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2019年7月31日 (水)

7月尽

 広島、長崎、敗戦の8月へ
 何ということだ。台所で使う「皮むき器」(ピーラーともいうが、これは製品名かもしれない)で、里芋の皮をむいていて、勢い余って滑らしてしまった。さして切れ味のいいものでなかったが、左薬指の爪の上部を切ってしまった。肉質部むき出しになって出血。このまま爪が伸びきるには1か月はかかりそう。“あ~あ、難儀なこったぁ!”とつぶやいた。
   「主夫」をして何年にもなるが、軽いやけどはしても、包丁など刃物で怪我したことも、ガラスコップを落とすなどして割ったことも記憶がないくらい、随分前のことだ。
   しかしここ最近は、被害がないとしても何かと手から物を落とすこと、ちょっと物を引っ掛けて落とす、倒すこと、敷物に足を引っかけることなどは日常茶飯事となってきた。その都度チッと“舌打ち”するのだった。
   幸い、外出時にそうした些細なことでも、接触したり、躓いたりしはないのであるが油断はできない。
   このブログを書く、C&Lリンクス愛知などを執筆する。そんな時誤解ではないか、曲解していないかと何度も読み返すのであるが、特に気を使うのが様々な「差別」についてで、最近では「ハラスメント」も要注意となっている。それは、これまでの生活の中で“当たり前”のように思っていたことが当節では、“アウト”となることもあるからだ。
   話は飛んで参院選の「令和新選組」が話題になっているが、当分この話題は続くと思われる。「令和新選組研究」なんてものも出てくるかも知れない。これについては私も、「総括」の中で触れないわけにはいかないだろうと覚悟をしつつあるが、驚かされるのはまだ立ち上げてから2年足らず「立憲民主党」が「枝野幸男代表」が「既成政党」と括られ、枝野代表も山本太郎代表の前では、固定観念をもった「古参」とまではいわれないが、“時代遅れ”のリーダーのように言われることだ。太陽や月光の前に立たれれば、そのうしろはどうしたって「陰」となる。
   それを感じるほどに、「山本太郎・令和新選組」を取り上げ、それに「国民民主党」添えられるといっそう、深謀遠慮の靄がかかり始めるのである。「立憲民主党・枝野つぶし!」は、身贔屓からくる素人の勘繰りであろうか。
   ともあれ、7月は今日で終わり。広島、長崎、敗戦の日の8月が明日から始まる。

 

 

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2019年7月29日 (月)

C&Lリンクス愛知電子版・第52号

   ピースサイクル2019愛知を特集
 参院選挙に続いて「ピースサイクル2019・愛知」の3日間が昨日で終えた。「C&Lリンクス愛知電子版」は7月21日・第51号の発信のあと少し間が空いた。そこでピースサイクルの報告と電子版の発行を組み合わせて、第52号を編集した。
 内容は「ピースサイクル愛知特集」として1)今年もピースサイクル運動に取り組みました「ピースサイクル運動って、どんな運動?」2)ピースサイクル2019 愛知-7月26日豊橋~28日小牧基地まで。3)7月27日の夕刻、金山駅で配布予定だったチラシ。4)「ツネじい通信」 NO45  2019/7/24 「梅村選挙」無念なり。このカベどう破りしや。5)あとがき。
 あとがきでは、●今号は「ピースサイクル特集」とした。30年以上続けてきた運動ではあるが、ほとんど「仲間内」の取り組みで、外へ外へと広げていくことはしなかった。自転車走行だけなら10人前後がまとまりやすく「安全」が確保できる領域、という判断もあった●その意味では「運動」と言えたかどうか。葛藤もあったし忸怩たる思いもあった●それでもこの運動を記事化して本誌に載せたのは、政治活動=選挙ばかりではない、ささやかでも地域における継続した運動、市民運動あってこそ、だ。少なくとも私たちの「反戦・反核・平和・人権」をベースに、安倍政治を問い、原発に反対し、沖縄基地問題を訴え、自治体や自衛隊基地、中部電力に申し入れをしていく意義は小さくないし、そこから派生して別の運動につながる、そんなことも秘かに期待してのものだった●立憲民主党、党員、パートナーのみなさんに、この思いは通じるであろうか●参院選挙の私的な「総括」は、これからとなるが8月10日までにはまとめたい。
 私のつぶやきはいつも“ネガティブ”になりがちだが、小なりとも“成果”を織り込んでいるつもりだ。また、指示、要請の類より“自発的な”参加を促すことに重きを置いているつもりだが、果たして伝わっているかどうか。

 

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2019年7月28日 (日)

ピースサイクル2019愛知(3)

   名古屋から小牧基地へ、岐阜へリレー
 7月28日-午前9時までに今日の自転車隊6人と、街宣車の3人が揃った。そこで市役所を背景に全員写真を撮り、“休憩をとりながら、無理のない、安全走行”を要請して、ピースサイクル愛知の最後のコース、市役所前から航空自衛隊小牧基地までの約18㎞コースに出発、街宣・サポーターとして送り出した。
 自転車にのぼりをつけ、自転車の前面に看板をつけての走行そして街宣車がサポートすれば、それなりに“何の運動か?”は分かってもらえただろう。
 市役所から国道41号線に出て北上し、黒川で右折して辻本通(県道102)に入ってから第1回目の小休止、矢田川に架かる改修の整備の終わった三階橋を渡り、さらに庄内川に架かる水分橋を超えた先で2回目の小休止、そこらは中間点の少し手前になろうか。幸い雲が出ていて、気温は高めでも真夏のカンカンれ照りよりは少し和らいでいた。
 10時30分航空自衛隊小牧基地横のクリーニングショップ前に到着。暫くして岐阜ピースサイクルのメンバーも揃ったところで、基地ゲート前にて船倉航空自衛隊小牧基地司令宛ての申し入れを、名古屋実行委員会代表が読み上げて手渡した。
 内容は1)「航空祭」について、ブルーインパルスの展示飛行の中止。2)F35Aステルス戦闘機の墜落についての見解。3)3、ホルムズ海峡のタンカー攻撃への対応での自衛隊派遣の動きについて。4)朝鮮半島をめぐる動きについての見解を問う。5)日米地位協定についての考えをお伺いしたい。
 総勢17人。雲が切れた炎天のもと、自衛隊の対応はゲート前のふちっこ、歓迎したい“お客” ではないにしろ、長居をするではなく、国民を守る仕事なら、部屋を用意するくらいの対応の仕方があろうものを。
 11時半ころ、全員写真を撮って岐阜に向けた一行を見送って愛知のチームはここで解散した。この3日間、台風に祟られたが、とにかく無事に終えることができた。
 これから先は、この報告をまとめることと、広島、長崎両市長、沖縄県知事宛てのメッセージ、「六ヶ所ピース」に向けたメッセージ4通をもって、ピースサイクル2019は一区切りとなる。11月に全国(総括)会議が開かれる。

 

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2019年7月27日 (土)

ピースサイクル2019愛知(2)

