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2020年7月31日 (金)

7月の終わりに

 PC2020・愛知の報告を書く
 7月も今日で終わる。
   個人的には、年間最大の定点の運動の取り組みとしてあるピースサイクル(PC)を終えて、その3日間の速報はこのブログに書き込んだが、なお詳細で写真付きの報告を「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第105号」の記事とするため着手した。この原稿は、既にその一部を「別冊」で紹介しているが、11月開催予定の「全国総括会議」の愛知からの報告のもとになる。
 この運動は全体として35年目、愛知として33年目となる節目の年であったが、「新コロナ」の影響を受けて、5月の「国会ピース」6月の「沖縄ピース」7月に入って「長崎ピース」「ピースサイクル大阪」が相次いて中止となった。これらは、愛知のように県内での取り組みと違って、他県をまたぐ形、或いは他県からの参加者を迎えるということが中止の理由の一つになっている。残念な35年目である。
 今回の愛知の取り組みは、天候にも左右されたが、やはり「新コロナ」の影響があったのは、他の運動でも同じであろう。その中で一つ共通していたのが、訪問先での応対を「5人に限る」とされたことである。これは全国でも同じような傾向ではないかと想像しているが、全国会議の時に聞いてみたい。何でも「横並び」にするお役所仕事についてである。早い話、大会議室、講堂のような場所で対応すれば、空間をとることができるのだが、そこまでする相手ではないとたかをくくられている感じである。
 もう一つは、やはり「高齢化」が進んでいて、愛知の4ブロックで自転車に乗ったのは、2人、2人、1人、4人の合計6人で延べ9人だった。多分過去最低ではなかったろうか。その、もう乗らなくなった一人が私自身ではあるが。

 

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2020年7月30日 (木)

C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・別冊第8号

   ピースサイクル2020・愛知の取り組みなど
 7月26日から28日までのピースサイクル2020・愛知の取り組みを終え、昨日は少しゆっくりして過ごしたが、広島、長崎へのメッセージもあれば、C&Lリンクス愛知電子版Ⅱの発信が急がれた。
   別冊の第08号は07月30日付で、内容は以下の通りである。
1)ピースサイクル2020・愛知が取り組まれました
2)ツネじい通信第86号 2020年07月26日 ウイズ水虫 わが愛すべき?感染症
3)「黒い雨」訴訟、原告側が勝訴 全員に手帳の交付命じる 核といのちを考える(朝日新聞)
4)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<7月19日~7月30日>
5)マイブログ これは「不要不急」か?-明日からピースサイクル2020愛知(7月25日)
 別冊は「ツネじい」通信が送られてきて、それが発信日の基準となっている。内容に即時性があるかどうかでも緩急が決まるが、今回はピースサイクルの期間中となったので4日も間が空いてしまった。
 今回のピースサイクルで日進市に寄ったとき新聞社の取材を受けたが、その記事が写真入りで掲載されたので、それを紙面にしたいと取り組んだ。地元の人から切り抜きをPDFで送ってきたので、どう扱うかで悩んだ。PDFからワード画面にコピーする方法がわからない。また一度プリントアウトしてそれをスキャナーにかける方法はどうかとも考えた。それは編集上厄介かなと思い止めた。他の方法は?・・・結局採用した方法は、PDFの画面をデジカメで撮ってそれをワード画面に張り付けた。かなり鮮度の落ちたものになったが、記事は読めた。
 新聞記事そのものが手元にあれば、デジカメ方式でももう少し工夫ができたかもしれないが、他にもっと簡単で有効な処理方法はないものか。
 SNSはダメ、ZOOMもついていけない、ということでは、この通信の編集発行も限界があるといってよく、誌面づくりの技術の研鑽に励むか、現在の技量の範囲で工夫しながら維持していくか、悩ましいものがある。

 

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2020年7月29日 (水)

ピースサイクル2020愛知を終える

 気がかりのことも残して
 幾らか天候に気を揉みながらも、けが、事故もなく無事終えたことで安堵したが、私自身の仕事はまだまだ続く。広島、長崎へのメッセージ、六ケ所行動へのメッセージ、全国会議への報告書作りである。それは例年のことであり時間を惜しまなければ、何とかなると思っている。
 終えて一つ気になったことは、各所への申し入れ文書について、それは各地区の担当者に一任されていて、相談を受ければ議論もして答えることもあるが、基本的には一任である。以下の一文が入った申し入れ書があった。
 「・・・ところが、今年は新型コロナウィルスが世界的パンデミックを引き起こし、とんでもないことになっています。そして、その裏では国際的な緊張が高まっています。
 返還以来、一国二制度を維持してきた香港に対し、中国政府は6月30日に『香港国家安全法』を発令しました。これまで保たれてきた自由や人権が大きく制限されることになり、香港の自治を求める民主的勢力との間で厳しい緊張をもたらしています。
 アメリカは、この問題や、新型コロナウィルス流行の責任、知的財産問題などで対立を強めて中国総領事館を閉鎖し、中国は強く反発しています。
 また、北朝鮮は新型コロナの影響で、人的交流や貿易が大幅に制限される中、いっこうに思うようにならない国際情勢に業を煮やし、これまで見せてきたアメリカや韓国との融和路線から一転して対立強硬路線へと姿勢を変えました。・・・」
 内容的には、私たちが接しているマスコミ報道の内容の範囲で、直接的な賛意も批判も抑えたものと私は判断している。もともとこうした問題の議論はしていなくて、「自転車の平和リレー」をつなぐ、束の間の交流という、政治に直接かかわっての運動とは次元を異にしてきた。
 これは愛知だけでなく、全国的にも同じ傾向ではないかと私は受け止めている。かなり前に、全国会議の折りに、もっと政治的議論を深めるべきではないか、スローガンだけを並べるのはどうかと持ち掛けたことがあったが、俎上にも上がらなかった。その背景、事情は私なりに「暗黙の了解」の上にこの運動は成り立っていると理解していてきたのだが、やはり心残りは消えない。もっともこの議論を興すには私自身の力量も問われることになるが。

 

 

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2020年7月28日 (火)

ピースサイクル愛知・3日目

 無事に岐阜へリレーしました
 ピースサイクル愛知の3日目、最終日の今日は、本来なら名古屋市、愛知県への申し入れをして、慌ただしく航空自衛隊小牧基地に向かう手はずになっているのだが、いくら「新コロナ」の渦中にあるとはいえ、面会しての申し入れと質疑を拒否、回答書は愛知県が手渡しで、名古屋市は郵送という対応であった。
 この日、名古屋実行委員会の予定では、午前9時10分に県庁前集合となっていた。私は8時45分に到着したが先客がいた。名古屋の代表のMさん。前日の日進市から名古屋までの先導役を体調不良で控えたたこともあってか、早めに家を出たという。“おはよう、今日は大丈夫か?”“昨日はすまんかった、今日は調子いいよ”“帰りのこともあるので無理すんなよ”という会話している間に、参加予定者、街宣車もやってきた。
 担当の県庁職員も集まり具合を見てか、玄関から出てきて、9時30分からの“セレモニー”の予定を早めて、9時10分過ぎから県側の事前申し入れ書の回答が読み上げられた。続いて私からピースサイクル愛知として、この運動の趣旨、経過などをかいつまんで話をした。本来ならここで「質疑応答」となるのであるが玄関先でのこと、参加者から、新コロナの県として取り組みを労い、「あいちトリエンナーレ」に関して、大村知事リコールの運動がなされようとしているが、毅然とした知事の対応を評価する、といった趣旨の発言があって、この場は終えた。県庁をバックにして記念写真を撮ったが、県からも仲間からも「密集」を危惧する気も声すら出なかった。全員マスクはしていたが。
 さて、予定を早めて9時40分頃自転車隊4人は、ピースサイクルののぼりを装着して県庁前を出発、それを見送って街宣車も出発した。今年も街宣マイクを握ってくれたのは緑の党東海の代表の尾形さん。運転手は東海民衆センターのFさん、私は写真担当。
 向かう先は空自小牧基地で約18㎞の距離であるから、慣れたサイクリストなら40分、シティサイクル(ママチャリ)でも1時間あれば十分。11時着の予定であるから時間的に余裕があり、私からは、休憩をとりつつ、安全走行を要請した。県庁から国道41号線に出て北上し、県道102号に入り約20分後に最初の休憩、県からの回答文書をコピーして配布。矢田川の三階橋を渡り、庄内川の水分橋を超えていく。この行程で「坂」がある場所といえば、この二つの川を渡る時だけである。
 街宣車は時に先行し、時に自転車隊に寄り添いながら、広島、長崎それぞれの原爆に日に向けたピースサイクル運動の紹介、核兵器、原子力発電、すべての核の廃絶、中電・浜岡原発の閉鎖、辺野古新基地建設反対・玉城デニー知事に応援のメッセージを、憲法9条を守り活かせ、安倍内閣退陣などを訴え、自転車隊を励ました。
 今朝は曇天ではあるが雨の心配はなく微風の「サイクリング日和」と言ってよく、2度目の休憩をとった後自転車の4人は元気に春日井市を抜け、左奥の県営名古屋空港(自衛隊と共用)に沿いながらなおも県道102号を北上して小牧市に入った。
 街宣車は先行して、小牧基地横で待機、私はカメラを構えて一行を待ち受けた。この102号は基本的に片側1車線で空港の反対側(西側)に国道41号があっても車の往来が激しい。その為に遂にカメラチャンスを逃してしまった。
 一行は午前10時50分頃に到着した。そこで合流した岐阜ピースサイクルと合同の小牧基地司令宛ての申し入れ行動に移り要請書を読んで手渡した。若干の質疑があって行動を終えた。
 愛知と岐阜の仲間がカメラにおさまり、ピースサイクルの旗と今年から全国に配布された新規の横断幕を岐阜に貸与し、自転車装着用ののぼり2本のセットを寄贈して散会した。愛知の3日間が無事終了した。

