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2019年8月31日 (土)

8月の終わりに

   宿題が残りました
 小4の孫が、夏休みの宿題・自由研究のために、コピーをとってほしいとやってきた。サイズがA4以下だったので、プリンターでコピーした。小6の方はまだ終わっていないらしい。
 私のガキの頃は、夏休み日誌はまずまず片付いていたが、「工作」今でいう「自由研究」でいつも悩まされた。
   つまり「書く」方ははまだしも、図画工作、調査・研究方面はからっきしダメだったのである。
 今の私は、今日現在二つの仕事を残して9月を迎える。一つは、6月に開催した中学の同級生による第2回「私たちの小さな足跡展」の写真を中心にした「記録集」の作成である。今夜で仮印刷の段階まで来たから、明日以降、手直し、印刷・製本へと進んで、9月5日完成予定である。
 もう一つは、並行して「C&Lリンクス愛知電子版」の第59号の編集・発行である。随時刊であるから、8月にこだわらなくてもいいのだが、8月の「六ヶ所ピースサイクル」を特集とするため、月内完成を目指していたから、遣り残しとなった。
 ついでに言えば、歯科通院があと2~3回続きそうで、宿題というより継続である。約10年使い続けてきたメガネの更新も9月に繰り越した。眼科の検査が必要になったからである。白内障の症状が出てきているので、この秋に片方の手術があるかもしれない。
 地域運動に関して、「機関要員(運営委員)」はすべて外れているので宿題(課題)はないが、「9・19安保法」の取り組みが気になる。まだ情報が入ってきていない。また参院選挙の総括が中断したままであり、遅くとも9月中旬までに終えて、立憲民主党の第2回党大会(第2回立憲フェス?)に備えたい。
 9月は8月の宿題を片付け、秋の運動に備える、そんな月間である。

 

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2019年8月30日 (金)

映画「不都合な真実・2」

 アル・ゴア米副大統領の取り組み
 「シネマ散歩・緑の会」の第12回映画鑑賞会。このドキュメンタリー映画は、2006年の「不都合な真実」の続編で、気候変動問題に取り組むアル・ゴア元米国副大統領を中心に、2016年のパリ協定調印までの道のりに焦点が当てられ、2017年7月28日にパラマウント映画配給で封切られたものだという。それからこの2年の間に地球環境はどれほど悪化したであろうか(改善したとは思えない)、トランプ米大統領の「パリ協定」離脱をアル・ゴアさんは今、どう思っているのだろうか。
 ビル・クリントン大統領の時の副大統領であったゴア氏。名前だけは薄々知ってはいたが特に印象はない。2006年の「不都合な真実」も全く知らなかった。2006年頃といえば、愛知万博が終わった翌年、私は、万博反対運動に全精力を傾けていたこともあって、この頃の2~3年は、精神的な「空白」期間のように思える、そんな時期であった。
 映画の第1印象は「アル・ゴアの本気度」であった。どうも私にはアメリカのトップ級の政治家は、環境問題に関心が薄いのではないかという“偏見”があるようで、ゴア氏が世界を飛び回って「気候変動・地球温暖化」問題にかかわる若きエキスパートを何千人も育ててきたという事実が信じられなかった。
 もう一つは、2016年当時発展途上にあったインドの対応だった。映画ではパリ協定を全否定、世界最大の人口を抱えエネルギーの確保のため火力発電(最大のCO2排出)増設に邁進する、みたいな扱いだったと思うが、先進国と発展途上国の関係のような、問題はもう少し根が深いようにも思える。現在のインドは太陽光発電に熱心だとも聞くし、これは賛成できないが、エネルギー確保と地球温暖化(CO2排出量抑制)抑止のための原発を積極的に導入しようとしている姿勢でもあるようだ。
 ひるがえって、私たちの環境問題の意識、取り組みでふと感じたことがあった。それは「地球温暖化抑制にはCO2を削減する必要性」「原発に頼らない、再生可能エネルギーへ」「戦争、原発事故は最大の環境汚染」「省エネ生活、循環型社会を」「ごみの分別、資源化」「リデュース、リユース、リサイクルの3つのRに努めよう」こんな風にして、環境問題のポイントは頭に入っているが、それがどうも「個別的」で、全体性に束ねられていない気がするのだ。
 わが家の一例「電気はこまめに消す、ゴミは分別して出す、廃品回収に協力するけれども、買物は近くでも車利用(私は歩いていくが)、百均を安易に利用(使い捨て)、地震に関心はあっても原発問題に興味を示さない・・・」
 市民運動ではどうだろうか。全体を見れば関心は総じて高いといえるが、なんだか個別に取り組んでいるようで、例えば環境問題で「大結集・集中的な地域シンポ」のようなものがあるだろうか。1980年代であったと思うが「5月民衆広場」の開催、「原発いらない、命が大事」みたいな合言葉で結集したこともあったが・・・。

 

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2019年8月28日 (水)

二本目の抜歯を免れる

    歯、目が衰える
 老化は肉体の劣化、まあ当たり前のことであるが、それを実体験するまではさして気にはしないものだ。
 歯科医の診察と治療を受けた。右上の歯の一つの不具合でかみ合わせができない。食事時はずっと左側だけで噛んでいた。もうだめだろう、抜くしかないだろうと諦めながら、歯科に行って診察、レントゲンを撮ってもらって検査。その結果歯の半分は欠けているが、歯根は大丈夫なので抜かなくてもよい、欠けた部分を除去し補強する、ということになった。助かった!1本目を喪った時の“喪失感”が大きかっただけに率直に喜んだ。
 歯周診断書というものを初めてもらった。「歯と歯ぐきの間にあるポケットの深さ」とあるがよくわからない。ひょっとして「歯ぐき」が後退して歯のむき出し具合(程度)を言っているのかもしれない。どっちにしても診断結果は、「ポケットの深さは全体に正常に近い数値です」とあった。記入の数字から0~3以下が正常であり、3が1本あって他がすべて2であった。
 ついでに暫く世話になっていなかった、近くの行きつけのメガネ屋に寄った。もう10年近くも使いこなしてきたメガネを代えるための相談であった。レンズのクモリが取れないというと、コーティングがはがれたもので修復は不可、更新しかないとのことだった。それはそれで了解したが、別に白内障などの診断も必要だったので、来週の眼科の定期検診時に相談してから再訪することとなった。耳は今のところまだ不自由していない・・・。
 

 

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2019年8月27日 (火)

参院選後の政治を展望する・3-高野 孟講演会(3)

