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2020年6月30日 (火)

立憲民主党が「一般党員」を募集

     C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第103号を発信
   2020年の前半が終わる6月30日付で、C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第103号を発信した。
 現在、本誌と別冊の二本立てで発信しているが、これの違い、どう位置付けるかは未だ暗中模索中といっていい。
 とっかかりは何かを意図していたと思っていたのであるが、進めていくうちにその違いが薄れているようで、単に本誌1冊分のものを2回に分けて出したに過ぎない、という気がしないでもない。
 もう少し試行錯誤しながら、2020年の後半に入っていきたい。
   ともあれ、第103号の内容は以下の通りだ。
 1)立憲民主党が「一般党員」を募集 2)視点見解   銅像の建立と破壊 事実は事実として伝えるべき 3)私はなぜ、好んで戦争映画を観るのか 私の映画鑑賞から 4)ブログから 雑草にも命があるといわれても-広い野原で芽を出せばよかったのでは? 5)書き残し
 7月26日から3日間、ピースサイクル2020の愛知の本走が始まる。梅雨明けと、新コロナの状況が気になるが、なるようにしかならない。そのうえで準備を進めたい。

 

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2020年6月29日 (月)

映画鑑賞記録をまとめる

 執筆編集の息抜きで
 明日の30日付で「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第3号」の発信を予定しているが、中途で止まっている。今日のうちにまとめて、明日には点検して発信の段取りであったが、原稿の一部でストップがかかったまま放置。
 こういう場面は決して稀ではなく、ほぼ毎度といっていいが、半日も空けることはない。そしてこういう場合、決まって“よそ事”に手を出すのである。頭の中は原稿のことでいっぱいなのだが、再開の兆し、端緒が見つからないと“よそ事”に、ズルズル引き込まれてしまう。
 ということで今回は、観た映画のチラシ、パンフレットが山積みになっていて、以前から気になっていたこともあり、とりあえず2017年以降のものを対象に整理することにした。ところが観た映画がいつ、どこの映画館であったかのメモがない。「シネマ散歩緑の会」の鑑賞会は、ニュースを発行してきたからほぼ完ぺき。個人で観に行った映画は、「日録」「ブログ」で当たっていけば、かなり拾えるのだが、3年も遡るのもなかなか厄介なことだった。
 日付が判明しても、映画館がどこであったかメモされていなので困った。映画を思い出しながら、薄れた記憶に頼るほかなかった。それでも恐らく90%は把握したと思う。残りは後日に。
 それで、シネマ散歩緑の会の映画鑑賞会は、2017年9月から今年の1月までで15回。個人的なものは、判明したものだけで言えば、2017年が8本(鑑賞会は2本)、2018年が11本(鑑賞会は6本)、2019年が4本(鑑賞会は6本)、2020年は6月までで7本(鑑賞会は1本)であった。
 今年は、新コロナの影響で鑑賞会は1月以来止まったまま。個人的なものは、「自粛」までの駆け込みで4本、「解除」後に3本(6月)ということであった。
 さしたる意味のないことに時間を費やしたが、これで明日はすっきり編集執筆に取り掛かれるだろう。

 

 

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2020年6月28日 (日)

雑草にも命があるといわれても

 広い野原で芽を出せばよかったのでは?
 昨夜の雨は明け方までにはあがったようで今朝は曇り空。未だ湿り気の残ったこの状態は、草むしりにはいい日よりである。この日を待っていたので、ゆっくり朝食をとり、新聞2紙と日曜版まで読んで、作業着(23年前の、在職中のものを今でも着ている)に着替え、軍手とハンドスコップで取り掛かる。正午少し前。隣地まで行ってそこから延びて蔓を巻く雑草を中心にできるだけ根っこから引き抜く。
 前回が4月30日であったから約2か月。前回抜き取った一帯に新しい芽が伸びて、ブロック塀を伝って柵に手を掛けようとしている。できるだけ根っこに近いところから引き抜くが、容易に抜けるものは、単独に芽生えたもの。なかなか抜けないものは、土中に太い根幹があってそこから枝のように伸びてきている可能性がある。内庭ならしつっこく掘り返して“根こそぎ”抜きにかかるのだが、ここは隣地なので千切れたところでまでで諦めた。
 さて外を終えて小庭に移った。膝をついて一本一本抜いていくが、やはりの根の深いものがある。隣地からブロックの基礎の下をくぐって伸びているのかと思うほどの太い根にぶつかることもあるが、今日は比較的根の浅いものが中心だった。
   その時ふと思ったのは、たまに雑草を抜いた後からミミズが出て来ることがある。ミミズは何を食べて生きているのかは知らないが、雑草の根っこ近くにいるのは、根の近くに食べ物でもあるのかな?(検索してみよ)
 一部に防草シートが敷いてあるが3年もたつので、劣化し始めているせいかあちこちから雑草が芽を出す。これらは根が浅いので簡単に抜けるが、どうみてもこの春か梅雨時になって芽を出したものに違いなかった。
 もし心根の優しい人が“雑草にも名前も、命もあるのよ”と声をかけられたらなんと答えたであろうか。風に飛ばされたか、鳥か虫にくっついてここに来て芽を出したのであろうか、“どこから来たかは知らないけど、落ち着いた場所が悪かった。仲間たちがいっぱいいるもっと広い野原に行き着けばよかったのに”と答えたかもしれない。これでは答えになっていないかなあ。

 

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2020年6月27日 (土)

映画「デンジャークロース」

 なぜ戦争映画を好むのか
   映画を観る私の態度はずっと「おもしろければいい」というもので、芸術的、文化的、社会的価値をもって、観る映画を選択することは少なかった。もっとも活動に付随して見る映画、ドキュメンタリー映画も多々あるから、「オタク」ではないと思っている。どういった経緯でそうなってきたかはここでは省く。
   昨日は「パラサイト 半地下の家族」の報告を書いたが、今日はもう一本の映画「デンジャークロース」についてであるが、ストーリーに多くは立ち入らないで、なぜこのような戦争映画を好むかについて若干書き留めておきたい。
 この映画は、私の記憶にはない珍しいオーストラリアで制作された映画であった。
ヴィエトナム戦争中の1966年8月18日、南ヴィエトナム、ヌイダック地区。ここにオーストラリア軍司令部の基地、砲撃陣地があり、ここが「北側」から砲撃を受ける。その砲撃地点を突き止めるために前線に向かう中隊10、11、12小隊の激烈な戦闘を描く。この戦闘は「ロングタンの闘い」といわれ、オーストラリア軍は18人の戦死者、24人の負傷者、北側(南ヴィエトナム民族解放戦線など)は、300人近い戦死者を出したといわれる。
 「デンジャークロース」とは、味方にも砲撃が届くほどの超至近距離での交戦をいい、北の大軍に包囲された小隊長は、このままでは中隊全体が全滅の危機であり、味方にも砲弾が落ちるかもしれない至近距離にある敵側への砲撃を要請する(ここでの葛藤を描いている)。
 今年の2月27日に、これも戦争映画「1917命をかけた伝令」を観ている。昨年の9月27日には「プライベート・ウォー」という具合で戦争映画を好んで見ている。
 政治信条の一つに「反戦平和」を掲げているのになぜ戦争映画を好むのか。確かに“おもしろいから”ではあるが、「人殺しがおもしろいのか」と言われれば言葉がない。しかし「人殺し」なら、戦争映画だけとは限らない。
 映画だからフィクションや誇張された部分もあるし、西側でつくられれば、北ヴィエトナムもドイツ、日本も常に「殺られる」側で描かれる。そこには兵士一人一人の名前はない。それを前提にして「戦争特に戦場の事実」に近い描写は、兵隊一人一人の表情、心情、行動など、もし私が「そこにいたなら」どう対応しただろう、という想像は「疑似体験」としてあり「反戦思想」の肉付けになると思っている。こんな酷い、こんな非人間的な、こんな非道徳的な、戦争遂行者のこんなひどい兵(人間)の扱いがあっていいのかと。
 私の戦争映画好きは、古くは「人間の条件」「ビルマの竪琴」「西部戦線異状なし」「戦争と平和」等が原点にあり、「夜と霧(アウシュビッツ強制収容所)」「渚にて(核戦争後)」もそんな流れであろうから、ドンパチに酔いしれるということ(ばかり)ではない。
 以上挙げた映画のほとんどは、記憶では一人で観ている。連れだった相手が同じ価値観がかどうかわからないことも頭のどこかにあったかもしれない。
 最後に日本では、多くがアメリカで制作せれた映画、つまり「アメリカ目線」での映画であるから、かの大戦も、朝鮮戦争も、ヴィエトナム戦争も、イラク戦争も、相手側から作られた映画もあるはず。時代が変われば、それらの映画が日の目を見るかもしれない。その時、今観ている映画とコインの裏表のように全体が見えるのではないか。そういう見方もできると思っている。(未完)