 

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2020年7月27日 (月)

ピースサイクル愛知・2日目

 想定はしているが、予定通りにはいかぬもの
 今日こそは、空模様を気にせず、自転車でリレーをつなぐ人に楽しく走ってもらいたいと思っていたが、お天気の方は岡崎を出発時は雨とのことであったが、途中からあがって9時40分頃の予定時間に一行は無事に到着した。
 私は、豊田で一行と合流するため名鉄豊田市駅から市役所南館に向かい9時30分頃着で待機した。
 10時から、豊田市への申し入れが始まった。市側の対応は秘書課の二人。私たちは「5人制限」を受けていたので、自転車の二人とサポート一人、愛知の代表として私。そしてお世話を戴いている岡田豊田市議(途中、会議で席を外し、代わりに元県議の小林さんが加わった)から、訪問の趣旨など冒頭のあいさつ、続いて私からピースサイクル35年の経過、この先の予定などを話し、参加者の自己紹介と続いた。
 市側から、事前に提出されていた要請(質問)文の回答が示された。限られた時間の中で質疑が行われたが、秘書課が対応できない内容は聞くだけに留め、担当課に伝えることとなった。
 豊田市発が若干遅れたが、「その程度」はいわば想定内。ところが不安に思っていたことが現実化した。というのも、豊田市から次に日進市へ向かうコースは3通りあるが、ここ数年採用しているコースは、豊田市から日進市に入る境界までが複雑で、地元のKさんが先導してはじめて順調に走れる、というものであった。ところがKさんがやむを得ない事情で参加できなくなって先導する人がいない。事前に地図で説明をしたが、自転車に乗りながら地図は読めない。伴走車が先に行って待機する手はずになっていたが、自動車道と自転車が走る道は必ずしも一緒ではなく、結局はぐれて、時間を費やしてしまったとのこと。日進に正午着が40分遅れとなった。
 日進市民の会、市議のみなさんの熱い歓迎そして昼食のもてなしを受け、午後2時から市の担当課長の出席を得て、
ピースサイクルからの申し入れ、市側の回答及び広島市長、長崎市長宛のメッセージを受けた。
 時間は切迫していた。交流会では参加者12人の自己紹介終えた段階で、会場の都合もあって残り10分となり、市民の会側からの歓迎のあいさつとカンパの贈呈があり、私からお礼を述べ散会となった。
 街宣車前で記念写真を撮り、午後3時を過ぎ自転車の出発となったが、ここからも二人の走行予定が、このコースを熟知している人が体調不良で取りやめとなり一人走行となってしまった。この形は避けたいというのが私の本音であった。しかし一人でも走るという本人の意思を尊重して送り出し、合流地点を指定して、私の乗る街宣車は、時折りの街宣をしながら先行した。日進市から名古屋に入ったところで合流できたので、次の合流地点で先行して待機していたがなかなかやって来ない。かなり遅れたが、急いで次の合流地点で待機。ここでもなかなかやって来なくて、携帯電話で連絡をとろうとしたら、本人の携帯電話は、街宣車の中だったいう。
 ようやく到着するもこの時点で、午後4時20分頃着の中電本店での申し入れ時間には到底間に合わないどころか、閉店の5時を過ぎてしまうことが予想された。私は即断した。走行中止、自転車を引き上げ、車で中電へ直行。4時40分着だった。
 この日事前には、5人から7~8人の参加と伝えていたが、結局3人だけとなった。そしてもう事前のタイムスケジュール通りには進められない。中電側の回答にもならない内容のない回答を受け、10分ほどの質疑を行った。
 主要には、リニア中央新幹線開通時における必要電力量はどれほどか。(JR東海側の問題であるから答えられない)、石炭火力発電所の廃止についての考え(石炭火力は碧南、武豊共JERAのもので、当社は回答する立場にない)という素っ気なさだ。さらに追及をしたが、既に5時を過ぎていた。消化不良もいいとこで、すっきりしないでこの日の申し入れ、全スケジュールを終えた。
 この日私は、全体には影響はなかったが、いくつかのミスを犯した。長いことこの運動に参加しお世話もしてきたが、限界が垣間見えた今日一日であった。

 

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2020年7月26日 (日)

ピースサイクル愛知・1日目

 やむなく雨で中断
   天気が気になる中、ピースサイクル2020愛知がスタートした。
   今日は豊橋を出発して、陸自豊川駐屯地で申し入れをして、岡崎まで走る予定であった。
   昨日の夕刻の段階で、浜松ピースサイクル、岡崎ピースサイクル実行委員会から、「荒天につき実走中止」との連絡を受けていた。昨年は27日が台風で中止となり、お天気には逆らえないが2年連続して中止かと残念な思いだった。
   ところが今朝になって携帯電話が鳴って、相変わらず雲は厚いものの、何とか走れそう、来られますかという連絡が入り、急いで身支度して豊橋に駆け付けることにした。自宅から豊橋の集合場所まで2時間程度。午後のスタートだから十分に間に合った。
   豊橋駅についた時点では本ぶりの雨で、やはり無理かなあと思ったが、集合場所の豊橋美術館前には、浜松は予告通り中止を決定していて姿は見えなかったが、岡崎の仲間3人は、走る準備をしていた。
   午後1時過ぎ、空を見上げれば、晴れ間は見えないが雨はピタリとやんでいて、空もやや明るく感じられた。そこで相談した結果、状況によっては中止もあるが決行することにして、ピースサイクルの小型ののぼりと装着の準備をしていたが、雨に降られた場合走り辛いであろうと、装着なしで自転車2台、伴走車1台に二人で出発。
   午後1時50分、陸自豊川駐屯地前に到着。申し入れは事前に2時の約束をしていたが、時間になっても対応に出てこないので催促した。これまでこんなことはなかったので「自衛隊たるもの、約束の時間を違えるなんて、これも新コロナの影響か?」と言いたくなる。
   若い隊員が出てきて、“所属はどこですか”と聞いても答えず“私が対応します”だって。人事異動で人が変わったとしても、対応は変わらないものだと思うが、今回はなんかそっけなかった。
   岡崎実行委員会の代表が申し入れ書を読み上げて手交した。
   走りはじめからその時まで、雨は降らなかったが、申し入れを終えた途端に大粒の雨が降り出した。この雨は暫くやみそうにないと判断して、自転車を車に乗せ、岡崎までの実走は中止とした。
 私は途中の名鉄本線・本宿駅で下車して、帰宅の途に就いた。

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2020年7月25日 (土)

これは「不要不急」か?

   明日からピースサイクル2020愛知
   明日の26日からピースサイクル2020愛知が始まるが、ふとこれって「不要不急」の行為といわれかねないか?と思った。もとより私はこの行動が「不要不急かどうか」を俎上に挙げることすら考えなかったから、何事もなければ決行するつもりである。
   ふと思ったのはこの「不要不急」の言葉には、「経済的価値」を基準にしていないかという疑問を挟んだからである。例えば政府は「go to トラベル」推進をいうが、旅行する側からすれば、こういう時期だからキャンセルできる「不要不急」のものといえなくもない。しかし受け入れる側の旅客運送業、宿泊業、観光地の商店などは「不要不急」であっても来てほしいが本音であろう。政府は「経済優先」だから、一方で「不要不急」なものは控えろと言い、一方で「どんどんお出かけください」と奨励し「二律背反」なことを平気で言う。
   ま、それはそれでわからないこともないが、「暫く映画を観ていないから、用心してでも行きたい!」というのを「不要不急」のものとして一律に排除していいものか。時には「心、気持ち」を解き放つ行為が「不要不急」であっても、精神的な健康面からは必要という場合もあろう。たまには喫茶店で友人と会いたいというのもその類であろう。
   さて恒例の「ピースサイクル運動」はどうであろうか。
   5月の国会ピースサイクル、6月の沖縄ピースサイクルは中止され、8月の長崎ピースサイクルも中止となった。これらは「全国結集」という特別なものであるからであるが、自治体、地域ごとで取り組むピースサイクルの一部では中止したところもあると聞く。だがそれは「不要不急」というのが理由ではない。早い話「即時的な当面する政治課題」ではなく普遍的且つ日常的な「平和運動」は、「不要不急」と言われればそれまでだが、「持続する」ことでの決行は大きな要素である。理由が何であれ、一度止めてしまうと、それを契機として解消されることはままある。「それだけのものか」と言われれば返す言葉はないが、実態としては、そうした“心細さ”を抱えつつ実行する主催者は少なくないだろう。少なくとも私はそのようにして30数年間続けて来たのである。運動の意味においてもまたわが人生においても「不要不急」なものとは言えないのでる。

 

 

 

 

 

 

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2020年7月24日 (金)

「消費税5%への減税」は、野党共闘の必須か?

