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2018年5月 5日 (土)

男の気持ち・生き方(153)

“こどもの日”考
 何かを思考するとき、目的意識的なことは論理的に考えることが多いと思うが、ふと思いついたときなどは、どちらかといえば経験的な思考が多いように思う。
 最近の「子どもの貧困」「子どもの虐待」「子どもの教育環境」などをテーマとすれば、当然論理的に思考を重ねることになるが、シンプルに“こどもの日”を思い巡らすと、やはり自分の “子どもの時”から掘り起こすことになる。
 一口に「子どもの日」というがその「子ども」とは幾つまでをいうのであろうか。まさか中学生になったわが子をつかまえて、「子どもの日のプレゼント」はなかろうと思う。中学生になった子どもの方も「子ども日だから、何か買って」とも言うまい。
 私自身の“子ども時代”はどうであったろうかと思い返してみるのだが、ほとんど記憶の底から引き上げられるものがない。1940年代から1950年代半ばまでの時代背景を見れば、そして我が家の経済状況を見れば、「子どもの日」も「七五三の祝い」もなかったのも、ある意味で当然であった。かすかに思い出されるのは、近くの銭湯の「菖蒲湯」に浸かったこと、一軒隣の農家の奥座敷に飾ってあった、豪華な「五段飾り」を拝むように見せて戴いたくらいであろうか。甘党の私であるが「柏餅」の記憶もない。「鯉のぼり」も、小学校の工作の時間に作ったものだけで、いまでは鯉のぼりを手にした「3年1組」のクラス写真からその記憶をたどるのみである。
 鯉のぼり、武者の鎧、兜の飾り物などの「端午の節句」も、ひな祭りの「桃の節句」も、どことなく“貴族的行事” 或いは、“お金持ちの家のこと”意識が働くようで、それなりに一家を構えた私が子どもにしたことといえば、中くらいの兜の飾りだけであった。ただ“連れ合い”はかなり入れ込んで、7メートルの鯉のぼりを立てていた。ただ立てる場所がなかったので、実家横の川の土手に立てたので、それなりに見栄えはしていたが。
 子から孫へ、その成長を願い、まっとうであってほしいと、わが足跡と重ね合わせることがないわけではないが、所詮子も孫も私とは「異なる人生」であるから、あまり関与しないのが私の向き合い方である。それが「薄情」なのか、はたまた「家訓」も何もない「一代きり」の連珠のようなものなのかは判然としないが、構わないのではないかと思っている。

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