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2019年12月31日 (火)

2019年大晦日

   “さらば”は、時間だけでよい。
 この1年、やりこなしたこと、遣り残したこと共にあって、そのようにして日々の暮らしが立ち、大きな病に憑りつかれることなく、大晦日を迎えられることに、少しばかり“不思議さ”を感じている。
 新聞、テレビ、インターネットからたくさんの情報に接し、地球上のどこかで止まない戦争や紛争だけでなく大小の自然災害、無数の事故、事件、病魔に倒れた人を知るにつけ、やっぱり生きて2020年の新しい年を迎えられるとしたら、意識しないだけでこれは凄いことではないかと思うこの頃は、人並みに歳を重ねていることと無縁ではないだろう。
 ・・・二つの選挙があった。名古屋市議選と参院選。立憲民主党の候補者を従来にない意気込みで応援した。その経過をかなり力を入れて「C&Lリンクス愛知電子版」で伝えた。活動には、動機と経過と結果がついて回るが、私には参加・参画した意義が大きい。それ故12月29日に「C&Lリンクス愛知電子版」第75号を発信してこの1年を締めることができて安堵している。
 ・・・家事、活動に私事の三つを柱にして、通院、薬飲、散歩をこなして体力を維持。今日の午後になって2018年1月29日から途絶えていた「仲畑流・万能川柳」に11句を投稿した。遣り残していた一つであった。
・・・一昨日、お酒を酌み交わし、議論を交わした同級生が逝ったと、今朝早くに知らされた。午前の告別式の参列に準備が整わない。弔電の準備を始めたが、早くても午前中には届かないという。葬儀が始まる前に弔意を届けたいと思案した。野暮ったいと思ったが、ファクシミリで伝えた。
・・・この1年、出会った人の顔が浮かぶ。2020年に再会したいと思う。“さらば”は、時間だけでよい。

 

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2019年12月29日 (日)

立憲民主党と共に、この1年

 C&Lリンクス愛知電子版・第75号
 2019年最後の発信となる「C&Lリンクス愛知電子版」第75号を発信した。
   1月2日発信が第22号であったから、この1年間で54号を発信したことになる。ほぼ週刊となるが、統一地方選挙、参院選挙があったことが背景にあった。基本的には記事になるものがあれば発行するという随時刊で、立憲民主党関連が多いが、学習会の「リベラル政治懇話会」関連、ピースサイクル運動、映画鑑賞記なども載せた。また、原発関連、沖縄関連、水道民営化、ゲノム編集食品、関西生コン弾圧問題、表現夫不自由展関連、気候変動の記事も特集した。
 これらは、私の関心、問題意識内のものに限られ、研究、分析、情報収集の及ばない課題が圧倒的多数あることは言うまでもない。けれどミニコミ誌は、幅の広さよりも、掘り起こした穴の深さが重要であろうと思う。この1年は底浅いものに終始したが、ポイントは押さえたと思う。自戒としては「長すぎる」である。
   第75号12月29日発行は、1)去り行くは時間、事実は積み重なる2019-この1年。2)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<12月22日~12月28日> 3)もうひとつの「私」の“足跡2019”―シネマ散歩、ピースサイクル、作品店、4)「ツネじい通信」 NO62 2019/12/25 「良識か」「欲望か」を問いし1年。そして越年… 5)2019年を閉める・あとがき。
   2019を飛躍の年にしたかった立憲民主党であるが苦慮・呻吟のまま越年することになった。新年早々、野党の「合流」が焦眉の課題となって、梅も桜もゆっくり見ている暇などない1年になろう。秋に紅葉を愛でることができるか。

 

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2019年12月27日 (金)

古い男臭さ/マチスモ

   一定年代以上の男性、に私も
 毎日届く電子メールは、ほぼ全部に目を通す。「私の領域-かかわりの程度」で、見出しだけで通り過ぎるものもあれば、集会などの案内、報告とは別に「個人としての意見、考え」については、じっくり読むことにしている。
 得てしてこうしたメールのやりとりにおいては、議論、異論、反論に出会うことを恐れて、「事実経過」だけに留めがちにならないだろうか。私にもそんな「構え」がないとは言えない。
 「構える」ということは、言語の使い方にもかなり気を使うということである。いわゆる差別用語には、ことのほか神経質にはなるが、それが差別用語、差別意識の片鱗、と気づかないこともあるので、指摘されたらすぐに改める、違う表現をみつけることで置き換えるようにはしている。それでも・・・。
 「・・・には『古い男臭さ/マチスモ』を無意識に持っておいでの方が多いように感じている」という投稿があった。マチスモとは、検索によるとマチスモ【machismo】 は、《「マチズモ」ともいう。ラテンアメリカで賛美される「男らしい男」を意味するスペイン語のmachoから》男っぽさ。誇示された力。男性優位主義、という。
 この「一定年代以上の男性」という区分はどこで一線が引かれているのかは、投稿者に聞くしかないが、考えられるのは戦後の「民主」教育を受ける前の世代、家庭での「父権主義」の影響を受けない世代、1950年前後以降生まれの世代かなあ、とも思う。
 ただこの問題は、時代の流れというものもあろうから、「年代」が大きな意味を持っていると思うが、職業や、働く環境、家庭環境にも影響されるような気がする。
 私的に言えば、我が家は「父権」とは無縁であった。また労働運動、地域活動にかかわった1960年代後半では「安保、沖縄、三里塚」に加えて、「狭山事件-部落問題」に出会うことによって、労働組合活動での「職工格差(本工と臨時工)」「学歴格差(大学・高校出身と中卒など)」「男女格差」に加えて、「人権」に目がいくようになった。更に身体的な差別<目、耳、肢体など>の表現に意識が高まっていった。
 それでも指摘された「一定年代以上の男性」に私も含まれているという認識は払しょくできないから、「構え」は崩さず、もっと広く知るという生き方をしていこうと思う。そう感じたこのメールの出会いであった。

