« 2018年2月 | トップページ | 2018年4月 »

2018年3月31日 (土)

立憲民主党パートナーズアカデミープラス

 立憲民主党・愛知の半年とこれから
 今日は午前10時から「立憲民主党パートナーズアカデミープラス」という集会が開かれた。これから約半年間に亘って8月を除く毎月1回の講座を開催していくその第1回で、今回に限って「オープンセミナー」で150名限定であった。ここで注釈をつけておくと「立憲民主・パートナーズアカデミー」は全国共通であるが、愛知では何を意味するかよくわからないが「プラス」がつけられている。また参加者150人限定というのは、キャパの問題ではなく、「要人警護」のためと説明された。
 さて10月31日に全国に先駆けて立憲愛知県連が設立され、11月26日県連事務所開設が開設され、2月10日に「原発ゼロ基本法タウンミーティング・名古屋」が開かれ、県連の主催ではないが、3月17日に「鳩山友紀夫講演会」が開かれ、昨日は「立憲民主党 愛知県連設立記念パーティー・ 躍進の集い」、そして枝野代表を迎えた今日の「立憲民主・パートナーズアカデミープラス」と正午から名古屋駅前で立憲民主党・街頭演説会が取り組まれ、足早に半年が過ぎたというわけだ。
 この「講座」の募集人員は30名で(書面審査あり)、受講料1万円(学生8000円)、毎月第2土曜日の午前10時から11時30分までの全6回のコース。第2回は5月12日で、大内裕和中京大学教授の「若者と貧困?」がテーマ。これらの内容から想像するに、建前はともかく来春の統一地方選挙を主に「議員養成講座」とみていいだろう。ということであれば、年齢制限はされていないが、定員制であれば、最初から私たちの世代は除外される、というよりも自粛すべきであろうと思った。学生も含め、次の時代を担う若い人たちこそ、ここで大いに学んでほしいものだ。
 さて、今日の集会では、近藤県連代表の挨拶と、枝野代表の講演(約1時間)と質疑応答であったが、昨日の内容とほぼ同じであった。党の立ち上げ、総選挙に至る経過、立憲主義とは「民主主義を多数決と勘違いしている」(マンションの管理組合の賛否を例に)、憲法と法律の関係(私学助成金問題を例に)、くらしの中の民主主義、実は“参加できる、声を挙げることのできる人”は余裕のある人、企業人であることに留意。声なき声にこそ“つながる”それが草の根民主主義、「保守とは、リベラルとは」(フランス革命を例に)、安倍は「保守ではない」・・・。
 質疑では、沖縄の負担軽減について、中学生からは政治に関心、理解が少ない。“つながる”運動をしている。ジェンダー平等・クォーター制の実現について、などであった。
 名古屋駅前の街頭演説会は、200~300人の聴衆が傾聴していた。赤松衆院議員、近藤県連代表に続いて枝野代表が20分ほど演説を行った。時々拍手が起こるなど関心は高いと見たが、何といっても場所があまりに狭い。どうも名古屋というところは、どのターミナルにも、いわゆる“ひろば”というようなスペースがない。通りがかりの人の足を止め、遠くからやってくる人を迎える場所がないのである。
 こうして2017年度は過ぎ去った。4月からは、統一地方選挙の1年前、参院選の15カ月前であり、衆院解散総選挙だってないともいえないが、ともかく立憲民主党にとって、“熱冷めぬ間に” 鍛え、持続させる政治展開を急がねばならない。4月半ば過ぎから党員募集、立憲パートナーズの募集が始まるとのことだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月30日 (金)

立憲民主党 愛知県連設立記念パーティー

 「躍進の集い2018」に参加して
 これは、いわゆる「政治資金パーティー」であり、2万円の会費で600人ほどが列席したらしい。
 私にとっては初めての体験で、“場違い”感を持っていたが、立憲民主党・愛知の発足を直に感じてみたい気持ちと、形を変えた“カンパ”のつもりで足を運んだのだった。
 さてどんな雰囲気なのだろうか、どんな進行なのだろうか、“やっぱりスーツにネクタイだろうか、ジーパンではまずいかな”とあれこれ想像し、チケットを届けてくれた近藤議員の秘書から情報をもらったりして準備して出かけた。行ってみれば概ね想定通りだった。まずは服装。私は紺のジャケットにノーネクタイであったが、90%の男性がスーツにネクタイであり、女性は和服の方もちらほらいらしたが、あでやかな洋装が大半だった。
 参加者の顔触れは、県内各級の議員・後援会役員、国会議員の秘書、労組の現・元の役員、企業経営者が主だったところであろうか。来年の地方選挙で新人として立候補を予定している方もおられた。私のような「市民運動」といっていい人は“数人”といっていいだろう。当然といえば当然か。
 会場には4社のテレビカメラが陣取っていた。正面演壇の前に丸テーブル2卓が来賓であったが、私はカメラポジションの確保から正面の2列目に立った。来賓席には、赤松広隆衆院議員・副議長、山尾志桜里衆院議員がいて、地方議員の多くも演壇近くにいたように思う。
 午後6時過ぎ、田中里佳名古屋市議の司会で始まり、近藤昭一衆院議員・県連代表が主催者挨拶をし、昨年10月の結党時のいきさつ、旗揚げしてよかった、この間の立憲民主党への支援のお礼などを述べた。ほどなくして枝野幸男党代表が到着して演壇に立ち、10月2日の立憲民主党の旗上げから総選挙へ、その間、ドタバタしながらも“枝野立て!”の声に励まされ、赤松議員他愛知のバックアップもあって、総選挙を闘い抜くことが出来た。その後も、名古屋市議補選で、全国初の地方選挙で勝利し、さらに他の議会選挙で上位当選が続いている。
 いままでもこれからも「立憲民主党は何を目指すのか、どんな旗を立てるのか」を明確にし、現場に立ち、現場と繋がる、ボトムアップの「本当の立憲民主主義」を求めていく。これが安倍政治との違いだ。
 よく国民の、有権者の「政治離れ」が言われるが、国民が政治から離れているのではなく、政治が遠ざけているのだ。国会議員の頑張りがあっても限りがある。やはり、有権者と接する地方議員を一人でも多く増やしていく中で、政治的関心高めていきたい。そのためには明確な政治的旗を立てる、旗幟を鮮明にすることが重要だ・・・などと述べた。
 その後山尾議員の挨拶に続いて、立憲民主党に結集した愛知の地方議員全員が紹介され壇上に並び、直近の選挙に臨む現職議員二人の挨拶があって前半は終えた。
 後半のパーティーの乾杯の音頭は、衆院議員・副議長の赤松広隆氏。県連代表は近藤昭一衆院議員であるが、実態としては近藤-赤松の2枚看板であり、ある意味では「硬軟」の違いがある二人、“リベラル”にやって欲しいと願う。
 私は、当初は見知らぬ人ばかりで全くの“孤立状態”であった。そのうちに、“車いす議員”斎藤亮人名古屋市議と出会い、“いつ合流するの?”と問いかけた。「リベラル政治懇話会」のTさんらと懇談しているところへ、山尾議員が。「2016年・あいちキャラバン」以来久しぶりに顔を合わせた小牧市議選に立候補を予定しているという女性のMさんと挨拶を交わした。緑の党でご一緒したYさん。帰りがけに市議選に再挑戦する守山区のMさんと歩きながら話したが、他には、谷岡郁子元参院議員(至学館大学長)、佐護 彰元日進市長の顔も見えたが、知らない人、しかも高齢者ばかりであった。規模・内容は違っても各界、各層、各年代ごとの交流の場は必要であろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月28日 (水)

