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2018年12月 4日 (火)

山尾志桜里講演集会(2)

 安倍総理の軽薄な言い訳
 2番目のテーマは、「安倍総理の3つの言い訳」とあって①憲法には書いてない、②違憲判決なんて出ない、③アメリカにあらがえない、である。メモが取り切れておらず正確さを期することは困難であり、乱雑であるが思い返してみる。
 まず世界各国には憲法があり、そのワード数(英単語)を見てみると、日本国憲法は約5000ワード、最多はインドの13万ワードといわれている。そのことは、憲法で法律のような細部まで取り決めていれば当然多くなるということだ。話にはなかったが、それは国家の成り立ちが、多民族国家であり、多宗教が入り混じり、戦争・併合の歴史をもって来た国では、解釈の違いによる混乱を防ぐために様々なケースを想定して多くの取り決めをした結果、ワードが増えたのではないだろうか。
 翻って日本の場合、明治以前は聖徳太子の一七条憲法、律令制度、中世の(貞永)式目というのもあった。江戸時代では武家諸法度、○○令という程度の規範、法的なものはあっても、現在に通ずる「憲法」は明治時代になってからである。
 それらから読み取るとすれば日本の場合、幕藩体制から明治になって列強に伍していくための富国強兵、殖産興業の政策の下、中央集権国家となり、帝国主義、軍国主義の「近代化」への道は、「天皇制」「権力の恣意的行使」「上意下達」の国家体制として維持された。一方で「民主主義」の芽生えは、敗戦後の「日本国憲法」の制定を待ってからであり、それまでは「和を以って貴しとなす(聖徳太子)」みたいに争いを法で律するのではない、そんな「風土」が日本国憲法の5000ワードになっている背景ではないだろうか。
 まさに安倍首相は、この「憲法に書いてない」ことを理由(悪用)にして、既成事実と勝手解釈をもって悪法成立に血道をあげてきたといえる。例えば憲法には「専守防衛」と書かれた文言はどこにもないといい、だからといって「集団的自衛権行使」が容認されるということにはならない。
 安倍首相はそうした手法をフル活用して、明らかに憲法が予定してない法案(憲法違反)を成立させているが、それもこれも「憲法違反」と判断する制度がないのも一因である。あるいは山尾さんはこうも言っていた。「私たちは教科書で憲法の、三権分立という正三角形を学んできた。今や司法と行政が接近して2等辺三角形になっている」「仮に憲法裁判所が出来ても、その任命権を内閣が掌握している限り、現状は変わらない」と。
 次にこういった説があるという。「長期政権を維持しようとすれば、アメリカの意向に従わなければならない。つまりアメリカには抗えないのだ。短期政権に終わった内閣はアメリカによって潰された」と。民主党が政権を握ったが、鳩山内閣が1年足らずで崩壊したのは、「普天間基地は国外に、最低でも県外に」が、日米両政府の合意に反するものであったからで、虎(アメリカ)の尻尾を踏んだからか。
 ここまででいえることは、安倍首相は長期政権をめざしているが故に「アメリカ追従政策」に腐心。そして「安倍総理は決して『保守』などではない」と山尾さんは指摘した。
 参考までに「保守は人間理性に懐疑的なので、近代的理念をそのまま現実社会に組み込むことを警戒する。だから、伝統を擁護する。保守とは本来『常識人』のことなんです。一方、新自由主義は、近代的理念である自由を絶対視する。自由を阻害するものを敵視するので、反国家的になります。」(適菜 収・日刊ゲンダイ12月3日)
 (続く)

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