   走行を全面中止、日進交流会を開催
   台風6号の影響をまともに受けると予想された今日の自転車走行は、全面的に中止した。
   今日の予定の決断を迫られていた私は、昨夜10時過ぎに「天候の回復がない限り、全1日自転車走行は中止する」「正午からの日進市民交流会は開催する」という決定をして周知した。
   実際のところ、交流会も含めてピースサイクル全体を中止することも選択肢に入れていたが、「岡崎から名古屋まで、主要なメンバーが集まる機会はこの日しかない」「2020年は、ピースサイクル運動35年目になる。この節目を迎えるにあたって、今後の方針について意見を聞く機会としたい」「日進市民グループのおもてなし、交流の機会は意義深い」という背景をもって、「日進・市民交流会」は決行したのだった。13人が参加した。
   主催者側から、歓迎の挨拶と、日進の市民グループから近藤市長あてに出された申し入れ書の、回答書が読み上げられた。文書を聞いて、それをみて“おやっ!”と思ったのは、まず、差出人が誰かということと日付が書かれておらず、文書の形式が整えられていない。さらに、これまで途切れることなく市長名で出されてきた広島、長崎両市長宛ての「平和メッセージ」については、「控えさせていただきます」とあり、この豹変は何だ?この4月に新しく就任した市長そのものの「意思」として出されたものなのか。たまたまこの日は、市民派女性議員3人とも出張のため不在であったから、今少し事情が分からなかったが、来年に向けては“善処”してもらうことにした。
   市民グループのみなさん他からカンパもいただき、私からお礼を述べて「昼食会」に入った。
落ち着いたところで、全員の自己紹介、運動紹介などがあって、来年以降の取り組みについてひとしきり意見を出し合った。私からは、全国の状況の報告と私のもとでは今以上の発展性も継続性怪しいもので、どなたかに引き継いでもらいたいなどと述べた。その場では結論らしきものは出ず「この課題は先送りとなるが、とりあえず来年は取り組むこととしたい(宿題としたい)」とした。
   午前11時過ぎから1時間以上激しい雨に見舞われたこの地域。散会した2時過ぎでは、雨脚は弱くなっていたが、やはり自転車で走れる状況にはなく、「安全第一」を旨とするピースサイクルとしては、走行中止は正解だったといえよう。

 

 

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2019年7月26日 (金)

ピースサイクル2019愛知(1)

 豊橋から岡崎までを走る
 台風6号が近づきつつあり梅雨明けの宣言も出されていないが、この日は夏空で強い日差しが三河地域に差し込んでいた。私は、なんだかこの青い空を見るのは随分久しぶりと感じたのだった。
 正午過ぎに、愛知の3人は豊橋公園で浜松の仲間4人と合流し、自転車3台にのぼりを装着して、午後1時少し前に出発し、愛知のピースサイクルが始まった。
 予定時間を20分早い午後1時40分頃、陸上自衛隊豊川駐屯地に到着した。早速岡崎の仲間から申し入れ文書の読み上げと手渡しが行われた。
 内容は、ピースサイクルの始まり、愛知の参加を伝え、日本を取り巻く国際情勢の一端として、米朝会談、アメリカのイランとの核合意の離脱、米中貿易摩擦を述べ、最近の日韓関係の悪化、それらから、はびこる「自国第1主義」を指摘し「憎しみは憎しみしか生みません。今こそ、唯一の被爆国である日本は、憲法9条の平和の精神を世界に向けて発信すべき」とした。
 最後に自衛隊が人命救助、災害復旧に尽力していることを評価し、そうした活動に重点を置き、軍備縮小を求めた。
 そのあと、豊川海軍工廠展の常設展示場「桜ケ丘ミュージアム」を訪問した。昨年は、開館したばかりの平和交流館(平和公園)を訪問した。それは第2火薬庫や、爆薬置き場の残る一角に造られたのだった。
 午後3時少し前、浜松の仲間と別れ、愛知は伴走車に二人、自転車1台の「一人旅」で、旧東海道・松並木の残る御油、赤坂宿を経由して名鉄本線「本宿」駅に到着した。ここで明日の台風の影響について相談して予定を組み、解散した。愛知の1日目は無事終了した。

 

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2019年7月25日 (木)

選挙総括は「一喜一憂」か

 次の備えのために、の次はどうする。
 明日から「ピースサイクル2019・愛知」が始まるので、選挙総括もそれ以降になる。できれば、熱が冷めやらぬうちに、或いは関連資料が乏しくなる前に、さらに「あと出しじゃんけん」と言われないためにも、今週中くらいにまとめておけばよかったと思わないでもないが、拙文に輪をかけるようなことはやめておきたい。
 とはいえ、どこから切り出していけばいいのか、おおよその構想くらいは練っておきたいが、それもままならない。そこでこの選挙、もっぱら私自身の係り方と立憲民主党としてどうであったか、特に後者が主になろうが、総論でいけば「一喜一憂」または「一喜多憂」といえるかもしれない、とふと思いついた。あまりいい4文字ではないが。
 実際、愛知選挙区・田島まいこさんの当選は嬉しかったし、4位ではなく3位もいい結果といえる。票の分析はまだだが、やはり相対的に三河地域の票の出は芳しくなかった。大塚耕平と“棲み分け”といえば聞こえはいいかもしれないが、それでは困るのである。この点の総括は一つのポイントだと思っている。
 東海3県6議席で、与党4、野党2、つまり改憲派が3分の2を占めたわけで、これを「憂」と言わずしてなんとする。愛知の「市民力」を、三重に持っていくことはどうだったか、できない相談だったか。(選挙前私は、愛知の市民の力を岐阜に割いたらどうかとも考えたが)
 全国比例区の得票が1千万票に届かなかった、それ故当選が8人にとどまり、女性候補を押し上げられなかったのは「憂」とした・・・。当選者が労組をバックとした候補であったことは、労働運動の観点からは良とする一方、立憲民主党としての大衆的な人気(支持)の薄さは、課題を残したと言える。これも「憂」の一つである。
 「一喜」と言わず「多喜」も探してみたい。“叱るよりほめよ”という方法もあるかもしれない。
いずれにしても次の備えのために、の総括ではあるが、私自身、次はどうなる?どうする、であるが。

 

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2019年7月24日 (水)

梅雨が明ければ、ピースサイクル愛知!

 31年目の夏を迎える
 東海地方に「梅雨明け」の宣言は出されていないが、昨日と今日の天気から、ざ~っと一雨来たら、梅雨明けかなと思う。その日がピースサイクル愛知の26日から28日になるかかどうか。
 思えばこの運動を31年間続けてきたから、文字通り土砂降りの時も経験した。退避する間もなく全員がびしょ濡れになったが、1時間も走っているうちに、強い日差しで衣類はほぼ乾いてしまった。そんな劇変にもへっちゃらだったのも、やっぱり「若い」からだったからだろう。
 昨日、愛知の全コースの陣容とタイムスケジュールが固まって、参加者に周知した。そこには「自転車走行にあたっては、全員保険加入を義務付けます。保険以外は全て自己責任で、主催者は責任を負いません。」等の注意書きを添えた。これまで入院などの大きなけが、事故はなかったが先のことはわからない。各ブロックの責任者には念を押さねば。
 この運動の起点は1986年だから今年で34年目となる。愛知は1989年からの参画だから31年目となる。個人的には全活動期の3分の2は、この運動にかかわってきたことになる。この愛知では、通年運動(日常的な取り組み)ではなく、もっぱら7月のこの時期が中心だから続いたかもしれない。しかしそればかりではなく「平和運動」への想いを抱く人が少なからずいたことが支えだったことも確かだろう。
 当初は、マスコミにも連絡を取って、記事化になったこともあったが、それは記事になるほどの新鮮さと内容があったからであろう。
 2015年8月にこんな記事が中日新聞に載ったこともあった。
 広島市の平和記念公園で燃える平和の灯ともしびを、全国の高校生が自転車で各地につなぐ「ピースリレー」。東北や九州など各ルートで順次始まっているが、広島市から名古屋市を目指す「広島ルート」が7日、本格的にスタートした。カンテラの中で輝く「平和の灯」を自転車に取り付け、約540キロ先の名古屋を目指す。12日夜に名古屋市にゴールするまで、中日新聞では生徒たちの「生」の様子を、動画や写真で紹介していく。2015.8.6
 彼らと合流できないか、という話もあるにはあったが、こちらはかなり“劣化”していて、受け入れられるだろうか、或いはこちらがついていけないかもしれないと尻込みしてしまった。
 そんなこんなであっても、今年もまたピースサイクルの夏がやってきた。

