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2020年7月28日 (火)

ピースサイクル愛知・3日目

 無事に岐阜へリレーしました
 ピースサイクル愛知の3日目、最終日の今日は、本来なら名古屋市、愛知県への申し入れをして、慌ただしく航空自衛隊小牧基地に向かう手はずになっているのだが、いくら「新コロナ」の渦中にあるとはいえ、面会しての申し入れと質疑を拒否、回答書は愛知県が手渡しで、名古屋市は郵送という対応であった。
 この日、名古屋実行委員会の予定では、午前9時10分に県庁前集合となっていた。私は8時45分に到着したが先客がいた。名古屋の代表のMさん。前日の日進市から名古屋までの先導役を体調不良で控えたたこともあってか、早めに家を出たという。“おはよう、今日は大丈夫か?”“昨日はすまんかった、今日は調子いいよ”“帰りのこともあるので無理すんなよ”という会話している間に、参加予定者、街宣車もやってきた。
 担当の県庁職員も集まり具合を見てか、玄関から出てきて、9時30分からの“セレモニー”の予定を早めて、9時10分過ぎから県側の事前申し入れ書の回答が読み上げられた。続いて私からピースサイクル愛知として、この運動の趣旨、経過などをかいつまんで話をした。本来ならここで「質疑応答」となるのであるが玄関先でのこと、参加者から、新コロナの県として取り組みを労い、「あいちトリエンナーレ」に関して、大村知事リコールの運動がなされようとしているが、毅然とした知事の対応を評価する、といった趣旨の発言があって、この場は終えた。県庁をバックにして記念写真を撮ったが、県からも仲間からも「密集」を危惧する気も声すら出なかった。全員マスクはしていたが。
 さて、予定を早めて9時40分頃自転車隊4人は、ピースサイクルののぼりを装着して県庁前を出発、それを見送って街宣車も出発した。今年も街宣マイクを握ってくれたのは緑の党東海の代表の尾形さん。運転手は東海民衆センターのFさん、私は写真担当。
 向かう先は空自小牧基地で約18㎞の距離であるから、慣れたサイクリストなら40分、シティサイクル(ママチャリ)でも1時間あれば十分。11時着の予定であるから時間的に余裕があり、私からは、休憩をとりつつ、安全走行を要請した。県庁から国道41号線に出て北上し、県道102号に入り約20分後に最初の休憩、県からの回答文書をコピーして配布。矢田川の三階橋を渡り、庄内川の水分橋を超えていく。この行程で「坂」がある場所といえば、この二つの川を渡る時だけである。
 街宣車は時に先行し、時に自転車隊に寄り添いながら、広島、長崎それぞれの原爆に日に向けたピースサイクル運動の紹介、核兵器、原子力発電、すべての核の廃絶、中電・浜岡原発の閉鎖、辺野古新基地建設反対・玉城デニー知事に応援のメッセージを、憲法9条を守り活かせ、安倍内閣退陣などを訴え、自転車隊を励ました。
 今朝は曇天ではあるが雨の心配はなく微風の「サイクリング日和」と言ってよく、2度目の休憩をとった後自転車の4人は元気に春日井市を抜け、左奥の県営名古屋空港(自衛隊と共用)に沿いながらなおも県道102号を北上して小牧市に入った。
 街宣車は先行して、小牧基地横で待機、私はカメラを構えて一行を待ち受けた。この102号は基本的に片側1車線で空港の反対側(西側)に国道41号があっても車の往来が激しい。その為に遂にカメラチャンスを逃してしまった。
 一行は午前10時50分頃に到着した。そこで合流した岐阜ピースサイクルと合同の小牧基地司令宛ての申し入れ行動に移り要請書を読んで手渡した。若干の質疑があって行動を終えた。
 愛知と岐阜の仲間がカメラにおさまり、ピースサイクルの旗と今年から全国に配布された新規の横断幕を岐阜に貸与し、自転車装着用ののぼり2本のセットを寄贈して散会した。愛知の3日間が無事終了した。

 

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