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2018年2月28日 (水)

2月尽

 あれこれ“書いた”1か月だった
 寒かったぁ!の2月も今日で終わる(2月尽)。
 私的日録、ブログ、立憲民主党のマスコミ情報の2月を見返してみる。私的な日録は「日記」と「特記」とに分けているが、地域活動な“外出”が特記である。例えば、緑の党東海の総会(3日)、APWSL愛知の「ACTION  REPORT」に印刷作業(5日)、発送作業(6日)、立憲民主党・タウンミーティング(10日)。予定していた6件がキャンセルで、他に映画鑑賞が13日、16日(第3回シネマ散歩緑の会)。家事・家内が多かったが、寒いだけだったかな?
 立憲民主党のマスコミ情報は33件を拾ったが、国会の論戦記事が多かった。3日に「新政あいち」が発足したが、立憲民主党の9人の県議、市議は参加しなかった。それでいい。おいおい立憲民主党の参加が増えていくことだろう。
 ブログは今日を入れて15件だから、「隔日アップ」は維持された。だが地域活動に関するものは6件だけであるから、私的な「日記・つぶやき」の類が多かったということになる。
 それは、「ACTION  REPORT」第26号(以後、休刊となった)、「C&Lリンクス愛知」第80号、「シネマ散歩・緑の会」の会報第3号、ミニ詩集・第15号「開扉」の編集と執筆、発送作業等にかなり時間を割いた裏付けでもあるのだが。
 3月は、“花粉症”も気になるところだが、外出を多くしたい。「年齢と外出度は反比例する」という法則があるかどうかは知らないが、私としては、覚えているわけではないが「外出度(できれば体力も)は、60歳レベルを維持する」ことを心掛けたいと思っている。

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2018年2月27日 (火)

ミニ詩集第15号「開扉」

気持ちは新たでも中身は微変
 5か月ぶりに第15号「開扉(かいひ)」の発行に漕ぎつけ、100部を作成した。明日以降、順次発送していく。
 今回は、詩は5篇「次の一歩の二〇一八」「躓く・転ぶ」「その朝・Ⅱ 」「年の瀬に」「廃線」で、隋筆は、ブログからの転載で2篇「しょうがない」について、「思いあたることがあります」そして、選外川柳特集・2と言葉遊びで「十拍の数え方」、あとがきで全16ページとなった。
 あとがきでは、(前略)●当初は、年末に仕上げて、年頭のあいさつ代わりに発送を考えていたので「年の瀬に」が冒頭に予定されていた。しかし状況の変化で「次の一歩の二〇一八」が必然的に冒頭となった●同時に本号のタイトルが「開扉(かいひ)」としたのも理由があって、地域労働運動の運営委員とAPWSLというグループの役員を退任し、立憲民主党に注力するという、新しい一歩を踏み出したということがある(中略)●「シネマ散歩・緑の会」が起動したことも、これまでやったことのない小庭の土起こしを手掛けるのも、無関係とは思えないのである●詩以外に替え歌や川柳、今号の「十拍の数え方」などは遊び心ではあるが、イメージづくり、言葉探し、気分転換にはいいかな、そんな風に思っているのである・・・。(C500‐№008)

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2018年2月25日 (日)

平昌冬季五輪終わる

 “祭りのあと”をみていきたい
 率直に言って私はオリンピックに関心がないわけではない。関心の方向は二つあって、一つは「スポーツの祭典」そのものである。中学生三年間と入社して三年間はバスケットボールに集中していたこと、労組青婦協でスキー、スケートを少しばかり嗜んだこともあり、プロ野球は中日ファンで一年に一度くらいだがナゴヤドームへ行く。組合活動に参加しなかったら、今でも何かスポーツを続けていたかもしれない。また縁戚に五輪出場選手がいたことも無縁とは言い難い。
 もう一つは、オリンピック開催に当たっての「負」への踏み込みである。一般的には「環境破壊」「財政負担」「政治利用」などへの批判であり、多くの論評、運動が五輪史の裏側に刻み込まれている。私自身は、「1988年名古屋オリンピック誘致」反対運動を含め、その渦中にいたわけではないが、ちょっと気になることは、小中高大の教育機関の運動部の一部に五輪選手・プロ選手の養成、育成の“下請け機関化”しているのではないか、それは児童生徒の個性、多様性、協調性などを削ぎ落とし、選別と序列化を押し進める風潮を煽っているのではないかという危惧である。特に大学は「何をなすべき場所なのかわかっているのか」の思いは強い。
 また、メダル獲得と記録や難度などを競うことが、選手の肉体を破壊寸前まで追い込んでいるのではないか、それは、現役引退後の後遺症として現れていないか、生命の劣化に影響を及ぼしているのではないか。また社会生活にスムーズに溶け込んでいくことが出来るのかも心配である。とりわけ、全てをかけて挑んできたにも拘わらず選手選考、記録の水準以下で“落伍”した多くの人たちは、新たな人生目標を周回遅れとまでいかないまでも、ある程度のハンディをもって再スタートを切ることになる。その筋のバックアップがあればまだしも、ではあるが。
 そんな思いもあって、間もなく高校受験を迎える、あるスポーツにかかりきりの孫に“高校は、学業で選ぶのか、運動で選ぶのか”と聞いてみた。“まだ決めていない”だったが、一直線で突っ走るタイプではなさそう。というような事情を抱える家庭はゴマンとあるはず。
 ウインタースポーツのスケート・ジャンプだけでなく、卓球や体操の白井選手、最近では、将棋の藤井聡太さんらの登場で、10代の躍進がめざましく、五輪批判とは別の思いがあって、特に「親」の立場は、わが世代の「放任主義」とは全く違う状況が生まれている。情報に振り回されずに、親子の対話で乗り切って欲しいものだ。
 共和国(北朝鮮)との関係・問題もあって、何とも複雑な平昌五輪であったが、“祭りのあと”の韓国の政治・社会情勢も目が離せないのではないかと思う。