 減税分と「新コロナ」で、他にしわ寄せは来ないか
 通常国会は延長されず閉会、都知事選挙は終わった。「新コロナ」はぶり返して「第2次感染拡大」へ進みつつある。安倍内閣の支持率は低下の一途だがまだ30%台を維持しているが安倍首相の人気は下落し続けている。
 ここは野党の出番だが、マスコミも野党の“尻たたき”には二の足を踏んでいるように伺える。その野党は、立憲民主党と国民民主党との合流問題では、一致点が見いだせず傍目には「ごたごた」しているように映る。産経新聞の恰好の“餌食”にされている。率直に言えば赤松広隆衆院副議長の「こちらの提示した政策に合意した人だけに来てほしいということ。合意できないのであれば来てもらわなくていい」と述べたといわれるが、私も同じような立場だ。
 要は立憲民主党としても、枝野代表にしても(各議員にしても)、有権者に対する「打てば響く」「そうそう、それだ!」と思わせ、「それでいけ!」と後押しされる「政策フレーズ」が出しきれていないからではないだろうか。
 一方、野党にとって「れいわ新選組と山本太郎」との関係性もスムーズに行っていない。多分これだけじゃないと思うがネックになっているのが「消費税5%への減税」の可否であろう。山本太郎が、野党の共通政策に掲げたいのは「消費税5%への減税」だ。都知事選が終わった7月5日の会見でも「消費税5%が野党の共通政策にならない限り、次期衆院選は単独でやる」と表明している。山本は、昨年の参院選の時と現在とで状況は変わっていないとの判断か?ま、それだけで「票」が稼げるとの判断だろうが、今一度検討されたらどうだろうか。
 というのも、言うまでもないが今回の「新コロナ」で、国は補正予算といってもいい「赤字国債」で賄うのではないか。地方自治体も「金庫」は払底状態だ。「新コロナ」が長期化すれば、税収は落ち込むばかりで、出来ることなら「消費税」を上げたいくらいだろうが、さすがにこれは“禁じ手”以上の悪政となる。安倍も自民党も水没は免れないだろう。とすれば、他の税制に手を出すか、地方交付金、補助金の類を削減、まさか現行の「年金」に手を付けないであろうが、制度設計の見直しはあり得る。
 加えて今年もまた「豪雨災害」が広がっており、その復旧、復興にも相当な財政負担となろう。ということを考え合わせると、「5%減税」が現実的な政策といるだろうか。
 この先、経済の落ち込みから再生迄数年間は、表向きはどうであれ「耐乏生活」が待っているような気がしてならない。政治的な政策論から言えば、何の根拠も整合性も合理性もないといわれるかもしれないが、庶民(私)は5%減税で、年金、医療、介護などにしわ寄せが来るくらいなら、10%のままで5%分の消費を控える選択をするだろう。デフレを加速させるかもしれないが、そのくらいしか手立てがないのである。

 

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2020年7月23日 (木)

新コロナ第2次感染拡大の前兆か

 東京で366人、愛知で97人、大阪104人
   報道によると、7月22日、21時現在、国内の感染者は795人増えて27338人で、死者は一人増えて990人となり、今日23日には、東京で366人、大阪104人、埼玉で64人などとなっている。
 愛知県では23日、新たに97人の感染が判明した。97人のうち名古屋市が62人を占める。大村秀章知事が記者会見し、「若い世代には不要不急の行動自粛、基本的な感染対策の徹底と自覚を持った適切な行動をお願いしたい」と呼びかけた。
 国も知事も「感染拡大阻止と経済再生」を両立させようと苦慮しているようであるが、クラスターという領域ならある程度封じ込めが可能かもしれない。だが例えば東京の場合366人のうち感染経路不明は225人で61%を占めたといわれる。年代別では、比較的若い世代に感染が広がっているようだが、高齢者も含め全世代に広がっていることで、第2次感染の前兆ではないのか。今が手を打つタイミングではなかろうか。
 緊急事態宣言を再び出すべきだと思うが、「補償」とセットとなるからであろう「躊躇」がみられる。重症化しなければあるいは死者が急増しなければ緊急事態とは言えないと考えているのか。または治療薬、ワクチンの開発に望みつないでギリギリまで控えるとでもいうのだろうか。
 私(たち)には、実態はわからないし判断のしようがないから国や自治体の賢明な判断を待つしかないが、ことは命にかかわることだから、事態が悪化した場合「想定外」などといってほしくない。今は「最善の策」を想定」し、時期を逃さず敢行することだろう。行政手腕が問われ、リーダーシップが求められる難しい局面であることは承知しているが、こういう時にこそ、政治家、首長、議員、公務員のみなさんには、完璧な「仕事」ぶりを発揮してもらいたい。
 さて「我が身は、我が身で守る」を徹底するが、友人、知人との対面の時、相手の状況が気になる、ということは、相手を安心させる手だては何であろうかと考えることが多い。

 

 

 

 

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2020年7月22日 (水)

男の気持ち・生き方(165)

   主夫失格の前兆か?調味料を間違える
 久しぶりに「男の気持ち・生き方」を書いてみようかな、という気持ちになった。
   私は、「半」をつけているが「主夫」として家事を担っている。家事といえば「炊事、洗濯、掃除」が3本柱であるが、これには「好き嫌い」とか「苦手意識」も個人的にはあろうかと思う。
 私の場合、全て完璧にやろうと思っていないので、あまり違いを感じていないが、あえて順番をつければ「洗濯、炊事、掃除」ということになる。もっとも「洗濯」では、洗濯、干し、取り込み、収納までで、アイロン掛けは滅多にしない。パーティーに出掛ける時に自分のものだけはするが、そもそもパーティー自体がないというのも事実である。さらに付け加えれば、当然のことながら「洗濯」には、洗剤の選択的購入、ハンガー、洗濯ばさみの補充、洗濯機のドラムの洗浄も含まれる。
   次に「掃除」が最後になっているが、早い話「エンドレスで、その効果の評価は個人差がある」ことと、室内ばかりでなく、玄関回りを含む外構、庭の手入れまで含まれる。「掃除大好き!」という人の中には、室内の家具、調度品に手間暇をかけ、掃除機を使って「ピカピカ」するところまでか、フローリングのワックス掛けまでやれば上々だが、外回りは後回しになるか「業者任せ」ということが多いような気もする。
   さて「炊事」であるが、これは幅広く、奥行き深く、「高さ」も様々。来客のための「おもてなし料理」が一通りできればいっぱしといえよう。だが私はレパートリーが少ないうえに、時間をあまりかけないので「半主夫」から抜け出せない。そうであっても「炊事=料理」を最初に持ってきたのは、第1に素材の買い物が好きであること。次においしい料理に仕上がればそれはそれでいいが、それは半人前だから無理で、むしろ栄養的なバランスを考えた品揃えに気を使う方かな。また「一人だけ」なら、残り物を二日続けて食しても気にならないから、「料理を極める」という意味での「炊事一番」ではない。
   もう一つは、テレビの「料理番組」をあらかじめ見る予定を立てることはないが、その番組に出会えば、チャンネルを切り替えることはない。またインターネットでレシピが紹介されていればプリントして保管している。もっとも、調味料などの名前と使い方がわからない、どこで買い求めればいいのかもわからない、という場面は少なくない。
   ここ最近、砂糖を使うところを塩と間違えて大失敗したこと、白醤油を使うところに酢を入れて失敗したことが続いた。置き場所と入れ物がよく似ていたことが原因だが、それしきのことで取り違えるとは“いよいよ、ヤキが回ってきたかな”という危機的“珍事”が続いた。次の失敗は何が来るか・・・。

 

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2020年7月21日 (火)