 

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2020年6月26日 (金)

リバウンドか!映画2本を観る

 映画「パラサイト 半地下の家族」「デンジャークロース]
 昨日の中部電力株主総会への参加をしくじって、ではその「代打」として何にしようかと考えた。こういう場合の多くは、パソコン作業に関わることが多いのだが、暫く外出していないこともあるので、映画を観に行くことにした。
 22日の月曜日に「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」を観たばかりであるが、シネマ散歩緑の会のみなさんには、7月中旬ころに再開したい、その準備のために映画館を調査します、と告げていたので、それにも符合すると勝手解釈。どうせなら2か所、2本見てやろうと考え、映画館と連続して観られる上映時間を探っていき、11時45分からの伏見ミリオン座で「デンジャークロース」、15時50分からミッドランドシネマ2で「パラサイト 半地下の家族」を観ることにした。「パラサイト・・・」は観たいと思いながら機会を逃していた。しかも当劇場での最終日であったので即決。
 両映画館とも、新コロナ対策はほぼ同じで、イオンシネマ大高とは違って体温検査はなく、やや緩んでいる感じはした。両館とも15人ほどの観客であった。
   映画「パラサイト 半地下の家族」については、すでに多くが語られているので内容は省く。第72回カンヌ国際映画祭「最高賞」パルムドール受賞作品ということで、その話題性も欠かせないという動機は大きな要素であったが、私としては、少し前にテレビで見た「タクシー運転手~約束は海を超えて~」の俳優「ソン・ガンホ」が出ているな、というのも関心の一つであった。
 もしこの映画を一切の前提条件なしで観たとしたら、私はどんな評価をしだろうかと思う。ということは、大きな賞を輝き多くの絶賛を浴びた、というところまでにはいかず、現存するという「半地下」そのものに関心の重点が置かれたかもしれない。
 この「半地下」については、フォトジャーナリストの伊藤孝司さんが、「追伸・第6号」という冊子に書いていた「『半地下』で聞いた壮絶な体験」読んでいたので、そんな「住宅」がどうして生まれたか、今はどうなっているのかを幾らか様子を知ることとなった。映画のストーリーとは全く違う背景があったのだと。
   今、この映画のパンフレットと伊藤さんの記事を読み返している。

 

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2020年6月25日 (木)

株主118人、中部電力の株主総会

 しまった!寝すぎた、しくじった!
 アラームが鳴って目覚めた。何と午前8時30分!
 前日午前7時にセットしておいたのは確かだが、その時一旦目覚めたが“いつものように”二度寝に入ってしまったのだった。そのまま飛び起きて出かければ、十分間に合うのだがトイレ、身支度、朝食、台所と一通りの毎日仕様を欠かすことができないと考え、株主総会出席を断念した。
 経過のストレートは以上のものだが、今少し“決起”を鈍らせたのは、やはり「新コロナ」のことも頭の片隅にあったと思う。もう一つは、会場での発言の準備が完成していなかったこともあった。指名されるかどうかは別として、これまで参加した時は必ず挙手していた。質問も用意していた。
 株主総会は欠席したので、その“穴埋め”に、映画を観に行くことにした、何という体たらく?
 帰宅してからメールを開くと、株主総会の報告が送られてきていた。マスコミ報道は以下の通り。
 CBCニュース  25日11時42分 出席した株主数、過去最少の118人(前回944人)
 中日新聞ウェブ  25日 12時23分 脱原発提案を否決 中部電力・株主総会
 時事通信ウェブ  25日12時34分 林・中部電力社長、コンプライアンスの徹底強調 株主総会
 東海テレビ    25日16時32分 “浜岡原発”再稼働を疑問視する質問も…
 新聞の夕刊では、もっぱら関西電力の株主総会関連記事が中心のようであった。

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2020年6月24日 (水)

6・23沖縄慰霊の日を組む

C&Lリンクス愛知電子版・別冊第4号
 6月23日付で別冊第4号を発信した。こうした「記念日特集」を組むのは、広く知ってもらいたいという意味合いは少ない。私がこの通信をお送りしている人の多くは、十分に承知している人ばかりと思っているからだ。その一方で、「資料」として残し何かに使えるものとしての意味と、自分の中に今一度“忘れない、向き合う”ことの確認という意味がある。
 別冊第4号は、以下の内容である。
1)75年目の、6・23沖縄慰霊の日 沖縄慰霊の日・全戦没者追悼式玉城デニー知事の平和宣言(全文)2)マイブログ(6・23)から 3)平和の詩 「あなたがあの時」(全文)高良朱香音 4)ツネじい通信第83号 2020年06月23日 私たち有権者の任命責任が問われる 5)シネマ散歩緑の会
 シネマ散歩緑の会では、22日のこの欄でも触れたが、1月以来止まっている映画鑑賞会の再開のための「調査」の報告を書いた。その後同級生の会員から「コロナのことはあまり気にしていない」というメールが届いたが、やはり個人差はあるもので「警戒派」と「楽観派」に分かれる。主催する側としては楽観派には警戒を促し、警戒派には、安心を提供しなければならない。7月半ばころに再開したいのでその準備を進める。

 

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2020年6月23日 (火)

6・23沖縄慰霊の日

「忘れない、オキナワ、フクイチ」
 今朝、珍しく7時に目が覚めた。いつもならそのまま2度寝するところだが、今朝に限ってスマホのニュースをタッチしていた。
 6月23日は、沖縄での地上戦が終わった日とされ「沖縄慰霊の日」として、糸満市摩文仁の平和祈念公園で県と県議会主催の「沖縄全戦没者追悼式」が行われてきた。75年目の今年は、新コロナの影響で参加者数は絞られたが、亡くなられた人への追悼と不戦を誓い平和への祈りには変わりはない。
 正午のニュースでは、追悼式の様子が流れ、私はテレビの前でカメラを手にして画面を見据えていた。初めに玉城デニー知事が「平和宣言」が読み上げられ、「私たちは、忌まわしい戦争の記憶を風化させない、再び同じ過ちを繰り返さない、繰り返させないため、沖縄戦で得た教訓を正しく次世代に伝え、平和を希求する『沖縄のこころ・チムグクル』を世界に発信し、共有することを呼びかけます。」などと語りかけた。
   続いて、沖縄県内の小中高校生ら計1119作品から選ばれた「平和の詩」が紹介された。それは沖縄県立首里高校3年の高良(たから)朱香音(あかね)さんの詩「あなたがあの時」であった。高良さんは、自らの詩を朗読ではなく全編そらんじていて終始視目線を落とすことがなかった。その訴えるような表情には、“怒り”がこもっているようにさえ見えたのだった。
 続いて安倍首相のビデオメッセージが映し出された。沖縄の現状を見てみれば、どんな言葉を並べても白々しく聞こえたのは私だけであったろうか。NHKニュースはここまでで、この後、感染拡大を受けて招待が見合せられた広島市の松井一実市長、長崎市の田上富久市長、国連の中満泉事務次長(軍縮担当上級代表)のビデオメッセージが流される予定となっていたが、これは略された。
   私はこの日が来ると、つい2015年のピースサイクル沖縄のツアーに参加したことを思い出し、式典会場近くでの国際反戦集会に参加したこと、その時に式典を終えた故翁長雄志知事と出会ったこと、翌日には平和の礎など、戦跡を訪ねたことなどが浮かんでくるのである。さらにまた、1972年の「沖縄返還」に関わる活動のこと、沖縄の歴史などの学習にも思いをはせるのである。
   今となっては、その再現は難しかろうと思うことはあっても、「忘れない、オキナワ、フクイチ」に変わりはない。

 

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2020年6月22日 (月)

