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2019年2月28日 (木)

二月尽

 七月を「安倍尽」としたい
 歳時記では二月の終わりの日を「二月尽」といい、厳しい冬がようやく終わる、をいうのだという。
 夕方近く、今日も歩いて10分足らずのスーパーマーケットに買い物に行く。朝からの小雨はやんではいたが、なんとなく霧雨のような湿っぽさを感じ、そこに冷たい風が頬を撫でていく。“寒さは、まだしばらく続きそうだな”とつぶやきながら、道すがら明日は3月1日であるが、シネマ散歩・緑の会「2月映画鑑賞会」とそのあとの懇親会の準備のことをあれこれ思い返していた。
 今回は、適当な鑑賞映画が見つからず、いっとき中止も考えたが結局「小さな独裁者」に落ち着いた。
 映画は、ドイツ・ナチスの脱走した兵卒が、将校の軍服を手に入れ、なりすましで軍団を作っていくという筋書きのようだが、「小さな独裁者」といえば安倍晋三!と言えないだろうか。田島麻衣子講演会の感想で、最たる「精神的貧困者」とも表現してしまっているが。また文字通り「(成果乏しい)外遊好きの第一人者」でもある。
 さて2月尽ならぬ「アベ尽」はいつなのか。自民党内の一部「安倍4選」もささやかれ始めているとか。勘弁してほしい、いや許さぬ!である。参院選挙をもって「安倍の七月尽」としたいものだ。

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2019年2月26日 (火)

田島まいこ講演会

 第19回リベラル政治懇話会
 参院愛知選挙区、立憲民主党からの予定候補者でもある田島麻衣子さんの講演会が開かれた。私が彼女を目にした機会がこれで4か所目だから、田島さんは県下を精力的に歩いていると推察される。
 講演は「飢餓と貧困の現場から」というテーマで約50分。パワーポイントを使って、田島さんの仕事を具体的かつリアルに話をされた。それについては、2月18日の「小野沢美希さん後援組織発足」の集会でゲストとして呼ばれて話をされ、このブログで報告をしたのでたのでここでは省く。
  今日の話の中で気になった言葉を拾っていくと「貧富の差が大きいと、社会が成り立たない」「経済大国日本の貧困率とその特徴」「政治を志した理由として、難民問題を解決するには、政治の力が」「貧困の問題では、現場の声を聞くことが大事、現場の声を聞きたい」など。質問者から「貧困問題などに取り組み、解決したいなら、自民党など政権政党から立候補した方が手取り早い。なぜ立憲民主党を選んだのか」については、「この問題を提起したら、真っ先に手を挙げたのが立憲民主党だったから」と答えていた。
  何人かの人が手を挙げて質問をされた。私は指名されて戸惑ったが「貧困の問題は物質的な貧困が多くを占めるが、精神的な貧困も少なくない。日本人の精神的貧困者の最たるお人とは、安倍晋三であると思っているが、昨今の親の子殺しなど、そうした精神的な貧困ついてどのように思われ、それに対する何かアプローチをお持ちですか”と問いかけた。
  田島さんの話の流れからちょっと外れたようで、明確な答えは戴けなかった。あるいは「精神的貧困」の問題は根が深いので、一言では片づけられない、或いは、田島さんの歩んできた世界とは少し離れた世界の問題と言えるかもしれない。であっても私には、実はこちらの方が案外重要ではないかと思われてならないのである。
  田島さん自身も語っていた。ラオスだったかな、道なき道を分け行った先で、物質的には貧しい集落であっても、人々の顔は優しく、幸福そうに充ちていた。日本の自殺者の多さの驚いていたという、“あんな豊かな国でなぜ?”と。
  問題の根は深い。スローガンだけでなく、少しでも解決していく道は限りなく険しい。田島さんにかけてみようではないか。

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2019年2月25日 (月)

米軍新基地「辺野古」建設反対が7割超え

 “民意”と“沖縄に寄り添う”はどうなる
 まず結果を記しておこう。
投票資格者総数 115万3591人
投票率は       52・48%
反対         43万4273票(71.74%)
賛成         11万4933票(18.99%)
どちらでもない  5万2682票( 8.70%)
 結果についてのあれこれは言うまでもなく、沖縄の民意は、埋め立て工事が進む中でも、先の知事選に引き続いていささかも揺らいでいないということに尽きる。
 この結果を受けて日米両政府、とりわけ安倍政権はどう対応するのか。これもあれこれ言うまでもなく、「外交、防衛は政府の専権事項」などといって、「粛々と工事を進める」と(腹の中で)いうに違いない。
 改めて政府に問う。「民主主義」とは何か。「日本は民主主義の国」か。安倍首相に問う“沖縄に寄り添う”の意味を具体的に説明してほしい。県民投票の結果を受けて「辺野古基地建設、沖縄の米軍基地について」一度立ち止まって再検討する余地は全くないのか。
 このように考え政府・安倍首相に問いかけること自体が無意味なのか?ノーである。政府・安倍首相を全く信頼も期待も持っていないとしても、工事がどれだけ進もうとも、誤った「既成事実」の前に屈してはならないことは、かのアジア侵略戦争の教訓の一つであったはずだ。
 改めて問う。本土の私たちは何をすべきか。まず沖縄のことを忘れない、私たち自身が沖縄に寄り添っていくこと。現状を止める手立ては、安倍政権の対極となる「政権」の樹立を目指し、獲得することである。それは「選挙」という最大の手段であるが、その選挙を支える「プロセス」を重視したい。つまり、政党、市民、各界・各層の有力者が「合力=共同・連携・連帯」することである。その「結び目」をさらに多く、多様にネットワークしていくことだ。学習を欠かさないことだ。街頭に立つことだ。
 もっと引き寄せて自らに問う。“何をなすべきか”その答えは既に出した。それを実行するのみである。

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2019年2月24日 (日)

小野沢美希事務所開きで、いざ本番へ!