電子版Ⅱ・別冊第7号を発信。

   かつての四方闘争支援者への報告も兼ね
   みなさまへ「梅雨はまだあけぬ、豪雨被災地の苦難は続く、コロナ禍も続く、しかしてgo toキャンペーンは、いざススメ!」などと書き込んで「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・別冊第7号」を発信した。
 内容は以下の通り。
1)(私の視点)公的業務は公務員で 安直な民間委託に違和感 四方 八洲男(前綾部市長)
2)四方八洲男さんと語らう ― 元の職場の仲間と共に ―
3)ポスト都知事選
「東京都知事選の野党共闘”失敗の本質”とは?」古賀 茂明
桜井誠氏が都知事選5位の18万票を得た意味 毎日新聞
立憲、衆院選へ危機感 都知事選大敗で 時事通信
4)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<7月15日~7月20日>
5)【愛知県連】2020年県連大会で衆院選挙に向けた党体制を発足
6)あとがき
   あとがきでは、●仮に四方さんがずっと名古屋に留まっていたら、彼の人生は大きく変わったであろうし、私の人生も今とは違ったものになっていたであろう。それを想像しないでもないが儚いことでしかない●立憲民主党の県連大会が開かれた。今回もまた議員中心の大会であったが(新コロナが理由?)、「ボトムアップ」とは何と考えているのだろう、という素朴な疑問がわく。大会が形式的なものならそれはそれで構わないが。役員改選があり、代表、幹事長が交代した。難しい局面もあろうが大いに期待したい。特に高木新幹事長には、県連の組織体制の構築と市民共闘推進を期待したい。
   と書いた。党に対してなんだか少し突き放した気がしないでもないが、何かを繕う事情もないから、あるがままである。

 

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2020年7月20日 (月)

新たな冊子に着手

 別冊も仕上げへ
 先週は、3か月の定期検診を含め、外出する機会が他に二つあり、それに付随する仕事もあって久しぶりに“忙しい”気分になった。このような「多忙感」は、えてして仕事を取り込もうとする傾向がある。
 元綾部市長の四方八洲男さんと語らう機会があったので、彼の投稿記事をもとに「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・別冊第7号」の構想が急速に進み、明日にでも発信できそうだ。
 もう一つは、これは100%「私信」で、ざっくり言えば回顧集であるが、既刊の「自分史」に寄り添いつつも「その時」に感じていたことを記憶に任せて汲み上げようという試みである。加えて、詩の最新作の発表の場にしていきたいと思っている。この詩は、活動に伴う「時事詩」とは別物にする予定だ。送付先も極めて限定する。
 タイトルは決まった。詩は2篇も書き上げた。「その時」の(1)は、「幼少年期」であるが、あまりに歳月が立ち過ぎていて、自分で書いた「自分史」ではあるが改めてそれを読み直すことにもなった。
 発行は、7月26日から始まる「ピースサイクル愛知」の終了後に仕上げればいいかな、そんな風に思っている。

 

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2020年7月19日 (日)

7・19憲法くんとデモをしましょう

   久しぶりの屋外集会とデモだったが・・・
 新コロナの影響で、恒例となっていた「19日集会」が中止となっていたが、今日久しぶりに屋外集会とデモが取り組まれた。
 私も、そのつもりで予定表に入れていたが、「家庭の事情」で足止めされた。
   この集会では、次のようなスローガンが掲げられていた。それぞれから発言があったと思われるが、この間の積もり積もったものが出された感じである。
   「コロナ感染による失業・倒産対策急ぎ補償を!」「改憲発議はダメ !憲法を変えてる場合じゃない!」「コロナ感染拡大防止を、命と健康、暮らしを守りましょう !」「休業中の労働者や個人事業主に補償をスピーディーに!」「急いで検査態勢の抜本的な強化を !」「消費税5%への決断を!」「医院や病院への財政補償・支援を!学生への支援を!」
   この中で「消費税5%への決断を!」というのが掲げられているが、新コロナに関する「補償、支援」が盛り込まれているなか、財政的整合性についてどんな発言があったか気になるところ。
   10万円支給にしろ、「持続化補助金」、「ものづくり補助金」、「IT導入補助金」に加えて「go toキャンペーン」等々と「第2波」も考えると、国家予算はますます「破綻」に近づいていくのではないか。
   消費税10%がいいという訳ではないが、5%への引き下げ論議よりも、消費税を含む国家予算の在り方の見直しが優先ではないかと思うがどうだろう。武器の購入、リニアへの融資など「不要不急」ではないのか。
   なお主催は、安倍内閣の暴走を止めよう共同行動実行委員会であったが、当日の参加者数や、集会、デモの様子などは、未だメール上に上がってきていない。

 

 

 

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2020年7月18日 (土)

四方八洲男さんと交流

 元の職場の仲間と共に
 詳細は省くが、1971年に始まった三菱重工業名古屋航空機製作所(名航)における組合活動家・四方八洲男さんへの、会社側の排除攻撃、大阪営業所への配転、拒否-解雇という形で始まった「三菱重工四方君を守る会」運動というのがあった。
 結局、地裁で解雇無効の勝訴を勝ち取ったが、高裁で逆転敗訴、1979年に「和解」という形で退職。その後四方さんは、郷里の京都府綾部市で市議会議員、府会議員を経て綾部市長を3期務めて退任。
 今回は、彼が所用で名古屋に来られるという機会と、6月23日付の朝日新聞に掲載された四方さんの記事「(私の視点)公的業務は公務員で 安直な民間委託に違和感」もきっかけの一つであった。
 この日の全員が後期高齢者といわれる年齢になったが、「その後」は人さまざまであり、当時の「守る会」のメンバーの一部は消息すらわからないまでになった。
 時を経て、ある意味で「現役」というのは、四方さんと私くらいかな、といえるかもしれないが、時代感覚、社会感覚という点では大きな違いはないと言えた。それは青年期の「生き方」に大きな影響を与えた事案に、主体的にかかわったことの体験がそうさせるのだと思う。
 それぞれが「人生」を語れば、一晩、二晩かかるであろうが、逆に語る機会がそうあるわけではなく、多くが語らず、記さずして終えるのではないだろうか。
 私は「還暦」を前にして、病気を契機に「生前遺稿集」という副題をつけて「自分史」を既に書き終えた。今はその「第2章」に取り掛かろうとしているが、「未完」となる可能性は決して低くない。

 

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2020年7月17日 (金)

立憲、国民の合流問題

 立憲パートナーズの心は揺れる?
 立憲民主党と国民民主党の合流問題が再び浮上している。この秋にも解散総選挙があるかもしれないということが、政党・議員心理が急かせているのかもしれない。
 今日のところは詳しく踏み込まないが、枝野代表が示した内容をみる限り、これまでの経緯と大きく変わらないような気がする。ほぼ同じ球を国民民主党側に投げた感じだ。
 ところで立憲オンライン-KINTONEに、以下の投稿があった。
解党合流があっても、私たちは私たちの活動を続けていきたい。
そう考えています。
原発ゼロは譲れない。
憲法9条は護りたい。
お互いさまに支え合い、安心できる社会を作りたい。
そのための活動を続けましょう。
立憲民主党の政策がブレることがあったら、立憲民主党らしい政策を掲げ続ける政党であるように働きかけていきましょう!
私はどんなことがあっても立憲民主党と立憲パートナーズのみなさんとともに歩んでいきます。(2020-07-16)
 これに枝野代表が明言している党名「立憲民主党」でいきたいということを加えれば、多くのパートナーズの人は賛同するのではないか。
 ただ私の場合は「どんなことがあっても立憲民主党と立憲パートナーズ・・・」という決意については、絶対的とは考えていない。「署名や要望書を提出して」という手立てを、形を変えて行うかも知れないが、立憲民主党を支持し応援するとしても、党の外側にスタンスを移すことも選択肢としてはあると考えている。
 立憲パートナーズに登録した時も、その後のかかわり方も、全て主体的に決めてきた経緯からすれば、どのような状況の変化があろうとも、その時点で熟慮、決断するという姿勢に変わりがないと考えている。

 

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2020年7月16日 (木)

率直濃密な交歓交流

 岐阜というところ
 今日は、1年に1度か2度、岐阜の夜を率直で中身の濃い、意見交流の場を持つ久しぶりの「飲み会」であった。いつもは3人であるが、今日は一人が加わった。
 お二人(3人)とも私より年長の「後期高齢者」の域にあって、それぞれの持ち場では「現役」といえる活動を持っておられる。その意味では私は「現役の活動」とは言えないが、発信しているだけではあっても現状に関わっているから、「ほぼ活動家」に入れてもらえるかもしれない、少なくともこの場では。
 話題が絞られているわけではないので、それぞれの近況に触れては、昨今の政治、社会などの話題に移っていく。
 私に向けられた話題としては「立憲民主党・パートナー」もあったが、今日初めて参加した人に「この人は詩人です」と紹介され慌てた。“詩人って呼ばれたのは初めてですよ”と返し、詩はどんなきっかけで書くのか、とか「詩と散文の違いは何ですか」と問われ、これも不意を突かれた。
 「詩と散文の違い」を正確に答える自信はなかった。詩の形としては「定型詩、散文詩、叙事詩」があると思う。また散文を行替えすれが詩になるが、それでは単なる描写か吐露かな、詩には文字、表現にないイマジネーションを持たせる領域を持つ、などと訳の分からないことを言っていた。
 詩を書く動機については、(私の場合)二通りあって、与えられたテーマで書く場合と、ひらめきを忘れることがない時、それが動機となって書く場合がある。いずれにしてもある「モチーフ」に沿って構想し、書き、組み立てるということはない・・・。
 立憲パートナーズについては、C&Lリンクス愛知電子版Ⅱで書いているので、多くは触れなかったが、「立憲民主党の『立憲パートナーズ』に登録して、“何をすればいいの?”と始めた「電子版」ですが、よくよく考えてみたら、これは『党活動』ではなく、私のこれまでの運動スタイルの延長、と言えなくもない」みたいなことも言ったような。
 岐阜という土地柄に関連した話題もあったが多くは忘れた。その中で一つ。岐阜=美濃であるが、美濃は西濃、中農、東農、そして飛騨に分けることができるが、江戸期においては、地域支配の中心となった「代官所」は、笠松と高山にあって現在の県庁所在地・岐阜市にはなかった。
 岐阜にはれっきとした「岐阜城があったのでは?」という疑問もあるが、その岐阜城は関ケ原の合戦の後の1601年に、家康によって廃城にされてしまった。けれどもその後は尾張藩領となり岐阜奉行所が置かれて、発展してこんにちがあるという経緯だが、お二人に言わせると岐阜市はどうも“あいまいなところ”だという。
 個人的には岐阜に特別な思い入れはないが、小説・夜明け前、詩集・千曲川のスケッチの島崎藤村(中津川)は文学の上で。ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人たちにビザを発給した杉原千畝(外交官・-美濃市)はよく知られ、知人といえば、河合塾の名物講師といわれた故牧野 剛さんは恵那市の出身だった。