 

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2019年12月25日 (水)

野党合流を考える

 C&Lリンクス愛知電子版・第74号
 この時期であれば、2019年を振り返って総論的に書きたい気持ちもあったが、12月6日に立憲民主党の枝野幸男代表が野党結集を呼び掛けたこともあって、そのことに絞り込んだ内容として第74号を発信した。
 1)荒 海 に真っすぐ!立憲民主党-苦海2019から、2020の波涛を乗り切れ。2)「12・6野党結集」その後の経過。3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<12月8日~12月21日> 4)「ツネじい通信」 NO61 2019/12/15 
中村哲さんを殺したのは、アベ軍事外交。5)随想27 “立憲民主党のゆくえと・・・”―政治する、とは何か、わが身をどう処するか― 全9頁。
 「随想27」では、こんなことも書いた。
~~12月22日に開かれた「立憲パートナーズのつどい」でこんな発言をした人がいた。「ここに来てがっかりした。60代以上の人ばかり、若い人がいないことに」と。それは事実ではあったし、本人に悪気はなかった、否定した積りもなかったろうが、高齢者呼ばわりされた側(私)は、まるでここに存在していることが否定されたようで、不快この上ないものだった。
   それはそれとして私が思うに、高齢であることが問題とは思えない、単に現状がそうであるにすぎない。とかく高齢者は“おしゃべりばかり”という点で甘受すべきところもあるかもしれないが、一方で地域情報の把握、選挙における“戦力”、経験的アドバイスも捨てたものではないと思うのだが。
 こうした「世代」の問題は、いつもついて回るから“お年寄りばかり”と嘆いてみても仕方のないことである。発言した当人は教え子の学生を連れてこえばいいし、党の組織に「青年部」を設置してその世代特有の問題、未来像を語ってもらいそれを党に反映させるルートをつくればよいと思うのである。発言者からは、そうした提言をしてほしかったものだ。
・・・「高齢者」として扱われるわが身としては、我田引水、懐古趣味、不要な言葉を削ぎ落して、主題に沿った意見を、出来るだけ短く語ることを心がけたいと思うが、一方で書いたものは読んでもらうことで交流したいと思っている~~。
   政党関連の集まりとはいっても様々な人がいて、政党支持、議員後援で一致する程度のもの。きっちり議論できるのは10人以下の6~7人であろうし、時間も90分では、30人が一人3分発言して終わりである。
   運営する側もいろいろ考えてのことであろうから、経験を積み重ねるか、他での様子、事例を参考にしていくことだろう。できれば、参加者は自論だけでなく、周辺での声を集約して持ち寄ること、提案(アイデア)も用意したいものだ。ただ、小誌への反応も少ないことも考えれば、一概に言えないところがある。

 

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2019年12月24日 (火)