   立憲民主党に期待する私の感想
 C&Lリンクス愛知電子版・第58号を発信してしまったので、この(3)を書くのはどうかなと思ったが「続く」としたので書き留めておく。
    質疑応答の最後に私は手を挙げた。・・・まず参院選を振り返りたい。立憲民主党の票が思ったほど伸びなかった、特に比例区では。その理由として“『れいわ』に喰われた”といわれるが、果たしてそれだけか。「多様性」ということで様々な分野から候補者を多く立てたが、その支援組織・支援活動がどれほどのものだったのか。当選した候補者の多くは労働組合(産別)の支援を受けてのことだった。党の組織性をどのように考えればいいか。また「(1人区で)野党統一候補」が立てられたが、立憲民主党所属の候補者は少なかった。複数区では多くが自民党など与党の現職に敗れた。新人ならもっと早く立候補者を決めて準備すべきではなかったか。
 次に私は昨年の4月立憲パートナーになったが、パートナーは党員ではないといわれた。党員は「議員」だけといい、党の政策は議員だけで決めてしまう、これでいいのか。
 用意された資料にある「リベラル政党とは」の「組織論の基礎」では、「ソフトなネットワーキング型」として①モデルはINTERNET/知的なイニシアチブ、②この指とまれの臨時的な共感による結合で問題解決すれば解散、とあるが、これでは「市民運動」を大きくしたものであり、政党は組織団体、組織政党の体をなしていないのでは?であった。高野さんの答えは省く。
    さて、では旧来型の組織政党ではないという立憲民主党のこれからはどうあるべきなのだろうか。理念や政策を語れば次は、どうしたって「実践編」が必要であろう。改めて「ボトムアップ」の手順、実践を考えてみたいものだ。
   もうすでに取り組まれている、例えば「立憲カフェ」「パートナーズ会議(集会)」などを発展させる、工夫する。通信ネットワークを立ち上げる、そろそろ「支部」の結成の構想を練ってもいいのではないか、年1回の「映画会」が行われているが、そうした「文化活動」も幅広く広げられそうでいいと思う。これらは「組織」とは言わずとも「プロジェクト」とか「グループ」「ワークショップ」でもいい。いずれにしても繋がり、クィックレスポンス(打てば響く)の関係が欲しい。
 こうしたものの推進力に党所属の地方議員あるいは連携できる無所属議員が担ってほしいと思う。それがあって地域活動(ボトム)といえるし「支部」結成へつながっていくと思う。
    次の衆院選は先かもしれないが、安倍のこと不意を突いてくるかもしれない。怠りは禁物である。 完

 

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2019年8月26日 (月)

C&Lリンクス愛知電子版・第58号

   リベラル政治懇話会・高野 孟 講演会の報告
 事あるごとに“歳月人(俺)を待たず”が私をかすめていく。やりたいこと、やらねばならぬことが取り残されていくそのギャップが追い立てるのであろう。
 C&Lリンクス愛知電子版・第58号は、8月24日の第21回リベラル政治懇話会、高野 孟さんの講演会「8・24参院選後の政治を展望する」が主たる内容であった。他には、立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<08月15日~08月26日>、「ツネじい通信」 NO48「N国党への批判と、NHK本体への批判」、8月30日の映画鑑賞会の案内「不都合な真実2 放置された地球」、最後にあとがきで、全6頁。
 あとがきでは、同期の友人からのメール「・・・原爆の実相を伝えるという原爆絵画展を見に行ってきました・・・その展覧会を見てから、センチュリーシネマで上映していた『ケサリ21人の勇者達』というインド近代史に残るという伝説の激闘を映像化した作品をみました・・・」とあり、私は「原爆絵画展そして映画を観に行ったとのこと、そのようにして自由に足を向けられるのは、今の私たちの『特権』だと思います。足腰丈夫、大きな出費の無い生活、時間的自由さあってのもの・・・」と返信しました。この「特権」を自己消費だけでなく、次に繋げたい何かに振り向ける、この薄くて曖昧な意識が、この冊子に向き合う動機、エネルギーになっている気がする。The endまで長くないが、その計測は、今はしない、と書いた。
 「歳月人(俺)を待たず」「The endまで長くないが、その計測は、今はしない」(老いが忍び寄るなあ)

 

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2019年8月25日 (日)

参院選後の政治を展望する・2

   高野 孟講演会(2)野党について
 あれがだめならこれ、これがだめならあれと目先を変えるばかりで何の実績もない安倍政治は「下の下の下」、21世紀戦略に欠けている、という高野さん。ならばなぜ安倍政治が佐藤栄作内閣を超すような長期政権として続くのか?
 その疑問はだれしも持っていると思う。それは後半の質疑応答でもその一端が伺えた。例えば、「れいわ」をどう評価されるか、なぜこんなにも「投票率」が低いのか、イタリアの「オリーブの木」について(野党連合)、「リベラル」の人ってどんな人(政治家、著名人)がいるか、など。
 高野さんは、8月20日に立憲民主党と国民民主党が衆参両院での「統一会派」合意について語った。「統一会派」の必要は認めつつも、大事なことは「理念・政策」でそれを抜きに数合わせに走ることの愚を説いた。まさに「枝野は頑迷、早く一緒にならないと」というマスコミの煽りを受けつつ枝野代表が慎重であり続けたのは、その点にあった。私の周辺にも「野党統一」を唱える人は多い。問題は「野党がバラバラだから与党に勝てない」のは事実としても「理念・政策」を抜きにしていないか、旧民主党・民進党に逆戻りするようなことでは世論の支持は得らないと考えてことか、である。
 では「理念・政策」というがそれはどう読み解くのか。「理念」で言えば高野さんは「本当のリベラル政党を」をあげ「リベラルと旧革新・旧左翼とを一緒にしてくれるな」として、その違いを「対比表」として示した。詳細は省くが「人間としての基本姿勢(謙虚な自己相対主義)」「コミュニケーション方法(柔らかな共同戦線主義)」「政治的な目標設定(結果優先主義)」「政策的な発想(未来からの風を現在に届かせる理想主義)」「組織論の基礎(水平協働主義)」という視点から、旧保守、革新とは違う第3の「リベラル政党」を示した。ここのところは大いなる議論と学習が必要で“お説を拝聴”するだけでなく、自らの熟考、論理整理が欠かせないだろう。
 次に「政策」についてである。例えば原発政策で言えば、立憲は5年以内に全原発の廃炉を決める「原発ゼロ基本法案」を掲げるが、電力総連系の議員を抱える国民は同調していない。それでも「統一会派」から「野党統合」へ進めば「連合」は分解しかねない、そして「電力総連系」は、自民党支持に行きかねないと高野さんいう。
 さらに、政策、課題で合意できたとしても「共産党アレルギー」が一掃される見通しはなく、イタリア・オリーブの木が、この日本で成り立つかどうか、「日本的オリーブの木」はあり得るのか、どのように整えられるか、 (続く)

 

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2019年8月24日 (土)

参院選後の政治を展望する・1

 高野 孟講演会(1)
 この日、ほぼ同じ時間帯で、「表現の不自由展・その後」の再開をもとめる8.24 集会&デモ i n 名古屋が、愛知芸術文化センター東隣の栄公園にて集会とデモが開かれた。主催は「表現の不自由展・その後」の再開をもとめる愛知県民の会で、高野 孟講演会に遅れて参加した人の話で200人ほどの参加だったという。
 この愛知芸文センターが、「表現の不自由展・その後」の展示会場であったから、栄公園での集会となった。
 私は午後4時20分頃、第21回リベラル政治懇話会「参院選後の政治を展望する-高野 孟講演会」の会場にに到着し、頼まれて受付の手伝いをした。
 高野さんの話の概要は①参院選挙-改憲派が3分の2を割る。②安部政治=安倍の改憲戦略の曖昧、八方ふさがり、本気度が試される9月の人事。③野党の自民一強対抗策。③リベラル政党とは、といったところだったと思う。
 一方私の関心は、①参院選の結果・総括、②立憲民主党のこれから。③野党統一について、だった。

 

