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2018年5月30日 (水)

5%、10%OFFに引き付けられて

 年金に合わせての生活ではあるが・・・
 近くのスーパーマーケットでは、今月の29日に恒例の5%OFF、30日、31日に「特別感謝デー」と銘打って、食料品は5%OFF、衣料・暮らしの品は、20%又は10%OFFの売り出しを行っている。但し、専門店は除外(5%OFFの店もある)で、直営店のみでカード払いに限られる。(半)主夫の私としては、当然見逃すわけはなく、昨日と今日、いそいそと出かけた。
 夕食などの食料品は別にして、狙いはもっぱら牛乳、たまご、マヨネーズなど日持ちのするもの、しょうゆ、ソース、ラー油などの調味料の他、大麦、歯ブラシ、ガムなど。今日はそれらとは別に、専門店で普段着の長袖のプリントシャツ(ポリエステル、綿)を2枚購入した。シーズンオフに近いこともあり、税別2900円が1990円となり、2枚で3980円であるが、2枚まとめ買いで990円OFFの2990円、さらにそこから5%OFFとなって、合計が税込みで3067円。
 というような“お買い得、お値打ち”に引きつけられての消費生活であるが、食料品に限ってみると、夫婦二人の平均1日の買い物額(食糧費)が2000円から2500円(米、調味料は別)などが最近の家計。
 他に嗜好品(酒類等)、諸税、光熱費、医療費、新聞・電話・パソコンなどの情報通信費・・・・。
 年金生活が10年以上続いているので、年金に合わせた消費生活は一定のペースで成り立ってはいる。しかし、その10年は、家のリフォームは別として、大きな買い物、旅行、医療費、「祝儀」がなかったという背景がある。
 生活の「レベル」が、どのあたりにあるのか(例えばエンゲル係数)は定かではないが、一応成り立っているので、「現状が維持されれば何とか・・・」という気持ちになる、ということが大まかに「平均的日本人の暮らし」であるとするならば、あんなにもひどい安倍・自民党政権が倒れない理由が、案外こんなところにあるのかもしれない。
 果たして「5%OFF」は、得体知れぬところでの深謀遠慮か?私もそこに陥っているのであろうか。

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2018年5月28日 (月)

閉鎖的な会社(企業)に未来はない?

 市民、住民を敵に回すようでは
  武器輸出反対ネットワーク:NAJATの杉原浩司さん(東京)が、29日の「UAEに武器輸出するな!イエメン空爆をやめろ! 5.29 川重東京本社&UAE・サウジ大使館アクション」の前のこと。こんなように伝えている。
  「前回、ニュージーランドへの軍用機輸出の中止を求めた際には会議室で要請書を受け取った崎重工ですが、今回は『受け取り拒否』(怒)。総務課のとみやま氏に受け取れない理由を尋ねても『とにかく受け取れない』『防衛施設庁(注:防衛装備庁)がやっていること』。最後は、『受付に出しておけ』と。まったくふざけ切った対応です。」と。
 この事例は、トヨタ自動車の本社の対応と同じである。
 フィリピントヨタ労組(TMPCWA)の闘争(フィリピントヨタ社の、2000年に233名その後237名に対する不当な大量解雇の撤回闘争)を支援する日本の団体(関東地区と愛知の支援する会)が、トヨタ本社(豊田市)に「争議の、早期解決に向けたトヨタ自動車本社の経営指導を求める」要請書をもっていくのだが、人数制限をしながらも毎回応接室で広報担当者が対応はする。しかし、要請書は受け取らない。そこに置いておけ、と言わんばかりである。つまり受け取れば、何らかの「交渉」に応じたという「既成事実」を担当者は恐れてのことだと思われた。この争議は、ILOを巻き込みながら17年を経て未だ解決していない。
 もう一つの事例は、豊田通商の場合である。こちらの対応は真逆。
 1990年の初頭、豊田通商で解雇撤回闘争が起きた。当時「名古屋労組連」がこの支援活動を担った。そこで支援する会を結成すると同時に豊田通商本社(名古屋)に対して解雇撤回の交渉を申し入れた。
 対応した担当者は、きちんと会議室に招き入れ、こちらからの申し入れを、メモを取りながら聞き取りをしていた。そうした「交渉」は、月1回のペースで行われたが、解雇理由について「就業規則に不備があるのではないか」というこちらからの指摘、提起にも応じて、結果としてどのような改定が行われたかはわからないが、従業員の健康維持のための「メンタルヘルス」導入に応じた。
 1995年には、株主総会に乗り込んだ。確かに会場の前列2列は同社社員が固めてはいたが、発言が制限されることはなかった。解雇された本人が参加した時など、パネルさえ持ち込んだのだった。
 交渉の当日など支援する会では、名駅前の人通りの多い場所(現在は近くに移転)で、横断幕を掲げ、のぼりを立て、マイク情宣をして気勢を上げたが、通商側は「意に介せず」といった風な、妨害や警察への通報もなかった。それが「商事会社」ということからのある種の「矜持(穏便に)」だったかもしれないが、今では稀有な「大人の対応」であったと思い出される。
 二つの事例を挙げたが、当時の豊田通商の対応は例外中の例外で、多くは「会社は城、内堀、外堀で固める」つまり、市民、住民は「敵」であり、寄せ付けない。「使者」に対しても、城門を固く閉めて応じない、そんな会社が当たり前になってしまっているのだろうか。未来志向のない、閉鎖社会(会社)は長く続かないと思うのだが。

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2018年5月27日 (日)

100人に一人が日大卒だって!

