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2018年9月30日 (日)

立憲民主党,初の党大会、立憲フェス2018(1)

 オープニングまでの私の行動
 台風24号が近づいていた。出発間際まで開催されるかどうか危ぶんでいた。沖縄、九州と中国、四国の一部の方は、前日に出発していないと上京は無理だろう。延期かな?そう思いつつ私は、出発の準備を進めた。
 私は、翌日の予定も入れていたこともあり、30日の宿泊の手配を済ませていた。(実際、当日帰名する手段はなくなった)そして当日の朝7時前に家を出て、9時50分に新宿区大久保の会場に到着した。曇空であったがまだ雨は降っていなかったし風もそよと吹いてもいなかった。開場の70分前で“一番乗り”であったが、整理・案内係の人から、“まだ開場まで1時間あります。ここで並んで待ちますか?近くの喫茶店で待機しますか?”と聞かれ迷わず周辺の散策と決めた。会場へ来るまでにも見かけたが、周辺は所々に警察車両が止まっていて、多くの警察官が警備を始めていた。一部には、(右翼の街宣車の侵入を防ぐためか)車両止めの柵も用意されていた。
 タイムスケジュールには、昼食の時間は設定されていなかったので、(実際は館内に飲食コーナーが設けられていた)街角の食堂で腹ごしらえをして10時30分頃会場に戻った。既に15人ほどが列を作っていて、その後続々と人が集まりだし、11時の10分か15分前に開場が告げられた。もっとも国会議員は別の入り口からフリーで、地方議員ももう一つ別の入り口からフリーの入場であった。
 入場に際しては参加証を提示、名札とリストバンドを身につけるように指示された。妨害者の紛れ込みを防ぐためであろう。政党の全国大会というのは、警察の警備といい、主催者の慎重で周到なな警戒といい、そんな雰囲気の中で行われるものと私は初めて知り、経験したのだった。
 ステージの中央、前から5列目に席を確保して、さらっとプログラムに目を通してから、私はメインホールの中のブースの幾つか、例えば党の活動写真展「立憲カメラミュージアム」を見て、2種類の背景のある「立憲フォトブース」で、プロのカメラマンに写真を撮ってもらい、最初は断られたが、私のカメラでも一枚撮ってもらった。私が最初の「お客さん」だったようだ。メールで請求すれば、折り返しメールで画像を送ってもらえるそうだ。稀有な「記念写真」になるだろう。
 通路での「グッズ販売」等では、中島岳志著「保守と立憲」(スタンド・ブックス1800円)と、青のTシャツ1枚を購入した。(余談だが、このTシャツが翌日に役立った)そして2度、3度行き来して迷った挙句、立憲民主党の「バッジ」を買った。こうしたバッジとか缶バッジも身につけることはあまり気が進まないのだが。
 それにしても広い会場とはいえ、あちこち歩きまわったが、誰一人(近藤昭一議員は別にして)見知った人はいなかった(会えなかった)。あとで知る参加者約1500人という大勢であれば、まさか愛知・名古屋から私一人ではなかろうに。ピースサイクルで見知った首都圏の人が一人くらいいるかな?会えるかな?という期待も外れた。
 定刻の11時、間もなくオープニングである。最前列のやや右、私から斜め右前方に国会議員席があって、最初に辻元清美議員が席につかれ、逢坂誠二議員そして近藤昭一議員らも。開会後は、枝野代表、福山幹事長らも、最前列ではあるが(特別な椅子ではなく)一般席で参加していた。
 この先の「立憲フェス」経過の概要は党のホームページから知ることができるので、詳しくは書かないが、私のメモから拾った感想などを書くこととする。(10月2日記)
 追記:進行のプログラム作成と出演者、関係者の手配方から始まって、会場の設営には多くの時間が費やされ、多くのスタッフ、ボランテアの人たちが関わった。その膨大な準備過程があったから、延期して開催を再構築するには短期間では無理で、その後の政治活動に影響しかねない。そのような事情から台風の影響を憂慮しながらも、一部の参加者に足止めの影響が出たとしても、開催延期はできない事情があったようだ。
 そうした事情があったことを、もし「安全と地方参加を考え、延期すべきだ」と思われた方に知らせるのも私の務めかな、そう思って付記する。
立憲フェスの経過
➡ https://cdp-japan.jp/news/20181001_0906

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2018年9月28日 (金)

映画「1987、ある闘いの真実」を観る

  日韓に共通する部分もあるがしかし・・・
 展開の早いサスペンスドラマのようでありながら、それが史実であるから感動のあまりうるんでしまう場面の多い迫力のある映画であった。
  映画から離れても韓国の「民主化闘争」に、とりわけ深い関心を持っているのは、“団塊の世代”以上かなと、勝手に思いこんでいるのだが、私にとっては「在日韓国人政治犯」の釈放・抗議運動と1980年5月18日から27日にかけての光州市を中心として起きた民衆の蜂起(光州事件)の記憶が強く印象に残っている。
 この映画でも新入女子大生・ヨニ(クミ・テリ)が「漫画サークル」に誘われて、そこで漫画ならぬ「光州事件」のビデオを見せられるシーンが一瞬だったがあった。
 1980年~1987年は、前政権の朴正煕時代から全斗煥大統領による軍事政権下の弾圧下にあった一方、「民主化」を求める学生だけでない国民的欲求・運動にとって厳しい時代でもあった。
  この映画はそうした背景を下地にしている一方、政治に無関心、経済発展に浴する若者例えば女子大生・ヨニの姿もあって現在に引き戻す。
  また、内容は殆んど史実に基づいているが、映画故の一部にフィクションもある。民主化運動を陰で支える叔父さんのハン看守が捕らえられ、学生の活動家ハニョルに惹かれ乍ら変わっていく女子大生・ヨニも架空の人物とされる。ではあってもさして不自然さはない。それと関連があるかどうかわからないが、要所、要所で「反体制派」又は「良心派」の人物例えば検事、新聞記者、看守、学生のリーダー、医師、司祭などが登場して韓国全土を巻き込む民主化闘争へと展開していく。そのスピード感のある展開に緊張感が漂う一方、感動の中にと希望の光を見るような・・・。
 それにしても韓国の警察、治安部隊の暴力はすさまじい。その暴力は、小林多喜二を拷問死させた日本の「特高」と変わりないか、その実態は知らないが、光州事件などから見て韓国のそれは直接な凄まじい暴力といえるかもしれない。戦闘警察の放つ催涙弾が、活動家ハニョルの後頭部を直撃、ハニョルは、暫くして死亡してしまうが、これは三里塚闘争(新東京国際空港反対闘争)における東山薫さんが、機動隊の放った催涙弾の直撃(水平撃ちは違法)を受けて死亡した事件を思い出させた。
 そうしたいくつかの点で韓国の民主化運動と日本の「左翼」の運動に共通点がないわけではないが、比較すること自体に違和感があるかもしれない。「反共・防共」思想などおかれている状況に違いがあり過ぎるからだ。いずれにしても私たちが直視して学ぶべきことは多い、そんなことを示唆した映画であった。