続々・立憲民主党の現在とこれから

   近藤昭一国会報告会、パートナーズのつどい(3)
 立憲パートナーズのつどい
 第3回の3区総支部の「パートナーズのつどい」は、国政報告会に引き続いて開催され、約半数の30人弱が車座で話し合った、というよりも、それぞれが短く意見を出し合ったに過ぎない。90分の予定時間で「自己紹介、ショートコメント」で70分ほどを費やしてしまったからだ。
 資料として「立憲民主党年間活動方針(2019年9月30日)」と「立憲パートナーズ・ハンドブック」などが配布されたが、それらは持ち帰りでその場での活用はなかった。最後の最後で参加者から「パートナーとして、何をすればいいのかなどが話し合われるのではなかったのですか?」という注文がついたが同感だった。そもそも年末のこの時期に、国政報告会と併せて行うという設定に目的意識が希薄のように思われたのである。
 とはいえ、このような「パートナーのつどい」が開かれているのは県連レベルでは3区総支部だけのようで、それもあってか、3区以外からの参加者も結構いたように思う。
 自己紹介で私は、自らのことは言わず①野党共闘でいろいろ言われる枝野代表の考えを支持し、支えていきたい。②立憲民主党や枝野代表の言動が「上から目線」といわれるが全くそんなことはない。まっとうに言っているだけだ。③第3区に「支部(昭和・天白・緑)」をつくってはどうか、などであった。
 こういう場所では得てして党に対する「注文、不満」が多く出がちで、この日もやはりそうした意見が大半であった。そこには近藤昭一衆院議員が県連の代表でもあるから、党全体への意見が出されるのは当然であろう。例えば7区では、地元に帰らない山尾志桜里議員への不満(不信)が出た。またリニア中央新幹線に関連して、市議会における委員会(田中里佳委員長・立憲)で推進決議が出されたことへの不満が、直接立憲民主党への不信につながっていること。また「水道の民営化」「種子法の改悪」「IR」について「条例」で規制してほしいなど。
 別の観点からは、「れいわ新選組」へのシンパシーからくる「立憲民主党」への注文であった。「れいわ新選組」と「山本太郎」という政治家への評価は、ワンフレーズで分かりやすい、多くの人が感じている、求めていることをズバリ言いきっている。その点で「経済政策」例えば「個人消費-最低賃金-正規雇用-氷河期世代」を語りかけ、暮らしに直結していて聴衆をワクワクさせるものがあるからウケる、というのである。
 またこんな発言をした人もいた。「ここに来てがっかりした。60代以上の人ばかり、若い人がいないことに」それは事実ではあるが、高齢者呼ばわりされた側は不快この上ない・・・、けれども、私から言えば、高齢であることが問題とは思えない。まあ“おしゃべりばかり”という点で甘受すべきところもあるが、地域情報の把握、選挙における“戦力”、経験的アドバイスも捨てたものではないと思うのだが。
 世代の問題は、いつもついて回るから“お年寄りばかり”と嘆いてみても仕方のないことである。党の組織に「青年部」を設置してその世代特有の問題、未来像を語ってもらいそれを党に反映させるルートをつくればよいと思うのである。発言者からは、そうした提言をしてほしかったものだ。
 支部の結成、青年部の設置を

 最後に事務局から「パートナーズを広げてほしい」「近藤昭一のポスターを貼ってほしい」という注文と共に「企画を持ち込んでほしい」というものもあった。
 私は前述の「支部の結成」「青年部の設置」という組織的な提案をしているが、近藤議員が「環境問題」に熱心であることから、別の所で党内に「気候変動-地球温暖化問題プロジェクトチーム(PJ)」の立ち上げと市民運動との連携を書いた。ただ私自身がそこにかかわれるかどうか、という点で逡巡はあるのだが。

 

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2019年12月23日 (月)

続・立憲民主党の現在とこれから

   近藤昭一国会報告会、パートナーズのつどい(2)
   国政報告から
 国政報告会に松本県議と岡本市議も参加していて、冒頭にそれぞれから地方議会・行政の現状などが報告され、質疑でも両者への質問が多く出された。その中で気に留まったことが一つ。松本守県議から、元々彼は名古屋市議であり、市の交通局出身ということもあろうが「敬老パス」の拡充に取り組んでいる。そこで県議会でこの問題を持ち出すと、名古屋市民にとってはいいだろうが、「県内には、電車はない、バスも来ない地域がある」ということで、関心が薄いとのこと。市民税を減税できるほどの豊かな名古屋、という見方もあろうが、この「県内の地域格差」については、やはり注意を払うべきだと思った。名古屋市出身の県議会議員の立場は微妙なのである。
 近藤議員の国政報告では、秋の臨時国会の経過などが中心であった。安倍政権の体たらくについては繰り返さないが、国民民主党の関係については、昨日のブログで触れた。国会のおける「会派」の問題については、「統一会派」ではなく「共同会派」としていることを強調。その大きな「塊」となることの意味、効果などが話された。では近藤議員自身はどうなのかということの明言はなかったものの、どちらにしても枝野代表を支える一人として、立憲民主党の基本姿勢を維持していくということではないかと思う。
 また近藤議員は所属する委員会が、彼の政治的中心課題、関心事である環境問題の「環境委員会」になったことを報告。「原発ゼロの会」の活動と併せて彼は、環境問題では党内の第一人者といっていいかもしれない。立憲民主党愛知3区総支部版の会報でも、「地球温暖化対策、今国会から環境委員として取り組みます!」「温室効果ガスを多量に排出する石炭火力の削減を」「頻発する巨大台風と豪雨被害 地球温暖化問題の根本的な解決を」と書き、その決意のほどを示している。
   この先、気候変動-地球温暖化-災害多発、国土亜熱帯化、首都直下、東南海地震などを考えれば、国政における重大な課題であるが、現状では、「経済問題」「憲法・安保問題」が脚光を浴びるので、彼の存在、活動は地味に映るかもしれない。
 「総理をめざせ!」とまではいわないが、党派を超えた「地球環境問題の第一人者」を内外に知らしめてほしいと願うものである。そうした観点からもこの愛知においては、「市民運動」の人たちとの「協同の場」をもって、新たなウェーブを起こしたらどうかと思う。会場から名古屋市議会で「気候非常事態宣言」を採択してほしいがどうしたらいいか、という質問も出ていた。 (続く)

 

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2019年12月22日 (日)

