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2019年9月30日 (月)

立憲民主党第2回党大会

 直前に「大会に寄せて」を書く
 立憲民主党の第2回定期大会が今日の午後東京で開かれた。午前中は「地方議員大会」があったらしいが、内容は不明。午後1時30分からYou Tubeで中継されるとのことだったので視聴した。343人が視聴したと表示されたが、意外と少ないと感じた。もっとも仕事を持っていれば難しいだろうが。
 大会の在り方に疑問を持っていた私は、だからといって傍観しているのもなんだと思って、昨夜から今日の午前中にかけて「C&Lリンクス愛知電子版・第64号」の編集を急きょ手掛けた。その内容は1)立憲民主党第2回党大会に寄せて、2)参考資料 立憲民主党のこれから 熱い支持者と共に汗かけ、3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<9月25日~9月29日> 4)お知らせ:こんちゃんの国政報告会開催 !/第14 回 立憲カフェのお知らせ、5)映画鑑賞記「プライベート・ウォー」であった。
 メインの「大会に寄せて」は、そもそも議案書も何もない中で書きようがないのだが、過去の情報を拾い集めて、「全国幹事会の内容が大会議案の柱か」「立憲パートナーズ制度について」「国民民主党など野党の合流について」「税制・消費税問題」「衆院選に向けて」の項目を立てて意見を書いた。そして、12時少し前に党の事務局に送信した。既に意見を反映させられる機会はなかったが、「立憲サポーター健在」が届けばそれでよし。
 大会の様子をYou Tubeの中継で見たが、枝野代表の発言、福山幹事長の活動方針を聴いていて、私の文脈と大きな違いはなかったように思った。宮城県連第2区総支部長の女性代議員の「締めの挨拶」がなかなか良かったが、メモが取り切れなかった。これから出されるであろう大会の報告を待って、近いうちにまとめてみようと思う。
 なお、昨日が投開票であった小牧市議選で、立憲民主党から立候補した新人の諸岡英実さんは25人中7位(1913票)で当選、現職の谷田貝将典さんは9位(1850票)で当選した。

 

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2019年9月29日 (日)

消費税増税2日前

 「主夫感覚」で、買い求めたもの
 10月1日からの消費税が8%から10%に増税されるのを前に、いわゆる「買いだめ」をする人は少なくないだろうと思っていた。しかし中日新聞の調査では買いだめは50%弱だから、思ったより多くない。買いだめしない人の理由のトップが特に買うものがないというものらしい。例えば「家電」などは、買い替え時期とマッチすれば考えたであろうが、10年、15年の耐久消費財は買わないであろうし、生活用品も「軽減税率」の対象範囲が分からないというのも隠れた理由ではないかと思う。
 私の場合、この9月に入ってからは、コーティングが剥がれるなどしていたから眼科の検診、検査を受けて10年になる眼鏡を更新した。これもそのうちにと思っていた故障中だったラジカセを買い換えた(これでパソコンを撃ちながら音楽が聴ける)。さらに消費が激しいプリンターの(高い)インクを2セット買い求めた。
 家事の買い物としては、「軽減税率」の対象かどうかわからないことが多いので、「5%割り引きデー」に限定して、「主夫感覚」で洗剤、石鹸、歯ブラシ、ゴミ袋、乾電池、トイレットペーパーなどを買い込んだ。
 迷ったものは、しょうゆ、食用油、バター、昆布など乾物、缶詰、米、乾麺、カレールーなど。いずれも在庫があり、不急なものなので購入を見送った。衣類、履物、書籍類、常備薬などもゼロ・・・。
 今日29日は、某スーパーが日曜日で5%割引デーなので、私も昼過ぎに出掛けた。思ったほど混雑してはいなかったが、一人一人の買い物の点数は日ごろの倍以上のように見受けられた。つまり、生鮮食品などより、10キロ米、ティッシュペーパーなどかさ張るものが多い。つまり買いだめである。
 単純に考えれば1000円の買い物で消費税が現行の80円から100円になる。20円の出費増。1万円の買い物で200円増。家、自動車、家具など高額品を除いて日常品の範囲でこれだけなら、慌てて買い込むこともなかろうと思ったりもするが、これを年間に直すと食費だけでもざっと1万5千ほど増加する、ということもあるが、私の実感では既に8月頃から季節商品を除いてちらほら値上げが目に付いていた。これは便乗値上げということもあるかもしれないが、生産者から小売りまでの流通過程で2%増が積み重なっていくことによって、最終的に2%の消費税を上乗せしても、それ以上の出費が見込まれる、それを補うための事前値上げではないか、私はそのように推定したのだった。
 消費者(生活者)と政治家(議員)との感覚のずれが悪政を招く、或いは思いが至らないのではないかと思うと、「主夫感覚」は捨てたものではないと・・・。

 

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2019年9月27日 (金)

映画「プライベート・ウォー」を観る

 日本のジャーナリズムの現状が跳ね返ってくる
   9月2本目の鑑賞映画「プライベート・ウォー」を観た。実在した女性戦場ジャーナリストのメリー・コルヴィンの実話を基にして作られた作品という触れ込みに誘われて。メリー・コルヴィンは怖いもの知らずの勇敢なジャーナリストで、様々な危険な戦場へと足を運んでいて、シリアで紛争に巻き込まれ命を落とすまで、自分の私生活や安全を犠牲にしてまでも、正義のために最前線で報道し続けた彼女の人生が描かれた。
   彼女の足跡をざっと拾うと、2001年、ジャーナリストの入国禁止を無視してスリランカのバンニ地域へ。2003年イラクへ。サダム・フセインのクェート人虐殺現場を突き止めたスクープをつかむ。2009年にはアフガニスタンへ。2011年にはリビアへ潜入しカダフィ大佐と単独インタビュー。2012年、シリア。過酷な状況で包囲されている28,000人の市民の現状を伝えるため、報道カメラマンのポール・コンロイ(ジェイミー・ドーナン)とともにホムス入りしていたメリー。砲弾の音が鳴り響く中、チャンネル4・BBC・CNNの英国公共放送全局が同時ライブ中継を行うという、彼女の記者人生において、もっとも危険で過酷なレポートの最中に…。
   感想の一つは、タイトルの「プライベート・ウォー」の「プライベート」の意味が気になっていた。国家レベルの戦争に立ち入って何をもって「プライベート」なのか。ジャーナリストの行動は「プライベート」なのか。
   もう一つ、度重なる戦闘で荒廃したホムスの市街地上空からの映像が流れる、その破壊のすさまじさに息をのむ。かつて青々とした街路樹があって、人が行き交い、車が走り抜け、ビルの窓にはカーテンが揺れてそこに人々の生活があった、文化があった。子どもたちの姿があった・・・。日本のテレビ、新聞報道は、ほんの一部を切り取ったものでしかない。戦争前と戦闘中の現在と対比する映像があったなら、そのインパクトは強烈なものになろう。現実はもっと過酷なものであろうが。
   日本のジャーナリズムの現状を嘆いてから久しい。それを外国映画から教えられる今の日本、この業界の人たちよ、自ら堂々と「ジャーナリスト」といえるか?