映画「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」

 シネマ散歩緑の会の調査を兼ねて観る
 4月14日に、映画「Fukushima50」を観て以来2か月ぶりに映画を観に行った。映画は「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」であった。これは観たいと思っていた映画ではあったが、同時に「シネマ散歩緑の会」の再開に向けた映画館の新コロナ対策の「視察」も兼ねていた。
 原作のルイーザ・メイ・オルコットの「若草物語」については知っていなかったので、事前に映画の情報を仕入れて「4人姉妹」の名前などを調べた。けれど、やはりというか(高齢の私だからか)アメリカの女性の名前と顔を見分けるのが大変で映画の前半では、この時代「南北戦争の頃(1860年代)」の「上流階級」を背景とする映画は、もともと好きではなかったこともあって、“この映画の選択は失敗だったかな”とさえ思ったのだった。
 さて映画の時代背景は19世紀のアメリカ、マサチューセッツ州ボストン。マーチ家の四姉妹メグ、ジョー、ベス、エイミー。情熱家で小説家を目指していて、自分を曲げられないため周りとぶつかってばかりの次女ジョー(シアーシャ・ローナン)が中心に展開していく。中盤で三女のベスが「猩紅熱」で亡くなってしまうあたりから、私の中で全体の流れが分かるようになっていった。
 結婚を拒否し続けて小説家をめざしたジョーが、その後どういう結末を迎えるか、そして「わたしの若草物語」が解き明かされる・・・。蛇足だが、マーチ家の伯母役をメリル・ストリープが演じているが、思わず“あの女優も、伯母役になってしまったか”と思った。まだ70を超えたばかりではあるが。
 映画館側の新コロナ対策は、「可能な限り」の予防体制を敷いているように伺えたが、観る側の自覚、意識と従業員の完全な対応がマッチしての予防であることは確かだ。
 映画鑑賞会を来月の半ばころに再開したいが、これも状況次第である。準備だけは進める。

 

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2020年6月21日 (日)

関ナマ支援の、東海の会第2回総会

 労働争議の最前線、突出した「現代」の闘い
 日録をあたってみた。2月22日に「第15回立憲カフェ」に参加して以来、映画は数本見たが、実に4か月ぶりの集会「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」 の第2回総会への参加であった。こんな時期だから、私はここ数日間も参加の可否に慎重であったが、やはり「関ナマ問題」は外せないと出かけた。余談だが、会場へ向かう途中の地下鉄の駅の名前一つが思い出せなかった。何十年も乗っていたにもかかわらず。
 総会だから、共同代表の挨拶と議案が用意され、昨年の結成総会以降の活動報告、会計報告、1年間の活動方針、そして「総会決議」が、議案書に沿って提案された。
 報告の中で関ナマ支部から西山直容さんが駆け付け、自らの体験を通して、警察、検察の不当の弾圧、裁判官の無知ぶりを赤裸々に語った。ある裁判官が「関西生コンは暴力団ではないのですか」と語ったとか。(信じられない!)
 また憲法28条で保障されている労働三権(労働基本権)「団結権、団体交渉権、団体行動権(争議権)」が、ないがしろされている現状にも触れた。さらに関ナマ弾圧は共謀罪の先取りであり、その運動の必要性を訴えた。
 質疑に中で、熊沢誠さんの異例のコメント(自ら“アジテーション”となってしまったが、と語る)が耳目を集めた。正確に書ききれないのであくまで個人的メモとしておくが、一つは、市民運動を含めて関ナマを含む労働争議における闘い方についてであった。一般的には労使の団体交渉が決裂すれば争議行為に入り、ストライキ、ピケット戦術が取られるが、通常は相手側の警察を導入しての「刑事弾圧」、を引き出させないために「非暴力」を貫く。場合によっては、暴力団を使っての暴力、襲撃を受けることもあるが、これらの「暴力」に対してわれわれは、「非暴力に過ぎる」のではないか(この表現があまり正確ではない)。一概に言えないが、香港での若者たちの行動、アメリカで人種差別の抗議の行動は、破壊や略奪は論外だが、警官隊の警棒による殴打、催涙弾攻撃という暴力に立ち向かうことは暴力ではないというのである。熊沢さんの言葉にはなかったが、私の時代では、そうした直接行動を「実力闘争」といっていた。あるいは比喩的には「三里塚闘争が闘える労働運動」とも表現していた。
 熊沢さんの著書を読んでいないので、多くを理解したとは言い難いが、昨今の労働争議が裁判、労基署、労働局を含む「交渉」が中心的であり、ピケットを含む「行動形態論」が欠けていると指摘したのだった。
 最後に、共同代表のお一人である中谷弁護士が総会メッセージを寄せていたが、この運動の全体像を述べていたので、その一部を書き留めておく。
 ・・・私たちがこの会を立ち上げたのは、関西生コン労組に対する刑事弾圧がその規模や広がり、大阪広域協を中心とした経営者と警察、検察による労働組合の活動を理由にした、国家ぐるみの労働組合つぶしの弾圧であると考えたからです。今回の弾圧は、個別の事件に対する刑事弾圧や個別企業による労働組合つぶしの不当労働行為ではありません。憲法と労働法が保障するこの国の労働組合全体にかけられた攻撃です。正当な労働組合の活動は、労組法2条によって刑事免責が認められています。その正当な労働組合の活動は、企業内の活動にとどまりません。労働争議において、取引先や親会社への要請を行うこと社会に対して、企業の不当性を訴えることは労働組合として認められた正当な表現の自由です。・・・

 

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2020年6月20日 (土)

銅像の建立と破壊

 事実は事実として伝えるべき
 アメリカミネソタ州の白人警官による黒人男性ジョージ・フロイド氏の暴行死事件を契機として、人種差別批判が強まって連日のようにデモが繰り広げられている。
 人種差別がさらに広がって、「差別」にかかわる歴史上の人物の銅像の破壊にまで至っている。例えば、「アメリカ大陸を発見したコロンブス」としか記憶にないが、その銅像が各地で破壊されているという。破壊ではないが、南東部バージニア州では州都リッチモンドにあるリー将軍の銅像の撤去が知事によって決定されたという。
 一方イギリスでは、アメリカの黒人男性死亡事件を受けて各地で始まった反人種差別デモは、7日に2日目を迎えて、南西部ブリストルでは、奴隷商人の銅像が引きずり下ろされ、ブリストル湾に投げ入れられたという。
人種差別とは別にイラクのフセイン大統領が失脚(というかアメリカに打倒されたというべきか)して、その銅像が引き倒され足蹴にされる映像は記憶に新しい。衝撃だったのは、あれは2013年だったか、ウクライナでのレーニン像の破壊であった。個人的には、あっていいとは思わないが「レーニンよりスターリンでしょ」となってしまうが、大衆の手で行われているようなので、私の知らない歴史がそこに刻まれていたのであろう。
 他に銅像でなくても、某国で歴史上の「集合写真」から、ある時、ある人物が消されてしまった写真が掲載された例もあった。
 わが町にも、大正年間に発生した「鳴海小作争議」で、農民側に立って奔走した「雉本朗造(きじもとときぞう)博士」の銅像がある。また、桶狭間の合戦から450年を期して、織田信長と今川義元の銅像が造られ、桶狭間古戦場公園にある。
 いずれもその時代において、なにがしかの「功績」か「事件」の当事者だったことで、“記憶”されるにふさわしいとして建立されたのだと思う。
 私は「個人崇拝」には違和感を持つ立場なので、良くも悪くも気にしないことが多い。しかし歴史上の事実は事実としてあり、その時代の産物として存在した。それを現代の価値観、政治的評価で、銅像を破壊、文書、写真を消却、改ざんして、否定してしまうことがいいとは思わない。
 織田信長は「戦国の3英傑」とされ、名古屋祭りの行列の先頭に立つ。だが「比叡山の焼き討ち、惨殺」「長島一向一揆での虐殺」は結構知られている。豊臣秀吉の「朝鮮出兵」も、彼の大きな汚点として知られている。それらは、現代からみれば、「英雄失格」である。だからといって、歴史から抹殺することにはならない。事実は事実としてしっかり伝えることこそ大事なことである。
 この件についてはもう少し考察してみたい。

 

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2020年6月19日 (金)