 高野さんの話の3分の2は、憲法問題と安倍政治につてで、まず参院選で、単純ではないが改憲勢力が3分の2を喪失した、にも拘らずマスコミは、東京新聞を除いて「与党勝利」と書いた。この「単純ではないが」は、一つは、「反安倍改憲」の野党の側にも「改憲」に加わる議員もいれば、「立憲民主党」も一切改憲しないとは言っていない。
 次に公明党の立場についてであるが、元々「加憲」であり9条の改憲には慎重であることは知られてはいるが、安倍の9条の書き込みについては創価学会から“造反”が出ている。例えば沖縄の辺野古新基地建設は、地元は一貫して反対の立場で、県民投票、知事選にもそれが表れている。また先の参院選挙、東京選挙区で「れいわ」から立候補した野原善正氏は「沖縄創価学会壮年部所属」である。東京は公明党の山口那津男代表の選挙区であり、山口は約81万票の得票であったが、落選したものの野原は約21万票を獲得して注目された。「れいわ」の票もあるであろうが、学会員の多くが山口でなく野原に入れた、「崩れかけた平和の党、公明党」への反発であろうと高野さんは指摘した。
 次に自民党の内部についてである。詳しくは書けないが、端的に言えば、元々の自民党の改憲草案がありながら、安倍の一存で変えられていくことへの不満がある、ということのようだ。例えば安倍は「9条の一項、二項をそのままにして第3項としてそこに自衛隊を明記する」などは、二項の「戦力は保持しない」「交戦権を認めない」が生きており、めざす改正案と違う、などである。
 さて安倍政治はいつまで続くのか。まず安倍の「八方塞がり」は続くとして高野さんはそれを図解で示したが、実に11項目あった。「安倍流のエセ改憲は既に頓挫」「トランプ大接待も貿易押しつけがバレて台無し」「アベノミクス失敗+消費増税」「北方2島返還交渉の大失敗」「日朝首脳会議実現のメドなし」「フクシマ原発事故から8年」「辺野古基地建設行詰り」「年金不足2000万円」・・・に加えて「日韓関係」が最悪の事態に至っているとした。そして秋の自民党役員人事、内閣改造に「やる気満々」か「お疲れ気味」かの兆候が見られるとした。この高野さんの「永田町の裏を読む」をもって注目してみよう。 (続く)

 

 

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2019年8月22日 (木)

C&Lリンクス愛知電子版・第57号

   デニー沖縄県知事のトークキャラバン
 8月19日に開催された「8・19デニー知事トークキャラバンin 名古屋」の報告記事として特集を組んだ。内容は以下の通り。
   第57号 2019年8月22日付。1)沖 縄!聞きました、考えました-8・19デニー知事トークキャラバンin 名古屋。2)新聞記事から 中日新聞、毎日新聞。3)「第21回リベラル政治懇話会」の案内-参院選後の政治はどう動く ??  高野 孟 さん 政治講演会。4)あとがき。
 この集会の主たるフレーズは「沖縄に関心を、対話あってこそ、地位協定変えねば、日本全体の問題なのです」とまとめた。
 集会は沖縄県の主催で、玉城デニー知事が来県し名古屋市公会堂で開かれた。780人の席は満席で、立ち見の人もいて高い関心を示した。
   集会の趣旨は「今、沖縄で何が起きているか、沖縄の人々がなぜ声を上げているか、デニー知事の話を直接、聞いてみませんか?今回のトークキャラバンでは、沖縄の伝統音楽、三線のパフォーマンス演奏の他、沖縄の写真や、基地問題をわかりやすく解説するQ&Aのパネル展示も行います。」とあった。
   パネルディスカッションでは、近藤昭一氏(立憲民主党衆院議員、沖縄等米軍基地問題議員懇談会会長)、佐道明広氏(中京大学総合政策学部教授)、山口 昇氏(国際大学教授、元陸上自衛隊研究本部長・陸将)」の3氏が並んだ。
   司会は愛知県出身の猿田佐世氏(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))が務めた。
   当日幾つかの貴重な資料が配られた。①開催案内チラシ(登壇者プロフィール)②プログラム(佐道明広氏の「辺野古問題と日本の安全保障の論点・関連資料、他)③沖縄から伝えたい。米軍基地の話。Q&A Bookとフライヤー ④他国地位協定調査について 現状と課題 ⑤他国地位協定調査報告書(欧州編 H31年4月)⑥沖縄 総合ガイドブック(沖縄の歴史、魅力、観光ガイドなど)
   いわば「辺野古新基地建設反対」の集会に「反対派の反対の側にいる」山口 昇氏が加わった異色の集会であったが、玉城知事の「対話」重視に添ってのものだった。山口氏単独の講演会も面白いかな、そんな風にも思った。

 

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2019年8月19日 (月)

デニー知事トークキャラバン in 名古屋

 沖縄、対話、地位協定、日本全体の問題
   沖縄県の主催で、玉城デニー知事の来県「デニー知事トークキャラバン in 名古屋 」が、午後6時50分から名古屋市公会堂で開かれた。780人の席は満席で、立ち見の人もいて関心の高さがうかがえた。
   集会の趣旨は「今、沖縄で何が起きているか、沖縄の人々がなぜ声を上げているか、デニー知事の話を直接、聞いてみませんか?今回のトークキャラバンでは、沖縄の伝統音楽、三線のパフォーマンス演奏の他、沖縄の写真や、基地問題をわかりやすく解説するQ&Aのパネル展示も行います。パネルディスカッションでは、近藤昭一氏(衆院議員、沖縄等米軍基地問題議員懇談会会長)、佐道明広氏(中京大学総合政策学部教授)、山口 昇氏(国際大学教授、元陸上自衛隊研究本部長・陸将)が語る」というもので、司会には愛知県出身の猿田佐世氏(新外交イニシアティブ(ND)代表/弁護士(日本・ニューヨーク州))が務めた。
 発言内容は省くが、二つのことをメモしておきたい。
 一つは、沖縄県知事と3人の顔触れの組み合わせが、沖縄の基地問題の実際の状況、問題、課題をより分かりやすくした。二つには、この沖縄の米軍基地問題は、各方面とも「対話」を通じて“この問題は沖縄だけの問題でない。日本全体の問題”としてとらえ返す、そして「日米地位協定」これがキーワードであったと思う。
 当初、元陸将の山口昇氏がパネリストとして招かれた理由をはかりかねた。これまでの集会形式だと、例えば「辺野古新基地建設」について言えば、反対派の論客、活動家が登壇するのが通例、だからひょっとして山口氏は、推進派に居ながら「内部矛盾」の一部でも語るのかな、そんなことも想像してみたが、それは違っていた。
 玉城デニー知事が強調する「対話」である以上、反対派だけでは「対話」にならない。つまり山口氏は「推進派」といわれるのにはちょっと抵抗があったようで、言ってみれば「反対派の反対の側の人」であろうか。
   このトークキャラバンを全国に投げかけ、手を挙げた中から最初の開催がこの名古屋だったという。もっとも誰かが言っていたが、これ以前に東京で「プレ集会」があったらしい。いずれにしても多忙極める玉城知事が、翁長雄志前知事の遺志を引き継ぎ、さらにこうして全国行脚する、その意欲を買いたいしそれ以上に私たちは応えていきたいものだ。

 

 

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2019年8月17日 (土)

シネマ散歩・緑の8月例会

   「不都合な真実2 放置された地球」 
 7月のピースサイクル2019愛知、広島、長崎、沖縄へのメッセージと続いて一息入れ、「六ヶ所ピースサイクル」のメッセージが残っているが、「シネマ散歩・緑の会」の8月例会も放置できない。
 上映中の映画を探ってみたが、個人的には「アルキメデスの大戦」をみたいと思っているものの、「会」として推奨したいと思えなかったのでパスした。
 そこで自主映画会の「不都合な真実2 放置された地球」を8月例会で取り上げることにした。上映日が1日だけなので、それぞれの都合を聞くことができない。従って「8月の例会は、『自由参加』です。懇親会の設定もありません。」という形にした。
 「不都合な真実2 放置された地球」は、ボニー・コーエンとジョン・シェンクによる2017年のアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画で『不都合な真実』(2006年)の続編。気候変動問題に取り組むアル・ゴア元米国副大統領の行動がとらえられ、2016年のパリ協定調印までの道のりに焦点が当てられる。2017年7月28日にパラマウント映画配給で封切られ、全世界で500万ドル以上を売り上げた、とされる映画。
 そこで「会報」作成に急きょ取り掛かったが、ガイドのチラシが手元に届いていたのでそれを同封すると、誌面ができない。仕方なく10月例会の予告として「最高の人生の見つけ方」で誌面をつくった。
 今日のお昼過ぎに投函した。
 その足で「アルキメデスの大戦」を見るため名駅前の「ミッドランドスクェアシネマ」に行った。しかし、午後2時からのものは満席で売り切れ。・・・台風で旅行に行きそびれた人とか、お盆連休も明日まで、映画を観て食事でもして・・・という人たちであろうかこの混み合いは、とぼやきながら止む無く断念して帰宅した。
 