 

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2019年9月26日 (木)

伊勢湾台風から60年

 災害は忘れないうちにやってくる
 1959年9月26日の台風15号「伊勢湾台風」から60年、被災地のその時の親世代の多くは亡くなっているだろうが、小学生の高学年以上なら忘れることはないだろう。
 You Tubeの「名古屋市公式 伊勢湾台風の記録 昭和35年」を観た。
 わが家は被災地の近くではあったが被害は免れた。少ない経験だけれど「災害」への警戒心は植え付けられたと思っている。今は洪水や崖崩れ、津波、高潮の心配はないが、地震、落雷、昨今の突風や竜巻には対処できない懸念はある。空、宇宙からの落下物には、宝くじにあたるほどの確立でしかないのでこれは想定外である。
 それらを考えると「災害は忘れたころにやってくる」は、一昔前までの教訓であり、気候変動・異常気象などから現実的に考えるならやはり「災害は忘れないうちにやってくる」が、正答なのようである。
 これらは「自然災害」であるが、災害は「人為的」なものも少なくない。主要道路から離れているから車が突っ込んでくることはないだろうが、飛行経路にないとはいえ、航空機からの落下物はないとは言えない。
 最も警戒すべきは自家、隣家からの出火であろうか。「主夫」の私は警戒されていて「ガスの元栓は閉めたか」とガスコンロの壁に貼られた。
 何はともあれ、まずは我が家の“戸締り”をなし、その意気で行政への監視も緩めてはいけないだろう。

 

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2019年9月25日 (水)

C&Lリンクス愛知電子版・第63号

   冒頭記事は小牧市議選
 今月29日投開票の小牧市議会議員選挙に、立憲民主党から男女の現と新の二人が立候補したので、実質的な応援が出来そうもなく、この小誌で紹介することとして昨日から編集を始め、今日の午後に送信を済ませた。
 内容は、1)小牧市議選始まる!立憲民主党から 谷田貝将典(現40) 諸岡えみ(新25) 2)稲沢市議選の結果を見て 3)関ナマ支援、講演&討論会 熊沢 誠さん(甲南大学名誉教授)の講演 4)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<9月20日~9月25日> 5)「ツネじい通信」 NO52 2019/9/24 南無阿弥陀仏「岐阜の豚」の6割・7万頭 6)特集ワイド 改憲すれば戦時体制完成 今は「昭和3年」と酷似 内田博文・九州大名誉教授。7)随想24 “老いの意識、終焉の意識”―「老いの追い込み」かもしれないと苦笑―
 ・・・定員は25で34人が立候補した。2015年の前回選挙では民主党として3人が当選している。その現職3人のうち二人は国民民主党所属であるが今回は「無所属」として届け出た。もう一人の谷田貝将典さん(40・4期目)は立憲民主党の公認で立候補、そこへ女性の新人諸岡英実さん(25)が、公認候補として加わった。
   小牧市の人口は約153,000人、有権者は約120,000人と推定される。前回選挙の当選ラインが1300票あまり(投票率は50,42%)で、ハードルは決して低くない。
   聞くところによれば、立憲民主党の新人候補諸岡えみさんの母親が前回選挙で立候補(無所属)して629票で落選している。今回は母親に代わっていわばリベンジであるが、立憲民主党の公認ということで、もう一人の公認候補谷田貝将典さんの得票2447とどこまで調整できるのか、或いはしないのか。さらに、国民民主党(今回は無所属)の二人が合計5478票(1位と18位)を獲得しており、そこから立憲へ2割程度の移動があれば、そしてうまく案分されれば、立憲、国民両党の4人がそろって当選も可能である。注意すべきは、国民民主党の二人の得票の高さが、三菱重工やその関連の労組票(連合票)によるところが大きいかどうかである。そうであればその組織票が立憲への移動は少ないとみていい。谷田貝は実績があり、新人の諸岡選対としては、女性票、若者票の取り込みが課題であろう。
   小牧の事情に疎い私だが、私としては立憲民主党の地方議員が一人でも多く増えてほしい、そして女性議員の誕生に期待するところが大きいのである。

 

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2019年9月23日 (月)