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2018年9月26日 (水)

伊勢湾台風から59年

 災害は忘れる間もなくやってくる
 あれから59年の、1959年9月26日の超大型台風第15号は「伊勢湾台風」と呼ばれ、死者・行方不明者5098人を出す大災害となった。被害の大きかった名古屋市南部の人たちにとってはいくら歳を重ねようとも忘れることはできないだろう。
 その時私は中学3年生であった。その時の様子を「自分史」に書き留めたので、ちょっと気恥しいのであるが、この「伊勢湾台風」クラス、あるいはもっと強烈な「スーパー台風」が来るかもしれないので、気持ちも新たにする意味で部分的に引き出してみた。
 「・・・幸い、わが家は浸水も、瓦一枚も飛ばされることなく被害はゼロだった。
 鳴海中学校は、高台にあったこともありかなりの被害を受けた。中でも、この年の夏前に完成し、わがバスケットボール部が優勝した体育館は、銅版の屋根が吹き飛び、明かり取りのガラス窓が敗れて雨が吹き込み、水を吸い込んだコートの一部が競りあがったりして、散々であった。
 一年生のときに同級だったTの家が倒壊したと聞いて、Nと一緒に神の倉まで手伝いに出かけたこともあった。暫くして、南区の被害地域から、仮の転入生が来たりした・・・」そして秋の運動会は中止となった。
 戦後の自然災害では、「東日本大震災」が起きるまで最大といわれたこの「伊勢湾台風」である。他にも地震、火山噴火、洪水、土砂災害など大中の自然災害が起きて“災害は忘れたころにやってくる”というのは、もう昔のことで、今では「災害は忘れる間もなくやってくる」ではなかろうか。
追記:台風24号が近づいている。30日投票の沖縄知事選挙で、玉城デニー候補にマイナスの影響が出ないか心配である。

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2018年9月25日 (火)

朝鮮半島情勢と日朝関係の講演会

  東京新聞論説委員・五味 洋治 氏
  日朝教育・文化交流をすすめる愛知の会主催の「日朝の対話をはじめよう」を副題とする講演集会が開かれた。
 五味さんは、長野県茅野市生まれ。1982年、早稲田大学第一文学部卒業。1983年に中日新聞社東京本社(東京新聞)へ入社し、川崎支局、文化部、政治部を経て、1997年に大韓民国の延世大学校に語学留学。また1999年から2002年までソウル支局に、2003年から2006年まで中国総局に勤務。また2008年から2009年までフルブライトフェローとしてアメリカ合衆国のジョージタウン大学に在籍する2012年より東京新聞編集委員を務める、という経歴の持ち主。
 話は、パワーポイントを使って行われ、聞いている限りではわかりやすいものだったが、こうして書きとめようとすると、なかなか前後が繋がらない。
 五味さんは、今年に入ってから4月27日、6月12日、9月9日、9月18~19日と「南北会談」「米朝首脳会談」という衝撃的な展開があって、まず「南北首脳会談と今後」というテーマから入った。これは事実上の終戦宣言といえるもので、南北の信頼関係が出来ていてのこと。特に「一つの民族を確認」した言う文言は大きいと五味さんは指摘した。そうしたムンジェイン大統領の政策は、韓国世論も肯定的であるという。
 ではそもそもの1950年6月に始まった「朝鮮戦争とは何か」であるが、詳細は省くが「カイロ宣言」の中の「朝鮮を解放,独立させる決意を有すること」によって、朝鮮は信託統治されることとなり、38度線を境界として、北半分をソヴエトが、南半分をアメリカが信託統治することとなったことがあげられる。そしてこの戦争では民間人も含めて共和国(北朝鮮)、韓国、中国、アメリカを中心とした連合国軍合わせて約300万人の死者を出し(五味さんは500万人とした)、また1千万人の離散家族を生み出したとも。
 この戦争で日本はどうであったか、それは戦後の日本を大きく変えた戦争だったといえるという。日本人船員を動員しアメリカ兵や武器輸送、掃海などの後方支援と、国連軍の補給基地として経済を立て直した経過があったが、敗戦後の日本軍を解体し、戦後の日本を無力化するというそれまでの政策を転換し、自衛隊の前身である「警察予備隊」を創設して、アメリカにとって「信頼できる仲間」に仕立てていった。それは敗戦で生まれ変わって平和国家となった日本だが、国内に米軍基地を抱えるという矛盾を残した。
 それでは「休戦協定」のまま、なぜ「終戦」とならないのか。まず朝鮮半島に「国連軍(実質米軍)」が結成されていて存在していることが挙げられる。その国連軍の役割というか行動には、中国に対しても有効とのことである。ちなみに朝鮮有事の際には、米軍は日本国内の7つの基地から出撃可能とのことである。
 話の終盤は、最大の焦点である「終戦宣言」のゆくえである。共和国は積極的だが、アメリカは核問題の完全解決を求めているが、在韓米軍、在日米軍と中国の動向も視野に入れた東アジアにおける軍事的プレゼンスも欠かせない要素であろう。
 最後に、ここまで「南北会談」「米朝首脳会談」が進展する中で、蚊帳の外の「日本」はどうなのか。安倍首相は「拉致問題」を中心に据え、アメリカ追従政策ばかりで二言目には圧力、圧力としか言ってこなかった。しかし五味さんはこういうのである。「日朝関係に進展の可能性も」と。それは、安倍が「日朝首脳会談」を口にするようになったのもその一つだと。また任期中に拉致問題を自分の手で解決すると断言した以上、圧力一辺倒では埒が明かないということでもあろう。
 そして五味さん締めくくりに、日本の役割、やるべきことをいくつか挙げた、「日本は平和構想を発表せよ」、それは、北東アジアの非核兵器地帯構想であり、「鉄道」で連結する経済圏構想であり、「平和協定」をめざして多国間で協議体をつくるなどである。いずれにして安倍政権は、単なる傍観者であってはならない、まして交渉の足を引っ張る行動はするな、というのであった。
 なお質疑応答では、4月20日の「日朝議連」の動きの評価。「戦後補償の問題をどう考えるか」「平壌宣言の問題点は何か」「日本を含む北東アジアの安全保障体制はどうなる」「高高度迎撃ミサイルシステムTHAAD(サード)の問題をどうとらえるか」「拉致問題で安倍がやるべきだというが、安倍では駄目じゃないか」「トランプ大統領は信頼できるのか」などが出た。五味さんの回答は省略。