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2018年2月22日 (木)

対症療法考

 「アベ政治を許さない」ために・・・
 風邪をひき、発熱したときは、「食事と水分をしっかり摂って、ひたすら寝る。汗を書いたら素早く着替えをする」ことだが、時期的にインフルエンザかなと判断した時は、迷わず医師の診断を受ける。肺炎への警戒が第一。
 腰痛を発症したら、まず整形外科で診断受け、特殊な病状でない限り、経験的に「腰痛体操」と1日一万歩、睡眠確保で対処する。
 食べ過ぎ、飲みすぎによる胃もたれ、胸やけには、食事に気を配ることと、とりあえず“生薬”で様子を見てみる。
 このように症状のレベルによっては素人でも対症療法は可能であろう。だが症状が激化したり、長期化したり、異常を感じた時は、早期に医師の診断を求め、医師の指示、薬飲を怠らないことであろう。さらに深刻化するようであれば、総合病院の専門医の診断を求めることが必要である。
 問題は、発症又は症状が顕在化する以前に食い止める医学的な「予防」に向き合えるかどうかであろう。インフルエンザには、「手洗い、うがいの励行と食事、睡眠」が予防策。胃には「食べ過ぎ、飲みすぎ」を止めればいい。喫煙に関するものはやめればいい話、と分かっていても実行できない、長続きしないことが悲しい現実。
 その最たるものが「生活習慣病」といわれる「糖尿病」「高血圧症」であろう。これら「生活習慣病」の類は、激化、合併症を発症しない前に、生活習慣を検証して、悪しき習慣を是正すれば予防できる。それが出来れば、であるが。
 特別なことではないこんなことを書いたのは、言うまでもなく、この国が「やべぇ心臓」病に罹り、かなり容態が悪化しているのではないかという素人判断をしているからに他ならない。
 予防効果のある「選挙権」を半数近くの人が放棄してきた。政治や社会、他者のことなどに関心を持たず、自分のことばかりしか考えない「生活習慣」が、ついに毒牙をむき出そうとしている、それがこの国の現状でなかろうか。
 大病は、素人には対処できない。専門病院で専門医に治療をお願いするしかない。だが政治に特効薬はないし絶対的名医などはいない。大衆ができることは、伝染拡大を防ぐため、今以上にアベの闊歩を許さず封ずること、その「人間の防疫壁」をつくることであろう。かつてのように数十万人単位で「国会包囲」をするのも手であろうが、3千万人署名の1%が行動を起こせばと思いつつも、現実的には考えが及ばない。どうしたらいいのだろう。

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2018年2月19日 (月)

&Lリンクス愛知・第80号を発行

「立憲民主党と共に」に特化して編集
 2018年を「転機の年にしたい」という、新たな気持ちで取り組んだものに「シネマ散歩・緑の会」があり、2月16日に開催した。そしてメインは、CGSUの運営委員とAPWSL愛知の事務局長・ACTION REPORT編集長の退任と同時に、「C&Lリンクス愛知」への注力で編集方針を改編した。その第80号を「立憲民主党と共に」に特化して編集発行した。
 その内容は、巻頭詩「次の一歩の二〇一八」/憂国のつぶやき-日本列島あちこちに「亀裂」が/巻頭詩点描/立憲民主党」が行く。①総選挙後の、立憲・民主主義、野党の結集、政権交代 ②野党第1党として国会論戦に挑む ③立憲民主党の「原発ゼロ・タウンミーティング」(名古屋会場)/立憲民主党と関連のマスコミ等の情報(項目のみ)、である。
 その他としては、フリージャーナリスト高橋恒美さんの「ツネじじい通信」№15~19と、シネマ散歩・緑の会・映画「星めぐりの町」の紹介記事で、全16ページ。80部の印刷であった。
 そし「立憲民主党」の支援冊子という新しい性格付けもあって、この機に懇意の10数人を除いて、購読の継続を可、不可、メールで購読の選択を読者に求めた。
 この日、他の印刷物もあり、印刷とセット作業にも手間取り、さらに急な家事が入って、夕方から出かける予定だった「安倍9条改憲NO!3000万署名ダッシュ集会」(主催は安倍9条改憲NO!あいち市民アクション )をキャンセルしてしまった。予告では、第1部 ミニ講演「自民党改憲案にみる憲法情勢」/第2部 青年・女性との対談、講師:大脇雅子弁護士/第3部 3000万署名ダッシュ・各地域、職場からの活動交流、とあり、いつもの屋外の集会とデモと違って、安倍9条改憲NO!3000万署名に勢いをつけるものであったろうから、是非とも、と思っていたが、やむを得ざる仕儀となった。(追記:翌日の中日新聞の記事で、参加者は400人とあった)