立憲民主党の現在とこれから

  近藤昭一国会報告会、パートナーズのつどい(1)
 第200回の国会(臨時)が12月9日に閉会したが、「桜を見る会」問題が際立っていて、いったい何が論議されたのか、体たらくのアベ内閣に野党がどれだけにじり寄れたか、野党の共闘(協力)の成果は?この先どんな「塊(かたまり)」になっていくのか、立憲民主党は国民民主党と「合流」するのかしないのか等々、聞きたいこと、いいたいことは幾つもある。
 これらを聞く、知る機会として、年末の忙しい時期ではあったが、立憲民主党愛知県連第3区総支部主催の緑区「衆院議員近藤昭一の、草の根国政報告会」と3区総支部「第3回パートナーズのつどい」が開かれた。
 「国政報告会」では、松本県議と岡本市議も参加していて、それぞれから地方議会・行政の現状など報告された。
   野党の「塊(かたまり)」、「合流」を考える
   その中で地方議員として、立憲民主党と国民民主党との関係についてこの先どうなるかを見守ると同時に、両党が完全に別の党となれば、議会で少数会派となるので何かと困る、という率直な意見が出された。愛知県議会では両党が合流して「新政あいち」という会派であり34人で構成。名古屋市議会では「名古屋民主市議団」として17人が一つとなって結集している。それぞれがバラバラになってしまっては困るというのである。
 この問題は、地方議員の現状、立場は理解できるが、そのことに固執すべきではない、というのが私の考えだ。地方議員も「政治家」であることに変わりがない。つまり「政治的判断」すべき時があるということである。立憲民主党が、「原発ゼロ」に反対する議員を抱える国民民主党、「半自民党」的体質、政治姿勢の議員を抱える国民民主党と、対等であるとか全員丸ごとで合流することが、立憲民主党の立党精神、理念、主要政策に合致するだろうか。この点の「政治判断」を回避したり、軽視してはならないと思うのである。
 このことで、それでは「ボトムアップにならない」「上から目線」「国政優先、地方軽視」というのは違うと思う。要は、こんにちの「政党政治」のもとでは、熟議の上で「党の政策(路線)」に従って、党員(議員)は行動すべきであって、そのことまで「多様性」と持ち出されたら、組織(党)は持たないと思うのである。
 このことは社民党が今、艱難辛苦のもとにあるのではないだろうか。仮に中央の段階で立憲民主党と「合流」することになれば、地方組織は解体、拠り所であった古くても「日本社会党―社会民主党」の暖簾が消えてしまう、このことに「政治判断」だけで断行できるのか、と。
 立憲民主党はこのことに十分留意しなければならない。社民党員の「誇り」を傷つけてはいけない、歴史、積み重ねを軽視してはいけない。ということは、立憲民主党の地方議員にも当てはまるということである。
 では、枝野幸男代表以下、党の執行部(リーダーたち)はどう対応すべきか。不肖私が思うのは、まず現政治の堕落、腐敗、つまり悪政を糺し政権交代の必要性を解き、その時機到来を告げる状況をつくること。次に地方に赴き積極的な議論を交わすこと、つまり「熟議」を積み重ねることである。それは「拙速」に事を運ぶことはしないということである。
 「熟議」とは、中央-地方の関係ばかりをいうのではない。地方組織の総支部段階、支部段階、或いは「課題別・層別プロジェクトチーム」においてでも、である。
 「拙速」とは、選挙のためだけの、数合わせだけのものという意味である。 (続く)

 

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2019年12月20日 (金)

パソコン操作を一つ覚える

 集中力欠如の一例か
 職業的にパソコンと向き合っているわけではないので、当面必要なければ、新たな操作、技術を習得しようとは思わない。ではあっても、“あれは何とかしたい”というものはある。その一つが、メール送信のグループ化だった。
 ええ! いまさらそんなことを?と思われるのは必定だろう。そう、つい最近まで私は、数十人規模の宛先を毎回、一人ずつ打ち込んでいた。「グループ化」すればその手間が省けることは分かっていたが、一人一人名前を確認しながら打ち込んでいくことになんとなく“晴れがましい”ものを感じていたからだ。
 ところが2~3か月前から、一度に送信できる相手先が9人又は9か所までに制限されるようになった。(以前に書いた)10以上になると必ず1~2か所、百通くらいになると、そもそも届かないのである。そうしたメッセージが表示されるので、やむなく9人ずつに分けて送信する行為を繰り返してきた。
 さすがにこのままではまずいのでグループ化することにした。マニュアルは手元にないので、検索して指導を仰いだ。あれこれ試して失敗を繰り返しながら、ついに習得、早速手順書をつくって保存した。リストの追加、削除があるだろうから、メモしておかないと忘れてしまのだ。「C&Lリンクス愛知電子版」「ピースサイクル愛知」「シネマ散歩・緑の会」の三つのグループをつくった。
 さてもう一つは、ブログの全面改良である。これは生半可ではできない気がする。だが多分、集中して根気よく試みればそんなに難しくないだろう。1日付きっきりになればものにできるだろう、その気になるかどうかだ。
 さしたることではないことに逡巡するのは、加齢か性格か、単なる臆病か。

 

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2019年12月18日 (水)

