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2018年4月 5日 (木)

鳴海史跡めぐりをガイドする

 高齢者は1万歩ほどが限界?
 姪が、どんなきっかけで関心をもち、熱心に加わっているのか知らないが、古代史研究グループ「しんあいち歴史研究会」というのがあって、その仲間3人を誘って鳴海近辺の史跡めぐりを案内してほしいと頼まれた。いずれも60代で、当初は古代史なら、「大塚古墳」「赤塚古墳」をコースに入れたらよかろうと思ったが、やや距離が延びることもあって短縮コースを希望してきたので、以下のコースをガイドした。
 名鉄鳴海駅発➡鳴海宿高札(レプリカ)➡鳴海城址(今川方)➡東福院(鳴海城廃城の資材で山門がつくられたお寺)➡(昼食)➡鳴海宿西側(木戸)常夜灯➡丹下砦跡(光明寺・織田方)➡成海神社➡雷(いかづち)貝塚跡➡旧鳴海球場(現自動車学校・日本のプロ野球が最初に行われた球場)➡善照寺砦跡(織田方・鳴海絞開祖の碑もあり)➡中島砦跡(織田方)➡名鉄鳴海駅。
 このコースは、2010年に「四季雑談の会」として行った「第2回史跡めぐり-信長の進軍コース・丹下砦から桶狭間・釜ヶ谷までを歩く」の、一部だったので、その資料を読み直して出掛けた。
 私自身は、地元の歴史・史跡に関心を持っているが、「古代史」は関心外なので、そちら方面は知らないことが多い。そこで“古代史というのはどのあたりまで?”と聞いてみたら、「飛鳥時代あたり、平安時代以前」ということだった。私はせいぜい「鎌倉時代」以降、もっぱら戦国時代から幕末・明治初期辺りが関心領域。
 「郷土史」も幾らか手元に置いていて、1959年(昭和34年)発行の「鳴海町案内」には、「古代史」の項があるが、その中の「雷貝塚」の、発掘調査、出土品などを詳述した1966年(昭和41年)発行の「鳴海のあけぼの」という叢書がある。いずれも非売品なので、いまとなっては希少なものだろう。
 住んでいる所のおさらいをし、終えてみれば1万歩ほど歩いたから、高齢者にとっては、限界かもしれないし、その効用も少なくない1日であった。

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