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2018年9月15日 (土)

映画「禁じられた遊び」を観る

 疲れていて、ふと思いついて
 この日、中野晃一氏(上智大学教授)、福島みずほ氏(参議院議員)、大内裕和氏(中京大学教授)という魅力的な講師を招いての集会があったが、私は朝から沖縄県知事選挙の「玉城デニー政策集」の編集作業に没頭したため、集会参加をあきらめた。そして編集作業が一段落したところで、妙に気疲れしていた。
 そこでインターネットでなんとなく映画情報などを辿っていたとき、「禁じられた遊び」が目に止まった。何といっても映画そのものより、あの哀愁に充ちた音楽は忘れられない。私でさえいっとき、ギターをつま弾いたことがあるのだ。
 上映開始時間を見れば5時35分とあり、4時に家を出れば間に合うと、折りたたみ傘一本をもってバス停に走った。

映画「禁じられた遊び」
 第二次世界大戦中のフランス。ドイツ軍によるパリ侵攻からの避難途中、5歳の少女ポーレットは爆撃により両親と愛犬を亡くしてしまう。ひとりはぐれて、子犬の亡きがらを抱きながら彷徨ううち、11歳の農民少年ミシェルと出会う。ミシェルから死んだら土に埋めるのだ、と知らされたポーレットは子犬を埋め、お墓をつくり十字架を供える。それからは、お墓をつくり十字架を供える遊びがすっかり気に入り、この秘密の遊びのために二人は、十字架を集め始め、ついに教会や霊柩車からも十字架を持ち出すようになってしまうのだった・・・。

 「禁じられた遊び」は1952年制作であるから、スクリーンは「スタンダード」タイプというのであろう。もちろんモノクロ。そしてキャパ50ほどの小劇場は、私にとっては非常に見やすいということが分かった。画面を見ながら字幕がよく見え、追っていけるのだった。元々遠近両用眼鏡であるから、焦点が合う領域はかなり狭いのだ。
 あ、映画の感想・・・、ポーレット(ブリジット・フォッセー)とミシェル(ジョルジュ・プージュリー)という何かと対象的な二人の子どもが、次第に心を通わせていき家族となっていく。それははかなくも短い時間であった。
 「禁じられた遊び」というタイトルは定着し固定化されているが、5歳のポーレット、11歳のミシェルの「遊び」とは結びにくい。私には10代後半の青年初期の出来事のように思えていたのだった。
 そうした二人を中心に進んでいくが、一方で私はフランスの片田舎の農家の暮らしに目がいっていた。イギリスやフランスの映画の多くには、こうした光景はあまり出てこない(見たことがない)家も、食事も、着ているものも貧しい暮らしの中、家父長的家族と「祈り」のある日常、といっても祈りを唱えるのはミッシェルだけだが。
 最後はポーレットが「家族」から引き離され、孤児院へと連れていかれる・・・。映画「風と共に去りぬ」のスカーレットではないが、ポーレットの「その後」が気にかかる、哀愁の結末でした。
 これを観た後、「太陽がいっぱい」(1960年)が観たくなった。

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