2019の課題、気候変動・地球温暖化

   C&Lリンクス愛知電子版・第73号
 囲碁で言えば12月も半ばを過ぎ、2019年の「よせ」に入ったといえるが、それは時間だけをいうのであって、全ての面で「完結」することなく、2020年に持ち越しとなる。それらの課題は幾つもあるが、「気候変動―地球温暖化」問題が、重大性を持ちながら広く議論されることがないようなので、C&Lリンクス愛知電子版の本年を締めくくる課題の一つとして採り上げた。
 第73号は、1) 特集 2019 持ち越された課題「気候変動」地球温暖化-COP25、気候変動サミット グレタ・トゥーンベリさん、立憲民主党の場合、他。2)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<11月26日~12月7日>3)「ツネじい通信」 NO60 2019/12/5“安倍サクラ騒乱”メディアの裏切り。4)あとがき。
 あとがきでは「●2019年も押し迫ってきた。いろいろあったがそれについては次号に回すとして、“忘れてしまわないうちに”と、気候変動・地球温暖化の問題を特集した。特集といっても記事の寄せ集めに過ぎないが、私自身がまとめて読んで、何がポイントなのか押さえておくという意味で記事として残したのだった●緑の党(グリーンズジャパン)から「決議」を採用させてもらった。私が立憲民主党のパートナーであって、緑の党のサポーターである理由は、こんなところでも生かされていると思っている。「餅は餅屋」ではないけれど、環境問題に関しては「緑の党(G・J)」の情報にいつも注目し、期待を寄せている●国政では、アベ政治はもうなんともならんところまで堕落しきっているが、それが「野党」への期待へ少しずつ移行しているのではないか。であれば野党の結束が求められるが、それは「共闘」のレベルで留まるのか「合流」まで進むのか、立憲民主党はどのようなかじ取りをするのか、次号で取り上げる予定である。
 どちらにしても、自分なりに2019年をしっかりと閉じたいので、もうひと踏ん張り、といったところである。

 

 

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2019年12月16日 (月)

メール送受信の問題を解決

 ああ~、めんどうだった半日
 15日に、電子メールに「送受信エラー」が出て先に進めないのである、と書いたが、その解決に向けて朝から取り組んだ。問題は「OCN」にあると考え、電話で問い合わせた。以外と早くつながって、それから40~50分はかかったであろうか、改善策の指導を受けた。新たにパスワードを設定して完了した。
 電話の最後に、担当者に問いかけた。「なぜ、こんなにも複雑な手順を踏まねばならなかったのですか?」その答えは、この4月頃、12月〇日をもってシステムが変わるので、手続きをするように、とメールでお伝えした、というものであった。
 なんとなく覚えがあるが、すっかり忘れていたことと、そもそも「怪しげなメール」という思い込みで削除したことにあった。
 次に、送受信が繋がったが実用画面にたどり着く手順を習得する必要があった。それは私の場合、アドレスが二つ設定してあり、「NIFTY」がメインであるから、「OCN」から切り替えねばならないのである。ここは自分でたどり着かねばならず、試行錯誤を繰り返した。2度の休憩を挟んで、手順をメモ書きして完了したのが午後3時、半日を費やしてしまった。
 思うに、息子世代ならもっと早くに片付けていたであろうが、半日もかけてしまうなど「加齢」だからだと思う一方、IT、デジタルの類は高齢者に不向きではないかとも考えた。そこでやはり、システムの変更は、ユーザーの都合ではないのだから、プロバイダーの側で対応できないものか、或いは手間、コストがかかっても「文書」で、通知、手順を示してもらいたいものだと思った次第、簡潔に。
 私がパソコンから離れるのはいつの頃だろうか。それは多分、「終末」とも絡んでのことであろう。

 

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2019年12月15日 (日)

年の瀬、歳のせい

   パソコン不調から思いめぐらせ
 12月15日、2019年も残すところあと半月。
   現パソコンは、かれこれ6年近くになろうか。一度だけ修理に出したが、ここまで何とか使うことができた。ところが、この3~4日前からメールが使いにくくなった。「送受信エラー」が出て先に進めないのである。ID、パスワードの確認を求められて、それを打ち込んでも同じサインが出て、送受信ができない。インターネットはつながるので、サーバーとの関係、つまりパスワードの間違いかと、確認して打ち込むが効果がない。
 ここのところ周辺で「前立腺癌」に罹患したという話を聞く。この病気は60歳以上に多いと聞くから、パソコンの劣化に似て、肉体の老化が遠因としてあるのかもしれない。症状としてあまり現れないとか、腰の痛みなどは、当たり前として見逃されやすいのだという。
 少し前、知人から「妻から、認知症の症状が出ているといわれた。自分もそんな気がする、いい治療法を知らないか」と問われた。もとよりその治療法など知る由もないが、わが身にあてはめてみると、毎日数時間、部屋に閉じこもってパソコンと向き合っていて、誰とも会話しないから、私に症状が出てきてもおかしくない気がする。年明けに運転免許証にかかわる「認知機能検査」を受診する。そこである程度のことが分かるかもしれない。
 老化、劣化、衰退、弱体・・・、パソコンだけでなく、生活周辺の物の劣化、故障や、公園の古木の倒れるさまなどを見るにつけ、わが身に置き換えることが多くなった。ちょっとした痛みもかゆみも、物忘れ、躓きも前触れかなと思う、そのこと自体が「老化」なのであろう。これを追い払うには、何かに熱中する、集中する、継続するということかもしれない・・・。このように思うのは歳のせいであり、年の瀬からでもあろう。