 在学生、卒業生の動向にも関心
  日大のHPには、~日本全国、また世界各国に広がる校友は116万人を超え、産業、経済、芸術、スポーツなど様々な分野で活躍されています。校友会は、大学の近況を情報発信し、年一回行われる「全国校友大会」を開催するなど、校友のみなさまと母校との絆を深める場として、現在全国に65都道府県支部、18学部別部会、職域別4部会、75桜門会、さらに米、韓国などの8海外特別支部から構成されています~と書かれている。
  116万人という数字は現時点のものか、明治の開学以来の数字なのか不明なので一概に言えないが、現時点のものなら赤子を含めた日本の人口の100人に一人が「日大卒」ということになり驚きである。私の中学の同級生450人余の中に日大卒は一人もいないから、案外首都を含む関東地域にかなり集中している可能性もある。日大の卒業生がどんな分野でどのような仕事をされているのか想像すらできないから、滅多なことは言えないが、100人に一人が「日大卒」だと知ると、なんだかかんだといって自民党が政権を維持している背景に、この「日大」が少なからず影響しているのかな?と勘ぐってしまう。(下司の勘ぐりだろうか)
  これから就職を迎える日大生、特に「体育会系の学生(アメフトは特に)」にとって厳しいことになるかもしれないが、それは大学の体質を変えていくチャンスでもあるので、在学生は沈黙の殻から抜け出してほしい。それは「何も再び「大学紛争」を起こせということではなく、自分の人生を見据えて、このままでいいのか、と。
  私が思うに学生の「本分」はもちろん学識、教養を身につけることであるが、社会に出ていく予備知識を得、交友を広く持ち、仮想人生を描く機会でもあろう。この社会の背骨を担っていく一員の自覚を高める場でもあろうと思うのである。
  そんな“四角四面なことを言ったって、バイトも恋愛も旅行も、学生生活のうち”と言われれば返す言葉がないが、「大学の体質」が問われている、と考えたとき学生はその渦中にいるのであり、大学へ行けなかった私の思いは、どうしても偏るのである。ともあれ、日大生、卒業生の動向にも関心を寄せたい。

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2018年5月25日 (金)

今どきのハラハラ、ドキドキ

 立憲民主党に期待を寄せればこそ
 言葉として「ハラハラ、ドキドキ」を並べて使うこともあるし、そもそも、そういった感性にも濃淡があるようで、加齢と共に淡くなっていくものかもしれない。
 私が今どき「ハラハラ」するのは、「ドキドキ」も併せ持つ「立憲民主党の今とこれから、行く末」である。何でも出来立てのものはその成否が定まらないからハラハラするものではあるが、日本の政治状況からすれば、これ以上の悪化、劣化をさせてはならず、野党の奮起、新地平開拓が強く求められている。そこに登場したのが立憲民主党であり、民進党の崩壊、希望の党の大脱線の中から「枝野立て!」という状況の下で生まれ、衆知を集め準備、熟慮から立党されたものでないとしても、立憲民主党は生まれた時から「この国行方-改革の旗手、先駆者」の任を負ったのである。
 古来「出る釘は打たれる」との言葉通り、期待が高まれば高まるほど、力を発揮すればするほど、敵から送り込まれた輩か、商業主義かはたまたある種の「やっかみ」かで、“アラ探し、ミスの誇大化、私生活のバクロ”などの狙い撃ちに会うことは稀ではない。ここに「ハラハラ」の一部があるが、政権をとるということは、国内政治だけなく国際政治情勢にも屹立した政治を行う必要があり、世界には老獪な政治家がいるから、それも今から「ハラハラ」の一つである。
 どうも「ハラハラ」するのは、不安が先にあって、マイナス思考が強いようだが、一方で期待するからでもあり、その二つがない交ぜになっている。
では「ドキドキ」といえば、これは「ハラハラ」が逆転したような感じがする。望み通りの道が拓きつつあって、いっそう期待が高まり、“そうなればいいなあ”という結果ばかりを想像し、そしてその一角に自分がいる。でも、ちょっと不安もあって「ハラハラ」とない交ぜになる。
  ハラハラもドキドキも生きているうち、などというのがオチではない。立憲民主党にあるかもしれない「ハラハラ」なるものとは何だろうかを考え、黙過してはならないだろうし(何でも反対ばかりの、対案のない党であってほしくない、など)。そして、立憲民主党に小なりともなにがしかの関わり、言動を持って参加すること、期待と希望を多く持つことで「ドキドキ」を高めたいものである。

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2018年5月23日 (水)