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2018年9月24日 (月)

沖縄県知事選挙は終盤へ

 とりあえず私のできることは終えたが
 昨日、今日の予定が変わったので、22日に印刷した「C&Lリンクス愛知・第84号」の発送作業を進め、昨夜遅くに投函することができた。残る数部は明日配達の予定だ。
 この第84号は、9月15日のこの欄で、玉城デニー候補の政策集の見出し部分を紹介した「沖縄知事選(2)玉城候補の政策集-細部に亘って網羅されている」を発信したが、その全容を冊子化したものである。
 内容は、●巻頭詩「美ら海・風」(尾元のん葉)2015年に発表したものの再録。●私からの、玉城デニー候補と沖縄のみなさんへのメッセージ ●憂国のつぶやき・7 あのときに・・ ・と悔やまないために・・・●沖縄県知事選挙2018 沖縄の夜明けを共に!●私たち(県外)が出来ることをやろう!●誇りある豊かな沖縄。新時代沖縄「基本政策」 玉城デニー(15日に記載、以下省略)●支援カンパの振込先と連絡先、●随想「私も参加します 立憲フェス2018」、あとがき。全 20頁。これの電子版は、22日の夜に送信済み。
 終盤の知事選挙の、玉城さんへの応援は、これでひとまず予定していた私のできることは終えることができた。今朝の新聞で、共同通信、朝日新聞の情勢分析が載っていたが、書き留めることはやめておこう。ただ心配なのは、高野孟さんが指摘していたように、異常なまでの「期日前投票」の多さである。先の名護市長選挙で稲嶺 進氏が敗れたのは、この「期日前投票」が実に投票した人の4割ほどだったといい、その戦術を駆使したのが相手候補であれやこれやの誘導だったらしい。
 また知事選と同日投開票の宜野湾市長選も注目している。県知事選挙と市長選挙、有権者の判断が双方で連動するのか、それともねじれるのか。そしてそれらの結果が、10月14日の豊見城市長選、10月21日の那覇市長選へも影響するであろうからだ。
  玉城デニー候補の健闘と吉報を待ちたい。

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2018年9月22日 (土)

高野 孟講演会が開かれる

 立憲・リベラルの政策の端緒に
 自民党総裁選直後の、時宜にかなった「政治講演会」に80人余の人が、高野さんの話に聞き入った。
 主催がリベラル政治懇話会ということもあって、近藤昭一衆院議員、石田芳弘元犬山市長・元衆院議員の共同代表に加えて、赤松広隆衆院議員も顔を見せていた。
 高野さんの話は、幾つかの節目があったが、メモしきれなかったから、断片的に書き記す。まず何といっても自民党総裁に安倍3選、から入ってその総裁選の過程で散見された「閣僚辞任圧力」とか、地方議員への「反石破、安倍への支持圧力」などの醜態の実態が暴露された。そして党員票で石破が約45%を獲得したことで、安倍圧勝の構図は崩れ、党内にかなりの不満、不人気の存在が明らかとなった。安倍の4選はないから、これからは「レイムダック」(いずれ終焉を迎えることが明らかで、いわば死に体)の始まりとなる。そこで、2019年の統一地方選挙、参院選挙を迎え、その結果次第では、3年の任期を全うできないこともあり得る。
 そこでこれからの安倍の「仕事」はなにか。「憲法改正?」確かに安倍はそう言い続けている。しかし、「集団的自衛権」容認を盛り込んだ安保法の成立によって、「アメリカからの圧力」はなくなって、憲法改正の緊急性はなくなった(安倍と田原総一郎の会談)。公明党も「(安倍の)9条改憲」に積極的ではない。むしろ「日本会議」などの右翼的政治勢力からの、アメリカを利用しての武装化を目指す「戦前回帰」に押され、他に大きな仕事もない安倍は、「憲法改正」やらざるを得ない?という状況だと高野さんは指摘した。
 また経済政策については「アベノミクス」は「円安、株高」程度で失敗続きである。それが分かっているから安倍自身は「この問題に触れられたくない」というのが本音だそうだ。また次々と新しい「矢」を用意したものの、放たれた「矢」はないし、この先の見通しも立っていない。2019年秋の消費税増税についても、三度延期か景気の下降を覚悟して実施するかの選択は、この10月にも決めねばならないという。どうなるか注視したい。
 2019年に予定されている大きな出来事にもう一つ「天皇の交代」がある。これについて高野さんは時間を割いて語ったが、「天皇制」一般だけでなく、彼の「心情」が吐露されて、ちょっと意外に感じた。また「明治から150年」の話の中で「薩長連合」のこととか、「あの吉田松陰はテロリスト」と言い切ったところは、私は「?」と思った。その先の話はなかったが、想像すれば、吉田松陰の「松下村塾」の門下生である、伊藤博文、井上馨、木戸孝允、山縣有朋、山田顕義ら長州藩士らが中枢にいた「明治政府」の否定的部分を指してのことだと思う。幕末から明治にかけての「歴史観」は、司馬遼太郎に代表される説がこれまで有力であったが、次第に当時の状況が明らかになるにつれ、正反両面が語られているのが現状ではないだろうか。「吉田松陰はテロリスト」はその一部であり「皇国史観」「アジア蔑視」も聞かれるが、列強の圧迫下での政治の舵取りで、伊藤博文、井上馨、木戸孝允、山縣有朋、山田顕義らの仕事は、当然全否定とはならない。やはり「現在に活かす」更なる検証・研究課題であろうと思う。
 さて今後の政治的展望について、安倍の「レイムダック」化はそれとして、「明治から150年」を振り返るとき、前半の75年は、いわば「第1回近代化」といえる時期で、結果的には戦争の時代であり、失敗といえる。後半の75年といえば「第2回近代化」の時期で、アメリカ一辺倒であり、これらはいわば「大国主義」といえるもので、いずれも失敗だったというのが高野さんの分析。
  ではこれからの日本はどうあるべきか。リベラル派は、その展望を出さねばならない。大国主義・国権優先から小国主義・民権へ移行すべきではないか・・・。(この議論は、展望を示す話の序である)
 質疑に入って、いわば「リベラル的経済政策とは?」についての質問。「市場原理型」ではない「北欧型福祉社会」もその一例あるが、問題がないとは言えない。経済政策はひとことでは片づけられない課題である。
 次に「政権交代」を目指していくが市民として何をすればいいのか、消費税をゼロに、所得税は累進課税に、法人税減税をやめて元に戻す、というのはどうかという質問。高野さんは、消費税は、ヨーロッパでは「付加価値税」として広く採用されている。また直接税(所得税、法人税、住民税など)と間接税(酒税、たばこ税、揮発油税など)の関係(直間比率)もあり、消費税ゼロがベストともいえない。国として政策的選択にかかわる。最近「べーシックインカム」が話題としてあるが、現実的かどうかは別として一つの形であろう。
 最後に、国家体制についての質問があった。一言で言えば、「中央集権国家(一極集中)」からの脱却といったところか、質問者は「幕藩体制」を例にしたが(聴き間違い?)、権限の地方への移譲、例えば、最近は話題にならないが、「道州制」もその一つだろう。つまり、地方を再生していく、それは最末端の自治体に権限を渡していく。例えば、村で足りない所は県が補完する、県で足らない所は道州で補完する、道州で足らない所は国が補完する、いわゆる「補完性原理(サブシディアリティ)」という方法である・・・。
 ここまでであるが、話が難しい面もあって、私の理解不足、誤解もあるかもしれないが、重要な要素を含んだ講演と質疑の時間であった。リベラル派=立憲民主党の政策論議の高まりが必要と感じた集会でもあった。