 

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2019年12月11日 (水)

中村哲さん追悼、特別号

 C&Lリンクス愛知電子版・第72号
   12月4日、アフガニスタン東部ジャララバード近郊で凶弾に倒れた中村哲さん。福岡市のNGO「ペシャワール会」現地代表、中村哲さん(73)の家族とペシャワール会による合同葬が今日の午後1時、福岡市中央区の葬儀場で営まれた。
 中村哲さんの死を悼み、ご遺族の方にお悔やみを申し上げます。

 

 何とか早めに追悼の「C&Lリンクス愛知電子版・第72号」の発信に漕ぎつけたいと思っていたが、死を悼む気持ちは強まっても、言葉としてその距離を測りかねていて編集発行に逡巡を重ねてきた。
 今日、中村さんの告別式があると聞いて、内容よりも気持ちを示したいと思い、全編が引用記事となり、気がひけたが「追悼号」の発信を決めた。
 あとがきでは、「中村哲医師、ペシャワール会の存在、活動の一部は知っていたが、そこに関与することはなかった。
私の周辺には、カンボジアの地雷撤去の支援活動、戦争被災地や貧しい村に、机や文房具類を送る活動或いは楽器を贈る活動など、国境を越えた様々な支援活動に向き合う人たちがいる。であっても私は日本の、この地域に軸足を置くばかりである。それもあって『中村哲さん追悼』に逡巡していた。ここは記事の引用だけでしかないけれど・・・。」
と短く書いた。
 戦場、紛争地で命を奪われるジャーナリスト、カメラマン、NGOの人たちの悲報に接すると、つい反射的に「私のやっていることは・・・」などと考えたりする。けれども結局、積極的な意味はないけれど「ここに居て、ここでやれていることは私だけの仕事」「それだけの器量なんだから」に思い至る。
 西日本新聞が2014年12月11日~2015年1月4日まで、7回にわたって連載した【中村哲がつくる平和 戦乱のアフガンから】には、中村哲さんの言葉がいくつも書かれていて、それは、現在の状況にも当てはまるもので興味深いし、彼の目線が真っすぐであることに気づかされる。日本の政治家に求められるものでもある。
                            

 

 

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2019年12月 7日 (土)

今年も喪中葉書への返信

 今年は少なめに
 先月末から今月にかけて「喪中葉書」が届いている。例年だと10数枚は数えたであろうが、今年は一桁。私たちの世代では、「親」は既に他界された人も多いからだろう。
 お連れ合いをなくしたという人からの葉書は、他人事とは思えないので、つい二度、三度読み返してしまう。
 こうした「喪中葉書」には、返信はがきを出しているが、お悔やみの言葉と一言を添えている。「驚きました。あまりに早いです。またお会いする機会があると思っていましたのに、残念です。」「お早い旅立ちに、心残りもあろうかと思います。その分、健康で長生きしてください。」などと。
 一方1週間ほどかけて、すべてパソコンで仕上げた独自の新住所録を完成させた。そこには変更された新住所が打ち込まれ、音信が途絶えて久しい人は登録しなかった。この10年で約半数となった。またそこには、年賀状の授受をメモする欄もあり2020年から2030年まで設定してある。とても2030年まで生きられるとは思えないので、これは単にページの構成でしかない。
 かくしていよいよ年賀状の作成に入る。早めに仕上げて年の瀬はゆっくりしたい・・・は、歳のせいか。

 

 

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2019年12月 6日 (金)