 

 

 

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2020年7月15日 (水)

ビラまき高校生 逮捕・拘留の衝撃

   C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・別冊第6号
 「ツネじい通信」の第85号が13日付で送られてきたので、別冊の発行に取り掛かり、今日の午前中に仕上げて発信した。内容は以下の通りである。
   第06号 2020年07月15日 1)ツネじい通信第85号<2020年07月13日>ビラまき高校生 逮捕・拘留の衝撃 2)定義なき敵基地攻撃能力 イージス断念で「どさくさ紛れ」の保有論? <毎日新聞 2020年7月14日> 3)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<7月6日~7月14日> 4)【愛知県連】新型コロナウイルス感染拡大予防に向けて大村知事に要望書を手交 5)あとがき 全4頁。
   「高校生 逮捕・拘留」の稿の冒頭部分は、以下のようなもの。
   「・・・まずは、事件の全容を説明することから話を始める。時は、この7月8日早朝。東京は目黒区にある「第九中学校」の校門から200㍍離れた公道での出来事だった。都立高校の現役生徒のI君が、同中の登校生徒向けにチラシを配ろうとしていると、この中学の副校長が現れ、やめるようクレームをつけてきた。
   チラシの内容は、同中生徒の進学先の一つ「小山台高(都立)」のことを紹介したもので、コロナ禍のさ中、寒くて震えるプール授業を「どうして実施しなければならないの?」と、同校などに向け、広く訴える内容のものだった。
   間もなく校長も加わって執拗さを増し、物理的な行動に及ぶ雰囲気となった。I君は「公道でのビラまきは違法ではない」と述べる一方、〈記録しておかないとまずい〉と感じて、スマホで録画撮りを始めた。「肖像権の侵害だ」と叫ぶ副校長を構わず撮り続けると、スマホを取り上げようと手を伸ばしてきた。
   ところが、スマホに手がかかると同時に「アイタタ」と叫んで、I君から暴力を受けたように装い「警察を呼ぶ」とした。そして20分ほどして警察官が現れて逮捕されてしまった。・・・」検索でも細部を知ることができる。

 さてこうして編集してみれば明らかだが、あとがき以外は全部転載で占めている。即ち「別冊」の位置づけがかなりはっきりしてきたといえようか。
 例えばこのまま進んで「総選挙」が行われたとしたら、どういう組み方になるだろう。予想としては、別冊は「総選挙特集」で特化する。本誌は、発行回数が減っても通常の姿勢を維持する、ということになろうか。
 それはそれとして、もう一つの線路を敷いて「複線化」したいが、構想が固まらず、立ち止まったままだ。悲しいことにそれは、時間がないのではなく能がないだけのこと。能がないからこそもっと集中すべきだが、それが中途半端なのもまた「能」というべきなのだろう。ま、それでも「微速前進」すればいいと。

 

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2020年7月14日 (火)

データは好転したが・・・

   生活のリズムをつくることかな
 3か月ごとの検査と診察に出掛けた。前回の血液検査の結果が良くなかったので、今回はかなり改善努力して臨んだ。結果は「良」であった。次回はもう一歩踏み込んで「正常値」に近づけるようにとまた宿題を渡された。
 いい結果が出たのは、特別のことをしたわけではなく、「こうすれば改善しますよ」といった基本的なこと、シンプルなことを実践しただけ(今までそれが出来なかった)。それと「新コロナ」が「後押し」してくれた気がする。極端に言えば付き合い中止の「節酒」と時間的な余裕もあって「散歩」もかなり出来たということだ。さらに医師からの「脅し」も効いていた。“これ以上悪化或いは現状が続くようであれば・・・”で、私に覚悟を求めたのだった。
 検査結果のデータは確かに好転していたが、この3か月間の「虚しさが募る努力(鍛錬か?)」を振り返ると、人生って何だ?と思わないでもない。やはりもう一度「何の為の努力か」を言い聞かせねばならない。目的がはっきりすれば、手段はどうにでも選択できる・・・と思うのだが。
 薬局で3か月分の、袋一杯の薬を受け取るとき、何とも言えない気分になる。以前よく聞いた話で、病院からお薬を一杯もらって帰るお年寄りはにこにこ顔で・・・、って、あれは本当だろうか。日本人の薬好きとか・・・。
 どっちにしても、一定の生活リズムをつくることは悪いことではない。次回の10月までの3か月の見通しを考えるきっかけにはなる。

 

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2020年7月13日 (月)

古手紙の使い方

 送った手紙のコピーが出てきて
 先日は古葉書のことを書いたが、今日は封書の手紙についてである。
 但し戴いた手紙は、相手のこともあるから一概に公にはできないが、ここでいう古手紙とは、私が送った手紙の「控え」つまりコピーのことである。1990年から1999年の約10年間、約50通、他に運動の通信の控えのごく一部もファイルされていた。
 なぜそんなものが残っていたかという理由は定かではないが、そのころ私は、事務用のコピー機をリースで自宅に置いていた。会議のレジュメ、資料のファイルなどその都度コンビニに走るのが面倒であったし、その数も半端でなかったのである。リース料、トナー、紙代などの出費もかさんだが、「時間をお金で買う」と考えていた時代だった。それだけ集中していた時期でもあったといえようか。その流れの中にあったのだと思う。
 ワープロが登場し、パソコンの時代に入っていくとコピー機の利用率は下がりやがて契約を打ち切った。
 さて今日は、その古い手紙の一部を読み返しながら、これを「再生」させる手立てはないものかを考え始めた。
   何のために再生させるのか、少なくとも「活動」とは無縁である。結局「自分史」の片隅に添えるだけのものに過ぎないとも思える。「続自分史か?」そうではないが、「過去-現在-未来」この連鎖の中で、過去から引き上げて現在地を見て、未来にどうつながるか、わが足跡をちょっと振り返ってみたくなった、全く無駄な所業と思いつつも。
 この歳になると、効果と効率とか、価値があるかないかという拘泥よりも、“何がしたいか”が優先するようになりつつある。極端に言えば、この「ブログ」でさえ何の意味があるのかと問われても明快な答えはない。書き留めておきたいというだけのこともあるのである。
 パソコンに保存されているすべてのデータは、ある時一瞬で消え去るリスクの中にある。バックアップはしているもののそれは一部に過ぎない。プリントされて程よく保存しておけば、焼失(消失)でもしない限り、いつでも甦る。ただ、その必要性はほとんどゼロに近いが。だからせっかく20年から30年の間も残っていたこの「古手紙」の活用はないかと考えてみたのである。

 

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2020年7月12日 (日)