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2018年2月16日 (金)

シネマ散歩・第3回鑑賞会

「星めぐりの町」を観る
 個人的には、1月29日に観ているので2回目となったが、今年最初の「シネマ散歩・緑の会」の映画鑑賞会「星めぐりの町」が、JR南大高駅前にあるが「イオンシネマ大高」で開かれた。終了後はランチしながら懇親会。
 この日、会誌「シネマ散歩・緑」の第3号で、「星めぐりの町」のガイドと「スターウォーズ・最後のジェダイ」の映画評(感想)とドイツ映画の「はじめてのおもてなし」の紹介に加えて、会員からの投稿「この世界の片隅で」を観て、という内容で発行した。
 余白を使って私は、「映画(シネマ)を散歩する(1)」として「テレビシアターの映画解説 者」を書き添えた。
 インターネットからの引用が多いが、懐かしい名前に親しんだのだった。以下の内容で。
  ~一般興行の映画は、映画館で観るに限る、にさして異論はなかろうと思う。ドキュメンタリーや自主製作映画などで、公共施設を使っての自主映画会というものもあるが、私の分類によれば、それらの多くは「情報・学習・運動のツール」であり(「○○映画祭」といったものもあります)、劇場での鑑賞は、「おもしろい」「未知の世界への誘い」「感動と共感」「創造力」「追憶」の要素が織り込まれて、“記憶(印象)に残る”のが特徴ではないかと思う。
一方、テレビシアターというのもある。毎日のよう番組にあがるが、有料サイトと契約されている方もおられよう。
  テレビで観る映画の解説者では、「それではまた次回をお楽しみに、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!」と強調して言う独特の語り口から全国的に有名になり、「サヨナラおじさん」とも呼ばれた淀川 長治さん(1998年没)を思い出す。
 もう一人は、水野 晴郎さん。(2008年没)1972年から、日本テレビ系の映画番組『水曜ロードショー』の解説を担当していた。1983年6月から降板していたが、1985年4月に復帰。担当番組が『金曜ロードショー』に変わった後も1997年3月まで延べ24年半に亘って解説を続けた。また同番組の解説の締め括りには毎回「いやぁ、映画って本当にいいもんですね~」が、私には心地よく響いたものだった。
  その他代表的な映画解説者に荻 昌弘さんがいるがあまり記憶にない。木曜洋画劇場の「あなたのハートには、何が残りましたか?」の木村奈保子さん(その前は河野基比古さん)、「ゴールデン洋画劇場」では、初代が前田武彦さん、二代目が高島忠夫さんだったが、いわれてみれば思い出すかなあ、という程度。みなさんはいかがですか?~

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2018年2月14日 (水)

CGSUの運営委員会

 運営委員の退任を承認された
 昨日のユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の2月例会の議題は、活動報告、ユニオン学校の3月の第51回及びその後の企画案、ユニオン共同行動、活動誌「結」の新編集長の内定、第11回総会の議案などであった。
 総会議案に関連して会員の把握状況が報告されたが、数字は表示できないが、全体の3分の1が県外者で、愛知の約半数が名古屋市内居住者、女性会員は14%とのことで、「OBが多数で、現役と女性会員を増やすことが大きな課題」と分析された。
 この会は、労働組合・ユニオンの組織化を活動の軸に据えていないので、どうしてもユニオンやグループの代表、OBの集まりとなることは必然的と思われる。私などその典型といえようか。
 従って「結」の内容も、労働争議の現場からの報告、提起などは少ない。となると現場からの要請に従って即応的な活動とはならないので、新しい人、若人、女性が加わるケースは稀となる。
 この日、私の運営員の退任が認められたので、今になってあれこれ言うのもはばかれるが、会の名前の通り「ユニオンと連帯する」ことが目的だから、現状にそれほど問題があるとは思えない。
 例えば、学習の一つとして「ユニオン学校」を運営し、労働法の問題点を取り上げ、労働運動史を発掘して、過去の歴史、教訓を学ぶ機会としていること、見落としがちな直近の政治的、社会的問題を読み解く内容も。「結」で書籍、映画の紹介と推奨などなど、幅広い領域を維持していることの評価は高いのではないか。
 さらに「ユニオン」のつながりの一つとして「ユニオン共同行動」が設定されていること、個別的であれ、争議の支援に駆けつけ、裁判の公判に傍聴参加するなど、“目いっぱい”の活動が取り組まれているのである。
 このうえ、なお拡大発展を目指すとしたら、「拠点の確保」「街宣車、SNSなどの情報伝達手段」「後援者、資金作り」を、計画的に確保していくことではないだろうか。もっとも、こうしたことは自明なことであり、“百も承知”といわれるだろうが、「計画的に確保していく」ということでは、始動しているとは思えないのである。
 さて退任する私は、CGSUとは今後どう付き合っていくかは未定ではあるが、定例の会議に参加しなくなることは、そこに割かれる時間は減少し、関心の度合いも緩やかに後退していくだろう。だが仮に、立憲民主党に肩入れして、何がしかの仕事が回ってくれば、それが「労働」に関連したものにならないとも限らないので、その点での「心づもり」だけはしておきたい。