 

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2019年7月22日 (月)

参院選終わる、雑草はまた生える

   草刈りとは関係ないかもしれないが
 隣地から雑草の蔓が伸びてきて、アルミ塀を覆い始めた。この時期水分を得てかぐんぐん伸びてくる。何とかせにゃいかん、雨があがったら引き抜こうかと思っていたが、この間の“家事の手抜き”の後ろめたさも少々あって、思い切って作業に取り掛かることにした。長そでシャツ、長靴、上下のレインコートで身を固め、軍手をはめていざ出陣!
   1時間ちょっとで目的の7分目ほどをやり終えた。もう少し頑張ろうか、今日のところはこのあたりでよかろうが交錯した。結局全身汗ぐっしょりとなったところで終了。45リットルのゴミ袋に4杯程度になったであろうか。完全駆除とはならなかったが、当分は気休めになるだろう・・・。
 ・・・そういえば今回の参院選挙、なんだか立憲主義、平和主義に絡みついたしつっこい雑草みたいなものを排除するための作業ではなかったか、そんな思いがよぎって苦笑した。半分も摘み取れなかったところの違いはあったが。
 さして汗をかかなかったとはいえ、田島まいこ応援団の一人として、また「立憲パートナー」としての自覚は持ち続けた。とにかく田島まいこ候補が当選を果たして安堵はした。けれども野党そして立憲民主党全体からみれば、とても高揚した気分にはなれなかった。抜き残した雑草のごとく、選挙区で取りこぼし、比例区でもう一押しが足らなかったというか、“体力差”が出たといえようか。
 投票率があまりに低いのにはがっかりした。選挙は当落が第一であるが、まっとうな(成熟した)議会制民主主義であろうとするなら、少なくとも75%以上の投票率をもって「政治の良し悪し」を評価しなければならないと思う。その意味からは、選挙で勝っても負けても、50%以下の投票率では、有権者の4分の1程度の信任ということにもなりかねない。それは「既成政党の、既成政治に魅力がない、飽きられている」という説もあると聞く。その中に結党してまだ2年足らずの立憲民主党も入っているのか?私は未だ「新党・立憲民主党」と思っているから、“ええっ”と思ったのだった。
 しかし考えてみれば、建屋の看板は新しくなって新鮮さはまだ残っていたと思うが、建屋自体が「旧民主党、旧民進党」の柱で組み建てられているのだから、「既成」と言われてもしかたがないのかもしれない。つまり「立憲民主党」は、旧材を使ってリフォームしたのではなく、土台から建て直して「新築」の家として披露したのだが、“住みたくなるような家”あるいは今の時代に合ったデザイン、仕様になっていなかったといえるかもしれない。「まっとうな政治」のスローガンには「まっとうな、〇〇〇〇政治」という〇〇フレーズが希薄か魅力的でなかったのかもしれない。
 参院選は3年後、統一地方選挙は4年後、その間名古屋市長選挙があるが、早い段階に「解散総選挙」があるかもしれない。今一度雑草の駆除に精を出し、欠けているものに手当てをし、植樹、植栽をもって魅力的な小庭をつくることも構想してみたい。「市民的な小庭」として。

 

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2019年7月21日 (日)

C&Lリンクス愛知電子版・第51号

 参院選最終日の田島まいこ候補
 17日間の参院選の選挙運動は昨夜の午後8時をもって終えた。今日になって投票も終えた。
 選挙が終わって結果がどうであろうとも、或いは「立憲パートナー」という立場であろうとも、私なりの「総括」はいずれするつもりだ。「リベラル政治懇話会」でも8月24日(土)に参院選の総括を兼ねた講演会を予定しているとのことである。他人の総括も聞きたいがまず自ら総括することが「自立」したる者の務めである。
 C&Lリンクス愛知電子版・第51号の内容は以下の通りである。1)参院選2019 ファイナルデー 田島まいこ候補 全力疾走の17日間。2)参院選投票日を迎えて 国民のみなさまへのメッセージ 立憲民主党代表 枝野 幸男。3)この国はどこへ これだけは言いたい 作家・丸山健二さん、75歳 戦争を止めるには「自立」必要。4)あとがき。全4頁。とりあえず今日中に発信できたので、明日の仕事の半分を終えた気分である。
 この時間帯(午前0時の直前)に、テレビの前に居ないからパソコンから情報を見ると、どうやら「改憲勢力の3分の2」は阻止できたようで、それならまずは安ど。しかし「野党」の中に改憲派がいるので、その数との整合性が気がかりである。静岡の榛葉某候補は当選したらしいから、少なくとも(安倍のもとでの)改憲阻止派はマイナス1、ということになる。
 その意味では、維新の伸長と共産の伸び悩みは、他事とは思えない。じっくり考えてみたい項目である。

 

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参院選・感慨を込めて投票を済ませる

 手抜きの日常性を取り戻したいが・・・。
 昨日は、約1万1千歩を歩いたこともあって、今朝起こされて目覚めたのが午前9時30分を過ぎていた。
 お昼前までに投票を済ませた。選挙区は「田島まいこ」だが、比例区は政党名にするか個人名にするか、幾らか迷いはあったが結局「個人名」にした。誰かは伏せておこう。
 これで年明けから始まった地方選挙と参院選挙に一区切りつけられ、この後「ピースサイクル2019」に専念する。それが落ち着くのは、「六ヶ所ピースイクル」の始まる8月の20日すぎで、その間に、「参院選の総括」をまとめることになりそうだから、結局私の「夏休み」は、8月下旬ということになりそう。とはいっても「夏休み=日常」でしかないのであるが。
 小さな庭ではあるが、そこは雑草がはびこっていて、この間の“家事手抜き”の象徴としてある。決して「怠惰」ばかりの日々ではないのであるが、隙あらばどこにでも進出してくるのがこの「雑草」と、何かと「先送り=手抜き=怠惰」ではないかと思う。
 さて、次の「C&Lリンクス愛知電子版」にとりかかる。明日からの日程を考えると、今日中に仕上げたいが、そうすると、選挙結果については先送りになる。どうしようか。「田島まいこ・ファイナルデー」は経過だけに留めて、簡略に速報だけにしておこうか。いずれにしても日常に帰るのはもう少し先か。

 

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2019年7月20日 (土)