映画「わたしは光をにぎっている」を観る

 シネマ散歩・緑の会、第14回映画鑑賞会
 実は、この映画のタイトル「わたしは光をにぎっている」は、映画を観るまで詩人山村暮鳥の詩のタイトルから来ているとは知らなかった。
 そこで帰宅してから書棚をあたってみたら「山村暮鳥詩集」(新潮文庫・室生犀星編1952)が見つかり、詩集「梢の巣にて」(大正10年・叢文閣)に収められていて、タイトルは「自分は光をにぎっている」とあった。「自分」を「わたし」に置き換えたものだった。映画の中でも民宿の女将(老女)宮川久仁子(樫山文枝)がこの詩を朗読するシーンがあって、部分的に覚えていたので間違いない。詩の全文は以下の通り。
   自分は光をにぎつてゐる
  自分は光をにぎつてゐる
  いまもいまとてにぎつてゐる
  而もをりをりは考へる
  此の掌をあけてみたら
  からつぽではあるまいか
      からつぽであつたらどうしよう
  けれど自分はにぎつてゐる
  いよいよしつかり握るのだ
  あんな烈しい暴風の中で
  掴んだひかりだ
  はなすものか
  どんなことがあつても
  おゝ石になれ、拳
  此の生きのくるしみ
  くるしければくるしいほど
  自分は光をにぎりしめる
   注「にぎつて」「ゐる」「考へる」は、旧かなづかい。原文のまま。
 もう一つ、あっと思ったのは、エンドロールで知った中川龍太郎監督の来歴に、やなせたかし(故人)主宰「詩とファンタジー」(かまくら春秋社)誌等を中心に活動。2009年、『椅子』で第2回「詩とファンタジー」年間優秀賞を最年少で受賞、とあったことだった。この頃私は「詩とファンタジー」を購読していたからだ。
 さて映画それ自体の、参加者の評価は、あまり高いとは言えなかったようだ。私の印象とは別に、やはり映画の筋に抑揚、事件性、意外性などがなく、主人公の宮川澪(松本穂香)のセリフもボソボソで、正面からのカメラは殆ど無い。場面、場面での連続性というかストーリーが掴みにくかったからではないだろうか。
 野尻湖と山の風景、湖畔にある民宿、東京の下町の商店街と昔ながらに営む高齢の店主そして銭湯「伸光湯」などを映し撮っていく、これって叙事詩の映像化か?
 演技で言えばやはり、澪(みお)の父の親友という「伸光湯」のオヤジ三沢京介(光石 研)であろう。年齢で言えば60歳前後であろうか。銭湯をやりくりするだけの、不満も何の怒りもないようで、かといって希望も野心みたいなものもない。ただただ時代に流されていく。区画整理で追い出され、これまでの町、暮らしが跡形もなく消え、今となっては都会のマンションの一室でカップ麺をすする生活。「昭和」の時代の片隅で生きてきた、新しい時代の波にのみ込まれ、放浪する人々の中の一人、三沢京介。
 そのような時代背景の中に放り込まれた若い女性「澪」もまた、放浪する若者の一人なのであろう。
 自己責任、非正規雇用、「今だけ、金だけ、自分だけ」という「弧」のこの時代を、今を生きる私たち。私たちの世代のことはいい。若者たちよ、君たちはどう受けとめるているのか、何かを感じていないのか、明日に希望が持てているのか・・・、若者たちにそのように問いかけたのであろうか、この映画は。

 

 

 

 

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2019年12月 5日 (木)

第14回映画鑑賞会

 地域活動・文化活動として
   シネマ散歩・緑の会の映画鑑賞会も、この12月をもって14回目を迎えた。映画の選定は、私に任されていて今回は「わたしは光をにぎっている」である。任されてはいるが、“私が観たい映画”ばかり、とはいかない。日程を調整したうえで「懇親会」のセットもあり、上映終了時間も考慮することになる。また10日先に設定しても終了してしまうこともあり、概ね1週間先でしか確定出来ない。
 今日になってようやく会誌「シネマ散歩・緑」第14号を発行することができた。その中でこんなことも書いている。
 ・・・時々、過去の鑑賞映画の記録をお知らせしています。それは映画にもよりますが、ある意味では時代を反映している、同時代性を意識させられることもあるからです。
 従来私は、映画は“おもしろけりゃいい”と単純に思っていて、1957年ころから数年の間記録していた「映画鑑賞記録」も、感想文など一切書かれていませんでした。
 後年、様々な活動にかかわって、それらの領域の映画・ドキュメンタリーを観る機会が増え、その感想文を書くようになりました。そして「シネマ散歩・緑の会」を発足させてからは、それなりに鑑賞映画を選択するようになり、ほぼ毎回、感想文などを書くようになりました。もとより、根が“おもしろけりゃいい”であり、まして映画を評論するような立場でもありませんから、毎回四苦八苦しているというのが正直なところです。
 さて今回は12月ということもあり、懇親会は望年会も兼ねます。できれば、それぞれから映画のこと、会のことなど“ひとこと”をお聞きしたいと思っています。それらをお聞きして2020年も「シネマ散歩・緑の会」を続けていきたいと思っています。
 これらについては、以前にも触れたことではあるが、「一人で楽しむ映画」もあれば「みんなで観て、あれこれ話題にして交流する」映画もある。私は、2か月に1回の鑑賞会の間を縫って、「一人で楽しむ」映画も心掛けているし、テレビシアターもときどき・・・。ただ、まとまって時間が割かれるのはつらいところがある。

 

 

 

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2019年12月 3日 (火)