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2018年2月13日 (火)

映画「ジオストーム」を観る

 この手の映画は好きなんです
 この日も午前中に眼科の診察があって、夕方からCGSUの会議が設定されていたから、その合間を縫って映画館に足を運んだ。
 空想未来科学映画といっていいだろう「ジオストーム」は、西暦2019年の設定になっているから、「未来」映画とは言い難い。多分それは「温暖化による異常気象が世界各地を襲い、地球に脅威をもたらしていた。国際社会はこれに対抗するため、気象制御衛星『ダッチボーイ』を開発し、人類を存亡の危機から救いだしたのだ。」という、地球温暖化の現実的環境問題に照準を合わせたからだろう。
 それにしても、巨大な気象コントロール衛星を宇宙空間に建設するにはまず、現代技術と資金面で不可能であるが、「空想未来科学」は、それが可能かどうかという現在的価値観は埒外にあるから、空想できるものは何でもありなのである。要は「未曾有の災害が同時多発的に起きる地球壊滅災害“ジオストーム”の発生」を予感させ、そうでなくても、最近の火山噴火、地震の多発、海洋潮流の異常、豪雨・豪雪、台風・ハリケーンなどの異常気象から、単なる空想ではなく、かなり大げさに描いた“警告”ということであろう。
 さて映画は、天候をコントロールする気象宇宙ステーションが暴走して、世界各地で地球壊滅災害“ジオストーム”が発生する。だがその暴走は、単なる技術的な欠陥、誤作動ではなかった。
 『ダッチボーイ』を開発したが、役職を外されていた超天才科学者ジェイク(ジェラルド・バトラー)が呼び出され、その弟(実は喧嘩別れしていた)で、政府の対策責任者のマックス(ジム・スタージェス)と共に立ち上がる。ジェイクは、宇宙ステーションに向かい、何者かによるコンピューターに「ウィルス」が組み込まれていることを知る。その何者とは誰かが、「ダッチボーイが次々と都市を破壊するシーンが圧巻だ。香港では高熱の影響によって街がおぼろ豆腐のように崩壊し、ドバイの超高層ビル群を大洪水が呑み込む。日本も巨大な雹が東京に降り注いだり・・・」の映像と共に少しずつ浮上してくるサスペンスも織り込まれる。
 果たして、気象宇宙ステーションの暴走を止められるか、衛星をコントロールするアメリカ政府内に一体何が起こっていたのか。
 CGを使った映像は、戦争映画はもちろん、スターウォーズやジェラシックパーク、バットマンなど、大がかりなシーンの多くに使われているが、実像に近いもになってきているから迫力がある。
 私は2D・字幕で観たが、“面白さ”だけを堪能するならやはり3Dだろう。
 16日に「シネマ散歩・緑の会」で、「星めぐりの町」を観に行くが(私は2度目)、CDは一切なし、日本の里山風景の映画との“対比”というか、映画の世界の広さ、奥行きを改めて感じると思う。
 ついでながら、前にも書いた記憶があるが、中学生のころ、図書委員をしていた時、空想科学小説を好んで読んでいた一時期があった。この手のものが好きというか、“悩まなくてもいい”お気軽さがそうさせたのかもしれない。

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2018年2月11日 (日)