参院選・ファイナルデーの田島まいこ候補

 矢場町・栄・広小路伏見・名駅・笹島を練り歩く
 参院選・ファイナルデーのこの日、田島まいこ候補は午前と午後、東三河方面を精力的に回ってようで夕刻の午後5時20分、矢場町近くの「名古屋ゼロゲート」前にやってきた。
 私は、午後4時40分頃に地下鉄栄駅を降り立った。この周辺でどの候補が街宣活動をしているか、人の出具合はどうかという“偵察”が目的で、そのまま矢場町方面まで歩いた。ラシック前で演説していたのは共産党の須山初美候補であった。しばし足を止め人だかりと運動員の様子を見渡したが、思いの外穏やかな雰囲気であった。当落線上まで追い上げていると伝えられていたから、熱気と党幹部、著名人も応援にきているのかな、と思ったのだが。来ていないか、すでに終えていたのか、次の場所のどこかが今日のメインなのか。
 午後5時15分頃、名古屋ゼロゲート前に近藤昭一県連代表が到着した。続いて大村秀章県知事、佐々木龍也連合愛知会長、斎藤嘉隆参院議員そして田島まいこ候補が次々と到着し、田島候補がひとしきり、地方議員、運動員を労うようにして握手して回り、すぐさま栄に向けて歩き始めた。
 私は、“よく頑張ったね、元気がありますね”と声をかけた。そう42歳の田島まいこさんは“働き盛り、気力、体力”が充実する「年齢ゾーン」に居るのであった。この後、栄から広小路通りを名古屋駅まで練り歩くのであるが、これほどの距離を歩いた候補者を私は知らない。それほどに彼女は元気なのだった。
 出発時は40人ほどだった応援団は、広小路本町付近でカウントしたら100人ほどに増えていた。狭い歩道を2列で歩くと長くなって信号で列が切られることもあった。
 私は、広小路伏見あたりまでは道路の反対側を歩いてカメラチャンスを狙ったが、車の通行が激しいことと、小型のデジカメでは、一行を捉えることは難しかった。
 伏見の交差点では、かなりの時間を割いて街頭演説会がもたれ、応援団の多くがマイクを握った。人通りが多いわけではなく、もっぱら通行車両に“見せる”もののようであったが、100人ほどが取り巻くと、それなりに、ドライバーにも、交差点周辺の歩行者にも目に留めったであろう。
 カメラを構えて覗いてみれば、演説の場所の背景に新しくなった「御園座」のビルが入って来た。このあたりは「シネマ散歩・緑の会」の映画鑑賞会でしばしば「伏見ミリオン座」に足を運んでいたから、多少の想いが甦ったのだった。個人的な“感傷”に過ぎないが。
 午後6時30分頃だったろうか「行列」は笹島交差点に到着した。そこでは他党候補の街宣車が既に演説を始めていて、それは終始田島候補の街頭演説と交錯するのであったが、田島候補の街宣車は“ナナちゃん人形前”を確保して、それに構わず「田島まいこファイナルデー・街頭演説会」が始まった。
   参集した地方議員全員の名前が読み上げられ、大村秀章愛知県知事、佐々木龍也連合愛知会長、斎藤嘉隆参院議員、赤松広隆衆院議員・衆院副議長、安藤愛知県会議員団代表が応援の弁を、そしていよいよ大詰めの午後8時に近づいてきた。午後7時35分ころであったろうか、近藤昭一衆院議員・県連代表・選対本部長が締めの挨拶、演説をし、7時48分田島まいこ候補が最後の、最後の街頭演説を行った。自らの体験、そこから感じ取った日本の現状から改めて立候補に至った経緯と、政治家としての決意、政治姿勢などを語り支援を訴えた。同時に多くの運動員、応援した人々へのねぎらい、感謝の言葉をもって締めくくった。この最後の夜も田島候補の声は枯れることなく、聴衆400人(?)を魅了したであろう。
 鵜飼春美名古屋市議の発声で“がんばろう”を三唱して、午後8時第25回参院通常選挙の、街頭の選挙運動は終えた。

 

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2019年7月19日 (金)

丸山健二著「夏の流れ」を読む

 作家にもいろんな人がいると、いまさらに
   毎日新聞の今日の夕刊に、特集ワイド この国はどこへ これだけは言いたい 作家・丸山健二さん、75歳 戦争を止めるには「自立」必要 という記事が載った。
 この作家の名前は初めて知った、というか出会った。
 記事の中の「今、日本人に一番欠けているのは自立の精神です。持とうともしないから、とにかく強い者の味方をする事大主義に陥る。」の一文に惹かれ、一気に読んだ。「自立の精神」それそれ。
 また「丸山作品には、さまざまなキャラクターが登場する。その中に、象徴的な主人公がいる。国家や世間、家に寄りかからず、内面にほえ叫ぶ動物のような怒りや鬱屈、情念を抱えながら、世に挑んでいく人物だ。」という記事にも目が留まり、彼の第56回芥川賞 1966年(昭和41年)下半期の受賞作品、短編小説「夏の流れ」を読んでみたいと思って、書棚の「芥川賞全集・第7巻(文藝春秋)」に収められているのを見つけ出して、90分ほどで読み切った。
 死刑を執行する刑務所の内部、死刑囚を担当する刑務官の心理を描いた作品で、読み始めた途端私はなぜか「なつかしさ」を覚えた。その書き出しが日本の近代文学の雰囲気を私に思い出させたからだった。
 私は1963年頃、社内の図書室に通い詰め、そこで日本文学全集のうち、島崎藤村から始まって、森鴎外、二葉亭四迷、志賀直哉、夏目漱石、芥川竜之介、山本有三、川端康成、谷崎潤一郎あたりまでを読み通した。その雰囲気である。
 それにしても、当時史上最年少の23歳で芥川賞を受け、これまで43の長編、200を超す短・掌編の小説を発表してきたというから、相当の才能の持ち主なのだろう。そして「この国はどこへ これだけは言いたい」というのだから、興味をそそられて当然だ。作家にもいろんな人がいるんだと改めて思ったのだった。
   最近また話題になった、亡くなった弟を背負って火葬の順番を待つ「長崎原爆直後の少年」の写真から想起した小説「ブラックハイビスカス」が12月に刊行予定だという。覚えておこう。

 

 

 

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参院選の、私的なここまで

   いずれ総括するとしても
   この参院選挙で、立憲パートナーとして“何をなすべきか”それには選対・総支部からの要請に応えることと、自ら取り組むことの二つがあった。選挙はがき100枚はこなしたが、3区総支部からの「電話掛け」については、勘弁してもらうこととした。その分、自主的な取り組みに重きを置いた。
   選挙情報として「C&Lリンクス愛知電子版」の発信に注力した。7月1日の第46号から、今日の第50号まで、20日間で5号を発信したが、田島まいこ候補の選挙運動の追っかけ、取材とそれを基にした発信で日が過ぎたような気もする。
   今日まで気になっていたこと二つ、一つはこの間周辺への資料の戸別配達が1件だけ取り残されていたので、小雨の中歩いて届けた。もう一つは、17日の「田島まいこ個人演説会」の案内を緑区中心に10数メール送ったが、その報告が終わっていなかったので、電子版の50号を添付してそれに代えた。
  一方私宛に届いた選挙葉書は、田島まいこ候補が1通、比例区は斉藤りえ候補が2通、もりやたかし、吉川さおり各候補が1通の5通届いた。私からすれば全く不要なもので、ほかの有権者に回せばいいのに、とは思うけれど、当たり前のことだが、そのように配慮される対象ではないということだ。だがそれはチェック機能が働いていない可能性もあるともいえる。逆に今回、共産党候補、社民党候補から1通も来ていないと言うことは、私は“チェック”されたからだろう。
 この差は取るに足らないほどのものかもしれないが、私の目からは、立憲民主党の組織体制の不十分さとして映るのである。いずれ4月の統一地方選挙と併せて「総括」で書くことになろうが、少々重い気分でもある。田島まいこ候補が当選し、立憲民主党の党勢が大きく広がれば、それもかなり晴れるであろうが。

 

 

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2019年7月17日 (水)