立憲・国民「共通政策」を連合が仲介というが

 原発問題を克服する道筋を示せ
 毎日新聞によれば、6月18日、「立憲民主党の枝野幸男代表と国民民主党の玉木雄一郎代表は18日、両党を支援する連合の会合にそろって出席し、新型コロナウイルス収束後の社会をにらんだ共通政策の策定を目指すことで一致した。連合を含めた3者で議論を進め、今秋をめどにとりまとめる考えだ。連合の仲介により、両党は次期衆院選に向けた連携強化を図る。」とある。
 同日の紙面で「東海第2原発:東海第2再稼働 県民投票条例案を否決 最大会派反対で廃案へ 常任委 /茨城」とあり、また「採決の前には、各会派が意見を表明。反対は、いばらき自民党(42人)と県民フォーラム(5人)、公明党(4人)。賛成は立憲民主党(1人)と共産党(2人)。無所属の県議1人も賛成した。」とあった。この中で「県民フォーラム」という会派は、「国民民主党」の県議団のことである。
 立憲民主党と国民民主党の「合流」については、共産党、社民党を含めた「野党の結集」をもって自公政権と対峙し、ゆくゆくは政権交代を、という声と共しばしば語られるが、政策面で妥協の余地がないくらいの隔たりを見せ、進展は見られない。「原発問題」がそれであることは言うまでもないだろう。
 では仲介役の連合に、この問題で両党を説き伏せる「解決策」を持っているかといえば、ノーである。連合自身が内部矛盾を抱えているからである。せいぜい「選挙で力を貸すから、双方とも原発問題は棚上げして、結束せよ」ということであろう。この点でいくらつついてみても一致点は見つからない気がする。あるとすれば第2の「福島原発事故発生」という、あってはならない事態に至ったときか、「野党総結集」にはならないが、原発問題を「分水嶺」として両党が「解体再結集」するという道である。これは状況次第では、与党の一部も巻き込むこともあり得る。「脱原発内閣」誕生の道筋だ。欧州、特にドイツでは「緑の党」がこの政策によってかなりの勢力を維持していると聞く。
 もう一つは、「原発問題」と「地球変動・異常気象」との関係と両者と「経済成長」との関係についての見解、政策的な違いも大きいといえるだろう。
 そうした、良いとも悪いともいえそうな政策が入り混じって、有権者の判断に不透明感、不信感を抱かせているのではないか。そこに「原発問題」を最大争点とした選挙が行われない背景があると思う。小泉流の「郵政民営化、是か非か」というような「原発、是か非か」という争点で争えば、結果が見えるから、政府・与党は避けているのである。
 ともあれ、「原発のない社会」のプロセスと全体像を、有権者に身近で現実的に浸透させていく道は、スローガンだけでは進まない。「くらし」そのものとの相関関係も、易しく解き明かせねばならない。

 

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2020年6月18日 (木)

立憲、都知事、河合夫妻逮捕・・・

   気ぜわしい1日でした
 6月18日は、いろいろなことで時間が過ぎていき、この時間(午後11時過ぎ)になるまで、ブログに書きたいテーマが“徘徊”していた。
 目覚めた朝、スマホニュースに目をやると、立憲民主党の須藤元気参院議員が離党届を出したというニュースが飛び込んできた。昨日付の「C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第3号」で、山尾志桜里氏が立憲民主党を離党して国民民主党に入党届を出したことに触れたばかりであったから衝撃を受けたのだった。
 立憲民主党内にいろんな分野で活躍する人がいて、「多様性」を重んじる政党であることは評価の一つであるが、個人的には「多様性」の問題点も感じてきたのだった。「多様性」と「組織性」は時にぶつかり合うことがあると考えているからだ。この先は省くが、スマホを手にしながら、そんなことをしばらく想いうかべていたのだった。
 そしてもう一つ、河合案里、河合克行両議員が逮捕されるだろうというニュース。かねてから6月18日が「Xデー」(国会閉幕の翌日)と言われ、「検察庁」をめぐる一連の動きから、検察はもう一歩も引けないだろう、失地回復のこの機会を見逃さないだろう、そう考えられ、それが一気に安倍首相の責任論(退陣)に発展していかないものだろうか、そんな期待も描いたのだった。
 朝食後に気持ちを切り替えて、かねてから何とかしたいと思っていた机上の書類の山の整理に取り掛かった。この仕事は実に悩ましいものなのだ。“今は使わないが、資料として残したい”その誘惑に打ち勝たなければ、整理廃却は進まない。結局廃却するA4の紙類が17センチに積みあがった。リサイクルに出す予定であるから、一枚一枚点検したので時間がかかった。封筒類は差し出し名があるから焼却処分。まずいかなと判断したものは保留か葉書類と一緒にシュレッターに。それでもまだ第2弾、第3弾の仕分け作業が必要である。
 夕方になって買い物に出て、夕食の支度。少し手を加える内容だったので2時間ほど要した。その間台所からBS・世界のドキュメンタリー「ハイテク対テロ戦争 ロボット戦争」をチラチラ見ていた。“ああ、じっくり見たかったなあ”であったが、やむを得ない。
 そして、都知事選挙の立候補受付のニュース、続いて6時から安倍首相の記者会見。顔はあまり見たくないので耳だけであった。
 夕食後は、朝刊の読み直しと夕刊を読んで、9時過ぎからパソコンの前で、一通りの情報収集にあたった。「ポスト安倍への動き活発化 『支持率回復する要素ない』」「疑惑ずくめ、荒れた言葉、巨額の予算…国会150日検証」「アングル:強まる安倍首相の退陣観測、河井前法相逮捕がさらに逆風」の3点を保存した。
 ということで、気ぜわしい1日の経過だけのブログとなった。

 

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2020年6月17日 (水)

別冊第3号に「ツネじい通信第82号」

   北朝鮮の拉致問題・・・どう捉えるべきか
 C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ別冊・第3号は、「ツネじい通信第82号-北朝鮮の拉致問題、どう捉えるべきか」(6月16日)を冒頭に、6頁建てで今日の午後発信した。
 いろいろ見方はあろうが、「拉致被害者」家族会の中心的存在だった横田滋さんの死は、何かを感じさせずにはおかないだろう。幾らかでも政治に、社会問題に関心を持っていたなら、そのことを語ったり、書いたりすることがないとしても。私も前号で少しだけ触れたが、「ツネじい」さんが、本質的問題に迫って書いてくれたので転載した。
 ただ「横田滋さんの双子の兄弟・拓也さん(51)、哲也さん(51)は拉致問題解決については安倍晋三首相への絶対的信頼と、政権を批判するマスコミへの不信感を会見の冒頭から再三にわたって表明した。」(AERA dot 06/17 17:00)と、安倍首相を擁護していることも(?)もあるが、付記しておきたい。
 第3号の内容は、1)ツネじい通信第82号(2020年06月16日) 2)岐阜の行動案内2件 ①もう黙っとれんアピールあくしょん-第38弾- ②7月19日、岐阜総がかり行動-第16弾-にご参加を 3)<ちょっと気になった記事>「なぜ君は総理大臣になれないのか」を見て考える 人間の善、劇場政治に苦闘 <大島 新監督の映画> 4)視点見解 新コロナ禍の「権利、自由」の制限を憂う-関ナマ事件との共通性を見ながら- 5)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<6月8~6月16日> 6)立憲パートナーから、立憲民主党へ 7)あとがき
 通常国会は野党の延長要求を拒否して、安倍内閣は逃げ切りを図った。もはや正面から堂々と受けて立つ自信も余裕もないということか。もともとなかったともいえるが。

 

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2020年6月16日 (火)

書き損ないの古葉書を交換する

   20円時代から160枚余り
 長いこと活動を続けてくると、冊子類、講演資料、会議のレジュメ、ノートなど様々なものが残され積みあがっていく。その中に古葉書がある。まだ電子メールがなかった時代では、集会案内などは、もっぱら葉書を使用していた。あるいは、中学の同窓会の幹事・事務局を担っていて、案内の封筒に同封された返信はがき、或いは往復はがきの書き損ない、余りなど、さらに年賀状も結構あった。20円の葉書はいつまでであったろうか、それから始まって2009年までの分20円、30円、40円、41円、50円、52円が、約165枚あった。2010年以降のものは半年前に交換を済ませていた。
 郵便局の窓口で現行の葉書と交換する時、現行価格と額面価格の差に交換手数料5円を負担すれば、新しいのと替えてくれることはよく知られている。例えば、63円-50円+5円=18円
 次に、交換した葉書は現金に換えることはできないが、差額金と手数料を新葉書で相殺することができる、そうすれば、受け取る葉書の枚数は減るが現金払いはほとんどなくなるという仕組みになっている。結局私は102円の現金を払って111枚の新葉書を入手したのだった。
 さらに今回、別のことが分かった。交換葉書の中には、消費税の関係で1円切手、2円切手などを張ったまま交換に出したものもあったが、この扱いがやや複雑であった。
 例えば、60円の葉書に2円切手が貼ってあった場合、手数料は、60円に対して5円の手数料、2円切手に対して半額の1円の手数量が徴収される。つまり63円-60円+6円=9円が支払いとなる。しかし、ここで古はがきに1円の切手を加えて貼ったとして現行の63円葉書の書き損じ扱いにすれば、5円+3円=8円で、1円安くなるという計算である。細かいことは局側で計算してくれるので、「手数料などは、交換葉書と相殺してください」といえばいいのである。
   もっとも、事前に切手を剥がすことができれば、切手に対する手数料はいらないうえに、剥がした切手も使えるのは当然である。最後に私は「全部インクジェット葉書でお願いします」と付け加えた。