稲沢市議選の結果を見て

 立憲民主党の公認候補は?
 昨日は小牧市議会議員選挙について書いてみたが、今朝の新聞で稲沢市議会議員選挙の投票日が昨日であったことに気づいた、というよりすっかり頭から抜けていた。以前に選挙があることは新聞で見ていたから。
 私にとって稲沢市のイメージは色の濃いものとは言えない。尾張の一宮市の近くの市、国鉄(現JR)の大きな機関区があった所、三菱電機のエレベータ試験用の高い建物があることくらいであった。
 その稲沢市は、小牧と同規模の市といっていいが、市議会の議員定数は26で今回は34人が立候補した。その選挙結果を見て私が感じたことは、1)立憲民主党の公認候補者が見当たらなかった。2)国民民主党公認の一人が当選した。3)共産党の候補者は3人だったが、現職を含む二人が落選、議席を減らした、というもので、やはり、立憲民主党の公認候補者がいないということは淋しい。
 それで共産党の場合を見てみると3議席確保が悲願のようでこれまで何度も挑戦しているが難しいようだ。しかもこれまでの2議席から今回は1議席減らす結果となった。その減らした票はどこへ行ったのであろうか。現地の事情が分からないので全くの想像でしかないが、国民民主党の現職は大きな変化のない得票で当選した。もう一人当選者の中に無所属であるが新人で「三菱電機社員」の肩書を持つ候補者がいる。ひょっとしてこの人物が立憲民主党の隠れ候補ではないかと。(希望的観測)しかもこの候補者は2309票の得票で5位に喰い込んでいるのである。
 小牧では国民民主党候補二人がなぜか「無所属」に、立憲民主党の二人は公認で立候補している。想像するにこれは「連合愛知」の関係でローカルパーティ「新政あいち」からの立候補であり「新政あいち」、は政党要件を満たしていないので結果として「無所属」となる(両方に所属もある)。どうも立憲も国民も「連合愛知」の顔を伺いながら決めているようで私にとっては不快感が募る。まあ「下司勘ぐり」であってほしいとは思っているが。
 いずれにしても、地方議会で野党が半数近くまで議席を伸ばさないと政権交代への道は拓けないと思うし「投票率」を上げていくことにつながらない。
   地方選挙の日程はほぼ確定しているので、早くから準備ができる。立憲民主党として選挙対策を進めてはいると思うが、新人の場合は、1~2年の準備期間を持ちたい。それであっても対応できないということは、やはり候補者のなり手がいないということであろう。その背景には、政治離れもあろうが、労働運動、市民運動の活性化と政党との協同の不足があるのではないだろうか。今一度考えてみたいものだ。

 

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2019年9月22日 (日)

小牧市議会議員選挙

 立憲から男女2名が立候補
 愛知県小牧市議会議員選挙がきょう告示された。29日が投開票日となる。
 定員は25で34人の立候補と聞いているが、前回選挙では民主党として3人が当選している。その現職3人のうち二人は国民民主党所属であるが「無所属」として届け出て、もう一人の谷田貝将典さんは立憲民主党の公認で立候補、そこへ女性の新人諸岡英実さん(25)が、公認として立憲民主党の旗を掲げて立候補した。
 小牧市は、歴史を紐解くと天下布武を掲げて戦国の世に躍り出た織田信長が、1560年に桶狭間で今川義元を打ち破り、美濃攻略の拠点として「小牧山城」を築城した。信長にとって初めての築城であり、近年その発掘調査が進められ、その築城が再評価されつつある。
 一方、県営名古屋空港があり、同じ地域内に航空自衛隊小牧基地があり、ジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)、さらには小惑星探査機はやぶさ2を搭載し宇宙への挑戦を続けているH2Aロケットを製造する三菱重工業名古屋誘導推進システム製作所がある。
 さて小牧市の人口は約153,000人、有権者は約120,000人と推定される。前回選挙の当選ラインが1300票前後(投票率は50,42%)。
   実は立憲民主党の新人候補諸岡英実さんの母親が前回選挙で立候補(無所属)して629票で落選している。今回は、母親に代わってのリベンジであるが、立憲民主党の公認ということで、もう一人の公認候補谷田貝将典さんの得票2447とどこまで調整できるのか、或いはしないのか。さらに、国民民主党(今回は無所属)の二人が合計5478票(1位と18位)を獲得しており、そこから立憲へ2割程度の移動があれば、そしてうまく案分されれば、立憲、国民両党の4人がそろって当選も可能である。注意すべきは、国民民主党の二人の得票の高さが、三菱重工やその関連の労組票(連合票)によるところが大きいかどうかである。そうであればその組織票は立憲への移動は少ないとみていい。
 事情の分からない者がこれ以上突っ込むことは控えたいが、私としては、立憲民主党の地方議員が一人でも多く増えてほしいということと、毎年、ピースサイクル運動で、小牧基地に申し入れに行くなど、幾らか縁があってついつい書いてしまった。

 

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2019年9月21日 (土)

関ナマ支援、講演&討論会

 熊沢 誠(甲南大学名誉教授)さんの講演
 この東海地域ではほとんど報道されていない労働事件である「関ナマ弾圧事件」は、その背景から、労働運動そのものへの攻撃ばかりでなく、「共謀罪」の前例づくりとの見方が広がっている看過できない事件である。
 2018年7月から始まった、「関ナマ」(正式名称は、全日本建設運輸連帯労働組合・連帯ユニオン関西地区生コン支部)への大規模な権力弾圧は、労働組合の団体行動権について刑事免責を明記した憲法28条と労働組合法1条2項に対する挑戦であることが次第にわかってきたが、私を含めまだまだ全体像を理解している人は多くない。
 そこで支援団体の一つ「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」が、熊沢 誠(甲南大学名誉教授)さんを招いて改めて学習する意味合いの講演会と、さらに掘り下げていく討論会を開催した。120人ほどが参加した。
 私の書棚には、熊沢 誠著「労働のなかの復権-企業社会と労働組合」(三一書房1972年版)があり、その当時、私は職場の仲間の解雇撤回闘争に加わっていたので、この本を丁寧に読んだ記憶がある。(といっても、もう多くは忘れてしまったが)
 そのころはいわば「企業内組合」の中での運動であって、会社にとりこまれた労働組合、会社組織の歯車のように組み込まれ、分断された労働者の問題として、それへの「抵抗闘争」であったと思う。全国の職場で「労働組合の資本からの自立、民主化運動」「賃上げ、賃金格差是正」そして「反QC活動」とか「生産性向上運動反対」などが闘われ、それが発展していったのが「少数派労働組合・少数派労働運動」であり、さらに東京、大阪では「地域労働運動」へと面的な広がりを持って行ったと思う。とりわけ関西では、「全金田中機械労組」「全港湾」などを中心に「港合同」としてその活動が全国運動を牽引していた。(記憶違いもあるかもしれないが)
 つまりそういった労働と資本が対峙した歴史的な労働運動地域での「関ナマ事件」であることは、注目していいのではないか。「三井三池闘争」が「総資本と総労働」の激突といわれたが、関ナマ事件は少なくとも「関西経営団体」と先駆的な運動を展開する関ナマ・関西労働運動の激突に国家権力が資本を後押しする形となっているのではないかと私は見ている。
 熊沢さんの話の主題は「存亡の危機に立つ労働運動と憲法28条」となっていた。ここでは詳細は省くが、アベ政治のもと、なぜ、関ナマがターゲットにされるのか、を解き明かした内容であった。
 私は、メモ用紙に「労働運動」を左に置き、右に「市民運動」を置いて、それを上辺とする逆三角形の先端に「政治活動」と置いた。そうした▼の関係に連携、一体性、共同性がないという構造を描いていたのだった。(中断)