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2018年9月19日 (水)

安保法成立から3年

 名古屋で、9・19集会とデモ
 恐らく全国各地で、この種の集会・デモが取り組まれていることだろう。あまり記憶したくないメモリアルデーであるが、そんなつぶやきには“オマエが忘れてなんとする!”という叱声が飛んできそうだ。
 会場は、名古屋・栄の久屋市民ひろば。舞台後方に色とりどりにライトアップされた名古屋テレビ塔が浮かぶ。
 以下、プログラムを掲げておくと、オープニングはフォークシンガーソングライターの板谷信彦さんが務めた。主催者挨拶は、共同行動共同代表の長峯信彦さん(愛大教授)、テーマごとの各スピーチでは、沖縄の現状報告を訴えを牛島達夫さん(愛知沖縄会議代表)、脱原発関連については、草地妙子さん(老朽原発訴訟原告共同代表)、労働運動・非正規雇用については、鶴丸周一郎さん(名古屋ふれあいユニオン)と続いた。
 そして後半のプログラムの最初は、ここ最近何度か名古屋に来て歌い続けている、シンガーソングライターの川口真由美さんが登場し、沖縄の辺野古新基地建設反対のたたかいを励まし、命の重み、平和を願う歌を披露、会場は手拍子、合唱で応えた。
 ここで、本村伸子衆院議員(共産党)と、近藤昭一衆院議員の秘書が紹介され、あいさつをした。
 この集会の趣旨、闘いの意義などについて一人目は、安保法制(戦争法)について、安保法制違憲訴訟の会あいちの下澤悦夫さん、続いて憲法問題、9条改憲などを本 秀紀さん(名大学院教授)、そして締めの挨拶として共同行動共同代表の中谷雄二弁護士が、安倍政治ストップ、憲法改悪ストップ、闘いの継続などを訴えて、デモに移った。
 集会参加者は、主催者発表で650人とされたが、デモの長さなどから、800人くらいではないかと私には思えた。いずれにしても、この日は朝半島情勢に関わる「南北首脳会談」があり、明日は自民党の総裁選挙、30日に沖縄県
 知事選挙と続き、会場で配られた「戦争法廃止!安倍内閣退陣!各地の当面のイベント予定表」を見れば、この9月はほぼ連日、なにがしかの集会、講演会、街宣活動が取り組まれる。
 個人的には、30日の「立憲フェス」の参加準備と、「C&Lリンクス愛知」の冊子、電子版の早期発行、発信が控えている。体調維持を最優先に注力する。

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2018年9月17日 (月)