 

 

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2019年8月16日 (金)

夏草刈って汗してこころよき

 8月 盛 夏
 暦の上で「立秋」を過ぎたから「盛夏」は、ふさわしくないか、けれど実態としては35度超えの「真夏日」である。昨日は台風10号で足止め、買い物に出られなかったので、歩数はなんと700歩余。自室と台所とトイレの間を移動していただけであった、という理由だけでなく、“雨上がり”は、雑草を引き抜くにはいい機会なのだ、それで半月ぶりに小庭に出た。
 道路から小庭に出る間には、砂利が敷き詰めてあり、その下は防草シートを入れたが、雑草の生きる力は強い。防草シートを突き破るものもあれば、わずかな隙間から顔を出す、シートと砂利の間に根を張る草もある。“たくましいヤツだが、こっちからは、しつっこいヤツ”となる。
 この歳になると中腰で草取りはつらい。膝当てをし、這うようにしてできるだけ根っ子から引き抜く。ものの10分も経たないうちに、汗が流れ落ちる。また暫くすると今度は汗の臭いでも嗅ぎつけたのか「蚊」がやってくる。草を抜き、ゴミ袋に入れ、汗を拭い、蚊を追い払い、微速前進。
 小庭に出てここからが本番。端から順番に引き抜いていくが、すぐに“飽きと腰疲れ”が来る。そこで今度は、背の高い草、横に広がる草を選んで抜き取る。その方が草刈りの“成果”が目立つからだ。
 ・・・広島、長崎、沖縄のメッセージを終え、それを素材にしたリンクス電子版も発信した。残るは「六ヶ所ピース」のメッセージだけだから、1日、2日余裕が出来てこの草刈りとなった。明日か明後日には、映画を観に行こうと思う・・・とぶつぶつ言いながら、なんとなく心地よい汗をかいた。これでシャワーを浴びれば、言うことなしだ、と2019年のある夏の昼下がりの「私の生きた痕跡」の一コマだった。

 

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2019年8月15日 (木)

C&Lリンクス愛知電子版・第56号

   8・15を中心に
   8月15日を「特別の日」として迎える人もいれば、私のように「昭和史の一つ」と思って過ごす人もいるだろう。
   この日、戦没者追悼の式典、靖国神社参拝がニュースとなる。「靖国問題」については、父親を戦争で亡くした友人もおり、その気持ちを察すると、「靖国参拝」を一概に冷たく見ることはできない。だがやはり「戦犯合祀」にこだわる神社側と政治家とを分けて見ざるを得ない。一方で私の「戦争と平和」観を子や孫に伝えきれているかの、忸怩たる思いが払いきれない。そんな気持ちを抱きながら今年も8月15日を迎えた。
 それで「C&Lリンクス愛知電子版・第56号」は、「8・15」について特集した。冒頭の「8・15は、不戦・平和誓いの日」では、以下のように記した。
   8月15日は「終戦記念日」とされるが、降伏文書に調印した9月2日が「終戦の日」とした説をはじめ、各国での違いがある。それは8月15日以降も一部では戦闘が続いていたこと、国に寄って政策的な事情にもよる。(沖縄でも散発的な戦闘が続いていたといわれる)
 また「終戦記念日」ではなく「敗戦記念日」と言い換える人も多い。私ものその説に従ってきた。しかし「敗戦という言葉の対語は戦勝、敗戦記念日とすると何だか負けたことが悔しいみたいな底意も垣間見られる気がする。終戦記念日でいいではないか」という考え(エッセイスト・飛鳥圭介8/12中日)はどうか。
 確かに、一部の右翼的国粋主義者や“南京虐殺はなかった”“従軍慰安婦はデマ”を言い張る人たちにとっては、戦争で負けた悔しさを先に口にするだろう。
   けれども私はやはり違うと思う。例えば「終戦」といった時、次に浮かぶ言葉は、「さあ終わった、終わったこれからは復興だ!」と、反省もなく忘却へと短絡に繋がってしまうのではないか、(実際そうなった気がする)。
   一方「敗戦」には、悔しさ以上に“こんな愚かな戦争を誰が始めた。みんなを泣かせやがって、責任者出て来い!”つまり、開戦の責任論と止められなかった反省、相手国への謝罪へと淀みなくつながっていくように思うのである。
   従って私は、8月15日は、諸説ある中で「敗戦記念日-不戦・平和誓いの日」と呼ぶのがふさわしい気がする。
 ところで、今年の8月15日「全国戦没者追悼式」で、安倍首相の式辞が話題になったという。それは1993年の細川護熙首相以降、歴代首相は式辞でアジア諸国への加害責任に触れ、「深い反省」や「哀悼の意」などを表してきた。だが、安倍首相は第2次政権発足後の13年から、7年連続で言及しなかった、というものである。そういえば広島、長崎での「原爆の日」式典で来賓の安倍首相の式辞が、昨年のものと大きな変わりがなく、広島、長崎の式辞が似たり寄ったりの内容、つまり誠意が感じられない、というものだった。安倍晋三とはそういう人間なのだ。
 内容は以下の通り。1)8・15は、不戦・平和誓いの日 第54回戦争犠牲者慰霊式並びに平和祈願式典 【代表談話】74回目の終戦の日にあたって 枝野幸男 2)8・15沖縄と連帯するメッセージ ピースサイクル愛知から 3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<07月19日~08月14日> 4)「ツネじい通信」 NO47 “息詰まる世”が酷暑を倍加させて… 5)デニー トークキャラバンの案内 6)あとがき

 

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2019年8月13日 (火)

参院選2019 私的な総括(2)