日大アメフトのラフプレー問題

あの日大が・・・日本の病弊の一つか
 5月6日に行われたアメリカンフットボールの日大-関学大の定期戦で、日大のDL選手が、無防備の関学QBの選手に背後からタックルするラフプレーで怪我をさせた。だがそれは「ラフプレー」を超えた「傷害事件」さらには、「組織犯罪」の様相を見せている。
 日大の宮川選手の記者会見を部分的であるがビデオで見た。内田監督、井上コーチの記者会見も部分的であるが見た。その印象、評価、そして選手の将来を案じ、監督・コーチをはじめ日大経営者への厳しい目線は、多くを言わなくても、見た人ほぼ同じであったと思う。
 日大アメフトの“あしき伝統”というのがあるらしい。内田監督の前の監督は篠竹某といい、「闘将」という名の規律は重んじてはいたが、鉄拳にスパルタだったという。独裁政権だったとも。それをそっくり受け継いだのであろう内田前監督は。「独裁者」といわれる者は、自分が独裁者だという認識以前に“歴史に名を残す”“過去にない成果を上げる”名将、経営者、政治家というヒロイズムに浸るのであろうか。
 それにしても“あの日大か・・・”
 こんな時、持ち出す事例ではないが、私はこの“事件”を知るとすぐに1968年ころの大学紛争、特に日大・東大における「全共闘運動」を思い浮かべた。私はすでに就職していて当事者ではないが、職場では「反戦派」の末尾についていて、学生たちの「全共闘運動」と「反戦派(少数派)労働運動」に、なにがしかの共通点を感じていた。
 当時の日大は、古田という独裁的会頭のもと、大学という名の今で言う「ブラック企業」「ブラックキャンパス」で、ついに学生たちが決起したのだった。(今の日大生のことは知らない)
 この事件と安倍晋三、安倍政権の類似性を指摘する声もある、確かに。ただ、それはそれであまり軽く考えないで、もう少し慎重に考えていかねばならないだろう。他にも政界だけでなく教育界、医療などの社会的な領域、業界にも蔓延していることはないかどうか。そうした病理、病弊の普遍的な要点をとらえることで、陰に隠れている“悪の親玉”あるいは、隠された“歴史的事実”が見えてくるのではないだろうか。リアルに向き合うことと根源を探る2面性を持ちたいものだと思う。

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2018年5月22日 (火)

土起こしと釣り人

 無駄といえば無駄のことだけど
 家の近くの新海池公園では、雨の日を除けばいつも誰かかれかが釣り糸を垂れている。近くにスーパーマーケットがあるので、買い物をした帰りの3回に一度は、釣り人の後ろの遊歩道を通って帰宅する。
 多くは、現役を終えた高齢の方なのだが、“こうしてひねもす、じっとして池面を眺めておられるのは、根っから釣りが好きなのか、家におられない事情でもあって、ここに来ておられるのか、いや、何か別の事情、例えば論文などの構想を進めている合間の、気分転換のために来てらっしゃるのかもしれないなあ。”とあれこれ想像するのであるが、大方は“他にやることないのかなあ、無駄な時間を過ごしているなあ”と思うのである。
 それで・・・、武田鉄矢の歌の一つに“水の流れに文字を書くような無駄な一生”というような歌詞があったように思うが、私はここ2~3か月ほど、なんの手入れもしていない、夏場には雑草に覆われてきた庭先(空地)を掘り返している。このあたりの土壌は粘土質に石ころだらけで水はけは悪いし、花も野菜も育つ環境にはない。
 そこで、それこそ一念発起で、殺風景な庭を植樹、植栽で幾らかでも見栄えするように改良してみる気になった。その一角は、「一坪農地」にして、家族が野菜をつくろうが花壇にしようが、とにかく土起こし、土壌づくりに着手したのである。
 掘り起こした土から石、ガラクタを選別し、あるいはふるいにかた石を、大、中、小、細粒の4種類に分ける。土は畑用に、こぶし大以上の石は保存し、中小の石は、別の穴に埋め戻し、細粒の石は、縁石の下地用に使う予定。
 そうした作業を1日4時間かけても、畑用の土がとれるのはバケツ5杯分程度、一坪の広さに30~40センチ積み上げるのが目標であるが、目途がつくのは、業者には排水管の接続工事と植樹、植栽を依頼するが、やはり予想通り、1年後になりそうだ。
 それで・・・、起こした土をふるいにかける作業を椅子に座りながら、黙々と続けるのであるが、その間の作業は単純であるから、頭の中はいろいろな考えが巡る。過去の情景やら、冊子・メール、ブログの構想、詩想、部屋の片づけ、整理・・・とりとめのないことと、この後の夕食の献立まで思いめぐらすのであるが、その一方で“なんでこんな無駄なことをいつまで続ける気なのか・・・”と自問するのである。
 いったい「無駄」とは何だ?無駄のない人生ってあるのだろうか?いや無駄は有益の下地なのでは?じゃあ「有益」とは何だ?人生は常に有益であり続けねばならないものなのか、そもそも無駄-有益と二分化できるものではないだろう、人生、人の一生というものは・・・。
 こんな風な、似たような経験は、25年前に腰椎ヘルニアで入院したのが最長で2か月半だったが、病気以外で数か月も続けたことは過去にはなかった気がする。これも「加齢なる老域の、人並みの姿」なのであろうか。