 参加者に支援の気持ちを膨らませた
 名古屋市議選に立候補を予定している小野沢美希さんの「事務所開き」が、今日の午後開かれ、支援者ら60人ほどが参加した。
 おのざわ事務所自体は会議するのもやや不自由するほどのスペースであるが、事務所横の空き地を借りることができて、日常的には駐車場として重宝し、今日はその場所が参集場所となった。
 午後2時、司会・進行の荻野事務局長が開会を告げ、まず斎藤縣三本部長が、続いて近藤昭一衆院議員、田島麻衣子参院選予定候補、中村友美県会議員(代理)、松本 守市会議員(県会予定候補)、斎藤亮人市会議員(千種区)それぞれから、何とかギリギリでこの事務所を得て、選挙に臨む拠点ができたこと、立憲民主党として二人目の市議会議員候補として小野沢美希さんの決断を得たこと、小野沢さんの人となり、名古屋市議会に新たな可能性を生み出す機会であること、負けられない選挙であることなどが語られた。
 小野沢さんは、柔らかな視線を参加者のみなさんに送りながら、高ぶることなく語り始めた。それは長野の親のことからだった。“今日のこの日に、出来ればこの場に来てほしい”と、子ども心にねだったのであろう。母親からは、今は体調崩していること、親の心配より、応援してくれているみなさんに気を使いなさい、というようなことを返されたという。そんなエピソードを交え、手探り中ながら政治のこと、市政のことを着実に自分のものにしている“成長ぶり”が伺え、参加者により強く当選させたいという支援の気持ちを与えたのではないだろうか。

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2019年2月21日 (木)

プリンターの不調

 機器の故障の悩ましさ
 昨日からパソコンのプリンターが「故障」したのか、印刷が出来なくなった。「紙詰まり」サインが出て、手順に従って、あれこれ詰まった紙を探したが見つからなかった。元々印刷に必要な枚数を数えてセットしたので、そのセットされた紙の枚数が手元にあったので、詰まっているはずがないのである。さて困った。
 最初にインターネットから「キャノン プリンター 紙詰まり」と打ち込んで検索して、電話指導を仰ぐつもりであった。画面で問われるまま状況を打ち込んだのであるが最後のところで、指導料金の金額、振り込みのためのカード名、カード番号を問われた段階で「?」と感じて閉じた。
 もう一度やり直しで、キャノンの関係先を探し出して電話して、電話指導を受けたところ難なく解決した。紙詰まりの原因は故障ではなく、A4サイズの紙の間に、名刺ほどの紙切れが紛れ込んで、それが挟まっていたのである。はがき大なら外から見えたであろうがあまりに小さかったので機器の中で止まっていて見えなかったのである。
 自動車、自転車は別にしても、家の中を見渡せば、電化製品がズラッとあって、加えて電話機、インターホーン、ラジカセ、デジタルカメラ(電波)時計、体重計・・・取説のついた機器類がいっぱいあり、乾電池の補給を怠って止まったり、機能しなかったりするくらいならともかく、今回のような突然の機能停止は困惑してしまう。使用中のパソコンなど、いつ“耐用年数”が来て故障するのか不安が付きまとう。
  日々の自分の体調にかなり神経を使っているうえに、こうした日常的な生活機器の故障、不調の衝撃はきつい。シンプルに生活できない現実は、今の時点では如何ともし難く、このまま続くのか、どこかでピリオッドを打つ時が来るのか、それとも「生活改善」を今一度試みてみるべきか、悩みは尽きない。

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2019年2月20日 (水)

C&Lリンクス愛知電子版・第28号

  おのざわみき決起集会
 2月19日付で発信した「C&Lリンクス愛知電子版・第28号」は、名古屋市議選に立候補を予定している小野沢美希さんの、いわば決起集会の特集という内容のものだった。それについては本ブログ18日で紹介したが、それを基にして第28号を編んだ。
 表紙に4枚の写真①会場風景、②近藤昭一衆院議員、③おのざわみきさん、中村友美県議の対談、④田島麻衣子さん、であった。そして本文は、1)「おのざわみきと共に名古屋を変える仲間たち」の設立のつどいについて書き、ここでは「小野沢美希さん後援組織発足-選挙に臨む態勢づくり急ピッチ」「小野沢さんを押し上げ、立憲民主党全員の当選をめざす」「子どもたち、貧困問題などの活躍が期待される田島麻衣子さん」、対談の「感動と共感をもった、小野沢美希さんの人となり」の小見出しをつけた。
 以下2)閑話休題 ごぼう庵。3)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<2月7日~2月18日> 4)「ツネじい通信」 NO24 5)随想・17“世話役と議員、似て非なるもの”で全6頁。
 「ごぼう庵」とは、おのざわみき選挙事務所となる建物の名前で、昨年末で閉店したあまり大きくない「食事処」であった。知る人ぞ知るお店でもあり、今でも時々“お客さん”がやってくることがあるのである。
【閑話休題】ごぼう庵
 おのざわみき選挙事務所となる「旧ごぼう庵」は、新海池(にいのみいけ)公園の北、池上・伝治山地区にあります。
 この池は江戸期に造られた人工池で、現在はありませんが、1950年代から貸しボートが営まれていました。娯楽の少なかった時代であれば、若いカップルのデースコースの一つだったと思います。1959年9月の伊勢湾台風で甚大な浸水の被害を受けた南区南部の救援活動にここのボートがお役に立ったのでした。また池の西側には、赤塚古墳、大塚古墳が今も残っています。
 現在の公園は、元の池の3分の1ほどが埋め立てられ、そこに野球場、テニスコート、子どもたちの遊び場などが整備され夕方、週末は賑わっています。池には鴨、カイツブリ、アオサギ、カワウ等の野鳥も増えつつあります。
 また一帯は「広域避難場所」に指定されており、高台のゴルフ練習場跡地が緊急時のヘリポートになっています。
 このように「旧ごぼう庵」周辺の現在は、北側の鳴海製陶跡地にスーパーマーケット、住宅展示場、スポーツクラブが出来て、近くの交差点がしばしば渋滞する古くて新しい地域なのです。