続・名古屋市長選が話題に上る

 「気候変動、地球規模の温暖化」問題に関連して
   報道によれば、12月1日から13日にかけて、スペインのマドリードにて、COP25が開催されるという。
   この会合では、パリ協定実施指針(いわゆるルールブック)の未決着の論点(市場メカニズム等)の合意がめざされている。またパリ協定1.5℃目標のため、各国政府が温室効果ガス排出削減目標を引き上げ、2020年までに国連に再提出することも求められている。
   COP25開催に向けては、グレタさんや世界中の750万もの人々が気候危機の解決を訴えて声をあげているという。
これらのこととは無関係ではないと思われるのが「〇〇さん(△△代表)が、2021年の名古屋市長選への挑戦を表明」(12月1日に記載)の件であろう。〇〇さんの市長選挙に挑む動機、目的を一言で言えば「気候変動、地協規模の温暖化は現実的な問題になってきている。名古屋市のゼロメートルから1~2メートル地域は、水没の可能性も考えられ、自治体としての対応は急務である。それを市政の課題として取り組む」というのであるから。
 〇〇さんの熱い思いを受けて少しばかりコメントすると、やはり立候補に至る思いと公職の「選挙」に対する向き合い方が、温暖化の問題を訴えたいだけなのか、市長という立場になって行政面からこの問題を取り上げていくのか、つまり選挙戦をどのように闘い、勝ち抜くかのその戦略が見えない、ということである。まだ構想というより「着想」の段階かもしれないが「表明した」ということになれば、白紙状態ではまずかろう。
 ま、それはそれとして、どんな形であれ「選挙」である以上、勝ち負けにこだわり、勝ち方はともかく、負け方にも想像力を発揮してほしいと思うのである。
 名古屋市長選挙は2021年4月であるから、それまで15か月ほどある。その間どんなことを準備し遂行していけばいいのか。現職、政党公認候補であれば、その組織、支援団体回りから、時々街頭に立ってアピールしていくのが常套手段であろう。だが仮に無所属で新人、知名度なし、資金なし、市民・市民運動が支援の主体、ということになれば、「組織戦」にはならないし、相手の致命的な弱点でもない限り難しい。そこでなんらかの「ブーム」を起こし、その「風」に期待しそれに乗る、という手もあるだろう。
 例えば、「気候変動・温暖化・海面上昇」「COP25」「グレタさん、若者」これらがキーワードになって、「名古屋城の天守閣木造化」「リニアで名古屋の発展」などは、どっちでもいい、「河村もボツボツ隠居やなあ」ということになれば・・・。
 もう一つは、2016年に「あいちキャラバン」が取り組まれ、たった19日間で、県下全域といっても部分的でしかなかったが、この運動の「効果」のほどはともかく、政党の力を借りずに市民だけで「遂行」したところに意義があった、「市民力」を見せることができた、その経験がある。「気候変動、地球規模の温暖化」問題は、名古屋市に限らない。可能かどうかどうかは別にして、これから先の10か月は、「気候変動、地球規模の温暖化」問題キャンペーンを県下で展開し、海水面の上昇だけでなく、亜熱帯化で生ずる農林水産業の問題、疫病等々の問題を投げかけ、マスコミを引き付け、それらを引っ提げて「名古屋市長選」に挑む、そんな構想は考えられないか。

 

 

 

 

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2019年12月 1日 (日)

名古屋市長選が話題に上る

 河村市長交代は望むところだが
 突然、と感じたのは私だけか?「名古屋市政を考える会(仮)準備会のお知らせ」のメールに接して、関心を持ったのはごく少数か。「〇〇さん(△△代表)が、2021年の名古屋市長選への挑戦を表明されました」と聞いて、“何を考えてのことなのか、名古屋市長選挙を軽く考えていないか?”と疑問を挟んだのは私だけか?
 これが、私が会合に参加した理由であった。「〇〇さん(△△代表)」と表示したのは、関係者から公表を止められたからではない。既にメールで流れているとは言え、或いは〇〇さんが政党関係者と接触を始めているとはいえ、私自身が賛同したとの誤解を招かないためと、事態が変化して「名古屋市長選への挑戦を表明」が撤回されることもあり得るとの前提で配慮したものである。
 参加者は10人足らずで、〇〇さんの側近と他に3~4人といったところか。およそ「準備会」というには程遠い、というのは、私の個人的な意見である。物事は「一人から始まる」が常であるからだ。だが敢えて「程遠い」と表現したのは、少なくとも今日の段階では、〇〇さんの市長選挙に挑む動機、目的は理解したが、「選挙」に関して、所属する△△からどれ程の人(?)と感じたからであったし、動機も目的も、最小限の「メモ」すらも示されなかったからだ。
 これでは「名古屋市政を考える会(仮)準備会」は正当だが、「名古屋市長選への挑戦を表明されました」はふさわしいとは言えなかった。
 さて私は、意見を求められ「選挙のあれこれ」を種々述べたが、参加した動機のもう一つ「仮に、河村現市長が立候補するとして、河村に対抗する有力な候補者が出てきた場合、立候補辞退もあり得ることを求めたい」ということを強調した。この点は、本人も周辺も了解してのことだというので納得した。
 もう一つは、「私は立憲民主党のパートナーなので、党の方針に従うことになるが、県連段階でも未だ話題にすら上がっていないと思うし、そもそも名古屋市議会議員に“やる気”があるのか、これは従前からの認識・・・」といったようなことを述べた。
 なお、〇〇さんの市長選挙に挑む動機、目的を一言で言えば「気候変動、地球規模の温暖化は現実的な問題になってきている。名古屋市のゼロメートルから1~2メートル地域は、水没の可能性も考えられ、自治体としての対応は急務である。それを市政の課題として取り組む」といったようなことだった。
 これについても私は、河村がどんな政策をもって登場するのかにもよるが、「選挙の争点となり得るか」、河村に対抗する「有力候補の政策に織り込ませることは可能かもしれない」などと述べた。
 河村市長には代わってもらう、この点では参加者全員が一致したところであった。

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