昭和前半の男たち

   労働運動の活動家の性(さが)か
   ある運動の中で語られた「『古い男臭さ/』を無意識に持っておいでの方が多い・・・」それは、「昭和」の前半の男たちを指しているようだが、それをズバリ突きつけられたら、当事者は何と答えるだろう。
   昭和の前半以前というと、ざっと現在60から65歳以上の人が対象であろうか。ちなみに「マチスモ」とは、検索したら、ラテンアメリカで賛美される「男らしい男」を意味するスペイン語のmachoから、男っぽさ。誇示された力。男性優位主義。とあった。
   その場面は、当初から労働運動の道を何十年と担ってきた活動家と、どちらかといえば、労働運動とは無縁に近い市民運動の人たちの会合の場であったとする。
 その場面を再現するのは難しいので、想像しながら労働運動から地域の様々な運動に入っていった私の経験から少しだけ触れたいと思う。
 既に書いているが労働運動は、極端な上意下達ではないが「ピラミッド型」の組織形態である。一方市民運動は、フラットに近い「台形型」のように思う。また労働運動は統一、団結、効率化を重んじ、市民運動は多様性、対等、議論を重視する傾向といえるのではないか。
 もう一つは、「参加する男女比」の違いが大きいことの影響もあると思う。最近でこそ「女性ユニオン」の活動もみられるが、両性混合の組合・ユニオンで、女性の委員長は少ない。市民運動ではそうした役職とか執行部制という方式は少ない・・・。
 この環境の違いの中でそれぞれが歩んできた場合、合流した運動の中でしっくりしないことが出て来ても不自然ではない。
 私は労働運動を足場として地域の運動、一つは、企業別、産業別、職種別を超えた「地域労働運動」に参加し、同時に社会的な課題(反原発、環境問題、教育問題など)も取り入れていくことで市民運動と合流していった経緯がある。それが「労働運動と市民運動は表裏一体」となり、「赤と緑のメーデー」の創出に至った。
 では、マチスモこれを「男性優位主義」と仮定して、指摘された振る舞いがあったかどうかであるが、そういう自覚は持っていなかった(だから問題だ、としても)、むしろ女性であれ、男性であれ積極的担う人の登場を待ち望んでいた。打ち合わせ(会議)でも、発言、提案を待つ方であったが、あまり手が上がらないのを見て、議題を準備するようになり、議論の集約、行動への移行をスムーズに行うための手立てを進めた。多分、ここらあたりから効率を求めすぎる、強引ではないか、出来レースだ、みたいに受け止められたかもしれない。
 現役を退いた今、私自身が女性から指摘された「古い男臭さ」を指弾されることはないと思うが、この先のことを思うと他人事として沈黙していればいいというものでもない、そう思っている。

 

 

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2020年7月11日 (土)

山尾志桜里問題と衆院選を考える

   電子版Ⅱ・第104号を発信
 衆院議員の山尾志桜里氏は立憲民主党を離党し、7月8日付で国民民主党への入党を受理されたという。
   政治家にはしっかりとした政治信条、政治的理念を持ってもらい、有権者の望むところを背景にこの国の行方をどうしたいのか、ということで邁進してもらいたいと私は思っているが、今回の山尾氏の行動をどう評価し、次期総選挙に向けてどんな影響が考えられるか、立憲パートナーズである私は無関心ではいられない。
   C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ.第104号を発信した。その内容は以下の通り。
   1)視点見解 山尾問題と衆院選を考える 地元愛知では・・・ この秋にも衆院解散総選挙?さてどうする 立憲民主党は、熱意をもって擁立を急げ 2)ブログから ・米軍機墜落61年で慰霊祭-沖縄-1959年6月30日、うるま市での事故 ・書き損ないの古葉書を交換する-時代の変遷の一つ 3)書きのこし 全4頁である。
   電子版Ⅱになって104号となり、別冊は5号発信した。その棲み分けをどうしたものか思案中ではあるが、ある程度固まってきた気がする。本誌は10日毎か、月2号刊で基本4頁。執筆編集を基本とする。別冊は随時であるが、「ツネじい通信」が届けば早期に対応。ページ数はフリー。引用、転載が主となる。
   課題としてあるのが、映画、詩、随筆など「文化」的なものはどちらにするか、である。ま、どっちでもいいかな、今はそう思っている。

 

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2020年7月10日 (金)

中部電力への申し入れ

 7月27日、PC2020あいちから
 新コロナの影響は、様々な運動にも影響を及ぼしている一方、それを盾にして、面会しての申し入れを拒否するケースも出てきた。
 仲間の報告によると7月28日は、名古屋市、愛知県に例年通りの面会申し入れを行う予定を伝えていたが、名古屋市からは「回答文書を郵送で」とし、愛知県からは、当日面会はできないが回答文書を手渡しの対応とのことだった。
 こんな状況だと他の運動団体も同じような対応をされていると推測するが、豊川と小牧、岐阜の自衛隊基地は門前、即ち屋外なので拒否理由は見当たらない、というか炎天下でも雨天であっても門前対応で中に入れないというのは不誠実ではあるが、読み上げて手渡しの申し入れを拒否することはない。
 私の担当する中部電力はどうであろうか。他のグループの例では「5人以内、時間短縮」を求められたという。
 それを前提にして対応を考えるが、先日従前通りの内容で訪問通知を送ったが、何の連絡もない。今日は、申し入れの内容を仕上げたので明日投函する。
 昨年は土曜日ということで休業だったので、申し入れについて文書回答を求めたが、音沙汰なしだった。そこで今回の申し入れ内容は日付などを変えて前年のものを踏襲することとし、それに一項目を加えた。
 それは、石炭火力についてであった。
   「新聞報道によりますと本年7月3日、梶山弘志経済産業相は、2030年度までに、二酸化炭素(CO2)排出量の大きい旧式石炭火力発電所を100基ほど休廃止する方針を明らかにしました。
   梶山氏は会見で「非効率な石炭火力をフェードアウトする仕組みを導入する」と強調し、旧式の石炭火力は国内に114基あり、休廃止は9割相当の100基程度が対象となる見通し、とのことです。
   一方、26基あるCO2排出量が少ない新式の石炭火力については維持・拡充する方針で、全廃を相次ぎ決めた欧州諸国などから反発が出る可能性もあると、報じられました。
   そこでお聞きします。
 中部電力が所有する石炭火力発電所は、碧南火力の1~5号基と承知していますが、そのうち経産相が述べた『旧式』と「新式」はそれぞれ何号ですか。新旧を問わず石炭火力を全廃するつもりはありませんか。」
 今回は「石炭火力」だけを取り上げているが、石油、天然ガスでの火力発電もCO2排出規制から、いずれ問題化しよう。

 

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2020年7月 9日 (木)

山尾議員、国民民主党に入党

   地元では批判、単独比例に転出か
   国民民主党は、立憲民主党を離党した山尾志桜里衆議院議員の入党届を7月8日付で受理したという。それ自体は既定の流れであろうが、これで一件落着とはならないであろう。
   山尾氏は愛知7区が選挙区。ここは野党、無所属を含め地方議会における女性議員が多いことがあげられる。その流れは市長選挙に女性が立候補して(日進、長久手、尾張旭)、「愛知で初の女性首長誕生」が今一歩のところまで迫っているのである。そうした女性議員を含む、女性たちの力強い応援などがあって、従来保守基盤であった第7区を野党・現立憲民主党が制するようになったという経過がある。そして関係者によると、愛知7区からは「この1年、本人を全く見ていない」(共同通信)という批判も多く、山尾氏が考えている行動については理解されていない。
 さて問題はこの秋にも解散があるかもしれない選挙である。山尾氏がこのまま7区からの立候補はほぼあり得ないし、本人もその気はないのであろう。だから地元はほったらかしなのだ。同時に彼女には「自信」と「目的意識」があるようで、どこの選挙区であろうと、「比例」であろうと構わないみたいなところが伺える。
 では立憲民主党、国民民主党の地元愛知ではどう対応するだろう。率直に言えば両党は元々民進党・民主党として一つであって、その内部ではいくつかの要素をもって「棲み分け」してきた経緯がある。それは衆院選、参院選ばかりでなく、地方議会選挙もまたしかりである。県議会では「新政あいち」として会派を一つにしているのが象徴的である。であれば「山尾問題」で対立関係になるのを避けたいと考えるのは当然の帰結である。
 ということで山尾氏は他の選挙区、といってもそれは難しかろうから、比例区にまわる公算が大きい。それも東海ブロックではなく、首都圏ではなかろうか。
 いずれにしても、立憲民主党愛知県連は、第7区の候補者選定を急げ!

 

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2020年7月 8日 (水)