 

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2019年9月20日 (金)

安保法廃止「9・19集会・デモ」

   C&Lリンクス愛知電子版・第62号
 昨日の集会の様子を早めに伝えようと思っていたが、原稿の材料が写真だけなので躊躇していた。そこへ岐阜からいつもの「ツネじい通信」の NO51 が届き、東京での国会前集会の様子が立憲民主党のH・Pに掲載されていたので、この3本でいくと決め、C&Lリンクス愛知電子版の第62号に着手。夕刻の家事にかかる前までに発信し終えた。
 第62号の内容は以下の通り。
1)安保法成立から4年目の9・19 集会とデモ。2)安保関連法制の参院強行採決から4年目の国会前行動
佐々木副代表が連帯のスピーチ。3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<09月15日~9月20日> 4)「ツネじい通信」 NO51 2019/9/19 けっこう毛だらけ、ネコ灰だらけ。アベの政治はウソだらけ。5)あとがき。
 あとがきでは、●“忘れない、忘れてはいけない”と、日録を書くたびに呪文のようにつぶやく。「オキナワ、フクシマ・・・ヒロシマ、ナガサキ・・・」昨今では「3・11、9・19」が加わる(私生活にはまた別の)●9・19集会の壇上からのアピールが身に染みた。惜しいことにペンを忘れてメモ出来なかった。その中で愛敬さんは奥平康弘さん(九条の会)の言葉「私たちの運動は連戦連敗」を紹介されたがそれが印象に残った。それで検索した中で2013年11月の九条の会第5回全国交流討論集会での奥平さんの講演記録があったので見てみた。主旨は「特定秘密保護法の危険性-国家論」だった●奥平さんの言う「連戦連敗」の意味は省略するが、私が在職中の組合活動で「御用組合反対」を掲げ、組合執行部と役員選挙、大会の議案、代議員選挙などで闘い続けまさに「連戦連敗」であった。けれどそれで“めげる”ことは少なかった。職場の声を代弁している、少数派であれ反対論の存在自体に意義があるみたいな確信があたからだと思う。しかし後年になって「多数派」になれないままそれが「職場の不満のガス抜きになっていないか」と思うようになり、1997年の早期退職につながった●9・19集会の壇上横に写真のように、午後に出された「東電刑事裁判 元幹部3人無罪判決」が掲げられた。あってはならない、あれだけの事故を起こしてだれも責任をとらない、取らせない、理不尽、不誠実がまかり通る、これが現在であると自覚したい●9月21日には「関ナマ支援の講演&討論集会」がある。
 この電子版の発行は、文字通り「随時」で、私自身が参加、関与したものを中心に「速報的」なもので構成している。「ツネじい通信」のように、論点をもって系統的な自前の論考を記事化することは少ない。端的に言えばそれは「能力」の問題である。そして、不特定な人の目に触れることを避け、あくまで「個人-あなたへ」送るスタイルをとり続けている。だから宛先は本来「個人名」にしたいのだが、さすがにそこまで時間が割けない。やむなく「みなさまへ」としているが、気持ちとしては「○○さま」である。

 

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2019年9月19日 (木)

安保法から4年の集会とデモ

   狼煙(のろし)を上げ続けよう!
   この日の午後私は、第2名古屋日赤病院(昭和区・八事)にいた。
   とはいっても、診察に来たのでもなく、どなたかの病気見舞いに来たわけでもない。病院のロビーで絵画の展示、知人のHさんの個展があったので覗いたのだった。
   観終えて、夕刻の集会までに時間があったので、地下鉄の一駅を歩いた。「八事駅」の近くには中京大学があるが、その前を通りながら、“もし自分が大学に行っていたら、どんな学生生活を送っていただろうか”と思ってみたものの、すぐに打ち消した。私に学問は似合わない、勉強が好きなタイプではないとこの歳になって結論を出しているからだ。ただ「ゼミ」には興味を持ったかもしれない、内容はともかく。
   軽く夕食をとって午後6時、名古屋・栄、久屋大通公園の久屋広場で開かれた「戦争法は廃止!日韓の『憎しみより友好を!』安倍政権の改憲NO!」の「9・19集会・デモ」に参加した。
   前日、共同代表の中谷雄二弁護士から「・・・明日は、2015年9月19日に強行成立させられた戦争法(安保法制)の成立から4周年です。愛知でも安保法制違憲訴訟が闘われていますが、是非、集会に集まり、戦争法廃止の声をデモで訴えましょう!・・・」というメールが流れたようだが、この日参集したのは主催者発表で400人余り、ひところに較べ半減以下だった。それは気にはなったが、少数であれ、継続的に安保法そしてアベ政治を「認めない、許さない、見過ごさない!」の狼煙を上げ続けることが大事なのだと思う。時来たらば人々は動き出す。そこにこそ受け継がれた狼煙の価値があるといえるのではないか。狼煙を消してはならない。
   集会は、共同行動共同代表の長峯信彦さん(愛知大学教授)の主催者挨拶、スピーチは、安倍改憲の現段階などを愛敬浩二さん( 名古屋大学院教授 )、日韓問題に関して高橋 信さん(名古屋三菱朝鮮勤労女子挺身隊訴訟)が行い、締めの挨拶に共同行動共同代表の中谷雄二さんが行った。
   暑さは和らぎ、心地よいほどのデモで、久しぶりに声を張り上げることができた。
   「秋の闘い」の初日、この日1万3千歩をカウントした。

 

 

 

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2019年9月17日 (火)