田島まいこ緑区の個人演説会

 接戦を勝ち抜くためにもう一押しを
 用意された座席は150~160だったと思う。満席となって田島まいこ個人演説会・緑区は、午後7時から始まった。
 進行役は岡本康宏名古屋市議(緑区)、前方の席には3区総支部の田中里佳市議(天白区)、奥村文吾市議(昭和区)、谷口知美県議(昭和区)、松本守県議(緑区)が並び、緑区の中村友美前県議、古瀬展実元市議も紹介された。
 最初に立憲民主党愛知県連代表・田島まいこ選対本部長の近藤昭一衆院議員がマイクをとり、この選挙で立憲民主党は女性候補擁立に取り組み、全候補者の45%が女性、仕事でも議会でも女性の活躍が必要。田島候補もその一人だ。働く人、若い人が少ないという「少子高齢化」の始まりは小泉内閣からで、非正規雇用が増え始めたのもこの頃からだ。こうした問題を議論しないのが安倍内閣で民主主義、立憲主義を破壊し続ける安倍政権・・・。こんな状況だからこそ田島まいこさんのような、現場に立って行動できる議員が必要で、ぜひ押し上げて戴きたい。
 地方議員を代表して松本守県議は、緑区の人口は間もなく25万人となり、有権者も20万人、ここで多くの田島票を出したい。この愛知では大都市もあれば過疎地もある。高齢化社会にあって公共交通の役割は大きい、国、県、市が一体となって取り組むためにも、田島さんには是非、国会に行ってもらいたい。
 佐々木龍也連合愛知会長は、田島さんを推薦し応援する理由は、「弱い立場の人に寄り添い行動する、現場を見て歩き、現場からものを考え、人の痛みがわかるそしてガッツのある人」であるからだ。いまの国会は、与党一強でやりたい放題、緊張感がない、全て曖昧で、同じことが繰り返される、政治はいったい誰のためにあるのか、田島まいこ候補そして立憲民主党は、働く者のためにも是非がんばってもらいたい。
 千葉(1区)から応援にやってきた田島 要衆院議員(無所属・立憲民主党会派)は、名古屋市出身ということもあって駆け付けた。田島要議員は海外留学、フィリピンの貧困の見聞など、田島まいこ候補と同じような体験をしてきたとし、歯切れのいい安倍政権批判を展開した。「失われたとする平成の30年、民主党政権は3年余、多くは自民党政権であった。」「(立憲民主党のもとで)もう一度やり直しが求められている」「日本の方向性、それは田島まいこ候補に託されている」などと熱弁をふるった。
 田島まいこ候補登場。連日連夜の選挙運動で疲れもピークに来ているだろうが、全く疲れを知らぬような元気さだ。それもこれも厳しい環境のもとにある海外経験が彼女を鍛えたのであろうか。
 “誰ひとり置き去りにしない社会、とりわけ子どもたちを守らねば”“愛知の人口は800万(実数は約760万人)で若干増加しているが、それは外国人の移入であって、日本人の人口は減少している。少子高齢化問題の取り組みは急務である”“映画やゲームではない、ホンモノの戦争を見た人はどれほどおられるか、私は実際に銃声の聞こえる場所に立ち、捕虜となったときに対応する訓練もしてきた。戦争、戦場そこは本当に悲惨だ。弱いものが真っ先に犠牲になる。だから私は平和を守る”“良環境のオフィスでものを考え、仕事をしてきたのではない。常に現場に立ち、現場の声を聞き、それを重視する、これが私の姿勢”“この選挙で、実に多くの人がかかわり、その人たちに支えられてきた。ぜひともこの選挙を勝ち抜いて、報いたい”“令和の時代をみんなと一緒につくっていきたい”

 

 報道機関による情勢分析で田島まいこ候補は、当落線上にあるといい、立憲民主党支持層も5~6割程度の浸透と伝えられている。固めきっていない、若年層の支持が薄い、大塚耕平候補の浸潤を許している、ということらしいが、そこには三河地域での基盤の弱さが大いに反映している気がする一方、地方議員とその周辺でのもう一押しが結果を左右すると読み取れる。残り3日間、情勢はどこでひっくりかえるかわからない。気を抜かずがんばろう。

 

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2019年7月15日 (月)

田島まいこ候補、名古屋栄の繁華街へ

   斉藤りえ比例候補と共
 3連休の最終日、各候補者は最も重点とする地域の街頭の立っているはずだ。いや大小の個人演説会を設定して時間刻みで動き回っている候補者もいるかもしれない。
 この日の田島候補はどんな選挙運動の一日であったろうか。スケジュール表を入手していないので、フェイスブックから拾ってみると、早朝は豊田市駅から始まったようで、午前中は豊田市内を回り、昼食をとった後、名古屋・栄に向かったのかもしれない。午後2時、大津通りパルコ前で一旦集合したが、すぐにそこを出発点とし大村愛知県知事がマイクをとり、全国比例候補の斉藤りえさんも加わって、田島まいこ候補は歩道を歩きながら訴えと握手を求めて栄ガスビルの道路の向かい側、スギビルの前に到着。ここで街頭演説を始めた。
 この日の進行役は、4月の名古屋市議選で初当選した久田邦博市議(瑞穂区)で、最初に大村知事、続いて斎藤嘉隆参院議員が、まず投票に行ってください、投票では選挙区と比例区があることを丁寧に説明し、「選挙区には田島まいこ」「比例区には「斉藤りえ」とお書きくださいと訴えた。また、安倍内閣は「大学(授業料)無償化」を自慢げに話しているが、所得制限、対象者はわずか、実施は10月の消費税増税後など限定的であることなどを指摘した。
 続いて田島まいこ候補が元気な姿でマイクを持ち、これまでと同様に立候補に至る経緯、国連での活動、日本の政治への思い入れ、問題点などを縷々述べた後、“この厳しい選挙を勝ち抜いて、みなさんの手足として使ってください”と訴えた。
 斉藤りえ候補は、耳が聞こえない、会話ができないという障害を持っているが、この日、必死で訓練して発声できるようになり、たどたどしいが自らの声で立候補の弁、政治にかける思いなどを語った。横では女性が普通の言葉としてりえさんの訴えを伝えていたが、じっくり聞き、又聞き慣れてくると、介助なしでも聞き取れる。
 最後に近藤昭一衆院議員・県連代表が駆け付け、田島候補、斉藤候補の当選をもって立憲民主党の躍進、政治を変えようなどと訴えた。
   更に栄交差点、スカイル前に移動して訴えを続けた。そしてその後、ナゴヤドーム前でのアピール、夜は半田市で個人演説会がもたれたようである。
   西三河から名古屋そして知多半島へと、田島候補の奮戦はまだまだ続くが、それも今週の土曜日まで。
   なお、7月17日(水)午後7時から、緑区・JAみどり・徳重支店で田島まいこ個人演説会が開かれる。

 

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2019年7月14日 (日)

ラストサンデーの田島まいこ候補

 名古屋駅西と笹島交差点で街宣活動
 今回も街頭演説会開始30分前に名古屋駅西に到着して、周辺を一回りした。人の流れとカメラポイントについてであった。
 場所はJR新幹線側であるから、駅構内に入ればほとんどが旅行客であろうが、横断歩道を渡る人は、持ち物からして何がしかの買い物に出てこられたのであろう。それにしても、ぶらぶら歩く人は少なくて、みなさん足早である。このことは、街頭演説会が始まってもそんなに変わることはなかった。つまり、通りがかりで田島まいこの話を聞いてみよう、福山幹事長はどんな話をするのか、と足を止める人が少ないということである。法定ビラを受け取る人も多いとは言えない。また「動員」がかけられれば、それ相応の人だかりはできるであろうが、よほどの有名人、タレントでない限り、多分どの候補者、どの党でも同じではないかと思う。
 このことから想定されるのは、「投票率」の低迷である。それは議会制民主主義の根幹にかかわる問題であり、無党派層の支持を期待する田島まいこ候補にとっても気になる所ではないだろうか。
 この日の進行役は、鳴海康裕県会議員(中川区)で、街宣車のルーフに立ったのは、田島まいこ候補者、近藤昭一衆院議員・愛知県連代表、斎藤嘉隆参院議員、そして福山哲郎幹事長であった。
 福山幹事長は、6月30日の「田島まいこ総決起集会」に来援、再度の応援であり、気合が入っているというか、この選挙の重要性、厳しさを党として受け止めている反映であろうと思われた。
 全国を走り回る幹事長であれば、さすがに声もややかすれ気味であった。体力がないと務まらないのがこの「業界」である。
 福山幹事長は、田島まいこ候補の国連職員としての経験、視野、価値観などは、この日本にとって貴重なもので、すぐにでも国会で活躍できる、してほしい人であるなどと紹介し、「朝日デジタル」では、以下のようにも述べたと伝えている。
立憲・福山氏「民主党政権時のこと自分の手柄のように」
   朝日新聞社  2019/07/14 18:13
■立憲民主党・福山哲郎幹事長(発言録)
 普通に考えてみて下さい。「悪いことしたんだろう」と言って、「いやいや知りません」とウソをつき、「いやいや証拠の文書はありません」と隠し、「いやいやこうです」と虚偽の答弁をしたら、みんな怒りませんか。国会が成り立たないのと同じではないでしょうか。なぜ国民の皆さんは「おかしい」という声をあげて頂かないんでしょうか。
 安倍政権が自慢げに言っている「基礎年金の半分を税金で入れた」、それから「(年金の受給に必要な保険料支払期間を)25年から10年に短縮した」。これ安倍さん、偉そうに言ってるけど、民主党政権の時にやった話です。ビザの緩和もやった、やったと言ってるけど、緩和を始めたのは当時外務副大臣だった私。一生懸命やりました。
 ひとのやったことは何も言わず「悪夢」といい、さも自分たちの手柄のように言いつのる。こんなのよくないと思いますよ。安倍総理に何も言わず、黙っている国会議員が何百人いたって、いないのと一緒じゃないですか。

