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2020年7月25日 (土)

これは「不要不急」か?

   明日からピースサイクル2020愛知
   明日の26日からピースサイクル2020愛知が始まるが、ふとこれって「不要不急」の行為といわれかねないか?と思った。もとより私はこの行動が「不要不急かどうか」を俎上に挙げることすら考えなかったから、何事もなければ決行するつもりである。
   ふと思ったのはこの「不要不急」の言葉には、「経済的価値」を基準にしていないかという疑問を挟んだからである。例えば政府は「go to トラベル」推進をいうが、旅行する側からすれば、こういう時期だからキャンセルできる「不要不急」のものといえなくもない。しかし受け入れる側の旅客運送業、宿泊業、観光地の商店などは「不要不急」であっても来てほしいが本音であろう。政府は「経済優先」だから、一方で「不要不急」なものは控えろと言い、一方で「どんどんお出かけください」と奨励し「二律背反」なことを平気で言う。
   ま、それはそれでわからないこともないが、「暫く映画を観ていないから、用心してでも行きたい!」というのを「不要不急」のものとして一律に排除していいものか。時には「心、気持ち」を解き放つ行為が「不要不急」であっても、精神的な健康面からは必要という場合もあろう。たまには喫茶店で友人と会いたいというのもその類であろう。
   さて恒例の「ピースサイクル運動」はどうであろうか。
   5月の国会ピースサイクル、6月の沖縄ピースサイクルは中止され、8月の長崎ピースサイクルも中止となった。これらは「全国結集」という特別なものであるからであるが、自治体、地域ごとで取り組むピースサイクルの一部では中止したところもあると聞く。だがそれは「不要不急」というのが理由ではない。早い話「即時的な当面する政治課題」ではなく普遍的且つ日常的な「平和運動」は、「不要不急」と言われればそれまでだが、「持続する」ことでの決行は大きな要素である。理由が何であれ、一度止めてしまうと、それを契機として解消されることはままある。「それだけのものか」と言われれば返す言葉はないが、実態としては、そうした“心細さ”を抱えつつ実行する主催者は少なくないだろう。少なくとも私はそのようにして30数年間続けて来たのである。運動の意味においてもまたわが人生においても「不要不急」なものとは言えないのでる。

 

 

 

 

 

 

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