修理・治療は予防と早め

 “変だな”の感得、感性が大事
 先月末から始まった歯の治療が今日で終わった。早めの治療で2本目の抜歯を免れ、これで「8020」の可能性は高まったが、「傘寿」まで命をつなぐことができるかどうか。
 壁のクロスに細くだが裂け目が生じてメーカー補償の修理があった。どんな手法で施すのか興味があったので観察した。裂け目を中心に左右3センチ幅で切り取り、それを入念に復元させ、下地を接着剤で補強し、元に貼り戻した。切り取ったものを新しいものに取り換えると周囲との色違いが出てしまうので、再利用したのだという。仕上がりは上々で、裂け目も、継ぎ目も見分け出来ない。職人技の一つなのであろう。
 日頃、洋傘の結び糸が切れたから補修した、配管の隙間から虫が出たので塞ぐ作業をしたなどの修理、手当、また衣類のボタン付け、ゴムの入れ替えなどは割とこまめにやる方だが、体の病気ばかりは医者に頼らざるを得ない。だが日ごろからこまめに手入れする習慣があると、病院通いもあまり躊躇しない。“まあいいや”ではなく“何とかしなくちゃ”が先に来るのである。
 さて、政治、社会の過ち、病根にいち早く気がついて、それを改善すべきは、各級の議員の務めであろうが、市民・住民の力でもあろう、と当たり障りのないことを言ってみても事は容易く動かない。
 昨今の電気のブラックアウト、風水害をみても、沖縄の米軍基地問題、原発の廃炉などと違って、その気になっていれば防げたか最小限に抑えることができたのではないか、という気がする。
 “お父さん、雨漏りするから屋根をふき替えたら?”と子供たち促されても“今は新車を買う方が先”などとほざいている、そんな風景を政治に見てしまう。
 台風15号でいまだ千葉県内では約6万6000戸が停電していて、全面復旧にはまだ10日以上かかるというが、“なんで?もっと早く、何とかならないの?”とは誰もが思ったのではないか。高圧線鉄塔が倒れる、電柱が何千本も倒れるなんて「想定外」ではあったろうが、その「想定」が怪しい。
 何気なく“変だな”と感じたとき、それを見過ごさない、そういう習慣づけというか感性、感得を持ち続けたいと思う。

 

 

 

 

 

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2019年9月16日 (月)

敬老の日に思うこと

 自覚と政策としての錬成を期待
 これまで9月の「敬老の日」を何の日?と深く考えて迎えたことはない。いや今でも深く考えているとは言えないが、意識し始めたことは確かだ。その動機は「後期高齢者」として健康保険の負担割合、後期高齢者保険の請求を受けたときそして運転免許証の書き換えからであった。もう少し遡れば「古希」を迎えたあたりかな。
 総務省が15日発表した人口推計によると「65歳以上の高齢者は同日時点で前年より32万人多い3588万人、総人口に占める割合は0・3ポイント増の28・4%と、いずれも過去最高を更新した。16日の敬老の日を前に集計した。2018年に仕事に就いていた65歳以上は最多の862万人。就業者全体の12・9%で、空前の人手不足を支える重要な戦力になっている。」とある。
 敬老の日の意味を検索してみたら「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う、つまりは、生活の知恵を持った高齢者を、人生の大先輩として敬い、長生きをお祝いしよう!」という意味だという。
 これを素直に受け止め、聞き流せばそれだけのことであり、「うん?ちょっと待って」と思い浮かんだのは「敬愛?誰から」「長生きすることで祝われるの?ほんとに?」「生活の知恵って、例えばどんなこと?」「社会につくしてきたといわれても、どうもピンとこない」
 次に「2018年に仕事に就いていた65歳以上は最多の862万人。就業者全体の12・9%」、では「70歳以上の就業者は336万人」とある。
 職業別ではどんな割合なのか、自営業や会社役員などを除けば、賃金労働者は半分以上を占めているのではないか。
 つまり、「働くことが好きだ、生きがいだ」という人もおられようが、多くが「生活の支え」として働かざるを得ないのではないか。あるいは「年金だけでは生活が困難」と切羽詰まっている人もおられよう。
 この程度の材料では何らかの結論は出せないが、感覚的に言えば、「預貯金がなくても不安のない生活の保障」「医療、介護が必要になっても、生活が維持できる社会保障」「年金制度の維持と現状の水準を引き上げることはあっても、下げてはならない」「高齢者の“労働力”と“引きこもり”を防ぐために賃労働に活用するだけではなく、ボランテアを含む社会的活動にも参加したくなる環境づくり」「健康寿命のための取り組みと地方自治体の施策」
 これらを政治的政策として練り上げるとしたらどんな形、表現となるだろうか。各党のマニフェストには必ず入っていると思うのだが。野党の立場からすれば、政権獲得時に即必要な政策であり、練りに練っておく必要がある。

 

 

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2019年9月15日 (日)

C&Lリンクス愛知電子版・第61号

   立憲民主党を前に
 立憲民主党の党大会が9月30日に、某所で開催されると党のホームページで知った。多分、大会に招集された人は、かなり前から知らされていたことだろうが、少なくとも「立憲パートナー」の私には、直接知らせはない。
 この党の組織実体を私がよく理解していないためなのか、果たして理解、了解するための材料が提供されてきたのかどうか。どちらにしても、現時点では私は私、でいくほかない。
 以下のものも素材の一つと受け止め「C&Lリンクス愛知電子版・第61号」を次の内容で編集し発行した。
   第61号 2019年9月15日発行。1)党大会は9月30日 枝野代表「新しいステージでさらにわれわれの責任、役割を果たしていくために頑張っていきたい」 2)参院会派「立憲・民友会・希望の会」の全議員で研修会を開催、枝野代表らが講演。 3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<09月11日~9月14日> 4)「ツネじい通信」 NO50 2019/9/14 先人、桐生悠々・石橋湛山の胆力に学ぶ。 5)私の映画鑑賞記 映画「記憶にございません!」 6)あとがき。
 このような状況になると「参院選の総括」への意欲が薄れていくのが分かる。「党活動」としての総括は中途で止まったままであるが、個人的なものはその都度ブログで書いているのでほぼ終えているといっていい。しかるに、党活動としての総括がなされたとしても、それを反映させる機会があるのかどうか。仮にそれが「徒労」に終わろうとも、それとは関係なしに続ける、が従来の姿勢であったが、今や仮の「徒労」に耐える体力が減退しているということかもしれない。そうであれば、それも受け入れるほかない。

 

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2019年9月14日 (土)