立憲民主党・愛知が本格的に活動展開へ

 オープンセミナー・名駅前街宣、パートナーズ・・・
 インターネットから立憲民主党の活動経過を拾い続けているが、地方組織の動きを知る手立ては、いまのところマスコミのデータベースから拾うしかない。
 結党以降、国会議員を中心に徐々に入党が伝えられてきてはいるが、組織的な展開が遅れているような気がしている。昨年の12月26日に党の会合で「綱領」をようやく正式決定した。「原発ゼロを一日も早く実現するため具体的なプロセスを進める」と明記。枝野幸男代表が10月の結党以来訴えてきた「ボトムアップの政治」「草の根からの民主主義を実践する」などの文言を盛り込まれた。
 一方都道府県連合の立ち上げは、現在17都道府県「北海道、宮城、群馬、埼玉、千葉、神奈川、東京、愛知、京都、大阪、兵庫、島根、福岡、大分、熊本、宮崎、鹿児島」となっており、東北、甲信越、東海、中国、四国などに空白地が多い。
 さて愛知の場合は、赤松広隆衆院議員が昨年10月31日に立憲愛知県連を設立したと発表し、赤松氏は衆院副議長に就任したので、代表は近藤昭一衆院議員となった。そして立憲民主党愛知県連事務所が、名古屋市中村区名駅に11月26日に開設されたが、本格的な事務局員などの体制はこれからのようだ。
 そして綱領でも示された「ボトムアップの政治」「草の根からの民主主義を実践する」そのための地域組織、活動主体の形成はまだ見えていない。この3月に入ってとりあえず「立憲パートナーズ規則(案)」と「立憲民主党組織規則(案)」が出来て、29日に議論され決定されるとのことだ。
 この間並行して、立憲民主党「原発ゼロ基本法タウンミーティング」が2月10日に開かれるなど、党主催の集会も開かれているが、総支部、支部段階での組織体制づくり、地域活動が急がれる。特に地方議会選挙があちこちであり、急ぐあまり信念も確たる政策を持たない人物を候補にしてはよくないので、しっかり人物評価をしてからであろうが、そこに「立憲民主党」公認候補の名前が出てこないのは寂しい。
 来る3月31日、枝野代表を迎えてのオープンセミナー「立憲民主党愛知県連パートナーズアカデミープラス」が、午前10時から、名古屋市教育館で開かれる。そして、正午から名駅前で街頭演説会が予定されている。愛知の立憲民主党の本格的スタートといったところか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月25日 (日)

映画「空海」を観る

  大作だが評価は二分か
 23日に、例によって時間がすっぽり空いたので、「シネマ散歩・緑の会」の鑑賞作品の一つに挙げていたこともあり、「空海」を観に行った。
 私は、この映画のタイトルに接した最初は、空海の生涯を描いたものと思っていた。歴史上の人物としては、十指に入る一人であろうと思ったからである。しかし実際はサブタイトルにある「美しき王妃の謎」であり、超天才が挑む史上空前の冒険絵巻という「娯楽作品」であった。
  都・長安の風景が殆どセットといわれ、美術デザインに2年、セット建設に4年、撮影準備と撮影に1年、ポスプロ<ポストプロダクション (Post-production) は、映像作品、映画の製作などにおける撮影後の作業の総称>に1年と、製作期間は実に8年というから、確かにスケールの大きさ、華麗さは「百花繚乱の極上エンターテイメント」といえるだろう。
 そして空海と白楽天による謎解きは、空海がまるで横溝正史の金田一耕助のようでもあり、空海に危険が迫ることもない、あまりにも手際よい事件解明で“安心”してみておられる。そしてストーリー全体が「黒猫」によって進んでいくという「幻術」の世界であり、史実から少し離れて楽しむことがポインであったといえようか。
 また「名作」といわれる映画には「時代性」があるが、この映画にもやはり「大唐(偉大なる唐の時代)」に象徴される、世界に誇る中国の歴史の一端が描かれ、それは現在の中国・習近平に重なるかのようでもある。俗っぽく言えば、この映画は習近平氏に称賛されたことだろう。もっとも、空海に該当する日本の人物は?と考えてみるに誰も思いつかない。阿倍仲麻呂的な中国と親交のあった政治家の名前は幾人か・・・、と遊んでみるのも映画の面白い一面であろう。総評としては、大作に違いないが、その評価は二分されるだろう。私の評価は、改めて中国文明の大きさを垣間見たようでもあるが、期待したほどではなかった、といったところか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月24日 (土)

安倍退陣のうねり、名古屋では

3連続行動からさらに前進へ
 3月17日、名古屋栄で「安倍政権は今すぐ退陣!」の街頭宣伝活動、19日「安倍政権は今すぐ退陣!-3・19名古屋集会」、そして今日はその第3弾として、午前11時から1時間の街頭宣伝と、12時過ぎからのデモ行進が取り組まれた。
 こうした行動を主催する側の諸準備は誰かが担っているわけだが、チラシやバナー、横断幕、のぼりの作成・調達、様々な回路を使っての参加要請、会場の確保、デモ申請から始まって、進行役、街宣車・運転手の手配、スピーカー(マイクで訴える人)の確保、デモの整理要員、場合によってはトラブルに備えて弁護士に確保等々、もっと言えば、事前の会議の設定もあり、規模の大小に拘わらず、これらの上にのって集会もデモ進められるのである。
  今日の私の行動は、午前中の家事を済ませて会場に到着したのが正午頃で、デモの出発準備が始まった時であった。次の冊子の表紙を飾る写真がほしくて、デモ隊の写真数枚を撮ってから隊列に加わった。デモの先頭の横断幕には、「安倍内閣は今すぐ総辞職」と大書きしてあり、サブテーマとして、「森友公文書」改ざん真相究明!佐川前国税庁長官&安倍昭恵氏の証人喚問を、とあった。第2の集団の先頭は3メートル×2,5メートル?の白の布地に大きく「安 倍 やめろ」の横断幕が目立ち、同時に参加者の気持ちをストレートに表していた。
  明日の名古屋は、「市民と野党をつなぐ会@愛知」の呼びかけ、「0325名駅街宣実行委員会」の主催で「安倍政権に退陣を求める緊急名駅街宣」が夕刻の午後4時から取り組まれる。若い層、女性(ママ連)の参加が多いと思われる。恐らくこの週末の土曜、日曜は、全国でこうした内容の取り組みがなされるであろう。
  この先、安倍内閣打倒の全国戦線は満開となり、4月半ばには、「安倍内閣落花さかん、散りはて」となることを望むが、そのためには国会内外での闘いの高揚があってこそ。(花粉症にもマケズ)その潮流に加わっていく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月23日 (金)

京都府知事選挙の場合

 風雨に曝される立憲民主党
 京都府知事選挙は、3月22日に告示され、4月8日投開票で、前復興庁事務次官の西脇隆俊氏(62)<自民、民進、公明、立憲民主、希望の各党推薦>、弁護士の福山和人氏(57)<共産党推薦>の新人2人が無所属で立候補を届け出たという。
 候補者の資質評価、何が争点になっているか、どのような政策協定がなされたか、政党間でどんな協議がなされたのか、なされなかったのかは情報を得ていないので、断定も深読みもできないが、いずれにしても知事選であれ、市町村長の首長選挙であれ、発足したばかりとはいえ、大きな期待を背に受けている立憲民主党の対応は注目される。
 例えば、「・・・福山和人さんは脱原発の立場で、はっきりと原発の再稼動に反対の意思表示をされており、原発立地県に隣接する自治体として、再稼動の同意権を求めていくことも明言されています。」「京都府知事選挙は、大飯原発をはじめ、若狭湾原発再稼働の関係で、非常に重要な知事選挙のはずです。立憲民主党の『原発ゼロ』が本当なら、こんな知事選挙にはなっていないはずでしょう。」という投稿に接したが、これからこのように風雨に曝されることは避けられない立憲民主党。では立憲民主党に期待し、肩入れする私にとってもある程度の答えは用意しなければいけない場面もあろうかと思ったので、あれこれ考えてみた。なかなか難しい。
 まず候補者選び、「政策と争点」の議論、支援体制の準備状況、他党との共闘関係などは、選挙日程はある程度固定されているので、少なくとも1年前からその準備を始めなくてはならない。立憲民主党が結党したのは半年前の昨年の10月、党の体制づくり、国会対策が優先的に取り組まれた。地方選挙が予定通り行われても、それに対応する地方組織が立ち上がっていないことは十分ありうる。京都はどうか。
 次に、政治潮流として立憲民主党はどんな位置にあるのか、「野党共闘」の基本は何かを考えてみるのだが、この点では枝野は「右でも左でもなく、前へ」といい、「中道」といっているわけでもない。「日常の暮らし、現場のリアルな声に根差した」「ボトムアップの政治」を目指すとしているから、はじめから枠組みを設定しないように考えているようである。私は、個人的な立場から物が言えるので、元々「反自民非共産」であるから「中道左派」でいいと思っている。
 どんな選挙の場合でも、まず「政策論争」から始まるであろうが、国政と地方自治体の選挙ではいささか様相が違うが、一緒の場合もある。例えば中部電力浜岡原発のある静岡の知事選挙は、「原発」が争点となったことは記憶に新しい。原発立地の自治体では大なり小なり原発が争点になって来たと思う。京都の場合、最大の争点は何であろうか。原発問題が重要な争点になっているのだろうか。
 少しばかり経験的なことを言えば、1988年10月 に当時の鈴木愛知県知事が「中部国際空港建設や第二東名・名神高速道路の建設促進」に加え「愛知万博構想」を大型公共事業の3点セットとして発表した。愛知万博は、豊かな自然、里山のある瀬戸市海上の森をメイン会場とする当初計画であった。これに対し地元の自然保護団体、野鳥の会などが反対の声を上げ、それに呼応して名古屋をはじめ全県的な市民運動が結集して反対運動が盛り上がり、県民投票の「条例制定」を求める県民署名運動を開始して所定数を上回る署名獲得に成功した。しかし県議会では否決されたので次に1999年の愛知県知事選挙では、独自候補を立てて知事選挙を闘った。その時の構図は「市民派・共産党対非共産」であり、今回の京都と似た構図であった。
 私たち市民が擁立した「市民派候補」は、共産党が推薦し共に選挙戦を戦い「愛知万博開催の是非」を「争点」としたが、相手候補は正面から対応せず「鈴木県政の継承」といったような県政全体の課題を訴えた。結果は135,3万票対79,6万票で敗れはしたものの、海上の森は守られた。
 結局今回の京都府知事選挙では、立憲民主党として対応することが出来なくて地元京都(福山幹事長)の意向に沿って決定されたと推測する。そこには批判点はあるが、それをもって「原発ゼロ」は看板倒れと断言し非難するのは、ちょっと酷かなと思うし、これからもこうした「風雨」は続くので、私は地方組織の早期立ち上げ、議論の積み上げを進めてもらいたいと思う。
 また、付言すれば、立憲民主党の枝野以下の現執行部はいわば「第1世代」であり、立憲民主党の屋台骨がしっかりでき、政権交代にまで成長・成熟するにはまだ時間がかかりそうだ。それは「第2、第3世代」になるかもしれない。そういうスタンスで支えることも必要であろう。もっとも、そんな悠長なことを言っておれる場合ではない昨今の政治状況ではあるが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月20日 (火)