 全体を概観すれば
   及ばなかった「アベ政治を許さない!」
 与野党を「一強多弱」と言わしめる現状を打破するには、この参院選で第1に「改憲派の与党、与党系を3分の2以下にする」ことは必須であった。これは数字の上では達成したが、「野党・無所属」の中に与党に同調する議員がいることは確かで、安堵するには至らない。その象徴的な選挙区が静岡であった。立憲民主党の候補徳川さんは敗れたが、「立憲民主党VS国民民主党+官邸」の構図を明らかにした点は大きい。冷静厳格に見ておきたい事例だ。
 第2に「自民党が改選議席、単独過半数を下回り、安倍内閣の責任論から安倍退陣」という大きな政局転換が期待されたが、安倍は平然と「勝利」したといい、自民党内に責任を問う声は稀だった。マスコミも“安倍勝利”と報じた。「アベ政治を許さない!」は、半歩詰め寄ったが及ばなかったのは残念だった。
 第3に「野党共闘の成果」で、野党躍進の展望が拓かれ、政権交代の道筋が見えてくることが期待された。全国32の「1人区」で野党一本化が図られ、ここが勝負どころとされたが、結果は「10:22」であった。それぞれの選挙区の状況は把握しきれていないが、自民党の現職に対して野党の候補は新人が多く、擁立したのが遅かったことも敗因の一つではないだろうか。また「日本維新の会支配地域・関西」で勝ち切れない原因の検証と戦略の建て直しは、「政権獲得をめざす」以上必須である。 
 また野党統一の候補として当選した「無所属」議員の動向が気になる。将来的に立憲民主党に合流する手立てを考えておきたいものだ。
勝利した「10選挙区」で、勝ち切った東北、競り勝った新潟、大分での教訓を引き出したい。一方東京、三重で競り負けたのは痛い。敗因は何であったろうか。候補者擁立の過程に問題があったとの意見がある。
   野党それぞれを評価すると
 「野党が束になっても勝てなかった」ことの検証は各党で進められ、次の衆院選に向けて活発な議論が行われた、或いはさらに詰められていくに違いないが、独自に行われるものはとかく「我田引水」なりがちだから、一般の支持者、市民を交えての議論を進めてほしいと思う。
 まず選挙結果から言えることは、野党の立憲民主党(立憲)、国民民主党(国民)、日本共産党(共産)、社会民主党(社民)それぞれを見てみると、社民党が「政党要件」を維持したことに安どしたオールドファンもいただろう。私もその一人ではあるが、このまま「低空飛行」を続けていくことで、どれだけ政治的影響力を発揮できるのか、党勢の盛り返しの策の議論を待ちたい。同時に立憲との会派を組みながら、「合流」の是非も議論してほしい。
 共産党のやや後退は、他の野党にも問題を投げかけているように思われる。共産党がそれまでの独自方針「党勢拡大=得票数の上乗せ」の方向から「野党共闘=候補者一本化に協力」に踏み切ったことに、共感した人は少なからずいたと思う。また市民運動、地域的課題に取り組む姿勢も他党を圧倒している。にもかかわらず、選挙で共産党を押し上げるということに必ずしもつながらない点はどこにあるのだろうか。愛知選挙区で維新に後れを取ったことは「野党共闘」にとっても痛手であった。党員、しんぶん赤旗読者など「コア」の層が高齢化し、支持組合、学生団体などの伸びの減少などが考えられるが、他の野党にも共通していないか。
 さて国民民主党についてであるが、「野党共闘」また将来的な「連立政権」を考える時、(私が立憲パートナーであることもさることながら)厄介な存在である。それを端的に表したのは「静岡選挙区」であったことは書いた。
 そして安倍自民党の「改憲」方針への対応をみても、与党寄りのスタンスが見え隠れするのである。ただ衆参の議員には、センスのいい議員もいるようで、憲法問題、野党政権実現に向けてどう判断し動くか注目したい。
 もう一つの問題は、労働団体「連合」を支持基盤の大きな一つにしていること、その「連合」を牛耳るといっていい労働組合が自動車総連(約77万人)、電力労連(約22万人)、UAゼンセン(約173万人)ではないかと思われ、「政労使」重視寄り(右寄り)ともいわれる。まるで自民党政府・与党から楔を打ち込まれているような形であり、それは、「野党共闘」にとって警戒せざるを得ない「厄介な」問題だと思うのである。
 立憲民主党については、詳しく後述する。 (続く)

 

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2019年8月12日 (月)

参院選挙2019 私的な総括(1)

 荷が重いが「はじめに」から書き始めた
 総括・・・この仕事、ちょっと荷が重い。止めたからといっても、誰からもとがめはうけないだろう。だから逆に自由に書いたらいい、だが書くなら少しはましなものを、それをいうから荷が重い・・・。
 逡巡を繰り返しながらここまで来た。結局、前に進むためには、乗り越えねばならないハードルなのかもしれない。
とりあえず「はじめに」から書き始めた。完結する自信はないが。
 はじめに
 今の日本の政治体制は、2院制の議会制民主主義と政党政治で成り立っていると思う。その議会は日本国憲法のもと、「立憲民主主義」「平和主義」の言葉で括られてきた。
   衆議院は政権に直結し、選挙では「政権選択の選挙」といわれる。一方参議院は「良識の府」と言われているが、昨今そのように言われることは少ない気がする。例えば今次参院選挙で私(たち)は何をめざしたかといえば、政治の大局としては「改憲派の与党、与党系を3分の2以下にする。自民党が改選議席・単独過半数を下回り、安倍内閣の責任論から退陣へ。野党共闘の成否で、政権交代の展望が拓けるか、の選挙」であった。衆院選挙に限りなく近づいている気がする。
 立憲民主党としては、「議席を大きく伸ばし、野党第1党として政権交代のイニシアチブが握れるか。多様性、当事者性から擁立した候補者をどれだけ多く当選させられるか。“ボトムアップ”の試金石の選挙」
 愛知選挙区では「公認の田島まいこ候補の必勝。名古屋を基盤としながらも全県的な浸透が図れるか。国民民主党、連合愛知の影響力を探る。立憲パートナーを含む組織型選挙の展開はいかに。市民運動との共同、連携の現状を見る選挙」
 個人的には「田島まいこ候補の当選に尽力。党、選対の要請に応える。個人として何ができるか、何がしたいか、どこまでできるか、を自覚する選挙」であったと振り返る。
 別の観点からは、「令和新選組(れいわ)」と「NHKから国民を守る党(N国)」が、結果として議席を得たが、どう評価するかだけでなく、参院選の特性として「シングルイシュー」の候補(団体)がかなりの票を得たが、これは既存の政党が政治課題を全面的に展開して「百貨店方式」をとったのに対し、「専門店(シングルイシュー)」方式が
一定程度支持されたといえる。これは「一過性の風」が吹いただけの「荒地に咲いた“あだ花”」で終わるのか、“良質の種”を残して“緑の草原”へと、荒地を凌駕するものになるかに関心は高まる。
 では結党して2年もたたない立憲民主党にとって初めての参院選挙、先の衆院選挙の勢いそのままに、この選挙を戦いきれたか。組織政党として構成員それぞれが立場、立場で現政治局面を理解して他人任せではない、自立した自主的な行動が取れたかどうか。選挙の結果を正反両面から問い返すとしても、一般論だけでなく「個人の総括」も欠かせないのではないか。それは党勢を「個」から「線(お隣りへのつながり)」へ、そして「面(地域全体への広がり)」の原点になるであろう、からだ。そうした観点とその集大成があってこそ「ボトムアップ」の検証ができ、次へのステップになるのではないだろうか。 (続く)

 

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2019年8月11日 (日)

参院選2019の反省会(総括)

   立憲民主党愛知第3区の反省会
 参院選挙が終わり、政局は安倍内閣の改造、憲法問題、衆議院の解散総選挙などが取り沙汰されているが、その前に参院選挙の総括をしっかりやっておかねばならない。政党としても、市民運動としてもそして個人としても。
 昨日は、「つなぐ会」の総括についてメモ書きしたが、午後4時からは、立憲民主党愛知県連第3区総支部の反省会が、近藤昭一事務所で行われ20数人が参加した。データは3区中心であったが、意見、議論は選挙全体に及んだことは言うまでもない。
 近藤事務所からは、「2019参院選総括(選挙を振り返って)」という討議資料が用意され、田島選挙の活動報告、参院選・愛知選挙区の総括、3区総支部としての総括、比例区からみた立憲民主党・組織票、SNS関連など、データを含め網羅されていた。
 意見、議論の全体の流れを大雑把に捉えると、まず“落下傘候補”ともいえる、地縁、活動実績がなく、いわば知名度ゼロから出発して半年間の運動で、田島まいこ候補が3位当選したこと、街頭演説も徐々によくなっていき、国会議員として十分やっていける、期待していい候補者だった。まずこれが挙げられた。
 3区の得票では、昭和区、天白区、緑区のいずれでも大塚耕平(国民)を凌いで2番目の得票だったこと。ちなみに与党(酒井、安江、岬)の得票合計は92,684票、野党(立憲、国民、共産)は82181票であり、付言すれば維新の会が与党を補完し、共産党が予想外に落ち込んだ。衆院選の第3区は、いつもながら接戦となろう。
 比例区については選挙前の予想10~12から8にとどまったのはなぜか。「令和新選組に流れた」「候補者擁立に問題はなかったか」「労組支援候補(組織票)が当選したこと」。ちなみに立憲民主党としては、クォータ制・パリテを重視して女性候補を多く擁立したが、新人が多く組織的バックアップが希薄、著名人の“乱立”で、有権者が離れた?
 もう一つは「令和新選組」の評価と「野党合流論」についてだった。参加者から学生100人にアンケートした、という結果が参考例として紹介されたが、「ほぼ100%が、れいわ支持だった」「別の分析では、れいわの支持層は40代から50代」であったと。山本太郎の街頭演説での人だかりは、組織動員ではない盛り上がりであったことは、演説の中身、話法も含めて参考にしたいが、「枝野立て!」の時も同じ現象が起きていたことも併せて考えてみたいものだ。
 「野党が一緒にならなければ自民党(与党)に勝てない、枝野はもっと合流に積極的になるべきでは」の意見が少なからず出ていた。率直に言って私は合意しかねた。その議論をするのは、立憲民主党が少なくとも40%近くの議席を得てからの話であろうし、無条件で合流などは論外だと思っている。それでは民主党・民進党に逆戻りではないか。
 という問題については、私の発言のところでもう少し触れたい。 (続く)

