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2019年4月 5日 (金)

名古屋市議選・小野澤美希奮闘記 (8)

近藤昭一衆院議員が応援に入る
 朝立ちは、地下鉄桜通線・鳴子北駅であり、ここに近藤昭一衆院議員が応援に入った。午前10時までという限定である。ここ緑区は、近藤議員の選挙区(愛知3区)の一つであり、いわば“足元”なだけに、もっと頻繁に支えるべきとことではある。そもそも小野澤美希さんを候補に擁立したその人であるから、“つきっきりで”選挙運動をリードすべきなのだが現実は、党の県連代表という立場から要請があれば、他区の新人市議候補、県下全域の県議候補の応援に応じなければならない。だからこそ、といえるのだろう。地元を後回しにしてでも他候補の応援が優先すると考えたのは。これは立憲民主党という組織論から言って“まっとうな”対応といえる。
 あるいはこうも言えるかもしれない。小野澤美希候補は、新人で28歳という若さ、選挙経験もない、支援組織も薄い。告示前の選対の実体からは“これで果たして選挙ができるのか?”と感じたほどだったので、小野澤さんはいかにも“小さな玉石”であった。しかし告示の少し前あたりから、そして選挙運動期間に入ってからは日ごとに盛り上がっていく「おのざわ選対」を見て近藤議員は、多少後ろ髪を引かれつつも“十分やっていける”と思ったのではないか。言い換えれば、「おのざわ選対」は、日ごとに進化し体制を整えてきたともいえる。
 しばしば街宣車のナビをしてきた私から見ても街宣活動は、この広い緑区をかなりの部分で回り切った気がしている。街宣中の手応え“これまでにない反応に驚いている(中村県議談)”というものを私も感じていた。(選挙は水もの、ではあるが)
 野並で練り歩き
 この日の午後・夜のナビは私の担当であった。
 まず午後の最初の、天白区との境界にある「野並交差点」での“練り歩き(桃太郎)”のために、街宣車の駐車場所探しから始まった。私は事務所からの街宣車には乗らず、1時間前に家を出て現地に赴き、周辺を歩いて場所を探した。こんな時、軽自動車の街宣車は勝手都合がよい。ちょっとしたスペースに、道幅が狭くても左に寄せれば、駐車は概ね可能なのである。実際住宅街とりわけ「旧市街地」の入り組んだ道では結構重宝していたのである。
 午後1時20分、応援者も加わって10人余の隊列ができ、立憲民主党、ピンクののぼりも立ってにぎにぎしく練り歩きが始まった。周辺は、地下鉄の出入り口と食品スーパーのバロー、ヤマダ電機、銀行などがある所で、近くに「若宮商高」もあるのだが、未だ新学期は始まっていないのかな。高校生の姿はなかったように思う。
練り歩きの時に簡易ハンドマイクを使ったので、その性能に問題があって声の届く範囲が限られた。しかしそれは致命的なものではない。むしろ「練り歩き」そのものが目立てば狙いの8割は得られるのである。
 練り歩きを終えてから、近くの「サンヴィラ野並」という、緑区では最初といわれる12階の「高層住宅」の前でしばしのアピール。その先は中小の工場が集まる「工場地帯」である。ところが工場労働者向けのアピールが用意されていなかったから急きょ「連合愛知、新政あいちからの推薦を戴いています」のフレーズを入れたのだった。だがナビの私としては、これにはちょっと逡巡があった。「連合愛知」は「国民民主党」寄りであるし「新政あいち」は党派性を薄めてしまっているからである。ま、しかしここは「立憲民主党のおのざわ、おのざわ、おのざわみき」と連呼しているのであれこれなしでやり切った。
 次のポイントは、平和堂などが入る「なるぱーく」と家電の「コジマ」、パチンコ屋もある「最中(もちゅう)」交差点であった。
 東西も南北も非常に交通量の多い場所であり、街宣車を左に寄せても、やはり車の通行の妨げになる。担当者によっては避けたかもしれないが、私は以前の経験から躊躇せずにやり切った。ここをポイントの一つに選んだ理由は、スーパー・平和堂の買い物客であったのだが、おのざわ候補はなぜか通過車両に向けてアピールするばかり。
 私は、一度はアドバイスしたがそれ以上のことは言わずに見守った。そうした時の判断は、その良し悪しではなく、本人の気持ちの状態を大事にしたかったからだ。
 「最中」交差点は、緑区の位置関係からするとやや北寄りの西の端に位置しているから「南北の自動車は緑区を通過する車両が多い。東から西への自動車は、緑区から出ていく車両。西から入ってくる自動車だけが、緑区の有権者の可能性が高い」というのが私の判断だった。
 ここで運転者が交代し、この後は、近くの「浦里」の空白地を中心に30分ほど流して事務所に戻った。
 5時からの夜間は、5時20分からホームセンター前で30分ほどアピールした。狙いはホームセンターのお客であったが少なかった。ただ周辺の住宅に声は十分届いたと思われた。
 午後6時からは朝と同じ「鳴子北」駅前。ここには車いすの人数人を含めて10人くらいが応援に参加した。ここでも街宣車の駐車場所がなくてトラメガを使用したが、声が届くのはその周辺4~5メートル程度。アピールは大事だが、本人の姿を見せることの効果に期待しての行動でもあった。
 街宣車は、周辺の鳴子町、古鳴海、上の山、松が根台の一部を流して午後8時に事務所に帰着した。

 

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