建国記念の日

 土に接し、野鳥が身近に来て
 今日は日曜日であるが、いわゆる「旗日」の「建国記念の日」である。日本国が形作られたのはいつで、どんな歴史的事実に基づいているのかは知らない。戦前では「紀元節」といわれた日であり、その由来について、神武天皇の存在に確証がなく「正確な起源が分かっていないのに建国記念日など定められない」とする学者からの意見が多くあったとのことで「建国記念日」とはいわないのだという。
 以前は、反天皇制の市民グループなどが何らかの集会などを行っていたが、最近は聞かない。MLでは、第52回『建国記念の日』不承認・2.11 愛知県民のつどい 象徴天皇制に対する意識の変化-戦争の記憶を中心として-という集会があったらしいが、私はパスした。
 この日私は、やや風が冷たく強かったが、南側の縁台の前で、小庭の水はけをよくするための掘り起こしをしていた。ゆくゆくは植栽と小さな花壇か野菜の“畝”をつくるための土起こしも兼ねていたのだった。
 かがんでスコップで石だらけの土を掘っていると、背中の方で羽音がしたので振り向くと、鳥が一羽飛び立った。飛び立ったが2メートルほど先の柵の上に止まって、こちらをじっとして見ているのだった。
 どんな野鳥か?見ての判断はすずめではない、確かではないが「ツグミ」だと思った。すずめは群れていることが多いし、用心深く絶えず首を左右に動かして、じっとしてはいないし、もう少し小さいのでわかる。
 掘った土を1メートル足らずのところへ投げると、さっと飛んできて何かをついばんだ。ミミズである。なるほどと思ってなかなかいないミミズだったが、つかまえてすぐ近く投げると、すかさず飛び寄ってきた。そして柵に上に戻ると、どうだろ10分以上、じっとこちらを見ているのである。
 だいたい土いじりなどしたことのない私だが、雑草取りの延長のつもりで、こうして土おこしをして、野鳥に出あって“へぇ~、鳥って学習するんだ”と思ってみたり、近くにいるすずめやハト、カラスなど、決して近づきはしないのに、“一期一会”の渡り鳥が、身近でじっとしていると不思議な感じがした。
 依然として、田を起こし、畑の土づくりをして野菜の一つや二つ、育ててみようとは思わない。腰や肩、腕を痛めるのが関の山、とも思っている。たかだか2時間ほどで汗かいて音を上げてしまうのも道理であろう。
 が、しかし、ともかく庭先に降りたこと自体、なにがしかの“変化”かもしれない。明日も天気次第だが、庭先に降りてみるかもしれない。

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2018年2月10日 (土)

立憲民主党のタウンミーティング

  「原発ゼロ基本法タウンミーティング」
 立憲民主党は、役員体制を整え、政策骨子を取りまとめ、通常国会の開会とその取り組みと同時に、いよいよ本格的な政治活動・全国行脚の一つとして「原発ゼロ基本法タウンミーティング」を1月27日の東京・千代田区・ビジョンセンター永田町を皮切りに開始された。全国では16会場が予定されているが、その7回目に当たる「愛知(名古屋)会場」が午後1時から始まった。
 募集定員60人のところ100人近い人の参加と、24人の発言があったとのことである。一人が2~4つの意見、質問を出していたから、70~80という多様な意見が出されたことになる。メモを取り続けたが、追いつかないことが多く、ポイントを押さえることが大変だった。
 まず数人から同趣旨の意見で、実は私も質問項目に挙げていたのが、「原発ゼロ基本法・骨子案」の第五 基本方針 1、発電用原子炉の廃止その第3項②についてである。ここでは「発電用原子炉の運転については、原子力以外のエネルギー源を最大限に活用してもなお電気の安定供給の確保に支障が生ずる場合で、かつ、当該発電用原子炉施設に係る原子力災害に関する適正かつ確実な地域防災計画が作成されている場合に限るものとすること。※ 相当の期間にわたって支障が生じている場合に限定。」とあり、そのまま受け取るとすると、やむを得ざる場合の限定的再稼働もあるとするならば、①原発そのものは維持管理されることなり、莫大な費用が投入される。②燃料を装填しないで維持するなら、いざ再稼働という場合には、相当な時間を要するが、緊急事態に対応できるのか。③核燃料がどのように扱われるのかは不明だが、「原発ゼロ・廃炉」の主張は、エネルギー問題よりも、地震、津波、噴火などの自然災害と人為的なミスによる事故、本体、関連の設備の劣化、さらに戦争、事変、テロなどで標的になった場合の「原発の破壊」を恐れるからである。もっと言えば、そこまで踏み込まなくてもいいであろうが、「いったいどの原発を何基残すのか」ということも課題にはなろう。そのように想定すれば、この項目は削除すべきであろう。
 一方現実的に考え、政権交代があったとしても、相当期間、政策の連続性と世論形成という現実から、エネルギー供給に支障を生じさせない方策が確立されるまでは、“次善の策”を講じておくべきという意見が治まる事にはならないとも考えられる。
 関
連して、「原発を国有化すべし」という意見もあった。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では、時の首相であった菅直人は、中部電力に浜岡原発の即時停止を求め、中電もこれに応じた。そうした求めに法的根拠があって企業が応諾したものなのか、或いは原発停止で生じた営業的な損失について中電は請求しなかったが、補償する義務、責任の問題はないのか。実際買い取って国有化した場合、買い取り費用だけでなく、解体費用、核廃棄物の最終処分問題、費用も莫大なものになるだろう。その間半世紀にわたって、国家財政は疲弊するに違いなく、そうした政策の現実化には、このように越えねばならぬ高いハードルがあることは間違いない。
 原発・核兵器を「絶対悪」とみる私たちは、その廃絶のための高い目標と共に、その過程にも踏み込んで知恵を出していかねばならない。原発の「安全神話」が崩壊したように、私たちの「原発なき世」を空想の世界においてはならず、「1日も早く原発ゼロへ」への道筋を見つけ、技術者、科学者、立地住民と共に、そして立憲民主党を押し上げて実現する運動を続けたいと思った今日の集会であった。