 

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2020年6月15日 (月)

運転免許更新の高齢者講習

 自分ながら、大丈夫かなあ
 車の運転免許更新は、これをもって最後にしようと思ってきた。
   今日、更新の条件が実技をふくむ2時間の「高齢者講習」受講であり、それを受けた。この2時間というのは、去る1月8日に受けた「認知機能検査」の結果で、76点以上が「記憶力・判断力に心配ありません」と認定されたからであり、それ以下の人は3時間の講習ということであった。
   今日は、「目」を中心とした検査三つがあった。「動体視力」「夜間視力」「水平視野」である。いずれも運転中の「目」による認識・動作反応の程度を調べるもので、私の結果は、動体視力では「やや劣っている」、夜間視力「やや優れている」、水平視野では平均的、視力1.0というものであった。眼科で定期的な検査を受けていて、持病もあるので動体視力の衰えは納得したところである。
   さて車の運転による実技「運転行動診断」が問題であった。事前の提出書類には運転の頻度について「1~2回/年」という殆ど乗らない状況を書き込んだが、少なくともこの1年は一度も運転していなかった。まあミスするだろうと覚悟はしていて、内心は“気にしないでおこう、なるようにしかならない”と、半ば開き直っていた。運転中何度も注意というか助言を受け、運転免許試験なら不合格だろうと自己採点した。採点の備考欄には、例えば「正しい運転姿勢」の項目で「片手ハンドル、内かけハンドル」というクセが出ていました、と記載された。
   私の免許証の有効期限は6月の初めに既に切れていたが、この日の講習を受けないと更新手続きに入れない。そこで新コロナの影響で3か月延長の申請を5月に済ませていたので、8月いっぱいまでに手続きすればよいことになっている。
   私は16歳で「原付Ⅱ種」今の自動2輪、18歳で普通免許をとったが、この時は既に夜学に通っていたので、7月、8月の夏休みを使って自動車教習所に通ったのだった。今日と同じ場所のM自動車学校であった。

 

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2020年6月14日 (日)

リニア新幹線、JR東海社長の発言

   JR東海の勝手でしょ!
 C&Lリンクス愛知電子版Ⅱ・第102号を発信した。もう少し間をあけようかなと思うのだが、編集を始めると、内容の“鮮度”を落としたくないという思いがこみ上げて、つい早めてしまう。今号は、16日の予定であったものを15日に繰り上げて発信した。もっとも日付は15日であるが、実際は14日の午後11時30分頃の発信であった。
 内容は全4頁で、1)視点見解 静岡準備遅延なら27年開業困難 それって、JR東海の勝手でしょ! 2)「抗議します」ステイホームが火をつけた 荻上チキさん 3)この国はどこへ コロナの時代に 慶大教授・ヤフーCSO 安宅和人さん 職住一体、郊外へ分散 4)書きのこし、である。
 書きのこし(あとがき)では、以下のように記した。
●新コロナの影響で、国会議員と言えども頻繁に選挙区に帰って、国政報告会はもちろん支持者回りもできなかったのではないか。しかし「緊急事態宣言」が解除となり元に戻りつつあるようだ。愛知3区の近藤昭一衆院議員も、秘書を伴って、地域の支援者へのあいさつ回りを再開したようで、そのついでに私宅にも寄られ、短く話を交わした●新コロナもそうだが、当地、周辺での大規模の自然災害の発生には、いち早く状況を把握し必要な行政支援を整えるべく奔走しなければならない。その為には日ごろから支援者一人一人が「通信員」か「モニター」になっていただくことが肝要だ。そうしたつながりが希薄になっていないか、切れてしまっていないかも訪問の意味であろうと思う●そう考えると、国会議員だけで、それらがきちんと回っていくとは限らない。やはり「地方議員」が中継点のようにつながっていなければならない。その地方議員もまた、全部を掌握しきれないであろうから、支援者・後援会の人と濃密な絆を保持していることが重要だ●そうした日常的な活動が議員活動であるとともに「党活動」といえるのではないか●さらに一歩踏み込んでいえば、組織として党中央本部、県連、総支部まで進めたのなら次の段階「支部」づくりに取りかかることが、党勢拡大のベースではないか。この愛知では、どれだけ「支部」が出来ているのだろうか。その構想は準備中であろうが、「立憲パートナーズ」としては、地方議員+支部があって、党とはより「蜜」になれるものと思うがどうか。この「蜜」は「3蜜」とは別物である。

 

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2020年6月13日 (土)

久々の、立憲民主党関連の日

 ZOOMは、どうも乗れないなあ
 小雨の中のお昼前、秘書と共に近藤昭一衆院議員が来宅を告げた。
 選挙区の、このあたりのあいさつ回りで、ついでに寄ってくれたのであろう。冒頭に「(C&Lリンクス愛知電子版)100号おめでとう」の言葉を戴いた。忙しい身なのに少しでも読んでもらっていることは嬉しかった。
 宣伝紙「立憲民主 3区総支部版 臨時号」を戴いた。内容は、本人の「新型コロナウィルスに対して、引き続き警戒と対策を!」に続き、「新型コロナウィルス感染症に関する緊急対策」について、のコーナー。さらに「個人向け」「企業向け」それぞれの具体的な支援策の紹介。更に「医療現場」を絶対に守らなければならない!と書いている。議員の国会内外活動報告は、写真と共にあった。
 一方メールでは、立憲民主党パートナーズ事務局から【緊急開催】パートナーズ意見交換会(ZOOM)@愛知のご案内というのが届いていた。全国的に取り組んでいるようで、愛知は何番目かはわからないが初めてです、とあった。
 私は、参加について「ZOOMを使ってのこの手法については、勝手がわからないということもありますが、気乗りがしないというのが率直なところです。他の団体の企画からも誘いもありました。友人から『ZOOM飲み会』をやろうという誘いもありましたが辞退しました。まあ、食わず嫌いなのでしょうが、顔を合わせて話をしたい、というだけのことですが。」と書き送った。
 AIだのITだのSNSだの、そしてZOOMと来られると、どうも相手するのが苦痛なのである。
 場末であれ“もの書き”の端くれなら、相応の付き合いは必要かもしれないが、軽々に“流行り”に乗ることの警戒心がないといえばウソとなる。
 ということで不参加であるが、このZOOM意見交換会のテーマにもなりそうな、①立憲民主党にとっての課題、当該地区の課題。➁パートナーの活動基盤の作り方、進め方、交流について ③立憲パートナーズについての疑問のあれこれ、などについては、おいおい考えて「C&Lリンクス愛知電子版」に書き込もうとは思っている。

 

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2020年6月12日 (金)

別冊C&Lリンクス愛知電子版・第2号

   東京都知事選、拉致問題などの「視点見解」
 別冊第2号の内容は1)視点見解 東京都知事選はどうなる-山本太郎が立候補したら・・・宇都宮健児、山本太郎は率直に話し合え 2)視点見解 拉致問題などを考える-木を見て森を見ず、に警戒 3)あとがき 早期に出すことを優先し全2ページで収めて発信した。
 あとがきでこんな風に書いた。「●別冊として第1号とこの第2号を編んでみましたが、なぜ別冊?と思われるかもしれません。改めて言いますと、本体(親号)にすべてを盛り込むとあれもこれもで、盛り付けが多すぎては読まれにくいかもしれない。また「機動性」にも難があるのです。それと好評の「ツネじい通信」は、迅速に独立させて紹介したい記事であること。「立憲民主党のマスコミ等の情報」は、別に扱ってもいいだろうと●「機動性」とは大げさですが、要は1週間、10日をあけないで伝えたい、記事にしたいという考えからです。記事、情報の多くはブログで発信していますが、未完のままのものが多いのです。だからそれを加筆修正して完成させたい、そんな動機も一つです・・・(後略)。」
 ブログについて言えば、これまでの隔日と違って前月は、ほぼ毎日アップした。今月もそのペースを維持しているが、記事にしたい素材がそれほど多くあったとも思えないので、なにが追い立てているのかはわからない。敢えて言えば「新コロナ渦中」にあっても、体調は良好だからということかも知れない。

