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2020年1月11日 (土)

国民民主党との合流にこだわるな

 選挙は「全野党共闘」をめざせ
 立憲民主党と国民民主党との「合流」問題にかかわる幹事長を交えた党首会談は、今年に入って7日に約3時間半、9日に約4時間、10日に約3時間に亘って話し合われたという。大局的に「合流」することでは一致しているようであるが、例えば「党名」をどうするかは、「合流」の方法で決まるだろう。つまり、どちらかが存続政党になって、結果的にもう一方が「吸収」されれば、存続政党名になる。では「吸収合併」に同意できないとすれば、対等な合流ということになり、双方がいったん解散して「新党」に参加することになる。
 だが政党の合併は、「政策・理念」の一致があってこそ、である。その政策について立憲、国民両党には一般的に大きな違いはないとされているが「原発ゼロ」に関しては、その表現の違いではなく、もっと根の深いものがあるのではないか。
 長いこと労働運動に携わってきた私は、現野党が分岐している現状を「社会制度論」の違いから始まると見て来た。共産主義、社会(民主)主義の政党と、それらに反発しなおかつ資本主義的政策にすり寄るような党、といった分け方で。
 しかしこの「主義」については、時代、状況の変化を経て各党とも現実的な政策を優先することによってその違いがかなりぼやけてきた。ところが2011年の「東電福島第1原発事故」によって、再び路線的な違いがはっきりしてきた。「原発ゼロ」を党の政策の基軸の一つにするか否かの違いである。
 別の観点、例えば「労使関係」の在りようでも野党は分岐しているとみている。「原発ゼロ」を受け入れがたいとする電力総連は、事故は起こり得ない安全であることを前提とした原発が、大きな利益を生むとして手放さない会社の経営方針を「安定賃金」の基盤としてとらえている。これは軍需産業も同じことがいえる。
 賃金、雇用の安定は働く者の最大の要求である。だから労働組合はそれに応える活動をする。一方で、戦争で何もかもなくした経験は、「賃金、雇用の安定は、平和であればこそ」という意識が高まった。それが戦後労働運動の流れを作った。「3・11フクイチ」の事故は、それが一地域であれ、戦争・戦災以上の破滅的な事態を現出した。ここのところをあいまいにし、あまつさえ経営者に同調するようでは、「政策・理念」で違いが明確であるから、「合流」は無理ではなく、してはならないと思うのである。
 では、アベ政治を終わらせるために「選挙協力」欠かせない。野党が競合して共倒れになっては国民から見放される、という点についてはどうか。
 それ自体は間違いないところで、是非とも共同の闘いを構築してアベ政治を終わらせたい。だが「選挙協力(共闘)」と「党の合流(合併)」は同次元のものであろうか。先の参院選挙での一人区で野党統一候補が与党候補を破った選挙区があった。この経験は貴重なものだ。「政策・理念」の違いを残して立憲民主党と国民民主党が「合流」することよりも社民、共産などを含めた「全野党共闘」の方が、少なくとも選挙戦では有利である。
 私は、立憲民主党の党名、政策・理念を曲げてまで国民民主党と合流する必要はないと考えている。同時に「立憲パートナー」としての条件でもある。

 

 

 

 

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