 

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2019年8月10日 (土)

参院選2019を振り返る

 地域の市民運動・政治活動の場合
 去る7日に「市民と野党をつなぐ会愛知全体会議」が開かれ、参院選の取り組みの、いわば総括会議は開かれ、その報告書が夜遅く届いていた。それはその日の午後の立憲民主党愛知3区総支部の反省会の後になった。
 報告書は経過、小選挙区の各区のからの活動報告、今後について、まとめについてなど丁寧なものであった。私はこの運動の「呼びかけられる側」の政党に居たので、この運動には参加してこなかった。しかし3年前に「あいちキャラバン」を提起して19日間愛知県下を「野党の共闘」「選挙に行こう」「落選運動」で駆け巡ったことを考えると、その経験を生かすことを伝える意味では、末席にでもいたほうが良かったかな、と思わないでもなかった。
 例えば、この運動では東三河の14区、15区が空白のままであった。「あいちキャラバン」では逆に、豊橋を中心とした運動は尾張・名古屋を超えるものを展開した。この人たち、グループはこの運動に参加していなかったということになる。
 そのように考えると、この運動の中心メンバーに「あいちキャラバン」運動に参加していた人も多くおられ、その人たちから「あいちキャラバン」運動の経験が切り出されてもよかったのではないか、だがそれが全く見られなかったということは、前回の「あいちキャラバン」の運動とは全く立ち位置が違う、運動の在り方が違うということであったのかなと思われ、やはり関心を寄せても見守るだけ、それでよかったのかなと思わないでもない。
 報告書のまとめでは、「市民連合@愛知と共催して、愛知県連レベルではなく山本太郎を含む立憲野党本部から呼んで、衆院選に向けた野党共闘をどうつくるかの公開討論シンポを早々に企画しよう。」と書かれていた。
 この一文を読んだ時私は、この運動の主体は何だろう、この運動が「功を奏した形」とはどんなものだろう、この運動が持続していくには何が必要だろうか。そのように考え、では「政党の側」は、このような地域の「市民的政治運動(無党派市民の政治活動)」とどう向き合うのか、どう議論を交わしていけばいいのか、どう共に歩むことができるのか、最終的にめざすものは何かを共有できるのか、などが思い浮かんだ。
 さらに「山本太郎を含む立憲野党」と言い切っているが、「令和新選組、山本太郎」の評価をしたうえでのことなのだろうか、これは立憲民主党の中でも議論の最中ではないかと思うので、チェックを入れたのだった。
 

 

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参院選2019を振り返る

 地域の市民運動・政治活動の場合
 去る7日に「市民と野党をつなぐ会愛知全体会議」が開かれ、参院選の取り組みの、いわば総括会議は開かれ、その報告書が夜遅く届いていた。それはその日の午後の立憲民主党愛知3区総支部の反省会の後になった。
 報告書は経過、小選挙区の各区のからの活動報告、今後について、まとめについてなど丁寧なものであった。私はこの運動の「呼びかけられる側」の政党に居たので、この運動には参加してこなかった。しかし3年前に「あいちキャラバン」を提起して19日間愛知県下を「野党の共闘」「選挙に行こう」「落選運動」で駆け巡ったことを考えると、その経験を生かすことを伝える意味では、末席にでもいたほうが良かったかな、と思わないでもなかった。
 例えば、この運動では東三河の14区、15区が空白のままであった。「あいちキャラバン」では逆に、豊橋を中心とした運動は尾張・名古屋を超えるものを展開した。この人たち、グループはこの運動に参加していなかったということになる。
 そのように考えると、この運動の中心メンバーに「あいちキャラバン」運動に参加していた人も多くおられ、その人たちから「あいちキャラバン」運動の経験が切り出されてもよかったのではないか、だがそれが全く見られなかったということは、前回の「あいちキャラバン」の運動とは全く立ち位置が違う、運動の在り方が違うということであったのかなと思われ、やはり関心を寄せても見守るだけ、それでよかったのかなと思わないでもない。
 報告書のまとめでは、「市民連合@愛知と共催して、愛知県連レベルではなく山本太郎を含む立憲野党本部から呼んで、衆院選に向けた野党共闘をどうつくるかの公開討論シンポを早々に企画しよう。」と書かれていた。
 この一文を読んだ時私は、この運動の主体は何だろう、この運動が「功を奏した形」とはどんなものだろう、この運動が持続していくには何が必要だろうか。そのように考え、では「政党の側」は、このような地域の「市民的政治運動(無党派市民の政治活動)」とどう向き合うのか、どう議論を交わしていけばいいのか、どう共に歩むことができるのか、最終的にめざすものは何かを共有できるのか、などが思い浮かんだ。
 さらに「山本太郎を含む立憲野党」と言い切っているが、「令和新選組、山本太郎」の評価をしたうえでのことなのだろうか、これは立憲民主党の中でも議論の最中ではないかと思うので、チェックを入れたのだった。

 

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2019年8月 9日 (金)

C&Lリンクス愛知電子版・第55号

   8・9長崎原爆の日を特集
   遅寝遅起きの私は、6日の広島からの中継は逃してしまったが、今日は、11時にはテレビの前に座っていた。
   平和祈念式典の全体を見届けたのはいつだったか、忘れてしまうほど随分前になる。
   テレビ画面から映像をデジカメでとらえることができて、C&Lリンクス愛知電子版・第55号の編集が一気に進んだ。夕食の買い物、支度前には、仮編集を終えて、食事後に仕上げて発信したが、送信した半数が届かずに戻ってくるのである。それをまた再送することを何度も繰り返すことになる。全体で1MGの容量であるが、限界の20分の1に過ぎない。ブロバイダー側に問題があるとしか考えられないので、処置なしである。
 第55号の内容は1)8・9 長崎原爆の日 祈念式典-原爆投下から74年 長崎で平和祈念式典 首相、今年も核兵器禁止条約に触れず(毎日新聞)2)長 崎平和宣言 田上 富久市長 3)福田須磨子詩「生命を愛しむ」 4)【代表談話】長崎の「原爆の日」を迎えるにあたって―立憲民主党代表 枝野 幸男 5)言葉「核兵器禁止条約」「中距離核戦力全廃条約」 6)長崎市長 田上 富久 様 “8・9長崎被曝の日”へのメッセージ PC愛知から 7)長崎市長 田上 富久さま―長崎原爆の日を迎えるにあたり 平和のメッセージ 名古屋市民 8)「ツネじい通信」 NO46  2019年8月6日-「反韓」「反日」を悪用した戦争への道 9)あとがき
 これで一息できるが、次に毎年のことであるが8月15日敗戦の日に「沖縄県知事」宛てのメッセージを予定し、8月20日までに「六ケ所ピースサイクル」に向けたメッセージ4通をもって「ピースサイクル2019」が一区切りとなる。
   明日10日に立憲民主党愛知県連第3区総支部の「参院選反省会」があり、それを踏まえて、「私的総括」の完成を目指す。なんだか腰折れになりそう。