映画「記憶にございません」を観る

   三谷幸喜の作品を楽しむ
 第2次安倍晋三改造内閣が発足した直後のタイミングで封切られた映画「記憶にございません」を観た。映画評あれこれもさることながら、わずかでも三谷幸喜の作品を知っていて、それを楽しむことができれば、見た甲斐があったというものだろう。
 この数年映画館に通っていて、上映中に笑いが漏れたのを聞く経験は初めてであった。
   世論調査の支持率たったの2,3%で、国民に嫌われている(実は家族にも)首相・黒田啓介(中井貴一)は、ある日、一般市民の投げた石が頭に当たり、記憶喪失になってしまうが、気が付けば病院のベッド。そこからドタバタが始まる。それを知るのは、秘書官の井坂(ディーン・フジオカ)、番場(小池栄子)、野々宮(迫田孝也)のみ。黒田の妻・聡子(石田ゆり子)すら知らない。井坂は、これを伏せて黒田を首相の場に据え続ける決意をする。そこには「陰の総理」といわれる鶴丸官房長官(草刈正雄)への不信、反発があった。それでも全く記憶の無い黒田は、政策は進めなければならないし、閣僚、議員たちとも顔を合わせなければならない。一方で、フリーライターの古郡(佐藤浩一)からは怪しい写真をネタに金をゆすられ、野党第2党の女性党首山西(吉田羊)との関係も怪しい。利権にも関わるし、国会答弁も「記憶にございません」の一点ばり、ここまでが記憶を失ったダメ総理の前半だ。
   これはあくまでフィクションであるが、現政治のパロディ、風刺のようでもある。だが三谷監督はそれを否定している。「記憶にございません」を除けば・・・と。
   窮地に陥った黒田は辞職を口にするが、秘書官の一言「・・・すれば、人はやり直しができる。記憶をなくした今がそのチャンス・・・」が利いて黒田ははたと思い至る・・・。政治を一から学び直して、変わることを。
   ネタ明かしはここまで。政治のほんの一コマ、二コマを見せられて、そこで笑って、少し感動してその後に何が残ったのか、と問われた感じも余韻としてあった。

 

 

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2019年9月13日 (金)

バックアップ未達の不安

   結局無用な労力でしかないが
 曲がりなりに“もの書き”の、端くれにいてもなにがしかを書き終えると、その記録を保存したい衝動に駆り立てられる。さらに、その後の執筆の参考とか、重複を避けるために確認用に保存したくもなる。さらに、将来的に冊子か本にまとめることもあるかもしれないという希望も捨てきれず、保存を続ける。しかし、その保存はあくまでパソコンの中だけであって、パソコンが故障してデータが消去されれば、或いは致命的な手違い、操作ミスで削除してしまえば、素人の手では回復のしようがない。そこでデータのバックアップが欠かせないのであるが、通常は怠ってそれをすることはない。あるいは、消去・消失するという事態を想定しないので放置したままである。
 もう一つは、稚拙な「技術音痴」という要因がある。私はかねてより、“今のうちに、何とかバックアップしておかねば”と思い続けていて、悩みの種であった。一度はCDに移行させる試みをしたが、ウィンドウズXPまではできたのに、ウィンドウズ10では成功しなかった(と思い込んでいた)。
 昨日から今日にかけて、ガイドブックを紐解いて再挑戦してみた。1日目はガイドブックを開いて読み始めてすぐ閉じてしまった。いわゆる「取説」を読み取ることが苦痛なのだった。2日目に“これではいかん”と再々挑戦して、一つ一つ手順に従って進めていった結果、何とか、CDに落とすことができた。再生してみて、保存されていることが確認できた。そこで以前に行ったCDを再生してみたら、やはりデータは移行されていた。あれは失敗ではなかったのだった。原因は、移行作業が終わったはずなのに、パソコン画面に「・・・準備ができています」のサインが出ていて、未だ移行されていないと思い込んでいたためであった。
 過去にもそうしたバックアップしたものが大量に残っていて、書棚の一角を占めている。それ以前のFD然り、カセットテープ然りである。いまさら何のため?と自問自答して苦笑せざるを得ない。
 新聞も同じ経過をたどっている。けれども最近は、1週間分は残すけれども、それ以外は、資源ゴミとしてどんどん排出している。1週間たっても必要と思われない、なくても困らないことに思い至ったからだ。
 けれども、だとしても、「バックアップ未達の不安」は消え去ることはない。結局、再利用されることは稀で、無用な労力でしかないことは分かり切っていることではあるのだが。

 

 

 

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2019年9月12日 (木)

2004年のころと今

   “十年ひと昔”というが
 “十年ひと昔”という言葉はあまり使われなくなったようだが、私の中では10年、15年といった単位で、あるいは1970年代、1980年代・・・といった区切りで過去の活動を振り返ることがしばしばある。
 C&Lリンクス愛知電子版の60号を発信したので、一息入れた。書類棚の整理をしていたら、「環境とくらしを考える緑ネットワーク」の会誌第56号、2004年9月15日発行、が出てきた。B5サイズの全20頁。副題に<自然、社会、生活>とあり課題を広く扱っている。編集・発行者をしていた私が60歳の時、15年前のことである。
 内容を目次から拾うと、巻頭詩「労働」、コラム「結」は「今どきの、労働組合を思う」、「緑区の原風景・6 瑞泉寺・中島橋」、「地下鉄桜通線<野並-徳重>延伸工事を考える」、「日歯連事件・議員の逮捕・辞職を考える」、「2005年名古屋市長選挙を考える・1」「みどり文化芸術ネットワークとは」、「横井久美子さんを励ます会・報告」、「ピースサイクル2004・報告」、「CHECK!愛知万博の今(12)」、「わたしのクリップノート・5(松崎)」、「私の小さな映画史・4」、「日進市・立木トラスト運動」、「投稿 法廷で感じた<戦争前夜>高橋」、「ガンバレ三菱労働者岡崎集会・報告」、「インフォメーション・あとがき」
  読み返してみて思わず“現在に共通する内容が多いなあ”と思った。あくまで個人史としてであるが、“十五年ひと昔”というより、“十年、十五年、歴史(歩み)は繰り返す”ということになろうか。
 とはいえ、その頃の私は「無党派市民」であり、地域の運動の「代表」とか「運営委員」におさまっていて、現在は立憲民主党の「立憲パートナー」という組織の一員であるから、大きな違いがあるにはある。それは年齢と関係ないとは言えないが。
 ちなみに「緑ネット」は、2005年の愛知万博が閉幕したこともあって、総括をして2006年頃に活動を終えた。その後を引き継いだのが「四季雑談の会」である。