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2018年2月 9日 (金)

地域活動誌、二誌が発行される

「ACTION REPORT」が休刊に
 ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)の活動誌「結」の第12号と、アジア太平洋労働者連帯会議(APWSL)愛知発行の「ACTION REPORT」第26号が、6日付で発行された。
 「結」は、全16ページで以下の内容となっている。
  格差是正、政治革新をめざすアメリカ労働運動/敗戦直後・半田地方の民主化運動(続)/トヨタにおける事務技術職の「働き方改革」/誰のための「働き方改革」か/日本の林業の現状/エル・ライブラリーの見学/総選挙の苦い現実/ユニオン学校運営委員会 第6回総会を開催/映画紹介 『否定と肯定』/初めの一歩/APWSL休刊のお知らせ/編集後記。
 この見出しからも、ナショナルセンター(連合、全労連、全労協)の流れの中にはない、ユニオン、労働相談、活動家、研究者などが集う地域労働運動として、広くカバーしていることが分かる。この組織は、前身の「全トヨタ労働組合(ATU)を支援する市民の会」から数えて11年目になる。
 一方「ACTION REPORT」第26号は、全12ページで、レイバー・ノーツ発行の本の紹介/巻頭の川柳・茶蘭ポラン/前掲後記/第26号をもって休刊します-事務局から/声明「日韓合意は解決ではない政府は加害責任を果たせ」/海外情報「韓国サンケン労組の争議、その後」/韓国ドキュメンタリー映画「自白」/サプライチェーンの労働問題を考える-ユニクロの事例から/海外情報:中国「暴力で窮乏者を寒空に追い出した政府に抗議する」、他/ACTION REPORT VOL.26 <2017年11月~2018年1月>と言う内容になっている。
 両誌の見出しにあるように、APWSL愛知の「ACTION REPORT」は、この第26号をもって「休刊」となる。その理由は、編集担当者(私)の退任による。すぐさま後任が決まらなかったので、「休刊」となったのである。但し、3か月以内に後任者が決まれば、休刊とはならない。
  私は、1997年に自動車会社を退職、労働運動の現場を離れてなお地域労働運動に関わって、「C&Lリンクス愛知」を発行し、APWSLにも加入し、ATUサポート市民の会、CGSUなどの地域労働運動に身を置いてきたが、20年も経ってしまうと、労働運動感覚がとんと鈍くなり“山の賑わい”にもならない枯木という感覚を持ってしまった。まして海外の労働運動を担う能力も希薄で、次の世代に引き継ぐべき時と判断したのである。
 今後は、立憲民主党の応援を軸に、関連する政治課題、社会問題に注力していく積りであるが、この先あまり多くはないと考える「時間」は、「私事」にも意識的に使い切りたいと思っている。

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2018年2月 5日 (月)

名護市長選挙の結果から

 諦めず、忘れずで気を引き締める
 現実の選挙も裁判も、どこまで民主主義に根付いている制度か疑問とするところが多いが、「結果」がはっきりすることと、たちまち行政面でも運動面でも影響力を及ぼすことが多いので軽視できない。
 4日投開票の名護市長選挙で、現職で普天間基地の辺野古沖移設(新基地建設)に反対してきた稲嶺候補が敗れた。
 選挙も裁判も「争点」があってはじめてその機能が生き、「民意」が形を表す。争点がないもの、はっきりしないもの、ましてや“争点隠し”で、有権者(当事者)に対して何らかの“利益誘導”があったとしたら、この制度は形骸化、死んだものになりかねない。今回の名護市長選挙では、そうした点に疑問を挟む余地があったのではないか。
 とはいうもののやはり結果は結果として受け止めねばならない。得票差が3400票余りとなったことも小さくはない。いきおい本土の人の多くが、それが沖縄の“民意”だから、辺野古基地を受け入れよ、と浅慮に受け止められるとしたら、これまでの私たちの運動がどうだったのかと問われることになる。
 辺野古の基地問題は、名護市占有の問題ではないから、一概に選挙結果だけで基地建設推進の民意、合意が得られたなどともちろん言えない。言えないけれども、安倍首相も菅官房長官もこの成果を、秋に予定されている知事選挙に活かして、一気に決着させるつもりに違いない。
 秋の知事選挙は、大きなターニングポイントになるだろうから、これに勝負をかけるのは当然ではあるけれども、それだけでなく、この先の半年余りの間に、何ができるか改めて考えてみたいが、妙案が浮かばない。立憲民主党を中心とした野党共闘で政権交代を果たして情勢を一変させる方法が王道であろうが、当面国政選挙はなくいかにも不確定なものだ。まずは“諦めない、忘れない”の気持ちを引き締めることからであろうか。