朝鮮半島情勢、日朝関係の現在

和田春樹講演会が開かれた
 「韓国併合100年」東海行動実行委員会主催の「日朝平壌宣言16周年 なくそう偏見 つくろう信頼と友好 今こそ日朝国交回復を!」という講演会とデモ行進が名古屋で取り組まれ参加した。100人弱の参加であった。
 私たちの年代の仲間の間では、市民運動家でもあり、韓国の民主化運動において、特に金大中救出運動において広い関心を持っていたといわれる和田春樹さんを知らない人は少ないだろう。ちなみに1938年生まれ。東京大学名誉教授。専門は、ソ連史・ロシア史・現代朝鮮研究。
 集会の大枠では、2002年の小泉訪朝「日朝平壌(ピョンヤン)宣言」を一つの起点として、2017年の「南北会談」「米朝首脳会談」までの、朝鮮民主主義人民共和国(共和国・DPRK 、北朝鮮)を取り巻く状況を知り、安倍首相の“圧力、圧力、圧力”の一辺倒ではなく、東アジアの安全保障、善隣友好関係、日朝国交正常化を通して、相互信頼をつくっていこうという趣旨であった。このあたりのところの集会の呼びかけは次のようなものだ。
 「歴史的な4.27南北首脳会談、6.12米朝首脳会談が行われ南北関係改善、朝鮮半島の非核化協議、米韓合同軍事演習の凍結、米兵遺骨返還作業の進展など動きが見られている。『圧力一辺倒』の対北朝鮮政策を唱えてきた安倍政権は、ここにきて金正恩朝鮮労働党委員長との直接対話に軸足を移している。しかし、経済封鎖と圧力、植民地支配など侵略の歴史の美化、偏見と差別を続ける安倍政権では、未来は見えてこない。
  日本政府は、2002年9月17日朝鮮民主主義人民共和国との間で、平壌宣言を締結した。日朝国交正常化の早期実現、植民地支配によって与えた多大な損害と苦痛の反省とお詫びをこの宣言の中で表明した。だがそれ以降、日本政府の態度は真逆の道をたどっている。」と。
 状況は、一方に中国とロシアそして対極にアメリカ。その間に「共和国、韓国、日本」が位置するが、「南北会談」「米朝首脳会談」によって日本は蚊帳の外に置かれている。このことは、拉致問題にしろ、核・ミサイル問題にしろ、話し合いのテーブルさえ用意できなくさせているのではないか。仮に、安倍首相が「日朝首脳会談」を望んだとしても「拉致問題解決なくして国交正常化なし」を固持している限り、正常化への道は開かれない可能性が高い。共和国側からみれば、「朝鮮植民地支配の清算」「朝鮮戦争準参戦国(日本)の立場の終結」「在日朝鮮人、在日朝鮮人団体への攻撃・圧力(ハラスメント)問題」が優先課題であって、当面は「日朝平壌宣言」から仕切り直しということではなかろうか。
 このような膠着状態の日朝関係の打開について和田さんは、「米朝交渉への協力の提案」として、米国が共和国に安全の保障を与えるために日本は①沖縄の米軍基地の全面撤去。②佐世保米海軍基地の撤去。③朝鮮戦争終結会議への準参戦国参加、を挙げている。さらに、朝鮮半島の全面非核化を実現するために、①日本の核兵器製造能力の完全除去(プルトニウム問題の解決)。②日本に対する核の傘の返上。③核兵器禁止条約への参加。とした。
 この和田さんの提案は、基本的なことを示したものと考えられ、現実論に立つと安倍政権、自民党政権のもとでは不可能といっていいのではないか。どうしたって「政権交代」があって、なおドラスチックな政策転換が必要となる。
  そのスピードに日本全体がついていけれるであろうかとの不安は残る。言葉以上に大きな課題だ。
 ここまで書いて、私の中ではうまく整理できていない(当然だろうが)。日朝・日韓問題、対中国・ロシア問題を含む東アジア全体を見て、それと日米関係を重ね合わせてベストの「環太平洋の政治(答え)」を引き出すのは、まさに政治力である。とりあえず私の仕事は、その政治を担える政治家を送り出すことであろうと思う。そしてささやかな冊子を通して、ミニコミの情報を伝えることであろうと思っている。

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2018年9月16日 (日)

フィリピントヨタ労組支援愛知行動

 237名の解雇から17年目の争議
 組合員237名の不当解雇をめぐるフィリピントヨタ労組(TMPCWA)の闘いは、17年目を迎えた。今年もTMPCWAのエド・クベロ委員長と組合員の二人が来日し、東京と愛知での行動が取り組まれている。
 支援行動愛知の1日目は、午後2時過ぎから名古屋駅前にあるトヨタ自動車名古屋オフィスが入居する、ミッドランドスクエア前で街頭宣伝が取り組まれた。
 関東からの支援の仲間が到着するまで、愛知の仲間がかわるがわるマイクを持ち行き交う人たちに呼びかけと、チラシの入ったテッシュぺーパーの配布を行った。
 私は午後2時50分頃に到着し、直ちにチラシ配りに加わった。昨年までは90分ほどで20~30ほどしか手渡せなかったが、今回は妙には受け取りがよくて、60~70くらいは配ることができた。
 チラシには、大見出しで「フィリピントヨタの労働争議をトヨタの責任で解決を!」「トヨタはフィリピン政府の斡旋に応えよ!」とあり、小見出しとして「トヨタの組合つぶしに断固抗議する!」「ILOの争議解決勧告を無視するな!」「フィリピン労働雇用省の働きかけも無視するトヨタ」「フィリピンと日本の友好関係のためのも早期解決を!」「即時解決を求め、全国各地で宣伝活動を強めます!」とある。どこまでも頑なトヨタ自動車である。
 午後3時30分頃、関東からのバスが到着して、「支援する会(関東)」主導の街宣活動第2弾が始まり、TMPCWAのエド・クベロ委員長が、フィリピン現地の状況と日本の支援に感謝するとともに、早期解決に向けた闘いの継続を訴えた。もう一人の組合員も闘いの決意を語り、今回初めて参加したフィリピンからの研修生からの発言もあった。シュプレヒコールのあと支援する会の代表の挨拶と訴えがあり、最後に“団結がんばろう”を三唱して行動を終えた。
 この後、豊田市に移動して連帯交流集会が行われたが、私は今年も参加を断念した。参加者は関東からの仲間を含めて45人ほどかと思う。

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2018年9月15日 (土)

映画「禁じられた遊び」を観る

 疲れていて、ふと思いついて
 この日、中野晃一氏(上智大学教授)、福島みずほ氏(参議院議員)、大内裕和氏(中京大学教授)という魅力的な講師を招いての集会があったが、私は朝から沖縄県知事選挙の「玉城デニー政策集」の編集作業に没頭したため、集会参加をあきらめた。そして編集作業が一段落したところで、妙に気疲れしていた。
 そこでインターネットでなんとなく映画情報などを辿っていたとき、「禁じられた遊び」が目に止まった。何といっても映画そのものより、あの哀愁に充ちた音楽は忘れられない。私でさえいっとき、ギターをつま弾いたことがあるのだ。
 上映開始時間を見れば5時35分とあり、4時に家を出れば間に合うと、折りたたみ傘一本をもってバス停に走った。

映画「禁じられた遊び」
 第二次世界大戦中のフランス。ドイツ軍によるパリ侵攻からの避難途中、5歳の少女ポーレットは爆撃により両親と愛犬を亡くしてしまう。ひとりはぐれて、子犬の亡きがらを抱きながら彷徨ううち、11歳の農民少年ミシェルと出会う。ミシェルから死んだら土に埋めるのだ、と知らされたポーレットは子犬を埋め、お墓をつくり十字架を供える。それからは、お墓をつくり十字架を供える遊びがすっかり気に入り、この秘密の遊びのために二人は、十字架を集め始め、ついに教会や霊柩車からも十字架を持ち出すようになってしまうのだった・・・。