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2019年2月18日 (月)

小野沢美希さん後援組織発足

  選挙に臨む態勢づくり急ピッチ
 3月29日の告示まで1か月余り。“2月が28日までしかないのは痛いなあ”は、おのざわみき選対にとって本音である。しかし時間は止まらない、歳月は人を待たない。告示日、投票日は動かない。
 昨日の午後、「おのざわみきと共に名古屋を変える仲間たち」の設立のつどいがあって、100人近くの支援者が集まった。割と広い会場ではあったが、車いすの仲間たちが大勢来ていて、会場はびっしりという感じであった。
 午後2時、司会進行の松井さんからまず選対本部長の斎藤県三さんが紹介された。斎藤さんは千種区選出の車椅子議員・斎藤亮人市議誕生のいきさつから起こして、「名古屋市議会に二人目で女性の車椅子議員」の誕生の意義を話された。続いて小野沢さんの立候補を強く促し、励ましてきた近藤昭一衆院議員は「女性議員を育てたい」と支援を訴えた。続いて市議会から県議会にまわる松本 守市会議員、そして斎藤亮人市会議員が紹介された。
 そしておのざわみき後援の軸の一つとなり障がい者団体「愛知障がいフォーラム(ADF)事務局長の辻 直哉さんからは、県の障がい者対策、各議員の取り組みの実際面、国の税金の使い方など現状を批判しつつ「誰もが、みんな障がい者になる」「住みやすい街づくりを」を訴え、小野沢さんの当選への支援を話された。
 第2部は、参議院愛知選挙区から立候補を予定されている立憲民主党・田島麻衣子さんの紹介とミニ講演があった。
 田島さんは、大学卒業後フィリピンを訪問した折、「スモーキーマウンテン(山となったゴミ捨て場)」の現場、貧しい子供たちの“切り裂く”ような目に出会い、忘れられず、一時期会計事務所に勤めた後、イギリス留学を経て、2006年に国連に就職、人道支援、子どもの貧困問題-ラオス、アルメニア、南アフリカなどで取り組んだ経験とそこでの問題意識をもって今回の立候補に至る考えなどを語った。子ども、子育て、高齢者問題などの国内問題に軸足を置きつつ、世界の子どもたち、貧困問題を取り上げるエキスパートとして立憲民主党の新しい“推進力”となる期待をにじませた。
 ここで小野沢美希さんが登場して、発症してから学校生活、親の後押し、長野から名古屋の大学へ、自立した生活体験、AUUへ就職、市議選への立候補誘い・政治への関心、障がい者の問題などで立候補に至る経緯を語った。この後の中村県議との対談でもっと詳しく“小野沢美希、人となり”が紹介されたのでここでは省く。
 この二人の約40分の対談で中村県議が用意した問いかけは、いわゆる市議選立候補に連なる「政策の内容」「立候補の決意表明」から離れて、生い立ち、家族・両親、学校生活を中心とした、小野沢さんを通した「障がい者を持つ親のあり方、教育方針」といったことに集中していた。そこでは、「健常者」にとっては“気がつかなかった、障がいを持つ人の、見開かれた世界”をみたのではなかったろうか。
 小野沢さんは、3歳の時の障がいがみつかったという。途方に暮れた両親はある決断をするが、“美希の笑顔を見て”考えを変え、普通に育て、自立の道を歩ませることに渾身の愛情を注いだようだ。いつでも、どこにでも立ちはだかるであろう美希さんの苦難に両親は、その都度“美希なら、どうするの?”と問いかけ、見守りながらも手を差しのべることもなく、自立して歩めと美希さんの背中を押し通してきたのだという。
 ためらいも強がりもそして淀みもにない語り口に私を含め多くの人が、障がいをものともしないそして若い「政治家の卵、小野沢美希」の可能性を想起させたのではないだろうか。
 ある参加者は“いやあ驚いた、大したもんだ”感心しきりだった。
 子どもの虐待ニュースが引きも切らない昨今、子どもたちを見守り、引き離すことよりも「親の監視と教育が先だ」といえるこの状況を考えるなら、小野沢美希さんが、議員として公の場で、障がいがある、ないにか関わらず、子どもも高齢者も「一人の人間として」生きていくことのできる社会に力を尽くしてもらう、そんな機会を持ってほしいと強く感じた今日の集まりであった。

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2019年2月15日 (金)

