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2018年8月31日 (金)

映画「沖縄スパイ戦史」を観る

  “語り継ぐ”ことの大切さ
 「シネマ散歩・緑の会」の第6回鑑賞会は、昨日行われた。鑑賞映画は、名古屋シネマテークでの「沖縄スパイ戦史」(三上智恵・大矢英代監督)であった。会場のキャパ、明日が最終日ということもあって、早めの30分前に集合をかけたのだが、私が45分前にチケットを購入した時点で20番目の札を受け取って“えっ!”と思ったのだった。
 今回は6人の参加であったが、遅れた一人が15分前に入場順の札を受け取ったとき61番であった。つまり、キャパ40といわれていた会場、実際は50の席があってそれは満席、両サイドにパイプいすを並べて60人から70人がぎっしり入るという関心の高さだったのである。

 1945年・・・、沖縄戦では、本島南部の激戦が1945年6月に終わった後も、北部では10代の少年たちが動員された「護郷隊」によるゲリラ戦が続いていた。少年兵には米軍戦車への特攻や遺体の埋葬など過酷な任務が課せられた。護郷隊を率いたのは、スパイを養成する東京の「陸軍中野学校」から送り込まれた青年将校たちだった。
 少年たちが動員された「秘密戦」や、八重山諸島の「戦争マラリア」の真相に迫り、戦争や軍隊の本質を浮かび上がり、「裏の沖縄戦」を日米の資料や証言をたどることで、解き明かしていく。(引用)

 私は、沖縄のことはある程度知っているつもりであった。本島だけしか行っていないが、観光も含めれば複数回訪ねている。しかしこの映画の主題、10代半ばの少年で組織され、ゲリラ戦、スパイ戦に動員された「護郷隊」について、「70年以上語られなかった」とはいえ、その名も実態も全く知らなかった。これに限らず“知っている”という思い込み、“知っているだけ”という自己完結がなんと多いことか。
 そして「学んだ者、話を聞いた者の責任」(大矢英代監督)、それ即ち「観た者の責任」を強く感じたのだった。私個人としてできることはそんなに多くはない。多くはないが着手する、継続する、交流を深めるということであろうと思うし、「今、何をなすべきか」を自問し続けることだと思った。
 「戦後73年。だが、もしかしたらもうとっくに、私たちは戦前を生きているのかもしれない・・・」(同)という意識は、共有することができたとしても、やはり何を選択し、何に抵抗し、何を目指すかという意識、凝視を暮らしの中で持つこと、知り得たこと、語り継がれたことをまた“語り継ぐ”ことが大切であろうと思う。
 終えてからそれぞれの感想を聞いてみた。明確な言葉は少なく、戸惑いのような感想が多かったように思う。私にしても、こうした映画を選ぶこと自体に多少の逡巡があった。普段から集会やデモに無縁な人の集まりであるから、“この8月であればこその機会、として選んだ”というようなことを述べたのだった。
 次回は10月だが、どんな映画を選ぼうかな。

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