 田島まいこ候補は、どこで鍛えたであろうか、ここに至ってなお声量は衰えず、やや早口は相変わらずであるが、それは訴えたいこと、聞いてほしいことがいっぱいあるのであろう。
 田島候補は、歴史的な日本の人口減、少子高齢化、これに歯止めをかける政策などを重点に支持を訴えた。
 午後2時15分から場所を笹島交差点に移して街頭演説会は続けられた。ここでは、松本守県議(緑区)が進行役で、福山幹事長はギリギリの時間まで応援をし続け、大村知事も加わり応援の弁をふるった。
 田島まいこ候補は、笹島を後にして大相撲名古屋場所が行われている名古屋城(県体育館)方面に向かったようである。

 

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2019年7月11日 (木)

参院選・田島選挙を中心に

 C&Lリンクス愛知電子版・第48号
 7月26日から始まる「ピースサイクル全国運動」の愛知の取り組みの準備にかかわっていて、「C&Lリンクス愛知電子版」の発行がやや遅れていた。選挙にかかわる記事だから「速報」が求められるので、一週間も先延ばしはできない。そこで関連記事は、7月7日の「田島まいこ大須街宣」だけにして4頁で仕上げた。
 第48号の内容は、1)田島まいこ 七夕の大須に登場! 長妻 昭代表代行、大村知事も応援に駆け付ける 田島候補に寄り添い、斎藤嘉隆参院議員、谷岡郁子元参院議員も。2)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<07月05日~07月11日>、3)「ツネじい通信」 NO44  2019/7/10 身をさらし、足を棒にしての・・・選挙活動。
 私の原稿一本では様にならないが、「ツネじい通信」(岐阜からの発信)が並び立っているので、何とか誌面が出来ている。私を含め、こちらを愛読している人も多かろうと思う。その岐阜の状況は、野党統一候補の梅村さんは、自民党候補の姿を捉えるところまで行っていないという。新人で初挑戦、知名度が低いのはやむを得ない。そこで与党候補に勝ち切るには、「安倍政治の真贋」を問い、野党統一候補として一体感を大いに発揮して、“市民ウエーブ”を創り出すことであろうと思う。
 愛知では、立憲民主党候補と共産党候補が「4位争い」というマスコミ評もあるが、間隙をぬっての維新候補の台頭を許してはならないだろう。
 三重では接戦が続いているという。愛知、岐阜、三重の3県6議席中、最低でも3議席、出来れば4議席を野党で確保したいが、そのためには、愛知で2議席、岐阜、三重で勝ち抜かねばならない。

 

 

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2019年7月10日 (水)

映画「新聞記者」を観る

 この映画から、民主主義の破壊現場を見たか!
 もし、日ごろから新聞の政治面、社会面に目を通すことがなかったら。あるいはテレビのニュース、報道番組を見ることがあまりない人にとっては、この映画のストーリーについて行けたかどうか、この映画の背景と現実とを重ね合わせてみることができたであろうか。
 「シネマ散歩・緑の会」の第11回映画鑑賞会は、5人の参加であったが、全員この映画の見どころを押さえていたようだった。(当日都合のつかなかった一人は、会誌を読んで翌日観に行ったとか)
 映画を楽しんで観にいこう、という趣旨の集まりであるから、懇親会の席でも、取り立てて政治や社会の話をするわけではないが、私自身が政治活動、地域活動にかかわっていることは分かっていての参加、問わずとも“あのシーンは、あの事件のことだね”、最後のシーンで内閣参事官の多田(田中哲司)が「日本の民主主義は形だけでいい」といったようなせりふもみんな覚えていた。また、松坂桃李が演ずる杉原拓海(内閣情報調査室)の「杉原」は、あのリトアニアの領事で難民を救った「杉原千畝」から採った名前だろうか、という発言もあった。
 懇親会の最後に私は「今度の選挙では、たじままいこをよろしく」をつけ忘れることはなかった。

 

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2019年7月 9日 (火)

映画「新聞記者」が鑑賞映画

   シネマ散歩・緑の会、会報第11号発行
   シネマ散歩・緑の会主催の、第11回映画鑑賞会は「新聞記者」を明日の10日に観に行く。上映館は、イオンシネマ大高である。
   それに先立ち会報「シネマ散歩・緑」第11号を発信した。内容は「新聞記者」の紹介と、私の映画鑑賞記2題「お父さん、チビがいなくなりました」と「轢き逃げ」そして、改めて「シネマ散歩・緑の会」の紹介記事。
   あとがきでは「●6月開催予定だった第11回の映画鑑賞会は、私事(作品展)で7月になった。もともと不定期となっているのでご容赦を●今回の開催日は、参院選挙のど真ん中であるが、応援する田島まいこ候補が厳しい闘いの中にあり“映画なんか見ている場合か”と言われそう。現にこの日の午後5時45分から金山総合駅の南口で街宣が設定されたと、9日になっての連絡。直前の連絡で応じられる人ばかりではない、と言ってみても仕方ないことだが●とはいえ、この「新聞記者」という映画は、選挙-安倍内閣批判と無縁ではないから、幾らかでも野党を後押しできるのではないかとも推量するので、まるっきり放蕩しているわけではない●二つの映画『お父さん、チビがいなくなりました』と『轢き逃げ』の鑑賞日が同日になっているが間違いではない。そうです、この日は2本の映画を観て来たのです!」

 

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2019年7月 7日 (日)