鳩山友紀夫講演会(3)

 「成熟の時代」の国のかたち
 実は鳩山さんは、「成熟の時代」の国のかたち、という、私がもっとも聞きたい部分については多くを語らなかった。時間もなかったからだろうが、著書では実に40%以上使ってこの部分を書いておられるので、ここもやはり、著書を読んでもらうしかない。
 そこで著書から、話の流れに沿った項目だけを幾つか書き留めておくこととする。第3章「成熟の時代」の国のかたち―成長戦略から、成熟戦略へ、では、民主党政権の「コンクリートから人へ」/格差社会への対応、アベノミクスの異常性/何のための成長か、成熟戦略の基本原則/東アジア地域経済統合の推進、「公正な社会」を目指す。
 第4章 脱大日本主義へ、では、「日本ナショナリズム解放路線」への危惧/一つの「解」としてのリージョナリズム、国連常任理事国を目指さない/原子力発電をやめる、東アジア共同体を目指す/自立と共生への決意。
 なお「リージョナリズム」については、反グローバリズムが自国中心のナショナリズムに陥らぬためには、グローバリズムとナショナリズムの中間のリージョナリズム(開かれた地域主義)に一つの解がある、と鳩山さんは書いている。
 40分ほどの質疑の時間では、多くの人の手が上がったが、中学生を含む7~8人が質問をした。
 私は真っ先に手を挙げ指名されたので以下の質問をした。~鳩山さんは沖縄の普天間基地問題で「普天間基地は海外へ、最低でも県外へ」とおっしゃって、沖縄の人たちはもちろん、私も感動をもって受け止めた。しかし結果はそのようにはならなかったわけですが、鳩山さんは、県外への移転について、ある程度見通しを持っておられたのではないのですか?また、朝鮮半島の情勢や対中・ロとの関係でアメリカは、戦略上沖縄の基地から海兵隊移設、基地撤去はあり得ないのではないかと考えなかったのですか?~の2点を質問した。
 私が受け止めた鳩山さんの答えは米海兵隊についてはテニアン、グァムへの移設にある程度の感触もっていたようで、県外についても奄美諸島などの構想はあったが、いち早く反対運動が起きて潰れた、ということのようだ。
 これだけのやり取りでは真相はわからないが、私が思ったのは、彼の楽天的な性格が、確かな見通し、根回しなしの情報だけで発表してしまったか、民主党政権を歓迎しない「政治力」が働いて“謀略”が図られたか(ちょっと誇大かな)そんな風に思ったのだった。
 以上、このように筋道の立った報告ではないが、著書を読みながら、当初の「この国のかたち」はどうなる、どうすべきか、という問題意識が問われる。そのヒントを鳩山さんは示してくれただろうか、について示唆を受けたことは間違いないところだ。 了

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月19日 (月)

安倍政権は今すぐ退陣!

3・19名古屋集会に500人余
 「安倍9条改憲NO!」「軍拡反対」「朝鮮半島に平和を!」「辺野古の新基地建設をやめろ!」という焦眉の課題を盛り込んだ「3・19安倍内閣の暴走を止めよう!集会&デモ」が、名古屋の若宮広場で開かれ、主催者発表で500人が参加した。
 そぼ降る雨の中での集会とデモであったが、集会場は都市高速道路の下なので雨に濡れることはなかった。寒さも和らいでいたので、比較的高齢者の多い集会ではあったが、安倍政権打倒の気勢がそがれることはなかった。
  集会司会者の塚田弁護士(女性)が開会の挨拶をし、主催者である「安倍内閣の暴走を止めよう共同行動実行委員会」の長峯共同代表(愛大教授)が「安倍改憲を止めよう」と訴えた。以下、名学院教授・飯島さんの「安倍政権を許さない、軍拡許さない」、「安倍9条改憲NO!あいち市民アクション」の中沢さんが「この子の好きなこと 私の好きなこと 大切にしたいから 憲法なんだ。」というパンフレット作成し広げていることなどを語り、写真家の浅見さんが「沖縄に新基地はいらない!名護市長選挙の顛末―政府丸抱え選挙」などについて語り、NPO法人三千里鉄道事務局長の韓さんが、ムンジェイン大統領の奮闘、現在進行中の南北会談など、朝鮮半島の平和を熱っぽく訴え、最後に共同行動の共同代表である中谷弁護士が、「安倍政権を退陣に追い込もう、声を上げ、行動しよう」と締めくくった。
  シュプレヒコール! 森友疑惑徹底追及、佐川氏喚問・昭恵氏喚問、麻生大臣責任重大 安倍首相の責任重大、安倍政権は情報かくすな、 安倍政権は改ざんやめろ、安倍政権は今すぐ退陣、自衛隊員を戦地に送るな、辺野古の新基地建設やめろ・・・名古屋の繁華街・栄周辺の、1時間弱のデモ行進であった。
 去る16日夜の、近藤昭一衆院議員(立憲民主)らの、安倍内閣打倒・名駅街宣に駆け付けられなかったので、この日は何としても参加すると決めていた。開会前のこと、隣にいた、見知らぬやや高齢の女性から“いつもの顔ばかりね、もっと知らない市民の参加がなくっちゃ”と声をかけられた。それは、私にとっても痛い言葉で、地域での組織的運動から退いて、それ以来私はもっぱら「個人」として参加してきた。それはそれで「組織動員」ではない「自己の意志参加」ではあるけれども、やはりそれでは「安倍内閣打倒運動」の大波にはならない。組織活動の伴わないものは「運動」とは言えない、と自認してきたこともあって、この日も忸怩たる思いがよぎったのだった。
 安倍内閣打倒の波状的な運動は、春到来と共に密度を濃くしながら進んでいくであろうが、当面、3月24日に「安倍政権は今すぐ退陣!大街宣&デモ」が設定された。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年3月18日 (日)

鳩山友紀夫講演会(2)