変わらぬ○○集権主義

 名古屋~岐阜、岐阜~名古屋は同じ距離
 去る2月12日の夜は岐阜にいた。年に1~2度くらいしか会うことはないが、私より少し歳上のAさんとBさんの3人で杯を交わし、それぞれの活動、生きざま、地域のこと、政治、社会のことなど様々な話題が尽きることはなかった。
 名古屋駅からJRでたったの20分で岐阜駅である。駅から名鉄岐阜駅に向かって新しい飲み屋街が軒を連ねる。聞いてみれば「玉宮町通り」ということだった。「岐阜といえば柳ケ瀬」であったがそこは随分の寂れようで、JR、名鉄のターミナル周辺にショッピングモールなどが出来て人の流れが変わったようだ。
 さて本筋の話は別にして、“名古屋から岐阜へは、なかなか来てくれないんだよなあ、こちらから名古屋へ行くことがあっても”という話になった。それに類した話はどこにもあるのである。
 好例が「東京(中央)集権主義」で、政治的にはどうであれ運動の面からはそれは「主義」というものではないが、首都圏のメンバーに「名古屋(大阪でも長崎でもいいのだが)でその会議を開いたらどうか」といえば、最近の事情はそうでもないかもしれないが、異口同音に“遠い”という返事が返ってくることは珍しくなかった。
 もっとも「受け入れる側」にその準備(人、会議場、宿泊など)が、東京ほど整えられるかどうかという、別の問題はあるにしても、東京~名古屋(大阪、長崎)も名古屋(大阪、長崎)~東京は同じ距離であるから、「遠い、近い」の問題ではない。
 要は、費用負担のこともあるが「問題の意識度、重要性の認識度」であろう。例えば「長良川河口堰問題」では、愛知から結構足を運んでいた。徳山ダム問題で熱心に取り組んでいる愛知のグループもある。核廃棄物の埋設の、超深地層研究が問題視されている瑞浪市、土岐市へ私も2~3度足を運んだ。
 ということはあるにしろ、大都市が物事の中心になりがちだ。「東京1局集中」があれば、「名古屋集中」もないとは言えない。
 個人的な事情から言えば、名古屋~岐阜は20分でも、名古屋駅から家までは約1時間、夜の会議、集会などが9時終了となると、さすがに岐阜まで行くことに逡巡する。岐阜の夜の飲み屋も門限は9時ころまでである。

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2019年2月14日 (木)

山口二郎さんの講演(4)

 地方自治に関連して
 山口二郎さんの話の最終章は、この集会に合わせたのであろう「地方自治の課題と内発的発展」と、やや込み入った話となったが、地方自治の「課題と内発的発展」について、①(安倍政治による)地方の衰弱と公共性の解体、②自治の空洞化、③改革の本当の課題-本来業務の放棄、地域における人材に育成、④地域から作る民主主義、⑤直接民主制が作動する条件、という項目で話を進めていった。
 その詳細は省いて私は、国政を変えていくその原動力は地方にあり、「地域から作る民主主義」そこに地方議員の存在意義がある、党を支える基盤がある、という面だけを受け止めた。
 この統一地方選挙において立憲民主党が当選者を多く誕生させることは、党として人材(財)を飛躍的に獲得する機会であり、地方の問題を集約する回路を作り、繋ぐ絶好の機会であることは間違いない。
 体調が万全ではないという斎藤亮人議員ではあるが、厳しいであろう選挙戦を勝ち抜いてほしいと思っている。そして山口さんが提起された幾つかの課題を「地域の仲間と共に」取り組んでほしい、そうした絆を強めたこの集会であった。 了

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2019年2月13日 (水)

山口二郎さんの講演(3)

  参院選の展望
 山口さんの話はこの後「2019参院選の展望」を語り、立憲民主党と対抗するような位置にある「国民民主党の課題」について、また「世論調査の動向」「参院選の投票先」「政党支持率」を数字で示した。そして「野党協力の課題」三つを挙げた。
 それで参院選の展望についてであるが、過去の例から「亥年の参院選は自民党が不利だった」といわれるが、「自民党の素早い立ち上がりと野党の出遅れ」を指摘し、現実的には「野党側に増える要素が見当たらない現状」だとした。さらに立憲民主党に対しても「立憲民主も2017年の再来を期待してはならない」と、注意を促していた。
 これらは多分に、各社の「世論調査」で、安部の支持率が思ったように下がらず、立憲民主党も結党当初の14%を超えるどころかやや下がり気味、といったところからの分析ではないかと思われる。
 愛知県知事選挙でも見られたように、独自候補を立てることができず、結果として「与党候補」に相乗りするという現状もそれを示している。これも「自主投票よりはマシだ」と言えないこともないが、むしろこの現実を県連役員はどう考え次にどう備えようとしているのか、党員、パートナー、有権者に明らかにすることではないだろうか。
 先の「組織問題」ではないが、県連が結成されて1年以上が経ち、県連のホームページを開いてみたが、知事選に関するコメントはなかった。結果はわかっていたからさして重要視していない表れと言えようか。だがそう言ことではない。始まりとプロセスと総括ができて初めて「組織政党」といえるのではないか。県連の「事務局(書記局)」の拡充が望まれるところだ。
 さて「野党協力の課題」として山口さんは、「参院選のテーマを確認する―改憲勢力の3分の2を阻止する」「改憲阻止、正直で公平な政治の回復という目標」「立憲民主党と国民民主党の調整という難題―野党にとっての大きな敵を見据える必要」の三つを挙げたが、もう少し踏み込んで例えば具体的な「一人区の野党統一候補を早期に」「複数区で野党が過半数を制する共闘を」「共産党との関係を整理して」などもあげられようか。
 また具体的な「課題」は示されなかったが、「原発問題」に触れないのは国民民主党との溝を深めないための配慮なのか、「原発」では票が多くを得られないという認識からなのか。安保条約・地位協定改定、沖縄問題を含む外交問題も選挙で馴染みにくいからだろうか。消費税の問題は、10%増税に反対又は延期、凍結するにしろ「経済政策の弱さ」から、政策として出しきれないからか、聞きたいところだった。
 いずれにしても友人たちの会話から拾っていくと「安倍政治はもういい、アメリカ・トランプ追従の外交で日本の将来はどうなるのか・・・」「年金、医療、介護、長生きしてもこの先・・・」「ワシらはなんとかなっても、子どもら、孫らの時代はどうなっちゃうんだろう・・・」「地震やなんか大きな事故にまきこまれたら、オジャンだな、どうしようもない・・・」
 これらは人間の「性(さが)」といえばそれまでだが、「不安」が「安心」を蹴散らしている。というのも現政治の反映でもあるといえよう。
 ところで山口さんの言うように「立憲民主も2017年の再来を期待してはならない」は確かだが、では「あのときの盛り上がり」は、単なる「一過性」のものであっただろうか。(無党派市民だった)私自身に問うてみても、立憲民主党に対する「期待度」はいささかも後退していない。これが「平均的世論」とは思っていないが、「空気」は残っていると思うので、その空気を動かす、広げる「風」を起こす工夫をすればよい。その工夫が足りていないから、ただ待つだけの「再来を期待してはならない」ということだと受け止めている。
 立憲民主党愛知の場合は、田島麻衣子さんの擁立を決めてまず第1関門を抜けた。次は地方選挙で議員を増やしその勢いで、参院選で得票を伸ばすことだろう。
 大局観からすれば、4議席中3議席を「野党」が占めること、具体的には自公候補のどちらかを蹴落とし、共産党候補を滑り込ませる、ということになろうが、そのような「政治力」が働く状況にはないと思う。
 唐突で常識外かもしれないが、愛知の2議席確保を見据えたうえで、愛知・岐阜の市民の連携で「岐阜で議席確保」に向けた「市民戦略」というのは考えられないだろうか。
 立憲民主党のパートナーである私自身は、党の要請があれば別だが、田島麻衣子支援から外れることはできないと思っている。このような考え自体憚れるかもしれないが、「政治戦略」とはこういうものだと思う。