田島まいこ候補・浴衣姿

   名古屋・大須商店街を練り歩く
 参院選公示から4日目、この最初の日曜日に田島まいこ候補はどこに現れるのだろう、名駅か栄か金山駅か。やはりというか他候補とぶつからなければいいがと思っていたが、「大須・万松寺」にやってきた。結局午後1時頃までは他候補と出会うことはなかった。
 ということは、優勢を伝えられる自民、公明、国民の各候補は、街頭宣伝より団体、地域回りの“どぶ板選挙”に徹しているのかもしれない。もっともこの大須は、どの陣営も企画に入れているであろうから、昼過ぎから夕刻にかけてやってきたかもしれない。
 さて私は、午前11時20分頃現地に到着し、カメラを構えて待った。政党カーが駐車場所を確保していて、そこに選挙カー、田島まいこ候補、長妻昭党代表代行が到着した。街宣車の両横には応援団の浴衣姿の女性10数人が並び立った。そう今日は7月7日「七夕」であった。だから「大須・七夕企画 長妻昭党選対委員長・衆院議員と田島候補」となり、田島候補も浴衣姿で登場した。
   この日大須には“ミスター年金”こと立憲民主党の長妻昭代表代行が応援に駆け付けた。長妻さんは、夫婦の老後資金が「30年間で2000万円必要」とした金融庁の報告書に端を発する年金問題に触れ「選挙目当てで『年金100年安心』と言い出し、まずいと思ったのか報告書にふたをした」と、現政権の姿勢を批判。また安倍さんは、「年金を政争の具にしている」と各地で言いふらしているようだが、今だからこの問題に蓋をしないで明らかにすべきではありませんかと聴衆に問いかけた。また立憲民主党としては第1次安倍政権を退陣に追い込むきっかけになった12年前の「消えた年金問題」と重ね合わせて政権に迫ってはいるが、現実はもっと深刻であり、徹底追及、徹底解明、政策的対案をもってこの選挙の「争点」に据えていた。
   田島候補はここまで来てなお声量衰えず、元国連職員としての海外経験の視点から、国政の問題点を例示し、「誰ひとり置きざりしない社会へ」「現場に立ち、現場の声を取り上げる」基本姿勢を示し「知名度が低い中、この厳しい選挙をみなさんの支援をもって勝ち抜きたい」などと訴えた。
   この後、万松寺商店街、仁王門通りなどを練り歩き、万松寺本町では、大村県知事も駆けつけて応援の演説、その中で愛知の4議席の一つに田島さんを押し上げてほしい、そして「この広い愛知の隅々まで回って、愛知を知ってほしい」と知事らしいひと言もあった。
   選挙では「どれだけ握手をしたか」というのも結果を左右するといわれているらしいが、田島さんは、練り歩きではかなりの人、商店主と握手していた。結果が出ることを期待したい。

 

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2019年7月 6日 (土)

参院選のポスター貼付を考える

 協働作業の第一歩として
 もう10年以上乗っている自転車、それも昨秋以来施錠したままであった自転車を引き出して、タイヤに空気を入れ、潤滑油を差して、久しぶりに自転車での配達に出かけた。
 先に開催した「作品展」で、私の作品のリストを冊子にしたもので、選挙関連の物も同封しての配達であった。
 配達途中、選挙ポスターの掲示板を見て、12人立候補とあるが、半数が空白状態であった。4日の朝では、立憲民主党の田島まいこ候補と国民民主党の大塚耕平候補の2枚だけの時があった。
 田島、大塚両候補のポスターは、全部ではないだろうが、一緒に貼付されたと聞く。先の市議選でも、立憲民主党から立候補した小野澤美希、岡本康宏両候補のポスターはセットとして貼付作業が行われた。仮にこの程度の共同作業も所属政党が違うからといって個別作業になっていたら、「野党共闘」も何もあったものではない。
   立憲と国民とはできても共産党とはできないだろう。では社民党はどうであろうか。現在の社民党の力量からして、1日で全掲示板への貼付は難しかろう。とすれば部分的ではあれ、両党で社民党候補のポスター貼付に助力することはできなかったであろうか。
   旧来の思考では到底思いもつかないであろう。もっとも私も事前に考察していたわけではない。配達途中でふと思いついただけである。
   社民党はこの選挙結果で党の存続が左右されかねない状況にあり、状況次第で選挙後に立憲民主党との合流の機運が出てくるかもしれない、とすれば名古屋市の一部でも、ポスター貼付の共同作業を試みてもよかったのではないか。
   ただ難しいのは、貼付作業の分担がどのように割り振られているかである。実は私もアンケートに協力が可能であると答えて手渡した。しかし何の連絡もなかったから、間に合っている、ということなのだろう。
   そこで、これまた思い付きであるが、「野党共闘」を呼びかけている市民運動側が、特定の地域限定で、「護憲政党」全部のポスター貼付を引き受ける、というのはどうであったろう。4党なら2~4人一組と想定されるが、そうした実践的な「協働」は、新たな一歩となると信ずる。もっとも市民運動の側に実質的な「選挙運動」を視野に入れられるのか、また政党、連合愛知の側にその気があるのかどうか、やっぱり絵に描いた餅であろうか。

 

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2019年7月 5日 (金)

C&Lリンクス愛知電子版・第47号を発信

 参院選の第一報・出発式と辻元来援など
 参院選・田島選挙で私は個別の任務を求められていないので、街宣行動の情報が得られれば、“追っかけ”を試み、この電子メール版で伝えようと思っている。その第一報がこの第47号である。
 内容は1)参院選2019 田島まいこ 元気に出発!田島まいこ出発式。2)市民運動と党活動 3)参議院議員通常選挙の公示にあたって 国民へのメッセージ 立憲民主党代表 枝野幸男。4)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<7月1日~7月4日> 5)「ツネじい通信」 NO43  2019/7/3 あす公示。関ナマ東海の会結成などで思うこと。6)あとがき。である。
 「市民運動と党活動」では、2016年と今回の参院選挙との私的な違いについて述べ、次に野党共闘といっても岐阜や三重の「一人区」と違ってこの愛知は4人区であり「野党の横並びではなく、軸となる党が必要だ」それは立憲民主党であるとした。
 要点だけを書いたので、誤解を招くかもしれないが、「問題提起」にしたいと思ったからで「あとがき」でも「・・・立憲パートナーとなって、以前から気にかけてきた政党と市民運動、労働運動などの地域活動との関係について改めて考えねば、と思っている。組織に加わり集団としての運動効果を期待し目的達成を求めるのか、あくまで組織にとらわれない自由な身で、自主・自立的に切り拓く道を選ぶのか・・・」と切り出したが、字数の関係もあって中途半端なままだ。よく読んでくれれば、私が言わんとするところは理解が得られるとは思うが、やはり改めて整理して提起すべきだと思っている。

 

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2019年7月 4日 (木)

田島まいこ 名駅で出発式

   午後、辻元清美国対委員長、駆けつける
   7月4日、第25回参議院議員通常選挙が公示され、愛知選挙区では12人が届け出をしたが、実質6党(自民、立憲、国民、公明、共産、維新)が4議席を争う。全国的な激戦区の一つといわれる。
 立憲民主党公認・田島まいこ候補はこの日、午前10時過ぎ、名古屋駅西口のロータリー(ゆりの噴水前)に到着し、10時30分からの「出発式」に臨んだ。
 この出発式では、近藤昭一衆院議員・県連代表、赤松広隆衆院議員・衆院副議長、大村秀章愛知県知事、佐々木龍也連合愛知会長が、それぞれ田島まいこ必勝の応援の弁を述べた。アピールで共通していたのは、田島まいこ候補の国連職員としての活動、経験は貴重なもので、国政に大いに寄与できるであろうこと、現場に立ち、子どもたち、女性など弱い者の側に寄り添って行動ができるなど、新人ながら議員として資質を十分備えていることなどを挙げた。そのうえで「非常に厳しい選挙」であることを強調した。
 この後田島まいこ候補は、一宮市に入った後、午後1時過ぎからの名駅東口で街宣に立った。ここには、午前に大阪で第一声を発して名古屋に駆けつけた辻元清美衆院議員(党国対委員長)が熱弁をふるった。
 辻元議員は、「自分は高校生時代、名古屋で育った。そんな縁もあり自ら応援に名乗り出た」と前置きして、今の日本には「外交」を語れる人は少ない。田島さんの経験は貴重で是非国政で活かしてほしい。また国連での「命を守る」活動は、災害の多い我が国にあってその経験が役立つ。少ない女性議員の一人としてぜひこの愛知から田島まいこを送り出してほしい、と訴えた。
 田島候補と辻元議員は、この後栄のメルサ前に移動し、14時15分からの街宣に臨んだ。辻元さんはここで名古屋を離れ、田島まいこ候補は、午後6時からの「出発式・三河会場」のある豊橋に向かった。
 辻元議員のせっかくの来援であったが、取り巻く人は少なめであった。「動員」をかけて人を増やしても意味がないとはいえ、“人だかり”が人を呼び込むこともあるので、やはり選対はもっと丹念な情報提供に努めてもらいたい。
   明日の田島まいこ候補は、豊橋市、田原市に滞在して、精力的に東三河への浸透を図るとのこと。田島さんとは一瞬の会話であったが、“三河では、ぜひ頑張って広げてください”と声をかけた。