 「禁じられた遊び」は1952年制作であるから、スクリーンは「スタンダード」タイプというのであろう。もちろんモノクロ。そしてキャパ50ほどの小劇場は、私にとっては非常に見やすいということが分かった。画面を見ながら字幕がよく見え、追っていけるのだった。元々遠近両用眼鏡であるから、焦点が合う領域はかなり狭いのだ。
 あ、映画の感想・・・、ポーレット(ブリジット・フォッセー)とミシェル(ジョルジュ・プージュリー)という何かと対象的な二人の子どもが、次第に心を通わせていき家族となっていく。それははかなくも短い時間であった。
 「禁じられた遊び」というタイトルは定着し固定化されているが、5歳のポーレット、11歳のミシェルの「遊び」とは結びにくい。私には10代後半の青年初期の出来事のように思えていたのだった。
 そうした二人を中心に進んでいくが、一方で私はフランスの片田舎の農家の暮らしに目がいっていた。イギリスやフランスの映画の多くには、こうした光景はあまり出てこない(見たことがない)家も、食事も、着ているものも貧しい暮らしの中、家父長的家族と「祈り」のある日常、といっても祈りを唱えるのはミッシェルだけだが。
 最後はポーレットが「家族」から引き離され、孤児院へと連れていかれる・・・。映画「風と共に去りぬ」のスカーレットではないが、ポーレットの「その後」が気にかかる、哀愁の結末でした。
 これを観た後、「太陽がいっぱい」(1960年)が観たくなった。

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沖縄知事選(2)玉城候補の政策集

 細部に亘って網羅されている
 沖縄の県知事選挙で玉城デニー候補を支援する、沖縄の「平和・誇りある豊かさを!ひやみかち うまんちゅの会」発行の冊子「新時代沖縄」のダウンロードを終え、「C&Lリンクス愛知」に転載する作業を進めた。
 踏み出そう、新時代へ ハイサイ、グスーヨー、チューウガナビラ。(こんにちは みなさん、ご機嫌いかがですか)で始まるこの冊子。
  続いて、「県民の皆さん、玉城デニーです。2018年9月、沖縄県知事選挙に立候補するにあたり、私の考えと進めていく政策をここにまとめました。
  沖縄県は、次の県知事の下で、復帰50周年を迎えることになります。『新時代沖縄』の到来を告げる、島々の鼓動を、人々の輝きを、限りない沖縄の可能性を存分に引き出し、内外に発信していく志と力が、新しい県知事に求められています。」とのべ、「『新時代沖縄』の到来」「誇りある豊かさ」「沖縄らしいやさしい社会の構築」 
       2018年9月10日玉城デニー と続いた。
  さらに、「新時代沖縄の挑戦 アジア経済戦略」という大見出しのあと、細部わたる政策が延々と続く。締めくくりは、「県民の覚悟とともに貫く 3つのNO」でまとめた。見出しだけ拾うと、「1、辺野古新基地建設・オスプレイ配備NO」「2、不当な格差NO」「3、原発建設NO」である。
  続けて、「県民の誇りとともに歩む 新時代の沖縄の理念」は以下の通りである。
▶アジアのダイナミズムを取り入れ、市場が認める沖縄の高い発展可能性を顕在化させ、誇りある豊かさを実現する理念の下、日本経済をけん引する新たな振興計画を策定する。
▶沖縄21世紀ビジョンの平和で自然豊かな美ら島などの真の理念を実行する。
▶建白書で大同団結し、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念、オスプレイ配備撤回を
強く求める。そして、あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない。

  私は、数は少ないがいろんな政策集を読んだが、これほどのボリュームは初めてであった。玉城さんがその政治活動の中で積み上げてきた政策の集大成みたいなものであろうか。全文を冊子にして届けたい。

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2018年9月14日 (金)

沖縄知事選(1)、玉城デニー候補の支援

 手始めに、まずカンパを送った
 沖縄の知事選挙が告示され、選挙戦が始まったが、この愛知にいて、沖縄まで飛んでいけない身であれば、ただただ玉城デニー候補の当選を願うばかりである。
 願う、祈る気持ちは大事だが、何か行動を起こさねば「支援」にならない。出来れば現地入りして選挙運動の一端を担いたいものだが、これは難しいと判断した。名古屋にいて出来ることは、応援メッセージを送ること、本土の関心の薄さを掘り起こし、世論を喚起すること。選対にはプロがついていることだろうから、選挙戦術的なことは任せるとして、やはり一番の支援は「資金カンパ」であろうと思う。
 そこで今日の午後近くの銀行へ行って振り込みを済ませた。振り込むにあたっては、どの口座がいいか一応検討してみた。
① 琉球銀行(本店営業部)名義人 うまんちゅの会 事務局長 仲宗根寛明
② 沖縄銀行(本店営業部)名義人 ひやみかち うまんちゅの会 事務局長 仲宗根寛明
③ 琉球銀行 コザ十字路支店 名義人 玉城デニー後援会 代表  石川榮喜
 この三つがメール上で紹介されていたので②の沖縄銀行を選んだ。結果的にはどの口座でも構わないのであるが、その理由は、③の琉球銀行 コザ十字路支店は、政治家への「個人献金」扱いとなり、税制上の優遇が受けられる利点がある。しかし②の沖縄銀行は、「ひやみかち うまんちゅの会」は各界で構成された「選挙母体」であるから税金控除の対象とはならない。けれども、「ひやみかち」というのは、“さあやるぞ がんばるぞ”という意味らしく、また「うまんちゅ」という意味はいってみれば“オール沖縄”という意味でもあるらしいから、支援する方としては、「個人献金」より、「運動支援」に気持ちが添うと思ったのだった。
 次に、やはり玉城デニー候補の政策を知りたいと思って、「マニフェスト」と思われる政策集をインターネットからダウンロードした。20ページほどのボリュームである。これを見れば、私の知らない沖縄が抱えている問題点もわかると思ったからである。できれば、これを基に冊子化したいが、配布するなら遅くとも9月20日頃までには仕上げねば効果は半減してしまう。できるかな?“ひやみかち!”