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2019年2月11日 (月)

山口二郎さんの講演(2)

  立憲民主党の課題
 4月の統一地方選挙、7月の参院選挙と続く2019年を「変革の年」とするには、「革新勢力」の地方議員のがんばりとさらに増やすこと、参院選における「与野党逆転」を実現してこそ、である。その中心軸となるのが立憲民主党であるが、その「立憲民主党の課題」について山口さんは、「地方における組織実体の未形成」「政治家の薄さ」「得意政策の偏り:経済政策の弱さ」「唯我独尊路線の限界と連立政権に向けた構想の必要性」を挙げた。
 私が思うに、この「組織実体の未形成」は、この愛知でも実感しているが、党の「前身」にさかのぼっても、そもそも「党組織」といえるものがあったのかどうか、これは私の「予断と偏見」と言われようが経験的な見方である。つまり社会党の時代から選挙基盤は「労働組合」と「議員の後援会」が二本柱で、変化を求める有権者の「革新政党」という“イメージ看板”が主ではなかったかと思うのである。また、市民運動、住民運動へのかかわりの希薄も気になるところだった。
  「SNS時代」「若者の政治離れ」といわれる時代には新しい発想が必要だが、根本のところでは政策論は別にして共産党などの組織も参考にしていいのではないかと思う。
 次に「政治家の薄さ」は、多分国会における論戦を指しているのではないかと思う。また「薄さ」は、論客の数だけではなく、論理と弁舌、追及と反論(丁々発止)のワザもあると思う。辻元清美が国対委員長に就任した時、私は辻元を“野に放て”と書いたことがあった。こんなところにも“頭数が揃わない”実態はあった。山口さんの指摘は正しいが、現実は如何ともしがたい。それでも、枝野は別格として長妻昭、逢坂誠二らの頑張りは見えてきてはいる。
 「得意政策の偏り:経済政策の弱さ」については、「政治家の薄さ」と連動しているといえないか。国策としての「脱原発」、差別のない社会をめざす「LGBT」の取り組みなどでは他党をしのぐものがあると思う。一方「経済政策の弱さ」については、民主党政権時代の“できもしないことを公約に掲げ、追及された”ことがトラウマのようになっている気がする。それを克服するには「経済ブレーン」を拡充して提言を政策化する作業を迅速に進めるシステムが必要であろう。立憲民主党としての「シンクタンク」は、政権交代と同時進行させなければならない。
 もう一つ見方を変えると結党間もない現在、地方議員が少ないことで地方からの政策提言が上がってこない、少ないこともあげられるのではないか。それとともに、私から見ると「地方議員も、国を支える政治家の一員」という自覚よりも「地域の生活、福祉、教育、子育て」などに集中して取り組んでいる姿が目に浮かぶ。それと気になっているのは、国政に関わろうとする地方議員の多くが「無所属(非党員)」の議員のような気がする。これは偏見であろうか。そうでなければ、地方自治体、地方自治、地方分権などの課題と共に、おこがましい言い方だが、今一度「地方議会の議員の在り方」を見直してみてはどうだろうか。 
 最後の「唯我独尊路線の限界と連立政権に向けた構想の必要性」についてであるが、二つのことを言っている。一つは「唯我独尊路線の限界」ともう一つは「連立政権に向けた構想の必要性」である。もちろんこの二つは別個のもではない。山口さんの言う「唯我独尊路線」とは、枝野の“頑な態度”、立憲民主党の“野党第一党のこだわり”を言っているようだった。また立憲民主党に対して“上からの目線が垣間見え、自らの不足を自覚し、野党連携を進めよ”といったようなことも指摘していた。それは立憲民主党の単独政権はありえない、が前提となっているから「限界」なのだ。
  そのうえで「野党連携」について、与党に対抗する選挙協力だけでなく「連立政権に向けた構想の必要性」を説くのであるが、それは「野党の第一党・立憲民主党」なればこそ、「構想の必要性を」というのであろう。
 さて、どう考えたらいいのだろう。民主党時代の「まだら模様」の集合体の反省、離合集散を繰り返してきた「永田町の論理」の反省、若者・有権者の「政治離れ」ではなく、政治の有権者離れこそが問題、安倍政治に対抗する政治勢力の旗印は何か・・・。
 私には、枝野幸男が「孤高を隠した船長」のように思えてならない。「唯我独尊」の「我」は「党」であって、その路線を薄めたり、右に左に変えようとする“力”に対して、必死にその舵を回させないようにこらえているような・・・。
 私は、「立憲パートナーズ」の一員ではあるが、論拠には乏しいけれども「無党派市民」時代に得てきた“感覚”を大事にしたいと思っている。そしてこの党の未来に期待する、そのために「多様性」を重視しつつも、何かにつけ“ぶれて”欲しくない、そう思うのである。 続く。