 脱大日本主義、東アジア共同体
 先に、「アメリカファースト=ナショナリズム」が「グローバリズム」にも変化を与えていることは確かだろう、と書いたが、鳩山さんは、著書で「グローバリズム」とは、市場原理主義的な米国経済のルールを普遍的正義として世界に押し広めようとする疑似イデオロギーでした、と書いておられる。ということは、アメリカ(トランプ)は、自ら打ち出した「グローバリズム」に押し込まれ、「アメリカファースト」に転じたということだ。こうした流れ(政策)が一時的には加速するかもしれないが、永続するとは思えない。
 そこで私は、日本(安倍政権)にとって二つのことが考えられるのではないかと思った。一つは、トランプ政権が続く限り「アメリカ追従政策」が、経済面でも軍事面でも見直しが迫られることは避けられない。特に経済面では、アメリカにとって日本との貿易の不均衡(輸入超過)は、中国に次いで是正対象の上位にあると思われる。中国には関税で対処し、従順な日本には「自主規制」を求めるかもしれない。あるいは、「思いやり予算増」「アメリカ製兵器購入」をバーターするかもしれない。ここでも陰に日本の「主体性=独立」が問われるであろう。
 もう一つは、「アメリカファースト=ナショナリズム」が、東アジアにおけるアメリカの影響力(軍事的プレゼンス)が低下して、そこに日本が取って代わろうとする「代位意識」が働くのではないか、つまり「大国意識」の台頭である。この視点が正鵠を射っているかどうかは私にはわからないが、「戦前派志向の右翼勢力」にとって「大東亜共栄圏」も夢想の中にあるかもしれず、そのように考えられないこともないと思うのだ。
 もっとも鳩山さんは、そうでなくて「未来志向」として綿密な「東アジア共同体」構想を打ち出しているのである。この内容も著書を読んで戴くしかないが、そのさわりだけを紹介しておくと、「私は、東アジアに多国間の安全保障の枠組みを作ることで、東アジアの緊張を緩和し、地域覇権国家の行動を慎重にさせ、日本を含む中小国家の自立を確保する道が拓けると考えたのです。私はパックス・アメリカーナでもパックス・シニカでもない、パックス・アシアーナともいうべき東アジア秩序はありうると信じています。」
 
注1 パックス・シニカの「シニカ」は中国を指す。
 注2 「覇権国家」とは、私の記憶では、中国が当時のソ連をさして「覇権主義」といったとされる。だから中国は自からを覇権国家とは言わない。しかしここでは、一般的な意味での「覇権国家」として使われている。

 さて、東アジア共同体の「東アジア」の地域とはどこまでかは、定かではないが、ロシアは微妙なところだが、日本、(あえて)朝鮮半島、中国・台湾(表現は暫定)、フィリピン、インドシナ半島、インドネシアあたりであろうか。
 そこで問題の核心は「中国」であろう。つまり「中国は脅威か」「東アジアの平和的安定は中国、アメリカそして日本の在り方次第」という論点である。これを論ずるのは難しい。単なる軍事面、領土問題だけでなく、経済的相互関係、文化交流などの要素も加味されなければならないからだ。だが少なくとも鳩山さんの論調は、彼の外交的経験から「中国は脅威」とはとらえていない。その一例として昨年11月に習近平国家主席と会談したなかでの、周発言の例を引き合いに語った。例えば“一つの花が咲いたからといって全体が咲いたとは言えない。つまり、政策の一部が達せられたからといって中国全体が豊かになったわけではない。2020年までに貧困をなくす”と。安倍の政策と比較してみたい一つだ。そして覇権は目指さないと。
 では「尖閣列島の問題は?」も気になるところ。詳しくは著書を見ていただくが、鳩山さんは端的に「1972年の日中国交正常化」時の、田中角栄首相と周恩来首相との間で暗黙に了解した「尖閣問題棚上げ」にまで戻ればいいとした。むしろ石原都知事「尖閣買い上げ」さらに政府(野田首相・民主)による「国有化」したことが問題だと批判した。
 領土問題はフィリピン、ヴェトナムの間にもあるが、日本としては当事者間に法的拘束力を持つ「行動規範」をつくる動きがあるのだから、介入するのではなく、まして尖閣問題は、日米安保の範囲内などと挑発的対応はすべきでないとした。やはり険しくとも「共存」の道を探るべきだろう。日本は「2度と戦争をしない」と決意し実践してきたのだから。
 鳩山さんは、「共和国(北朝鮮)問題」にも触れた。実は質疑の時にも「訪朝する予定はないか、訪朝してほしい」というのもあったが、微妙な問題も含んでいるので、ここでは書き辛い。しかし印象としては「3・1集会」「3・6高野孟講演会」の論調と大きく変わらないので省く。 
続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月17日 (土)

鳩山友紀夫講演会(1)

 現状の「大国主義」を批判する
   リベラル政治懇話会(共同代表:石田芳弘元犬山市長・元衆院議員、大脇雅子元参院議員・弁護士、近藤昭一衆院議員・立憲民主党副代表・県連代表)主催、愛知リベラル・労組OB会後援の「鳩山友紀夫講演会」が開かれ約150人が参加した。
 鳩山さんは、元民主党の内閣総理大臣であることはよく知られている。その「短命内閣」の評価は分かれるところだが、その後についてはあまり知られていないし、私も知らなかった。またさほど関心を払っていたわけでもなかった。「過去の人」という印象すら持っていた。
 もし私が、「リベラル政治懇話会」に加わっていなかったら、そして近藤昭一さんを支援していなかったなら、また、立憲民主党に肩入れすることにならなかったなら、彼の話を聴くこの機会はなかったかもしれない。
 鳩山さんの話は多岐に亘っていて、テープでも起こさないと再現できないくらいなので、大雑把な報告しかできないが、それよりもやはり集会のタイトル「脱・大日本主義~『成熟の時代』の国のかたち」に惹かれた。
  悪しき安倍政権の長居によってこの国は荒れ果てようとしている。その安倍政権が「働き方改革関連法案」で「裁量労働制」についてその根拠となるデータが不正であると判明し、それによって除外に追い込まれ、また「働かせ改革」などと批判を受けて躓いた。外交でも朝鮮半島・南北会談、米朝会談という状況の中で“呆然と立ち尽くしている”様だ。そして今や1年余に亘って「モリ・カケ疑惑」に追いまくれられ、次第に投網が絞られるようにして「森友学園文書改ざん」事件に至って末期症状であれば、「この国のかたち」はどうなる、どうすべきか、という問題意識が問われる。そのヒントを鳩山さんは示してくれただろうか。
 さて鳩山さんの話は、そもそも「リベラルとは何か、リベラルと保守の違いは?」といったところから入った。彼は元自民党・田中派から政界入りし竹下派・経世会へて、武村正義氏らと新党さきがけ結成に参加、さらに旧民主党、民主党再編、総理大臣という道を歩んできただけに、「保守とリベラル」を体験した稀有な存在でもあろう。彼が言うには「保守は歴史を学ぶ。歴史から学び完全主義ではない」とし、「リベラルとは多様性の尊重、友愛が大事」そして「友愛」について孔子の「論語」を引き合いに持論を語った。
 そして現在的な「保守(安倍自民党)」は、「明治150年」というが、そこには「大国主義」ばかりがあって、明治の「負」の反省がない(日本人の習い性か)ばかりか、最近では何かと国連での「常任理事国」入りをいい、「強国日本」を目指していると指摘。それは、この国のかたちにはふさわしくない、ということだろう。
 関連して「原発」問題にも触れて、原発の維持、再稼働の背景には「核武装」への思惑があると明言、ここらあたりまでが「大日本主義(大国主義)」批判の論点であった。
 だがここまで書いて、「大日本主義」という論点の中身が希薄と思えてならない。
 トランプという得体知れない米大統領の登場によって、世界の情勢はどこでどう変転するのかわからないが「アメリカファースト=ナショナリズム」が「グローバリズム」にも変化を与えていることは確かだろう。
  そんな中で安倍・自民党政権が「戦後レジームからの脱却」と唱えながら、「日米安保条約・日米同盟」のもと、中・ロ・北を仮想敵国として、憲法改正を射程に置き、自衛隊の軍備強化・南西諸島への展開、原発再稼働と核兵器の潜在的保持、TPPによる経済的主導権、国連常任理事国入りなどが「大国主義」の中身であろうか。それは彼の最新著書「脱・大日本主義」を読み込むしかない。
  次は「これからの日本」というところに移っていくが、どうか書き記すべきか・・・。 
続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月14日 (水)