 

 

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2020年6月11日 (木)

東京都知事選はどうなる

   山本太郎が立候補したら・・・
 東京都知事は、何といっても日本の首都の長であるから、政治的影響力は大きく、選挙では各党とも有力な候補を模索するのだが、自前の候補者というより、「おれが(私)がやってやる」といった、知名度の高い人物が登場することが多いようである。
 その始まりは、1995年の青島幸男氏で、その後は1999年~2011年の石原慎太郎氏、2012年の猪瀬直樹氏、2014年の舛添要一氏そして前回の小池百合子氏だ。いわゆる革新系知事としては1967年から2期務めた美濃部亮吉氏くらいであろうか。
 さて来週の6月18日に告示され、7月5日に投開票が予定されている東京都知事選挙について、自民党などが推す現職の小池百合子氏と立憲民主、共産、社民の3党が推す無所属で元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏が事実上の一騎打ちと見られてきた。
 前回選挙では、無所属の小池氏と自民党、公明党などが推した増田寛也氏、民進党、日本共産党、社会民主党、生活の党と山本太郎となかまたちが推薦した鳥越俊太郎氏の3氏が争ったが、「小池旋風」を吹かした小池氏が圧勝した。
 ところが今日の報道では「れいわ新選組は11日、東京都内で国会議員らが出席する総会を開き、東京都知事選の対応を協議した。山本太郎代表は立候補を検討していると伝え、対応について一任を取り付けた」とある。
 仮に山本太郎氏が立候補すれば、前回同様に3者の争いになるが、様相はかなり変わるのではないか。
 まず小池百合子氏は、事実上自民、公明の推薦を受け早くも有力と伝えられている。都知事選3回目となる宇都宮健児氏は、その実直で堅実な人柄から強い支持層があるが、全都的な広がりはない。連合東京、国民民主も「共産党」との距離感から、宇都宮氏には組みしない(情けない!自主投票)。国政で全野党が結集して、ある程度の政治力、知名度がある候補者でもなお、保守系与党候補を打ち破るのは容易ではないにもかかわらず、こんな状況である。
   さて問題は山本太郎氏だ。告示1週間前のこの時期になって仮に立候補することになれば、都知事の椅子を狙いに行くというよりも、次期衆院選を前にして「れいわ新選組」を今一度浮上させようとする意図がうかがえる。
 立憲民主党だけでなく、他の野党の中にも山本太郎ファンはそこそこいると思われるが、今回の都知事選に限って言えば、宇都宮陣営に冷水を浴びせるようなもので、かえって「アンチれいわ、アンチ山本」を増幅させるのではないか。「立憲の枝野幸男代表は11日、山本氏と近い国民の小沢一郎氏と国会内で会談し、山本氏が出馬した場合も立憲は宇都宮氏を支援する考えを伝えた」といわれる。
 都知事選をめぐって野党間の亀裂が深まることは、「安倍内閣退陣」を求める者にとって、歯がゆいばかりである。
   山本太郎氏は都知事選では、例えば「消費税ゼロ!米軍基地ゼロ!CO2ゼロ!の三つのゼロ」を掲げるという説もあるが、要するに、現状をどのように「変える」かの具体的な政策・イメージを有権者は待っているのである。
 私はせめて、すぐにでも「宇都宮、山本会談」を設定して、出来れば一本化、それができないとしても、都政、安倍政権について率直な意見交換をしたらいいと思う。だが「時すでに遅し」か。

 

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2020年6月10日 (水)

スーパーシティ法案は、何が問題なのか

   スマホも操れない私なのだが
 まず「AI、ビッグデータの活用、改正国家戦略特区のスーパーシティ法」「暮らしに様々な技術が導入されそのメリットは住民サービス向上、快適で便利、高齢者が通院時にスマホで病院予約して、自動走行のタクシーが来て、後でドローンにて薬が届けられる。キャッシュレス、顔認証、自動走行・・・」とある。
 個々の言葉はある程度分かる。だが個人の情報やその街の様々な情報が民間企業に吸い上げられていくと言うシステムのようで、個人情報などのプライバシーの点と住民の意思がどのように反映されるのかといった民主主義の点で、不明な点が多くあり、それ故不安もあるが現実感がない。
 それに「街」とは、公園があって子どもたちの声が飛び交い、街路樹が茂り、そこに自転車が立てかけてあり、川が流れ、釣り人がいて、それを橋の上から眺める人がいる。車だけでなく、ベビーカーを押す母親や、杖を頼りに散歩する高齢者だって普通の姿ではないか。便利、便利で、なにもしないで暮らしていく、それは単に時間が過ぎていくだけのような気がする、スーパーシティのイメージが出来なのである。
 SF的な未来社会が現実なものになっていくかどうかは私にはわからないが、今の私には、パソコン機能の一部をこなすだけ、スマホも通信手段だけで、情報取集、情報発信に使うことがない。ツイッターも、FBもやらない、ZOOMは全く未知の世界。少し学習すれば習得は可能かもしれないが、その必要性を感じていない。
 結局この「スーパーシティ」では、最新の技術を積み重ねていき、これまでにない先端サービスの実現を理由に、商品購入履歴や健康などの個人情報が集積され、私有財産も把握される「個人番号制(マイナンバー)」と併せて、全てが掌握される危険があるということではないのか。
 自然災害の猛威、原発の危険性に囲まれている現実、その解決があってこそ「スーパーシティ」といえるかもしれないというのに。
   ひょっとして「スーパーシティ」よりも、自給自足の「カムバック イナカ」が高まり、それこそが近未来像になるのではないか・・・。

 

 

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2020年6月 9日 (火)

拉致問題などを考える

   木を見て森を見ず、に警戒
 私には、関心は強いがちょっと書きづらい課題がある。例えば「天皇制の問題」であり、「自衛隊」についてである。また、「中国‐習近平」「拉致問題とDPRK」そして「男女の性差の問題」もなかなか書ききれない。いずれも関心度が高い課題であり、そのうえ比較的身近な問題と捉えられている。論理を二択、三択、或いは是か非かというように一方的に決めつけられない、必要な論理と説明が負いきれないのである。しかもややもすると「木を見て森を見ない」というような、一つの切り口でその課題全体を評価してしまう傾向に、同調できないことが多いのである。
 例えば「自衛隊」について、憲法論からは違憲であり、防衛費(軍事費)の拡大、装備(軍備)の強化に反対し、「非武装」も考えないことはないが、一方で沿岸警備は必要で、災害派遣では圧倒的な評価を得ていて、存在そのものの否定の論理は立てにくい。結局、外交力の強化、段階的縮小、沿岸警備・災害派遣体制への移行強化、というところに行きつく。
 天皇制の問題はもっと慎重になる。民主主義の建前からすれば「特別扱い」は平等性に欠ける。また戦争に負けて「人間天皇」となったが、「国体維持」ということで「天皇制」そのものは継承された。さらに昭和天皇から平成天皇になって国民的な支持、親近感は高い。時の政府の「天皇(制)」の政治的利用を批判の中心に据えるが、制度そのもの否定にはつなげにくい。
 さて朝鮮民主主義人民共和国(略称:朝鮮、共和国、DPRK)による拉致問題は、DPRKが拉致そのものを認めているからその事実に変わりがない。そのうえで戦争状態ならあるかもしれないが、平時における国家的な他国民拉致は許されない。日本政府が外交的努力を重ねて、全員の帰国と補償を求めるのは当然ことである。
 だがこの間の拉致被害家族の懸命な働きかけにもかかわらず、国民的支援が一部にとどまっている背景には、拉致問題をもってDPRKを全否定し、ヘイトスピーチが放置され、圧力、圧力ばかりで外交的努力怠る政府の姿勢に問題があるとみる人も少なくないということだろう。十分とは言えなかったが、小泉前首相はピョンヤンに乗り込んで一部の人を連れて帰った。
 朝鮮半島侵略の過去の歴史、中国人、朝鮮人蔑視の風潮をこれまでの政府はどれほど払しょくに努力してきたか。
   仏教をはじめ、文化芸術がどれほど日本に影響をもたらしかは言うまでもないだろう。だから、拉致問題一つをもってDPRKの全否定には組できない、そのことが、時には拉致問題を超えてしまうのではないか。
 拉致問題も原発ゼロの問題も、他の要素を持ち込むことで結果的に前に進まないのではないか、私はそう見ている。(この問題の思考は十分ではないと思うので、今後も考えていきたい)