 

 

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2019年9月11日 (水)

C&Lリンクス愛知電子版・第60号

   デニートークキャラバンをメインに
 第60号を9月10日付で発信した。内容は、1)情けない!こうも冷淡になれるのか!-大阪知事・市長、デニー知事との面会を拒否。2)デニートークキャラバンin大阪-相澤冬樹 大阪日日新聞論説委員・記者(元NHK記者)の報告記事。3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<08月27日~09月10日> 4)「ツネじい通信」 NO49 2019/8/31 「悪人正機」凡夫のわが身を問う。5)随想23“われら元気な、老域に生きる者”―それぞれにとって生きる糧とは― で全8ページ。
 発信にあたって「第4次安倍内閣第2次改造内閣が発足しました。各党の談話も出ています。どちらにしても、許せない『アベ政治』が、暫く続くという現実です。放射能汚染に『アンダーコントロールされている』『沖縄に寄り添う』等々ウソ、ハッタリ、ごまかしオンパレードのアベ政治が、です。10月1日から消費税増税に加えて、台風15号の被災状況を知るにつけ、“何かがおかしい”の波浪は高まるばかり。それは、アベ政治を言うに及ばず、突破できないわれらの、忸怩たる思いを伴って、です。もやもやしながらも『C&Lリンクス愛知電子版』第60号を編集しましたのでお届けします。今号の内容は「沖縄」がメインで、以下の通りです。」と書き込んだが、どうも後味が悪い。
 組織を代表してコメントするわけではないので、“つぶやきも嘆きもため息”も構わないとは思うが、ある程度読者がいるわけだから、同じ気持ちにさせてはいけない、そう感じたものだった。もっとも、この“つぶやき”は、いかなる内容であれ、このブログ=日録の舞台の一つであることは避けがたい。

 

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2019年9月 7日 (土)

われら元気な“老域に生きる”者たちだ

 同年の作品展の打ち上げ会(懇親会)
 毎日たくさんのメールが入って来る。集会や何らかの行動、公判予定と報告などだ。そのメールを打つ人はその運動の中心的存在であるが、同年代もいれば、先輩、また50代、60代前半の“若手”もいる。私も小なれども、そうした“第一線”にいたのはもう12~13年前になろうか。
 現在は、なんだか浮遊状態な気持ちがぬぐえない「立憲パートナー」として、それを最優先にして“活動”をしている。だが政党の中のことはよくわからないが、選挙が間近にないと政党というものは「形」が見えなくなってしまう気がする。機関誌とかメールとか、後援会活動、イベントみたいなものでつないでいくのであろうか。
 それはそれで私が関与することは少ないので、もっぱら「C&Lリンクス愛知電子版」の発信に勤しんでいる。その一方で「居住地」で何らかのことができないかと続けているのが、同級生、同年代の集まりである「シネマ散歩緑の会」である。この前身は「桶狭間の合戦から450年」の2010年から始めた「史跡めぐり」、その前身が「四季雑談の会」それを遡ると「環境とくらしを考える緑ネットワーク」で、始まりは1990年代後半の話である。
 もう一つは中学の同窓会が5年ごと(最近は3年)に開催され、今年の11月に11回目を迎える。私が1975年の第1回から還暦の第6回まで幹事長を務めた。その縁があって2016年に同級生による作品展を呼びかけ、その第1回「私たちの小さな足跡展」が開かれ、今年の6月に第2回が開催された。
   その打ち上げ会(懇親会)が昨夜開かれ女性一人を含む9人がテーブルを囲んだ。現役の社長もいれば、町内会の世話人もいれば、元教員、絵画に没頭する人、未だ就業現役の人そして私など、生活の軸はそれぞれ違うが、「われら元気な“老域に生きる”者たち」といえる。もっとも入院中で来られなかった人もいれば、膝が弱っていて階段がつらい人もいて欠席も。
 総じて仕事であれ、趣味であれ、やはり何がしかの「目標」に向けて、日常的に向き合っている人ほど、良く言われることだが“元気”と言えそうだ。私の隣席の現役社長に「この先、大事なことは何かなあ」と聞いてみた。多分経験的に幾つのこと挙げることができたであろうがひと言「足」と答えた。
 障がい者の人たちのことを思えば、この答えが「全て」とは言えないが、やはり肉体的健康の一つは歩くことであろうし、歩くことで脳も活性化するに違いない。「歩く」を「泳ぐ」という人もおられようが、要は「継続」であろう。
 次回の第3回の開催については、誰もが先のことに確信を持てないから、2年先に「喜寿」を迎えるから、そのころになったら考えましょう、1年後に「懇親会」を開くのもいいね、ということになって散会した。

 

 

 

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2019年9月 4日 (水)

C&Lリンクス愛知電子版・第59号

   核燃サイクル・六ケ所ピースサイクル
 私の“夏休みの宿題”ともいえるやり残し作業を昨日から着手し、今日の午後仕上げて発信した。C&Lリンクス愛知電子版・第59号「25年目の 六ケ所ピースサイクル」である。
 内容は1)25年目の 六ケ所ピースサイクル<核燃料サイクルの中核拠点へ!><六ヶ所ピースサイクル>2)参考資料 毎日新聞から 核燃再処理施設 審査大詰め=回答・鈴木理之、岩間理紀、3)紹介DVD 鎌仲ひとみ監督「六ケ所村ラプソディー」 4)愛知からのメッセージ 青森県知事、六ヶ所村長、日本原燃社長、5)あとがき、であった。
 あとがきは、「今号は、あまり注目されていないとされる『核燃料サイクル』の一部ではあるが、その中核施設・青森県六ケ所村の日本原燃(株)と地元の自治体、反核燃運動を中心に編集した。同時に『ピースサイクル2019』の締めくくりでもあり、その走行日記からは長距離、長い坂道のつらさより、声を掛けられ励まされる感動が伝わってくる。人間にとっては、愛知から青森までは遠いのは事実。だが核汚染は、風に乗り、海流に乗って瞬く間に全国化、世界化する。津軽の海も伊勢の海もつながっている、もちろんこの空も。忘れない!」
 囲み記事では、私が2014年の六ヶ所ピースサイクルの「六ケ所行動」に参加したことなどを紹介した。
 