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2018年5月19日 (土)

安倍内閣打倒!憲法改悪阻止!5・19集会

 アベ打倒のカウンターパンチは何か
 この19日は、東京の衆議院第2議員会館前を中心に、「安倍9条改憲NO! 森友・加計疑惑徹底追及! 安倍内閣退陣! 5・19国会議員会館前行動 」が取り組まれたように、全国で「安倍内閣退陣」がメインとなった集会、デモが繰り広げられたことだろう。
 この名古屋では、午後1時30分から久屋大通公園・光の広場で「安倍内閣打倒!憲法改悪阻止!5・19集会」が開かれ800人が参加した。
 サブスローガンに「安倍9条改憲 NO! 」「軍拡反対!」「辺野古の新基地建設やめろ!」「朝鮮半島に平和を!」を掲げ、野党代表からの挨拶で始まった。最初に社民党県連合の山 登志浩代表(江南市議)、続いて共産党の本村伸子衆院議員、立憲民主党近藤昭一衆院議員、自由党田中良典県代表が安倍内閣の“出鱈目政治”の数々を、そして野党の共闘、市民と野党の共闘の重要性などを訴えた。
 また課題別に各団体からのアピールがあり、「安倍9条改憲NO!」3000万人署名の中澤さん(ストップ改憲ママアクション)、「朝鮮半島に平和を」を李さん(応答せよ2016@ナゴヤメンバー)、「沖縄に新基地はいらない」を具志堅さん(あいち沖縄会議)、「安保法制は違憲」を松本弁護士(安保法制違憲訴訟あいち弁護団)が熱弁をふるった。
最後に主催の「安倍内閣の暴走を止めよう共同行動実行委員会」の代表が締めて、名古屋の繁華街・栄周辺のデモ行進に移った。
 “一点の曇りもない”青空、日差しの強い中での集会とデモ行進であったが、このような闘い、運動をこれまでどれほど積み重ねてきたことだろう。モリ・カケ問題、自衛隊の日報隠し等々で「剣が峰に立っている」「瀬戸際に立っている」「土俵際に追い詰められている」「進退きわまる 土壇場に立たされている」そんな安倍が倒れないのはなぜか、麻生財務大臣の反知性で低俗な暴言は許されないが、それをかばう安倍はなぜ倒れないのか。
 国会周辺、金官行動をはじめ全国での波状的連続行動は、安倍政権を追い詰めていることは確かだが、“最後の一押し”が足りないとすれば、「安倍一強」を切り崩せない、それは国会での野党の力不足、在野の運動のもう一回り、二回りの盛り上げ不足ということであろうか。いったい「世論」なるものの判断と政治局面の現出はどんな関係があるのだろうか。
 “国民の政治離れというが、政治が国民を離させている”という現実はあると思う。それが安倍の戦略であり、奏功している背景とでもいうのであろうか。であるならばなんともやり切れない気分である。安倍内閣打倒のカウンタ―パンチは何か。ボデーブローが効いてくるのはいつか。次の行動も欠かさないで参加する。
 

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2018年5月18日 (金)

「C&Lリンクス愛知・電子メール版」第2号

  特別興行「アベ屋敷 風前の灯火の段」の前日に
 今月末の発行を予定していた「C&Lリンクス愛知・電子メール版」第2号を、急遽前倒しして今日の午前中に発信した。
 というのも、明日19日の午前、岐阜市で開催される「ぎふ総がかり」行動で披露される寸劇(正式には、劇団「ぎふ総がかり」特別興行という)、高橋恒美脚本「アベ屋敷 風前の灯火の段」のシナリオが届いたので、それを紹介したいがためである。
  19日は、名古屋でも午後に「安倍内閣打倒!憲法改悪阻止!5・19集会」が予定され、読者の多くが愛知県内ということで岐阜まで駆け付けられない人が多いであろうから、先に紹介する気になったのである。
 第2号の内容は、
・表紙-政党の政策立案を考える 母子世帯 働いても貧困
・立憲民主党が行く
① 立憲民主党の県連組織その後-新たに滋賀、山形、栃木で設立へ-
② 新政あいち:140人に 名古屋で役員会 来月24日総会
③ 立民党やゆした発言は「誤報」 国民・大塚代表、一方で反省も
・劇団「ぎふ総がかり」特別興行  (5月19日・岐阜市)
アベ屋敷 風前の灯火の段(脚本:高橋恒美) のシナリオ
・立憲民主党と関連のマスコミ等の情報【5月8日~17日】
・随想 2018年は「節目」の年になるか 以上6頁。

 こうして「電子版」で原稿が出来ていくと「冊子(次号は82号)」の編集もスムーズに行くので、6月末の発行を前倒しできるかもしれない。内容自体は「過去形」のものが主であり、「ニュース性」は薄いのであるが、できるものなら「立憲民主党」をできるだけリアルタイムに届けるのも、発行の意義の一つである、と思うからである。

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2018年5月15日 (火)

