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2020年7月12日 (日)

昭和前半の男たち

   労働運動の活動家の性(さが)か
   ある運動の中で語られた「『古い男臭さ/』を無意識に持っておいでの方が多い・・・」それは、「昭和」の前半の男たちを指しているようだが、それをズバリ突きつけられたら、当事者は何と答えるだろう。
   昭和の前半以前というと、ざっと現在60から65歳以上の人が対象であろうか。ちなみに「マチスモ」とは、検索したら、ラテンアメリカで賛美される「男らしい男」を意味するスペイン語のmachoから、男っぽさ。誇示された力。男性優位主義。とあった。
   その場面は、当初から労働運動の道を何十年と担ってきた活動家と、どちらかといえば、労働運動とは無縁に近い市民運動の人たちの会合の場であったとする。
 その場面を再現するのは難しいので、想像しながら労働運動から地域の様々な運動に入っていった私の経験から少しだけ触れたいと思う。
 既に書いているが労働運動は、極端な上意下達ではないが「ピラミッド型」の組織形態である。一方市民運動は、フラットに近い「台形型」のように思う。また労働運動は統一、団結、効率化を重んじ、市民運動は多様性、対等、議論を重視する傾向といえるのではないか。
 もう一つは、「参加する男女比」の違いが大きいことの影響もあると思う。最近でこそ「女性ユニオン」の活動もみられるが、両性混合の組合・ユニオンで、女性の委員長は少ない。市民運動ではそうした役職とか執行部制という方式は少ない・・・。
 この環境の違いの中でそれぞれが歩んできた場合、合流した運動の中でしっくりしないことが出て来ても不自然ではない。
 私は労働運動を足場として地域の運動、一つは、企業別、産業別、職種別を超えた「地域労働運動」に参加し、同時に社会的な課題(反原発、環境問題、教育問題など)も取り入れていくことで市民運動と合流していった経緯がある。それが「労働運動と市民運動は表裏一体」となり、「赤と緑のメーデー」の創出に至った。
 では、マチスモこれを「男性優位主義」と仮定して、指摘された振る舞いがあったかどうかであるが、そういう自覚は持っていなかった(だから問題だ、としても)、むしろ女性であれ、男性であれ積極的担う人の登場を待ち望んでいた。打ち合わせ(会議)でも、発言、提案を待つ方であったが、あまり手が上がらないのを見て、議題を準備するようになり、議論の集約、行動への移行をスムーズに行うための手立てを進めた。多分、ここらあたりから効率を求めすぎる、強引ではないか、出来レースだ、みたいに受け止められたかもしれない。
 現役を退いた今、私自身が女性から指摘された「古い男臭さ」を指弾されることはないと思うが、この先のことを思うと他人事として沈黙していればいいというものでもない、そう思っている。

 

 

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