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2020年7月27日 (月)

ピースサイクル愛知・2日目

 想定はしているが、予定通りにはいかぬもの
 今日こそは、空模様を気にせず、自転車でリレーをつなぐ人に楽しく走ってもらいたいと思っていたが、お天気の方は岡崎を出発時は雨とのことであったが、途中からあがって9時40分頃の予定時間に一行は無事に到着した。
 私は、豊田で一行と合流するため名鉄豊田市駅から市役所南館に向かい9時30分頃着で待機した。
 10時から、豊田市への申し入れが始まった。市側の対応は秘書課の二人。私たちは「5人制限」を受けていたので、自転車の二人とサポート一人、愛知の代表として私。そしてお世話を戴いている岡田豊田市議(途中、会議で席を外し、代わりに元県議の小林さんが加わった)から、訪問の趣旨など冒頭のあいさつ、続いて私からピースサイクル35年の経過、この先の予定などを話し、参加者の自己紹介と続いた。
 市側から、事前に提出されていた要請(質問)文の回答が示された。限られた時間の中で質疑が行われたが、秘書課が対応できない内容は聞くだけに留め、担当課に伝えることとなった。
 豊田市発が若干遅れたが、「その程度」はいわば想定内。ところが不安に思っていたことが現実化した。というのも、豊田市から次に日進市へ向かうコースは3通りあるが、ここ数年採用しているコースは、豊田市から日進市に入る境界までが複雑で、地元のKさんが先導してはじめて順調に走れる、というものであった。ところがKさんがやむを得ない事情で参加できなくなって先導する人がいない。事前に地図で説明をしたが、自転車に乗りながら地図は読めない。伴走車が先に行って待機する手はずになっていたが、自動車道と自転車が走る道は必ずしも一緒ではなく、結局はぐれて、時間を費やしてしまったとのこと。日進に正午着が40分遅れとなった。
 日進市民の会、市議のみなさんの熱い歓迎そして昼食のもてなしを受け、午後2時から市の担当課長の出席を得て、
ピースサイクルからの申し入れ、市側の回答及び広島市長、長崎市長宛のメッセージを受けた。
 時間は切迫していた。交流会では参加者12人の自己紹介終えた段階で、会場の都合もあって残り10分となり、市民の会側からの歓迎のあいさつとカンパの贈呈があり、私からお礼を述べ散会となった。
 街宣車前で記念写真を撮り、午後3時を過ぎ自転車の出発となったが、ここからも二人の走行予定が、このコースを熟知している人が体調不良で取りやめとなり一人走行となってしまった。この形は避けたいというのが私の本音であった。しかし一人でも走るという本人の意思を尊重して送り出し、合流地点を指定して、私の乗る街宣車は、時折りの街宣をしながら先行した。日進市から名古屋に入ったところで合流できたので、次の合流地点で先行して待機していたがなかなかやって来ない。かなり遅れたが、急いで次の合流地点で待機。ここでもなかなかやって来なくて、携帯電話で連絡をとろうとしたら、本人の携帯電話は、街宣車の中だったいう。
 ようやく到着するもこの時点で、午後4時20分頃着の中電本店での申し入れ時間には到底間に合わないどころか、閉店の5時を過ぎてしまうことが予想された。私は即断した。走行中止、自転車を引き上げ、車で中電へ直行。4時40分着だった。
 この日事前には、5人から7~8人の参加と伝えていたが、結局3人だけとなった。そしてもう事前のタイムスケジュール通りには進められない。中電側の回答にもならない内容のない回答を受け、10分ほどの質疑を行った。
 主要には、リニア中央新幹線開通時における必要電力量はどれほどか。(JR東海側の問題であるから答えられない)、石炭火力発電所の廃止についての考え(石炭火力は碧南、武豊共JERAのもので、当社は回答する立場にない)という素っ気なさだ。さらに追及をしたが、既に5時を過ぎていた。消化不良もいいとこで、すっきりしないでこの日の申し入れ、全スケジュールを終えた。
 この日私は、全体には影響はなかったが、いくつかのミスを犯した。長いことこの運動に参加しお世話もしてきたが、限界が垣間見えた今日一日であった。

 

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