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2019年11月 2日 (土)

「表現の不自由展・その後」の総括集会

 活動の継続が確認されたが・・・。
   正式には、みんなで語ろう「表現の不自由展・その後」の中止と再開を!総括集会、であり50人ほどが集まった。ほとんどが「表現の不自由展・その後」の中止に抗議し、再開を求める運動にかかわった人たちで、それ自体に直接かかわらなかった私は、ちょっと居づらい気持ちになった。しかしこの場でどのように「総括」されるかに注目して参加したわけだから、とにかく「語る」ことよりも、「聞く」ことに注力した。
   主催者挨拶でメモしたのは2点。一つは、このような企画展で一旦中止が決まったものが再開された例はなかったという指摘。もう一つは、これからの問題として河村たかし名古屋市長への批判を強める、文化庁の交付金中止問題だとしたが、主催者というより個人的な問題意識かなと思った。
   次に共同代表の一人磯貝治良さん(在日コリアン文学作家)の基調的な報告も個人的な問題意識が織り込まれていたが、こんな話だったと思う。
   「表現の不自由展・その後」の中止の背景(事件)それは、自らの問題だ。「表現の自由」「民族主義」などは、現在直面している社会状況にヒットした事件といえる。「平和の少女像」等の造形表現は、文章表現する作家として文学も同じ立ち位置にあると受け止めた。
   次に今回の事件で大江健三郎の、1960年10月に日比谷公会堂で演説していた浅沼稲次郎社会党委員長が右翼少年によって刺殺されたが、小説「政治少年死す」は、その17歳の山口二矢(おとや)少年をモデルにした小説だった。それに対して右翼団体などから激しい抗議を受け、『文學界』編集部は3月号で異例の大きさでお詫び。そして「政治少年死す」の単行本化は封印された、それを想起させた。
   浅沼事件では、「一人一殺」といった右翼思想のテロリストの犯行であったが、昨今の草の根での右翼的なものは、マネゴトみたいなもので、その軽挙な言動は厄介な存在といえる。今回は「在特会」が中心だったようだが。
   昭和天皇をモチーフにした作品も攻撃の対象に発展していったが、「朝鮮ヘイト」へも発展していくだろう。
           ◇
   後半は、7つのグループに分かれて「ワークショップ」形式で、主として3つのテーマで意見を出し合った。
   1)「表現の不自由展・その後」が中止になって、何を思いましたか、何が問題でしたか。
   2)その問題は今、解決されましたか。
   3)今後、中止→再開を受けて何をすべきでしょうか。
   4)その他。
 最初に書いたように私は、中止→再開に向けた活動に参加してこなかった。さらに“後付け”のような意見も憚られたので、意見も短めであった。グループ7人の意見、発表された50人近い人の意見などをまとめることはできないので、私の意見の主旨を記すと、1)中止に至る手続きが(密室で)不明であった。しかも権力的な対応を感じた。直感的には「アベ政治の流れ」の中の事件だと感じた。2)むしろこれからが問題であろう。(なぜこんな事態になったかのさらなる検証、この事件が同じように連鎖していく危惧において)3)日本の政治全体がアブナイ!「表現の不自由展・その後」は、その一つであり、アブナイきっかけとなった。問題の核心部分を広くとらえ、個別の問題については鋭く追及していくことが求められる。4)全体として「野党」の追求が鈍かったように思う。なんでだろう。そして河村市長の言動は許しがたい、止めてもらいたいと思うが、そのことを今採り上げるつもりはない。問題を希薄にして拡散してしまうからだ。2021年は選挙では考えたい。
 なおグループごとのまとめの発表はあったが、全体としての総括内容はまとめられなかった(できないだろう)。後日発表されるかどうかも不明。それぞれでまとめるということであろう。また「県民の会」を存続させ、共同代表2人、事務局10人程度でこの運動を継続していくことが確認された。

 

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