 

 

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2020年6月 8日 (月)

玉城与党、沖縄県議選で過半数獲得

 政府は県民の意思に従うべき
 定数48の議席を争った沖縄県議選が、6月7日に投開票され、玉城デニー知事の与党が25議席を獲得して過半数を維持した。一方、自民党は4議席増やした。確定議席は以下の通り。
   与党
社会民主党 当選 4 前議席(5)
日本共産党      7       (6)
社会大衆党      2       (3)
立憲民主党      1       (0)
無所属            11      (12)
 計                25      (26)
   中立   
公明党           2      (4)
無所属           2      (2)
 計               4      (6)
   野党
自由民主党                   (13)
無所属            2      (1)
   計           19    (14) 
 
 この結果、与党25、野党19、中立4となり、自民党が工作して中立の4人を取り込んだとして、与党から議長を出しても、過半数ギリギリの24を維持することとなった。もっとも辺野古新基地建設については、公明党も反対しているから、「沖縄県民の意思」は、以前と変わらないことになる。知事選、県民投票、県議選全てで辺野古新基地建設について「沖縄県民の意思」が明確に示されたのであるから、政府はこの結果に従うことが「沖縄県民に寄り添う」ことになるのではないか。安倍も菅も、口先だけのごまかしはもう通じない、止めるべきだ。内閣、国会議員としての責任と「矜持」があるならば。
 なお立憲民主党は、那覇・南部離島選挙区(定数11)で、新人の喜友名智子さんが初議席、初当選を果たした。

 

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2020年6月 7日 (日)

いざ決戦!桶狭間

 歴史(過去)から学ぶ、人はいつも忙しい
 最初から蛇足だが、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」第21回の「いざ決戦!桶狭間」をじっくり見るために、「C&Lリンクス愛知電子版101号」と「別冊1号」の編集発行を準備して急いだのだった。
 1560年、旧暦5月の「桶狭間の戦い」のあれこれは省くが、これまで映画、ドラマなどで幾多もあった決戦前の織田信長、討たれるまでの今川義元、大高城に入った松平元康(後の徳川家康)の動向が、(フィクションがあるとはいえ)細かくリアリティに映し出されたのが新鮮だった。
 桶狭間の地元では「桶狭間の合戦から450年」を記念して2010年に様々な企画が行われた。それに合わせて私は信長に関連した「史跡めぐりハイキング」企画し、6~8人で清須城から桶狭間(釜ヶ谷)までを一部の区間を除いて歩き、清須城、小牧山城、岐阜城、安土城を巡ったのだった。(他に、鷲津砦跡、丸根砦跡、大高城址巡りも)
 特に、熱田神宮(信長が戦勝祈願をしたとされる)から丹下砦までと、鳴海城(今川方)から、丹下砦、善照寺砦、中島砦、釜ヶ谷(桶狭間山のふもとといわれる)、記念公園までのハイキングは、いわばハイライトのコースであっただろう。
 歩いて分かったことは、鎧、具足をつけ、刀、槍、のぼりをもって清須(市)から桶狭間(名古屋市緑区)まで6時間くらいかけて歩き、そこで昼食をとるまでもなく戦を始めた当時の男たち(徒士)の体力についてであった。
 軽装にスニーカー、水筒と弁当もちで、おしゃべりと史跡案内に加えて休み休みで5時間余り歩いただけでみんな異口同音に“疲れたあ~”であった。(しかも当時は、また歩いて清須まで帰った)
 「歴史(過去)から学ぶ」ことは、政治家にとって必須であるが、私たち庶民にとっても歴史(史実)を映画か、ドラマか、教科書の中のことだけで捉えず、いくさ(戦争)をさせないためにどう動くか、平和(安心、安寧)を保っていくには何をすれば、何を心がければいいのか、目を向けなければならないだろう。仮に日ごろは「ボーっと生きていて」も、「事変、変化」には、素早く対応するものを身につけておかねばならない。
 戦争と平和ばかりでなく、自然災害、ウィルスの猛威、最近の「ヘイト」まで、私(たち)は、生きていくうえで濃淡はあれ、いつも忙しいのが当たり前なのである。

 

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2020年6月 6日 (土)

C&Lリンクス愛知電子版・Ⅱ&別冊を発信

 「立憲民主党と共に」は外したが
 昆虫の美しく鮮やかな「脱皮」とはならないが、6月となり、「緊急事態意宣言」の解除に合わせたわけではないけれども、本誌が100号に達したので、少しばかり「衣替え」をして、その第101号と別冊の第1号を発信した。
 その101号の内容は、1)電子版Ⅱ、もう一歩前へ 2)視点見解 「第3極」をめざす日本維新の会が愛知に手を伸ばしてきた 3)この国はどこへ コロナの時代に 社会学者・大澤真幸さん エゴ捨て国超えた連帯を4)土記 バットウーマンの警告=青野由利<毎日新聞> 5)立憲民主党情報「改憲発議に反対する全国緊急署名24万筆を近藤議員らが受けとり」 6)ブログ サプリの効果のほどは? 政治にサプリはあるのだろうか 7)書きのこし(あとがき) そして別冊の第1号は、1)ツネじい通信第81号 2020年06月05日 コロナ禍たまらん、わが身辺雑記 2)マイブログ 天安門事件と香港、台湾-それぞれの人たちが決めればいいが・・・ 3)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<5月27日~6月6日> 4)あとがき
 内容的には二つを合わせれば大きな違いはないが、タイトルのデザインを変えたと同時に「立憲民主党と共に」の副題を外した。それは、立憲民主党を支持し、これからも期待していくということではいささかも変わりはないが、この2年間100号をもって「立憲パートナーズ」の自己表現を終えて一区切りつけたいためであった。
 言ってみれば、耕す畑に時には気に入った四季折々の野菜ものを自由に栽培してみたいような。あるいは、花の苗を植え、種を蒔いてみたい、そんな気分かな。
   好奇心がまだ作動するようで、どうしても「一意専心」とはいかないようである。
 

 

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2020年6月 4日 (木)

六四天安門事件と香港、台湾

 それぞれの人たちが決めればいいが・・・
   検索によれば、六四天安門事件は、1989年6月4日(日曜日)に中華人民共和国・北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力行使し、多数の死傷者を出した事件である。 通常「天安門事件」と呼称する場合はこの事件を指す、とある。
 事件となった原因、天安門広場に集まった民衆の要求などは省くが、集会やデモに対して軍隊を動員して鎮圧しようとする行為、まして発砲して死者が出るなどは、国の形としては受け入れがたい。
 世界史からみると、かつての中国は領土を列強によって蚕食されるままであった。日本もまた侵略の側の一角にあったことなどから、私の中には中国を好感する気持ちが強くあった。それはいつごろまでであったろうか。
 香港は1840年ころのアヘン戦争を経て当時の「清朝」からイギリスに割譲され植民地になった。大戦後中国は国を立て直し、香港の返還交渉を進め、1984年に中英両国は、1997年に香港を中国に返すことで合意した。中国は「一国二制度」を唱え、返還から50年(2047年)は香港で中国とは異なる政治や経済の制度を保証するとした、という経緯がある。(これは大事なポイント)
 台湾の場合もそうであるが、「一国二制度」であれ、そうでない場合であれ、現状が数十年も続けば、指導者も世代も変わり、若者には「旧体制」を知る由もなく、国、社会の骨格、特に「民主主義」が束縛される制度への変化は受け入れがたいであろう。
 香港も台湾も大原則が「中国領土」であったとしても、定着した現状を変えることの難しさは、現状がよく表している。かつてのソビエト連邦が解体して、民族ごとに独立した国家となった。多くが歓迎されたと聞く。
 改めて現在の中国を見てみると、領土は約960万平方キロ(日本の約26倍)、人口は約14億人、民族は、漢民族(総人口の約92%)及び55の少数民族で、共和制をとっている。(外務省2020年)
 この巨大な国家が「一国一制度」がいいのか、民族自立、共同体がいいのかは一概に言えないし、言える立場でもないが、香港、台湾の現状をみるとき、香港は香港の人に、台湾は台湾の人に任せるのが一番だと思う。
 私が国会議員だったら、どう表現しただろうとふと思う。6月4日の日に。

