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2018年5月22日 (火)

土起こしと釣り人

 無駄といえば無駄のことだけど
 家の近くの新海池公園では、雨の日を除けばいつも誰かかれかが釣り糸を垂れている。近くにスーパーマーケットがあるので、買い物をした帰りの3回に一度は、釣り人の後ろの遊歩道を通って帰宅する。
 多くは、現役を終えた高齢の方なのだが、“こうしてひねもす、じっとして池面を眺めておられるのは、根っから釣りが好きなのか、家におられない事情でもあって、ここに来ておられるのか、いや、何か別の事情、例えば論文などの構想を進めている合間の、気分転換のために来てらっしゃるのかもしれないなあ。”とあれこれ想像するのであるが、大方は“他にやることないのかなあ、無駄な時間を過ごしているなあ”と思うのである。
 それで・・・、武田鉄矢の歌の一つに“水の流れに文字を書くような無駄な一生”というような歌詞があったように思うが、私はここ2~3か月ほど、なんの手入れもしていない、夏場には雑草に覆われてきた庭先(空地)を掘り返している。このあたりの土壌は粘土質に石ころだらけで水はけは悪いし、花も野菜も育つ環境にはない。
 そこで、それこそ一念発起で、殺風景な庭を植樹、植栽で幾らかでも見栄えするように改良してみる気になった。その一角は、「一坪農地」にして、家族が野菜をつくろうが花壇にしようが、とにかく土起こし、土壌づくりに着手したのである。
 掘り起こした土から石、ガラクタを選別し、あるいはふるいにかた石を、大、中、小、細粒の4種類に分ける。土は畑用に、こぶし大以上の石は保存し、中小の石は、別の穴に埋め戻し、細粒の石は、縁石の下地用に使う予定。
 そうした作業を1日4時間かけても、畑用の土がとれるのはバケツ5杯分程度、一坪の広さに30~40センチ積み上げるのが目標であるが、目途がつくのは、業者には排水管の接続工事と植樹、植栽を依頼するが、やはり予想通り、1年後になりそうだ。
 それで・・・、起こした土をふるいにかける作業を椅子に座りながら、黙々と続けるのであるが、その間の作業は単純であるから、頭の中はいろいろな考えが巡る。過去の情景やら、冊子・メール、ブログの構想、詩想、部屋の片づけ、整理・・・とりとめのないことと、この後の夕食の献立まで思いめぐらすのであるが、その一方で“なんでこんな無駄なことをいつまで続ける気なのか・・・”と自問するのである。
 いったい「無駄」とは何だ?無駄のない人生ってあるのだろうか?いや無駄は有益の下地なのでは?じゃあ「有益」とは何だ?人生は常に有益であり続けねばならないものなのか、そもそも無駄-有益と二分化できるものではないだろう、人生、人の一生というものは・・・。
 こんな風な、似たような経験は、25年前に腰椎ヘルニアで入院したのが最長で2か月半だったが、病気以外で数か月も続けたことは過去にはなかった気がする。これも「加齢なる老域の、人並みの姿」なのであろうか。

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