 

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2019年7月 3日 (水)

田島まいこ選挙葉書完遂

   このくらいの“苦痛”は・・・
 明日は、参院選の公示日、田島まいこ候補の出発式は名駅で10時30分から。
 そこで、今日までに仕上げておかねばならなかった、チラシ、リーフレット、選挙はがきの作業をすべて終えた。選挙はがきについては、70通を夕刻に投函し、30通を明日の出発式で事務所員に手渡すつもりだ。
 正直なところ、この100枚の葉書は“苦痛”であった。というのも、昨年末に200数10枚の年賀状を書き、3月に市議選、小野澤美希さんの選挙はがき60枚弱を書き、5月に同級生の作品展の案内葉書を100枚ほど書いた。そして今回の100枚であり、蓄積した“書き疲れ”なのであろう。
 もっとも、普段はパソコンのキーボードをたたいてかなりの文章を打ち込んでいるので、その種の作業が苦痛というわけではない。多分、ボールペンを握ること、書き損じに注意を払うこと、郵便番号、住所氏名、電話番号、差し出した相手の名前を控えておく作業もあるので、これらの繰り返しがつらいのだと思う。
 しかし、数の差はあるだろうが、どなたも行っていることであり、たとえこれが“苦痛”であったとしても、ともかくやり切ることでしか私の中では“完結”しない。完結しないことの“心残り”の方が後に残るので、とりあえずはこれで良しとする。
 ところで明日の田島まいこ出発式は、名古屋会場が午前10時30分から名古屋駅西側ロータリー(ゆりの噴水前)となっており、三河会場は、午後6時から豊橋駅東口ロータリーで行われる。
 これまでの例では、選挙事務所前での出発式(出陣式)が多かったが、今回のように、人の多い場所での開催はいい方法である。三河と2か所でやるのもいいアイデアだ。
 1999年の愛知県知事選挙で、私たち市民派が現職の対抗馬として愛教大名誉教授の影山健さん(故人)を擁立した時、その立候補宣言は、通常県庁の記者クラブと相場は決まっていたが、私は「名古屋栄・三越前」を提案し実施された、という経験を持つ。
 とにもかくにも選挙というものは、候補者は常に「大衆の面前」に立つことを心がけるべきで、そのための工夫こそが肝要だ。その点で、今回の出発式はまず満点のスタートとなるだろう、雨の中であろうと。

 

 

 

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2019年7月 2日 (火)

C&Lリンクス愛知電子版第46号

 田島まいこ総決起集会と「関ナマ」支援
 6月26日に「中部電力の株主総会」があって、29日に「関西生コン労組つぶしの弾圧を許さない東海の会」の結成集会、30日に「田島まいこ総決起集会」があり「取材」に忙しかった。だが私の本来の立場は「記者」ではないから、「活動に忙しい」でなければならないが、「伝える」ことも活動の一つであると思っている。
 そこで早速「C&Lリンクス愛知電子版」の第46号の編集発行に取り掛かり、田島まいこ総決起集会と「関ナマ」支援集会の様子を優先的に採り上げ、7月1日付で発信した。
 内容は、1)6・30総決起集会 いざ参院選へ!奮い立て 立憲民主党 田島まいこ 発言 近藤昭一議員/佐々木龍也連合愛知会長/福山哲郎幹事長/田島まいこ候補。2)「共謀罪」型の刑事弾圧の始まりか-関ナマの弾圧を許さない会を結成!<6・29「東海の会」結成集会>。3)立憲民主党と関連の、マスコミ等の情報<6月25日~6月30日>。4)田島まいこ出発式(7月4日)の案内。5)あとがき
 あとがきでは、●いよいよ参院選挙に突入である。「全力でやれることはやってきた」は、各候補・陣営みな同じである。「胸一つの差」ということもあるので気は緩められない●決起集会の会場で両隣の人と、「共産党」についてひとしきり議論を交した。私の認識と違ってお二人は、“かなり力を落としている”だった。大塚候補の得票と須山候補の追い上げを警戒する私の予想は杞憂だろうか。田島候補のラストスパートに期待する。と書いた。
 意見を交わしたこのお二人は、共産党の周辺におられての実感を語っているようだったので、的を射た分析なのかもしれない。とすると私の見立て違いは何だろうか。ひょっとして、気がつかないまま1970年代から2010年辺りまでに培われた、いわば「既成感覚―反自民・左翼思想」から何も変わらないで現在があるのかもしれない。
 「反自民・非共産」が私の立場だが、その内実の考察は遅滞したままで、現在と近未来との整合性を欠いているのかもしれない。いやそうでもないかもしれないが、いずれにしても、再考してみる価値はあると思ったのであった。

 

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2019年7月 1日 (月)

続・田島まいこ総決起集会

 私の感想、提案など
 率直に言ってもう一回り大きい会場でそこを埋めるくらいであったらいいと思ったし、自発的な応援団「勝手連」ののぼりが演壇横に並んだらさらに良かったと思ったが、高望みしても仕方がない。
 さて田島さんの話を聞いていてまず良くなった点は、最賃問題、非正規雇用の問題など、働く者に関心を持たせる政策を取り上げ始めたことがある。またスローガンの一つ「愛知の可能性を生かし、未来につなぐために」が入っているが「愛知選挙区」からの立候補であれば、重要なポイントにかなうものである。そこでその「愛知の可能性」についてもう少し踏み込んでもらいたい。それは「ものづくり、技術の愛知」という産業面だけでなく、「環境重視の先進県」もいいし「子どもすくすく、のびやかな教育の県」のようなものはどうか。これ即ち地方自治と国政との関係を解くものでもある。
 一方でこれは毎度感じることであるが、国連職員として海外での経験・知見と、この地域での「暮らし」がどう結びつくのか。この東海地域には外国人労働者が多い地区があり、そこでの地域住民とのトラブルも少なからずあるが、その解決策のアドバイスはないか。外国人雇用問題も現実的な問題であり、田島さんの知恵を借りたいところ。
 農林水産業の第1次産業についてはほとんど触れられていないが、「三河」では、この問題への関心は高いのではないかと思うので、三河地域への浸透の戦略の一つではないだろうか。これは田島さんだけに任せず、県連全体で取り組んでほしいと思う。
 最後に、若者の政治への関心を高めること(投票行動を促す)、大学周辺での情報宣伝活動の強化。若年層・中堅層の現実主義(安倍支持)の実体を見極め、対置するものは何かを探ってほしい。
 以上のようことを考えると、改めて地方議員の提起、提言が待たれる。それは党所属議員だけでなく、無所属、市民派議員と大いに交わり、意見交換を進めてほしいと思うのである。
 私にも残された仕事があって、今日ようやく預かった100枚のチラシを、町内を中心にポスティングまた私信に田島さんのリーフレットを同封して50通を投函した。選挙葉書が後回しになったが、4日までには終えたい。

 

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