国会ピースサイクル2018

今年も参加がかなわず
 今週の18日に、恒例となっている「国会ピースサイクル」が取り組まれ、全国からの参加が呼びかけられてきた。
 防衛省を皮切りに東京都教育委員会、東京電力本社、外務省・内閣府へ出向き、それぞれ申し入れを行う。
 自転車隊とそれ以外は「地下鉄移動」となるが、毎年40人前後が参加していて、安保・沖縄、日の丸、君が代・人権、反原発、軍隊慰安婦問題、これらを1日かけて取り組むという、あまり例のない行動であり、私もできることなら参加したいと思ってきた。
 ここ2~3年参加できなかったので、今年こそは、と予定を立てていたが、18日早朝6時出発、8時30分JR中央本線・市ヶ谷駅着、1日行動、その夜 “トンボ返り”で帰宅。そして翌19日に名古屋で「安倍内閣打倒!憲法改悪阻止!5・19集会」があり、やはりこのようなスケジュールがきつくなったということである。せめて前日出発が必要だ。
  毎月19日は全国的に「行動日」であり、首都圏のみなさんはいいとしても、遠方からの参加は、隣接した日程に無理があるように思う。11月の全国会議の折りには、日程に関して要望を出そうと思う。
 ちなみに神奈川では、17日に「ミニピース」という7月の本走で行程から外れた自治体訪問が予定され、18日の「国会ピース」、19日の「反安保法制、安倍内閣打倒」の行動と3日連続となるようだ。そうした連続行動は、私にとっては一昔前までのこと。7月の愛知の本走は26日から3日間であり、その豊橋から小牧までの3日間には参加する予定だが、街宣車、伴走車、公共交通機関などでもう自転車には乗れないだろう。小牧からさらに、岐阜へ、米原へも2度ほど参加したが、「思い出」となっては情けない限りだ、当然の成り行きだとしても。
 この稿が終わって、パソコンのニュース欄を見たら、毎日新聞特別編集委員の岸井成格(しげただ)さんの訃報が伝えられていた。サンデーモーニングで、体調不良が伝えられていた快復がかなわなかったのだ。残念に思う。

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2018年5月13日 (日)

立憲民主党の県連組織その後

新たに滋賀、山形、栃木で設立へ
 来春の統一地方選挙まで1年を切り、どのような陣形で臨むかは喫緊の課題であり、立憲民主党から立候補を予定している人にとって都道府県連の設立は、切実な問題といえよう。これまで、北海道、宮城、群馬、埼玉、千葉、神奈川、東京、静岡、愛知、京都、大阪、兵庫、島根、岡山、高知、福岡、熊本、大分、宮崎、鹿児島の20が設立を終え、岐阜、山梨、長野、福井、愛媛、滋賀、山形、栃木が6月から8月にかけて設立する準備を進めている。岡田克也元民進党代表の三重県は、地域政党「三重新政の会」を設立して地方選挙に臨み、立憲民主党県連設立の予定はないようだ。ただ参院選挙ではどうなるかは、「無所属」では不利であり、地方選挙後に動きが出てくるかもしれない。
 「C&Lリンクス愛知・電子メール版第1号」で紹介した以外の動きを拾ってみると、滋賀県、山形県、栃木県で以下のような動きが伝わってきている。
□栃木県
  立憲民主党県連の設立を目指す準備会(会長・福田昭夫衆院議員)は5月9日、県連の設立大会を来月10日に宇都宮市内で開催すると発表した。今月中に県連を発足させる方針。
 準備会などによると、県内ではこれまで、福田氏や県議5人、市議や町議が4人の計10人が立憲民主党に入党した。県連は代表に福田氏、副代表に佐藤栄県議、幹事長に松井正一県議が就任する見通し。
□山形県
  民進党県連政調会長の石黒覚県議(61)が5月9日、県庁で記者会見し、立憲民主党に入党したことを明らかにした。立憲は全国で地方組織の強化に本腰を入れているが、県内は国会議員がゼロの「空白県」で、県議・市町村議の入党は石黒氏が初めて。7日に希望の党と民進党が合流して国民民主党が発足、県内でも来春の統一地方選や来夏の参院選に向け、野党再編が加速する可能性がある。立憲民主党県連設立も視野に入れており、今年8月に枝野幸男代表を招いた集会を開きたいとしている。
  □滋賀県
山田実・元県議は4月27日、県庁で記者会見し、立憲民主党の県連設立準備会を発足したと発表した。代表は県医師会の笠原吉孝・元会長が、事務局長は山田氏が務める。7月の設立を目指し5月20日午後6時から近江八幡市鷹飼町南4のアクティ近江八幡で、枝野幸男党代表の講演会を開く。

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2018年5月11日 (金)

