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2019年4月30日 (火)

男の気持ち・生き方(161)

平成に“さようなら”はない
 どこかで誰かが“今日でお別れね、もう会えない・・・”なんて替え歌で歌うかもしれない。確かに「平成」が終われば、平成生まれの人が生年月日を聞かれたときに使うかもしれないが、それも西暦がもっと一般化すれば、さらに薄れていくだろう。
 戦争の時代ともいわれる「昭和」生まれの私ではあるが、戦争そのものは知らない。けれども「戦後史」には興味があって、「1億人の昭和史」(毎日新聞)「昭和史全記録」(同)「アルバム昭和15年史」(朝日新聞)「名古屋の昭和史」(樹林社)「日本全史」(講談社)などを買いそろえた時期があった。
 ということもあって元号そのものには愛着も機縁もほとんどないけれど、「私の歩んだ道」を見つめ続ける時、「昭和」は私の全盛期(45歳ころまで)でもあったので、元号とは関係ないとはいえ「昭和」はかなり刻まれていることに気づく。就職、夜間高校、結婚、持ち家、外国旅行と並行して様々な領域の地域活動に没入していたのも全て「昭和」であった。
 それに較べると「平成」の影は薄い。同じように「私の歩んだ道」を見つめてみてもどこにも「平成」は出てこない。「昭和」の延長にしか映らないし、ほぼすべて「西暦」で刻まれている。特に20世紀から21世となった「2000年」が一つの基点になっていて、阪神淡路大震災が起きたのは1995年(平成7年)で、その時私は腰痛で入院していた。1997年(同9年)に三菱自動車を退職し、あの病気をしたのは2001年(同13年)だった。2004年(同16年)に「自分史」を2007年(同19年)に詩集「坂」を出版した。2011年(同23年)の東北大地震・東電原発事故がしっかり刻み込まれ、2017年(同29年)に家の建て替え(終の棲家)をしたというように。
 ということで平成に“さようなら”という感情はない。今日が4月30日で明日が5月1日というだけである。とはいえ、「私の葬儀」の時に息子は「・・・昭和、平成、令和の三代を生きて・・・」なんて言うかもしれない。あとのことは全てお任せであるが、墓碑には「令和」と刻まれるのであろうか、これは何とかしたいと思うが、今それを伝えるべきか否かは“悩ましい問題”ではある。

 

 

 

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