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2018年2月 3日 (土)

緑の党・東海の総会

 離れて見守ることにします
  緑の党・東海本部の総会が名古屋で開かれた。委任状を含めて総会成立の過半数を少し超えたほどの出席者で、実際には、私のようなサポーターを入れても13人の参加だから、それが現実といってしまえばそれまでだが、「党組織」としてそれでいいのかというのが率直な感想。
  議案として1号~7号まで提案されていたが、年度の活動報告、会計報告、次年度の活動方針、予算案がメイン。細かい内容報告、主たる議論は省いて、個人的な感想を挙げてみると、
1) 会計報告から言えることは、支出合計が36万円余であり、実際は「個人負担」が多々あって、会計に計上されないものがあるであろうが、それにしても、「グリーンカフェ」「衆院選活動費」「地方選挙応援活動費」「活動事業費」これらがいずれも「0」なのには驚かされる。支出額のトップが本部へのカンパであり45%を占めた。学習会開催費の4万円余はいいとしても、地域代表の交通費、郵送費これらで全体の4分の3を占めた。
2) 以上の状況から言えることは、活動報告が項目ごとに縷々書かれているが、それらが「党活動」としてどこまでなし得たのか。多くは個人としてかかわったものが列挙されていたのではないか。それでも、会員(党員)として参加し、関わったのならそれを「党」の活動の一部として積み上げればいい。その時に必要なのは、例えばリニア中央新幹線反対運動にかかわったとすれば、それは「環境部」という担当部署の活動として位置付けることである。安倍内閣打倒、安保法廃止などの運動では「政治社会部」とか、名前はともかく「組織的に対応」していることの実績が重要であると私は思うのである。私は随分前から「○○プロジェクトチーム(PJ)」の創設を提案してきた。(その答えは人がいない、ということであった)
3) 会員が岐阜市長選挙に立候補したが(1月25日投票・残念)、党として組織的な応援体制は敷かれなかった。本人がそれを希望しなかったかもしれないが、それでも「影」となって支えるという「指導力」が発揮されてもいいのではなかった。4月に「あま市長選挙」があり、会員が立候補を予定しているので、改めて検討してもいいと思うのだが。
4) 一つだけ提案した。現在取り組まれている「3000万人署名」について、ある特定した地区を決め、そこで戸別訪問して署名を戴く。その場合、2~3日前に、自民党の憲法改正案がいかに平和を脅かすものであり、子どもや孫たちを(戦場に送られるかもしれない)危険にさらすかもしれないことなどをわかりやすく解説したビラと署名用紙をセットで戸別に入れる。そこには「2~3日後に、署名を戴きに上がります」と書いておく。例えば5人1組なら一人100戸~200戸を分担し、それに見合ったビラと署名用紙を用意する。
 この効用は、少し手間がかかるが、比較的効率よく署名が集められる。あらかじめ家族で署名して用意してくれる家も出てくる。署名だけでなく、会話ができる機会が得られる。数人での共同作業であり、仲間意識も強まる。街頭署名より楽しい。(以上は、神奈川で取り組んだ人の話を参考にした)
5) 最後に私は、これまで緑の党と民進党の両方のサポーターであった。それは、民進党の中の立憲主義・リベラル派の考えと人と、緑の思想(足立力也著)にある考え、双方に共感してのことであった。しかし、これまでの緑の党の運動に今後も期待することよりも、立憲民主党に肩入れすることが“いますべきこと”ではないかと考えるようになった。緑の党のサポーターは維持するが、注力する軸足を立憲民主党に置くとしたことを明言した。
  会員の個人個人は、それぞれの場で能力を十分に発揮しておられると思うのであるが、「党または政治団体」として組織的な運営がなぜかできない。いってみれば「市民運動」的スタイルと感覚で「党」の看板を掲げている気がしてならない。かつての労働組合やセクトの“悪弊”が、「組織」という括りを敬遠させているのであろうか。対峙する相手は巨大な「全国・地方」組織と「シンクタンク」と潤沢な資金を持っているというのに、私たちの武器は一体何であろうか。

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2018年2月 2日 (金)