ドキュメンタリー映画「港町」

 高齢化、観る人の未来を暗示か
 毎月1本は観たいなあと、パソコン作業を中断し、気分転換の間に検索で映画館を散歩する。平日の午後3時までに終える作品を探す。久しぶりにキャパ40の「シネマテーク」を開いたら、ドキュメンタリー映画「港町」が目に止まったので、9日11時の開演に合わせて観に行った。
 監督・製作・撮影・編集は想田和弘、製作は柏木規与子、モノクロ122分。撮影地は岡山県瀬戸内市牛窓(うしまど)町の港周辺。古い歴史を持つ集落で、江戸時代は海上交通の寄港地として栄えたものの、明治以降は、交通の要衝から外れてさびれ、いまや高齢者が目立ち、画面に若者はあまり登場しない。
 ~美しく穏やかな内海。小さな海辺の町に漂う、孤独と優しさ。やがて失われてゆくかもしれない、豊かな土地の文化や共同体のかたち。そこで暮らす人々。静かに語られる彼らの言葉は、町そのもののモノローグにも、ある時代のエピローグにも聞こえる。そして・・・、~
 ~冒頭、海辺に所在なげに座る腰の曲がった老人。カメラを手にした想田(監督)が話しかけても耳が遠いのか反応は鈍い。だが、そんな老人が一度船に乗ると鋭い眼と俊敏な動きの漁師に変貌する。あまりの変わりように眼を見張るうちに、映画は加速し、さながらしりとりゲームのように展開していく。老人が獲ってきた魚を仕入れる魚屋、そこで売られる魚たち(パックされた魚はまだ動いている!)、それを買っていく人々……カメラは好奇心と観察眼を駆動力に、当たり前の日常の中に深い輝きを宿す瞬間をとらえていく。やがて監督が知り合った老いた女性の回想で、映画は静かなクライマックスを迎える~(以上解説から)
 「港町」というタイトルから、一面では活気ある風景かなと思えば、ほぼ高齢化した“限界集落”の港版であるが、老漁師が持ち帰る海の幸は競りにかけられ、鮮魚店でさばかれ、パックにされ、店に並べられ、配達や車で出張販売と、漁から流通、消費者へという「魚の一生」が前半。売り物にならない魚は無料で、それをもらい受け、猫たちに与える若夫婦と「猫の風景、ひと役」も。
 後半は、~親を亡くして育った82才のおばあさん。17才の息子?を福祉施設に奪われた過去を嘆くが、町の住民と交流しながら、快活に歩き想田監督をそこかしこに誘う。86才にして現役の漁師のおじいちゃんや息子と魚屋を営む後期高齢者のおばあさん。とくべつな事件など起こらないが、次第に画面に魅き込まれてゆく・・・。~
 この町を離れ、年に一度くらい高台にある墓地へやってきて手入れして花を手向ける女性も高齢、いつまで続くかわからないとつぶやくが、その横には“墓終い”となった空き地や無縁仏も。
 全体として過疎、高齢化という現代社会を映しているが、それは、観る人それぞれの未来も暗示しているかのようである。

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2018年5月 9日 (水)

C&Lリンクス愛知・電子版を発信

 「立憲民主党」の速報性狙い
 私誌「C&Lリンクス愛知」は現在81号を数えるが、ずっと冊子として配布してきた。2月から「立憲民主党と共に」という編集に変わってからは、2か月に1号の発行を目指しているが、そのペースではどうしても、ニュース性、速報性に欠けてしまう。またページが多いので、電子メールに載せるにはふさわしくない。
 そこで、冊子の2か月に1号の発行は変えないで、その間に随時発行の「電子メール版」を発信することとし、その第1号を5月9日付で発信した。内容は以下の通り。
第1号
1)第89回メーデー
2)立憲民主党が行く
①急げ!立憲民主党の地方組織づくり
②人材(財)発掘と地域運動への参画は急務
③各地の県連設立の動き
3)朝鮮半島情勢
4)立憲民主党と関連のマスコミ等の情報<4月25日~5月8日>
5)「随想」
6)地域活動「シネマ散歩・緑」電子メール版 「ペンタゴン・ペーパーズ」
7)あとがき
添付資料・集会案内
  「朝鮮半島と東北アジアの緊張緩和と平和に向けて」
       <朝鮮半島情勢と日朝関係>
 日 時:6月12日(火)18時30分から
 場 所:名古屋YWCA2F
 講 師:五味洋治さん(東京新聞論説委員)
 参加費:500円
 主 催:日朝教育・文化交流をすすめる愛知の会
  これによって、毎月発信してきた「マイブログ-郷蔵21」は、5月をもって終了するが、ブログそれ自体は維持される。私からの発信は、そこに書かれたものが基本的な原稿となる。従って多くの発信が「C&Lリンクス愛知・電子版」に集約される。幾らか集中化が図られよう。読者層も含めてある意味で一区切りつけたことになる。
 

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2018年5月 7日 (月)

男の気持ち、生き方(154)