米軍機墜落61年で慰霊祭-沖縄

 1959年6月30日、うるま市での事故
 私は「忘れない!オキナワ、フクイチ」をことあるごとに口にしているが、スローガンだけか観念的なものでしかない!と指摘されたら、返す言葉がない。これも能力不相応の多方面に関心を持つがゆえの「何事も広く浅く」をモットーとしているところにも遠因がある。
 ということで、少し前のものであるがピースサイクルの仲間が以下の記事を紹介してくれたので、ここに書き留め、幾らかの糧にしたい。
「基地問題いまだ続く」=米軍機墜落61年で慰霊祭ー沖縄
  2020年06月30日11時46分 時事通信
 沖縄県うるま市(旧石川市)で1959年、市立宮森小学校に米軍の戦闘機が墜落し、児童と住民計18人が死亡した事故から61年となる30日、同校で慰霊祭が行われた。今年は新型コロナウイルスの影響で規模を縮小した。遺族らが参列し、犠牲者の冥福を祈り、黙祷をささげた。
 慰霊祭は、遺族会と当時の在校生らで組織するNPO法人「石川・宮森630会」が主催。久高政治会長(72)は「基地問題は沖縄戦後以降ずっと続いている。これからも宮森から平和を発信していきたい」とあいさつした。
 糸満市から参列した金城清正さん(73)は事故で母とクラスメート3人を亡くした。「基地問題はらちが開かない。安全に暮らせる世の中になってほしい」と話した。
 事故は59年6月30日午前10時40分ごろに発生。米軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)所属のジェット機が住宅地に墜落し、機体が衝撃で跳ね上がり、約150メートル先の同校校舎に突っ込んだ。
 もう一つ
奪われた幼い命 ― 宮森小 米軍ジェット機墜落事故
  2018年6月29日 23:00 琉球新報社
 1959年6月30日、うるま市(旧石川市)の宮森小学校に米軍ジェット機が墜落した。児童12人を含む18人が死亡、210人が重軽傷を負った。沖縄の戦後最大の米軍機事故だ。
  今も変わらない沖縄の空
  沖縄・戦後最大の米軍機事故
  宮森小ジェット機墜落事故
 沖縄県宜野湾市の普天間第二小学校。学校上空付近を米軍機が通過するたびに校庭にいる児童らが避難する―という生活が続いている。その回数は2018年2月から6月8日までで合計527回に上っている。
 隣接する普天間飛行場所属の米軍ヘリCH53が重さ7キロの窓枠を校庭に落下させたのが2017年12月13日。その日以来、校庭は子どもたちが自由に遊んだり、学んだりできる場所ではなくなった。
 沖縄では小学校に戦闘機が墜落し、子どもたちを含む18人が犠牲になるという痛ましい事故が過去に起きている。戦後の沖縄で最大の米軍機事故と言われる「宮森小米軍ジェット機墜落事故」だ。
 1959年6月30日午前10時40分ごろ、石川市(当時)上空を飛行中だった米軍嘉手納基地所属のF100D戦闘機が突然火を噴いて操縦不能となり、同市の宮森小学校近くの住宅地に墜落した。衝撃によって跳ね上がった機体は宮森小学校に突っ込み、6年生のコンクリート校舎に激突した。学校に突っ込む機体から漏れ出した大量の燃料に火が付き、住宅と2年生のトタン屋根校舎の3教室などを焼いた。
 当時はミルク給食の時間帯でほとんどの児童が校内におり、18人が死亡(児童12人=うち1人は後遺症で死亡、付近住民ら6人)、210人が重軽傷を負う大惨事となった。

 

 

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2020年7月 7日 (火)

運動における多様性と組織性

 私の経験から(1)
 私は、組織的な活動の中枢から離れて数年が経つ。現在は「立憲パートナーズ」という、組織の一員とは言えないけれども、ある程度は組織の方向性に沿って考え動いてはいる。また緑の党の「サポーター」でもあるが、最近は足が遠のいている。
 政党関係の他に地域活動の幾つかの運動の会員に登録しているが、「運営会議」などの場には参加していない。永く自認していた「活動家」はもう外れているといっていい。
 そういう立場にたってあることことに気がついた。古くて新しい「運動における多様性と組織性」についてである。そうした問題の論点を示した例を見ないが、諸運動では避けがたい問題なので、多くの人が感じているだろうし、どこかでコメントしているかもしれない。
 私の経験から切り出すと、まず労働運動の組織を図形化すると「縦型またはピラミッド型組織」と見てきた。一方市民運動は「横型または台形組織」ではないかと。例えば組織の役員(リーダー)の構成は、労働運動では委員長(会長)、副委員長(副会長)、事務局長が3役。政党も同様な形態であろう。市民運動は「代表」以外の役目はあまり見かけない。その代表も複数の場合もあって「共同代表」となる。
 次に企画など運営に関する会議についてであるが、労働運動では予め「議案」が用意され、議事を進行させるのは事務局長、議事内容については書記を置くか事務局長が兼ねる。そして議事録を残し、その報告を周知する、という手順を踏んでいく。市民運動も似たり寄ったりではあるが、労働運動ほど徹底、規格化はしていない。
 私が企業内組合活動から、地域労働運動に乗り出し、さらに市民運動にも加わっていく段階になって、「運動感覚」の違いに驚き、戸惑った経験がある。
   例えばこんな風な情景である。
 ある問題に関心を持った人たちが一度集まって相談しようということになった。呼びかけがあった。初回は、自己紹介とか雑談的な意見交換、交流の後、今後どうしようかということで、次回の打ち合わせ(会議)の日時と場所を決め、大雑把なテーマを確認して散会となる。概ね2時間くらいであろうか。居残り組はそこで雑談など。
 さて本番は2回目からの会合である。まず「中心メンバー」はそうでもないが、集合時間が守られない。だが予告時間が来たから会議を始めようとすると、“まだみんな揃っていない”とストップがかかる。みんなそれぞれの事情があるから遅れることもやむを得ない、もう少し待とうよ、と諭される。ようやく打ち合わせ(会議)が始まる段になってもいわゆる「議事のレジュメ」が用意されていない。どこから、なにから議論が始まるのか、私は当初随分戸惑ったが、それなりに課題の核心部に迫っていく。核心部を把握している有能な人がいるわけだ。だからといってその人が全体を取り仕切る、ということでもない。
 経過した時間的なことと何かの区切り、或いは中途退出(帰ってしまう)者が出て来ることを見はかるように会議は終わる。何がどこまで決まって次に何を議論し、なにを用意すべきかの確認というか、そうしたものは特に出されない。暗黙のうちに了解しているのだろうと思った。
 回を重ねるうちに、私は労働運動の手法で前回会議のまとめと、当日の議題をレジュメとして用意した。当初それは、訝るような場の雰囲気を私は感じた。慣れているであろう労働運動からこの市民運動の場に出ている人は少数であったからだろう。だからといって異議を唱える人はいない。つまり、こういうことだったのだ。みんなで自由に話し合う場で、予めレールを敷かれたような運営はよくない、偏るのではないか、と。あるいは話し合う内容についてだれが決めたのか、その場で出しあえばいいではないか、と。う~と唸った。
 雑談のような話が出たりして、それを遮ることは良しとしないようで、中々本題に集中しないことに私は少しいらだったが、やっぱりどこかで、その日の落としどころを心得ている人がいて終わりとなる。
   終わり方もまたいろいろで、夕方6時か7時ころから始まって、遅くとも10時には終えるというのが私の経験であったが、11時近くまで続くこともあった。これは、翌朝7時過ぎには出勤する「現場労働者」にとってつらいところである。一方で、「会議は2時間で終わろうよ」という人もいた。「こんなことで“過労死”したくないよ」と。
   至極まっとうであると思った。私は賛同した。しかし・・・(未完・続く)

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2020年7月 6日 (月)

東京都知事選の結果

 立憲支持者の投票行動が気になる
   6月18日に告示日され、7月5日に投開票された東京都知事選の結果は、現職の小池百合子氏が再選を果たした。その得票結果の上位4人についてメモしておこう
当小池百合子 3,661,371 (59.7%) 67歳 無所属 現 知事
 宇都宮健児  844,151 (13.8%) 73歳 無所属 新(元)日弁連会長
 山本  太郎  657,277 (10.7%) 45歳 れいわ 新 党代表
 
 小野  泰輔  612,530 (10.0%) 46歳 無所属 (維) 新(元)熊本県副知事
   投票率は55.00%で、16年の前回を4.73ポイント下回った。
 小池氏は約6割の支持を得たのだから、投票率が55%とはいえ、都民の信任を得たといえるだろう。「小池都政」が評価されたのか、「小池百合子」の人物評価も併せてなのか。それとも小池に代わる有力な対抗馬がいないが故の「消去法的選択」の結果なのか。
   また首長の選挙では現職が2期目をめざす場合は、それを打倒することは難しいとされる。よほどの失点がない限り「もう一期くらいやらせてみようよ、それで評価すればいい」ということらしい。
 各候補者の得票結果と支持母体の政党の評価と直結するのかどうかはわからないが、報道による「○○党支持層の〇割が小池に投票」という分析は興味を引く。確かに国政選挙と首長選挙の違いは大きな要素であるが、政党の組織的な「コア」がどれほどかの推測を見ることにならないか、そんな風に私は見ている。立憲民主党支持の2割ほどが小池に投票したとの情報がある。思ったほど多くなかったと私はみたが、元々政党支持率が10%を超えて伸びていかない現状からは、この2割の人たちを引き留める党活動はもっと工夫されるべきだろう。
 立憲民主党はこのほど「一般党員」の募集を始めたが、「立憲パートナーズ」と何がどう違うのかはよくわからない。それは、そもそも「立憲パートナーズ」は、「党にとって、共に党をつくり前進させるそのパートナーです」とか言われても、漠然としたままだ。小池を支持した2割の多くが立憲パートナーズであったなら、これはちょっと大変だ。

 

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2020年7月 5日 (日)

