上の高虎の銅像が立っていた。“藤堂高虎をテーマにしたNHK大河ドラマの誘致の話がある”とMの話。“そうなると、この銅像の前に記念写真用の台座ができるなあ、その占有権を早めに市からとっておいた方がいいぞ”と冗談を交わす。
名前は忘れたが、藤堂家の墓所のある小さな神社、15代までの墓石が並んでいて、それなりに壮観なのだが、大通りに面して人家の中にあるので、地元の人以外には訪れることは少ないのかもしれない。
伊勢街道の江戸橋は、高虎が参勤交代の折りに通った橋から、その名がついたという。現存の橋は何度も架け替え、修復がなされたであろうが、その歴史を重んじてか、現在も「木橋」であった。またその近くには、常夜灯が現存していた。
他に四天王寺を訪れたが、ここは、浅井長政の娘3姉妹(茶々、初、江)がしばらく滞留していたといわれているとか。
これらとは全く関係ないが、Mが最後に案内してくれたのが「天むす発祥」のお店であった。「天むす」といえば名古屋と思っていたら、どうやら、津市役所近くの小路に2間ほどの間口で、カウンター席が10くらいのお店「千寿」が、本家本元らしい。
夕方6時にころ、近鉄津駅近くの居酒屋で打ち上げ。「2500円の宴会コースにしては豪華だなあ」とか何とかいいながらKに向かって3人が「クラス会はいつやるのか、早く決めろよ」とはやしたてながら、9時ころ津を後にした。
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