 断酒ではなく飲み方云々
  世間では、昨日の帰省ラッシュを最後に「5月連休が明けた」というが、わが身は、ほとんど閉じこもり状態、というか感覚的には「軟禁」状態だった。ここ10年くらいは、こんな状態が続いている。あの「連休ラッシュ」の恐怖から逃れられないからだ。多分単身だったらそうでもないとは思うのだが。そんな“老域”に来ているといえるのかもしれない。
  明けて今日、栄養管理士との面談があって、食事面でのアドバイスを受けた。緊急性はないのだが、“主夫業”のマンネリからくる栄養バランスの検証、ウエイトコントロールの現状分析、それと“酒害”について、聞きたいことがあったからだ。
  一つ大いに参考になったことがあった。それは “お酒の飲み分け”についてであった。体重増を気にするなら、カロリーの高い「蒸留酒」を控えるとよいのだそうだ。例えば焼酎、ウィスキー、ブランデー、泡盛など。一方血糖値が気になるなら、「醸造酒」は避けるべきだと。例えば、日本酒、ワイン、ビール、カクテルなど。
  これを見る限り、糖尿病者とその予備軍は、酒は“百害あって一理なし”で、“病原菌の一種”といえなくもない。もっとも古来“百薬の長”といわれているから、お酒の効用がないわけではない。これは常飲者にとって“取り付く島”に他ならない。それは別の論理(屁理屈)といわれようとも。
  そこで得た暫定的自己都合結論は、これからの夏場に向けては、ビールは避けて「焼酎60CC+ホッピー330CC」がベスト(ベストという表現に違和感があるが)といえるかも。問題は「冷酒」で、断酒ではなく他の炭水化物、糖質の控えと野菜類、海藻類の摂取ということになろうか。但しこれは家内だけであって、宴席、付き合いは対象外である、という“抜け道”は塞がれない。
  友人のみなさん、これを読んだからといって、お誘いをためらわないでください。

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2018年5月 5日 (土)

男の気持ち・生き方(153)

“こどもの日”考
 何かを思考するとき、目的意識的なことは論理的に考えることが多いと思うが、ふと思いついたときなどは、どちらかといえば経験的な思考が多いように思う。
 最近の「子どもの貧困」「子どもの虐待」「子どもの教育環境」などをテーマとすれば、当然論理的に思考を重ねることになるが、シンプルに“こどもの日”を思い巡らすと、やはり自分の “子どもの時”から掘り起こすことになる。
 一口に「子どもの日」というがその「子ども」とは幾つまでをいうのであろうか。まさか中学生になったわが子をつかまえて、「子どもの日のプレゼント」はなかろうと思う。中学生になった子どもの方も「子ども日だから、何か買って」とも言うまい。
 私自身の“子ども時代”はどうであったろうかと思い返してみるのだが、ほとんど記憶の底から引き上げられるものがない。1940年代から1950年代半ばまでの時代背景を見れば、そして我が家の経済状況を見れば、「子どもの日」も「七五三の祝い」もなかったのも、ある意味で当然であった。かすかに思い出されるのは、近くの銭湯の「菖蒲湯」に浸かったこと、一軒隣の農家の奥座敷に飾ってあった、豪華な「五段飾り」を拝むように見せて戴いたくらいであろうか。甘党の私であるが「柏餅」の記憶もない。「鯉のぼり」も、小学校の工作の時間に作ったものだけで、いまでは鯉のぼりを手にした「3年1組」のクラス写真からその記憶をたどるのみである。
 鯉のぼり、武者の鎧、兜の飾り物などの「端午の節句」も、ひな祭りの「桃の節句」も、どことなく“貴族的行事” 或いは、“お金持ちの家のこと”意識が働くようで、それなりに一家を構えた私が子どもにしたことといえば、中くらいの兜の飾りだけであった。ただ“連れ合い”はかなり入れ込んで、7メートルの鯉のぼりを立てていた。ただ立てる場所がなかったので、実家横の川の土手に立てたので、それなりに見栄えはしていたが。
 子から孫へ、その成長を願い、まっとうであってほしいと、わが足跡と重ね合わせることがないわけではないが、所詮子も孫も私とは「異なる人生」であるから、あまり関与しないのが私の向き合い方である。それが「薄情」なのか、はたまた「家訓」も何もない「一代きり」の連珠のようなものなのかは判然としないが、構わないのではないかと思っている。

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2018年5月 3日 (木)

極東米軍の撤退、縮小もある?