 

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2020年6月 3日 (水)

高須院長が大村知事リコール

 リコールに反対、この政治勢力を撃て!
 新聞報道によれば「名古屋市などで美容外科『高須クリニック』を展開する高須克弥院長が一日、大村秀章愛知県知事のリコール(解職請求)活動をすると発表した。二日に自身を代表とする政治団体『愛知の未来をつくる会』(仮称)の設立を県選管に届け出て、リコールに必要な署名を集めるとしている。」(6月2日中日新聞)
 そのきっかけは「昨年の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』の企画展『表現の不自由展・その後』」(同)という。
 しかし私が思うに、きっかけは、「新コロナ」の対応で大村知事が東京と大阪の対応を「医療崩壊云々」と批判めいた(愛知の対応は完全だったといいたいがための)発言であり、動機が、かねてから根に持っていた「あいちトリエンナーレ2019」の展示問題、再開問題であったことだろう。
 -高須克弥-河村たかし-維新の会(橋下徹、吉村知事、松市長)-石原慎太郎、百田尚樹、竹田恒泰(天皇は元首である、の著者)-というラインを見てみれば、彼らの政治的背景が浮かんでくるようではないか。(右翼亜種?ニューライト?もっといい表現はないか)
 メールで岐阜の方から「高須クリニックの院長が、この手のことを言ったりやったりするのは毎度の話ですが、吉村・大阪府知事が煽っている・・・『吉村人気で盛り上げよう』リコールは成立しないと思いますが、愛知県の皆さん、『何か』しなくて良いのでしょうか?」という書き込みがあり、早速、中谷さん(弁護士)が「これに対抗する『表現の自由を守れ』『ヘイトスピーチを許すな』という運動を起こす必要があるのではないでしょうか?」と発信し、池住さん(2003年の愛知県知事選挙候補者)も同調し、「今日か明日にでも少なくとも声明だすなど早急な何らかの対応が必要だと思います。」と書き込んだ。
 私の見解は、大村知事は、リニア新幹線期成同盟の会長であり、IR誘致に熱心、設楽ダム推進など、財界寄りの県政であるから、知事丸ごと支持という訳にはいかないけれども、「あいちトリエンナーレ2019」の対応を軸としたリコールには賛成できない。
 もう一つは、中谷弁護士の言う「これに対抗する『表現の自由を守れ』『ヘイトスピーチを許すな』という運動を起こす必要がある」ということも外せない観点であるが、こういう状況に関わるとしたら、名古屋市民の関心を呼び起こす意味でも、2021年の名古屋市長選挙も視野に入れたらどうかと思う。リコールの主戦場は名古屋市であり、河村市政の交代の機運を盛り上げるいい機会でもある。
 但し、市長選挙とは別問題という反撃(異論)も想定されるので、街頭宣伝などでは控えめの方がいかもしれないが、「高須克弥-河村たかし-維新の会(橋下 徹、吉村知事、松市長)-石原慎太郎、百田尚樹、竹田恒泰」この政治勢力に切り込む必要性は大事かなと思う。

 

 

 

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2020年6月 2日 (火)

新コロナ禍の「権利、自由」の制限を憂う

 関ナマ事件との共通性を見ながら
 新コロナは収束していない。それで「緊急事態宣言解除ありき」で、政府もマスコミも6月1日から「新コロナ、新生活」が始まるという。第2次感染拡大に備えてのことだ。解除しておきながら「自粛も」とはどういうことか。
 ま、いちいち政府に聞いたところでろくな答えは返ってこないから、自主防衛、連帯防衛、共同防衛という戦線を想定せざるを得ない。とはいえ、それって何だ?何をすれば、ということになってしまうが。
 一説に、こうした非常時には「強権力」が有効という。クラスター、ロックダウン状況となったとき、超法規で素早く対応することが有効だ、というのであろう。そういった状況の下では、私的権利が停止され、自由が制限されても仕方ないともいうのであるが、どう考えるか。
 確かに「命を守るときは、手段を選ばない」ということはあろう。それは一個人としての場合もあれば、国家的な場合もある。一般論から言えば「ケースバイケース」ということになろうが、警戒すべきは、「一事を口実として、他に拡大運用しようと画策する」輩が出て来ることだ。つまり確定法の限定的適用を既成事実として拡大解釈、解釈変更などの脱法行為を正当化しようとする動きだ。
 話の切り口を変えるが、「関ナマ弾圧事件」は現在も進行中である。「C&Lリンクス愛知電子版」でも、第46号(2019年7月1日)、第63号(2019年9月25日)、第86号(2020年3月19日)で取り上げてきた。そこでは、この事件を「共謀罪型の刑事弾圧ではないか」「ファシズム下にあるような事件だ!」が共通認識としてあるとした。確定労働法を無視しての異常対応なのである。
 いくつか指摘すべき点があるが、私が注目している一つに、「労働争議」で(不当)逮捕された組合員がなんと640日に及ぶ拘留を受けてきたことと、保釈条件に例えば、組合事務所に立ち入ってはならない。組合役員の大半、数多くの組合員とは面会、電話、メールなど一切の接触禁止等々である。これは日産のゴーン元会長の保釈につけられた条件と同じようなものだが、これでは拘留を解いた、保釈したのはなく「自宅軟禁」にしたに過ぎない。
   新コロナで「自宅待機」を強いられたが、それは「緊急事態宣言」の一部と位置付けられた。だが「関ナマ争議」は「緊急事態」とでもいうのだろうか。警察、検察、裁判所を動かしている「力」は何か、誰が指揮しているのか、背景にいる者、出て来い!である。
 新コロナと関ナマ事件、全く関連性はないようであるが、私は双方に権力による「基本的な権利」「様々な自由」が制限を受けたり、無視されていないか、その推移を注視していきたいと思っている。

 

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2020年6月 1日 (月)

サプリメントの効果のほどは?

 政治のサプリはあるのだろうか
 サプリメントといえば「栄養補助食品」と浮かぶが、どれほどの効果があるのか、なぜ医者は勧めないのか。
 多分、多くの人が絶対的な効果があるとするコマーシャルに興味を惹かれ、体験談のような効果があるなら使ってみたいと思うに違いない。金儲けの話と健康の話(色ごとも)には乗りがちなのだ。
 我が身を振り返ってみると、どちらかといえば「サプリ不信派」である。その理由は、第1に医者が決して勧めないこと、但し医者も製薬会社との関係、薬の処方(箋料)も考慮しているだろうとも想像している。次に長期的な摂取(契約)が条件のようで、出費と副作用の不安があること。その裏返しは、医者の処方薬に依拠している(最近ちょっと不安を感じているが)ことと、栄養分は直接摂取することの方が健康的であること、「栄養補助食品」より「栄養のバランス」の方が効果的と考えていることなどがある。
 一方サプリも「健康食品」に含まれるのかもしれないが、私の仕分けは別物という定義である。例えば動脈硬化には「リンゴ、トマト、納豆、鯖(青魚)」がいいと聞いているので、良く買い求める。逆に「認知症の発症率を上げる食べ物-赤肉や菓子パンをよく食べる人は要注意!」とあるから避けたいが、肉に代えて魚にはできるが、菓子パンを含む間食がネックとなっている。血糖値の関係では白米、麺類、パスタなどの炭水化物は不可(少量に)、バターよりオリーブ油といった具合ではあるが、ま、頭と舌、胃袋との折り合いはいつも悪いのが現状だ。
 さて、「新コロナ」に対する「特効薬」は今のところない。その代わりにサプリといえるかもしれないのが、「不要不急の外出の自粛」「3蜜の回避」「早期対処」であろう。更に差別、分断の「疫病」を阻止する、或いは「引きこもり」からくる「うつ」には、周囲からの「心のサプリ」が必要であろう。
 こうなると不快指数がどんどん上がっている「アベ政治」に対する処方箋が必要である。いや処方箋-特効薬、治療薬の段階ではなく、現場からの「隔離」しかないと思うのだが。
 青葉、若葉が茂れる5月から、梅雨入りも近く、何かが変わりそうな6月。ふと考えてみる。立憲主義、平和主義、民主主義を維持する「健康食品」と、有効な「サプリメント」があるとしたら、それはどんなものであろうかと。

 

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