安倍、麻生は責任を取って辞めるべき

中日新聞の「中日ボイス」
 中日新聞の「中日ボイス」の緊急アンケートが、「中日プラス」の運営部によって会員に対して行われ、7706人から回答があったと、今朝の新聞に掲載された。
 このアンケートは、・・・学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐる決裁文書書き換え問題に関し、財務省は12日、国会に調査結果を報告し、14文書で書き換えがあったと認めました。文書の削除部分には、複数の政治家のほかに、安倍晋三首相の妻、昭恵氏の名前もありました。安倍首相や麻生太郎副総理兼財務相の責任を問う声が高まっています・・・。そこで、
質問1 国有地売却をめぐり、安倍首相や昭恵夫人への忖度(そんたく)はあったと思いますか?
質問2 麻生財務相は、会見で「自身の進退については考えていない」と辞任を否定しましたが、どう受け止めますか?
質問3 安倍首相の政治責任はあると思いますか?
質問4 意見があれば、自由にお書きください。
 の3項目と関連意見であったが、結果は、麻生太郎財務相の辞任否定、どう受け止める?では、72,72%が「辞めるべきだ」と回答し、「辞めなくてもよい」は18,69%であった。また安倍首相の政治責任については、政治責任が「ある」が82,41%、「ない」は10,51%であった。
 私も会員登録してあるのでアンケートに答えてコメントした。
質問1 「あった」と回答し、昭恵氏が森友学園とかかわったのは事実。一方「安倍一強」といわれるほど権力が一極集中し、安倍総理の「無恥剛腕」の前に、官僚たちは完全に委縮していたと思われる。佐川は真面目だが小心者かもしれない。安倍や閣僚に逆らえない、そこで「忖度」するしか生きる道はないとの思い込みが強く働いたことだろう。
質問2 その他と回答し、麻生自身が辞めるといえば、全てを認めることとなる。それは安倍首相の責任追及にまで波及することは必定。また彼自身政治生命が絶たれかねない。とすれば、自発的に辞めるとは言えない。またそう言える性格でもなさそうだ。だったら、これまで通り居座って辞めなくてもよい。だが、これまでの言動からして、彼の責任は免れない。議会の自浄能力と世論の力で「辞めさせる」ことが、最善の方法、選択と考える。
質問3 「ある」と回答し、あってはならない公文書の改ざんがなされる経過の中の内閣総理大臣である。国会の答弁でも、自ら真実を明らかにする努力をしないで逃げ回ってきた経緯を考えるなら、そして政治家として矜持を持っているなら、責任を取って辞任すべきだ。政治責任は明らかだ。
質問4 安倍政治は、財界や戦前回帰の改憲派にとって頼もしい総理大臣であったかもしれないが、立憲政治、反核平和、人権尊重、環境重視を望む側から見れば、さらにアメリカ追従・一辺倒の外交でも、日本の評価を大きく落としてしまったことを考えれば、安倍首相は「最悪レベル」の戦後の首相であるというのが私の評価だ。「働き方改革関連法案」のうち「裁量労働制」については断念に追い込まれ、森友問題で大きく躓いた。潔く退陣することが安倍にとって最後の「花道」になるかもしれない。もうお辞めになってほしい。
 この種のアンケートに意見を反映させるには書き過ぎかもしれない。立場を明確にし過ぎかもしれない。けれどもそれは私にとってさほど重要なことではない。唯一、政権が弱体化して安倍退陣が現実化すればよい。ひょっとして血迷って「解散総選挙」に打って出るもしれないが、「内閣不信任案」が可決されない限り、「内閣総辞職」があっても常識的にはあり得ない。
 それにしても過去の「3月」はいろいろあったように思うが、今年はどうかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月12日 (月)

安倍退陣は始まったか?

 国会へ、街頭へ・・・
 昨日、名古屋で取り組まれた「3.11 原発ゼロNAGOYA ACTION~大飯・玄海原発再稼働反対! 老朽原発廃炉~!」は、風は強めでも暖かく、人もたくさん出ていて「デモ日和」だったとのこと。「・・・先頭の横断幕は、立憲民主党の近藤昭一衆議院議員、避難者裁判の原告女性、老朽原発廃炉訴訟の事務局などで交代しながら進む・・・」と、Oさんは報告してくれていた。
  デモ出発前の会場では、フェアトレード&エコショップオゾンなどの「マルシェ(市場、出店)」、バンドのライブなどの「イベント」、福島支援の報告、原発事故避難者の会、老朽原発40年廃炉訴訟そして野党4党からの「アピール」など、500人から1000人が参加して賑やかであったようだ。
 一方政界の「3・11」は現在進行中のものであった。いうまでもなく「森友学園」への国有地売却問題で、財務省近畿財務局が作成し、途中で書き換えられたという文書問題である。
 報道によれば「書き換えがあった14の文書の内訳は、貸し付けに関する決裁書が2つ、売買に関する決裁書が1つ、特例に関する稟議(りんぎ)書が2つ、これらに付随する文書が9つだった。1つの文書から交渉の経緯などを削除しようとしたところ、玉突きで次々に書き換えせねばならなくなった」ということらしい。
 この文書をスクープした朝日新聞の報道があって、朝日を目の敵ようにして叩き続けて来た安倍首相の“ガチンコ”は、かなりきついアッパーカットを食らったに違いない。
 今日にも事実関係がよりはっきりするであろうが、公文書の改ざんとなれば、政治責任はもとより、刑事罰も問われよう。さらに関係者の死が、何らかの関連があるとすれば、もう内閣は持たないであろう。
 3月1日のこのブログで「安倍退陣の始まりか?―裁量労働制の今国会断念と・・・」と書いたが、事案が裁量労働制ではなく、森友改ざん文書であるにしろ、「安倍退陣の始まり」の幕が上がったように思われる。
 時が来たならば、今度は「街頭」に出るつもりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月11日 (日)

あれから7年

 3・11を思う、つぶやく
  あれから7年、これからも「あれから8年、あれから10年、あれから20年・・・」と語り継がれていくだろう。失われたものは決して返ってこないとしても。
  広島、長崎の原爆もそのようにして語り継がれて来た。忘れてはならないものは忘れてはならない。語り継がねばならないことは語り継がねばならない。
  失わせたものは何か、なすべきことをなさなかったこととは何か、なぜなされなかったのかも忘れてはならない、口を閉ざしてはならない。
  この日、東日本大震災の被災者「慰霊」と、東京電力福島第1原子力発電所の震人災への抗議と政策転換を求める、それぞれの集会があった。
  私は、午後の「脱原発」の集会とデモに合流する予定を持ちつつなぜか逡巡していた。
  庭先の土起こしが一段落したら、着替えて出かける腹積もりをしていた。久しぶりの強い日差しの下で、上着を一枚脱ぎ、また一枚脱ぎながらツルハシとスコップをかざしていた。粘土質と石ころばかりの土地ゆえ、一向にはかどらなかった。“あれから7年・・・”というけれど、この“あれから”ってよく使うなあ、その間、何一つ大したことをしてこなかったから“あれから、もうそんなに歳月が過ぎてしまったのか”ばかりが思い出された。
  カチン!ツルハシが石に当たってはね返った。打ち込んだツルハシの先が抜けない、地中に張った根っこに引っかかったせいだ。“・・・あの時代、北海道開拓農民の苦労はどんなものだったろう”とつぶやきながら掘り返しているうちに、ここで「3・11」に思いをいたすのも悪くないなと考えた。
  ひと汗かいて、縁台に腰を下ろして空を見ていた。この空は東北の空につながっているんだなあ・・・、今日の日は、このまま過ぎてしまってもいいと思った。

|

2018年3月 8日 (木)

CGSU最後の運営委員会に出席

 一つの節目を超えて
 ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の定例運営委員会に出席した。委員を退任するので最後の機会であったが、あろうことか開会時間を間違えて30分遅刻してしまった。このような誤認、思い込みが増えてきた昨今であるが、こんな体たらくでは“退任ではなく、解任だな”と思わざるを得なかった。同時に慣習的になっていた時間を変更するときは、高齢者により徹底させるために“念押し”が必要かな、とも思ったので、私が呼びかける機会(シネマ散歩など)には、この経験を活かそうと思った。
 議題はいくつかあったが、大きくは「ユニオン学校」の開催計画、活動誌「結」の編集方針、第11回総会の運営の確認であった。この組織の発足時(2007年)の「全トヨタ労働組合(ATU)を支援する市民の会」の7年ほどは、それらの中心にいて、それなりに地域労働運動に寄与しているかなという充実感もあったのであるが、役職を離れると、とたんに興味の半分が他に移っていった気がする。このような心情の移行というのは、「初志貫徹」が希薄であり、“好奇心”に勧誘され易い性格でもあろう。まあ“浮気者”の類といっていいかもしれない。
 と自虐的にもなるのであるが、ここ最近のブログ、講演会の報告について好意的に評価して戴くメールと声掛けがあって、右往左往、紆余曲折しながらも「ベクトル」の方向はそんなには変わっていない、とも思うのである。
 迷妄し、彷徨し、懊悩することはこれまで通りだし、これからも変わらないだろう。そして“老”がすり寄ってくることは避けられないので、その「老」も時を知らせる鐘のように、自覚を促す“覚醒の相棒”として連れ添っていくほかない。
  帰宅してこんな思いがよぎったのも、一つの節目を超えて寂寥感があったのかもしれない。

|

2018年3月 7日 (水)