  朝鮮半島情勢の推移によっては
 5月3日は「憲法記念日」で、関連する企画が恒例となって催される。この名古屋では、午前中に「安倍退陣!憲法改悪阻止!5・3大行動」として集会とデモが設定され、午後からは、「憲法施行71周年5・3集会 岐路に立つ日本と憲法」が開かれる。渡辺 治氏(一橋大学名誉教授)の「改憲問題の新局面と私たちの課題」という講演もある。会場は、名古屋市公会堂が改装工事中なので、名古屋国際会議場センチュリーホールである。
 当然私は、参加したいと思うのだが、この時期(連休期間中)は、ほとんど家を空けられない事情があって、毎年心残りをしていて、今年もその状況は変わらない。
 そこで今は、パソコンの前で「朝鮮半島情勢」について読み返している。こちらも優先課題という気もしているからだ。
 昨夜遅くの、インターネットからの情報として「在韓米軍論文 思わぬ火種、大統領『政府見解ではない』」「外交ブレーン『平和協定締結で、在韓米軍正当化難しい』寄稿」が流れた。
 端的に言えば、「休戦状態の朝鮮戦争(1950~53年)が終結し平和協定が締結されたら、在韓米軍を正当化するのが難しくなる」と、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の外交ブレーンである文正仁(ムン・ジョンイン)統一外交安保特別補佐官が、米誌「フォーリン・アフェアーズ」に寄稿したというものである。
 これが、韓国メディアに引用報道され、政界で論争に発展しているといい、米朝首脳会談を控え、米韓の連携に傷をつけたくない青瓦台(大統領府)は「政府見解ではない」と火消しに追われたというのである。
 政治・外交には、微妙な「空気」があって、真意とは別に間違ったメッセージになりかねない、そういうこともないとは言えないので、青瓦台が神経をとがらせているのは、なんとなくわかる。
 だがそもそも、「朝鮮戦争に参加した国連軍司令部は1950年の安全保障理事会決議に基づき結成されており、平和協定締結で役割は終わる」とされているのだから、文正仁氏の投稿は、タイミングや場所(寄稿先)に配慮が必要だったかもしれないが、(韓国政府、国民の)正論・本音ではないかと思う。
  一方1978年の米韓合意によって設置された米韓連合軍司令部はアジア太平洋地域の安全保障のために存在し続けるというのがこれまでの韓国政府の立場だから、ここで、在韓米軍が縮小、あるいは撤収するというような議論になれば、「保守派」の猛烈な反撃を招きかねないという、国内事情があるのも確かだろう。
 さらに、アメリカにとって在韓、在日米軍は、対中、対ロの極東戦略の「要」であるから、そうした国際情勢に大きな変化もしくは韓国、日本が米軍指揮の下、独自の「対抗戦力」を確立した時初めて、縮小論、撤退論も出てくるのだろう。
 このことは先にも書いたが、朝鮮半島が平和的に統一され、中ロの「脅威(あるとすれば)」がなくなれば、沖縄の米軍の駐留の必要性は低下する。そうすれば米軍の撤退、基地撤去(返還)も早まるであろうから、日本政府は、そのような外交努力を優先的に行うべきだと考えるのである。

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2018年5月 1日 (火)

メーデーに参加した

 ある意味の「出発点」
 私は、15歳で就職した1960年の愛知県中央メーデー(鶴舞グランド)に初めて参加した。当時の「生活日誌」には、その時の感想を参加者の12万5千人(多分、主催者発表)と、プラカード、旗、神輿(みこし、多分デコレーション)の多さに驚いたことなどが書き残されている。そして、“メーデーの本質的意義を教えてほしかった”“ただ集まり、ハチマキをして赤旗を手にして行進するだけでは”とも書いている。
 今日の愛知県中央メーデーは、白川公園に2800人(愛知全体で3500人?)の参加と発表された。かつての大量動員は、総評と同盟の「統一メーデー」であったからだが、「連合」「全労連」「全労協」になった現在は、一部で統一メーデーがあるようだが、愛知では「全労連系メーデー」で、連合は連休の前に済ませている。
 メーデーの社会的注目度、組合の参加率は低下傾向が続いているように思われるがそれは、労働組合の組織率の低下もあろうし、高齢化を通り越して、その高齢者すら参加が少なくなったということではないだろうか。あるいは、メーデーそのものの存在価値というか、意義そのものが認識されなくなった、希薄ということもあるかもしれない。だがもっと危機的なことは、労働運動、組合活動、そのものの停滞から来ているかもしれないことだ。
 モリ・カケ、日報、働き方、女性などの問題で、労働組合の動きは微弱である。もう政治には関与しないと決めているのだろうか。このまままでは「憲法問題」も危うい状態になりかねない。
 さて、それはそれとして私は、久しぶりにメーデーに参加したが、組織動員をかけられる立場にないので、参加するかどうか随分逡巡した。結局やや遅れて参加したのは、3月まで運営委員の一人であったCGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の「のぼり」が、初お目見えだったことと、「立憲パートナーズ」に登録申請したことにより、その立場からメーデーも「出発点」の一つと思ったからである。
 今日のメーデー会場の壇上では、共産党をはじめ、社民党、自由党、新社会党の代表があいさつしたとのことだったが、立憲民主党や国民民主党(民進党)からの挨拶もメッセージもなかったという。「全労連-共産党」という認識が定着している現在、「連合」との関係を無視できないとするならば、安易な「連帯」はできないということだろう。私自身も、そうした内情を理解しないわけではないし、参加するなら「お客さん」ではなく主催者側に立ってもらいたいと思うのである。だが、立憲民主党にとって、与党の自公とは対決軸を明確にできても、連合や全労連などの労働組合、共産党や社民党、自由党などの野党の関係をどのように構築するかは明確になっていない、議論も中途の段階にあるのではないかと推測するのである。
 もっと言えば、労働運動、労働組合の領域で束ねるというか、けん引するリーダーがいないのではないか、とも推測する。少なくともこの愛知では、立憲民主を支えるであろう、旧総評系労働組合の役員OBは多くいると思うが、党活動と労働運動を結合させ、ある程度の地区、地域活動を領導する人物の名を知らない。まだ少し時間がかかるのかもしれない。
 そうした観点からすると、このメーデーに限らず、これからも突発的なものだけでなく、様々な記念日「闘争、集会、講演会」があるから、その都度「立憲民主党はどうした?」では、発展、浸透は望めない。党、党に準じた大衆組織、党支持の有志、そうしたレベルでもいいから、何らかの「参加」を早急に考えたらどうだろう。
 そんな思いを抱いた、今日のメーデー参加であった。

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