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2019年2月10日 (日)

山口二郎さんの講演(1)

  続・斎藤亮人市議の決起集会
 かつては北海道大学教授の山口二郎さん(現法大教授)といえば、政治に関心を持ち、少しでも政治に関わった人なら知らない人はいないだろうと思う。立憲民主党の「助言者」でもある。講演で山口さんは、
1)徹底した安倍政治の分析に基づいて批判し、その政治手法は国を私物化して危機に陥れている、例えば「八方ふさがりの安倍政権」「日本の政治の大きな危機―アベ化」「外交―孤立する日本」「経済政策の破綻―アベノミクスの失敗」、「イヤな時代の兆候、その本質」「国家の私物化」そして「専制国家日本」を危惧するのである。
同時に日本の政治システムにメスを入れ、民主主義の国としてあるべき立憲主義、法治主義に対し安部は「法の支配から人の支配へ」と真逆を行く。その結果役人(官僚)のモラルは低下し権力者に隷属するばかりとなった。閣僚は下僕となり自民党員も委縮してものが言えないのではないか。また憲法のもとの「三権分立」は形骸化し「議院内閣制における立法権と行政権の融合=国会の権能は絵に描いた餅」状態と指摘。
2)では、「安倍政治を変える」現実的な処方箋とは何か。山口さんはまず、対抗軸となる「野党」の再編と、それを取り巻く政治状況について、「立憲民主党」の結党に至る経緯として「民進党分裂の経緯―前原と小池の錯誤」「2015安保法制反対運動以来の潜在的亀裂」「憲法政策と市民との共闘をめぐる民主党・民進党内部の矛盾」「右よりの野党再編に対する緊急避難としての意義」などを挙げた。
 とすれば「立憲民主党に対する期待=リベラル軸への期待の大きさ」といえるだろう。それは「民進党の雑居性に対する不満」をふっきり「安倍政治に対する明確な対抗勢力への渇望」といえる。ここで留意したいのは、立憲民主党が右か左かではなく、「野党」の中の「半自民議員」(細野豪志、長島昭久ら『新保守勢力』)ときっちり決別することではなかったか。これを押さえておかないと、ただただ「野党結集」を叫んでも、またまた混乱しかねない。
 さて来る参院選とその前哨戦となる統一地方選について、野党の「幅広い結集」が求められる。ここで教訓となるのは過去の「非自民政権」の経験である。とりわけ「民主党政権の苦い経験」の検証である。その点について山口さんは「路線の整理―安倍政治に対抗する穏健保守、リベラル、革新勢力の大結集(但し詳細な政権構想は不要)」「まともな民主政治、立憲政治に回復という旗印」「生活できる賃金と社会保障という基本合意」を挙げた。
 そこで私が受け止めたのは、「穏健保守」とは、自民党内の一部、具体的には誰を指すのか聞きたいところだが、それは政治をしっかり見ていけば分かる、ということだろう。また「リベラル」とは立憲民主党の「一期生(結党参加議員と2017年当選組など)」とそれ以降の入党者、同会派の議員まで含むのであろうが、その範囲は立憲民主党の理念、政策に同意ということになろう。そのことと「野党結集」との関係に何か影響があるのだろうか。
 もう一つは「革新勢力」についてであるが、これは「社民党、共産党」を主に、一部の無所属議員、沖縄の社会大衆党などと「在野の市民運動など」を指すのであろう。では、国民民主党、自由党はどうか。大きなくくりでは「革新勢力」といえるが、選挙で「安倍政権打倒」の一点で結集するとしても、政権構想という観点からは一緒くたにはできない、だから「詳細な政権構想は不要」ともいうのであろう。
 このように考えてくると今一度、「立憲民主党の課題」について考え、それをもって2019参院選の展望を拓いていくことになる。その時「国民民主党の課題」「野党協力の課題」そして「世論の動向」もみておく必要がある。
 ここまで1)安倍政治の批判、2)安倍政治打倒の処方箋、を考えてきたが、この先の政権交代を見据え、リベラル政治を支えていく基盤とは何か、と考えた時、「地域から作る民主主義」「地方自治の発展」「地域における人材育成」といった課題が浮かび上がる。これが3)のテーマである。 
続く。

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2019年2月 9日 (土)

