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2018年5月25日 (金)

今どきのハラハラ、ドキドキ

 立憲民主党に期待を寄せればこそ
 言葉として「ハラハラ、ドキドキ」を並べて使うこともあるし、そもそも、そういった感性にも濃淡があるようで、加齢と共に淡くなっていくものかもしれない。
 私が今どき「ハラハラ」するのは、「ドキドキ」も併せ持つ「立憲民主党の今とこれから、行く末」である。何でも出来立てのものはその成否が定まらないからハラハラするものではあるが、日本の政治状況からすれば、これ以上の悪化、劣化をさせてはならず、野党の奮起、新地平開拓が強く求められている。そこに登場したのが立憲民主党であり、民進党の崩壊、希望の党の大脱線の中から「枝野立て!」という状況の下で生まれ、衆知を集め準備、熟慮から立党されたものでないとしても、立憲民主党は生まれた時から「この国行方-改革の旗手、先駆者」の任を負ったのである。
 古来「出る釘は打たれる」との言葉通り、期待が高まれば高まるほど、力を発揮すればするほど、敵から送り込まれた輩か、商業主義かはたまたある種の「やっかみ」かで、“アラ探し、ミスの誇大化、私生活のバクロ”などの狙い撃ちに会うことは稀ではない。ここに「ハラハラ」の一部があるが、政権をとるということは、国内政治だけなく国際政治情勢にも屹立した政治を行う必要があり、世界には老獪な政治家がいるから、それも今から「ハラハラ」の一つである。
 どうも「ハラハラ」するのは、不安が先にあって、マイナス思考が強いようだが、一方で期待するからでもあり、その二つがない交ぜになっている。
では「ドキドキ」といえば、これは「ハラハラ」が逆転したような感じがする。望み通りの道が拓きつつあって、いっそう期待が高まり、“そうなればいいなあ”という結果ばかりを想像し、そしてその一角に自分がいる。でも、ちょっと不安もあって「ハラハラ」とない交ぜになる。
  ハラハラもドキドキも生きているうち、などというのがオチではない。立憲民主党にあるかもしれない「ハラハラ」なるものとは何だろうかを考え、黙過してはならないだろうし(何でも反対ばかりの、対案のない党であってほしくない、など)。そして、立憲民主党に小なりともなにがしかの関わり、言動を持って参加すること、期待と希望を多く持つことで「ドキドキ」を高めたいものである。

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