食品スーパーの開店

 行列ができて・・・
 わが家から歩いて2分くらいにある食品スーパーが、前店が閉店してから7カ月にして、今日の9時に新規の開店となった。「安売りスーパー」として有名だそうで、そうなら開店日の今日は、お客が殺到するだろうと思ったので、一段落するかもしれない昼下がりならと覗いてみてびっくり。
 まず、入場制限がされていて、店外に行列ができていた。この分では駐車場は満杯で、近くの公園の駐車場も満車状態に違いなかった。店内は人があふれ、レジの前は、山盛りの買い物した人でここでも行列。
 この店のキャッチフレーズは、まず「薄利多売」で、100円の利益がある商品を1つ売る事よりも、1円の利益の商品を100個売ることがこの店のスタイルだという。さらに「単品多売」ということで、取り扱いアイテム数をできる限り少なくし、単一アイテムを大量に仕入れ、品揃えよりも、1アイテムにおける安さの追求するのだという。
 さて以前の店では使われていた、この日は出入り禁止の北口からすんなり入って、店内を一通り見て回った。
 まず高騰する野菜から。キャベツ39円、大玉ブロッコリー199円、トマト、玉葱、ジャガイモもかなり安い。果物では、サンフジのリンゴが5個入りのパック売りで999円。品質がよく、同じサイズなら、他店では1個168円~198円くらいだから、この1個200円見当は“高い”ではないか。魚コーナーでは、本マグロのトロの切り身パックが山になっていて、高いか安いかよりもその量に驚かされた。最近、鰯も高級魚とまではいかないにしてもかつてワンパック5尾100円だったのが、最近は400円近いのだが、それが、やや小ぶりながら15尾くらい入って400円を切っていたかな。
 肉のコーナーでは、何とステーキセットの霜ふりのある牛肉が1,2㎏で9999円とあった。大家族の焼き肉用であろうが、この店の特徴の「大量パック売り」を象徴しているようだった。弁当は250円均一。
 調味料のコーナーでは、品ぞろえが薄く、私の好みの棚ではない気がした。
 全部ではないにしろ一巡してみて、やはり玉石混交で、買う側の“目”が問われるなあ、老夫婦二人世帯向きではない“まとめ売り”が主流のようで、買い忘れ、足りないものの買い足しには不向きと感じた。開店売り出しは今日から3日間。その後にもう一度行ってみて品定めをしてみようと思う。

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2018年2月 1日 (木)

男の気持ち・生き方(151)

 思い当たることがあります
 今朝の新聞の下段、広告欄に落合陽一著「日本の再興戦略」が掲載されていたが、見出しの羅列と共に、著書の中の一文が抜粋されていた。「ポジションを取れ。批評家になるな。フェアに向き合え。手を動かせ。金を稼げ。画一的な基準を持つな。明日と明後日で考える基準を変え続けろ」と。
 実物を読んでいないし、買う予定もしていないから、言葉から勝手に想像をめぐらすだけのものであるが、思い当たることがあるので書いてみた。
<ポジションを取れ>は、普遍的な感覚だと思ってきた。何をするにしろ、その場に立たされたなら、まず周辺の状況を観察し、自分の立ち位置、役割、可能性について一通り考えてみるのは、特別なことではない気がする。問題は確信をもってファイティングポーズが取れるかどうかではないだろうか。
<批評家になるな>評論家、コメンテーター、教員といった職業があるから、この教訓は「現場」に立つ者の心得であろう。当然である。しかし、評論ではない「客観的視点」「立体的戦略」を持つことは必要である。
<フェアに向き合え>は、端的に言えば、価値観を「私利私欲」に置くな、「予断と偏見」を持つなではないだろうか。特にリーダーとなった場合、過去に学び、現実を見て、先見性を発揮して人と接することではないかと思う。
<手を動かせ>は、本文を読まないとよく分からないが、<足で稼げ>とか<考えを巡らせ>のようなことで、絶えず可能性を探せ、考えよ、を言っているのかもしれない。
<金を稼げ>これは当然にも、財産を蓄えよといっているわけではない。政治であれ、経済であれ、人を動かすとなればその為の「運転資金(軍資金)」を確保せよといっているようだ。一面的にはそうであろうが、在野の労働運動、市民運動に関わっていると、カンパ(寄付)
を集めるなど確かにそれもあるが、「ねばならない」とは思えない。資金が潤沢ならば成り立つとは限らないのだ。「人の輪広げよ」に置き換えたい。
<画一的な基準を持つな>は、運動の場では「教条主義」になるな、「上意下達」を避けて「横議横結」、「表現、発言、提案の自由」を保障せよ、と言い換えるが、権力に立ち向かう時は、「統一と団結」「意思統一」「旗幟を鮮明にする」ということもあって、その使い分けは、リーダーの才覚にあるといえるのではないだろうか。
<明日と明後日で考える基準を変え続けろ>は、下剋上の戦国時代はそうであったろうし、現在の経済では国内だけでなくグローバルな国家を巻き込んだ企業間競争、市場争奪戦の中にいれば「生き残り」はもちろん、「勝ち組」になること「利益確保」も、1日として安泰な時はないという警告であろう。在野の運動でも巨大な権力とシンクタンクを持つ国や企業などと闘う時、あらゆる知恵を絞り、駆使し、どうしたら「人が動く」かの背景、根拠を問い続けねばならないだろう。
 とまあ、思いつくままに書いたが、私の生きてきた足跡に符合したことも少しはあったかな、そう思ったのである。

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