「平和的生存権保障基本法(骨子案)」

安倍改憲(案)に対置する一つの試案を議論
 今日は、今週は3つ目の講演会に参加した。リベラル政治懇話会主催で、その共同代表でもある元参議院議員で現職の弁護士である大脇 雅子さんが、自ら書き上げた「平和的生存権保障基本法(骨子案)」を中心に議論を交わした。
 まず「平和的生存権保障基本法」の生い立ちから話は始まった。レジュメによれば、本骨子案は 2003 年春、参議院議員のときに、「平和的生存権保障法案構想(素案)」として 発表したものを、2017 年 9 月 30 日現在「平和的生存権保障基本法骨子案」として作成し、 『ジェンダー法研究』第4号に掲載したものである。なお、細部については研究補充中で、 骨子案は「未完」である、としている。
 骨子案は、前文から始まって、「第1総則 目的 1、定義 2、平和的生存権の保障に関する基本理念 3、国の責務 4、地方公共断代の責務 5、国民の責務 6、年次報告」 「第2平和的生存権保障基本計画」「第3基本的施策 1、平和創出国家の実現に関する施策①国内的施策②対外的施策 2、多元共生社会の形成に関する施策①国内的施策②対外的施策 3、平和的生存権の保障のための基盤整備に関する施策①国内的施策②国内外における施策③対外的施策 「第4平和的生存権保障推進会議 ①設置②所掌事務③組織④議長⑤議員」「第5その他①施行期日②所要の規定の整備」という構成になっている。
 この骨子案については、「未完」であることから今日のお話と議論では、法案の解説というより、そこに至る動機、構想・プロセス、論点、さらに考察すべき課題といったもので、当然こんにち的な状況、例えば現実に成立している一連の「安保法」がある以上前に進めないから廃止すべきだし、日米安保条約の対応とそれに付随する問題、沖縄の米軍基地撤去問題をどう取り扱うのかといった喫緊の課題も含まれた。また朝鮮半島の非核化と平和問題、アメリカと中国の軍拡・覇権の問題もあって、世論の動向も「非武装・非暴力」を基盤とするこの「平和的生存権保障基本法(骨子案)」の賛同がどこまで得られるかという課題は大きいものがある。
 もっと言えば、平和的に生存するには、戦争、紛争がないばかりでなく、世界から貧困、差別をなくし地球的環境が保たれねばならない。民族的・宗教的紛争、国境を巡る紛争、資源争奪を巡る紛争といった現実世界を前にして「平和的生存権」を法律だけで保証できるのか、巷間で議論するとなれば、こうした端的なやりとりも出てくると思われる。
 今日の講演、意見交換は当然継続される。それぞれの宿題でもある。また「宣言」ではなく「法案」として成立させるには法案の内容と法の解釈の齟齬を避けるための用語解説の「副読本」も必要であり、国政の場での多数派形成が必要である。また国民全体にさらにわかりやすい「簡易版」の作成も必要だ。
 とそこまで先走りしなくても、例えば、自衛隊の軍拡から縮小へ、さらに「海上保安庁」レベル(軍隊を持たないコスタリカのような)への現実性はどうなのかもあるが、日本国憲法の上にあるような、被占領下そのままのような「日米安保条約」をどうするかという当面の課題があるので、次回の5月例会は、これをテーマにしたものになる予定だ。
 なお、「第1、5、国民の責務」については、義務的になるとの指摘で削除または書き換えが検討されることとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 6日 (火)

時宜にかなった高野 孟講演会

 朝鮮半島の緊張緩和と東北アジアの平和に向けて
 日朝教育・文化交流を進める愛知の会主催、ジャーナリスト・高野孟さんの「朝鮮半島情勢と日朝関係」をテーマとする講演会が開かれた。
 折しも、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が派遣した特使団と、共和国首脳との会談が進行していて、帰宅してみれば、「文大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が4月末に、南北軍事境界線にある板門店(パンムンジョム)で首脳会談を開催することで合意した」「首脳間のホットライン設置でも一致した」「米国との非核化をめぐる協議と米朝関係正常化のための対話に応じる用意があると表明するとともに、対話が続いている間は核実験や弾道ミサイル発射を凍結する意思を示した」さらに「米韓が4月からの合同軍事演習を例年と同じ規模で実施することを『理解する』と表明した」とあった。
 高野さんはパワーポイントを使って「朝鮮半島で『戦争』を防ぐ方法」といういシンプルで明快なテーマを、朝鮮半島と日本が関わる歴史、マスコミの体たらく、韓国の文大統領の政治・努力、共和国の内情・立場、そしてトランプ大統領と「日本は?安倍は?」と説いていき、何が平和解決のポイントなのかにアプローチしていったのであった。
 私は、去る3月1日に開催された、康宗憲(カン・ジョンホン)さんの講演会の報告と感想などを4回に亘ってブログにアップして、私なりのまとめをしたが、康さんと高野さんの話がほぼ一致していることに、ある種の感動を覚えた。加えて高野さんが、朝日新聞ソウル支局長・牧野謀なる人物の近刊「北朝鮮核危機!全内容」なるものが、いかに歴史に疎く、情勢分析を誤認しているかを「呆れた朝日ソウル支局長」「歴史を知らないことの罪」として断罪した。さらに昨今のマスコミ記者の取材能力の劣化はひどいもので、安倍政権の「マスコミ弾圧」以前の問題だという。記者会見で政府側と質疑、問答をする能力に欠け、政府側の一方的な発表をそのまま記事化している傾向に危機感さえ覚えると。私を含め多くの参加者は、“えっ、あの朝日が?”と思ったであろうし、マスコミを情報源としていることが多いであろうから、内心で“う~ん”と唸ったのではないだろうか。
 では世界の戦略家、外交評論家らは「北朝鮮」「金正恩(キム・ジョンウン)」をどのように見ているのかについて、断片的ではあるが紹介された。一例を挙げれば、アメリカ・カリフォルニア州にあるランド研究所・上級研究員・マイケル・マザールさんは、「金正恩は狂人か?」の設問に「・・・北朝鮮に対する抑止は機能するし、すでに機能してきた。この政権は残虐で凶暴ではあるけれども、非合理ではないし、それほど予測不能というものでもない。北が何よりも優先しているのは政権の存続であり、だとすれば古典的な抑止こそが北の核能力に対処するための完璧な出発点になる」つまり、これは、(共和国は)話が通じる相手だというのが世界の戦略家の多数意見だと高野さんは言うのである。なんだか、安倍首相や菅官房長官らの口癖とはずいぶん違うように思うのだが。
 さて前から“何やってんだろう、いい加減にせんか、○○!”と思っていたのが、政府の「Jアラート」とその「避難訓練」である。そもそもICBM(大陸間弾道ミサイル)が、朝鮮半島北部からアメリカ・ワシントンに向けられて発射されたとしても、日本列島の上空は通過しないと説明されて“目からうろこが落ちた”ものだった。地球儀を持ち出して朝鮮半島北部とワシントンを直線的(当然円弧になるが)に結べば一目瞭然であろう。またミサイルの破片落下あれこれも、ほとんどが大気圏に落下して燃え尽きてしまうものだと。
 では共和国が「日本に向かってミサイルを撃ってくる」とまことしやかに語る御仁も多いようだが、高野さんは断言する「共和国は(ハッキリ言って)日本を全く相手にしていない。安倍が『重大な事態』『新段階の脅威』と騒ぐのは滑稽ですらある」と。「脅威」とは、康さんも言っておられたが、「脅威=能力×意思」である。つまり、共和国には日本にミサイルを撃ち込んで壊滅させようとする合理的な理由がない。米朝間で戦争が起き、米軍基地が狙われることはあっても。
 歴史検証によれば、アメリカが「朝鮮戦争」で、先制的に核兵器使用のオプションを多く用意したことが明らかにされているが、その“狂気”は、アメリカの「良心」が阻止した。そのその“狂気”は現在もあり続けてはいるが、むしろ心配なのが「“狂気”のアメリカに追従一辺倒」の日本政府である。
 最後に、南北会談が順調に進んでいってほしい。だからその妨げをしてはならない。安倍や菅の“したり顔”はうんざりで消えてほしい。日本の外交を立て直してほしい。私たちはもっと自覚していくべきだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

3・1朝鮮独立運動99周年の集会(4)

 

