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2019年11月25日 (月)

苦闘する香港のことを思う

   巨大権力の前の民主主義
 香港の区議会議員選挙が行われ、苦闘する香港に新たな展開が出てきそうだが、民主派にとって明るい未来が拓けるかどうか、なお一層の困難が続くのではないかと気がかりだ。
 私は、この件を語ることにずっとためらいがあったし、今もためらいながら、しかし「沈黙」していることで自分の中に不快感が募るのも事実である。
 ためらいには二つの理由があった。一つは、やはり実態を知らず「情報」だけで判断することの警戒心である。これまで関心をもって香港のことを知ってきたわけではないし、現地を訪問したこともない。日本のマスコミ以外ではAPWSLのIさんからの情報が唯一だった。
 もう一つは、1970年代に描いていた「中国像」と現在の中国の政治・体制のギャップが大きく、それが整理しきれていないことがある。
 1970年前後の反安保闘争では、どちらかといえば「親中反米」であった。そのころの活動の仲間の中には、ソ連派はいなかったが親中派はいて、「覇権主義」をとらない良好な「社会主義像」を中国と重ねていたと思う。私は「親中反米」であっても中国に心酔することはなかった。「反米」ではあっても、全否定ではなかったので、中国へ行ったことはないが渡米は2回ある。
 暴力的な衝突について
 さてこの間の香港における激しい街頭闘争が、「過激な学生たち」と「すさまじい暴力の警察部隊」の衝突という面と、一方で香港政府の姿勢と背景にある中国の対処などが中心的に伝えられてきた。そこでテレビなどで暴力的衝突のシーンを見て、首をかしげる人も多かろうが、この点について前出のAPWSL・日本(アジア太平洋労働者連帯会議・日本-組織的活動は現在休止している)のIさんはこんな風に伝えている。 
 「・・・じつは政府の暴力こそがさらなる暴力を生み出してきたのです。香港の容疑者送還条例反対の運動が暴力的にヒートアップしたのは、6月12日の警察の暴力や7月21日のヤクザによる市民への無差別攻撃に対する警察の不作為、そしてそのような警察の犯罪に対する独立監査委員会設置を含む五つの要求に対して遅々として答えなかった香港政府の姿勢にあるのです。9割近くの市民が警察の暴力を監査する独立した調査委員会の設置を支持しているにもかかわらず、林鄭月娥(りんていげつが)キャリー・ラム行政長官は全く聞き入れようとしていません。それによって警察全体の士気をも損ねる事態になっています。」と。

 民主派圧勝の区議会選挙
 次に香港の区議会議員選挙について考えてみたい。
 毎日新聞は次のようの報じた「24日に投票された香港区議選(地方議会選、任期4年)は即日開票され、香港メディアによると、計452議席のうち、民主派は獲得議席が8割を超え圧勝する見通しだ。民主派が区議選で過半数を獲得するのは1997年の香港返還以来、初めて。これまで約7割の議席を占めていた親中派は惨敗。6月に香港政府への抗議デモが大規模化してからは初の全土的な選挙で、政府と後ろ盾の中国指導部に反発する民意が明確に示された結果となった。」
 この選挙結果は、多くの犠牲を払い続けている香港の人の気持ちがなんとなく伝わってくるようで、束の間であれホッとした気持ちにさせられる。投票率も71,2%という情報もあり、これはきっと若い人たちがたくさん投票に行ったに違いない。伝えられるところによると「一部の若者による抗議活動が過激化していたため、投票所が混乱し、区議選が延期されることも懸念されていた。だがデモ隊の間で『選挙を妨害すべきでない』との意見が広がり、目立った混乱はなかった。」(毎日)ということで、この選挙結果が行政府に無視され逆に中国の影響が強まろうと学生・若者たちの真剣さが伝わってくる。香港の民意が確かなことが分かる。
 さらに言えば、覆面禁止法が香港の高裁で違憲判断されたこともあるが、1997年7月1日に、香港の主権がイギリスから中国へ返還され、2014年12月、香港の「高度の自治」を明記した1984年の「中英共同宣言」について、1997年の返還から50年間適用されるとされていたことなど(中国は破棄した)、この間の議会制民主主義を知っている若者たちは、中国に飲み込まれたらたまらないと考えてきたといえよう。
 巨大権力の前の民主主義
 広い領土と強大な軍事力(核戦力)を持つ、アメリカ、ロシア、中国、インドでの統治は、多様性を重んじ、非暴力を唱え、環境問題に強い関心を持つ「民主主義の勢力」を力でねじ伏せようとする傾向を感じる。「国家統制型の強権力」でないと統治が成り立たないのであろうか。
 この時代、香港のこと、台湾のこと(他にパレスチナ、ウクライナ、ウィグル、カシミールなど)を考えると世界で「民主主義」がためされている気がする。あるいは「民主主義」は常に巨大な権力の横暴に犠牲を払わされ続けねばならないのかとも。
 「小国」日本にも、何を勘違いしてかアメリカ型強権政治によりかかろうとする政治家が跋扈している。「多弱」といわれる野党も、香港で起きていることを対岸の火事と見ないでしっかりと見て学んで、政権を構想してもらいたい。 
 今言えることは、中国が何をしようが、香港の民主化の勢いはとまらないであろう、ということだ。

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