斎藤亮人市議の決起集会

 市議選必勝の体制を進める
 この日、名古屋市議選・7回目の挑戦をする斎藤亮人さん(立憲民主・千種区、59歳)の、「まことと共に名古屋を変える仲間たち 総決起集会」が開催された。
 この集会では「市民の政治をつくろう!」を掲げ「・・・昨年はウソ、ごまかし、偽装などがあらわになった日々でした。9条をはじめ改憲を目論む安倍政権の政治は、数にものをいわせての『強行採決』連続の強権政治。立憲主義と民主主義が危機です。“平和こそ最大の福祉”“共に生きていける社会づくり”のために、草の根からの市民の政治を創っていきましょう。」と呼びかけた。
 これまでの斎藤市議の業績は、政令指定都市で初めての「車椅子議員」(1990年)として、議場を手初めてとして市役所など公共施設のバリアフリー化を進めてきて、その分野で全国有数の都市としたことは大きい。そうした福祉関係に力を注ぎ、障害者の24時間介護保障の実現、名古屋市障害者差別解消法推進条例(今年4月施行)の実現などを進めた。
 また、「木曽川流域自治体との交流・連帯の推進」「図書館問題の取り組み」なども注目していい。
 さて、斎藤市議はこれまでもずっと厳しい選挙戦を闘い抜いてきたが、今回は2015年に大病を患って加療、リハビリで議会活動に空白が出来て有権者に訴える機会が減るなど、これまでにない選挙戦になりそうだ。
 立憲民主党としてもこれからの飛躍を考える時、現有議席維持プラス増が必須であり、斎藤亮人市議を落とすわけにはいかない。この集会には、支援団体をはじめ近藤昭一衆院議員(県連代表)、斎藤嘉隆参院議員(県連副代表)、高木浩司県会議員(瑞穂区)、山根倫代日進市議も駆け付け、党挙げての支援体制を明らかにした。
 また、緑区から立候補を予定している車いすの小野沢美希さんも参加して、「名古屋市議会に男女の車椅子議員」誕生の希望を膨らませた。
 記念講演には、山口二郎さん(法大教授・立憲民主党応援団のお一人)が呼ばれて「2019年の政治を展望する」と題して、約1時間の講演が行われた。これについて別途に報告したい。

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2019年2月 7日 (木)

リンクス愛知・電子版第26号

 小野沢美希さんを中心に
 名古屋市議選・緑区で立候補が予定されている、立憲民主党の小野沢美希さんの事務所に出入りするようになり、「まずは、街宣活動だな」と思いつき、その企画書を独自に手掛けていたため、この「C&Lリンクス愛電子版」第26号の編集が遅れていた。今日の夜遅くに仕上がったので早速送信した。内容は以下の通り。
1)名古屋市議選・立憲民主党 おのざわみき(小野沢美希)さんが立候補! 2)名古屋市議選 緑区はどんな町?地域割りと特徴を考える。3)おのざわみきと名古屋を変える仲間たち 設立の集い(案内)、4)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<1月23日~2月6日> 5)2・3尾張旭市長選挙  大島もえさん善戦するも、愛知初の女性首長ならず。 6)田島麻衣子さん講演会 <第19回リベラル政治懇話会> 7)「ツネじい通信」 NO21~23 8)2・24おのざわみき事務所開き 案内。 9)あとがき
 あとがきでは、こんなことを書いた。
 私個人としてこれまで、各級の選挙に多くかかわってきたが、「立ち上げ」当初からかかわって「事務所入り」したのは、1974年の参院選全国区(戸村選挙)の愛知選対、1999年の愛知県知選挙(影山選挙)、2001年の名古屋市長選挙(牧野選挙・告示前まで)だけである。いずれも事務局長として選挙運動全般に関わり苦労も多かったが、得難い体験とその世界を知る機会となった。今般「みき事務所」入りすることになったが、その立ち上げにかかわっていないので、ここの選対がどのような展開を企画しているのか未だ掌握しきれていない。だから私の「仕事」も定まっていない。こうした時、過去の経験から「何をすべきか」はわからないでもないが、初対面の人の多い中では、暫く様子をみるしかない。選対に関わりつつ、どれだけ協力者が得られかなど私自身の取り組み方を立てるのが優先かな、とも思う。
 文字通り「暗中模索」とまではいかないが、「薄暗がり模索」で、明日の選対会議でかなり方向性と実態が分かるものと思っている。

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2019年2月 6日 (水)

試され 迫られ

「何をなすべきか」は等しく
 ミニ詩集第17集「冬木立」の中に「試され 迫られ」を収録した。この詩を仕上げたのは昨年の暮れで、私事、家事を含めて何かと忙しくしていたときの断片を「詩」に仕立てた“散文”であった。
 五連だが4つの「試され 迫られ」が連ねてある。外出時に「階段を使うかエスカレーターにするか」、集会などで「何のために来ているのか」、何人かに送るメッセージで「なんと切り出し、何を引き出そうとするのか」、1日を振り返って「これでよかったのかどうか」など。最終連では、還暦、古希いよいよ終活か、まだまだやれるのではないかと「いつも いつも試され 迫られる毎日」と結んでいる。日常の一部に切り取った実に他愛ないものである。
 これらのことを言い換えると「今何をなすべきか」の裏返しといえようか。
 かつて活動のリーダーであった時、この「今何をなすべきか」は、寝ている時以外はいつも抱いていたような気がする。その活動のその先の展開を考えれば、おのずと何をすべきか、何が足りないか、誰と連絡をとればいいのか、「相手」にどう迫ればいいのか、目先のこと、ちょっと先のこと、時には「終着」のことまで想定したりした。
 これは「戦略」といえるもので、どの世界、どの業界でも共通しているのではなかろうか。そうであるから少しでも相手に優る「戦略」を生み出さねばならない。まして「物量」「実績」で後れを取っていることが明らかであれば、いっそうの「優るために何をすべきか」を獲得しなければならない。
 運動の第一線から退いて、「今何をなすべきか」が問われることも少なくなってはいるが、そうであっても何がしかの運動に連なるとすれば、「何をなすべきか」は等しく問われるものである。この自覚を忘れないで、当面の“仕事”をこなしたいと思う。

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2019年2月 4日 (月)