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2018年9月11日 (火)

自民党の総裁選について

 つぶやいてみたものの・・・
 自民党の総裁選?と聞かれ、木枯し紋次郎の「あっしにゃぁ関わりのねぇこって・・・」を気取ってみたところで、漫画にもならない。さりとてこのまま安倍再選を見せつけられるのは何とも口惜しいだけでなく、安倍打倒の“厭戦気分”にさせられそうで気を引き締めている。
 今や「戦前」の領域に入りつつある、という発言を聞くが、安保法をはじめとする「戦争法」が成立して、いよいよ「平和憲法」の改悪をもって、「戦前」の体制が仕上がるという言説に、どれほどの人が実感しているだろうか。
 私の歳では「戦前」が想像できない。青年期の学習での「戦争前夜の認識」というものを列挙してみると、「外交の行き詰まりと国家的危機の喧伝」「軍部の台頭と軍備の増強」「軍国主義と思想統制」「皇国史観と愛国教育」「軍事予算の膨張と国民皆兵制」「戦争法と総動員法など法的な軍事国家体制の成立」「物資の不足と国民生活のひっ迫」「人道的基本権利と娯楽のはく奪」「報道機関の体制内化」「反体制活動家と知識人の拘束・逮捕」・・・。
 これでもまだ足りないだろうか。そしてこれらを現状と照合してみると、“そこまでは・・・”と思いつつ、そのかけらみたいなものが見え隠れし、いつしかそのピースが寄り集まり、想像だにしてなかった「帝国」が出来上がる、ということなのであろうか。
 現実に戻って、自民党の総裁選の「意義」については7月26日の日刊スポーツ「政界地獄耳」のコラムが次のように書いていた、という記事によると、《総裁選を権力闘争の場でしかないと思っていないか。総裁選は党内の多様な政策や価値観、首相とは違うリーダーシップのあり方を示し、その人材が多様で豊富なこと、議論を尽くすスタイルに意味がある。次世代リーダーのお披露目でもある。》とあった。
 なるほど。そうなるとやはり、石破茂元防衛相が安倍の対抗馬として立候補しているが、岸田文雄前外務大臣・党政調会長の辞退、野田聖子総務大臣が立候補できない現状、小泉進次郎筆頭副幹事長の沈黙は、まさにこの総裁選が単なる「権力闘争」ないしは「安倍総統閣下の儀式」に過ぎないということか。
 ツイッターに出て来そうな、「石破さんがんばって、安倍さんやめて!」みたいな声も、思わず“そう、そう”と思ってしまう。思うだけでは何も変わらず、行動を起こさねば、と分かっていても。

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2018年9月10日 (月)

C&Lリンクス愛知第83号発送

  固定的対象者にプラスがほしいが
 封筒には83号と、一部の方には「シネマ散歩緑」の5号、6号を同封した。そして、次のような短いあいさつ文を添えた。
みなさまへ
  C&Lリンクス愛知・第83号をお届けします。
 なんという日本列島の夏2018なのでしょう。連日の猛暑に加え、台風、地震が大きな爪痕を残して過ぎようとしていますが、未だ油断はできません。そして短い秋が過ぎ、来冬は厳寒・豪雪に加え、地震、火山噴火の心配は絶えません。心配症でなくても、インフルエンザの大流行、高齢者の肺炎も恐怖です。
ところで、あなたの夏はどうでしたでしょうか。
 さて83号ですが、「立憲民主党と共に」の副題を付けて3号目になります。政治に休みがなければ、政党にも休みはありませんから、日々ニュースに事欠きません。しかし本誌にとっては、「コンセプトは何か」「何を伝えたいか」は明確にしていますが、「伝えたい対象は誰か」が旧来のままです。私が地域活動から退いたことが影響しています。「立憲パートナーズ」に登録される人が増えてくれば、状況に変化が出てくるかもしれません。9月30日、東京で立憲民主党の「立憲フェス(党大会)」があり、私は参加する予定です。

 それにしても、立憲民主党の「立憲フェス」が、沖縄県知事選挙と重なるなんて、そんな想定外の中で大会の準備が進められる一方、沖縄知事選挙は、立憲民主党にとっては、沖縄県連がどこまで機能するかは未知数であっても、日本の進路を決める重要な選挙と位置づけられているであろうから、沖縄現地の事情を最優先に党を挙げての「玉城支援」を完遂しなければならない。
 9月20日に自民党総裁選挙があって内閣が固まり、30日の選挙結果を受けて今年の秋は、夏の猛暑を引きずったような熱い「秋」になりそうだ。

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2018年9月 7日 (金)

災害列島日本は宿命か

  まさか!の北海道の被災
 私たちの世代以前の言い伝え、怖いもの4つは、「地震、雷、火事、親父」であった。「地震、雷、火事」は自然災害で「親父」は、家父長時代の名残りか。戦後育ちの私(たち)の時代の親たちは、食うや食わずの生活で「躾」どころでなかったうえ、子どもも15歳で働きに出ていた時代であるから、「親父」の影は薄かったように思う。
  では、今風に捉え返してみると「地震・津波、雷、火事・火山、台風」に「原発、悪法、格差、過労死」が加わるのではないかと思う。怖いものにも“多様性”が現出している。
  ここでは「原発、悪法、格差、過労死」については別にして、避けられない自然災害の襲来について考えてみたい。できることは、予知能力を高め「防災、減災」に徹することではないかといわれている。とはいえ「予知」にも限界がありそうで、結果をみては「想定外」とされることしばしばだ。
 それにしても「平成30年北海道胆振東部地震」は、自然災害と人工災害の複合災害のようである。
  民家をのみ込んだ厚真町の崖崩れは、一瞬「白川氷柱(壁)」を想い浮かべたが、航空写真から見た厚真町山あい一帯の崖崩れには思わず息をのんだ。地質がそうさせたとのことだが、「北海道」というイメージとあまりにかけ離れていたからだろう。誰も入山していなかったのであろうか。
  全道停電にも驚かされた。ここら辺りで言えば、東海3県を含む中部電力管内全域で停電ということになる。技術的なことはよくわからないが、「起こり得ることではあるが、防ぐことができた事例でもある」らしい。つまり防御処置に失敗したかもしれないということであれば「人災」ということもできる。
  現代は電気なしでは、生活も社会も成り立たない環境のもとにある。家庭の冷蔵庫の食品がだめになる程度ならまだしも、病院の諸施設の機能停止は命に係わる。生鮮食料、特に魚介類、食肉、原乳などへの打撃は、いずれも自家発電設備が備わっていないと致命的だ。外部電源を喪失した泊原発の事故を防いだのが「ディーゼル発電機」だった。
   「地震、雷、火事、親父」と、「地震」を最初に持ってきた先人たちの経験則、他にもいろいろあるだろうから、学ぶことを厭わず、“のど元過ぎれば・・・”と忘れることなく、身の回りから「防災、減災」に時間を割きたいと思った。“ここまで生きたのだから、いつ死んでもええ”はタブーだ。