 

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2019年9月 3日 (火)

一日、無事に終えた

 くだらないことでも一日は一日
 今日の予定は「私事と家事」でぎっしりだった。
 朝食はそこそこに、とはいえ薬はしっかりのんで9時4分のバスに乗り、月初めで混んでいる病院へ。今日は眼科の定期検診日。眼圧、「?(検査名が不明)」視野検査、眼球撮影、診察。昼食をとって大高イオン内の家電店で○○を注文、明日には宅急便で届く手はずに。その足でスーパーへ、メニューを描きながら夕食の素材を購入。時間を気にしながら病院の近くの薬局に戻って、目薬を受け取り、13時25分のバスにギリギリ間に合って、車中で買い忘れたものを思い出し、降車予定のバス停を通り越してまたまた鳴子のスーパーへ。
 帰宅したのが午後3時少し前。朝刊を読みながらしばし休息。お米を研ぎ、仕込みをしてパソコンに向かう。昨日仕上げた「作品集」の手直し、メールをチェックしたら5時を過ぎてしまった。慌てて家事を再開、食事を終え、夕刊に目を通し、家事が一段落したので、再びパソコンの前へ。「C&Lリンクス愛知電子版」第59号を着手。「六ヶ所ピースサイクル」特集だが、情報の整理に手間取り難航。何度か中断。
 ここでいわゆる「閑話休題」といったところで、「中日新聞サンデー懸賞 並べ替えクロスワード」を再開した。日曜日には縦横の文字枠は既に入っていたが、そのワード「ト カ ヤ ニ ヒ ク オ」が解けなかった。これまで解けないものはなかったのだが、ヒントを見ても解けなかった。丸二日間放置された。締め切りは水曜日まで。それで作業を切り替えた途端、7文字の中から幾つか言葉拾い出していていったらスパッと解けた。ポイントは「ヤ」かなと思い、「ニヤ」「ヒヤ」二つを見比べたら・・・。
 第59号は中断したが、クイズが解けたので、つまらない、どうでもいいことだが(この日録も)これで今日の一日をすっきり終えることができる、そう思ったのであった。あ~あ・・・

 

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2019年9月 2日 (月)

久しぶりの詩作

 湧きあがる想はなくとも
 久しぶりに詩らしきものを書いた。ひょっとして1年ぶりかもしれない。器の小さい脳が、「C&Lリンクス愛知電子版」の発行で占拠されているからだろう。こういう片手間的な向き合い方、とりわけ「芸術」的なものは薄っぺらなものしか出来上がらない。それは十分承知の上だ。本当に書きたいという衝動がふと湧き上がるときがあり、その時を逃さなければ、短時間であれ仕上がることもある、長い間には僅かではあったがそんな経験をした。
 ただ、「巻頭詩」は、行数制限と本誌の内容に沿えるものを、という目的があるから、詩泉が沸き上がることなく工作するように書く場合もある。
 今回の詩は、まさにその類の詩である。中学の同級生の作品展「私たちの小さな足跡展」の作品集の空白を埋める短かい詩である。

 

 紫陽花の咲くころ

潮見が丘の学舎(まなびや)を後にして

 

夜空に散らばる星の一つのようにキラリ
どこに行くのか浮雲のようにフワ~リ
扇川の土手の雑草(あらくさ)のようにユラユラ
それで背丈は子どもに越されて・・・

 

一枚一枚 筆あとの違う画集
壁のあちこちに架かるフォト
小窓にはめ込まれたステンドグラス
目を閉じているような手作りの詩集

 

庭木の葉が一枚落ちるごとくに
限りある命のカードを一枚一枚きって
つかみきれない心のうちだけれど
形にしてみた作品がここに

 

それは七十五年目の 紫陽花の咲くころでした

 

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2019年9月 1日 (日)

防災の日に、ふと思った

 教訓は生かされず、を教訓に
 先日、行きつけの理容室(とこやさん)での雑談、一つは1959年の「伊勢湾台風」のこと。ここの店主が被災地のど真ん中(名古屋市南区、柴田あたりの出身らしい)で遭遇、1階は水没し辛うじて2階に避難、流木があちこちの家にあたる音が消えやまなかったという話は生々しい、とは言っても60年も前の話。既に“思い出”話に近いが、教訓は身に沁みついていることだろう。
   次に話は水害の話になって、さらに地球温暖化で海面が上昇する、このままだと40年か50年先には海面が2から4メートル上昇するらしいという話になった。私が微かな記憶で“花井の交差点あたりで海抜4~5メートルくらいと聞いたことがある、とするここらあたりは10メートルくらいかなあ”といえば、そんな低いのかなと疑問を挟まれた。こちらもあいまいな記憶だから勘違いかもしれない、2階建ての家が約10メートルとして・・・そんなはずないよねえ。
   そこで調べてみた。名鉄鳴海駅が海抜2メートル、そこから坂道を上がったところが花井の交差点、2階建ての家の高さとちょっとくらいの高低差だから13~14メートル、どうやら4~5ではなく14~15メートルの海抜ということだった。さらに理容室のある場所の近くの新海池公園が28メートルとあった。わが家もそんなあたりになる。
   “ここら辺りまで水が来るということは、もう日本沈没だよね”とまだ冗談で言えている今である。
   夕方、新海池公園に散歩に出た。
   仮に大地震でこの公園の池が決壊したら、大量の水が28メートルの高さから家々を押し流しながら13メートルの緑市民病院方面か名鉄自動車学校まで達し、さらに花井交差点から旧東海道を横切り、浦里方面の2メートルほどであろう天白川流域の低地に流れ込むに違いない・・・。
 私たちの世代以上では、「伊勢湾台風」の記憶は忘れ難いが、1932年(T12)の関東大震災の記憶は歴史教科書か防災の手引きで知る程度ある。最近の水害を見ていても、被災地での教訓が生かされているとは思えない。“あれはあれ、ここは大丈夫”という思い込みに支配されがちなのかもしれない。
 何事にも安心、安全でありたいと思っていても、それに対する防御行動を起こしていないから、その自覚が“ここは大丈夫”という思い込みで“安心”させようとする心理が働いているのかもしれない。これも教訓としなければ。

 

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