アジア・朝鮮半島の平和は、日本の平和
 日本(人)はどうあるべきか、と考える時、それは康さんの講演の内実を獲得するということであり、客観的な視点を持つことと同時に当事者意識をきちんと持つことであると思う。
 先にも書いたように朝鮮半島の事情は、日本にとって歴史的にも密接な関係がある。豊臣秀吉の「朝鮮出兵」や、江戸時代の「朝鮮通信使」の時代まで遡らなくても、帝国日本の「植民地支配」や「強制連行・強制労働」「軍隊慰安婦」「朝鮮女子勤労挺身隊」問題は現在的な課題である。
 そうであれば、まずそのような歴史的課題の外交的解決・歴史認識にこそ全力を挙げ、次に「朝鮮戦争の休戦状態」を解消し「平和条約」が締結されるような日本としての外交努力をすることではないかと思う。
 もっとも、康さんが指摘しているように日米安保条約・地位協定があり、沖縄を中心とした日本列島に広大無数の米軍基地・関連施設があって、米軍の前進基地化している状況の下では、共和国だけでなく中国でさえ警戒心を解くことは難しいだろう。軍事同盟ともいえる「日米安保条約」を「日米平和友好条約」に変えていく道筋を立て、日朝国交正常化、人的交流を盛んにして「北朝鮮の脅威」という“売り言葉”は控えるべきだ。
 現実の安倍・自民党政権は、沖縄・高江ヘリパッド、辺野古新基地建設等々在日米軍の強化を容認(求め)、自衛隊の軍備強化策は「専守防衛」という枠すら取っ払ってしまっている。つまり“衣の下の鎧”を益々固めている状況では、進展は望めないのではないか。付け加えれば、現在進行中の「南北会談」に水を差してはならない。
 結論としてはまずは、米韓、日米韓軍事演習の規模縮小から中止へ。2005年の「六か国共同声明」(中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、日本国、大韓民国、ロシア連邦及びアメリカ合衆国)をもとに話し合いの場を設ける(再開)ことが現実的ではないかと思う。
 また私たち民衆レベルでも、こうした機会をとらえ、すっかり“刷り込まれている”認識を改め、現状を知ることによって、それこそ「未来志向」を草の根レベルで進めていく必要がある。そして、政治改革に結び付けていきたいものである。 完

 追記:康さんのレジュメの最後に「鳩山政権はなぜ普天間基地の撤去に挫折したのか?⇒朝鮮戦争の停戦体制を維持した状況では困難」とあった。その鳩山友紀夫(由紀夫)さんが3月17日名古屋に来られる。
・日 時:3月17日(土)午後2時~
・会 場:アビタン(全労済愛知会館)2F大ホール
金山駅南・沢上方面へ徒歩3分右側 TEL:052‐681‐7741
・テーマ:「脱・大日本主義」~「成熟時代」の国のかたち~
・参加費:500円
・主 催:リベラル政治懇話会<共同代表:石田芳弘、大脇雅子、近藤昭一>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 5日 (月)

3・1朝鮮独立運動99周年の集会(3)

共和国と韓国・文在寅大統領の外交と日本
 平昌五輪開催中に賑わした一つに、南北と米朝の対話が進むきっかけとなったかどうかであった。単なる客席でのキャッチボールに過ぎなかったのか。
 対話が俎上に上がるための条件がいくつか報道された。例えば対話には、共和国の「核・ミサイル放棄」が前提というのは、「国家と主権」に関わる問題であるし、相互関係でもあろう。アメリカに「核・ミサイル放棄」の覚悟があるのか、「日本に核技術、プルトニウム、ロケット(ミサイル)放棄」の覚悟はあるのか、ということである。そうでなくとも、アメリカの核ミサイル搭載の原子力空母の日韓両国への寄港中止、在韓、在日米軍基地の撤去、合同軍事演習の中止などの宣言、実行ができるだろうかどうかだ。
 日米首脳が声高に言う「最大限の圧力の継続」は、共和国の「核・ミサイル放棄」の唯一の手段であろうか。ここで持ち出すまでもなく現実はイソップ寓話のひとつ「北風と太陽」の、北風を吹かせている局面であろう。安倍首相にこの話を持ち掛けても無駄であろうが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領はどうか。彼の現実的評価は定め難い面がないわけでない。それは、現職大統領として現行の「韓米同盟」の重さは、「対米追従は分断体制下での構造的問題(康さん)」であって背荷物を簡単には降ろせないからであり、トランプ大統領の発言の不確実性にも揺さぶられているからでもあろう
  文大統領が平昌五輪での「統一チームの結成」「合同入場行進」などの“きっかけ”をもって、「北の特使派遣」と共に数少ない機会を生かし「南北首脳会談」への道筋をつけようとしている努力対し、安倍首相の「それは北朝鮮の核・ミサイル開発の時間稼ぎ」という対応の在り方が、はたして良質な外交といえるだろうか。
 1978~1979年のころの、日中国交回復の外交努力は相当なものであったが、電撃的ともいえた米中国交回復が際立ったことが甦る。またしても置き去りされかねない日本という醜態がないように、安倍ではなく外務省・与党の良識派に一縷の望みをかけるしかないのだろうか(民間外交については後述)。 続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 4日 (日)

高校のクラス会

 伴侶の介護の人も
 以前は5年に一度、最近は3年に一度開催されている高校のクラス会が開かれた。
 クラス会といっても私の場合は、夜間定時制高校であったので、二クラスしかなく当初から合同で行われて来た。入学時は110人くらいいたと思うが、卒業時は77人(女性28人)であり、 この日は24人(女性8人)が集まった。
  夜間高校の場合、全日制と違って入学年齢はまちまちで、15歳でストレート入学の人が大半ではあるが、私は18歳、20歳以上の人も結構いた。
  この日の出席者の大半は愛知県内在住であるが、東は千葉から二人、南は鹿児島から一人、三重からも一人が参加していた。元々中学を卒業して県外から名古屋に来て就職し、夜間高校に通う人が多くいて、卒業アルバムでは、出身地別にグループ写真を撮ったほどであった。
  会は、例によってそれぞれの近況報告があり、あちこちで歓談が始まって賑やかに時は過ぎていくのであるが、男女を問わず“介護”に携わる人も少なからずいた。親の介護から伴侶の介護というケースも目立ち、そんな歳になったのだと改めて思った。欠席者の中には、そうした事情の人や病床の人もいるのかもしれない。“元気ですか?”“元気だからここにきている”と会話できることは幸せなことだと思った。
  二次会はカラオケ(私は不得手)で、のど自慢の人はやはりいたね。三次会は5人で、ワインで締めた。

| | トラックバック (0)

2018年3月 3日 (土)

3・1朝鮮独立運動99周年の集会(2)

 共和国の核・ミサイルは「生存戦略」か
 本集会の核心は、「朝鮮半島の戦争危機と核・ミサイル問題の本質」と、後段の「南北関係の展望」及び「朝鮮半島の平和と日本の平和」ということになるが、先に書いたように“うっとり”して聞いていてメモが取れずにいたので、詳しいどころから概略すらも書けないので、レジュメをみながら、私感を書いてみたい。
 まず私が思うことは、朝鮮半島における「戦争の危機」そのものの“実感”を私たち日本人がどれほど持っているか疑わしいということである。そこには、かつての戦争・敗戦で徹底的に打ちのめされ、悲惨を味わいかつまた戦争が再び起きればそれは「核戦争」となりうる。そんなことはあってはならないし、あろうはずがない、という強い思い込みがあるのではないか、特に「戦争世代」は。また仮に朝鮮半島で戦端が開かれたとしても、未だに“日本は関係ない”と他人事のように考えしまうのではないか、火の粉が降りかかるまでは。そして最も危なっかしいのは、そうした政治や国際情勢に注意を払っていないようだし、関心もなさそうに思うからだ。“くらし”で精いっぱいという人もおられようが、テレビニュース、新聞は見ることが出来るだろうから、やはり関心があるかないかだ。
 そうした実態を感じるにつけ、康さんの話は、私自身への“忠告”ないしは「覚醒」させるものであった。
 本質問題については「戦争危機の要因」「『北朝鮮の脅威」と『北朝鮮への脅威』」「朝鮮はなぜ、核・ミサイルの開発に執着するのか?」の3つを指摘された。
 戦争危機の要因には「構造的要因」と「直接的要因」があるという。朝鮮戦争が休戦状態にあることは知っていたが、この間に「韓米相互防衛条約」「中朝相互援助条約」が結ばれるなどして「休戦ライン」は、常に緊張状態にある実感は私たち日本人には薄いのではないか。そして、これはさすがやりすぎではないかと思うものに「米韓合同軍事演習の恒例化」と実戦想定訓練の強化であろう。その規模からして共和国を刺激するに余りある。
 さて安倍首相が口を開けば言うところの「北朝鮮の脅威」とは、「核とミサイルを持っている、開発を進めているから」くらいしか言っていない。康さんが言うには、「脅威」とは、「軍事的能力」と「攻撃的意志」があってこそであり、共和国は能力を高めつつあっても、意志は持っていないから「脅威」に当たらないとした。別の言い方をすれば、共和国には先制攻撃の意志はない、それは先制して攻撃に出れば、米韓の圧倒的な軍事力によって全土が壊滅状態になりかねないことを十分に承知しているからだ。
  ではなぜ共和国は「核・ミサイ」の保持と開発に執着するのか。端的に言えば、米軍の先制核攻撃の抑止であって、いわば「生存戦略」というものである、と。蛇足ではあるが、日本は、核兵器は持っていないが核開発の能力はある。ICBM、IRBMといったミサイルは持っていないが、それに匹敵する「ロケット」は持っている。アメリカ、中国、ロシアは圧倒的な核とミサイルを持っているが、日本にとってそれは「脅威」ではないのか?米・中・ロは、日本を攻撃する意思を持っていないという認識の上に立っているからではないのか?安倍は共和国に「攻撃的意志」があると、どのような観点から強調し「脅威」といいまくるのであろうか。 

