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2018年3月 3日 (土)

3・1朝鮮独立運動99周年の集会(2)

 共和国の核・ミサイルは「生存戦略」か
 本集会の核心は、「朝鮮半島の戦争危機と核・ミサイル問題の本質」と、後段の「南北関係の展望」及び「朝鮮半島の平和と日本の平和」ということになるが、先に書いたように“うっとり”して聞いていてメモが取れずにいたので、詳しいどころから概略すらも書けないので、レジュメをみながら、私感を書いてみたい。
 まず私が思うことは、朝鮮半島における「戦争の危機」そのものの“実感”を私たち日本人がどれほど持っているか疑わしいということである。そこには、かつての戦争・敗戦で徹底的に打ちのめされ、悲惨を味わいかつまた戦争が再び起きればそれは「核戦争」となりうる。そんなことはあってはならないし、あろうはずがない、という強い思い込みがあるのではないか、特に「戦争世代」は。また仮に朝鮮半島で戦端が開かれたとしても、未だに“日本は関係ない”と他人事のように考えしまうのではないか、火の粉が降りかかるまでは。そして最も危なっかしいのは、そうした政治や国際情勢に注意を払っていないようだし、関心もなさそうに思うからだ。“くらし”で精いっぱいという人もおられようが、テレビニュース、新聞は見ることが出来るだろうから、やはり関心があるかないかだ。
 そうした実態を感じるにつけ、康さんの話は、私自身への“忠告”ないしは「覚醒」させるものであった。
 本質問題については「戦争危機の要因」「『北朝鮮の脅威」と『北朝鮮への脅威』」「朝鮮はなぜ、核・ミサイルの開発に執着するのか?」の3つを指摘された。
 戦争危機の要因には「構造的要因」と「直接的要因」があるという。朝鮮戦争が休戦状態にあることは知っていたが、この間に「韓米相互防衛条約」「中朝相互援助条約」が結ばれるなどして「休戦ライン」は、常に緊張状態にある実感は私たち日本人には薄いのではないか。そして、これはさすがやりすぎではないかと思うものに「米韓合同軍事演習の恒例化」と実戦想定訓練の強化であろう。その規模からして共和国を刺激するに余りある。
 さて安倍首相が口を開けば言うところの「北朝鮮の脅威」とは、「核とミサイルを持っている、開発を進めているから」くらいしか言っていない。康さんが言うには、「脅威」とは、「軍事的能力」と「攻撃的意志」があってこそであり、共和国は能力を高めつつあっても、意志は持っていないから「脅威」に当たらないとした。別の言い方をすれば、共和国には先制攻撃の意志はない、それは先制して攻撃に出れば、米韓の圧倒的な軍事力によって全土が壊滅状態になりかねないことを十分に承知しているからだ。
  ではなぜ共和国は「核・ミサイ」の保持と開発に執着するのか。端的に言えば、米軍の先制核攻撃の抑止であって、いわば「生存戦略」というものである、と。蛇足ではあるが、日本は、核兵器は持っていないが核開発の能力はある。ICBM、IRBMといったミサイルは持っていないが、それに匹敵する「ロケット」は持っている。アメリカ、中国、ロシアは圧倒的な核とミサイルを持っているが、日本にとってそれは「脅威」ではないのか?米・中・ロは、日本を攻撃する意思を持っていないという認識の上に立っているからではないのか?安倍は共和国に「攻撃的意志」があると、どのような観点から強調し「脅威」といいまくるのであろうか。 

(続く)

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