九州南部・熊本豪雨で甚大な被害

   河川の氾濫、土砂災害の常態化を考える
 今年もまた繰り返すのか!九州南部で記録的な雨量を観測した4日の熊本豪雨は、熊本県内各地で甚大な被害をもたらしている。屋根だけを残して水没した家屋の写真、その家はどこにあるのか、山が崩れ土砂に押し流され埋もれてしまったと思われる映像。遥か遠い地での災害ではあるが、その後の元の生活に戻るまでどんな苦難の道であるかと思えば、他人事とは思えない。特に高齢者にとっては“この期に及んで、なんで?”との思いが募るのではないだろうか。流れ込んだ泥を掻き出し、使えなくなった家具類の運び出し、壁、床の清拭などどれをとっても体力的にきついし、枕を高くしてゆっくりと休むこともしばらくできないであろう。心の支えを何に求めればいいのか。
 私ならどうする?生まれ育った土地、いつもならさらさらと清らかな川の流れは“ふるさと”そのもの。“終の棲家”と決めていたなら離れがたい。けれど私なら思い切って離れ、災害の心配のない新天地で最後のやり直しに踏み出そうと考えるに違いない・・・。
 けれどそれは、災害に遭遇していない今だからいえることだろう。いざその時になったら・・・考えたくもないが、やはり想像力を豊かにして考え、方策を立てておくことが知恵というものだろう。
 こうした河川の氾濫、土砂災害が常態化していることは、災害対策が不十分ということもあるが、この狭い日本であっても、低い土地、軟弱な土地(埋立地)、斜面に隣接した土地などに「宅地建築規制」をかけるとか、国、地方自治体が買い取って他の用途に供するというのはどうか。災害復旧事業費と予防措置費(多目的ダム、砂防ダの建設、堤防の改修、強化、かさ上げ)との比較でも、買収の方がいいのではないか。
 という道筋であれば当然国家予算の事業配分に手を入れる必要がある。改めて国家予算の「事業仕分け」を行い、アメリカからの兵器の爆買い、核燃サイクル事業の中止、辺野古埋め立ての中止、政党助成金の見直し、高速道路建設の凍結。新幹線整備計画の全面的な見直しなどを俎上に挙げてもいいのではないか・・・。専門家からみれば他愛ない発想かもしれないが。

 

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2020年7月 4日 (土)

関ナマつぶしを許さない・東海の第2回総会

 リンクス電子版Ⅱ・別冊第5号を発信
 新コロナは、首都圏・東京でぶり返しの兆候があるようだが、この東海地方では「小康状態」かな。でも油断禁物だ。
 その東京では、知事選挙の街頭運動が先ほどの午後8時で終わった。
 C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・別冊第5号を発信したが、そこに次のようなコメントをつけた。
   「明日は東京都知事選挙の投開票日。マスコミ情報は小池現知事優勢(圧勝)を伝え、次点に誰が、どのくらいの得票かに移っている。このすっきりしない気持ちをどう表現すればいいのか。また、北区の都議補選も同日投開票。これも注目している。
   れいわ新選組、日本維新の会、この二党の台頭をどのように受け止め、政治全体の中に位置づけたらいいのか。
   私の中では、霞がかかったままである。どちらかといえば、二党を分析してどう対処するか、と言うことよりも、都知事選での「立憲民主党、共産党、社民党」の共闘関係を、もう一歩も二歩も進めて、それ自体が、新たな政治勢力として、力をつけていくことがいいのではないか、そんな風にも思うが、具体的なイメージがつくれない。
   みなさんはどうお考えでしょうか」と。
 第05号 2020年07月04日付は、以下の内容である。
1)ツネじい通信第84号 高橋恒美 2020年07月01日 「美山」で噛みしめし日常の営み 2)関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない 東海の会 第2回総会が開催された 「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」第2回総会へのメッセージ 中谷 雄二(共同代表 弁護士) 3)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<6月16日~7月4日>
 猛暑が予想される7月が始まったが、これまで滞っていたものが吐き出されるように、「予定」がどんどん入って来る。睡眠をとり、バランスのとれた食事、適度な運動、検温と薬飲を忘れずで、乗り切っていくつもり。

 

 

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2020年7月 3日 (金)

最後の運転免許証の更新

 「資格」を考える
 既に書いたことであるが、私の運転免許証は6月の初めで切れていた。もちろんこのままでは失効していて更新はできない。ということであるが、更新には「高齢者講習」の受講が条件で、その講習が「新コロナ」の影響で1か月延期となり、更新日を過ぎてしまったのである。そこで最寄りの警察署で3か月の延長許可をとって、今回の更新に至ったという訳である。
 18歳で普通免許をとったが、ふとこれ以外になにがしかの「資格」を私は持っているだろうかと考えたが、すぐには出てこなかった。だが一つだけクレーンを扱う初歩的な「玉掛け」の資格を持っていた。それがいつまで有効かどうかは知らないし、後にも先に役立つことはなかった(ない)が。
 いっとき「行政書士」の通信教育を受けて「資格」を得ようとしたが、受講前にキャンセルしたことがあった。やはり「資格の一つも」という思いがあったのだと思うが、もう一つは地域労働運動の労働相談などに役立つとも考えていたことも確かだった。しかしそうした事案は、弁護士に相談すればいいということになったのだった。
 学歴や資格、それに専門知識、技術は、就職の手段即ち生きる糧でもある。何がしかに貢献することもあるだろう。では「無資格人間」は、それの対極といえるだろうか。もちろんそんなことはない。現に私がここにいる。
 中学校の女性恩師の中に、70歳になってから「建築士」の資格を取ったという話を聞いたことがある。それが実際に役立てられたかどうかは聞きそびれたが、恐らく「チャレンジ精神」発露の一つではなかったか、と私は想像した。
 加齢に関係なく、好奇心を持つ、挑戦してみる、探求するなどは「ポジティブに生きる」ことの「資格」要件のような気もするがどうだろうか。

 

 

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2020年7月 2日 (木)

中部電力へ訪問通知

 ピースサイクル2020愛知始動
 新コロナ感染のぶり返しの兆し、梅雨明けはまだ。それでも7月は「ピースサイクルの夏」がやってくる。発足して35年目。この愛知は33年目。
 すでに豊田、日進、名古屋で取り組みの準備が始まっていると連絡あり。私の担当は「中部電力」であり、例年この時期に訪問通知を行う。
 自転車で走っている分には、当人の体調さえ気をつければ新コロナのことはそんなに心配することはないだろう。問題は、訪問先での申し入れ、質疑など室内での対応についてだ。
 昨今の状況を聞くところによれば、「5人、30分以内」が何だか一つの目安みたいになっているという。受ける側が「真摯な対応」をとるなら、例えば自治体への事前の質問書には、比較的丁寧な回答が用意されているので、あとは広い会議室を用意すればいいだけのことだが、そういう姿勢が希薄なところがある。
 中電へは、7月27日に訪問する。昨年は台風の影響で全日走行中止となったが、中電の休業日でもあった。そこで質問書を事前に送っておいて、事後に回答を求めたがなしのつぶてであった。
 東京電力は資料などを添えてかなりの対応しようとする姿勢である。企業姿勢の違いなのか、私たちの側に何か足りないものがあるのか。
 今年は、自転車で走行中はマスクなしでOK、室内、対面時は、マスク着用と、事前にアルコール消毒を用意したい。質問事項もある程度絞り込むことも考えたい。新たな状況には、新たな対応で臨むのは当然だ。
 どっちにしても、26日からの3日間は、高温の炎天下も台風・豪雨もないことを願う。主催者は、こんな時だけ“神頼み”である。

 

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2020年7月 1日 (水)

先輩からコメントを戴きました

 今後の発信にぼんやりと方向性が
 C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第103号について、先輩の三氏からコメント戴いた。
 今号の発信にあたって、「本誌と別冊をどう位置付けるかは、まだ暗中模索の中にあります。」などと書いたこともあってか、コメントから“励まし”の言葉が伺われ嬉しくもあり、より“真摯”に取り組んでいかねばと思い至った。
 私が発信する内容は大別すれば、転載、引用、紹介記事といった「外資導入型」の内容と、意見や見解、提案といった自発の発信、思索、日記、つぶやき、詩のような「私的」なものといえる。
 私自身がいろんなメールを受け取ったとき、集会やデモ、講演会、公判案内など「ガイド情報」も一通り目を通すけれども、深読みすることは少ない。やはり、なにがしかの意見、感想など「私見」の方に惹かれる。
 冊子の構成で転載、引用、紹介記事といったものは、誤用に注意を払うことなどがあっても時間を要しない。一方「私見」は、時宜、テーマなどの選択と執筆の重さを背負うので、当然ながら四苦八苦で時間がかかる。しかも書き終えては据え置き、据え置いては書き直しを繰り返したものほど、自分でも納得度が上がる。それはつまり、よく読まれる記事になるということではないだろうか。
 かつてはよく「状況は分かった、それで君はどう考えているのだ」と問われたこと思い出す。対人関係では年齢や上下に関係なく、相互が「どう考えているのか」は、対話・交流の必須、最優先課題だ。
 つぶやきはいいが、悪口雑言、愚痴の類は好まれないだろう。話題性、特異性、正確性に個性があればあるほど仕上がりがいいといえるかもしれない・・・。
 今後の発信にぼんやりと方向性が見えてきたような、三氏のコメントを読んでの感想だった。

 

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