(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 2日 (金)

3・1朝鮮独立運動99周年の集会(1)

 東アジア・朝鮮半島の平和があってこそ
 3月1日は、恒例となっている「3・1朝鮮独立運動」に呼応する集会が開かれる。昨夜、その集会が名古屋で開かれた。副題に「支持しよう南北対話を! 妨害するな安倍政権」とあり、歴史を学ぶだけでなく、現行の国際政治情勢を意識しての企画であり、それは東アジア・朝鮮半島の平和・核兵器の廃絶という、日本にとっても密接な課題なのである。
 実は、2月25日のブログで「平昌冬季五輪終わる-“祭りのあと”をみていきたい」と書いて、「共和国(北朝鮮)との関係・問題もあって、何とも複雑な平昌五輪であったが、“祭りのあと”の韓国の政治・社会情勢も目が離せないのではないかと思う。」と締めくくった。しかし共和国(北朝鮮)との関係・問題については触れなかった。それは書ききれなかったというのが本音であったが、昨夜の集会の講演を聞いてから考えてみようと思っていたことも理由の一つだった。
 講師の康 宗憲(カン・ジョンホン)さんは、去る1月27日に開催されたドキュメント映画「自白」上映会の第2部の「証言―康宗憲さんへのインタビュー」を受けた在日韓国人。自身も政治犯として、一度は死刑が確定した過去を持つ。1989年日本に戻って韓国問題研究所設立。以後,同研究所の代表として資料誌「韓国の声」を刊行中であり、現在、大阪大学と同志社大学で非常勤講師を強め、平和と人権に関する科目を担当しているという。
  講演は、「2018年の朝鮮半島情勢を展望して」がテーマで、「はじめに-朝鮮半島と日本」は、いわば相互関係の歴史のおさらいであった。ここで瞠目したのは、日清戦争、日露戦争における、朝鮮王朝と日本軍との知られざる経過であった。
  幕末から明治維新、明治の45年の「日本史」は、司馬遼太郎に代表される史観、文明開化、脱亜入欧、富国強兵、殖産興業と世界に類をみない勃興期を描き、その中心に日清戦争、日露戦争の戦勝が据えられる。“あのころの日本は素晴らしかった”というような歴史教育を受けてきたのは事実で、私自身、福沢諭吉の“業績”に疑問を挟んだことはなかった。
  それでも「西郷隆盛の“征韓論”って何だったのだろう」という疑問や、それほど以前ではない「司馬遼太郎批判」に触れることで、歴史教科書にない歴史を知ることは、わずかだがあった。しかし、康 宗憲さんの「3・1朝鮮独立運動の意義」の話は、私にはとても新鮮に思えてメモも取らずにひたすら聞き入ってしまった。
 民族代表33人が署名した「われらはここに、わが朝鮮国が独立国であること、および朝鮮人が自由民であることを宣言する。これを以て世界万邦に告げ、人類平等の大義を克明にし、これをもって子孫万代に教え、民族自存の正当なる権利を永遠に所有せしむるものである。半万年の歴史の権利によってこれを宣言し、・・・」で始まる独立宣言書(1919年3月1日/朝鮮建国4252年)を初めて読んだが、公約にもある正義、人道、生存、尊栄のためにする民族的要求であったこれらの行動を抑圧(弾圧)した帝国日本に道理はない。
 多分間違いないと思うのだが、一般的な私たち民衆の朝鮮人、中国人への差別観は、意識されないほどに根深いものがあると思う。安倍首相・自民党、右翼の一連の安直な言動は、そうした土壌の上に立っているのではないかと、ふと思ったりもしたのだった。 
(続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 1日 (木)

安倍退陣の始まりか?

 裁量労働制の今国会断念と・・・
 あの強気一点張りの安部首相が、今国会で最大視して成立を目指していた法案「働き方改革関連法案」のうち、「裁量労働制」の対象拡大に関わる部分を削除する方針を決めたという。
  法案の内容についても問題が多い。厚労省が示していたデータが、法案の、とりわけ「裁量労働制」の核心部分をなすにしては杜撰過ぎたというものであるが、私はなんとなくではあるが、二つの問題意識を持っていた。
  その一つは「裁量労働制」そのものである。そもそもこの裁量労働制が成立したのは1980年代後半か1990年代だったと思う。当初は、デザイナーなど“特殊な一部の業種”の11業務に限って認めるとしていたのであるが、“いずれ拡大する”という懸念があって、私は仲間のMさんと“労基法が、えらいこっちゃ!”(正式名は忘れた)というパンフレットを作成した記憶が甦る。案の定、2000年4月には労働基準法が改正され、ホワイトカラー職場の一部、企画・立案業務など一般企業のホワイトカラーにも適用されるようになり、今回、さらに範囲を広げようとしているのである。
 「労働時間」への問題意識
  そのころ何故問題意識を持ったかといえば、「労働時間」を厳格に遵守することが働く者の健康、安全に必須だと考えていたからである。例えば、労働時間の「私終業時間管理」では、タイムレコーダーの位置が工場の門前だったのが、現場のロッカー近くに移動することにより、鉄鋼、造船、自動車、電機などの大規模生産工場では、タイ・レコの位置次第で、10分前後の早期出勤が強いられる。さらに、作業服の着替え、終業時の手洗い、過重労働の造船現場では終業後の入浴時間などが、「労働時間」となるかどうかの裁判もあった。そして、残業時間、休日出勤などの長時間労働は、現在の「過労死(カロウシ)」につながるのであるが、健康を損ねるとしてその規制が労使交渉に上がっていた。この時、低賃金状態に置かれていたこともあり、“残業が減れば食っていけない”という声も少なくなかった。とりわけ当時の「臨時工」といわれる、現在の「非正規雇用」の人たちの声は深刻であった。そこで「御用組合」に反対する側は、臨時工制度の撤廃と、大幅な賃上げを要求した。同時に学歴格差、男女格差にも問題を提起した。思えば、「労働運動、組合活動の華やかなりし時代」だったかもしれない。
  政府の介入に警戒
 もう一つの問題意識は、「労働問題」に関して、政府が介入、主導することの疑問と警戒である。一口に「労働問題」といっても、多種多様な業種、業態と大小の規模、さらに新規の問題もあって、「労使交渉」だけでは、解決できないことは多々あるだろう。行政府も立法府もさらに司法も、「人間、働く者等しく健康で文化的な・・・」の方策をめざす、求めることが基本である。だがそうとはなっていないから、過労死も労災・職業病も過労運転事故もパワハラもブラックバイトも後を絶たないのである。
 今般の政府が成立をめざす「働き方改革関連法案」は、もっぱら、グローバルな経済闘争、より高い業績(利益)をめざす財界(企業連)の要請に基づく、強いては「アベノミクス」の破たんを繕うものという、一方に肩入れする法案であることを見過ごすことはできない。
 安倍内閣打倒の端緒に
  このような安部の失点、綻びを見逃してはならない。それは江崎鉄麿沖縄・北方担当大臣が「辞任」したことも同時に考えたい。江崎の就任時の「自分は素人」「役所の答弁を朗読する」の発言に始まる失言の連発は、安倍にとって“厄介者”であったに違いない。だが早々の解任(更迭)は、内閣のイメージダウンにつながりかねないので、江崎の検査入院、再入院をもって“やむなし”として、処理した、という見方は、早くからあったのではないかと思う。ただ、人の病気を引き合いに出すのは憚れるから誰も口にしなかったにすぎない、私はそう考えている。
  “安倍退陣!”が最大の政治目標というのも、なんだか寂しい気がするが、安倍の「悪政」は止めねばならず、当面国政選挙がないので、今回の状況が、安倍退陣の始まりだとして、国会外での運動、全国的な地域運動をもって盛りあげるしかない。
(3月冒頭に長く書いてしまったが)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年2月 | トップページ | 2018年4月 »