 

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2019年8月 8日 (木)

「表現の不自由展・その後」のその後

 友人からのメールに答えて
 私が「C&Lリンクス愛知電子版・第53号」で、「表現の不自由展・その後」の展示中止問題をとりあげたことから、友人の一人からこんなメールを受け取った。
 「・・・トリエンナーレの件に関してはその時にご意見を伺います。慰安婦像の展示については私は反対です。
   少なくとも県の美術館に展示する意図、意味が分かりません・・・・・今までも世界中に慰安婦像が設置されていくニュースを見るたびにいい気持ちにはなれませんでした。」
 こうして異論であっても応答してくれることは稀であり、ありがたいものであり、発信した者にとって、何らかの応答をすべきと思う一方、受け止め、意見はそれぞれだから、「お考えは承りました」で済ませることもできた。
 今度会った時に意見を聞きたいということなので、それはそれでいいとは思ったが、やはり「文字」にして伝えておいたほうが良いと「私見」を書き送った。
・・・「平和の少女像」の問題については、いろいろ意見があっていいと思っています。
   私の場合、「平和の少女像」そのものの存在、展示、設置に賛否を明らかにしたことはありません。(問われれば、どうぞご自由に、というほかありません)
   それが「悪法」であっても、法的に問題があれば展示方法を考慮すべきですが、今のところ、県美術館だから「アウト」とは聞いていません。そのことは、最近、公共施設で「政治的内容」を理由に会場使用の拒否の例が散見されます。決していい傾向とは思えません。問題の根底は同じではないでしょうか。(美術館は、絵画、彫刻など「芸術」だけのものかどうかは緒論あると思います。「表現の場」で共通していたとしても)

 

   今回の問題で私が強く意識している点は、「表現の自由」の問題です。
   「自由」といってもオールフリーというわけでもありません。映画に「映倫」があるように、自己(正当)防衛といっても「銃、刀剣」の保持が規制されているように、言論もその内容によって「脅迫」「名誉棄損」にあたればアウトです。
   問題は「公権力の介入」です。
   吉村大阪府知事(維新)が、大村愛知県知事に「辞職もの」と吹っ掛けましたが、見当違いも甚だしいもので、大村知事に一蹴されました。
河村名古屋市長も、菅官房長官も「金を出しているから」を理由の一つに挙げていますが、そのお金は「税金」であることは言うまでもありません。政府(行政府)が資金提供(バックアップ)するものについて、政府(行政府)の許認可がいるとしたら、それがどんな社会になるか、おおよその見当がつくのではないでしょうか。
   少し拡大解釈になりますが、「世界中に慰安婦像が設置されていくニュースを見るたびにいい気持ちにはなれません」は、そう思う人は少なからずいることは想像できます。ですが私は、それほど違和感は持っていません。
   アメリカの例ですと、地元住民は受け入れるケースが多いと聞いています。むしろ私には、未だに首都東京に「米軍基地」が存在していること、「原爆投下は正しかった」等々、日米関係でそんな事例が多いこと自体に、いい気持ちにはなれません。
   ということで私の意見は、以上のようなものです。お互い長い人生を歩いてきましたから、意見の違いがあって当然ですし、今となっては異論だからといって「説得」出来るとも思いません。逆に意見は拝聴しますが、同調するかどうかはよくわかりません。

 

 角を突き合わせて、互いの距離感を広げてしまうことにあまり躊躇しなかったのは、若かったからだろうか、逆に加齢重ねて老いれば、争わないが譲りもしない、殻に閉じこもることもある、ということになるのだろうか。そんなことも考えながら返信メールを送った。
                   

 

 

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2019年8月 7日 (水)

長崎市長へメッセージを送る

 個人のものと2通を同時に
 目覚めた朝、今日の予定は?まず長崎市長宛のメッセージを読み返して投函から始まるなと思った瞬間、広島と同じ個人としてのメッセージがないことに気づく。諦めるか、踏ん張るか。暫く瞑想して筋書きが見えてくるか探ってみた。そうだ「平和」という詩が残っていた。これが使えないだろうか、この地元では公開済みなので使えないが、長崎ならいいだろうと考え、それを採用すれば、全体の3分の2が埋まる。あとはどうにかなりそうだ、ということで朝食前に一気に仕上げた。
 内容としては、「ピースサイクル愛知」からのものと重複するが「また安倍政権は『核兵器禁止条約』への参加、批准を拒み続けています。トランプ米大統領は、ロシアとのINF(中距離核戦力)廃棄条約を破棄することを表明し8月2日には、このINF全廃条約が失効してしまいました。この先中国を含む「核軍拡競争」が強まることがとても心配です。
 貴職が副会長を務められる世界の7785の都市が加盟する「世界平和首長会議」が、何らかの行動を起こすことで、
こうした流れを押しとどめることはできないものでしょうか。」が中心部分。
 新味がないなあという思いが残ったが、伝えたいことは書き入れたと思うので、2通を添えて午後に投函した。

 

   私には「貧乏体験」はあっても「戦争体験」はない。この先何年かして書くこともなくなった時、話し言葉としての「非戦平和・核の廃絶」をどう伝えればいいのか、と思うことがある。
   意識として世代の役目は終えた、見守るだけでいいのか、日ごと、月ごと、年ごとにか細くなっていく「線」であっても、切らさないことも生き方の一つ、と考えればいいのか。
 一仕事終えてなんとなくこんな思いがかすめていくのである。

 

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2019年8月 6日 (火)

8・6広島原爆忌の朝

 夜には、長崎メッセージを仕上げる
 昨夜はパソコンの不調で、「C&Lリンクス愛知電子版・第53号」の送信に時間をとられ、午前3時就寝となった。
   午前8時には何とか目覚めたが、スマホを見ているうちに、いつの間にかまた寝入ってしまった。
   ウトウトしているほんの少しの時間だったと思うが、「忘れない!ヒロシマ、ナガサキ、オキナワ」と思いつつ、「忘れないはいいが、伝えたいがないではないか」がかすめた。
   私的なブログ、ミニコミ誌で伝えてはいるが、“わが家”にそれがない。子どもに正面から話したことはなかったと思うし、孫にはまるでない。ひょっとしてかなり先で“書き遺した”ものに目を触れる機会があるかもしれないが、それで良しとはならない。他の仲間たちはどうしているのだろう、先輩たちはどうしたことだろう。
   午後のニュースを見て、切羽詰まっている「長崎市長」宛ての「平和メッセージ」に取り掛かったが、全く進むことができなかった。前年のものの丸写しでも、出さないより出した方がいいかな、と安直な方向に傾いていったが、トランプ大統領のINF(中距離核戦力)廃棄条約の破棄の問題がきっかけとなって進み始めた。愛知の状況としてリレーの経過とともに「あいちトリエンナーレ2019」の問題を付加することで、何とか仕上がった。明日の午前中に投函すれば、何とか間に合うだろう。

 

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2019年8月 4日 (日)

