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2019年9月13日 (金)

バックアップ未達の不安

   結局無用な労力でしかないが
 曲がりなりに“もの書き”の、端くれにいてもなにがしかを書き終えると、その記録を保存したい衝動に駆り立てられる。さらに、その後の執筆の参考とか、重複を避けるために確認用に保存したくもなる。さらに、将来的に冊子か本にまとめることもあるかもしれないという希望も捨てきれず、保存を続ける。しかし、その保存はあくまでパソコンの中だけであって、パソコンが故障してデータが消去されれば、或いは致命的な手違い、操作ミスで削除してしまえば、素人の手では回復のしようがない。そこでデータのバックアップが欠かせないのであるが、通常は怠ってそれをすることはない。あるいは、消去・消失するという事態を想定しないので放置したままである。
 もう一つは、稚拙な「技術音痴」という要因がある。私はかねてより、“今のうちに、何とかバックアップしておかねば”と思い続けていて、悩みの種であった。一度はCDに移行させる試みをしたが、ウィンドウズXPまではできたのに、ウィンドウズ10では成功しなかった(と思い込んでいた)。
 昨日から今日にかけて、ガイドブックを紐解いて再挑戦してみた。1日目はガイドブックを開いて読み始めてすぐ閉じてしまった。いわゆる「取説」を読み取ることが苦痛なのだった。2日目に“これではいかん”と再々挑戦して、一つ一つ手順に従って進めていった結果、何とか、CDに落とすことができた。再生してみて、保存されていることが確認できた。そこで以前に行ったCDを再生してみたら、やはりデータは移行されていた。あれは失敗ではなかったのだった。原因は、移行作業が終わったはずなのに、パソコン画面に「・・・準備ができています」のサインが出ていて、未だ移行されていないと思い込んでいたためであった。
 過去にもそうしたバックアップしたものが大量に残っていて、書棚の一角を占めている。それ以前のFD然り、カセットテープ然りである。いまさら何のため?と自問自答して苦笑せざるを得ない。
 新聞も同じ経過をたどっている。けれども最近は、1週間分は残すけれども、それ以外は、資源ゴミとしてどんどん排出している。1週間たっても必要と思われない、なくても困らないことに思い至ったからだ。
 けれども、だとしても、「バックアップ未達の不安」は消え去ることはない。結局、再利用されることは稀で、無用な労力でしかないことは分かり切っていることではあるのだが。

 

 

 

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