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2020年8月 7日 (金)

長崎行きを探す

 もう一度行きたいが・・・
 9日の「8・9長崎原爆の日」を前に、長崎へ行ったことを思い出そうとした。手がかりの一つは1986年12月の「JC交流会北九州」の集合写真であった。この「JC」というのは青年会議所ではなく「IMF・JC=国際金属労連日本協議会」でJC=Japan Council。「JC交流会」というのは、金属4単産「造船、鉄鋼、電機、自動車」の中の少数左派組合と活動家集団が、年に一度場所を変えながら交流していたのだった。
 この時は北九州で開催されたので、ひょっとして交流会終了後に長崎まで足をのばしたかもしれないと、アルバムの続きを開いてみたが見当たらなかった。私の写真の整理は1988年まではしっかりできていたので、ここになければ他日ということになる・・・。
 だが長崎紀行の記憶の中では、三菱重工長崎造船の第3組合訪問、工場見学、眼鏡橋、平和公園の3つくらいしか思い出せないし、宿泊の記憶も組合事務所であり、一人旅だったことからする、やはりあのとき、みんなと別れた後、長崎を訪問したのかもしれない。一人だから写真も撮っていなっかった可能性もある。34年前のことだった・・・。
 ピースサイクル運動で広島のことは触れたが、長崎へもう一度は行ってみたい、その時改めて原爆関連の地、施設などを回りたいと思ってきたが今年は中止となり、では2021年はどうか、とも考えた。だが加齢が“加速的に”迫ってくるようで意気が上がりそうにもない。今年もテレビで参加することになる。

 

 

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