« C&Lリンクス愛知・第81号 | トップページ | 極東米軍の撤退、縮小もある? »

2018年5月 1日 (火)

メーデーに参加した

 ある意味の「出発点」
 私は、15歳で就職した1960年の愛知県中央メーデー(鶴舞グランド)に初めて参加した。当時の「生活日誌」には、その時の感想を参加者の12万5千人(多分、主催者発表)と、プラカード、旗、神輿(みこし、多分デコレーション)の多さに驚いたことなどが書き残されている。そして、“メーデーの本質的意義を教えてほしかった”“ただ集まり、ハチマキをして赤旗を手にして行進するだけでは”とも書いている。
 今日の愛知県中央メーデーは、白川公園に2800人(愛知全体で3500人?)の参加と発表された。かつての大量動員は、総評と同盟の「統一メーデー」であったからだが、「連合」「全労連」「全労協」になった現在は、一部で統一メーデーがあるようだが、愛知では「全労連系メーデー」で、連合は連休の前に済ませている。
 メーデーの社会的注目度、組合の参加率は低下傾向が続いているように思われるがそれは、労働組合の組織率の低下もあろうし、高齢化を通り越して、その高齢者すら参加が少なくなったということではないだろうか。あるいは、メーデーそのものの存在価値というか、意義そのものが認識されなくなった、希薄ということもあるかもしれない。だがもっと危機的なことは、労働運動、組合活動、そのものの停滞から来ているかもしれないことだ。
 モリ・カケ、日報、働き方、女性などの問題で、労働組合の動きは微弱である。もう政治には関与しないと決めているのだろうか。このまままでは「憲法問題」も危うい状態になりかねない。
 さて、それはそれとして私は、久しぶりにメーデーに参加したが、組織動員をかけられる立場にないので、参加するかどうか随分逡巡した。結局やや遅れて参加したのは、3月まで運営委員の一人であったCGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の「のぼり」が、初お目見えだったことと、「立憲パートナーズ」に登録申請したことにより、その立場からメーデーも「出発点」の一つと思ったからである。
 今日のメーデー会場の壇上では、共産党をはじめ、社民党、自由党、新社会党の代表があいさつしたとのことだったが、立憲民主党や国民民主党(民進党)からの挨拶もメッセージもなかったという。「全労連-共産党」という認識が定着している現在、「連合」との関係を無視できないとするならば、安易な「連帯」はできないということだろう。私自身も、そうした内情を理解しないわけではないし、参加するなら「お客さん」ではなく主催者側に立ってもらいたいと思うのである。だが、立憲民主党にとって、与党の自公とは対決軸を明確にできても、連合や全労連などの労働組合、共産党や社民党、自由党などの野党の関係をどのように構築するかは明確になっていない、議論も中途の段階にあるのではないかと推測するのである。
 もっと言えば、労働運動、労働組合の領域で束ねるというか、けん引するリーダーがいないのではないか、とも推測する。少なくともこの愛知では、立憲民主を支えるであろう、旧総評系労働組合の役員OBは多くいると思うが、党活動と労働運動を結合させ、ある程度の地区、地域活動を領導する人物の名を知らない。まだ少し時間がかかるのかもしれない。
 そうした観点からすると、このメーデーに限らず、これからも突発的なものだけでなく、様々な記念日「闘争、集会、講演会」があるから、その都度「立憲民主党はどうした?」では、発展、浸透は望めない。党、党に準じた大衆組織、党支持の有志、そうしたレベルでもいいから、何らかの「参加」を早急に考えたらどうだろう。
 そんな思いを抱いた、今日のメーデー参加であった。

|

« C&Lリンクス愛知・第81号 | トップページ | 極東米軍の撤退、縮小もある? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/183099/66672943

この記事へのトラックバック一覧です: メーデーに参加した:

« C&Lリンクス愛知・第81号 | トップページ | 極東米軍の撤退、縮小もある? »