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2018年9月 5日 (水)

台風21号で被害あり

 物置が倒れ、復旧へ
 風向きから考えて、南側と東側の雨戸を下ろし、北側の窓から外の様子を眺めていた。心配だったのはガレージの屋根がアクリル製であり、風圧で吹き破られないか、飛来物で破損しないかだったが、それらを含めて被害はゼロだと思っていた。ところが、台風一過、改めて見て回ると、東側の壁を背に、北側も壁の一角に設置した「物置」が隣地境界のアルミ製の塀に食い込むようにして倒れていた。
 物置の中はびっしり詰まっていてかなりの重量があり、少々の風ではびくともしないだろうと思っていたのだが、どうやら4隅の礎石のコンクリートブロックの空間に風が吹き込み、物置を浮かせてしまったようだ。
 さて復旧はどうしたものかと、物置を持ち上げてみたが、ビクともしない。あれこれ思案した挙句、“ちょっとアブナイかな”と思いつつ、斜めになった物置の下に、仰向けになって入り込み、何とか扉を開けることに成功した。そして、少しずつ中身を取り出し、8割方終えたところで、渾身の力を込めて立て直すことに成功。
 とはいえ最後の難関は、元の位置のコンクリートブロックに乗せて安定させることだった。抱えて載せられるような代物ではない。どうしても助太刀が必要だと感じたが、一休みして思案した。
 そこで思いついたのは、コンクリートブロックよりやや高いレンガを物置の下に潜り込ませ、そのままブロック側に押し出した。前後左右を少しずつずらせながら、元の位置に押し込み、ずれたコンクリートブロックを調整して、何とか完了した。
 倒壊したときの衝撃のせいで、扉の開閉がきつくなったが、“しょうがない、ま、いいか”とひとりごちて、中身を入れ戻して約3時間の作業を終えた。
 道具の一切は物置の中、バールのような物、ジャッキがあればもっといいなあとも思ったが、手元にあった道具といえば、赤レンガ4つだけ。軍手ひとつなかった。
 急がず、思案し、工夫を重ね、その上腰を痛めない方策、今日のところは何とかなった一日であった。

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2018年9月 4日 (火)

C&Lリンクス愛知第83号に着手

 週明けに発送へ。
 巻頭詩が早々に出来がったので、随分気が楽になって、台風のおかげ(?)もあって、編集作業がかなり進んだ。
 例によって、大半の原稿は「C&Lリンクス愛知・電子版」からの採用であるから、字数と添削を加えればよい。
 「立憲民主党が行く」では、「立憲パートナーが始動!」と決めていた。沖縄知事選挙については、時期的にちょっと早い、情報が少ないこともあって、枝野代表の基本的な見解だけを採用した。
 ピースサイクルの報告は、いずれ単独の報告書をまとめるが、関係者だけの配布なので、ここである程度の報告をすることとし、「ピースサイクル2018愛知の報告」「中電申し入れ」「広島平和宣言」「長崎平和宣言」までを編んだ。
 フリージャーナリスト高橋さんの「新ツネじじい通信」3~4号を転載した。「随想」は、かなり手直しして再録。海原純子「新・こころのサプリ」は、毎日新聞から、ということで残すところは、「憂国のつぶやき」「巻頭詩点描」「目次」を入れて、「あとがき」を書けば仕上がる。全24頁になる予定。7日に印刷し、当初予定の15日頃発行から1週間早い週明けには発送できそうだ。
 
できれば次号は、ページ数を減らして「沖縄知事選挙特集」を組みたいが、「電子版」と並行するので難しいかも。努力はしてみる。

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2018年9月 1日 (土)

9月の初めに

 気持ちの持ち方ひとつかなあ
 9月の関係する企画の予定表を開けてみた。前半は空白が多いが、後半は幾つか不可避の行動が入ってきている。
 まず恒例になっている16日、17日に亘る「フィリピントヨタ労組を支援する愛知行動」が名古屋と豊田で取り組まれる。ここ数年16日の名駅前街宣のみの参加となっている。移動手段を欠いているのも一因。17日は「日朝平壌宣言16周年 なくそう偏見 つくろう信頼と友好 今こそ日朝国交回復を!」の集会があるが、豊田での行動が午前中に終わるので、午後のこの集会に間に合わないことはないが、こうした連続行動から“撤退”することになって久しい。
 22日は「高野孟さん政治講演会」、25日「朝鮮半島情勢と日朝関係」とあって、28日、29日は「立憲フェス(党大会)」が東京で開催ある。泊まり掛けの上京の予定だ。
  次に重宝している各団体の行動予定表「備忘録」を見れば、相変わらず連日、どこかで何がしかの集会、街宣、デモなどが取り組まれている。その中から選択的に参加していくのだが、9日の「市民と野党をつなぐ会@愛知 全体会」は、立憲民主党の立場からも、状況の一つとしてみておきたい集会である。19日は、安保法成立のメモリアルデーだから、これは避けられない。26日の「沖縄高江への愛知県警機動隊派遣違法訴訟 第6回口頭弁論」は、裁判(公判)自体の優先順位を下げてきた関係で、これまで一度も参加してこなかった。今回も行動が連続することもあって迷うところだが、一応予定に入れてはいる。
  さて私的には、「C&Lリンクス愛知・第83号」の発行。ミニ詩集第17号、「C&Lリンクス愛知・電子版」が主なところだ。合間を縫って「ピースサイクル2018愛知」の報告書作りに着手する。全国会議は11月だが、10月中にはまとめて全国事務局に送る必要があり、記憶が薄れないうちにまとめておかねばならない。
  かくして、予定とはいっても命の保障は100%ではないのはもちろんだが、「個」として選択の自由は100%ではない。また新たな呼びかけが入ってくることもある。「家事」は突然入ってくることが多いし優先順位は上位である。いずれにしても未来は透視できない以上、気持ち(意識)の問題(持ち方)が大きい。チコちゃんに“ボーとして生きてんじゃねえよ”とは“言わせネー”ようにしなくちゃ。

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