「表現の不自由展」中止に抗議行動

   あいちトリエンナーレ「平和の少女像」をめぐって
 連日の猛暑に加えて不快指数を上げたのが、「あいちトリエンナーレ2019」のプログラムの一つ「表現の不自由展・その後」の中止であった。展示された中の一つ、従軍(軍隊)慰安婦を題材とした「平和の少女像」をめぐって、卑怯で心ない脅迫とそれに加担した河村名古屋市長、屈した大村県知事。
 あいちトリエンナーレは、2010年から3年ごとに開催されている国内最大規模の国際芸術祭といわれている。4回目となる今年は、国内外から90組以上のアーティストが参加。国際現代美術展のほか、映像プログラム、パフォーミングアーツ、音楽プログラムなど、様々な表現を横断する、最先端の芸術作品を紹介するとしている。その一つが、芸術監督の津田大輔さんも力を入れた「表現の不自由展・その後」であった。
 表現の自由が脅迫・暴力で潰された事実は大きいし、認めがたい汚点でもある。それが昨今の悪しき社会的“空気”の延長線上にあるとすれば、落胆はいっそう大きく危機が募るのである。
 ブログを書き、ミニコミ誌を発信している私も「表現者」の一人という自覚は、日常的には強く持っていたわけではないが、こうした「事件」を目の当たりにすれば、ただ傍観しているわけにはいかない。そこで「表現の不自由展・その後」の中止の発表を受けて呼びかけられた抗議集会に参加したのだった。
 愛知芸術文化センター2階の西出口がその場所であった。地下鉄出口からそこに至る、「オアシス21」周辺は異様にごった返していた。どうやら大須で開かれていた「世界コスプレサミット」の流れで、そのコンクールの会場がこの芸文センターということのようだった。
 炎天下で約1時間、延べ50人くらいであったろうか、各方面から抗議のアピールとスタンディング。私もその一角に列した。
 発言者からも指摘されていたが、私が強く感じたのは河村たかし名古屋市長の発言と行動であった。この人には歴史認識と“知性”がないとつくづく思ったのだった。彼の口癖は「パブリックサーバント(公僕)」であるが、思い込み・自己主張が強くて言行不一致甚だしい。
 抗議場所には、ミニチュアの「平和の少女像」が並べられた。その前をコスプレの若者たちが一瞥して通り過ぎて行った。歴史の事実を表現する少女像とコスプレの若者、この対比はいかにも現在の日本の姿の一面を表している、そんな風にも思ったのである。

 

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2019年8月 3日 (土)

参院選の総括、着手するも

 全像を描くには、パワー不足・・・
 8・6広島原爆の日の市長宛てのメッセージを投函したので、次の8・9長崎市長へのメッセージに取り掛かるが、参院選の総括もこれ以上遅らせられない事情もあるので着手した。
 はじめに、から書き出した。ここは型どおりに済ませて「総論」に入る所でパタッと止まった。どう書いてもマスコミの大見出しのものが並んでしまうからだ。「改憲の3分の2に届かず」みたいな。とはいえ、それ以上のものが見つかるはずもない。個人的な「意思」は、「各論」で盛り込めばいいと思うのだが、それでも物足りなさを埋めたいという思いは消えない。はやる気持ちはあれど「パワー不足」は免れない。しばし中断。
 はじめに
 この参院選挙で何をめざしたか。
   政治の大局としては「改憲派の与党、与党系を3分の2以下にする。自民党が改選議席を下回り、安倍内閣の責任論から退陣へ。野党共闘の成否で、政権交代の展望が拓けるか、の選挙」
 立憲民主党としては、「議席を大きく伸ばし、野党第1党として政権交代のイニシアチブが握れるか。多様性、当事者性から擁立した候補者をどれだけ多く当選させられるか。“ボトムアップ”の試金石の選挙」
 愛知選挙区では「田島まいこ候補の必勝。名古屋を基盤としながらも全県的な浸透が図れるか。国民民主党、連合愛知の影響力を探る。立憲パートナーを含む組織型選挙の展開はいかに。市民運動のとの共同、連携の現状を見る選挙」
 個人的には「田島まいこ候補の当選に尽力。党、選対の要請に応える。個人として何ができるか、何がしたいか、どこまでできるか、を自覚する選挙」
 人それぞれ、立場それぞれとはいえ、立憲民主党の党員、パートナーであれば、大局観をもって教条的、他人任せではない、自立した自主的な行動が取れたかどうか。「個人の総括」とは、そうした観点が肝要ではないか。その集大成があってこそ「ボトムアップ」の検証ができるのだと思う。

 

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2019年8月 2日 (金)

広島平和メッセージ・2

   一市民としてメッセージを送る
 今朝になって、松井一美広島市長宛の、ピースサイクル愛知からのメッセージを読み直してプリントし、封筒に入れようとした時、A4のメッセージ一枚だけでは如何にも寂しい気がした。
 昨年も一枚だけであったから、さして気に留めることでもないのだが、人間、ふと思いつき或いは気が変わって前例から外れることがある。多分、昨夜のメッセージ書きの余韻が残っていたから、その延長で書く気になったのだろう。とはいえ、同じ文章、形式ではつまらないので、その点にこだわったら思わぬ暗礁に乗り上げた。冒頭の書き出しがなかなか出てこない、決まらないのであった。四苦八苦して以下のような冒頭部分とした。

 

青い夏空と共に8月6日の「広島原爆の日(原爆忌)」がやってきます。
この夏のこの空、そして伊勢、三河の海は、広島の瀬戸の海と繋がっています。
二度と繰り返してはならない「被爆」、そして世界から核兵器の廃絶の想いは、
空と海と同じように広島と愛知・名古屋はしっかり繋がっています。

 

この後は、愛知のメッセージの内容のものを言葉代えて書いてみたが、それでは「個」が見えないので、私自身のことに少しだけ触れた。「・・・ひるがえって私は、幼少期の“貧しさ、空腹感”は忘れ難いものがありますが、『空襲警報』を聞くこともなく、ささやかながら学校給食のもとで小学校、中学校の教育を受けることができ、徴兵制、召集令状を受け取ることもなく戦争下の恐怖に曝されない『平和な時代』を過ごすことができたことは“幸運”と言えるかもしれません。今となってはそれが「幸運」ではない「普遍的平和」であってほしいと願うばかりです・・・。」

 

この季節になるといつも、“もう一度広島、長崎に行ってみたい”思うのだけれども、年ごとにその可能性は薄れていくように思えてならない。

 

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2019年8月 1日 (木)

松井一美広島市長宛へ

   ピースサイクル愛知からの平和メッセージ
 この時期、8月の「原爆の日」に向けた広島、長崎両市長宛ての「平和メッセージ」を、ピースサイクル愛知として送り続けている。今日になって松井一美広島市長宛のメッセージが完成し、明日投函する。8月5日までには、「ピースサイクル広島」のもとに届くだろう。全国から届いたものは、まとめて松井市長に届けられる手はずとなっている。長崎市長宛も同じである。
 永年にわたって送り続けていると、メッセージの内容に変化がつけにくくなる。前年からの1年のうちになにがしかの動きがあれば、それを挿入することでいくら変化を持たせることができる。
 今年は、松井市長がためらっていた「核兵器禁止条約」について、日本政府に参加を促し、批准を求めるとの意向を固めたとの報道により、これを後押しする一文を挿入したが、あとは前年と同じ流れとなった。
 とはいえこれらのメッセージは、本来ピースサイクル愛知としては当然だとしても、個人、或いはグループによる共同署名でもいいから、個別に送ることが望ましい。ピースサイクル長野がこれを実践していて素晴らしい。
 これは自転車に乗って追従していくのが難しくなった私をはじめ高齢者にとって出来ることの一つではないだろうか。書くことが苦手、と最初から尻込みする人が多いが、形式を整え、起承転結の一文を書く必要はなく、短く、思い付きの5・7・5の俳句・川柳風でもいいし、5・7・5・7・7短歌風でもいい、まず送ることだ。だから「暑中見舞い風」でも構わないわけだ。
 というように、もう少し早めに、丁寧に知らせて促していればよかったのだが、それを怠ったので大きなことは言えないのだが。

 

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