« 1月3日の朝 | トップページ | 年の初めの心意気(1) »

2019年1月 4日 (金)

鳥羽の旅、海の風景

新しい年の初めに
 昨日は伊勢神宮(内宮)参拝。宇治橋を渡って、鳥居を二つくらいくぐると列ができて30~40分は並んであろう数年前と違って、正宮(正式名称?)下の階段まで足がとまることなく進んだ。この激減ぶりは何だろうか。
 そう言えば、4日は時の総理大臣が参拝にやってくるのが恒例のようだ。今年は異例ともいえる立憲民主党の枝野代表らが来たようだが、違和感を持った人もいたと想像する。このことが後々話題(問題)になる可能性があるが、私は“初詣で”することに違和感を持っていないし、何らかの「宗教感覚」を持って出かけることはない。お賽銭は投げるが、願い事を唱えたことはない。“おみくじ”にも興味はない。
  また愛知の熱田神宮、豊川稲荷だけでなく、地元の成海神社とか豊藤稲荷に出掛けたこともある。感覚的に言えば、京都・奈良などの寺社巡りの変形みたいなものだ。
 ついでに言えば、我が家は代々浄土真宗・高田派となっていて、葬儀・仏事すべて鳴海山万福寺でお世話になっている。私がそうしていることで、私自身が枝野一行の伊勢神宮参拝についてあれこれ批判することはない。政党の代表と私とでは立場が全く違うということもあるが、異論反論もあろうが、「私は私」の一語に尽きる。
 さてこうして息子一家と一緒に出掛けるようなことは、いつまで続くだろうと思う。それは孫たちの成長と反比例するように減っていく(来た)のは間違いないところだ。それも“老い”を気づかされる一つでもある。
 鳥羽で一泊した今日は、息子の計画で、相差方面にドライブと「焼牡蠣」を食することで一日が過ぎた。
 展望台から臨めば太平洋の海原と渥美半島、その奥に霞む伊豆半島、状況次第では富士山も見えるという鳥羽公園に寄った。雲一つない空だが、水平線は靄がかかったような状態なので、富士山は見えなかった。だがしばらく目を凝らしていると、靄、多分雲であろうがその上に、わずかに白いものが見えた。位置関係から言って富士山だろうと見当をつけた。20代の若者グループの一人も“ありゃあ富士だぞ”といっていたから、“・・・富士山でなくても、富士山を見たことにしておこう”ひとりごちた。
 次に「海の博物館」へ。ここも初めての訪問。「海女や漁、木造船など海にかかわる約5万9千点(内6879点が国指定重要有形文化財)もの民俗資料を所蔵する博物館」という触れ込みで、それなりに見応えはあった。私が特に関心を持ったのは、大きな建物の収蔵庫内に展示されていた「木造船」の「歴史を刻んだ現物」そのものであった。
 大木から「マサカリ」などを使って成形した手彫り船から「船大工」の手による船などが展示されていたが、その古代と近代化以前の船づくりを思うとき、そしてその時代の暮らしを思うとき、“現在の私”の存在に、なんとなく感激するのである。それは、寺社や仏像とは違う、或いは刀鍛冶の姿とも違う、近いといえば農家、農夫であろうか。連綿と続く“いのち”の連鎖が、意識外に私を捉えるのかもしれない。新し年を迎え、新たな気持ちを抱かせた瞬間だった。

|

« 1月3日の朝 | トップページ | 年の初めの心意気(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鳥羽の旅、海の風景:

« 1月3日の朝 | トップページ | 年の初めの心意気(1) »