愛知、初の女性首長ならず

 大島もえさん、善戦するも
 今朝の新聞では、愛知県知事選挙で大村氏が3選を果たしたとあったが、各紙は想定通りとそれほど大きな扱いはなかった気がした。それよりも私は、尾張旭市長選挙の方に関心があった。
 結果は、自民、公明推薦の無所属新人の元市議長、森 和実氏が当選、立憲民主党、国民民主党推薦の大島もえさんは約1000票差で及ばなかった。愛知県で初の女性首長の誕生は今回もならなかったのは残念であった。
 愛知県は、中部圏・東海地域の中核県であり、工業でも農業でも全国有数の県であるが、かなり「保守的」であろうと思われる。歴代の知事、名古屋市を除く歴代の各市長の多くは「保守系」ではなかったろうか。
 詳細は調べていないが、日進市の前市長の佐護さん、豊明の前市長の石川英明さん(?)は、「非自民」だったと思う。ここは「愛知7区」であり、その背景から大島もえさんの市長誕生に期待したのだが、結果をみると、微速前進はあっても「ジェンダー」という点で、まだまだといえるのかもしれない。この視点は、選挙ばかりでなく地域の様々な運動に取り組む場合の一つの「留意点」だと思う。
 今度の名古屋市議選・緑区で、立憲民主党から立候補する小野沢美希さんは障がいを持った車いすの女性候補であり、それを有権者がどう見るか、緑区民の意識の一端が見られるかもしれない、そんな思いもあって応援することにした。

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2019年2月 3日 (日)

街宣の企画案を練る・2

 戦略が描けぬままに
 立憲民主党愛知3区総支部は、今回の統一地方選挙の名古屋市議会と愛知県議会選挙で緑区は、実は県議選で3議席中1議席の維持、市議選で7議席中2議席の維持が絶対的使命となっている。「維持」であるから「躍進」とはならない。いわば「守り」の選挙である。ただ違うところは、県議の松本 守候補と市議のおのざわみき(小野沢美希)候補は「新人」であるから、知名度で他党の現職候補に後れを取っているといえそうだ。特に市議選は、8議席から1議席減員となるので、いわば現職一人が落選することになる。その意味でおのざわみき候補の議席確保は、新人だからいっそう厳しい選挙戦を強いられることになる。
  事前予想では、最後の2議席を減税日本の現職二人とおのざわ候補の争いとなりそう、ということらしい。さらに政策的にそして女性候補という点で、共産党女性候補と票の奪い合いが避けられない。
  これらを踏まえてどのような選挙戦略が立てられているのか、私にはまだ見えてこない。おのざわ候補の経歴などから労働組合、市民団体など「組織票」は期待できないというか、これからの開拓と言うことらしい。岡本候補とのすみ分け(両候補の得票に大きな差が生じない)も必要ではないかと思うが、近藤昭一衆院議員、引退する中村友美県議の判断、采配も大きいと思っている。
  そうするといわゆる「基礎票」が読めないから、無党派層への浸透が大きな要素になるだろう。それを踏まえて街宣活動に活かすなら「立憲民主党の候補、女性候補」が「ウリ」の一つではないか。またおのざわさんは「車椅子」の障がい者として、その方面からの政策を市政に反映させたいとしているから、それをどう表現するの、キャッチフレーズとして「ともに生きる街を」が決定しているが、インパクトが強いともいえない気がする。もう一言付け加えたい気もするのだが。
  結果として小野沢さんが当選すれば、名古屋市議会に男女二人の車椅子議員の誕生となる、ある意味では画期的なことであるが、「車椅子・障がい者」を「ウリ」に使うことには慎重さが求められる。深く静かに、しっかりと浸透していく方策を考えたいものだ。

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2019年2月 2日 (土)

街宣の企画案を練る

  市議選の事務所詰めを決める
  昨日、早朝の9時から定例の、「おのざわみき選対会議」があり参加した。政治ポスター、選挙はがき、リーフレット、事務所の看板といった試作品の検討など基本的な体制について議論され、早期作成が確認された。これからの日程についても確認された。私はもっぱら聞くばかりで、一つ、二つ質問しただけであったが、一方で、これからこのまま「事務所入り」するのか否かの決断を自ら求めていた。議論の途中で「街宣」についての話題が出たので、“少し考えてみましょうか”と思わず口にしてしまったので、そこで「決断」した。
  すぐさま取り掛からねばならないことは、立憲民主党のもう一人の候補者の岡本康宏さん(現職4期)他関係者に、この判断を伝えておくこと。街宣活動の基本的なデータを作成し、街宣車の1日の行程表の見本を4日の会議まで作ることであるとして作業にかかった。
  まず候補者も事務所のスタッフも、未だ緑区について把握しきれていないとみたので、「緑区の地域割りと特徴を考える<歴史と重点順位の参考>」を取り上げた。緑区のうち旧鳴海町を西部と東部に分け、有松町、大高町の4つに区分し、その歴史的な関係と地域の概観を書いてみた。次に街宣のポイントとしてあげられる、公共交通のターミナル、公営の集合住宅(団地)、スーパーマーケットの位置、道路事情、ポイントとなる交差点などを列挙していった。
  実戦的に使用するには、細部の詰めが必要だが早急にはできない。“とりあえず”でいくしかない。街宣車の編成表、行程表の見本を2016年の「あいちキャラバン」で使用したものを手直しした。
  これまで準備をしてきたスッタフが、どこまで掌握して、どれだけこなしきれるかは明らかではない。状況次第で私は事務作業の補助作業で、「企画」の仕事はないかもしれないが、どっちにしても状況を見るしかない、できるだけ控えめに、これでいこうと思っている今は。

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